説明

潤滑鋼板

【課題】クロメート処理を行うことなく潤滑皮膜用の水性塗布剤のみを単独で塗布することで成形加工性に優れた潤滑鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板と、この鋼板の少なくとも片面に形成された潤滑皮膜とで構成される潤滑鋼板であって、前記鋼板は、ステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板であり、前記潤滑皮膜は、水性塗布剤を塗布、乾燥することにより形成され、前記水性塗布剤は、樹脂、ポリオレフィンワックス、及びフルオロジルコニウム酸塩を含有し、且つpHが4.5以上8以下であり、前記樹脂はポリエステル樹脂を含み、前記水性塗布剤の固形分中における前記ポリエステル樹脂の含有量が70質量%以上である潤滑鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形加工性に優れた潤滑鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、家電製品、建材、自動車部品等へ、耐食性に優れたステンレス鋼板の適用が広がりつつある。例えば、厳しい耐食性が要求されるマフラー等の自動車排気系材料として、ステンレス鋼板にアルミめっきを施し、耐食性を向上させたステンレス−アルミめっき鋼板が開発されている。
【0003】
これらのステンレス鋼板やステンレス−アルミめっき鋼板について、加工性の厳しい深絞りプレス加工を要する自動車用燃料タンクや給油管を製造するために、更に、一軸引張りで加工したときの破断伸び、加工硬化率、ランクフォード値(r値)の優れた特性を有する鋼板の開発がなされてきた(特許文献1及び2参照)。
【0004】
このように加工性の厳しい深絞りプレス加工においては、従来から行なわれている油を用いた潤滑方法では潤滑性が乏しく、加工の程度が制限され適用が限られていた。この潤滑性を改善するために、特許文献3では、潤滑皮膜を塗布した潤滑ステンレス鋼板や潤滑ステンレス鋼管が開示されている。この特許文献3に開示された潤滑ステンレス鋼板や潤滑ステンレス鋼管は、潤滑皮膜を塗布する時に、鋼板への密着性付与や被塗膜面の濡れ性向上のため、潤滑塗料の下層としてあらかじめクロメート皮膜を塗布するいわゆるクロメート処理が行われている。
【特許文献1】特開2003−221660号公報
【特許文献2】特開2003−277992号公報
【特許文献3】特開2001−140080号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記クロメート皮膜としては、3価クロム水和酸化物を主成分とする電解還元クロメート皮膜、3価クロムと6価クロム水和酸化物を主成分とするエッチングクロメート液を塗布し乾燥する無水洗型の塗布クロメート皮膜が採用されている。3価クロムや6価クロムは環境負荷が高く、環境負荷物質の削減が社会的に要請されている現在においては、3価クロムや6価クロムを含有しない潤滑皮膜を有する鋼板の開発が望まれている。
【0006】
本発明は、以上のような課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、クロメート処理を行わず、潤滑皮膜用の水性塗布剤のみを単独で塗布することで成形加工性に優れた潤滑鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上述の課題を解決するために鋭意研究した結果、ステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板上に、所定の水性塗布剤、具体的には、ポリエステル樹脂を含む樹脂、ポリオレフィンワックス、及びフルオロジルコニウム酸塩を含有し、且つpHが4.5以上8以下であり、固形分中におけるポリエステル樹脂の含有量を70質量%以上とした水性塗布剤を塗布、乾燥して潤滑皮膜を形成することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0008】
(1) 鋼板と、この鋼板の少なくとも片面に形成された潤滑皮膜とで構成される潤滑鋼板であって、前記鋼板は、ステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板であり、前記潤滑皮膜は、水性塗布剤を塗布、乾燥することにより形成され、前記水性塗布剤は、樹脂、ポリオレフィンワックス、及びフルオロジルコニウム酸塩を含有し、且つpHが4.5以上8以下であり、前記樹脂はポリエステル樹脂を含み、前記水性塗布剤の固形分中における前記ポリエステル樹脂の含有量が70質量%以上である潤滑鋼板。
【0009】
(2) 前記樹脂は、更に、ポリウレタン樹脂及び/又はポリオレフィン樹脂を含む(1)記載の潤滑鋼板。
【0010】
(3) 前記潤滑皮膜の片面当りの乾燥皮膜量は、0.5g/m以上4g/m以下である(1)又は(2)記載の潤滑鋼板。
【0011】
(4) 前記水性塗布剤の固形分中における前記樹脂の含有量は、76質量%以上98質量%以下であり、前記水性塗布剤の固形分中における前記ポリオレフィンワックスの含有量は、1.9質量%以上23.9質量%以下であり、前記水性塗布剤の固形分中における前記フルオロジルコニウム酸塩の含有量は、0.1質量%以上3.0質量%以下である(1)から(3)いずれか記載の潤滑鋼板。
【0012】
(5) 前記ポリオレフィンワックスは、粒子径が0.1μm以上4μm以下のポリエチレン粒子からなる(1)から(4)いずれか記載の潤滑鋼板。
【0013】
(6) 前記フルオロジルコニウム酸塩は、フルオロジルコニウム酸アンモニウム塩である(1)から(5)いずれか記載の潤滑鋼板。
【0014】
本発明に係る潤滑鋼板は、ステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板の表面上に、良好な潤滑性を付与し得る潤滑皮膜を有するものである。この潤滑皮膜は、水性塗布剤を塗布して乾燥することにより得られるものであり、強酸性の処理液を用いた浸漬法等により反応、析出させて形成されるものではない。このため、本発明の潤滑皮膜の形成に用いられる水性塗布剤としては、比較的高めのpH(4.5以上8以下)を有する。また、ポリエステル樹脂を少なくとも含む樹脂、ポリオレフィンワックス、及び、フルオロジルコニウム酸塩を含有し、固形分中における前記ポリエステル樹脂の含有量が70質量%以上である。そして、これらの各成分の作用により、加工密着性、摺動性、及び耐食性に優れた潤滑皮膜を有する潤滑鋼板が得られる。即ち、本発明によれば、クロメート処理が不要で、潤滑性に優れた単層型の潤滑鋼板を提供できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、クロメート処理を行うことなく潤滑皮膜用の水性塗布剤のみを単独で塗布することにより、成形加工性に優れた潤滑鋼板を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0017】
[潤滑鋼板]
本実施形態に係る潤滑鋼板は、鋼板と、この鋼板の表面に形成された潤滑皮膜とを有する。
【0018】
[(素地)鋼板]
素地鋼板としては、ステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板を用いる。
【0019】
[素地鋼板の前処理(脱脂処理)]
素地鋼板であるステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板は、水性塗布剤を塗布する前に、アルカリ脱脂、溶剤洗浄等により油や汚れを除去する清浄化処理(脱脂処理)が施されることが好ましい。
【0020】
[ステンレス鋼板]
本実施形態に係る潤滑鋼板の素地鋼板(下地材料、基礎材料)となるステンレス鋼板は、鉄を主体とし、クロム又はクロムとニッケルを含有させた合金鋼である。このステンレス鋼としては、クロムが10〜30質量%添加されたクロム系ステンレス鋼、ならびにクロムが17〜25質量%添加され、且つニッケルが5〜20質量%添加されたニッケル系ステンレス鋼が対象である。
【0021】
[ステンレス−アルミめっき鋼板、アルミめっき鋼板]
本実施形態に係る潤滑鋼板の素地鋼板となるステンレス−アルミめっき鋼板およびアルミめっき鋼板は、上記ステンレス鋼板と、新日鉄技報第361号(1996)P.52に示されるようなクロム含有量を5%以上添加した鉄を主体とした鋼板、更には鉄のみの鋼板に、アルミめっきを適用したものである。このアルミめっきの形態としては、例えばタイプIと称されるAl−10%Siめっき、あるいはタイプIIと称される純Alめっきが挙げられ、めっき厚さは片面当り10〜200g/mである。
【0022】
[潤滑皮膜]
本実施形態に係る潤滑鋼板は、上記鋼板の表面に形成された潤滑皮膜を有する。潤滑皮膜は、水性塗布剤を塗布、乾燥することにより形成されたものである。
【0023】
[水性塗布剤]
上記水性塗布剤は、所定のpH値を有し、樹脂、ポリオレフィンワックス、及び、フルオロジルコニウム酸塩を含有する。
【0024】
[水性塗布剤のpH]
上記水性塗布剤のpHは4.5以上8以下の範囲内である。pHが4.5未満であると、塗布剤中のポリエステル樹脂の分散安定性が低下し、凝集物を発生したり、全体がゲル化したりする。一方で、8を超えると、フルオロジルコニウム酸塩の安定性が低下し、沈降物を生じやすい。pHは、5以上7.5以下であることがより好ましい。
【0025】
[水性塗布剤に含まれる樹脂]
水性塗布剤の固形分中における樹脂の含有量としては、76質量%以上98質量%以下の範囲であることが好ましい。含有量が76質量%未満である場合は、素地鋼板への密着性が低下するうえ、形成される皮膜の皮膜強度が低下する。更には、ポリオレフィンワックスを皮膜表面及び内部に固定することができない。含有量が98質量%を超えると、潤滑性が低下し、十分な加工性が得られない。上記含有量は、76質量%以上90質量%以下の範囲内であることがより好ましい。
【0026】
[ポリエステル樹脂]
上記水性塗布剤は、ポリエステル樹脂を含む。ポリエステル樹脂は、素地鋼板であるステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板への密着性が良好である。また、上記ポリエステル樹脂は、皮膜強度が大きいため、引き抜き加工密着性が良好であり、高度な加工にも耐えることができる。
【0027】
[ポリエステル樹脂の含有量]
水性塗布剤の固形分中におけるポリエステル樹脂の含有量は、70質量%以上である。ポリエステル樹脂の含有量が70質量%未満であると、十分な密着性及び引き抜き加工密着性が得られない。水性塗布剤の固形分中におけるポリエステル樹脂の含有量は、好ましくは、76質量%以上90質量%以下である。
【0028】
さらに、ポリエステル樹脂は、潤滑成分であるポリオレフィンワックスを皮膜表面及び内部に固定することができる。
【0029】
また、ポリエステル樹脂は、主として炭素、水素、酸素で構成され、熱分解した時に臭気の強い物質への分解が少ないことから、潤滑鋼板を溶接する場合に皮膜が焦げて発生するガスの臭気が弱い。これに対して、例えば、ポリウレタン樹脂は窒素を含有しているため溶接時に窒素酸化物を発生し、また、アクリル樹脂は溶接時に酸モノマーへの分解が起こるため、両者とも溶接時に悪臭や刺激臭を発する傾向がある。このように、ポリエステル樹脂は、溶接時に発生する臭気が他の樹脂系に比べて弱いため、作業環境を良好に保つことができる。
【0030】
上記ポリエステル樹脂としては特に限定されず、水性ポリエステルであれば通常のポリエステル樹脂を使用することができる。このようなポリエステル樹脂としては、水溶性ポリエステル樹脂、水分散型ポリエステル樹脂が挙げられるが、分散体の状態であるものが好ましい。
【0031】
また、水性塗布剤に含有させて、素地鋼板への密着性を向上させることが可能なポリエステル樹脂としては、市販されているものをそのまま使うこともできる。例えば、市販されているポリエステル樹脂で、上記水性塗布剤に含有させることができるものとして、「エリーテルKZA−6034」(ユニチカ社製)、「バイロナールMD−1100」(東洋紡績社製)などを挙げることができる。
【0032】
[ポリエステル樹脂の分子量]
ポリエステル樹脂の数平均分子量は、特に限定されないが、5,000以上100,000以下の範囲内であることが好ましい。5,000未満であると、皮膜の強度が不足し、潤滑鋼板を成形加工する際に皮膜を破壊してしまうおそれがある。一方、100,000を超えると、皮膜形成を阻害するおそれがある。上記数平均分子量は、5,000以上30,000以下の範囲内であることがより好ましい。
【0033】
[ポリエステル樹脂のガラス転移温度]
上記ポリエステル樹脂のガラス転移温度(Tg)は、20℃以上80℃以下の範囲内であることが好ましい。ガラス転移温度が20℃未満であると、硬度が不足するため、潤滑鋼板を成形加工する際に皮膜が破壊してしまうおそれがある。一方、ガラス転移温度が80℃を超えると、皮膜形成時に造膜性が悪くなったり、皮膜が硬くなりすぎて脆弱化するおそれがある。なお、上記ガラス転移温度は、当業者によく知られた方法により測定可能である。また、上記ポリエステル樹脂が販売されている場合には、カタログ等に記載された値を採用してもよい。
【0034】
[他の樹脂]
なお、ポリエステル樹脂だけで皮膜の性能が満たせない場合は、他の樹脂や架橋剤を水性塗布剤の固形分含有量の30質量%未満配合してもよいが、30質量%以上混合すると臭気が強くなるため好ましくない。配合できる樹脂としては、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂などが挙げられ、好ましくは、ポリウレタン樹脂及びポリオレフィン樹脂である。
【0035】
また、ポリエステル樹脂の分子量が低く、皮膜の強度が不足する場合でも、ポリエステル樹脂が有するカルボキシル基や水酸基と反応してポリエステル樹脂を高分子化させ得る架橋剤を使用すれば、ポリエステル樹脂の皮膜強度を向上させて、成形加工する際に皮膜が破壊されることがない潤滑鋼板を提供できる。上記架橋剤としては特に限定されるものではないが、具体的にはメラミン樹脂、多官能エポキシ化合物、フェノール樹脂などを挙げることができる。
【0036】
[ポリオレフィンワックス]
上記水性塗布剤に含まれるポリオレフィンワックスは、潤滑鋼板表面上の摩擦係数を低減し、潤滑性を付与する上で重要である。すなわち、上記ポリオレフィンワックスは、潤滑鋼板に潤滑性を付与して加工性を向上させることが可能である。このポリオレフィンワックスとしては、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、ポリ4フッ化エチレンワックスなどが挙げられるが、好ましくは、ポリエチレン系水性分散体である。
【0037】
[ポリオレフィンワックスの含有量]
水性塗布剤の固形分中におけるポリオレフィンワックスの含有量としては、1.9質量%以上23.9質量%以下の範囲であることが好ましい。含有量が1.9質量%未満であると、潤滑性が低下するとともに加工性が低下する。含有量が23.9質量%を超えると、得られた皮膜の摩擦係数が低下しすぎて取り扱いが困難になったり、素地金属との密着性が低下したりする。上記含有量は、8質量%以上22質量%以下の範囲内であることがより好ましい。
【0038】
[ポリオレフィンワックスの軟化点]
ポリオレフィンワックスの軟化点は、100℃以上150℃以下であることが好ましい。軟化点が100℃未満であると、加工時に軟化溶融して固体潤滑添加物としての優れた特性が発揮されない。また、軟化点が150℃を超えると、硬い粒子が表面に存在することとなり摩擦特性を低下させるので、良好な加工性が得られない。
【0039】
[ポリオレフィンワックスの粒子径]
ポリオレフィンワックスの粒子径は、0.1μm以上4μm以下であることが好ましい。0.1μm未満であると、皮膜表面での摩擦係数の低減効果が十分得られず、加工性が向上しない。4μmを超えると、皮膜化した際に白粉状態になり、ワックスが皮膜から脱離しやすくなり好ましくない。粒子径は、0.5μm以上3μm以下であることがより好ましい。なお、本明細書における「粒子径」とは、コールターカウンター法による「平均粒子径」を意味する。上記平均粒子径は、市販のコールターカウンターを用いて測定可能である。また、上記ポリオレフィンワックスが販売されている場合には、カタログ等に記載された値を採用してもよい。
【0040】
[フルオロジルコニウム酸塩]
上記水性塗布剤に含まれるフルオロジルコニウム酸塩は、素地鋼板の表面に作用し、密着性や耐食性を高めることができる。特に、アルミめっき鋼板においては、密着性や耐食性を高める効果が著しい。
【0041】
上記フルオロジルコニウム酸塩としては特に限定されるものではないが、テトラフルオロジルコニウム酸塩が好ましい。テトラフルオロジルコニウム酸塩としては、例えば、フルオロジルコニウム酸のリチウム、ナトリウム、カリウム、アンモニウム塩(LiZrF、NaZrF、KZrF、(NH)ZrF)などを挙げることができる。中でも水への溶解度が大きいアンモニウム塩が好ましい。
【0042】
[フルオロジルコニウム酸塩の含有量]
水性塗布剤の固形分中におけるポリフルオロジルコニウム酸塩の含有量としては、0.1質量%以上3.0質量%以下の範囲内であることが好ましい。含有量が0.1質量%未満であると、密着性や耐食性が低下する。含有量が3.0質量%を超えると、水性塗布剤の安定性を損なう。上記含有量は、0.2質量%以上2.0質量%以下の範囲内であることがより好ましい。
【0043】
[その他の成分]
上記水性塗布剤は、上述した樹脂、ポリオレフィンワックス、及びフルオロジルコニウム酸塩の他に、塗布時の作業性を高める目的で溶剤、消泡剤、表面濡れ剤等を含むことができる。
【0044】
水性塗布剤は水系であるため、素地鋼板に所定量塗布する場合に、溶剤系塗料に比較して表面張力が高いため表面濡れ性が劣り、均一な塗布性が得られない場合がある。従って、濡れ性向上を目的として、水性塗布剤に表面濡れ剤を配合添加することが好ましい。表面濡れ剤としては、表面張力を低下させるフッ素系、シリコン系、グリコール系、アルコール系等の公知の界面活性剤が挙げられる。
【0045】
[水性塗布剤の塗布方法]
素地鋼板であるステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板に、上記水性塗布剤を塗布する方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、ロールコート、バーコート、カーテンフローコート、エアスプレー、エアレススプレーなどを挙げることができるが、ロールコートによる塗布が好ましい。
【0046】
[水性塗布剤の乾燥方法]
上記水性塗布剤を塗布した後には、直ちに乾燥させて皮膜形成を行う。乾燥方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、熱風乾燥炉、直火炉、誘導加熱炉などの一般的な方法を挙げることができる。鋼板の到達板温は70℃以上300℃以下が好ましく、100℃以上230℃以下がより好ましい。70℃未満であると、造膜が不完全となり皮膜強度の低下を引き起こす。300℃を超えると、皮膜成分が熱分解しやすくなり、皮膜の脆弱化を引き起こす。なお、架橋剤を使用する場合は架橋に適した温度まで板温を高める必要がある。
【0047】
[潤滑皮膜の乾燥皮膜量]
本実施形態に係る潤滑皮膜の片面当りの乾燥皮膜量は、0.5g/m以上4g/m以下の範囲内であることが好ましい。0.5g/m未満であると、均一な皮膜が得られず、良好な密着性を得られない場合があるので好ましくない。一方、4g/mを超えると、それ以上の効果は得られず、経済的に不利である。潤滑皮膜の乾燥皮膜量は、0.7g/m以上3g/m以下の範囲内であることがより好ましい。
【実施例】
【0048】
次に、本発明を実施例及び比較例を挙げてさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。また、配合量は特に断りのない限り、質量部を表す。
【0049】
各実施例及び比較例で配合したポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリオレフィン樹脂、及び、ポリオレフィンワックスの商品名、製造メーカ、備考(固形分率、分子量、ガラス転移温度(Tg))を表1に示す。また、実施例及び比較例のために調整した水性塗布剤に含有されるポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリオレフィンワックス、フルオロジルコニウム酸リチウム塩(LiZrF)、フルオロジルコニウム酸ナトリウム塩(NaZrF)、フルオロジルコニウム酸カリウム塩(KZrF)及び、フルオロジルコニウム酸アンモニウム塩((NH)ZrF)の固形分質量%を表2および表3に示す。
【0050】
素地鋼板は、厚さ0.6mmのCr系ステンレスSUH409鋼板(11%Cr鋼)、厚さ0.8mmのCr系ステンレスSUS436L鋼板(17%Cr鋼)、厚さ1.5mmのNi系ステンレスSUS304鋼板(18%Cr−8%Ni鋼)、厚さ0.7mmのNi系ステンレスSUS316鋼板(18%Cr−12%Ni−2.5%Mo鋼)、これらのステンレス鋼板にAl−10%Siを片面当り50〜120g/mめっきしたステンレス−アルミめっき鋼板、さらには厚さ1.4mmの低C鋼にAlを片面当り80〜200g/mめっきした低C鋼−アルミめっき鋼板を用いた。
【0051】
[脱脂処理]
アルカリ脱脂剤として「サーフクリーナー155(商品名)」(日本ペイント社製)2%水溶液を使用して、素地鋼板を60℃30秒間でスプレー洗浄し、脱イオン水ですすいだ。
【0052】
[塗布処理]
素地鋼板を塗布処理する前に、水性塗布剤を調整した。塗布条件について具体的に実施例1を用いて説明する。表1及び表2に示す通り、ポリエステル樹脂として「エリーテルKZA−6034(商品名)」(ユニチカ社製、固形分30%、分子量6,500、Tg72℃)と、ポリオレフィンワックスとして「ケミパールW−640(商品名)」(ポリエチレンワックス、三井化学社製、固形分40%、粒子径1.0μmのポリエチレン粒子)と、フルオロジルコニウム酸塩として(NHZrF(ステラケミファ社製)の5%水溶液とを混合させ、それぞれの固形分質量%が79.0%、20.0%、1.0%となるように水性塗布剤を調整した。pHは6.8であった。この調整した水性塗布剤を、脱脂処理後に乾燥させた素地鋼板に、バーコーターを用いて塗布した。水性塗布剤は、乾燥皮膜量が1.0g/mとなるように塗布した。なお、潤滑皮膜の乾燥皮膜量は、得られた皮膜を剥離液である塩化メチレン(和光純薬社製)を用いて剥離し、剥離前後の重量減少と試験板面積から算出した。他の実施例、比較例についても表1、表2、及び表3に示す条件に基き実験した。
【0053】
[乾燥処理]
水性塗布剤を塗布した後、直ちに雰囲気温度500℃の熱風乾燥炉に入れて板温が150℃に達するまで乾燥させた。150℃に達したらすぐに水冷し、その後乾燥させた。水性塗布剤を塗布した面の裏面も同様の手順で塗布、乾燥処理を行い、試験板を得た。
【0054】
[評価方法]
加工密着性、引き抜き加工密着性、動摩擦係数、及び加熱時臭気を評価(測定)し、結果を表2及び表3に示す。各評価(測定)は下記の方法で行った。
【0055】
[加工密着性]
30mm径の鋼製の穴に、潤滑皮膜を塗装した鋼板面を押し当て、鋼製の穴の軸線上に中心を合わせた15mm径の鋼球で鋼板を穴に押し込み、鋼板表面の変位量が8mmの張り出し加工を行い、凸部先端の塗膜剥離状況を下記基準で評価した。評価結果を表2及び表3に示す。
◎:剥離なし
○:剥離面積5%未満
△:剥離面積5%以上
×:剥離面積10%以上
(基準面積:15mm径の円面積)
【0056】
[引き抜き加工密着性]
試験片を30mm巾に切断し、引張り方向に30mm長さの冶具で挟み、先端半径2mm、成形高さ4mm、圧着荷重0.5ton、引き抜き速度240mm/minでドロービード試験を行い、そのカジリ外観を下記基準で評価した。評価結果を表2及び表3に示す。
◎:剥離面積5%未満
○:剥離面積10%未満
△:剥離面積10%以上
×:剥離面積30%以上
(基準面積:20mm巾×100mm)
【0057】
[動摩擦係数]
12mm径の鋼球に1000gの荷重をかけ、試験片表面での引張りスピード500mm/min、引張り長さ50mm、引張り回数50回摺動し、50回目の鋼球を引っ張るのに要する力を1000gの荷重で除した値を求め、この値を動摩擦係数として比較した。測定結果を表2及び表3に示す。
【0058】
[加熱時臭気]
鋼板を800℃に加熱し、発生する煙と臭いを次の評価基準で判定した。評価結果を表2及び表3に示す。
◎:弱い臭気
○:明らかな臭気
△:刺激臭又は悪臭
×:強い刺激臭又は悪臭
【0059】
【表1】

【0060】
【表2】

【0061】
【表3】

【0062】
表2及び表3に示す通り、本実施例で製造した潤滑皮膜は、加工密着性、引き抜き加工密着性、動摩擦係数、加熱時の臭気について、良好な結果が得られた。一方、比較例で製造した潤滑皮膜の性能は、十分なものではなかった。このように、本実施例に係る潤滑鋼板は、比較例に係る潤滑鋼板に比して成形加工性に優れていることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、この鋼板の少なくとも片面に形成された潤滑皮膜とで構成される潤滑鋼板であって、
前記鋼板は、ステンレス鋼板、ステンレス−アルミめっき鋼板、又はアルミめっき鋼板であり、
前記潤滑皮膜は、水性塗布剤を塗布、乾燥することにより形成され、
前記水性塗布剤は、樹脂、ポリオレフィンワックス、及びフルオロジルコニウム酸塩を含有し、且つpHが4.5以上8以下であり、
前記樹脂はポリエステル樹脂を含み、前記水性塗布剤の固形分中における前記ポリエステル樹脂の含有量が70質量%以上である潤滑鋼板。
【請求項2】
前記樹脂は、更に、ポリウレタン樹脂及び/又はポリオレフィン樹脂を含む請求項1記載の潤滑鋼板。
【請求項3】
前記潤滑皮膜の片面当りの乾燥皮膜量は、0.5g/m以上4g/m以下である請求項1又は2記載の潤滑鋼板。
【請求項4】
前記水性塗布剤の固形分中における前記樹脂の含有量は、76質量%以上98質量%以下であり、
前記水性塗布剤の固形分中における前記ポリオレフィンワックスの含有量は、1.9質量%以上23.9質量%以下であり、
前記水性塗布剤の固形分中における前記フルオロジルコニウム酸塩の含有量は、0.1質量%以上3.0質量%以下である請求項1から3いずれか記載の潤滑鋼板。
【請求項5】
前記ポリオレフィンワックスは、粒子径が0.1μm以上4μm以下のポリエチレン粒子からなる請求項1から4いずれか記載の潤滑鋼板。
【請求項6】
前記フルオロジルコニウム酸塩は、フルオロジルコニウム酸アンモニウム塩である請求項1から5いずれか記載の潤滑鋼板。

【公開番号】特開2008−69413(P2008−69413A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−249655(P2006−249655)
【出願日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】