説明

耐食性と環境浄化特性に優れる溶射被覆部材

【課題】アナターゼ型TiOからルチル型TiOへの変化を抑制することにより、優れた環境浄化作用を示すと同時に、耐食性と密着性とに優れたTiO分散含有溶射皮膜を形成した部材を得ること。
【解決手段】鋼鉄製基材の表面に、20〜1000mm厚の、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金中にアナターゼ型TiO粒子が分散した溶射皮膜が形成されてなる、耐食性と環境浄化特性に優れる溶射被覆部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼鉄製基材の表面に溶射皮膜を被覆してなる部材、とくに亜鉛めっき鋼板等を含む鋼構造物用部材の表面に、防食作用を有すると共に太陽光の照射下において優れた環境浄化作用を有する、1〜複数層の溶射皮膜を形成してなる部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火力発電所、都市ごみ焼却プラント、自動車などから排出される化石燃料の燃焼ガス中には、二酸化炭素や水蒸気とともに微量の硫黄酸化物(SO)あるいは窒素酸化物(NO)などの有害な環境汚染物質が含まれている。
近年、これらの汚染物質の除去技術に対する研究が進み、ある程度の成果を得て、一時の危機的な状況は脱しているが、それでも十分ではない。とりわけ、NOについては改善の程度が低く、ディーゼルエンジンの排ガス中に含まれている浮遊粒子状物質とともに今後の大きな研究課題となっている。
【0003】
この点に関し、近年、二酸化チタン(TiO)の光触媒作用によるNOの分解無害化の技術が脚光を浴びている。それは、汚染した水質の浄化、悪臭の除去等に対し、TiOの光触媒作用が有効だからである。(例えば、特許文献1、特許文献2など)
【0004】
酸化チタンを利用するものとしては、その他、TiO光触媒作用の向上を意図して開発された多孔質化TiO(特許文献3)、TiO光触媒作用の耐久性の向上を目的とした特許文献4などの提案があり、これらの技術は環境浄化作用の向上に大きな期待が寄せられている。
【0005】
従来、光触媒作用を有するTiOの利用方法としては、太陽光が当たる建造物の表面に塗料として塗布する方法が普及しているが、屋内で使用する場合には太陽光の波長を有する電灯と併用する方法が一般的である。
【0006】
また、TiOを含む塗料やゾルやゲル状のTiOを塗布する代わりに、建造物の表面にTiO皮膜を溶射法によって被覆する方法の提案もある。しかしながら、この技術については、次のような種々の問題点があった。
【特許文献1】特開平8-99041号公報
【特許文献2】特開平8-103631号公報
【特許文献3】特開平8-196903号公報
【特許文献4】特開平9-276706号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
(1)TiO粉末の溶射に当たっては、光触媒作用に優れたアナターゼ型TiO(a-TiO)を溶射粉末材料として用いても、高温の溶射熱源中を飛行する際に、ルチル型TiO(r-TiO)へ変化するため、目的(環境汚染防止)を達成することができなくなる。
(2)溶射熱源温度を下げたり、一度に多量のa-TiO粉末を溶射装置に投入して、粉末粒子1個当たりの被曝温度を低下させて、r-TiOへの変化を抑制する方法もあるが、被覆形成した皮膜は、基材との密着性および皮膜を構成する粒子の相互結合力が著しく低下するため、かかる皮膜は僅かな衝撃や接触によっても簡単に剥離するようになる。
(3)また、上記(2)のようなa-TiO溶射皮膜は、多孔質なため、自然環境下で使用されると、その気孔部を通って雨水が内部へ浸入する。その結果、a-TiO皮膜は鋼構造基材に対し、電気化学的には貴な電位を示すため、鋼基材の腐食を促進し、多量の赤さび(例えば、α,β,γ・FeOOH,FeO・xHOなど)が発生して体積が膨張し、a-TiO皮膜を根底から破壊、剥離する虞れがある。そして、発生した鋼基材の赤さびの一部は雨水とともに流下して、健全な状態のa-TiO皮膜の表面を覆い、太陽光を遮断することになるので、たとえ光触媒機能を保有していたとしても、その作用を期待することができなくなる。
(4)光触媒作用に優れたアナターゼ型TiO皮膜(溶射法,塗装法)であっても、この皮膜を、都市や重工業地帯,さらには自動車排ガスが多量に排出される幹線道路で使用すると、粉塵や排ガス中に含まれている微粒子状の固形物(未燃炭素粒子,不完全燃焼燃料粒子)などが、アナターゼ型TiO皮膜の表面を覆って、太陽光を遮断し、上述した作用効果
(機能) を消失させることになる。
(5)現在、溶融亜鉛めっきを施した鋼部材を使用した橋梁、鉄塔、鉄骨などが多数建設されているが、これらの建造物の保守点検を兼ねた耐食性と環境浄化作用を付与する溶射被覆技術は開発されていない。
【0008】
本発明の主たる目的は、TiO溶射皮膜が抱えている上述した問題点を克服することにあり、とくに、アナターゼ型TiO(a-TiO)からルチル型TiO(r-TiO)への変化を抑制することにより、優れた環境浄化作用を示すと共に耐食性と密着性とに優れた溶射皮膜を形成した部材を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来技術が抱えている上述した問題点を解決するため、本発明は、鋼鉄製基材の表面に、20〜1000mm厚の、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金中にアナターゼ型TiO粒子が分散した溶射皮膜が形成されてなる、耐食性と環境浄化特性に優れる溶射被覆部材を提案する。
【0010】
なお、本発明において、上記溶射皮膜は、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金製チューブの内部に、アナターゼ型TiO粒子もしくは鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金の粉末とアナターゼ型TiO粉末との混合粉末を充填してなるコアードワイヤを用いて溶射することにより形成されたものであること、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金マトリックス中に、少なくとも30wt%のアナターゼ型TiO粒子が分散した層であること、および、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属が、Al,Zn,Al−Zn合金,Al−Mg合金のなかから選ばれるいずれか1種の金属・合金であること、上記溶射は、フレーム溶射法もしくは電気アーク溶射法であることことが好ましい。
【0011】
このように、本発明は、Al,Zn,Mgなどの鋼鉄製基材表面に、アナターゼ型TiO粒子を溶射するに当たり、電気化学的に卑な電位を示すAl,Mg,Znなどの金属またはそれらの合金のチューブの内部に、アナターゼ型TiO粉末またはこの粉末と前記金属またはそれらの合金などの混合粉末を充填してなるコアードワイヤを用い、そして、溶射熱源中において、まず外側のチューブを加熱して溶融させ、微粒子の液滴にすると同時にこれを、アナターゼ型TiO粉末と共に被処理面に向けて吹き飛ばすことにより、該金属・合金からなるマトリックス中に、アナターゼ型TiO粒子が分散した状態の溶射皮膜を形成した部材である。
【発明の効果】
【0012】
以上詳述したように、Al,Zn,Al−Zn,Al−Mgなどの、鋼鉄製基材に対して電気化学的に卑な電位を示す金属や合金からなるチューブ内に、a-TiO粉末を充填してなる溶射用ワイヤを用いて溶射成膜するか、あるいは前記チューブ内にa-TiO粉末とともに、鋼材に対して卑な電位を示す金属等の粉末をも充填してなる溶射用ワイヤを用いて形成した本発明の溶射被覆部材は、鋼構造物の防食作用とともに大気汚染物質のNOの除去能力をも備え、しかも長期間にわたって耐食性と環境浄化特性を維持できるという効果がある。
このため、都市、重工業地帯、高速道路沿線などの鋼構造物に、本発明の溶射被覆部材を採用することによって、鋼構造物の腐食防止および環境浄化に大きな効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、アナターゼ型TiO(以下、単に「a-TiO」と略称する)の光触媒作用、鋼材よりも電気化学的に卑な電位を示すAlやZn等の金属あるいはそれらの合金とTiO粉末とからなる溶射用ワイヤの特徴、その溶射用ワイヤを溶射して得られる溶射皮膜(断面構造)の特徴、および施工した溶射皮膜の環境浄化作用(機構)等について説明する。
【0014】
(1)a-TiOの光触媒作用について
a-TiOに太陽光が照射されると電子が放出され、放出された跡には正孔(ホール)が残される。この電子とホール部分は非常に活性に富み、とくに電子はこれと接触する化学物質を還元する作用を有し、一方、ホールの方は酸化反応を促進する性質がある。しかも、このa-TiOは、太陽光、なかでも380nm以下の波長のものに対してよく励起され、また、自然光が反応の駆動力であることが知られている。なお、TiOには、a-TiOの他に、ルチル型TiO(以下、単に「r-TiO」と略称する)も存在するが、この結晶型:r-TiOには光触媒作用が殆どなく、環境浄化のために利用可能なTiOはもっぱら前記a-TiOである。
【0015】
(2)Al等の低電位金属・合金製チューブを用いたコアード型溶射用ワイヤについて
a−TiO(アナターゼ型)およびr-TiO(ルチル型)の粉末を溶射法によって皮膜化することは容易である。しかし、溶射法には次のような問題があった。それは、溶射材料は溶射時に熱源中を飛行するため、加熱昇温し溶融または半溶融状態となる。このため、溶射材料として当初、a-TiOのみを選んで溶射しても、その大部分が熱源中でr-TiOに変化して、光触媒作用を消失することになる。なお、このことはまた後で詳述する。
また、a-TiOやr-TiOであっても、これらの皮膜を鋼構造物基材の表面に直接付着させると、電気化学的にはTiO皮膜がカソード、基材がアノードとなって、基材の腐食が進行するという問題がある。
【0016】
そこで、本発明では、溶射に際し、Al等の低電位な金属等のチューブ内にa-TiO等を充填してなるコアードワイヤ状のものを用い、TiOが抱えている上述した問題点を解決することにした。
【0017】
このような考え方の基本は、溶射皮膜中にa-TiO粒子とともに鋼鉄製基材に対して常に電気化学的に卑な電位を示して防食作用を発揮するAl等の金属・合金を共存させることによって、TiO粒子による上述した腐食促進作用を防ぐことにある。従って、本発明の溶射被覆部材の製造に当たっては、溶射用ワイヤとしてAl,Zn,Mgまたはそれらの合金製のチューブの内側に、a-TiO粉末もしくはこの粉末と前記金属・合金の粉末とからなる混合粉末を充填したコアードワイヤを使用することが好ましい。
【0018】
図1は、上記のコアード型溶射用ワイヤの断面を示したものである。
ここで、1は、Al等の鋼材に対して電気化学的に卑な電位を示す金属・合金からなるチューブ、2は、a-TiO粒子、3は、AlやZnなどの鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金の粒子である。図1-(a)は、Alなどの前記金属製チューブの内部にa-TiO粒子を充填したもの、また、図1-(b)は、Alなどの前記金属製チューブ内部にa-TiO粒子とAlやZnなどの金属またはそれらの合金粒子の混合粉末を充填した構造のものである。なお、チューブについては、継ぎ目なしパイプ、継ぎ目パイプ、あるいは巻き込みパイプなどのいずれの形状であっても使用することができる。
【0019】
このように、a-TiO粒子を、Alなどの低電位系金属のチューブの内部に充填したワイヤにしておくと、溶射熱源中では、先ず最初にチューブ金属が加熱溶融され、小さな溶滴を生成して飛行するが、チューブ内に充填されているa-TiO粒子の方の加熱と昇温は遅れるため、a-TiOからr-TiO型への変化が阻止される。即ち、Al等のチューブ金属が溶融した後に、その内部のa-TiO粒子が熱源と接する(被曝)が、そのときはすでに高速の熱源の流れに乗って飛行し、溶融Al粒子とともに被処理面に到達して皮膜を形成することとなる。
極論すると、このようなコアード型ワイヤからなる溶射材料を用いると、前記金属チューブ内部のa-TiO粒子は、チューブ金属が溶融するまでは高温に被曝することなく、低温状態のままで、前記金属・合金の液滴とともに飛行して被処理面に衝撃的に到達し、食い込むように付着して溶射皮膜を構成するので、熱源の加熱によるr-TiOへの変化を確実に防止することができると共に、高い密着力をもって成膜されていくようになる。
一方、溶射皮膜の立場から見れば、低融点(Alの場合660℃)の金属粒子は、基材の鋼鉄製部材と良好な接合作用を示して高い密着性を発揮すると同時に、金属粒子どうしも相互に強い結合力で結ばれ、この中にa-TiO粒子が分散して存在することとなる。
【0020】
(3)上記溶射用ワイヤを溶射して得られる皮膜中のTiO粒子と、粉末状a-TiOをそのまま溶射して得られる皮膜中のTiOの違いについて
発明者らは、溶射用ワイヤとして、直径3.2mm(肉厚0.15mm)のチューブの内部に、a-TiOを充填したコアードワイヤを用いて、電気アーク溶射法とプロパンガスと酸素の燃焼炎を熱源とする溶線式フレーム溶射法を用いて、SS400基材上にそれぞれ200μm厚の溶射皮膜を形成する実験を行った。この実験において、成膜した溶射皮膜中には、Al等の前記金属のマトリックス中にa-TiO粉末が分散した状態で存在していたので、a-TiOのみを削り取って分離し、これをX線回折によって溶射熱源によるr-TiOへの変化率を回折ピークの強さから推定した。
一方、比較例として、a-TiO粉末を前記フレーム溶射法および大気プラズマ溶射法によって100μm厚に成膜、X線回折によってr-TiOへの変化についても実験した。
【0021】
その結果、上述した溶射用ワイヤを用いて形成される溶射皮膜中には、TiO粒子が分散しており、そのTiO粒子のうちの60wt%以上がa-TiOのままの状態で残存していた。これに対し、a-TiOのみを溶射材料として直接成膜したものでは、a-TiOの回折ピークは殆ど認められず、強いr-TiOピークのみが見られたことから、溶射熱源によってほぼ100%がr-TiOへ変化したものと思われる。
【0022】
(4)部材製造のための溶射皮膜の形成方法について
本発明においては、上述した溶射用ワイヤのもつ特性をより一層効果的なものとするために、好ましくは、プラズマ熱源に比較して温度の低い可燃性ガスの燃焼フレームを用いると共に、かかるフレーム溶射熱源中を高速度で飛行させることで、該ワイヤ中に充填したa-TiO粉末が被曝する機会を極力少なくすることが好ましい。そして、高速飛行速度を確保することによって基材への強い衝突エネルギーを発生させ、このことによって、溶射皮膜の基材表面との密着性を向上させるようにすることが好ましい。できれば、120m/sec以上,より好ましくは200m/sec以上の飛行速度となる溶射条件の採用が望ましい。もちろん、溶射方法については、上記のものには限られない。
【0023】
上記の溶射方法によって、上記溶射用ワイヤを用いて溶射した場合、熱源中では低融点のAl等(融点660℃)のチューブ金属が先行して溶融するが、内部のa-TiO粒子については温度の昇温が抑制されるため、r-TiOへの変化が著しく低下する。その上、溶融したAl等の金属・合金は、皮膜形成時に粒子間結合力および基材に対する密着力向上に大きく寄与するため、緻密で密着力の良好な溶射皮膜となる。しかも、Al等は、鋼構造物基材に比較して卑な電位(低電位)を示すので、電気化学的には犠牲陽極作用を発揮して基材を防食する作用が生じる。
【0024】
上記溶射用ワイヤにおいて、a-TiO粉末に対するAl等の金属の割合は、5〜50wt%の範囲がよく、特に5〜20wt%が好適である。Al等の金属の含有量が5wt%以下では添加の効果が少なく、一方、50wt%より多くても格別その性能が向上せず効果が飽和するからである。なお、この割合は、金属製チューブの他、もしそのチューブの内部にも該金属を充填した場合は、その合計量を指す。
【0025】
また、a-TiO粉末を充填するためのチューブ金属あるいはa-TiO粉末とともに前記チューブ内に充填する金属としては、Alの他にZnやAl−Zn合金、Al−Mg合金などの、低融点で、鋼構造物基材に対して卑な電位を示して防食作用を発揮するものであれば、いずれの金属・合金であっても使用することができる。具体的には、JIS H 8300−1999規定の亜鉛・アルミニウムおよびそれらの合金、JIS H 2107規定のZn地金、JIS H 4000規定のアルミニウムおよびその合金などが好適である。
【0026】
上述のようにして部材表面に形成されるa-TiO粒子分散Al系溶射皮膜は、成膜したあとは、Alマトリックス中に少なくとも30wt%以上のアナターゼ型TiO(a-TiO),好ましくは50wt%以上,さらに好ましくは60wt%以上が残留していて、残りはルチル型TiO(r-TiO)が分散したものが好ましい。その根拠は、a-TiOが少なくとも30wt%程度は、Alマトリックス中に分散していないと、NOを含む空気と接触するa-TiOの面積が小さくなって、環境浄化作用が低下するからである。
【0027】
(5)本発明に係る部材の表面に形成された溶射皮膜の構造とその作用機構について
上記溶射用ワイヤを用いて、上述した溶射方法によって形成された溶射皮膜の断面構造の例を、図2-(a),(b)に示す。ここで、21は基材、22はa-TiO粒子、23はAlマトリックス、24は溶融亜鉛めっき層である。
【0028】
図2-(a)は、例えばSS400基材の表面に、前記溶射用ワイヤを溶射して皮膜(a-TiO分散層)を形成したもので、その溶射皮膜は、Alのマトリックス中に光触媒作用を有する所定量のa-TiO粒子が分散した構造となっている。
このような溶射皮膜においては、表面に露出しているa-TiO粒子のみが太陽光の照射によって、空気中のNOの分解を行うこととなる。とくに、最近の雨水は酸性を呈するため、マトリックスとなるAlが溶出すると、最表層部のa-TiO粒子は脱落するが、同時にその下部から新しいa-TiO粒子が順次に露出してくるので、再びNOの分解作用を発揮することになる。従って、このような皮膜では、溶射皮膜全体が消失するまでNOの分解作用を維持することが可能である。しかも、この場合において、余剰のAlは、SS400基材に対して防食作用を発揮するので、基材から赤さび等が発生することはない。
【0029】
図2-(b)は、アンダーコートとして溶融亜鉛めっきを施した鋼構造物の、そのめっき層(アンダーコート)の表面に、飛行速度180m/sec以上の溶射条件で前記溶射用ワイヤを使って溶射して成膜したものの断面図である。
【0030】
(6)本発明に係る溶射被覆部材のNO分解性能について
本発明に係る部材の表面に形成されている溶射皮膜、即ちAlまたはその合金のマトリックス中に所定量のa-TiOが分散した構造を有する溶射皮膜のNO分解性能を確認するために、図3に示す試験装置を利用した。この装置は、溶射皮膜をセットして人工の太陽光の照射下において、NOガスと接触させる反応器(31)、これにNOガスボンベ(32)と空気に対して湿度を付与する湿度調整器(33)から流通するガス量を調整したり、計測するフローメータ(34)を備え、さらに反応器(1)の上部には太陽光を模擬したランプ(35)(波長370
nm)を配設して、太陽光を照射しつつ溶射皮膜とNOの接触反応を導くような構成になっており、反応器を出たガスを、ガス分析装置(36)にて分析し、その分解率(またはNO残存率)を求めるようになっている。
【0031】
この装置を用い、本発明に係る部材表面に形成された溶射皮膜のNO分解能について試験した。試験は、NO含有量:0.5ppm,湿度:50%の空気を、1分間50mlの速度で、ランプで照射されている反応器へ送給したところ、本発明に係る溶射被覆部材は、60〜70%の分解率を示した。これに対し、a-TiOのみを溶射してなる従来技術による部材では、1〜2%の分解率を示すに過ぎなかった。
この実験結果から、本発明に適合する方法で製造した部材のNO分解反応は、溶射熱源中における被曝温度履歴による影響が小さいことがわかった。
【0032】
本発明に適合するように形成された溶射皮膜の厚さは、20μm〜1000μmの範囲が実用的であり、特に30〜500μmが好適である。この溶射皮膜が30μmより薄いと、均等に成膜することが困難である。また、1000μmより厚くすることは、鋼構造物の防食効果期間を延長するのに得策ではあるが、経済的でない。また、アンダーコートとして、鋼材表面に溶融亜鉛めっきを施工した基材表面に溶射成膜してもよく、この場合の好適皮膜厚みは50〜200μmである。
【0033】
なお、本発明においては、可燃性ガスの燃焼エネルギーを熱源とするフレーム溶射法によって施工することが望ましいが、その他にも上述したように、電気アーク溶射法やプラズマ溶射法、レーザ溶射法などによっても成膜は可能である。
【0034】
以上説明した溶射皮膜の作用機構に関しては、主に大気中に含まれているNOの除去を対象にして説明したが、a-TiOの作用は殺菌、悪臭ガスの分解と無臭化、水質汚染物質の除去などにも効果を示すことが知られており、本発明はこれらの対策技術としても十分に適用が可能である。
【実施例】
【0035】
実施例1
この実施例は、本発明に適合する条件の下に形成された溶射皮膜が自然環境下で使用されることを考慮して、その大気腐食性を、塩水噴霧試験によって評価した例を説明するものである。
(1)供試溶射皮膜試験片
SS400炭素鋼試験片(幅50mm×長さ100mm×厚さ5mm)の片面のみをブラスト処理によって粗面化した後、上述したコアード型溶射用ワイヤを用い、電気アーク溶射法および高速フレーム溶射法を適用してそれぞれ150μm厚に成膜した。
一方、比較用の溶射皮膜としては、SS400 基材の片面に、a-TiOのみの溶射材料を直接、大気プラズマ溶射法,高速フレーム溶射法によって150μm厚に形成したものを準備した。また、一部はAl溶射材料を用いて、電気アーク溶射法によって150μm厚に形成した。
(2)腐食試験方法
自然環境下の腐食反応を加速させるため、JIS Z 371規定の塩水噴霧試験を500時間実施した。但し、100 時間毎に試験を中断して、試験片の外観状況を観察した。
(3)腐食試験結果
表1に塩水噴霧試験結果をまとめた。この結果から明らかなように、比較例のSS400基材にa-TiO溶射皮膜を直接形成したもの(No.7,8)は、100時間後に多量の赤さびを発生しており、炭素鋼基材に対する防食性能に乏しいことが判明した。
これに対し、発明例(No.1〜6)では、SS基材上に直接成膜しても共存するAlマトリックスの作用によって炭素鋼基材が防食されるため、500時間後においても赤さびの発生は全く認められず、Al皮膜のみをSS400基材に被覆した例(No.9)と同等の耐食性を有することがわかった。
【0036】
【表1】

【0037】
実施例2
この実施例では、本発明に適合する溶射被覆部材と比較例の溶射被覆部材のNO除去率を、溶射直後と屋外へ曝露した後のものについて調査して、その耐久性能を評価した。
(1)供試皮膜試験片
実施例1と同じSS400基材試験片の全面に対し、上述したコアード型溶射用ワイヤを使い電気アーク溶射法および高速フレーム溶射法によって150μm厚に成膜した。
なお、比較例として、a-TiO粉末を、大気プラズマ溶射法および高速フレーム溶射法によって、SS400基材上に150μm厚に成膜し、同じ条件でNOの分解率を求めた。
(2)皮膜の評価試験方法
皮膜の評価は、さきに図3に示したNOの分解試験装置を用い、溶射成膜直後の新鮮な表面と屋外に6ヵ月間曝露した後の皮膜についてNOの除去率を測定した。なお、試験用のガスとしては、湿度50%、NO含有量0.5ppmのものを1分間当たり100ml流通した。
(3)試験結果
試験結果を表2に示した。この結果から明らかなように、a-TiOをSS400基材上に直接、高速フレーム溶射法(a-TiO粉末の飛行速度330〜350m/sec)によって形成した部材の場合(No.9)は、溶射直後には高いNO分解率を示すが、屋外に6ヵ月間曝露すると、試験片は全面にわたって赤さびを発生するため、NO除去率は極端に低下した。他の比較例の部材の場合(No.7,8)は、溶射直後からNO除去する性能を示さず、屋外曝露6ヵ月後には赤さびが多量に発生し、SS400基材に対する防食作用は全く認められなかった。
これに対し、発明例(No.1〜6)では、溶射直後はもとより、屋外曝露後も高いNO除去率を示すとともに、a-TiOと共存するAl,Al−Zn合金の防食作用によってSS400基材の発錆をも抑制していることが確認された。
【0038】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係る溶射皮膜被覆技術は、既存の構造物の他、例えば表面処理鋼材あるいはその他の金属やコンクリート、モルタルなどの表面に施工する場合にも適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明で用いる溶射用ワイヤの断面図である。
【図2】本発明に係る部材表面に形成された溶射皮膜の断面構造例である。
【図3】NOを含む空気を流通して、溶射皮膜のNO分解性能を評価する試験装置の構成を示したものである。
【符号の説明】
【0041】
1 チューブ
2 a−TiO粒子
3 金属・合金粒子
21 炭素鋼基材
22 a-TiO粒子
23 Alマトリックス
24 炭素鋼部材の表面に施工されている溶融亜鉛めっき層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼鉄製基材の表面に、20〜1000mm厚の、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金中にアナターゼ型TiO粒子が分散した溶射皮膜が形成されてなる、耐食性と環境浄化特性に優れる溶射被覆部材。
【請求項2】
上記溶射皮膜は、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金製チューブの内部に、アナターゼ型TiO粒子もしくは鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金の粉末とアナターゼ型TiO粉末との混合粉末を充填してなるコアードワイヤを用いて溶射することにより形成されたものであることを特徴とする、請求項1に記載の耐食性と環境浄化特性に優れる溶射被覆部材。
【請求項3】
上記溶射皮膜は、鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属・合金マトリックス中に、少なくとも30wt%のアナターゼ型TiO粒子が分散した層であることを特徴とする、請求項1または2に記載の溶射被覆部材。
【請求項4】
鋼材に対して電気化学的に卑な電位をもつ金属が、Al,Zn,Al−Zn合金,Al−Mg合金のなかから選ばれるいずれか1種の金属・合金であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶射被覆部材。
【請求項5】
上記溶射は、フレーム溶射法もしくは電気アーク溶射法であることを特徴とする、請求項2に記載の溶射被覆部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−297716(P2007−297716A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−165282(P2007−165282)
【出願日】平成19年6月22日(2007.6.22)
【分割の表示】特願2000−151384(P2000−151384)の分割
【原出願日】平成12年5月23日(2000.5.23)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】