説明

転がり軸受およびその保持器

【課題】人工衛星姿勢制御ジャイロスコープ用転がり軸受に使用可能であって、強度を高めた転がり軸受用保持器を提案する。
【解決手段】転がり軸受用保持器1は、転動体31を受け入れる複数のポケット21を有する環状体11と、各ポケット21,21・・・の内周壁面に固定され、潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体13とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速回転する人工衛星姿勢制御ジャイロスコープなどに使用され、強度および低回転トルクが要求される転がり軸受に関し、特に強度を備えた転がり軸受およびその保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
人工衛星用などの宇宙環境下で使用される軸受は、高い面圧に耐えること、回転トルクが低いこと、長寿命であることが要求される。本願出願人は、宇宙環境下での使用に耐え得る転がり軸受として、特開平10−238545号公報(特許文献1)に記載のものを既に提案した。この転がり軸受の保持器は、アルキル化したシクロペンタン系の潤滑油を含浸させた多孔質体で形成されるものである。
【0003】
また本願出願人は、転がり軸受の回転トルクを低く安定させることができる含油樹脂成形体として、特開2002−338824号公報(特許文献2)に記載のものを既に提案した。この含油樹脂成形体は、潤滑油と所定重量%の潤滑配合剤と樹脂とを混合・加熱後、冷却して固形化したものである。これらの技術によれば、潤滑油が多孔質体および含油樹脂成形体からしみ出すことにより、外部から転がり軸受に潤滑油を供給する必要がなくなる。転がり軸受は自己潤滑機能のみで長時間安定した運転が可能になる。
【特許文献1】特開平10−238545号公報
【特許文献2】特開2002−338824号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、昨今の人工衛星の高性能化に伴い、宇宙環境下で使用される軸受に対する要求性能も益々高くなってきている。また、人工衛星姿勢制御ジャイロスコープ用転がり軸受では高速回転となるため、保持器に強度が要求される。しかしながら特許文献1に記載の転がり軸受にあっては多孔質であることから、保持器の強度を高くすることができなかった。さらに、多孔質体の保持器にあっては、含浸するに際してアルキル化シクロペンタン系潤滑油の油量管理が難しく、潤滑性能のばらつきの懸念があった。また、多孔質体の保持器の製作工程において、油中に保持器を入れ真空引きすることにより潤滑油を多孔質体に含浸するため、含浸する油量は少ないにも関わらず、実際のところ多量の潤滑油が必要になるなど、製作効率において改善の余地があった。ここで、特許文献2に記載の含油樹脂成形体を用いて保持器を形成すれば、油量管理を容易にするとともに少量の潤滑油で製作することが可能ではあるが、この含油樹脂成形体も強度が高くないため高速回転における耐久性に改善の余地があった。
【0005】
本発明は、上述の実情に鑑み、人工衛星姿勢制御ジャイロスコープ用転がり軸受に使用可能であって、強度を高めた保持器、およびこれを用いた転がり軸受を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的のため本発明による転がり軸受用保持器は、転動体を受け入れる複数個のポケットを有する環状体と、各ポケットの内周壁面に固定され、潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体を備える。
【0007】
かかる本発明によれば、保持器の骨格になる環状体を、含油固化体とは異なる材料で形成して、保持器の強度を高くすることが可能になり、高速回転に耐え得る強度を確保することができる。また潤滑油の配合割合によって含油固化体が含む潤滑油の量を容易に管理することが可能であり、含浸に比べて油量のばらつきを小さくすることができる。また含油固化体に含ませる油量だけ混合すればよいことから、製作工程において必要な油量を少なくすることができ、さらに自己潤滑機能のみで回転トルクを低く安定させることができる。したがって、宇宙環境下で用いられる軸受、特に人工衛星姿勢制御ジャイロスコープ用転がり軸受といった高速回転する軸受、の耐久性を向上させることができる。
【0008】
環状体は、例えば金属材料で形成される。これにより、保持器の強度を高くする。
【0009】
あるいは環状体は、金属と同等の強度を具備した樹脂材料であってもよい。かかる実施形態によっても、保持器の強度を高くすることが可能になる。
【0010】
本発明は一実施形態に限定されるものではないが、潤滑油は、アルキル化したシクロペンタン油であってもよい。かかる実施形態によれば、回転トルクを一層低く安定させることが可能になる。
【0011】
本発明は一実施形態に限定されるものではないが、含油固化体は、ポケットの内周壁面と接着剤で接合してもよい。かかる実施形態によれば、保持器の強度を高くして、かつ、自己潤滑機能のみで回転トルクを低く安定させることを好適に実現できる。
【0012】
本発明は一実施形態に限定されるものではないが、含油固化体はリング形状であって、ポケットの内周壁面と嵌合してもよい。かかる実施形態によっても、保持器の強度を高くして、かつ、自己潤滑機能のみで回転トルクを低く安定させることを好適に実現できる。
【0013】
また本発明による転がり軸受は、一対の軌道輪と、一対の軌道輪間に配置される複数の転動体と、これら転動体を受け入れる複数のポケットとポケットの内周壁面に固定され、潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体とを有する保持器を備える。かかる本発明によれば、保持器の強度を高くして、かつ、自己潤滑機能のみで回転トルクを低く安定させることを好適に実現できる。
【0014】
また本発明による転がり軸受は、人工衛星の回転部品を軸支する。かかる実施形態によれば、高速回転する人工衛星姿勢制御ジャイロスコープなどに使用することが可能になる。
【発明の効果】
【0015】
このように本発明による転がり軸受用保持器は、転動体を受け入れる複数個のポケットを有する環状体と、各ポケットの内周壁面に固定され、潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体を備える。
【0016】
また本発明による転がり軸受は、一対の軌道輪と、一対の軌道輪間に配置される複数の転動体と、これら転動体を受け入れる複数のポケットを有する環状体およびポケットの内周壁面に固定され潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体とを有する保持器を備える。
【0017】
これら本発明によれば、保持器の骨格になる環状体を、含油固化体とは異なる強度の高い材料で形成して、高速回転に耐えることができる。また含油固化体により自己潤滑機能のみで回転トルクを低く安定させることが可能になる。したがって、人工衛星姿勢制御ジャイロスコープ用転がり軸受など高速回転する軸受や、宇宙環境下で用いられる軸受の寿命を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。図1は、本実施例になる転がり軸受用保持器の周方向展開図である。図2は本実施例になる転がり軸用受保持器を、図1に示すポケットの位置A−Aで切断した断面を示す断面図である。
【0019】
転がり軸受用保持器1は、人工衛星の回転軸、特に、人工衛星姿勢制御ジャイロスコープのラジアル転がり軸受に使用される部品であり、図示しない内輪および外輪間に配置される。転がり軸受用保持器1は、内輪および外輪といった一対の軌道輪間に複数配置される転動体31を周方向に互いに離間させるものであり、転動体31を受け入れる複数個のポケット21を有する環状体11と、各ポケット21の内周壁面に固定され、潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体13を備える。
【0020】
環状体11は、ラジアル転がり軸受と同軸に配置される。環状体11に穿孔された円形の孔であるポケット21は、破線で示すように転動体31を受け入れる。環状体11は、ラジアル転がり軸受の径方向に薄く、転動体31を保持するために十分な軸方向幅を有する。環状体11は、金属材料で形成され、保持器1の骨格になり、十分な強度を具備する。好ましくはSUS304 (JISG 4304)やSPCC-SD (JIS G 3141)といったステンレスで形成されて、十分な耐食性をも具備する。あるいは、金属と同等の引張強度、圧縮強度および衝撃強度を具備した樹脂材料で形成してもよい。
【0021】
ポケット21は環状体11の周方向に互いに離間して複数配設される。各ポケット孔21の内周壁面の全周にわたって、潤滑油を含む含油固化体13を固定する。含油固化体13は、潤滑油と樹脂配合剤とを混合してリング形状に固形化した組成物である。潤滑油の具体例としては、アルキル化したシクロペンタン油である。
【0022】
樹脂配合剤の具体例としては、ポリオレフィン、ポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトンポリイミド、ポリスチレンなどの熱可塑性樹脂が挙げられる。このうち、好ましくは超高分子量ポリオレフィンである。
【0023】
含油固化体13は、上述した潤滑油と、上述した樹脂配合剤と、好ましくは潤滑配合剤との混合物を加熱してリング形状に固形化したものである。含油固化体13の好ましい配合割合は、樹脂配合剤を20〜30重量%、潤滑油を60〜80重量%、潤滑配合剤としてリチウム石鹸やウレア化合物などの金属石鹸類を少量(0〜10重量%)である。含油固化体13のより詳しい配合については、本願出願人が提案した特許文献2の含油樹脂成形体を参照されたい。
【0024】
含油固化体13は、図2に示すように、リング形状の一方端面から他方端面にかけてその外周面がすぼまっているテーパ形状とする。また、環状体11に穿孔したポケット21の内周壁面も、テーパ形状の含油固化体13を受け入れるテーパ孔に形成する。そしてポケット21の内周壁面と含油固化体13の外周面とを接着剤、例えばシリコン樹脂で接合する。
【0025】
図2に示す本実施例の他、図3の断面図で示すように、含油固化体13の外周に段差13dを設けても良い。例えば、含油固化体13外周半径を一方端面側で大きく他方端面側で小さくして、これら半径の差異を段差13dとして形成するとよい。また、ポケット21の内周壁面にも、段差13dを受け入れるよう段差を形成する。そしてポケット21の内周壁面と含油固化体13の外周面とを接着剤、例えばシリコン樹脂で接合する。
【0026】
固化体13を各ポケット21の内周壁面に固定するのは、図2および図3に示した接着剤で接合する実施例の他、図4の断面図で示すように、含油固化体13をポケット21の内周壁面に嵌合させてもよい。リング形状の含油固化体13は、一方端面および他方端面をその中間部よりも拡径させたフランジ部13fを有する。保持器1の組立時は、含油固化体13をポケット21に圧入して、これらフランジ部13fの間にポケット21の内周壁面を嵌め合わせる。両端面のフランジ部13f、13fは環状体11を挟み、含油固化体13の中間部がポケット21の内周壁面に接触する。
【0027】
このように含油固化体13の外周にテーパ(図2)、段差13d(図3)またはフランジ部13f(図4)を形成することにより、環状体11に対する含油固化体13の位置決め作業が容易になるとともに、含油固化体13をポケット21の内周壁面に強固に固定することができる。
【0028】
なお、図1〜図4に沿って説明した含油固化体13は、球状の転動体31を保持することから円形のリング形状である。この他にも図示はしなかったが、転動体31が「ころ」の場合、含油固化体13を矩形のリング形状とすること勿論である。
【0029】
次に、本実施例の強度につき説明する。保持器1の回転軸線が水平になるようセットし、この姿勢における周方向に180度離れた上下の2位置で、保持器1に径方向の引張力を与える引張強度試験を行い、従来品との強度を比較した。本実施例になる発明品の環状体11は、SUS304 (JIS G 4304)である。また含油固化体13は、超高分子量ポリオレフィン粉末(三井化学社製・商品名:ミペロン)を20重量%、シクロペンタン油を74重量%、リチウム石鹸を6重量%を混合して固化したものである。
【0030】
従来品は布入りベークライト保持器にシクロペンタン油を含浸したものである。発明品と従来品とのサンプル数はそれぞれ10個ずつである。従来品の平均値を1.00として、引張強度試験の試験結果を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
この試験結果によれば、発明品が従来品より引張強度が約12倍高いことが確認できた。
【0033】
次に、本実施例の耐久性につき説明する。上述した発明品を組み込んだ軸受Aについて耐久性試験を行った。この耐久性試験では、2個の試験軸受で共通する回転軸を軸支し、試験軸受の面圧および回転速度を1.8[GPa]、2500[rpm]として回転させ、2個の試験軸受の回転トルクの総和が、試験開始時の回転トルクの総和の3倍に達した時点を寿命とした。また、上述した従来品を組み込んだ軸受Bについても同様の耐久性試験を行い、結果を比較した。図5に寿命を比較した結果を示す。図5に示すように、軸受Aは軸受Bに比べて1.5倍以上の耐久性を有することが確認できた。
【0034】
さらに、試験軸受の面圧を1.5[GPa]に変更して軸受Aおよび軸受Bの耐久性試験を行った。図6に寿命を比較した結果を示す。図6に示すように、軸受Aは軸受Bに比べて2倍以上の耐久性を有することが確認できた。
【0035】
本実施例はラジアル転がり軸受に用いられる保持器であるが、本発明の転がり軸受用保持器は、図示しないスラスト転がり軸受にも適用可能である。
【0036】
以上、図面を参照してこの発明の実施形態を説明したが、この発明は、図示した実施形態のものに限定されない。図示した実施形態に対して、この発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明に係る転がり軸受およびその保持器は、宇宙環境下、特に人工衛星姿勢制御ジャイロスコープ用転がり軸受に有効に利用される。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の一実施例になる転がり軸受用保持器の一部を示す展開図である。
【図2】同実施例の断面図である。
【図3】他の実施例の断面図である。
【図4】さらに他の実施例の断面図である。
【図5】耐久性試験の結果を示す図である。
【図6】耐久性試験の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0039】
1 転がり軸受用保持器、11 環状体、13 含油固化体、21 ポケット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転動体を受け入れる複数のポケットを有する環状体と、
前記各ポケットの内周壁面に固定され潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体と、を備える転がり軸受用保持器。
【請求項2】
前記環状体は、金属材料で形成される請求項1に記載の転がり軸受用保持器。
【請求項3】
前記環状体は、金属と同等の強度を具備した樹脂材料で形成される請求項1に記載の転がり軸受用保持器。
【請求項4】
前記潤滑油は、アルキル化したシクロペンタン油である請求項1〜3のいずれかに記載の転がり軸受用保持器。
【請求項5】
前記含油固化体は、前記ポケットの内周壁面と接着剤で接合する請求項1〜4のいずれかに記載の転がり軸受用保持器。
【請求項6】
前記含油固化体は、リング形状であって前記ポケットの内周壁面と嵌合する請求項1〜4のいずれかに記載の転がり軸受用保持器。
【請求項7】
一対の軌道輪と、
前記一対の軌道輪間に配置される複数の転動体と、
前記転動体を受け入れる複数のポケットを有する環状体と、該ポケットの内周壁面に固定され潤滑油と樹脂配合剤とが混合した含油固化体とを有する保持器と、を備える転がり軸受。
【請求項8】
人工衛星の回転部品を軸支する請求項7に記載の転がり軸受。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−197843(P2009−197843A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−37857(P2008−37857)
【出願日】平成20年2月19日(2008.2.19)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】