説明

液滴吐出ヘッド、液滴吐出装置及び液滴吐出ヘッドの製造方法

【課題】吐出室の側壁の幅精度を向上させ、吐出性能の安定化を図るようにした液滴吐出ヘッドを提供する。
【解決手段】液滴吐出ヘッド100は、液体を吐出するノズル孔11が形成されたノズル基板10と、ノズル孔11と連通し、底壁が振動板22となる吐出室21が形成されたキャビティ基板20と、振動板22を駆動する個別電極32が振動板22にギャップ40を隔てて対向するように形成された電極基板30と、を備え、吐出室21の側壁のうち少なくとも長手方向の側壁(隔壁25)を耐アルカリ性部材で構成している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクやその他の液体を吐出する液滴吐出ヘッド、その液滴吐出ヘッドを搭載した液滴吐出装置、及び、その液滴吐出ヘッドの製造方法に関し、特にインクやその他の液体の吐出性能の安定化を図るようにした液滴吐出ヘッド、液滴吐出装置、及び、液滴吐出ヘッドの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インクやその他の液体(以下、単に液体と称する)を液滴として吐出するための装置として、たとえばインクジェット記録装置に搭載される液滴吐出ヘッド(インクジェットヘッド)が知られている。一般に、この液滴吐出ヘッドは、液体を吐出するための複数のノズル孔が形成されたノズル基板と、このノズル基板に接合されノズル孔に連通する吐出室や、リザーバー等のインク流路が形成されたキャビティ基板とを備え、吐出室に圧力を加えることにより液体を選択されたノズル孔より吐出するように構成されている。このように液体を吐出させる方式としては、静電気力を利用する静電駆動方式や、圧電素子による圧電(PZT)方式、発熱素子を利用するバブルジェット(登録商標)方式等がある。
【0003】
このような液滴吐出ヘッドでは、印刷速度及び印字品質の向上を目的として、ノズル密度の高密度化が進んでいる。チップサイズの小型化を同時に実現しようとすると、ノズル密度が高密度化の進行に伴ってそれぞれのノズル孔に連通する吐出室間の隔壁幅が細くなることになる。そうすると、1つの吐出室で発生した振動がその吐出室に隣接する吐出室に伝わるクロストークが生じやすくなる。そのため、液滴吐出ヘッドにおいては、吐出室間における隔壁幅精度の向上が望まれている。
【0004】
キャビティ基板の吐出室及び振動板は、シリコン基板にボロンエッチングストップ技術を用いて作製することが多い。したがって、吐出室間における隔壁もシリコンで形成されることになる。そのようなものとして、「ボロンドープ層46が形成され、酸化膜42がパターニングされているSi基板41を40wt%水酸化カリウム水溶液で、ボロンドープ層46に達する直前までエッチングし、5wt%水酸化カリウム水溶液でエッチングを継続してエッチングストップさせ、さらにエッチングを継続し、所定の振動板厚みになるまでエッチングする」という技術が開示されている(たとえば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−129473号公報(第4頁及び第5図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載のような液滴吐出ヘッドでは、振動板を作製するために形成するボロンドープ層によってシリコン基板内に結晶欠陥が生じることがある。このような結晶欠陥が生じているシリコン基板にエッチングを行なうと、結晶欠陥が生じている部分において隔壁が細くなる方向へ局所的なサイドエッチングが起こってしまう。このため、隔壁幅の精度を高く保つことができないといったことになりかねない。隔壁幅精度が低いと、液体の吐出性能の安定化が図れず、信頼性の低い液滴吐出ヘッドになってしまう。
【0007】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、吐出室の側壁の幅精度を向上させ、吐出性能の安定化を図るようにした液滴吐出ヘッド、液滴吐出装置及び液滴吐出ヘッドの製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る液滴吐出ヘッドは、液体を吐出するノズル孔が形成されたノズル基板と、ノズル孔と連通し、底壁が振動板となる吐出室が形成されたキャビティ基板と、振動板を駆動する個別電極が振動板にギャップを隔てて対向するように形成された電極基板と、を備え、吐出室の側壁のうち少なくとも長手方向の側壁を耐アルカリ性部材で構成していることを特徴とする。
したがって、吐出室の側壁が耐アルカリ性部材で構成されているので、側壁のうねりや欠損を防止することができ、側壁幅の精度を向上することができる。これにより、吐出性能の安定化を図ることができる。
【0009】
本発明に係る液滴吐出ヘッドは、吐出室の底壁を構成する振動板をボロンドープ層で形成していることを特徴とする。
したがって、振動板の厚み精度を向上することができ、吐出性能の更なる安定化を図ることができる。
【0010】
本発明に係る液滴吐出ヘッドは、耐アルカリ性部材がガラス、金属、あるいは、樹脂であることを特徴とする。
したがって、扱い易く、安価な材料で側壁を構成することができる。
【0011】
本発明に係る液滴吐出ヘッドは、ガラスが低融点ガラスであることを特徴とする。
したがって、扱いが更に容易になる。
【0012】
また、本発明に係る液滴吐出装置は、上記の液滴吐出ヘッドを搭載したことを特徴とする。したがって、上述の液滴吐出ヘッドの効果をすべて有している。
【0013】
本発明に係る液滴吐出ヘッドの製造方法は、ガラス基板に個別電極を形成し、ガラス基板の個別電極の形成側に、底壁が振動板となる吐出室が形成されるシリコン基板を接合し、シリコン基板に形成する吐出室の長手方向における側壁部分をエッチングで除去し、側壁部分に耐アルカリ性部材を充填し、シリコン基板の吐出室部分をエッチングで除去しキャビティ基板を作製し、キャビティ基板に、液体を吐出するノズル孔が形成されたノズル基板を接合することを特徴とする。
したがって、複雑な製造工程を経ることなく、吐出室の側壁の幅精度の向上を図ることができ、吐出性能の安定化を図ることができる。
【0014】
本発明に係る液滴吐出ヘッドの製造方法は、シリコン基板の片面にボロンドープ層を形成し、エッチングストップ技術を用いて吐出室の底壁を構成する振動板をボロンドープ層で形成することを特徴とする。
したがって、振動板の厚み精度を向上することができ、吐出性能の更なる安定化を図ることができる。
【0015】
本発明に係る液滴吐出ヘッドの製造方法は、側壁部分に耐アルカリ性部材を充填した後、シリコン基板の表面を研磨してシリコン基板のシリコン部分を露出させるとともに吐出室の側壁を完成させることを特徴とする。
したがって、複雑な製造工程を経ることなく、吐出室の側壁を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施の形態1に係る液滴吐出ヘッドを分解した状態を示す分解斜視図である。
【図2】実施の形態1に係る液滴吐出ヘッドが組み立てられた状態の縦断面図である。
【図3】実施の形態1に係る液滴吐出ヘッドの製造方法例の一部を示す縦断面図である。
【図4】実施の形態1に係る液滴吐出ヘッドの製造方法例の一部を示す縦断面図である。
【図5】実施の形態1に係る液滴吐出ヘッドを搭載した液滴吐出装置の一例を示した斜視図である。
【図6】実施の形態2に係る液滴吐出装置の主要な構成手段の一例を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態について説明する。
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1に係る液滴吐出ヘッド100を分解した状態を示す分解斜視図である。図2は、液滴吐出ヘッド100が組み立てられた状態の縦断面図であり、図2(a)が図1におけるA−A’断面(吐出室21の長辺方向における断面)を、図2(b)が図2(a)のX−X’断面(吐出室21の短辺方向における断面)を、それぞれ示している。図1及び図2に基づいて、液滴吐出ヘッド100の構成及び動作について説明する。なお、図1を含め、以下の図面では各構成部材の大きさの関係が実際のものとは異なる場合がある。また、図の上側を上とし、下側を下として説明するものとする。
【0018】
この液滴吐出ヘッド100は、ノズル基板10に設けられたノズル孔11から液滴を吐出させるフェイスイジェクトタイプである場合を例に示している。図1及び図2に示すように、この液滴吐出ヘッド100は、電極ガラス基板30、キャビティ基板20及びノズル基板10が下から順に積層されて構成されている。つまり、キャビティ基板20を電極ガラス基板30とノズル基板10とで上下から挟む構造となっている。このように、液滴吐出ヘッド100が3層構造である場合を例に説明するが、リザーバーを独立して形成したリザーバー基板を含めた4層構造としてもよい。なお、電極ガラス基板30とキャビティ基板20とは陽極接合で、キャビティ基板20とノズル基板10とはエポキシ樹脂等の接着剤で、それぞれ接合するとよい。以下、各基板毎に構成を説明する。
【0019】
[キャビティ基板20]
キャビティ基板20は、たとえば厚さ約50μm(マイクロメートル)の(110)面方位のシリコン単結晶基板(以下、単にシリコン基板という)を主要な材料として構成されている。このシリコン基板に異方性ウエットエッチングを行ない、底壁が可撓性を有する振動板22となる吐出室(または、圧力室)21を複数形成する。この吐出室21は、電極ガラス基板30に形成した個別電極32の電極列に対応して形成されており、液体が一時的に保持されて吐出圧が加えられるようになっている。また、吐出室21は、紙面手前側から奥側にかけて平行に並んで形成されているものとする。
【0020】
それぞれの吐出室21は、隔壁25によって長手方向(液体の流路方向)が隔てられている(図2(b)参照)。つまり、吐出室21の長手方向は、側壁に相当する隔壁25によって仕切られている。この隔壁25は、シリコン基板に埋め込まれた耐アルカリ性部材で構成されている。耐アルカリ性部材としては、たとえばガラス、金属、あるいは、樹脂等を用いるとよい。また、ガラスを耐アルカリ性部材として用いる場合には、低融点ガラスが望ましい。隔壁を耐アルカリ性部材で構成する理由は、吐出室21及び振動板22を形成する際のウエットエッチング時にサイドエッチングを防止し、隔壁細りの発生をなくすためである。なお、端部の吐出室21には、隔壁25が一方にしかないが、他方の側壁も耐アルカリ性部材で構成されている。
【0021】
振動板22は、高濃度のボロンドープ層で形成するようにしている。水酸化カリウム水溶液等のアルカリ溶液による単結晶シリコンのエッチングにおけるエッチングレートは、ドーパントがボロンの場合、約5×1019atoms/cm3 以上の高濃度の領域において、非常に小さくなる。このため、振動板22の部分を高濃度のボロンドープ層とし、アルカリ溶液による異方性ウエットエッチングによって吐出室21を形成する際に、ボロンドープ層が露出してエッチングレートが極端に小さくなる、いわゆるエッチングストップ技術を用いて、振動板22を所望の厚さ(たとえば、0.8μm程度の厚さ)に形成することができる。
【0022】
また、キャビティ基板20には、各吐出室21に共通に供給する液体を溜めておく共通液体室としての機能を有するリザーバー23が形成されている。このリザーバー23の底部には、電極ガラス基板30に形成する液体供給穴36と連通する液体供給穴24が開口形成されている。この液体供給穴24は、電極ガラス基板30の液体供給穴36と連通して、外部のタンク(図示省略)から供給された液体をリザーバー23に取り入れる際の流路となるものである。
【0023】
キャビティ基板20の下面(電極ガラス基板30と対向する面)には、振動板22と個別電極32との間を電気的に絶縁するためのTEOS膜(ここでは、Tetraethyl orthosilicate Tetraethoxysilane:テトラエトキシシラン(珪酸エチル)を用いてできるSiO2 膜をいう)である絶縁膜27をプラズマCVD(Chemical Vapor Deposition:TEOS−pCVDともいう)法を用いて、0.1μm程度成膜している。これは、振動板22の駆動時における絶縁破壊及び短絡を防止するためと、液体によるエッチングを防止するためのものである。
【0024】
ここでは、絶縁膜27がTEOS膜である場合を示しているが、これに限定するものではなく、絶縁性能が向上する物質であればよい。たとえば、Al23(酸化アルミニウム(アルミナ))を用いてもよい。また、キャビティ基板20の上面にも、図示省略の液体保護膜となるSiO2 膜(TEOS膜を含む)を、プラズマCVD法又はスパッタリング法により成膜するとよい。液体保護膜を成膜することによって、液体で流路が腐食されるのを防止できるからである。この液体保護膜の応力と絶縁膜27の応力とを相殺させ、振動板22の反りを小さくできるという効果もある。
【0025】
キャビティ基板20のヘッド端部には、外部電極端子としての共通電極端子28が形成されている。この共通電極端子28は、図示省略のFPC(Flexible Printed Circuit)と接続され、外部の発振回路50から振動板22に個別電極32と反対の極性の電荷を供給する際の端子となるものである。なお、共通電極端子28としては、たとえば0.1μm程度の厚さのPt(platinum)膜を成膜することにより形成するとよい。また、共通電極端子28は、電極取り出し口部29側に形成されている。
【0026】
[電極ガラス基板30]
電極ガラス基板30は、たとえば厚さ1mm(ミリメートル)の硼珪酸系の耐熱硬質ガラス等を主要な材料として形成するとよい。図1及び図2に示すように、電極ガラス基板30は、キャビティ基板20の下面(ノズル基板10の接合面とは反対側の面)に接合される。この電極ガラス基板30の表面には、キャビティ基板20に形成される各吐出室21に合わせ、エッチング等により深さ約0.2μmの凹部(ガラス溝)31が設けられる。この凹部31のパターン形状は、その内部に個別電極32、リード部33及び端子部34(特に区別する必要がない限り、個別電極32にリード部33及び端子部34を含めて説明する)を設けるため、その個別電極32よりも少し大きめに作製する。
【0027】
また、各凹部31の内部(特に底部)には、キャビティ基板20の振動板22と一定の間隔(ギャップ40)をもって対向するように、固定電極部となる矩形状の個別電極32が形成されている。この個別電極32は、酸化錫を不純物としてドープした可視光領域で透明のITO(Indium Tin Oxide:インジウム錫酸化物)を材料として、凹部31の内側に約0.1μmの厚さにスパッタ法を用いて成膜することで形成される。なお、個別電極32をクロム等の金属等を材料で形成してもよいが、実施の形態1では、ギャップ40内の観察がし易い、透明であるので放電したかどうかの確認が行い易い等の理由でITOを用いることが好ましい。
【0028】
また、ギャップ40は、電極ガラス基板30とキャビティ基板20とを接合して積層体を形成した際に、振動板22と個別電極32との間に振動板22を撓ませる(変位させる)ことができるように形成される。このギャップ40の深さは、凹部31の深さ、及び、個別電極32の厚みにより決まることになる。このギャップ40は、液滴吐出ヘッド100の吐出特性に大きく影響する。そのため、厳格な精度管理が要求される。このギャップ40は、各振動板22に対向する位置に細長い一定の深さを有するように形成されている。電極ガラス基板30には、キャビティ基板20のリザーバー23に形成する液体供給穴24と連通する液体供給穴36が開口形成されている。この液体供給穴36は、たとえばサンドブラスト加工または切削加工により形成するとよい。
【0029】
この液滴吐出ヘッド100では、複数の個別電極32が長辺及び短辺を有する長方形状に形成されており、この個別電極32が互いの長辺が平行になるように配置されている。そして、図1では、個別電極32の短辺方向に伸びる2つの電極列を示している。なお、個別電極32の短辺が長辺に対して斜めに形成されており、個別電極32が細長い平行四辺形状になっている場合には、長辺方向に直角方向に伸びる電極列を形成するようにすればよい。また、ここで示した凹部31の深さやギャップ40の深さ、個別電極32の厚み等は一例であり、ここで示す値に限定するものではない。
【0030】
[ノズル基板10]
ノズル基板10は、たとえば厚さ180μmのシリコン基板を主要な材料として構成されている。ノズル基板10は、キャビティ基板20の上面(電極ガラス基板30の接合面とは反対の面)に接合されている。このノズル基板10には、各吐出室21と連通するノズル孔11が形成されている。そして、各ノズル孔11からは、振動板22の変位により加圧された吐出室21内の液体が液滴として外部に吐出されるようになっている。なお、図2に示すように、ノズル孔11を複数段(たとえば、2段)で形成すると、液滴を吐出する際の直進性の向上が期待できる。
【0031】
また、ノズル基板10の下面(キャビティ基板20との接合面)には、リザーバー23と吐出室21とを連通させるためのオリフィス14が形成されている。さらに、ノズル基板10のリザーバー23に対応する部分には、振動板22の変位によりリザーバー23側の液体に加わる圧力変動を吸収し、ノズル間のクロストークを抑制するダイヤフラム15が形成されている。なお、ここでは、ノズル孔11を有するノズル基板10を上面とし、電極ガラス基板30を下面として説明するが、実際に用いられる場合には、ノズル基板10の方が電極ガラス基板30よりも下面となることが多い。
【0032】
実施の形態1に係る液滴吐出ヘッド100では、吐出室21にノズル孔11から吐出させる液体を貯めておき、吐出室21の底壁である振動板22を撓ませることにより、吐出室21内の圧力を高め、液体をノズル孔11から液滴として吐出させるようになっている。また、図2(a)に示すように、個別電極32と振動板22との間に形成されるギャップ40は、封止材41により封止されており、水分等の侵入による振動板22の貼りつきや放電が防止されている。
【0033】
[液滴吐出ヘッド100の動作]
発振回路50は、キャビティ基板20の共通電極端子28及び端子部34に接続され、振動板22及び個別電極32に電荷の供給及び停止を制御するようになっている。また、リザーバー23には、液体供給穴24及び液体供給穴36を介して外部から液体が供給されている。さらに、吐出室21には、オリフィス14を介してリザーバー23から液体が供給されている。このような状態で、液滴吐出ヘッド100は動作を開始する。
【0034】
発振回路50は、たとえば24kHzで発振し、選択された個別電極32に0V〜30V程度のパルス電圧を印可して電荷供給を行ない、この個別電極32を正に帯電させる。このとき、対応するキャビティ基板20の振動板22には共通電極端子28を介して負の極性を有する電荷が供給され、この振動板22を相対的に負に帯電させる。そのため、選択された個別電極32とそれに対応する振動板22との間では静電気力が発生することになる。個別電極32と振動板22との間に静電気力が発生すると、振動板22は、その静電気力によって個別電極32側に引き寄せられて撓むことになる。これにより吐出室21の容積は広がる。
【0035】
次に、個別電極32へのパルス電圧の供給を止めると、振動板22と個別電極32との間の静電気力がなくなり、振動板22は元の状態に復元する。このとき、吐出室21の内部の圧力が急激に上昇し、その圧力により差分の液体がノズル孔11から液滴として吐出されることになる。この液滴が、たとえば記録紙に着弾することによって印刷等が行われるようになっている。その後、液体がリザーバー23からオリフィス14を通じて吐出室21内に補給され、初期状態に戻る。このような方法は、引き打ちと呼ばれるものであるが、バネ等を用いて液体を吐出する押し打ちと呼ばれる方法もある。
【0036】
[実施の形態1に係る液滴吐出ヘッド100の特徴事項]
従来のようにシリコンにより形成された隔壁では、ウエットエッチングで吐出室を形成する時にボロンドープ工程で生じたシリコン結晶欠陥の影響を受けて、局所的に隔壁が細くなる方向へサイドエッチングが起こることがあった。このようなことが起こると、隔壁幅精度を高く保つことが困難になってしまう。そこで、液滴吐出ヘッド100では、吐出室21を分離する隔壁25は、低融点ガラス等の耐アルカリ性部材により形成されている。このようにアルカリ耐性のある部材で隔壁25を形成すれば、隔壁幅精度を高く保つことができるとともに、従来と同等に振動板厚み精度も高く保つことが可能となる。低融点ガラスには、鉛含有のもの(たとえば、PbO−SiO2 −B2 3 やPbO−P2 5 −ZnF2 等)や鉛フリーのもの(たとえば、V2 5 −P2 5 −BaOやBi2 3 −SiO2 −B2 3 等)がある。
【0037】
図3及び図4は、液滴吐出ヘッド100の製造方法例の一部を示す縦断面図である。図3及び図4に基づいて、液滴吐出ヘッド100を構成するキャビティ基板20の製造工程の一例について説明する。なお、実際には、シリコンウエハから複数個分の液滴吐出ヘッドの部材を同時形成するのが一般的であるが、図3及び図4ではその一部分だけを簡略化して示している。また、ノズル基板10及び電極ガラス基板30の製造工程についての詳細な説明は省略する。
【0038】
(a)厚さ約1mmの両面鏡面のホウ珪酸系の耐熱硬質ガラスを用意する。この耐熱硬質ガラスに、一連のフォトリソグラフィー法を施した後、たとえばフッ化アンモニウム水溶液等を用いてエッチングを施して約0.2μmの凹部31を形成する。そして、耐熱硬質ガラスの凹部31内にスパッタリング法等を用いて個別電極32を約0.1μmの厚みで形成する。それから、耐熱硬質ガラスの凹部31を形成した面の反対側の面(裏面)から液体供給穴36となる部分をドライエッチング、サンドブラスト法または切削加工等によって開口形成する。このような製造工程で、まず図1に示した構造を有する電極ガラス基板30を作製する。
【0039】
(b)キャビティ基板20となる(110)を面方位とするシリコン基板20’を用意する。このシリコン基板20’の片面(電極ガラス基板30との接合面)に振動板厚み(ここでは0.8μm程度の厚み)と同じ深さのボロンドープ層22’を熱拡散法を用いて形成する。そして、ボロンドープ層22’の表面に絶縁膜27となるTEOS膜をプラズマCVD法により約0.1μmの厚みで成膜する。次に、シリコン基板20’と電極ガラス基板30とを360℃に加熱した後、電極ガラス基板30に負極、シリコン基板20’に正極を接続して、800Vの電圧を印加して陽極接合して接合基板60を作製する。
【0040】
なお、ボロンドープ層22’を形成する際の熱拡散条件としては、たとえば処理温度を1050℃、拡散時間を8時間に設定するとよい。また、絶縁膜27となるTEOS膜の成膜条件としては、たとえば処理温度を360℃、高周波出力を250W、圧力を66.7Pa(0.5Torr)、ガス流量をTEOS流量100cm3 /min(100sccm)、酸素流量1000cm3 /min(1000sccm)に設定するとよい。
【0041】
(c)陽極接合後、シリコン基板20’の厚みが約60μmになるまで研削加工を行なう。その後、加工変質層を除去するために、CMP(Chemical Mechanical Polish)を用いて、シリコン基板20’の上面を約10μm研磨する。これによりシリコン基板20’の厚みが約50μmとなる。
(d)それから、シリコン基板20’の研磨面にプラズマCVDを用いてTEOSエッチングマスク51を2.0μm成膜する。このTEOSエッチングマスク51の成膜条件としては、たとえば処理温度を360℃、高周波出力を700W、圧力を33.3Pa(0.25Torr)、ガス流量をTEOS流量100cm3 /min(100sccm)、酸素流量1000cm3 /min(1000sccm)に設定するとよい。
【0042】
(e)次に、TEOSエッチングマスク51にレジストパターニングを施し、ふっ酸水溶液でエッチングし、隔壁25を形成する部分(以下、隔壁部25’と称する)にパターニングを施す。その後、図示省略のレジストを剥離する。
【0043】
(f)それから、ICPドライエッチング装置を用いて、絶縁膜27に到達するまで隔壁部25’をエッチングして溝を形成する。このときのエッチング条件としては、エッチングプロセスがSF6 流量400cm3 /min(400sccm)、エッチング時間3.5秒、チャンバー圧力8Pa、コイルパワー2200W、プラテンパワー55W、プラテン温度20℃で、デポジションプロセスがC4 8 流量200cm3 /min(200sccm)、エッチング時間2.5秒、チャンバー圧力2.7Pa、コイルパワー1800W、プラテン温度20℃に設定するとよい。そして、エッチングプロセスとデポジションプロセスとを組み合わせて1サイクルとし、約130サイクル行なう。
【0044】
(g)接合基板60をふっ酸水溶液に浸し、TEOSエッチングマスク51をエッチングする。このとき、隔壁部25’の底の絶縁膜27もエッチングされる。つまり、ふっ酸水溶液が隔壁部25’に浸入し、隔壁部25’に露出している絶縁膜27をエッチングすることになる。
(h)耐アルカリ性部材の一例である低融点ガラス25aのペーストで隔壁部25’を埋め、ガラス転移点以上の温度をかけ、真空中で溶融させる。これにより隔壁部25’内に低融点ガラス25aが充填されることになる。
【0045】
(i)シリコン基板20’の表面を研磨して、シリコンが露出するまで低融点ガラス25aを削る。これにより、隔壁25が完成する。
(j)シリコン基板20’のシリコンが露出したら、シリコン基板20’の研磨面にプラズマCVDを用いて0.1μm程度のSiN膜(窒化シリコン膜)62を成膜する。このSiN膜62の成膜時の条件としては、処理温度を400℃以下、圧力を1.3kPa以下(10Torr以下)、ガス流量比をNH3 /SiH4 比で15以上に設定するとよい。
【0046】
(k)SiN膜62を成膜した面に図示省略のレジストを塗布し、吐出室21、リザーバー23(図示せず)、及び、電極取り出し口部29(図示せず)のレジストパターニングを施す。そして、RIE(Reactive Ion Etching:反応性イオンエッチング)装置を用いて、圧力26.6Pa(0.2Torr)、RFパワー200W、ガス流量30cc/minの条件でSiN膜62をエッチングして除去し、レジストを剥離する。
【0047】
(l)その後、接合基板60を水酸化カリウム水溶液を用いてウエットエッチングする。吐出室21が形成する部分では、ボロンドープ層22’でのエッチングレート低下によってエッチングストップする。これにより、振動板22は、面荒れが抑制され、厚み精度を0.80±0.05μm以下に作製することができる。したがって、液滴吐出ヘッド100の吐出性能を安定化することができる。また、低融点ガラス25aで形成された隔壁25は、耐アルカリ性を有しているので、水酸化カリウム水溶液ではほとんどエッチングされず、隔壁幅も高精度に保つことができる。
【0048】
(m)接合基板60を熱リン酸水溶液(温度180℃)に浸し、SiN膜62を除去する。電極取り出し口部29に残っているシリコン薄膜及び絶縁膜27(図示せず)を除去するために、シリコンマスクをシリコン基板20’の表面に取り付け、RFパワー200W、圧力40Pa(0.3Torr)、CF4 流量30cm3 /min(30sccm)の条件で、RIEドライエッチングを1時間行ない、所望の場所のみにプラズマを当て、開口する。このとき、ギャップ40は大気開放される(図示せず)。そして、ギャップ40内の水分除去及び疎水化処理を行った後、エポキシ系樹脂を電極取り出し口部29の端部に盛って封止材41を形成し、ギャップ40を封止する(図示せず)。これによって、ギャップ40は再び密閉状態になる。このように、キャビティ基板20が作製される。
【0049】
(n)その後、図1に示すような各部(ノズル孔11、ダイヤフラム15、及び、オリフィス14)を形成したノズル基板10をエポキシ系接着剤により接合基板60を構成しているキャビティ基板20に接着する。最後に、ダイシングを行ない、個々のヘッドに切断することで、液滴吐出ヘッド100が完成する(図示せず)。
【0050】
このように製造された液滴吐出ヘッド100においては、隔壁幅精度及び振動板厚み精度の双方を高く保つことが可能となり、吐出性能の安定化を図ることができる。すなわち、実施の形態1に係る液滴吐出ヘッド100では、隔壁25を耐アルカリ性部材で形成するので、エッチングされることなくうねりや欠損の発生を防止でき、隔壁25の幅精度を高く保つことができるとともに、振動板22をエッチングストップ技術を用いて形成するので、振動板22の厚み精度を高く保つことができる。したがって、吐出性能が安定している液滴吐出ヘッド100を提供することが可能になる。
【0051】
実施の形態2.
図5は、実施の形態1に係る液滴吐出ヘッド100を搭載した液滴吐出装置200の一例を示した斜視図である。また、図6は、液滴吐出装置200の主要な構成手段の一例を表す図である。図5及び図6に基づいて、実施の形態2に係る液滴吐出装置200について説明する。この液滴吐出装置200は、液滴吐出方式(インクジェット方式)による印刷を目的とする、いわゆる一般的なシリアル型のインクジェットプリンタである。また、搭載される液滴吐出ヘッド100は、上述したように吐出性能が安定化を図るようにしたものであるので、液滴吐出装置200も吐出性能の安定化に優れたものとなる。
【0052】
液滴吐出装置200は、被印刷物であるプリント紙210が支持されるドラム201と、プリント紙210にインクを吐出し、記録を行う液滴吐出ヘッド100とで主に構成される。また、液滴吐出ヘッド100にインクを供給するための図示省略のインク供給手段がある。プリント紙210は、ドラム201の軸方向に平行に設けられた紙圧着ローラ203により、ドラム201に圧着して保持されるようになっている。このドラム201の軸方向に平行に設けられている送りネジ204によって液滴吐出ヘッド100が保持されるようになっている。
【0053】
そして、この送りネジ204が回転することによって液滴吐出ヘッド100がドラム201の軸方向に移動する。一方、ドラム201は、ベルト205等を介してモータ206により回転駆動されるようになっている。また、プリント制御手段207は、印画データ及び制御信号に基づいて送りネジ204及びモータ206を駆動させるようになっている。さらに、プリント制御手段207は、図示省略の発振駆動回路を駆動させて振動板22を制御しながらプリント紙210に印刷を行わせるようになっている。
【0054】
ここでは、液体をインクとしてプリント紙210に吐出するようにしている場合を例に説明したが、これに限定するものではない。たとえば、カラーフィルターとなる基板に吐出させる用途においては、カラーフィルター用の顔料を含む液体であってもよい。また、有機化合物等の電界発光素子を用いた表示パネル(OLED等)の基板に吐出させる用途においては、発光素子となる化合物を含む液体であってもよい。さらに、基板上に配線する用途においては、導電性金属を含む液体であってもよい。
【0055】
一方、液滴吐出ヘッド100をディスペンサとし、生体分子のマイクロアレイとなる基板に吐出する用途に用いる場合では、DNA(Deoxyribo Nucleic Acids:デオキシリボ核酸)や、RNA(Ribo Nucleic Acid:リボ核酸)、PNA(Peptide Nucleic Acids:ペプチド核酸)等のタンパク質プローブを含む液体を吐出させるようにしてもよい。その他、布等の染料の吐出等にも利用することができる。
【0056】
本発明の実施の形態に係る液滴吐出ヘッド、液滴吐出装置及び液滴吐出ヘッドの製造方法は、上述の実施の形態で説明した内容に限定されるものではなく、本発明の思想の範囲内において変更することができる。たとえば、液滴吐出ヘッド100の構成基板の積層数を上述した3層や4層に限定するものではなく、耐アルカリ性部材も上述した具体的な材料に限定するものではない。また、液滴吐出ヘッド100の製造工程においても、上述した製造工程に限定するものではない。
【符号の説明】
【0057】
10 ノズル基板、11 ノズル孔、12 吐出室、14 オリフィス、15 ダイヤフラム、20 キャビティ基板、20’ シリコン基板、21 吐出室、22 振動板、22’ ボロンドープ層、23 リザーバー、24 液体供給穴、25 隔壁、25’ 隔壁部、25a 低融点ガラス、27 絶縁膜、28 共通電極端子、29 電極取り出し口部、30 電極ガラス基板、31 凹部、32 個別電極、33 リード部、34 端子部、36 液体供給穴、40 ギャップ、41 封止材、42 酸化膜、50 発振回路、51 TEOSエッチングマスク、60 接合基板、62 SiN膜、100 液滴吐出ヘッド、200 液滴吐出装置、201 ドラム、203 紙圧着ローラ、204 ネジ、205 ベルト、206 モータ、207 プリント制御手段、210 プリント紙。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を吐出するノズル孔が形成されたノズル基板と、
前記ノズル孔と連通し、底壁が振動板となる吐出室が形成されたキャビティ基板と、
前記振動板を駆動する個別電極が前記振動板にギャップを隔てて対向するように形成された電極基板と、を備え、
前記吐出室の側壁のうち少なくとも長手方向の側壁を耐アルカリ性部材で構成している
ことを特徴とする液滴吐出ヘッド。
【請求項2】
前記吐出室の底壁を構成する前記振動板をボロンドープ層で形成している
ことを特徴とする請求項1に記載の液滴吐出ヘッド。
【請求項3】
前記耐アルカリ性部材がガラス、金属、あるいは、樹脂である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の液滴吐出ヘッド。
【請求項4】
前記ガラスが低融点ガラスである
ことを特徴とする請求項3に記載の液滴吐出ヘッド。
【請求項5】
前記請求項1〜4のいずれかに記載の液滴吐出ヘッドを搭載した
ことを特徴とする液滴吐出装置。
【請求項6】
ガラス基板に個別電極を形成し、
前記ガラス基板の前記個別電極の形成側に、底壁が振動板となる吐出室が形成されるシリコン基板を接合し、
前記シリコン基板に形成する前記吐出室の長手方向における側壁部分をエッチングで除去し、
前記側壁部分に耐アルカリ性部材を充填し、
前記シリコン基板の吐出室部分をエッチングで除去しキャビティ基板を作製し、
前記キャビティ基板に、液体を吐出するノズル孔が形成されたノズル基板を接合する
ことを特徴とする液滴吐出ヘッドの製造方法。
【請求項7】
前記シリコン基板の片面にボロンドープ層を形成し、エッチングストップ技術を用いて前記吐出室の底壁を構成する前記振動板を前記ボロンドープ層で形成する
ことを特徴とする請求項6に記載の液滴吐出ヘッドの製造方法。
【請求項8】
前記側壁部分に前記耐アルカリ性部材を充填した後、前記シリコン基板の表面を研磨して前記シリコン基板のシリコン部分を露出させるとともに前記吐出室の前記側壁を完成させる
ことを特徴とする請求項6又は7に記載の液滴吐出ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−280192(P2010−280192A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136911(P2009−136911)
【出願日】平成21年6月8日(2009.6.8)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】