赤外顕微鏡
【課題】試料上で注目領域に存在する目的物質を高い信頼度で同定する。
【解決手段】測定者は可視光による試料の表面観察画像を画面上で確認し、注目領域を選択指示する(S4)。すると、注目領域に含まれる測定点において測定された赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピークが抽出され(S5)、吸収ピーク毎にそのピークが観測される測定点の2次元分布が取得される(S6)。そのあと、各ピークの2次元分布毎に注目領域との分布の相関係数が計算される(S7)。そして、注目領域内の各測定点における赤外吸収スペクトル中の各吸収ピークに対し相関係数に応じた重み付けを行った上で、該スペクトルと既知物質のスペクトルとのマッチングを実施して、各測定点に存在する物質を同定する(S8)。
【解決手段】測定者は可視光による試料の表面観察画像を画面上で確認し、注目領域を選択指示する(S4)。すると、注目領域に含まれる測定点において測定された赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピークが抽出され(S5)、吸収ピーク毎にそのピークが観測される測定点の2次元分布が取得される(S6)。そのあと、各ピークの2次元分布毎に注目領域との分布の相関係数が計算される(S7)。そして、注目領域内の各測定点における赤外吸収スペクトル中の各吸収ピークに対し相関係数に応じた重み付けを行った上で、該スペクトルと既知物質のスペクトルとのマッチングを実施して、各測定点に存在する物質を同定する(S8)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に赤外光を照射して透過又は反射してくる赤外光の吸収スペクトルを測定することにより試料の分析を行う赤外顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
赤外顕微鏡を用いた試料分析においては、通常、移動可能な試料ステージ上に載置した試料を可視光で観察することにより測定対象の微小領域の位置を決め、その後に、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)の干渉計で生成した、時間的に強弱の変化する赤外光(インターフェログラム)を上記微小領域に照射する。そして、その反射光又は透過光を検出器で検出し、その検出信号をフーリエ変換することによってその微小領域における赤外光の吸収度を反映した赤外吸収スペクトルを求める。例えば非特許文献1に記載の赤外顕微鏡では、□50μm以下の微小領域の測定が可能となっている。
【0003】
上記のような赤外顕微鏡におけるマッピング測定(面分析)では、試料ステージを互いに直交するX軸方向及びY軸方向に所定距離ずつ移動させることにより、試料上に設定した2次元な測定領域内で赤外光が当たる部位(微小領域)を走査し、各部位の赤外吸収スペクトルを取得する。そして、各微小領域の赤外吸収スペクトルに基づいて測定領域に存在する物質の定性的、定量的な分布を調べ、その結果を2次元的又は3次元的なグラフとしてモニタの画面上に表示する。
【0004】
測定対象とする試料上の2次元領域の設定方法としては、特許文献1に記載の方法などが従来知られている。測定対象物質の定性分析においては、各種物質の標準的な赤外吸収スペクトルを当該物質名と関連付けて記憶した一種のデータベースを予め用意しておき、試料の赤外吸収スペクトルを取得したならば、該スペクトルとパターンが類似した標準スペクトルを有する既知物質を上記データベースにおいて検索し、その検索結果を用いて測定対象物質を特定するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−85978号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「赤外顕微鏡システム AIM-8800」、[online]、[平成21年4月30日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/products/ir/aim8800.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
複数の物質からなる試料の上に付着している小さな異物の定性分析を行うような場合、試料を構成するベース成分の上に、注目している物質が部分的に付着しているような重なり状態であると考えることができる。一般に、その注目物質が存在している領域の赤外吸収スペクトルは、注目物質の吸収ピークと複数のベース成分の吸収ピークとの総和(総和スペクトル)となる。このような場合、注目物質を同定するには、ベース成分のみが存在する領域の赤外吸収スペクトル(以下、「ベース成分スペクトル」という)を取得し、総和スペクトルからベース成分スペクトルを差し引いたものを、注目物質による吸収ピークが現れている注目物質スペクトルとして取得する。そして、この注目物質スペクトルと既知の各種物質の赤外吸収スペクトル一つ一つとのピークのマッチングを実行することにより、注目物質を同定するという方法が採られている。
【0008】
しかしながら、実測した赤外吸収スペクトルに水蒸気や二酸化炭素などの吸収ピークが含まれていたり、測定系のノイズの影響が大きかったりした場合には、注目物質スペクトルと既知の各種物質の赤外吸収スペクトルとのマッチング精度が低下する。それによって、注目物質の同定で誤った結果を導出し易いという問題があった。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、例えばベース成分の上に目的物質が付着していて、水蒸気や二酸化炭素などの妨害成分が存在していたりノイズの影響が無視できない程度に大きかったりした場合であっても、目的物質の同定を高い精度で行うことができる赤外顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた本発明は、試料に赤外干渉光を照射し、該試料からの透過光又は反射光を検出して試料上の測定領域における赤外吸収スペクトルを測定する赤外顕微鏡において、
a)試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該試料観察画像に基づいて目的物質が存在すると推測される注目領域を決定する注目領域決定手段と、
b)試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域にそれぞれ赤外干渉光を照射し、各微小領域における赤外吸収スペクトルを測定する2次元領域スペクトル測定手段と、
c)各微小領域における赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピークについて、該吸収ピーク毎にピーク強度が所定の閾値以上であるような微小領域を抽出して2次元分布を求める特定ピーク分布抽出手段と、
d)前記注目領域決定手段により決定された注目領域に含まれる微小領域の赤外吸収スペクトルが持つ各吸収ピークについて、前記特定ピーク分布抽出手段で得られたその吸収ピークにおける微小領域の2次元分布とその注目領域の微小領域の2次元分布との相関を示す指標を計算し、該指標を吸収ピークに対応付けて記憶する分布相関取得手段と、
e)各種の既知物質の赤外吸収スペクトルを予め記憶しておく標準スペクトル記憶手段と、
f)前記分布相関取得手段により得られた指標を用いた重み付けを各吸収ピークについて行いつつ、前記標準スペクトル記憶手段に記憶されている既知物質の赤外吸光スペクトルと前記注目領域に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルとの比較を行うことにより、前記注目領域内の各微小領域に存在する物質を同定する注目領域内物質同定手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
本発明に係る赤外顕微鏡の第1の態様として、前記注目領域決定手段は、
試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該画像を表示手段の画面上に表示する観察画像提供手段と、
前記観察画像提供手段により表示される試料観察画像上で、目的物質が存在すると推測される注目領域を測定者が選択指示するための注目領域指示手段と、
を含む構成とすることができる。
【0012】
この第1の態様では、測定者が表示手段の画面上に表示された試料観察画像を目視で確認し、例えば色、形状、模様などの事前の知識などに基づいて、測定者自らが目的物質が存在すると推測される注目領域を判断し、その範囲を選択指示する。
【0013】
本発明に係る赤外顕微鏡の第2の態様として、前記注目領域決定手段は、作成された試料観察画像に対し所定の条件に基づく画像処理を行って、該条件に適合する領域を注目領域として決定するものである構成とすることもできる。
【0014】
上記画像処理は、例えばエッジ抽出や二値化などの処理を含むことができる。注目領域の色や形状、模様などが特異的であることが分かっていれば、これらを上記所定の条件に定めておくことで、自動的に注目領域が抽出される。これにより、表示手段の画面に表示される試料観察画像を測定者が見て一々注目領域を選択指示する手間が不要になり、省力化、高スループット化が図れる。
【0015】
本発明に係る赤外顕微鏡の第3の態様として、前記注目領域決定手段は、
各微小領域の赤外吸収スペクトルに現れる複数の吸収ピークについて、その各ピークの2次元強度分布を半透過性の画像情報として前記試料観察画像に重畳して表示手段の画面上に表示する強度分布表示重畳手段と、
前記強度分布表示重畳手段により2次元強度分布が重畳表示される試料観察画像に基づき、前記複数の吸収ピークの中から、吸収ピークにおける2次元強度分布と測定者が想定する注目領域とができるだけ一致する吸収ピークを該測定者が選択指示するための注目領域適合ピーク選択手段と、
前記注目領域適合ピーク選択手段により測定者が選択した吸収ピークにおける前記2次元強度分布を注目領域として決定するピーク対応注目領域設定手段と、
を含む構成としてもよい。
【0016】
上記強度分布表示重畳手段は例えば、吸収ピーク毎に異なる表示色を定め、吸収強度に応じた半透明のグラデーション表示で吸収ピークの2次元強度分布を表示するものとすることができる。
【0017】
この第3の態様では、測定によって得られた複数の赤外吸収ピークについて、それぞれの吸収ピークの2次元強度分布を測定者が目視で確認し、それら分布の中から目的物質が存在すると推測できる分布を測定者が簡便な操作で選択することができる。
【0018】
上記第1乃至第3の態様では注目領域の決定手法は異なるものの、いずれも分布相関取得手段が、注目領域と、測定された赤外吸収スペクトルに含まれる吸収ピークの2次元的(空間的)な分布との形状の類似性を反映した指標、例えば相関係数を求める。そして、注目領域内物質同定手段が注目領域内の各微小領域に存在する物質を同定する際に、上記指標に応じた重みを吸収ピークに与えた上で、既知物質の赤外吸光スペクトルと測定された赤外吸収スペクトルとのマッチングを実施する。
【0019】
注目領域は同定したい目的物質が存在する可能性が高い領域である。また、特に水蒸気や二酸化炭素等の不要成分や測定系ノイズなどの外乱要因の影響が無視できないような状況の下では、一般的に面積が小さな注目領域において目的物質以外の物質の存在の可能性は比較的小さいとみなすことができる。つまり、高い重みが与えられる吸収ピークは目的物質由来の吸収ピークである可能性が高い。逆に、注目領域以外の部位に偏って存在している物質や注目領域だけでなく全体に満遍なく存在している物質に由来する吸収ピークは重みが低くなる。したがって、このような目的物質以外の物質由来の吸収ピークは物質の同定に反映されにくくなるので、結果的に、注目領域に存在する目的物質を高い信頼度で以て同定することができる。
【0020】
本発明に係る赤外顕微鏡のさらに別の第4の態様として、
前記注目領域決定手段は、与えられた吸収ピークの中で、前記特定ピーク分布抽出手段により得られる2次元分布領域が面積的に最小になるような吸収ピークを選択し、該吸収ピークの2次元分布領域を注目領域として決定し、
さらに前記注目領域内物質同定手段により前記注目領域に存在する物質が同定されたあとに、該同定結果の信頼の程度が一定レベル以上であるか否かを判定し、一定レベル以上であると判定された場合に、その同定された物質による赤外吸収強度を前記2次元分布に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルから減算し、その減算後の赤外吸収スペクトルについて、前記注目領域の選択および該注目領域物質の同定を反復して実行し、前記注目領域が抽出できなくなるまで物質の同定を反復実行する構成とすることができる。
【0021】
この第4の態様では、測定によって得られた吸収ピークが観測される領域の面積に着目する。一般に、この分布領域が小さいほどその領域に存在する物質の種類が少なく、その物質の同定が容易となる。そこで、この分布領域の面積が小さいものから順に、その領域の物質を同定し、当該物質の吸収ピークの強度を赤外吸収スペクトルから減算して、該物質による吸収の影響を除去する。これにより、試料中に多数の物質が混在しているような場合でも、各物質それぞれにその物質のみから成る微小領域が存在していれば、各物質を自動的に精度よく同定していくことが可能である。
【発明の効果】
【0022】
前述したように、試料が単一物質からなるものではなく複数の物質を含有し、しかもベースとなるその複数の物質の上に測定者が注目する目的物質が部分的に付着しているような重なり状態である状況の下で、測定した赤外吸収スペクトルに水蒸気や二酸化炭素などの不所望の吸収ピークが混入したり、測定系のノイズの影響が大きかったりした場合に、目的物質の同定が誤った結果になりやすいという問題があった。これに対し、本発明に係る赤外顕微鏡によれば、バックグラウンドノイズとして扱うことができる不所望の吸収ピークの影響や測定ノイズの影響を相対的に低くみなしながら、換言すれば、注目領域に存在している可能性が高いと推測される物質由来の吸収ピークの波数(又は波長)を重視しながら、注目領域内の各微小領域における赤外吸収スペクトルと既知の各種物質の赤外吸収スペクトルとの比較を行うことができる。したがって、目的物質の同定を従来よりも高い精度で行うことができる。
【0023】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第1の態様によれば、測定者は試料表面の可視画像を観察し、その画像中の試料の形状や濃淡、模様、色などの視覚的情報を手懸りに、目的物質が存在すると推測できる注目領域を手動操作で選択することにより、該領域に存在している目的物質を高い精度で同定することができる。
【0024】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第2の態様によれば、測定者が画像観察や判断を行うことなく、試料表面の可視画像から注目領域を自動的に決定し、該領域に存在している目的物質を高い精度で同定することができる。これにより、例えば工場の生産ラインの品質検査、農水産物の選別などのような、パターン化された検査において、異物の検出及びその異物の同定を良好に行うことができる。
【0025】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第3の態様によれば、測定者が試料表面の可視画像と赤外吸収ピークの分布領域とを目視で対比しながら、目的物質が存在すると推測できる領域を簡便な操作で選択することができる。また、この態様によれば、試料表面観察画像が焦点ずれなどによって不明瞭であっても、測定者は目的物質が存在している領域を容易且つ的確に推定することができる。
【0026】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第4の態様によれば、特に試料中に多数の物質が混在しているような場合でも、各物質それぞれにその物質のみから成る微小領域が存在していさえいれば、各物質についてそれぞれ高精度な同定結果を自動的に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施例(第1実施例)である赤外顕微鏡の要部の構成図。
【図2】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【図3】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図4】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図5】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図6】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図7】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図8】本発明の別の実施例(第2実施例)の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【図9】本発明の別の実施例(第3実施例)の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【図10】第3実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図11】本発明の別の実施例(第4実施例)の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[第1実施例]
以下、本発明の一実施例(第1実施例)である赤外顕微鏡を図1〜図7を参照して説明する。図1は本実施例の赤外顕微鏡の要部の構成図、図2は本実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートである。
【0029】
図1において、赤外干渉計1は、赤外光源、固定鏡、移動鏡、ビームスプリッタ等を含み、時間的に振幅が変動する赤外干渉光つまりインターフェログラムを出射する。この赤外干渉光はハーフミラー4で反射され、図示しない集光ミラーで微小径に絞られて、試料ステージ2上に載置されている試料3に照射される。試料3から反射した赤外光はハーフミラー4を通過し、反射ミラー5を経て赤外検出器6に入射し、赤外検出器6により検出される。赤外干渉光は試料3の表面で反射する際に、その箇所に存在する物質に固有の波長(一般に複数)において吸収を受ける。そのため、赤外検出器6に到達する赤外光は試料3中の物質による赤外吸収が反映されたものとなる。
【0030】
赤外検出器6による検出信号はデータ処理部11に入力され、データ処理部11においてフーリエ変換演算部110が検出信号に対してフーリエ変換処理を実行することにより、所定波長範囲の吸光度を示す赤外吸収スペクトルが得られる。一方、可視光源7から出射される可視光は試料3上の広い範囲に当たり、試料3からの可視反射光はCCDカメラ8に導入される。CCDカメラ8では試料3の表面可視画像が作成され、その画像データがデータ処理部11に入力される。
【0031】
試料3が載置される試料ステージ2は測定制御部10により制御されるステージ駆動部9により、互いに直交するX軸及びY軸の二軸方向に高い位置精度で移動自在である。試料ステージ2が移動されることにより、試料3上で赤外干渉光の照射位置が移動する。それにより、試料3上の1次元領域又は2次元領域内に設定された多数の測定点(微小領域)に対する測定を順次行うことができる。赤外干渉計1やステージ駆動部9の動作は測定制御部10により制御される。中央制御部13には入力部14及び表示部15が接続され、主としてユーザインタフェースを担う。
【0032】
データ処理部11には、物質同定の際に用いられるスペクトルデータベース12が接続されている。このスペクトルデータベースには、既知の各種物質の赤外光の波数(又は波長)毎の赤外吸収度を表わす標準的な赤外吸収スペクトル(以下、「標準スペクトル」という)データが予め格納されている。データ処理部11は、測定制御部10により試料ステージ2が2次元的に駆動される際に得られる各測定点の赤外吸収スペクトルデータに対して所定のデータ処理を実行し、さらにスペクトルデータベース12に格納されている標準スペクトルデータを利用して試料3に含まれる物質を同定する。
【0033】
なお、中央制御部13、データ処理部11、及び測定制御部10の少なくとも一部は、パーソナルコンピュータに予めインストールされた専用の制御・データ処理ソフトウエアを該コンピュータで実行することにより、後述するような各種機能を達成するものとすることができる。
【0034】
図1の構成は反射赤外測定と反射可視観察とを行うものであるが、透過赤外測定を行う構成としたり透過可視観察を行う構成に変更することができる。また、接眼レンズを用いて、測定者が直接的に目視で試料の表面可視画像を観察できる機構を組み込んでもよい。
【0035】
次に、第1実施例の赤外顕微鏡において、試料中の未知の目的物質を同定するための分析手順を図2を参照して説明する。
試料ステージ2上に測定対象の試料3が載置されると、まずCCDカメラ8により試料3の可視画像が撮影され、取得された画像データがデータ処理部11へ入力される。データ処理部11は試料3上の表面観察画像を作成し、中央制御部13を通して表示部15の画面上にその画像を表示する(ステップS1)。測定者は、この画像を観察して入力部14により測定対象の注目領域を含むように測定範囲を指定する(ステップS2)。
【0036】
図3(a)は、表示部15の画面上に表示される観察画像上で測定領域を設定した状態を示す一例である。この図では、顕微鏡の視野50の内側に、設定された矩形状の測定領域51を模式的に示している。測定領域51内には、測定点を格子のそれぞれの交点として便宜的に示している。実際には、このような測定点の表示はあってもなくても構わない。表示部15の画面上に表示されるのはこの赤外顕微鏡の視野であるので、一般的には、視野全体が試料ステージ2に載置された試料3の一部であり、試料3上の注目領域を含む或る程度広い範囲が測定領域51として設定される。
【0037】
測定者が測定領域51を指定した上で測定開始を指示すると、測定制御部10の制御の下に、測定領域51内で測定点がP11、P12、P13、…と順次移動するように試料ステージ2が駆動され、各測定点に対する赤外吸収スペクトルの測定、つまりマッピング測定が実行される。こうして測定領域51内の各測定点で得られた赤外吸収スペクトルは測定スペクトルマッピングデータとしてデータ処理部11の図示しない記憶部に格納される(ステップS3)。
【0038】
次に、測定者は表示部15の画面上に表示される試料表面画像を観察し、目的物質が存在すると推測される注目領域の範囲を入力部14により指定する(ステップS3)。例えば、図3(b)に示すように、マウス等のポインティングデバイスによるカーソル操作で所望の領域の輪郭(境界)をトレースすることにより、注目領域52を選択指示することができる。一般的に、特徴的な色や形状、模様などを有する領域が注目領域となる。注目領域52が指定されると注目領域52に含まれる測定点が決まるから、データ処理部11は注目領域52に含まれる測定点を特定してその位置情報を記憶する。例えば図3(b)に示すように指定された注目領域52に対し、図3(c)中に■で示すような測定点が特定され、その位置情報が記憶される。
【0039】
次いでデータ処理部11は、注目領域52に属する各測定点の測定スペクトルを読み出し、各スペクトルに現れている吸収ピークについて、そのピーク強度が予め定めた閾値以上である吸収ピークを抽出する(ステップS5)。例えば図3(c)中の測定点S44の測定スペクトルが図3(d)に示すものである場合、閾値thが設定されていると、Pa、Pb、Pc、Pdの4個の吸収ピークが抽出される。注目領域52に属する各測定点の測定スペクトルにおいて同様の処理が行われるから、注目領域52に属する少なくとも1つの測定点の測定スペクトルにおいて抽出された吸収ピークの情報が集まる。
【0040】
そのあと、上記のように抽出された吸収ピーク毎に、測定領域51内の各測定点の測定スペクトルにその吸収ピークが存在するか否か(そのピーク強度が予め定めた閾値以上であるか否か)を調べ、その吸収ピークが存在する測定点をマッピングすることで該ピークの2次元分布領域を抽出する。そして、各吸収ピーク毎に、2次元分布領域をピーク強度マッピング領域データとして記憶する(ステップS6)。図4は吸収ピークの2次元分布(ピーク強度マッピング領域データ)の例を示す図である。
【0041】
次に、データ処理部11は、上述した各吸収ピーク毎に、その吸収ピークの2次元分布と注目領域52の2次元分布との相関性を表す指標として相関係数を計算する。相関係数は0〜1の範囲の値をとり、両分布が完全に一致している場合に1である。即ち、注目領域内の全ての測定点において得られる測定スペクトルに同一の吸収ピークが現れており、測定領域内であって注目領域以外の範囲内の全ての測定点において得られる測定スペクトルに上記吸収ピークが現れていなければ、その吸収ピークの相関係数は1である。各吸収ピークの相関係数を求めたならば、これを注目領域ピーク相関係数データとして記憶する(ステップS7)。図5(b)に示すように、注目領域52の中の1つの測定点における赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピーク毎に相関係数が求まる。
【0042】
そのあと、データ処理部11は、注目領域の各測定点に存在する物質について、その測定点の測定スペクトルとスペクトルデータベース12に予め格納されている既知の各種物質の標準赤外吸収スペクトルとのパターンマッチングに基づいて同定を行う。その際に単純なパターンマッチングを行うのではなく、各吸収ピークについて上述したように求めた注目領域ピーク相関係数データに基づく重み付けを行った上でパターン比較を行う(ステップS8)。
【0043】
具体的には、例えば次のような手順で、測定スペクトルと或る既知物質の標準スペクトルとのパターンマッチングを実行する。まず、図6(b)に示すように、測定スペクトルに現れている吸収ピークについて、相関係数が或る閾値以上の吸収ピークのみを選別する。つまり、分布の相関係数が低い吸収ピークはマッチングの対象から除外する。そして、選別された吸収ピークのピーク強度に相関係数自体又は相関係数から求めた重み係数を乗じることでピーク強度を補正する。こうして測定スペクトルに現れる吸収ピークを選別し且つピーク強度を補正して得たピーク情報(波数又は波長と相対強度)を、既知物質の標準スペクトルのピーク情報と比較して類似度を計算する。スペクトルデータベース12に格納されている各種の既知物質の標準スペクトルに対する類似度をそれぞれ計算すると、高い類似度を与える既知物質は測定点に存在する物質である可能性が高いと言える。例えば図6(b)の例では、吸収ピークPa、Pcは高い重み付けがなされ、吸収ピークPbは対象から外され、吸収ピークPdは低い重み付けがなされる。これに対し、図6(c)に示した既知物質Aは類似度が高いと判断され、図6(d)に示した既知物質Bは類似度が低いと判断される。
【0044】
注目領域52に属する全ての測定点についてそれぞれ、上述のようにして物質の同定処理が実行され、既知物質の種類と類似度とが求まったならば、類似度が或る一定レベル以上である確度の高い既知物質について、測定点を抽出することにより分布を求める。そして、同定された物質の2次元的な分布を、物質毎に異なる色でもって、且つ、吸収ピークの吸収強度に比例したグラデーションでもって表現した半透過画像を作成し、これを試料3の表面観察画像に重畳して表示部15の画面上に表示する(ステップS9)。図7は或る1つの物質の分布の半透過画像53を試料の表面観察画像に重畳して表示した例を示す図である。このような表示により、測定者は同定結果を視覚的に容易に確認することができる。
【0045】
[第2実施例]
本発明の別の実施例(第2実施例)による赤外顕微鏡について説明する。この第2実施例の赤外顕微鏡の全体構成は第1実施例と同じであるので説明を略す。図8は第2実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートであり、第1実施例と同じ処理には同じステップ番号を付してある。
【0046】
上記第1実施例では、試料の表面観察画像を測定者が見て注目領域を指示するようにしていたが、この第2実施例の赤外顕微鏡では、測定者の観察や判断に依らずに自動的に注目領域が設定されるようにしている。即ち、図8に示したフローチャートでは、図2に示したフローチャート中のステップS4に代えて、エッジ抽出や二値化などの画像処理により注目領域を自動的に決定するステップS14を設けている。こうした注目領域の自動決定のために、予め注目領域として抽出する条件を設定しておくようにすることができる。例えば、特徴的な形状、サイズ、色、模様、などを抽出条件として設定しておき、画像処理によりこの条件に適合する領域を探索することにより注目領域を決定することができる。それ以外の処理は全て第1実施例と同じである。
【0047】
この第2実施例の赤外顕微鏡は、例えば、工場の生産ラインの品質検査、農水産物の選別などのような、パターン化された検査において、異物の検出やその異物の同定を自動化するといった用途に好適である。
【0048】
[第3実施例]
本発明のさらに別の実施例(第3実施例)による赤外顕微鏡について説明する。この第3実施例の赤外顕微鏡の全体構成は第1実施例と同じであるので説明を略す。図9は第3実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートであり、第1実施例と同じ処理には同じステップ番号を付してある。
【0049】
この第3実施例では、第1実施例におけるステップS4の処理がステップS241〜S243の処理で置き換えられている。それ以外の各ステップの処理は第1実施例と同じであるので説明を省略する。
【0050】
ステップS241において、データ処理部11は、測定領域51内の各測定点の測定スペクトルに現れる吸収ピークに着目し、該ピーク毎にその吸収強度に比例した半透明のグラデーションで色付けした半透過画像を作成し、試料の表面観察画像に重ねて表示部15の画面上に表示する。図10(a2)及び(b2)はそれぞれ、図10(a1)及び(b1)に示した測定スペクトルに現れている吸収ピークPa、Pcの吸収強度の分布54を試料表面観察画像に重ねた状態を示す図である。
【0051】
測定者はPa、Pb、…と順次着目する吸収ピークを切り替える操作を行い、それぞれの吸収ピークの吸収強度分布54を画面上で確認しながら、所望の注目領域とできるだけ近い分布を示す吸収ピークを入力部14により選択する(ステップS242)。図10の例では、例えば、測定者は、図10(a2)に示したピークPaの吸収強度分布54が注目領域に最も近いと判断し、入力部14で所定の操作を行う。すると、その操作で選択された吸収ピークの分布に対応した、図10(a3)で点線で示す領域55が注目領域として決定される(ステップS243)。この場合、注目領域に含まれる測定点は図10(a3)中に■で示すものであり、必ずしも第1実施例において測定者が指定する注目領域に対して設定された測定点と一致するとは限らない。
【0052】
[第4実施例]
本発明のさらに別の実施例(第4実施例)による赤外顕微鏡について説明する。この第4実施例の赤外顕微鏡の全体構成は第1実施例と同じであるので説明を略す。図11は第3実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートであり、第1実施例と同じ処理には同じステップ番号を付してある。即ち、この第4実施例において、ステップS1〜S3及びステップS5〜S9の処理は第1実施例と同じであり、ステップS4がステップS341〜S343に置き換えられるとともに、ステップS344、S345が追加されている。
【0053】
ステップS341において、データ処理部11は、測定領域内の各測定点における測定スペクトルに含まれる複数の吸収ピークについて、それぞれ2次元的な分布領域を調べ、その領域の面積を算出する。そして、その分布領域の面積が最小になるような吸収ピークを選択し、該ピークの2次元的な分布領域を注目領域として設定する(ステップS342)。次いで、注目領域の抽出が可能であったか否かを判定し(ステップS343)、注目領域が設定可能であればステップS5へと進み、上述したような処理を実行する。
【0054】
こうして設定された注目領域について、それ以降のステップS5〜S9の処理を行った後に、ステップS9における同定結果の信頼度(類似度)が一定レベル以上の確度の高いものであるか否かを判定する(ステップS344)。同定結果の信頼度が一定レベル以上であれば、該物質が存在するとみなせるから、微小領域毎に、その同定された物質による赤外吸収強度を測定スペクトルから減算する(ステップS345)。これにより、測定スペクトルから該物質による赤外吸収の影響を除去し、ステップS341へと戻る。ステップS345の処理により、先に分布領域の面積が最も小さかった吸収ピークが測定スペクトルから除去されているので、分布領域の面積が次に小さな吸収ピークの分布領域が注目領域として設定されることになる。
【0055】
ステップS3〜S8の処理をステップS3における注目領域の抽出ができなくなるまで、つまりステップS343でNoと判定されるまで反復実行する。これにより、試料3に多数の物質が混在している場合でも、各物質それぞれにその物質のみを含む微小領域が存在していさえすれば、それら多数の物質を、順次自動的に精度よく同定することができる。
【0056】
以上のように第1乃至第4実施例の赤外顕微鏡によれば、特定物質が存在すると推測できる注目領域を測定者の選択操作又は画像認識などにより自動的に決定し、その注目領域に適合した分布を持つ赤外吸収ピークを既知のスペクトルデータとのマッチングによる物質同定の際に優先的に扱うことで、注目領域に分布する物質の同定を高精度に行うことが可能となる。
【0057】
なお、上記実施例はいずれも本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変形、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0058】
1…赤外干渉計
2…試料ステージ
3…試料
4…ハーフミラー
5…反射ミラー
6…赤外検出器
7…可視光源
8…CCDカメラ
9…ステージ駆動部
10…測定制御部
11…データ処理部
110…フーリエ変換演算部
12…スペクトルデータベース
13…中央制御部
14…入力部
15…表示部
50…視野
51…測定領域
52…注目領域
53…半透過画像
54…吸収強度分布
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に赤外光を照射して透過又は反射してくる赤外光の吸収スペクトルを測定することにより試料の分析を行う赤外顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
赤外顕微鏡を用いた試料分析においては、通常、移動可能な試料ステージ上に載置した試料を可視光で観察することにより測定対象の微小領域の位置を決め、その後に、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)の干渉計で生成した、時間的に強弱の変化する赤外光(インターフェログラム)を上記微小領域に照射する。そして、その反射光又は透過光を検出器で検出し、その検出信号をフーリエ変換することによってその微小領域における赤外光の吸収度を反映した赤外吸収スペクトルを求める。例えば非特許文献1に記載の赤外顕微鏡では、□50μm以下の微小領域の測定が可能となっている。
【0003】
上記のような赤外顕微鏡におけるマッピング測定(面分析)では、試料ステージを互いに直交するX軸方向及びY軸方向に所定距離ずつ移動させることにより、試料上に設定した2次元な測定領域内で赤外光が当たる部位(微小領域)を走査し、各部位の赤外吸収スペクトルを取得する。そして、各微小領域の赤外吸収スペクトルに基づいて測定領域に存在する物質の定性的、定量的な分布を調べ、その結果を2次元的又は3次元的なグラフとしてモニタの画面上に表示する。
【0004】
測定対象とする試料上の2次元領域の設定方法としては、特許文献1に記載の方法などが従来知られている。測定対象物質の定性分析においては、各種物質の標準的な赤外吸収スペクトルを当該物質名と関連付けて記憶した一種のデータベースを予め用意しておき、試料の赤外吸収スペクトルを取得したならば、該スペクトルとパターンが類似した標準スペクトルを有する既知物質を上記データベースにおいて検索し、その検索結果を用いて測定対象物質を特定するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−85978号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「赤外顕微鏡システム AIM-8800」、[online]、[平成21年4月30日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/products/ir/aim8800.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
複数の物質からなる試料の上に付着している小さな異物の定性分析を行うような場合、試料を構成するベース成分の上に、注目している物質が部分的に付着しているような重なり状態であると考えることができる。一般に、その注目物質が存在している領域の赤外吸収スペクトルは、注目物質の吸収ピークと複数のベース成分の吸収ピークとの総和(総和スペクトル)となる。このような場合、注目物質を同定するには、ベース成分のみが存在する領域の赤外吸収スペクトル(以下、「ベース成分スペクトル」という)を取得し、総和スペクトルからベース成分スペクトルを差し引いたものを、注目物質による吸収ピークが現れている注目物質スペクトルとして取得する。そして、この注目物質スペクトルと既知の各種物質の赤外吸収スペクトル一つ一つとのピークのマッチングを実行することにより、注目物質を同定するという方法が採られている。
【0008】
しかしながら、実測した赤外吸収スペクトルに水蒸気や二酸化炭素などの吸収ピークが含まれていたり、測定系のノイズの影響が大きかったりした場合には、注目物質スペクトルと既知の各種物質の赤外吸収スペクトルとのマッチング精度が低下する。それによって、注目物質の同定で誤った結果を導出し易いという問題があった。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、例えばベース成分の上に目的物質が付着していて、水蒸気や二酸化炭素などの妨害成分が存在していたりノイズの影響が無視できない程度に大きかったりした場合であっても、目的物質の同定を高い精度で行うことができる赤外顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた本発明は、試料に赤外干渉光を照射し、該試料からの透過光又は反射光を検出して試料上の測定領域における赤外吸収スペクトルを測定する赤外顕微鏡において、
a)試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該試料観察画像に基づいて目的物質が存在すると推測される注目領域を決定する注目領域決定手段と、
b)試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域にそれぞれ赤外干渉光を照射し、各微小領域における赤外吸収スペクトルを測定する2次元領域スペクトル測定手段と、
c)各微小領域における赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピークについて、該吸収ピーク毎にピーク強度が所定の閾値以上であるような微小領域を抽出して2次元分布を求める特定ピーク分布抽出手段と、
d)前記注目領域決定手段により決定された注目領域に含まれる微小領域の赤外吸収スペクトルが持つ各吸収ピークについて、前記特定ピーク分布抽出手段で得られたその吸収ピークにおける微小領域の2次元分布とその注目領域の微小領域の2次元分布との相関を示す指標を計算し、該指標を吸収ピークに対応付けて記憶する分布相関取得手段と、
e)各種の既知物質の赤外吸収スペクトルを予め記憶しておく標準スペクトル記憶手段と、
f)前記分布相関取得手段により得られた指標を用いた重み付けを各吸収ピークについて行いつつ、前記標準スペクトル記憶手段に記憶されている既知物質の赤外吸光スペクトルと前記注目領域に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルとの比較を行うことにより、前記注目領域内の各微小領域に存在する物質を同定する注目領域内物質同定手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
本発明に係る赤外顕微鏡の第1の態様として、前記注目領域決定手段は、
試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該画像を表示手段の画面上に表示する観察画像提供手段と、
前記観察画像提供手段により表示される試料観察画像上で、目的物質が存在すると推測される注目領域を測定者が選択指示するための注目領域指示手段と、
を含む構成とすることができる。
【0012】
この第1の態様では、測定者が表示手段の画面上に表示された試料観察画像を目視で確認し、例えば色、形状、模様などの事前の知識などに基づいて、測定者自らが目的物質が存在すると推測される注目領域を判断し、その範囲を選択指示する。
【0013】
本発明に係る赤外顕微鏡の第2の態様として、前記注目領域決定手段は、作成された試料観察画像に対し所定の条件に基づく画像処理を行って、該条件に適合する領域を注目領域として決定するものである構成とすることもできる。
【0014】
上記画像処理は、例えばエッジ抽出や二値化などの処理を含むことができる。注目領域の色や形状、模様などが特異的であることが分かっていれば、これらを上記所定の条件に定めておくことで、自動的に注目領域が抽出される。これにより、表示手段の画面に表示される試料観察画像を測定者が見て一々注目領域を選択指示する手間が不要になり、省力化、高スループット化が図れる。
【0015】
本発明に係る赤外顕微鏡の第3の態様として、前記注目領域決定手段は、
各微小領域の赤外吸収スペクトルに現れる複数の吸収ピークについて、その各ピークの2次元強度分布を半透過性の画像情報として前記試料観察画像に重畳して表示手段の画面上に表示する強度分布表示重畳手段と、
前記強度分布表示重畳手段により2次元強度分布が重畳表示される試料観察画像に基づき、前記複数の吸収ピークの中から、吸収ピークにおける2次元強度分布と測定者が想定する注目領域とができるだけ一致する吸収ピークを該測定者が選択指示するための注目領域適合ピーク選択手段と、
前記注目領域適合ピーク選択手段により測定者が選択した吸収ピークにおける前記2次元強度分布を注目領域として決定するピーク対応注目領域設定手段と、
を含む構成としてもよい。
【0016】
上記強度分布表示重畳手段は例えば、吸収ピーク毎に異なる表示色を定め、吸収強度に応じた半透明のグラデーション表示で吸収ピークの2次元強度分布を表示するものとすることができる。
【0017】
この第3の態様では、測定によって得られた複数の赤外吸収ピークについて、それぞれの吸収ピークの2次元強度分布を測定者が目視で確認し、それら分布の中から目的物質が存在すると推測できる分布を測定者が簡便な操作で選択することができる。
【0018】
上記第1乃至第3の態様では注目領域の決定手法は異なるものの、いずれも分布相関取得手段が、注目領域と、測定された赤外吸収スペクトルに含まれる吸収ピークの2次元的(空間的)な分布との形状の類似性を反映した指標、例えば相関係数を求める。そして、注目領域内物質同定手段が注目領域内の各微小領域に存在する物質を同定する際に、上記指標に応じた重みを吸収ピークに与えた上で、既知物質の赤外吸光スペクトルと測定された赤外吸収スペクトルとのマッチングを実施する。
【0019】
注目領域は同定したい目的物質が存在する可能性が高い領域である。また、特に水蒸気や二酸化炭素等の不要成分や測定系ノイズなどの外乱要因の影響が無視できないような状況の下では、一般的に面積が小さな注目領域において目的物質以外の物質の存在の可能性は比較的小さいとみなすことができる。つまり、高い重みが与えられる吸収ピークは目的物質由来の吸収ピークである可能性が高い。逆に、注目領域以外の部位に偏って存在している物質や注目領域だけでなく全体に満遍なく存在している物質に由来する吸収ピークは重みが低くなる。したがって、このような目的物質以外の物質由来の吸収ピークは物質の同定に反映されにくくなるので、結果的に、注目領域に存在する目的物質を高い信頼度で以て同定することができる。
【0020】
本発明に係る赤外顕微鏡のさらに別の第4の態様として、
前記注目領域決定手段は、与えられた吸収ピークの中で、前記特定ピーク分布抽出手段により得られる2次元分布領域が面積的に最小になるような吸収ピークを選択し、該吸収ピークの2次元分布領域を注目領域として決定し、
さらに前記注目領域内物質同定手段により前記注目領域に存在する物質が同定されたあとに、該同定結果の信頼の程度が一定レベル以上であるか否かを判定し、一定レベル以上であると判定された場合に、その同定された物質による赤外吸収強度を前記2次元分布に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルから減算し、その減算後の赤外吸収スペクトルについて、前記注目領域の選択および該注目領域物質の同定を反復して実行し、前記注目領域が抽出できなくなるまで物質の同定を反復実行する構成とすることができる。
【0021】
この第4の態様では、測定によって得られた吸収ピークが観測される領域の面積に着目する。一般に、この分布領域が小さいほどその領域に存在する物質の種類が少なく、その物質の同定が容易となる。そこで、この分布領域の面積が小さいものから順に、その領域の物質を同定し、当該物質の吸収ピークの強度を赤外吸収スペクトルから減算して、該物質による吸収の影響を除去する。これにより、試料中に多数の物質が混在しているような場合でも、各物質それぞれにその物質のみから成る微小領域が存在していれば、各物質を自動的に精度よく同定していくことが可能である。
【発明の効果】
【0022】
前述したように、試料が単一物質からなるものではなく複数の物質を含有し、しかもベースとなるその複数の物質の上に測定者が注目する目的物質が部分的に付着しているような重なり状態である状況の下で、測定した赤外吸収スペクトルに水蒸気や二酸化炭素などの不所望の吸収ピークが混入したり、測定系のノイズの影響が大きかったりした場合に、目的物質の同定が誤った結果になりやすいという問題があった。これに対し、本発明に係る赤外顕微鏡によれば、バックグラウンドノイズとして扱うことができる不所望の吸収ピークの影響や測定ノイズの影響を相対的に低くみなしながら、換言すれば、注目領域に存在している可能性が高いと推測される物質由来の吸収ピークの波数(又は波長)を重視しながら、注目領域内の各微小領域における赤外吸収スペクトルと既知の各種物質の赤外吸収スペクトルとの比較を行うことができる。したがって、目的物質の同定を従来よりも高い精度で行うことができる。
【0023】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第1の態様によれば、測定者は試料表面の可視画像を観察し、その画像中の試料の形状や濃淡、模様、色などの視覚的情報を手懸りに、目的物質が存在すると推測できる注目領域を手動操作で選択することにより、該領域に存在している目的物質を高い精度で同定することができる。
【0024】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第2の態様によれば、測定者が画像観察や判断を行うことなく、試料表面の可視画像から注目領域を自動的に決定し、該領域に存在している目的物質を高い精度で同定することができる。これにより、例えば工場の生産ラインの品質検査、農水産物の選別などのような、パターン化された検査において、異物の検出及びその異物の同定を良好に行うことができる。
【0025】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第3の態様によれば、測定者が試料表面の可視画像と赤外吸収ピークの分布領域とを目視で対比しながら、目的物質が存在すると推測できる領域を簡便な操作で選択することができる。また、この態様によれば、試料表面観察画像が焦点ずれなどによって不明瞭であっても、測定者は目的物質が存在している領域を容易且つ的確に推定することができる。
【0026】
また本発明に係る赤外顕微鏡の第4の態様によれば、特に試料中に多数の物質が混在しているような場合でも、各物質それぞれにその物質のみから成る微小領域が存在していさえいれば、各物質についてそれぞれ高精度な同定結果を自動的に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施例(第1実施例)である赤外顕微鏡の要部の構成図。
【図2】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【図3】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図4】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図5】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図6】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図7】第1実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図8】本発明の別の実施例(第2実施例)の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【図9】本発明の別の実施例(第3実施例)の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【図10】第3実施例の赤外顕微鏡における同定処理の説明図。
【図11】本発明の別の実施例(第4実施例)の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[第1実施例]
以下、本発明の一実施例(第1実施例)である赤外顕微鏡を図1〜図7を参照して説明する。図1は本実施例の赤外顕微鏡の要部の構成図、図2は本実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートである。
【0029】
図1において、赤外干渉計1は、赤外光源、固定鏡、移動鏡、ビームスプリッタ等を含み、時間的に振幅が変動する赤外干渉光つまりインターフェログラムを出射する。この赤外干渉光はハーフミラー4で反射され、図示しない集光ミラーで微小径に絞られて、試料ステージ2上に載置されている試料3に照射される。試料3から反射した赤外光はハーフミラー4を通過し、反射ミラー5を経て赤外検出器6に入射し、赤外検出器6により検出される。赤外干渉光は試料3の表面で反射する際に、その箇所に存在する物質に固有の波長(一般に複数)において吸収を受ける。そのため、赤外検出器6に到達する赤外光は試料3中の物質による赤外吸収が反映されたものとなる。
【0030】
赤外検出器6による検出信号はデータ処理部11に入力され、データ処理部11においてフーリエ変換演算部110が検出信号に対してフーリエ変換処理を実行することにより、所定波長範囲の吸光度を示す赤外吸収スペクトルが得られる。一方、可視光源7から出射される可視光は試料3上の広い範囲に当たり、試料3からの可視反射光はCCDカメラ8に導入される。CCDカメラ8では試料3の表面可視画像が作成され、その画像データがデータ処理部11に入力される。
【0031】
試料3が載置される試料ステージ2は測定制御部10により制御されるステージ駆動部9により、互いに直交するX軸及びY軸の二軸方向に高い位置精度で移動自在である。試料ステージ2が移動されることにより、試料3上で赤外干渉光の照射位置が移動する。それにより、試料3上の1次元領域又は2次元領域内に設定された多数の測定点(微小領域)に対する測定を順次行うことができる。赤外干渉計1やステージ駆動部9の動作は測定制御部10により制御される。中央制御部13には入力部14及び表示部15が接続され、主としてユーザインタフェースを担う。
【0032】
データ処理部11には、物質同定の際に用いられるスペクトルデータベース12が接続されている。このスペクトルデータベースには、既知の各種物質の赤外光の波数(又は波長)毎の赤外吸収度を表わす標準的な赤外吸収スペクトル(以下、「標準スペクトル」という)データが予め格納されている。データ処理部11は、測定制御部10により試料ステージ2が2次元的に駆動される際に得られる各測定点の赤外吸収スペクトルデータに対して所定のデータ処理を実行し、さらにスペクトルデータベース12に格納されている標準スペクトルデータを利用して試料3に含まれる物質を同定する。
【0033】
なお、中央制御部13、データ処理部11、及び測定制御部10の少なくとも一部は、パーソナルコンピュータに予めインストールされた専用の制御・データ処理ソフトウエアを該コンピュータで実行することにより、後述するような各種機能を達成するものとすることができる。
【0034】
図1の構成は反射赤外測定と反射可視観察とを行うものであるが、透過赤外測定を行う構成としたり透過可視観察を行う構成に変更することができる。また、接眼レンズを用いて、測定者が直接的に目視で試料の表面可視画像を観察できる機構を組み込んでもよい。
【0035】
次に、第1実施例の赤外顕微鏡において、試料中の未知の目的物質を同定するための分析手順を図2を参照して説明する。
試料ステージ2上に測定対象の試料3が載置されると、まずCCDカメラ8により試料3の可視画像が撮影され、取得された画像データがデータ処理部11へ入力される。データ処理部11は試料3上の表面観察画像を作成し、中央制御部13を通して表示部15の画面上にその画像を表示する(ステップS1)。測定者は、この画像を観察して入力部14により測定対象の注目領域を含むように測定範囲を指定する(ステップS2)。
【0036】
図3(a)は、表示部15の画面上に表示される観察画像上で測定領域を設定した状態を示す一例である。この図では、顕微鏡の視野50の内側に、設定された矩形状の測定領域51を模式的に示している。測定領域51内には、測定点を格子のそれぞれの交点として便宜的に示している。実際には、このような測定点の表示はあってもなくても構わない。表示部15の画面上に表示されるのはこの赤外顕微鏡の視野であるので、一般的には、視野全体が試料ステージ2に載置された試料3の一部であり、試料3上の注目領域を含む或る程度広い範囲が測定領域51として設定される。
【0037】
測定者が測定領域51を指定した上で測定開始を指示すると、測定制御部10の制御の下に、測定領域51内で測定点がP11、P12、P13、…と順次移動するように試料ステージ2が駆動され、各測定点に対する赤外吸収スペクトルの測定、つまりマッピング測定が実行される。こうして測定領域51内の各測定点で得られた赤外吸収スペクトルは測定スペクトルマッピングデータとしてデータ処理部11の図示しない記憶部に格納される(ステップS3)。
【0038】
次に、測定者は表示部15の画面上に表示される試料表面画像を観察し、目的物質が存在すると推測される注目領域の範囲を入力部14により指定する(ステップS3)。例えば、図3(b)に示すように、マウス等のポインティングデバイスによるカーソル操作で所望の領域の輪郭(境界)をトレースすることにより、注目領域52を選択指示することができる。一般的に、特徴的な色や形状、模様などを有する領域が注目領域となる。注目領域52が指定されると注目領域52に含まれる測定点が決まるから、データ処理部11は注目領域52に含まれる測定点を特定してその位置情報を記憶する。例えば図3(b)に示すように指定された注目領域52に対し、図3(c)中に■で示すような測定点が特定され、その位置情報が記憶される。
【0039】
次いでデータ処理部11は、注目領域52に属する各測定点の測定スペクトルを読み出し、各スペクトルに現れている吸収ピークについて、そのピーク強度が予め定めた閾値以上である吸収ピークを抽出する(ステップS5)。例えば図3(c)中の測定点S44の測定スペクトルが図3(d)に示すものである場合、閾値thが設定されていると、Pa、Pb、Pc、Pdの4個の吸収ピークが抽出される。注目領域52に属する各測定点の測定スペクトルにおいて同様の処理が行われるから、注目領域52に属する少なくとも1つの測定点の測定スペクトルにおいて抽出された吸収ピークの情報が集まる。
【0040】
そのあと、上記のように抽出された吸収ピーク毎に、測定領域51内の各測定点の測定スペクトルにその吸収ピークが存在するか否か(そのピーク強度が予め定めた閾値以上であるか否か)を調べ、その吸収ピークが存在する測定点をマッピングすることで該ピークの2次元分布領域を抽出する。そして、各吸収ピーク毎に、2次元分布領域をピーク強度マッピング領域データとして記憶する(ステップS6)。図4は吸収ピークの2次元分布(ピーク強度マッピング領域データ)の例を示す図である。
【0041】
次に、データ処理部11は、上述した各吸収ピーク毎に、その吸収ピークの2次元分布と注目領域52の2次元分布との相関性を表す指標として相関係数を計算する。相関係数は0〜1の範囲の値をとり、両分布が完全に一致している場合に1である。即ち、注目領域内の全ての測定点において得られる測定スペクトルに同一の吸収ピークが現れており、測定領域内であって注目領域以外の範囲内の全ての測定点において得られる測定スペクトルに上記吸収ピークが現れていなければ、その吸収ピークの相関係数は1である。各吸収ピークの相関係数を求めたならば、これを注目領域ピーク相関係数データとして記憶する(ステップS7)。図5(b)に示すように、注目領域52の中の1つの測定点における赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピーク毎に相関係数が求まる。
【0042】
そのあと、データ処理部11は、注目領域の各測定点に存在する物質について、その測定点の測定スペクトルとスペクトルデータベース12に予め格納されている既知の各種物質の標準赤外吸収スペクトルとのパターンマッチングに基づいて同定を行う。その際に単純なパターンマッチングを行うのではなく、各吸収ピークについて上述したように求めた注目領域ピーク相関係数データに基づく重み付けを行った上でパターン比較を行う(ステップS8)。
【0043】
具体的には、例えば次のような手順で、測定スペクトルと或る既知物質の標準スペクトルとのパターンマッチングを実行する。まず、図6(b)に示すように、測定スペクトルに現れている吸収ピークについて、相関係数が或る閾値以上の吸収ピークのみを選別する。つまり、分布の相関係数が低い吸収ピークはマッチングの対象から除外する。そして、選別された吸収ピークのピーク強度に相関係数自体又は相関係数から求めた重み係数を乗じることでピーク強度を補正する。こうして測定スペクトルに現れる吸収ピークを選別し且つピーク強度を補正して得たピーク情報(波数又は波長と相対強度)を、既知物質の標準スペクトルのピーク情報と比較して類似度を計算する。スペクトルデータベース12に格納されている各種の既知物質の標準スペクトルに対する類似度をそれぞれ計算すると、高い類似度を与える既知物質は測定点に存在する物質である可能性が高いと言える。例えば図6(b)の例では、吸収ピークPa、Pcは高い重み付けがなされ、吸収ピークPbは対象から外され、吸収ピークPdは低い重み付けがなされる。これに対し、図6(c)に示した既知物質Aは類似度が高いと判断され、図6(d)に示した既知物質Bは類似度が低いと判断される。
【0044】
注目領域52に属する全ての測定点についてそれぞれ、上述のようにして物質の同定処理が実行され、既知物質の種類と類似度とが求まったならば、類似度が或る一定レベル以上である確度の高い既知物質について、測定点を抽出することにより分布を求める。そして、同定された物質の2次元的な分布を、物質毎に異なる色でもって、且つ、吸収ピークの吸収強度に比例したグラデーションでもって表現した半透過画像を作成し、これを試料3の表面観察画像に重畳して表示部15の画面上に表示する(ステップS9)。図7は或る1つの物質の分布の半透過画像53を試料の表面観察画像に重畳して表示した例を示す図である。このような表示により、測定者は同定結果を視覚的に容易に確認することができる。
【0045】
[第2実施例]
本発明の別の実施例(第2実施例)による赤外顕微鏡について説明する。この第2実施例の赤外顕微鏡の全体構成は第1実施例と同じであるので説明を略す。図8は第2実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートであり、第1実施例と同じ処理には同じステップ番号を付してある。
【0046】
上記第1実施例では、試料の表面観察画像を測定者が見て注目領域を指示するようにしていたが、この第2実施例の赤外顕微鏡では、測定者の観察や判断に依らずに自動的に注目領域が設定されるようにしている。即ち、図8に示したフローチャートでは、図2に示したフローチャート中のステップS4に代えて、エッジ抽出や二値化などの画像処理により注目領域を自動的に決定するステップS14を設けている。こうした注目領域の自動決定のために、予め注目領域として抽出する条件を設定しておくようにすることができる。例えば、特徴的な形状、サイズ、色、模様、などを抽出条件として設定しておき、画像処理によりこの条件に適合する領域を探索することにより注目領域を決定することができる。それ以外の処理は全て第1実施例と同じである。
【0047】
この第2実施例の赤外顕微鏡は、例えば、工場の生産ラインの品質検査、農水産物の選別などのような、パターン化された検査において、異物の検出やその異物の同定を自動化するといった用途に好適である。
【0048】
[第3実施例]
本発明のさらに別の実施例(第3実施例)による赤外顕微鏡について説明する。この第3実施例の赤外顕微鏡の全体構成は第1実施例と同じであるので説明を略す。図9は第3実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートであり、第1実施例と同じ処理には同じステップ番号を付してある。
【0049】
この第3実施例では、第1実施例におけるステップS4の処理がステップS241〜S243の処理で置き換えられている。それ以外の各ステップの処理は第1実施例と同じであるので説明を省略する。
【0050】
ステップS241において、データ処理部11は、測定領域51内の各測定点の測定スペクトルに現れる吸収ピークに着目し、該ピーク毎にその吸収強度に比例した半透明のグラデーションで色付けした半透過画像を作成し、試料の表面観察画像に重ねて表示部15の画面上に表示する。図10(a2)及び(b2)はそれぞれ、図10(a1)及び(b1)に示した測定スペクトルに現れている吸収ピークPa、Pcの吸収強度の分布54を試料表面観察画像に重ねた状態を示す図である。
【0051】
測定者はPa、Pb、…と順次着目する吸収ピークを切り替える操作を行い、それぞれの吸収ピークの吸収強度分布54を画面上で確認しながら、所望の注目領域とできるだけ近い分布を示す吸収ピークを入力部14により選択する(ステップS242)。図10の例では、例えば、測定者は、図10(a2)に示したピークPaの吸収強度分布54が注目領域に最も近いと判断し、入力部14で所定の操作を行う。すると、その操作で選択された吸収ピークの分布に対応した、図10(a3)で点線で示す領域55が注目領域として決定される(ステップS243)。この場合、注目領域に含まれる測定点は図10(a3)中に■で示すものであり、必ずしも第1実施例において測定者が指定する注目領域に対して設定された測定点と一致するとは限らない。
【0052】
[第4実施例]
本発明のさらに別の実施例(第4実施例)による赤外顕微鏡について説明する。この第4実施例の赤外顕微鏡の全体構成は第1実施例と同じであるので説明を略す。図11は第3実施例の赤外顕微鏡における同定処理のフローチャートであり、第1実施例と同じ処理には同じステップ番号を付してある。即ち、この第4実施例において、ステップS1〜S3及びステップS5〜S9の処理は第1実施例と同じであり、ステップS4がステップS341〜S343に置き換えられるとともに、ステップS344、S345が追加されている。
【0053】
ステップS341において、データ処理部11は、測定領域内の各測定点における測定スペクトルに含まれる複数の吸収ピークについて、それぞれ2次元的な分布領域を調べ、その領域の面積を算出する。そして、その分布領域の面積が最小になるような吸収ピークを選択し、該ピークの2次元的な分布領域を注目領域として設定する(ステップS342)。次いで、注目領域の抽出が可能であったか否かを判定し(ステップS343)、注目領域が設定可能であればステップS5へと進み、上述したような処理を実行する。
【0054】
こうして設定された注目領域について、それ以降のステップS5〜S9の処理を行った後に、ステップS9における同定結果の信頼度(類似度)が一定レベル以上の確度の高いものであるか否かを判定する(ステップS344)。同定結果の信頼度が一定レベル以上であれば、該物質が存在するとみなせるから、微小領域毎に、その同定された物質による赤外吸収強度を測定スペクトルから減算する(ステップS345)。これにより、測定スペクトルから該物質による赤外吸収の影響を除去し、ステップS341へと戻る。ステップS345の処理により、先に分布領域の面積が最も小さかった吸収ピークが測定スペクトルから除去されているので、分布領域の面積が次に小さな吸収ピークの分布領域が注目領域として設定されることになる。
【0055】
ステップS3〜S8の処理をステップS3における注目領域の抽出ができなくなるまで、つまりステップS343でNoと判定されるまで反復実行する。これにより、試料3に多数の物質が混在している場合でも、各物質それぞれにその物質のみを含む微小領域が存在していさえすれば、それら多数の物質を、順次自動的に精度よく同定することができる。
【0056】
以上のように第1乃至第4実施例の赤外顕微鏡によれば、特定物質が存在すると推測できる注目領域を測定者の選択操作又は画像認識などにより自動的に決定し、その注目領域に適合した分布を持つ赤外吸収ピークを既知のスペクトルデータとのマッチングによる物質同定の際に優先的に扱うことで、注目領域に分布する物質の同定を高精度に行うことが可能となる。
【0057】
なお、上記実施例はいずれも本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変形、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0058】
1…赤外干渉計
2…試料ステージ
3…試料
4…ハーフミラー
5…反射ミラー
6…赤外検出器
7…可視光源
8…CCDカメラ
9…ステージ駆動部
10…測定制御部
11…データ処理部
110…フーリエ変換演算部
12…スペクトルデータベース
13…中央制御部
14…入力部
15…表示部
50…視野
51…測定領域
52…注目領域
53…半透過画像
54…吸収強度分布
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に赤外干渉光を照射し、該試料からの透過光又は反射光を検出して試料上の測定領域における赤外吸収スペクトルを測定する赤外顕微鏡において、
a)試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該試料観察画像に基づいて目的物質が存在すると推測される注目領域を決定する注目領域決定手段と、
b)試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域にそれぞれ赤外干渉光を照射し、各微小領域における赤外吸収スペクトルを測定する2次元領域スペクトル測定手段と、
c)各微小領域における赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピークについて、該吸収ピーク毎にピーク強度が所定の閾値以上であるような微小領域を抽出して2次元分布を求める特定ピーク分布抽出手段と、
d)前記注目領域決定手段により決定された注目領域に含まれる微小領域の赤外吸収スペクトルが持つ各吸収ピークについて、前記特定ピーク分布抽出手段で得られたその吸収ピークにおける微小領域の2次元分布とその注目領域の微小領域の2次元分布との相関を示す指標を計算し、該指標を吸収ピークに対応付けて記憶する分布相関取得手段と、
e)各種の既知物質の赤外吸収スペクトルを予め記憶しておく標準スペクトル記憶手段と、
f)前記分布相関取得手段により得られた指標を用いた重み付けを各吸収ピークについて行いつつ、前記標準スペクトル記憶手段に記憶されている既知物質の赤外吸光スペクトルと前記注目領域に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルとの比較を行うことにより、前記注目領域内の各微小領域に存在する物質を同定する注目領域内物質同定手段と、
を備えることを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、
試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該画像を表示手段の画面上に表示する観察画像提供手段と、
前記観察画像提供手段により表示される試料観察画像上で、目的物質が存在すると推測される注目領域を測定者が選択指示するための注目領域指示手段と、
を含むことを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項3】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、作成された試料観察画像に対し所定の条件に基づく画像処理を行って、該条件に適合する領域を注目領域として決定するものであることを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項4】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、
各微小領域の赤外吸収スペクトルに現れる複数の吸収ピークについて、その各ピークの2次元強度分布を半透過性の画像情報として前記試料観察画像に重畳して表示手段の画面上に表示する強度分布表示重畳手段と、
前記強度分布表示重畳手段により2次元強度分布が重畳表示される試料観察画像に基づき、前記複数の吸収ピークの中から、吸収ピークにおける2次元強度分布と測定者が想定する注目領域とができるだけ一致する吸収ピークを該測定者が選択指示するための注目領域適合ピーク選択手段と、
前記注目領域適合ピーク選択手段により測定者が選択した吸収ピークにおける前記2次元強度分布を注目領域として決定するピーク対応注目領域設定手段と、
を含むことを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項5】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、与えられた吸収ピークの中で、前記特定ピーク分布抽出手段により得られる2次元分布領域が面積的に最小になるような吸収ピークを選択し、該吸収ピークの2次元分布領域を注目領域として決定し、
さらに前記注目領域内物質同定手段により前記注目領域に存在する物質が同定されたあとに、該同定結果の信頼の程度が一定レベル以上であるか否かを判定し、一定レベル以上であると判定された場合に、その同定された物質による赤外吸収強度を前記2次元分布に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルから減算し、その減算後の赤外吸収スペクトルについて、前記注目領域の選択及び該注目領域物質の同定を反復して実行し、前記注目領域が抽出できなくなるまで物質の同定を反復実行することを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項1】
試料に赤外干渉光を照射し、該試料からの透過光又は反射光を検出して試料上の測定領域における赤外吸収スペクトルを測定する赤外顕微鏡において、
a)試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該試料観察画像に基づいて目的物質が存在すると推測される注目領域を決定する注目領域決定手段と、
b)試料上の2次元領域内に設定された複数の微小領域にそれぞれ赤外干渉光を照射し、各微小領域における赤外吸収スペクトルを測定する2次元領域スペクトル測定手段と、
c)各微小領域における赤外吸収スペクトルに現れる吸収ピークについて、該吸収ピーク毎にピーク強度が所定の閾値以上であるような微小領域を抽出して2次元分布を求める特定ピーク分布抽出手段と、
d)前記注目領域決定手段により決定された注目領域に含まれる微小領域の赤外吸収スペクトルが持つ各吸収ピークについて、前記特定ピーク分布抽出手段で得られたその吸収ピークにおける微小領域の2次元分布とその注目領域の微小領域の2次元分布との相関を示す指標を計算し、該指標を吸収ピークに対応付けて記憶する分布相関取得手段と、
e)各種の既知物質の赤外吸収スペクトルを予め記憶しておく標準スペクトル記憶手段と、
f)前記分布相関取得手段により得られた指標を用いた重み付けを各吸収ピークについて行いつつ、前記標準スペクトル記憶手段に記憶されている既知物質の赤外吸光スペクトルと前記注目領域に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルとの比較を行うことにより、前記注目領域内の各微小領域に存在する物質を同定する注目領域内物質同定手段と、
を備えることを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、
試料に可視光を照射し、該試料による透過光又は反射光に基づいて試料観察画像を作成するとともに、該画像を表示手段の画面上に表示する観察画像提供手段と、
前記観察画像提供手段により表示される試料観察画像上で、目的物質が存在すると推測される注目領域を測定者が選択指示するための注目領域指示手段と、
を含むことを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項3】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、作成された試料観察画像に対し所定の条件に基づく画像処理を行って、該条件に適合する領域を注目領域として決定するものであることを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項4】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、
各微小領域の赤外吸収スペクトルに現れる複数の吸収ピークについて、その各ピークの2次元強度分布を半透過性の画像情報として前記試料観察画像に重畳して表示手段の画面上に表示する強度分布表示重畳手段と、
前記強度分布表示重畳手段により2次元強度分布が重畳表示される試料観察画像に基づき、前記複数の吸収ピークの中から、吸収ピークにおける2次元強度分布と測定者が想定する注目領域とができるだけ一致する吸収ピークを該測定者が選択指示するための注目領域適合ピーク選択手段と、
前記注目領域適合ピーク選択手段により測定者が選択した吸収ピークにおける前記2次元強度分布を注目領域として決定するピーク対応注目領域設定手段と、
を含むことを特徴とする赤外顕微鏡。
【請求項5】
請求項1に記載の赤外顕微鏡において、
前記注目領域決定手段は、与えられた吸収ピークの中で、前記特定ピーク分布抽出手段により得られる2次元分布領域が面積的に最小になるような吸収ピークを選択し、該吸収ピークの2次元分布領域を注目領域として決定し、
さらに前記注目領域内物質同定手段により前記注目領域に存在する物質が同定されたあとに、該同定結果の信頼の程度が一定レベル以上であるか否かを判定し、一定レベル以上であると判定された場合に、その同定された物質による赤外吸収強度を前記2次元分布に含まれる微小領域における赤外吸収スペクトルから減算し、その減算後の赤外吸収スペクトルについて、前記注目領域の選択及び該注目領域物質の同定を反復して実行し、前記注目領域が抽出できなくなるまで物質の同定を反復実行することを特徴とする赤外顕微鏡。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−276371(P2010−276371A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126660(P2009−126660)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
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