説明

焼結金属軸受、およびこの軸受を備えた流体動圧軸受装置

【課題】摩耗性に優れ、かつ他部材との接着性にも優れた焼結金属軸受を提供する。
【解決手段】軸受スリーブ8の原料粉末に、Cu粉末とSUS粉末とを主成分とするものを使用する。ここで使用するSUS粉末は、このSUS粉末中に含まれる比較的粒径の小さい微小な粉末、具体的には、45μm以下の微小粉末のSUS粉末全体に占める割合を20mass%以下としたものである。これは、例えば適当な分級手段により、上記範囲に属する微小粉末の一部あるいは全部を除去することにより得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結金属軸受、およびこの焼結金属軸受を備えた流体動圧軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結金属軸受は、その内周に挿入した軸の相対回転に伴い、内部に含浸させた潤滑油の滲み出しにより軸との摺動部に油膜を形成し、この油膜によって軸を支持するものである。この種の軸受は、他のメタル軸受等に比べて高い自己潤滑性能を発揮することが可能であり、自動車用軸受部品や情報機器用のモータスピンドル等、特に高い軸受性能や耐久性が要求される箇所に好ましく利用されている。
【0003】
通常、この種の焼結金属軸受は、Cu粉末又はFe粉末、あるいはその両者を主成分とする金属粉末を所定の形状(多くは円筒状)に圧縮成形した後、焼結することで形成される。また、上記のようにして得られた焼結多孔質体に、潤滑油又は潤滑グリース等の流体を含浸させることで使用される場合も多い(例えば、下記特許文献1を参照)。
【0004】
この種の焼結金属軸受においては、その運転時、特に運転開始直後や運転停止直前時においては支持すべき軸との間で摺動摩擦が避けられないことから、軸との摺動面(軸受面)には、良好な摺動性および高い耐摩耗性が要求される。
【0005】
かかる要求を受けて、本出願人は、Cu粉末と、SUS粉末とを含む混合金属粉末を圧縮成形した後、焼結して得られた焼結金属軸受を提案している(特許文献2を参照)。かかる構成によれば、軸受外表面に露出したSUS粉末により、焼結金属軸受の軸受面の硬度が向上する一方で、Cu粉末を配合することにより、軸受面の軸に対する良好な摺動性が確保される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−182551号公報
【特許文献2】特開2006−214003号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、耐摩耗性に優れた焼結金属軸受であれば、例えばハウジングや軸部材と共に流体動圧軸受装置を構成することで、高負荷かつ高回転用の軸受として使用することが可能となるが、その際には、ハウジングとの接着強度が問題となる。
【0008】
すなわち、この種の流体動圧軸受装置では、焼結金属軸受とハウジングとの接着に、接着強度、アウトガス、接着安定性などに優れたエポキシ系の接着剤が好適に使用されるが、この種の接着剤は加熱硬化型のものが多く、加熱により接着剤が表面の気孔から軸受内部に引き込まれる現象が見られた。特に、上述のように、Cu粉末とSUS粉末との混合粉で形成した焼結金属軸受を用いて接着作業を行ったところ、加熱による引き込みで接着面に予め塗布した接着剤がほとんど残らず、そのために十分な接着強度が得られない場合があった。この種の問題は、ハウジングに限らず、焼結金属軸受と接着固定され得る全ての部品について起こり得るものと考えられる。
【0009】
以上の事情に鑑み、本発明では、耐摩耗性に優れ、かつ他部材との接着性にも優れた焼結金属軸受を提供することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するため、本発明は、SUS粉末を含む原料粉末を圧粉成形し、焼結して形成されるもので、他部材との接着面を有する焼結金属軸受において、SUS粉末として、粒径45μm以下のSUS微小粉末のSUS粉末に占める割合を20mass%以下としたものが使用されていることを特徴とする焼結金属軸受を提供する。
【0011】
このように、本発明は、SUS粉末として、比較的粒径の小さいSUS微小粉末のSUS粉末全体に占める割合を低減したものを使用したことを本質的な技術的特徴とするものであり、詳細には以下に述べる本発明者らの知見に基づき得られたものである。
【0012】
すなわち、焼結金属軸受の外表面には無数の気孔が存在するため、一般には、加熱により粘度の低下した接着剤がこの気孔に毛細管力によって吸い込まれるものと考えられる。そこで、焼結金属軸受の原料粉にSUS粉末を使用した場合に生じる接着剤の引き込み現象を、他の金属粉(例えばFe粉末)を使用した場合と比較、評価したところ、両者共に見かけ上の表面開孔率に違いがないにも関わらず、SUS粉末を使用した場合にのみ、外周面に塗布した接着剤の軸受内部への引き込みが顕著に見られた。
【0013】
上記事実を踏まえて、本発明者らは、焼結体組織を構成するSUS相とこれに隣接する他の金属相(例えばCu相)との間に形成されるすき間、特に焼結金属軸受の外表面に形成される微小な相間すき間が接着剤の引き込みに大きく関与しているとの一応の結論を得るに到った。これは、SUS粉末の表面に形成される酸化皮膜の影響で、他粉末との焼結作用が不十分となり、結果的に双方の金属相の間に微小なすき間が残る、との推論に基づく。
【0014】
本発明は、以上の知見に基づき創作するに到ったものであり、原料粉末に使用されるSUS粉末として、このSUS粉末中に含まれる比較的粒径の小さい微小な粉末のSUS粉末全体に占める割合を低減したものを使用して焼結金属軸受を形成することとした。具体的には、粒径45μm以下の微小粉末のSUS粉末に占める割合を20mass%以下としたSUS粉末を使用して焼結金属軸受を形成することで、接着剤の引き込みに対する一定の抑制効果が認められた。これは、比較的粒径の小さいSUS微小粉末の含有割合を低く抑えたものを使用することで、原料粉末に配合されるSUS粉末の表面積の総量が減少し、これにより、接着剤の引き込みに大きく関与していると推測される異金属相間の微小すき間の総量が減少することによるものと考えられる。
【0015】
従って、上記微小粉末の割合を低減したSUS粉末を使用して形成された焼結金属軸受であれば、他部材との接着時においてもその外周面に供給された接着剤が加熱軟化により内部に引き込まれる事態を可及的に回避することができる。そのため、軸受面において優れた耐摩耗性を得ることができ、かつ接着面に接着剤を保持して他部材との間で高い接着強度を得ることができる。ここで、微小(粒径45μm以下の)SUS粉末の含有比は小さければ小さいほどよく、完全に除去したもの(0mass%)であればなおよい。
【0016】
上述の焼結金属軸受であれば、例えば内周に軸受面を有すると共に、外周に接着面を有する焼結金属軸受と、焼結金属軸受の外周に設けた接着面に接着固定される他部材としてのハウジングと、焼結金属軸受の内周に挿入される軸とを備えた流体動圧軸受装置として提供することも可能である。この場合、焼結金属軸受は接着剤の吸い込みを生じ難い外表面を有することから、加熱硬化型の接着剤を問題なく用いることができ、例えばエポキシ系接着剤を用いることができる。これにより、高い接着強度が得られるのはもちろん、接着作業時に生じるアウトガスが比較的少なくて済むため、特に高い清浄度が要求される、HDDの如き情報機器のモータ用軸受として好適に使用することができる。
【発明の効果】
【0017】
以上より、本発明によれば、摩耗性に優れ、かつ他部材との接着性にも優れた焼結金属軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る流体動圧軸受装置を備えたスピンドルモータの断面図である。
【図2】流体動圧軸受装置の断面図である。
【図3】軸受スリーブの断面図である。
【図4】軸受スリーブの一平面図である。
【図5】他の実施形態に係る流体動圧軸受装置の断面図である。
【図6】他の実施形態に係る流体動圧軸受装置の断面図である。
【図7】本発明に係る接着剤の引き込み試験の概要を説明するための要部側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施形態を図1〜図4に基づき説明する。なお、以下の説明における『上下』方向は、単に各図における構成要素間の位置関係を容易に理解するために規定したものに過ぎず、流体動圧軸受装置の設置方向や使用態様等を特定するものではない。後述する他の実施形態に関しても同様である。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係る焼結金属軸受を備えた流体動圧軸受装置1、およびこの流体動圧軸受装置1を組込んだ情報機器用スピンドルモータの断面図を示す。このスピンドルモータは、例えば磁気ディスクを備えたHDDに用いられるもので、ハブ3を取り付けた軸部材2をラジアル方向に非接触支持する流体動圧軸受装置1と、例えば半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル4aおよびロータマグネット4bとからなる駆動部4と、ブラケット5とを備えている。ステータコイル4aはブラケット5に固定され、ロータマグネット4bはハブ3に固定される。流体動圧軸受装置1のハウジング7は、ブラケット5の内周に固定される。また、図1に示すように、ハブ3には1又は複数枚のディスク6(図1では2枚)が保持される。このように構成されたスピンドルモータにおいて、ステータコイル4aに通電すると、ステータコイル4aとロータマグネット4bとの間に発生する励磁力でロータマグネット4bが回転し、これに伴って、ハブ3に保持されたディスク6が軸部材2と一体に回転する。
【0021】
図2は、流体動圧軸受装置1を示している。この流体動圧軸受装置1は、ハウジング7と、ハウジング7の内周に固定される軸受スリーブ8と、ハウジング7の一端を閉塞する蓋部材9と、ハウジングの他端開口側に配設されるシール部10と、ハウジング7と軸受スリーブ8、およびシール部10に対して相対回転する軸部材2とを主に備える。
【0022】
軸部材2は、例えばステンレス鋼等の金属材料で形成され、軸部2aと、軸部2aの下端に一体又は別体に設けられたフランジ部2bとを備えている。なお、軸部材2は、金属材料と樹脂材料とのハイブリッド構造とすることもできる。その場合、軸受面となる軸部2aの外周面2a1やフランジ部2bの両端面2b1、2b2の少なくとも一面がインサート成形により樹脂あるいは金属の射出成形で形成されるものでもよく、逆にインサートされる部品で形成されるものでもよい。
【0023】
ハウジング7は、例えば真ちゅう等の金属材料あるいは樹脂材料等で筒状に形成され、その軸方向両端を開口した形態をなす。ハウジング7の内周面7aには、軸受スリーブ8の外周面8cが接着固定される。また、内周面7aの下端には、内周面7aよりも大径であって、後述する蓋部材9を固定するための大径面7bが形成される。なお、ハウジング7が金属製の場合、削り出しやプレス加工の他、MIMなどの射出成形法(溶湯、粉末問わず)が使用可能である。
【0024】
蓋部材9は、ハウジング7と同様、金属材料あるいは樹脂材料で円盤状に形成される。蓋部材9の上端面9aの全面又は一部の領域には、スラスト動圧発生部として、図示は省略するが、複数の動圧溝をスパイラル形状に配列した領域が形成される。この動圧溝配列領域は、フランジ部2bの下端面2b2と対向し、軸部材2の回転時には、下端面2b2との間に第2スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間を形成する(図2を参照)。
【0025】
軸受スリーブ8は、Cu(あるいはCu合金)およびSUSを主成分とする焼結金属の多孔質体で円筒状に形成され、ハウジング7の内周に接着固定される。
【0026】
軸受スリーブ8の内周面8aの全面又は一部の領域には、ラジアル動圧発生部として複数の動圧溝を配列した領域が形成される。この実施形態では、例えば図3に示すように、円周方向線に対して互いに異なる傾斜角を有する複数の動圧溝8a1、8a2をへリングボーン形状に配列した領域が形成される。また、同図では、上記配列態様をなす動圧溝8a1、8a2配列領域が軸方向に離隔して2ヶ所に形成されている。ここで、上側(シール部10の側)の動圧溝8a1の形成領域では、動圧溝8a1が、軸方向中心m(上下の傾斜溝間領域の軸方向中央)に対して軸方向非対称に形成されており、軸方向中心mより上側領域の軸方向寸法X1が下側領域の軸方向寸法X2よりも大きくなっている。
【0027】
軸受スリーブ8の下端面8bの全面または一部の領域には、スラスト動圧発生部として、例えば図4に示すように、複数の動圧溝8b1をスパイラル形状に配列した領域が形成される。この動圧溝8b1配列領域は、完成品の状態ではフランジ部2bの上端面2b1と対向し、軸部材2の回転時、上端面2b1との間に後述する第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間を形成する(図2を参照)。
【0028】
軸受スリーブ8の外周面8cには、軸方向に延びる複数の軸方向溝8c1が形成される。これら軸方向溝8c1は、主に流体動圧軸受装置1の使用時、軸受内部空間内で潤滑油の過不足が生じた場合などに、かかる過不足状態を早急に適正な状態に回復するための役割を果たす。
【0029】
軸受スリーブ8の上端面8dの半径方向中央位置には、断面楔状の環状溝8d1が形成される。また、上端面8dの環状溝8d1より内周側には、環状溝8d1と内周面8aとにつながる半径方向溝8d2が円周方向複数箇所に形成される。これら環状溝8d1や半径方向溝8d2は既述の軸方向溝8c1と相まって軸受内部空間における潤滑油の循環路を形成し、これにより円滑な潤滑油の供給状態が確保される。
【0030】
上記構成の軸受スリーブ8は、例えば原料粉末を圧粉成形する工程(a)、圧粉成形体を焼結する工程(b)、焼結体にサイジングを施す工程(c)とを経て製造される。
【0031】
圧粉成形(a)に使用する原料粉末は、Cu粉末(あるいはCu合金粉末)とSUS粉末とを主成分とするもので、これらCu粉末とSUS粉末とを例えばV型混合機に投入し、所定時間混合することで得られる。ここで使用するSUS粉末は、このSUS粉末中に含まれる比較的粒径の小さい微小な粉末、具体的には、45μm以下の微小粉末のSUS粉末全体に占める割合を20mass%以下としたものである。これは、例えば適当な分級手段により、上記範囲に属する微小粉末の一部あるいは全部を除去することにより得られる。あるいは、製造条件を調整して、粒度の分布を全体的に大径側に移行させることによっても得られる。
【0032】
なお、原料粉末に使用されるCu粉末等のサイズ(例えば平均粒子径)は、SUS粉末と同等、あるいはそれ以下であることが好ましい。また、原料粉末には、上記例示の他、Sn粉末などの低融点金属粉末をCuあるいはSUSのバインダとして配合することもできる。また、圧粉時の成形性や完成品の摺動性等を考慮して、さらに黒鉛(グラファイト)などの固体潤滑剤を配合することもできる。
【0033】
焼結工程(b)時の温度(焼結温度)は、好ましくは750℃以上1000℃以下であり、より好ましくは800℃以上950℃以下、さらに好ましくは850℃以上900℃以下とする。これは、焼結温度が750℃未満だと各粉末間の焼結作用が十分でないことから焼結体の強度が低下し、逆に、1000℃を超えると、各粉末間の結合が強固となり(焼結密度が高くなり過ぎ)、サイジング加工(c)時の溝成形性等に支障を来す恐れがあるためである。
【0034】
サイジング工程(c)では、焼結体の内周面8aに回転サイジング、および溝サイジングを施す。これにより、焼結体の内周面などに、動圧溝8a1、8a2等が形成され、焼結金属軸受としての軸受スリーブ8が完成する。なお、回転サイジングや溝サイジングの前に、焼結体に対して寸法サイジングを施しておくことで、後工程の上記各サイジング加工を高精度に行うこともできる。また、焼結体の外側に配置したダイなどの外型に当該焼結体を圧入して外周面8cとなる領域にサイジング処理を施すことで、平滑な外周面8cが得られ、かつその寸法が所定の精度に仕上げられる。
【0035】
上述のようにして形成された軸受スリーブ8は、粒径が45μm以下のSUS微小粉末の、SUS粉末全体に占める割合を20mass%以下としたSUS粉末を原料粉末に使用して形成されたものである。そのため、ハウジング7との接着にエポキシ系など加熱硬化型の接着剤を使用する場合、ハウジング7との接着面となる外周面8c上に供給された接着剤の、加熱軟化による軸受内部への引き込みが抑制される。これにより、加熱軟化後も外周面8c上に一定量の接着剤を保持して、ハウジング7との間で高い接着強度を得ることができる。
【0036】
シール手段としてのシール部10は、例えばこの実施形態では、ハウジング7と別体に金属材料あるいは樹脂材料で形成され、その下端を軸受スリーブ8の上端面8dに当接させた状態でハウジング7の上端内周に圧入、接着、溶着、溶接等の手段で固定される。もちろん、ここで説明したシール部10は一例に過ぎず、シール部10をハウジング7と一体に形成する等の構成を採ることも可能である。
【0037】
シール部10の内周にはテーパ形状をなすシール面10aが形成されており、このシール面10aと、軸部2aの外周面2a1との間にシール空間Sが形成される。潤滑油を流体動圧軸受装置1内部に充満させた状態では、潤滑油の油面は常時シール空間Sの範囲内に維持される。
【0038】
上記構成をなす流体動圧軸受装置1内への注油作業は、上述の構成部品をアセンブリした後に行われ、これにより、ラジアル軸受すき間やスラスト軸受すき間、さらには軸受スリーブ8の内部空孔を含む軸受内部空間が潤滑油で満たされる。この際、軸受内部空間への潤滑油の供給手段としては、例えば流体動圧軸受装置1全体を潤滑油に浸漬して行う充填方法(真空含浸など)の他、例えば滴下含油のようにシール空間Sから直接潤滑油を供給する方法(滴下含油法)を採用することもできる。
【0039】
上記構成の流体動圧軸受装置1において、軸受スリーブ8の内周面8aのラジアル軸受面となる領域(上下2箇所の動圧溝8a1、8a2配列領域)は、軸部2aの外周面2a1とラジアル軸受隙間を介して対向する。そして、軸部材2を回転させると、上記ラジアル軸受隙間の潤滑油が動圧溝8a1、8a2の軸方向中心m側に押し込まれ、その圧力が上昇する。このような動圧溝の動圧作用によって、軸部2aを回転自在に非接触支持する第1ラジアル軸受部R1と第2ラジアル軸受部R2とが構成される。
【0040】
また、フランジ部2bの上端面2b1とこれに対向する軸受スリーブ8の下端面8b(動圧溝8b1配列領域)との間のスラスト軸受隙間、およびフランジ部2bの下端面2b2とこれに対向する蓋部材9の上端面9a(動圧溝配列領域)との間のスラスト軸受隙間に、動圧溝の動圧作用により潤滑油の油膜がそれぞれ形成される。そして、これら油膜の圧力によって、フランジ部2bを両スラスト方向に回転自在に非接触支持する第1スラスト軸受部T1と第2スラスト軸受部T2とが構成される。
【0041】
また、軸受スリーブ8を、SUS粉末を含む原料粉末で形成することで、ラジアル軸受面となる内周面8aの硬度が高められる。そのため、軸部材2の回転開始直後、あるいは回転停止直前に、軸部2aの外周面2a1とこれに対向する軸受スリーブ8の内周面8aとの間で接触摺動が生じた場合でも、両面2a1、8a間の硬度差は小さくて済み、軸受スリーブ8と軸部2aとの間の摩耗を抑制することができる。特に、この実施形態のように、軸部材2の上部にハブ3および複数枚のディスク6を装着した状態では、軸部材2を含む回転体の重心が上側に移動し、かつモーメント荷重も大きくなるため、軸部材2と軸受スリーブ8とが軸受上部で接触摺動し易いが、上述のように両部材2a、8の硬度差(両摺動面2a1、8aの硬度差)を小さくすることで、かかる摺動摩耗を極力小さく抑えることができる。
【0042】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明はこの実施形態に限定されることなく、本発明の範囲内において任意に構成の変更が可能である。
【0043】
例えば、上記実施形態では、焼結金属軸受(軸受スリーブ8)の原料粉末として、Cu粉末とSUS粉末とを主成分とするものを使用した場合を説明したが、かかる配合組成は例示に過ぎない。耐摩耗材として機能し得る程度のSUS粉末が配合される限りにおいて、原料粉末の配合組成は任意であり、例えば、Cu以外の金属粉末を焼結金属軸受の主成分として使用することも可能である。
【0044】
また、接着剤としては、エポキシ系など加熱硬化型のものが好適に使用可能であるが、例えば加熱硬化性に加えて、嫌気性や光硬化性を兼有する(外気の遮断により、あるいは光の照射により硬化を開始する)型の接着剤を用いることも可能である。
【0045】
また、上記焼結金属軸受を備えた流体動圧軸受装置として、上記実施形態では、軸部2aの一端に設けたフランジ部2bの両端面2b1、2b2側にスラスト軸受部T1、T2を形成した場合を説明したが、これらスラスト軸受部T1、T2の軸方向離間距離を異ならせることも可能である。図5はその一例を示すもので、同図に係る流体動圧軸受装置11は、主に、ハウジング17の両端にシール空間S1、S2を形成した点、およびスラスト軸受部T1、T2を軸受スリーブ8の両端に形成した点で図2に示す流体動圧軸受装置1と構成を異にする。この場合、軸受スリーブ18は、軸方向溝18c1を除く外周面18cをハウジング17の内周面17aに接着することでハウジング17に固定される。
【0046】
ここで、ラジアル軸受部R1、R2は、図3に例示のラジアル動圧発生部を設けた内周面18aと、内周面18aと対向する軸部材12の外周面12aとの間にそれぞれ形成される。第1スラスト軸受部T1は、第1シール部19の下端面19aと軸受スリーブ18の上端面18dとの間に設けられ、第2スラスト軸受部T2は、第2シール部20の上端面20aと軸受スリーブ18の下端面18bとの間に設けられる。また、第1シール空間S1は、軸部材12に固定された第1シール部19の外周面19bとこの面に向かい合うハウジング17上端の内周面17aとの間に形成される。また、第2シール空間S2は、第2シール部20の外周面20bとこの面に向かい合うハウジング17下端の内周面17aとの間に形成される。
【0047】
本構成に係る流体動圧軸受装置11は、図2に示す流体動圧軸受装置1と比べ、両スラスト軸受部T1、T2間の離間距離が大きくなっているため、軸受全体としてのモーメント荷重に対する負荷能力を向上させることができる。そのため、HDDをはじめとする情報機器の高容量化に伴い、ディスク枚数の増加など回転体重量が増加した場合であっても、軸部材2との接触による軸受スリーブ8の摺動摩耗を低減(抑制)することができる。
【0048】
また、このように、摺動摩耗を抑制するのであれば、SUS粉末を原料粉末に含む軸受スリーブが好適であり、かつ、上述の如く、SUS粉末として、SUS粉末中に含まれる比較的粒径の小さい(45μm以下の)微小な粉末のSUS粉末全体に占める割合を低減(20mass%以下)したものを使用することで、例えば加熱を要するエポキシ系の接着剤を外周面18c上に保持した状態でハウジング17との接着を実施することができる。
【0049】
図6は、他の実施形態に係る流体動圧軸受装置21の断面図を示す。同図に係る流体動圧軸受装置21では、軸受スリーブ8を軸方向に2個重ねて配設しており、これら軸受スリーブ8、8が、筒部27aと底部27bとからなる有底筒状のハウジング27の内周面27a1に接着固定される。軸方向に重ねて配設された2個の軸受スリーブ8のうち、上側の軸受スリーブ8には、シール部10の側のみに図3で例示のラジアル動圧発生部(例えば非対称溝部)が設けられ、下側の軸受スリーブ8には、フランジ部2bの側のみに図3で例示のラジアル動圧発生部(例えば対称溝部)が設けられる。そのため、双方の軸受スリーブ8、8間で最も軸方向に離隔した位置でラジアル軸受部R1、R2が形成される。
【0050】
このように、図6に係る流体動圧軸受装置21は、図2や図5に示す流体動圧軸受装置1、11に比べてラジアル軸受部R1、R2間の離間距離を大きくすることで、軸受全体としてのモーメント荷重に対する負荷能力を向上させている。そのため、回転体重量の増加や、回転速度の増加に対しても、軸受スリーブ8、8の摺動摩耗を低減して、長期にわたって優れた軸受性能を発揮することができる。
【0051】
また、この場合も、摺動摩耗を抑制する目的から、SUS粉末を原料粉末に含む軸受スリーブが好適であり、かつ、上述の如く、SUS粉末として、SUS粉末中に含まれる比較的粒径の小さい(45μm以下の)微小な粉末のSUS粉末全体に占める割合を低減(20mass%以下)したものを使用することで、接着剤を外周面8c、8c上に保持した状態でハウジング27との接着を実施することができる。
【0052】
また、以上の実施形態では、ラジアル軸受部R1、R2およびスラスト軸受部T1、T2として、へリングボーン形状やスパイラル形状の動圧溝により潤滑油の動圧作用を発生させる構成を例示しているが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0053】
例えば、ラジアル軸受部R1、R2として、図示は省略するが、軸方向の溝を円周方向の複数箇所に形成した、いわゆるステップ状の動圧発生部、あるいは、円周方向に複数の円弧面を配列し、対向する軸部材2、12の外周面2a1、12aとの間に、くさび状の半径方向隙間(軸受隙間)を形成した、いわゆる多円弧軸受を採用してもよい。
【0054】
あるいは、ラジアル軸受面となる軸受スリーブ8、18の内周面8a、18aを、動圧発生部としての動圧溝や円弧面等を設けない真円状内周面とし、この内周面と対向する真円状の外周面とで、いわゆる真円軸受を構成することができる。
【0055】
また、スラスト軸受部T1、T2の一方又は双方は、同じく図示は省略するが、スラスト軸受面となる領域に、複数の半径方向溝形状の動圧溝を円周方向所定間隔に設けた、いわゆるステップ軸受、あるいは波型軸受(端面が調和波形などの波型になったもの)等で構成することもできる。
【0056】
また、以上の実施形態では、動圧発生部を何れも固定側(ハウジング27や軸受スリーブ8、蓋部材9など)に設けた場合を説明したが、その一部あるいは全てを回転側(軸部材2、12やフランジ部2b、シール部19、20など)に設けることも可能である。具体的には、軸部材2、12の外周面2a1、12aやフランジ部2bの両端面2b1、2b2、あるいはシール部19、20の下端面19aや上端面20aのうち、1ヶ所以上に既述の動圧発生部を設けることが可能である。
【0057】
また、以上の実施形態では、軸部材2、12が回転して、それを軸受スリーブ8、18で支持する構成を説明したが、これとは逆に、軸受スリーブ8、18の側が回転して、それを軸部材2、12の側で支持する構成に対しても本発明を適用することが可能である。この場合、図示は省略するが、軸受スリーブ8、18はその外側に配設される部材に接着固定され、当該外側部材と一体に回転し、固定側の軸部によって支持される。
【0058】
また、以上の実施形態では、流体動圧軸受装置1、11、21の内部に充満し、ラジアル軸受隙間やスラスト軸受隙間に流体膜を形成するための流体として潤滑油を例示したが、これ以外にも流体膜を形成可能な流体、例えば空気等の気体や、磁性流体等の流動性を有する潤滑剤、あるいは潤滑グリース等を使用することもできる。
【実施例】
【0059】
本発明の効果を実証するため、本発明に係る構成のSUS粉末とCu粉末とを含む原料粉末で形成された焼結金属軸受(実施例)と、従来組成のSUS粉末とCu粉末とを含む原料粉末で形成された焼結金属軸受(比較例)とについて、それぞれ接着試験を行い、SUS粉末の組成(粒度分布)が接着剤の引き込みに及ぼす影響を比較、検討した。また、抜去力試験を行い、接着強度の比較を行った。
【0060】
(0)試験片
試験材料には共に、Cu粉末として福田金属箔粉工業(株)製のCE−15を用いた。SUS粉末に関しては、大同特殊鋼(株)製のDAP410Lをベースとし、かつ45μm以下の微小粉末の割合を40%としたものを比較例に、20%としたもの、および除去した(実質的に0%とした)ものをそれぞれ実施例1、実施例2に用いた。また、低融点金属としてのSn粉末には福田金属箔粉工業(株)製のSn-At-W350を、固体潤滑剤としての黒鉛には日本黒鉛工業(株)製のECB−250をそれぞれ用いた。試験片(焼結金属軸受)の焼結温度は、比較例、実施例共に870℃とした。また、圧粉成形時の狙い密度は何れも7.2g/cm3とした。各粉末の配合組成は実施例、比較例共に下記の表1に示す通りである。また、各粉末の粒度分布は下記の表2に示す通りである。
【表1】

【表2】

【0061】
また、接着剤には、エポキシ系の接着剤としてEpoxy Technology Inc.製のEpo‐tek353NDを使用した。
【0062】
(1)接着剤の引き込み試験
図7に示すように、加熱装置としてのホットプレート31上に上述の条件で製作した軸受スリーブ8を載置する。そして、軸受スリーブ8の外周面8cに接着剤33を塗布し、塗布した接着剤33の上にガラス板32を載置した状態で、ホットプレート31を90℃に維持して一定時間(20分)放置した。加熱前の接着剤33のガラス板32との付着幅L0と、加熱後(一定時間経過後)の接着剤33の付着幅Lとをそれぞれ計測し、接着剤33の引き込み(吸い込み)の程度を幅比L/L0で評価した。試験結果を下記の表3に示す。
【表3】

【0063】
(2)接着強度試験
接着試験は、比較例、実施例共に以下の条件で行った。接着剤には上記同様、Epoxy Technology Inc.製のEpo‐tek353NDを使用した。そして、下記条件で硬化後、相手材から試験片(比較例、実施例)を引抜き、抜去時において計測された最大荷重を接着強度とした。試験結果を下記の表4に示す。
試験片 :φ4mm×φ7.5mm×12.47mm
接着相手材
材質 :黄銅
寸法 :φ7.5mm×φ9.5mm×17.87mm
接着隙間 :12μm
硬化条件 :120℃×1h
【表4】

【0064】
(3)試験結果
(3−1)引き込み量
上記の表3に示すように、比較例では、接着剤33の大半が軸受内部に引き込まれたのに対し、実施例1、2では、共に接着剤33の大部分が外周面8cとガラス板32との間に保持されていた。また、微小粉末の割合が小さいほど、接着剤の引き込みが少ないことが分かった。
(3−2)接着強度
上記の表4に示すように、比較例では何れも1000N前後であるのに対し、実施例1、2では、微小粉末の含有割合が小さく抑えられているものほど、比較例に比べて高い抜去力(接着強度)を示した。
【符号の説明】
【0065】
1、11、21 流体動圧軸受装置
2、12 軸部材
7、17、27 ハウジング
7a、17a 内周面
8、18 軸受スリーブ
8a、18a 内周面
8a1 動圧溝
8b、18b 下端面
8b1 動圧溝
8c、18c 外周面
8c1 軸方向溝
19、20 シール部
R1、R2 ラジアル軸受部
S、S1、S2 シール空間
T1、T2 スラスト軸受部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SUS粉末を含む原料粉末を圧粉成形し、焼結して形成されるもので、他部材との接着面を有する焼結金属軸受において、
前記SUS粉末として、粒径45μm以下のSUS微小粉末の前記SUS粉末に占める割合を20mass%以下としたものが使用されていることを特徴とする焼結金属軸受。
【請求項2】
内周に軸受面を有し、外周に前記接着面を有する請求項1に記載の焼結金属軸受と、該焼結金属軸受の外周に設けた前記接着面に接着固定される前記他部材としてのハウジングと、前記焼結金属軸受の内周に挿入される軸とを備えた流体動圧軸受装置。
【請求項3】
加熱硬化型の接着剤により前記焼結金属軸受が前記ハウジングに接着固定されている請求項2に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項4】
請求項3に記載の流体動圧軸受装置を備えたモータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−58542(P2011−58542A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207355(P2009−207355)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】