説明

車両の動力伝達制御装置

【課題】AMTを搭載した車両において、登坂路上で車両が発進する際に発生し得る「後退期間」が比較的長くなる事態の発生を簡易な構成を用いて抑制すること。
【解決手段】発進時制御開始条件が成立すると(tA)、発進時制御が開始され、変速機の変速段が発進用の変速段(1速)に設定された状態で、エンジントルクTe及びクラッチトルクTcがそれぞれの所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大されていく。発進時制御開始後において検出される「変速機の入力軸の回転速度Ni」の推移に基づいて、車両が登坂路上にあるか否かが判定される。「車両が登坂路上にある」との判定がなされた場合(tB,tD)、その判定がなされた時点以降、エンジントルクTe、及びクラッチトルクTcが、前記所定のパターンに対してそれぞれΔTe,ΔTcだけ「かさ上げ」される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の動力伝達制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、複数の変速段を有し且つトルクコンバータを備えていない有段変速機と、エンジンの出力軸と有段変速機の入力軸との間に介装されてクラッチトルク(クラッチが伝達し得るトルクの最大値)を調整可能なクラッチと、車両の走行状態に応じてアクチュエータを用いてクラッチトルク及び有段変速機の変速段を制御する制御手段と、を備えた動力伝達制御装置が開発されてきている(例えば、特許文献1を参照)。係る動力伝達制御装置は、オートメイティッド・マニュアル・トランスミッション(AMT)とも呼ばれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−97740号公報
【発明の概要】
【0004】
AMTを搭載した車両では、車両が発進する際、通常、以下に述べる発進時制御が開始・実行される。即ち、車両が停止している状態においてブレーキペダルが開放される等の発進時制御の開始条件が成立すると、変速機の変速段が発進用の変速段(典型的には、1速)に設定された状態で、エンジンの駆動トルク(エンジントルク)及びクラッチトルクが所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大される。この結果、内燃機関が停止する現象(所謂エンスト)が発生することなく円滑に車両が発進できる。
【0005】
以下、上述した発進時制御を利用して登坂路上で車両が発進する場合を想定する。図7は、この場合の一例を示す。図7に示す例では、時刻t1以前では、エンジンがアイドリング状態にあり、ブレーキペダルが踏み込まれ、クラッチトルクがゼロの状態(クラッチが分断状態)で、車両が停止している。変速機の入力軸の回転速度がゼロであることは車両が停止していることを示し、変速機の入力軸の回転速度が正の値(負の値)であることは車両が前進(後退)していることを示す。
【0006】
時刻t1にて、ブレーキペダルが開放されることで、発進時制御が開始される。即ち、時刻t1以降、エンジントルクがアイドリングに対応するトルクから所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大され、クラッチトルクがゼロから所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大される(クラッチが分断状態から半接合状態に移行する)。なお、この例では、時刻t1以降、アクセルペダルが踏み込まれない状態が継続する場合(所謂クリープ発進)が想定されている。
【0007】
この例では、時刻t1以降、車両に作用する重力に基づく車両の後退方向の力(重力に基づく車両後退力)の影響により、先ず、時刻t1〜t2にて車両が一時的に後退し、時刻t2以降、車両が前進し、時刻t3にて、クラッチが半接合状態から完全接合状態に移行して発進時制御が終了している。
【0008】
以下、車両が一時的に後退する期間(t1〜t2)を「後退期間」と呼ぶ。このように「後退期間」が発生するのは、発進時制御の開始直後においてクラッチトルク(=車両の前進方向の力)が「重力に基づく車両後退力」に未だ達していない期間が発生することに基づく。
【0009】
ところで、発進時制御にてエンジントルク及びクラッチトルクが増大していく際の前記所定のパターンは、通常、平坦路上で車両が最も好適に発進できるように、種々の実験等を通して調整・決定される。このように「平坦路に対して最適なパターン」を用いた発進時制御を利用して登坂路上で車両が発進する場合、「後退期間」が比較的長くなる事態が発生し得る。具体的には、登坂路の勾配が小さくて「重力に基づく車両後退力」が小さい場合、「後退期間」が比較的短くなり、車両の乗員は大きな不快感を覚えない。一方、登坂路の勾配が大きくて「重力に基づく車両後退力」が大きい場合、「後退期間」が比較的長くなり、車両の乗員は大きな不快感を覚える。
【0010】
「後退期間」を短くする(或いは、なくす)ためには、登坂路の勾配を検出する勾配センサを車両に搭載し、検出された登坂路の勾配が大きい場合、トルクの増大パターンを「平坦路に対して最適なパターン」に対してより大きい値でトルクが推移していくパターンに変更すればよい。しかしながら、この場合、比較的高価な勾配センサが必須となり、装置全体の製造コストが大きくなる。
【0011】
或いは、発進時制御の開始後において、変速機の入力軸の回転速度が予め決定された最適なパターンで車両前進方向に増大していくように、クラッチトルクをフィードバック制御することも考えられる。具体的には、変速機の入力軸の回転速度が前記最適なパターンに満たない場合はクラッチトルクが増大され、変速機の入力軸の回転速度が前記最適なパターンを超えた場合はクラッチトルクが減少される。しかしながら、この場合、比較的複雑なフィードバック制御が必須となり、クラッチトルクの制御が煩雑となる。以上より、簡易な構成で、「後退期間」が比較的長くなる事態の発生を抑制することが望まれているところである。
【0012】
本発明の目的は、AMTを搭載した車両に適用される車両の動力伝達制御装置であって、登坂路上で車両が発進する際に発生し得る「後退期間」が比較的長くなる事態の発生を簡易な構成を用いて抑制できるものを提供することにある。
【0013】
本発明による車両の動力伝達制御装置は、有段変速機(T/M)と、クラッチ(C/T)と、制御手段(ECU、ACT1,ACT2)とを備える。
【0014】
前記有段変速機は、前記内燃機関の出力軸(A1)から動力が入力される入力軸(A2)と、前記車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸(A3)とを備える。前記有段変速機は、減速比(前記出力軸の回転速度(No)に対する前記入力軸の回転速度(Ni)の割合)が異なる予め定められた複数の変速段を有し、且つトルクコンバータを備えていない。
【0015】
前記クラッチは、前記内燃機関の出力軸と前記有段変速機の入力軸との間に介装されていて、クラッチトルク(前記クラッチが伝達し得るトルクの最大値)が調整可能となっている。
【0016】
前記制御手段は、前記車両の走行状態に基づいて、前記内燃機関の出力軸の駆動トルク(内燃機関トルクTe)、前記クラッチトルク(Tc)、及び前記有段変速機の変速段を制御する。即ち、この動力伝達制御装置は、上述した「AMT付ハイブリッド車両」に適用される。
【0017】
前記制御手段は、前記車両が停止している状態において発進時制御の開始条件が成立したことに基づいて、前記変速段が発進用の変速段に設定された状態で所定のパターンに従って前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクを(フィードフォワード的に)増大していく発進時制御を開始・実行するように構成される。ここで、前記所定のパターンは、平坦路上で車両が最も好適に発進できるように決定され得る。また、前記クラッチトルクは、ゼロから増大され得る。前記内燃機関トルクは、アイドリングに対応するトルクから増大され得る。
【0018】
この動力伝達制御装置の特徴は、前記制御手段が、前記変速機の入力軸の回転速度(Ni)を検出する回転速度検出手段(S5)を備え、前記発進時制御の実行中において、前記発進時制御の開始後における前記変速機の入力軸の回転速度の検出結果に基づいて前記車両が登坂路上にあるか否かを判定し、前記車両が登坂路上にあると判定された場合、前記所定のパターンに代えて前記所定のパターンより大きい値で前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクが推移していくパターンに従って前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクを増大していくように構成されたことにある。
【0019】
これによれば、高価な勾配センサを利用することなく、車両が登坂路上にあるか否かが判定され得る。そして、車両が登坂路上にあると判定された場合、前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクが前記所定のパターンに対してより大きい値で(フィードフォワード的に)増大していく。この結果、複雑なフィードバック制御を使用することなく、簡易な構成で、「後退期間」が比較的長くなる事態の発生を抑制することができる。
【0020】
以下、車両が登坂路上にあるか否かの判定について付言する。先ず、前記回転速度検出手段が、前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の前進方向に対応する場合に正の値として、前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の後進方向に対応する場合に負の値として、前記変速機の入力軸の回転速度を検出するように構成されている場合について説明する。
【0021】
この場合、前記発進時制御の開始後の第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の値(Ni)が負の値である場合に前記車両が登坂路上にあると判定され得る。これは、車両が登坂路上にある場合、発進時制御の開始直後において、「重力に基づく車両後退力」に起因して車両が後退することに基づく。
【0022】
また、この場合、前記発進時制御の開始後の第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値(dNi/dt)が負の値である場合に前記車両が登坂路上にあると判定され得る。これは、車両が登坂路上にある場合、発進時制御の開始直後において、「重力に基づく車両後退力」に起因して車両の後退速度が増大していくことに基づく。
【0023】
次に、前記回転速度検出手段が、前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の前進方向に対応する場合も後進方向に対応する場合も正の値として、前記変速機の入力軸の回転速度を検出するように構成されている場合について説明する。
【0024】
この場合、前記発進時制御の開始後の第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値(dNi/dt)である第1微分値が正の値であり、前記第1の時期より後の第2の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値(dNi/dt)である第2微分値が正の値であり、前記第1微分値が前記第2微分値より大きい場合に前記車両が登坂路上にあると判定され得る。これは、車両が登坂路上にある場合、発進時制御の開始直後において、「重力に基づく車両後退力」に起因して車両の後退速度が増大していく一方で、後退速度の増加勾配が時間の経過に伴って減少していくことに基づく。後退速度の増加勾配が時間の経過に伴って減少していくのは、発進時制御の開始後において、時間に経過に伴って、クラッチトルクが増大していくこと(従って、車両の前進方向の力が増大していくこと)に基づく。
【0025】
上記本発明に係る動力伝達制御装置においては、前記第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値の絶対値が大きければ大きいほど、前記所定のパターンに対して前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクが大きくされる量(かさ上げ量)が大きくされることが好ましい。
【0026】
発進時制御開始後の変速機の入力軸の回転速度の時間微分値の絶対値は、登坂路の勾配の大きさを精度良く表し得る。従って、上記構成によれば、登坂路の勾配が大きければ大きいほど、前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクの「かさ上げ量」が大きくされ得る。従って、登坂路の勾配が大きい場合、「かさ上げ量」が十分に大きくされ得、「後退期間」が比較的長くなる事態の発生を確実に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態に係る車両の動力伝達制御装置を搭載した車両の概略構成図である。
【図2】図1に示したクラッチについての「ストローク−トルク特性」を規定するマップを示したグラフである。
【図3】本発明の実施形態により実行される発進時制御の概要を示したフローチャートである。
【図4】本発明の実施形態により発進時制御が実行される場合における各種物理量の変化の一例を示したタイムチャートである。
【図5】本発明の実施形態によってエンジントルクのかさ上げ量が調整される際の、登坂路指標値とかさ上げ量との関係の一例を示したグラフである。
【図6】本発明の実施形態によってクラッチトルクのかさ上げ量が調整される際の、登坂路指標値とかさ上げ量との関係の一例を示したグラフである。
【図7】発進時制御を利用して登坂路上で車両が発進する場合に「後退期間」が発生することを説明するためのタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明による車両の動力伝達制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0029】
(構成)
図1は、本発明の実施形態に係る動力伝達制御装置(以下、「本装置」と称呼する。)を搭載した車両の概略構成を示している。この車両は、動力源として内燃機関を備え、且つ、トルクコンバータを備えない有段変速機とクラッチとを使用した所謂オートメイティッド・マニュアル・トランスミッション(AMT)を搭載した車両である。
【0030】
この車両は、エンジンE/Gと、変速機T/Mと、クラッチC/Tと、を備えている。E/Gは、周知の内燃機関の1つであり、例えば、ガソリンを燃料として使用するガソリンエンジン、軽油を燃料として使用するディーゼルエンジンである。E/Gの出力軸A1は、C/Tを介してT/Mの入力軸A2と接続されている。
【0031】
変速機T/Mは、前進用の複数(例えば、5つ)の変速段、後進用の1つの変速段、及びニュートラル段を有するトルクコンバータを備えない周知の有段変速機の1つである。T/Mの出力軸A3は、図示しないプロペラシャフト、図示しないディファレンシャル等を介して車両の駆動輪と接続されている。T/Mの変速段の切り替えは、変速機アクチュエータACT2を制御することで実行される。変速段を切り替えることで、減速比(出力軸A3の回転速度Noに対する入力軸A2の回転速度Niの割合)が変更される。
【0032】
クラッチC/Tは、周知の構成の1つを備えていて、E/Gの出力軸とT/Mの入力軸との間で、伝達し得るトルクの最大値(クラッチトルクTc)を調整可能に構成されている。具体的には、クラッチC/Tは、変速機T/Mの入力軸A2に一体回転するように設けられた周知の構成の1つを有する摩擦クラッチディスクである。クラッチディスクは、エンジンE/Gの出力軸A1に一体回転するように設けられたフライホイールに対して互いに向き合うように同軸的に配置されている。フライホイールに対するクラッチディスクの軸方向の位置が調整可能となっている。クラッチC/T(具体的には、クラッチディスク)の軸方向位置は、クラッチアクチュエータACT1により調整される。
【0033】
以下、クラッチC/T(クラッチディスク)の原位置(クラッチディスクがフライホイールから最も離れた位置)からの接合方向(圧着方向)への軸方向の移動量をクラッチストロークと呼ぶ。クラッチC/Tが「原位置」にあるとき、クラッチストロークが「0」となる。図2に示すように、クラッチストロークを調整することにより、クラッチトルクTcが調整される。「Tc=0」の状態では、エンジンE/Gの出力軸A1と変速機T/Mの入力軸A2との間で動力が伝達されない。この状態を「分断状態」と呼ぶ。また、「Tc>0」の状態では、出力軸A1と入力軸A2との間で動力が伝達される。この状態を「接合状態」と呼ぶ。
【0034】
また、接合状態において、クラッチC/Tに滑りが発生していない状態(出力軸A1の回転速度Neと入力軸A2の回転速度Niとが一致している状態)を特に「完全接合状態」と呼び、クラッチC/Tに滑りが発生している状態(NeとNiとが一致していない状態)を特に「半接合状態」と呼ぶ。
【0035】
また、本装置は、アクセルペダルAPの操作量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサS1と、シフトレバーSFの位置を検出するシフト位置センサS2と、ブレーキペダルBPの操作の有無を検出するブレーキセンサS3と、出力軸A1の回転速度Neを検出する回転速度センサA4と、入力軸A2の回転速度Niを検出する回転速度センサA5と、を備えている。
【0036】
更に、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。ECUは、上述のセンサS1〜S5、並びにその他のセンサ等からの情報等に基づいて、上述のアクチュエータACT1、ACT2を制御することで、C/Tのクラッチストローク(従って、クラッチトルクTc)、及び、T/Mの変速段を制御する。また、ECUは、E/Gの燃料噴射量(スロットル弁の開度)を制御することでE/Gの出力軸A1の駆動トルクを制御する。以下、E/Gの出力軸A1の駆動トルクを「エンジントルクTe」と呼ぶ。以上、この車両は、AMTを搭載した車両である。
【0037】
(通常の制御)
本装置では、アクセル開度が大きくなるに従ってエンジントルクTeが大きくなるように燃料噴射量(スロットル弁の開度)が制御される。
【0038】
また、シフトレバーSFの位置が「自動モード」に対応する位置にある場合、ECU内のROM(図示せず)に記憶された変速マップと、上述のセンサからの情報とに基づいて選択すべき変速段(選択変速段)が決定される。シフトレバーSFの位置が「手動モード」に対応する位置にある場合、運転者によるシフトレバーSFの操作に基づいて選択変速段が決定される。変速機T/Mでは、変速段が選択変速段に確立される。変速段が選択変速段に確立している(固定された)状態で車両が走行する場合、クラッチは完全接合状態に調整される。
【0039】
選択変速段が変化したとき、変速機T/Mの変速作動(変速段が変更される際の作動)が行われる。変速作動の開始は、変速段の変更に関連して移動する部材(具体的には、スリーブ)の移動の開始に対応し、変速作動の終了は、その部材の移動の終了に対応する。変速作動が行われる際、変速作動の開始前にクラッチC/Tが完全接合状態(Tc>0)から分断状態(Tc=0)へと変更され、クラッチが分断状態に維持された状態で変速作動が行われ、変速作動の終了後にクラッチが分断状態から完全接合状態へと戻される。以上、本装置による通常の制御について説明した。
【0040】
(発進時制御)
本装置では、車両が発進する際、上述した通常の制御に代えて、車両が発進する際の制御(発進時制御)が実行される。以下、本装置による発進時制御について、図3に示すフローチャート、及び、図4に示すタイムチャートを参照しながら説明する。
【0041】
図4に示す例では、時刻t1以前では、エンジンE/Gがアイドリング状態にあり、ブレーキペダルBPが踏み込まれ、クラッチトルクTcがゼロの状態(クラッチC/Tが分断状態)で、車両が登坂路上で停止している。変速機T/Mの入力軸A2の回転速度Niがゼロであることは車両が停止していることを示し、Niが正の値(負の値)であることは車両が前進(後退)していることを示す。なお、図4に示す時刻tA〜tDは、図7に示す「後退期間」(t1〜t2)における前半部分に対応する。
【0042】
図3に示すように、ステップ305では、発進時制御の開始条件が成立したか否かが判定される。発進時制御の開始条件は、例えば、ブレーキペダルBPが踏み込まれ且つエンジンE/Gがアイドリング状態にあり且つクラッチトルクTcがゼロに調整され(クラッチC/Tが分断状態にあり)且つ車両が停止している状態においてブレーキペダルBPが開放された場合等に成立する。
【0043】
発進時制御開始条件が成立した場合(ステップ305にて「Yes」)、発進時制御が開始される。具体的には、ステップ310にて、変速機T/Mの変速段が発進用の変速段(典型的には、1速)に設定された状態で、エンジントルクTe及びクラッチトルクTcがそれぞれの所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大されていく。ここで、発進時制御にてエンジントルクTe及びクラッチトルクTcが増大していく際のそれぞれの所定のパターンは、平坦路上で車両が最も好適に発進できるように、種々の実験等を通して事前に調整・決定されている。
【0044】
図4に示す例では、時刻tAにて、ブレーキペダルBPが開放されることにより発進時制御の開始条件が成立し、時刻tAにて発進時制御が開始されている。従って、時刻tA以降、変速機T/Mの変速段が発進用の変速段(典型的には、1速)に設定された状態で、エンジントルクTeがアイドリングに対応するトルクから所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大し、クラッチトルクTcがゼロから所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大している。即ち、クラッチC/Tが分断状態から半接合状態に移行している。図4に示す例では、時刻tA以降、アクセルペダルAPが踏み込まれない状態が継続する場合(所謂クリープ発進)が想定されている。
【0045】
図4に示す例では、時刻tAにてブレーキペダルBPが開放されることにより、時刻tA以降、車両に作用する重力に基づく車両の後退方向の力(「重力に基づく車両後退力」)の影響により、車両が後退している(実線で示したNiの推移(Ni<0)を参照)。即ち、時刻tAにて、上述した(図7で示した)「後退期間」が開始されている。時刻tA以降、車両が後退するのは、時刻tAの直後(即ち、発進時制御の開始直後)では、クラッチトルクTc(=車両の前進方向の力)が「重力に基づく車両後退力」に未だ達していないことに基づく。
【0046】
再び、図3を参照すると、ステップ310に続くステップ315にて、発進時制御開始後において検出されるNiの推移に基づいて、車両が登坂路上にあるか否かが判定される。以下、この判定について詳述する。
【0047】
先ず、回転速度Niを検出する回転速度センサA5が、変速機T/Mの入力軸A2の回転方向が車両の前進方向に対応する場合に正の値として、入力軸A2の回転方向が車両の後進方向に対応する場合に負の値として、入力軸A2の回転速度Niを検出する回転方向判別可能タイプの場合(即ち、センサA5の検出結果が図4の「実線で示したNi」の推移(Ni<0)と一致する場合)について説明する。
【0048】
回転速度センサA5が回転方向判別可能タイプの場合、発進時制御の開始後の第1の時期におけるNiが負である場合に「車両が登坂路上にある」と判定される。これは、車両が登坂路上にある場合、上述のように、発進時制御の開始直後において、「重力に基づく車両後退力」に起因して車両が後退することに基づく。この点は、図4に示した例では、時刻tA以降、「実線で示したNi」が負の値を採りながら推移していることに対応する。
【0049】
「第1の時期におけるNi」としては、例えば、発進時制御開始時点からの所定期間の間におけるNiの推移の平均値が採用され得る。図4に示す例では、「第1の時期におけるNi」として、時刻tAから、「時刻tAから所定期間Aが経過した時刻tB」までの間(tA〜tB)における「実線で示したNi」(<0)の平均値が採用され得る。また、「第1の時期におけるNi」として、時刻tAから、「クラッチトルクTcが第1所定値T1に達した時刻tB」までの間(tA〜tB)における「実線で示したNi」(<0)の平均値が採用され得る。図4に示す例では、上記の何れの「第1の時期におけるNi」が採用されても、「第1の時期におけるNi」が負となる。従って、時刻tBにて、「車両が登坂路上にある」と判定される。また、「第1の時期におけるNi」として、tA〜tBの間における或る時刻での「実線で示したNi」の値そのものが採用されてもよい。
【0050】
また、回転速度センサA5が回転方向判別可能タイプの場合、発進時制御の開始後の第1の時期におけるNiの時間微分値dNi/dtが負である場合に「車両が登坂路上にある」と判定される。これは、車両が登坂路上にある場合、発進時制御の開始直後において、「重力に基づく車両後退力」に起因して車両の後退速度が増大していくことに基づく。この点は、図4に示した例では、時刻tA以降、「実線で示したNi」が負の値を採りながら減少(絶対値が増大)していること、即ち、時刻tA以降、「実線で示したdNi/dt」が負の値を採りながら推移していることに対応する。
【0051】
この場合も、「第1の時期におけるdNi/dt」として、例えば、発進時制御開始時点からの所定期間の間におけるdNi/dtの推移の平均値が採用され得る。即ち、図4に示す例では、「第1の時期におけるdNi/dt」として、上述した時刻tA〜tBにおける「実線で示したdNi/dt」(<0)の平均値が採用され得る。図4に示す例では、「第1の時期におけるdNi/dt」が負となる。従って、時刻tBにて、「車両が登坂路上にある」と判定される。また、「第1の時期におけるdNi/dt」として、tA〜tBの間における或る時刻での「実線で示したdNi/dt」の値そのものが採用されてもよい。
【0052】
次に、回転速度Niを検出する回転速度センサA5が、変速機T/Mの入力軸A2の回転方向が車両の前進方向に対応する場合も後進方向に対応する場合も正の値として、入力軸A2の回転速度Niを検出する回転方向判別不能タイプの場合(即ち、センサA5の検出結果が図4の「破線で示したNi」の推移(Ni>0)と一致する場合)について説明する。
【0053】
回転速度センサA5が回転方向判別不能タイプの場合、発進時制御の開始後の第1の時期におけるNiの時間微分値dNi/dt(第1微分値)が正の値であり、第1の時期より後の第2の時期におけるNiの時間微分値dNi/dt(第2微分値)が正の値であり、第1微分値が第2微分値より大きい場合に、「車両が登坂路上にある」と判定される。これは、車両が登坂路上にある場合、発進時制御の開始直後において、「重力に基づく車両後退力」に起因して車両の後退速度が増大していく一方で、後退速度の増加勾配が時間の経過に伴って減少していくことに基づく。後退速度の増加勾配が時間の経過に伴って減少していくのは、発進時制御の開始後において、時間に経過に伴って、クラッチトルクTcが増大していくこと(従って、車両の前進方向の力が増大していくこと)に基づく。この点は、図4に示した例では、時刻tA以降、「破線で示したdNi/dt」が正の値を採りながら減少していること、即ち、時刻tA以降、「破線で示したNi」のゼロからの増大パターンが上に凸の特性となっていることに対応する。
【0054】
この場合も、「第1の時期におけるdNi/dt」として、例えば、発進時制御開始時点からの所定期間の間におけるdNi/dtの推移の平均値が採用され得る。即ち、図4に示す例では、「第1の時期におけるdNi/dt」として、上述した時刻tA〜tBにおける「破線で示したdNi/dt」(>0)の平均値が採用され得る。また、「第2の時期におけるdNi/dt」として、例えば、第1の時期よりも後の所定期間の間におけるdNi/dtの推移の平均値が採用され得る。即ち、図4に示す例では、「第2の時期におけるNi」として、時刻tBよりも後であってクラッチトルクTcが第2所定値T2(>第1所定値T1)に達した時刻tCから、「時刻tCから所定期間Bが経過した時刻tD」までの間(tC〜tD)における「破線で示したdNi/dt」(>0)の平均値が採用され得る。また、「第2の時期におけるdNi/dt」として、時刻tCから、「クラッチトルクTcが第3所定値T3(>第2所定値T2)に達した時刻tD」までの間(tC〜tD)における「破線で示したdNi/dt」(>0)の平均値が採用され得る。また、「第2の時期におけるdNi/dt」として、tC〜tDの間における或る時刻での「破線で示したdNi/dt」の値そのものが採用されてもよい。図4に示す例では、「第1の時期におけるdNi/dt」が正となり、「第2の時期におけるdNi/dt」が正となり、「第1の時期におけるdNi/dt」>「第2の時期におけるdNi/dt」となる。従って、時刻tDにて、「車両が登坂路上にある」と判定される。
【0055】
上述した「第1の時期」及び、「第2の時期」は、発進時制御開始後の上述した「後退期間」(図7を参照)内であって、且つ、車両の後退速度が増大している期間内(即ち、車両の後退速度が最大となる前の期間)に設定される。以上、図3のステップ315にて実行される「車両が登坂路上にあるか否か」の判定について説明した。
【0056】
図3のステップ315にて、「車両が登坂路上にある」との判定がなされた場合、続くステップ320にて、その判定がなされた時点以降、エンジントルクTeが、前記所定のパターン(平坦路上で車両が最も好適に発進することが想定されたパターン)に対して「かさ上げ量ΔTe」だけフィードフォワード的にかさ上げされ、クラッチトルクTcが、前記所定のパターン(平坦路上で車両が最も好適に発進することが想定されたパターン)に対して「かさ上げ量ΔTc」だけフィードフォワード的にかさ上げされる。
【0057】
図4示した例では、時刻tBにて「車両が登坂路上にある」と判定される場合(即ち、回転速度センサA5が回転方向判別可能タイプの場合)、並びに、時刻tDにて「車両が登坂路上にある」と判定される場合(即ち、回転速度センサA5が回転方向判別不能タイプの場合)のそれぞれについて、「かさ上げ」後のエンジントルクTe及びクラッチトルクTcの推移が細い一点鎖線で示されている。
【0058】
図5に示すように、「かさ上げ量ΔTe」は、登坂路指標値Pが大きければ大きいほど、より大きい値に設定される。同様に、図6に示すように、「かさ上げ量ΔTc」は、登坂路指標値Pが大きければ大きいほど、より大きい値に設定される。ここで、登坂路指標値Pとは、登坂路の勾配の大きさを示す指標値であり、本例では、例えば、上述した「第1の時期におけるdNi/dt」の絶対値が採用される。
【0059】
登坂路の勾配の大きさが大きければ大きいほど、「重力に基づく車両後退力」がより大きくなることにより、上述した「第1の時期におけるdNi/dt」の絶対値が大きくなる。即ち、「第1の時期におけるdNi/dt」の絶対値は、登坂路の勾配の大きさを精度良く表し得る。以上より、本例では、登坂路の勾配が大きければ大きいほど、エンジントルクTeのかさ上げ量ΔTe、及びクラッチトルクTcのかさ上げ量ΔTcがより大きい値に設定される。
【0060】
以下、「車両が登坂路上にある」との判定がなされた場合におけるエンジントルクTe及びクラッチトルクTcの「かさ上げ」の作用・効果について説明する。エンジントルクTe及びクラッチトルクTcの「かさ上げ」が行われることは、クラッチトルクTc(=車両の前進方向の力)の増大を意味する。一方、「重力に基づく車両後退力」(=車両の後退方向の力)は、(登坂路の勾配の大きさが一定である限りにおいて)一定である。従って、エンジントルクTe及びクラッチトルクTcの「かさ上げ」が行われると、「かさ上げ」が行われない場合に比して、車両が後退中において車両に作用する正味の前進方向の力が増大する。これにより、上述した「後退期間」(図7を参照)が短くなる。更に、本例では、登坂路の勾配が大きい場合、「かさ上げ量Te,Tc」が十分に大きくされ得る。従って、登坂路の勾配が大きい場合であっても、「後退期間」が比較的長くなる事態の発生を確実に抑制することができる。
【0061】
以上、本発明は上記実施形態によれば、高価な勾配センサを利用することなく、発進時制御開始後の変速機T/Mの入力軸A2の回転速度Niの検出結果に基づいて、車両が登坂路上にあるか否かが判定される。車両が登坂路上にあると判定された場合、前記所定のパターンに従ってフィードフォワード的に増大していくエンジントルクTe及びクラッチトルクTcがフィードフォワード的に「かさ上げ」される。この結果、複雑なフィードバック制御を使用することなく、簡易な構成で、「後退期間」(図7を参照)が比較的長くなる事態の発生を抑制することができる。
【0062】
本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記実施形態では、1本の入力軸を備えた変速機と、その1本の入力軸に接続された1つのクラッチと、を含む動力伝達制御装置が適用されているが、2本の入力軸を備えた変速機と、それら2本の入力軸のそれぞれと接続された2つのクラッチと、を含む動力伝達制御装置が適用されてもよい。この装置は、ダブル・クラッチ・トランスミッション(DCT)とも呼ばれる。
【符号の説明】
【0063】
T/M…変速機、E/G…エンジン、C/T…クラッチ、A1…エンジンの出力軸、A2…変速機の入力軸、A3…変速機の出力軸、ACT1…クラッチアクチュエータ、ACT2…変速機アクチュエータ、ECU…電子制御ユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の内燃機関の出力軸から動力が入力される入力軸と、前記車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸とを備え、前記出力軸の回転速度に対する前記入力軸の回転速度の割合である減速比が異なる予め定められた複数の変速段を有する有段変速機と、
前記内燃機関の出力軸と前記有段変速機の入力軸との間に介装されたクラッチであってクラッチが伝達し得るトルクの最大値であるクラッチトルクを調整可能なクラッチと、
前記車両の走行状態に基づいて、前記内燃機関の出力軸の駆動トルクである内燃機関トルク、前記クラッチトルク、及び前記有段変速機の変速段を制御する制御手段と、
を備え、
前記制御手段は、
前記車両が停止している状態において発進時制御の開始条件が成立したことに基づいて、前記変速段が発進用の変速段に設定された状態で所定のパターンに従って前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクを増大していく発進時制御を開始・実行するように構成された車両の動力伝達制御装置において、
前記制御手段は、
前記変速機の入力軸の回転速度を検出する回転速度検出手段を備え、
前記発進時制御の実行中において、前記発進時制御の開始後における前記変速機の入力軸の回転速度の検出結果に基づいて前記車両が登坂路上にあるか否かを判定し、前記車両が登坂路上にあると判定された場合、前記所定のパターンに代えて前記所定のパターンより大きい値で前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクが推移していくパターンに従って前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクを増大していくように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記回転速度検出手段は、
前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の前進方向に対応する場合に正の値として、前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の後進方向に対応する場合に負の値として、前記変速機の入力軸の回転速度を検出するように構成されていて、
前記制御手段は、
前記発進時制御の開始後の第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の値が負の値である場合に前記車両が登坂路上にあると判定するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記回転速度検出手段は、
前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の前進方向に対応する場合に正の値として、前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の後進方向に対応する場合に負の値として、前記変速機の入力軸の回転速度を検出するように構成されていて、
前記制御手段は、
前記発進時制御の開始後の第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値が負の値である場合に前記車両が登坂路上にあると判定するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記回転速度検出手段は、
前記変速機の入力軸の回転方向が前記車両の前進方向に対応する場合も後進方向に対応する場合も正の値として、前記変速機の入力軸の回転速度を検出するように構成されていて、
前記制御手段は、
前記発進時制御の開始後の第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値である第1微分値が正の値であり、前記第1の時期より後の第2の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値である第2微分値が正の値であり、前記第1微分値が前記第2微分値より大きい場合に前記車両が登坂路上にあると判定するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項5】
請求項2乃至請求項4の何れか一項に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記制御手段は、
前記第1の時期における前記変速機の入力軸の回転速度の時間微分値の絶対値が大きければ大きいほど前記所定のパターンに対して前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクが大きくされる量が大きくなるように、前記内燃機関トルク及び前記クラッチトルクを増大していくように構成された車両の動力伝達制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−30747(P2012−30747A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−173693(P2010−173693)
【出願日】平成22年8月2日(2010.8.2)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【Fターム(参考)】