説明

耐摩耗性材料

【課題】1000℃を超える温度領域で従来材料よりも耐摩耗性に優れた材料を提供する。
【解決手段】所定の母材の表面に、炭化クロム(CrC)が45〜55重量%、コバルト(Co)が30〜40重量%、シリコン(Si)が1.0重量%以下含まれるクロム炭化物系合金の被覆層を所定の膜厚で設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高温雰囲気下で耐摩耗性を発揮する耐摩耗性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、熱処理炉内のような高温雰囲気下で耐ビルドアップ性及び耐摩耗性に優れた搬送用ロールが開示されている。この高温材搬送ローラは、Co-Ni-Cr-Al-Y系合金マトリックス中にCr-Al固溶体セラミックス5〜30体積%と、クロムカーバイド2〜20体積%とを分散状態に含有させたサーメット溶射膜を金属製ロール基体の表面に施したものである。このような高温材搬送ローラは、雰囲気温度950℃において優れた耐ビルドアップ性を示すことが、また雰囲気温度800℃において優れた耐摩耗性を発揮することが確認されている。
また、下記特許文献2にも、高温耐摩耗性および耐ビルドアップ性が共に優れた熱処理炉用ロールとして、CrB,ZrB,WB,TiB等硼化物の少なくとも一種類以上を1〜60体積%含むと共に、Cr,TaC,WC,ZrC,TiC,NbC等炭化物の少なくとも一種類以上を5〜50体積%含み、残部が実質的にメタルからなるサーメット皮膜を有するものが開示されている。この熱処理炉用ロールは、雰囲気温度850℃において優れた耐ビルドアップ性を発揮することが確認されている。
また、下記特許文献3にも、耐摩耗性及び耐ビルドアップ性等に優れた溶射材料及び溶射被覆部材が開示されている。この溶射材料及び溶射被覆部材は、2CaO・SiOが35〜95重量%であり、残部が実質的に金属酸化物、金属炭化物、金属硼化物、金属珪化物及び金属の中の少なくとも一種以上の材料であり、雰囲気温度850℃において優れた耐ビルドアップ性を発揮することが確認されている。
さらに、高温雰囲気下で耐摩耗性に優れた材料として、Fe-Ni-Cr系耐熱鋼やNi-Cr-α系超耐熱合金が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平03−272959号公報
【特許文献2】特開平07−011420号公報
【特許文献3】特開平06−184722号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記従来技術は、高温雰囲気下における耐ビルドアップ性及び耐摩耗性に優れた材料に関する技術であるが、おおよそ800〜950℃の温度領域において耐ビルドアップ性及び耐摩耗性に優れた材料であり、1000℃を超える温度領域では十分な性能(耐ビルドアップ性及び耐摩耗性)を示すものではない。
【0005】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、1000℃を超える温度領域で従来材料よりも耐摩耗性に優れた材料を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明では、第1の解決手段として、所定の母材の表面に、炭化クロム(CrC)が45〜55重量%、コバルト(Co)が30〜40重量%、シリコン(Si)が1.0重量%以下含まれるクロム炭化物系合金の被覆層を所定の膜厚で設けた、という手段を採用する。
【0007】
第2の解決手段として、上記第1の解決手段において、被覆層の膜厚が2〜5mmである、という手段を採用する。
【0008】
第3の解決手段として、上記第1または第2の解決手段において、被覆層は粉体プラズマ肉盛溶接法によって母材の表面に設けられる、という手段を採用する。
【0009】
第4の解決手段として、所定の母材の表面に、ニッケル(Ni)が32重量%、クロム(Cr)が21重量%、コバルト(Co)が39重量%、アルミニウム(Al)が8重量%、イットリウム(Y)が0.5重量%含まれる溶射材の被覆層を所定の膜厚で形成した、という手段を採用する。
【0010】
第5の解決手段として、上記第4の解決手段において、被覆層の膜厚が2.5mmである、という手段を採用する。
【0011】
第6の解決手段として、上記第4または5の解決手段において、被覆層は高速フレーム溶射法によって母材の表面に設けられる、という手段を採用する。
【0012】
第7の解決手段として、上記第1〜第6いずれかの解決手段において、母材として所定のステンレス鋼を用いる、という手段を採用する。
【発明の効果】
【0013】
本発明については、後述するように1000℃を超える温度領域で従来材料よりも耐摩耗性に優れていることが検証された。したがって、本願発明を材料として作製された搬送ロールは、従来材料よりも耐ビルドアップ性において優れている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態における往復動摩擦摩耗試験機の試験部A及び試験条件を示す模式図である。
【図2】本発明の一実施形態における試験結果を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施形態における各試験材の表面状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、上記図面を参照して、本発明の一実施形態について説明する。
最初に、本実施形態における試験材A-1、A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1の組成や施工状態等について、下記表1を参照して説明する。
【0016】
【表1】

【0017】
この表1が示しているように、試験材A-1は、炭素(C)が0.35〜0.45重量%、ニッケル(Ni)が20重量%、クロム(Cr)が25重量%、鉄(Fe)が残部となる化学成分のFe-Ni-Cr系耐熱鋼(母材)であり、溶解法(施工法)によって成型されたもの(HK40)である。試験材A-2は、炭素(C)が0.40〜0.60重量%、ニッケル(Ni)が45.0〜50.0重量%、クロム(Cr)が25.0〜30.0重量%、タングステン(W)が4.0〜6.0重量%、鉄(Fe)が残部となる化学成分のNi-Cr-α系超耐熱合金であり、遠心鋳造法(施工法)によって成型されたもの(KHR48N)である。
なお、これら試験材A-1及びA-2は、従来品と同等の材料であり、比較例として試験したものである。
【0018】
試験材B-1は、母材であるステンレス鋼(SUS310S)の表面に、炭化クロム(CrC)が45〜55重量%、コバルト(Co)が30〜40重量%、またその他の成分としてシリコン(Si)が1.0重量%以下含まれる材料組成のクロム炭化物系合金の被覆層(カムアロイ)を粉体プラズマ肉盛溶接(PTA)法(施工法)によって2〜5mm厚の膜厚で設けたものである。試験材B-2は、所定の母材の表面にステンレス鋼(SUS304)を粉体プラズマ肉盛溶接(PTA)法(施工法)によって下地層(中間層)として形成し、この下地層の表面に、炭化クロム(CrC)が45〜55重量%、コバルト(Co)が30〜40重量%、またその他の成分としてシリコン(Si)が1.0重量%以下含まれる材料組成のクロム炭化物系合金の被覆層(カムアロイ)を粉体プラズマ肉盛溶接(PTA)法(施工法)によって2〜5mm厚の膜厚で設けたものである。
【0019】
試験材B-3は、母材であるステンレス鋼(SUS310S)の表面に、鉄(Fe)が3重量%、ニッケル(Ni)が3重量%、クロム(Cr)が28重量%、タングステン(W)が4重量%、コバルト(Co)が残部となる材料組成のコバルト-クロム系材料の被覆層(ステライト#6)を粉体プラズマ肉盛溶接(PTA)法(施工法)によって2〜5mm厚の膜厚で設けたものである。また、試験材C-1は、ステンレス鋼(SUS301S)等の母材の表面に、ニッケル(Ni)が32重量%、クロム(Cr)が21重量%、コバルト(Co)が39重量%、またその他の成分としてアルミニウム(Al)が8重量%、イットリウム(Y)が0.5重量%となる材料組成の溶射材の被覆層(CoNiCrAlY)を高速フレーム(HVOF)溶射法(施工法)によって2.5mm厚の膜厚で形成したものである。
【0020】
次に、本実施形態における試験部Aの概要及び試験条件について、図1を参照して説明する。この試験部Aは、上述した試験材A-1、A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1(以下では総称して試験材Xという。)を所定の荷重で相手材Sに押圧した状態で往復移動させるものであり、周知の往復動摩擦摩耗試験機の一部である。このような試験部Aは、電気炉に設けられた炉心管内に収容されている。
【0021】
この電気炉は、炉心管内の雰囲気温度を高精度に設定可能なものであり、試験材Xの温度を最高で1020℃(雰囲気温度としては最大で1050℃)に設定することができる。本実施形態では、このような試験部Aを用いた試験材Xの評価試験において、試験材Xを保持する試験片ホルダ、炉心管及び電気炉の中に熱電対をそれぞれ設置し、試験材Xの温度を高精度に設定した。
【0022】
今回の評価試験では、試験材Xとして合計6種類の材料A-1、A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1を試験したが、試験条件は、図1に示すように、試験材A-1については試験温度を930℃に、またこれ以外の試験材A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1については、試験温度を1020℃にそれぞれ設定した。また、上記試験温度以外の試験条件、つまり試験荷重、移動速度、試験時間は全ての試験材A-1、A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1について共通であり、試験荷重は9.8N(ニュートン)、移動速度は10mm/s、試験時間は2Hr(時間)、また試験雰囲気は3%酸素(97%窒素)雰囲気である。
【0023】
また、試験手順は以下のとおりである。
すなわち、試験に先立って、超音波洗浄機を用いて試験材Xをアセトンで洗浄し、その上で試験材Xの摩擦係数を複数回に亘り測定して最大値と平均値とを求めた。また、ビッカース微小硬度計を用いることにより試験材Xの硬さ(ビッカース硬さ)を常温で測定した。このビッカース硬さ測定では、できるだけ試験材Xの表面に近い所を測定することが好ましいが、表面粗さへの影響を考慮して押込み荷重を9.8Nとし、任意3〜5箇所について測定し、その平均値を代表値とした。
【0024】
また、試験材Xの表面粗さの測定は、縦方向分解能が5nm、かつ検出器の触針が半径2μmのダイヤモンドからなる接触式表面粗さ測定機を用い、任意の面3箇所を測定し、その平均値を代表値とした。
なお、試験後における試験材Xの硬さ及び表面粗さの測定も上述した試験前の測定とまったく同一である。ただし、比摩耗量を算出するための摩耗体積の測定には、Z方向の分解能が1μmである非接触三次元形状測定システムを用いた。
【0025】
このような試験前の測定行程を経て、上記試験部Aに試験材Xを収容して真空雰囲気で2〜3時間をかけて上記試験温度(1020℃または930℃)まで徐々に温度上昇させた後、真空中にある試験部Aを3%酸素(流量:0.5L/min)雰囲気に変更し、上記試験条件の下で試験材Xを処理(試験)した。そして、この試験後に、試験部Aの雰囲気を再び真空雰囲気に切り替え、約10時間をかけて試験部Aの雰囲気温度を常温まで空冷した。
【0026】
続いて、上記各試験材A-1、A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1の試験結果について、下記表2並びに図2及び図3を参照して説明する。
【0027】
【表2】

【0028】
各試験材A-1、A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1の摩擦係数、摩耗量、比摩耗量、表面粗さおよび硬さの計測値は、上記表2に示すとおりである。当該表2をグラフ化した図2からも分かるように、試験材B-1、B-2、B-3及びC-1の摩擦係数は、比較例である試験材A-1及びA-2との比較において若干大きめであるが、試験材B-1、B-2、B-3及びC-1のうち、試験材B-1及びC-1の摩耗量及び比摩耗量は、比較例である試験材A-1及びA-2の摩耗量及び比摩耗量よりも小さい値を示している。
【0029】
また、試験材B-1、B-2、B-3及びC-1のうち、試験後における試験材B-1、B-3及びC-1の表面粗さは、比較例である試験材A-1及びA-2との比較において大幅に小さな値を示している。また、試験材B-1、B-2、B-3及びC-1の硬さ(ビッカース硬さ)は、比較例である試験材A-1及びA-2との比較において大幅に大きな値を示している。
【0030】
また、図3に示すように、試験材A-1の表面には、明らかな摩耗痕の発生が見られ、試験材A-2の表面には凝着が発生していることが確認された。さらに、電子プローブマイクロアナライザー(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)によって各試験材A-1、A-2、B-1、B-2、B-3及びC-1の表面における元素分布を観察した結果、試験材A-2は表面全体に酸素原子が分布している、つまり表面全体が酸化されているが、試験材B-1、B-2及びC-1は、上記試験材A-2に比較して酸素(O)が微量しか分布しておらず、殆ど酸化されていないことが確認された。
【0031】
すなわち、2つの試験材B-1及びC-1は、比較例と示した試験材A-1及びA-2との対比において明らかに摩耗量が少ないので、1020℃という1000℃を超える温度環境において従来品よりも優れた耐摩耗性を有する。硬さ(ビッカース硬さ)の点でも2つの試験材B-1及びC-1は、試験材A-1及びA-2(比較例)よりも高い硬度を示している。さらに、表面粗さの点でも、試験前における2つの試験材B-1及びC-1の表面粗さは、試験材A-1及びA-2(比較例)よりも大幅に低い値を示している。
【0032】
例えば2つの試験材B-1及びC-1の何れかを材料として高温雰囲気下で使用される搬送ロールを作製した場合、当該搬送ロールは、従来品よりも優れた耐ビルドアップ性を示すものとなる。つまり、搬送ロールは、各種の熱処理炉や熱間圧延設備等において金属材料等からなるワークを1000℃を超える高温雰囲気の下で搬送するために搬送路上に所定の間隔で複数敷設される円筒部材であるが、その表面は1000℃を超える温度のワークと直接接触する。そして、このワークとの接触によって発生する摩耗粉等が搬送ロールの表面に付着・蓄積(ビルドアップ)し、これによってワームにキズを付ける。上記試験材B-1及びC-1の何れかで作製された搬送ロールは、耐摩耗性に優れているので、上記摩耗粉の発生が少なく、よって耐ビルドアップ性に優れている。
【0033】
なお、本願発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、例えば以下のような変形例が考えられる。
(1)上記実施形態における試験材B-1は、被覆層の膜厚を2〜5mmとしたが、本発明はこれに限定されない。2〜5mmという膜厚は、あくまで一例であり、最終製品に要求される設計仕様等に応じて適宜最適化されるべきものである。また、試験材C-1の膜厚(2.5mm)もあくまで一例であり、必要に応じて適宜最適化されるべきである。
【0034】
(2)上記実施形態における試験材B-1及びC-1は、母材としてステンレス鋼(SUS301S)を用いたが、本発明はこれに限定されない。母材としては、ステンレス鋼と同等の硬度を有する他の材料を用いても良い。また、SUS301Sに代えて、他の化学組成のステンレス鋼を用いても良い。
【0035】
(3)上記実施形態では、試験材B-1における被覆層の施工法として粉体プラズマ肉盛溶接法を採用し、また試験材C-1における被覆層の施工法として高速フレーム溶射法を採用している。しかしながら、これら粉体プラズマ肉盛溶接法あるいは高速フレーム溶射法と同等の密着性を有する施工法であれば、他の施工法を採用しても良い。
【符号の説明】
【0036】
A…試験部、X…試験材、S…相手材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の母材の表面に、炭化クロム(CrC)が45〜55重量%、コバルト(Co)が30〜40重量%、シリコン(Si)が1.0重量%以下含まれるクロム炭化物系合金の被覆層を所定の膜厚で設けたことを特徴とする耐摩耗性材料。
【請求項2】
被覆層の膜厚が2〜5mmであることを特徴とする請求項1記載の耐摩耗性材料。
【請求項3】
被覆層は粉体プラズマ肉盛溶接法によって母材の表面に設けられることを特徴とする請求項1または2記載の耐摩耗性材料。
【請求項4】
所定の母材の表面に、ニッケル(Ni)が32重量%、クロム(Cr)が21重量%、コバルト(Co)が39重量%、アルミニウム(Al)が8重量%、イットリウム(Y)が0.5重量%含まれる溶射材の被覆層を所定の膜厚で形成したことを特徴とする耐摩耗性材料。
【請求項5】
被覆層の膜厚が2.5mmであることを特徴とする請求項4記載の耐摩耗性材料。
【請求項6】
被覆層は高速フレーム溶射法によって母材の表面に設けられることを特徴とする請求項4または5記載の耐摩耗性材料。
【請求項7】
前記母材として所定のステンレス鋼を用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の耐摩耗性材料。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−248595(P2010−248595A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−101675(P2009−101675)
【出願日】平成21年4月20日(2009.4.20)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】