説明

燃料電池システムおよび該燃料電池システムを搭載する移動体

【課題】燃料電池の電圧が高電圧となる時に、ラジカル抑制物質が溶出可能となる量の液水を燃料電池内で確保する。
【解決手段】燃料電池システムが備える燃料電池は、電解質膜と、一対の電極と、多孔質なガス拡散層と、少なくとも一方の電極内、および/または、少なくとも一方のガス拡散層における電極との境界を含む領域内に配置されたラジカル抑制物質と、を備える。燃料電池システムは、さらに、水収支導出部と、運転状態制御部と、膜湿潤状態検出部と、を備える。運転状態制御部は、燃料電池を停止同等状態にすべきと判断したときに、水収支が負の値であれば、一方の電極又は一方のガス拡散層に接する電極の含水量が増加するように燃料電池の運転状態を変更し、電解質膜における湿潤状態が基準湿潤状態に達した後に、燃料電池を停止同等状態にするための制御を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池システムおよび移動体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池においては、電気化学反応に伴って生じるヒドロキシラジカルに起因する電解質膜の化学的な劣化を抑制するために、燃料電池の内部に、セリウム化合物などのラジカル抑制物質を配置する構成が知られている。ラジカル抑制物質を燃料電池内部に配置することで、燃料電池内部に生じる液水を利用してラジカル抑制物質を徐々に溶解させて、ラジカル抑制物質を電解質膜に徐々に供給し、電解質膜の劣化を抑制することが可能になる。このように、燃料電池内部の液水を利用してラジカル抑制物質を溶解させる構成では、燃料電池内部の水が不足することにより、ラジカル抑制物質の溶解、および、溶解したラジカル抑制物質の電解質膜への供給が不十分となる場合が起こり得る。
【0003】
燃料電池内部の水の量を調整し、燃料電池内部の水不足を抑制する方法としては、種々の方法が知られている。例えば、燃料電池における水収支に基づいて燃料電池からの水の持ち出し量が多いと判断される場合であって、燃料電池の出力電流が所定値以下の場合に、カソードに対する空気の供給停止を伴うアイドルストップを行なう構成が提案されている(例えば、特許文献1参照)。このような制御を行なうことにより、カソードに供給した空気による水分の持ち出し量を抑えて、燃料電池内部の水不足の抑制を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−92801号公報
【特許文献2】特開2004−265862号公報
【特許文献3】特開2006−127788号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、カソードに対する空気の供給を停止しつつアイドルストップを行なう場合には、アイドルストップ時における更なる水分の持ち出しは抑制できるものの、アイドルストップ時における燃料電池内部の状態は、水不足の状態となる。既述したヒドロキシラジカルに起因する電解質膜の劣化は、燃料電池電圧が高いときに多く進行する反応であるため、特に、燃料電池の発電停止時を含む燃料電池の電圧が高電圧となる時に、燃料電池内の水不足を抑制して、ラジカル抑制物質の溶出を確保することが望まれていた。
【0006】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、燃料電池の発電停止時を含む燃料電池の電圧が高電圧となる時に、ラジカル抑制物質が溶出可能となる量の液水を、燃料電池内で確保することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実施することが可能である。
【0008】
[適用例1]
燃料電池を備える燃料電池システムであって、
前記燃料電池は、
高分子電解質を備える電解質膜と、
前記電解質膜の各々の表面に形成された一対の電極と、
前記電極上に配置された多孔質なガス拡散層と、
少なくとも一方の前記電極内、および/または、少なくとも一方の前記ガス拡散層における前記電極との境界を含む領域内に配置されたラジカル抑制物質と、
を備え、
前記燃料電池システムは、さらに、
前記燃料電池における水収支を導出する水収支導出部と、
前記燃料電池における運転状態を制御する運転状態制御部と、
前記電解質膜における湿潤状態を検出する膜湿潤状態検出部と、
を備え、
前記運転状態制御部は、前記燃料電池を、発電停止あるいは発電停止に代えて設定された所定の低出力状態を含む停止同等状態にすべきと判断したときに、前記水収支導出部が導出した水収支が負の値であれば、前記一方の電極又は前記一方のガス拡散層に接する電極の含水量が増加するように前記燃料電池の運転状態を変更し、前記膜湿潤状態検出部が検出する前記電解質膜における湿潤状態が基準湿潤状態に達した後に、前記燃料電池を、前記停止同等状態にするための制御を行なう
燃料電池システム。
【0009】
適用例1に記載の燃料電池システムによれば、水収支が負の値である時には、電解質膜における湿潤状態が基準湿潤状態に達した後に、燃料電池を停止同等状態にしている。そのため、停止同等状態になる前に、ラジカル抑制物質を溶解させて電解質膜に供給することができる。その結果、燃料電池電圧が高電圧となる停止同等状態において、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制することができる。
【0010】
[適用例2]
適用例1記載の燃料電池システムであって、前記運転状態制御部は、前記一方の電極又は前記一方のガス拡散層に接する電極の含水量を増加させるために、前記水収支が正の値となるように、前記燃料電池の運転状態を変更する燃料電池システム。適用例2に記載の燃料電池システムによれば、水収支が正の値になるように燃料電池の運転状態を変更することで、停止同等状態になる前に、電解質膜においてラジカル抑制物質を確保することができる。
【0011】
[適用例3]
適用例2記載の燃料電池システムであって、前記運転状態制御部は、前記少なくとも一方の電極および/または前記少なくとも一方のガス拡散層側に供給される反応ガスにおける加湿量の増加、前記反応ガスの供給量の減少、前記燃料電池内における前記反応ガスの流路における背圧の上昇、から選択される方法により、前記燃料電池の運転状態を変更する燃料電池システム。適用例3に記載の燃料電池システムによれば、反応ガスの加湿量や供給量、あるいは背圧を変更することにより、停止同等状態になる前に、電解質膜においてラジカル抑制物質を確保することができる。
【0012】
[適用例4]
適用例2または3記載の燃料電池システムであって、前記燃料電池が備えるカソードは、多孔質な電極であり、前記ラジカル抑制物質は、カソード内、および/または、カソードに接して配置されたガス拡散層におけるカソードとの境界を含む領域に配置されており、前記運転状態制御部は、前記電解質膜における湿潤状態が前記基準湿潤状態に達した後に、さらに、前記水収支が正の値となる運転状態で前記燃料電池の発電を行なわせ、前記電解質膜における湿潤状態が前記基準湿潤状態に達した後に発電に伴って前記燃料電池内で生成した水の体積が、カソード内の細孔容積に達したときに、前記燃料電池を前記停止同等状態にするための制御を行なう燃料電池システム。適用例4に記載の燃料電池システムによれば、燃料電池が停止同等状態になった時には、カソードの細孔内は生成水で満たされた状態となり、ラジカル抑制物質を溶解させて電解質膜に供給する動作の信頼性をさらに高めることができる。
【0013】
[適用例5]
適用例1記載の燃料電池システムであって、さらに、前記ガス拡散層に接して設けられ、前記ガス拡散層との間に、ガス流路として、燃料ガスまたは酸化ガスの流路を形成すると共に、前記ガス流路から離間した冷媒流路を形成する一対のガスセパレータであって、該一対のガスセパレータの内、前記ラジカル抑制物質が配置された前記電極および/または前記ガス拡散層側に配置されたガスセパレータは、前記ガス流路と前記冷媒流路とを連通させる細孔が形成された多孔質体を備える一対のガスセパレータと、前記冷媒流路を流れる冷媒の圧力を調節する冷媒圧力調整部と、を備え、前記運転状態制御部は、前記電解質膜の含水量を増加させるために行なう前記燃料電池の運転状態の変更として、前記多孔質体を備えるガスセパレータに接する前記ガス拡散層内の細孔が前記冷媒で満たされるように、前記冷媒の圧力を上昇させる燃料電池システム。適用例5に記載の燃料電池システムによれば、冷媒圧力を上昇させてガス拡散層へと直接冷媒を供給することにより、燃料電池が停止同等状態になる前に、ラジカル抑制物質を冷媒に溶解させて電解質膜へと供給することができる。
【0014】
[適用例6]
適用例5記載の燃料電池システムであって、前記冷媒は、酸性溶液である燃料電池システム。適用例6に記載の燃料電池システムによれば、冷媒に対するラジカル抑制物質の溶解性を高めることができる。
【0015】
[適用例7]
適用例1ないし6記載の燃料電池システムであって、前記基準湿潤状態は、前記電解質膜が、前記燃料電池に対して相対湿度が100%である燃料ガスおよび酸化ガスが供給されているときと同様の湿潤状態となる状態である燃料電池システム。適用例7に記載の燃料電池システムによれば、燃料電池が停止同等状態になる前に、電解質膜の湿潤状態を充分に確保して、ラジカル抑制物質を溶解させて電解質膜に供給することができる。
【0016】
[適用例8]
適用例7記載の燃料電池システムであって、さらに、前記電解質膜の抵抗を測定する膜抵抗測定部を備え、前記運転状態制御部は、前記膜抵抗測定部が測定した前記電解質膜の抵抗が、前記燃料電池に対して相対湿度が100%である燃料ガスおよび酸化ガスが供給されるときの前記電解質膜の抵抗値に低下したときに、前記電解質膜における湿潤状態が基準湿潤状態に達したと判断する燃料電池システム。適用例8に記載の燃料電池システムによれば、電解質膜の膜抵抗に基づいて、電解質膜の湿潤状態が基準湿潤状態に達したことを容易に判断することができる。
【0017】
[適用例9]
適用例1ないし8いずれか記載の燃料電池システムであって、前記ラジカル抑制物質は、少なくとも、カソード内および/または、カソード上に配置されたガス拡散層におけるカソードとの境界を含む領域内に配置されている燃料電池システム。適用例9に記載の燃料電池システムによれば、発電に伴って生成水が生じるカソードおよび/またはカソード側のガス拡散層にラジカル抑制物質を配置するため、生成水を利用して、ラジカル抑制物質を容易に溶解させることが可能になる。
【0018】
[適用例10]
適用例1ないし9いずれか記載の燃料電池システムであって、前記ラジカル抑制物質は、セリウム、マンガン、白金から選択される少なくとも一種の元素の化合物である燃料電池システム。適用例10に記載の燃料電池システムによれば、上記化合物を用いることで、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制することができる。
【0019】
[適用例11]
適用例1ないし10いずれか記載の燃料電池システムであって、前記水収支は、前記燃料電池に供給された水分量と、前記燃料電池内で発電に伴って生じた生成水量と、の和から、前記燃料電池から排出された水分量を減算した値である燃料電池システム。適用例11に記載の燃料電池システムによれば、燃料電池に供給された水分量と、発電に伴って生じた生成水量と、燃料電池から排出された水分量と、に基づいて、容易に水収支を求めることができる。
【0020】
本発明は、上記以外の種々の形態で実現可能であり、例えば、本発明の燃料電池システムを駆動用電源として搭載する移動体や、燃料電池が備える電解質膜の劣化抑制方法などの形態で実現することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】燃料電池システム10の概略構成を表わすブロック図である。
【図2】単セル70を表わす分解斜視図である。
【図3】MEA71とガス拡散層72,73との接触面を含む領域を拡大して示す断面模式図である。
【図4】電気自動車90の概略構成を表わすブロック図である。
【図5】ラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンを表わすフローチャートである。
【図6】供給ガス中の相対湿度と電解質膜の劣化の程度を表わすグラフである。
【図7】燃料電池115の構成を表わす断面模式図である。
【図8】ラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンを表わすフローチャートである。
【図9】ラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンを表わすフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
A.装置の全体構成:
図1は、本発明の第1実施例である燃料電池システム10の概略構成を表わすブロック図である。本実施例の燃料電池システム10は、燃料電池15と、水素タンク20と、コンプレッサ30と、水素循環ポンプ44と、冷媒循環ポンプ60と、ラジエータ61と、制御部50と、を備えている。
【0023】
燃料電池15は、固体高分子型の燃料電池であり、発電体としての単セル70を複数積層したスタック構造を有している。図2は、燃料電池15を構成する単セル70を表わす分解斜視図である。単セル70は、MEA(膜−電極接合体、Membrane Electrode Assembly)71と、ガス拡散層72,73と、ガスセパレータ74,75と、を備えている。ここで、MEA71は、電解質膜と、電解質膜の各々の面に形成された電極であるアノードおよびカソードによって構成される。このMEA71は、ガス拡散層72,73によって挟持されており、MEA71およびガス拡散層72,73から成るサンドイッチ構造は、さらに両側からガスセパレータ74,75によって挟持されている(ただし、ガス拡散層72は、ガス拡散層73が配置される面の裏面に配置されるため、図2では図示せず)。
【0024】
MEA71を構成する電解質膜は、固体高分子材料、例えばフッ素系樹脂により形成されたプロトン伝導性のイオン交換膜であり、湿潤状態で良好な電子伝導性を示す。カソードおよびアノードは、電解質膜上に形成された層であり、電気化学反応を進行する触媒金属(例えば白金)を担持するカーボン粒子と、プロトン伝導性を有する高分子電解質と、を備えている。ガス拡散層72,73は、ガス透過性および電子伝導性を有する部材によって構成されており、例えば、発泡金属や金属メッシュなどの金属製部材や、カーボンクロスやカーボンペーパなどのカーボン製部材により形成することができる。
【0025】
ガス拡散層72,73において、電極と接する面を含む領域には、撥水層76,77が設けられている。図3は、単セル70内におけるMEA71とガス拡散層72,73との接触面を含む領域を拡大して示す断面模式図である。撥水層76,77は、導電性粒子、例えばカーボン粒子と、フッ素系樹脂等の撥水性樹脂とを含む撥水性ペーストを、ガス拡散層72,73となるカーボン多孔質体の一方の面(MEA71に重ね合わせる面)上に塗布することによって形成されている。電極とガス拡散層との間に設けられた撥水層は、液水を弾いて電極側に押し戻す働きを有し、このように液水を押し戻すことによって電解質膜が水分不足となることを抑制している。また、液水を弾くことによって、ガス拡散層72,73が備える細孔が液水によって閉塞されることを抑制し、細孔の閉塞に起因するガス流れの阻害を抑えている。また、撥水ペーストにカーボン粒子を加えることによって、ガス拡散層72,73とMEA71との間の接触抵抗の低減と集電性の向上を図っている。
【0026】
ガス拡散層72,73の内、カソードに接して配置されたガス拡散層72に設けられた撥水層76は、さらに、ラジカル抑制物質を備えている。撥水層76を形成する際には、例えば、カーボン粒子と撥水性樹脂にさらにラジカル抑制物質を加えて撥水性ペーストを作製し、得られた撥水性ペーストをガス拡散層72上に塗布すればよい。
【0027】
ラジカル抑制物質について、以下に説明する。固体高分子形燃料電池では、電気化学反応が進行する際に、副反応によって過酸化水素(H22)が発生し、過酸化水素からさらにラジカルが生成される。ラジカルの中でも、特に、ヒドロキシラジカルの活性が高く、問題となる。このようなラジカルは、電解質膜を構成する高分子電解質を分解する反応を引き起こし、電解質膜の劣化を引き起こす。ラジカル抑制物質は、このような過酸化水素あるいはラジカルと反応してラジカル等を不活化する物質である。
【0028】
ラジカル抑制物質としては、例えば、セリウム化合物やマンガン化合物、白金、あるいは白金合金から選択される物質を用いることができる。セリウム化合物としては、例えば、硝酸セリウム、酢酸セリウム、塩化セリウム、硫酸セリウム、酸化セリウム、リン酸第一セリウム、リン酸第二セリウム、炭酸セリウム、あるいは、セリウムと、タングステン、ジルコニウム、ランタン等の複合物を用いることができる。マンガン化合物としては、例えば、酸化マンガンを用いることができる。ガス拡散層72に設けられた撥水層76中に配置されたこれらのラジカル抑制物質は、ガス拡散層72内およびその近傍に存在する液水中に溶解して電解質膜へと供給され、電解質膜に到達することによって、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制する。
【0029】
例えば、ラジカル抑制物質としてセリウム化合物を用いる場合における電解質膜の劣化の抑止は、以下のように行なわれると考えられる。液水中に溶解して電解質膜に到達したセリウム化合物の少なくとも一部は、3価または4価のセリウムイオンを生じる。燃料電池の発電に伴って、過酸化物ラジカルや過酸化物ラジカルを生じる過酸化水素が生じると、電解質膜内のセリウムイオンは、上記過酸化物ラジカル等を不活化させる。このような反応の例として、3価のセリウムイオンと過酸化水素との反応を(1)式、3価のセリウムイオンと過酸化物ラジカルとの反応を(2)式として以下に示す。このように、ラジカル抑制物質を用いることにより、ラジカル抑制物質によってラジカルを不活化し、あるいはラジカルの生成を抑制することができ、ラジカルに起因する電解質の劣化を抑制することができる。
【0030】
2Ce3+ + H22 + 2H+ → 2Ce4+ + 2H2O …(1)
Ce3+ + ・OH → Ce4+ + OH- …(2)
【0031】
図2に戻って説明を行なう。ガスセパレータ74,75は、ガス不透過な導電性部材、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボン等のカーボン製部材や、プレス成形したステンレス鋼などの金属製部材により形成されている。ガスセパレータ74,75は、MEA71との間に形成される反応ガス(水素を含有する燃料ガスあるいは酸素を含有する酸化ガス)の流路の壁面を成す部材であって、その表面には、ガス流路を形成するための凹凸形状が形成されている。表面に溝88が形成されたガスセパレータ74とMEA71との間には、酸化ガスの流路であるセル内酸化ガス流路が形成される。また、表面に溝89が形成されたガスセパレータ75とMEA71との間には、燃料ガスの流路であるセル内燃料ガス流路が形成される。単セル70を組み立てる際には、MEA71の外周にシール部(図示せず)を配置して、単セル70内のガス流路のシール性を確保しつつ、ガスセパレータ74、75間を接合する。
【0032】
ここで、ガスセパレータ74,75では、セル内ガス流路を形成するための溝88,89が設けられた面の裏面において、凹部87が形成されている(ただし、ガスセパレータ74の裏面に形成される凹部87は図示せず)。これらの凹部87は、ガスセパレータ74,75上にガス拡散層72,73が配置される領域全体と重なる範囲にわたって形成されており、隣り合う単セル70間で、冷媒の流路であるセル間冷媒流路を形成する。なお、セル間冷媒流路は、各単セル70間に設けるのではなく、例えば、単セル70を所定数積層する毎に設けることとしても良い。
【0033】
ガスセパレータ74,75は、その外周近くの互いに対応する位置に、複数の孔部を備えている。単セル70を複数積層して燃料電池を組み立てると、各セパレータの対応する位置に設けられた孔部は、互いに重なり合って、ガスセパレータの積層方向に燃料電池内部を貫通する流路を形成する。具体的には、孔部83は、各セル内酸化ガス流路に酸化ガスを分配する酸化ガス供給マニホールドを形成し、孔部84は、各セル内酸化ガス流路から酸化ガスが集合する酸化ガス排出マニホールドを形成する。また、孔部85は、各セル内燃料ガス流路に燃料ガスを分配する燃料ガス供給マニホールドを形成し、孔部86は、各セル内燃料ガス流路から燃料ガスが集合する燃料ガス排出マニホールドを形成する。また、孔部81は、各セル間冷媒流路に冷媒を分配する冷媒供給マニホールドを形成し、孔部82は、各セル間冷媒流路から冷媒が集合する冷媒排出マニホールドを形成する。
【0034】
本実施例の燃料電池15は、単セル70を複数積層して成る積層体の両端に、出力端子を備える集電板(ターミナル)、絶縁板(インシュレータ)、エンドプレートを順次配置することによって形成される。なお、燃料電池15は、図示しない保持部材によって、単セル70の積層方向に締結圧がかかった状態で保持される。
【0035】
図1に戻り、燃料電池システム10が備える水素タンク20は、燃料ガスとしての水素ガスが貯蔵される貯蔵装置であり、水素供給流路22を介して燃料電池15の水素供給マニホールドに接続されている。水素供給流路22上において、水素タンク20から近い順に、水素遮断弁40と、可変調圧弁42とが設けられている。可変調圧弁42は、水素タンク20から燃料電池15へ供給される水素圧(水素量)を調整可能な調圧弁である。なお、水素タンク20は、高圧の水素ガスを貯蔵する水素ボンベとする他、水素吸蔵合金を備えて水素吸蔵合金に水素を吸蔵させることによって水素を蓄えるタンクとすることもできる。
【0036】
燃料電池15の水素排出マニホールドには、水素排出流路24が接続されている。この水素排出流路24には、パージ弁46が設けられている。また、水素供給流路22と水素排出流路24とを接続して、接続流路25が設けられている。接続流路25は、可変調圧弁42よりも下流側で水素供給流路22に接続し、パージ弁46よりも上流側で水素排出流路24に接続している。接続流路25には、流路内を水素が循環する際の駆動力を発生する水素循環ポンプ44が設けられている。
【0037】
水素タンク20から水素供給流路22を介して供給される水素は、燃料電池15で電気化学反応に供され、水素排出流路24に排出される。水素排出流路24に排出された水素は、接続流路25を経由して、再び水素供給流路22に導かれる。このように、燃料電池システム10において水素は、水素排出流路24の一部、接続流路25、水素供給流路22の一部、および、燃料電池15内に形成される燃料ガスの流路(これらの流路を併せて、水素循環流路と呼ぶ)を循環する。なお、燃料電池15の発電時には、通常はパージ弁46は閉弁されているが、循環する水素中の不純物(窒素や水蒸気等)が増加したときにはパージ弁46は適宜開弁され、これによって、不純物濃度が増加した水素ガスの一部がシステムの外部に排出される。また、電気化学反応の進行による水素の消費や、パージ弁46の開弁によって、水素循環流路内の水素量が不足するときには、可変調圧弁42を介して水素タンク20から水素循環流路へと水素が補われる。
【0038】
コンプレッサ30は、外部から空気を取り込んで圧縮し、酸化ガスとして燃料電池15に供給するための装置であり、空気供給流路31を介して、燃料電池15の酸化ガス供給マニホールドに接続されている。また、燃料電池15の酸化ガス排出マニホールドには、空気排出流路32が接続されている。コンプレッサ30から空気供給流路31を介して供給される空気は、燃料電池15で電気化学反応に供され、空気排出流路32を介して燃料電池15の外部に排出される。
【0039】
ここで、空気供給流路31には、コンプレッサ30に近い順に、第1湿度計34、第1圧力計35、流量計36が設けられている。これら第1湿度計34、第1圧力計35、流量計36によって、燃料電池15に供給される酸化ガスの、露点温度、圧力、流量がそれぞれ検出される。
【0040】
空気排出流路32には、第2湿度計37、第2圧力計38が設けられている。これら第2湿度計37、第2圧力計35によって、燃料電池15から排出された排出酸化ガスの、露点温度、圧力がそれぞれ検出される。また、空気排出流路32において、第2圧力計35よりも下流には、背圧弁39が設けられている。本実施例では、第2圧力計38の検出信号に基づいて背圧弁39の開度を調節することによって、燃料電池15内における酸化ガスの圧力を調節している。
【0041】
燃料電池15の集電板に設けられた出力端子には、配線56を介して負荷57が接続されている。負荷57は、例えば、2次電池や、電力消費装置(モータなど)とすることができる。また、燃料電池15の出力端子には、負荷57に並列に、交流インピーダンス測定部53が接続されている。
【0042】
交流インピーダンス測定部53は、周知の交流インピーダンス法により、燃料電池15のインピーダンスを導出する。交流インピーダンス測定部53は、周波数掃引部54およびインピーダンス導出部55を備えている。交流インピーダンス測定部53では、制御部50の指示に従って、周波数掃引部54が燃料電池15の出力端子に周波数を掃引しつつ交流成分を重畳すると共に、インピーダンス導出部55が、燃料電池15におけるインピーダンスを算出する。本実施例のインピーダンス導出部55は、電解質膜の抵抗として、燃料電池15のインピーダンスの膜抵抗成分の導出を行なう。上記のように、交流インピーダンス測定部53は、電解質膜の抵抗を測定するための膜抵抗測定部として機能する。なお、燃料電池システム10が備える膜抵抗測定部は、上記のように交流インピーダンス法により膜抵抗を測定する他、他の方法、例えば、電流遮断法により、膜抵抗を測定することとしても良い。
【0043】
ラジエータ61は、冷媒流路62に設けられ、冷媒流路62内を流れる冷媒を冷却する。冷媒流路62は、燃料電池15の既述した冷媒供給マニホールドおよび冷媒排出マニホールドに接続されている。また、冷媒流路には冷媒循環ポンプ60が設けられており、冷媒循環ポンプ60を駆動することにより、ラジエータ61と燃料電池15との間で冷媒を循環させて、燃料電池15の内部温度を調節可能となっている。冷媒流路62において、燃料電池15の冷媒排出マニホールドとの接続部近傍には、冷媒の温度を検出するための冷媒温度センサ63が設けられている。
【0044】
制御部50は、マイクロコンピュータを中心とした論理回路として構成され、詳しくは、予め設定された制御プログラムに従って所定の演算などを実行するCPUと、CPUで各種演算処理を実行するのに必要な制御プログラムや制御データ等が予め格納されたROMと、同じくCPUで各種演算処理をするのに必要な各種データが一時的に読み書きされるRAMと、各種信号を入出力する入出力ポート等を備える。制御部50は、コンプレッサ30、水素遮断弁40、可変調圧弁42、水素循環ポンプ44、パージ弁46、冷媒循環ポンプ60、交流インピーダンス測定部53等に対して駆動信号を出力する。また、湿度計34,37、圧力計35,38、流量計36、冷媒温度センサ63等から、検出信号を取得する。
【0045】
本実施例の燃料電池システム10は、電気自動車90に搭載されて、駆動用電源として用いられる。図4は、電気自動車90の概略構成を表わすブロック図である。電気自動車90は、駆動用電源として、燃料電池15と共に、2次電池91を備えている。なお、図4では、燃料電池15以外の燃料電池システム10の構成要素については記載を省略している。電気自動車90には、燃料電池15および2次電池91から電力供給を受ける負荷として、補機94と、駆動モータ95に接続される駆動インバータ93とを備えている。駆動モータ95の出力軸98に出力される動力は、車両駆動軸99に伝えられる。補機94は、コンプレッサ30、水素循環ポンプ44、冷媒循環ポンプ60等の燃料電池補機や、空調装置(エアコン)等の車両補機を含む。燃料電池15および2次電池91と、上記各負荷とは、配線56を介して互いに並列に接続されている。また、配線56には、燃料電池15との接続を入り切りするためのスイッチである負荷接続部51が設けられている。また、2次電池91は、DC/DCコンバータ92を介して配線56に接続されている。本実施例では、制御部50によってDC/DCコンバータ92の出力側の目標電圧値を設定することによって、配線56の電圧を調節し、燃料電池15の発電量および2次電池91の充放電状態を制御可能となっている。また、DC/DCコンバータ92は、2次電池91と配線56との接続状態を制御するスイッチとしての役割も果たしており、2次電池91において充放電を行なう必要のないときには、2次電池91と配線56との接続を切断する。
【0046】
上記のような構成とすることで、電気自動車90では、燃料電池15と2次電池91との少なくとも一方から、上記負荷に対して電力供給が可能となっている。また、燃料電池15による2次電池91の充電も可能となっている。さらに、電気自動車90の制動時には、駆動モータ95を発電機として動作させることにより、2次電池91の充電が可能となっている。なお、図4では、電気自動車90の各部を制御部50によって制御することとなっているが、燃料電池システム10内の制御を行なう制御部と、電気自動車90の各部を制御する制御部とは、一体であっても別体であっても良い。
【0047】
B.アイドリング時の制御:
本実施例の燃料電池システム10は、既述したように、燃料電池15内の撥水層76にラジカル抑制物質を備えることにより、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制している。電解質膜の劣化に係る反応(ラジカルによる高分子電解質の分解反応)は、燃料電池電圧が高いときに多く進行する反応である。そのため、燃料電池電圧が特に高くなるとき、具体的には、燃料電池の発電停止時や、燃料電池出力が極めて小さくなる時に、ラジカル抑制物質が撥水層76から電解質膜へと充分に供給されることが望ましい。ラジカル抑制物質の電解質膜への供給は、ラジカル抑制物質を液水に溶解させることにより行なわれる。そのため、本実施例の燃料電池システム10では、燃料電池電圧が高まる時、具体的には、電気自動車90がアイドリング状態となる時に、撥水層76の近傍において液水を充分に確保するための制御を行なっている。
【0048】
図5は、燃料電池システム10の制御部50のCPUにおいて実行されるラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンを表わすフローチャートである。本ルーチンは、燃料電池システム10の起動と共に起動され、燃料電池システム10が停止されるまで繰り返し実行される。燃料電池システム10は、電気自動車90の起動(イグニションスイッチに対応するスタートスイッチのオン操作)と共に起動され、電気自動車90の停止(上記スタートスイッチのオフ操作)と共に停止される。
【0049】
本ルーチンが起動されると、制御部50のCPUは、電気自動車90においてアイドリング指令が出されたか否かを判断する(ステップS100)。アイドリングとは、電気自動車90は停車状態であるが、燃料電池システム10は稼働している状態をいう。具体的には、ステップS100では、既述したスタートスイッチがオンの状態、且つ、アクセル開度がゼロであり、車速が正の値からゼロになった時に、アイドリング指令が出されたと判断する。制御部50のCPUは、アイドリング指令が出されたと判断するまで、アイドリング指令が出されたか否かに係るステップS100の処理を繰り返し実行する。
【0050】
ステップS100で有り度リング指令が出されたと判断すると、制御部50のCPUは、燃料電池15における水収支を導出する(ステップS110)。燃料電池15における水収支(WB)とは、燃料電池15に供給された水分量(供給水量Nin)と、燃料電池15内で発電に伴って生じた生成水量(生成水量NH2O)と、の和から、燃料電池15から排出された水分量(持ち去り水量Nout)を減算した値である。水収支WB、供給水量Nin、生成水量NH2O、持ち去り水量Noutを導出するための式を、それぞれ、(3)〜(6)式として以下に示す。また、(3)〜(6)式で用いた各パラメータの意味を、表1に示す。
【0051】
【数1】

【数2】

【数3】

【数4】

【表1】

【0052】
上記(3)〜(6)式で用いた各パラメータの内、発電面積Aは、発電に寄与する電極の面積であり、水の分子量MH2Oおよびファラデー定数Fと共に、予め制御部50内に記憶されている。電流密度Iは、燃料電池15の出力電流を検出するために燃料電池システム10に設けた図示しない電流センサの検出値と、上記発電面積Aとに基づいて導出される。酸化ガス供給量Nairは、流量計36によって測定される。エアストイキ比Sairは、所望の電力を発電するために要する酸化ガス量(空気量)として理論的に求められる酸化ガス量に対する実際に供給した酸化ガス量の比であり、水収支を導出する時点での発電量と、酸化ガス供給量Nairとに基づいて導出される。入口水蒸気圧PH2O_inは、第1湿度計34が検出した供給酸化ガスの湿度、および、第1圧力計35が検出した供給酸化ガスの圧力に基づいて導出される。同様に、出口水蒸気圧PH2O_outは、第2湿度計37が検出した排出酸化ガスの湿度、および、第2圧力計38が検出した排出酸化ガスの圧力に基づいて導出される。また、入口酸化ガス圧Pinは、第1圧力計35が検出した供給酸化ガスの圧力であり、出口酸化ガス圧Poutは、第2圧力計38が検出した排出酸化ガスの圧力である。
【0053】
なお、本実施例の燃料電池システム10は、燃料ガスである水素を循環させて用いる、いわゆるアノード循環型燃料電池システムである。このようなアノード循環型燃料電池システムでは、所定のタイミングでパージ弁46を開弁することによる水素循環流路からの排水を除くと、水素循環流路への水の出入りはない。また、ステップS110における水収支の導出は、1秒から数秒程度の短い時間間隔における水収支を導出すればよい。そのため、本実施例では、水収支を導出する際に、供給水量Ninおよび持ち去り水量Noutとして、酸化ガスによる供給水量および持ち去り水量のみを考慮している。燃料ガスを循環させない燃料電池システムとする場合には、酸化ガスによる供給水量あるいは酸化ガスによる持ち去り水量に対して、燃料ガスによる供給水量あるいは燃料ガスによる持ち去り水量をさらに加えて、供給水量Ninおよび持ち去り水量Noutを求めればよい。
【0054】
ステップS110において水収支を導出すると、制御部50のCPUは、導出した水収支が、負の値であるか否かを判断する(ステップS120)。水収支が負の値、すなわち、持ち去り水量Noutが、供給水量Ninと生成水量NH2Oの和を上回る場合には、制御部50のCPUは、ラジカル抑制物質が配置される側の電極であるカソードの含水量が増加するように、具体的には、水収支が正の値となるように、燃料電池15の運転状態を変更する(ステップS130)。
【0055】
水収支が正の値になるように燃料電池15の運転状態を変更する構成としては、例えば、燃料電池15に供給する酸化ガスの加湿量を増加させる構成を挙げることができる。具体的には、例えば、燃料電池システム10の空気供給流路31において、コンプレッサ30と第1湿度計34との間に、酸化ガスを加湿するための加湿装置を配置する。そして、ステップS130では、水収支が正の値となるように、加湿装置における酸化ガスの加湿量を増加させればよい。あるいは、コンプレッサ30の駆動量を減らして、ストイキ比を低下させるように運転状態を変更しても良い。このような構成とすれば、燃料電池15における発電量(生成水量)に対する供給酸化ガス流量が減少することにより、酸化ガスによる水分の持ち去り量が減少し、水収支を正の値にすることができる。あるいは、空気排出流路32に設けた背圧弁39の開度を減少させて、酸化ガスの流路における背圧を高めるように、運転状態を変更しても良い。このような構成とすれば、背圧を高めることにより酸化ガスによる水分の持ち出し量を抑制し、水収支を正の値にすることができる。
【0056】
ステップS130において、水収支が正の値になるように燃料電池15の運転状態を変更すると、制御部50のCPUは、交流インピーダンス測定部53から、電解質膜の膜抵抗を取得する(ステップS140)。そして、取得した膜抵抗が、予め定められた基準抵抗値以下であるか否かを判断する(ステップS150)。
【0057】
このステップS150で用いられる基準抵抗値とは、燃料電池15に対して、相対湿度100%である(水蒸気圧が飽和蒸気圧となっている)燃料ガスおよび酸化ガスを供給した時の、電解質膜の膜抵抗の値として設定されている。すなわち、燃料電池の発電条件下において、電解質膜の湿潤状態が最も高くなった状態(膜抵抗が最も低くなった状態)の膜抵抗の値として設定されている。
【0058】
ステップS150において、膜抵抗が基準抵抗値を超えると判断した場合には、制御部50のCPUは、ステップS140に戻って、再び膜抵抗の取得を行なう。既述したように、ステップS130において水収支が正の値になるように燃料電池15の運転状態が変更されているため、電解質膜の湿潤状態は次第に高まってゆく。そのため、膜抵抗の取得と、取得した膜抵抗と基準抵抗値の比較の動作を繰り返すと、やがて、膜抵抗は基準抵抗値以下になる。
【0059】
ステップS150において、膜抵抗が基準抵抗値以下であると判断すると、制御部50のCPUは、膜抵抗が基準抵抗値以下になったと判断された時より後に生じた生成水量を取得する(ステップS160)。燃料電池15における生成水量は、(4)式に示したように、燃料電池15における電流密度、すなわち、出力電流に基づいて導出することができる。本実施例の制御部50のCPUは、ステップS150で膜抵抗が基準値以下であると判断すると、燃料電池15の出力電流に基づいて、その後の発電により生じた生成水量を積算する。ステップS160では、制御部50のCPUは、このようにして求められた生成水量の積算値の現在の値を取得する。
【0060】
その後、制御部50のCPUは、取得した生成水量が、カソード細孔容積を超えたか否かを判断する(ステップS170)。カソード細孔容積とは、多孔質な電極として形成されているカソード内に形成される細孔の容積の総量である。カソードは、既述したように、触媒金属(例えば白金)を担持するカーボン粒子と、プロトン伝導性を有する高分子電解質と、によって構成されている。そのため、カソード細孔容積は、カソードの見かけ上の体積から、触媒担持カーボンと高分子電解質の体積を減算することにより求めることができる。カソードの見かけ上の体積は、カソードの面積(既述した発電面積A)とカソードの厚みとを乗算することにより求めることができる。カソードの厚みは、例えば、SEM(走査電子顕微鏡)を用いて測定すればよい。触媒担持カーボンと高分子電解質の体積は、カソードが備える触媒担持カーボンおよび高分子電解質の重量と、触媒担持カーボンおよび高分子電解質の密度に基づいて求めることができる。本実施例では、上記のようにして算出されるカソード細孔容積が、予め求められて制御部50内に記憶されている。
【0061】
ステップS170において、生成水量がカソード細孔容積以下であると判断した場合には、制御部50のCPUは、ステップS160に戻って、再び生成水量の取得を行なう。既述したように、ステップS130において水収支が正の値になるように燃料電池15の運転状態が変更されているため、ステップS150で電解質膜の湿潤状態が最も高い状態になったと判断された後も、生成水量画像化することにより、燃料電池15内に留まる水分量は増加し続ける。そのため、生成水量の取得と、取得した生成水量とカソード細孔容積の比較の動作を繰り返すと、やがて、生成水量はカソード細孔容積を超える。
【0062】
ステップS170において、生成水量がカソード細孔容積を超えると判断すると、制御部50のCPUは、アイドリングを実行して(ステップS180)、本ルーチンを終了する。具体的には、制御部50のCPUは、負荷接続部51を駆動して、燃料電池15と負荷との間の接続を遮断する。このように、燃料電池15の発電が停止されることにより、ステップS130で設定された運転状態の変更がキャンセルされる。
【0063】
なお、ステップS120において水収支が0以上であると判断した時には、制御部50のCPUは、燃料電池15内の水分量が充分であると判断できるため、そのままアイドリングを実行して(ステップS180)、本ルーチンを終了する。
【0064】
また、図5のラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンにより燃料電池15内の水分量を確保した上でアイドリングを行なう前に、すなわち、ラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンの実行中に、再びアクセルが踏まれる場合があり得る。この場合には、割り込み処理によってラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンの実行が途中で停止され、ラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンは改めて最初から実行されると共に、車両走行のための通常の制御が開始される。
【0065】
なお、ステップS100においてアイドリング指令が出されたと判断した時には、既述したように、車速がゼロになるときであり、車両の駆動のためのエネルギは必要ない。そのため、ステップS110以降の工程を実行中に燃料電池15が発電する電力は、2次電池91の充電に用いられたり、車両補機を含む補機へと供給される。
【0066】
以上のように構成された本実施例の燃料電池システム10によれば、アイドリングを行なう際には、電解質膜の湿潤状態を充分に確保すると共に、カソード細孔容積に見合う量の生成水がさらに生成されてから、アイドリングを行なっている。そのため、アイドリングに伴う発電停止時には、カソードの細孔内は生成水によって満たされた状態となり、カソードに接する撥水層76が備えるラジカル抑制物質の溶解、および、溶解したラジカル抑制物質の電解質膜への供給を確保することができる。したがって、ラジカルに起因する電解質膜の劣化反応が進行しやすい高電位状態となる発電停止時に、ラジカル抑制物質を電解質膜へと供給することができ、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制することができる。
【0067】
特に、本実施例では、ラジカル抑制物質を、ガス拡散層72におけるカソードとの接触面を含む領域に設けられた撥水層76内に保持している。そのため、水収支が正の値となるように運転状態を変更することによって、カソードで直ちに液水となる生成水は、撥水層76に弾かれて、撥水層76上に留まる。すなわち、生成水量が増大して、生成水の圧力が撥水層76の透水開始圧を超えるまでは、生成水は、撥水層76内に浸入することなく、撥水層76の表面に広がって留まる。そのため、電解質膜の湿潤状態を最大限確保した後に、さらに、カソード細孔容積に相当する生成水量を確保することで、撥水層76内のラジカル抑制物質に対して充分量の液水を供給して、ラジカル抑制物質を溶解させることができる。
【0068】
以下に、燃料電池内における水分量を確保することによる、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制する効果についてさらに説明する。図6は、燃料電池に供給するガス中の相対湿度と、電解質膜の劣化の程度を調べた結果を表わすグラフである。ここでは、第1実施例の燃料電池15と同様の燃料電池に対して、燃料ガスである水素ガスを循環させることなく供給すると共に、酸化ガスである空気を供給している。そして、供給する燃料ガスおよび酸化ガスの相対湿度が、共に68%である燃料電池と、共に100%である燃料電池とについて、比較している。各々の燃料電池を、90℃に保ち、オン−オフ耐久試験を行なった。具体的には、0.1A/cm2での発電と発電停止(OCV)とを繰り返す試験を行なった。図6のグラフの横軸に示す「耐久時間」は、上記オン−オフ耐久試験を開始してからの経過時間を表わす。ここでは、アノードから排出される燃料排ガス中の水分、および、カソードから排出される酸化排ガス中の水分を、それぞれ液水として回収し、イオンクロマトグラフィーによって、液水中のフッ素量を測定した。図6のグラフの縦軸に示す「フッ素生成速度」は、排ガスと共に燃料電池から排出されたフッ素量を表わす。燃料電池の構成要素のうち、フッ素を含むのは、電解質膜および触媒が備える高分子電解質であるため、燃料電池から排出されたフッ素量を測定することにより、電解質膜の分解の程度を推定することができる。
【0069】
図6に示すように、供給ガスの相対湿度が100%である燃料電池では、供給ガスの相対湿度が68%の燃料電池に比べて、燃料電池から排出されるフッ素量が極めて少なく、電解質膜の分解が抑制されることが確認された。供給ガス中の相対湿度が68%である燃料電池は、水収支が負の値で発電を継続している燃料電池であると考えられる。これに対して、供給ガス中の相対湿度が100%である燃料電池は、水収支が正の値の状態で発電を継続しており、ステップS160以降の処理を行なっている燃料電池に対応する状態であると考えられる。
【0070】
上記のように、燃料電池の内部を、供給ガスの相対湿度が100%である状態に対応するような湿潤状態にすることで、ラジカル抑制物質を溶解させて電解質膜の劣化を起因する充分な効果が得られると考えられる。そのため、本実施例では、ステップS150で電解質膜の湿潤状態を確保する判断を行なった後に、さらに、生成水量がカソード細孔容積を上回るまで発電を継続して、燃料電池内の水分量を確保しているが、膜抵抗が基準抵抗値以下となったら、直ちにアイドリングを実行することとしても良い。このような構成としても、電解質膜が最大限の湿潤状態となるまで、水収支が正の値となる運転状態を継続することにより、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制する効果を得ることができる。
【0071】
また、ステップS150で電解質膜の湿潤状態を確保する判断を行なった後に、さらに発電を継続する場合であっても、発電の継続は、カソード細孔容積未満の生成水が生じるまでであっても良く、カソード細孔容積以上の生成水が生じるまでであっても良い。ただし、少なくともカソード細孔容積に対応する生成水量を確保することで、液水が充分にラジカル抑制物質に到達する信頼性を高めることができる。また、生成水量が細孔容積に達した時に発電を停止することで、本来発電停止すべきときの発電量を抑制することができる。
【0072】
C.第2実施例:
図7は、第2実施例の燃料電池115の構成を表わす断面模式図である。図7では、燃料電池115を構成する単セル170の一部分と、その周囲の様子のみを表わしている。なお、第2実施例の燃料電池115は、第1実施例の燃料電池システム10と同様の燃料電池システムに備えられている。以下の説明では、第1実施例の燃料電池15と共通する部分には同じ参照番号を付し、第1実施例とは異なる点についてのみ説明する。
【0073】
燃料電池115は、セル内酸化ガス流路を形成するガスセパレータ74に代えて、ガスセパレータ174を備えている。ガスセパレータ174は、ガスセパレータ74と同様の形状を有しているが、図7に示すように、一方の表面にセル内酸化ガス流路を形成すると共に、他方の表面にセル間冷媒流路(図7では、CLTと示す)を形成する領域が、多孔質体によって形成されている。本実施例のガスセパレータ174では、セル内酸化ガス流路およびセル間冷媒流路を形成する領域以外の領域は、ガスセパレータ74と同様の、ガス不透過な緻密部材により形成されている。ガスセパレータ174が備える多孔質部分は、カーボン多孔質体や金属多孔質体により形成することができる。燃料電池115においては、セル内酸化ガス流路内の酸化ガス圧よりも、セル間冷媒流路内の冷媒圧力の方が高くなるように、定常時の冷媒圧力が設定されており、通常の発電時には、設定された定常時冷媒圧力が実現されるように、冷媒循環ポンプ60が駆動される。すなわち、通常の発電時には、冷媒流路内の冷媒が、ガスセパレータ174を介して単セル内に供給されることはない。なお、本実施例では、冷媒として、水を用いている。
【0074】
図8は、第2実施例の燃料電池115を備える燃料電池システムの制御部50のCPUにおいて実行されるラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンを表わすフローチャートである。本ルーチンは、図5のラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンに代えて、燃料電池システム10の稼働中に繰り返し実行される。図8では、図5と共通する工程には同じ工程番号を付しており、共通する工程については詳しい説明を省略する。
【0075】
本ルーチンが起動されると、制御部50のCPUは、アイドリング指令の有無を判断し(ステップS100)、アイドリング指令が出されたと判断すると、水収支を導出する(ステップS110)。そして、水収支が負の値である場合には、ラジカル抑制物質が配置される側の電極であるカソードの含水量が増加するように、具体的には、ガス拡散層72の含水状態が飽和状態となるように、冷媒循環ポンプ60を駆動して、冷媒圧力を上昇させる(ステップS230)。
【0076】
ここで、ガスに曝されつつ、内部に液体が圧入される多孔質体において、毛管圧力(Capillary Pressure,PC)は、以下の(7)式に示すように、内部に圧入される液体の圧力(Loquid Pressure,PL)と、ガス圧(Gas Pressure)との差として表わされる。
【0077】
C = PL − PG …(7)
【0078】
上記のように、ガスに曝されつつ内部に液体が圧入される多孔質体では、毛管圧力(PC)に応じて、多孔質体の飽和度(多孔質体内に形成される細孔全体の内、どのくらいの割合の細孔が含水しているか)が定まることが知られている(例えば、J.T. Gostick et al, Journal of Power Sources, vol.194, (2009), pp433-444参照)。したがって、液体の圧力(PL)とガス圧(PG)とを定めることによって、多孔質体の含水量を定めることができる。
【0079】
ステップS230では、酸化ガスに曝される多孔質体であるガス拡散層72内部の細孔が冷媒で満たされるように、冷媒圧力を上昇させる。ここで、ガス拡散層72の含水状態が飽和状態となるときの毛管圧力(PC)は、予め調べておくことができる。また、ガス圧(PG)である酸化ガス圧は、第2圧力計38によって検出することができる。また、ガスセパレータ174を構成する多孔質体を介してセル間冷媒流路からガス拡散層72へと圧入される冷媒の圧力である液体圧力(PL)と、冷媒循環ポンプ60の駆動量との関係も、予め求めておくことができる。そのため、本実施例では、ガス拡散層72の含水状態を飽和状態とするための冷媒循環ポンプ60の駆動量を、酸化ガス圧に応じて定めたマップを予め制御部50内に記憶している。ステップS230では、第2圧力計38から酸化ガス圧を取得すると共に、上記マップを参照して、冷媒循環ポンプ60の駆動量を決定し、決定した駆動量が実現されるように、冷媒循環ポンプ60の駆動量を増加させる。
【0080】
その後、制御部50のCPUは、電解質膜の膜抵抗を取得し(ステップS140)、取得した膜抵抗を、基準抵抗値と比較する(ステップS150)。ステップS230で冷媒圧力を上昇させることで、ガス拡散層72に対して、ガスセパレータ174を介して冷媒が直接供給され、ガス拡散層72の含水量が次第に増加する。ガス拡散層72に供給された液水は、撥水層76内のラジカル抑制物質を溶解させつつ、さらに、カソードおよび電解質膜へと移動して、電解質膜の含水量を増加させる。そのため、ステップS230で冷媒圧力を上昇させると、やがて、電解質膜の湿潤状態が上限値に達し、膜抵抗は基準抵抗値以下になる。ステップS150において膜抵抗が基準抵抗値以下になったと判断されると、制御部50のCPUは、アイドリングを実行して(ステップS180)、本ルーチンを終了する。このように、燃料電池115の発電が停止されることにより、ステップS230で上昇された冷媒圧力の設定がキャンセルされる。
【0081】
以上のように構成された第2実施例の燃料電池システムによれば、ガス拡散層72の少なくとも一部を多孔質体によって構成し、冷媒圧を上昇させて、ガス拡散層72へと直接冷媒を供給することにより、アイドリングに先立って、撥水層76内のラジカル抑制物質を溶解させることができる。これにより、燃料電池電圧が高まるアイドリング時におけるラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制することができる。
【0082】
なお、本実施例では、冷媒として水を用いたが、異なる構成としても良い。例えば、硝酸水溶液等の酸性溶液を冷媒として用いるならば、冷媒によってラジカル抑制物質が溶解しやすくなるため、より充分に、電解質膜に対してラジカル抑制物質を供給することができる。そのため、アイドリング時における電解質膜の劣化の抑制の動作に対する信頼性を向上させることができる。
【0083】
また、第2実施例では、第1実施例におけるステップS130に代えて、ステップS230の動作を行なっているが、ステップS130の動作と共に、ステップS230の動作を行なっても良い。すなわち、水収支が正の値となるように燃料電池の運転状態を変更する制御と共に、ガス拡散層72の含水状態が飽和状態になるように冷媒圧力を上昇させる制御を行なっても良い。このような構成とすれば、より早く、カソードおよび電解質膜の含水量を増加させることができ、より早くアイドリングを実行することが可能になる。
【0084】
D.第3実施例:
第1および第2実施例では、アイドリング指令がある度に、燃料電池内でカソード近傍の液水量を確保して、撥水層76内に配置されたラジカル抑制物質を積極的に溶解させているが、異なる構成としても良い。すなわち、一旦ラジカル抑制物質の溶解を確保するための処理を実行した後には、しばらくの間は、電解質膜内に充分量のラジカル抑制物質が存在するため、短い時間間隔でアイドリング指令があった時には、後のアイドリング指令時には、ラジカル抑制物質溶解確保処理を実行しないこととしても良い。このような構成を第3実施例として以下に説明する。
【0085】
第3実施例の燃料電池システムは、第1実施例の燃料電池システム10と同様の構成を有しているため、同じ参照番号を付して説明する。図9は、第3実施例の燃料電池システム10の制御部50のCPUにおいて実行されるラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンを表わすフローチャートである。本ルーチンは、図5のラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンに代えて、燃料電池システム10の稼働中に繰り返し実行される。図9では、図5と共通する工程には同じ工程番号を付しており、共通する工程については詳しい説明を省略する。
【0086】
本ルーチンが起動されると、制御部50のCPUは、アイドリング指令の有無を判断し(ステップS100)、アイドリング指令が出されたと判断すると、水収支を導出する(ステップS110)。そして、水収支が負の値である場合には、ラジカル抑制物質の溶解を確保するための処理(ステップS130〜S170)を、前回実行してからの経過時間が、予め設定した基準時間を超えているか否かを判断する(ステップS325)。
【0087】
後述するように、本実施例では、ステップS170の処理を実行した後に、制御部50内のタイマを用いて、経過時間の測定を開始する。ステップS325で用いる基準時間は、ラジカル抑制物質の溶解を確保するための処理を1回行なった後に、ラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制可能な濃度のラジカル抑制物質が、電解質膜内に残留し得る時間として定められている。このような基準時間は、電気自動車90における実際の条件に模した条件下での実験を行なうことにより、あるいは平均的な運転条件に基づくシミュレーションにより、求めればよい。
【0088】
ステップS325において、前回処理からの経過時間が基準時間を超えていると判断した場合には、電解質膜におけるラジカル抑制物質量が不十分である可能性があると考えられるため、制御部50のCPUは、ステップS130〜S170の処理を実行する。そして、ステップS170で生成水量がカソード細孔容積を超えると判断すると、制御部50のCPUは、経過時間をリセットし(ステップS375)、経過時間のカウントを改めて開始する。その後、アイドリングを実行して(ステップS180)、本ルーチンを終了する。
【0089】
なお、ステップS120で水収支が0以上であると判断した場合、および、ステップS325で前回からの経過時間が基準時間以下であると判断した場合には、制御部50のCPUは、経過時間をリセットすることなくアイドリングを実行し(ステップS180)、本ルーチンを終了する。
【0090】
以上のように構成された第3実施例の燃料電池システムによれば、電解質膜内にラジカル抑制物質が充分に存在すると判断できる場合には、ラジカル抑制物質の溶解を促進するための処理を行なうことなくアイドリングを実行する。そのため、燃料電池システムにおける不必要な処理の実行を抑制することができる。また、経過時間が基準時間以下の時には直ちにアイドリングを実行するため、電気自動車90が停車した後の過剰な発電を抑制することができる。
【0091】
なお、第3実施例では、ラジカル抑制物質の溶解を確保するための処理を前回実行してからの経過時間に基づいて、今回の処理の要不要を判断しているが、異なる構成としても良い。例えば、当該処理を前回実行してからの車両の走行距離に基づいて判断しても良い。あるいは、当該処理を前回実行してからの積算発電量に基づいて判断しても良い。
【0092】
また、第3実施例における今回の処理の要不要の判断に係る動作を、第2実施例に適用しても良い。すなわち、図8に示したラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンにおいて、ステップS120の後に、ステップS230に先だってステップS325の処理を行ない、また、ステップS150の後に、ステップS180に先だってステップS375の処理を行なうこととしても良い。
【0093】
E.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0094】
E1.変形例1:
第1ないし第3実施例では、水収支を導出するために用いる出口水蒸気圧PH2O_outを、第2湿度計37が検出した排出酸化ガスの湿度、および、第2圧力計38が検出した排出酸化ガスの圧力に基づいて導出しているが、異なる構成としても良い。
【0095】
例えば、排出酸化ガスの湿度は、用いる燃料電池システムにおいて、特定の値を示すことが予め分かっていれば、当該特定の値を用いればよい。具体的には、例えば排出酸化ガスの相対湿度が、通常はほぼ100%になるのであれば、燃料電池温度(例えば冷媒温度センサ63の検出温度)における飽和水蒸気圧を、排出酸化ガスの湿度として用いればよい。
【0096】
また、入口酸化ガス圧Pinと出口酸化ガス圧Poutの一方の値を、他方の値と燃料電池内の圧力損失とに基づいて推定することとしても良い。燃料電池内の圧力損失は予め求めることができ、燃料電池の発電中において、燃料電池全体としての圧力損失の変動は小さいと考えられるからである。例えば、第1ないし第3実施例の燃料電池システムのように、第2圧力計38の検出値を用いて酸化ガスの背圧を調節するシステムでは、入口酸化ガス圧Pinは、第2圧力計38の検出値と燃料電池の圧力損失とに基づいて求めればよい。このような構成とすれば、湿度計や圧力計等を削減することができ、システム構成を簡素化することができる。
【0097】
E2.変形例2:
第1ないし第3実施例では、(3)式ないし(6)式に基づいて、水収支を算出することとしたが、異なる構成としても良い。例えば、燃料電池システム10における水収支は、燃料電池15の出力電流値や、酸化ガス供給量Nair、出口酸化ガス圧Pout、燃料電池温度等の運転条件をパラメータとして、推定することが可能である。そのため、上記した各パラメータに基づいて水収支が0以上となるか負の値となるかを判定可能なマップを予め作成して制御部50内に記憶しておけばよい。そして、検出した各パラメータを用いて、上記マップを参照して、水収支が負の値になるか否かを判断しても良い。
【0098】
E3.変形例3:
第1ないし第3実施例では、アイドリング指令が出された時に、水収支を導出しているが、異なる構成としても良い。例えば、制御部50のCPUにおいて、常に、現在の水収支を算出することとしても良い。この場合には、例えば、水収支が0以上である場合には、ラジカル抑制物質溶解確保処理ルーチンを実行しないこととしても良い。すなわち、水収支が0以上である場合には、必要のない処理を行なうことなく、アイドリング指令があった時には直ちにアイドリングを実行すればよい。
【0099】
E4.変形例4:
第1ないし第3実施例では、ステップS150において、電解質膜が充分な湿潤状態であるか否かの判断を、スタック全体について求めた膜抵抗の値を用いたがが、異なる構成としても良い。例えば、各単セルごとに膜抵抗を測定してもよい。この場合には、全ての単セルの膜抵抗の値が、相対湿度100%である燃料ガスおよび酸化ガスを供給した時の膜抵抗の値に下がったときに、充分な湿潤状態になったと判断すれば良い。これにより、すべての単セルにおいてラジカル抑制物質の溶解を確保する処理の信頼性を高めることができる。
【0100】
E5.変形例5:
第1ないし第3実施例では、ステップS150において、電解質膜が充分な湿潤状態であるか否かの判断を、膜抵抗に基づいて行なったが、異なる構成としても良い。例えば、燃料電池の出力電圧に対する電流値が基準値以上か、あるいは、出力電流に対する電圧値が基準値以上か、に基づいて判断しても良い。電解質膜の含水量が低下すると、電池性能(出力電流と出力電圧との関係であるI−V特性)が低下する。そのため、電流値と電圧値に基づいて充分な電池性能が維持されていると判断できる時には、電解質膜の湿潤状態が充分であると判断することができる。
【0101】
E6.変形例6:
第1ないし第3実施例では、アイドリング指令があった時に、アイドリングの実行に先立って、ラジカル抑制物質の溶解確保に係る処理を実行しているが、異なる構成としても良い。既述したように、ラジカルに起因する高分子電解質の劣化は、一般に、燃料電池電圧が高いほど進行しやすい。したがって、発電停止あるいは発電停止に代えて設定された所定の低出力状態を含む停止同等状態になる際に、停止同等状態にするための処理に先立って同様の処理を実行するならば、電解質膜の劣化を抑制する同様の効果が得られる。
【0102】
燃料電池が発電停止となる停止同等状態としては、アイドリングの他に、燃料電池システムの停止時を挙げることができる。ただし、燃料電池の発電が要求されない状態としては、システム停止よりも、アイドリングの方が頻度が高い。そのため、ラジカル抑制物質の供給を確保して電解質膜の劣化を抑える効果を充分に得るためには、少なくともアイドリング時に、水収支に基づく制御を行なうことが望ましい。
【0103】
あるいは、電気自動車90の走行中に実行される間欠運転を挙げることができる。燃料電池システムは一般に、負荷要求が小さい時にはエネルギ効率が低下するという性質を有している。そのため、電気自動車90では、定速走行時のように負荷要求が小さい時には、2次電池91から駆動力を得て、燃料電池15の発電を停止する運転モードで走行を行なう場合がある。このような、車両に対する負荷要求はありながら、負荷要求が小さいために燃料電池の発電を停止する運転状態を、間欠運転と呼ぶ。これらのシステム停止時や間欠運転開始時に、実施例と同様の処理を行なえば、燃料電池の発電停止時における電解質膜の劣化を抑制する同様の効果が得られる。
【0104】
また、発電停止に代えて設定された所定の低出力状態である停止同等状態としては、既述したアイドリング(車速ゼロ)や間欠運転時(走行中)に、燃料電池の発電を完全に停止せずに、燃料電池電極が高電位となることを回避するために、僅かに発電を継続する状態を挙げることができる。燃料電池の発電停止時には、燃料電池の電圧はOCV(Open circuit voltage)となり、電極が高電位に曝される。そのため、高電位に曝されることに起因する電極の劣化を抑制する目的で、燃料電池の発電が要求されない場合であっても、燃料電池の発電を継続して、電極劣化を抑制可能な程度に電極電位を低く抑える制御を行なう場合がある。このような制御は、アイドリングや間欠運転のように、発電停止時間が比較的短いと予測される場合に、好適に採用され得る。このように、電極劣化を抑制可能な程度に電極電位を抑える場合であっても、通常の発電時より燃料電池電圧が高くなるため、ラジカルに起因する電解質膜の劣化は進行しやすくなる。そのため、本発明を適用することにより、このような停止同等状態における電解質膜の劣化を抑制することができる。
【0105】
E7.変形例7:
第1ないし第3実施例では、ガス拡散層72上に設けた撥水層76中にラジカル抑制物質を配置したが、異なる構成としても良い。例えば、広くガス拡散層全体に、ラジカル抑制物質を配置しても良い。ガス拡散層72において、少なくとも、カソードとの界面を含む領域に配置することで、生成水によって効率よくラジカル抑制物質を溶解して、電解質膜に供給することが可能になる。
【0106】
あるいは、カソード内にラジカル抑制物質を配置しても良い。カソード内にラジカル抑制物質を配置する場合には、触媒担持カーボンや高分子電解質に加えてさらにラジカル抑制物質を混合して触媒インクを作製し、カソードを形成すればよい。カソード内あるいはガス拡散層におけるカソードとの境界を含む領域に、ラジカル抑制物質を保持させるならば、カソードにおいて充分量の生成水を確保することで、実施例と同様の効果が得られる。
【0107】
E8.変形例8:
第1ないし第3実施例では、ラジカル抑制物質は、カソード側のガス拡散層が備えることとしたが、アノードおよび/またはアノード側のガス拡散層が備えることとしても良い。ラジカル抑制物質をアノード側に配置する場合にも、停止同等状態に先だって電解質膜近傍の湿潤状態を確保することにより、電解質膜の劣化を抑制する効果が得られる。ただし、少なくとも、生成水が生じるカソードおよび/またはカソード側のガス拡散層が備えることが望ましい。これにより、通常の発電時に、生成水によって少しずつラジカル抑制物質を溶解させて、電解質膜に供給することができる。
【0108】
E9.変形例9:
第1ないし第3実施例では、燃料電池システム10を、電気自動車90の駆動用電源として用いたが、異なる構成としても良い。例えば、車両以外の移動体の駆動用電源として用いても良く、あるいは定置型電源として用いても良い。発電停止あるいは発電停止に代えて設定された所定の低出力状態を含む停止同等状態にすべきときに、同様の処理を行なえば、電解質膜の劣化抑制の効果が得られる。
【符号の説明】
【0109】
10…燃料電池システム
15,115…燃料電池
20…水素タンク
22…水素供給流路
24…水素排出流路
25…接続流路
30…コンプレッサ
31…空気供給流路
32…空気排出流路
34…第1湿度計
35…第1圧力計
36…流量計
37…第2湿度計
38…第2圧力計
39…背圧弁
40…水素遮断弁
42…可変調圧弁
44…水素循環ポンプ
46…パージ弁
50…制御部
51…負荷接続部
53…交流インピーダンス測定部
54…周波数掃引部
55…インピーダンス導出部
56…配線
57…負荷
60…冷媒循環ポンプ
61…ラジエータ
62…冷媒流路
63…冷媒温度センサ
70,170…単セル
71…MEA
72,73…ガス拡散層
74,75,174…ガスセパレータ
76,77…撥水層
81〜86…孔部
87…凹部
88,89…溝
90…電気自動車
92…DC/DCコンバータ
93…駆動インバータ
94…補機
95…駆動モータ
98…出力軸
99…車両駆動軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池を備える燃料電池システムであって、
前記燃料電池は、
高分子電解質を備える電解質膜と、
前記電解質膜の各々の表面に形成された一対の電極と、
前記電極上に配置された多孔質なガス拡散層と、
少なくとも一方の前記電極内、および/または、少なくとも一方の前記ガス拡散層における前記電極との境界を含む領域内に配置されたラジカル抑制物質と、
を備え、
前記燃料電池システムは、さらに、
前記燃料電池における水収支を導出する水収支導出部と、
前記燃料電池における運転状態を制御する運転状態制御部と、
前記電解質膜における湿潤状態を検出する膜湿潤状態検出部と、
を備え、
前記運転状態制御部は、前記燃料電池を、発電停止あるいは発電停止に代えて設定された所定の低出力状態を含む停止同等状態にすべきと判断したときに、前記水収支導出部が導出した水収支が負の値であれば、前記一方の電極又は前記一方のガス拡散層に接する電極の含水量が増加するように前記燃料電池の運転状態を変更し、前記膜湿潤状態検出部が検出する前記電解質膜における湿潤状態が基準湿潤状態に達した後に、前記燃料電池を、前記停止同等状態にするための制御を行なう
燃料電池システム。
【請求項2】
請求項1記載の燃料電池システムであって、
前記運転状態制御部は、前記一方の電極又は前記一方のガス拡散層に接する電極の含水量を増加させるために、前記水収支が正の値となるように、前記燃料電池の運転状態を変更する
燃料電池システム。
【請求項3】
請求項2記載の燃料電池システムであって、
前記運転状態制御部は、前記少なくとも一方の電極および/または前記少なくとも一方のガス拡散層側に供給される反応ガスにおける加湿量の増加、前記反応ガスの供給量の減少、前記燃料電池内における前記反応ガスの流路における背圧の上昇、から選択される方法により、前記燃料電池の運転状態を変更する
燃料電池システム。
【請求項4】
請求項2または3記載の燃料電池システムであって、
前記燃料電池が備えるカソードは、多孔質な電極であり、
前記ラジカル抑制物質は、カソード内、および/または、カソードに接して配置されたガス拡散層におけるカソードとの境界を含む領域に配置されており、
前記運転状態制御部は、前記電解質膜における湿潤状態が前記基準湿潤状態に達した後に、さらに、前記水収支が正の値となる運転状態で前記燃料電池の発電を行なわせ、前記電解質膜における湿潤状態が前記基準湿潤状態に達した後に発電に伴って前記燃料電池内で生成した水の体積が、カソード内の細孔容積に達したときに、前記燃料電池を前記停止同等状態にするための制御を行なう
燃料電池システム。
【請求項5】
請求項1記載の燃料電池システムであって、さらに、
前記ガス拡散層に接して設けられ、前記ガス拡散層との間に、ガス流路として、燃料ガスまたは酸化ガスの流路を形成すると共に、前記ガス流路から離間した冷媒流路を形成する一対のガスセパレータであって、該一対のガスセパレータの内、前記ラジカル抑制物質が配置された前記電極および/または前記ガス拡散層側に配置されたガスセパレータは、前記ガス流路と前記冷媒流路とを連通させる細孔が形成された多孔質体を備える一対のガスセパレータと、
前記冷媒流路を流れる冷媒の圧力を調節する冷媒圧力調整部と、
を備え、
前記運転状態制御部は、前記電解質膜の含水量を増加させるために行なう前記燃料電池の運転状態の変更として、前記多孔質体を備えるガスセパレータに接する前記ガス拡散層内の細孔が前記冷媒で満たされるように、前記冷媒の圧力を上昇させる
燃料電池システム。
【請求項6】
請求項5記載の燃料電池システムであって、
前記冷媒は、酸性溶液である
燃料電池システム。
【請求項7】
請求項1ないし6記載の燃料電池システムであって、
前記基準湿潤状態は、前記電解質膜が、前記燃料電池に対して相対湿度が100%である燃料ガスおよび酸化ガスが供給されているときと同様の湿潤状態となる状態である
燃料電池システム。
【請求項8】
請求項7記載の燃料電池システムであって、さらに、
前記電解質膜の抵抗を測定する膜抵抗測定部を備え、
前記運転状態制御部は、前記膜抵抗測定部が測定した前記電解質膜の抵抗が、前記燃料電池に対して相対湿度が100%である燃料ガスおよび酸化ガスが供給されるときの前記電解質膜の抵抗値に低下したときに、前記電解質膜における湿潤状態が基準湿潤状態に達したと判断する
燃料電池システム。
【請求項9】
請求項1ないし8いずれか記載の燃料電池システムであって、
前記ラジカル抑制物質は、少なくとも、カソード内および/または、カソード上に配置されたガス拡散層におけるカソードとの境界を含む領域内に配置されている
燃料電池システム。
【請求項10】
請求項1ないし9いずれか記載の燃料電池システムであって、
前記ラジカル抑制物質は、セリウム、マンガン、白金から選択される少なくとも一種の元素の化合物である
燃料電池システム。
【請求項11】
請求項1ないし10いずれか記載の燃料電池システムであって、
前記水収支は、前記燃料電池に供給された水分量と、前記燃料電池内で発電に伴って生じた生成水量と、の和から、前記燃料電池から排出された水分量を減算した値である
燃料電池システム。
【請求項12】
移動体であって、
請求項1ないし11いずれか記載の燃料電池システムを備え、
駆動用電源として、少なくとも前記燃料電池を用いる
移動体。
【請求項13】
請求項12記載の移動体であって、
前記運転状態制御部は、少なくとも、前記燃料電池システムを停止することなく前記移動体の駆動を停止するときに、前記燃料電池を前記停止同等状態にすべきと判断する
移動体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−54082(P2012−54082A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−195351(P2010−195351)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】