車両用強度部材
【課題】高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えた高強度鋼板を、高い接合強度で接合し、車両用強度部材に好適なものとする。
【解決手段】引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板どうしを、摩擦撹拌接合(FSW)によって互いに接合する。
【解決手段】引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板どうしを、摩擦撹拌接合(FSW)によって互いに接合する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えた高強度鋼板からなる車両用強度部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の衝突安全性への要求が益々高まっている。例えば前面衝突に対する安全策としては、フロントフレームを変形させてエネルギーを吸収し、その代わりに乗員空間であるキャビンは変形抵抗を高めてなるべく変形を抑えて乗員空間を確保するという手法が有効とされている。この手法におけるフロントフレームでのエネルギー吸収量は、変形抵抗と変形ストロークの積に比例するが、より短い変形ストロークで同等のエネルギーを吸収することができれば、フロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上や車体軽量化など、さまざまなメリットを享受することができる。したがって近年では、フロントフレームに使用される材料(一般的には鋼板)の強度が、より高いものになっている。
【0003】
ここで、フロントフレーム用鋼板を高強度化するにあたっては、鋼板を高強度化すると必然的に降伏点が上昇するために、初期反力、すなわち車体が衝突する瞬間の反力も大きく上昇するという問題がある。したがって、初期反力を極力低く抑えながらも、変形時の吸収エネルギーを十分に確保することが必要である。
【0004】
また、一般に鋼板を高強度化すると、フロントフレームのような部品が長手方向に圧縮する状況にあっては、座屈形状が不安定になり、安定した蛇腹状の座屈から折れ曲がりの状態に変形様式が変化するという問題もある。言うまでもなく、折れ曲がりになると衝撃エネルギーの吸収効率も低下するため、素材を高強度化したことによる吸収エネルギーの増加も見込めなくなる。なお、鋼板の高強度化により座屈が不安定になる理由としては、鋼板素材の高強度化による加工硬化能の低下が大きいと言われている。すなわち、部材が軸方向に1回だけ座屈した時に素材の加工硬化の度合いが大きければ、座屈部のみならずその周囲にも変形が伝播し、別の部位が次に座屈し、結果的に蛇腹状の座屈形態となるが、加工硬化の度合いが小さい場合は、1回目の座屈部のみに変形が集中してしまい、その場合には折れ曲がりの形態となる。一般的に鋼板を高強度化すると加工硬化能は低下するため、座屈の不安定化は避けられなかった。
【0005】
このような問題を解決するためには、部品の形状を、安定座屈しやすくなるようなものとすることが効果的である。ところが、エンジンルーム内でのレイアウトやデザインの面で制約があり、部品の形状を所望通りに実現できるとは限らない。そこで、材料そのものの特性を最適化することで目的を達成することができれば、材料を高強度化しながらも問題なくエネルギーを吸収することができる。具体的には、高強度でありながら降伏強度が低く、かつ、加工硬化能が高い鋼板を用いれば、初期反力の増加が抑制され、また、座屈が安定化し、効率的に衝撃エネルギーを吸収することができる。
【0006】
さて、衝突特性に優れた車体部品用の鋼板としては、加工誘起変態によりマルテンサイトを生成可能なオーステナイトを持つとともに、加工硬化指数が0.6以上の鋼板を用いて構成された鋼板が開示されている(特許文献1)。また、この他には、C:0.1〜0.45%を含み、Si:0.5%〜を含む鋼を所定の条件で熱延、冷延、焼鈍することで、引張り強度が82〜113kgf/mm2で、引張り強度×伸びが2500kgf/mm2・%以上を示す延性の良好な高強度鋼板の製造方法が開示されている(特許文献2)。さらには、C:0.1〜0.4wt%を含み、Siを制限した成分系でMn量を高め、所定条件で2回焼鈍することで、引張り強度が811〜1240MPa、引張り強度×伸びが28000MPa%以上の高延性を示す高強度鋼板が開示されている(特許文献3)。
【0007】
【特許文献1】特開2001−130444号公報
【特許文献2】特開昭62−182225号公報
【特許文献3】特開平7−188834号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、Cr:19質量%、Ni:12.2質量%の実施例aと、Cr:18.3質量%、Ni:8.87質量%の実施例bの、いずれもオーステナイトステンレスが開示されている。本発明者がそのうちの実施例bとほぼ同じ成分を含有する市販のSUS304L(オーステナイトステンレス)を用いて、板材をハット状に折り曲げ加工した部材を用いた筒型部材(図6参照)を試験片として作製し、圧潰試験(後述の実施例参照)に供したところ、座屈は蛇腹形状に安定して生じたものの、初期反力と吸収エネルギーのバランスは、従来鋼に対して優位差がないという結果を得た。
【0009】
また、特許文献1の請求項2には、使用される鋼板の加工硬化指数が0.26以上と規定されているが、初期反力と吸収エネルギーのバランスを決定するのは、いわゆる加工硬化指数すなわち“n値”だけではないことを本発明者は把握している。そもそもこのn値とは、応力σと歪みεの関係を、「σ=Kεn」で表した場合の指数nであり、本発明者はこれに関して3つの問題点があると考えている。
【0010】
第1に、n値自体は、応力歪み線図の形を決定しているにすぎず、材料の加工硬化量すなわち変形応力の増分の絶対値を決めるものではないということである。例えば軟鋼板はn値が高いが、応力の増分の絶対値自体が大きいわけではない。また、必ずしも全ての材料の応力歪み線図に対してn値が精度良く合うものではない。後述するように本発明は、部材の衝突特性にとって重要な因子は、n値ではなく、応力の増分すなわち応力歪み線図の勾配であるとの知見によっている。
【0011】
さらには、n値を測定するにあたり、測定に用いる歪み量の範囲によって得られるn値が変わってくることも問題である。例えば、「プレス成形難易ハンドブック第3版(2007年 日刊工業新聞社 薄鋼板成形技術研究会編)、99ページ」には、「通常の材料では変形中にn値が一定ではない」と記載されている。しかしながら、n値の測定に用いる歪み量の範囲に明確な規定はない。前出の「プレス成形難易ハンドブック第3版 99ページ」には、歪み量は、「普通鋼板では5〜15%、または10〜20%とすることが多い」と記載されているのみである。また、「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法 7.n値の算出(1)」には、「計算に用いる歪みの範囲は、それぞれの材料規格による。特に規定のない場合は、受渡当事者間の協定による」と記載されているものの、「JIS G 3141 冷間圧延鋼板及び鋼帯」には、n値の規定はなく、「日本鉄鋼連盟規格 JFSA−2001 自動車用冷間圧延鋼板及び鋼帯」にもn値の規定はない。
【0012】
以上を鑑みると、種々の方法で測定されたn値をそのまま比較することは正当な評価をしたことにならない。さらには、n値の測定に関しては、弾性変形域の取り扱いも慎重になされるべきである。「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法」には、真歪みεの定義として伸び系の標点距離Lが用いられており、これに基づくならば、弾性変形域を含んだ標点距離の変位量を用いて真歪みが計算されるため、真歪みには弾性変形分が含まれることになる。しかしながら、加工硬化指数を計算するにあたって弾性変形域を含んだ歪みを用いることには、そもそも矛盾がある。もっとも、軟鋼板等、降伏点が比較的低いものの場合には、弾性変形域を含むか否かはさほど問題にならない。しかしながら本発明のような衝突部品に適用される高強度鋼板では、軟鋼板に比べて降伏点が高いため、弾性変形域を含む場合と含まない場合のn値の差異は、無視できなくなる。
【0013】
以上のような状況に鑑み、本発明者は、部材の衝突特性に影響する材料因子として、n値以外に、より簡便で、かつ、計算条件が明確な指標を検討してきた。その結果、弾性変形域を除外した塑性歪みを用いた真応力真歪み線図において、真歪み3〜7%の間の真応力の傾きdσ/dεが、最も有効であるとの結論に達した。そのため本発明では、応力勾配dσ/dεを、材料特性を規定するための指標とする。その詳細な測定方法については後述する。
【0014】
次に、特許文献2に開示されているフェライトと残留オーステナイトの複合組織鋼板は、優れた強度延性バランスを示すものの、一定以上のSi添加が必要である。このため、表面性状が劣化することに加え、1000MPa以上の高強度を得るためには0.36%ものC量が必要であることから、スポット溶接強度が劣り、スポット溶接で組み立てられる車両用車体には適さないという欠点がある。また、特許文献3には、Siを低減しても良好な強度延性バランスを有する高強度鋼板の製造方法が開示されているが、2回の焼鈍が必要なため製造コストが高く、さらにC量が多いためにスポット溶接強度の問題が残る。
【0015】
また、いずれの特許文献に記載の鋼板においても、初期反力を抑えて吸収エネルギーを確保するといった特性は有していない。以上のような状況から、衝突時の初期反力をできるだけ抑えて吸収エネルギーは確保することができる高強度鋼板を、C量を低く抑えながら達成する技術が求められていた。
【0016】
よって本発明は、高強度と衝撃エネルギー吸収能とを高次元で兼ね備える車両用強度部材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、車両用強度部材のうち特に軸方向に変形する部品において、初期反力を抑えながら吸収エネルギーを上昇させるために必要な材料の特性について研究を重ねた結果、初期反力は素材の3%変形時の応力に比例し、圧潰後の吸収エネルギーは素材の7%変形応力に比例しているとの知見を得た。その知見を元に、初期反力を抑えながら吸収エネルギーを上昇させるためには、素材の3%変形応力をできるたけ低くし、7%変形応力をできるだけ高くすることが必要であるとの結論に達した。すなわち、歪み3〜7%の間の応力上昇つまり応力歪み線図の傾きが大きい鋼板が、従来得られなかった低い初期反力と高い吸収エネルギーとのバランスを持つことができるとの結論に達した。また、本発明の車両用強度部材は、そのような鋼板を溶接してなるものであるが、C量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接では十分な溶接強度を得にくい可能性がある。そこで本発明では、鋼板どうしを高い強度で接合するためには摩擦撹拌接合(Friction Stir Welding)が有効であるという知見も得た。
【0018】
本発明の車両用強度部材は上記知見に基づいてなされたものであり、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板どうしを、摩擦撹拌接合によって互いに接合してなることを特徴とする。
【0019】
また、本発明の高強度鋼板においては、特に、フェライト相と分散する硬質第2相からなる金属組織を呈し、金属組織に占める硬質第2相の面積率が30〜70%であり、フェライト相中に占める結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの面積率が15〜90%であり、フェライト相中において、結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの平均粒径dsと結晶粒径が1.2μmを超えるフェライトの平均粒径dLとが下記(1)式を満たすことを特徴としている。
dL/ds≧3…(1)
【0020】
さて、上記のように、本発明に係る高強度鋼板は、高強度で、かつ、衝撃吸収エネルギーを高次元で発揮されるために、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上であることを必須としている。ここで、まず本発明に係る高強度鋼板の特性を示す応力歪み線図の傾きdσ/dεの測定方法について詳述する。
【0021】
素材から引張り試験片を作製して引張り試験に供するが、その際には伸び計の使用は任意である。伸び計を使用する場合には、引張り試験時に標点伸びと荷重を測定し、公称応力歪み線図を得る。次いで、公称応力歪み線図の歪みから弾性変形分を減じて塑性歪みに換算し、さらに真歪みと真応力の関係に変換する。そして、得られた塑性真歪み真応力の関係から、真歪み0.03での真応力:σ3と、真歪み0.07での真応力:σ7を得た後に、下記式によって応力歪み線図の傾きdσ/dεを求める。
dσ/dε=(σ7−σ3)/0.04
これが、本発明で定義する応力歪み線図の傾きである。
【0022】
また、試験片が小さい等の理由で伸び計を使用できない場合には、クロスヘッド変位と荷重を測定し、応力変位線図を得た後に、応力変位線図の立ち上がりにおける直線部を弾性変形分として、その弾性変形分を歪みから減じれば、公称塑性歪みとなる。以下は上記と同じ要領で求められる。
【0023】
次に、本発明者は、上記の従来技術によらずに加工硬化能が大幅に向上した高強度鋼板を得るために、結晶粒の超微細化に着目した研究を行ってきた。その結果、超微細粒を所定の範囲の比率で含有するフェライトを母相とし、マルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイトのいずれか1種、またはそれ以上からなる第2相を一定の比率で含有する複合組織鋼板とすることで、高強度でありながら従来にない高い加工硬化能を付与できるとの結論に達した。
【0024】
このようにして製造した鋼板は、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きが5000MPa以上であり、従来の高強度鋼板の製造技術では実現することができなかったものである。図1に、発明鋼板と比較鋼板(後述の実施例に記載の発明鋼板13と比較鋼板2)の公称応力公称歪み線図を示すが、発明鋼板は、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有している。
【0025】
超微細粒のフェライト相と硬質第2相からなる組織が、従来にない大きな加工硬化能を有する理由は必ずしも明確ではないが、以下のように考えられる。図2は、発明鋼板(後述の実施例に記載の発明鋼板13)から引張り方向と圧延方向が一致するように引張り試験片を作製し、引張り変形させた後に、試験片の平行部から、観察面が引張り方向すなわち圧延方向と平行な断面となるように薄膜を採取し、その薄膜を透過型電子顕微鏡(TEM)にて観察した明視野像である。図3は、その視野像の模式図である。これら図によると、右上と中央下の比較的暗い色をした粒が硬質第2相、比較的明るい部分が母相のフェライトであるが、母相のフェライトには非常に高い密度で転位が存在していることが判る。さらにその転位は、一般的に金属の変形組織に見られる転位セル組織を形成していない。
【0026】
ここで転位セルとは、変形により導入された転位が互いに補足し合ったりからみ合ったりして集積することで、歪みエネルギーが下がるように配列したもので、セル壁と呼ばれる転位密度の高い部分と、比較的転位密度が低い部分とからなる。このように転位セルを形成することで、歪みエネルギーが下がって内部応力が緩和されているため、セルを形成しない場合よりも、変形に必要な外部応力は小さいと考えられる。鉄の場合の転位セルの例は、「改定金属物理学序論(幸田成康著 コロナ社 1973年)265ページの図9.47」に記載されている。この例は、純鉄を18%引張り変形させた場合であるが、セルが特定の方向に伸張しており、短い方のセル壁間隔は、約1μmである。鋼を引張り変形した場合のセル間隔はこの程度と考えてよい。
【0027】
さて、鋼を構成する結晶粒の大きさが、通常の転位セルの大きさと同等か、もしくは小さい場合には、もはや転位セル組織を形成することはできない。したがって、加工により導入された転位は高密度で粒内に存在することになり、転位どうしの相互作用も大きく、内部応力の増加をもたらすことになる。このため、それ以上に材料が変形するには、セルを形成する場合よりも大きな外部応力が必要になる。これが、大きな加工硬化をもたらす原因と考えられる。
【0028】
次に、上記の転位に基づく機構が本発明に係る鋼板においてどのように作用しているかについて述べる。本発明に係る高強度鋼板の金属組織は、上記のように、フェライトの母相と硬質第2相からなる複合組織鋼板であり、金属組織に占める硬質第2相の面積率が30〜70%であり、母相のフェライト中に占める粒径1.2μm以下の超微細なフェライト粒の面積率が15〜90%であることを特徴としている。
【0029】
その根拠は、まず、母相のフェライトに占める粒径1.2μm以下の超微細フェライト粒の割合が15%よりも小さい場合は、材料の加工硬化はあまり向上しない。これは、金属組織の多くを占める粗大粒の部分が、通常のように転位セルを形成するためである。一方、粒径1.2μm以下の超微細フェライト粒の割合が90%を越えると、フェライト相の変形能が低下して破断が容易に起こりやすくなる。粗大結晶粒フェライトをある程度含有することで、超微細フェライト粒への応力の集中が分散され、素材の延性が向上する。これらの要因から、超微細フェライト粒の適正な面積率は15〜90%である。また、上述した効果を十分に発揮するには、超微細フェライト粒の平均粒径に対する粒径1.2μmを超えるフェライト粒の平均粒径を3倍以上とすることが適正である。
【0030】
次に、硬質第2相の面積率の限定理由について述べる。硬質第2相が30%より少ない場合は、母相の超微細粒率が所定の範囲であっても、大きな加工硬化は発現しない。そもそも硬質第2相の役割は、隣接した軟質なフェライトを優先的に変形させ、歪み、すなわち転位をフェライト相中に多く導入するためである。これにより母相のフェライトが加工硬化する。しかし第2相が少ない場合はこのような効果が不十分なため、フェライトの加工硬化が不十分となる。
【0031】
一方、硬質第2相はまったく変形しないわけではなく、金属組織の連続性を満たすために、ある程度は変形するが、変形の主体はあくまでもフェライトである。しかしながら、硬質第2相が70%よりも多い状態では、材料を変形させた場合に、もはや母相のフェライトだけでは素材の変形をまかなうことは困難であり、逆に素材の変形の多くの部分を、硬質第2相の変形によりまかなうようになる。ところが本発明の硬質第2相は、マルテンサイト、残留オーステナイトおよびベイナイトのうちのいずれかであり、硬質で変形能に乏しいため、材料の強度は高くなるものの延性は望めない。ここで、残留オーステナイトは、それ自体変形能に乏しいということはない。しかしながら、歪み誘起によってマルテンサイトに変態した後は、硬度が高くかつ延性に乏しい。そのような相が変形の主体である場合は、硬質第2相の内部もしくは硬質第2相とフェライトとの界面にボイドが容易に形成され、比較的早期に破断に至る。したがって本発明においては、硬質第2相の面積率の上限を70%と定めた。
【0032】
なお、一般的な複合組織鋼板においては、硬質第2相の面積率は最大30%程度のようであって適正な第2相面積率の範囲が本発明とは異なる。従来技術で硬質第2相の面積率が最大30%程度であることの理由は明確ではないが、超微細フェライト粒中の可動転位密度に関係していると想定される。第2相を含まない単相の超微細フェライト粒からなる鋼の研究例では、結晶粒内の転位密度が非常に小さいことが明らかになっている(例えば、Scripta Materiallia 第47巻 2002年 893ページ)。
【0033】
鉄の降伏強度は、結晶中の可動転位密度に密接に関係し、いわゆるギルマン・ジョンストンの降伏理論で説明されるように、初期の可動転位密度が低いと、材料の降伏により大きな外部応力を必要とする。一旦材料が降伏し転位の増殖によって可動転位密度が大幅に上昇してしまうと、それほどの外部応力は必要としないため、変形応力が低下する。したがってこの場合は、降伏点が高く加工硬化が小さいという材料特性になる。この欠点を回避して降伏点を低下させ、かつ、加工硬化を高めるためには、初期可動転位密度を高める必要がある。そのような鋼板の典型的な例が、フェライトとマルテンサイトからなる複合組織鋼板である。複合組織鋼板においては、フェライト相とマルテンサイト相の格子定数が異なるために、格子のミスフィットが生じ、それ緩和するために、異相の界面付近に比較的高密度の転位が存在する。これらの転位は、材料に応力を付与した時に容易に動くため、材料の降伏にはそれほど大きな応力は必要としない。
【0034】
本発明に係る鋼板は、複合組織の考え方をベースにしているものの、母相は一定の範囲で超微細粒を含有しているもので、この点において本発明は従来のものとまったく異なるものである。本発明の高強度鋼板においては、前述のように母相の初期可動転位密度は通常の粗大粒の鋼板に比べて低いと想定される。したがって、超微細粒組織を母相として複合組織とする場合には、第2相の含有率を、通常の粗大粒の鋼板よりも高くしておかなければ十分な初期可動転位密度を確保することができない。そのため、適正な第2相の含有率が通常の粗大粒を母相とした複合組織鋼よりも、高い方向へシフトしていると考えられる。
【0035】
次に、本発明における高強度鋼板どうしの接合手段について述べる。上記のように、本発明の車両用強度部材は、高強度鋼板どうしを摩擦撹拌接合によって互いに接合してなるものである。
【0036】
溶接性に影響する因子としては、前述のC量だけでなく、他の元素の影響も加味したC当量を用いるべきであり、Si,Mn,P,Sを加味したC当量:Ceq(C+Mn/20+Si/40+4P+2S)が用いられる。この式によるCeqは、「新日鉄技報385号(2006年10月) 38ページ」に記載されているように、スポット溶接ナゲットの破断形態に影響する因子であるとされているが、本質的には、溶融ナゲットの切欠感受性に影響して、ナゲット内の破断であるのか、母材の破断であるのかを決定する因子である。したがって、スポット溶接以外の、例えばレーザー溶接やアーク溶接継手等の溶融接合方法の破断形態の判定にも利用できる。
【0037】
ところで、本発明に係る高強度鋼板のC当量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接で本発明の高強度鋼板どうしを接合しても、十分な接合強度を得にくい可能性がある。そこで本発明では、高強度鋼板どうしを摩擦撹拌接合によって接合することにより、十分な接合強度を得ることに成功している。摩擦撹拌接合(以下、FSWと称する)は、スポット溶接やアーク溶接のように素材である鋼板を溶融させず、固相のままで接合することができる。このため、接合部の靱性が大幅に低下することがないといった利点がある。またこの他には、スポット溶接のような点接合ではなく連続的な接合が可能であることから、吸収エネルギーの向上が図られる。
【0038】
本発明に係る高強度鋼板どうしをFSWで接合して強度部材を製造するにあたっては、エネルギーの吸収特性に優れた強度部材を得るためのFSWの条件が吟味される。FSWは、ツールと称される棒状の撹拌工具を接合部分に押し当てながら接合線に沿って移動することにより、鋼板の突き当て部分どうしを接合させるものである。このようなFSWにおいては、ツールの回転速度と移動速度に応じて、ツールから鋼板への入熱量が変化し、その入熱量は、鋼板どうしを良好に接合する上で重要な要素となる。
【0039】
入熱量が少ないと鋼板の流動が不十分となって接合も不十分なものとなる。一方、入熱量が多すぎると鋼板の温度がA3変態点を超えてしまい、その後の冷却により靱性に劣るマルテンサイト相が多く表れて強度的に不利になる。ちなみに、ツールの移動速度が遅いほど、また、回転速度が速いほど、入熱量は多くなる。また、ツールの移動速度は接合の安定性にも影響し、すなわちツールの移動速度が遅い場合には、接合は安定するものの、入熱量が多くなり、逆に移動速度が速いと鋼板がめくれるような変形が生じたり、撹拌部分に欠陥が生じたりする。これらの不都合が起こらないように、ツールの回転速度と移動速度は適正な範囲に制御されるべきである。その範囲としては、例えば、後述するツール形状で行う場合には、ツールの回転速度は100〜600rpm程度、ツールの移動速度は60〜700mm/min程度が好適とされる。また、ツールの材料も入熱量に影響し、本発明の場合には、WC(タングステン−カーバイト)系の超硬合金などが好適とされる。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板を接合してなるものであるから、加工硬化能の大幅な向上に伴う安定した座屈形態での圧潰が可能であり、かつ、高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えるといった、優れた耐衝撃性能を有する車両用強度部材の提供が可能である。そして、このような特性を有することから、薄肉化による大幅な軽量化、ならびにそれに伴う車両の燃費の大幅な向上が達成可能であり、ひいてはCO2の排出削減に大きく寄与するといった効果が奏される。また、摩擦撹拌接合で高強度鋼板を接合することにより、高い接合強度が確保され、車両用強度部材として大いに有望である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
本発明の車両用強度部材を構成する高強度鋼板は、フェライトの母相と硬質第2相とからなる複合組織を有する鋼板であり、一般的なフェライト系低合金鋼の成分で実現が可能である。
【0042】
所定の成分の鋼は、工業的には転炉もしくは電気炉で溶製することができ、また、実験室的には、真空溶解もしくは大気溶解炉で溶製することができる。鋼を鋳造する場合は、バッチのインゴット鋳造も可能であるが、より生産性の高い連続鋳造を適用することも勿論可能である。作製したスラブまたはインゴットは、薄板用の連続熱間圧延ミルで圧延され、熱延コイルとなる。その際に、圧延後の冷却パターンや巻取り温度を合金成分に応じて適切に制御することで、フェライトと硬質第2相の複合組織とすることができる。このようにして得られた熱延コイルは、酸洗によって表面の酸化スケールが取り除かれた後、冷間圧延される。この際の冷間圧延率は、熱延板における硬質第2相の間隔に応じて適切な範囲に制御される。その後、連続焼鈍、箱焼鈍等種々の方法で、焼鈍された後、必要に応じて形状矯正のためのスキンパス圧延が施され、製品化される。
【0043】
上記のように、本発明の超微細粒複合組織を特徴とする高強度鋼板は、従来の薄鋼板の製造プロセスを変更することなく、中間素材の組織とプロセス条件の適正化のみによって製造可能であることが大きな特徴である。
【実施例】
【0044】
次に、本発明の具体的な実施例を示す。当該実施例は実験室レベルで鋼板を製造したものであり、製造にあたっての真空溶解、圧延、焼鈍等の設備は、量産設備に比べて勿論小型のものであるが、この実施例の結果は、量産設備での製造に何ら制約を与えるものではない。
【0045】
表1に示す組成を有するスラブ1〜17を真空溶解して溶製し、作製した。表1で表示する元素以外の残部はFeである。
【0046】
【表1】
【0047】
次に、スラブ1〜17に対して、表2に示す諸条件で圧延および焼鈍の処理を施し、処理条件の違いによって本発明に係る発明鋼板1〜13と、本発明から逸脱する比較鋼板1〜4を作製した。なお、焼鈍処理における加熱温度、加熱温度変更のタイミング、温度保持時間等の焼鈍パターンは、図4に示すパターン1,2の2種類とし、これら焼鈍パターンを各スラブに適宜に振り分けた。また、表1に示す化学組成を有する市販材1〜4の鋼板を、表2に示すように本発明から逸脱する比較鋼板5〜8とする。これら比較鋼板は市販材であるが故に製造条件に関しては確認できず、したがって表2において比較鋼板5〜8の製造条件は記載していない。また、表3に、発明鋼板1〜13と比較鋼板1〜8の焼鈍組織などを示す。
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
表3に示した金属組織(フェライト、残留オーステナイト、マルテンサイト、ベイナイト、セメンタイトおよびパーライト)は、次のように判定した。すなわち、圧延後の鋼板から圧延方向に平行な断面を切り出し、この断面をナイタール等でエッチングした後に、走査型電子顕微鏡で倍率5000倍で撮影した2次電子像(以下、SEM写真と称する)を観察して判定した。
【0051】
また、このSEM写真から、硬質第2相の平均面積率と、硬質第2相を除外したフェライト部のうちの、ナノ結晶粒(ナノフェライト)の面積率を測定した。さらに、ナノフェライトの平均粒径dsと、ミクロンオーダーの結晶粒であるミクロフェライトの平均粒径dLの比率「dL/ds」を求めた。ナノフェライトは粒径が1.2μm以下の結晶粒であり、ミクロフェライトは粒径が1.2μmを超える結晶粒である。なお、ここでの平均粒径とは、SEM写真において、画像解析により全てのフェライト粒の面積を測定し、それぞれの面積から求めた円相当径を意味する。具体的には、画像解析により求めたフェライト粒の面積をSi(i=1,2,3…)とすると、円相当径Di(i=1,2,3…)は、「Di=2(Si/3.14)1/2 」から求められる。これらの算出値を表3に示す。
【0052】
次に、表2および表3に示す発明鋼板1〜13および比較鋼板1〜8から、圧延方向と平行な方向が引張り軸となるように、図5に示すダンベル形状の引張り試験片を切り出して作製した。そして、引張り試験片を用いて引張り試験を行い、得られた応力歪み線図から、降伏点(YP)、引張り強度(TS)を求め、さらに、真歪み3%での真応力、真歪み7%での真応力、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dε、真歪み3〜7%の間におけるn値、真歪み5〜15%の間におけるn値、および全伸び(t−El)を求めた。それらの値を表4に示す。
【0053】
【表4】
【0054】
図1は、発明鋼板と比較鋼板の応力歪み曲線の代表例として、発明鋼板13と比較鋼板2の公称応力公称歪み線図を示している。図1によると、発明鋼板おいては、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有していることが判る。
【0055】
図2は、前述したように、発明鋼板13を引張り変形させた後に、試験片の平行部から、観察面が引張り方向すなわち圧延方向と平行な断面となるように薄膜を採取し、その薄膜を透過型電子顕微鏡(TEM)にて観察した明視野像であり、図3は、その視野像の模式図である。これら図によると、全体的に暗い部分の硬質第2相と、比較的明るい部分である母相のフェライトが混在している様子が判る。そして、母相のフェライトには非常に高い密度で転位が存在し、さらにその転位は、一般的に金属の変形組織に見られる転位セル組織を形成していない。
【0056】
次に、表2および表3に示す発明鋼板1〜13および比較鋼板1〜8の各鋼板から、図6に示す断面矩形状の筒型部材1(発明部材と比較部材)を試験片としてそれぞれ作製した。筒型部材1は、断面ハット状に折り曲げ加工して幅方向両端部にフランジ2aを有するハット部2のフランジ2aに、平板状の背板3を接合して筒状としたもので、自動車のフレーム(車両用強度部材)の一部に見立てたものである。ハット部2の4箇所の直角の屈曲部は、半径5mmのポンチを用いて折り曲げ加工して形成した。
【0057】
図6に示した筒型部材1は、フランジ2aと背板3とを、連続的なFSWで接合したものである。この場合のFSWは、背板3のフランジ2aに対応する表面に接合用のツールを押し当てながら移動させることにより、背板3とフランジ2aとを接合する。詳しくは、FSWに用いたツールは、ショルダー直径が8〜12mm、先端の突起の直径が4mmで高さが1.4〜1.8mmのWC(タングステン−カーバイト)をベースとした系の超硬合金を用いた。そして、そのツールを、接合部分の表面に対する垂直方向から、接合方向(移動方向)に3°傾けた状態を保持しながら、ツールを所定速度で回転させながら、かつ、2〜3トンの加圧力で加圧しながら接合方向に移動させてFSWを行った。
【0058】
また、FSW以外の接合方法として、図7に示すように、フランジ2aと背板3との接合をスポット溶接(各3箇所)で行って比較部材を作製した。なお、図6,図7には、合わせて寸法も表示したが、FSWモデルとスポット溶接モデルとでは、寸法に若干の相違がある。
【0059】
上記のように、発明鋼板1〜13および比較鋼板1〜8を用いてFSWモデルとスポット溶接モデルの筒型部材1をそれぞれを作製したら、次いで、これら筒型部材1の両端に、図8に示すように天板4と地板5とをTIG溶接によって接合して、圧潰試験体を作製した。天板4と地板5は正方形状の鋼板であり、地板4の方が天板3よりも面積が大きい。筒型部材1は、天板4および地板5の各中央部に配されている。
【0060】
作製した各圧潰試験体につき、圧潰試験を行った。圧潰試験は、図9に示すような自由落下式の落錘試験機を用い、ロードセル11で支持されたベースプレート12に地板4の四隅をボルト13で固定して筒型部材を立てて支持し、上方から落錘14を落下させて筒型部材を上から押し潰す方法を採用した。圧潰試験の条件は、落錘14の重さ約100kg、落下高さ11m、衝突時の落錘速度は約50km毎時とし、筒型部材に生じた圧潰ストローク(筒型部材の圧潰前の全長から圧潰後の全長を引いた値)と、圧潰時に発生した荷重を測定した。また、各試験体につき、吸収エネルギーと初期反力を求めた。
【0061】
表5に、圧潰ストロークが60mmにおける吸収エネルギーおよび初期反力の結果を、発明部材1〜3および比較部材1〜8について示す。これら発明部材および比較部材は、鋼板および接合方法の組み合わせが異なるものであるが、FSWで鋼板を接合したものが発明部材であり、スポット溶接で鋼板を接合したものが比較部材である。また、FSWで鋼板を接合した発明部材1〜3のFSWにおける条件(ツールの回転速度と移動速度)を表6に示す。
【0062】
【表5】
【0063】
【表6】
【0064】
図10は、同じ鋼板で作製されたものの接合方法の異なる発明部材3と比較部材4の試験体につき、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図11は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。図10では、圧潰ストロークが5mmまでの間に荷重が突出して増す初期反力が現れ、その後の比較的低い荷重の増減により、蛇腹状に座屈している様子が表れている。
【0065】
図10で明らかなように、発明部材3の初期反力は比較部材4と同等であるが、圧潰ストロークが20mmを超えてからの発生荷重に関しては、発明部材3の方が平均して高い。両者の鋼板は同じもの(発明鋼板12)であるが、接合方法の違いによって差が生じている。比較部材4では。圧潰時の初期段階でスポット溶接部に鋼板の剥離が生じて背板が筒型部から分離したため、座屈変形時に背板は耐荷重部材として寄与していない。一方、FSWで鋼板が接合された発明部材3においては、接合部の破断は皆無ではなかったが、背板は分離せず変形しており、座屈変形時に背板も耐荷重部材として寄与していることが確認された。したがって、圧潰中の発生荷重はFSWの方がスポット溶接よりも高く生じ、結果として、図11に示すように、吸収エネルギーは発明部材3の方が優れていることが判る。
【0066】
次に、市販材をスポット溶接して試験体を作製した場合と、本発明のものとを比較する。図12は、発明部材3と比較部材6,7の試験体につき、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図13は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。図12で明らかなように、発明部材3と比較部材6の初期反力は同等であるが、圧潰ストロークが15mm付近以降の荷重は発明部材3の方が概ね高い。これは、発明部材3の加工硬化が大きいため、圧潰することによって鋼板の応力が大きく上昇していることによる。また、初期反力に関しては比較部材6が発明部材3と同等で低いものの、この比較部材6は図13に示されるように吸収エネルギーも低い。また、比較部材7は吸収エネルギーおよび初期反力のいずれも高い。したがって比較部材6,7は、低い初期反力と高い吸収エネルギーが良好とされる耐衝撃性能に関しては、いずれか一方の特性に偏っている。
【0067】
この点、発明部材3は、初期反力が低く、かつ、吸収エネルギーは高いといった相反する特性を兼ね備えている。例えば、2kJのエネルギーを吸収するために、比較部材6では50mm程度の圧潰ストロークが必要であるが、発明部材3では45mm程度の圧潰ストロークで十分であり、初期反力は両者同等であるため、発明部材3の方が衝撃吸収性に優れている。また、比較部材7では45mmの圧潰ストロークで発明部材3と同等の吸収エネルギーを得ることはできるものの初期反力が高いため、衝撃吸収性は発明部材3よりも比較部材7の方が低い。
【0068】
また、比較部材7は蛇腹状の座屈が起こらず曲がりが生じており、座屈安定性に問題があった。したがって、車両用強度部材として用いた場合、衝突性能にも変動が生じやすく、またコンパクトな座屈形態ではないため、座屈させるためのスペースを部材周辺に設ける必要もあり、スペース効率が悪いと言える。
【0069】
なお、表5の結果に関して説明を加えると、比較部材3は、発明部材3と同じく発明鋼板12を用いていながらスポット溶接して作製した部材であるが、鋼板が市販材である比較部材6と比べると、初期反力が低く、かつ吸収エネルギーは高い。したがって、スポット溶接であっても発明鋼板を用いれば耐衝撃性能は向上する。そして、発明鋼板12をFSWで接合した発明部材3は、初期反力がさらに低く、かつ、吸収エネルギーがさらに高い。すなわち、本発明に係る発明鋼板は、それ自体で衝撃吸収性に優れており、しかもそのような鋼板をFSWで接合することにより、性能が一層向上するということが判る。なお、比較鋼板1と2は同じ発明鋼板5を用いてのスポット溶接、また、比較鋼板3と4は同じ発明鋼板12を用いてのスポット溶接と、条件が全く同じであるにもかかわらず、表4に示す吸収エネルギーおよび初期反力の数値が異なっている。これは、記載はしていないが、行ったスポット溶接の条件(溶接時の通電時間など)が異なっており、これに起因して接合強度等が異なっていたためである。
【0070】
また、比較部材8は、素材の比較鋼板8である市販材4がオーステナイトステンレス(SUS304L)である。比較鋼板8は、表4に示すように5〜15%のn値が0.338と高いが、平均応力勾配は2084MPaと低く、圧潰試験の結果からみると、初期反力と吸収エネルギーのバランスは従来鋼板と同等である。
【0071】
図14は、圧潰試験で測定された圧潰ストローク60mmまでの初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材1〜3および比較部材1〜8について示したものである。図14によれば、発明部材1〜3は、吸収エネルギーが比較部材よりも高く、衝撃吸収性に優れている。また、特に発明部材2は、初期反力が比較部材よりも低い場合もあり、初期反力と吸収エネルギーのバランスが良好であることが判る。
【0072】
以上から、本発明の強度部材は、従来の高強度鋼板を用いた部材では得られなかった優れた耐衝撃性能、すなわち初期反力を抑制しながら吸収エネルギーを増加させるという相反する特性をバランスよく有している。このため、車体のフロントフレーム等の車両用強度部材とすることにより、部材長さの短縮による車体の軽量化やフロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上など、車両構成上の長所を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】実施例で求められた発明鋼板と比較鋼板の公称応力公称歪み線図である。
【図2】実施例の発明鋼板の引張り変形後の内部組織を示す顕微鏡写真である。
【図3】図2の模式図である。
【図4】実施例でスラブに施した焼鈍パターンを示す図である。
【図5】実施例の引張り試験に使用した試験片の形状を示す図である。
【図6】実施例で使用した圧潰試験用の筒型部材を示す斜視図である。
【図7】鋼板をスポット溶接で接合した筒型部材を示す斜視図である。
【図8】筒型部材を圧潰試験用に仕上げた試験体の斜視図である。
【図9】実施例において自由落下式の落錘試験機により試験体を圧潰試験に供している状態を示す側面図である。
【図10】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図11】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図12】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図13】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図14】実施例での圧潰試験で測定した初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えた高強度鋼板からなる車両用強度部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の衝突安全性への要求が益々高まっている。例えば前面衝突に対する安全策としては、フロントフレームを変形させてエネルギーを吸収し、その代わりに乗員空間であるキャビンは変形抵抗を高めてなるべく変形を抑えて乗員空間を確保するという手法が有効とされている。この手法におけるフロントフレームでのエネルギー吸収量は、変形抵抗と変形ストロークの積に比例するが、より短い変形ストロークで同等のエネルギーを吸収することができれば、フロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上や車体軽量化など、さまざまなメリットを享受することができる。したがって近年では、フロントフレームに使用される材料(一般的には鋼板)の強度が、より高いものになっている。
【0003】
ここで、フロントフレーム用鋼板を高強度化するにあたっては、鋼板を高強度化すると必然的に降伏点が上昇するために、初期反力、すなわち車体が衝突する瞬間の反力も大きく上昇するという問題がある。したがって、初期反力を極力低く抑えながらも、変形時の吸収エネルギーを十分に確保することが必要である。
【0004】
また、一般に鋼板を高強度化すると、フロントフレームのような部品が長手方向に圧縮する状況にあっては、座屈形状が不安定になり、安定した蛇腹状の座屈から折れ曲がりの状態に変形様式が変化するという問題もある。言うまでもなく、折れ曲がりになると衝撃エネルギーの吸収効率も低下するため、素材を高強度化したことによる吸収エネルギーの増加も見込めなくなる。なお、鋼板の高強度化により座屈が不安定になる理由としては、鋼板素材の高強度化による加工硬化能の低下が大きいと言われている。すなわち、部材が軸方向に1回だけ座屈した時に素材の加工硬化の度合いが大きければ、座屈部のみならずその周囲にも変形が伝播し、別の部位が次に座屈し、結果的に蛇腹状の座屈形態となるが、加工硬化の度合いが小さい場合は、1回目の座屈部のみに変形が集中してしまい、その場合には折れ曲がりの形態となる。一般的に鋼板を高強度化すると加工硬化能は低下するため、座屈の不安定化は避けられなかった。
【0005】
このような問題を解決するためには、部品の形状を、安定座屈しやすくなるようなものとすることが効果的である。ところが、エンジンルーム内でのレイアウトやデザインの面で制約があり、部品の形状を所望通りに実現できるとは限らない。そこで、材料そのものの特性を最適化することで目的を達成することができれば、材料を高強度化しながらも問題なくエネルギーを吸収することができる。具体的には、高強度でありながら降伏強度が低く、かつ、加工硬化能が高い鋼板を用いれば、初期反力の増加が抑制され、また、座屈が安定化し、効率的に衝撃エネルギーを吸収することができる。
【0006】
さて、衝突特性に優れた車体部品用の鋼板としては、加工誘起変態によりマルテンサイトを生成可能なオーステナイトを持つとともに、加工硬化指数が0.6以上の鋼板を用いて構成された鋼板が開示されている(特許文献1)。また、この他には、C:0.1〜0.45%を含み、Si:0.5%〜を含む鋼を所定の条件で熱延、冷延、焼鈍することで、引張り強度が82〜113kgf/mm2で、引張り強度×伸びが2500kgf/mm2・%以上を示す延性の良好な高強度鋼板の製造方法が開示されている(特許文献2)。さらには、C:0.1〜0.4wt%を含み、Siを制限した成分系でMn量を高め、所定条件で2回焼鈍することで、引張り強度が811〜1240MPa、引張り強度×伸びが28000MPa%以上の高延性を示す高強度鋼板が開示されている(特許文献3)。
【0007】
【特許文献1】特開2001−130444号公報
【特許文献2】特開昭62−182225号公報
【特許文献3】特開平7−188834号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、Cr:19質量%、Ni:12.2質量%の実施例aと、Cr:18.3質量%、Ni:8.87質量%の実施例bの、いずれもオーステナイトステンレスが開示されている。本発明者がそのうちの実施例bとほぼ同じ成分を含有する市販のSUS304L(オーステナイトステンレス)を用いて、板材をハット状に折り曲げ加工した部材を用いた筒型部材(図6参照)を試験片として作製し、圧潰試験(後述の実施例参照)に供したところ、座屈は蛇腹形状に安定して生じたものの、初期反力と吸収エネルギーのバランスは、従来鋼に対して優位差がないという結果を得た。
【0009】
また、特許文献1の請求項2には、使用される鋼板の加工硬化指数が0.26以上と規定されているが、初期反力と吸収エネルギーのバランスを決定するのは、いわゆる加工硬化指数すなわち“n値”だけではないことを本発明者は把握している。そもそもこのn値とは、応力σと歪みεの関係を、「σ=Kεn」で表した場合の指数nであり、本発明者はこれに関して3つの問題点があると考えている。
【0010】
第1に、n値自体は、応力歪み線図の形を決定しているにすぎず、材料の加工硬化量すなわち変形応力の増分の絶対値を決めるものではないということである。例えば軟鋼板はn値が高いが、応力の増分の絶対値自体が大きいわけではない。また、必ずしも全ての材料の応力歪み線図に対してn値が精度良く合うものではない。後述するように本発明は、部材の衝突特性にとって重要な因子は、n値ではなく、応力の増分すなわち応力歪み線図の勾配であるとの知見によっている。
【0011】
さらには、n値を測定するにあたり、測定に用いる歪み量の範囲によって得られるn値が変わってくることも問題である。例えば、「プレス成形難易ハンドブック第3版(2007年 日刊工業新聞社 薄鋼板成形技術研究会編)、99ページ」には、「通常の材料では変形中にn値が一定ではない」と記載されている。しかしながら、n値の測定に用いる歪み量の範囲に明確な規定はない。前出の「プレス成形難易ハンドブック第3版 99ページ」には、歪み量は、「普通鋼板では5〜15%、または10〜20%とすることが多い」と記載されているのみである。また、「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法 7.n値の算出(1)」には、「計算に用いる歪みの範囲は、それぞれの材料規格による。特に規定のない場合は、受渡当事者間の協定による」と記載されているものの、「JIS G 3141 冷間圧延鋼板及び鋼帯」には、n値の規定はなく、「日本鉄鋼連盟規格 JFSA−2001 自動車用冷間圧延鋼板及び鋼帯」にもn値の規定はない。
【0012】
以上を鑑みると、種々の方法で測定されたn値をそのまま比較することは正当な評価をしたことにならない。さらには、n値の測定に関しては、弾性変形域の取り扱いも慎重になされるべきである。「JIS Z 2253 薄板金属材料の加工硬化指数試験方法」には、真歪みεの定義として伸び系の標点距離Lが用いられており、これに基づくならば、弾性変形域を含んだ標点距離の変位量を用いて真歪みが計算されるため、真歪みには弾性変形分が含まれることになる。しかしながら、加工硬化指数を計算するにあたって弾性変形域を含んだ歪みを用いることには、そもそも矛盾がある。もっとも、軟鋼板等、降伏点が比較的低いものの場合には、弾性変形域を含むか否かはさほど問題にならない。しかしながら本発明のような衝突部品に適用される高強度鋼板では、軟鋼板に比べて降伏点が高いため、弾性変形域を含む場合と含まない場合のn値の差異は、無視できなくなる。
【0013】
以上のような状況に鑑み、本発明者は、部材の衝突特性に影響する材料因子として、n値以外に、より簡便で、かつ、計算条件が明確な指標を検討してきた。その結果、弾性変形域を除外した塑性歪みを用いた真応力真歪み線図において、真歪み3〜7%の間の真応力の傾きdσ/dεが、最も有効であるとの結論に達した。そのため本発明では、応力勾配dσ/dεを、材料特性を規定するための指標とする。その詳細な測定方法については後述する。
【0014】
次に、特許文献2に開示されているフェライトと残留オーステナイトの複合組織鋼板は、優れた強度延性バランスを示すものの、一定以上のSi添加が必要である。このため、表面性状が劣化することに加え、1000MPa以上の高強度を得るためには0.36%ものC量が必要であることから、スポット溶接強度が劣り、スポット溶接で組み立てられる車両用車体には適さないという欠点がある。また、特許文献3には、Siを低減しても良好な強度延性バランスを有する高強度鋼板の製造方法が開示されているが、2回の焼鈍が必要なため製造コストが高く、さらにC量が多いためにスポット溶接強度の問題が残る。
【0015】
また、いずれの特許文献に記載の鋼板においても、初期反力を抑えて吸収エネルギーを確保するといった特性は有していない。以上のような状況から、衝突時の初期反力をできるだけ抑えて吸収エネルギーは確保することができる高強度鋼板を、C量を低く抑えながら達成する技術が求められていた。
【0016】
よって本発明は、高強度と衝撃エネルギー吸収能とを高次元で兼ね備える車両用強度部材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、車両用強度部材のうち特に軸方向に変形する部品において、初期反力を抑えながら吸収エネルギーを上昇させるために必要な材料の特性について研究を重ねた結果、初期反力は素材の3%変形時の応力に比例し、圧潰後の吸収エネルギーは素材の7%変形応力に比例しているとの知見を得た。その知見を元に、初期反力を抑えながら吸収エネルギーを上昇させるためには、素材の3%変形応力をできるたけ低くし、7%変形応力をできるだけ高くすることが必要であるとの結論に達した。すなわち、歪み3〜7%の間の応力上昇つまり応力歪み線図の傾きが大きい鋼板が、従来得られなかった低い初期反力と高い吸収エネルギーとのバランスを持つことができるとの結論に達した。また、本発明の車両用強度部材は、そのような鋼板を溶接してなるものであるが、C量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接では十分な溶接強度を得にくい可能性がある。そこで本発明では、鋼板どうしを高い強度で接合するためには摩擦撹拌接合(Friction Stir Welding)が有効であるという知見も得た。
【0018】
本発明の車両用強度部材は上記知見に基づいてなされたものであり、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板どうしを、摩擦撹拌接合によって互いに接合してなることを特徴とする。
【0019】
また、本発明の高強度鋼板においては、特に、フェライト相と分散する硬質第2相からなる金属組織を呈し、金属組織に占める硬質第2相の面積率が30〜70%であり、フェライト相中に占める結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの面積率が15〜90%であり、フェライト相中において、結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの平均粒径dsと結晶粒径が1.2μmを超えるフェライトの平均粒径dLとが下記(1)式を満たすことを特徴としている。
dL/ds≧3…(1)
【0020】
さて、上記のように、本発明に係る高強度鋼板は、高強度で、かつ、衝撃吸収エネルギーを高次元で発揮されるために、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上であることを必須としている。ここで、まず本発明に係る高強度鋼板の特性を示す応力歪み線図の傾きdσ/dεの測定方法について詳述する。
【0021】
素材から引張り試験片を作製して引張り試験に供するが、その際には伸び計の使用は任意である。伸び計を使用する場合には、引張り試験時に標点伸びと荷重を測定し、公称応力歪み線図を得る。次いで、公称応力歪み線図の歪みから弾性変形分を減じて塑性歪みに換算し、さらに真歪みと真応力の関係に変換する。そして、得られた塑性真歪み真応力の関係から、真歪み0.03での真応力:σ3と、真歪み0.07での真応力:σ7を得た後に、下記式によって応力歪み線図の傾きdσ/dεを求める。
dσ/dε=(σ7−σ3)/0.04
これが、本発明で定義する応力歪み線図の傾きである。
【0022】
また、試験片が小さい等の理由で伸び計を使用できない場合には、クロスヘッド変位と荷重を測定し、応力変位線図を得た後に、応力変位線図の立ち上がりにおける直線部を弾性変形分として、その弾性変形分を歪みから減じれば、公称塑性歪みとなる。以下は上記と同じ要領で求められる。
【0023】
次に、本発明者は、上記の従来技術によらずに加工硬化能が大幅に向上した高強度鋼板を得るために、結晶粒の超微細化に着目した研究を行ってきた。その結果、超微細粒を所定の範囲の比率で含有するフェライトを母相とし、マルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイトのいずれか1種、またはそれ以上からなる第2相を一定の比率で含有する複合組織鋼板とすることで、高強度でありながら従来にない高い加工硬化能を付与できるとの結論に達した。
【0024】
このようにして製造した鋼板は、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きが5000MPa以上であり、従来の高強度鋼板の製造技術では実現することができなかったものである。図1に、発明鋼板と比較鋼板(後述の実施例に記載の発明鋼板13と比較鋼板2)の公称応力公称歪み線図を示すが、発明鋼板は、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有している。
【0025】
超微細粒のフェライト相と硬質第2相からなる組織が、従来にない大きな加工硬化能を有する理由は必ずしも明確ではないが、以下のように考えられる。図2は、発明鋼板(後述の実施例に記載の発明鋼板13)から引張り方向と圧延方向が一致するように引張り試験片を作製し、引張り変形させた後に、試験片の平行部から、観察面が引張り方向すなわち圧延方向と平行な断面となるように薄膜を採取し、その薄膜を透過型電子顕微鏡(TEM)にて観察した明視野像である。図3は、その視野像の模式図である。これら図によると、右上と中央下の比較的暗い色をした粒が硬質第2相、比較的明るい部分が母相のフェライトであるが、母相のフェライトには非常に高い密度で転位が存在していることが判る。さらにその転位は、一般的に金属の変形組織に見られる転位セル組織を形成していない。
【0026】
ここで転位セルとは、変形により導入された転位が互いに補足し合ったりからみ合ったりして集積することで、歪みエネルギーが下がるように配列したもので、セル壁と呼ばれる転位密度の高い部分と、比較的転位密度が低い部分とからなる。このように転位セルを形成することで、歪みエネルギーが下がって内部応力が緩和されているため、セルを形成しない場合よりも、変形に必要な外部応力は小さいと考えられる。鉄の場合の転位セルの例は、「改定金属物理学序論(幸田成康著 コロナ社 1973年)265ページの図9.47」に記載されている。この例は、純鉄を18%引張り変形させた場合であるが、セルが特定の方向に伸張しており、短い方のセル壁間隔は、約1μmである。鋼を引張り変形した場合のセル間隔はこの程度と考えてよい。
【0027】
さて、鋼を構成する結晶粒の大きさが、通常の転位セルの大きさと同等か、もしくは小さい場合には、もはや転位セル組織を形成することはできない。したがって、加工により導入された転位は高密度で粒内に存在することになり、転位どうしの相互作用も大きく、内部応力の増加をもたらすことになる。このため、それ以上に材料が変形するには、セルを形成する場合よりも大きな外部応力が必要になる。これが、大きな加工硬化をもたらす原因と考えられる。
【0028】
次に、上記の転位に基づく機構が本発明に係る鋼板においてどのように作用しているかについて述べる。本発明に係る高強度鋼板の金属組織は、上記のように、フェライトの母相と硬質第2相からなる複合組織鋼板であり、金属組織に占める硬質第2相の面積率が30〜70%であり、母相のフェライト中に占める粒径1.2μm以下の超微細なフェライト粒の面積率が15〜90%であることを特徴としている。
【0029】
その根拠は、まず、母相のフェライトに占める粒径1.2μm以下の超微細フェライト粒の割合が15%よりも小さい場合は、材料の加工硬化はあまり向上しない。これは、金属組織の多くを占める粗大粒の部分が、通常のように転位セルを形成するためである。一方、粒径1.2μm以下の超微細フェライト粒の割合が90%を越えると、フェライト相の変形能が低下して破断が容易に起こりやすくなる。粗大結晶粒フェライトをある程度含有することで、超微細フェライト粒への応力の集中が分散され、素材の延性が向上する。これらの要因から、超微細フェライト粒の適正な面積率は15〜90%である。また、上述した効果を十分に発揮するには、超微細フェライト粒の平均粒径に対する粒径1.2μmを超えるフェライト粒の平均粒径を3倍以上とすることが適正である。
【0030】
次に、硬質第2相の面積率の限定理由について述べる。硬質第2相が30%より少ない場合は、母相の超微細粒率が所定の範囲であっても、大きな加工硬化は発現しない。そもそも硬質第2相の役割は、隣接した軟質なフェライトを優先的に変形させ、歪み、すなわち転位をフェライト相中に多く導入するためである。これにより母相のフェライトが加工硬化する。しかし第2相が少ない場合はこのような効果が不十分なため、フェライトの加工硬化が不十分となる。
【0031】
一方、硬質第2相はまったく変形しないわけではなく、金属組織の連続性を満たすために、ある程度は変形するが、変形の主体はあくまでもフェライトである。しかしながら、硬質第2相が70%よりも多い状態では、材料を変形させた場合に、もはや母相のフェライトだけでは素材の変形をまかなうことは困難であり、逆に素材の変形の多くの部分を、硬質第2相の変形によりまかなうようになる。ところが本発明の硬質第2相は、マルテンサイト、残留オーステナイトおよびベイナイトのうちのいずれかであり、硬質で変形能に乏しいため、材料の強度は高くなるものの延性は望めない。ここで、残留オーステナイトは、それ自体変形能に乏しいということはない。しかしながら、歪み誘起によってマルテンサイトに変態した後は、硬度が高くかつ延性に乏しい。そのような相が変形の主体である場合は、硬質第2相の内部もしくは硬質第2相とフェライトとの界面にボイドが容易に形成され、比較的早期に破断に至る。したがって本発明においては、硬質第2相の面積率の上限を70%と定めた。
【0032】
なお、一般的な複合組織鋼板においては、硬質第2相の面積率は最大30%程度のようであって適正な第2相面積率の範囲が本発明とは異なる。従来技術で硬質第2相の面積率が最大30%程度であることの理由は明確ではないが、超微細フェライト粒中の可動転位密度に関係していると想定される。第2相を含まない単相の超微細フェライト粒からなる鋼の研究例では、結晶粒内の転位密度が非常に小さいことが明らかになっている(例えば、Scripta Materiallia 第47巻 2002年 893ページ)。
【0033】
鉄の降伏強度は、結晶中の可動転位密度に密接に関係し、いわゆるギルマン・ジョンストンの降伏理論で説明されるように、初期の可動転位密度が低いと、材料の降伏により大きな外部応力を必要とする。一旦材料が降伏し転位の増殖によって可動転位密度が大幅に上昇してしまうと、それほどの外部応力は必要としないため、変形応力が低下する。したがってこの場合は、降伏点が高く加工硬化が小さいという材料特性になる。この欠点を回避して降伏点を低下させ、かつ、加工硬化を高めるためには、初期可動転位密度を高める必要がある。そのような鋼板の典型的な例が、フェライトとマルテンサイトからなる複合組織鋼板である。複合組織鋼板においては、フェライト相とマルテンサイト相の格子定数が異なるために、格子のミスフィットが生じ、それ緩和するために、異相の界面付近に比較的高密度の転位が存在する。これらの転位は、材料に応力を付与した時に容易に動くため、材料の降伏にはそれほど大きな応力は必要としない。
【0034】
本発明に係る鋼板は、複合組織の考え方をベースにしているものの、母相は一定の範囲で超微細粒を含有しているもので、この点において本発明は従来のものとまったく異なるものである。本発明の高強度鋼板においては、前述のように母相の初期可動転位密度は通常の粗大粒の鋼板に比べて低いと想定される。したがって、超微細粒組織を母相として複合組織とする場合には、第2相の含有率を、通常の粗大粒の鋼板よりも高くしておかなければ十分な初期可動転位密度を確保することができない。そのため、適正な第2相の含有率が通常の粗大粒を母相とした複合組織鋼よりも、高い方向へシフトしていると考えられる。
【0035】
次に、本発明における高強度鋼板どうしの接合手段について述べる。上記のように、本発明の車両用強度部材は、高強度鋼板どうしを摩擦撹拌接合によって互いに接合してなるものである。
【0036】
溶接性に影響する因子としては、前述のC量だけでなく、他の元素の影響も加味したC当量を用いるべきであり、Si,Mn,P,Sを加味したC当量:Ceq(C+Mn/20+Si/40+4P+2S)が用いられる。この式によるCeqは、「新日鉄技報385号(2006年10月) 38ページ」に記載されているように、スポット溶接ナゲットの破断形態に影響する因子であるとされているが、本質的には、溶融ナゲットの切欠感受性に影響して、ナゲット内の破断であるのか、母材の破断であるのかを決定する因子である。したがって、スポット溶接以外の、例えばレーザー溶接やアーク溶接継手等の溶融接合方法の破断形態の判定にも利用できる。
【0037】
ところで、本発明に係る高強度鋼板のC当量が比較的高い場合には、通常のスポット溶接で本発明の高強度鋼板どうしを接合しても、十分な接合強度を得にくい可能性がある。そこで本発明では、高強度鋼板どうしを摩擦撹拌接合によって接合することにより、十分な接合強度を得ることに成功している。摩擦撹拌接合(以下、FSWと称する)は、スポット溶接やアーク溶接のように素材である鋼板を溶融させず、固相のままで接合することができる。このため、接合部の靱性が大幅に低下することがないといった利点がある。またこの他には、スポット溶接のような点接合ではなく連続的な接合が可能であることから、吸収エネルギーの向上が図られる。
【0038】
本発明に係る高強度鋼板どうしをFSWで接合して強度部材を製造するにあたっては、エネルギーの吸収特性に優れた強度部材を得るためのFSWの条件が吟味される。FSWは、ツールと称される棒状の撹拌工具を接合部分に押し当てながら接合線に沿って移動することにより、鋼板の突き当て部分どうしを接合させるものである。このようなFSWにおいては、ツールの回転速度と移動速度に応じて、ツールから鋼板への入熱量が変化し、その入熱量は、鋼板どうしを良好に接合する上で重要な要素となる。
【0039】
入熱量が少ないと鋼板の流動が不十分となって接合も不十分なものとなる。一方、入熱量が多すぎると鋼板の温度がA3変態点を超えてしまい、その後の冷却により靱性に劣るマルテンサイト相が多く表れて強度的に不利になる。ちなみに、ツールの移動速度が遅いほど、また、回転速度が速いほど、入熱量は多くなる。また、ツールの移動速度は接合の安定性にも影響し、すなわちツールの移動速度が遅い場合には、接合は安定するものの、入熱量が多くなり、逆に移動速度が速いと鋼板がめくれるような変形が生じたり、撹拌部分に欠陥が生じたりする。これらの不都合が起こらないように、ツールの回転速度と移動速度は適正な範囲に制御されるべきである。その範囲としては、例えば、後述するツール形状で行う場合には、ツールの回転速度は100〜600rpm程度、ツールの移動速度は60〜700mm/min程度が好適とされる。また、ツールの材料も入熱量に影響し、本発明の場合には、WC(タングステン−カーバイト)系の超硬合金などが好適とされる。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板を接合してなるものであるから、加工硬化能の大幅な向上に伴う安定した座屈形態での圧潰が可能であり、かつ、高次元での高強度と衝撃エネルギー吸収能を兼ね備えるといった、優れた耐衝撃性能を有する車両用強度部材の提供が可能である。そして、このような特性を有することから、薄肉化による大幅な軽量化、ならびにそれに伴う車両の燃費の大幅な向上が達成可能であり、ひいてはCO2の排出削減に大きく寄与するといった効果が奏される。また、摩擦撹拌接合で高強度鋼板を接合することにより、高い接合強度が確保され、車両用強度部材として大いに有望である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
本発明の車両用強度部材を構成する高強度鋼板は、フェライトの母相と硬質第2相とからなる複合組織を有する鋼板であり、一般的なフェライト系低合金鋼の成分で実現が可能である。
【0042】
所定の成分の鋼は、工業的には転炉もしくは電気炉で溶製することができ、また、実験室的には、真空溶解もしくは大気溶解炉で溶製することができる。鋼を鋳造する場合は、バッチのインゴット鋳造も可能であるが、より生産性の高い連続鋳造を適用することも勿論可能である。作製したスラブまたはインゴットは、薄板用の連続熱間圧延ミルで圧延され、熱延コイルとなる。その際に、圧延後の冷却パターンや巻取り温度を合金成分に応じて適切に制御することで、フェライトと硬質第2相の複合組織とすることができる。このようにして得られた熱延コイルは、酸洗によって表面の酸化スケールが取り除かれた後、冷間圧延される。この際の冷間圧延率は、熱延板における硬質第2相の間隔に応じて適切な範囲に制御される。その後、連続焼鈍、箱焼鈍等種々の方法で、焼鈍された後、必要に応じて形状矯正のためのスキンパス圧延が施され、製品化される。
【0043】
上記のように、本発明の超微細粒複合組織を特徴とする高強度鋼板は、従来の薄鋼板の製造プロセスを変更することなく、中間素材の組織とプロセス条件の適正化のみによって製造可能であることが大きな特徴である。
【実施例】
【0044】
次に、本発明の具体的な実施例を示す。当該実施例は実験室レベルで鋼板を製造したものであり、製造にあたっての真空溶解、圧延、焼鈍等の設備は、量産設備に比べて勿論小型のものであるが、この実施例の結果は、量産設備での製造に何ら制約を与えるものではない。
【0045】
表1に示す組成を有するスラブ1〜17を真空溶解して溶製し、作製した。表1で表示する元素以外の残部はFeである。
【0046】
【表1】
【0047】
次に、スラブ1〜17に対して、表2に示す諸条件で圧延および焼鈍の処理を施し、処理条件の違いによって本発明に係る発明鋼板1〜13と、本発明から逸脱する比較鋼板1〜4を作製した。なお、焼鈍処理における加熱温度、加熱温度変更のタイミング、温度保持時間等の焼鈍パターンは、図4に示すパターン1,2の2種類とし、これら焼鈍パターンを各スラブに適宜に振り分けた。また、表1に示す化学組成を有する市販材1〜4の鋼板を、表2に示すように本発明から逸脱する比較鋼板5〜8とする。これら比較鋼板は市販材であるが故に製造条件に関しては確認できず、したがって表2において比較鋼板5〜8の製造条件は記載していない。また、表3に、発明鋼板1〜13と比較鋼板1〜8の焼鈍組織などを示す。
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
表3に示した金属組織(フェライト、残留オーステナイト、マルテンサイト、ベイナイト、セメンタイトおよびパーライト)は、次のように判定した。すなわち、圧延後の鋼板から圧延方向に平行な断面を切り出し、この断面をナイタール等でエッチングした後に、走査型電子顕微鏡で倍率5000倍で撮影した2次電子像(以下、SEM写真と称する)を観察して判定した。
【0051】
また、このSEM写真から、硬質第2相の平均面積率と、硬質第2相を除外したフェライト部のうちの、ナノ結晶粒(ナノフェライト)の面積率を測定した。さらに、ナノフェライトの平均粒径dsと、ミクロンオーダーの結晶粒であるミクロフェライトの平均粒径dLの比率「dL/ds」を求めた。ナノフェライトは粒径が1.2μm以下の結晶粒であり、ミクロフェライトは粒径が1.2μmを超える結晶粒である。なお、ここでの平均粒径とは、SEM写真において、画像解析により全てのフェライト粒の面積を測定し、それぞれの面積から求めた円相当径を意味する。具体的には、画像解析により求めたフェライト粒の面積をSi(i=1,2,3…)とすると、円相当径Di(i=1,2,3…)は、「Di=2(Si/3.14)1/2 」から求められる。これらの算出値を表3に示す。
【0052】
次に、表2および表3に示す発明鋼板1〜13および比較鋼板1〜8から、圧延方向と平行な方向が引張り軸となるように、図5に示すダンベル形状の引張り試験片を切り出して作製した。そして、引張り試験片を用いて引張り試験を行い、得られた応力歪み線図から、降伏点(YP)、引張り強度(TS)を求め、さらに、真歪み3%での真応力、真歪み7%での真応力、真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dε、真歪み3〜7%の間におけるn値、真歪み5〜15%の間におけるn値、および全伸び(t−El)を求めた。それらの値を表4に示す。
【0053】
【表4】
【0054】
図1は、発明鋼板と比較鋼板の応力歪み曲線の代表例として、発明鋼板13と比較鋼板2の公称応力公称歪み線図を示している。図1によると、発明鋼板おいては、特に歪み10%以下の領域で大きな加工硬化能を有していることが判る。
【0055】
図2は、前述したように、発明鋼板13を引張り変形させた後に、試験片の平行部から、観察面が引張り方向すなわち圧延方向と平行な断面となるように薄膜を採取し、その薄膜を透過型電子顕微鏡(TEM)にて観察した明視野像であり、図3は、その視野像の模式図である。これら図によると、全体的に暗い部分の硬質第2相と、比較的明るい部分である母相のフェライトが混在している様子が判る。そして、母相のフェライトには非常に高い密度で転位が存在し、さらにその転位は、一般的に金属の変形組織に見られる転位セル組織を形成していない。
【0056】
次に、表2および表3に示す発明鋼板1〜13および比較鋼板1〜8の各鋼板から、図6に示す断面矩形状の筒型部材1(発明部材と比較部材)を試験片としてそれぞれ作製した。筒型部材1は、断面ハット状に折り曲げ加工して幅方向両端部にフランジ2aを有するハット部2のフランジ2aに、平板状の背板3を接合して筒状としたもので、自動車のフレーム(車両用強度部材)の一部に見立てたものである。ハット部2の4箇所の直角の屈曲部は、半径5mmのポンチを用いて折り曲げ加工して形成した。
【0057】
図6に示した筒型部材1は、フランジ2aと背板3とを、連続的なFSWで接合したものである。この場合のFSWは、背板3のフランジ2aに対応する表面に接合用のツールを押し当てながら移動させることにより、背板3とフランジ2aとを接合する。詳しくは、FSWに用いたツールは、ショルダー直径が8〜12mm、先端の突起の直径が4mmで高さが1.4〜1.8mmのWC(タングステン−カーバイト)をベースとした系の超硬合金を用いた。そして、そのツールを、接合部分の表面に対する垂直方向から、接合方向(移動方向)に3°傾けた状態を保持しながら、ツールを所定速度で回転させながら、かつ、2〜3トンの加圧力で加圧しながら接合方向に移動させてFSWを行った。
【0058】
また、FSW以外の接合方法として、図7に示すように、フランジ2aと背板3との接合をスポット溶接(各3箇所)で行って比較部材を作製した。なお、図6,図7には、合わせて寸法も表示したが、FSWモデルとスポット溶接モデルとでは、寸法に若干の相違がある。
【0059】
上記のように、発明鋼板1〜13および比較鋼板1〜8を用いてFSWモデルとスポット溶接モデルの筒型部材1をそれぞれを作製したら、次いで、これら筒型部材1の両端に、図8に示すように天板4と地板5とをTIG溶接によって接合して、圧潰試験体を作製した。天板4と地板5は正方形状の鋼板であり、地板4の方が天板3よりも面積が大きい。筒型部材1は、天板4および地板5の各中央部に配されている。
【0060】
作製した各圧潰試験体につき、圧潰試験を行った。圧潰試験は、図9に示すような自由落下式の落錘試験機を用い、ロードセル11で支持されたベースプレート12に地板4の四隅をボルト13で固定して筒型部材を立てて支持し、上方から落錘14を落下させて筒型部材を上から押し潰す方法を採用した。圧潰試験の条件は、落錘14の重さ約100kg、落下高さ11m、衝突時の落錘速度は約50km毎時とし、筒型部材に生じた圧潰ストローク(筒型部材の圧潰前の全長から圧潰後の全長を引いた値)と、圧潰時に発生した荷重を測定した。また、各試験体につき、吸収エネルギーと初期反力を求めた。
【0061】
表5に、圧潰ストロークが60mmにおける吸収エネルギーおよび初期反力の結果を、発明部材1〜3および比較部材1〜8について示す。これら発明部材および比較部材は、鋼板および接合方法の組み合わせが異なるものであるが、FSWで鋼板を接合したものが発明部材であり、スポット溶接で鋼板を接合したものが比較部材である。また、FSWで鋼板を接合した発明部材1〜3のFSWにおける条件(ツールの回転速度と移動速度)を表6に示す。
【0062】
【表5】
【0063】
【表6】
【0064】
図10は、同じ鋼板で作製されたものの接合方法の異なる発明部材3と比較部材4の試験体につき、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図11は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。図10では、圧潰ストロークが5mmまでの間に荷重が突出して増す初期反力が現れ、その後の比較的低い荷重の増減により、蛇腹状に座屈している様子が表れている。
【0065】
図10で明らかなように、発明部材3の初期反力は比較部材4と同等であるが、圧潰ストロークが20mmを超えてからの発生荷重に関しては、発明部材3の方が平均して高い。両者の鋼板は同じもの(発明鋼板12)であるが、接合方法の違いによって差が生じている。比較部材4では。圧潰時の初期段階でスポット溶接部に鋼板の剥離が生じて背板が筒型部から分離したため、座屈変形時に背板は耐荷重部材として寄与していない。一方、FSWで鋼板が接合された発明部材3においては、接合部の破断は皆無ではなかったが、背板は分離せず変形しており、座屈変形時に背板も耐荷重部材として寄与していることが確認された。したがって、圧潰中の発生荷重はFSWの方がスポット溶接よりも高く生じ、結果として、図11に示すように、吸収エネルギーは発明部材3の方が優れていることが判る。
【0066】
次に、市販材をスポット溶接して試験体を作製した場合と、本発明のものとを比較する。図12は、発明部材3と比較部材6,7の試験体につき、圧潰試験で求めた圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を示しており、図13は、これら試験体の圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を示している。図12で明らかなように、発明部材3と比較部材6の初期反力は同等であるが、圧潰ストロークが15mm付近以降の荷重は発明部材3の方が概ね高い。これは、発明部材3の加工硬化が大きいため、圧潰することによって鋼板の応力が大きく上昇していることによる。また、初期反力に関しては比較部材6が発明部材3と同等で低いものの、この比較部材6は図13に示されるように吸収エネルギーも低い。また、比較部材7は吸収エネルギーおよび初期反力のいずれも高い。したがって比較部材6,7は、低い初期反力と高い吸収エネルギーが良好とされる耐衝撃性能に関しては、いずれか一方の特性に偏っている。
【0067】
この点、発明部材3は、初期反力が低く、かつ、吸収エネルギーは高いといった相反する特性を兼ね備えている。例えば、2kJのエネルギーを吸収するために、比較部材6では50mm程度の圧潰ストロークが必要であるが、発明部材3では45mm程度の圧潰ストロークで十分であり、初期反力は両者同等であるため、発明部材3の方が衝撃吸収性に優れている。また、比較部材7では45mmの圧潰ストロークで発明部材3と同等の吸収エネルギーを得ることはできるものの初期反力が高いため、衝撃吸収性は発明部材3よりも比較部材7の方が低い。
【0068】
また、比較部材7は蛇腹状の座屈が起こらず曲がりが生じており、座屈安定性に問題があった。したがって、車両用強度部材として用いた場合、衝突性能にも変動が生じやすく、またコンパクトな座屈形態ではないため、座屈させるためのスペースを部材周辺に設ける必要もあり、スペース効率が悪いと言える。
【0069】
なお、表5の結果に関して説明を加えると、比較部材3は、発明部材3と同じく発明鋼板12を用いていながらスポット溶接して作製した部材であるが、鋼板が市販材である比較部材6と比べると、初期反力が低く、かつ吸収エネルギーは高い。したがって、スポット溶接であっても発明鋼板を用いれば耐衝撃性能は向上する。そして、発明鋼板12をFSWで接合した発明部材3は、初期反力がさらに低く、かつ、吸収エネルギーがさらに高い。すなわち、本発明に係る発明鋼板は、それ自体で衝撃吸収性に優れており、しかもそのような鋼板をFSWで接合することにより、性能が一層向上するということが判る。なお、比較鋼板1と2は同じ発明鋼板5を用いてのスポット溶接、また、比較鋼板3と4は同じ発明鋼板12を用いてのスポット溶接と、条件が全く同じであるにもかかわらず、表4に示す吸収エネルギーおよび初期反力の数値が異なっている。これは、記載はしていないが、行ったスポット溶接の条件(溶接時の通電時間など)が異なっており、これに起因して接合強度等が異なっていたためである。
【0070】
また、比較部材8は、素材の比較鋼板8である市販材4がオーステナイトステンレス(SUS304L)である。比較鋼板8は、表4に示すように5〜15%のn値が0.338と高いが、平均応力勾配は2084MPaと低く、圧潰試験の結果からみると、初期反力と吸収エネルギーのバランスは従来鋼板と同等である。
【0071】
図14は、圧潰試験で測定された圧潰ストローク60mmまでの初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材1〜3および比較部材1〜8について示したものである。図14によれば、発明部材1〜3は、吸収エネルギーが比較部材よりも高く、衝撃吸収性に優れている。また、特に発明部材2は、初期反力が比較部材よりも低い場合もあり、初期反力と吸収エネルギーのバランスが良好であることが判る。
【0072】
以上から、本発明の強度部材は、従来の高強度鋼板を用いた部材では得られなかった優れた耐衝撃性能、すなわち初期反力を抑制しながら吸収エネルギーを増加させるという相反する特性をバランスよく有している。このため、車体のフロントフレーム等の車両用強度部材とすることにより、部材長さの短縮による車体の軽量化やフロントオーバーハングの短縮による運動性能の向上など、車両構成上の長所を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】実施例で求められた発明鋼板と比較鋼板の公称応力公称歪み線図である。
【図2】実施例の発明鋼板の引張り変形後の内部組織を示す顕微鏡写真である。
【図3】図2の模式図である。
【図4】実施例でスラブに施した焼鈍パターンを示す図である。
【図5】実施例の引張り試験に使用した試験片の形状を示す図である。
【図6】実施例で使用した圧潰試験用の筒型部材を示す斜視図である。
【図7】鋼板をスポット溶接で接合した筒型部材を示す斜視図である。
【図8】筒型部材を圧潰試験用に仕上げた試験体の斜視図である。
【図9】実施例において自由落下式の落錘試験機により試験体を圧潰試験に供している状態を示す側面図である。
【図10】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図11】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図12】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと圧潰荷重との関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図13】実施例で行った圧潰試験で測定した圧潰ストロークと吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した線図である。
【図14】実施例での圧潰試験で測定した初期反力と吸収エネルギーとの関係を、発明部材と比較部材について示した図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板どうしを、摩擦撹拌接合によって互いに接合してなることを特徴とする車両用強度部材。
【請求項2】
前記高強度鋼板が、フェライト相と分散する硬質第2相からなる金属組織を呈し、該金属組織に占める硬質第2相の面積率が30〜70%であり、前記フェライト相中に占める結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの面積率が15〜90%であり、前記フェライト相中において、結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの平均粒径dsと結晶粒径が1.2μmを超えるフェライトの平均粒径dLとが下記(1)式を満たすことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
dL/ds≧3…(1)
【請求項1】
引張り試験で求められた真歪み3〜7%の間における応力歪み線図の傾きdσ/dεが5000MPa以上の高強度鋼板どうしを、摩擦撹拌接合によって互いに接合してなることを特徴とする車両用強度部材。
【請求項2】
前記高強度鋼板が、フェライト相と分散する硬質第2相からなる金属組織を呈し、該金属組織に占める硬質第2相の面積率が30〜70%であり、前記フェライト相中に占める結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの面積率が15〜90%であり、前記フェライト相中において、結晶粒径が1.2μm以下のフェライトの平均粒径dsと結晶粒径が1.2μmを超えるフェライトの平均粒径dLとが下記(1)式を満たすことを特徴とする請求項1に記載の車両用強度部材。
dL/ds≧3…(1)
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2009−161165(P2009−161165A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−310037(P2008−310037)
【出願日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】
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