車両の運動制御装置
【課題】
運転者への違和感を抑制できる予備制御により、ブレーキアクチュエータの応答性を補償し、確実な車両安定性制御を実行できる車両の運動制御装置を提供する。
【解決手段】
実際の旋回状態量に基づいて第1状態量を演算し、この第1状態量に基づいて車両のオーバステア傾向を識別し、オーバステア傾向を抑制する車両安定性制御を実行する。さらに、車両の実旋回状態量に基づいて第1状態量とは異なる第2状態量を演算し、この第2状態量に基づいて車両のオーバステア傾向を識別し、車両安定性制御の応答性を補償する予備制御を行う。第2状態量は、第1状態量に比較して、相対的に速い車両のヨーイング運動を識別する。
運転者への違和感を抑制できる予備制御により、ブレーキアクチュエータの応答性を補償し、確実な車両安定性制御を実行できる車両の運動制御装置を提供する。
【解決手段】
実際の旋回状態量に基づいて第1状態量を演算し、この第1状態量に基づいて車両のオーバステア傾向を識別し、オーバステア傾向を抑制する車両安定性制御を実行する。さらに、車両の実旋回状態量に基づいて第1状態量とは異なる第2状態量を演算し、この第2状態量に基づいて車両のオーバステア傾向を識別し、車両安定性制御の応答性を補償する予備制御を行う。第2状態量は、第1状態量に比較して、相対的に速い車両のヨーイング運動を識別する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の運動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、「実際に車輌の挙動がある程度悪化した段階ではなく、車輌の挙動の悪化をきたす条件が成立した段階でポンプ手段を作動させることにより、制動力による挙動制御の良好な応答性を確保する」ことを目的として、「操舵角を検出する手段と、操舵角速度を検出する手段と、操舵角の大きさがその基準値以上になり且つ操舵角速度の大きさがその基準値以上になるとポンプ手段の作動を開始させる」ことが記載されている。
【0003】
特許文献2には、「安定した走行状態で、急激な操舵(操舵開始)に基づいて、その後、不安定な走行状態になる傾向があるかどうかが決定され、この場合、安定した走行状態で、事前のブレーキ介入が行われる」ようにするため、ステアリングホイール角速度の最大値等に基づいて「事前のブレーキ介入」が行われることが記載されている。
【0004】
特許文献3には、「ブレーキ圧力は有限の勾配でのみ上昇可能であるので、希望目標ブレーキ・トルクは、ブレーキ装置の関数である所定の時間後にはじめて作用する。この遅れ時間は、特に高動特性操縦において、車両が横滑りに陥り且つ十分急速に安定化できない結果を導くことがある」旨が記載されている。そして、「危険な走行状況において、車両がより急速に安定化される」ことを目的として、「車両横方向加速度およびかじ取り速度が決定され、且つしきい値でモニタリングされ、車両横方向加速度が所定のしきい値を超え且つかじ取り速度が所定のしきい値を下回っているとき、予備ブレーキ圧力が形成される」ことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3114647号公報
【特許文献2】特許第4119244号公報
【特許文献3】特表2007−513002号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の特許文献には、例えば、障害物を緊急的に回避しなければならないような状況において、操舵角速度等に基づいて車両安定性制御の実行開始を予測し、その実行開始前にアクチュエータの応答性を補償するための予備的な制動トルクを付与する制御(以下、予備制御ともいう)について記載されている。この予備制御では、低レベルでの制動トルクが与えられる。しかし、アクチュエータが作動されれば音・振動が発生するため、予備制御が行われたにもかかわらず車両安定性制御が実行されない場合、運転者への違和感となることがある。本発明の目的は、上述の課題を鑑み、運転者への違和感が抑制され、確実な車両安定性制御を実行できる車両の運動制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る車両の運動制御装置は、車両の車輪に制動トルクを与える制動手段B10と、車両に作用する実際の旋回状態量(Yra,Gya等)を取得する実旋回状態量取得手段B20と、実際の旋回状態量に基づいて第1状態量Josを演算し、この第1状態量Josに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第1識別手段B30とを備える。さらに、本装置は、車両の実旋回状態量(Yra,Gya等)に基づいて第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosを演算し、この第2状態量Kosに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第2識別手段B40と、車両の操舵角速度dSaを取得する操舵角速度取得手段B50と、制動手段B10を制御して車輪の制動トルクを制御する制御手段B60とを備える。制御手段B60は、第1識別手段B30の識別結果Fj,Josに基づいて、制動手段B10を介して車輪の制動トルクを制御し、車両の安定性を維持する車両安定性制御を実行する。また、制御手段B60は、第2識別手段B40の識別結果Fk、及び、操舵角速度dSaに基づいて、制動手段B10を制御し、車両安定性制御の応答性を向上させる制動トルクの付与を行う。ここで、制御手段B60は、操舵角速度dSa(の絶対値)が第1所定値(後述する所定値dsa1,dsa2,dsa3)より大きく、且つ、第2識別手段B40の識別結果Fkがオーバステア傾向を示すとき(Fk=1)に、車輪に制動トルクの付与を行うことができる。
【0008】
第2識別手段B40は、第1識別手段B30に比較して、相対的に速い車両のヨーイング運動を識別する。第1識別手段B30は、車両のヨーイング運動の大きさを表す状態量(例えば、横滑り角βa,横滑り角偏差Δβ)と車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)との相互関係に基づいて第1(オーバステア)状態量Josを演算するように構成されている。併せて、第2識別手段B40は、車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)のみに基づいて第2(オーバステア)状態量Kosを演算するように構成されている。
【0009】
本発明に係る車両の運動制御装置は、車両の操舵角Saを取得する操舵角取得手段B70を備える。制御手段B60は、操舵角Sa(の絶対値)が減少し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第2所定値(後述する所定値sa1)より小さいときに制動トルクの付与を行い得る。なお、操舵角速度取得手段B50は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて操舵角速度dSaを演算することができる。
【0010】
本発明に係る車両の運動制御装置は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて、車両の操舵方向Dstrが一方向であるか、或いは、他方向(前記の一方向とは反対方向)であるかを判定する操舵方向判定手段B80を備える。制御手段B60は、操舵方向判定手段B80によって操舵方向Dstrが一方向と判定された後に連続して他方向と判定され、操舵角Sa(の絶対値)が増加し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第3所定値(後述する所定値sa2)より小さいときに制動トルクを付与することができる。
【0011】
本発明に係る車両の運動制御装置は、車両のヨー角加速度dYrを取得するヨー角加速度演算手段B90を備える。ヨー角加速度dYrは、実旋回状態量取得手段B20が取得する実際の旋回状態量(ヨーレイトYra)に基づいて演算され得る。制御手段B60は、ヨー角加速度dYr(の絶対値)が第4所定値(後述する所定値dyr1,dyr2,dyr3)より大きいときに車輪の制動トルクの付与を行うことができる。
【発明の効果】
【0012】
予備制御が実行されると、アクチュエータ等の駆動音、或いは、予備制御による僅かな車両の減速によって運転者が違和を感じることがある。予備制御が必要である場合は、急速なヨーイング挙動が発生するオーバステアの場合である。そこで、操舵角速度dSaが大きく、車両安定性制御(主制御)の開始が予測されるときに、主制御の実行に用いられる状態量(第1状態量Jos)とは異なる状態量(第2状態量Kos)に基づいて急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が判定される。そのため、急速なオーバステア傾向の増大が、第2状態量Kosによって早期に判定され、予備制御の実行が素早く開始され得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置の全体構成を示す図である。
【図2】障害物を緊急的に回避するJターン操舵の操舵操作について説明するための図である。
【図3】障害物を緊急的に回避するレーンチェンジ操舵の操舵操作について説明するための図である。
【図4】本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置を備えた車両の全体構成を示す図である。
【図5】本発明の実施形態において図4に示したブレーキアクチュエータの全体構成を示す図である。
【図6】本発明の実施形態に係る車両の運動制御(車両安定性制御)の処理例を示す機能ブロック図である。
【図7】本発明の実施形態において図6に示した車両安定性制御演算の処理例を示す制御フロー図である。
【図8】本発明の実施形態において図7に示した予備制御の開始判定の処理例を示す制御フロー図である。
【図9】本発明の実施形態において図7に示した予備制御の終了判定の処理例を示す制御フロー図である。
【図10】本発明の実施形態においてJターン操舵の場合の作用・効果について説明するための図である。
【図11】本発明の実施形態においてレーンチェンジ操舵の場合の作用・効果について説明するための図である。
【図12】本発明の実施形態において実横加速度に基づいて予備制御の開始を判定するためのしきい値(第4所定値)を演算するためのマップ例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置の全体構成を示す。
【0015】
図1において、車両の運動制御装置(以下、「本装置」という)は、車両の車輪に制動トルクを与える制動手段B10と、車両に作用する実際の旋回状態量(Yra,Gya等)を取得する実旋回状態量取得手段B20と、実際の旋回状態量に基づいて第1状態量Josを演算し、この第1状態量Josに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第1識別手段B30とを備える。さらに、本装置は、車両の実旋回状態量(Yra,Gya等)に基づいて第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosを演算し、この第2状態量Kosに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第2識別手段B40と、車両の操舵角速度dSaを取得する操舵角速度取得手段B50と、制動手段B10を制御して車輪の制動トルクを制御する制御手段B60とを備える。制御手段B60は、第1識別手段B30の識別結果Fj,Josに基づいて、制動手段B10を介して車輪の制動トルクを制御し、車両の安定性を維持する車両安定性制御を実行する。また、制御手段B60は、第2識別手段B40の識別結果Fk、及び、操舵角速度dSaに基づいて、制動手段B10を制御し、車両安定性制御の応答性を向上させる制動トルクの付与を行う。ここで、制御手段B60は、操舵角速度dSa(の絶対値)が第1所定値(後述する所定値dsa1,dsa2,dsa3)より大きく、且つ、第2識別手段B40の識別結果Fkがオーバステア傾向を示すとき(Fk=1)に、車輪に制動トルクの付与を行うことができる。
【0016】
第2識別手段B40は、第1識別手段B30に比較して、相対的に速い車両のヨーイング運動を識別する。第1識別手段B30は、車両のヨーイング運動の大きさを表す状態量(例えば、横滑り角βa,横滑り角偏差Δβ)と車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)との相互関係に基づいて第1(オーバステア)状態量Josを演算するように構成されている。具体的には、第1状態量Jos1は、(車体の)横滑り角項を含む状態量とヨーレイト項を含む状態量とで構成される演算式にて演算される。併せて、第2識別手段B40は、車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)のみに基づいて第2(オーバステア)状態量Kosを演算するように構成されている。具体的には、第2状態量Kosは、ヨーレイト項を含む状態量のみ(横滑り角項を含まない)で構成される演算式にて演算される。
【0017】
予備制御が必要である場合は、急速なヨーイング挙動が発生するオーバステアの場合である。車両安定性制御の主制御では、比較的緩やかなヨーイング運動伴うオーバステア傾向を識別する必要がある。主制御に用いられる第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosに基づいて急激なヨーイング運動の変化を伴うオーバステア傾向が判定される。第2状態量Kosにより、急速なオーバステア傾向の増大が早期に判定され、予備制御の実行が素早く開始され得る。
【0018】
本装置は、車両の操舵角Saを取得する操舵角取得手段B70を備える。制御手段B60は、操舵角Sa(の絶対値)が減少し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第2所定値(後述する所定値sa1)より小さいときに制動トルクの付与を行い得る。なお、操舵角速度取得手段B50は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて操舵角速度dSaを演算することができる。
【0019】
本装置は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて、車両の操舵方向Dstrが一方向であるか、或いは、他方向(前記の一方向とは反対方向)であるかを判定する操舵方向判定手段B80を備える。制御手段B60は、操舵方向判定手段B80によって操舵方向Dstrが一方向と判定された後に連続して他方向と判定され、操舵角Sa(の絶対値)が増加し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第3所定値(後述する所定値sa2)より小さいときに制動トルクを付与することができる。
【0020】
急激なヨーイング挙動は、操舵操作が一方向から他方向に行われる場合に発生し易い。操舵角の大きさが開始条件に加えられることで、操舵操作が一方向から他方向に行われることが確実に判別され得る。
【0021】
本装置は、車両のヨー角加速度dYrを取得するヨー角加速度演算手段B90を備える。ヨー角加速度dYrは、実旋回状態量取得手段B20が取得する実際の旋回状態量(ヨーレイトYra)に基づいて演算され得る。制御手段B60は、ヨー角加速度dYr(の絶対値)が第4所定値(後述する所定値dyr1,dyr2,dyr3)より大きいときに車輪の制動トルクの付与を行うことができる。ヨー角加速度dYrはヨーイング運動の変化を表すため、ヨー角加速度dYrの条件が考慮されることで、確実な予備制御が実行され得る。
【0022】
先ず、図2及び図3を参照して、障害物を緊急的に回避する場合の操舵操作について説明する。図2は、Jターン操舵と呼ばれ、一方向(例えば、左操舵方向)に急激にステアリングホイール操作が行われる場合である。時間p0にて運転者による操舵操作が開始され、時間p2まで操舵角Sa(ステアリングホイール角θsw、或いは、操向車輪舵角δfa)が「0(操舵の中立位置であり、車両の直進に対応する)」から増加され、その後、定常値となる。このときの操舵角速度(操舵角の時間微分値)dSaは、時間p0にて「0」から立ち上がり、時間p1にて最大値となり、時間p2にて「0」に戻る。ここで、操舵操作の方向には右操舵方向と左操舵方向の場合があり、車両の旋回方向には右旋回方向と左旋回方向の場合がある。それらは一般的には正負の符号が付され、例えば左操舵方向、及び、左旋回方向が正符号として表され、右操舵方向、及び、右旋回方向が負符号として表される。しかし、値の大小関係、或いは、値の増加・減少を説明する際にその符号を考慮すると非常に煩雑となる。そのため、特に限定がない場合には、絶対値の大小関係、絶対値の増加・減少を表す。また、所定値は正の値とする。
【0023】
図3は、レーンチェンジ操舵と呼ばれ、一方向(例えば、左操舵方向)に急激にステアリングホイール操作が行われた後に、連続して一方向とは反対の他方向(例えば、右操舵方向)にステアリングホイール操作が行われるような、過渡的な操舵操作の場合である。時間q0にて運転者による操舵操作が一方向(一操舵方向)に開始される。操舵角Saは、時間q1までは「0(操舵の中立位置であり、車両の直進に対応する)」から一操舵方向に増加され、時間q1以降は、「0」に向かって戻される。さらに、連続して、時間q2にて他方向(他操舵方向)に操舵操作が開始される。操舵角Saは、時間q2からq3に亘り「0」から他操舵方向に増大され、時間q3以降は、「0」に向かって戻され、時間q4にて再び「0」となる。ここで、最初に一方向に操舵される操作を「第1操舵」、この「第1操舵」に連続して他方向に操舵される操作を「第2操舵」という。第1操舵、及び、第2操舵が行われる場合の連続した操舵操作を「過渡操舵」と呼ぶ。さらに、操舵角Saが「0(操舵中立位置)」から離れていく場合(操舵角Saの大きさ(絶対値)が増加する場合)を「切り込み」状態、操舵角Saが「0(操舵中立位置)」に近づいていく場合(操舵角Saの大きさ(絶対値)が減少する場合)を「切り戻し」状態と呼ぶ。第1操舵の切り戻し時、或いは、第2操舵の切り込み時の操舵角速度dSaが大きい場合に、車両安定性制御が実行される蓋然性が高い。一方、図3の破線で示すような、第1操舵が行われた後に第2操舵が行われない場合(即ち、過渡操舵が行われない場合)には、同等の操舵角速度であっても、車両安定性制御が必要となる可能性は低い。
【0024】
図4は、本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置(以下、「本装置」という)を備えた車両の全体構成を示す図である。なお、各種記号等の末尾に付された添字「**」は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであるかを示し、「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示す。
【0025】
本装置は、車輪速度Vw**を検出する車輪速度センサWS**と、ステアリングホイールSWの(車両の直進走行に対応する操舵装置の中立位置「0」からの)回転角度θswを検出するステアリングホイール角センサSAと、操向車輪(前輪)の操舵角δfaを検出する前輪舵角センサSBと、運転者がステアリングホイールSWを操作する際のトルクTswを検出する操舵トルクセンサSTと、車両に作用する実際のヨーレイトYraを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向における前後加速度Gxaを検出する前後加速度センサGXと、車体横方向における実際の横加速度Gyaを検出する横加速度センサGYと、ホイールシリンダWC**の制動液圧Pw**を検出するホイールシリンダ圧力センサPW**と、エンジンEGの回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサNEと、運転者の加速操作部材(アクセルペダル)APの操作量Asを検出する加速操作量センサASと、運転者の制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作量Bsを検出する制動操作量センサBSと、変速操作部材SFのシフト位置Hsを検出するシフト位置センサHSと、エンジンのスロットル弁の開度Tsを検出するスロットル位置センサTSとを備えている。
【0026】
また、本装置は、制動液圧を制御するブレーキアクチュエータBRKと、スロットル弁を制御するスロットルアクチュエータTHと、燃料の噴射を制御する燃料噴射アクチュエータFIと、変速を制御する自動変速機ATとを備えている。
【0027】
加えて、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。電子制御ユニットECUは、相互に通信バスCBで接続された、複数の独立した電子制御ユニットECU(ECUb,ECUs,ECUe,ECUa)から構成されたマイクロコンピュータである。電子制御ユニットECUは、上述の各種アクチュエータ(BRK等)、及び上述の各種センサ(WS**等)と電気的に接続されている。電子制御ユニットECU内の各系の電子制御ユニット(ECUb等)は、専用の制御プログラムをそれぞれ実行する。各種センサの信号(センサ値)、及び、各電子制御ユニット(ECUb等)内で演算される信号(内部演算値)は、通信バスCBを介して共有される。
【0028】
具体的には、ブレーキ電子制御ユニットECUbは、車輪速度センサWS**、ヨーレイトセンサYR、横加速度センサGY等からの信号に基づいて、アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)等のスリップ抑制制御(制・駆動力制御)を実行する。また、車輪速度センサWS**によって検出された各車輪の車輪速度Vw**に基づいて、周知の方法によって、車両の速度Vxを演算する。操舵電子制御ユニットECUsは、操舵トルクセンサST等からの信号に基づいて、周知の電動パワーステアリング制御を実行する。エンジン電子制御ユニットECUeは、加速操作量センサAS等からの信号に基づいて、スロットルアクチュエータTH、燃料噴射アクチュエータFIの制御を実行する。トランスミッション電子制御ユニットECUaは、自動変速機ATの変速比の制御を実行する。
【0029】
ブレーキアクチュエータBRKは、複数の電磁弁(液圧調整弁)、液圧ポンプ、電気モータ等を備えた周知の構成を有している。ブレーキ制御の非実行時では、ブレーキアクチュエータBRKは、運転者による制動操作部材BPの操作に応じた制動液圧を各車輪のホイールシリンダWC**にそれぞれ供給し、各車輪に対して制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作に応じた制動トルクをそれぞれ与える。アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)、或いは、車両のアンダステア、オーバステアを抑制する車両安定性制御(ESC制御)等のブレーキ制御の実行時には、ブレーキアクチュエータBRKは、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダWC**内の制動液圧を車輪WH**毎に制御し、制動トルクを車輪毎に調整できる。
【0030】
さらに、制動手段として、各車輪には、周知のホイールシリンダWC**、ブレーキキャリパBC**、ブレーキパッドPD**、及び、ブレーキロータRT**が備えられる。ブレーキキャリパBC**に設けられたホイールシリンダWC**に制動液圧が与えられることにより、ブレーキパッドPD**がブレーキロータRT**に押付けられ、その摩擦力によって制動トルクが与えられる。なお、制動トルクの制御は、制動液圧によるものに限らず、電気ブレーキ装置を利用して行うことも可能である。
【0031】
図5は、ブレーキアクチュエータBRKの全体構成を示す図である。運転者が制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPを踏み込むと、倍力装置VBにて踏力が倍力され、マスタシリンダMCに設けられたマスタピストンが押される。これにより、マスタピストンによって区画される第1室と第2室とに同じ圧力のマスタシリンダ圧Pmcが発生する。マスタシリンダ圧Pmcは、ブレーキアクチュエータBRKを通じて各車輪WH**のホイールシリンダWC**に与えられる。
【0032】
ブレーキアクチュエータBRKは、マスタシリンダMCの第1室に接続される第1配管系統HP1と、マスタシリンダMCの第2室に接続される第2配管系統HP2とを有している。第1配管系統HP1は、左前輪WHflと右後輪WHrrに加えられる制動液圧を制御する。第2配管系統HP2は、右前輪WHfrと左後輪WHrlに加えられる制動液圧を制御する。第1配管系統HP1と第2配管系統HP2とは、同様の構成であるため、以下では第1配管系統HP1についてのみ説明し、第2配管系統HP2についての説明は省略される。図5に示す構成は、ダイアゴナル配管の構成であるが、ブレーキの配管構成は、前後配管でもよい。
【0033】
第1配管系統HP1は、制動液圧(ホイールシリンダ内の液圧)Pwfl,Pwrrを発生させる管路LAを備える。この管路LAには、連通状態と差圧状態に制御できる第1差圧制御弁SS1が備えられる。そして、マスタシリンダ圧Pmcが、左前輪WHflに備えられたホイールシリンダWCfl、及び、右後輪WHrrに備えられたホイールシリンダWCrrに伝達される。運転者がブレーキペダルBPの操作を行う通常ブレーキ時(ブレーキ制御が実行されていないとき)には、この第1差圧制御弁SS1は連通状態となるように弁位置が開状態に調整される。第1差圧制御弁SS1に通電されると、弁位置が閉状態に調整され、第1差圧制御弁SS1が差圧状態とされる。
【0034】
管路LAは、第1差圧制御弁SS1よりもホイールシリンダWCfl,WCrrの側において、2つの管路LAfl,LArrに分岐する。管路LAflにはホイールシリンダWCflへの制動液圧の増圧を制御する第1増圧制御弁SZflが備えられる。管路LArrにはホイールシリンダWCrrへの制動液圧の増圧を制御する第2増圧制御弁SZrrが備えられる。第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrrは、連通・遮断状態を制御できる2位置の電磁弁により構成される。第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrrは、供給される電流が「0」のとき(非通電時)には連通状態(開状態)となり、電流が流されるとき(通電時)に遮断状態(閉状態)に制御される。第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrrは、所謂ノーマルオープン型である。
【0035】
管路LBは、第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrr、及び、ホイールシリンダWCfl,WCrrの間と調圧リザーバR1とを結ぶ減圧用の管路である。管路LBには、連通・遮断状態を制御できる2位置の電磁弁により構成される第1減圧制御弁SGflと第2減圧制御弁SGrrとが設けられる。第1、及び、第2減圧制御弁SGfl,SGrrは、非通電時には閉状態となり、通電時には開状態となる。これらは、所謂ノーマルクローズ型である。
【0036】
調圧リザーバR1と管路LAとの間には、管路LCが配設される。管路LCには、液圧ポンプOP1が設けられる。液圧ポンプOP1によって、ブレーキ液が調圧リザーバR1からを吸入され、マスタシリンダMC、或いは、ホイールシリンダWCfl,WCrrに向けて吐出される。液圧ポンプOP1は、電気モータMTによって駆動される。調圧リザーバR1とマスタシリンダMCの間には管路LDが設けられている。車両安定性制御やトラクション制御等の自動加圧が行われるとき、液圧ポンプOP1によってブレーキ液が管路LDを通してマスタシリンダMCから吸入され、管路LAfl,LArrに吐出される。これにより、ブレーキ液がホイールシリンダWCfl,WCrrに供給され、対象となる車輪のホイールシリンダWC**の制動液圧が増大され、制動トルクが与えられる。
【0037】
予備制御が実行されると、電気モータMTが駆動され、ブレーキ液が液圧ポンプOP1によってマスタシリンダMCから吸入され、ホイールシリンダWC**に吐出される。これにより、ブレーキパッドPD**とブレーキロータRT**との隙間(パッド隙間ともいう)が詰められ、さらにはホイールシリンダWC**に予備的な制動液圧(予圧ともいう)が付与される。
【0038】
図6は、本実施形態における車両の運動制御(車両安定性制御)の処理例を示す機能ブロック図である。車両安定性制御は、主制御と予備制御で構成される。主制御は、車両のアンダステア傾向、及び/又は、オーバステア傾向を抑制する制御である。予備制御は、主制御を補助するためのものであり、主制御の事前に作動し応答性を補償する。なお、図1の「手段」と同じ番号をもつ機能ブロックは、該手段と同様の機能を有する。
【0039】
目標旋回状態量演算ブロックB15では、周知の方法を用いて、目標とする車両の旋回状態量(目標旋回状態量)Jrtが演算される。ここで、旋回状態量は、車両の旋回状態を表す状態量であり、ヨーレイト、車体横滑り角(単に横滑り角ともいう)、及び、車体横滑り角速度(単に横滑り角速度ともいう)のうちの少なくとも1つを用いて演算される値である。目標旋回状態量Jrtとして、車速Vx、及び、ステアリングホイール角θsw(或いは、前輪舵角δfa)に基づいて目標ヨーレイトYrtが演算される。ステアリングホイール角θsw(或いは、前輪舵角δfa)に基づいて目標横滑り角(目標とする車体の横滑り角)βtが演算される。
【0040】
実旋回状態量取得ブロックB20では、通信バスCBを介して得られるセンサ値、及び/又は、他の電子制御ユニットの内部演算値に基づいて、車両に実際に作用している旋回状態量Jraが取得される。例えば、実旋回状態量Jraとして、ヨーレイトセンサYRで検出される車両に作用する実際のヨーレイトYra、横加速度センサGYで検出される実際の横加速度Gyaが取得される。目標旋回状態量Jrtと実旋回状態量Jraとは、夫々が対応している。
【0041】
オーバステア識別演算ブロックB35では、目標旋回状態量Jrt、及び、実旋回状態量Jraに基づいて、車両のオーバステアの程度を表すオーバステア状態量Jos、及び、車両がオーバステア傾向にあるか否かを表す制御フラグFj,Fkが演算される。制御フラグFjは、第1状態量Josによる車両のオーバステア傾向の判別結果を表す。「Fj=0」は「車両はオーバステア傾向にない(非オーバステア状態ともいう)」ことを示し、「Fj=1」は「車両はオーバステア傾向にある(オーバステア状態ともいう)」ことを示す。同様に、制御フラグFkは、第2状態量Kosによる車両のオーバステア傾向の判別結果を表す。「Fk=0」は「車両はオーバステア傾向にない(非オーバステア状態ともいう)」ことを示し、「Fk=1」は「車両はオーバステア傾向にある(オーバステア状態ともいう)」ことを示す。オーバステア識別演算ブロックB35は、第1状態量Josを利用する第1識別演算ブロックB30と、第2状態量Kosを利用する第2識別演算ブロックB40とで構成される。
【0042】
先ず、第1オーバステア識別演算ブロックB30について説明する。第1オーバステア識別演算ブロックB30では、旋回状態量として、ヨーイング運動の大きさを表す状態量とヨーイング運動の速さを表す状態量との相互関係に基づいて演算される第1状態量Josが用いられる。第1状態量Josは、後述する車両安定性制御の主制御における制御量演算(主制御の制動トルク目標値の演算)にも用いられる。
【0043】
摩擦係数が低い路面においては、徐々にヨーイング運動が増大するような場合がある。このような状況に対しても車両安定性制御が適切に行われるように、主制御でのオーバステア傾向の判定等では、ヨーイング運動の速さだけではなく、ヨーイング運動の大きさも考慮して第1状態量Josが演算される。ここで、「ヨーイング運動の大きさを表す状態量」とは、車両の実際の(車体)横滑り角βaを含む状態量である。したがって、後述する横滑り角偏差Δβ、或いは、実横滑り角βaそのものが「ヨーイング運動の大きさを表す状態量」に相当する。また、「ヨーイング運動の速さを表す状態量」とは、車両の実際のヨーレイトYraを含む状態量である。したがって、後述するヨーレイト偏差ΔYr、或いは、横滑り角速度dβa(=Yra−Gya/Vx,ここで、Gyaは実横加速度、Vxは車両速度)が、「ヨーイング運動の速さを表す状態量」に相当する。
【0044】
第1状態量演算ブロックB31にて、実旋回状態量Jraと目標旋回状態量Jrtとが比較され、第1状態量Josが演算される。実横滑り角βaと目標横滑り角βtとの偏差(横滑り角偏差という)Δβ(=βa−βt)、及び、実ヨーレイトYraと目標ヨーレイトYrtとの偏差(ヨーレイト偏差という)ΔYr(=Yra−Yrt)との相互関係に基づいて、第1状態量Jos(=K1・Δβ+K2・ΔYr,ここでK1,K2は係数)が演算される。上記のヨーレイト偏差ΔYrに代えて、横滑り角速度dβaが用いられ得る。横滑り角の目標値βtを定数(例えば、目標値を「0」)とすることができるため、横滑り角偏差Δβに代えて、実横滑り角βaそのものが用いられ得る。第1状態量Josは、ヨーイング運動の大きさを表す状態量Δβ,βaとヨーイング運動の速さを表す状態量ΔYr,dβaとの相互関係に基づいて演算される。即ち、第1状態量Josは、横滑り角項を含む状態量Δβ,βaとヨーレイト項を含む状態量ΔYr,dβaとの両方で構成される演算式に基づいて演算される。なお、第1状態量Josが実横滑り角βaと横滑り角速度dβaとの相互関係で演算される場合には、目標旋回状態量Jrt(目標旋回状態量演算ブロックB15)が省略され得る。
【0045】
第1判定演算ブロックB32にて、第1状態量(第1オーバステア状態量)Josに基づいて、車両のオーバステア傾向の判定が行われる。第1状態量Josが所定値jos1よりも大きいときに、車両はオーバステア傾向を呈している(オーバステア状態という)と判定される。第1状態量Josが所定値jos1以下であるときは、車両はアンダステア、或いは、ニュートラルステアであり、オーバステア傾向を示していない(非オーバステア状態という)と判定される。そして、車両がオーバステア状態のとき(Jos>jos1)には、第1制御フラグ(第1状態量に基づくオーバステア傾向の判定結果)Fjとして「1」が出力される。一方、車両が非オーバステア状態のとき(Jos≦jos1)には、第1制御フラグFjとして「0」が出力される。第1制御フラグFjに併せて、第1判定演算ブロックB32からは、第1状態量Josが車両安定性制御演算ブロックB65に出力される。
【0046】
次に、第2オーバステア識別演算ブロックB40について説明する。第2オーバステア識別演算ブロックB40では、旋回状態量として、ヨーイング運動の速さを表す状態量に基づいて演算される第2状態量Kosが用いられる。第2状態量演算ブロックB41にて演算される第2状態量Kosは、予備制御のためのオーバステア傾向の判定に用いられる。予備制御は急激なヨーイング挙動を伴うオーバステア傾向が発生するときのみに必要である。そのため、第2状態量Kosはヨーイング運動の速さを表す状態量のみに基づいて演算される。第2状態量Kosとしてヨーレイト偏差ΔYr(=Yra−Yrt)が用いられる。また、第2状態量Kosとして横滑り角速度dβa(=Yra−Gya/Vx)が用いられ得る。即ち、横滑り角項が含まれず、ヨーレイト項のみが含まれる演算式(状態量ΔYr,dβa)に基づいて、第2状態量Kosは演算される。
【0047】
第2判定演算ブロックB42にて、第2状態量(第2オーバステア状態量)Kosに基づいて、車両の急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が判定される。第2状態量Kosが所定値kos1よりも大きいときに、オーバステア状態と判定される。第2状態量Kosが所定値kos1以下のときに、非オーバステア状態と判別される。そして、車両がオーバステア状態のとき(Kos>kos1)には、第2制御フラグ(第2状態量に基づくオーバステア傾向の判定結果)Fkとして「1」が出力される。一方、車両が非オーバステア状態のとき(Kos≦kos1)には、第2制御フラグFkとして「0」が出力される。
【0048】
ヨー角速度演算ブロックB90では、実旋回状態量取得ブロックB20にて取得された実ヨーレイトYraが時間微分されて、ヨー角加速度dYrが演算される。ヨー角加速度dYrは、センサ、及び/又は、他の電子制御ユニットから、通信バスCBを介して、直接取得し得る。ヨー角加速度dYr、及び、実旋回状態量取得ブロックB20にて取得された実横加速度Gyaが、車両安定性制御演算ブロックB65(予備制御演算ブロックB60)に入力される。
【0049】
操舵角取得ブロックB70では、通信バスCBを介して得られるセンサ信号、及び/又は、他の電子制御ユニットの内部演算値に基づいて、操舵角Saが取得される。操舵角Saは、ステアリングホイール角θsw、及び、操向車輪(前輪)の舵角δfaのうちの少なくとも1つに基づいて決定される。操舵角速度演算ブロックB50では、操舵角Saが時間微分されて操舵角速度dSaが演算される。操舵角速度dSaは、ステアリングホイール角速度dθsw、及び、操向車輪舵角速度dδfaのうちの少なくとも1つに基づいて決定される。操舵角速度dSaは、センサ、及び/又は、他の電子制御ユニットから、通信バスCBを介して、直接取得し得る。操舵方向判定演算ブロックB80では、操舵角Saに基づいて、操舵方向Dstrが演算される。操舵方向Dstrとして、直進方向、左操舵方向、及び、右操舵方向のうちの何れか1つが決定される。操舵角Sa、操舵角速度dSa、及び、操舵方向Dstrは、車両安定性制御演算ブロックB65(予備制御演算ブロックB60)に入力される。
【0050】
車両安定性制御演算ブロックB65では、上記の状態量(Jos等)に基づいて、車両の安定性を維持するため車輪に与えられる制動トルクの目標値Pwt**が演算される。車両安定性制御演算ブロックB65は、主制御演算ブロックB61、予備制御演算ブロックB60、及び、調整演算ブロックB62で構成される。主制御演算ブロックB61では、第1(オーバステア)状態量Josに基づいて、車両を安定化(特に、車両のオーバステア傾向の抑制)するための基礎となる各車輪の制動トルクの目標値(主制御目標値という)Qmt**が演算される。予備制御演算ブロックB60では、ブレーキアクチュエータBRKの応答性を補償する予備的な制動トルクの目標値(予備制御目標値という)Qpt**が演算される。調整演算ブロックB62では、主制御目標値Qmt**と、予備制御目標値Qpt**とが調整され、最終的な制動トルクの目標値(最終目標値という)Pwt**が演算される。さらに、車両安定性制御演算ブロックB65には、車速Vx、及び、制動操作量Bsが入力される。
【0051】
主制御演算ブロックB61では、第1オーバステア状態量(第1状態量)Josに基づいて、車両安定性制御(オーバステア抑制制御)のメインとなる主制御目標値Qmt**が、予め設定された演算マップを用いて演算される。この演算マップは、第1状態量Josが所定値jos1(しきい値)未満の場合には主制御目標値Qmt**が「0」にされ、オーバステア状態量Josが所定値jos1以上の場合には第1状態量Josの増加に従い主制御目標値Qmt**が「0」から増大される特性として設定される。所定値jos1は、車両安定性制御の主制御の開始判定条件(第1状態量に基づいてオーバステア状態を判定し、制動トルク付与を開始する条件)である。主制御目標値Qmt**は、予備制御演算ブロックB60に入力され得る。
【0052】
予備制御演算ブロックB60では、主制御による制動トルク付与の開始を早めることによってブレーキアクチュエータBRKの応答性を補償するため、予備制御目標値Qpt**が演算される。予備制御演算ブロックB60には、制御フラグFj,Fk、ヨー角加速度dYr、実横加速度Gya、操舵角Sa、操舵角速度dSa、操舵方向Dstrが入力される。予備制御演算ブロックB60には、開始判定演算ブロックと終了判定演算ブロックとが含まれる。予備制御の詳細は後述する。
【0053】
調整演算ブロックB62では、主制御目標値Qmt**と、予備制御目標値Qpt**とに基づいて最終目標値Pwt**が演算される。具体的には、目標値Qmt**、及び、目標値Qpt**のうちで値の大きい方が選択されて、最終目標値Pwt**が演算される。または、目標値Qmt**に目標値Qpt**が加算されて最終目標値Pwt**が演算され得る。目標値Qmt**,Qpt**,Pwt**は、車輪制動力、制動トルク、制動液圧、前後スリップ、車輪速度、及び、ブレーキパッドの推力の何れかの値として演算され得る。
【0054】
制動トルク調整手段(制動手段に相当)B10では、制動トルクの最終目標値Pwt**に基づいて、ブレーキアクチュエータBRKの駆動手段(例えば、液圧ポンプ駆動用の電気モータ、ソレノイドバルブの駆動手段)が制御される。車輪に目標値Pwt**に対応する制動トルクの実際値Pwa**を検出するセンサ(例えば、圧力センサPW**)を設けることで、目標値Pwt**と実際値Pwa**とに基づいて、実際値Pwa**が目標値Pwt**に一致するように駆動手段を制御することができる。
【0055】
図7を用いて、図6の予備制御演算ブロックB60について説明する。
【0056】
先ず、ステップS110にて、第1オーバステア識別演算ブロックの演算結果(第1識別演算結果)として、第1制御フラグFj、及び、第1状態量Josが読み込まれる。このとき、主制御の制御状態Qmt**が読み込まれ得る。主制御が既に開始されているか否か、開始されている場合には、どの車輪に対してどの程度の制動トルクが付与されているか等の情報が読み込まれ得る。
【0057】
ステップS120にて、第2オーバステア識別演算ブロックの演算結果(第2識別演算結果)として、第2制御フラグFkが読み込まれる。ステップS130にて、車速Vx、制動操作量Bs、及び、(実際の)横加速度Gyaが読み込まれる。ステップS140にて、操舵角Sa(ステアリングホイール操作角θsw、或いは、前輪舵角δfa)、操舵角速度dSa(ステアリングホイール操作角速度dθsw、或いは、前輪舵角速度dδfa)、及び、ヨー角加速度dYrが読み込まれる。ステップS150にて、操舵角Saに基づいて操舵方向Dstrが演算される。例えば、操舵角Saの符号に基づいて操舵方向が判定される。操舵角Saの符号が正符号(+)の場合には、左操舵方向(車両の左旋回に対応する)が判定され、操舵角Saの符号が負符号(−)の場合には、右操舵方向(車両の右旋回に対応する)が判定される。
【0058】
判定ステップS160,S170,S180にて、車両安定性制御の主制御の開始、及び/又は、終了が判定される。ステップS160にて、現時点で主制御が実行中であるかが判定される。主制御が非実行であり、ステップS160にて否定判定(No)がなされると、演算処理はステップS170に進む。ステップS170においては、主制御の開始条件が満足されているかが判定される。主制御の開始は、第1状態量Josが所定値jos1を超えていることで判定される。ステップS170において、主制御の開始が肯定される(Yes)と、演算処理はステップS190に進み、主制御が開始される。ここで、予備制御が実行されている場合には、予備制御の実行を終了して主制御が開始される。主制御では、予め設定された演算マップ(図6の主制御演算ブロックB61を参照)が主制御目標値Qmt**として出力される。一方、ステップS170にて、主制御の開始が否定される(No)と主制御は開始されず、ステップS200に進む。
【0059】
主制御が実行中であり、ステップS160にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS180に進む。ステップS180においては、主制御の終了条件が満足されているかが判定される。主制御の終了は、第1状態量Josが所定値jos1以下でとなることで判定される。ステップS180において、主制御の終了が肯定される(Yes)と、ステップS240にて主制御が終了され、主制御目標値Qmt**が「0」に戻される。一方、ステップS180において、主制御の終了が否定される(No)と、演算処理はステップS190に進み、主制御は継続される。
【0060】
次に、判定ステップS200,S210,S220にて、予備制御の開始、及び/又は、終了が判定される。ステップS200にて、現時点で予備制御が実行中であるかが判定される。予備制御が非実行であり、ステップS200にて否定判定(No)がなされると、演算処理はステップS210に進む。ステップS210においては、予備制御の開始条件が満足されているかが判定される。予備制御の開始条件については後述する。ステップS210において、予備制御の開始が肯定される(Yes)と、演算処理はステップS230に進み、予備制御が開始される。予備制御では、予め設定された所定値が予備制御目標値Qpt**として出力される。予備制御が実行されると、例えば、パッド隙間が詰められ、予備的な制動トルクが発生する。これにより、ブレーキアクチュエータBRKの応答性が補償される。一方、ステップS210にて、予備制御の開始が否定される(No)と予備制御は開始されない。
【0061】
予備制御が実行中であり、ステップS200にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS220に進む。ステップS220においては、予備制御の終了条件が満足されているかが判定される。予備制御の終了条件については後述する。ステップS220において、予備制御の終了が肯定される(Yes)と、ステップS250にて予備制御が終了され、予備制御目標値Qpt**が「0」に戻される。一方、ステップS220において、予備制御の終了が否定される(No)と、演算処理はステップS230に進み、予備制御は継続される。
【0062】
図8を用いて、図7の予備制御の開始判定ステップS210(図6の予備制御演算ブロックB60の開始判定演算ブロックに対応する)について説明する。予備制御の開始判定は各車輪毎に行われる。なお、上述と同様に、値の大小関係、或いは、値の増加と減少を説明する際に、正負の符号で表される操舵方向、及び、旋回方向を考慮すると非常に煩雑となるため、特に限定がない場合には、絶対値の大小関係、及び、絶対値の増加と減少を表し、所定値は正符号(+)の値とする。
【0063】
ステップS310において、読み込まれた第2制御フラグFkに基づいて、車両が急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向にあるかが判定される。また、ヨーイング運動の速さを表す状態量に基づいて演算される第2状態量Kosが読み込まれて、これが所定値kos1よりも大きいかが判定され得る。車両が急激なオーバステア状態にはないと判定された場合(ステップS310にて否定判定(No)された場合)には、予備制御は不要であるため、予備制御は開始されない。ステップS310にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS320に進む。
【0064】
ステップS320にて、車速Vxが所定値v1より大きいかが判定される。車速Vxが所定値v1以下であり、ステップS320にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。車速が低い場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。車速Vxが所定値v1より大きく、ステップS320にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS330に進む。
【0065】
ステップS330にて、運転者が制動操作を行っていないことが判定される。この判定は、制動操作量Bsと所定値bs1との比較結果に基づいて行われる。制動操作量Bsが所定値bs1以上であり、制動操作部材BPが操作されている場合、ステップS330にて否定判定(No)が行われ、予備制御は開始されない。運転者の制動操作中には既に車輪に制動トルクが発生しており、予備制御は不要である。Bs<bs1であり、ステップS330にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS340に進む。
【0066】
ステップS340にて、実横加速度Gyaの大きさ(絶対値)が所定値gy1より大きいかが判定される。実横加速度Gyaが所定値gy1以下であり、ステップS340にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。実横加速度が低い場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。実横加速度Gyaの大きさ(絶対値)が所定値gy1より大きく、ステップS340にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS350に進む。
【0067】
ステップS350にて、現時点の操舵操作が「第2操舵」であるかが判定される。「第2操舵」とは、操舵操作が一方向に行われた直後に連続して他方向(前記の一方向とは反対の方向)に行われる操舵操作である。「第2操舵」であるか否かの判定は、操舵方向Dstrに基づいて行われる。操舵操作が第2操舵であり、ステップS350にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS430に進む。ステップS350にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS360に進む。
【0068】
ステップS360にて、現時点の操舵操作が「切り込み」操舵であるかが判定される。「切り込み」操舵とは、ステアリング装置の中立位置から遠ざかる方向に行われる操舵操作である。切り込み操舵であるか否かの判定は、操舵角Saに基づいて行われる。切り込み操舵の場合、操舵角Saの大きさ(絶対値)が増加する。操舵操作が「切り戻し」操舵(ステアリング装置の中立位置に近づく方向に行われる操舵操作であり、操舵角Saの大きさ(絶対値)が減少する)であり、ステップS360にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS400に進む。操舵操作が「切り込み操舵」であり、ステップS360にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS370に進む。
【0069】
ステップS370にて、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa1より大きいかが判定される。操舵角速度dSaが所定値dsa1以下であり、ステップS370にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。操舵角速度dSaが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa1より大きく、ステップS370にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS380に進む。
【0070】
ステップS380にて、ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr1より大きいかが判定される。ヨー角加速度dYrが所定値dyr1以下であり、ステップS380にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ヨー角加速度dYrが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生していない。ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr1より大きく、ステップS380にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS390に進み、予備制御が開始される。ステップS390では、予め設定された所定値pre1が予備制御目標値Qpt**として出力される。
【0071】
操舵操作が第1操舵の切り戻し状態である場合(操舵角Saに基づいて操舵角Saの大きさが減少する場合)には、演算処理はステップS360からステップS400に進む。
【0072】
ステップS400にて、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa2より大きいかが判定される。操舵角速度dSaが所定値dsa2以下であり、ステップS400にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。操舵角速度dSaが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa2より大きく、ステップS400にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS410に進む。
【0073】
ステップS410にて、ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr2より大きいかが判定される。ヨー角加速度dYrが所定値dyr2以下であり、ステップS410にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ヨー角加速度dYrが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生していない。ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr2より大きく、ステップS410にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS420に進む。
【0074】
ステップS420にて、操舵角Saの大きさ(絶対値)が所定値sa1より小さいかが判定される。操舵角Saが所定値sa1以上であり、ステップS420にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ステップS420にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS390に進み、予備制御が開始される。ステップS390では、予め設定された所定値pre2が予備制御目標値Qpt**として出力される。
【0075】
操舵操作が第2操舵である場合(操舵方向Dstrに基づいて、操舵方向が連続して一方向から他方向に変化する場合)には、演算処理はステップS350からステップS430に進む。
【0076】
ステップS430にて、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa3より大きいかが判定される。操舵角速度dSaが所定値dsa3以下であり、ステップS430にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。操舵角速度dSaが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa3より大きく、ステップS430にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS440に進む。
【0077】
ステップS440にて、ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr3より大きいかが判定される。ヨー角加速度dYrが所定値dyr3以下であり、ステップS440にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ヨー角加速度dYrが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生していない。ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr3より大きく、ステップS440にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS450に進む。
【0078】
ステップS450にて、操舵角Saの大きさ(絶対値)が所定値sa2より小さいかが判定される。操舵角Saが所定値sa2以上であり、ステップS450にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ステップS450にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS390に進み、予備制御が開始される。ステップS390では、予め設定された所定値pre3が予備制御目標値Qpt**として出力される。
【0079】
上記の所定値(正の値)v1,bs1,gy1,dsa1,dsa2,dsa3,dyr1,dyr2,dyr3,sa1,sa2は予備制御の開始を判定するためのしきい値(予備制御の開始判定しきい値)である。所定値dsa1,dsa2,dsa3が第1所定値、所定値sa1が第2所定値、所定値sa2が第3所定値、所定値dyr1,dyr2,dyr3が第4所定値に、それぞれ相当する。上記の判定ブロックは、それらの全てを備える必要はなく、それらのうちの何れか1つ以上を省略することができる。
【0080】
図9を用いて、図7の予備制御の終了判定ステップS220(図6の予備制御演算ブロックB60の終了判定演算ブロックに対応する)について説明する。予備制御の終了判定は各車輪毎に行われる。
【0081】
ステップS510にて、予備制御が開始され継続されている時間(継続時間Tpc)がカウントされる。ステップS520にて、車速Vxが所定値v2(<v1)未満であるかが判定される。車速Vxが所定値v2未満であり、ステップS520にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS580に進む。ステップS580にて、予備制御は終了され、予備制御目標値Qpt**が「0」にされる。車速が低下すれば、急激なヨーイング挙動は発生しないためである。車速Vxが所定値v2以上であり、ステップS520にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS530に進む。
【0082】
ステップS530において、制動操作量Bsに基づいて、予備制御開始後に運転者が制動操作を開始したかが判定される。運転者の制動操作が開始され、Bs>bs2(>bs1)となり、ステップS530にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS580に進む。制動操作量Bsが所定値bs2以下であり、ステップS530にて否定判定(No)がなされると、演算処理はステップS540に進む。
【0083】
ステップS540にて、操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa4(<dsa1,dsa2,dsa3)未満であるかが判定される。操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa4未満であり、ステップS540にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS580に進む。ステップS580にて、予備制御は終了される。操舵角速度が小さくなれば、急激なヨーイング挙動は発生しないためである。操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa4以上であり、ステップS540にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS550に進む。
【0084】
ステップS550にて、ヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr4(<dyr1,dyr2,dyr3)未満であるかが判定される。ヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr4未満であり、既に急激なヨーイング挙動は発生していない場合には、ステップS550にて肯定判定(Yes)がなされ、演算処理はステップS580に進む。ヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr4以上であり、ステップS550にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS560に進む。
【0085】
ステップS560にて、実横加速度Gyaの大きさが所定値gy2(<gy1)未満であるかが判定される。実横加速度Gyaの大きさが所定値gy2未満であり、ステップS560にて肯定判定(Yes)がなされ、演算処理はステップS580に進む。実横加速度Gyaの大きさが所定値gy2以上であり、ステップS560にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS570に進む。
【0086】
ステップS570にて、予備制御の継続時間Tpcが所定値tkz1より大きいかが判定される。継続時間Tpcが所定値tkz1より大きく、ステップS570にて肯定判定(Yes)がなされ、演算処理はステップS580に進み、予備制御は終了される。急激な操舵操作が行われてから所定時間を経過した後には、車両安定性制御が開始されることはなく、予備制御が必要とされない。継続時間Tpcが所定値tkz1以下であり、ステップS570にて否定判定(No)が行われると、予備制御は継続される。
【0087】
上記の所定値(正の値)v2,bs2,gy2,dsa4,dyr4,tkz1は予備制御の終了を判定するためのしきい値(予備制御の終了判定しきい値)である。上記の判定ブロックは、それらの全てを備える必要はなく、それらのうちの何れか1つ以上を省略することができる。
【0088】
図10及び図11を参照しながら、上述した本発明の実施形態の作用・効果について説明する。予備制御が実行されると、アクチュエータ等の駆動音、或いは、予備制御による僅かな車両の減速によって運転者が違和を感じることがある。予備制御が必要である場合は、急速なヨーイング挙動が発生するオーバステアの場合である。そこで、操舵角速度dSaが大きく、車両安定性制御(主制御)の開始が予測されるときに、主制御の実行に用いられる状態量(第1状態量Jos)とは異なる状態量(第2状態量Kos)に基づいて急激なヨーイング運動の変化を伴うオーバステア傾向が判定される。第1状態量Josは、ヨーイング運動の大きさを表す状態量(車両の実際の(車体)横滑り角βaを含む状態量であり、横滑り角偏差Δβ、及び、実横滑り角βaのうちの少なくとも何れか1つに基づいて演算される値)とヨーイング運動の速さを表す状態量(実際のヨーレイトYraを含む状態量であり、ヨーレイト偏差ΔYr、及び、横滑り角速度dβaのうちの少なくとも何れか1つに基づいて演算される値)との相互関係に基づいて演算される。したがって、第1状態量Josの演算には、横滑り角項が含まれ、比較的緩やかなオーバステア傾向も識別され得る。一方、第2状態量Kosは、ヨーイング運動の速さを表す状態量に基づいて演算される。そのため、第2状態量Kosの演算には、横滑り角項が含まれずヨーレイト項のみが含まれるので、第1状態量Josによる識別よりも相対的に速いヨーイング挙動のオーバステア傾向が識別され得る。第2状態量Kosにより、急速なオーバステア傾向の増大が早期に判定され、予備制御の実行が素早く開始され得る。なお、所定値dsa1,dsa2,dsa3が第1所定値、所定値sa1が第2所定値、所定値sa2が第3所定値、所定値dyr1,dyr2,dyr3が第4所定値に、それぞれ相当する。
【0089】
先ず、図10を参照して、Jターン操舵の場合についての作用・効果を説明する。時間u0にて、一方向(左方向)に急な操舵操作が開始され、操舵角Saが急激に増加される。操舵角速度dSaが取得され、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa1と比較される。操舵角速度dSaは操舵角Saに基づいて演算され得る。そして、この比較結果を表す制御フラグFdsaが設けられ得る。制御フラグFdsaとして、操舵角速度dSaが所定値dsa1以下の条件では「0」が出力され、操舵角速度dSaが所定値dsa1より大きい場合に「1」が出力される。時間u1にて、dSa>dsa1の条件が満足される。
【0090】
第2状態量Kosと所定値kos1とが比較され、比較結果である第2制御フラグFkが出力される。第2制御フラグFkとして、第2状態量Kosが所定値kos1以下の条件では「0」が出力され、第2状態量Kosが所定値kos1より大きい場合に「1」が出力される。時間u2にて、Kos>kos1の条件が満足され、急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が識別される。dSa>dsa1(Fdsa=1)、且つ、Kos>kos1(Fk=1)の条件が満足されたとき(時間u2)、予備制御が開始される。旋回の外側前輪に対して、予備制御の目標値Qptfr(=最終目標値Pwtfr=所定値pre1)が出力され、実際の制動トルクPwafrが増加される。
【0091】
時間u4にて、第1状態量Josに基づく車両安定性制御の主制御が開始される。主制御は緩やかなオーバステア傾向にも対応する必要があるが、予備制御は速いヨーイング運動を伴うオーバステア傾向にのみ対応できれば十分である。そのため、第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosに基づいて、速いヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が識別されることで早期に予備制御が開始され得る。
【0092】
ヨー角加速度dYrが取得され、操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr1と比較され得る。「操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさ」とは、操舵角速度dSaとヨー角加速度dYrとの符号が一致しているときのヨー角加速度dYrの絶対値を意味する。ここで、ヨー角加速度dYrはヨーレイトYraに基づいて演算され得る。この比較結果を表す制御フラグFdyrが設けられ得る。制御フラグFdyrとして、ヨー角加速度dYrが所定値dyr1以下の条件では「0」が出力され、ヨー角加速度dYrが所定値dyr1より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、dYr>dyr1(Fdyr=1)の条件が満足されたとき(時間u3)、予備制御が開始され得る。車両がアンダステア傾向を呈するときには、ヨー角加速度dYrは然程大きくはならない。ヨー角加速度dYrが、予備制御の開始に考慮されることで、より確実な予備制御が実行され得る。
【0093】
実横加速度Gyaが取得され、実横加速度Gyaの大きさが所定値gy1と比較され得る。この比較結果を表す制御フラグFgy(図示せず)が設けられ得る。制御フラグFgyとして、実横加速度Gyaが所定値gy1以下の条件では「0」が出力され、実横加速度Gyaが所定値gy1より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、Gya>gy1(Fgy=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始される。急激なヨーイング挙動は、路面の摩擦係数が比較的高い場合に発生するため、横加速度の条件が予備制御の開始判定に付加されることで、より確実な予備制御が行われ得る。
【0094】
次に、図11を参照して、レーンチェンジ操舵(過渡操舵)の場合についての作用・効果を説明する。時間v0にて左方向に急操舵され、時間v6にて、連続して右方向に操舵操作が行われる。以下、第1操舵の切り戻し時の判定を主として示し、第2操舵の切り込み時の判定を[ ](角かっこ)内に示す。
【0095】
先ず、操舵角速度dSaが取得され、操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa2[所定値dsa3]と比較される。上述と同様に、操舵角速度dSaは操舵角Saに基づいて演算され得る。そして、この比較結果を表す制御フラグFdsaが設けられ得る。制御フラグFdsaとして、操舵角速度dSaが所定値dsa2[所定値dsa3]以下の条件では「0」が出力され、操舵角速度dSaが所定値dsa2[所定値dsa3]より大きい場合に「1」が出力される。時間v3[時間v6]にて、dSa>dsa2[dsa3]の条件が満足される。
【0096】
第2状態量Kosが演算され、所定値kos1と比較される。この比較結果である第2制御フラグFkが出力される。第2制御フラグFkとして、第2状態量Kosが所定値kos1以下の条件では「0」が出力され、第2状態量Kosが所定値kos1より大きい場合に「1」が出力される。時間v2にて、Kos>kos1の条件が満足され、急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が識別される。dSa>dsa2[dsa3](Fdsa=1)、且つ、Kos>kos1(Fk=1)の条件が満足されたとき(時間v3[時間v6])、予備制御が開始される。第2操舵に対応する旋回状態で外側となる前輪に対して、予備制御の目標値Qptfl(=最終目標値Pwtfl=所定値pre2[所定値pre3])が出力され、実際の制動トルクPwaflが増加される。第1状態量Josに基づく、車両安定性制御の主制御の開始(例えば、時間v7にて開始)されるよりも早期に急速なヨーイング変化を伴うオーバステア挙動が判別される。そのため、予備制御がより早期に開始されるため、効果的にブレーキアクチュエータBRKの応答性が補償され得る。
【0097】
ヨー角加速度dYrが取得され、操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr2[所定値dyr3]と比較され得る。上述と同様に、「操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさ」とは、操舵角速度dSaとヨー角加速度dYrとの符号が一致しているときのヨー角加速度dYrの絶対値を意味し、ヨー角加速度dYrはヨーレイトYraに基づいて演算され得る。この比較結果を表す制御フラグFdyrが設けられ得る。制御フラグFdyrとして、ヨー角加速度dYrが所定値dyr2[所定値dyr3]以下の条件では「0」が出力され、ヨー角加速度dYrが所定値dyr2[所定値dyr3]より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、dYr>dyr2[dyr3](Fdyr=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始され得る。操舵操作と同じ方向(操舵角速度dSaとヨー角加速度dYrとの方向が一致)に急激なヨーイング挙動の変化(ヨー角加速度)が表れたことが判定されて予備制御が開始されるため、より適切な予備制御が実行され得る。
【0098】
操舵角Saが取得され、操舵角Saの大きさ(絶対値)が所定値sa1[所定値sa2]と比較され得る。この比較結果を表す制御フラグFsaが設けられ得る。制御フラグFsaとして、操舵角Saが所定値sa1[所定値sa2]以上の条件では「0」が出力され、操舵角Saが所定値sa1[所定値sa2]より小さい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、Sa>sa1[sa2](Fsa=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始され得る。第1操舵が行われた後に第2操舵が行われない場合には、急激なヨーイング挙動が発生する可能性は低い。そのため、予備制御の開始条件に操舵角の大きさが付加され、第2操舵の実行が確実に予測されるとき、或いは、第2操舵が開始された直後に予備制御が開始される。
【0099】
実横加速度Gyaが取得され、実横加速度Gyaの大きさ(絶対値)が所定値gy1と比較され得る。この比較結果を表す制御フラグFgy(図示せず)が設けられ得る。制御フラグFgyとして、実横加速度Gyaが所定値gy1以下の条件では「0」が出力され、実横加速度Gyaが所定値gy1より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、Gya>gy1(Fgy=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始され得る。Jターン操舵と同様に、急激なヨーイング挙動は、路面の摩擦係数が比較的高い場合に発生する。そのため、横加速度の条件が予備制御の開始判定に付加されることで、より確実な予備制御が行われ得る。
【0100】
ここで、所定値dsa2とdsa3、所定値dyr2とdyr3、所定値sa1とsa2のうちの少なくとも1組は、同じ値であってもよい。
【0101】
所定値dyr1、dyr2、及び、dyr3は、ヨー角加速度dYrについての予備制御の開始しきい値であるが、これらのうちの少なくとも1つは、実横加速度Gyaに基づいて設定され得る。所定値dyr1、dyr2、及び、dyr3のうちの少なくとも1つが、図12に示されるような、実横加速度Gyaが「0」以上から所定値g1未満の範囲では所定値y1である特性、実横加速度Gyaが所定値g1以上から所定値g2(>g1)未満の範囲では実横加速度Gyaの増加にしたがって増加される特性、及び、実横加速度Gyaが所定値g2以上の範囲では所定値y2(>y1)である特性によって構成される演算マップに基づいて設定される。実横加速度Gyaには路面の摩擦係数が反映されており、実横加速度Gyaに基づいて、所定値dyr1、dyr2、及び、dyr3のうちの少なくとも1つの値が設定されことにより、路面状況に応じた予備制御が実行され得る。
【符号の説明】
【0102】
BRK…ブレーキアクチュエータ、ECU…電子制御ユニット、GY…横加速度センサ、WS**…車輪速度センサ、YR…ヨーレイトセンサ
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の運動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、「実際に車輌の挙動がある程度悪化した段階ではなく、車輌の挙動の悪化をきたす条件が成立した段階でポンプ手段を作動させることにより、制動力による挙動制御の良好な応答性を確保する」ことを目的として、「操舵角を検出する手段と、操舵角速度を検出する手段と、操舵角の大きさがその基準値以上になり且つ操舵角速度の大きさがその基準値以上になるとポンプ手段の作動を開始させる」ことが記載されている。
【0003】
特許文献2には、「安定した走行状態で、急激な操舵(操舵開始)に基づいて、その後、不安定な走行状態になる傾向があるかどうかが決定され、この場合、安定した走行状態で、事前のブレーキ介入が行われる」ようにするため、ステアリングホイール角速度の最大値等に基づいて「事前のブレーキ介入」が行われることが記載されている。
【0004】
特許文献3には、「ブレーキ圧力は有限の勾配でのみ上昇可能であるので、希望目標ブレーキ・トルクは、ブレーキ装置の関数である所定の時間後にはじめて作用する。この遅れ時間は、特に高動特性操縦において、車両が横滑りに陥り且つ十分急速に安定化できない結果を導くことがある」旨が記載されている。そして、「危険な走行状況において、車両がより急速に安定化される」ことを目的として、「車両横方向加速度およびかじ取り速度が決定され、且つしきい値でモニタリングされ、車両横方向加速度が所定のしきい値を超え且つかじ取り速度が所定のしきい値を下回っているとき、予備ブレーキ圧力が形成される」ことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3114647号公報
【特許文献2】特許第4119244号公報
【特許文献3】特表2007−513002号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の特許文献には、例えば、障害物を緊急的に回避しなければならないような状況において、操舵角速度等に基づいて車両安定性制御の実行開始を予測し、その実行開始前にアクチュエータの応答性を補償するための予備的な制動トルクを付与する制御(以下、予備制御ともいう)について記載されている。この予備制御では、低レベルでの制動トルクが与えられる。しかし、アクチュエータが作動されれば音・振動が発生するため、予備制御が行われたにもかかわらず車両安定性制御が実行されない場合、運転者への違和感となることがある。本発明の目的は、上述の課題を鑑み、運転者への違和感が抑制され、確実な車両安定性制御を実行できる車両の運動制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る車両の運動制御装置は、車両の車輪に制動トルクを与える制動手段B10と、車両に作用する実際の旋回状態量(Yra,Gya等)を取得する実旋回状態量取得手段B20と、実際の旋回状態量に基づいて第1状態量Josを演算し、この第1状態量Josに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第1識別手段B30とを備える。さらに、本装置は、車両の実旋回状態量(Yra,Gya等)に基づいて第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosを演算し、この第2状態量Kosに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第2識別手段B40と、車両の操舵角速度dSaを取得する操舵角速度取得手段B50と、制動手段B10を制御して車輪の制動トルクを制御する制御手段B60とを備える。制御手段B60は、第1識別手段B30の識別結果Fj,Josに基づいて、制動手段B10を介して車輪の制動トルクを制御し、車両の安定性を維持する車両安定性制御を実行する。また、制御手段B60は、第2識別手段B40の識別結果Fk、及び、操舵角速度dSaに基づいて、制動手段B10を制御し、車両安定性制御の応答性を向上させる制動トルクの付与を行う。ここで、制御手段B60は、操舵角速度dSa(の絶対値)が第1所定値(後述する所定値dsa1,dsa2,dsa3)より大きく、且つ、第2識別手段B40の識別結果Fkがオーバステア傾向を示すとき(Fk=1)に、車輪に制動トルクの付与を行うことができる。
【0008】
第2識別手段B40は、第1識別手段B30に比較して、相対的に速い車両のヨーイング運動を識別する。第1識別手段B30は、車両のヨーイング運動の大きさを表す状態量(例えば、横滑り角βa,横滑り角偏差Δβ)と車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)との相互関係に基づいて第1(オーバステア)状態量Josを演算するように構成されている。併せて、第2識別手段B40は、車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)のみに基づいて第2(オーバステア)状態量Kosを演算するように構成されている。
【0009】
本発明に係る車両の運動制御装置は、車両の操舵角Saを取得する操舵角取得手段B70を備える。制御手段B60は、操舵角Sa(の絶対値)が減少し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第2所定値(後述する所定値sa1)より小さいときに制動トルクの付与を行い得る。なお、操舵角速度取得手段B50は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて操舵角速度dSaを演算することができる。
【0010】
本発明に係る車両の運動制御装置は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて、車両の操舵方向Dstrが一方向であるか、或いは、他方向(前記の一方向とは反対方向)であるかを判定する操舵方向判定手段B80を備える。制御手段B60は、操舵方向判定手段B80によって操舵方向Dstrが一方向と判定された後に連続して他方向と判定され、操舵角Sa(の絶対値)が増加し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第3所定値(後述する所定値sa2)より小さいときに制動トルクを付与することができる。
【0011】
本発明に係る車両の運動制御装置は、車両のヨー角加速度dYrを取得するヨー角加速度演算手段B90を備える。ヨー角加速度dYrは、実旋回状態量取得手段B20が取得する実際の旋回状態量(ヨーレイトYra)に基づいて演算され得る。制御手段B60は、ヨー角加速度dYr(の絶対値)が第4所定値(後述する所定値dyr1,dyr2,dyr3)より大きいときに車輪の制動トルクの付与を行うことができる。
【発明の効果】
【0012】
予備制御が実行されると、アクチュエータ等の駆動音、或いは、予備制御による僅かな車両の減速によって運転者が違和を感じることがある。予備制御が必要である場合は、急速なヨーイング挙動が発生するオーバステアの場合である。そこで、操舵角速度dSaが大きく、車両安定性制御(主制御)の開始が予測されるときに、主制御の実行に用いられる状態量(第1状態量Jos)とは異なる状態量(第2状態量Kos)に基づいて急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が判定される。そのため、急速なオーバステア傾向の増大が、第2状態量Kosによって早期に判定され、予備制御の実行が素早く開始され得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置の全体構成を示す図である。
【図2】障害物を緊急的に回避するJターン操舵の操舵操作について説明するための図である。
【図3】障害物を緊急的に回避するレーンチェンジ操舵の操舵操作について説明するための図である。
【図4】本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置を備えた車両の全体構成を示す図である。
【図5】本発明の実施形態において図4に示したブレーキアクチュエータの全体構成を示す図である。
【図6】本発明の実施形態に係る車両の運動制御(車両安定性制御)の処理例を示す機能ブロック図である。
【図7】本発明の実施形態において図6に示した車両安定性制御演算の処理例を示す制御フロー図である。
【図8】本発明の実施形態において図7に示した予備制御の開始判定の処理例を示す制御フロー図である。
【図9】本発明の実施形態において図7に示した予備制御の終了判定の処理例を示す制御フロー図である。
【図10】本発明の実施形態においてJターン操舵の場合の作用・効果について説明するための図である。
【図11】本発明の実施形態においてレーンチェンジ操舵の場合の作用・効果について説明するための図である。
【図12】本発明の実施形態において実横加速度に基づいて予備制御の開始を判定するためのしきい値(第4所定値)を演算するためのマップ例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置の全体構成を示す。
【0015】
図1において、車両の運動制御装置(以下、「本装置」という)は、車両の車輪に制動トルクを与える制動手段B10と、車両に作用する実際の旋回状態量(Yra,Gya等)を取得する実旋回状態量取得手段B20と、実際の旋回状態量に基づいて第1状態量Josを演算し、この第1状態量Josに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第1識別手段B30とを備える。さらに、本装置は、車両の実旋回状態量(Yra,Gya等)に基づいて第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosを演算し、この第2状態量Kosに基づいて車両のオーバステア傾向を識別する第2識別手段B40と、車両の操舵角速度dSaを取得する操舵角速度取得手段B50と、制動手段B10を制御して車輪の制動トルクを制御する制御手段B60とを備える。制御手段B60は、第1識別手段B30の識別結果Fj,Josに基づいて、制動手段B10を介して車輪の制動トルクを制御し、車両の安定性を維持する車両安定性制御を実行する。また、制御手段B60は、第2識別手段B40の識別結果Fk、及び、操舵角速度dSaに基づいて、制動手段B10を制御し、車両安定性制御の応答性を向上させる制動トルクの付与を行う。ここで、制御手段B60は、操舵角速度dSa(の絶対値)が第1所定値(後述する所定値dsa1,dsa2,dsa3)より大きく、且つ、第2識別手段B40の識別結果Fkがオーバステア傾向を示すとき(Fk=1)に、車輪に制動トルクの付与を行うことができる。
【0016】
第2識別手段B40は、第1識別手段B30に比較して、相対的に速い車両のヨーイング運動を識別する。第1識別手段B30は、車両のヨーイング運動の大きさを表す状態量(例えば、横滑り角βa,横滑り角偏差Δβ)と車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)との相互関係に基づいて第1(オーバステア)状態量Josを演算するように構成されている。具体的には、第1状態量Jos1は、(車体の)横滑り角項を含む状態量とヨーレイト項を含む状態量とで構成される演算式にて演算される。併せて、第2識別手段B40は、車両のヨーイング運動の速さを表す状態量(例えば、横滑り角速度dβa,ヨーレイト偏差ΔYr)のみに基づいて第2(オーバステア)状態量Kosを演算するように構成されている。具体的には、第2状態量Kosは、ヨーレイト項を含む状態量のみ(横滑り角項を含まない)で構成される演算式にて演算される。
【0017】
予備制御が必要である場合は、急速なヨーイング挙動が発生するオーバステアの場合である。車両安定性制御の主制御では、比較的緩やかなヨーイング運動伴うオーバステア傾向を識別する必要がある。主制御に用いられる第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosに基づいて急激なヨーイング運動の変化を伴うオーバステア傾向が判定される。第2状態量Kosにより、急速なオーバステア傾向の増大が早期に判定され、予備制御の実行が素早く開始され得る。
【0018】
本装置は、車両の操舵角Saを取得する操舵角取得手段B70を備える。制御手段B60は、操舵角Sa(の絶対値)が減少し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第2所定値(後述する所定値sa1)より小さいときに制動トルクの付与を行い得る。なお、操舵角速度取得手段B50は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて操舵角速度dSaを演算することができる。
【0019】
本装置は、操舵角取得手段B70が取得する操舵角Saに基づいて、車両の操舵方向Dstrが一方向であるか、或いは、他方向(前記の一方向とは反対方向)であるかを判定する操舵方向判定手段B80を備える。制御手段B60は、操舵方向判定手段B80によって操舵方向Dstrが一方向と判定された後に連続して他方向と判定され、操舵角Sa(の絶対値)が増加し、且つ、操舵角Sa(の絶対値)が第3所定値(後述する所定値sa2)より小さいときに制動トルクを付与することができる。
【0020】
急激なヨーイング挙動は、操舵操作が一方向から他方向に行われる場合に発生し易い。操舵角の大きさが開始条件に加えられることで、操舵操作が一方向から他方向に行われることが確実に判別され得る。
【0021】
本装置は、車両のヨー角加速度dYrを取得するヨー角加速度演算手段B90を備える。ヨー角加速度dYrは、実旋回状態量取得手段B20が取得する実際の旋回状態量(ヨーレイトYra)に基づいて演算され得る。制御手段B60は、ヨー角加速度dYr(の絶対値)が第4所定値(後述する所定値dyr1,dyr2,dyr3)より大きいときに車輪の制動トルクの付与を行うことができる。ヨー角加速度dYrはヨーイング運動の変化を表すため、ヨー角加速度dYrの条件が考慮されることで、確実な予備制御が実行され得る。
【0022】
先ず、図2及び図3を参照して、障害物を緊急的に回避する場合の操舵操作について説明する。図2は、Jターン操舵と呼ばれ、一方向(例えば、左操舵方向)に急激にステアリングホイール操作が行われる場合である。時間p0にて運転者による操舵操作が開始され、時間p2まで操舵角Sa(ステアリングホイール角θsw、或いは、操向車輪舵角δfa)が「0(操舵の中立位置であり、車両の直進に対応する)」から増加され、その後、定常値となる。このときの操舵角速度(操舵角の時間微分値)dSaは、時間p0にて「0」から立ち上がり、時間p1にて最大値となり、時間p2にて「0」に戻る。ここで、操舵操作の方向には右操舵方向と左操舵方向の場合があり、車両の旋回方向には右旋回方向と左旋回方向の場合がある。それらは一般的には正負の符号が付され、例えば左操舵方向、及び、左旋回方向が正符号として表され、右操舵方向、及び、右旋回方向が負符号として表される。しかし、値の大小関係、或いは、値の増加・減少を説明する際にその符号を考慮すると非常に煩雑となる。そのため、特に限定がない場合には、絶対値の大小関係、絶対値の増加・減少を表す。また、所定値は正の値とする。
【0023】
図3は、レーンチェンジ操舵と呼ばれ、一方向(例えば、左操舵方向)に急激にステアリングホイール操作が行われた後に、連続して一方向とは反対の他方向(例えば、右操舵方向)にステアリングホイール操作が行われるような、過渡的な操舵操作の場合である。時間q0にて運転者による操舵操作が一方向(一操舵方向)に開始される。操舵角Saは、時間q1までは「0(操舵の中立位置であり、車両の直進に対応する)」から一操舵方向に増加され、時間q1以降は、「0」に向かって戻される。さらに、連続して、時間q2にて他方向(他操舵方向)に操舵操作が開始される。操舵角Saは、時間q2からq3に亘り「0」から他操舵方向に増大され、時間q3以降は、「0」に向かって戻され、時間q4にて再び「0」となる。ここで、最初に一方向に操舵される操作を「第1操舵」、この「第1操舵」に連続して他方向に操舵される操作を「第2操舵」という。第1操舵、及び、第2操舵が行われる場合の連続した操舵操作を「過渡操舵」と呼ぶ。さらに、操舵角Saが「0(操舵中立位置)」から離れていく場合(操舵角Saの大きさ(絶対値)が増加する場合)を「切り込み」状態、操舵角Saが「0(操舵中立位置)」に近づいていく場合(操舵角Saの大きさ(絶対値)が減少する場合)を「切り戻し」状態と呼ぶ。第1操舵の切り戻し時、或いは、第2操舵の切り込み時の操舵角速度dSaが大きい場合に、車両安定性制御が実行される蓋然性が高い。一方、図3の破線で示すような、第1操舵が行われた後に第2操舵が行われない場合(即ち、過渡操舵が行われない場合)には、同等の操舵角速度であっても、車両安定性制御が必要となる可能性は低い。
【0024】
図4は、本発明の実施形態に係る車両の運動制御装置(以下、「本装置」という)を備えた車両の全体構成を示す図である。なお、各種記号等の末尾に付された添字「**」は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであるかを示し、「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示す。
【0025】
本装置は、車輪速度Vw**を検出する車輪速度センサWS**と、ステアリングホイールSWの(車両の直進走行に対応する操舵装置の中立位置「0」からの)回転角度θswを検出するステアリングホイール角センサSAと、操向車輪(前輪)の操舵角δfaを検出する前輪舵角センサSBと、運転者がステアリングホイールSWを操作する際のトルクTswを検出する操舵トルクセンサSTと、車両に作用する実際のヨーレイトYraを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向における前後加速度Gxaを検出する前後加速度センサGXと、車体横方向における実際の横加速度Gyaを検出する横加速度センサGYと、ホイールシリンダWC**の制動液圧Pw**を検出するホイールシリンダ圧力センサPW**と、エンジンEGの回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサNEと、運転者の加速操作部材(アクセルペダル)APの操作量Asを検出する加速操作量センサASと、運転者の制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作量Bsを検出する制動操作量センサBSと、変速操作部材SFのシフト位置Hsを検出するシフト位置センサHSと、エンジンのスロットル弁の開度Tsを検出するスロットル位置センサTSとを備えている。
【0026】
また、本装置は、制動液圧を制御するブレーキアクチュエータBRKと、スロットル弁を制御するスロットルアクチュエータTHと、燃料の噴射を制御する燃料噴射アクチュエータFIと、変速を制御する自動変速機ATとを備えている。
【0027】
加えて、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。電子制御ユニットECUは、相互に通信バスCBで接続された、複数の独立した電子制御ユニットECU(ECUb,ECUs,ECUe,ECUa)から構成されたマイクロコンピュータである。電子制御ユニットECUは、上述の各種アクチュエータ(BRK等)、及び上述の各種センサ(WS**等)と電気的に接続されている。電子制御ユニットECU内の各系の電子制御ユニット(ECUb等)は、専用の制御プログラムをそれぞれ実行する。各種センサの信号(センサ値)、及び、各電子制御ユニット(ECUb等)内で演算される信号(内部演算値)は、通信バスCBを介して共有される。
【0028】
具体的には、ブレーキ電子制御ユニットECUbは、車輪速度センサWS**、ヨーレイトセンサYR、横加速度センサGY等からの信号に基づいて、アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)等のスリップ抑制制御(制・駆動力制御)を実行する。また、車輪速度センサWS**によって検出された各車輪の車輪速度Vw**に基づいて、周知の方法によって、車両の速度Vxを演算する。操舵電子制御ユニットECUsは、操舵トルクセンサST等からの信号に基づいて、周知の電動パワーステアリング制御を実行する。エンジン電子制御ユニットECUeは、加速操作量センサAS等からの信号に基づいて、スロットルアクチュエータTH、燃料噴射アクチュエータFIの制御を実行する。トランスミッション電子制御ユニットECUaは、自動変速機ATの変速比の制御を実行する。
【0029】
ブレーキアクチュエータBRKは、複数の電磁弁(液圧調整弁)、液圧ポンプ、電気モータ等を備えた周知の構成を有している。ブレーキ制御の非実行時では、ブレーキアクチュエータBRKは、運転者による制動操作部材BPの操作に応じた制動液圧を各車輪のホイールシリンダWC**にそれぞれ供給し、各車輪に対して制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作に応じた制動トルクをそれぞれ与える。アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)、或いは、車両のアンダステア、オーバステアを抑制する車両安定性制御(ESC制御)等のブレーキ制御の実行時には、ブレーキアクチュエータBRKは、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダWC**内の制動液圧を車輪WH**毎に制御し、制動トルクを車輪毎に調整できる。
【0030】
さらに、制動手段として、各車輪には、周知のホイールシリンダWC**、ブレーキキャリパBC**、ブレーキパッドPD**、及び、ブレーキロータRT**が備えられる。ブレーキキャリパBC**に設けられたホイールシリンダWC**に制動液圧が与えられることにより、ブレーキパッドPD**がブレーキロータRT**に押付けられ、その摩擦力によって制動トルクが与えられる。なお、制動トルクの制御は、制動液圧によるものに限らず、電気ブレーキ装置を利用して行うことも可能である。
【0031】
図5は、ブレーキアクチュエータBRKの全体構成を示す図である。運転者が制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPを踏み込むと、倍力装置VBにて踏力が倍力され、マスタシリンダMCに設けられたマスタピストンが押される。これにより、マスタピストンによって区画される第1室と第2室とに同じ圧力のマスタシリンダ圧Pmcが発生する。マスタシリンダ圧Pmcは、ブレーキアクチュエータBRKを通じて各車輪WH**のホイールシリンダWC**に与えられる。
【0032】
ブレーキアクチュエータBRKは、マスタシリンダMCの第1室に接続される第1配管系統HP1と、マスタシリンダMCの第2室に接続される第2配管系統HP2とを有している。第1配管系統HP1は、左前輪WHflと右後輪WHrrに加えられる制動液圧を制御する。第2配管系統HP2は、右前輪WHfrと左後輪WHrlに加えられる制動液圧を制御する。第1配管系統HP1と第2配管系統HP2とは、同様の構成であるため、以下では第1配管系統HP1についてのみ説明し、第2配管系統HP2についての説明は省略される。図5に示す構成は、ダイアゴナル配管の構成であるが、ブレーキの配管構成は、前後配管でもよい。
【0033】
第1配管系統HP1は、制動液圧(ホイールシリンダ内の液圧)Pwfl,Pwrrを発生させる管路LAを備える。この管路LAには、連通状態と差圧状態に制御できる第1差圧制御弁SS1が備えられる。そして、マスタシリンダ圧Pmcが、左前輪WHflに備えられたホイールシリンダWCfl、及び、右後輪WHrrに備えられたホイールシリンダWCrrに伝達される。運転者がブレーキペダルBPの操作を行う通常ブレーキ時(ブレーキ制御が実行されていないとき)には、この第1差圧制御弁SS1は連通状態となるように弁位置が開状態に調整される。第1差圧制御弁SS1に通電されると、弁位置が閉状態に調整され、第1差圧制御弁SS1が差圧状態とされる。
【0034】
管路LAは、第1差圧制御弁SS1よりもホイールシリンダWCfl,WCrrの側において、2つの管路LAfl,LArrに分岐する。管路LAflにはホイールシリンダWCflへの制動液圧の増圧を制御する第1増圧制御弁SZflが備えられる。管路LArrにはホイールシリンダWCrrへの制動液圧の増圧を制御する第2増圧制御弁SZrrが備えられる。第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrrは、連通・遮断状態を制御できる2位置の電磁弁により構成される。第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrrは、供給される電流が「0」のとき(非通電時)には連通状態(開状態)となり、電流が流されるとき(通電時)に遮断状態(閉状態)に制御される。第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrrは、所謂ノーマルオープン型である。
【0035】
管路LBは、第1、及び、第2増圧制御弁SZfl,SZrr、及び、ホイールシリンダWCfl,WCrrの間と調圧リザーバR1とを結ぶ減圧用の管路である。管路LBには、連通・遮断状態を制御できる2位置の電磁弁により構成される第1減圧制御弁SGflと第2減圧制御弁SGrrとが設けられる。第1、及び、第2減圧制御弁SGfl,SGrrは、非通電時には閉状態となり、通電時には開状態となる。これらは、所謂ノーマルクローズ型である。
【0036】
調圧リザーバR1と管路LAとの間には、管路LCが配設される。管路LCには、液圧ポンプOP1が設けられる。液圧ポンプOP1によって、ブレーキ液が調圧リザーバR1からを吸入され、マスタシリンダMC、或いは、ホイールシリンダWCfl,WCrrに向けて吐出される。液圧ポンプOP1は、電気モータMTによって駆動される。調圧リザーバR1とマスタシリンダMCの間には管路LDが設けられている。車両安定性制御やトラクション制御等の自動加圧が行われるとき、液圧ポンプOP1によってブレーキ液が管路LDを通してマスタシリンダMCから吸入され、管路LAfl,LArrに吐出される。これにより、ブレーキ液がホイールシリンダWCfl,WCrrに供給され、対象となる車輪のホイールシリンダWC**の制動液圧が増大され、制動トルクが与えられる。
【0037】
予備制御が実行されると、電気モータMTが駆動され、ブレーキ液が液圧ポンプOP1によってマスタシリンダMCから吸入され、ホイールシリンダWC**に吐出される。これにより、ブレーキパッドPD**とブレーキロータRT**との隙間(パッド隙間ともいう)が詰められ、さらにはホイールシリンダWC**に予備的な制動液圧(予圧ともいう)が付与される。
【0038】
図6は、本実施形態における車両の運動制御(車両安定性制御)の処理例を示す機能ブロック図である。車両安定性制御は、主制御と予備制御で構成される。主制御は、車両のアンダステア傾向、及び/又は、オーバステア傾向を抑制する制御である。予備制御は、主制御を補助するためのものであり、主制御の事前に作動し応答性を補償する。なお、図1の「手段」と同じ番号をもつ機能ブロックは、該手段と同様の機能を有する。
【0039】
目標旋回状態量演算ブロックB15では、周知の方法を用いて、目標とする車両の旋回状態量(目標旋回状態量)Jrtが演算される。ここで、旋回状態量は、車両の旋回状態を表す状態量であり、ヨーレイト、車体横滑り角(単に横滑り角ともいう)、及び、車体横滑り角速度(単に横滑り角速度ともいう)のうちの少なくとも1つを用いて演算される値である。目標旋回状態量Jrtとして、車速Vx、及び、ステアリングホイール角θsw(或いは、前輪舵角δfa)に基づいて目標ヨーレイトYrtが演算される。ステアリングホイール角θsw(或いは、前輪舵角δfa)に基づいて目標横滑り角(目標とする車体の横滑り角)βtが演算される。
【0040】
実旋回状態量取得ブロックB20では、通信バスCBを介して得られるセンサ値、及び/又は、他の電子制御ユニットの内部演算値に基づいて、車両に実際に作用している旋回状態量Jraが取得される。例えば、実旋回状態量Jraとして、ヨーレイトセンサYRで検出される車両に作用する実際のヨーレイトYra、横加速度センサGYで検出される実際の横加速度Gyaが取得される。目標旋回状態量Jrtと実旋回状態量Jraとは、夫々が対応している。
【0041】
オーバステア識別演算ブロックB35では、目標旋回状態量Jrt、及び、実旋回状態量Jraに基づいて、車両のオーバステアの程度を表すオーバステア状態量Jos、及び、車両がオーバステア傾向にあるか否かを表す制御フラグFj,Fkが演算される。制御フラグFjは、第1状態量Josによる車両のオーバステア傾向の判別結果を表す。「Fj=0」は「車両はオーバステア傾向にない(非オーバステア状態ともいう)」ことを示し、「Fj=1」は「車両はオーバステア傾向にある(オーバステア状態ともいう)」ことを示す。同様に、制御フラグFkは、第2状態量Kosによる車両のオーバステア傾向の判別結果を表す。「Fk=0」は「車両はオーバステア傾向にない(非オーバステア状態ともいう)」ことを示し、「Fk=1」は「車両はオーバステア傾向にある(オーバステア状態ともいう)」ことを示す。オーバステア識別演算ブロックB35は、第1状態量Josを利用する第1識別演算ブロックB30と、第2状態量Kosを利用する第2識別演算ブロックB40とで構成される。
【0042】
先ず、第1オーバステア識別演算ブロックB30について説明する。第1オーバステア識別演算ブロックB30では、旋回状態量として、ヨーイング運動の大きさを表す状態量とヨーイング運動の速さを表す状態量との相互関係に基づいて演算される第1状態量Josが用いられる。第1状態量Josは、後述する車両安定性制御の主制御における制御量演算(主制御の制動トルク目標値の演算)にも用いられる。
【0043】
摩擦係数が低い路面においては、徐々にヨーイング運動が増大するような場合がある。このような状況に対しても車両安定性制御が適切に行われるように、主制御でのオーバステア傾向の判定等では、ヨーイング運動の速さだけではなく、ヨーイング運動の大きさも考慮して第1状態量Josが演算される。ここで、「ヨーイング運動の大きさを表す状態量」とは、車両の実際の(車体)横滑り角βaを含む状態量である。したがって、後述する横滑り角偏差Δβ、或いは、実横滑り角βaそのものが「ヨーイング運動の大きさを表す状態量」に相当する。また、「ヨーイング運動の速さを表す状態量」とは、車両の実際のヨーレイトYraを含む状態量である。したがって、後述するヨーレイト偏差ΔYr、或いは、横滑り角速度dβa(=Yra−Gya/Vx,ここで、Gyaは実横加速度、Vxは車両速度)が、「ヨーイング運動の速さを表す状態量」に相当する。
【0044】
第1状態量演算ブロックB31にて、実旋回状態量Jraと目標旋回状態量Jrtとが比較され、第1状態量Josが演算される。実横滑り角βaと目標横滑り角βtとの偏差(横滑り角偏差という)Δβ(=βa−βt)、及び、実ヨーレイトYraと目標ヨーレイトYrtとの偏差(ヨーレイト偏差という)ΔYr(=Yra−Yrt)との相互関係に基づいて、第1状態量Jos(=K1・Δβ+K2・ΔYr,ここでK1,K2は係数)が演算される。上記のヨーレイト偏差ΔYrに代えて、横滑り角速度dβaが用いられ得る。横滑り角の目標値βtを定数(例えば、目標値を「0」)とすることができるため、横滑り角偏差Δβに代えて、実横滑り角βaそのものが用いられ得る。第1状態量Josは、ヨーイング運動の大きさを表す状態量Δβ,βaとヨーイング運動の速さを表す状態量ΔYr,dβaとの相互関係に基づいて演算される。即ち、第1状態量Josは、横滑り角項を含む状態量Δβ,βaとヨーレイト項を含む状態量ΔYr,dβaとの両方で構成される演算式に基づいて演算される。なお、第1状態量Josが実横滑り角βaと横滑り角速度dβaとの相互関係で演算される場合には、目標旋回状態量Jrt(目標旋回状態量演算ブロックB15)が省略され得る。
【0045】
第1判定演算ブロックB32にて、第1状態量(第1オーバステア状態量)Josに基づいて、車両のオーバステア傾向の判定が行われる。第1状態量Josが所定値jos1よりも大きいときに、車両はオーバステア傾向を呈している(オーバステア状態という)と判定される。第1状態量Josが所定値jos1以下であるときは、車両はアンダステア、或いは、ニュートラルステアであり、オーバステア傾向を示していない(非オーバステア状態という)と判定される。そして、車両がオーバステア状態のとき(Jos>jos1)には、第1制御フラグ(第1状態量に基づくオーバステア傾向の判定結果)Fjとして「1」が出力される。一方、車両が非オーバステア状態のとき(Jos≦jos1)には、第1制御フラグFjとして「0」が出力される。第1制御フラグFjに併せて、第1判定演算ブロックB32からは、第1状態量Josが車両安定性制御演算ブロックB65に出力される。
【0046】
次に、第2オーバステア識別演算ブロックB40について説明する。第2オーバステア識別演算ブロックB40では、旋回状態量として、ヨーイング運動の速さを表す状態量に基づいて演算される第2状態量Kosが用いられる。第2状態量演算ブロックB41にて演算される第2状態量Kosは、予備制御のためのオーバステア傾向の判定に用いられる。予備制御は急激なヨーイング挙動を伴うオーバステア傾向が発生するときのみに必要である。そのため、第2状態量Kosはヨーイング運動の速さを表す状態量のみに基づいて演算される。第2状態量Kosとしてヨーレイト偏差ΔYr(=Yra−Yrt)が用いられる。また、第2状態量Kosとして横滑り角速度dβa(=Yra−Gya/Vx)が用いられ得る。即ち、横滑り角項が含まれず、ヨーレイト項のみが含まれる演算式(状態量ΔYr,dβa)に基づいて、第2状態量Kosは演算される。
【0047】
第2判定演算ブロックB42にて、第2状態量(第2オーバステア状態量)Kosに基づいて、車両の急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が判定される。第2状態量Kosが所定値kos1よりも大きいときに、オーバステア状態と判定される。第2状態量Kosが所定値kos1以下のときに、非オーバステア状態と判別される。そして、車両がオーバステア状態のとき(Kos>kos1)には、第2制御フラグ(第2状態量に基づくオーバステア傾向の判定結果)Fkとして「1」が出力される。一方、車両が非オーバステア状態のとき(Kos≦kos1)には、第2制御フラグFkとして「0」が出力される。
【0048】
ヨー角速度演算ブロックB90では、実旋回状態量取得ブロックB20にて取得された実ヨーレイトYraが時間微分されて、ヨー角加速度dYrが演算される。ヨー角加速度dYrは、センサ、及び/又は、他の電子制御ユニットから、通信バスCBを介して、直接取得し得る。ヨー角加速度dYr、及び、実旋回状態量取得ブロックB20にて取得された実横加速度Gyaが、車両安定性制御演算ブロックB65(予備制御演算ブロックB60)に入力される。
【0049】
操舵角取得ブロックB70では、通信バスCBを介して得られるセンサ信号、及び/又は、他の電子制御ユニットの内部演算値に基づいて、操舵角Saが取得される。操舵角Saは、ステアリングホイール角θsw、及び、操向車輪(前輪)の舵角δfaのうちの少なくとも1つに基づいて決定される。操舵角速度演算ブロックB50では、操舵角Saが時間微分されて操舵角速度dSaが演算される。操舵角速度dSaは、ステアリングホイール角速度dθsw、及び、操向車輪舵角速度dδfaのうちの少なくとも1つに基づいて決定される。操舵角速度dSaは、センサ、及び/又は、他の電子制御ユニットから、通信バスCBを介して、直接取得し得る。操舵方向判定演算ブロックB80では、操舵角Saに基づいて、操舵方向Dstrが演算される。操舵方向Dstrとして、直進方向、左操舵方向、及び、右操舵方向のうちの何れか1つが決定される。操舵角Sa、操舵角速度dSa、及び、操舵方向Dstrは、車両安定性制御演算ブロックB65(予備制御演算ブロックB60)に入力される。
【0050】
車両安定性制御演算ブロックB65では、上記の状態量(Jos等)に基づいて、車両の安定性を維持するため車輪に与えられる制動トルクの目標値Pwt**が演算される。車両安定性制御演算ブロックB65は、主制御演算ブロックB61、予備制御演算ブロックB60、及び、調整演算ブロックB62で構成される。主制御演算ブロックB61では、第1(オーバステア)状態量Josに基づいて、車両を安定化(特に、車両のオーバステア傾向の抑制)するための基礎となる各車輪の制動トルクの目標値(主制御目標値という)Qmt**が演算される。予備制御演算ブロックB60では、ブレーキアクチュエータBRKの応答性を補償する予備的な制動トルクの目標値(予備制御目標値という)Qpt**が演算される。調整演算ブロックB62では、主制御目標値Qmt**と、予備制御目標値Qpt**とが調整され、最終的な制動トルクの目標値(最終目標値という)Pwt**が演算される。さらに、車両安定性制御演算ブロックB65には、車速Vx、及び、制動操作量Bsが入力される。
【0051】
主制御演算ブロックB61では、第1オーバステア状態量(第1状態量)Josに基づいて、車両安定性制御(オーバステア抑制制御)のメインとなる主制御目標値Qmt**が、予め設定された演算マップを用いて演算される。この演算マップは、第1状態量Josが所定値jos1(しきい値)未満の場合には主制御目標値Qmt**が「0」にされ、オーバステア状態量Josが所定値jos1以上の場合には第1状態量Josの増加に従い主制御目標値Qmt**が「0」から増大される特性として設定される。所定値jos1は、車両安定性制御の主制御の開始判定条件(第1状態量に基づいてオーバステア状態を判定し、制動トルク付与を開始する条件)である。主制御目標値Qmt**は、予備制御演算ブロックB60に入力され得る。
【0052】
予備制御演算ブロックB60では、主制御による制動トルク付与の開始を早めることによってブレーキアクチュエータBRKの応答性を補償するため、予備制御目標値Qpt**が演算される。予備制御演算ブロックB60には、制御フラグFj,Fk、ヨー角加速度dYr、実横加速度Gya、操舵角Sa、操舵角速度dSa、操舵方向Dstrが入力される。予備制御演算ブロックB60には、開始判定演算ブロックと終了判定演算ブロックとが含まれる。予備制御の詳細は後述する。
【0053】
調整演算ブロックB62では、主制御目標値Qmt**と、予備制御目標値Qpt**とに基づいて最終目標値Pwt**が演算される。具体的には、目標値Qmt**、及び、目標値Qpt**のうちで値の大きい方が選択されて、最終目標値Pwt**が演算される。または、目標値Qmt**に目標値Qpt**が加算されて最終目標値Pwt**が演算され得る。目標値Qmt**,Qpt**,Pwt**は、車輪制動力、制動トルク、制動液圧、前後スリップ、車輪速度、及び、ブレーキパッドの推力の何れかの値として演算され得る。
【0054】
制動トルク調整手段(制動手段に相当)B10では、制動トルクの最終目標値Pwt**に基づいて、ブレーキアクチュエータBRKの駆動手段(例えば、液圧ポンプ駆動用の電気モータ、ソレノイドバルブの駆動手段)が制御される。車輪に目標値Pwt**に対応する制動トルクの実際値Pwa**を検出するセンサ(例えば、圧力センサPW**)を設けることで、目標値Pwt**と実際値Pwa**とに基づいて、実際値Pwa**が目標値Pwt**に一致するように駆動手段を制御することができる。
【0055】
図7を用いて、図6の予備制御演算ブロックB60について説明する。
【0056】
先ず、ステップS110にて、第1オーバステア識別演算ブロックの演算結果(第1識別演算結果)として、第1制御フラグFj、及び、第1状態量Josが読み込まれる。このとき、主制御の制御状態Qmt**が読み込まれ得る。主制御が既に開始されているか否か、開始されている場合には、どの車輪に対してどの程度の制動トルクが付与されているか等の情報が読み込まれ得る。
【0057】
ステップS120にて、第2オーバステア識別演算ブロックの演算結果(第2識別演算結果)として、第2制御フラグFkが読み込まれる。ステップS130にて、車速Vx、制動操作量Bs、及び、(実際の)横加速度Gyaが読み込まれる。ステップS140にて、操舵角Sa(ステアリングホイール操作角θsw、或いは、前輪舵角δfa)、操舵角速度dSa(ステアリングホイール操作角速度dθsw、或いは、前輪舵角速度dδfa)、及び、ヨー角加速度dYrが読み込まれる。ステップS150にて、操舵角Saに基づいて操舵方向Dstrが演算される。例えば、操舵角Saの符号に基づいて操舵方向が判定される。操舵角Saの符号が正符号(+)の場合には、左操舵方向(車両の左旋回に対応する)が判定され、操舵角Saの符号が負符号(−)の場合には、右操舵方向(車両の右旋回に対応する)が判定される。
【0058】
判定ステップS160,S170,S180にて、車両安定性制御の主制御の開始、及び/又は、終了が判定される。ステップS160にて、現時点で主制御が実行中であるかが判定される。主制御が非実行であり、ステップS160にて否定判定(No)がなされると、演算処理はステップS170に進む。ステップS170においては、主制御の開始条件が満足されているかが判定される。主制御の開始は、第1状態量Josが所定値jos1を超えていることで判定される。ステップS170において、主制御の開始が肯定される(Yes)と、演算処理はステップS190に進み、主制御が開始される。ここで、予備制御が実行されている場合には、予備制御の実行を終了して主制御が開始される。主制御では、予め設定された演算マップ(図6の主制御演算ブロックB61を参照)が主制御目標値Qmt**として出力される。一方、ステップS170にて、主制御の開始が否定される(No)と主制御は開始されず、ステップS200に進む。
【0059】
主制御が実行中であり、ステップS160にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS180に進む。ステップS180においては、主制御の終了条件が満足されているかが判定される。主制御の終了は、第1状態量Josが所定値jos1以下でとなることで判定される。ステップS180において、主制御の終了が肯定される(Yes)と、ステップS240にて主制御が終了され、主制御目標値Qmt**が「0」に戻される。一方、ステップS180において、主制御の終了が否定される(No)と、演算処理はステップS190に進み、主制御は継続される。
【0060】
次に、判定ステップS200,S210,S220にて、予備制御の開始、及び/又は、終了が判定される。ステップS200にて、現時点で予備制御が実行中であるかが判定される。予備制御が非実行であり、ステップS200にて否定判定(No)がなされると、演算処理はステップS210に進む。ステップS210においては、予備制御の開始条件が満足されているかが判定される。予備制御の開始条件については後述する。ステップS210において、予備制御の開始が肯定される(Yes)と、演算処理はステップS230に進み、予備制御が開始される。予備制御では、予め設定された所定値が予備制御目標値Qpt**として出力される。予備制御が実行されると、例えば、パッド隙間が詰められ、予備的な制動トルクが発生する。これにより、ブレーキアクチュエータBRKの応答性が補償される。一方、ステップS210にて、予備制御の開始が否定される(No)と予備制御は開始されない。
【0061】
予備制御が実行中であり、ステップS200にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS220に進む。ステップS220においては、予備制御の終了条件が満足されているかが判定される。予備制御の終了条件については後述する。ステップS220において、予備制御の終了が肯定される(Yes)と、ステップS250にて予備制御が終了され、予備制御目標値Qpt**が「0」に戻される。一方、ステップS220において、予備制御の終了が否定される(No)と、演算処理はステップS230に進み、予備制御は継続される。
【0062】
図8を用いて、図7の予備制御の開始判定ステップS210(図6の予備制御演算ブロックB60の開始判定演算ブロックに対応する)について説明する。予備制御の開始判定は各車輪毎に行われる。なお、上述と同様に、値の大小関係、或いは、値の増加と減少を説明する際に、正負の符号で表される操舵方向、及び、旋回方向を考慮すると非常に煩雑となるため、特に限定がない場合には、絶対値の大小関係、及び、絶対値の増加と減少を表し、所定値は正符号(+)の値とする。
【0063】
ステップS310において、読み込まれた第2制御フラグFkに基づいて、車両が急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向にあるかが判定される。また、ヨーイング運動の速さを表す状態量に基づいて演算される第2状態量Kosが読み込まれて、これが所定値kos1よりも大きいかが判定され得る。車両が急激なオーバステア状態にはないと判定された場合(ステップS310にて否定判定(No)された場合)には、予備制御は不要であるため、予備制御は開始されない。ステップS310にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS320に進む。
【0064】
ステップS320にて、車速Vxが所定値v1より大きいかが判定される。車速Vxが所定値v1以下であり、ステップS320にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。車速が低い場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。車速Vxが所定値v1より大きく、ステップS320にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS330に進む。
【0065】
ステップS330にて、運転者が制動操作を行っていないことが判定される。この判定は、制動操作量Bsと所定値bs1との比較結果に基づいて行われる。制動操作量Bsが所定値bs1以上であり、制動操作部材BPが操作されている場合、ステップS330にて否定判定(No)が行われ、予備制御は開始されない。運転者の制動操作中には既に車輪に制動トルクが発生しており、予備制御は不要である。Bs<bs1であり、ステップS330にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS340に進む。
【0066】
ステップS340にて、実横加速度Gyaの大きさ(絶対値)が所定値gy1より大きいかが判定される。実横加速度Gyaが所定値gy1以下であり、ステップS340にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。実横加速度が低い場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。実横加速度Gyaの大きさ(絶対値)が所定値gy1より大きく、ステップS340にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS350に進む。
【0067】
ステップS350にて、現時点の操舵操作が「第2操舵」であるかが判定される。「第2操舵」とは、操舵操作が一方向に行われた直後に連続して他方向(前記の一方向とは反対の方向)に行われる操舵操作である。「第2操舵」であるか否かの判定は、操舵方向Dstrに基づいて行われる。操舵操作が第2操舵であり、ステップS350にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS430に進む。ステップS350にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS360に進む。
【0068】
ステップS360にて、現時点の操舵操作が「切り込み」操舵であるかが判定される。「切り込み」操舵とは、ステアリング装置の中立位置から遠ざかる方向に行われる操舵操作である。切り込み操舵であるか否かの判定は、操舵角Saに基づいて行われる。切り込み操舵の場合、操舵角Saの大きさ(絶対値)が増加する。操舵操作が「切り戻し」操舵(ステアリング装置の中立位置に近づく方向に行われる操舵操作であり、操舵角Saの大きさ(絶対値)が減少する)であり、ステップS360にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS400に進む。操舵操作が「切り込み操舵」であり、ステップS360にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS370に進む。
【0069】
ステップS370にて、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa1より大きいかが判定される。操舵角速度dSaが所定値dsa1以下であり、ステップS370にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。操舵角速度dSaが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa1より大きく、ステップS370にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS380に進む。
【0070】
ステップS380にて、ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr1より大きいかが判定される。ヨー角加速度dYrが所定値dyr1以下であり、ステップS380にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ヨー角加速度dYrが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生していない。ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr1より大きく、ステップS380にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS390に進み、予備制御が開始される。ステップS390では、予め設定された所定値pre1が予備制御目標値Qpt**として出力される。
【0071】
操舵操作が第1操舵の切り戻し状態である場合(操舵角Saに基づいて操舵角Saの大きさが減少する場合)には、演算処理はステップS360からステップS400に進む。
【0072】
ステップS400にて、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa2より大きいかが判定される。操舵角速度dSaが所定値dsa2以下であり、ステップS400にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。操舵角速度dSaが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa2より大きく、ステップS400にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS410に進む。
【0073】
ステップS410にて、ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr2より大きいかが判定される。ヨー角加速度dYrが所定値dyr2以下であり、ステップS410にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ヨー角加速度dYrが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生していない。ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr2より大きく、ステップS410にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS420に進む。
【0074】
ステップS420にて、操舵角Saの大きさ(絶対値)が所定値sa1より小さいかが判定される。操舵角Saが所定値sa1以上であり、ステップS420にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ステップS420にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS390に進み、予備制御が開始される。ステップS390では、予め設定された所定値pre2が予備制御目標値Qpt**として出力される。
【0075】
操舵操作が第2操舵である場合(操舵方向Dstrに基づいて、操舵方向が連続して一方向から他方向に変化する場合)には、演算処理はステップS350からステップS430に進む。
【0076】
ステップS430にて、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa3より大きいかが判定される。操舵角速度dSaが所定値dsa3以下であり、ステップS430にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。操舵角速度dSaが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生せず、ブレーキアクチュエータの応答性を補償する必要性が低い。操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa3より大きく、ステップS430にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS440に進む。
【0077】
ステップS440にて、ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr3より大きいかが判定される。ヨー角加速度dYrが所定値dyr3以下であり、ステップS440にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ヨー角加速度dYrが小さい場合には、急激なヨーイング挙動は発生していない。ヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr3より大きく、ステップS440にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS450に進む。
【0078】
ステップS450にて、操舵角Saの大きさ(絶対値)が所定値sa2より小さいかが判定される。操舵角Saが所定値sa2以上であり、ステップS450にて否定判定(No)が行われると、予備制御は開始されない。ステップS450にて肯定判定(Yes)が行われると、演算処理はステップS390に進み、予備制御が開始される。ステップS390では、予め設定された所定値pre3が予備制御目標値Qpt**として出力される。
【0079】
上記の所定値(正の値)v1,bs1,gy1,dsa1,dsa2,dsa3,dyr1,dyr2,dyr3,sa1,sa2は予備制御の開始を判定するためのしきい値(予備制御の開始判定しきい値)である。所定値dsa1,dsa2,dsa3が第1所定値、所定値sa1が第2所定値、所定値sa2が第3所定値、所定値dyr1,dyr2,dyr3が第4所定値に、それぞれ相当する。上記の判定ブロックは、それらの全てを備える必要はなく、それらのうちの何れか1つ以上を省略することができる。
【0080】
図9を用いて、図7の予備制御の終了判定ステップS220(図6の予備制御演算ブロックB60の終了判定演算ブロックに対応する)について説明する。予備制御の終了判定は各車輪毎に行われる。
【0081】
ステップS510にて、予備制御が開始され継続されている時間(継続時間Tpc)がカウントされる。ステップS520にて、車速Vxが所定値v2(<v1)未満であるかが判定される。車速Vxが所定値v2未満であり、ステップS520にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS580に進む。ステップS580にて、予備制御は終了され、予備制御目標値Qpt**が「0」にされる。車速が低下すれば、急激なヨーイング挙動は発生しないためである。車速Vxが所定値v2以上であり、ステップS520にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS530に進む。
【0082】
ステップS530において、制動操作量Bsに基づいて、予備制御開始後に運転者が制動操作を開始したかが判定される。運転者の制動操作が開始され、Bs>bs2(>bs1)となり、ステップS530にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS580に進む。制動操作量Bsが所定値bs2以下であり、ステップS530にて否定判定(No)がなされると、演算処理はステップS540に進む。
【0083】
ステップS540にて、操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa4(<dsa1,dsa2,dsa3)未満であるかが判定される。操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa4未満であり、ステップS540にて肯定判定(Yes)がなされると、演算処理はステップS580に進む。ステップS580にて、予備制御は終了される。操舵角速度が小さくなれば、急激なヨーイング挙動は発生しないためである。操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa4以上であり、ステップS540にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS550に進む。
【0084】
ステップS550にて、ヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr4(<dyr1,dyr2,dyr3)未満であるかが判定される。ヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr4未満であり、既に急激なヨーイング挙動は発生していない場合には、ステップS550にて肯定判定(Yes)がなされ、演算処理はステップS580に進む。ヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr4以上であり、ステップS550にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS560に進む。
【0085】
ステップS560にて、実横加速度Gyaの大きさが所定値gy2(<gy1)未満であるかが判定される。実横加速度Gyaの大きさが所定値gy2未満であり、ステップS560にて肯定判定(Yes)がなされ、演算処理はステップS580に進む。実横加速度Gyaの大きさが所定値gy2以上であり、ステップS560にて否定判定(No)が行われると、演算処理はステップS570に進む。
【0086】
ステップS570にて、予備制御の継続時間Tpcが所定値tkz1より大きいかが判定される。継続時間Tpcが所定値tkz1より大きく、ステップS570にて肯定判定(Yes)がなされ、演算処理はステップS580に進み、予備制御は終了される。急激な操舵操作が行われてから所定時間を経過した後には、車両安定性制御が開始されることはなく、予備制御が必要とされない。継続時間Tpcが所定値tkz1以下であり、ステップS570にて否定判定(No)が行われると、予備制御は継続される。
【0087】
上記の所定値(正の値)v2,bs2,gy2,dsa4,dyr4,tkz1は予備制御の終了を判定するためのしきい値(予備制御の終了判定しきい値)である。上記の判定ブロックは、それらの全てを備える必要はなく、それらのうちの何れか1つ以上を省略することができる。
【0088】
図10及び図11を参照しながら、上述した本発明の実施形態の作用・効果について説明する。予備制御が実行されると、アクチュエータ等の駆動音、或いは、予備制御による僅かな車両の減速によって運転者が違和を感じることがある。予備制御が必要である場合は、急速なヨーイング挙動が発生するオーバステアの場合である。そこで、操舵角速度dSaが大きく、車両安定性制御(主制御)の開始が予測されるときに、主制御の実行に用いられる状態量(第1状態量Jos)とは異なる状態量(第2状態量Kos)に基づいて急激なヨーイング運動の変化を伴うオーバステア傾向が判定される。第1状態量Josは、ヨーイング運動の大きさを表す状態量(車両の実際の(車体)横滑り角βaを含む状態量であり、横滑り角偏差Δβ、及び、実横滑り角βaのうちの少なくとも何れか1つに基づいて演算される値)とヨーイング運動の速さを表す状態量(実際のヨーレイトYraを含む状態量であり、ヨーレイト偏差ΔYr、及び、横滑り角速度dβaのうちの少なくとも何れか1つに基づいて演算される値)との相互関係に基づいて演算される。したがって、第1状態量Josの演算には、横滑り角項が含まれ、比較的緩やかなオーバステア傾向も識別され得る。一方、第2状態量Kosは、ヨーイング運動の速さを表す状態量に基づいて演算される。そのため、第2状態量Kosの演算には、横滑り角項が含まれずヨーレイト項のみが含まれるので、第1状態量Josによる識別よりも相対的に速いヨーイング挙動のオーバステア傾向が識別され得る。第2状態量Kosにより、急速なオーバステア傾向の増大が早期に判定され、予備制御の実行が素早く開始され得る。なお、所定値dsa1,dsa2,dsa3が第1所定値、所定値sa1が第2所定値、所定値sa2が第3所定値、所定値dyr1,dyr2,dyr3が第4所定値に、それぞれ相当する。
【0089】
先ず、図10を参照して、Jターン操舵の場合についての作用・効果を説明する。時間u0にて、一方向(左方向)に急な操舵操作が開始され、操舵角Saが急激に増加される。操舵角速度dSaが取得され、操舵角速度dSaの大きさ(絶対値)が所定値dsa1と比較される。操舵角速度dSaは操舵角Saに基づいて演算され得る。そして、この比較結果を表す制御フラグFdsaが設けられ得る。制御フラグFdsaとして、操舵角速度dSaが所定値dsa1以下の条件では「0」が出力され、操舵角速度dSaが所定値dsa1より大きい場合に「1」が出力される。時間u1にて、dSa>dsa1の条件が満足される。
【0090】
第2状態量Kosと所定値kos1とが比較され、比較結果である第2制御フラグFkが出力される。第2制御フラグFkとして、第2状態量Kosが所定値kos1以下の条件では「0」が出力され、第2状態量Kosが所定値kos1より大きい場合に「1」が出力される。時間u2にて、Kos>kos1の条件が満足され、急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が識別される。dSa>dsa1(Fdsa=1)、且つ、Kos>kos1(Fk=1)の条件が満足されたとき(時間u2)、予備制御が開始される。旋回の外側前輪に対して、予備制御の目標値Qptfr(=最終目標値Pwtfr=所定値pre1)が出力され、実際の制動トルクPwafrが増加される。
【0091】
時間u4にて、第1状態量Josに基づく車両安定性制御の主制御が開始される。主制御は緩やかなオーバステア傾向にも対応する必要があるが、予備制御は速いヨーイング運動を伴うオーバステア傾向にのみ対応できれば十分である。そのため、第1状態量Josとは異なる第2状態量Kosに基づいて、速いヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が識別されることで早期に予備制御が開始され得る。
【0092】
ヨー角加速度dYrが取得され、操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさが所定値dyr1と比較され得る。「操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさ」とは、操舵角速度dSaとヨー角加速度dYrとの符号が一致しているときのヨー角加速度dYrの絶対値を意味する。ここで、ヨー角加速度dYrはヨーレイトYraに基づいて演算され得る。この比較結果を表す制御フラグFdyrが設けられ得る。制御フラグFdyrとして、ヨー角加速度dYrが所定値dyr1以下の条件では「0」が出力され、ヨー角加速度dYrが所定値dyr1より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、dYr>dyr1(Fdyr=1)の条件が満足されたとき(時間u3)、予備制御が開始され得る。車両がアンダステア傾向を呈するときには、ヨー角加速度dYrは然程大きくはならない。ヨー角加速度dYrが、予備制御の開始に考慮されることで、より確実な予備制御が実行され得る。
【0093】
実横加速度Gyaが取得され、実横加速度Gyaの大きさが所定値gy1と比較され得る。この比較結果を表す制御フラグFgy(図示せず)が設けられ得る。制御フラグFgyとして、実横加速度Gyaが所定値gy1以下の条件では「0」が出力され、実横加速度Gyaが所定値gy1より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、Gya>gy1(Fgy=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始される。急激なヨーイング挙動は、路面の摩擦係数が比較的高い場合に発生するため、横加速度の条件が予備制御の開始判定に付加されることで、より確実な予備制御が行われ得る。
【0094】
次に、図11を参照して、レーンチェンジ操舵(過渡操舵)の場合についての作用・効果を説明する。時間v0にて左方向に急操舵され、時間v6にて、連続して右方向に操舵操作が行われる。以下、第1操舵の切り戻し時の判定を主として示し、第2操舵の切り込み時の判定を[ ](角かっこ)内に示す。
【0095】
先ず、操舵角速度dSaが取得され、操舵角速度dSaの大きさが所定値dsa2[所定値dsa3]と比較される。上述と同様に、操舵角速度dSaは操舵角Saに基づいて演算され得る。そして、この比較結果を表す制御フラグFdsaが設けられ得る。制御フラグFdsaとして、操舵角速度dSaが所定値dsa2[所定値dsa3]以下の条件では「0」が出力され、操舵角速度dSaが所定値dsa2[所定値dsa3]より大きい場合に「1」が出力される。時間v3[時間v6]にて、dSa>dsa2[dsa3]の条件が満足される。
【0096】
第2状態量Kosが演算され、所定値kos1と比較される。この比較結果である第2制御フラグFkが出力される。第2制御フラグFkとして、第2状態量Kosが所定値kos1以下の条件では「0」が出力され、第2状態量Kosが所定値kos1より大きい場合に「1」が出力される。時間v2にて、Kos>kos1の条件が満足され、急激なヨーイング運動を伴うオーバステア傾向が識別される。dSa>dsa2[dsa3](Fdsa=1)、且つ、Kos>kos1(Fk=1)の条件が満足されたとき(時間v3[時間v6])、予備制御が開始される。第2操舵に対応する旋回状態で外側となる前輪に対して、予備制御の目標値Qptfl(=最終目標値Pwtfl=所定値pre2[所定値pre3])が出力され、実際の制動トルクPwaflが増加される。第1状態量Josに基づく、車両安定性制御の主制御の開始(例えば、時間v7にて開始)されるよりも早期に急速なヨーイング変化を伴うオーバステア挙動が判別される。そのため、予備制御がより早期に開始されるため、効果的にブレーキアクチュエータBRKの応答性が補償され得る。
【0097】
ヨー角加速度dYrが取得され、操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさ(絶対値)が所定値dyr2[所定値dyr3]と比較され得る。上述と同様に、「操舵角速度dSaに対応するヨー角加速度dYrの大きさ」とは、操舵角速度dSaとヨー角加速度dYrとの符号が一致しているときのヨー角加速度dYrの絶対値を意味し、ヨー角加速度dYrはヨーレイトYraに基づいて演算され得る。この比較結果を表す制御フラグFdyrが設けられ得る。制御フラグFdyrとして、ヨー角加速度dYrが所定値dyr2[所定値dyr3]以下の条件では「0」が出力され、ヨー角加速度dYrが所定値dyr2[所定値dyr3]より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、dYr>dyr2[dyr3](Fdyr=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始され得る。操舵操作と同じ方向(操舵角速度dSaとヨー角加速度dYrとの方向が一致)に急激なヨーイング挙動の変化(ヨー角加速度)が表れたことが判定されて予備制御が開始されるため、より適切な予備制御が実行され得る。
【0098】
操舵角Saが取得され、操舵角Saの大きさ(絶対値)が所定値sa1[所定値sa2]と比較され得る。この比較結果を表す制御フラグFsaが設けられ得る。制御フラグFsaとして、操舵角Saが所定値sa1[所定値sa2]以上の条件では「0」が出力され、操舵角Saが所定値sa1[所定値sa2]より小さい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、Sa>sa1[sa2](Fsa=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始され得る。第1操舵が行われた後に第2操舵が行われない場合には、急激なヨーイング挙動が発生する可能性は低い。そのため、予備制御の開始条件に操舵角の大きさが付加され、第2操舵の実行が確実に予測されるとき、或いは、第2操舵が開始された直後に予備制御が開始される。
【0099】
実横加速度Gyaが取得され、実横加速度Gyaの大きさ(絶対値)が所定値gy1と比較され得る。この比較結果を表す制御フラグFgy(図示せず)が設けられ得る。制御フラグFgyとして、実横加速度Gyaが所定値gy1以下の条件では「0」が出力され、実横加速度Gyaが所定値gy1より大きい場合に「1」が出力される。少なくとも、Fdsa=1、Fk=1、及び、Gya>gy1(Fgy=1)の条件が満足されたとき、予備制御が開始され得る。Jターン操舵と同様に、急激なヨーイング挙動は、路面の摩擦係数が比較的高い場合に発生する。そのため、横加速度の条件が予備制御の開始判定に付加されることで、より確実な予備制御が行われ得る。
【0100】
ここで、所定値dsa2とdsa3、所定値dyr2とdyr3、所定値sa1とsa2のうちの少なくとも1組は、同じ値であってもよい。
【0101】
所定値dyr1、dyr2、及び、dyr3は、ヨー角加速度dYrについての予備制御の開始しきい値であるが、これらのうちの少なくとも1つは、実横加速度Gyaに基づいて設定され得る。所定値dyr1、dyr2、及び、dyr3のうちの少なくとも1つが、図12に示されるような、実横加速度Gyaが「0」以上から所定値g1未満の範囲では所定値y1である特性、実横加速度Gyaが所定値g1以上から所定値g2(>g1)未満の範囲では実横加速度Gyaの増加にしたがって増加される特性、及び、実横加速度Gyaが所定値g2以上の範囲では所定値y2(>y1)である特性によって構成される演算マップに基づいて設定される。実横加速度Gyaには路面の摩擦係数が反映されており、実横加速度Gyaに基づいて、所定値dyr1、dyr2、及び、dyr3のうちの少なくとも1つの値が設定されことにより、路面状況に応じた予備制御が実行され得る。
【符号の説明】
【0102】
BRK…ブレーキアクチュエータ、ECU…電子制御ユニット、GY…横加速度センサ、WS**…車輪速度センサ、YR…ヨーレイトセンサ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の車輪に制動トルクを付与する制動手段と、車両の実際の旋回状態量を取得する実旋回状態量取得手段と、前記実際の旋回状態量に基づいて第1状態量を演算し、該第1状態量に基づいて前記車両がオーバステア傾向であるか否かを識別する第1識別手段とを備え、前記第1識別手段の識別結果に基づいて前記制動手段を介して前記制動トルクを制御することで前記車両の走行安定性を維持する車両の運動制御装置において、
前記実際の旋回状態量に基づいて前記第1状態量とは異なる第2状態量を演算し、該第2状態量に基づいて前記車両がオーバステア傾向であるか否かを識別する第2識別手段と、
前記車両の操舵角速度を取得する操舵角速度取得手段と、
前記第2識別手段の識別結果、及び、前記操舵角速度に基づいて前記制動トルクを制御する制御手段と
を備えることを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の運動制御装置において、
前記制御手段は、
前記操舵角速度が第1所定値より大きく、且つ、前記第2識別手段の識別結果がオーバステア傾向を肯定する結果であるときに、前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の車両の運動制御装置において、
前記第2識別手段は、
前記第1識別手段に比較して、相対的に速い前記車両のヨーイング運動を識別することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の車両の運動制御装置において、
前記第1識別手段は、
前記車両のヨーイング運動の大きさを表す状態量と前記車両のヨーイング運動の速さを表す状態量との相互関係に基づいて前記第1状態量を演算するとともに、
前記第2識別手段は、
前記車両のヨーイング運動の速さを表す状態量のみに基づいて前記第2状態量を演算することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れか一項に記載の車両の運動制御装置であって、
前記車両の操舵角を取得する操舵角取得手段を備え、
前記制御手段は、
前記操舵角が減少し、且つ、前記操舵角が第2所定値より小さいときに前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5の何れか一項に記載の車両の運動制御装置であって、
前記車両の操舵角を取得する操舵角取得手段と、
前記操舵角に基づいて、前記車両の操舵方向が一方向であるか、或いは、他方向であるかを判定する操舵方向判定手段とを備え、
前記制御手段は、
前記操舵方向判定手段によって前記操舵方向が前記一方向と判定された後に連続して前記他方向と判定されるとともに、前記操舵角が増加し、且つ、前記操舵角が第3所定値より小さいときに前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6の何れか一項に記載の車両の運動制御装置であって、
前記実際の旋回状態量に基づいてヨー角加速度を演算するヨー角加速度取得手段を備え、
前記制御手段は、
前記ヨー角加速度が第4所定値より大きいときに前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項1】
車両の車輪に制動トルクを付与する制動手段と、車両の実際の旋回状態量を取得する実旋回状態量取得手段と、前記実際の旋回状態量に基づいて第1状態量を演算し、該第1状態量に基づいて前記車両がオーバステア傾向であるか否かを識別する第1識別手段とを備え、前記第1識別手段の識別結果に基づいて前記制動手段を介して前記制動トルクを制御することで前記車両の走行安定性を維持する車両の運動制御装置において、
前記実際の旋回状態量に基づいて前記第1状態量とは異なる第2状態量を演算し、該第2状態量に基づいて前記車両がオーバステア傾向であるか否かを識別する第2識別手段と、
前記車両の操舵角速度を取得する操舵角速度取得手段と、
前記第2識別手段の識別結果、及び、前記操舵角速度に基づいて前記制動トルクを制御する制御手段と
を備えることを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の運動制御装置において、
前記制御手段は、
前記操舵角速度が第1所定値より大きく、且つ、前記第2識別手段の識別結果がオーバステア傾向を肯定する結果であるときに、前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の車両の運動制御装置において、
前記第2識別手段は、
前記第1識別手段に比較して、相対的に速い前記車両のヨーイング運動を識別することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の車両の運動制御装置において、
前記第1識別手段は、
前記車両のヨーイング運動の大きさを表す状態量と前記車両のヨーイング運動の速さを表す状態量との相互関係に基づいて前記第1状態量を演算するとともに、
前記第2識別手段は、
前記車両のヨーイング運動の速さを表す状態量のみに基づいて前記第2状態量を演算することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れか一項に記載の車両の運動制御装置であって、
前記車両の操舵角を取得する操舵角取得手段を備え、
前記制御手段は、
前記操舵角が減少し、且つ、前記操舵角が第2所定値より小さいときに前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5の何れか一項に記載の車両の運動制御装置であって、
前記車両の操舵角を取得する操舵角取得手段と、
前記操舵角に基づいて、前記車両の操舵方向が一方向であるか、或いは、他方向であるかを判定する操舵方向判定手段とを備え、
前記制御手段は、
前記操舵方向判定手段によって前記操舵方向が前記一方向と判定された後に連続して前記他方向と判定されるとともに、前記操舵角が増加し、且つ、前記操舵角が第3所定値より小さいときに前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6の何れか一項に記載の車両の運動制御装置であって、
前記実際の旋回状態量に基づいてヨー角加速度を演算するヨー角加速度取得手段を備え、
前記制御手段は、
前記ヨー角加速度が第4所定値より大きいときに前記制動トルクを付与することを特徴とする車両の運動制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−247637(P2010−247637A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−98646(P2009−98646)
【出願日】平成21年4月15日(2009.4.15)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年4月15日(2009.4.15)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
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