説明

被覆超硬合金部材

【課題】超硬合金の表面に非晶質炭素膜を被覆してなり、基材の表面を特定の凹凸面とすることで密着性を向上させた新規の被覆超硬合金部材を提供する。
【解決手段】被覆超硬合金部材は、炭化タングステンを含む硬質相12および鉄族金属を含む結合相11からなる超硬合金からなる基材10と、基材10の表面に被覆された非晶質炭素膜2と、を備える。非晶質炭素膜2が被覆された基材10の表面は、硬質相12が消失してなる凹部12をもつ凹凸面10fであり、WCの平均粒径をX[μm]、凹部の最大深さをY[μm]、凹凸面における前記結合相の面積率をZ[%]としたとき、X、YおよびZの値を所定の範囲内とすることで、アンカー効果により基材10の表面と非晶質炭素膜2との密着性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金からなる基材の表面に非晶質炭素膜を被覆してなり、基材の表面と非晶質炭素膜との密着性に優れた被覆超硬合金部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属炭化物粉末と金属粉末との混合粉末を焼結してなる超硬合金は、硬度、強度などの機械的性質に優れ、耐摩耗性、耐腐食性にも優れる。そのため、切削工具はもとより、高精度が要求される金型などに利用されている。また、超硬合金の用途に応じて超硬合金のみでは満足されない要求特性を補完し、品質向上を図るために、超硬合金の表面に各種コーティングを施して用いられることが多い。
【0003】
たとえば、超硬合金からなる基材の表面に非晶質炭素(ダイヤモンドライクカーボン:DLC)膜を被覆した部材が広く用いられている。ところが、一般的な超硬合金の表面に単にDLC膜を被覆しただけでは、両者の熱膨張係数の差が大きく、また、両者の界面で化学的な結合が生じないため、DLC膜は剥離しやすい。超硬合金とDLC膜との密着性を向上させてDLC膜の剥離を防止するために、これまでにも様々な検討がなされてきた。
【0004】
基材と被覆膜との密着性を向上させるには、たとえば、膜が被覆される基材の表面に形成した凹凸によるアンカー効果が有効である。一般に、超硬合金は、炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相と、コバルト(Co)などの鉄族金属を主成分とする結合相と、からなる。そこで、硬質相と結合相との間の腐食されやすさの違いを利用して超硬合金からなる基材の表面を腐食させることで、基材の表面に凹凸を形成している。
【0005】
特許文献1では、99重量%以上の硬質相をもち残部が結合相と不純物とからなる超硬合金の基材の表面に、アルカリ溶液による電解腐食と、酸溶液による腐食と、を施して基材の表面に凹凸を形成している。アルカリ溶液中では硬質相が、酸溶液中では結合相が腐食され、これらの相互作用により凹凸が大きくなり、基材の表面の凹凸により基材と被覆膜との密着性および付着性を高めている。
【0006】
特許文献2では、基材として、WCを主成分としCoを結合相成分とする超硬合金であって、WCよりもエッチングされにくい分散相を分散して有する超硬合金を用いている。この基材の表面に電解エッチングにより凹凸を形成する。電解エッチングにより基材表面のWCおよび結合相成分が溶出し、溶け残った分散相を先端にした突起が形成されて表面に凹凸面が形成される(特許文献2の図1および図2)。
【特許文献1】特開平10−226597号公報
【特許文献2】特開2000−144451号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1および特許文献2では、凹凸面を形成する手法として、硬質相を構成するWC粒子同士を結合する結合相を溶解させている。しかしながら、硬質相を溶解させると、基材の表面部分の強度が低下する。そのため、凹凸面を形成しても、かえって基材と被覆膜との密着性が悪化するおそれがある。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑み、超硬合金の表面に非晶質炭素膜を被覆してなり、基材の表面を特定の凹凸面とすることで密着性を向上させた新規の被覆超硬合金部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述のように、超硬合金の結合相を溶解して基材に凹凸面を形成すると、強度の面で問題が生じ、密着性にも影響する。一方、超硬合金の結合相を残して硬質相を消失させることで凹凸面を形成すれば、基材の表面部分の強度を低下させることなく、アンカー効果を発現させることができる。そして、本発明者等は、超硬合金の硬質相を消失させて基材の表面に凹凸面を形成する場合に、硬質相を構成する金属炭化物の粒径が基材とDLC膜との密着性に大きく影響することを見出した。また、結合相は、DLC膜との密着性に乏しい。しかし、結合相を残して硬質相を消失させることで、表出する結合相の面積が増大する。そのため、金属炭化物の粒径に応じた適切な量の硬質相を消失させ、かつ、表出する結合相の面積を抑えることが、超硬合金とDLC膜との密着性の向上に重要であることを新たに見出した。
【0010】
すなわち、本発明の被覆超硬合金部材は、炭化タングステン(WC)を含む硬質相および鉄族金属を含む結合相からなる超硬合金からなる基材と、該基材の表面に被覆された非晶質炭素膜と、を備える被覆超硬合金部材であって、
前記非晶質炭素膜が被覆された前記基材の表面は、前記硬質相が消失してなる凹部をもつ凹凸面であり、WCの平均粒径をX[μm]、該凹部の最大深さをY[μm]、該凹凸面における前記結合相の面積率をZ[%]としたとき、X、YおよびZの値が次の第一の範囲内かつ第二の範囲内にあることを特徴とする被覆超硬合金部材。
第一の範囲:
0.5<X≦1において0<Y≦0.55X−0.275、
1≦X≦4において0<Y≦0.075X+0.2、
4≦Xにおいて0<Y≦0.5
第二の範囲:
0.5<X≦1において0<Z≦80X−40、
1≦X≦3において0<Z≦10X+30、
3≦Xにおいて0<Z≦60
【発明の効果】
【0011】
本発明の被覆超硬合金部材は、超硬合金からなる基材の表面から硬質相を消失させて凹部を形成することで凹凸面が形成されている。そのため、硬質相を構成するWC粒子同士を結合する結合相は残存するため、基材の表面部分の強度は保たれる。
【0012】
このとき、硬質相を構成するWCの平均粒径に対して凹部の最大深さを制限するとともに、凹部が形成されることで表面に露出して非晶質炭素(DLC)膜と接する結合相の面積率を制限することで、未処理の表面よりもDLC膜との密着性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の被覆超硬合金部材を実施するための最良の形態を説明する。なお、本明細書において不等号を使用せずに「N〜M」と表記する数値範囲には、数値範囲の両端であるNおよびMも含む。
【0014】
本発明の被覆超硬合金部材は、超硬合金からなる基材と、該基材の表面に被覆された非晶質炭素膜(DLC膜)と、を備える。
【0015】
基材は超硬合金からなり、超硬合金は炭化タングステン(WC)を含む硬質相および鉄族金属を含む結合相からなる。超硬合金は、WCなどの金属炭化物粉末(硬質相)と金属粉末(結合相)とを混合した原料粉末を成形後、焼結して得られる一般的な超硬合金である。硬質相と結合相との好ましい質量比は、硬質相:結合相=80〜99:20〜1さらには90〜99:10〜1である。硬質相と結合相との質量比が上記範囲内にあれば、所望の凹凸面が形成されやすく、アンカー効果が十分に得られる。また、硬質相と結合相との質量比が上記範囲内にある超硬合金は、機械的性質に優れる。
【0016】
硬質相は、WCを主成分とする。WCの含有量は、硬質相全体を100質量%としたときに70〜100質量%さらには90〜100質量%である。硬質相は、少量であればWC以外の金属炭化物を含んでもよく、たとえば、炭化チタン(TiC)、炭化タンタル(TaC)、炭化ニオブ(NbC)、炭化バナジウム(VC)、炭化クロム(Cr)のうちの一種以上である。また、硬質相を構成するWCの平均粒径は0.5μmを超えればよく、さらに好ましくは0.75μm以上10μm以下である。この範囲の平均粒径のWCを含む超硬合金であれば、被覆超硬合金部材の使用目的に応じて適宜選択すればよい。なお、WCの平均粒径は、超硬合金の製造に用いられる原料粉末に含まれるWC粒子の平均粒径に一致する。市販の超硬合金を基材として用いた場合であっても、WCの平均粒径は、光学顕微鏡、走査電子顕微鏡(SEM)などにより所定の範囲を観察して得られた濃淡画像を二値化処理し、複数個のWC粒子の最大径(最大長さ)を測定して得られる値の算術平均値であり、測定により得られた平均粒径は、その公称平均粒径にほぼ一致する。
【0017】
結合相は、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)およびモリブデン(Mo)等の遷移金属を主成分とする。特に、Ni、CrおよびCoであるのが好ましい。これらのうち少なくとも一種が結合相に含まれればよいが、主としてCoを含むのがさらに好ましい。Coの含有量は、結合相全体を100質量%としたときに80〜100質量%さらには90〜100質量%含まれているのが好ましい。また、超硬合金全体を100質量%とすれば、Coの含有量は、1〜20質量%さらには1〜10質量%含まれているのが好ましい。
【0018】
なお、基材(すなわち超硬合金)の表面での凹凸面が形成される前の結合相の面積率は、上記の硬質相と結合相の質量比から0.7〜1.5%さらには0.7〜4.0%であるのが好ましい。すなわち、凹凸面が形成された後の結合相の面積率は、0.7%を超える。なお、「結合相の面積率」とは、基材の表面を、その表面に対して垂直に観察したときの平面に存在する結合相の面積割合である。たとえば、光学顕微鏡、SEMなどにより所定の範囲を観察して得られた濃淡画像を二値化処理して対象領域(結合相)と背景(硬質相)とに分離し、全体の面積に対する対象領域の面積を算出することで結合相の面積率が得られる。
【0019】
基材の表面に被覆されたDLC膜は、その組成、膜厚などに特に限定はない。被覆超硬合金部材の使用目的に応じて適宜選択すればよい。たとえば、炭素を主成分とし、水素、珪素、金属元素、窒素および酸素のうちの一種以上を含むDLC膜を基材の表面に形成するとよい。また、膜厚は、基材の表面が露出しないように被覆されればよいため、0.5μm以上さらには1〜5μmとするとよい。このようなDLC膜は、プラズマCVD法、イオンプレーティング法、スパッタリング法など、既に公知のCVD法、PVD法により形成することができる。
【0020】
非晶質炭素膜が被覆された基材の表面は、硬質相が消失してなる凹部をもつ凹凸面である。凹部は、硬質相のみが消失してなるのが好ましい。図1は、凹凸面をもつ基材の断面を示す模式図である。凹凸面をもつ基材10は、結合相11とWC粒子12からなる硬質相とからなる超硬合金からなる。基材10の表面のWC粒子12を消失させて凹部12を形成することで、基材10の表面は凹凸面10fとなる。また、図2は、本発明の被覆超硬合金部材の断面を示す模式図である。凹凸面10fにDLC膜2を被覆することで、DLC膜2は凹部12の内部にまで堆積して成膜されて、アンカー効果を生じる。
【0021】
凹凸面は、WCの平均粒径をX[μm]、凹部の最大深さをY[μm]、凹凸面における結合相の面積率をZ[%]としたとき、X、YおよびZの値が次の第一の範囲内かつ第二の範囲内にある。
第一の範囲:
0.5<X≦1において0<Y≦0.55X−0.275、
1≦X≦4において0<Y≦0.075X+0.2、
4≦Xにおいて0<Y≦0.5
第二の範囲:
0.5<X≦1において0<Z≦80X−40、
1≦X≦3において0<Z≦10X+30、
3≦Xにおいて0<Z≦60
好ましい第一の範囲は、WCの平均粒径Xを横軸、凹部の最大深さYを縦軸とした図10において(X,Y)がa点(0.5,0)、b点(1,0.275)、c点(4,0.5)、d点(10,0.5)およびe点(10,0)で囲まれた斜線で示す領域の内部および線上である。ただし、直線a−e上は含まない。また、好ましい第二の範囲は、WCの平均粒径Xを横軸、結合相の面積率Zを縦軸とした図11において(X,Z)がp点(0.5,0)、q点(1,40)、r点(3,60)、s点(10,60)およびt点(10,0)で囲まれた斜線で示す領域の内部および線上である。ただし、直線p−t上は含まない。
【0022】
ここで、「凹部の最大深さ」とは、凹凸面を構成する凹部のうち、基材の最表面から垂直方向への凹部の深さであり、基材の最表面の位置は、結合相の先端の位置に相当する。通常、基材の表面をエッチングすることで凹部を形成するため、凹部の深さはエッチング深さ(図1のD)である。たとえば、超硬合金は焼結体であるため、場所によってはWC粒子が表面に浅く埋まっていることもある。そのような場所をエッチングして凹部を形成すると、表面から所定の深さまでエッチングしても、所定の深さに達する前にWC粒子が溶出しきってしまい、結合相が露出し、それ以上の深さの凹部は形成されない。この凹部のエッチング深さは図1のDで表され、D<Dである。そこで、本明細書では、「凹部の最大深さ」を規定する。凹部の最大深さは、表面粗さ計、原子間力顕微鏡(AFM)などにより測定可能である。なお、凹凸面を構成する複数の凹部のうちの50%以上さらには80%以上の凹部が最大深さに達しているのが望ましい。また、「WCの平均粒径」および「結合相の面積率」は、既に述べた通りである。
【0023】
上記の通り、本発明の被覆超硬合金部材は、アンカー効果が発揮されるのに最適な凹凸面の形状が、硬質相を構成するWCの平均粒径に影響されるという特徴を有している。本発明における基材とDLC膜との密着性の向上効果は、WCの平均粒径(X)が0.5μmを超える超硬合金からなる基材において発現し、0.5<X≦3さらには1.0≦X≦2.5において顕著である。
【0024】
基材の表面に少しでも凹部が形成されればアンカー効果が得られ、凹凸面をもたない未処理の基材よりも密着性が向上するため、Yの値は0<Y(Y=0は未処理)であればよいが、好ましくは0.03≦Yさらに好ましくは0.05≦Yである。一方、凹部の最大深さが深すぎると密着性は低下し、WCの平均粒径が小さい程その影響は顕著である。0.5<X≦1においては0<Y≦0.55X−0.275、1≦X≦4においては0<Y≦0.075X+0.2、であれば未処理の基材よりも密着性が向上する。4≦Xでは、WCの平均粒径が大きくなっても、凹部の最大深さが0<Y≦0.5の範囲であれば、未処理の基材よりも密着性が向上する。4≦X≦30好ましくは4≦X≦10さらには4≦X≦9においてこの傾向にある。
【0025】
また、凹部が消失すると結合相の面積は増加するが、既に詳説したように、結合相の面積率が増加すると密着性は低下する。0.5<X≦1においては0<Z≦80X−40、1≦X≦3においては0<Z≦10X+30、であれば密着性の低下を抑えられる。WCの平均粒径が大きいと、結合相の面積率が増大しても密着性の向上効果は得られやすい。しかし、結合相の面積率が60%を超えると、密着性は悪化する。すなわち、3≦Xでは、結合相の面積率が0<Z≦60の範囲であれば、密着性の低下を抑えられる。4≦X≦30好ましくは4≦X≦10さらには4≦X≦9においてこの傾向にある。なお、結合相の面積率Zが小さいほど密着性は向上するが、Zの下限を規定するのであれば、処理前の基材の結合相の面積率を超える値である。処理前の基材の結合相の面積率は、超硬合金に含まれる結合相の割合に応じた値である。つまり、0.7<Zが好ましく、さらに好ましくは5≦Zさらには9≦Zである。
【0026】
凹凸面は、基材の表面に存在する硬質相を所定の深さだけ消失させて形成される。凹凸面の形成方法としては、アルカリ溶液を用いた陽極電解エッチングが挙げられる。アルカリ溶液中で陽極電解エッチングを行うことで、結合相は溶解されず、硬質相つまりWCのみを溶解させることができる。電解エッチングは、公知の方法により行うことができる。具体的には、基材を陽極とし、陽極と陰極とをアルカリ溶液に浸漬して電解処理を行う。
【0027】
陰極は、アルカリ溶液で腐食を受ける両性金属以外の金属材料であればよく、鉄、ステンレス、ニッケル、銅などの一般的な金属材料を用いるとよい。陰極の形状に特に限定はないが、基材とほぼ等間隔で対向する形状であれば電流が均一に流れやすいため望ましい。たとえば、基材の形状が柱状であれば、ステンレス製の容器を用いて電解槽と陰極とを兼ねてもよい。
【0028】
アルカリ溶液は、水溶液でも非水系溶液であってもよい。アルカリの具体例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が挙げられる。アルカリ濃度はpH11〜pH14.5さらにはpH12〜pH14が望ましい。pH11未満では、エッチング速度が遅すぎて効率的でない。pH14.5を超えてもエッチング速度は上昇しないばかりか、エッチング深さが不均一となり易いため望ましくない。
【0029】
電解処理条件は、凹部の最大深さ(エッチング深さ)に応じて調整する。たとえば、通電する総電気量を0.05クーロン/cm〜5クーロン/cm、電流密度を1〜50mA/cmの範囲で調整するとよい。また、処理時間は、エッチング深さ、すなわち電気量および電流密度によって変化するため一概には言えないが、目安としては、エッチング速度が0.005〜0.1μm/分となるように選定するのがよい。
【0030】
また、電解エッチングする基材は、使用目的に応じた表面粗さとなるように予め表面を研磨しておくとよい。具体的には、JISに規定の十点平均粗さRzjis0.1μm程度の鏡面加工が望ましい。また、電解エッチングが終了した基材は、有機溶剤などを用いて洗浄した後、DLC膜の成膜に供される。
【0031】
なお、本発明の被覆超硬合金部材は、基材とDLC膜との密着性に優れることから、表面に保護膜が必要な超硬合金製の各種部材に好適である。本発明の被覆超硬合金部材の具体的な用途としては、金型、工具などが挙げられる。特に、高い剥離強度を示す被覆超硬合金部材であれば、環境負荷低減を目的とした工具および金型への使用の可能性が期待できる。
【0032】
以上、本発明の被覆超硬合金部材の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明の被覆超硬合金部材の実施例および比較例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
【0034】
[試料の作製]
表1に示す超硬合金A〜Hを準備した。これらの超硬合金はWC−Co超硬合金であって、Aは住友電工ハードメタル株式会社製のH1、Bはダイジェット工業株式会社製のD3、Cは住友電工ハードメタル株式会社製のKH05、Dは株式会社シルバーロイ製のG3、E〜Gはサンアロイ工業株式会社製でそれぞれ順にREA65、VA60、RL89、Hは住友電工ハードメタル株式会社製のAF1を用いた。なお、表1に示すWCの平均粒径、Co含有量および硬さは、公称値である。基材として、これらの超硬合金からなる板材(40mm×10mm×厚さ5mm)を複数枚作製した。
【0035】
【表1】

【0036】
これらの基材の表面をJISに規定の中心線表面粗さでRa2.0nm以下の鏡面とし、40mm×10mmの一面のみを残して他の面をマスキングテープで被覆した。これを脱脂洗浄した後、電解エッチングを行った。電解エッチングは、図3に示す装置30を用いて行った。装置30は、電解液32を保持する電解槽である容器31と、対極としての陰極33と、陰極33と基材10’との間に電流を印加する直流電源34と、からなる。電解液32は、1規定水酸化ナトリウム(pH14)水溶液とした。陰極33には、40mm×10mm×厚さ1mmのステンレス鋼製板材を用いた。そして、室温の下、電流密度を2〜25mA/cmとして2〜15分、基材表面に対して電解エッチングを行った。電解エッチングでは、上記の範囲内で電流値およびエッチング時間を変化させて最大エッチング深さを調整し、各基材の表面を、表2に示す最大エッチング深さ(目標値)の凹部をもつ凹凸面とした。電解エッチング後の各基材は、水洗、乾燥後、アセトンによる超音波洗浄を行った。
【0037】
次に、凹凸面をもつ基材の表面にDLC膜を被覆した。DLC膜の成膜には、サイリスタ電源を用いた直流プラズマCVD法を用いた。なお、成膜条件は、処理ガスとしてメタンガス(100sccm)、テトラメチルシラン(6sccm)、水素ガス(60sccm)およびアルゴンガス(60sccm)の混合ガス(全圧:533Pa)を用い、電圧:約300V、電流:約2A、成膜温度:350℃、とした。40分間の成膜で、基材の表面に2〜3μmの珪素を含む非晶質炭素膜(DLC−Si膜)が得られた。
【0038】
上記の手順により、表2に示す各試料を作製した。なお、試料A0〜H0は、電解エッチングを施さず鏡面加工しただけの未処理の基材の表面にDLC−Si膜を成膜した比較例の被覆超硬合金部材である。各試料の密着性は、これら試料A0〜H0のうち同じ種類の超硬合金を使用した試料を基準として、密着性が向上したか低下したかで評価した。
【0039】
[評価]
[最大エッチング深さの測定]
基材の表面の10μm×10μmの範囲の表面粗さをAFMにより測定した。各試料の測定結果は、表2に示す最大エッチング深さの目標値と同等であった。そのため、後の説明に用いる図4〜図11では、表2に示す目標値を最大エッチング深さYの値として用いる。
【0040】
[密着性の評価]
DLC−Si膜の剥離強度(密着力)を、ロックウェル試験およびスクラッチ試験により測定した。ここでは、実用性および評価方法の安定性の点から、光学顕微鏡を用いた観察においてDLC−Si膜の剥離が生じたときの荷重(剥離荷重)を密着力と定義した。
【0041】
ロックウェル試験については、Cスケールにて圧痕周囲のDLC−Si膜の剥離形態より密着力を評価した。スクラッチ試験においては、円錐型ダイヤモンド(圧子径:0.2mm)を用い、テーブル速度10mm/分、荷重増加速度:100N/分で行った。スクラッチ試験から得られた各試料の剥離荷重を図4に示す。また、表2の「密着性」の欄には、既に説明したように試料A0〜H0を基準として評価した密着性の評価結果を示す。基準の試料よりも剥離強度が向上した試料には○、剥離強度が低下した試料には×、をそれぞれ付した。
【0042】
[結合相面積率の算出]
DLC−Si膜を成膜する直前の基材の表面を、SEMにより観察した。なお、SEM観察は、集束電子線が基材の表面に対して垂直となるように、基材の向きを調節して行った。観察結果の一部を図5〜図9に示す。図5は超硬合金Aからなる基材の表面観察結果であり、左から順に、試料A0(未処理)、試料A1(Y=0.1)、試料A2(Y=0.2)および試料A3(Y=0.4)のSEM観察結果であり、それぞれ上から順に、二次電子像、反射電子像および反射電子像を二値化処理した二値化データ像である。また、図6〜図9は、異なる種類の超硬合金を用いた基材の表面観察結果であり、図6は超硬合金B、図7は超硬合金E、図8は超硬合金F、図9は超硬合金G、である。結合相の面積率は、二値化データ像のうち全体の面積に対する白色部分の面積を、画像処理ソフトを用いて算出した。算出した全ての結果を表2に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
表2に記す測定結果に基づき、各試料についてWCの平均粒径(X)と最大エッチング深さ(Y)を図10に、各試料についてWCの平均粒径(X)と結合相の面積率(Z)を図11に、それぞれ示す。なお、図10および図11では、表2と同様に、未処理の基材にDLC−Si膜を成膜した試料A0〜H0を基準とし、剥離強度が向上した試料を○、剥離強度が低下した試料を×、で示した。
【0045】
図10および図11のいずれにおいても、未処理に比べて密着性が向上した試料(○で示す)は、斜線で示す範囲内にあった。なかでも、WCの平均粒径(X)が0.5<X≦3さらには1≦X≦2.5において、YおよびZの値を図10および図11に斜線で示す範囲内とすることで、密着性が大きく向上するとともに非常に高い密着力(剥離荷重)を示した(図4参照)。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の被覆超硬合金部材において、凹凸面をもつ基材の断面を示す模式図である。
【図2】本発明の被覆超硬合金部材の断面を示す模式図である。
【図3】電解エッチングを説明するための模式図である。
【図4】実施例および比較例の被覆超硬合金部材について、基材の最大エッチング深さ(Y)に対するスクラッチ剥離荷重を示すグラフである。
【図5】超硬合金Aからなる基材の表面を走査電子顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図6】超硬合金Bからなる基材の表面を走査電子顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図7】超硬合金Eからなる基材の表面を走査電子顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図8】超硬合金Fからなる基材の表面を走査電子顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図9】超硬合金Gからなる基材の表面を走査電子顕微鏡により観察した結果を示す図面代用写真である。
【図10】被覆超硬合金部材の密着性の評価を、WCの平均粒径(X)と最大エッチング深さ(Y)の関係とともに示す線図である。
【図11】被覆超硬合金部材の密着性の評価を、WCの平均粒径(X)と結合相の面積率(Z)の関係とともに示す線図である。
【符号の説明】
【0047】
10:基材 10f:凹凸面
11:結合相
12:WC粒子(硬質相) 12:凹部
2:DLC膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン(WC)を含む硬質相および遷移金属を含む結合相からなる超硬合金からなる基材と、該基材の表面に被覆された非晶質炭素膜と、を備える被覆超硬合金部材であって、
前記非晶質炭素膜が被覆された前記基材の表面は、前記硬質相が消失してなる凹部をもつ凹凸面であり、WCの平均粒径をX[μm]、該凹部の最大深さをY[μm]、該凹凸面における前記結合相の面積率をZ[%]としたとき、X、YおよびZの値が次の第一の範囲内かつ第二の範囲内にあることを特徴とする被覆超硬合金部材。
第一の範囲:
0.5<X≦1において0<Y≦0.55X−0.275、
1≦X≦4において0<Y≦0.075X+0.2、
4≦Xにおいて0<Y≦0.5
第二の範囲:
0.5<X≦1において0<Z≦80X−40、
1≦X≦3において0<Z≦10X+30、
3≦Xにおいて0<Z≦60
【請求項2】
前記Xは、X≦10である請求項1記載の被覆超硬合金部材。
【請求項3】
前記Yは、0.03≦Yである請求項1または2記載の被覆超硬合金部材。
【請求項4】
前記Zは、0.7<Zである請求項1〜3のいずれかに記載の被覆超硬合金部材。
【請求項5】
前記結合相は、コバルト(Co)を含む請求項1記載の被覆超硬合金部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図10】
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【図11】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−18861(P2010−18861A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−181526(P2008−181526)
【出願日】平成20年7月11日(2008.7.11)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】