説明

表面被覆方法

【課題】入熱による被処理部材への影響を抑制しながら、耐浸食性に優れた被覆層を形成するための表面被覆方法を提供すること。
【解決手段】導電性の被処理部材11と電極3との間にパルス電圧を印加して放電を発生させ、被処理部材の表面に電極の成分の被覆層18を形成する表面被覆方法において、電極3は被処理部材11の硬度と同等以上とし、被処理部材11を予熱してから被覆層18を形成するものとし、被覆層18を放電により形成する間は、被処理部材の被覆層18の形成領域の表面温度を80℃以上250℃以下に制御し、被処理部材11への放電による入熱量は1kJ/cm以下の設定量とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス放電を利用して被処理部材の表面に被覆層を形成する表面被覆方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被処理部材の耐食性や耐摩耗性を向上するため、被処理部材の表面に被覆層を形成する表面被覆技術として、溶射法、プラズマ粉末肉盛法(以下、PTA法という。)や、化学蒸着法(以下、CVD法という。)などが挙げられる。
【0003】
溶射法ではプラズマジェットや燃焼炎、PTA法ではプラズマアークなどの熱源の中に被覆層を形成する材料粉末を投入し、熱源の中で溶融および加速させ、被処理部材の表面に吹き付けて被覆層を形成するものである。このような溶射法やPTA法では、比較的高融点の材料で、比較的厚い被覆層を形成することができる反面、材料粉末の堆積に起因する被覆層内部の空隙、被覆層と被処理部材の熱膨張の差に起因する被覆層の剥離、被覆層を形成する際の被処理部材への入熱に起因する被処理部材の熱変形、低付着効率に起因する粉塵の飛散などの問題がある。
【0004】
一方、CVD法は、真空中で被覆層を形成する材料を蒸発させ、被処理部材の表面上に堆積させるものである。このようなCVD法では、比較的緻密で薄い膜からなる被覆層を形成できる反面、真空チャンバー内で被処理部材を処理する必要があるため、現場施工はできず、また、被覆層と被処理部材間の密着力が比較的小さいという問題がある。
【0005】
これらの問題を解決する方法として、電極と被処理部材との間に電圧を印加する際に生じる放電によって電極を溶融させ、溶融した電極成分を被処理部材の表面に付着させて被覆層を形成する表面被覆技術が提案されている(例えば、特許文献1−5参照)。
【0006】
特許文献1では、非イオン性の界面活性材を添加した脱イオン水からなる加工液中に、所定の間隔をおいて浸漬させて配置された被処理部材と電極との間に電圧を印加し、放電を行なわせることが提案されている。そして、この放電によって溶融した電極成分が被処理部材の表面に堆積することにより、比較的緻密な被覆層を形成し、被覆層内部の空隙を低減することができる。また、印加する電圧の出力を変化させることで、形成される被覆層の厚さを調節することができる。
【0007】
特許文献2では、加工液を放電空間に向けて吹きかけながら電極と被処理部材との間に電圧を印加することによって放電を行なわせることが提案されている。
【0008】
しかし、特許文献1,2の方法によれば、加工液中に電極と被処理部材とを浸漬させ、又は、加工液を放電空間に向けて吹きかけながら処理を行なう必要があるため、大気中や純水中での処理はできない。
【0009】
これに対して、特許文献3−5に提案されるような表面被覆技術では、加工液を用いずに被覆層を形成することができる。
【0010】
特許文献3では、電極と被処理部材との間の空間、つまり放電を行なう空間を不活性ガス雰囲気にして放電を発生させ、被覆層を形成することが提案されている。
【0011】
また、特許文献4では、卑金属元素を主たる成分とする電極を用い、電極と被処理部材との間に電圧を印加することで、気中雰囲気で放電を発生させて被覆層を形成することが提案されている。一方、特許文献5では、電極の先端部と被処理部材とを接触させた状態で、電極と被処理部材との間にパルスで電圧を印加することで、溶解した電極成分で被覆層を形成することが提案されている。
【0012】
ところで、放電により電極を溶解させて電極成分による被覆層を形成する表面被覆技術では、表面被覆を行うことにより被処理部材に入熱が生じる。被処理部材への入熱量が大きくなると、熱変形や被処理部材の組織変化を引き起こし、さらに、放射線の照射を受けた被処理部材では、割れるおそれがある。
【0013】
このため、特許文献3−5における従来の放電により被覆層を形成する表面被覆技術では、被処理部材への入熱量を、放電時間や、印加するパルスのパルス幅などによって制御することが開示されている。
【0014】
しかし、放電時間や印加するパルスのパルス幅、通電間隔などによって入熱量を制御するだけでは、入熱による被処理部材への影響を抑制することが困難である。また、入熱による被処理部材への影響を抑制できたとしても、要求される性能(被処理部材の耐浸食性、及び耐摩耗性や耐浸食性の指標である被覆層断面の硬度、き裂進展の起点となる被覆層表面の開口欠陥がない等)を有した被覆層を得られないおそれがある。例えば、特許文献3などでは、酸素の混入に起因する空隙や割れが残存し、被覆層の厚さが数μm程度と薄く、要求される性能を有した被覆層を得られない可能性がある。
【0015】
これに対し、被覆層の特性を改善する方法として、被処理部材を所定温度に予熱してから、パルス放電により被覆層を形成する技術が開示されている(特許文献6参照)。これによれば、被覆層の空隙を低減することができる。
【0016】
【特許文献1】特開2000−256875号公報(第3−5頁、第1図)
【特許文献2】WO99/44780号公報(第6頁、第3図)
【特許文献3】特開平9−108834号公報(第3−4頁、第1図)
【特許文献4】特開2003−194988号公報(第3−5頁、第1図)
【特許文献5】特開2003−1478号公報(第4頁、第1図)
【特許文献6】特開2004−358547号公報(第4−6頁、第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、特許文献6に示すように、電極材と被処理部材の組合せにより最適な予熱温度を見出すには、特性評価結果からフィードバックする必要がある。そのため、任意の材料組み合わせに対する普遍性はない。
【0018】
したがって、入熱による被処理部材への影響を抑制しながら要求される性能を有する被覆層を形成できる表面被覆技術が必要となっている。
【0019】
本発明は、入熱による被処理部材への影響を抑制しながら、耐浸食性に優れた被覆層を形成するための表面被覆方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、導電性の被処理部材と電極との間にパルス電圧を印加して放電を発生させ、被処理部材の表面に前記電極の成分の被覆層を形成する表面被覆方法において、施工条件を検討した結果、被覆層を形成する間の被処理部材の表面温度を80℃以上250℃以下とすることにより、十分な耐浸食性を有する被覆層を形成できることを知見した。
【0021】
また、被処理部材の表面に形成する被覆層はその硬度が高いほど耐浸食性が向上し、被覆層の硬度は電極の硬度に依存する。そのため、電極は被処理部材に対して少なくとも同等以上の硬度が必要となる。
【0022】
また、被覆層を形成する際に被処理部材への入熱量が大きくなると、被処理部材の熱変形や組織変化が生じたり、放射線の照射を受けた部材では割れを生じるおそれがあることから、放電による被処理部材への入熱量は1kJ/cm以下の設定値とする必要がある。
【0023】
よって、本発明の表面被覆方法は、導電性の被処理部材と電極との間にパルス電圧を印加して放電を発生させ、被処理部材の表面に前記電極の成分の被覆層を形成する表面被覆方法において、電極は被処理部材の硬度と同等以上とし、被処理部材を予熱してから被覆層を形成するものとし、被覆層を放電により形成する間は、被処理部材の被覆層の形成領域の表面温度を80℃以上250℃以下に制御し、被処理部材への放電による入熱量は1kJ/cm以下の設定量とすることを特徴とする。
【0024】
このように、被処理部材を予め設定温度まで予熱してからパルス放電を印加して被覆層の形成を開始する。これにより被処理部材上の被覆層形成領域の表面温度を80℃以上にして被覆層を形成することができる。また、被覆層を放電により形成している間は、この表面温度が80℃以上250℃以下に保持されるように、例えば、外部から温度制御するようにしている。これにより、被覆層の開口欠陥の発生を防止するとともに、被処理部材の熱変形及び脆化を抑制することができ、耐浸食性に優れた被覆層を形成することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、入熱による被処理部材への影響を抑制しながら、耐浸食性に優れた被覆層を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明を適用してなる実施の形態を説明する。
【0027】
本発明者らは、導電性の被処理部材と電極との間に電圧を印加してパルス放電を発生させ、被処理部材の表面に電極成分の被覆層を形成する表面被覆技術において、その施工条件を鋭意検討した。特に、入熱による被処理部材への影響を抑制しながら十分な耐浸食性を有する被覆層を形成するための施工条件について、検討した結果を以下に示す。
【0028】
まず、パルス放電により被覆層を形成する間の被処理部材上の被覆層形成領域における表面温度(以下、単に表面温度ともいう。)は、80℃以上250℃以下であることが望ましいことを明らかにした。
【0029】
すなわち、成膜時の被処理部材の表面温度が80℃よりも低い場合、被処理部材のなじみが悪いため、放電により形成した電極材の液滴は被処理部材上で凹凸状に堆積しやすくなり、開口欠陥を形成する。一方、成膜時の被処理部材の表面温度が250℃よりも高い場合、被処理部材への入熱は高くなり、熱変形や脆化が生じる。
【0030】
したがって、被処理部材と電極との間にパルス放電を発生させて被処理部材の表面に電極成分の被覆層を形成する間、被処理部材の表面温度を80℃以上250℃以下に制御することにより、被覆層の開口欠陥及び被処理部材の熱変形や脆化を生じさせず、耐浸食性に優れた被覆層を形成することができる。
【0031】
また、被処理部材の表面に形成する被覆層はその硬度が高いほど耐浸食性が向上し、被覆層の硬度は電極の硬度に依存する。そのため、電極は被処理部材と比べて同等以上の硬度を有するものとし、300Hv以上の硬度を有するものが好ましい。
【0032】
また、放電により溶解した電極成分を被処理部材に堆積させる表面被覆技術では、表面被覆を行うことにより被処理部材に入熱が生じる。この被処理部材への入熱量が大きくなると、熱変形や被処理部材を形成する組織が変化したり、放射線の照射を受けた被処理部材の場合、割れが生じるおそれがある。このため、被処理部材への放電による入熱量は、1kJ/cm以下の設定量になるように放電条件を設定する。
【0033】
また、被処理部材が回転体の場合、大きな遠心力を付与されながら回転する。被処理部材の表面に凸点があると、その点に応力集中するため、疲労強度の低下をもたらす。つまり、被覆層の表面粗さは、疲労強度に影響を及ぼす。そのため、被処理部材の表面粗さRaは、疲労強度に影響を及ぼさない表面粗さ許容値の10μm以下であることが望ましい。
【0034】
また、被覆層の厚さは、50μm以上500μm以下であることが望ましい。被覆層の厚さが50μmより薄い場合、成膜ムラにより硬度が不均一になるおそれがある。一方、被覆層の厚さが500μmより厚い場合、被処理部材の設計形状への影響が大きくなり、回転体の振動や疲労強度の低下など設計値どおりの特性を発揮しないおそれがある。このような問題を生じさせないため、被覆層の厚さは50μm以上500μm以下であることが望ましい。
【0035】
これらの施工条件を満たす条件で被覆層を形成したときの試験結果を以下に示す。表1は各施工条件を示す。
【0036】
【表1】

【0037】
図1は、表1の施工条件で被覆層を成膜したときの被処理部材の表面温度の経時変化の様子を示す線図である。
【0038】
成膜前の被処理部材の表面温度は予熱したことにより80℃になっている。成膜を開始すると、入熱により被処理部材の表面温度は上昇する。電極の走査による入熱の拡散効果、およびシールドガスによる冷却効果により、被処理部材の表面温度は約100℃で一定となる。成膜を終了すると、入熱がなくなるため、被処理部材の表面温度は徐々に低下する。
【0039】
表2は、表1の施工条件で形成された被覆層の特性を示す。
【0040】
ここで、表2に示す被覆層の硬度は、マイクロビッカース硬度計を用いて、被覆層の断面の任意の10箇所を測定した平均値である。被覆層の厚さは、被覆層の断面画像より、任意の10箇所を測定した平均値である。被処理部材への入熱量は、電極に印加するパルスの電圧E、電流I、パルス幅τ、周波数f及び走査速度Vの逆数の積、つまり入熱量=EIτf/Vで算出した。表面粗さは、接触型表面粗さ計を用いて、被覆層の表面の任意の10箇所を測定した平均値である。開口欠陥幅は、被覆層の表面(約100cm)に対し浸透探傷(PT)試験を行い、検出限界値(1μm)以下の開口欠陥の有無から評価した。
【0041】
【表2】

【0042】
上記の試験結果から、電極は被処理部材に対し同等以上の硬度を有するものを使用し、また被処理部材の表面温度を80℃以上250℃以下とすることにより、被処理部材よりも硬度が高く、開口欠陥幅が1μm以下(PT検出以下)の被覆層を成膜することができる。つまり、入熱による被処理部材への影響を抑制しながら、耐浸食性に優れた被覆層を形成することができる。
【0043】
次に、発明者らは、本発明の表面被覆方法において、被覆層の特性を支配する電極の材質及び被処理部材の材質が成膜中の被処理部材の表面温度に及ぼす影響について検証した。その検証結果を以下に示す。
【0044】
図2は、電極と被処理部材の材質が成膜中の被処理部材の表面温度に及ぼす影響を検証した結果を示す図である。横軸は、被処理部材の熱の伝わり易さを示す指標となる熱伝導率を示し、種々の被処理部材の材質を熱伝導率に対応させて表している。縦軸は、成膜時の被処理部材の表面温度である。図中の塗りつぶしてある記号は、種々の電極材質を用いて形成された被覆層に対しPT試験にて開口欠陥を検出しなかったもの、白抜きの記号はPT試験にて開口欠陥を検出したものを表している。
【0045】
図2に示すように、被処理部材の熱伝導率が高く、また電極材質の融点が低いほど、成膜時の被処理部材の表面温度は低くなる。被処理部材の表面温度が80℃以下の場合、被覆層には開口欠陥が確認された。この場合、成膜時の被処理部材の表面温度が80℃以上になるように被処理部材を成膜前に予熱することにより、開口欠陥のない被覆層を成膜できることを見出した。
【0046】
次に、他の施工条件および測定結果を表3に示す。
【0047】
【表3】

【0048】
表3の試験番号(1)と(2)を比較すると、硬度の高い電極の材質を用いることにより、被処理部材の表面には、成膜前よりも硬度が高い被覆層を成膜できることが分かる。これらの試験片表面に対して、高圧ジェット水を吹き当てることにより強制的に浸食させて、浸食前後の試験片重量変化を測定した。表3に併記した浸食重量比は、試験番号(1)の結果を100とした場合の相対値である。試験番号(1)と(2)を比較すると、被処理部材よりも硬度が高い被覆層を形成することにより浸食は抑制されることが分かる。
【0049】
また、施工条件(2)と(3)を比較すると、試験番号(3)のように成膜時の被処理部材の表面温度が80℃以上250℃以下になるように、被処理部材を80℃に予熱して成膜した結果、開口欠陥のない被覆層を成膜できることが分かる。これにより、試験番号(3)の浸食量は、試験番号(2)に比べて、さらに低減することができる。したがって、被処理部材よりも硬度が高い電極材を用いて、開口欠陥を抑制するために被処理部材を予熱することにより、浸食をより抑制することができる。すなわち、施工条件(3)で被覆層を成膜することが、浸食の抑制に対し望ましい条件である。
【0050】
(実施例1)
本発明の第1の実施例を図3から図7を用いて説明する。本実施例は、被処理部材である蒸気タービンブレードに対して被覆層の成膜を行うものである。
【0051】
まず、本発明で用いる表面被覆装置1を説明する。
【0052】
図3は、本実施例の表面被覆装置の概略構成図である。図4は、図3の表面被覆装置のトーチ部分の拡大図である。図5は、図3の表面被覆装置の電極の保持機構の拡大図である。
【0053】
表面被覆装置1は、電極3が取り付けられるトーチ5、トーチ5を支持するとともにトーチ5を移動させて走査動作を行うための走査アーム7、走査アーム7を駆動するための走査アーム駆動機構9などを備える。さらに、表面被覆装置1は、被処理部材を予熱する加熱装置6、電極3と被処理部材11との間に電圧を印加するための電圧印加手段である第1電源13、走査アーム駆動機構9や電極3の回転動作を行うためのトーチ5に備えられた電極回転機構に電力を供給する第2電源15、トーチ5から電源3の周囲に噴射される不活性ガスを供給するためのガスボンベ17なども備える。
【0054】
電極3は被処理部材11との間で放電により先端部側から溶解し、溶解した電極3の成分により被処理部材11の表面に被覆層が形成される。電極3は、例えば、ステライトを含むコバルト合金、インコネルを含むニッケル合金の合金材料から形成されるものでもよいし、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム及び酸化チタニウムを含む金属酸化物材料から形成されるものでもよいし、炭化チタニウム、炭化クロム及び炭化タングステンを含む金属炭化物材料から形成されるものでもよい。また、これらの合金材料、金属酸化物材料、金属炭化物材料のうち、少なくとも2種を混合して形成されるものでもよい。
【0055】
被処理部材11は、例えば、ステンレス鋼及び高クロム鋼を含む鉄合金、チタンを含むチタン合金、インコネルを含むニッケル合金、ステライトを含むコバルト合金のいずれかである。
【0056】
トーチ5は、電源ケーブル19を介して電極3と第1電源13とを電気的に接続した状態で、電極3を支持している。また、トーチ5には、トーチ5から突出するとともに電極3を囲った状態で、カバー23が取り付けられている。カバー23は、電極3の先端部(つまり、カバー23の開口)に向かうに連れて漸次径が拡大するテーパー状になっており、その端部には被処理部材11との密着性をよくするための軟質部材35が形成されている。また、トーチ5は、ガス管路21を介してガスボンベ17に接続されている。ガスボンベ17から供給された不活性ガスは、ガス管路21及びトーチ5内に形成されたガス流路を介して、カバー23内空間(つまり、電極3の周囲)から、被処理部材11の表面に向けて噴出される。なお、図4及び図5において、カバー23は断面で示されている。
【0057】
トーチ5は、基部29に基端が支持され、棒状の電極3の延在方向に沿った中心軸を回転軸として、回転基部33に支持される電極3を回転させる図示していない電極回転機構を有する。電極回転機構が有するモータやアクチュエータなどの駆動手段は、各々、電源ケーブル27を介して第2電源15と電気的に接続されている。
【0058】
トーチ5の開口部37は、開口に向かうに連れて漸次径が細くなるテーパー状のノズルとなっており、電極3はこの開口の中央部から突出した状態となっている。これにより、ガスボンベ17から不活性ガスが供給されると、電極3の周囲から被処理部材11の表面に向けて不活性ガス25が噴射され、この不活性ガス25が被処理部材11の表面に形成される被覆層18の酸化を抑制する。
【0059】
加熱装置6は、被処理部材11の表面付近に据え付けられている。加熱装置6には、電源ケーブル28が連結されており、他方は第3電源16に接続されている。加熱装置6は、被処理部材11の表面温度を測定する手段、その測定データを第3電源16に電気信号により送信する手段、第3電源16から送信される制御信号を受信する手段、制御信号に応じ被処理部材を加熱及び冷却する手段を備えている。
【0060】
被処理部材11の表面温度を測定する手段としては、例えば、成膜領域の周囲に熱電対を設置し、該熱電対の検出値を成膜領域との距離に基づいて演算処理することにより成膜領域の温度を検知する方法がある。また、被処理部材を加熱する手段としては、周知の加熱ヒータ等を用いることができ、冷却する手段としては、例えば、冷却水が通流する伝熱管を用いて成膜領域の裏面から冷却する方法等がある。
【0061】
走査アーム7は、一端部にトーチ5が固定され、他端部が走査アーム駆動機構9に固定された棒状の部材で形成されている。走査アーム駆動機構9は、複数の関節やスライド機構などを有するマニピュレータ様の機器からなり、トーチ5の位置決め動作や、被処理部材11の表面に沿って所望の方向にトーチ5を移動させる走査動作などを行う。
【0062】
第1電源13には2本の電源ケーブル19が連結されており、1本の電源ケーブル19は電極3に、もう1本の電源ケーブル19は被処理部材11に電気的に接続される。第1電源13は、電極3と被処理部材11との間に電圧を印加する際にはパルスを印加可能であり、電圧の調整に加えてパルスの周波数及び幅を調整することができる。第1電源13及び第2電源15は、供給する電力に関する値や周波数などの情報を表示する機能を有していることが望ましい。
【0063】
次に、図6を用いて、被処理部材11である蒸気タービンブレードに対して表面被覆(被覆層18の形成)を行う際の作業手順について説明する。
【0064】
図6は、本発明の表面被覆技術を蒸気タービンブレードに適用する際の表面被覆作業の手順を示すフロー図である。本実施例においては、プラントなどで使用中の蒸気タービンブレードに対して、プラント内で被覆層18を形成する。
【0065】
まず、被覆作業開始の命令を下すと(ステップ101)、プラントの運転を停止し(ステップ102)、被処理部材11である蒸気タービンブレードが格納されている容器を開放状態にする(ステップ103)。ステップ103の後、検査時などに取得した損傷データを収容した損傷データベース39からデータを取得し、被覆箇所41の損傷状態を把握する(ステップ104)。
【0066】
次に、表面被覆装置1など表面被覆に必要な機材を設置する(ステップ105)。その後、これまでの実績から構築した施工データ(例えば必要な厚さの被覆層18を形成するために必要な走査速度や同じ箇所での走査回数など)や、電極3と被処理部材11である蒸気タービンブレードとの間に印加するパルスの電圧、周波数、幅、間隔などのデータおよびタービンブレードの予熱温度データを収容した施工データベース43からデータを取得し、取得したデータに基づいて施工条件を設定する(ステップ106)。
【0067】
ステップ106によって準備が整った後、表面被覆装置1により被処理部材11である蒸気タービンブレードの被覆箇所41を被覆するため、被覆層18の形成を行う(ステップ107)。
【0068】
ここで、ステップ107における表面被覆装置1の動作について説明する。
【0069】
図7は、第1の実施例における表面被覆装置の動作を示すフロー図である。表面被覆装置1は、図7に示すように、作動開始(被覆層形成開始)の指令を受けると(ステップ201)、予め設定された成膜時の被処理部材11の表面温度が80℃以上250℃以下になるために必要な予熱温度まで被処理部材11を加熱する(ステップ203)。好ましくは、被処理部材11がチタン合金で電極3が炭化チタンからなる場合の予熱温度は40℃以上150℃以下、被処理部材11が12Cr鋼で電極3が炭化クロムからなる場合の予熱温度は60℃以上150℃以下、被処理部材11及び電極3がステライトからなる場合の予熱温度80℃以上150℃以下、被処理部材11がインコネルで電極材3が酸化ジルコニウムからなる場合の予熱温度は60℃以上150℃以下とする。
【0070】
次に、予め設定された必要な厚さの被覆層18を形成するために必要な走査速度や同じ箇所での走査回数、及び電極3と蒸気タービンブレードとの間に印加するパルスの電圧、周波数、幅、間隔などに基づいて、電極3と被処理部材11である蒸気タービンブレードとの間にパルスを印加し(ステップ204)、電極3の走査を開始する(ステップ205)。好ましくは、被覆層18の厚さは、50μm以上500μm以下とする。
【0071】
ステップ204におけるパルスの印加により、蒸気タービンブレードの表面に電極3の先端部が近づき、蒸気タービンブレードの表面と電極3との間隔が絶縁破壊距離以下になると(ステップ207)、放電条件が満たされて蒸気タービンブレードと電極3との間に放電が生じ(ステップ208)、その状態を保つように電極3と被処理部材11との距離を保持する(ステップ205)。
【0072】
このように、被処理部材11である蒸気タービンブレードと電極3との間で放電することにより電極3の先端部が溶解し、溶解した電極3の成分が被処理部材11である蒸気タービンブレードの表面に被覆層18を形成する。
【0073】
また、ステップ206において、このような電極3の回転運動を行いながら、予め設定された範囲が終了するまで、電極3の回転方向(つまりX軸方向)に電極3を走査する。X軸方向における走査範囲(被覆層18の形成範囲)を走査し終えると(ステップ209)、電極3は、電極3の先端部が向いている方向(つまりY軸方向)に予め設定された距離だけ移動する(ステップ210)。そして、Y軸方向における予め設定された範囲での被覆層18の形成が終了するまで、ステップ206からステップ210を繰り返す(ステップ211)。
【0074】
ステップ211において、Y軸方向における予め設定された範囲での被覆層18の形成が終了すると、電極3を蒸気タービンブレードの厚さ方向(つまりZ軸方向)に予め設定された距離だけ蒸気タービンブレードから離れる方向に移動する(ステップ212)。その後、Z軸方向における予め設定された範囲までの被覆層18の形成が終了するまで(つまり、予め設定された厚さの被覆層18の形成が終了するまで)、ステップ206からステップ212を繰り返し、再度、X軸方向の走査及びY軸方向の移動、さらに、Z軸方向の移動を行う(ステップ213)。
【0075】
ステップ213においてZ軸方向の範囲を終了すると、予め設定された全範囲を走査したことになるので、パルスの印加、及び電極3のX軸方向への走査を停止し(ステップ214、215及び216)、被覆層18の形成を完了する(ステップ217)。以上、ステップ201〜217により、ステップ107の作業が行われる。
【0076】
ここで、被覆層の形成作業(ステップ107)は、上述した施工条件により行う。つまり、成膜時の被処理部材11の表面温度が80℃以上250℃以下になるように被処理部材11を予熱する。このような施工条件で成膜することにより、入熱による被処理部材11への影響を抑制しながら十分な耐浸食性を有する被覆層を形成することができる。
【0077】
ステップ107において、所定の範囲に必要な厚さの被覆層18が形成されるよう、予め設定した施工要求(例えば同じ箇所での走査回数など)を満たすまで被覆層18の成膜作業が行われ、予め設定した施工要求を満たしたら、表面被覆装置1による被覆層18の成膜作業を終了する(ステップ108)。
【0078】
ステップ108の後、実際に形成された被覆層18の厚さや範囲および開口欠陥の有無などを検査する(ステップ109)。被処理部材11である蒸気タービンブレードの被覆箇所41に適正な被覆層18が形成されていない場合、つまり、適正に被覆されていない場合は、再度ステップ107からステップ109を繰り返す。ステップ109で適正な被覆層18の形成が確認されれば、表面被覆装置1などの機材を撤去し(ステップ110)、容器を閉止する(ステップ111)。そして、プラントの運転を再開し(ステップ112)、被覆作業を終了する(ステップ113)。
【0079】
上述したように、本実施例によれば、成膜時の被処理部材の表面温度が80℃以上250℃以下になるように被処理部材を予熱し、成膜中においても表面温度を制御している。これにより、被覆層の開口欠陥の発生を抑制し、かつ被処理部材の熱変形及び脆化を抑制することができるため、十分な耐浸食性を有した被覆層を形成することができる。また、被覆層の形成による耐食性や耐摩耗性を向上できる。
【0080】
(実施例2)
本発明の第2の実施例を、図8を用いて説明する。
【0081】
本実施例は、応力腐食割れなどが原因で比較的浅いき裂が入った被処理部材11に対して被覆層を形成するものである。図8(2)は、本発明の表面被覆技術を比較的浅いき裂が入ったタービンブレードに適用する際の実施形態を示す模式図である。
【0082】
本実施例における被覆層の成膜手順は、実施例1における被覆層の成膜手順と同様である。タービンブレードに応力腐食割れによりき裂が入った場合、腐食環境を遮断しない限りき裂は進展する。このことから、き裂の開口部に被覆層を成膜することで、き裂の内部と外部の環境が隔離され、き裂は進展しなくなる。また、き裂が比較的浅い場合、放電はき裂開口部だけではなく、き裂先端にも起きるため、き裂は被覆層により埋め戻され、き裂は進展しなくなる。つまり本実施例によれば、耐浸食性の劣るき裂部分の進展を抑制することができるため、被覆層の形成により耐浸食性を向上できる。
【0083】
(実施例3)
本発明の第3の実施例を、図8及び図9を用いて説明する。本実施例は、応力腐食割れなどが原因で比較的深いき裂が入った被処理部材11に対して被覆層を成膜するものである。図8(3)は、本発明の表面被覆方法をき裂内の空間を埋め戻す際の実施形態を示す模式図である。
【0084】
本実施例における被覆層の成膜手順は、実施例1の被覆層の形成手順におけるステップ201と203の間にステップ202を行う以外は、実施例1の被覆層の成膜手順と同様である。作動開始(被覆層形成開始)の指令を受けると(ステップ201)、被処理部材11に入ったき裂を含む箇所を研削する(ステップ202)。その後のステップは、実施例1と同様である。
【0085】
本発明の表面被覆方法では、き裂開口部の凸点から優先的に放電するため、き裂先端には放電しない。そのため、き裂開口部は被覆層により閉止できるものの、き裂内部は空間が埋まらない場合がある。そのため、き裂開口部を研削などで広げて凸点をなくすことで、局所的に放電することはなくなり、き裂の先端を含む箇所を被覆層により埋め戻すことができる。これにより、き裂が入る前と同レベルの応力付与に耐えうる強度を備えることができる。つまり本実施例によれば、耐浸食性の劣るき裂部分を埋め戻すことができるので、被覆層の形成により耐浸食性を向上できる。
【0086】
なお、上記の実施例では、本発明が適用される被処理部材として蒸気タービンブレードを用いて詳述したが、これに限定されるものではなく、例えば、水ポンプの回転翼等についても同様に適用することでき、その他、本発明の技術思想を逸脱しない範囲で、多種多様のものに適用できることは云うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】本発明を適用してなる表面被覆方法により成膜した場合の被処理部材の表面温度の測定結果を示す図である。
【図2】種々の電極材質及び被処理部材を組み合わせた場合の被処理部材の測定結果を示す図である。
【図3】本発明を適用してなる表面被覆方法を実現するための表面被覆装置の概略構成図である。
【図4】図3の表面被覆装置のトーチ部分の拡大図である。
【図5】図3の表面被覆装置の電極の保持機構の拡大図である。
【図6】本発明を適用してなる表面被覆方法の第1の実施例の表面被覆作業の手順を示すフロー図である。
【図7】本発明を適用してなる表面被覆方法の第1の実施例の表面被覆装置の動作を示すフロー図である。
【図8】本発明を適用してなる表面被覆方法の第1〜第3の実施例の被処理部材の断面形状を示す図である。
【図9】本発明を適用してなる表面被覆方法の第3の実施例の表面被覆作業の手順を示すフロー図である。
【符号の説明】
【0088】
1 表面被覆装置
3 電極
5 トーチ
6 加熱装置
7 走査アーム
11 被処理部材
18 被覆層
23 カバー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の被処理部材と電極との間にパルス電圧を印加して放電を発生させ、前記被処理部材の表面に前記電極の成分の被覆層を形成する表面被覆方法において、
前記電極は前記被処理部材の硬度と同等以上とし、
前記被処理部材を予熱してから前記被覆層を形成するものとし、
前記被覆層を放電により形成する間は、前記被処理部材の前記被覆層の形成領域の表面温度を80℃以上250℃以下に制御し、
前記被処理部材への放電による入熱量は1kJ/cm以下の設定量とすることを特徴とする表面被覆方法。
【請求項2】
前記電極は300Hv以上の硬度とすることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆方法。
【請求項3】
前記被処理部材の前記被覆層の形成領域に亀裂開口部を有するときは、該亀裂開口部を除去した後に前記被覆層を形成することを特徴とする請求項1又は2に記載の表面被覆方法。
【請求項4】
前記電極の材質は、ステライトを含むコバルト合金又はインコネルを含むニッケル合金の合金材料と、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム及び酸化チタニウムを含む金属酸化物材料と、炭化チタン、炭化クロム及び炭化タングステンを含む金属炭化物材料との少なくとも1種を含んでなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆方法。
【請求項5】
前記被処理部材の材質は、ステンレス鋼、高クロム鋼の鉄合金、チタンを含むチタン合金、インコネルを含むニッケル合金、ステライトを含むコバルト合金のうち、いずれかであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の表面被覆方法。
【請求項6】
前記被処理部材の材質がチタン合金であり、かつ前記電極の材質が炭化チタンの場合、前記被処理部材を40℃以上150℃以下に予熱することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆方法。
【請求項7】
前記被処理部材の材質が12Cr鋼であり、かつ前記電極の材質が炭化クロムの場合、前記被処理部材を60℃以上150℃以下に予熱することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆方法。
【請求項8】
前記被処理部材及び前記電極の材質がステライトの場合、前記被処理部材を80℃以上150℃以下に予熱することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆方法。
【請求項9】
前記被処理部材の材質がインコネルであり、かつ前記電極の材質が酸化ジルコニウムの場合、前記被処理部材を60℃以上150℃以下に予熱することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆方法。
【請求項10】
前記被覆層がRa=10μm以下の表面粗さであることを特徴とする請求項1乃至9のいずれかに記載の表面被覆方法。
【請求項11】
前記被覆層が50μm以上500μm以下の厚さであることを特徴とする請求項1乃至9のいずれかに記載の表面被覆方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−307565(P2007−307565A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−136085(P2006−136085)
【出願日】平成18年5月16日(2006.5.16)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】