説明

酸化物磁性体の製造方法

【課題】 湿式成形に比べて成形速度が速い乾式成形において、配向性を劣化させることなく高強度の成形体が得られる酸化物磁性体の製造方法を提供する。
【解決手段】 酸化物磁性体粒子とバインダーとを含む原料混合物を磁場中で乾式成形して成形体を得る乾式成形工程を有する酸化物磁性体の製造方法において、磁場中での成形操作前に、アダマンタン系化合物からなるバインダーを粉体に添加するように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉体が備える異方性(配向性)を利用した成形物もしくはその焼成物の製造方法に関し、特に、フェライト磁石等の異方性酸化物磁性体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属や酸化物をはじめとする粉体を所望の形状に成形した後、この成形された形態を維持(いわゆる保形)させるため、成形前の粉体中にバインダーを加えておいてその後形成される成形体の強度を上げることが一般に行なわれている。
【0003】
成形体もしくはその焼結体の中には、その粉体のもつ配向性(形状異方性や磁気異方性)を利用することで種々の有効な特性を発現させることができるものがある。例えば、永久磁石はその好適例である。
【0004】
ところで、異方性酸化物の成形体をつくる方法には、大きく分けて湿式成形と乾式成形の2通りがある。一般的には、湿式成形の方が配向度は高い。乾式成形法に比べて粉体の凝集が抑えられ、また、用いた水や溶剤が潤滑剤の役割をするためである。しかしながら、湿式成形法の場合、脱水や脱溶剤の処理をしながら成形を行なうために、1回の成形時間が長くなり生産性に劣り、コストアップに繋がるというという不都合が生じる。この一方で、乾式成形は、配向度という点では湿式成形にかなわないものの、成形速度が速いために工業的には好んで用いられる。
【0005】
工業的に好んで選択使用される乾式成形においては、成形体の形態維持を図る(いわゆる「保形」と呼ばれる用語と同義であり、焼成する前の成形体の形態を保持させて取り扱いの便宜を図る)ために、成形前の粉体にバインダーとしてPVA(ポリビニルアルコール)のような高分子系有機物を添加している。
【0006】
しかしながら、PVA(ポリビニルアルコール)高分子系有機物は、成形体の保形性に関しては優れた効果があるものの、PVA添加(通常は、PVA+水+アルコールの混合系の添加)によって粉体が動きにくくなってしまい、磁場配向等の操作を行っても粉体の配向性が悪く例えば所望の磁気特性が得られないという問題がある。
【0007】
フェライト磁石の場合、残留磁束密度と配向性と飽和磁化の間には、
残留磁束密度=飽和磁化×配向度(%)/100
の関係がある。
【0008】
従って、飽和磁化が同じ場合、配向度の高い構造の方が残留磁束密度が大きくなり、配向度は磁石にとって極めて重要な因子であると言える。
【特許文献1】特開平11−144988号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような実状のもとに本発明は創案されたものであって、その目的は、湿式成形に比べて成形速度が速い乾式成形において、配向性を劣化させることなく高強度の成形体が得られる酸化物磁性体の製造方法を提供することにある。より具体的には、配向性および成形体強度の双方の特性がバランス良く得られる酸化物磁性体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は、酸化物磁性体粒子とバインダーとを含む原料混合物を磁場中で乾式成形して成形体を得る乾式成形工程を有する酸化物磁性体の製造方法であって、前記バインダーは、アダマンタン系化合物であるように構成される。
【0011】
また、本発明の好ましい態様として、前記アダマンタン系化合物は、その融点が200℃以上の物性を備えてなるように構成される。
【0012】
また、本発明の好ましい態様として、前記アダマンタン系化合物は、固体−液体の状態変化の途中に柔粘性結晶の状態を形成する特性を備えてなるように構成される。
【0013】
また、本発明の好ましい態様として、前記アダマンタン系化合物は、その分子量が136〜300であるように構成される。
【0014】
また、本発明の好ましい態様として、前記アダマンタン系化合物は、その含有量が酸化物磁性体粒子に対して0.01〜3.00wt%であるように構成される。
【0015】
また、本発明の好ましい態様として、前記酸化物磁性体粒子は、六方晶フェライトであるように構成される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の酸化物磁性体の製造方法によれば、磁場中での成形操作前に、アダマンタン系化合物からなるバインダーを粉体に添加するようにしているので、いわゆる粉体の配向性を劣化させることなく高強度の成形体が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明は、各種の酸化物磁性体の製造に適用可能であるが、中でも特に顕著な効果が得られる異方性フェライト磁石の製造例を取りあげて説明する。
【0018】
本発明が好ましく適用される異方性フェライト磁石は、主に、マグネトプランバイト型のM相、W相等の六方晶系のフェライトである。
【0019】
このようなフェライトとしては、特に、MO・nFe23(Mは好ましくはSrおよびBaの1種以上で、n=4.5〜6.5)であることが好ましい。
【0020】
このようなフェライトには、さらに、希土類元素、Ca、Pb、Si、Al、Ga、Sn、Zn、In、Co、Ni、Ti、Cr、Mn、Cu、Ge、Nb、Zr等が含有されていてもよい。
【0021】
また、より好ましくは、Fe、元素A(ただしAは、Sr、BaおよびPbから選択される少なくとも1種の元素)、元素R(ただしRは、希土類元素およびBiから選択される少なくとも1種で、Laを必ず含む)、元素M(ただしMは、Co、Mn、Mg、Ni、CuおよびZnから選択される少なくとも1種で、Coを必ず含む)を含有する六方晶M型フェライトを主成分とし、下記の組成式(I)で表される主成分を有することが磁気特性にとって好ましい。
【0022】
1-xx(Fe12-yyz19 …(I)
【0023】
上記組成式(I)において、
0.04≦x≦0.9、0.04≦y≦1.0、0.4≦x/y≦5.0、0.7≦z≦1.2である。
【0024】
より好ましくは、0.04≦x≦0.5、0.04≦y≦0.5である。
さらに好ましくは、0.1≦x≦0.4、0.04≦y≦0.4、である。
【0025】
上記式(I)において、元素Aに関する詳細は以下のとおり。
【0026】
元素A:
本発明によるフェライト焼結磁石の飽和磁化および保磁力を高くするためには、元素AとしてSrおよびCaの少なくとも1種を用いることが好ましく、特にSrを用いることが好ましい。A中においてSr+Caの占める割合、特にSrの占める割合は、好ましくは51原子%以上、より好ましくは70原子%以上、さらに好ましくは100原子%である。元素A中のSrの比率が低すぎると、飽和磁化と保磁力とを共に高くすることが難しくなる。
【0027】
上記式(I)において、R(x)に関する詳細は以下のとおり。
【0028】
R(x):
上記組成式(I)において、元素Rの量を示すxが小さすぎると、つまり元素Rの量が少なすぎると、六方晶M型フェライトに対する元素Mの固溶量を多くできなくなってきて、飽和磁化向上効果および/または異方性磁場向上効果が不充分となってくる。xが大きすぎると、六方晶M型フェライト中に元素Rが置換固溶出来なくなってきて、例えば元素Rを含むオルソフェライトが生成し、飽和磁化が低くなってくる。したがって本発明におけるxは、0.04≦x≦0.9とすることが好ましい。
【0029】
元素Rとして用いる希土類元素は、Y、Scおよびランタノイドである。元素Rとしては、Laを必ず用い、そのほかの元素を用いる場合には、好ましくはランタノイドの少なくとも1種、より好ましくは軽希土類の少なくとも1種、さらに好ましくはNdおよびPrの少なくとも1種を用いる。R中においてLaの占める割合は、好ましくは40原子%以上、より好ましくは70原子%以上であり、飽和磁化向上のためにはRとしてLaだけを用いることが最も好ましい。これは、六方晶M型フェライトに対する固溶限界量を比較すると、Laが最も多いためである。
【0030】
したがって、R中のLaの割合が低すぎるとRの固溶量を多くすることができず、その結果、元素Mの固溶量も多くすることができなくなり、磁気特性向上効果が小さくなってしまう。なお、Biを併用すれば、仮焼温度および焼結温度を低くすることができるので、生産上有利である。
【0031】
上記式(I)において、M(y)に関する詳細は以下のとおり。
【0032】
M(y):
上記組成式(I)において、元素Mの量を示すyが小さすぎると飽和磁化向上効果および/または異方性磁場向上効果が不充分となってくる。yが大きすぎると、六方晶M型フェライト中に元素Mが置換固溶できなくなってくる。また、元素Mが置換固溶できる範囲であっても、異方性定数(K1)や異方性磁場(Ha)の劣化が大きくなってくる。したがって本発明におけるyは、0.04≦y≦1.0とすることが好ましい。
【0033】
元素M中においてCoの占める割合は、好ましくは20原子%以上、より好ましくは50原子%以上、さらに好ましくは100原子%である。M中におけるCoの割合が低すぎると、保磁力向上が不充分となる。
【0034】
上記式(I)において、zに関する詳細は以下のとおり。
【0035】
z:
上記組成式(I)において、zが小さすぎると、Srおよび元素Rを含む非磁性相が増えるため、飽和磁化が低くなってくる。zが大きすぎると、α−Fe23相または元素Mを含む非磁性スピネルフェライト相が増えるため、飽和磁化が低くなってくる。したがって本発明におけるzは、0.7≦z≦1.2とすることが好ましい。
【0036】
上記組成式(I)において、x/yが小さすぎても大きすぎても元素Rと元素Mとの価数の平衡がとれなくなり、W型フェライト等の異相が生成しやすくなる。元素Mが2価イオンであって、かつ元素Rが3価イオンである場合、価数平衡の点でx/y=1とすることが一般的であるが、Rを過剰にすることが好ましい。なお、x/y>1の領域で許容範囲が大きい理由は、yが小さくてもFe3+→Fe2+の還元によって価数の平衡がとれるためである。
【0037】
組成式(I)において、酸素Oの原子数は19となっているが、これは、Mがすべて2価、Rがすべて3価であって、かつx=y、z=1のときの、酸素の化学量論組成比を示したものである。MおよびRの種類やx、y、zの値によって、酸素の原子数は異なってくる。また、例えば焼成雰囲気が還元性雰囲気の場合は、酸素の欠損(ベイカンシー)ができる可能性がある。
【0038】
さらに、FeはM型フェライト中においては通常3価で存在するが、これが2価などに変化する可能性もある。また、Co等の元素Mも価数が変化する可能性があり、これらにより金属元素に対する酸素の比率は変化する。本発明では、Rの種類やx、y、zの値によらず酸素の原子数を19と表示してあるが、実際の酸素の原子数は、これから多少偏倚した値であってよい。
【0039】
本発明によるフェライト磁性材料の組成は、蛍光X線定量分析などにより測定することができるが、主成分および副成分以外の成分の含有を排除するものではない。また、上記主相の存在は、X線回折や電子線回折などにより確認できる。
【0040】
本発明によるフェライト磁性材料には、Si成分、さらにはCa成分を含有する。Si成分およびCa成分は、六方晶M型フェライトの焼結性の改善、磁気特性の制御、および焼結体の結晶粒径の調整等を目的として添加される。
【0041】
Si成分としてはSiO2を、Ca成分としてはCaCO3を、それぞれを使用するのが好ましいが、この例に限定されるものではなく、本発明の効果を達成しうる化合物を適宜使用することができる。添加する時期については、Si成分は少なくとも総添加量の40%以上を仮焼前に添加(前添加)するのが好ましく、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上、最も好ましくは100%を前添加することである。
【0042】
また、Ca成分については、総添加量の50%以上を仮焼後であって成形の前に添加(後添加)するのが好ましく、より好ましくは80%以上、最も好ましくは100%を後添加する。添加量は、Si成分について好ましくは、SiO2換算で0.15〜1.35wt%で、かつCa成分のモル量とSi成分のモル量の比Ca/Siが0.35〜2.10、より好ましくはSiO2換算で0.30〜0.90wt%で、Ca/Siが0.70〜1.75、さらに好ましくは0.45〜0.90wt%で、Ca/Siが1.05〜1.75である。
【0043】
本発明のフェライト磁性材料には、副成分としてAl23および/またはCr23が含有されていてもよい。Al23およびCr23は、保磁力を向上させるが残留磁束密度を低下させる。したがって、Al23とCr23との合計含有量は、残留磁束密度の低下を抑えるために好ましくは3wt%以下とする。なお、Al23および/またはCr23添加の効果を充分に発揮させるためには、Al23とCr23との合計含有量を0.1wt%以上とすることが好ましい。
【0044】
本発明のフェライト磁性材料には、副成分としてB23が含まれていてもよい。B23を含むことにより仮焼温度および焼結温度を低くすることができるので、生産上有利である。B23の含有量は、フェライト磁性材料全体の0.5wt%以下であることが好ましい。B23含有量が多すぎると、飽和磁化が低くなってしまう。
【0045】
本発明のフェライト磁性材料には、Na、K、Rb等のアルカリ金属元素は含まれないことが好ましいが、不純物として含有されていてもよい。これらをNa2O、K2O、Rb2O等の酸化物に換算して含有量を求めたとき、これらの含有量の合計は、フェライト磁性材料全体の3wt%以下であることが好ましい。これらの含有量が多すぎると、飽和磁化が低くなってしまう。
【0046】
また、これらのほか、例えばGa、In、Li、Mg、Ti、Zr、Ge、Sn、V、Nb、Ta、Sb、As、W、Mo等が酸化物として含有されていてもよい。これらの含有量は、化学量論組成の酸化物に換算して、それぞれ酸化ガリウム5wt%以下、酸化インジウム3wt%以下、酸化リチウム1wt%以下、酸化マグネシウム3wt%以下、酸化チタン3wt%以下、酸化ジルコニウム3wt%以下、酸化ゲルマニウム3wt%以下、酸化スズ3wt%以下、酸化バナジウム3wt%以下、酸化ニオブ3wt%以下、酸化タンタル3wt%以下、酸化アンチモン3wt%以下、酸化砒素3wt%以下、酸化タングステン3wt%以下、酸化モリブデン3wt%以下であることが好ましい。
【0047】
本発明をフェライト焼結磁石に適用する場合、その平均結晶粒径は、好ましくは1.5μm以下、より好ましくは1μm以下、さらに好ましくは0.5〜1.0μmである。結晶粒径は走査型電子顕微鏡によって測定することができる。
【0048】
このような異方性フェライト焼結磁石を製造するには、フェライト組成物の原料の酸化物、または焼成により酸化物となる化合物を仮焼き前に混合し、その後、仮焼きを行なう。仮焼きは、大気中で、例えば1000〜1400℃で1秒間〜10時間、特にM型のSrフェライトの微細仮焼き粉を得るときには、1050〜1350℃で1秒間〜3時間程度行なえばよい。
【0049】
このような仮焼き粉は、実質的にマグネトブランバイト型のフェライト構造を持つ顆粒状粒子から構成され、その一次粒子の平均粒径は0.1〜1μm、特に0.1〜0.5μmであることが好ましい。平均粒径は走査型電子顕微鏡(SEM)により測定すればよく、その変動係数CVは80%以下、一般にM型Srフェライトでは65〜71.5emu/g、保磁力Hcjは、159.2〜636.8kA/m(2000〜8000Oe)であることが好ましい。
【0050】
本発明では、酸化物磁性体粒子と、バインダーと、必要に応じてバインダーを溶解させるための溶媒を混合した原料混合物を磁場中で乾式成形するが、分散混合の効果を高めるために、乾式成形の前に、乾式での粉砕(例えば乾式粗粉砕工程)、あるいは水分等を加えた湿式での粉砕(湿式粉砕工程)を行なうことが望ましい。なお、仮焼き法ではなく、共沈法や水熱合成法により酸化物磁性体粒子を製造した場合には、通常、乾式や湿式の粉砕は必要とされないが、配向度をより高くするためには湿式粉砕工程を設けることが好ましい。以下、仮焼き法により形成された酸化物磁性体粒子の場合を例にとり、乾式粗粉砕工程および湿式粉砕工程を設ける場合について説明する。
【0051】
乾式粗粉砕工程では、通常、BET比表面積が2〜10倍程度となるまで粉砕が行なわれる。粉砕後の平均粒径は、0.1〜1μm程度、BET比表面積は、4〜10m2/g程度であることが好ましく、粒径のCVは80%以下、特に10〜70%に維持することが好ましい。粉砕手段は特に限定されない。例えば乾式振動ミル、乾式アトライター(媒体攪拌型ミル)、乾式ボールミル等が使用できる。中でも特に乾式振動ミルを用いることが好ましい。粉砕時間は、粉砕手段に応じて適宜定めればよい。
【0052】
乾式粗粉砕には、仮焼体粒子に結晶歪みを導入して保磁力HcBを小さくする効果もあす。保磁力を低下させることにより粒子の凝集が抑制され、分散性が向上する。また、配向度も向上する。粒子に導入された結晶歪みは、後の焼成工程において開放され、これによって本来の硬磁性に戻って永久磁石となる。
【0053】
なお、乾式粗粉砕の際には、通常、SiO2と、焼成によりCaOとなるCaCO3とが添加される。SiO2およびCaCO3は、一部を仮焼き前に添加してもよく、その場合には特性向上が認められる。
【0054】
このような乾式粗粉砕の後に、水等を添加して粉体用スラリーを形成して湿式粉砕が行なわれる。湿式粉砕に用いられる粉砕手段は特に限定されないが、通常、ボールミル、アトライター、振動ミル等を用いることが好ましい。粉砕時間は、粉砕手段に応じて適宜定めればよい。
【0055】
この後、必要に応じて乾燥工程を設けて、仮焼体粒子の乾燥が行なわれる。このように処理された仮焼体粒子を次工程の乾式成形工程における酸化物磁性体粒子として使用する。
【0056】
乾式成形工程では、酸化物磁性体粒子とバインダーとを含む原料混合物を磁場中で乾式成形して成形体を得る操作が行われる。成形圧力は、0.1〜5.0ton/cm2程度、印加磁場は398〜1194kA/m(5〜15kOe)程度である。
【0057】
本発明における乾式成形とは、成形原料を金型に入れ、金型から成形原料に含まれる水等の液状物を抜く作業をすることなく(磁場中)プレスして、酸化物磁性体粒子の磁化容易軸を揃える成形をすることを意味する。
【0058】
本発明の乾式成形工程において用いられるバインダーは、アダマンタン(adamantane)系化合物である。アダマンタン(adamantane)系化合物としては、例えば、アダマンタン、2−アダマンタノン、1−アダマンタノール、1,3−アダマンタンジオール、1−アダマンタンカルボン酸、1,3−アダマンタンジカルボン酸、アダマンテートHM(3−hydroxy−1−adamantylmethacrylate)が挙げられる。
【0059】
本発明で用いられるアダマンタン系化合物は、その融点が200℃以上、特に、200〜300℃、さらには200〜270℃の物性を備えてなるものが好ましい。融点が200℃未満となると、配向度は良好なものの、成形強度がわずかに低下する傾向が見られる。ちなみに、上記例示したアダマンタン系化合物の中で融点200℃以上の化合物は、アダマンタン(融点209℃)、2−アダマンタノン(融点256℃)、1−アダマンタノール(融点247℃)、および1,3−アダマンタンジカルボン酸(融点276℃)である。
【0060】
また、本発明で用いられるアダマンタン系化合物は、固体(結晶)−液体の状態変化の途中に「柔粘性結晶の状態」を形成する物性を備えるものが好ましい。このような「柔粘性結晶の状態」の物性を備えることにより配向度の向上に加え、成形体強度も向上するため成形容易性が向上して作業性および歩留まりが向上する。
【0061】
「柔粘性結晶の状態」とは、固体状態において、分子間の結合が弱くなるが、分子が相対的位置関係は変えず、その場で回転しやすくなっている状態のことである。この状態になると普通の固体より柔らかく、流動性をもつ特性が発現する。ちなみに、上記例示したアダマンタン系化合物の中で「柔粘性結晶の状態」を有する化合物は、アダマンタン、2−アダマンタノン、および1−アダマンタノールである。
【0062】
また、アダマンタン系化合物は、水酸基、カルボキシル基、オキソ基、アミノ基、ニトロ基、ホルミル基、アルコキシ基、エステル基、二トリル基、アミド基等の極性基を有することが望ましい。極性基を有することにより、例えば、フェライト等の粉体の表面にバインダーが吸着しやすくなり強固な結合が生じ得る。
【0063】
上述してきたようなアダマンタン系化合物は、その分子量が136〜300、好ましくは136〜240であることが望ましい。分子量が大きくなりすぎて上記の上限を超えると、焼結体密度の低下という不都合が生じる傾向がある。また、分子量の下限値は、アダマンタンそのものの値である。
【0064】
このようなアダマンタン系化合物は、酸化物磁性体粒子に対して0.01〜3.00wt%、好ましくは0.05〜2.00wt%、さらに好ましくは、0.10〜1.50wt%含有される。含有量が多くなりすぎると、焼結体密度の低下という不都合が生じる傾向があり、反対に含有量が少なすぎるとバインダーとしての機能を果たすことができなくなってしまう。
【0065】
アダマンタン系化合物は2種以上併用してもよく、この場合には、アダマンタン系化合物の総和量が上記の添加量の範囲内となるようにすればよい。
【0066】
バインダー(アダマンタン系化合物)の添加時期は、上述した湿式粉砕、乾燥工程後に添加することが良い。
【0067】
上述したような所定のプレス圧、および所定の磁場印加中で乾式成形工程を終えた後、通常、成形体は、添加したバインダーを十分に分解除去するために、大気中あるいは窒素雰囲気中において100〜500℃の温度で熱処理される。
【0068】
次いで、焼結工程(焼成工程)において、成形体を例えば、大気中で好ましくは、1100〜1300℃、より好ましくは、1160〜1250℃の温度で0.5〜3時間程度焼結して、異方性フェライト磁石が得られる。
【0069】
本発明の方法により製造された焼結フェライト磁石は、所定の形状に加工され、種々の幅広い用途に使用される。例えば、フュ−エルポンプ用、パワーウインド用、ABS用、ファン用、ワイパ用、パワーステアリング用、アクティブサスペンション用、スタータ用、ドアロック用、電動ミラー等の自動車用モータ;FDDスピンドル用、VTRキャンプスタン用、VTR回転ヘッド用、VTRリール用、VTRローディング用、VTRカメラキャンプスタン用、VTRカメラ回転ヘッド用、VTRカメラズーム用、VTRカメラフォーカス用、ラジカセ等キャンプスタン用、CDやLDやMDのスピンドル用、CDやLDやMDのローディング用、CDやLDの光ピックアップ用等のOA、AV機器用モータ;エアコンコンプレッサー用、冷蔵コンプレッサー用、電動工具駆動用、扇風機用、電子レンジファン用、電子レンジプレート回転用、ミキサ駆動用、ドライヤーファン用、シェーバ駆動用、電動歯ブラシ用等の家電機器用モータ;ロボット軸、関節駆動用、ロボット主駆動用、工作機器テーブル駆動用、工作機器ベルト駆動用等のFA機器用モータ;その他、オートバイ用発電器、スピーカ・ヘッドホン用マグネット、マグネトロン管、MRI用磁場発生装置、CD−ROM用クランパ、ディストリビュータ用センサ、ABS用センサ、燃料・オイルレベルセンサ、マグネットラッチ、アイソレータ等に好適に使用される。
【実施例】
【0070】
以下に実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
【0071】
〔フェライト粉の準備〕
フェライト粉(酸化物磁性体粒子)を下記の要領で準備した。すなわち、SrCO3とFe23を混合し、1270℃で3時間仮焼きした。ボールミルによる粉砕と、その後の乾燥によるBET比表面積(SSA)=8cm2/gのフェライト粉を得た。ただし、この際に、後に行う焼結を制御する目的で、SiO2とCaCO3を少量(0.6wt%、1.2wt%)加えた。この粉体は、主成分がSrO・6Fe23であった。
【0072】
〔実験例1〕
上記の要領で準備したフェライト粉を用い、このフェライト粉に対して、バインダーとして1.0wt%のアダマンタン(融点209℃;分子量136)を加えた。アダマンタンを添加した後、5分間混合した。
【0073】
このように処理された粉体(原料混合物)をφ30の金型に30g充填し、約557.2kA/m(7kOe)の磁場を印加しながら、1ton/cm2でプレスした。また、同様な成形条件で金型の大きさだけ変えて、下記の要領で成形体強度を測定するためのサンプルを作製した。
【0074】
次いで、φ30の金型により成形した成形体を大気雰囲気中、1230℃で1hr焼成して、焼結体サンプル(実験例1)を得、この焼結体について下記の要領で残留磁束密度(Br)を測定した。なお、上記の成形体サンプルを製造するに際しては、成形タクトをどの程度まで短縮することができるかどうかの成形性テストを下記の要領で合わせて行なった。
【0075】
成形体強度の測定
成形体強度測定用のサンプル形状は、4mm×15mm×約3.5mmの大きさとした。このサンプルを用いて、3点曲げ測定法(JIS:R1601)により、デジタル荷重試験機により抗折強度を測定し成形体強度とした。測定条件は支点間距離10mm、荷重速度0.5mm/minとした。
【0076】
配向度の測定
得られた焼結体の上下面を加工した後、最大印加磁場25kOeのB−Hトレーサを用いて残留磁束密度(Br)と飽和磁化の関係から配向度を求めた。
残留磁束密度=飽和磁化×配向度(%)/100
の関係がある。
【0077】
成形性テスト
メカプレスにおいて約27mm×25mm×8mmのC型形状の成型体を60rpm(1rpm=1ショット/1minの成型であるから60ショット/1minに換算することができる)のスピードでトータル1000個製造し、ワレ、カケ、ハクリが発生した成型体の個数を目視により調べた。その結果を歩留まり(%)として評価した。
これらの測定結果を下記表1に示した。
【0078】
〔実験例2〕
上記実験例1において使用したバインダーをアダマンタンから2−アダマンタノン(融点256℃;分子量150)に変えた。それ以外は、実験例1と同様にして、実験例2のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0079】
〔実験例3〕
上記実験例1において使用したバインダーをアダマンタンから1−アダマンタノール(融点247℃;分子量152)に変えた。それ以外は、実験例1と同様にして、実験例3のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0080】
〔実験例4〕
上記実験例1において使用したバインダーをアダマンタンから1,3−アダマンタンジノール(融点174℃;分子量168)に変えた。それ以外は、実験例1と同様にして、実験例4のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0081】
〔実験例5〕
上記実験例1において使用したバインダーをアダマンタンから1−アダマンタンカルボン酸(融点174℃;分子量180)に変えた。それ以外は、実験例1と同様にして、実験例5のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0082】
〔実験例6〕
上記実験例1において使用したバインダーをアダマンタンから1,3−アダマンタンジカルボン酸(融点276℃;分子量224)に変えた。それ以外は、実験例1と同様にして、実験例6のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0083】
〔実験例7〕
上記実験例1において使用したバインダーをアダマンタンからアダマンテートHM(融点87℃;分子量222)に変えた。それ以外は、実験例1と同様にして、実験例7のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0084】
〔実験例8〕
上記実験例2において使用した2−アダマンタノンの含有量を1.0wt%から2.0wt%に変えた。それ以外は、実験例2と同様にして、実験例8のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0085】
〔実験例9〕
上記実験例2において使用した2−アダマンタノンの含有量を1.0wt%から0.05wt%に変えた。それ以外は、実験例2と同様にして、実験例9のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0086】
〔比較実験例*1〕
上記実験例1において使用したバインダーをアダマンタンからポリビニルアルコール(PVA)に変えた。より詳しくは、PVAを水に溶解させたものをバインダーとして1%(固形分換算)添加した。それ以外は、実験例1と同様にして、比較実験例*1のサンプルを作製し、上記実験例1と同様な評価を行なった。測定結果を下記表1に示した。
【0087】
【表1】

【0088】
表1に示される結果より本発明の効果は明らかである。すなわち、本発明の酸化物磁性体の製造方法は、磁場中での成形操作前に、アダマンタン系化合物からなるバインダーを粉体に添加するようにしているので、いわゆる粉体の配向性を劣化させることなく高強度の成形体が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、好適には異方性フェライト磁石等の酸化物磁性体の製造方法であり、酸化物磁性体の製造産業や、その酸化物磁性体を利用した駆動部を備える電子部品を製造する電子産業に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物磁性体粒子とバインダーとを含む原料混合物を磁場中で乾式成形して成形体を得る乾式成形工程を有する酸化物磁性体の製造方法であって、
前記バインダーは、アダマンタン系化合物であることを特徴とする酸化物磁性体の製造方法。
【請求項2】
前記アダマンタン系化合物は、その融点が200℃以上の物性を備えてなる請求項1に記載の酸化物磁性体の製造方法。
【請求項3】
前記アダマンタン系化合物は、固体−液体の状態変化の途中に柔粘性結晶の状態を形成する特性を備えてなる請求項1または請求項2に記載の酸化物磁性体の製造方法。
【請求項4】
前記アダマンタン系化合物は、その分子量が136〜300である請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の酸化物磁性体の製造方法。
【請求項5】
前記アダマンタン系化合物は、その含有量が酸化物磁性体粒子に対して0.01〜3.00wt%である請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の酸化物磁性体の製造方法。
【請求項6】
前記酸化物磁性体粒子は、六方晶フェライトである請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の酸化物磁性体の製造方法。

【公開番号】特開2007−126306(P2007−126306A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−318293(P2005−318293)
【出願日】平成17年11月1日(2005.11.1)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】