説明

無段変速機による車輛駆動装置の変速制御装置

【課題】 車輛駆動装置に於ける無段変速機の入力回転要素の回転速度を目標回転速度に追随させることによる変速比制御に於ける目標回転速度への追随性を高める。
【解決手段】 少なくとも車速とアクセルペダル踏込み量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて入力回転要素の目標回転速度を求め、入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の差に基づくフィードバック制御と目標回転速度の変化率に応じたフィードフォワード制御の組合せにより無段変速機の変速比を制御する。目標回転速度に実回転速度が近づいたときの制御ハンチングの抑制と変速開始時の変速敏捷性の両立および変速終了時のオーバシュート抑制が可能。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無段変速機の変速制御装置に係り、特に無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置に係わる。
【背景技術】
【0002】
Vベルト式変速機やトロイダル式変速機の如く出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比が無段に変更できる無段変速機が知られており、かかる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んで車輛駆動装置を構成することも知られている。車輛の運転は、一般に運転者が所望の車速を得んとしてアクセルペダルやブレーキペダルの踏込量を調節する要領にて行われ、このときアクセルペダル踏込量やブレーキペダル踏込量に対し得られる車速には、車輛の荷重状態や時々刻々変化する道路状況が反映されているので、車輛駆動装置に於ける無段変速機の変速比を最適に制御するには、車速とアクセルペダルまたはブレーキペダルの踏込量の組合せに対応して無段変速機の最適変速比を予め変速比スケジュールとして定めておき、時々刻々車速とアクセルペダルまたはブレーキペダルの踏込量とから前記変速比スケジュールを参照してそのときの無段変速機の最適変速比を求め、これと車速とから無段変速機の入力回転要素のあるべき回転速度を目標回転速度として算出し、該入力回転要素の実回転速度をかかる目標回転速度に合わせるように無段変速機の変速比を制御すればよい。
【0003】
上記の要領にて車輛駆動装置に於ける無段変速機の変速比をその入力回転要素の回転速度に着目して制御するにあたり、通常時には定常目標回転速度に基づいてフィードバック制御を行い、加速時や減速時の如き過渡時にはスロットル開度とその変化率とに基づいて制御系の応答遅れ時間だけ後のスロットル開度を予測した過渡目標回転速度を演算し、この過渡目標回転速度に基づいてフィードフォワード制御を行うことが下記の特許文献1に記載されている。また下記の特許文献2には、アクチュエータの操作量に応じて変速制御油圧を作り出す油圧サーボ機構を有する無段変速機の変速制御装置に於いて、個体差や経時変化等によりフィードフォワード特性が変化することに対処し、偏差がゼロ近傍であるときのフィードバック操作量を補正操作量とし、フィードフォワード操作量とフィードバック操作量と補正操作量とを加算してアクチュエータ操作量とすることが記載されている。また下記の特許文献3には、入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の差に基づいてそれを打ち消すように変速比を制御する第1の変速態様と、変速比を予め定められた値で制御する第2の変速態様とを用意し、入力回転要素の回転速度が駆動力源の回転速度に関連する特性から求められる所定回転速度になった場合には第1の変速態様を選択することが記載されている。
【特許文献1】特開平6−109113
【特許文献2】特開平7−4508
【特許文献3】特開2001−248726
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
車輛駆動装置に於ける変速機の変速比制御ついては、スロットル開度の変化に対する制御系の応答遅れの問題、制御系の作動特性に於ける個体差や経時変化の問題、或いは制御系の作動状況によるフィードバック制御とフィードフォワード制御の配分の問題等について改良の余地があるが、更なる一つの問題として、上記の如き種々の条件を踏まえて変速制御の目標とすべき変速比が算出された場合、変速機の実際の作動を如何にして目標とする変速比に的確に追従させるかという問題がある。本発明は、この点に関し、無段変速機を組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置を更に改良することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するものして、本発明は、出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比を無段に変更できる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置にして、逐次少なくとも車速とアクセルペダル踏込量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて前記入力回転要素の目標回転速度を求め、前記目標回転速度と前記入力回転要素の実回転速度の差に基づいて前記入力回転要素の実回転速度を前記目標回転速度へ近づけるよう前記比をフィードバック制御すると共に前記目標回転速度の変化率に基づいて前記比をフィードフォワード制御し、前記目標回転速度の変化率が所定の限界値を越えて増大するとき該目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御のそれ以上の強化を抑制するようになっていることを特徴とする変速制御装置、または出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比を無段に変更できる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置にして、逐次少なくとも車速とアクセルペダル踏込量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて前記入力回転要素の目標回転速度を求め、前記目標回転速度と前記入力回転要素の実回転速度の差に基づいて前記入力回転要素の実回転速度を前記目標回転速度へ近づけるよう前記比をフィードバック制御すると共に前記目標回転速度の変化率に基づいて前記比をフィードフォワード制御し、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が所定の設定値以下に縮小するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御を低減するようになっていることを特徴とする変速制御装置を提案するものである。
【0006】
この場合、無段変速機はその油圧室に対する作動油の出入により前記比を変更するよう構成されており、前記目標回転速度の変化率からそれに対応する前記比の変更をもたらす作動油の流量を求め、該流量にて前記油圧室に対する作動油の出入を制御するようになっていてよい。
【0007】
或いはまた、上記の課題を解決するものして、本発明は、出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比を無段に変更できる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置にして、逐次少なくとも車速とアクセルペダル踏込量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて前記入力回転要素の目標回転速度を求め、前記目標回転速度と前記入力回転要素の実回転速度の差に基づいて前記入力回転要素の実回転速度を前記目標回転速度へ近づけるよう前記比をフィードバック制御すると共に前記目標回転速度の変化率に基づいて前記比をフィードフォワード制御し、前記無段変速機はその油圧室に対する作動油の出入により前記比を変更するよう構成されており、前記目標回転速度の変化率からそれに対応する前記比の変更をもたらす作動油の流量を求め、該流量にて前記油圧室に対する作動油の出入を制御するようになっており、前記油圧室に対する作動油の出入の流量が所定の設定値を越えて増大するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御のそれ以上の強化を抑制するようになっていることを特徴とする変速制御装置を提案するものである。
【0008】
上記の如き変速制御装置は、前記フィードフォワード制御を選択的に禁止する場合があるように構成されてよい。この場合、変速制御装置は、前記フィードフォワード制御の禁止を徐々に進めるようになっていてよく、また禁止したフィードフォワード制御の再開を徐々に進めるようになっていてよい。
【0009】
一例として、無段変速機は、第一の油圧ポートへ作動油が供給され、第二の油圧ポートから作動油が排出されるとき前記比を増大させ、前記第二の油圧ポートへ作動油が供給され、前記第一の油圧ポートから作動油が排出されるとき前記比を減小させるよう構成されており、前記第一の油圧ポートを油圧源に接続し、前記第二の油圧ポートを排油溜に接続する第一の切換位置と、前記第二の油圧ポートを油圧源に接続し、前記第一の油圧ポートを排油溜に接続する第二の切換位置との間に切り換えられる油路切換弁を有し、前記フィードバック制御と前記フィードフォワード制御の組合せによる前記比の制御は、前記目標回転速度と前記実回転速度の差に基づいて前記油路切換弁を前記第一の切換位置に切り換える第一の切換率および前記油路切換弁を前記第二の切換位置に切り換える第二の切換率とを計算し、前記目標回転速度の変化率に基づいて前記油路切換弁を前記第一の切換位置に切り換える第三の切換率および前記油路切換弁を前記第二の切換位置に切り換える第四の切換率を計算し、前記第一の切換率と第三の切換率の加重和に対応して前記油路切換弁を前記第一の切換位置に切り換え、前記第二の切換率と第四の切換率の加重和に対応して前記油路切換弁を前記第二の切換位置に切り換えるようになっていてよい。
【0010】
また、上記の如き変速制御装置に於いて、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が所定の設定値以下に縮小するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御を低減するようになっているときには、前記比のフィードフォワード制御の低減の度合は前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小するにつれて大きくされるようになっていてよい。
【0011】
前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の正の設定値以上のとき、または所定の負の設定値以下のときには、行なわないようになっていてよい。また、前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の正の設定値以上であり且前記入力回転要素の実回転速度の変化率が負であるとき、または前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の負の設定値以下であり且前記入力回転要素の実回転速度の変化量が正であるときには、行なわないようになっていてよい。
【発明の効果】
【0012】
変速機の変速比とは、一般にその出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比とされるが、上記の如くかかる変速比を無段に変更できる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置に於いて、逐次少なくとも車速とアクセルペダル踏込量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて入力回転要素の目標回転速度を求め、目標回転速度と入力回転要素の実回転速度の差に基づいて入力回転要素の実回転速度を目標回転速度へ近づけるよう変速比をフィードバック制御すると共に目標回転速度の変化率に基づいて変速比をフィードフォワード制御することが行われれば、入力回転要素の実回転速度を目標回転速度に追随させるフィードバック制御が目標回転速度の変化率に応じたフィードフォワード制御により補われ、入力回転要素の実回転速度を目標回転速度によりよく追随させることができる。
【0013】
無段変速機がその油圧室に対する作動油の出入により変速比を変更するよう構成されており、目標回転速度の変化率からそれに対応する変速比の変更をもたらす作動油の流量を求め、該流量にて油圧室に対する作動油の出入を制御するようになっていれれば、かかる作動油の流量は入力回転要素の実回転速度の変化率に相当するので、これは上記の目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御となる。
【0014】
しかし、アクセルペダルまたはブレーキペダルが急激に大きく踏み込まれ、それに基づいて算出される上記の目標回転速度が大きく急変するような場合には、そのことを上記のフィードフォワード制御により変速機の変速制御にそのまま反映させることが好ましくないことがある。そこで、フィードフォワード制御を選択的に禁止する場合があるような制御が行われれば、そのような場合に上記のフィードフォワード制御の組入れが車輛の安定した走行性能を損なうようなことを確実に回避することができる。
【0015】
また、フィードフォワード制御の選択的禁止或は禁止後の再開について、それが徐々に進められるようになっていれば、フィードフォワード制御の禁止或は再開により変速ショックが生じることを回避することができる。
【0016】
無段変速機が、第一の油圧ポートへ作動油が供給され、第二の油圧ポートから作動油が排出されるとき変速比を増大させ、第二の油圧ポートへ作動油が供給され、第一の油圧ポートから作動油が排出されるとき変速比を減小させるよう構成され、第一の油圧ポートを油圧源に接続し、第二の油圧ポートを排油溜に接続する第一の切換位置と、第二の油圧ポートを油圧源に接続し、第一の油圧ポートを排油溜に接続する第二の切換位置との間に切り換えられる油路切換弁を有し、フィードバック制御とフィードフォワード制御の組合せによる変速比の制御が、目標回転速度と実回転速度の差に基づいて油路切換弁を第一の切換位置に切り換える第一の切換率および油路切換弁を第二の切換位置に切り換える第二の切換率とを計算し、目標回転速度の変化率に基づいて油路切換弁を第一の切換位置に切り換える第三の切換率および油路切換弁を第二の切換位置に切り換える第四の切換率を計算し、第一の切換率と第三の切換率の加重和に対応して油路切換弁を第一の切換位置に切り換え、第二の切換率と第四の切換率の加重和に対応して油路切換弁を第二の切換位置に切り換えるようになっていれば、上記のフィードバック制御とフィードフォワード制御の組合せによる無段変速機の変速比の制御を油圧パルスのデューティ比制御の如き制御によって的確に実行することができる。
【0017】
また、上記の如き変速制御装置に於いて、前記目標回転速度の変化率が所定の限界値を越えて増大するとき該目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御のそれ以上の強化が抑制されるようになっていれば、前記目標回転速度に大きな急変を生じさせるような変速指令がなされたとき、変速ショックが生ずることを防止することができる。特に、無段変速機がその油圧室に対する作動油の出入により前記比を変更するよう構成されていれば、かかる作動油の流量は入力回転要素の実回転速度の変化率に相当するので、上記のフィードフォワード制御のそれ以上の強化の抑制を変速比制御の実行端にて直接行うことができる。
【0018】
また、上記の如き変速制御装置に於いて、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が所定の設定値以下に縮小するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御を低減するようになっていれば、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小し、両者の大小関係にハンチングが生じたとき、その都度それを修正しようとするフィードフォード制御が効き過ぎることによってハンチングが拡大されて変速制御が不安定になることを防止することができる。
【0019】
また、この場合に、前記比のフィードフォワード制御の低減の度合が前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小するにつれて大きくされるようになっていれば、フィードフォワード制御の抑制により上記のハンチングを抑制する利益と、フィードフォワード制御の抑制により変速制御の追従性が低減する不利益との間のより有利な妥協を図ることができる。
【0020】
一方、前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の正の設定値以上のときまたは前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の負の設定値以下のときには、行なわないようになっていれば、急速なダウンシフトまたはアップシフトを行おうとするとき、それがフィードフォワード制御の抑制によって阻まれることを回避することができる。また、前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の正の設定値以上であり且前記入力回転要素の実回転速度の変化率が負であるときまたは前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の負の設定値以下であり且前記入力回転要素の実回転速度の変化量が正であるときには、行なわないようになっていれば、ダウンシフトまたはアップシフトの終了時に変速比の変更がオーバシュートすることを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】ベルト式無段変速機を備え、本発明による変速制御装置により制御される車輛駆動装置の一例を示す概略図。
【図2】図1に示した車輛駆動装置の変速制御装置の作動例を示すフローチャート。
【図3】図1に例示した如き車輛駆動装置に於いて、アクセル開度が図の1段目に示されている如く変化したことに応じて、プライマリシーブの回転速度、変速出力デューティ比、駆動トルクの変化の態様が本発明により改善される要領を例示するグラフ。
【図4】本発明による車輛駆動装置の変速制御装置をフィードフォワード制御が選択的に禁止できるようにし、またその際、禁止が徐々に行なわれ、また禁止を解除してフィードフォワード制御を再開するときその実行が徐々に進行されるようにする一つの実施の形態をその作動プロセスの形で示すフローチャート。
【図5】本発明による車輛駆動装置の変速制御装置をフィードフォワード制御が選択的に禁止できるようにし、またその際、禁止が徐々に行なわれ、また禁止を解除してフィードフォワード制御を再開するときその実行が徐々に進行されるようにする他の一つの実施の形態をその作動プロセスの形で示すフローチャート。
【図6】本発明による車輛駆動装置の変速制御装置の他の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示す図2と同様のフローチャート。
【図7】本発明による車輛駆動装置の変速制御装置の更に他の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示す図2および図6と同様のフローチャート。
【図8】プライマリシーブの目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小してきたときの該偏差と、それに対応するフィードバックデューティ比、フィードフォワードデューティ比、総合制御デューティ比の態様を例示するグラフ。
【図9】図7に示す実施の形態の一部を変更した更に他の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示す同様のフローチャート。
【図10】図9に示すフローチャートに従った制御による変速開始時の関係諸元の変化を例示するグラフ。
【図11】図7に示す実施の形態の一部を変更した更に他の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示す同様のフローチャート。
【図12】図11に示すフローチャートに従った制御による変速終了時の関係諸元の変化を例示するグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0022】
添付の図1は、ベルト式無段変速機を備え、本発明による変速制御装置により制御される車輛駆動装置の一例を示す概略図である。図に於いて、10はエンジンであり、そのクランク軸12は、トルクコンバータ14のポンプ16を駆動し、これよりタービン18を駆動し、ワンウェイクラッチ20を経てトルクコンバータ出力軸22を駆動すると共に、直結クラッチ24が係合されたときには、トルクコンバータをバイパスし、ワンウェイクラッチ20を経て直接トルクコンバータ出力軸22を駆動するようになっている。尚、26はトルクコンバータのステータであり、ワンウェイクラッチ28を経てハウジング30より支持されている。トルクコンバータ出力軸22は回転枠32に連結され、クラッチ34を経て中間軸36に連結されていると共に、遊星歯車装置38のリングギヤ40にも連結されている。遊星歯車装置のサンギヤ42は中間軸36に連結されている。遊星歯車装置のリングギヤ40とサンギヤ42の間にはキャリア44により担持されたプラネタリピニオン46が噛み合わされている。キャリア44はブレーキ48により中間軸36と同心に回転するようハウジング50から支持されると同時に該ブレーキにより選択的に回転を阻止されるようになっている。ブレーキ48は車輛の後進時に係合され、キャリア44の回転を阻止して中間軸36を逆転させる。
【0023】
中間軸36には固定側プライマリシーブ52が固定されており、従って中間軸36はプライマリシーブ52を入力回転要素とする無段変速機にとっては入力軸となっている。固定側プライマリシーブ52の円錐状ベルト係合面54に対向して円錐状ベルト係合面56を呈する可動側プライマリシーブ58が中間軸36上にその軸線方向に沿って移動可能に、しかしスプラインによりトルクを伝達する関係に、装着されている。可動側プライマリシーブ58には油圧シリンダ60が設けられており、該油圧シリンダにはピストン62が係合し、該ピストンと可動側プライマリシーブ58の間に油圧室64が形成されている。ピストン62は中間軸36上に固定されてそれと一体となって回転するようになっており、従って、ピストン62は可動側プライマリシーブ58に固定された油圧シリンダ60に係合した状態で、油圧室64の容積を適宜変更させつつ、可動側プライマリシーブ58と一体となって回転する。油圧室64にはポート66より油路68を経て圧油が供給され、或いは油圧室64内の油が油路68を経てポート66より排出されるようになっている。尚、中間軸36は図には示されていない軸受手段により図には示されていないハウジングより回転式に支持されている。
【0024】
中間軸36に対し平行にこれより隔置されて出力軸70が配置され、図には示されていない軸受手段により図には示されていないハウジングより回転式に支持されている。出力軸70には固定側セカンダリシーブ72が固定されている。固定側セカンダリシーブ72の円錐状ベルト係合面74に対向して円錐状ベルト係合面76を呈するように可動側セカンダリシーブ78が出力軸70上にその軸線方向に沿って移動可能に、しかしスプラインによりトルクを伝達する関係に、装着されている。可動側セカンダリシーブ78には油圧シリンダ80が設けられており、該油圧シリンダにはピストン82が係合し、該ピストンと可動側セカンダリシーブ78の間に油圧室84が形成されている。ピストン82は出力軸70上に固定されてそれと一体となって回転するようになっており、従って、ピストン82は可動側セカンダリシーブ78に固定された油圧シリンダ80に係合した状態で、油圧室84の容積を適宜変更させつつ、可動側セカンダリシーブ78と一体となって回転する。油圧室84にはポート86より油路88を経て圧油が供給され、或いは油圧室84内の油が油路88を経てポート86より排出されるようになっている。
【0025】
固定側プライマリシーブ52の円錐状ベルト係合面54と可動側プライマリシーブ58の円錐状ベルト係合面56とがなすV字型断面の溝と固定側セカンダリシーブ72の円錐状ベルト係合面74と可動側セカンダリシーブ78の円錐状ベルト係合面76とがなすV字型断面の溝の周りには無端ベルト90が掛け渡されている。出力軸70には歯車92が装着されており、歯車92には歯車94が噛み合っている。歯車94は図には示されていない軸受手段により回転式に支持された軸96の一端に装着されており、該軸の他端には歯車98が設けられている。歯車98は差動装置100の入力歯車102と噛み合っており、これにて一対の車軸104と106を駆動するようになっている。
【0026】
可動側プライマリシーブ58の油圧室64と可動側セカンダリシーブ78の油圧室84に対する作動油の給排は、それぞれのポート66および86を、油圧切換弁108により、油圧ポンプの如き圧油源110と油溜112とに切り換えて接続することにより行われる。油圧切換弁108は、それぞれポート66および86に接続されたポート114および116と、圧油源110に接続されたポート118と、油溜112に接続されたポート120と、弁要素122と、弁要素122の通路パターンを切り換えるソレノイド124および126とを有している。ソレノイド124および126のいずれにも通電がされていないときには、弁要素の通路パターンはaの状態にあり、ポート116と118の間の連通およびポート114と120の間の連通はいずれも断たれている。ソレノイド124のみが通電されると、弁要素の通路パターンはbの状態となり、ポート116と118が連通され、またポート114と120が連通される。ソレノイド126のみが通電されると、弁要素の通路パターンはcの状態となり、ポート116と120が連通され、またポート114と118が連通される。弁要素の通路パターンがaの状態にあるときには変速比は一定に保たれ、bの状態にあるときには変速比は次第に増大され、cの状態にあるときには変速比は次第に減小される。
【0027】
ソレノイド124および126に対する通電は一定の周期にてパルス的に行われ、各周期毎にソレノイド124または126にパルス電流を通電すべきか否かの判断とそれに基づく通電制御がマイクロコンピュータを組み込んだ電子式制御装置128によりなされる。かかるパルス電流による油圧切換弁の切換制御は、各周期毎にパルス電流をオンにすべきか否かの仕分けによってなされるものであり、一定数の周期のうちオンとされる周期の数がデューティ比と称されることから、デューティ比制御と称されるものである。かかる制御によれば、ソレノイド126に対するデューティ比に対しソレノイド124に対するデューティ比が大きくされれば、その差の増大に応じてより速やかに変速比の増大が行われ、また逆にソレノイド124に対するデューティ比に対しソレノイド126に対するデューティ比が大きくされれば、その差の増大に応じてより速やかに変速比は減小される。
【0028】
図示の状態では、可動側プライマリシーブ58の油圧室64内の作動油は大きく排油されて可動側プライマリシーブ58は固定側プライマリシーブ52より大きく離れており、逆に可動側セカンダリシーブ78の油圧室84には作動油が多く供給されて可動側セカンダリシーブ78は固定側セカンダリシーブ72に近づけられており、変速比はほぼ最大の値となっている。
【0029】
電子式制御装置128には車速、アクセルペダル踏込量(アクセル開度)、ブレーキペダル踏込量(ブレーキ油圧)その他の車輛運転状態に関する情報を示す各種信号Iが供給されており、電子式制御装置はこれらの情報に基づいて予め装填された制御プログラムに従って制御計算を行い、その計算結果に基づいてエンジン10、クラッチ24、34、48の作動を制御するとともに、油圧切換弁108の作動を制御し、その際本発明による制御作動を実行する。
【0030】
図2は、本発明による車輛駆動装置の変速制御装置の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示すフローチャートである。かかるフローチャートの各ステップに於ける実行の決定や判断は電子制御装置128によって行われる。また、かかるフローチャートに沿う制御は通常数10〜100ミリセカンド程度の周期にて繰り返し行われる。
【0031】
図には示されていないイグニションスイッチの閉成により車輛の運転が開始されると、先ずステップ10にて、車速と、運転者によるアクセルペダルの踏込量に相当するアクセル開度またはブレーキペダルの踏込量に相当するブレーキ油圧とに基づいて、目標プライマリシーブ回転速度Npt(i)を算出することが行われる。ここで(i)は、フローチャートに沿う周期的制御のi番目の周期に於ける値であることを示すものとする。(以下その他のパラメータに付されているiも同様である。)アクセルペダルが踏み込まれているときには、アクセル開度と車速とから判断してその運転状態に適した変速比があり、またブレーキペダルが踏み込まれているときでは、ブレーキ油圧と車速とから判断してその運転状態に適した変速比があり、該変速比の値と車速から、その運転状態に適した無段変速機のプライマリシーブの回転速度がその目標値として定まる。
【0032】
次いで、ステップ20に於いて、目標プライマリシーブ回転速度Npt(i)とプライマリシーブの実回転速度Np(i)の差ΔNp(i)が求められる。次いで、ステップ30にてΔNp(i)を0とするために油圧切換弁を作動させるためのデューティ比Dfb(i)が求められる。かかるデューティ比Dfb(i)は、プライマリシーブの実回転速度をその目標回転速度からの偏差に基づいて該偏差を無くすように変更しようとするフィードバック制御のデューティ比である。ΔNp(i)に基づくDfb(i)の算出は任意の公知のフィードバック技術に従って行われてよく、例えば、KpおよびKiを適当な係数として、Dfb(i)=Kp(ΔNp(i)+KiΣΔNp(i))の如く算出されてよい。
【0033】
次いで、ステップ40に於いて、今回のフローに於ける目標プライマリシーブ回転速度Npt(i)と前回のフローに於ける目標プライマリシーブ回転速度Npt(i-1)の差δNpt(i)が求められる。これは、現在(i番目フローの時)に於ける目標プライマリシーブ回転速度Npt(i)の変化率に相当する。次いで、ステップ50にて、現在の目標プライマリシーブ回転速度の変化率に基づいて次回のフロー(i+1番目フロー)に於ける目標プライマリシーブ回転速度Npt(i+1)がNpt(i)+δNpt(i)として予測される。次いで、ステップ60にて、現時点の変速比γ(i)および所定時間後(ここでは最も基本的な例としてフローの1サイクル後)の変速比γ(i+1)が、それぞれ現在のセカンダリシーブ回転速度Nout(i)に対するNpt(i)およびNpt(i+1)の比として算出される。
【0034】
次いで、ステップ70にて、変速比をγ(i)よりγ(i+1)に変更するに要する制御油の流量Qreq(i)が算出される。Qreq(i)は目標プライマリシーブ回転速度の変化率に対応する。次いで、ステップ80にて、Qreq(i)よりそれを得るに必要な油圧切換弁の切換作動のデューティ比Dff(i)が求められる。かかるデューティ比Dff(i)は、プライマリシーブの実回転速度をその目標回転速度の変化傾向に合わせようとするフィードフォワード制御のデューティ比である。
【0035】
次いで、ステップ90にて、Dfb(i)とDff(i)とが加重係数αおよびβをもって加算されてDr(i)とされる。加重係数αおよびβは変速機の作動特性等に基づいて適当に定められてよく、例えばそれぞれが対等の0.5とされてよい。上記の通りDfb(i)は目標プライマリシーブ回転速度と実プライマリシーブ回転速度の差に応じてそれを解消するよう定められる油圧切換弁作動用デューティ比であり、これはフィードバック制御の度合いを定める性格を有するものである。これに対し、Dff(i)は目標プライマリシーブ回転速度の変化の傾向に基づいて油圧切換弁の作動を先行制御しようとするものであり、これはフィードフォワード制御の度合いを定める性格を有するものである。この例では、フィードバック制御のためのデューティ比とフィードフォワード制御のためのビューティ比とが、それぞれに対する加重度αおよびβの割合で加算的に組み合わされているが、Dfb(i)とDff(i)の組合せ方には他に色々な考えが適用されてよい。このように目標値を目指すフィードバック制御と目標値の変化傾向に倣うフィードフォワード制御とを適当な相対的加重度にて組み合わせることにより、フィードフォワード制御により制御の迅速性を高めつつ、フィードバック制御により的確に制御を収斂させることができる。
【0036】
図3は、図1に示した如き車輛駆動装置に於いて、アクセルペダルが比較的急速に踏み込まれた場合に、図2について上に説明した本発明による制御により、プライマリシーブ回転速度、変速出力のデューティ比、車輪に対する駆動トルクが、どのように改善されるかを例示するグラフである。図に於いて、プライマリシーブ回転速度の段に於ける「目標」を付された曲線は、アクセル開度の図示の如き変化に対し算出される目標プライマリシーブ回転速度の経時的変化であり、同段に於ける「従来」を付された曲線は、上記の目標プライマリシーブ回転速度の変化率に基づくフィードフォワード制御を含まない従来技術による場合のプライマリシーブの実回転速度を例示するものであり、「本発明」を付された曲線は、上記の目標プライマリシーブ回転速度の変化率に基づくフィードフォワード制御を組み入れることにより、プライマリシーブの実回転速度が従来技術による場合に比して目標プライマリシーブ回転速度に近づけられることを示すものである。目標プライマリシーブ回転速度に対するプライマリシーブ実回転速度の偏差に対するフィードバック制御のみでは、上記の「目標」曲線に対し「従来」曲線の如き遅れが生ずるので、その間の偏差に基づくフィードバック制御のみでは変速出力のデューティ比は図の3段目に「従来」として破線にて示されている如き遅れを伴い、それに対応して車輪に対する駆動トルクは図の4段目に「従来」として破線にて示されている如き経過を辿るが、本発明により変速出力デューティ比が図の3段目に「本発明」として示されている曲線の如く制御されれば、これによってプライマリシーブ回転速度は図の2段目について上に記した如く目標値に近づけられ、また車輪に対する駆動トルクは図の4段目に「本発明」として示されている如く改善される。
【0037】
図4は、本発明による車輛駆動装置の変速制御装置をフィードフォワード制御が選択的に禁止できるようにし、またその際、禁止が徐々に行なわれ、また禁止を解除してフィードフォワード制御を再開するときその実行が徐々に進行されるようにする一つの実施の形態をその作動プロセスの形で示すフローチャートである。
【0038】
先ず、ステップ101に於いて、フィードフォワード制御(FF制御)を禁止する条件が成立しているか否かが判断される。フィードフォワード制御禁止の条件としては、目標プライマリシーブ回転速度が急激に変化する変速や特殊な変速フィードバックが実施される変速指令出力が出されたこと等が採用されてよく、より具体的には、アクセルペダルが強く踏み込まれることによりダウンシフトが生ずる場合、通常よりゆっくりダウンシフトする変速比最大状態での未発進時、低μ(摩擦係数)路等でのタイヤスリップ時、急減速によるABS作動時等とされてよい。答がイエスとときには制御はステップ102へ進む。
【0039】
ステップ102に於いては、フィードフォワード制御の許可/禁止状態を示すフラグF0がOFF(禁止)とされる。次いで、ステップ103に於いて、フラグF0がONからOFFに切り換わった(フィードフォワード制御について許可から禁止に切り換わった)か否かが判断される。答がイエスのときには、制御はステップ104へ進み、フィードフォワード制御項の徐変が必要な状況にあるか否かが判断される。フィードフォワード制御項を禁止する際の徐変が必要な状況としては、急なダウンシフト、変速比が最大とならない前の車輛発進、ABS作動制御終了時等が採用されてよい。答がイエスのときには、制御はステップ105へ進み、フラグF1がONとされ、フラグF2がOFFとされる。一方、答がノーのときには、制御はステップ106へ進み、フラグF1およびF2が共にOFFとされる。いずれにしても、制御がステップ104を通った後ステップ105または106に来るのは、フィードフォワード制御禁止条件が成立していない状態(F0=ON)からフィードフォワード制御禁止条件が成立した状態(F0=OFF)への転移が生じた直後の1回のフロー限りであり、その後はフローが少なくとも一度ステップ101より後述のステップ107へ進んだ後、再度フローがステップ101よりステップ102を経てステップ103に至るまでは、ステップ103の答はノーであり、その間ステップ104〜106はパイパスされる。
【0040】
一方、ステップ101の答がノーであるとき、即ち、フィードフォワード制御禁止条件が成立しておらず、フィードフォワード制御が実行されてよいときには、制御はステップ107へ進み、フラグF0はONとされる。次いで、ステップ108に於いて、フラグF0がOFFからONに切り換わった(フィードフォワード制御が禁止から許可に切り換わった)か否かが判断される。答がイエスのときには、制御はステップ109へ進み、フィードフォワード制御項の徐変が必要な状況にあるか否かが判断される。フィードフォワード制御項の禁止を解除して許可する際の徐変が必要な状況としては、タイヤスリップ、ABS作動制御初期等が採用されてよい。答がイエスのときには、制御はステップ110へ進み、フラグF1はOFFとされ、フラグF2がONとされる。ステップ109の答がノーのときには、制御はステップ106へ進み、フラグF1およびF2が共にOFFとされる。この場合にも、制御がステップ109を通った後ステップ110または106に来るのは、フィードフォワード制御禁止条件が成立している状態(F0=OFF)からフィードフォワード制御禁止条件が成立していない状態(F0=ON)への転移が生じた直後の1回のフロー限りであり、その後は少なくともフローが一度ステップ101よりステップ102へ進んだ後、再度フローがステップ101よりステップ107を経てステップ108に至るまでは、ステップ108の答はノーであり、その間ステップ109、110、106はパイパスされる。
【0041】
ステップ111に於いては、目標変速出力のデューティ比のフィードバック項Dfb(i) が算出される。これは図2について説明した要領にて行われてよい。次いで、ステップ112に於いて、目標変速出力のデューティ比のフィードフォワード項Dff(i)
が算出される。これも図2について説明した要領にて行われてよい。
【0042】
ステップ113に於いては、上記のフラグF0がOFFであるか否かが判断される。答がイエスであるとき、即ちフィードフォワード制御禁止条件が新たに成立したときおよびそれに続く同条件の成立中には、制御はこれよりステップ114へ進む。
【0043】
ステップ114に於いては、フラグF1がONであるか否かが判断される。ステップ101にてフィードフォワード制御禁止条件の成立が検出され、ステップ104にてフィードフォワード項の徐変の必要性が確認された後、制御がこのステップに至ったときには、答はイエスである。このときには制御はステップ115へ進み、各サイクル毎にステップ112にて算出された変速出力デューティ比のフィードフォワード項Dff(i)より1サイクル毎にΔD1ずつ増大する量を減じた値を過渡フィードフォワード項Dffp(i)とする計算が行われる。
【0044】
次いで、制御はステップ116へ進み、Dffp(i)が0まで減じられたか否かが判断される。ステップ115に於けるDffp(i)の徐減が進み、答がイエスになれば制御はステップ117へ進むが、それまでは制御はステップ118へ進み、各サイクル毎にその回のステップ115にて算出されたDffp(i)がその時点に於けるフィードフォワード項Dff(i)の値とされる。ステップ115に於けるDffp(i)の徐減が進み、Dffp(i)が0またはそれを過ぎて負の領域にまで踏み込んだときには、ステップ117に於いてDffp(i)が0とされ、またこのときフラグF1がONよりOFFに切り換えられる。
【0045】
ステップ114の答がノーであるとき、即ちフラグF1がOFFとなっているときは、上記の要領にてDff(i)の徐減が完了したときか、或いはDff(i)を除去するに当って最初から徐減が必要でないときである。このときには制御はステップ120へ進み、Dff(i)は既に0になっているか否かに拘わらず一挙に0とされる。
【0046】
制御がステップ113に至ったとき、その答えがノーであるときには、制御はステップ121へ進む。ステップ121に於いては、フラグF2がONであるか否かが判断される。ここでフラグF2がONであることは、それ迄フィードフォワード制御が禁止されていた状態からそれが解除され、フィードフォワード項を回復するに当ってその徐変が必要なときであることを意味している。このときには制御はステップ122へ進み、過渡フィードフォワード項Dffp(i)を0から始まって1サイクル毎にΔD2ずつ増大させる計算が行われる。次いで、制御はステップ123へ進み、Dffp(i)がそのサイクルのステップ112にて算出されたDff(i)まで増大されたか否かが判断される。ステップ122に於けるDffp(i)の徐増が進み、答がイエスになれば制御はステップ124へ進むが、それまでは制御はステップ118へ進み、各サイクル毎にその回のステップ122にて算出されたDffp(i)がその時点に於けるフィードフォワード項Dff(i)の値とされる。ステップ122に於けるDffp(i)の徐増が進み、Dffp(i)がDff(i)に達したときには、ステップ124に於いてDffp(i)がDff(i)とされ、またこのときフラグF2がONよりOFFに切り換えられる。
【0047】
ステップ121の答がノーであるとき、即ちフラグF2がOFFとなっているときは、上記の要領にてDff(i)の徐増が完了したときか、或いはDff(i)を回復するに当って最初から徐増が必要でないときである。いずれの場合にも、このとき制御はステップ112にて算出されたDff(i)のままでステップ119へ進む。
【0048】
かくして、ステップ119に於いては、以上の如きフィードフォワード項Dff(i)の禁止またはその解除に応じて、また禁止またはその解除に当って徐変(徐減または徐増)があるときには徐変を踏まえて、フィードバック項Dfb(i)とフィードフォワード項Dff(i)とを組み合わせた変速出力デューティ比Dr(i)の算出が行われる。そして、ステップ125にて、以上の制御演算に基づいて、デューティ比Dr(i)による変速制御が実行される。
【0049】
図5は、図4に示した実施の形態と同じく、本発明による車輛駆動装置の変速制御装置をフィードフォワード制御が選択的に禁止されるようにし、またその際、禁止が徐々に行なわれ、また禁止を解除してフィードフォワード制御を再開するとき、その実行が徐々に進行するようにする他の一つの実施の形態を同じくその作動プロセスの形で示すフローチャートである。図5に於いて、図4に示すステップに対応するステップは図4に於けると同じステップ番号により示されている。
【0050】
この実施の形態の於いては、ステップ111および112にてそれぞれ変速出力デューティ比のフィードバック項Dfb(i)およびフィードフォワード項Dff(i)が算出されると、ここで一先ずステップ201にて直ちにこれらを組み合わせて図4のステップ119に於けると同様の要領により変速出力デューティ比Dr(i)が算出される。
【0051】
次いで、図4に於けるステップ113、114、121に対応するステップ202、203、212により、制御はフィードフォワード制御を禁止する制御であるかまたは該禁止を解除する制御であるかの判別と、制御の切換に当ってフィードフォワード項を徐変するか否かの判別が行われる。そして、フィードフォワード制御を徐変により禁止する場合には、制御はステップ203よりステップ204へ進む。
【0052】
ステップ204に於いては、ステップ112にて算出されたDff(i)が正であるか否かが判断される。答がイエスであれば、制御はステップ205へ進み、過渡変速出力デューティ比Drp(i)をステップ201にて算出されたDr(i)
の値よりフローの1サイクル当たりΔD3だけ低減することが行われ、答がノーであれば、制御はステップ206へ進み、過渡変速出力デューティ比Drp(i)をステップ201にて算出されたDr(i)
の値よりフローの1サイクル当たりΔD4だけ増大することが行われる。
【0053】
そして、制御がステップ205へ進んだ場合には、ステップに207に於いてDrp(i)がαDfb(i) の値またはそれ以下の値まで減小したか否か、また制御がステップ206へ進んだ場合には、ステップに208に於いてDrp(i)がαDfb(i)
の値またはそれ以上の値まで増大したか否か、即ち、Dr(i) に於けるフィードフォワード項βDff(i)が完全に除去されたか否かが判断される。いずれの場合にも答がイエスになれば、制御はステップ209へ進み、Drp(i)
の値がαDfb(i)とされ、フラグF1がOFFとされる。またそれまで、ステップ207の答えがノーである間、或いはステップ208の答えがノーである間、制御はそのままステップ210へ進み、Drp(i)の値を変速出力デューティ比Dr(i)として変速機の変速比が設定される。
【0054】
ステップ203の答がノーであるとき、即ちフラグF1がOFFとなっているときは、上記の要領にてDr(i)の徐減が完了したときか、或いはDff(i)を除去するに当って最初から徐減が必要でないときである。このときには制御はステップ211へ進み、Dff(i)は既に0になっているか否かに拘わらず一挙に0とされ、Dr(i)はαDfb(i)とされる。
【0055】
制御がステップ202に至ったとき、その答えがノーであるときには、制御はステップ212へ進む。ステップ212に於いては、フラグF2がONであるか否かが判断される。ここでフラグF2がONであることは、それ迄フィードフォワード制御が禁止されていた状態からそれが解除され、フィードフォワード項を回復するに当ってその徐変が必要なときであることを意味している。このときには制御はステップ213へ進み、ステップ112にて算出されたDff(i)が正であるか否かが判断される。答がイエスであれば、制御はステップ214へ進み、過渡変速出力デューティ比Drp(i)をフローの1サイクル当たりΔD5だけ増大することが行われ、答がノーであれば、制御はステップ215へ進み、過渡変速出力デューティ比Drp(i)をステップ201にて算出されたDr(i)
の値よりフローの1サイクル当たりΔD6だけ減小させることが行われる。
【0056】
そして、制御がステップ214へ進んだ場合には、ステップに216に於いてDrp(i)がDr(i) の値またはそれ以上の値まで増大したか否か、また制御がステップ215へ進んだ場合には、ステップに217に於いてDrp(i)がDr(i)
の値またはそれ以下の値まで減小したか否か、即ち、Dr(i) に於けるフィードフォワード項βDff(i)が完全に回復されたか否かが判断される。いずれの場合にも答がイエスになれば、制御はステップ218へ進み、Drp(i)
の値がDr(i)とされ、フラグF2がOFFとされる。またそれまで、ステップ216の答えがノーである間、或いはステップ217の答えがノーである間、制御はそのままステップ210へ進み、Drp(i)の値を変速出力デューティ比Dr(i)として変速機の変速比が設定される。
【0057】
ステップ212の答がノーであるとき、即ちフラグF2がOFFとなっているときは、上記の要領にてDr(i)の徐増が完了したときか、或いはDr(i)を回復するに当って最初から徐増が必要でないときである。いずれの場合にも、このとき制御はステップ201にて算出されたDr(i)のままとされる。
【0058】
以上の制御演算に基づいて、ステップ219にて、デューティ比Dr(i)による変速制御が実行される。
【0059】
図6は、本発明による車輛駆動装置の変速制御装置の他の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示す図2と同様のフローチャートである。図6に於いては、図2のフローチャートに於けるステップと同じステップには図2に於けると同じステップ番号を付し、これらのステップについての重複する説明は省略する。この場合、ステップ80に於いてフィードフォワードデューティ比Dff(i)が算出されると、制御はステップ81−1へ進み、ステップ70にて計算された制御油流量Qreq(i)(これは目標プライマリシーブ回転速度の変化率を表す)が正の値であって所定の限界値Qs1以上であるか否か、または負の値であって所定の限界値Qs2以下であるか否かが判断される。Qs1あるいはQs2は、目標プライマリシーブ回転速度に或る大きな急変を生じさせるようなQreq(i)の値である。そして答がイエスであれば、制御はステップ81−2へ進み、フラグFが1であるか否かが判断される。
【0060】
フラグFは制御開始時に0にリセットされ、また制御が後述のステップ81−5へ進んだとき0にリセットされるものであり、制御が最初にステップ81−2にきたときには0であるので、このとき制御はステップ81−3へ進み、1サイクル前のフローに於けるフィードフォワードデューティ比Dff(i-1)がフィードフォワードデューティ比の保留値Dffpとされ、フラグFが1にセットされる。次いで制御はステップ81−4へ進み、Dff(i)の代わりに保留値Dffpを用いて変速出力デューティ比Dr(i)の算出が行われる。そして、その後暫時制御がステップ81−1より81−2へ進んでも、ステップ81−2の答はイエスとなるので、制御はステップ81−3をバイパスして続けられ、暫時、保留値Dffpを用いての変速出力デューティ比Dr(i)の算出が続けられる。
【0061】
かくして、プライマリシーブの目標回転速度に大きな急変を生じさせるような変速指令がなされたとき、変速出力デューティ比Dr(i)が大きく急変して変速ショックが生ずるようなことが防止される。この場合、無段変速機が、図1に示す構造例に於ける如く、油圧室に対する作動油の出入により変速比を変更するよう構成されていれば、フィードフォワードデューティ比を保留値Dffpに保持することは、油圧室に対する作動油の出入の流量を所定の設定値に保持することによって行える。
【0062】
目標プライマリシーブ回転速度Npt(i)の大きな急変要求が続き、それによってステップ81−1の答がイエスとなる間は、フィードフォワードデューティ比を保留値Dffpに保持する制御が続けられるが、そのうちNpt(i)
に対する大きな急変要求が収まれば、ステップ81−1の答はノーになるので、そのとき制御はステップ81−5へ進み、フラグFを0にリセットして、ステップ90へ進み、Dfb(i)とDff(i)を通常通り組み合わせた制御が行われるようになる。また当初からNpt(i)
に対する大きな急変要求はなく、ステップ81−1の答がノーであるときには、制御は当初からステップ81−5よりステップ90を通る経路に従って行われる。
【0063】
図7は、本発明による車輛駆動装置の変速制御装置の更に他の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示す図2と同様のフローチャートである。図7に於いても、図2のフローチャートに於けるステップと同じステップには図2に於けると同じステップ番号を付し、これらのステップについての重複する説明は省略する。この場合、ステップ80に於いてフィードフォワードデューティ比Dff(i)が算出されると、制御はステップ81−11へ進み、ステップ20にて算出されたプライマリシーブの目標回転速度Npt(i)と実回転速度Np(i)の間の偏差ΔNp(i)の値に基づいて、フィードフォワードデューティ比Dff(i)
に対する抑制係数Kffs(i)が算出される。この係数Kffs(i)は、図7に於いて窓グラフにより例示されている如く、偏差ΔNp(i) の値が正であって所定の設定値以上であるとき、または負であって所定の設定値以下であるときには1.0であるが、偏差ΔNp(i)の値が前記正または負の設定値の間にあるときには、その絶対値の減小の度合に応じて1.0以下のより小さい値に減小する正の係数である。尚、ΔNp(i)の絶対値の減小に伴うKffs(i)の減小の態様は図に例示した如き線型的変化態様以外に任意の好適な非線型的態様に定められてもよい。そして、ステップ80−12に於いて、変速出力デューティ比Dr(i)の算出に当たって、フィードフォワード項βDff(i)に抑制係数Kffs(i)を賦課することが行われる。
【0064】
これは、プライマリシーブの目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小してくると、両者の大小関係にハンチングが生ずる虞れがあることに対処するものである。即ち、プライマリシーブの目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小してきたときの該偏差と、それに対応するフィードバックデューティ比、フィードフォワードデューティ比、総合デューティ比の態様を例示する図8の1段目に示す如く、上記の如きハンチングが生じたとき、フィードバックデューティ比Dfb(i)は図の2段目に示す如く逐次目標回転速度と実回転速度の間の偏差に対応した値となるが、フィードフォード制御が効き過ぎると、図の3段目に実線にて示す如くフィードフォードデューティ比Dff(i)の変化が大きく変化し、その結果、総合の制御デューティ比Dr(i)は図の4段目に実線にて示す如くかなり大きく変動し、それによってハンチングを助長して変速制御が不安定になる虞れがある。そこで、これに対処し、上記の如くプライマリシーブの目標回転速度Npt(i)と実回転速度Np
(i)の偏差ΔNp(i)の絶対値が小さくなったときには、ステップ80にて算出されたフィードフォワードデューティ比Dff(i)に上記の如き抑制係数Kffs(i)を賦課して、Dff(i)の値を図8の3段目に破線にて示す如く低減し、これによって総合の制御デューティ比Dr(i)を図8の4段目に破線にて示す如く低減修正する。これによって上記の如くプライマリシーブの目標回転速度Npt(i)と実回転速度Np
(i)の偏差ΔNp(i)の絶対値が小さくなったときに、制御にハンチングによる不安定が生ずることを防止することができる。
【0065】
図9は、図7に示す実施の形態の一部について変更を施した更に他の一つの実施の形態をその作動態様に於いて示す図7と同様のフローチャートである。図9に於いても、図2および図7のフローチャートに於けるステップと同じステップには、図2および図7に於けると同じステップ番号を付し、これらのステップについての重複する説明は省略する。
【0066】
この場合、ステップ80−11に於いてフィードフォワードデューティ比Dff(i)に対する抑制係数Kffs(i)が算出されと、ステップ81−21に於いて、プライマリシーブの目標回転速度Npt(i)と実回転速度Np(i)の偏差ΔNp(i)の変化率がδNp(i)=ΔNp(i)−ΔNp(i-1)として計算される。次いでステップ81−22にてδNp(i)が正の値であって所定の限界値Rs1以上であるか否か、または負の値であって所定の限界値Rs2以下であるか否かが判断される。尚、図には示されていないが、δNp(i)に代えてステップ40にて算出されたδNpt(i)が使用されてもよく、その場合には、ステップ81−22にては、δNpt(i)が正の値であって所定の限界値Rt1以上であるか否か、または負の値であって所定の限界値Rt2以下であるか否かが判断されてよい。
【0067】
先の図7に示す実施の形態の於いては、ステップ81−11および81−12にて、目標プライマリシーブ回転速度Npt(i)と実プライマリシーブ回転速度Np(i)の偏差ΔNp(i)に基づいて、その絶対値が小さくなったとき、1.0以下となる抑制係数Kffs(i)を算出し、これをフィードフォワードデューティ比Dff(i)に賦課することにより、プライマリシーブの目標回転速度Npt(i)と実回転速度Np(i)
とが近い値にあるとき、制御にハンチングが生ずることを防止することが図られた。しかし、そのようにプライマリシーブの目標回転速度Npt(i)と実回転速度Np(i)の偏差ΔNp(i)の絶対値が小さいときフィードフォワード制御を抑制する制御が行われると、変速初期に変速の進行に抑制がかかり、変速の機敏性が損なわれる虞れがある。
【0068】
即ち、変速開始時の関係諸元の変化をダウンシフトの例で示すグラフ図10について見ると、ステップ80にて計算されたフィードフォワードデューティ比Dff(i)に対し常に抑制係数Kffs(i)が賦課されたKffs(i)・Dff(i)に基づいてプライマリシーブ目標回転速度が算出されると、変速初期の時点t1の近傍ではΔNp(i)が小さいのでKffs(i)は小さい値にあることから、プライマリシーブ目標回転速度は図10にNptとして示されている如く抑制された態様に変化し、これに対応して実回転速度Npは、図10に破線のNpsにて示されている如く立ち上がりに大きな遅れを呈する虞れがある。
【0069】
そこで、ステップ81−22の答がイエスであるときには、即ちプライマリシーブの目標回転速度Npt(i)と実回転速度Np(i)の偏差ΔNp(i)の変化率δNp(i)=ΔNp(i)−ΔNp(i-1)が正の値であって所定の限界値Rs1以上であるとき(ダウンシフト時)、または負の値であって所定の限界値Rs2以下であるとき(アップシフト時)には、制御をステップ90へ進め、抑制係数Kffs(i)を用いることなく(図10に示す如くKffsを時点t1にてOFFとし)変速出力デューティ比Dr(i)の算出を行うようにする。答がノーであるときには、制御はステップ81−12へ進み、抑制係数Kffs(i)にてDff(i)を修正する制御が行われる。かかる判別制御が組み込まれることにより、変速初期のプライマリシーブ実回転速度Np(i)の立ち上がりは、図10に実線Npにて示されている如くなり、Npsの如く立ち上がりが遅れることが回避される。
【0070】
このように、設定値Rs1およびRs2の値(δNp(i)に代えてδNpt(i)を用いた場合にはRt1およびRt2の値)をそれぞれ或る適当な大きさの値に設定しておけば、変速初期、図10で見て、時点t0〜t1の僅かの間はステップ81−22の答がノーとなって制御はステップ81−12へ進み、フィードフォワードデューティ比Dff(i)に対し1.0以下に低減された抑制係数Kffs(i)を賦課してプライマリシーブ目標回転速度Npt(i)の急変を抑え、この僅かの時間が過ぎた後、時点t1〜t2間では抑制係数Kffs(i)の賦課を解除しておくことにより、変速開始直後のフィードフォワードデューティ比Dffが図10に於いて破線にて示されている如く抑制されることを回避し、迅速な変速が確保される。尚、その後δNpは頂点に達した後減小し、時点t2にてRs1以下となって、DffにKffsが賦課されることになるが、この時点ではKffsの値は既に1.0に立ち上がっているので影響はない。
【0071】
こうして、プライマリシーブの目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小したとき制御にハンチングが生ずることを抑制する一方で、変速初期等であって、プライマリシーブの目標回転速度Nptと実回転速度Npの偏差ΔNpが急拡大するとき(または目標回転速度Nptが急速に増大するとき)には、ステップ80にて算出されたフィードフォワードデューティ比Dff(i)を抑制することなくそのまま用いて変速制御を行い、変速を機敏に制御することができる。
【0072】
尚、図10に示す例では、その後時点t3〜t4間ではKffsはOFFとなり、実回転速度Npが目標回転速度Nptに近づいた時点t4で抑制係数KffsがONになるが、この時点よりKffsの値は漸減してゆき、NpはNptに漸近して一致するようになっている。しかし、ΔNpに対するKffsの設定(図9に於けると窓グラフ)とRs2の値の如何によっては、δNpの値がRs2となる時点t4とKffsが1.0より低下し始める時点のずれに応じて変速終了時に目標回転速度Nptに対し実回転速度Npがオーバーシュートする恐れがある。これに対処する実施の形態が図11に示されている。
【0073】
図11は、図9に示した実施の形態と同様にプライマリシーブの目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小したとき制御にハンチングが生ずることを抑制すると共に、上記のオーバシュートを抑制することができる他の一つの実施の形態示す図9と同様のフローチャートである。図11に於いても、図2、図7、図9のフローチャートに於けるステップと同じステップには、図2、図7、図9に於けると同じステップ番号を付し、これらのステップについての重複する説明は省略する。
【0074】
この場合、ステップ81−21に続いて、ステップ81−31にて、δNp(i)が所定の正の設定値Ru1以上の値であって且プライマリシーブの実回転速度の変化率或は移動速度を示す制御油流量Qreq(i)が負の値であるか(即ちダウンシフトに於いてプライマリシーブの実回転速度が目標回転速度を越えたか)否か、またはδNp(i)が所定の負の設定値Ru2以下の値であって且制御油流量Qreq(i)が正の値であるか(即ちアップシフトに於いてプライマリシーブの実回転速度が目標回転速度を下回ったか)否かが判断される。ここでも、図には示されていないが、δNp(i)に代えてステップ40にて算出されたδNpt(i)が使用されてもよく、その場合には、ステップ81−31にては、δNpt(i)が所定の正の設定値Rv1以上の値であって且制御油流量Qreq(i)が負の値であるか否か、またはδNp(i)が所定の負の設定値Rv2以下の値であって且制御油流量Qreq(i)が正の値であるか否かが判断されてよい。そして、ステップ81−31の答がイエスであるときには、制御をステップ90へ進め、抑制係数Kffs(i)を用いることなく変速出力デューティ比Dr(i)の算出を行うようにする。かかる判別制御が組み込まれることにより、図12に示されているように変速(図12ではダウンシフト)の終了時にプライマリシーブの実回転速度Np(i)が図12に破線にて示されている如く目標回転速度Npt(i)をオーバシュートすることが回避される。ステップ81−31の答がノーであるときには、制御はステップ81−12へ進み、抑制係数Kffs(i)にてDff(i)を修正する制御が行われる。
【0075】
尚、図12の例では、時点t0よりt1、t2、t3の如き時点を通じて時点t4までKffsはONとされているが、これに図9および図10について上に説明した要領による変速初期のKffsにたいするON/OFF制御が組み合わされてもよいことは明らかであろう。
【0076】
時点t3を過ぎると、ΔNpの低下に伴ってKffsが小さくなってくるので、時点t3とt4の間でDffはKffs・Dffとされることにより破線にて示されて状態から実線にて示されている状態に修正され、Npの増大のフィードフォワード制御による分が低減される。時点t4にて上記のステップ81−31に於けるノーよりイエスへの反転が生じ、これよりDffのフィードフォワード制御は変速の進行を抑制する方向に作用する。その後は時点t5にてステップ81−31の答がイエスよりノーに反転し、これより制御はステップ81−12へ進むようになり、フィードフォワード制御分はKffsを賦課したものとなる。その後ΔNpの0への収束によって時点t6にて変速制御は終了する。
【0077】
以上に於いては本発明をいくつかの実施の形態について詳細に説明したが、これらの実施の形態について本発明の範囲内にて種々の変更が可能であることは当業者にとって明らかであろう。特に、図6、7、9,11の各実施の形態に於いてステップ80以降に実行されている制御は、適当に組み合わせて実行されてよい。既に記した通り、図9と図11の実施の形態を組み合わせ、変速開始時と変速終了時との両方がそれぞれ上記の要領にて制御されてよい。図6と図7の実施の形態を組み合わせでは、ステップ80の後、先ず図7のステップ81−11を実行することにより抑制係数Kffs(i)を算出し、その後制御が図6のステップ81−1へ進むようにし、制御がステップ81−4に至ったときには、フィードフォワード項βDffpに上記の抑制係数Kffs(i)を掛け、制御がステップ81−5を経てステップ90に至ったときには、フィードフォワード項βDff(i)に上記の抑制係数Kffs(i)を掛けるようにしてもよい。
【0078】
図6と図9の実施の形態を組み合わせでは、ステップ80の後、図6のステップ81−1〜81−3または81−5を実行し、その後図9のステップ81−11以降を実行することにより抑制係数Kffs(i)の算出とステップ81−22の判断を行い、制御がステップ81−12に至ったときには、フィードフォワード項をKffs(i)βDffpとし、制御がステップ90に至ったときには、抑制係数Kffs(i)を用いることなくフィードフォワード項をβDff(i)とするようにしてよい。
【0079】
同様に、図6と図11の実施の形態が組み合わせでは、ステップ80の後、図6のステップ81−1〜81−3または81−5を実行し、その後図11のステップ81−11、81−21、81−31を実行することにより抑制係数Kffs(i)の算出とステップ81−31の判断を行い、制御がステップ81−12に至ったときには、フィードフォワード項をKffs(i)βDffpとし、制御がステップ90に至ったときには、抑制係数Kffs(i)を用いることなくフィードフォワード項をβDff(i)とするようにしてよい。
【0080】
また、図7、図9、図11の実施の形態に於いては、ステップ81−11に於いて抑制係数Kffs(i)を算出し、それをステップ81−12に於いてDff(i)に賦課する制御演算が行われているが、抑制係数Kffs(i)に相当するフィードフォワードデューティ比に対する抑制は、プライマリシーブ目標回転速度、プライマリシーブ移動速度、制御油流量のいずれかに対し対応する抑制係数を賦課する要領により行われてもよい。
【符号の説明】
【0081】
10…エンジン、12…クランク軸、14…トルクコンバータ、16…ポンプ、18…タービン、20…ワンウェイクラッチ、22…トルクコンバータ出力軸、24…直結クラッチ、26…ステータ、28…ワンウェイクラッチ、30…ハウジング、32…回転枠、34…クラッチ、36…中間軸、38…遊星歯車装置、40…リングギヤ、42…サンギヤ、44…キャリア、46…プラネタリピニオンピニオン、48…ブレーキ、50…ハウジング、52…固定側プライマリシーブ、54,56…ベルト係合面、58…可動側プライマリシーブ、60…油圧シリンダ、62…ピストン、64…油圧室、66…ポート、68…油路、70…出力軸、72…固定側セカンダリシーブ、74…円錐状ベルト係合面、76…ベルト係合面、78…可動側セカンダリシーブ、80…油圧シリンダ、82…ピストン、84…油圧室、86…、88…油路、90…無端ベルト、92,94…歯車、96…軸、98…歯車、100…差動装置、102…入力歯車、104,106…車軸、108…油圧切換弁、110…圧油源、112…油溜、114,116,118,120…ポート、122…弁要素、124,126…ソレノイド、128…電子式制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比を無段に変更できる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置にして、逐次少なくとも車速とアクセルペダル踏込量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて前記入力回転要素の目標回転速度を求め、前記目標回転速度と前記入力回転要素の実回転速度の差に基づいて前記入力回転要素の実回転速度を前記目標回転速度へ近づけるよう前記比をフィードバック制御すると共に前記目標回転速度の変化率に基づいて前記比をフィードフォワード制御し、前記目標回転速度の変化率が所定の限界値を越えて増大するとき該目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御のそれ以上の強化を抑制するようになっていることを特徴とする変速制御装置。
【請求項2】
出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比を無段に変更できる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置にして、逐次少なくとも車速とアクセルペダル踏込量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて前記入力回転要素の目標回転速度を求め、前記目標回転速度と前記入力回転要素の実回転速度の差に基づいて前記入力回転要素の実回転速度を前記目標回転速度へ近づけるよう前記比をフィードバック制御すると共に前記目標回転速度の変化率に基づいて前記比をフィードフォワード制御し、前記無段変速機はその油圧室に対する作動油の出入により前記比を変更するよう構成されており、前記目標回転速度の変化率からそれに対応する前記比の変更をもたらす作動油の流量を求め、該流量にて前記油圧室に対する作動油の出入を制御するようになっており、前記油圧室に対する作動油の出入の流量が所定の設定値を越えて増大するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御のそれ以上の強化を抑制するようになっていることを特徴とする変速制御装置。
【請求項3】
出力回転要素の回転速度に対する入力回転要素の回転速度の比を無段に変更できる無段変速機をエンジンと車輪の間に組み込んだ車輛駆動装置の変速制御装置にして、逐次少なくとも車速とアクセルペダル踏込量またはブレーキペダル踏込量のいずれか一方とに基づいて前記入力回転要素の目標回転速度を求め、前記目標回転速度と前記入力回転要素の実回転速度の差に基づいて前記入力回転要素の実回転速度を前記目標回転速度へ近づけるよう前記比をフィードバック制御すると共に前記目標回転速度の変化率に基づいて前記比をフィードフォワード制御し、前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が所定の設定値以下に縮小するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御を低減するようになっていることを特徴とする変速制御装置。
【請求項4】
前記無段変速機はその油圧室に対する作動油の出入により前記比を変更するよう構成されており、前記目標回転速度の変化率からそれに対応する前記比の変更をもたらす作動油の流量を求め、該流量にて前記油圧室に対する作動油の出入を制御するようになっていることを特徴とする請求項1または3に記載の変速制御装置。
【請求項5】
前記フィードフォワード制御を選択的に禁止する場合があることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の変速制御装置。
【請求項6】
前記フィードフォワード制御の禁止を徐々に進めることを特徴とする請求項5に記載の変速制御装置。
【請求項7】
禁止した前記フィードフォワード制御の再開を徐々に進めることを特徴とする請求項5または6に記載の変速制御装置。
【請求項8】
前記無段変速機は、第一の油圧ポートへ作動油が供給され、第二の油圧ポートから作動油が排出されるとき前記比を増大させ、前記第二の油圧ポートへ作動油が供給され、前記第一の油圧ポートから作動油が排出されるとき前記比を減小させるよう構成されており、前記第一の油圧ポートを油圧源に接続し、前記第二の油圧ポートを排油溜に接続する第一の切換位置と、前記第二の油圧ポートを油圧源に接続し、前記第一の油圧ポートを排油溜に接続する第二の切換位置との間に切り換えられる油路切換弁を有し、前記フィードバック制御と前記フィードフォワード制御の組合せによる前記比の制御は、前記目標回転速度と前記実回転速度の差に基づいて前記油路切換弁を前記第一の切換位置に切り換える第一の切換率および前記油路切換弁を前記第二の切換位置に切り換える第二の切換率とを計算し、前記目標回転速度の変化率に基づいて前記油路切換弁を前記第一の切換位置に切り換える第三の切換率および前記油路切換弁を前記第二の切換位置に切り換える第四の切換率を計算し、前記第一の切換率と第三の切換率の加重和に対応して前記油路切換弁を前記第一の切換位置に切り換え、前記第二の切換率と第四の切換率の加重和に対応して前記油路切換弁を前記第二の切換位置に切り換えるようになっていることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の変速制御装置。
【請求項9】
前記目標回転速度の変化率が所定の限界値を越えて増大するとき該目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御のそれ以上の強化を抑制するようになっていることを特徴とする請求項2〜8のいずれかに記載の変速制御装置。
【請求項10】
前記油圧室に対する作動油の出入の流量が所定の設定値を越えて増大するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御のそれ以上の強化を抑制するようになっていることを特徴とする請求項4に記載の変速制御装置。
【請求項11】
前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が所定の設定値以下に縮小するとき前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御を低減するようになっていることを特徴とする請求項1、2または4〜10のいずれかに記載の変速制御装置。
【請求項12】
前記比のフィードフォワード制御の低減の度合は前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差が縮小するにつれて大きくされるようになっていることを特徴とする請求項11に記載の変速制御装置。
【請求項13】
前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の正の設定値以上のときには行なわないようになっていることを特徴とする請求項11または12に記載の変速制御装置。
【請求項14】
前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の負の設定値以下のときには行なわないようになっていることを特徴とする請求項11または12に記載の変速制御装置。
【請求項15】
前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の正の設定値以上であり且前記入力回転要素の実回転速度の変化率が負であるときには行なわないようになっていることを特徴とする請求項11または12に記載の変速制御装置。
【請求項16】

前記目標回転速度の変化率に基づく前記比のフィードフォワード制御の低減は前記入力回転要素の目標回転速度と実回転速度の間の偏差の変化率が所定の負の設定値以下であり且前記入力回転要素の実回転速度の変化量が正であるときには行なわないようになっていることを特徴とする請求項11または12に記載の変速制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−151326(P2010−151326A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−88270(P2010−88270)
【出願日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【分割の表示】特願2004−50087(P2004−50087)の分割
【原出願日】平成16年2月25日(2004.2.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】