説明

発進クラッチ

【課題】少量の潤滑流量で、効率よくクラッチの熱を冷却することができ、発進クラッチの耐熱耐久性が向上し、既存のトランスミッションに設けられたオイルポンプでも十分冷却可能な発進クラッチを提供する。
【解決手段】トランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチを備えた発進クラッチにおいて、 湿式多板クラッチ30は、外歯摩擦板4と内歯摩擦板3とから成り、軸方向摺動自在に収容された複数の摩擦板と、内径部32と前記内径部32から軸方向反対側に延在する突出部33を備え、外歯摩擦板4を収容するクラッチドラム1と、内径部を備え、外歯摩擦板4と交互に軸方向配置される内歯摩擦板3を軸方向摺動自在に保持するハブ部材2とを備えており、クラッチドラム1は、エンジンからの駆動力を受ける入力部材と連結されており、クラッチドラム1には、クラッチドラム1の開口部を覆うカバー部材7が結合されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等のトルクコンバータの代わりに使用可能な発進クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動変速機、すなわちAT(オートマチックトランスミッション)において、車両発進はトルクコンバータでのトルク伝達によって行っていた。トルクコンバータはトルク増幅効果もあり、トルク伝達も滑らかであるため多くのAT車両に搭載されていた。
【0003】
一方、トルクコンバータはトルク伝達時の滑り量が多く、あまり効率的ではないという欠点も有している。
【0004】
そこで最近では、トルクコンバータに代えて発進クラッチを用いることが提案されており、またギア比を落とすと共に変速数を増やして低速域でのトルク増幅を図ることも行われている。
【0005】
一般に発進クラッチは、クラッチケース内に収容された湿式多板クラッチを備えている。多板クラッチは、出力側の摩擦係合要素である摩擦板、すなわちフリクションプレート及び入力側の摩擦係合要素であるセパレータプレートが軸方向で交互に配置されている。このような構成で、ピストンにより、フリクションプレートとセパレータプレートとを係合させることで動力の伝達を行っている。
【0006】
この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては次のものがある。
【特許文献1】特開2002−357232号公報
【特許文献2】米国特許第6929105号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発進クラッチは、発熱が大きいため冷却に大量の潤滑油を流す必要がある。このため、大きなポンプ容量を必要とし、従来のミッションに設けられているオイルポンプは容量不足であり、そのままでは発進クラッチを搭載できないという問題がある。また、従来のオイルポンプは、少量の油で冷却するため、クラッチ部に熱が蓄熱され、クラッチが焼けてしまうという問題がある。
【0008】
特許文献1は、クラッチを冷却するため大量の潤滑油を流し、クラッチドラムの径方向に排出のために多数の穴が開けてある発進クラッチを開示している。しかしながら、この場合、潤滑油はクラッチ部より速く排出されるため、クラッチ部と油との間で熱の交換が十分行えず、クラッチの冷却効率はよくなく、熱がクラッチ部に溜まり易い構造である。また、特許文献2のように、油が充満していると、クラッチ部の熱は油に伝達されるものの、油がクラッチ部に滞留しすぎて、特許文献1と同様に、クラッチ部の熱がスムースに除去できないことになる。
【0009】
そこで,本発明の目的は、少量の潤滑流量で、効率よくクラッチの熱を冷却することができ、発進クラッチの耐熱耐久性が向上し、既存のトランスミッションに設けられたオイルポンプでも十分冷却可能な発進クラッチを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的達成のため、本発明の発進クラッチは、
トランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチを備えた発進クラッチにおいて、
湿式多板クラッチは、外歯摩擦板と内歯摩擦板とから成り、軸方向摺動自在に収容された複数の摩擦板と、内径部と内径部から軸方向反対側に延在する突出部を備え、外歯摩擦板を収容するクラッチドラムと、内径部を備え、歯摩擦板と交互に軸方向配置される内歯摩擦板を軸方向摺動自在に保持するハブ部材とを備えており、
前記クラッチドラムは、エンジンからの駆動力を受ける入力部材と連結されており、前記クラッチドラムには、前記クラッチドラムの開口部を覆うカバー部材が結合されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
クラッチドラムがエンジンより駆動されることにより、クラッチドラム回転の遠心力により、潤滑油がスムースに排出される。これにより、発進クラッチの耐熱耐久性が向上する。
【0012】
また、クラッチドラムに、クラッチドラムの開口部を覆うカバー部材が結合されているため、オイル供給、オイル溜め、ハウジング回転タイプでのオイルの排出が供給側と排出側とで分離できるので、潤滑油がスムースに排出される。
【0013】
効率よく冷却用の摩擦板に供給された油は一時的にハブ部材の内径側及びクラッチ内部に留まり、クラッチ部から熱を奪い、その後、クラッチ部の遠心力作用により、速やかにクラッチ部よりトランスミッション側に排出されることにより、オイルポンプ容量の小型化および発進クラッチの耐熱性の両立が可能となり、燃費向上および信頼性の向上が可能となる。
【0014】
また、少ないオイル流量で発進クラッチの冷却が可能となり、既存トランスミッションへの取り付けも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して本発明の実施例を詳細に説明する。尚、図示の実施例は例示として本発明を示しているに過ぎず、その他の変更が可能なことは言うまでもない。
【0016】
(第1実施例)
図1は、本発明にかかる実施例の発進クラッチの軸方向断面図である。発進クラッチ10は、クラッチドラム、すなわちクラッチケース1とその中に収容された湿式多板クラッチ30を備えている。湿式多板クラッチ30のクラッチケース1の内部には出力側の摩擦係合要素であるほぼ環状の摩擦板、すなわちフリクションプレート(内歯プレート)3と入力側の摩擦係合要素であるほぼ環状のセパレータプレート(外歯プレート)4とが軸方向で交互に配置されている。クラッチケース1の開口側である軸方向の一端にはほぼ環状のバッキングプレート5が、ほぼ環状の止め輪6によって軸方向において固定状態に支持され、セパレータプレート4を保持している。
【0017】
環状のクラッチケース1は、その内周の中央に円筒部32が設けられ、外周には円筒部32と径方向で対向する外径部、すなわちドラム部34が設けられている。ドラム部34には、径方向に貫通する孔が設けられていない。ドラム部34の内周にはスプライン部39が設けられ、セパレータプレート4が軸方向で摺動自在に係合している。円筒部32の軸方向反対側には、突出部33が設けられ、クランク軸11の凹部38に嵌合している。また、円筒部32は、不図示のトランスミッションに連結した入力軸16に後述のハブ部材2の円筒部50と軸受51を介し支持されている。
【0018】
本実施例では、3枚のフリクションプレート3と4枚のセパレータプレート4とで湿式多板クラッチ30を構成しているが、これら入力側及び出力側の摩擦係合要素の枚数は、必要なトルクに応じて任意に変更できることは言うまでもない。また、フリクションプレート3の軸方向の両面には、ほぼ環状の摩擦材35、または複数セグメントに分割された摩擦材35が接着等により固定されている。また、セパレータプレート(外歯プレート)4に摩擦材35を固着してもよいし、フリクションプレート(内歯プレート)3とセパレータプレート4のそれぞれの片面に交互に摩擦材35を固着してもよい。
【0019】
図1において、クラッチケース1内であって、クラッチケース1の閉口端側にはピストン8が軸方向摺動自在に円筒部32の外周に嵌合されており、ピストン8及びクラッチケース1との間にはピストン8に油圧を与えるための油圧室31が画成されている。ピストン8の油圧室31と反対側にはプレート70が円筒部32に固定されている。プレート70には、スプリング9の軸方向一端が固定されている。スプリング9の軸方向の他端はピストン8に当接しており、ピストン8に所定の押圧力を与えて、ピストン8を油圧室31方向へ、すなわちクラッチの解放方向へ常時付勢している。スプリング9は、ここでは所定の弾性を有するコイルスプリングであるが、その他の形態のスプリングを用いることもできる。ピストン8のセパレータプレート4に対向する面セパレータプレート4に対向する面及びピストン8と反対側のプレート面には、軸方向に突出する凸部55が設けられ、この凸部55がセパレータプレート4の荷重作用点の中心または中心近傍を押圧することで全てのプレートの摩擦面が係合面全体で均一な面圧により接触するようになり、湿式多板クラッチ30が締結される。また、均一な面圧により、発熱部の偏りが防止されることによりクラッチ部の耐熱性が向上する。
【0020】
トランスミッションの入力軸16と一体で回転するように入力軸16に嵌合したハブ部材2は、その外周にスプライン部36が設けられている。径方向の貫通孔37を有するスプライン部36には、フリクションプレート3が軸方向摺動自在に嵌合している。従って、不図示のエンジンのクランク軸11から入力される動力は、ドライブプレート100を介して、ダンパ装置14(後述)、クラッチケース1、湿式多板クラッチ30、ハブ部材2、入力軸16の経路で不図示のトランスミッションに伝達される。
【0021】
湿式多板クラッチ30のクラッチケース1は、ハウジング12の一部であるカバー部13に覆われている。また、ハウジング12内には、クラッチ締結時の衝撃などを吸収する衝撃緩衝機構であるダンパ装置14が設けられている。ダンパ装置14は、スプリング19を保持するリテーナプレート40と、クラッチケース1の円筒部53の外周に取り付けられ、スプリング19に嵌合する爪部材41によって構成される。リテーナプレート40は、ナット42によりドライブプレート100に固定されている。また、クラッチケース1とハウジング12との間には、スラストニードル軸受43が介装されている。
【0022】
エンジンからの動力が伝達されるトランスミッションの入力軸16には軸方向に延在する油供給路52が設けられている。不図示の供給源から供出される油圧用の油は、入力軸16と円筒部53との間の隙間からクラッチケース1の円筒部32に設けた径方向の貫通孔60を通り、複数のシール部材により油密状態に維持される油圧室31に供給される。
【0023】
入力軸16の軸方向一端の外周にはスプラインが設けられ、ハブ部材2の円筒部50がスプライン嵌合している。すなわち、入力軸16とハブ部材2とは一体状態で回転する。ハブ部材2とクラッチケース1の円筒部53及び入力軸16の端部との間には、スラストワッシャ61が介装されている。スラストワッシャ61は、ニードル軸受でもよい。
【0024】
前述のようにハブ部材2は、トランスミッションの入力軸に軸方向摺動自在に嵌合しており、クラッチケース1の円筒部32がハブ部材2の円筒部50に軸受51を介して相対回転可能に嵌合している。クラッチケース1のエンジン側に延在する突出部33はクランク軸11に支持され、クラッチケース1のトランスミッション側に延在する円筒部32はハブ部材2の円筒部50の外周面に支持されている。
【0025】
上述のように、クラッチケース1の突出部33が不図示のエンジンのクランク軸11に嵌合し、ハブ部材2の内径部、すなわち円筒部50がクラッチケース1の内径部、すなわち円筒部32に嵌合している。更に、トランスミッションの入力軸16がハブ部材2の円筒部50にそれぞれ嵌合している。また、後述のカバー部材7は、トランスミッションケース18の側壁65にニードル軸受66で回転可能に支持されている。
【0026】
クラッチケース1の開放端には、カバー部材7が設けられている。カバー部材7は、外径縁部63が、クラッチケース1のスプライン部39に嵌合している。このため、カバー部材7は、クラッチケース1と共に回転する。カバー部材7の内径側は円筒部62となっており、入力軸16との間に軸方向の潤滑油通路21を画成している。円筒部62の軸方向の端部64は、オイルポンプ15に接続され、カバー部材7の回転によりオイルポンプ15を作動させる。オイルポンプ15からの油は、一旦トランスミッション側の油圧制御装置(不図示)に供給された後、発進クラッチ10およびトランスミション側のブレーキ部(不図示)やクラッチ部(不図示)の作動油として供給され、また、発進クラッチ10及びトランスミション側の各部位に潤滑のために供給される。
【0027】
潤滑のために供給される油をハブ部材2の内周側に滞留させる手段としてのカバー部材7は、トランスミッションの側壁65にニードル軸受66で回転可能に支持されている。図1から分かるように、カバー部材7を設けることで、ほぼ囲まれたスペースに湿式多板クラッチ30が配置される。発進クラッチ10に隣接して配置されるトランスミッションケース18の側壁には軸方向に貫通した油戻り孔17が設けられている。
【0028】
ハブ部材2の円筒部50のトランスミッション側の端部からは中間部91が半径方向に延在し、中間でエンジン側へ屈曲した後、トランスミッション側に向かって軸方向に延在するスプライン部36となっている。また、カバー部材7の円筒部62のエンジン側の端部からは中間部90が半径方向に延在し、中間でトランスミッション側へ屈曲した後、半径方向外方へ更に延在して、外径縁部63となっている。中間部90と中間部91は、軸方向で近接して対向しており、その間に狭い通路22を画成している。
【0029】
図1から分かるように、ハブ部材2、スプライン部36、カバー部材7で、ハブ部材2の内径側に囲まれたスペースSが画成されている。従って、通路22から外径方向へ向かう油は、このスペースSに滞留しやすく効率よくクラッチ部に潤滑油を供給できる。また、スペースSの下流であるクラッチ部においてはクラッチケース外径側に潤滑油の排出穴を設けないか、穴の数を少なくするか、穴の大きさを小さくするかして油が滞留しやすくしてある。
【0030】
ハブ部材2のスプライン部36の反対側(内径側)の自由端には、内径方向に突出する突起75が設けられている。突起75は、潤滑のために供給される油をハブ部材2の内周側に滞留させる手段として機能し、連続的、または間欠的に環状に設けられている。また、カバー部材7のハブ部材2側の面には、ハブ部材2のスプライン部36に向かって突出する環状の突出部76が設けられている。突起75と突出部76とは、軸方向でオフセットされた位置に設けられており、後述の通路22からの潤滑油に対して、いわゆるラビリンスとなり、潤滑油がハブ部材2とカバー部材7との間に滞留しやすくなる。
【0031】
発進クラッチ10に隣接して配置されるトランスミッションケース18の側壁には軸方向に貫通した油戻り孔17が設けられている。湿式多板クラッチ30を潤滑した潤滑油はこの油戻り孔17を介してトランスミッション内に戻る。
【0032】
ここで、湿式多板クラッチ30を潤滑する潤滑油の油路と油圧室31に油を供給する油路について説明する。湿式多板クラッチ30を潤滑する潤滑油は、オイルポンプ15の駆動により、トランスミッションから潤滑油通路21、ハブ部材2とカバー部材7との間に画成された通路22を通り、ハブ部材2の貫通孔37などを通過して湿式多板クラッチ30を潤滑する。湿式多板クラッチ30を潤滑後の潤滑油は、クラッチケース1のドラム部34に径方向の貫通孔が設けられていないため、外径側に移動することができず、クラッチ部内に一時的に溜まった後、クラッチケースのスプライン部39を介して、軸方向すなわちカバー部材7の方向に向かう。このためカバー部材7には、潤滑油の流れを円滑にするため必要に応じて軸方向の貫通孔を設けてもよい。
【0033】
カバー部材7を過ぎた潤滑油は更に軸方向に流れ、トランスミッションケース18の側壁に設けた油戻り孔17を通過して、トランスミッションに戻る。潤滑油が通る経路は、図1において矢印で示している。以上の説明から分かるように、潤滑油は、軸方向から供給され、軸方向に排出される構成となっている。
【0034】
次に、ピストン8を制御する油圧回路について説明する。入力軸16に設けた油供給路52には、不図示の油供給から油圧用の油が供給されている。油供給路52を通った油は、入力軸16と円筒部53の端面との間の隙間からクラッチケース1の円筒部32に設けた径方向の貫通孔60を通り、油圧室31に供給される。不図示の油圧回路により印加される油圧によりピストン8は、図1において左方向に移動し、湿式多板クラッチ30を締結させる。
【0035】
以上説明した、潤滑油の油路とピストン制御用の油圧回路とは独立して設けられている。このため、本発明の発進クラッチは従来のトルクコンバータとの置き換えが容易となっている。
【0036】
次に、本発明の発進クラッチをエンジンとトランスミッションの間に取り付けるには、以下の手順で行う。発進クラッチ10とダンパ装置14とを組立て、ユニット状にしたものを、トランスミッションの入力軸16のスプラインに挿入した後、クランク軸11にクラッチケース1の突出部33を挿入する。その後、ダンパ装置14とドライブプレートを固定することにより、発進クラッチ10は、トランスミッション側およびクランク軸11との芯が合い、軸方向の取り付けの誤差を吸収した、精度良い組み付けができる。また、駆動側のクラッチケース1がクランク軸11とトランスミッションの入力軸16でしっかりと支持されることにより、回転精度が向上し、耐シャダー性及び、回転部の磨耗性も向上し、良好な発進性能を発揮できる。
【0037】
前述のように、入力軸16に対してハブ部材2がスプライン嵌合し、ハブ部材2に対してクラッチケース1が嵌合し、クラッチケース1がクランク軸11に、またカバー部材7がミッションケース18の側壁65に支持される構成となっているため、クラッチ部、トランスミッション、エンジン、各部の芯合わせが良好に行える。また、ハブ部材2もその円筒部50が、入力軸16とクラッチケース1の円筒部32とに挟持されるように保持されているので、ハブ部材2及びクラッチケース1の回転が安定する。
【0038】
(第2実施例)
図2は、本発明にかかる第2実施例の発進クラッチを示す軸方向断面図である。基本的構成は、図1に示した第1実施例と同じであるので、その部分については説明を省略する。
【0039】
第2実施例は、クラッチカバーの構成と潤滑油の排出経路が第1実施例と異なる。クラッチ部30を覆うクラッチカバー73は、ハウジング12と別体として設けられている。クラッチケース1に対する接続は第1実施例と同じであるが、クラッチカバー73は、ハウジング12のトランスミッション側の側壁74にボルト72により固定されている。
【0040】
側壁74には、クラッチ部30を潤滑した潤滑油がトランスミッション側に排出される貫通孔71が設けられ、クラッチ部30からの潤滑油は、この貫通孔71を通過してトランスミッション方向へ流れる。図2から分かるように、貫通孔71は、フリクションプレート3とセパレータプレート4とから成る、クラッチ部30の摩擦係合部に対して軸方向でほぼ対向しており、摩擦係合部を潤滑した潤滑油を効率的に貫通孔71へと向かわせることができる。
【0041】
上述の第1及び第2実施例において、クラッチドラム、すなわちクラッチケース1が、エンジンからの駆動力を受ける入力部材とは、クランク軸11、ドライブプレート100、ダンパ装置14などである。
【0042】
(第3実施例)
図3は、本発明にかかる第3実施例の発進クラッチの軸方向断面図である。発進クラッチ10は、クラッチドラム、すなわちクラッチケース1とその中に収容された湿式多板クラッチ30を備えている。湿式多板クラッチ30のクラッチケース1の内部には出力側の摩擦係合要素であるほぼ環状の摩擦板、すなわちフリクションプレート(内歯プレート)3と入力側の摩擦係合要素であるほぼ環状のセパレータプレート(外歯プレート)4とが軸方向で交互に配置されている。クラッチケース1の開口側である軸方向の一端にはほぼ環状のバッキングプレート79が、ほぼ環状の止め輪5によって軸方向において固定状態に支持され、セパレータプレート4を保持している。バッキングプレート79は、その先端がクラッチ部側に突出して湾曲する湾曲部79aを備えている。
【0043】
環状のクラッチケース1は、その内周の中央に円筒部32が設けられ、外周には円筒部32と径方向で対向する外径部、すなわちドラム部34が設けられている。ドラム部34は、径方向に貫通する孔が設けられていない。ドラム部34の内周にはスプライン部39が設けられ、セパレータプレート4が軸方向で摺動自在に係合している。円筒部32の軸方向反対側には、ハウジング12の内径側のボス101の円筒部57の外周に嵌合している。
【0044】
本実施例では、4枚のフリクションプレート3と5枚のセパレータプレート4とで湿式多板クラッチ30を構成しているが、これら入力側及び出力側の摩擦係合要素の枚数は、必要なトルクに応じて任意に変更できることは言うまでもない。また、フリクションプレート3の軸方向の両面には、ほぼ環状の摩擦材35、または複数セグメントに分割された摩擦材35が接着等により固定されている。また、セパレータプレート(外歯プレート)4に摩擦材35を固着してもよいし、フリクションプレート(内歯プレート)3とセパレータプレート4のそれぞれの片面に交互に摩擦材35を固着してもよい。
【0045】
図3において、クラッチケース1内であって、クラッチケース1の閉口端側にはピストン8が設けられている。ピストン8は、セパレータプレート4に当接して押圧力を加える押圧部61と、押圧部61と結合した基部60とを備えている。押圧部61は、その先端にセパレータプレートに当接する方向に突出した湾曲部68を備えている。基部60は、クラッチケース1の円筒部32に軸方向摺動自在に嵌合している。
【0046】
本実施例において、湾曲部68と湾曲部79aとは、同一軸線上に設けることが好ましい。また、湾曲部68がセパレータプレート4に当接する接触点と、湾曲部79aがセパレータプレート4に当接する接触点は、摩擦板、すなわちセパレータプレート4の摩擦面の径方向のほぼ中央近傍に位置している。
【0047】
湾曲部68と湾曲部79aは、それぞれ環状に連続的に設けてもよいが、所定の間隔を開けて間欠的に設けることもできる。このような構成により、摩擦板同士の係合が確実に行え、耐熱性のある作動の安定した発進クラッチが提供できる。
【0048】
基部60とクラッチケース1の内面とで、二つのOリング53で油密に封止された油圧室31が画成されている。後述の油路から油圧用の油を油圧室31に供給することで、ピストン8の移動を制御し、所定の押圧力を得る。ピストン8に所定の押圧力を与えて、ピストン8を油圧室31方向へ、すなわちクラッチの解放方向へ常時付勢するためのスプリングを設けることもできる。
【0049】
油圧室31に所定の油圧が供給されると、ピストン8は、図中左方向に移動して、バッキングプレート79との間で湿式多板クラッチ30を締結する。このとき、ピストン8の湾曲部68とバッキングプレート79の湾曲部79aとは、クラッチ部側に突出したその頂点が、それぞれセパレータプレート4の中央または中央付近を押圧する構成となっている。このため、全てのプレートの摩擦面が係合面全体で均一な面圧により接触するようになり、湿式多板クラッチ30が締結される。また、均一な面圧により、発熱部の偏りが防止されることによりクラッチ部の耐熱性が向上する。
【0050】
トランスミッションの入力軸16と一体で回転するように入力軸16に嵌合したハブ部材2は、その外周にスプライン部36が設けられている。径方向の貫通孔37を有するスプライン部36には、フリクションプレート3が軸方向摺動自在に嵌合している。従って、不図示のエンジンのクランク軸(不図示)から入力される動力は、ハウジング12を介して、ダンパ装置44(後述)、クラッチケース1、湿式多板クラッチ30、ハブ部材2、入力軸16の経路で不図示のトランスミッションに伝達される。
【0051】
湿式多板クラッチ30のクラッチケース1は、クラッチ締結時の衝撃などを吸収する衝撃緩衝機構であるダンパ装置44が設けられている。ダンパ装置44は、スプリング49を保持するリテーナプレート40と、クラッチケース1のドラム部34の外周に取り付けられ、スプリング49に嵌合する爪部材42によって構成される。
【0052】
エンジンからの動力が伝達されるトランスミッションの入力軸16には軸方向に延在する油供給路54が設けられている。不図示の供給源から供出される油圧用の油は、油供給路54、入力軸16とボス101との間隙95、ハウジング12のボス101の円筒部57の軸方向の貫通孔56、クラッチケース1の円筒部32に設けた軸方向の貫通孔59を通り、油圧室31に供給される。
【0053】
入力軸16の軸方向一端の外周にはスプラインが設けられ、ハブ部材2の円筒部50がスプライン嵌合している。すなわち、入力軸16とハブ部材2とは一体状態で回転する。
【0054】
クラッチケース1の開放端には、カバー部材7が設けられている。カバー部材7は、外径縁部73が、クラッチケース1のスプライン部39に嵌合している。このため、カバー部材7は、クラッチケース1と共に回転する。カバー部材7は、ハブ部材2との間に狭い潤滑油通路64を画成し、潤滑通路64は、入力軸16の外周に設けられた油通路63に連通している。
【0055】
また、ハウジング12とカバー部材7との間には通路65が、さらにハウジング12の内径側に設けられた円筒部12aと入力軸16との間には、油排出路62が設けられ、クラッチ部30を潤滑した油がトランスミッション側へ抜ける通路となっている。潤滑油通路64と通路65とがカバー部材7により分離されることで、クラッチ部へ供給される油と、クラッチ部から内径側に戻る排出油が互いに干渉することがないためスムースな流れが得られる。ハウジング12の円筒部12aを介して駆動される不図示のオイルポンプからの油は、一旦トランスミッション側の油圧制御装置(不図示)に供給された後、発進クラッチ10およびトランスミション側のブレーキ部(不図示)やクラッチ部(不図示)の作動油として供給され、また、発進クラッチ10及びトランスミッション側の各部位に潤滑のために供給される。
【0056】
本実施例においては、潤滑のために供給される油をハブ部材2の内周側に滞留させる手段としてのカバー部材7は、その外周縁部73がクラッチドラム34のスプライン部39に嵌合することでクラッチドラム34と一体に回転可能に支持されている。図3から分かるように、カバー部材7を設けることで、ほぼ囲まれたスペースに湿式多板クラッチ30が配置される。
【0057】
ハブ部材2の円筒部50のトランスミッション側の端部からは中間部91が半径方向に延在し、中間でエンジン側へ屈曲した後、トランスミッション側に向かって軸方向に延在するスプライン部36となっている。また、カバー部材7の中間部90が半径方向に延在し、中間でトランスミッション側へ屈曲した後、半径方向外方へ更に延在して、外径縁部73となっている。中間部90と中間部91は、軸方向で近接して対向しており、その間に狭い潤滑油通路64を画成している。
【0058】
図3から分かるように、ハブ部材2、スプライン部36、カバー部材7で、ハブ部材2の内径側に囲まれたスペースSが画成されている。従って、潤滑油通路64から外径方向へ向かう油は、このスペースSにより効率よくクラッチ部に潤滑油を供給できる。また、スペースSの下流であるクラッチ部においてはクラッチケース外径側に潤滑油の排出穴を設けないか、穴の数を少なくするか、穴の大きさを小さくするかして油が滞留しやすくしてある。
【0059】
図3から分かるように、カバー部材7を設けることで、ほぼ囲まれたスペースに湿式多板クラッチ30が配置される。本実施例では、クラッチドラム、すなわちクラッチケース1が、エンジンからの駆動力を受ける入力部材とは、ダンパ装置44などである。
【0060】
次に、図4を用いて、本発明の各実施例に使用されるフリクションプレート(摩擦板)の詳細について説明する。フリクションプレート3は、環状で鋼製のコアプレートに複数の摩擦材セグメント74を接着剤などで環状に固定することにより形成されている。コアプレート20の内周にはスプライン20aが形成され、このスプライン20aはハブ部材2のスプライン部36に嵌合する。
【0061】
摩擦材セグメント74の表面には、コアプレートの直径方向に平行な溝76と垂直な溝77とが、それぞれほぼ等間隔で複数個設けられている。溝76及び溝77は、摩擦材セグメント74をコアプレート20に固定する前、または固定後にプレス等により凹溝として形成される。溝76と溝77は図示のようにほぼ直交している。
【0062】
摩擦材セグメント74間には、コアプレート20の直径方向に平行な、すなわち溝76と平行な溝75が画成されている。溝75は、摩擦材セグメント74間でコアプレート20の表面が露出して形成されている。
【0063】
摩擦材セグメント74に設ける溝は、放射状の溝にすることもできる。また、セグメントではなく、環状の摩擦材を固定することもできる。摩擦材セグメントや環状の摩擦材は、コアプレート20の片面または両面に固定する。片面に摩擦材を貼着した場合、非貼着側に対向する、セパレータプレート4の片面に摩擦材を貼着することもできる。
【0064】
溝75、溝76と溝77は、潤滑油の流通性を確保すると同時に、効率的な熱交換のため潤滑油を保持する必要がある。このため、軸方向の深さと幅によって決定される、溝75、溝76及び溝77の体積率は、約10%から約50%とした。好ましくは、約20%から約40%がよい。ここで、「体積率」とは、コアプレート20に一様に環状の摩擦材を貼着したと仮定した場合の摩擦材の総体積に対する、溝75、溝76及び溝75の総体積の割合を示している。
【0065】
以上説明した本発明の各実施例において、発進クラッチの湿式多板クラッチ30を係合させるために押圧するピストン8を押圧させるスプリング9は、コイルスプリング以外にも、例えば板ばね、ウェーブスプリング等も用いることができる。また、押圧力、すなわちばね圧やピストンを押圧するための油圧は、車両の重量や発進クラッチの摩擦係合要素の摩擦係数、摩擦係合面の面積等の特性を考慮した上で設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明にかかる第1実施例の発進クラッチを示す軸方向断面図である。
【図2】本発明にかかる第2実施例の発進クラッチを示す軸方向断面図である。
【図3】本発明にかかる第3実施例の発進クラッチを示す軸方向断面図である。
【図4】本発明の各実施例に用いられるフリクションプレートの部分正面図である。
【符号の説明】
【0067】
1 クラッチケース
2 ハブ部材
3 フリクションプレート
4 セパレータプレート
8 ピストン
7 カバー部材
10 発進クラッチ
30 湿式多板クラッチ
12 ハウジング
31 油圧室
55 凸部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランスミッションとエンジンとの間に配置され、動力を伝達する湿式多板クラッチを備えた発進クラッチにおいて、
前記湿式多板クラッチは、外歯摩擦板と内歯摩擦板とから成り、軸方向摺動自在に収容された複数の摩擦板と、内径部と前記内径部から軸方向反対側に延在する突出部を備え、前記外歯摩擦板を収容するクラッチドラムと、内径部を備え、前記外歯摩擦板と交互に軸方向配置される内歯摩擦板を軸方向摺動自在に保持するハブ部材とを備えており、
前記クラッチドラムは、エンジンからの駆動力を受ける入力部材と連結されており、前記クラッチドラムには、前記クラッチドラムの開口部を覆うカバー部材が結合されていることを特徴とする発進クラッチ。
【請求項2】
前記カバー部材は、トランスミッションケースに支持されていることを特徴とする請求項1に記載の発進クラッチ。
【請求項3】
前記カバー部材は、前記クラッチドラムと一体で回転し、オイルポンプを駆動することを特徴とする請求項1または2に記載の発進クラッチ。
【請求項4】
前記エンジンからの駆動力がハウジングを介し前記クラッチドラムに伝達されることを特徴とする請求項1に記載の発進クラッチ。
【請求項5】
前記エンジンからの駆動力が前記ハウジングからダンパ装置を介し前記クラッチドラムに伝達されることを特徴とする請求項1または4に記載の発進クラッチ。
【請求項6】
前記湿式多板クラッチを潤滑した油は前記クラッチドラム内に滞留した後に排出されることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項7】
前記クラッチドラムの外径には半径方向に延在する油排出孔が設けられていないことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項8】
前記クラッチドラムの内周には、前記摩擦板のスプラインが係合するスプライン溝が設けられ、前記油は前記スプライン溝を介して軸方向に排出されることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項9】
前記クラッチドラムはクラッチカバーに覆われ、前記発進クラッチは、ハウジング内に収容され、前記クラッチカバーは、前記ハウジングと一体であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項10】
前記クラッチドラムはクラッチカバーに覆われ、前記発進クラッチは、ハウジング内に収容され、前記クラッチカバーは、前記ハウジングと別体であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項11】
前記発進クラッチは、潤滑油を供給するための油路と、クラッチ作動のための油路の2系統の油路を備えていることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項12】
前記発進クラッチは、潤滑油を供給するための油路と、クラッチ作動のための油路の3系統の油路を備えていることを特徴とする請求項1、4、5のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項13】
前記外歯摩擦板または前記内歯摩擦板の軸方向の両面に摩擦材が貼着されていることを特徴とする請求項1乃至12のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項14】
前記外歯摩擦板または前記内歯摩擦板の軸方向の片面に摩擦材が貼着されていることを特徴とする請求項1乃至12のいずれか1項に記載の発進クラッチ。
【請求項15】
前記摩擦材には、複数の溝が設けられていることを特徴とする請求項13または14に記載の発進クラッチ。
【請求項16】
前記溝の体積率は、約10%から約50%であることを特徴とする請求項15に記載の発進クラッチ。
【請求項17】
前記溝の体積率は、約20%から約40%であることを特徴とする請求項16に記載の発進クラッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−163982(P2008−163982A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−351827(P2006−351827)
【出願日】平成18年12月27日(2006.12.27)
【出願人】(000102784)NSKワーナー株式会社 (149)
【Fターム(参考)】