説明

物質検出装置及び物質検出方法

【課題】測定対象物質の数や量を高感度に検出する。
【解決手段】少なくとも、磁気センサ素子と、該磁気センサ素子の出力する信号を取得する手段と、該磁気センサ素子に磁界を印加する手段を有する物質検出装置において、
前記磁気センサ素子は磁性膜を構成要素とし、該磁界印加手段は磁界を該磁気センサの磁化困難方向に印加する手段であって、前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させた際に生じる前記磁気センサ素子の出力する信号の変化を示す情報を取得する手段とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質の存在、数量あるいは濃度を磁気的に検出するための検出装置及び検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁性粒子を標識とし磁気センサ素子によって間接的に生体分子を検出するバイオセンサの研究報告が幾つかの研究機関によってなされている。この検出方法で用いられる磁気センサ素子には種々のものが挙げられる。例えば、磁気抵抗効果素子を用いたもの(非特許文献1、特許文献1)、ホール素子を用いたもの(非特許文献2)、ジョセフソン素子を用いたもの(非特許文献3)がある。更に、コイルを用いたもの(非特許文献4)、磁気インピーダンス効果素子を用いたもの(非特許文献5)が提案されている。
【0003】
磁性粒子は検体溶液中で分散性が良いことが好ましく、その観点から零磁場中では残留磁化の無いスーパーパラ磁性であることが好ましい。したがって、検出に用いる場合には、磁性粒子に磁界を印加し、磁化を所望の方向に誘起させる必要がある。このときセンサ素子の近傍に磁性粒子が固定されているので、磁性粒子に印加した磁界は、センサ素子にも印加されてしまう。大きな検出信号を得るためには、磁性粒子に大きな磁化を誘起させる必要があり、印加磁界の大きさは磁性粒子の磁化飽和磁界程度であることが好ましいが、センサ素子の検出レンジを超えてしまう磁界は印加できない。磁気抵抗効果素子や磁気インピーダンス効果素子は、素子膜面に垂直に印加される磁界に対して抗磁力が非常に高く、素子の特性に著しい影響を与えないという特性を持っている。つまり、磁性粒子の磁化が飽和するほどの大きな磁界であっても素子膜面に垂直な磁界であれば、磁性粒子を磁化させ、磁性粒子から生じる浮遊磁界が素子の膜面内方向に印加されることによって、磁性粒子を検出することが可能である。
【0004】
磁気抵抗効果素子には様々な種類が有るが、バイオセンサではGMR(Giant Magnetoresistance)素子が多く使用されている。GMR素子はFe/CrやCo/Cu人工格子膜からなるものや、2つの強磁性膜の間にCuなどの非磁性金属膜が形成されているサンドイッチ構成のものが有る。非特許文献1ではこの人工格子型のGMR素子が用いられている。サンドイッチ構成のGMR素子で、一方の強磁性膜に反強磁性膜を交換結合させ、強磁性膜の磁化方向が容易に回転しないようにした構造のものをスピンバルブ型GMR素子と呼ぶ。GMR素子の他にMRAM(Magnetic Random Access Memory)の素子として用いられるTMR(Tunnel Magnetoresistance)素子が挙げられる。この素子はサンドイッチ構成のGMR素子の非磁性膜をAlOx等からなるトンネル膜に置き換えた構造である。磁気抵抗効果素子は磁界の印加によってその抵抗値が変化するが、TMR素子はGMR素子よりも大きな抵抗変化を示すので、極めて小さな局所磁界の検出や高速に駆動するデバイスにおいて多く利用される。
【0005】
また、TMR素子において、近年、より大きな抵抗変化を示す構成が報告されている(特許文献2)。その構成は磁性膜にFeCoB等のアモルファス材料をトンネル膜にMgO単結晶膜を用いた物となっている。この構成では、AlOxトンネル膜を用いたTMR素子の抵抗変化の3倍から4倍程度の抵抗変化を示す。
【0006】
また、TMR素子のセンサ応用を示唆するものとして、特許文献3、4が挙げられる。
【0007】
磁気抵抗効果素子を用いた磁性粒子の検出方法について、図6、図7を用いて説明する。図6は検出回路の一例を示すものであり、図7は素子周辺部を説明するものである。図6に示すように、この装置は、センサ素子601とリファレンス素子602とを有しており、これらはいずれも磁気抵抗効果素子からなる。図7に示すように、磁性粒子702は反応領域内でセンサ素子601の表面にのみ固定される。検出の際には、電源605、正弦波発生装置607を用いてコイル604に交流電流を印加する。それにより、センサ素子601とリファレンス素子602の構成要素である磁気抵抗効果膜の膜主面(膜の表面のうち最大面積を有しているとみることができる面)に垂直な方向に交流磁界703を印加する。この磁界印加により、センサ素子601上の磁性粒子702を磁化させる。磁化ベクトル705に示すように磁化された磁性粒子702から、浮遊磁界704が発生し、磁性粒子702の下部の磁気抵抗効果素子からなるセンサ素子601に膜面内方向成分の磁界703が印加される。センサ素子601の有する磁気抵抗効果膜は膜面内方向の磁界の影響によって抵抗が変化する。図6に示すように、前記磁気抵抗効果素子からなる2のセンサと2つの固定抵抗を用いてホイーストンブリッジ回路とする。センサ素子601における上記の抵抗変化に基づく信号の交流成分を、センスアンプ603を用いて増幅する。その後、ロックインアンプ606で印加磁界の周波数の2倍の周波数成分のみ増幅し、磁性粒子の存在を示す検出信号を得コンピュータ608によって解析する(非特許文献1参照)。
【0008】
磁気インピーダンス効果素子は一様磁界を高感度に検出することが可能である。したがって、磁性粒子の検出装置への応用が期待されている。非特許文献5に記載されている磁気インピーダンス効果素子を用いた磁性粒子の検出回路は、図8に示すような構成となっている。この検出回路では、高周波電源802と磁気インピーダンス効果素子801とに直列に接続した固定抵抗805の電圧を電圧計804によって測定することによって磁気インピーダンス効果素子のインピーダンス変化を測定している。(なお、電圧計803は高周波電源802の出力電圧を測定するためのものである。)この文献で検出に用いられている磁性標識粒子は0.9μmから2μmのCo粒子がポリスチレンでコーティングされた構造を持ち、磁性標識粒子の粒径は10μmから15μmとかなり大きなものとなっている。また、磁性標識粒子の飽和磁化は160emu/gと非常に大きく、残留磁化も大きい。
【0009】
上述のように、磁気抵抗効果素子を用いた磁性粒子の検出回路では、2つの磁気抵抗効果膜を用い、一方をリファレンス素子、他方をセンサ素子として用いる。この場合、より高感度な検出を実現するには、リファレンス素子とセンサ素子の特性を同一とする必要が有るが、そのような素子を歩留まり良く作製することは、センサの構造によっては困難な場合がある。特に複数の素子をセンサ素子として使用する場合や、微小サイズの素子を使用する場合には、その要求を満たすことは容易ではないことがある。また、微小な抵抗変化を検出するためにホイーストンブリッジ回路を用いると回路が複雑となり、実用には適さない場合がある。
【0010】
また、磁気インピーダンス効果素子を用いた磁性粒子の検出では、非特許文献5に記載されているように、簡素な検出回路を用いている。この検出回路は、粒径が大きく、かつ大きな残留磁化を有する磁性標識粒子を多数検出する場合に適用されるものであって、高い反応効率を持つサブミクロンサイズの小さな磁性標識粒子の検出には適さない。さらに、この検出回路では、磁性標識粒子の検出は磁性標識粒子を固定化する前の初期値を測定しておき、磁性標識粒子を固定化した後に、磁性標識粒子の信号を検出する構成となっている。その為に、初期値を測定するときの環境条件と磁性標識粒子の信号を検出するときの環境条件を同じに保つ必要が有る。
【非特許文献1】David R.Baselt, et al, Biosensors & Bioelectronics 13 731 (1998)
【非特許文献2】Pierre-A. Besse, et al, Appl. Phys. Lett. 80 4199 (2002)
【非特許文献3】SeungKyun Lee, et al, Appl. Phys. Lett. 81 3094 (2002)
【非特許文献4】Richard Luxton, et al, Anal. Chem.16 1127 (2001)
【非特許文献5】Horia Chiriac, et al, J. Magn. Magn. Mat. 293 671 (2005)
【特許文献1】米国特許明細書第5981297号
【特許文献2】特開2006-080116
【特許文献3】特表2003-524781
【特許文献4】特表2005-513475
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、測定対象物質の数又は量を高感度に検出することが可能な物質検出装置及び物質検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、少なくとも、磁気センサ素子と、該磁気センサ素子の出力する信号を取得する手段と、該磁気センサ素子に磁界を印加する手段を有する物質検出装置において、
前記磁気センサ素子は磁性膜を構成要素とし、該磁界印加手段は磁界を該磁気センサの磁化困難方向に印加する手段であって、前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させた際に生じる前記磁気センサ素子の出力する信号の変化を示す情報を取得する手段を更に有する物質検出装置である。
【0013】
本発明の物質検出方法の一態様は、上記構成の検出装置を用い、前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させ、その際に生じる前記磁気センサ素子の出力する信号の変化を示す情報を取得することを特徴とする物質検出方法である。
【0014】
本発明の物質検出方法の他の態様は、磁性膜を構成要素とする磁気センサ素子の磁化困難方向に磁気を印加する工程と、
前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させる工程と、
前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させた際の前記磁気センサ素子の出力する信号の変化を取得する工程と、
を少なくとも有する物質検出方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の物質検出装置および物質検出方法を用いることにより、測定対象物質の数や量を高感度に検出することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の物質検出装置をバイオセンシングに用いる場合を念頭において、本発明を実施するための最良の形態について説明する。なお、本発明の範囲は各請求項によって定められるものである。本願発明は、以下に記載の形態のみならず、当業者が理解可能な範囲でさまざまな形態を包含する。また、本発明の物質検出装置あるいは物質検出方法の一方について好ましい形態あるいは適用可能な形態として記載されている形態は、特に断りがない限り他方にも適用可能である。
【0017】
本発明の物質検出装置は、少なくとも、磁気センサ素子と、該磁気センサ素子の出力する信号を取得する手段と、該磁気センサ素子に磁界を印加する手段を有する。この磁気センサ素子は磁性膜を構成要素として構成されている。磁界印加手段は磁界を該磁気センサ素子の磁化困難方向に印加する手段である。そして、本発明にかかる物質検出装置は、印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させた際に生じる磁気センサ素子の出力する信号の変化を示す情報を取得する手段を更に有している。
【0018】
本発明の装置は、取得された磁気センサ素子の出力する信号の変化に基づいて、磁気センサ素子に結合もしくは付着している物質の有無又は量を導き出す手段をさらに有していることが好ましい。ここで、「結合もしくは付着」という概念は、物質が磁気センサ素子の有効感度領域内にある程度の時間にわたって継続的に存在する場合のすべてを包含する趣旨であり、結合や付着の態様を問わない。具体的には、共有結合、水素結合、配位結合、イオン結合、ファンデルワールス結合、磁気吸着、静電吸着など、あるいはこれらの組み合わせなどの、種々の態様がありうる。
【0019】
また、磁気センサ素子としては、磁気抵抗効果素子が好適に用いられる。かかる磁気抵抗効果素子のさらに具体的な好ましい例としては、スピントンネル磁気抵抗効果素子を挙げることができる。スピントンネル磁気抵抗効果素子を用いた場合、そのトンネル膜としては酸化マンガンからなる膜が好ましい。
【0020】
また、磁界印加手段が前記磁性膜の主たる膜面に対して垂直方向に磁界を印加する手段であることが好ましい。ここで「主たる膜面」とは、膜の表面のうち最大面積を有しているとみることができる面と考えるのがわかりやすい。もっとも、磁性膜が誘電体膜やトンネル膜と隣接している場合には、その界面を「主たる膜面」とみなすことができる。
【0021】
磁気センサ素子としては、磁気インピーダンス効果素子も好適に用いることができる。その場合、磁界印加手段は磁気インピーダンス効果素子の長手方向に対して垂直方向に磁界を印加する手段であることが好ましい。
【0022】
磁界印加手段としては、コイルと直流電源を有し、該コイルに直流電流を流すことによって印加磁界を発生させる手段を好適に用いることができる。その場合、コイルに流す直流電流の有無、大きさ、向きのいずれかを変化させることによって、印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させることが好ましい。
【0023】
磁界印加手段としては永久磁石を用いることもできる。その場合、永久磁石と磁気センサの相対的な距離を変化させることによって、印加磁界の大きさを変えることが好ましい。もっとも、永久磁石の向きを変化(典型的には反転)させることによって、印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させてもよい。
【0024】
複数の磁気センサ素子と選択トランジスタを有し、選択トランジスタを切り替えることによって、磁気センサ素子の出力信号を順次取得するような構成としても良い。
【0025】
また、本発明の物質検出方法の一態様は、上記構成の物質検出装置を用い、印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させ、その際に生じる磁気センサ素子の出力する信号の変化を示す情報を取得することを特徴とする検出方法である。
【0026】
また、本発明の物質検出方法の他の態様は以下の工程を少なくとも有する。
(1)磁性膜を構成要素とする磁気センサ素子の磁化困難方向に磁気を印加する工程と、前記印加磁界の有無、大きさ、向きのいずれかを変化させる工程。
(2)前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させた際の前記磁気センサの出力する信号の変化を取得する工程。
【0027】
本発明の物質検出方法では、取得された磁気センサ素子の出力する信号の変化に基づいて、磁気センサ素子に結合もしくは付着している物質の有無又は量を導き出す工程をさらに有していることが好ましい。
【0028】
本発明の検出装置の構成の一例を図1に示す。本発明の検出装置をバイオセンサに用いる場合、直接の検出対象となる物質は磁性標識粒子106となるのが一般的である。磁性標識粒子は、磁性粒子の表面に生体関連物質(抗原、抗体、核酸など)を結合させた物質である。バイオセンサに用いられる磁性粒子としては、サブミクロンサイズの粒径のものが好適に用いられる。このような粒径の磁性粒子を用いることにより表面に結合させた生体関連物質と他の生体関連物質との反応(抗原抗体反応、DNAの2本鎖形成反応など)の効率を高めることが可能となるからである。また、磁性粒子は、検体溶液中において凝集しないように、磁性粒子が零磁場中において残留磁化を持たないかあるいは非常に小さい残留磁界しか持たないことが好ましい。
【0029】
このような磁性標識粒子106の有無あるいは数を、磁気センサ素子101を用いて検出するためには、外部から磁界を印加して磁性標識粒子を磁化し、磁性標識粒子から発生する浮遊磁界を磁気センサ素子で検出し、磁性標識粒子の有無や数量を測定する。例えば、図1に示すように電源102に接続した磁気センサ素子101上に磁性標識粒子106を付着させた状態で、電源105からコイル104に直流電流を印加し、印加磁界107を発生させる。このような印加磁界のオン操作、オフ操作、あるいは大きさや向きを変化させる操作を行った際に、磁性標識粒子106から得られる信号あるいは信号の変化を検出回路103で検出し、不図示のコンピュータを用いて解析する。
【0030】
ここで、磁性標識粒子の粒径よりも磁気センサ素子のセンシング領域が著しく大きい場合は、少量の磁性標識粒子は検出不可能となる場合がある。逆に、センシング領域が小さいと、多くの磁性標識粒子が検出できない場合がある。そこで、少量から多量までの広い範囲で磁性標識粒子を検出するために、小さな磁気センサ素子を複数用いることが好ましい。磁気センサ素子は磁性標識粒子を固定する反応場内で2次元に配列し、選択トランジスタに接続して、個々の磁気センサの検出信号を順次検出していくことができる。
【0031】
磁気センサ素子として磁気抵抗効果素子を用いる場合には、電子が磁気抵抗効果素子のトンネル膜を通過するように、膜面垂直方向に電流を流す。上記の様に磁気抵抗効果素子には種々のものが存在するが、中でもトンネル膜がMgO単結晶で、強磁性膜がFeCoBからなるTMR膜が、大きな抵抗変化が得られるので好ましい。磁気抵抗効果膜の抵抗値は、フリー層とピンド層の磁化方向が平行であるときに最小値となり、反平行であるときは最大値となる。ここで、フリー層とは、外部から印加される磁界に対して容易に磁化が反転する層であり、ピンド層とは、磁化方向が反転しにくい層である。一般的には、ピンド層は強磁性膜と反強磁性膜の交換結合膜となっている。磁性標識粒子がTMR素子表面に固定されていないとき、すなわち初期状態において、フリー層の磁化方向とピンド層の磁化方向が平行状態であったとする。この状態から、磁性標識粒子から発生する浮遊磁界がフリー層に印加され、フリー層の磁化状態が局部的に回転すると、TMR素子の抵抗は大きくなる。また、逆に、初期状態の磁化状態が反平行状態であるならば、磁性標識粒子から浮遊磁界が印加されることによって、TMR素子の抵抗は小さくなる。ただし、磁性標識粒子の検出信号を得るには、磁性標識粒子から生じる浮遊磁界は大きい方が好ましい。そのために磁性標識粒子を磁化するために印加する外部印加磁界が大きいことが好ましい。例えば、Micromod社から市販されているMicromer-Mの磁化を飽和させるには80kA/m程度の大きさの磁界を要する。そのような磁界をFeCoBからなるフリー層の膜面内方向に印加すると、フリー層の磁化は外部印加磁界の方向に揃ってしまい、磁性標識粒子の検出は不可能となってしまう。そこで、外部磁界はTMR素子膜面に対して垂直方向に印加する。磁性薄膜の磁化は膜面垂直方向に向き難く、垂直方向の磁界の印加に対して抵抗の変化は検出されない。TMR素子表面に磁性標識粒子が存在する場合、TMR素子膜面垂直方向の十分大きな磁界が磁性標識粒子に印加されると、磁性粒子が磁化され浮遊磁界が発生する。浮遊磁界はTMR素子のフリー層に膜面内方向成分を有する磁界として印加されるので、フリー層の磁化方向は回転し、磁性標識粒子の有無が確認される。また、複数の磁性標識粒子がTMR素子表面に存在する場合には、フリー層の広い面積で磁化方向の回転が起きるので、より大きな抵抗変化が生じる。したがって、抵抗変化量から磁気センサ素子表面に存在する磁性標識微粒子の数を知ることが可能である。TMR素子の抵抗変化を明確に得るためには、抵抗変化が急峻に生じることが好ましい。そこで、磁性標識粒子に印加する磁界をONからOFFへ、あるいはOFFからONへと切り替えることが好ましい。磁界を切り替えるタイミングで、TMR素子の抵抗が変化すれば、磁性標識粒子が存在することになる。
【0032】
上述のように、本発明の好適な実施形態にかかる検出方法によれば、リファレンス素子や煩雑な検出回路を用いることなく、良好な検出信号を得ることが可能である。また、本発明の好適な実施形態にかかる検出方法では、リファレンス素子を用いず、センサ素子の抵抗値の変化を直接検出するために、複数のセンサ素子に電気特性のばらつきが有っても磁性標識粒子の存在を確認することが可能である。
【0033】
磁気センサ素子を磁気インピーダンス効果素子とした場合にも、上述したものと同様の回路構成を使用することができる。磁気インピーダンス効果素子として、例えばアモルファス磁性体であるCoFeSiBなどの磁性材料からなるものを用いることができる。磁界感度を高くするために、磁性体の中心部分をCu等の非磁性材料とした構造のものを用いることも可能である。一般的に磁性体は細長く、その長手方向に交流電流を流しながら長手方向に磁界を印加すると、その磁界の大きさに対応してインピーダンスが変化する。素子長手方向垂直に印加した磁界に対しては、インピーダンス変化は検出されない。つまり、磁気抵抗効果素子の場合と同様に、磁性標識粒子を磁化するために、素子長手方向に磁界を印加すると、磁性標識粒子の有無や、数量を測定することが可能である。
【0034】
磁気センサ素子に結合もしくは付着している物質の有無又は量の測定には、検出対象としての物質に標識された磁性標識粒子の量(ゼロである場合を含む)を信号の変化から求める方法が利用できる。例えば、既知の磁性粒子量(磁性粒子が結合しない場合も含む)に応じた磁気センサ素子からの信号の変化を予め設定し、これらと検体溶液を用いて実際に測定される信号の変化を対比して、実際に測定された信号の変化から磁性粒子の有無、または量を求める方法が利用できる。予め設定された基準となる信号の変化は、コンピュータに読み込み可能、あるいは記憶可能としておき、これらと実際の検体測定における信号の変化との対比を、予め設定したプログラムに従ってコンピュータで処理することで、検出の自動化が可能となる。
【実施例】
【0035】
(実施例1)
本実施例においては、磁気センサ素子に磁気抵抗効果素子(より具体的にはTMR素子)を用いた装置構成の例、および該装置を用いて前立腺特異抗原を間接的に検出する方法の例について、図2を用いて示す。
【0036】
シリコン基板206上にドレイン202、ソース203、ゲート電極204を有する選択トランジスタを作製し、この上方にTa, CuN, Ta, PtMn, CoFe, Ru, CoFeB, MgO, CoFeB, Ta, Ru, Auをマグネトロンスパッタ法によって順次成膜し、TMR膜(スピントンネル磁気抵抗効果膜)を作製する。TMR膜は一般に用いられるドライエッチング方法によって複数のTMR素子201に分割する。TMR素子の存在しない領域には非固定化膜209を設け、磁性標識物質208の非特異吸着を防止する。本実施例においてはTMR素子一つの大きさは(平面形状)400nm×600nmとする。TMR素子の下部は選択トランジスタのドレイン202に電気的に接続される。また、TMR素子の上部はビット線に接続される。このようにして、TMRセンサデバイスを作成する。
【0037】
ビット線205とゲート線(不図示:ゲート電極204に接続されている)を選択することによって、任意のTMR素子201に電流を流し、信号を取得することが可能である。
【0038】
検出回路は信号を検出できるものであればどのようなものでも使用可能であるが、本実施例ではセンスアンプ207を用いる。
【0039】
上記構成のTMRセンサデバイスを用いて磁性物質を検出する際に、素子上部に存在する磁性標識物質(磁性標識粒子)208にTMR素子の膜面に垂直に磁界を印加する。この印加磁界はTMR素子上部に形成されるコイル104によって発せられる。磁界の大きさは、測定する磁性標識物質の磁化が飽和するほどの大きさであることが好ましいが、磁化が飽和しなくても、検出するに十分な大きさの浮遊磁界が磁性標識物質から生じていれば、この限りではない。磁性標識物質から生じる浮遊磁界は、TMR素子に膜面内方向成分を有する磁界を与えるので、磁性標識物質が存在する場合には、TMR素子はその磁界を感じ抵抗値が変化する。磁性標識物質が存在しない場合には、TMR素子に印加される磁界は膜面垂直方向のみであるので、TMR素子の抵抗値はほとんど変化しない。
【0040】
磁性標識物質の検出プロセスは、次のようにして行われる。まず、選択トランジスタによって所望のTMR素子に電流を流す。次にコイルに電流を流し、磁性標識物質に磁界を印加し、磁性標識物質を磁化する。このとき、TMR素子の電圧の変化を読み取ることで、TMR素子上部に存在する磁性標識物質を検出する。複数のTMR素子を用いて磁性標識物質を検出する際には、選択トランジスタによって、駆動させるTMR素子を切り替えて、上記と同様に電圧の変化を読み取る。この操作を繰り返し、全TMR素子で得られる信号を積算することで、磁性物質の量を広い幅で測定することが可能である。
【0041】
上記で説明したTMRセンサデバイスを用いて、以下の(1)〜(4)に示すプロトコールに従って前立腺癌のマーカーとして知られている前立腺特異抗原(PSA)を検出することができる。以下、図3を用いて説明する。
【0042】
PSAは非磁性であるので、磁性標識粒子を標識とし間接的にPSAを検出する。すなわち、直接の検出対象は磁性標識粒子である。本実施例で使用する磁性標識粒子としては、一次粒子径30nmの磁性粒子が複数個バインダー内に分散して、直径250nmの二次粒子を形成しているものを用いる。この二次粒子表面301に抗PSA抗体(二次抗体)302が固定されている。したがって、この磁性標識粒子は軟磁性を示し、零磁界中では残留磁化を持たない。TMR素子の上部にはAu膜を形成し、測定対象物質固定可能領域305とする。Au膜表面にPSA を認識する一次抗体303が固定化される。
【0043】
以上の構成の装置を用いて以下のプロトコールによりPSAの検出を行う。
(1)抗原(被検体)であるPSA を含むリン酸緩衝生理食塩水(被検体溶液)をセンサ素子表面に滴下し、5分間インキュベートする。
(2)リン酸緩衝生理食塩水によって、未反応のPSA を洗浄除去する。
(3)磁性粒子により標識された抗PSA抗体(二次抗体)を含むリン酸緩衝生理食塩水をセンサ素子表面に滴下し、5分間インキュベートする。
(4)未反応の該標識抗体をリン酸緩衝生理食塩水で洗浄除去する。
【0044】
上記プロトコールによって、抗PSA抗体(一次抗体)303、PSA(抗原)304、抗PSA抗体(二次抗体)302を介してTMR素子の測定対象物質固定可能領域305表面に複数の磁性粒子が分散した二次粒子中301の磁性粒子が固定される。この様子を図3に示す。被検体の中に抗原304が存在しない場合には、磁性標識粒子(およびその中の磁性粒子)はTMR素子表面に固定されない。すなわち、磁性標識粒子の有無を検出することによって、間接的に抗原の検出が可能である。またTMR素子の検出信号の大きさから、固定された磁性標識粒子の数量を特定し、被検体中に含まれる抗原の量を間接的に知ることが可能である。
【0045】
(実施例2)
本実施例にでは、磁気センサ素子に磁気インピーダンス効果素子を用いた検出装置構成及び検出方法の例について説明する。
【0046】
図4に示すように、シリコン基板401上にSiO2絶縁膜402を成膜する。その後、リフトオフ法を用いて所望の形状の第1の磁性膜403、非磁性導体膜404、第2の磁性膜405を形成し、磁気インピーダンス効果素子を作製する。第1の磁性膜および第2の磁性膜は1μmの膜厚のCoFeSiBアモルファス磁性膜であり、非磁性導体膜は2μmの膜厚のCu膜である。
【0047】
図5に示すように、上記のようにして作製した磁気インピーダンス効果素子501の長手方向に、約10MHzの周波数の交流電流を流すためのAC電源502を、固定抵抗(不図示)を介して接続する。また、磁性物質504の検出信号を取得する為に磁気インピーダンス効果素子の両端に検波回路503を接続する。磁性物質を検出する際に、磁性物質を磁化するために磁気インピーダンス効果素子の膜面に垂直な方向に磁界505を印加する。この磁界は電源506によってコイル507に電流を流すことで発生させる。
【0048】
コイルに流す電流のON/OFFを切り替えることによって、磁性物質への磁界印加のON/OFFを行う。印加する磁界は、磁気インピーダンス効果素子周辺に磁性物質が存在しない場合には素子のインピーダンス変化を伴わない程度の大きさとする。磁化された磁性物質から磁気インピーダンス効果素子の膜面内方向に浮遊磁界が印加され、検波回路を通して磁気インピーダンス効果素子から得られる信号は磁界のON/OFFと同様に大きさが変化する。
【0049】
上記磁気インピーダンス効果素子を用いて、実施例1と同様に非磁性の物質を間接的に検出することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は磁性体の検出さらには磁性粒子を標識とした非磁性物質の検出として利用され、測定対象物質の数や量を感度良く検出することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の検出装置の構成例を説明する模式図である。
【図2】本発明の一実施例である磁気抵抗効果素子を用いた検出装置の構成例を示す断面図である。
【図3】磁性標識粒子が抗原と抗体によって結合した様子の例を説明する模式図である。
【図4】本発明の一実施例で使用する磁気インピーダンス効果素子の模式図である。
【図5】本発明の一実施例である磁気インピーダンス効果素子を用いた検出装置の構成を示す模式図である。
【図6】磁気抵抗効果膜を用いた従来のセンサの検出回路を説明する模式図である。
【図7】磁性標識粒子に磁界を印加したときに発生する浮遊磁界を表す模式図である。
【図8】磁気インピーダンス効果素子を用いた従来のセンサの検出回路を示す回路図である。
【符号の説明】
【0052】
101 磁気センサ素子
103 検出回路
201 TMR素子
208 磁性標識物質
501 磁気インピーダンス効果素子
503 検波回路
504 磁性物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、磁気センサ素子と、該磁気センサ素子の出力する信号を取得する手段と、該磁気センサ素子に磁界を印加する手段を有する物質検出装置において、
前記磁気センサ素子は磁性膜を構成要素とし、該磁界印加手段は磁界を該磁気センサの磁化困難方向に印加する手段であって、前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させた際に生じる前記磁気センサ素子の出力する信号の変化を示す情報を取得する手段を更に有する物質検出装置。
【請求項2】
取得された前記磁気センサの出力する信号の変化に基づいて、前記磁気センサ素子に結合もしくは付着している物質の有無又は量を導き出す手段を有する請求項1に記載の物質検出装置。
【請求項3】
前記磁気センサ素子が磁気抵抗効果素子であることを特徴とする請求項1または2に記載の物質検出装置。
【請求項4】
前記磁気抵抗効果素子がスピントンネル磁気抵抗効果素子である請求項3に記載の物質検出装置。
【請求項5】
前記スピントンネル磁気抵抗効果素子がトンネル膜を有し、該トンネル膜が酸化マンガンからなる膜であることを特徴とする請求項4に記載の検出装置。
【請求項6】
前記磁界印加手段が前記磁性膜の主たる膜面に対して垂直方向に磁界を印加する手段であることを特徴とする請求項1から請求項5の何れかに記載の検出装置。
【請求項7】
前記磁気センサ素子が磁気インピーダンス効果素子であることを特徴とする請求項1又は2に記載の検出装置。
【請求項8】
前記磁界印加手段が前記磁気インピーダンス効果素子の長手方向に対して垂直方向に磁界を印加する手段であることを特徴とする請求項7に記載の検出装置。
【請求項9】
前記磁界印加手段がコイルと直流電源を有し、該コイルに直流電流を流すことによって印加磁界を発生させる手段であることを特徴とする請求項1から請求項8のいずれかに記載の検出装置。
【請求項10】
前記コイルに流す直流電流の有無、大きさ、向きのいずれかを変化させることによって、前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させることを特徴とする請求項9に記載の検出装置。
【請求項11】
前記磁界印加手段が永久磁石であり、該永久磁石と該磁気センサの相対的な距離を変化させることによって、前記印加磁界の大きさを変えることを特徴とする請求項1から請求項8のいずれかに記載の検出装置。
【請求項12】
複数の磁気センサ素子と選択トランジスタを有し、該選択トランジスタを切り替えることによって、前記磁気センサ素子の出力信号を順次取得することを特徴とする請求項1から請求項11のいずれかに記載の検出装置。
【請求項13】
請求項1から12のいずれかに記載の検出装置を用い、前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させ、その際に生じる前記磁気センサ素子の出力する信号の変化を示す情報を取得することを特徴とする物質検出方法。
【請求項14】
前記磁気センサ素子の出力する信号の変化に基づいて、前記磁気センサ素子に結合もしくは付着している物質の有無又は量を導き出すことを特徴とする請求項13に記載の物質検出方法。
【請求項15】
磁性膜を構成要素とする磁気センサ素子の磁化困難方向に磁気を印加する工程と、
前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させる工程と、
前記印加磁界の有無、大きさ及び向きの1以上を変化させた際の前記磁気センサ素子の出力する信号の変化を取得する工程と、
を少なくとも有する物質検出方法。
【請求項16】
前記取得された前記磁気センサ素子の出力する信号の変化に基づいて、前記磁気センサ素子に結合もしくは付着している物質の有無又は量を導き出す工程を有する請求項15に記載の物質検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−101939(P2008−101939A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−282881(P2006−282881)
【出願日】平成18年10月17日(2006.10.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】