説明

赤外線カット膜が形成された透明物品およびその製造方法

【課題】ITOを含みながらも、耐摩耗性に優れた赤外線カット膜が形成された透明物品を提供する。
【解決手段】透明基体と、その表面に形成された有機物および無機酸化物を含む赤外線カット膜とを含み、赤外線カット膜が無機酸化物としてシリカを含んでこれを主成分とし、赤外線カット膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、赤外線カット膜が基体から剥離せず、当該赤外線カット膜が、硫酸に由来する化合物および硫酸イオンからなる群から選ばれた少なくとも1種と、ITOと、を含む、透明物品とする。この透明物品は、透明基体の表面に有機無機複合膜の形成溶液を塗布した後、300℃以下の温度に保持しながら、塗布した形成溶液に含まれる液体成分の少なくとも一部を除去することにより製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線カット膜が形成された透明物品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス材料は一般に硬質であり、基体を被覆する膜の形態でも利用される。しかし、ガラス質の膜(シリカ系膜)を得ようとすると、熔融法では高温処理が必要になるため、基体および膜を構成する材料が制限される。
【0003】
ゾルゲル法は、金属の有機または無機化合物の溶液を出発原料とし、溶液中の化合物の加水分解反応および重縮合反応によって、溶液を金属の酸化物または水酸化物の微粒子が溶解したゾルとし、さらにゲル化させて固化し、このゲルを必要に応じて加熱して酸化物固体を得る方法である。
【0004】
また、ゾルゲル法は、低温でのシリカ系膜の製造を可能とする。ゾルゲル法によりシリカ系膜を形成する方法は、例えば特開平11−269657号公報に開示されている。
【0005】
一般に、ゾルゲル法により形成したシリカ系膜は、熔融法により得たガラス質の膜と比較すると、機械的強度、特に耐摩耗性に劣る。
【0006】
特開平11−269657号公報には、シリコンアルコキシドおよびその加水分解物(部分加水分解物を含む)の少なくとも1つがシリカ換算で0.010〜3重量%、酸0.0010〜1.0規定、および水0〜10重量%を含有するアルコール溶液をコーティング液として基体に塗布してシリカ系膜を形成する方法、が開示されている。
【0007】
この方法により得られたシリカ系膜は、乾布摩耗試験に耐える程度の強度を有し、十分であるとは言えないまでも、ゾルゲル法により得られた膜としては、良好な耐摩耗性を有する。しかし、特開平11−269657号公報が開示する方法により成膜できるシリカ系膜は、実用に耐える外観を確保しようとすると、その膜厚が最大でも250nmに制限される。ゾルゲル法により形成されるシリカ系膜の厚さは、通常、100〜200nm程度である。
【0008】
コーティング液を複数回に渡って塗布して多層膜を形成することで、シリカ系膜を厚膜化することができる。しかし、各層の界面の密着性が低くなり、シリカ系膜の耐摩耗性が低下する場合がある。また、シリカ系膜の製造プロセスが複雑化するという問題もある。
【0009】
以上のような事情から、ゾルゲル法により、膜厚が250nmを超える程度に厚く、かつ耐摩耗性に優れたシリカ系膜を得ることは困難であった。
【0010】
ところで、ガラス、樹脂等の透明基体には、透過する赤外線を減少させるために赤外線吸収能を有する薄膜(赤外線カット膜)が形成されることがある。膜に含有させる赤外線吸収剤としては、インジウムスズ酸化物(ITO)が用いられている。
【0011】
ここで、ゾルゲル法により、無機物と有機物とを複合させた有機無機複合膜を形成する技術が提案されている。ゾルゲル法は、低温での成膜を特徴とするため、有機物を含むシリカ系膜の成膜を可能とする。ゾルゲル法による有機無機複合膜は、例えば、特開平3−212451号公報、特開平3−56535号公報、特開2002−338304号公報に開示されている。
【0012】
ゾルゲル法によるシリカ系膜の耐摩耗性を向上させるには、シリカ系膜を450℃以上で熱処理することが望ましい。しかし、有機無機複合膜をこの程度の高温で熱処理すると、膜中の有機物が分解してしまう。また、赤外線吸収剤として用いられる無機物であるITOにおいても、高温の熱処理による酸化促進に起因して、その赤外線吸収能が低下または消失してしまう。このような熱処理温度の制約は、ゾルゲル法以外の液相成膜法においても、形成する膜の耐摩耗性の向上を制限している。このため、ITOを含む場合には、耐摩耗性に優れた赤外線カット膜を厚く形成することが困難であると考えられてきた。
【特許文献1】特開平11−269657号公報
【特許文献2】特開平3−212451号公報
【特許文献3】特開平3−56535号公報
【特許文献4】特開2002−338304号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで、本発明は、ITOを含みながらも耐摩耗性に優れた赤外線カット膜が形成された、透明物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線カット膜とを含む、赤外線カット膜が形成された透明物品であって、前記赤外線カット膜が、有機物および無機酸化物を含む有機無機複合膜であり、前記有機無機複合膜が前記無機酸化物としてシリカを含み、前記有機無機複合膜が前記シリカを主成分とし、前記有機無機複合膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記有機無機複合膜が前記透明基体から剥離せず、前記有機無機複合膜が、硫酸に由来する化合物および硫酸イオンからなる群から選ばれた少なくとも1種と、インジウムスズ酸化物と、を含む、赤外線カット膜が形成された透明物品を提供する。
【0015】
本明細書において、主成分とは、含有率が最も高い成分をいう。JIS R 3212によるテーバー摩耗試験は、市販のテーバー摩耗試験機を用いて実施できる。この試験は、上記JISに規定されているとおり、500g重の荷重を印加しながら行う、回転数1000回の摩耗試験である。
【0016】
本発明は、その別の側面から、透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線カット膜とを含み、前記赤外線カット膜が、有機物および無機酸化物を含む有機無機複合膜であり、前記有機無機複合膜が前記無機酸化物としてシリカを含み、前記有機無機複合膜が前記シリカを主成分とし、前記有機無機複合膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記有機無機複合膜が前記透明基体から剥離せず、前記有機無機複合膜が、硫酸に由来する化合物および硫酸イオンからなる群から選ばれた少なくとも1種と、インジウムスズ酸化物と、を含む、赤外線カット膜が形成された透明物品の製造方法であって、前記透明基体の表面に前記有機無機複合膜の形成溶液を塗布する塗布工程と、前記透明基体に塗布された形成溶液から当該形成溶液に含まれる液体成分の少なくとも一部を除去する除去工程と、を含み、前記形成溶液が、シリコンアルコキシド、強酸、水およびアルコールを含み、かつ、前記強酸の少なくとも一部として、または前記強酸とは別の成分として、前記有機物の少なくとも一部となる親水性有機ポリマーを含み、前記形成溶液が、さらに、インジウムスズ酸化物、および前記強酸を構成する陰イオンの少なくとも一部として硫酸イオンを含み、前記シリコンアルコキシドの濃度が、当該シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子をSiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超え、前記強酸の濃度が、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して0.001〜0.1mol/kgの範囲にあり、前記水のモル数が、前記シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍以上であり、前記塗布工程では、雰囲気の相対湿度を40%未満に保持しながら、前記形成溶液を前記透明基体に塗布し、前記除去工程では、前記透明基体を300℃以下の温度に保持しながら、前記透明基体に塗布された形成溶液に含まれる液体成分の少なくとも一部を除去する、赤外線カット膜が形成された透明物品の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ゾルゲル法により、膜厚が250nmを超える程度に厚くても、耐摩耗性に優れた、赤外線吸収能を発揮する有機無機複合膜を形成できる。本発明による有機無機複合膜は、ITOを含むにもかかわらず、熔融法により得たガラス板に匹敵する程度に優れた耐摩耗性を有し得る。
【0018】
また、本発明の製造方法によれば、形成溶液の一度の塗布により、例えば膜厚が250nmを超える程度に厚く、しかも耐摩耗性に優れた、赤外線吸収能を有する膜を形成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
まず、ゾルゲルプロセスについて説明する。
【0020】
シリコンアルコキシドを出発原料とするゾルゲル法の場合、膜のコーティング液(以下、形成溶液と呼ぶ)に含まれるシリコンアルコキシドは、形成溶液中において、水と触媒との存在の下、加水分解反応および脱水縮合反応により、シロキサン結合を介したオリゴマーとなり、ゾル状態となる。
【0021】
ゾル状態となった形成溶液を基体に塗布すると、形成溶液から、水や、アルコール等の有機溶媒が揮発する。これにより、オリゴマーは濃縮され、脱水縮合反応が進行して分子量が大きくなり、やがて溶液は流動性を失い、半固形状のゲルとなる。ゲル化直後は、シロキサン結合のネットワークの隙間に、有機溶媒や水が満たされた状態にある。このゲルが乾燥して水や溶媒が揮発すると、シロキサンポリマーが収縮し、固化が起こる。
【0022】
従来のゾルゲル法では、固化したゲルにおいて、有機溶媒や水が満たされていた隙間は、400℃程度までの熱処理を行っても、完全に埋まることはなく、細孔として残存するため、膜の耐摩耗性は十分に高くはならない。それゆえ、従来は、硬質な膜を得るために、さらに高温、例えば500℃以上での熱処理を必要としていた。
【0023】
ゾルゲル法によるシリカ系膜の熱処理における、反応と温度との関係についてさらに詳しく述べる。まず、約100〜150℃の温度域において、形成溶液に含まれている溶媒や水が蒸発する。続いて、約250〜400℃の温度域において、原料に有機材料が含まれていると、その有機材料が分解し、蒸発する。なお、400℃を超える温度で熱処理すると、通常、膜には有機材料が残らない。さらに、約500℃以上の温度域になると、ゲル骨格の収縮が起こり、膜が緻密になる。
【0024】
上述したように、通常のゾルゲル反応では、ゲル化後の状態で、形成されたネットワークの隙間に、有機溶媒や水が満たされている。この隙間の大きさは、溶液中でのシリコンアルコキシドの重合の形態に依存することが知られている。
【0025】
また、重合の形態は、溶液のpHによって大きく変化する。酸性の液中では、シリコンアルコキシドのオリゴマーは直鎖状に成長しやすい。このような液を基体に塗布すると、直鎖状のオリゴマーが折り重なって網目状組織を形成し、得られる膜は比較的隙間の小さい緻密な膜となる。しかし、直鎖状のポリマーが折り重なった状態で固化されるため、ミクロ構造は強固ではなく、隙間から溶媒や水が揮発する際にクラックが入りやすい。
【0026】
一方、アルカリ性の液中では、球状のオリゴマーが成長しやすい。このような液を基体に塗布すると、球状のオリゴマーが互いにつながった構造を形成し、比較的大きな隙間を有する膜となる。この隙間は、球状のオリゴマーが結合し成長して形成されるため、隙間から溶媒や水が揮発する際にクラックは入りにくい。
【0027】
本発明者らは、比較的緻密な膜ができる酸性領域で、強酸の濃度、水分量等を適切に調整すると、ある条件下では、厚膜としても緻密でクラックのない膜を形成できるという知見を見出し、さらにこの知見を発展させることにより、本発明を完成した。
【0028】
ここで、シラノールの等電点は2であることが知られている。これは、形成溶液のpHが2であると、液中においてシラノールが最も安定に存在できる、ということを示している。つまり、加水分解されたシリコンアルコキシドが溶液中に多量に存在する場合においても、溶液のpHが2程度であれば、脱水縮合反応によりオリゴマーが形成される確率が非常に低くなる。この結果、加水分解されたシリコンアルコキシドが、モノマーまたは低重合の状態で、形成溶液中に存在し易くなる。
【0029】
また、pHが2程度の領域では、シリコンアルコキシドは、1分子当たり1個のアルコキシル基が加水分解され、シラノールとなった状態で安定化される。例えば、テトラアルコキシシランには4つのアルコキシル基があるが、そのうちの1つのアルコキシル基が加水分解され、シラノールとなった状態で安定化されるのである。
【0030】
ゾルゲル溶液に、強酸を添加し、強酸のプロトンが完全に解離したとしたときのプロトンの質量モル濃度(以下、単に「プロトン濃度」と称することがある)で、0.001〜0.1mol/kg程度となるようにすると、溶液のpHは3〜1程度となる。この範囲にpHを調整すると、形成溶液中において、シリコンアルコキシドがモノマーまたは低重合のシラノールとして安定して存在できる。
【0031】
本発明の形成溶液は、水とアルコールの混合溶媒を含み、必要に応じて他の溶媒を添加することが可能であるが、そのような混合溶媒の場合にも、強酸を用い、かつ強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度を0.001〜0.1mol/kgとなるようにすることで、pH2前後の液とすることができる。
【0032】
プロトンの質量モル濃度の計算に当たっては、使用する酸の水中での酸解離指数が、4以上のプロトンを考慮する必要はない。例えば、弱酸である酢酸の水中での酸解離指数は4.8であるから、形成溶液に酢酸を含ませた場合にも、酢酸のプロトンは前記プロトン濃度には含めない。
【0033】
また例えば、リン酸の解離段は3段であり、一分子に付き3つのプロトンを解離する可能性がある。しかし、1段目の解離指数は2.15であり強酸とみなせるが、2段目の解離指数は7.2であり、3段目の解離指数はさらに大きい値となる。したがって、強酸からの解離を前提とする前記プロトン濃度は、リン酸1分子からは、1個のプロトンしか解離しないものとして計算すればよい。1個のプロトンが解離した後のリン酸は強酸ではなく、2段目以降のプロトンの解離を考慮する必要はない。本件明細書において、強酸とは、具体的には、水中での酸解離指数が4未満のプロトンを有する酸をいう。
【0034】
なお、上述のように、プロトン濃度を強酸のプロトンが完全に解離したとしたときの濃度として規定する理由は、有機溶媒と水との混合液中では、強酸の解離度を正確に求めることが困難だからである。
【0035】
このように形成溶液のpHを1〜3程度に保ち、これを基体表面に塗布して乾燥させると、低重合状態にあるシリコンアルコキシドが密に充填されるため、細孔が小さく、かなり緻密な膜が得られる。
【0036】
この膜は緻密ではあるが、シリコンアルコキシドの加水分解が不十分であることに起因して、200〜300℃での低温度域での加熱では、ある硬度以上にはならない。そこで、シリコンアルコキシドの加水分解を形成溶液の塗布後において容易に進行するように、水を、シリコンアルコキシドに対して過剰に添加する。加水分解が進行しやすい状態とすると、高温に加熱しなくても膜が硬くなる。具体的には、シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数に対し、加水分解に必要とされる最大のモル数、すなわち4倍以上のモル数の水を添加しておく。水の添加量の上限は例えば20倍とすることができる。
【0037】
形成溶液の乾燥時には、溶媒の揮発と並行して水も蒸発する。これを考慮すると、水のモル数は、上記シリコン原子の総モル数に対し、4倍を超える程度、例えば5〜20倍とすることが好ましい。
【0038】
なお、シリコンアルコキシドでは、1つのシリコン原子について最大4つのアルコキシル基が結合しうる。アルコキシル基の数が少ないアルコキシドでは、加水分解に必要な水のモル数は少なくなる。また、4つのアルコキシル基がシリコン原子に結合したテトラアルコキシシランであっても、その重合体(例えば、コルコート製「エチルシリケート40」などとして市販されている)では、加水分解に必要な水の総モル数は、シリコン原子の4倍よりも少ない(重合体のSiのモル数をnとすると(n≧2)、化学量論的に加水分解に必要な水のモル数は、(2n+2)モルとなる)。重合度の高いアルコキシシラン原料を使うほど、加水分解に必要な水のモル数は少なくなる。したがって、現実には、シリコンアルコキシドの加水分解に必要な水のモル数は、シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍を下回ることもあるが、過剰な水の添加がむしろ好ましいことを考慮し、本発明では、シリコン原子の総モル数の4倍以上、好ましくは4倍を超える、さらに好ましくは5倍以上のモル数の水を添加することとした。
【0039】
化学量論的に加水分解に必要なモル数を超える水を添加すると、乾燥工程における水の蒸発に伴う毛管収縮が大きく、シリコンアルコキシドの拡散および濃縮が起こりやすくなり、十分な加水分解、脱水縮合反応が促進される。溶媒の揮発および水の蒸発に伴って、塗布された液におけるpHが上記の範囲から変動することも、加水分解が促進される要因の一つとなる。こうして、緻密な膜を形成し、かつ加水分解および脱水縮合反応を十分に進行させると、硬質の膜が形成される。その結果、従来よりも低温の熱処理により、耐摩耗性に優れた膜を得ることができる。
【0040】
この方法を用いると、厚くても耐摩耗性に優れたシリカ系膜を得ることができる。厚い膜を得るためには、シリコンアルコキシドの濃度が比較的高くなるように、例えばシリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子を、SiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超えるように、形成溶液を調製するとよい。
【0041】
さらに、本発明では、クラックの発生を招く溶媒および水の蒸発による過剰な膜の収縮を抑えるため、親水性有機ポリマーを添加することとした。親水性有機ポリマーは、塗布した形成溶液に含まれる液体成分の蒸発に伴って、生じることのあるクラックの発生を抑制する。また、液中に生成したシリカ粒子の間に介在し、液体成分の蒸発に伴う膜収縮の影響を緩和する。親水性有機ポリマーを添加すると、膜の硬化収縮を低減することができるため、膜中の応力が緩和されると考えられる。本発明では、膜の収縮を抑制しつつ、膜の耐摩耗性を保持する役割を果たす。
【0042】
本発明の方法では、従来よりも低温で膜を加熱すれば足りるため、加熱後も親水性有機ポリマーは膜に残存する。本発明によれば、さらに厚膜化しても、親水性有機ポリマーが膜中に存在した状態で、耐摩耗性に優れた膜を得ることが可能となる。
【0043】
この形成溶液から形成した有機無機複合膜では、有機物と無機物とが分子レベルで複合化していると考えられる。
【0044】
種々の実験結果を参照すると、親水性有機ポリマーは、ゾルゲル反応によって形成されるシリカ粒子の成長を抑制し、膜の多孔質化を抑制しているようでもある。
【0045】
親水性有機ポリマーとしては、ポリオキシアルキレン基(ポリアルキレンオキシド構造)を含むもの、例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエーテル系のポリマー等を用いることができる。また、ポリビニルピロリドン系、ポリビニルカプロラクタム系のポリマー等を用いることもできる。これらの親水性有機ポリマーは、単独で、または複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0046】
本発明による有機無機複合膜はITOを含む。詳しくは後述するが、本発明による有機無機複合膜は、強酸を構成する陰イオンの少なくとも一部としての硫酸イオンと、ITOと、を含む形成溶液を用いて成膜することにより、顕著な赤外線吸収能を発揮する。なお、本発明の有機無機複合膜は、このような形成溶液を用いて形成するため、硫酸に由来する化合物および硫酸イオンからなる群から選ばれた少なくとも1種を含有する。硫酸に由来する化合物は、形成溶液のその他の成分によって変化するが、例えば、硫酸塩、硫酸エステル、スルホン酸塩およびスルホン酸エステルからなる群から選ばれた少なくとも1種が挙げられる。硫酸塩の具体例としては、硫酸インジウム、硫酸スズ、硫酸鉄、硫酸カルシウムおよび硫酸ナトリウム等が挙げられる。本発明のように、強酸を構成する陰イオンの少なくとも一部として硫酸イオンを含む形成溶液を用いて、このような硫酸に由来する化合物が生成した場合には、当該化合物が膜中に均一に分散して存在する。なお、ガラス基板の表面や水分中に微量に存在し得る硫黄元素に由来して、膜中に同様の化合物が生成する場合があるが、このようにして生成した化合物は、膜中で均一に分散せず局所的な分布をする。
【0047】
以上のようなゾルゲル法の改善により、有機物を含むにも拘わらず、JIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験を適用しても、透明基体から剥離しない赤外線カット膜が形成された、透明物品が提供される。
【0048】
有機無機複合膜の膜厚は、250nmを超え5μm以下であり、好ましくは300nmを超え5μm以下であり、さらに好ましくは500nmを超え5μm以下であり、特に好ましくは1μm以上5μm以下である。
【0049】
本発明によれば、テーバー摩耗試験の後に測定した、当該テーバー摩耗試験を適用した部分のヘイズ率を4%以下、さらには3%以下、とすることもできる。これは、熔融法により得たガラス質膜に相当する耐摩耗性である。
【0050】
本発明による有機無機複合膜では、有機物の含有量が、有機無機複合膜の総質量に対して0.1〜60%、好ましくは2〜60%、より好ましくは10〜40%である。本発明による有機無機複合膜は、有機物として、親水性有機ポリマーを含むことが好ましい。親水性有機ポリマーはポリオキシアルキレン基(ポリアルキレンオキシド構造)を含むことが好ましい。本発明による有機無機複合膜はリンを含んでいてもよい。
【0051】
本発明の方法では、シリコンアルコキシド、強酸、水、アルコール、親水性有機ポリマーおよびインジウムスズ酸化物を含む、形成溶液を用いる。また、この形成溶液は、強酸を構成する陰イオンの少なくとも一部として硫酸イオンを含むことを必須とする。
【0052】
親水性有機ポリマーは、通常、強酸とは別の成分として添加されるが、強酸として機能するポリマー、例えばリン酸エステル基を含むポリマー、を強酸の少なくとも一部として添加してもよい。
【0053】
シリコンアルコキシドは、テトラアルコキシシランおよびその重合体の少なくとも一方が好適である。シリコンアルコキシドおよびその重合体は、その一部または全てのアルコキシル基が加水分解されたものを含んでもよい。なお、詳しくは後述するが、本発明では、3官能シラン(R'Si(OR)3)等の4官能シラン以外のシリコンアルコキシドを用いずとも、耐摩耗性に優れた有機無機複合膜を、クラックの発生を抑制しつつ、膜厚が250nmを超える程度に厚く形成することもできる。
【0054】
シリコンアルコキシドの濃度は、当該シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子をSiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して、3質量%を超えて30質量%以下の範囲にあることが望ましく、3質量%を超えて13質量%未満の範囲にあることが好ましく、3質量%を超えて9質量%以下の範囲にあることがより好ましい。形成溶液におけるシリコンアルコキシドの濃度が高すぎると、基体から剥離するようなクラックが膜中に発生することがある。
【0055】
親水性有機ポリマーの総濃度は、シリコンアルコキシドの濃度をSiO2濃度により表示した場合、当該SiO2に対して60質量%以下とすることが好ましく、40質量%以下とすることがより好ましい。残存量が多くなると、加熱硬化後の膜強度が低下してしまう場合があるからである。他方、親水性有機ポリマーの濃度が低すぎると、硬化時の収縮による膜応力を緩和することができずクラックが発生することがある。それゆえ、親水性有機ポリマーの総濃度は、上記SiO2に対して0.1質量%以上、特に5質量%以上、とすることが好ましい。
【0056】
親水性有機ポリマーは、ITOの酸に対する凝集を抑制する分散剤としても機能する。特に、リン酸エステル基およびポリオキシアルキレン基を含むリン酸系界面活性剤は、その分散性に優れている。
【0057】
上記形成溶液は、強酸を構成する陰イオンの少なくとも一部として硫酸イオンを含む。例えば、強酸の少なくとも一部、好ましくは実質的に全部、として硫酸を用いることができる。また、形成溶液中に硫酸塩を添加し、他の溶媒と反応させることにより、硫酸イオンを得てもよい。形成溶液が、強酸を構成する陰イオンの少なくとも一部として硫酸イオンを含まない場合には、有機無機複合膜における赤外線吸収能を顕著に向上することができない。硫酸イオンの膜中における作用の詳細は、現段階では明らかではないが、本発明者らは以下のように考えている。硫酸イオンや硫酸塩等がITOの酸素欠陥に侵入したりITOの表面に吸着したりすることでITOの電荷バランスや結晶状態が変化する、または硫酸イオンが加熱時に還元剤の役割を果たし、ITOが金属化する。これにより、ITOの赤外線吸収能が向上する。
【0058】
本発明の製造方法に用いるアルコールとしては、メチルアルコール、エチルアルコール、1−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコール等を例示できる。
【0059】
本発明の方法における塗布工程では、雰囲気の相対湿度を40%未満に保持しながら、有機無機複合膜の形成溶液を透明基体上に塗布する。相対湿度を40%未満に制御しない場合には、雰囲気中の水分の過剰な吸い込みにより、成膜後のシリカ系膜が緻密な構造体となりにくく、優れた耐摩耗性が得られない。なお、シリカ系膜の耐摩耗性を向上させる観点からは、当該相対湿度を30%以下に制御することが好ましい。塗布工程における雰囲気の相対湿度の下限値は特に限定されないが、形成溶液の取り扱い性(塗布性)を高める観点からは、その相対湿度を、例えば15%以上、さらには20%以上に制御することが好ましい。湿度が上記範囲となるように制御された雰囲気下で形成溶液を塗布することは、良好な耐摩耗性を実現する上で重要である。
【0060】
本発明の方法における除去工程では、透明基体上に塗布された形成溶液の液体成分、例えば水およびアルコール、の少なくとも一部、好ましくは実質的に全部、が除去される。
【0061】
上記除去工程は、有機物の分解温度やITOの劣化温度を鑑み、300℃以下の温度、好ましくは250℃以下の温度で行う。下限温度としては、要求される膜の硬度に応じて、適宜選択すればよい。例えば、熱処理温度は、100℃以上、さらには150℃以上、場合によっては180℃以上であってよい。
【0062】
除去工程は、室温(25℃)下での風乾工程と、風乾工程に続いて行われる、室温よりも高温かつ300℃以下の雰囲気下、例えば100℃以上300℃以下の雰囲気下での熱処理工程とにより行うとよい。風乾工程は、相対湿度が40%未満、さらには30%以下に制御された雰囲気下で行うことが好ましい。雰囲気の相対湿度を当該範囲に制御しないと、膜にクラックが発生しやすくなる。なお、風乾工程における雰囲気の相対湿度の下限値は特に限定されない。例えば15%、さらには20%であってよい。
【0063】
本発明の方法では、有機無機複合膜の形成溶液中におけるシリコンアルコキシドの加水分解や重合状態を、当該形成溶液のpH調整や、親水性有機ポリマーの添加により制御している。また、乾燥や加熱時に十分な膜収縮力が得られるように水分量を調整しつつ、過剰な膜収縮を抑制するため、親水性有機ポリマーを添加している。これにより、有機無機複合膜の形成溶液を塗布する塗布工程と、塗布された当該形成溶液に含まれる液体成分の少なくとも一部を除去する除去工程と、をそれぞれ1回ずつ実施することにより、低温度域の熱処理によって、耐摩耗性に優れるとともに、膜厚が250nmを超え5μm以下である程度に厚い有機無機複合膜を形成することができる。
【0064】
本発明による有機無機複合膜は、上述のように、比較的低温の熱処理で、熔融法により得たガラス板に匹敵する程度に優れた耐摩耗性を有している。この有機無機複合膜を、自動車用あるいは建築用の窓ガラスに適用しても、十分実用に耐える。しかし、厚さが0.1mm以下であるフィルム、特に樹脂フィルムを、有機無機複合膜を形成する基体に用いると、基体自体の強度が十分でなく容易に変形するために、有機無機複合膜の耐摩耗性が低下する。これを考慮し、本発明では、厚さが0.1mmを超える基体を用いることが望ましい。また、厚さが0.3mm以上、さらには0.4mm以上、特に0.5mm以上の基体を用いることが好ましい。場合によっては2mm以上、さらには3mm以上であってよい。基体厚の上限値は特に限定されないが、例えば20mm、さらには10mmであってよい。
【0065】
基体の材料としては、無機物、例えば、ガラスを用いることが好ましい。有機無機複合膜と基体との密着性が一層向上するためである。また、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、環状ポリオレフィン、ポリメチルペンテン、ナイロン等の樹脂を用いることもできる。
【0066】
本発明による有機無機複合膜が形成された透明物品は、波長1550nmの赤外線の透過率が18%以下、場合によっては透過率が14%以下の優れた赤外線吸収能を発揮する。
【0067】
本発明により成膜できる有機無機複合膜をマトリクスとして、ITO以外の機能性材料をさらに導入することもできる。機能性材料として用いうる有機物微粒子は、200〜300℃の温度で分解が始まるものが多い。本発明では、200℃程度の加熱であっても、有機無機複合膜を十分に硬化させることが可能であるため、機能性材料の機能を損なわずに、これらの熱的に不安定な有機物微粒子を有機無機複合膜中に導入することができる。また、本発明の方法では形成溶液中に親水性有機ポリマーを含有するため、これら有機物微粒子を膜中に均一に分散させることも容易である。なお、本発明において、ポリエーテル基を有するリン酸系界面活性剤は、特に分散性に優れている。また、本発明では、分散剤をさらに添加してもよく、必要に応じて界面活性剤をさらに添加してもよい。
【0068】
なお、上記有機無機複合膜の形成溶液には、有機修飾された金属アルコキシドを、その金属アルコキシドの金属原子のモル数が、有機修飾されていないシリコンアルコキシドのシリコン原子のモル数の10%以下の量となるように、添加してもよい。
【0069】
Si以外の金属酸化物をシリコン酸化物の質量分率を超えない範囲で添加し、複合酸化物としてもよい。その際に、シリコンアルコキシドの反応性に、影響を与えない方法で添加することが望ましい。
【0070】
水あるいはアルコールに溶解する金属化合物、特に、単純に電離して溶解するもの、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム、マグネシウム、カルシウム、コバルト、鉄、ニッケル、銅、アルミニウム、ガリウム、インジウム、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、亜鉛等の金属の、塩化物、酸化物、硝酸塩等を必要量添加してもよい。
【0071】
ボロンに関しては、ホウ酸あるいはホウ素のアルコキシドをアセチルアセトン等のβ−ジケトンでキレート化して添加することが可能である。
【0072】
チタン、ジルコニウムに関しては、オキシ塩化物、オキシ硝酸化物、あるいはアルコキシドをβ−ジケトンでキレート化して添加することが可能である。
【0073】
また、アルミニウムに関しても、アルコキシドをβ−ジケトンでキレート化して添加することが可能である。
【実施例】
【0074】
以下、本発明の実施形態について、例を挙げて説明する。なお、本発明は下記に限定されない。
【0075】
(実施例1)
ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(アビシア製:ソルスパース41000)0.054gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)2.08g、エチルアルコール(片山化学製)5.14g、純水1.96g、濃硫酸(95質量%、関東化学製)0.003g、ITO微粒子分散液(三菱マテリアル製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液)0.75g、ポリエチレングリコール200(片山化学製)0.012gを順に添加して、形成溶液を得た。
【0076】
なお、上記「ポリエチレングリコール200」は、その質量平均分子量が200のポリエチレングリコールである。上記「ソルスパース41000」は、ポリオキシエチレンアルキルエーテルをリン酸でエステル化したモノエステル型の界面活性剤であり、2つのプロトンが乖離する酸として機能する。
【0077】
形成溶液中のシリコンアルコキシド(シリカ換算)、プロトン濃度、硫酸イオン濃度、水、および親水性有機ポリマーの含有量は、表1に示す通りである。なお、水の含有量は、エチルアルコール中に含まれる水分を、0.35質量%として加え、計算している(以下同様)。また、硫酸イオン濃度は、硫酸のすべてのプロトンが完全に解離したときの濃度として算出している(以下同様)。
【0078】
【表1】

【0079】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm、厚さ:3.1mm)上に、湿度20%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、室温で約30分程度、風乾した後、予め90℃に昇温したオーブンに投入し30分加熱し、さらに、予め200℃に昇温したオーブンに投入し60分加熱し、その後冷却した。得られた膜は、1000nm厚のクラックのない透明度の高い膜であった。なお、この有機無機複合膜は、ITO微粒子を3質量%含んでいた。
【0080】
膜の硬さの評価は、JIS R 3212に準拠した摩耗試験によって行った。すなわち、市販のテーバー摩耗試験機(TABER INDUSTRIES社製 5150 ABRASER)を用い、500gの荷重で1000回摩耗を行い、摩耗試験前後のヘイズ率の測定を行った。膜厚、テーバー試験前後のヘイズ率、テーバー試験後の膜剥離の有無、クラックの有無、および波長1550nmの赤外線の透過率を表2に示す。なお、ブランクとして、熔融ガラス板におけるテーバー試験前後のヘイズ率も表2に示す。ヘイズ率は、(スガ試験機社製HGM−2DP)を用いて測定した。
【0081】
【表2】

【0082】
表2で示すように、テーバー試験後のヘイズ率は2.8%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していることが分かった。また、テーバー試験後の膜剥離やクラックの発生がないことが分かった。また、波長1550nmの赤外線の透過率が16.4%であり、優れた赤外線吸収能が得られることが分かった。
【0083】
(実施例2)
実施例2は、実施例1に比して硫酸の添加量を増加させて調製した形成溶液を用いて、有機無機複合膜を形成した例である。
【0084】
ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(アビシア製:ソルスパース41000)0.054gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)2.08g、エチルアルコール(片山化学製)5.14g、純水1.96g、濃硫酸(95質量%、関東化学製)0.005g、ITO微粒子分散液(三菱マテリアル製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液)0.75g、ポリエチレングリコール200(片山化学製)0.012gを順に添加して、形成溶液を得た。この溶液中の種々の組成については、表1に示す通りである。
【0085】
次いで、この形成溶液を用い、実施例1と同様にして有機無機複合膜を形成した。得られた膜は、1000nm厚のクラックのない、やや透明度の高い膜であった。なお、この有機無機複合膜は、ITO微粒子を3質量%含んでいた。
【0086】
膜の硬さの評価は、実施例1と同様に行った。表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は3.7%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。また、テーバー試験後の膜剥離やクラックの発生がないことが分かった。また、波長1550nmの赤外線の透過率が14.8%であり、さらに優れた赤外線吸収能が得られることが分かった。
【0087】
(実施例3)
実施例3は、実施例2に比して硫酸の添加量をさらに増加させて調製した形成溶液を用いて、有機無機複合膜を形成した例である。
【0088】
ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(アビシア製:ソルスパース41000)0.054gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)2.08g、エチルアルコール(片山化学製)5.13g、純水1.96g、濃硫酸(95質量%、関東化学製)0.010g、ITO微粒子分散液(三菱マテリアル製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液)0.75g、ポリエチレングリコール200(片山化学製)0.012gを順に添加して、形成溶液を得た。この溶液中の種々の組成については、表1に示す通りである。
【0089】
次いで、この形成溶液を用い、実施例1と同様にして有機無機複合膜を形成した。得られた膜は、1000nm厚のクラックのない、やや透明度の高い膜であった。なお、この有機無機複合膜は、ITO微粒子を3質量%含んでいた。
【0090】
膜の硬さの評価は、実施例1と同様に行った。表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は3.9%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。また、テーバー試験後の膜剥離やクラックの発生がないことが分かった。また、波長1550nmの赤外線の透過率が14.0%であり、さらに優れた赤外線吸収能が得られることが分かった。
【0091】
(比較例1)
比較例1は、硫酸に代えて硝酸を用いて調製した、強酸を構成する陰イオンとして硫酸イオンを含まない形成溶液を用いて、有機無機複合膜を形成した例である。
【0092】
ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(アビシア製:ソルスパース41000)0.054gに、エチルアルコール(片山化学製)5.13g、テトラエトキシシラン(信越化学製)2.08g、純水1.96g、濃硝酸(60質量%、関東化学製)0.01g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.012g、ITO微粒子分散液(三菱マテリアル製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液)0.75gを添加、撹拌し、形成溶液を得た。この溶液中の種々の組成については、表1に示す通りである。
【0093】
次いで、この形成溶液を用い、実施例1と同様にして有機無機複合膜を形成した。得られた膜は、1000nm厚のクラックのない透明度の高い膜であった。なお、この有機無機複合膜は、ITO微粒子を3質量%含んでいた。
【0094】
膜の硬さの評価は、実施例1と同様に行った。表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は2.5%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。また、テーバー試験後の膜剥離やクラックの発生がないことが分かった。しかしながら、波長1550nmの赤外線の透過率が19.9%であり、実施例1〜3に比して赤外線吸収能に劣ることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明は、ITOを含みながらも、耐摩耗性に優れた赤外線カット膜が形成された透明物品を提供するものとして、例えば赤外線カット膜が形成された透明物品を利用する各分野において多大な利用価値を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線カット膜とを含む、赤外線カット膜が形成された透明物品であって、
前記赤外線カット膜が、有機物および無機酸化物を含む有機無機複合膜であり、
前記有機無機複合膜が前記無機酸化物としてシリカを含み、
前記有機無機複合膜が前記シリカを主成分とし、
前記有機無機複合膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記有機無機複合膜が前記透明基体から剥離せず、
前記有機無機複合膜が、硫酸に由来する化合物および硫酸イオンからなる群から選ばれた少なくとも1種と、インジウムスズ酸化物と、を含む、
赤外線カット膜が形成された透明物品。
【請求項2】
前記透明基体の厚みが0.1mmを超える、請求項1に記載の透明物品。
【請求項3】
前記透明基体が無機物からなる、請求項1に記載の透明物品。
【請求項4】
前記透明基体がガラス基板または樹脂基板である、請求項1に記載の透明物品。
【請求項5】
波長1550nmの赤外線の透過率が18%以下である、請求項1に記載の透明物品。
【請求項6】
波長1550nmの赤外線の透過率が14%以下である、請求項1に記載の透明物品。
【請求項7】
前記有機無機複合膜の膜厚が300nmを超え5μm以下である、請求項1に記載の透明物品。
【請求項8】
前記有機無機複合膜の膜厚が1μm以上5μm以下である、請求項1に記載の透明物品。
【請求項9】
前記有機無機複合膜が前記有機物として親水性有機ポリマーを含む、請求項1に記載の透明物品。
【請求項10】
前記親水性有機ポリマーがポリオキシアルキレン基を含む、請求項9に記載の透明物品。
【請求項11】
前記親水性有機ポリマーがリン酸エステル基およびポリオキシアルキレン基を含む、請求項9に記載の物品。
【請求項12】
前記親水性有機ポリマーが界面活性剤である、請求項9に記載の透明物品。
【請求項13】
透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線カット膜とを含み、前記赤外線カット膜が、有機物および無機酸化物を含む有機無機複合膜であり、前記有機無機複合膜が前記無機酸化物としてシリカを含み、前記有機無機複合膜が前記シリカを主成分とし、前記有機無機複合膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記有機無機複合膜が前記透明基体から剥離せず、前記有機無機複合膜が、硫酸に由来する化合物および硫酸イオンからなる群から選ばれた少なくとも1種と、インジウムスズ酸化物と、を含む、赤外線カット膜が形成された透明物品の製造方法であって、
前記透明基体の表面に前記有機無機複合膜の形成溶液を塗布する塗布工程と、
前記透明基体に塗布された形成溶液から当該形成溶液に含まれる液体成分の少なくとも一部を除去する除去工程と、を含み、
前記形成溶液が、シリコンアルコキシド、強酸、水およびアルコールを含み、かつ、前記強酸の少なくとも一部として、または前記強酸とは別の成分として、前記有機物の少なくとも一部となる親水性有機ポリマーを含み、
前記形成溶液が、さらに、インジウムスズ酸化物、および前記強酸を構成する陰イオンの少なくとも一部として硫酸イオンを含み、
前記シリコンアルコキシドの濃度が、当該シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子をSiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超え、
前記強酸の濃度が、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して0.001〜0.1mol/kgの範囲にあり、
前記水のモル数が、前記シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍以上であり、
前記塗布工程では、雰囲気の相対湿度を40%未満に保持しながら、前記形成溶液を前記透明基体に塗布し、
前記除去工程では、前記透明基体を300℃以下の温度に保持しながら、前記透明基体に塗布された形成溶液に含まれる液体成分の少なくとも一部を除去する、
赤外線カット膜が形成された透明物品の製造方法。
【請求項14】
前記水のモル数が、前記シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の20倍以下である、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項15】
前記除去工程において、前記透明基体を250℃以下の温度に保持しながら、前記液体成分の少なくとも一部を除去する、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項16】
前記透明基体の厚みが0.1mmを超える、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項17】
前記透明基体が無機物からなる、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項18】
前記透明基体がガラス基板または樹脂基板である、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項19】
前記親水性有機ポリマーがポリオキシアルキレン基を含む、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項20】
前記親水性有機ポリマーがポリオキシアルキレン基およびリン酸エステル基を含む、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項21】
前記親水性有機ポリマーが界面活性剤である、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項22】
前記シリコンアルコキシドの濃度が前記SiO2濃度により表示して30質量%以下である、請求項13に記載の透明物品の製造方法。
【請求項23】
前記塗布工程と、前記除去工程と、をそれぞれ1回ずつ実施することにより、膜厚が250nmを超え5μm以下である前記有機無機複合膜を形成する、請求項13に記載の透明物品の製造方法。

【公開番号】特開2007−99571(P2007−99571A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−292619(P2005−292619)
【出願日】平成17年10月5日(2005.10.5)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】