電動パワーステアリング装置
【課題】操舵系にアシスト力を付与するモータについて、その抵抗値を精確に算出することのできる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】この電動パワーステアリング装置は、電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて外乱オブザーバにより推定誘起電圧EXaを算出する。そして、推定誘起電圧EXaが所定範囲内にあるとき電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて抵抗値を算出する。さらに、最後に取得した電圧値Vmよりも前に取得した電圧値Vm(過去電圧値)および最後に取得した電流値Imよりも前に取得した電流値Im(過去電流値)に基づいて外乱オブザーバの演算式を補正する。
【解決手段】この電動パワーステアリング装置は、電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて外乱オブザーバにより推定誘起電圧EXaを算出する。そして、推定誘起電圧EXaが所定範囲内にあるとき電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて抵抗値を算出する。さらに、最後に取得した電圧値Vmよりも前に取得した電圧値Vm(過去電圧値)および最後に取得した電流値Imよりも前に取得した電流値Im(過去電流値)に基づいて外乱オブザーバの演算式を補正する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記電動パワーステアリング装置として、例えば特許文献1のものが挙げられる。
この装置では、モータにより操舵系にトルクを付与するトルクアシスト制御において、下記式(A)により算出したモータの回転角速度ωを用いてモータの制御を行う。
【0003】
ω=(Vm−R×Im)/Ke…(A)
上記において、「Vm」はモータの電圧値、「R」はモータの抵抗値、「Im」はモータの電流値、また「Ke」は逆起電力定数を示す。
【0004】
モータの電流および電圧は、モータの回転角速度ωの演算時に取得される。また、抵抗値は、モータの電流値と抵抗値との関係を規定したマップに基づいて算出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−66999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記電動パワーステアリング装置においては、モータの回転角速度ωの推定精度がトルクアシスト制御のモータの制御に大きく影響を及ぼすため、回転角速度ωを精度よく推定することが求められる。
【0007】
一方、モータの抵抗値は、モータ毎に異なる値を示す。その理由としては、モータ自体の温度および周囲の温度の少なくとも一方の影響を受けて抵抗値が変化するものが挙げられる。またその他に、モータ毎の個体差、およびモータの使用にともなう経時変化が挙げられる。
【0008】
しかし、特許文献1の電動パワーステアリング装置においては、上記各理由に起因するモータ毎の抵抗値の大きさの違いが考慮されていないため、マップに基づいて算出された抵抗値が実際の抵抗値から大きく乖離するおそれがある。そして、算出された抵抗値が実際の抵抗値から大きく乖離している場合には、モータの回転角速度ωの算出精度が低下する。
【0009】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、操舵系にアシスト力を付与するモータについて、その抵抗値を精確に算出することのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下、上記目的を達成するための手段およびその作用効果について記載する。
(1)請求項1に記載の発明は、操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置において、前記モータの電流の大きさを示す値を電流値とし、前記モータの電圧の大きさを示す値を電圧値とし、前記モータの抵抗の大きさを示す値を抵抗値として、前記電流値および前記電圧値を誘起電圧演算手段に適用して前記モータの誘起電圧を算出すること、前記誘起電圧が所定範囲内にあるとき、前記電流値および前記電圧値に基づいて前記抵抗値を算出すること、ならびに、複数の前記電流値のうちの最後に取得した電流値を基準電流値とし、この基準電流値よりも前に取得した電流値を過去電流値とし、複数の前記電圧値のうちの最後に取得した電圧値を基準電圧値とし、この基準電圧値よりも前に取得した電圧値を過去電圧値として、前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも1つに基づいて誘起電圧演算手段を補正することを要旨とする。
【0011】
モータの抵抗値を算出するための誘起電圧演算手段には、モータの電流値、電圧値、および誘起電圧の項が含まれる。一方、誘起電圧はモータの電圧の一部として変化するため、誘起電圧をモータの電圧から分離して精度よく推定することは難しい。このため、モータの抵抗値を精度よく算出するためには、誘起電圧が抵抗値の推定精度との関係において十分に小さいとき、すなわち誘起電圧が「0」またはその付近のときにモータの抵抗値を算出することが好ましい。
【0012】
上記発明では、電流値および電圧値に基づいて抵抗値を算出しているため、電動パワーステアリング装置の動作中においてそのときどきの抵抗値の変化をモータの制御に反映することができる。また、誘起電圧が所定範囲内にあるとき、すなわち誘起電圧が十分に小さいときにモータの抵抗値を算出しているため、抵抗値の推定精度が高くなる。また、過去電流値および過去電圧値の少なくとも一方に基づいて誘起電圧を算出しているため、すなわち、モータの誘起電圧に影響を及ぼす過去電流値および過去電圧値の少なくとも一方を反映して誘起電圧を算出しているため、誘起電圧の推定精度が高くなる。
【0013】
(2)請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電流値を取得するための周期を電流取得周期とし、前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期とし、前記誘起電圧を算出するための周期を演算周期として、前記電流取得周期および前記電圧取得周期の少なくとも一方が前記演算周期よりも短いことを要旨とする。
【0014】
上記発明では、演算周期よりも短い周期で電流値または電圧を取得するため、演算周期毎に電流値および電圧値の少なくとも一方を取得しこれに基づいて誘起電圧を算出する構成と比較して、今回演算周期に対してより近い時期に取得した電流値および電圧値の少なくとも一方を誘起電圧の算出に反映することができる。このため、誘起電圧の推定精度がより高められる。
【0015】
(3)請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置において、前記過去電流値の変化パターンおよび前記過去電圧値の変化パターンの少なくとも一方に基づいて、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正値を算出することを要旨とする。
【0016】
上記発明では、過去電流値の変化または過去電圧値の変化をパターン化し、これに基づいて誘起電圧演算手段の補正値を算出しているため、過去電流値または過去電圧値の変化を誘起電圧の算出に反映させることができ、これにより、誘起電圧の推定精度がより高められる。
【0017】
(4)請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、前記外乱オブザーバの演算において、前記過去電流値および前記過去電圧値に基づいて中間変数を算出すること、ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記中間変数の算出に用いる前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出することを要旨とする。
【0018】
上記発明では、過去電流値および過去電圧値の少なくとも一方を補正する補正値を算出しているため、すなわち同少なくとも一方の値が誘起電圧に及ぼす影響を補正値により補正しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0019】
(5)請求項5に記載の発明は、請求項3または4に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、前記外乱オブザーバの演算において、中間変数と前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方とに基づいて前記誘起電圧を算出すること、ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記誘起電圧の算出に用いる前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出することを要旨とする。
【0020】
上記発明では、基準電流値および基準電圧値の少なくとも一方を補正する補正値を算出しているため、すなわち同少なくとも一方の値が誘起電圧に及ぼす影響を補正値により補正しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0021】
(6)請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、複数の前記過去電圧値の平均値を電圧平均値とし、前記複数の過去電圧値のうちの最後に取得した過去電圧値と前記電圧平均値との差を過去電圧値差とし、前記基準電圧値と前記電圧平均値との差を基準電圧値差として、前記過去電圧値差および前記基準電圧値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いることを要旨とする。
【0022】
電動パワーステアリング装置においては、モータの電圧が振動するため、基準電圧値がモータの状態を適切に反映していないこともある。上記発明では、過去電圧値差および基準電圧値差の少なくとも一方を誘起電圧の算出に用いているため、すなわち過去電圧値の大きさを誘起電圧の算出に反映しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0023】
(7)請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、複数の前記過去電流値の平均値を電流平均値とし、前記複数の過去電流値のうちの最後に取得した過去電流値と前記電流平均値との差を過去電流値差とし、前記基準電流値と前記電流平均値との差を基準電流値差として、前記過去電流値差および前記基準電流値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いることを要旨とする。
【0024】
電動パワーステアリング装置においては、モータの電流が振動するため、基準電流値がモータの状態を適切に反映していないこともある。上記発明では、過去電流値差および基準電流値差の少なくとも一方を誘起電圧の算出に用いているため、すなわち過去電流値の大きさを誘起電圧の算出に反映しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0025】
(8)請求項8に記載の発明は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電流値を取得するための周期を電流取得周期として、前記電流値の変化に基づいて前記電流取得周期を変更することを要旨とする。
【0026】
電流取得周期を小さくすることにより誘起電圧の推定精度を高めることが可能になる。一方、電流取得周期を小さくすることにともない演算負荷が大きくなる。上記発明では、誘起電圧の推定精度に影響を及ぼす電流値の変化に基づいて電流取得周期を変更しているため、誘起電圧の推定精度と演算負荷とのバランスを取ることができる。
【0027】
(9)請求項9に記載の発明は、請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、単位時間あたりの前記電流値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電流取得周期を電流取得周期Aとし、単位時間あたりの前記電流値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電流取得周期を電流取得周期Bとして、前記電流取得周期Aを前記電流取得周期Bよりも小さくすることを要旨とする。
【0028】
上記発明では、電流値の変化量が所定変化量よりも大きいとき、すなわち誘起電圧の推定精度に対する電流値の変化の影響が大きいと推定されるとき、電流取得周期を小さく設定している。このため、誘起電圧の推定精度が低下することを抑制することができる。
【0029】
(10)請求項10に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期として、前記電圧値の変化に基づいて前記電圧取得周期を変更することを要旨とする。
【0030】
電圧取得周期を小さくすることにより誘起電圧の推定精度を高めることが可能になる。一方、電圧取得周期を小さくすることにともない演算負荷が大きくなる。上記発明では、誘起電圧の推定精度に影響を及ぼす電圧値の変化に基づいて電圧取得周期を変更しているため、誘起電圧の推定精度と演算負荷とのバランスを取ることができる。
【0031】
(11)請求項11に記載の発明は、請求項10に記載の電動パワーステアリング装置において、単位時間あたりの前記電圧値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Cとし、単位時間あたりの前記電圧値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Dとして、前記電圧取得周期Cを前記電圧取得周期Dよりも小さくすることを要旨とする。
【0032】
上記発明では、電圧値の変化量が所定変化量よりも大きいとき、すなわち誘起電圧の推定精度に対する電圧値の変化の影響が大きいと推定されるとき、電圧取得周期を小さく設定している。このため、誘起電圧の推定精度が低下することを抑制することができる。
【0033】
(12)請求項12に記載の発明は、請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段の演算において、前記複数の過去電流値を含む演算項が用いられること、ならびに、前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記誘起電圧の算出に用いることを要旨とする。
【0034】
電動パワーステアリング装置においては、電流値が異常値を示すこともある。そして、異常値としての電流値を含めて誘起電圧が算出されるときには、その推定精度が低下するおそれがある。上記発明では、過去電流値に異常値が含まれるとき、異常補正値を演算項から減算しているため、異常値が演算項の算出に及ぼす影響が低減される。また、平均補正値を異常補正値の代用値として演算項に加算しているため、すなわち異常値としての電流値よりも実際の過去電流値に近い平均補正値を演算値に反映しているため、誘起電圧の推定精度が低下することが抑制される。
【0035】
(13)請求項13に記載の発明は、請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、複数の前記過去電流値、複数の前記過去電圧値、前記基準電流値、および前回演算周期において算出した中間変数である前回中間変数に基づいて、今回演算周期の中間変数を算出すること、前記複数の過去電流値を含む演算項が前記前回中間変数に含まれること、ならびに、前記前回中間変数の算出に用いた前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記今回演算周期の中間変数の算出に用いることを要旨とする。
【0036】
上記発明では、前回中間変数の算出に用いた複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、異常値に基づく異常補正値を演算項から減算し、複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を演算項に加算する。そして、これらの処理により得られた演算項を今回演算周期の中間変数の算出に用いる。これにより、異常値としての電流値よりも実際の過去電流値に近い平均補正値を演算値に反映しているため、誘起電圧の推定精度が低下することが抑制される。
【0037】
(14)請求項14に記載の発明は、請求項12または13に記載の電動パワーステアリング装置において、前記複数の過去電流値の平均値を過去平均値として、前記複数の過去電流値の1つと前記過去平均値との差が判定値よりも大きいとき、同過去電流値の1つを前記異常値として判定することを要旨とする。
【0038】
上記発明では、複数の過去電流値の1つと過去平均値との差が判定値よりも大きいとき、同過去電流値の1つを異常値として判定するため、容易に異常値を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の第1実施形態の電動パワーステアリング装置について、その全体構造を模式的に示す模式図。
【図2】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、抵抗更新処理の手順を示すフローチャート。
【図3】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電流値と推定誘起電圧の演算周期との関係を示すグラフ。
【図4】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電流値の変化パターンを示すパターン図。
【図5】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電流値の変化パターンと補正値との関係を示すテーブル。
【図6】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、誘起電圧推定処理の手順を示すフローチャート。
【図7】本発明の第2実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電圧値と平均値との関係を示すグラフ。
【図8】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、誘起電圧推定処理の手順を示すフローチャート。
【図9】本発明の第3実施形態の電動パワーステアリング装置について、(A)はモータの電流値の変化が小さいときのサンプリング周期を示すグラフ、(B)はモータの電流値の変化が大きいときのサンプリング周期を示すグラフ。
【図10】本発明の第4実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電圧値の変化を示すグラフ。
【図11】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、推定誘起電圧の演算処理を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0040】
(第1実施形態)
図1〜図6を参照して、本発明の第1実施形態について説明する。
電動パワーステアリング装置1は、ステアリング2の回転を転舵輪3に伝達する操舵角伝達機構10と、ステアリング2の操作を補助するための力(以下、「アシスト力」)を操舵角伝達機構10に付与するEPSアクチュエータ20と、EPSアクチュエータ20を制御する電子制御装置30とを備える。さらに、電動パワーステアリング装置1には、これら装置の動作状態を検出する複数のセンサが設けられている。
【0041】
操舵角伝達機構10は、ステアリング2とともに回転するステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11の回転をラック軸13に伝達するラックアンドピニオン機構12と、タイロッド14を操作するラック軸13と、ナックルを操作するタイロッド14とを備える。
【0042】
EPSアクチュエータ20は、ステアリングシャフト11にトルクを付与するモータ21と、モータ21の回転を減速する減速機構22とを備える。モータ21としては、ブラシ付きのモータ21が採用されている。このモータ21の回転は減速機構22により減速されてステアリングシャフト11に伝達される。このときにモータ21からステアリングシャフト11に付与されるトルクがアシスト力として作用する。
【0043】
操舵角伝達機構10は次のように動作する。すなわち、ステアリング2が操作されたとき、アシスト力がステアリングシャフト11に付与されて、同シャフト11が回転する。ステアリングシャフト11の回転は、ラックアンドピニオン機構12によりラック軸13の直線運動に変換される。ラック軸13の直線運動は、同ラック軸13の両端に連結されたタイロッド14を介してナックルに伝達される。そして、ナックルの動作にともない転舵輪3の舵角が変更される。
【0044】
ステアリング2の操舵角は、ステアリング2が中立位置にあるときを基準として定められる。すなわち、ステアリング2が中立位置にあるときの操舵角を「0」として、ステアリング2が中立位置から右方向または左方向に回転したとき、中立位置からの回転角度に応じて操舵角が増加する。
【0045】
ステアリング2の操舵状態は、「回転状態」と「中立状態」と「保舵状態」との3つに分類される。「回転状態」は、ステアリング2が回転している最中の状態を示す。「中立状態」は、ステアリング2が中立位置にある状態を示す。「保舵状態」は、ステアリング2が中立位置から右方向または左方向に回転した位置にあり、かつその位置に保持されている状態を示す。
【0046】
電動パワーステアリング装置1には、複数のセンサとして、ステアリング2のトルクを検出するトルクセンサ31および車速を検出する車速センサ32が設けられている。これらのセンサはそれぞれ次のように監視対象の状態の変化に応じた信号を出力する。
【0047】
トルクセンサ31は、ステアリング2の操作によりステアリングシャフト11に付与されたトルクの大きさに応じた信号(以下、「出力信号SA」)を電子制御装置30に出力する。車速センサ32は、転舵輪3の回転角速度に応じた信号(以下、「出力信号SB」)を電子制御装置30に出力する。車速センサ32は各後輪に対応して設けられている。
【0048】
電子制御装置30は各センサの出力に基づいて以下の各演算値を算出する。
トルクセンサ31の出力信号SAに基づいて、ステアリング2の操作にともないステアリングシャフト11に入力されたトルクの大きさに相当する演算値(以下、「操舵トルクτ」)を算出する。車速センサ32の出力信号SBに基づいて、すなわち各後輪に対応して出力される出力信号SBに基づいて、車両の走行速度に相当する演算値(以下「車速V」)を算出する。
【0049】
また、電子制御装置30は、車速Vおよび操舵トルクτの補正値(以下、「補正操舵トルクτa」)に基づいてアシスト力を調整するためのパワーアシスト制御と、車速Vおよび補正操舵トルクτaおよびモータ21の回転角速度ωmに基づいて上記補正操舵トルクτaを算出する操舵トルクシフト制御とを行う。
【0050】
操舵トルクシフト制御で用いられる上記回転角速度ωmは、モータ方程式としての下記の式(1)に基づいて算出される。
【0051】
【数1】
・「Vm」は、モータの電圧値(以下、「電圧値Vm」)を示す。
・「Im」は、モータの電流値(以下、「電流値Im」)を示す。
・「Rm」は、モータの抵抗値(以下、「抵抗値Rm」)を示す。
・「Ke」は、逆起電力定数を示す。
【0052】
逆起電力定数Keとしてはモータ21に固有の逆起電力定数Keに相当する値が用いられる。逆起電力定数Keの値は予め設定され、電子制御装置30の記憶部に記憶されている。抵抗値Rmは、電子制御装置30の記憶部に記憶されている値が用いられる。この抵抗値Rmは周期的に更新される。
【0053】
モータ21の抵抗値Rmが更新される理由は次の通りである。
モータ21は、長年の使用あるいは周囲温度等によって抵抗値Rmが変化する。このため、実際のモータ21の抵抗値Rmが当初記憶部に記憶されている値から乖離することがある。このため、記憶部に記憶されている抵抗値Rmを実際の抵抗値Rmと近い値にするために抵抗値Rmが更新される。
【0054】
抵抗値Rmは次のように算出される。
誘起電圧が「0」のとき、そのときの抵抗値は式(2)で表される。そして、そのときの電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて実際の抵抗値Rmを算出することができる。
【0055】
【数2】
誘起電圧EXが略「0」と判定することができる状態を、抵抗値Rmを算出することが可能な状態ということができるため、以降の説明では、この状態を「抵抗算出可能状態」という。
【0056】
図2を参照して、モータ21の抵抗値Rmを更新する抵抗更新処理の手順について説明する。なお、同処理は電子制御装置30により所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
ステップS110では、誘起電圧EXを算出する誘起電圧推定処理を実行する。ステップS120では、抵抗算出可否判定処理を実行する。ステップS130では、モータ抵抗演算処理を実行する。なお、以降の説明では、上記誘起電圧推定処理により算出される誘起電圧EXを「推定誘起電圧EXa」とする。
【0057】
抵抗算出可否判定処理では、推定誘起電圧EXaが判定値VTAよりも小さいか否かを判定する。この判定が肯定されるとき、モータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定される。この場合、抵抗更新処理が行われる。一方、推定誘起電圧EXaが判定値VTA以上のときはモータ21が抵抗算出可能状態にない旨判定する。この場合、抵抗更新処理は行われず、そのときのモータ21の抵抗値Rmが維持される。
【0058】
モータ抵抗演算処理では、モータ21の電流値Imの平均値Iaveを算出するとともに電圧値Vmの平均値Vaveを算出し、式(2)に基づいて抵抗値Rmを算出する。そして、新たに算出された抵抗値Rmと記憶部に記憶されている抵抗値Rmとの差が許容値AXを超えるとき、新たに算出された抵抗値Rmを実際のモータ21の抵抗を示すものとして記憶する。一方、新たに算出された抵抗値Rmと記憶部に記憶されている抵抗値Rmとの差が許容値AXを超えないとき、記憶部に記憶されている抵抗値Rmが維持される。
【0059】
次に推定誘起電圧EXaの算出方法について説明する。
誘起電圧EXは、モータ21の端子間電圧に対して逆起電圧として生じるものであるため、独立して、誘起電圧EXを検出することはできない。そこで、誘起電圧EXをモータ21の制御における外乱とみなし、外乱オブザーバ(誘起電圧演算手段)を用いて誘起電圧EXを算出する。
【0060】
推定誘起電圧EXaは次式のように与えられる。
【0061】
【数3】
【0062】
【数4】
・「ξ」は、中間変数を示す。
・「G」は、オブザーバゲイン(固定値)。
・「Im(n)」は、n周期目演算時のモータ21の電流値(基準電流値)。
・「A11」は、所定の行列定数。
・「A12」は、所定の行列定数。
・「B1」は、所定の行列定数。
・「Ts」は、推定誘起電圧EXaの演算の演算周期。
・「Ie」は、単位行列。
・「n」は、初回の演算をn=1としてn周期目の演算回数を示す。
・「Vm(n)」は、n周期目演算時のモータ21の電圧値。
・「Im(n)」は、n周期目演算時のモータ21の電流値。
【0063】
なお、電流値Im(n)は記憶されている電流値Imのうち最後に取得されたものであり、基準電流値に対応する。電流値Im(n)よりも前に取得された電流値Imは過去電流値に対応する。また、Vm(n)は記憶されている電圧値Vmのうち最後に取得されたものであり、基準電圧値に対応する。Vm(n)よりも前に取得された電圧値Vmは過去電圧値に対応する。
【0064】
外乱オブザーバでは、推定誘起電圧EXaと中間変数ξ(n)とを所定の演算周期Tsで算出する。推定誘起電圧EXa(n)は中間変数ξ(n)を演算要素として含む。中間変数ξ(n)は、前回演算時に算出した中間変数ξ(n−1)と、前回演算時に取得された電圧値Vm(n−1)および電流値Im(n−1)とに基づいて算出される。
【0065】
以上のように、推定誘起電圧EXa(n)は当該演算時の電流値Im(n)だけではなく、当該演算時よりも前に取得された電流値Imおよび電圧値Vmの影響を受ける。このため、演算周期を短くし、電流値Imおよび電圧値Vmを多くすることにより、推定誘起電圧EXaを実際の誘起電圧EXの値に近い値とすることができる。しかし、情報量を多くすると、計算装置の演算処理が間に合わなくなるため、演算周期を短くすることには限界がある。
【0066】
図3を参照して、モータ21の電流値Imと推定誘起電圧EXaの演算周期Tsとの関係について説明する。
同図に示されるように、電流値Imは、推定誘起電圧EXaの演算周期Tsよりも短い周期で変動することがある。この場合、演算時にだけ電流値Imを取得する方法であれば、演算周期の間の電流値Imの変化が推定誘起電圧EXaに反映されないことになるため、算出による推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXとの間に乖離が生じる。この結果、モータ21が抵抗算出可能状態にあることを精確に判定することが困難となり、抵抗値Rmの値が不精確となる。
【0067】
そこで、推定誘起電圧EXaの演算式(上記式(3)および式(4))を補正値αと補正値βを用いて以下のように補正する。
【0068】
【数5】
【0069】
【数6】
補正値αと補正値βは、外乱オブザーバの演算式を補正するための値であり、所定演算時とこの演算時より後の所定演算時との間における電流値Imの変化パターンに関係する値として与えられる。
【0070】
図4および図5を参照して、電流値Imの変化パターンの決定方法について説明する。
演算周期の間の電流値Imの変化を推定誘起電圧EXaの演算に反映させるために、電流値Imのサンプリング周期を推定誘起電圧EXaの演算周期よりも短くする。そして、これらの電流値Imを電子制御装置30の記憶部に記憶する。さらに、前回の演算時から今回の演算時までの間の電流値Imに基づいて電流値Imの最大値、最小値、傾き、極大値、および極小値を算出し、これらのパラメータに基づいて電流値Imの変化パターンを決定する。
【0071】
以下、パターンの例を挙げる。
図4に示すように、前回演算時から今回演算時までの間に極大値と極小値とがそれぞれ1つある場合には、電流値Imの変化パターンをパターンAと判定する。前回演算時から今回演算時までの間に極大値が1つである場合には、電流値Imの変化パターンをパターンBと判定する。前回演算時から今回の演算時までの間に極小値が1つである場合には、電流値Imの変化パターンをパターンCと判定する。
【0072】
図5に示すように、補正値αと補正値βは電流値Imの変化パターンと対応付けされている。これにより、このテーブルに基づいて変化パターンから補正値αおよび補正値βを決定することができる。そして、これらの補正値αと補正値βとを用いて上記式(5)および式(6)に基づいて推定誘起電圧EXaを算出する。
【0073】
なお、補正値αと補正値βはシミュレーションに基づいて計算される。すなわち、モータ21の誘起電圧EXの変化に追従することができる程度に十分に高速高容量の計算装置により、推定誘起電圧EXaの演算周期を十分に短くして推定誘起電圧EXaを算出する。これらのデータを記憶して完全推定データとして再現できるようにする。一方、推定誘起電圧EXaの演算周期を比較的長く設定するとともに予め用意した複数種類のパターンを用いて上記方法により推定誘起電圧EXaを算出し、推定データを得る。
【0074】
そして、完全推定データと推定データが近似するように、各パターンに対して補正値αと補正値βとを求める。このようにして実際の誘起電圧EXと推定誘起電圧EXaとの乖離を小さくするように外乱オブザーバの演算式を補正する補正値αと補正値βとが求められる。
【0075】
図6を参照して、上記誘起電圧推定処理の処理手順について説明する。なお、同処理は、電子制御装置30により所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
ステップS210において電流値Imを取得する。ステップS220において、電流値Imの変化パターンを決定するためのパラメータを算出する。すなわち、前回推定誘起電圧EXaの演算時からこの時点までの電流値Imの蓄積データに基づいて、電流値Imの最大値、最小値、傾き、極大値、および極小値を算出する。
【0076】
ステップS230において、推定誘起電圧EXaの演算時期にあるか否かを判定する。推定誘起電圧EXaの演算時期にあるときは、次のステップに移行する。一方、推定誘起電圧EXaの演算時期にないときは、ステップS210に戻る。
【0077】
ステップS240において、電流値Imの各パラメータに基づいて電流値Imの変化パターンを選択する。そして、ステップS250において、選択したパターンに対応する補正値αと補正値βを用いて中間変数ξおよび推定誘起電圧EXaを算出する。
【0078】
補正値αと補正値βは、実際の誘起電圧EXと推定誘起電圧EXaとの乖離を小さくするように外乱オブザーバの演算式を補正する値であるため、変化パターンに基づいて補正値αおよび補正値βを決定し、これら値を用いることにより推定誘起電圧EXaの精度を高めることができる。また、補正値αと補正値βは、演算周期Tsの間にサンプリングされた電流値Imの変化パターンに対応する値として与えられるものであり、かつ変化パターンの特定は演算周期Tsの間に1回行われるものであるため演算負荷を増大させることはないため、高速の演算装置を用いることなく推定誘起電圧EXaの精度を高めることができる。
【0079】
本実施形態によれば以下の作用効果を奏することができる。
(1)本実施形態では、推定誘起電圧EXaが所定範囲内にあるときに電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて抵抗値Rmを算出するとともに、過去に取得した電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて演算式を補正する。
【0080】
すなわち、電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて抵抗値Rmを算出しているため、電動パワーステアリング装置1の動作中においてそのときどきの抵抗値Rmの変化をモータ21の制御に反映することができる。また、推定誘起電圧EXaが所定範囲内にあるとき、すなわち誘起電圧EXが十分に小さいときに抵抗値Rmを算出しているため、抵抗値Rmの推定精度が高くなる。
【0081】
また、過去に取得した電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて推定誘起電圧EXaを算出しているため、すなわち、モータ21の推定誘起電圧EXaに影響を及ぼす過去の電流値Imおよび電圧値Vmを反映させて推定誘起電圧EXaを算出しているため、推定誘起電圧EXaの推定精度が高くなる。
【0082】
(2)本実施形態では、サンプリング周期を演算周期よりも短くする。この構成によれば、演算周期毎に電流値Imを取得しこれに基づいて推定誘起電圧EXaを算出する構成と比較して、今回演算に対してより近い時期に取得した電流値Imを推定誘起電圧EXaの算出に反映することができる。このため、推定誘起電圧EXaの推定精度がより高められる。
【0083】
(3)本実施形態では、過去に取得した電流値Imの変化パターンに基づいて演算式を補正するための補正値αと補正値βを求める。この構成では、過去の電流値Imの変化をパターン化し、これに基づいて演算式の補正値αおよび補正値βを選択しているため、過去の電流値Imの変化を推定誘起電圧EXaの算出に反映させることができ、これにより、推定誘起電圧EXaの推定精度がより高められる。
【0084】
(4)本実施形態では、外乱オブザーバの演算において、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmに基づいて中間変数ξを算出する。そして、外乱オブザーバにおいて、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmにより構成される項(式(6)参照)を補正するための補正値αを、過去の電流値Imの変化パターンに基づいて求める。さらに、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmが推定誘起電圧EXaに及ぼす影響を補正値αにより補正する。これにより、過去の情報を推定誘起電圧EXaの算出に反映させることができるため、推定誘起電圧EXaの推定精度をより高くすることができる。
【0085】
(5)本実施形態では、外乱オブザーバの演算において、中間変数ξと今回演算に用いる電流値Im(基準電流値)とに基づいて推定誘起電圧を算出する。そして、外乱オブザーバにおいて、推定誘起電圧EXaの算出に用いる上記電流値Imの項(式(5)参照)を補正する補正値βを、過去の電流値Imの変化パターンに基づいて求める。そして、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmが推定誘起電圧EXaに及ぼす影響をこの補正値βにより補正する。これにより、過去の情報を推定誘起電圧EXaの算出に反映させることができるため、推定誘起電圧EXaの推定精度をより高くすることができる。
【0086】
(第2実施形態)
図7および図8を参照して、本発明の第2実施形態について説明する。
本実施形態の電動パワーステアリング装置1は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えている。すなわち、推定誘起電圧EXaの算出精度を向上させるために、第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算周期間における電流値Imのデータに基づいて電流値Imの変化パターンを把握するとともにこのパターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0087】
これに対して、本実施形態では、電圧値Vmの振動による影響を補正することにより、推定誘起電圧EXaの算出精度を高める。以下、この変更にともない生じる前記第1実施形態の構成からの詳細な変更について説明する。なお、前記第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明を省略する。
【0088】
図7を参照して、電圧値Vmの変動について説明する。
推定誘起電圧EXaは、上記式(3)および式(4)に示すように、電圧値Vmおよび電流値Imに基づいて算出される。しかし、電圧値Vmは振動するため、仮に誘起電圧EXの算出のとき電圧値Vmの平均値から離れた値が用いられると、推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXとの間に誤差が生じる。そして、このような演算が繰り返されると、推定誘起電圧EXaが実際の誘起電圧EXから大きく乖離する。そこで、推定誘起電圧EXaを算出するときに、過去の電圧値Vmの平均値に基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。以下、具体的な補正方法について説明する。
【0089】
図7および図8を参照して誘起電圧推定処理について説明する。
ステップS310において電流値Imを取得する。次に、ステップS320において、(n−m1−m2)周期前から(n−m1)周期前までの電圧値Vmの電圧平均値Vmatを算出する。
【0090】
ステップS330において、推定誘起電圧EXaの演算時にあるか否かを判定する。すなわち、前回の演算時からの経過時間が推定誘起電圧EXaの演算周期になっているか否かを判定する。推定誘起電圧EXaの演算時にあるときは、次のステップに移行する。一方、推定誘起電圧EXaの演算時以前にあるときは、ステップS310に戻る。
【0091】
ステップS340において、上記電圧値Vmの電圧平均値Vmatと(n−m1)周期前の電圧値Vm(n−m1)との差(過去電圧値差)を算出し、この差に基づいて下記の式(7)を用いて中間変数ξを算出し、さらに、当該中間変数ξの値を用いて推定誘起電圧EXaを算出する。なお、この式(7)は、上記式(4)に補正項「E1・{Vmat−Vm(n−m1)}」を追加したものである。
【0092】
【数7】
・「E1」は補正定数。
・「Vm(n−m1)」は、(n−m1)周期目演算時の電圧値Vm。
【0093】
このように中間変数の算出のとき、過去の電圧値Vmである電圧平均値Vmatと今回演算に近い電圧値Vmとの差に基づく値が補正項として加えられる。すなわち、演算時に近い電圧値Vmと電圧平均値Vmatとの間の差が大きいときは、補正項の値が大きくなるため、中間変数ξが大きく補正される。一方、演算時に近い電圧と電圧平均値Vmatとの差が小さいときは、補正項の値が小さくなるため、中間変数ξが殆ど補正されない。これにより、電圧値Vmの振動に起因する演算誤差が全体を通じて小さくなるため、推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXとの間の乖離が拡大することが抑制される。
【0094】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)〜(5)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
(6)本実施形態では、上記過去電圧値差を推定誘起電圧EXaの算出に用いる。一般に、モータ21の電圧が振動するため、演算に用いるために取得された電圧値Vmがモータ21の状態を適切に反映していないことがある。
【0095】
上記構成では、過去電圧値差を推定誘起電圧EXaの算出に用いて、過去の電圧値Vmの大きさを推定誘起電圧EXaの算出に反映するため、推定誘起電圧EXaの推定精度がより高くなる。
【0096】
(第3実施形態)
図9を参照して、本発明の第3実施形態について説明する。
本実施形態の電動パワーステアリング装置1は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えている。すなわち、誘起電圧EXの精度を向上させるために、第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算周期間における電流値Imのデータに基づいて電流値Imの変化パターンを把握するとともにこのパターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。そして変化パターンを求めるために電流値Imを所定の周期でサンプリングしている。
【0097】
これに対して、本実施形態では、電流値Imを電流値Imの変化率に応じてサンプリング周期(電流取得周期)を変更する。以下、この変更にともない生じる前記第1実施形態の構成からの詳細な変更について説明する。なお、前記第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明を省略する。
【0098】
電流値Imの変化率に対するサンプリング周期は次のように変更される。なお、以降の説明では、電流値Imの単位時間あたりの電流変化量を変化率とする。
図9(A)に示されるように、電流値Imの変化率が規定値BX(所定変化量)以内にあるときは、サンプリング周期を電流取得周期Bにする。この場合、サンプリングによる電流値Imと、前回のサンプリングから今回のサンプリングまでの間における実際の電流値Imの差の最大値は誤差D1となる。
【0099】
図9(B)に示されるように、電流値Imの変化率が規定値BX(所定変化量)を超えるときは、サンプリング周期を電流取得周期Bよりも短い電流取得周期Aにする。この場合、サンプリングによる電流値Imと、前回のサンプリングから今回のサンプリングまでの間における実際の電流値Imの差の最大値は誤差D2となる。一方、サンプリング周期を電流取得周期Bに維持しているとき、前回のサンプリングから今回のサンプリングまでの間における実際の電流値Imの差の最大値は誤差D3となる。この誤差D3は誤差D2よりも大きい。
【0100】
なお、推定誘起電圧EXaの演算周期Tsと電流値Imのサンプリング周期との関係は次のように設定されている。
電流取得周期Bを、この電流取得周期B内に外乱オブザーバによる演算処理を完了させることができる長さに設定する場合、この電流取得周期Bと同じ周期で推定誘起電圧EXaの演算を実行する。すなわち、サンプリングの電流取得周期Bと推定誘起電圧EXaの演算周期Tsは一致する。
【0101】
電流取得周期Aを、この電流取得周期A内に外乱オブザーバによる演算処理を完了させることができない長さに設定する場合、推定誘起電圧EXaの演算はサンプリングの電流取得周期Aとは異なる周期で行う。すなわち、サンプリングの電流取得周期Aは、推定誘起電圧EXaの演算周期Tsよりも短い場合、電流取得周期Aの間は電流値Imのデータ蓄積のみを行う。そして、推定誘起電圧EXaの演算時に、第1実施形態のように蓄積したデータを用いて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0102】
以上のように、サンプリング周期を電流値Imの変化率に応じて変化させることにより、実際の電流値と取得した電流値Imとの間のずれが大きくなることを抑制することができる。また、推定誘起電圧EXaよりも短い周期でサンプリングするときはデータの蓄積のみを行うため、演算負荷が過大となることが抑制される。
【0103】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)〜(5)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
(7)本実施形態では、モータ21の電流のサンプリング周期(電流取得周期)を電流値の変化に基づいて変更する。電流のサンプリング周期を小さくすることにより推定誘起電圧EXaの推定精度を高めることが可能になる。一方、電流のサンプリング周期を小さくすることにともない演算負荷が大きくなる。上記構成では、推定誘起電圧EXaの推定精度に影響を及ぼす電流値Imの変化に基づいてサンプリング周期を変更しているため、推定誘起電圧EXaの推定精度と演算負荷とのバランスを取ることができる。
【0104】
(8)本実施形態では、電流の変化率が規定値BXよりも大きいときの電流のサンプリング周期を電流取得周期Aとし、電流の変化率が規定値BXよりも小さいときの電流のサンプリング周期を電流取得周期Bとして、電流取得周期Aを電流取得周期Bよりも小さくする。これにより、推定誘起電圧EXaの推定精度が低下することを抑制することができる。
【0105】
(第4実施形態)
図10および図11を参照して、本発明の第4実施形態について説明する。
本実施形態の電動パワーステアリング装置1は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えている。すなわち、推定誘起電圧EXaの算出精度を向上させるために、第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算周期間における電流値Imのデータに基づいて電流値Imの変化パターンを把握するとともにこのパターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0106】
これに対して、本実施形態では、電圧値Vmが異常値にあるとき、この異常値を考慮して推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。以下、この変更にともない生じる前記第1実施形態の構成からの詳細な変更について説明する。なお、前記第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明を省略する。
【0107】
図10を参照して、電圧値Vmの変動について説明する。
推定誘起電圧EXaは、上記式(3)および式(4)に示すように、電圧値Vmおよび電流値Imに基づいて算出される。しかし、電圧値Vmは、モータ21の回転状態に起因しないノイズが含まれることがある。例えば、ステータの異常な動きに起因して電圧値Vmが瞬間的に変化する。
【0108】
電圧値Vmの異常値は推定誘起電圧EXaの推定精度を低下させる。このため、推定誘起電圧EXaの算出のときには、この異常値を除外することが好ましい。しかし、電圧値Vmが異常な値であるか否かは、電圧値Vmの異常が発生した時点の前後の電圧値Vmと比較しなければ判定することができない。このため、従来、異常値を除去していなかったため、推定誘起電圧EXaに異常値が反映されていた。
【0109】
そこで、本実施形態では、推定誘起電圧EXaの算出時よりも前の情報に基づいて電圧値Vmの異常値について検出し、電圧値Vmが異常値であった場合には、推定誘起電圧EXaの算出のとき異常である当該電圧値Vmが寄与する部分を除外する補正を行う。以下、推定誘起電圧EXaの演算式の補正について説明する。
【0110】
まず、中間変数ξに与える電圧値Vmの寄与について説明する。
上記中間変数ξの式(4)を簡略化するために式(8)のようにおく。式(8)を当該式(8)に基づいてξ(n)の項目を展開すると式(9)のようになる。
【0111】
【数8】
・「C」は、Ts・G・A12+Ieを示す。
・「D1」は、Ts・G・B1を示す。
・「D2」は、Ts・G・(A11・Ie−G・A12)を示す。
・「ξ(n+1)」は、今回演算周期の中間変数(今回中間変数)を示す。
・「ξ(n)」は、前回演算周期の中間変数(前回中間変数)を示す。
【0112】
【数9】
すなわち、中間変数ξには、演算時の電圧値Vmおよび電流値Imだけではなく、過去の電圧値Vmおよび過去の電流値Imの値が反映される。例えば、(n−m)周期の電圧値Vm(n−m)は、中間変数ξ(n+1)に対してAm・C1・Vm(n−m)の影響を与える。
【0113】
仮に、電圧値Vm(n−m)の値が異常値であったときには、Am・C1・Vm(n−m)を異常補正値HXとし、この異常補正値HXを当該時期の電圧値Vmの平均値に基づく値(平均補正値HY)に置き換えることにより、推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXの値との差を小さくすることができる。
【0114】
具体的には、過去の電圧値Vmのデータから異常値を検出する。そして、異常値が取得される時期の前後の期間における電圧値Vmの平均値(以下、「過去平均値Vma」)を算出する。そして、異常値と過去平均値Vmaとの差に基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0115】
図11を参照して、上記補正を行う外乱オブザーバについて説明する。
同図の一点鎖線で囲まれた演算部Aは、上記式(3)および式(4)をブロック図化したものである。すなわち、図中左から入力される電流値Imと電圧値Vmとに基づいて中間変数ξ(n)および推定誘起電圧EXa(n)を算出する。なお、Z−1は前回の演算処理により算出した中間変数ξを記憶する。
【0116】
同図の一点鎖線で囲まれた演算部Bは、異常である電圧値Vmの検出および補正値HAを算出する。具体的には、演算部Bは、所定期間の電圧値Vm(n)の平均値を算出する電圧平均演算と、電圧値Vm(n)を一時的に記憶する電圧ラッチ処理と、電圧値Vmが異常であるか否かを判定する異常判定と、所定演算値を記憶する演算値ラッチ処理と、これらの値から補正値HAを算出する補正演算とを実行する。
【0117】
電圧平均処理では、推定誘起電圧EXaの演算処理に対応して取得される電圧値Vmのうち、電圧値Vm(n−m−z)から電圧値Vm(n−m+z)までのデータを記憶し、これらのデータの平均値を過去平均値Vmaとして算出する。
【0118】
電圧ラッチ処理では、電圧平均処理に用いられるデータを記憶する。すなわち、電圧値Vm(n−m−z)から電圧値Vm(n−m+z)までのデータを記憶する。そして、この中間値である電圧値Vm(n−m)を選択する。
【0119】
異常判定では、過去平均値Vmaと、電圧ラッチ処理で記憶されている値の中間にある値、すなわち電圧値Vm(n−m)とを比較し、その差の絶対値が判定値CXを超えるか否かを判定する。過去平均値Vmaと電圧値Vm(n−m)との差の絶対値が判定値CXを超えるとき、電圧値Vm(n−m)が異常である旨判定する。一方、過去平均値Vmaと電圧値Vm(n−m)との差の絶対値が判定値CX以下のとき、電圧値Vm(n−m)が異常でない旨判定する。さらに、この判定時における過去平均値Vmaと電圧値Vm(n−m)とを補正値HAの算出のために記憶する。
【0120】
演算値ラッチ処理では、式(4)の電流値Imの項と電圧値Vmの項の和に相当する値、すなわち、以下式(10)の値を記憶する。なお、式(10)が複数の過去電流値を含む演算項に相当する。
【0121】
【数10】
補正演算では、異常判定で電圧値Vm(n−m)が異常である旨判定したとき、式(10)の値に、以下式(11)に与えられる補正値HAを加えて、当該式(10)の値を補正する。すなわち、式(4)に補正値HAを加えた補正式を外乱オブザーバの演算式とする。
【0122】
【数11】
・「γ」は、補正定数。
・「γ・Cm・D1・Vma(n−m)」は、平均補正値HY。
・「γ・Cm・D1・Vm(n−m)」は、異常補正値HX。
【0123】
上記外乱オブザーバは次のように動作する。
電圧ラッチ処理により電圧値Vmを記憶する。一方、電圧平均処理により電圧値Vmの平均値(過去平均値Vma)を算出する。そして、上記異常判定により電圧値Vmが異常にあるか否かについて判定する。電圧値Vmに異常がある旨判定するとき、補正演算により補正値HAを算出するとともに、上記式(10)の値を補正値HAにより補正して、推定誘起電圧EXaを算出する。
【0124】
このように、電圧値Vmに異常値を検出したときには、中間変数ξの算出の際、当該異常値である電圧値Vmが反映されている項を減算するとともに、これに代えてに異常値が発生した前後期間における過去平均値Vmaを加算することにより、異常値の影響を小さくすることができる。このため、電圧値Vmの異常値に基づく推定誘起電圧EXaの推定精度の低下が抑制される。
【0125】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)〜(5)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
(9)本実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算では、複数の過去の電流値Imを含む演算項(式(10))を用いる。そして、複数の過去の電流値Imに異常値が含まれるとき、異常値に基づく異常補正値HXを上記演算項から減算し、かつ複数の過去の電流値の平均値に基づく平均補正値HYを上記演算項に加算する。そして、このように補正した演算項を推定誘起電圧EXaの算出に用いる。
【0126】
これにより、異常値としての電流値Imよりも実際の過去の電流値Imに近い平均補正値HYを演算値に反映しているため、推定誘起電圧EXaの推定精度が低下することが抑制される。
【0127】
(10)本実施形態では、外乱オブザーバの要素である中間変数ξ(n−1)のうち複数の過去の電流値Imを含む演算項(式(10))に対して次の補正を行う。すなわち、前回中間変数ξ(n−1)の算出に用いた複数の過去の電流値Imに異常値が含まれるとき、異常値に基づく異常補正値HXを演算項から減算し、および複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値HYを演算項に加算する。そして、これらの処理を実行した後の演算項を今回演算周期の中間変数ξ(n)の算出に用いる。これにより、異常値としての電流値Imよりも実際の過去の電流値Imに近い平均補正値HYを演算値に反映するため、推定誘起電圧EXaの推定精度が低下することが抑制される。
【0128】
(11)本実施形態では、複数の過去の電流値の1つと過去平均値Vmaとの差が判定値CXよりも大きいとき、同過去の電流値の1つを異常値として判定する。この構成では、複数の過去の電流値Imの1つと過去平均値Vmaとの差が判定値CXよりも大きいとき、この電流値Imを異常値として判定するため、これにより、容易に異常値を検出することができる。
【0129】
(その他の実施形態)
なお、本発明の実施態様は上記各実施形態にて例示した態様に限られるものではなく、これを例えば以下に示すように変更して実施することもできる。また以下の各変形例は、上記実施形態についてのみ適用されるものではなく、異なる変形例同士を互いに組み合わせて実施することもできる。
【0130】
・上記第1実施形態では、抵抗値Rmとして定期的に更新するが、電流値Imの大きさに関係なく記憶部に記憶されている値を用いている。しかし、抵抗値Rmは電流値Imに依存する。そこで、回転角速度ωmを算出するとき、抵抗値Rmを電流値Imに基づいて更に補正してもよい。この補正は、例えば、抵抗値Rmと電流値Imとの関係を示すマップを用いて行うことができる。
【0131】
・上記第1実施形態では、モータ21が抵抗算出可能状態にあるか否かを判定する判定条件として、推定誘起電圧EXaが判定値VTAよりも小さいか否か(以下、「第1条件」)により判定するが、これに代えて、次のように判定することができる。すなわち、第1条件に加えて、電流値Imの変化率が判定値ITAよりも小さいことを第2条件として加え、両条件が成立したとき、モータ21が抵抗算出可能状態にあると判定する。このように条件を付加することにより、抵抗算出可能状態を更に精確に判定することができる。
【0132】
・上記第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算式の補正を電流値Imの変化パターンに基づいて行っている。一方、電圧値Vmの変化パターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式の補正を行うこともできる。この場合、電圧値Vmのサンプリング周期を推定誘起電圧EXaの演算周期よりも短くする。また、電流値Imの変化パターンおよび電圧値Vmの変化パターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正してもよい。
【0133】
・上記第1実施形態では、式(6)のように、過去の電圧値Vmと過去の電流値Imとを含む項を補正値αにより補正しているが、この補正方法に代えて、過去の電圧値Vmの項(「Ts・G・B1・Vm(n−1)」)のみ補正してもよい。また、過去の電流値Imの項(「Ts・G・(A11・Ie−G・A12)」)のみ補正してもよい。
【0134】
・上記第1実施形態では、式(5)のように、今回演算に用いる電流値Imを含む項を補正値βにより補正するが、この補正方法に代えて、次のように補正することもできる。例えば、推定誘起電圧EXaの演算式に今回演算に用いる電圧値Vmの項が含まれる場合、電圧値Vmを含む項を補正してもよい。さらに、電流値Imを含む項および電圧値Vmを含む項の両方を補正してもよい。
【0135】
・上記第2実施形態では、中間変数ξを、式(4)に対してE1・{Vmat−Vm(n−m1)}の項目を加えた式(7)に基づいて算出しているが、この式(7)を以下のように変形することもできる。すなわち、上記追加項目を、E1・{ε1・Vmat−ε2・Vm(n−m1)}、ε1とε2はそれぞれ0〜1の間の値、とする。この構成では、電圧値Vm(n−m1)と、電圧平均値Vmatとの重みを変えて推定誘起電圧EXaの値が実際の誘起電圧EXに近づくようにε1とε2とを設定することができるため、推定誘起電圧EXaをさらに精確な値とすることができる。
【0136】
・上記第2実施形態では、過去の所定期間の電圧値Vmの平均値である電圧平均値Vmatと、当該所定期間の最後の電圧値Vm(n−m1)との差により、中間変数ξを補正する。これに対して、上記電圧平均値Vmatと今回演算の電圧値Vm(n)との差(基準電圧値差)により、中間変数ξを補正してもよい。
【0137】
・上記第2実施形態では、電圧値Vmの振動を考慮するために過去の電圧値Vmの平均値に基づいて中間変数ξを補正するが、このような補正方法は、電流値Imが振動する場合にも適用することができる。すなわち、過去の電流値Imの平均値(電流平均値)に基づいて中間変数ξを補正することができる。また、電圧値Vmおよび電流値Imがともに振動する場合には、それぞれについて第2実施形態に準じた補正を行ってもよい。
【0138】
・上記第3実施形態では、サンプリング周期を2段階に区分しているが、この区分の数を3区分以上としてもよい。この場合、実際の電流値Imと取得した電流値Imとの誤差をさらに小さくすることができる。
【0139】
・上記第3実施形態では、電流値Imのサンプリングについて周期を変更しているが、電圧値Vmのサンプリングについて周期を変更してもよい。例えば、電圧値Vmの変化率が規定値DX(所定変化量)よりも大きいときの電圧取得周期を電圧取得周期Cとし、電圧値Vmの変化率が規定値DX(所定変化量)よりも小さいときの電圧取得周期を電圧取得周期Dとするとき、電圧取得周期Cを電圧取得周期Dよりも小さくする。
【0140】
・上記第4実施形態では、電流値Imの変化パターンと補正値αと補正値βとの関係をシミュレーションにより求めたが、同実施形態の外乱オブザーバを実際のモータ21に適用して補正値αと補正値βとを求めてもよい。
【0141】
・上記各実施形態では、上記外乱オブザーバを用いて推定誘起電圧EXaを算出するが、外乱オブザーバは上記モデルに限定されない。すなわち、誘起電圧EXを外乱要素としてみなしてモータ方程式をモデル化して導かれる外乱オブザーバであれば、推定誘起電圧EXaを算出する算出方法としてその外乱オブザーバを採用することができる。
【0142】
・上記各実施形態では、EPSアクチュエータ20のモータ21としてのブラシ付きモータを備える電動パワーステアリング装置1に抵抗更新処理を適用しているが、ブラシレスモータを備える電動パワーステアリング装置1にも抵抗更新処理を適用することができる。
【0143】
・上記実施形態では、コラム型の電動パワーステアリング装置1に本発明を適用したが、ピニオン型およびラックアシスト型の電動パワーステアリング装置1に対して本発明を適用することもできる。この場合にも、上記実施形態に準じた構成を採用することにより、同実施形態の効果に準じた効果が得られる。
【符号の説明】
【0144】
1…電動パワーステアリング装置、2…ステアリング、3…転舵輪、10…操舵角伝達機構(操舵系)、11…ステアリングシャフト、12…ラックアンドピニオン機構、13…ラック軸、14…タイロッド、20…EPSアクチュエータ、21…モータ、22…減速機構、30…電子制御装置、31…トルクセンサ、32…車速センサ。
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記電動パワーステアリング装置として、例えば特許文献1のものが挙げられる。
この装置では、モータにより操舵系にトルクを付与するトルクアシスト制御において、下記式(A)により算出したモータの回転角速度ωを用いてモータの制御を行う。
【0003】
ω=(Vm−R×Im)/Ke…(A)
上記において、「Vm」はモータの電圧値、「R」はモータの抵抗値、「Im」はモータの電流値、また「Ke」は逆起電力定数を示す。
【0004】
モータの電流および電圧は、モータの回転角速度ωの演算時に取得される。また、抵抗値は、モータの電流値と抵抗値との関係を規定したマップに基づいて算出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−66999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記電動パワーステアリング装置においては、モータの回転角速度ωの推定精度がトルクアシスト制御のモータの制御に大きく影響を及ぼすため、回転角速度ωを精度よく推定することが求められる。
【0007】
一方、モータの抵抗値は、モータ毎に異なる値を示す。その理由としては、モータ自体の温度および周囲の温度の少なくとも一方の影響を受けて抵抗値が変化するものが挙げられる。またその他に、モータ毎の個体差、およびモータの使用にともなう経時変化が挙げられる。
【0008】
しかし、特許文献1の電動パワーステアリング装置においては、上記各理由に起因するモータ毎の抵抗値の大きさの違いが考慮されていないため、マップに基づいて算出された抵抗値が実際の抵抗値から大きく乖離するおそれがある。そして、算出された抵抗値が実際の抵抗値から大きく乖離している場合には、モータの回転角速度ωの算出精度が低下する。
【0009】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、操舵系にアシスト力を付与するモータについて、その抵抗値を精確に算出することのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下、上記目的を達成するための手段およびその作用効果について記載する。
(1)請求項1に記載の発明は、操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置において、前記モータの電流の大きさを示す値を電流値とし、前記モータの電圧の大きさを示す値を電圧値とし、前記モータの抵抗の大きさを示す値を抵抗値として、前記電流値および前記電圧値を誘起電圧演算手段に適用して前記モータの誘起電圧を算出すること、前記誘起電圧が所定範囲内にあるとき、前記電流値および前記電圧値に基づいて前記抵抗値を算出すること、ならびに、複数の前記電流値のうちの最後に取得した電流値を基準電流値とし、この基準電流値よりも前に取得した電流値を過去電流値とし、複数の前記電圧値のうちの最後に取得した電圧値を基準電圧値とし、この基準電圧値よりも前に取得した電圧値を過去電圧値として、前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも1つに基づいて誘起電圧演算手段を補正することを要旨とする。
【0011】
モータの抵抗値を算出するための誘起電圧演算手段には、モータの電流値、電圧値、および誘起電圧の項が含まれる。一方、誘起電圧はモータの電圧の一部として変化するため、誘起電圧をモータの電圧から分離して精度よく推定することは難しい。このため、モータの抵抗値を精度よく算出するためには、誘起電圧が抵抗値の推定精度との関係において十分に小さいとき、すなわち誘起電圧が「0」またはその付近のときにモータの抵抗値を算出することが好ましい。
【0012】
上記発明では、電流値および電圧値に基づいて抵抗値を算出しているため、電動パワーステアリング装置の動作中においてそのときどきの抵抗値の変化をモータの制御に反映することができる。また、誘起電圧が所定範囲内にあるとき、すなわち誘起電圧が十分に小さいときにモータの抵抗値を算出しているため、抵抗値の推定精度が高くなる。また、過去電流値および過去電圧値の少なくとも一方に基づいて誘起電圧を算出しているため、すなわち、モータの誘起電圧に影響を及ぼす過去電流値および過去電圧値の少なくとも一方を反映して誘起電圧を算出しているため、誘起電圧の推定精度が高くなる。
【0013】
(2)請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電流値を取得するための周期を電流取得周期とし、前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期とし、前記誘起電圧を算出するための周期を演算周期として、前記電流取得周期および前記電圧取得周期の少なくとも一方が前記演算周期よりも短いことを要旨とする。
【0014】
上記発明では、演算周期よりも短い周期で電流値または電圧を取得するため、演算周期毎に電流値および電圧値の少なくとも一方を取得しこれに基づいて誘起電圧を算出する構成と比較して、今回演算周期に対してより近い時期に取得した電流値および電圧値の少なくとも一方を誘起電圧の算出に反映することができる。このため、誘起電圧の推定精度がより高められる。
【0015】
(3)請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置において、前記過去電流値の変化パターンおよび前記過去電圧値の変化パターンの少なくとも一方に基づいて、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正値を算出することを要旨とする。
【0016】
上記発明では、過去電流値の変化または過去電圧値の変化をパターン化し、これに基づいて誘起電圧演算手段の補正値を算出しているため、過去電流値または過去電圧値の変化を誘起電圧の算出に反映させることができ、これにより、誘起電圧の推定精度がより高められる。
【0017】
(4)請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、前記外乱オブザーバの演算において、前記過去電流値および前記過去電圧値に基づいて中間変数を算出すること、ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記中間変数の算出に用いる前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出することを要旨とする。
【0018】
上記発明では、過去電流値および過去電圧値の少なくとも一方を補正する補正値を算出しているため、すなわち同少なくとも一方の値が誘起電圧に及ぼす影響を補正値により補正しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0019】
(5)請求項5に記載の発明は、請求項3または4に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、前記外乱オブザーバの演算において、中間変数と前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方とに基づいて前記誘起電圧を算出すること、ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記誘起電圧の算出に用いる前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出することを要旨とする。
【0020】
上記発明では、基準電流値および基準電圧値の少なくとも一方を補正する補正値を算出しているため、すなわち同少なくとも一方の値が誘起電圧に及ぼす影響を補正値により補正しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0021】
(6)請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、複数の前記過去電圧値の平均値を電圧平均値とし、前記複数の過去電圧値のうちの最後に取得した過去電圧値と前記電圧平均値との差を過去電圧値差とし、前記基準電圧値と前記電圧平均値との差を基準電圧値差として、前記過去電圧値差および前記基準電圧値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いることを要旨とする。
【0022】
電動パワーステアリング装置においては、モータの電圧が振動するため、基準電圧値がモータの状態を適切に反映していないこともある。上記発明では、過去電圧値差および基準電圧値差の少なくとも一方を誘起電圧の算出に用いているため、すなわち過去電圧値の大きさを誘起電圧の算出に反映しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0023】
(7)請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、複数の前記過去電流値の平均値を電流平均値とし、前記複数の過去電流値のうちの最後に取得した過去電流値と前記電流平均値との差を過去電流値差とし、前記基準電流値と前記電流平均値との差を基準電流値差として、前記過去電流値差および前記基準電流値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いることを要旨とする。
【0024】
電動パワーステアリング装置においては、モータの電流が振動するため、基準電流値がモータの状態を適切に反映していないこともある。上記発明では、過去電流値差および基準電流値差の少なくとも一方を誘起電圧の算出に用いているため、すなわち過去電流値の大きさを誘起電圧の算出に反映しているため、誘起電圧の推定精度がより高くなる。
【0025】
(8)請求項8に記載の発明は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電流値を取得するための周期を電流取得周期として、前記電流値の変化に基づいて前記電流取得周期を変更することを要旨とする。
【0026】
電流取得周期を小さくすることにより誘起電圧の推定精度を高めることが可能になる。一方、電流取得周期を小さくすることにともない演算負荷が大きくなる。上記発明では、誘起電圧の推定精度に影響を及ぼす電流値の変化に基づいて電流取得周期を変更しているため、誘起電圧の推定精度と演算負荷とのバランスを取ることができる。
【0027】
(9)請求項9に記載の発明は、請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、単位時間あたりの前記電流値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電流取得周期を電流取得周期Aとし、単位時間あたりの前記電流値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電流取得周期を電流取得周期Bとして、前記電流取得周期Aを前記電流取得周期Bよりも小さくすることを要旨とする。
【0028】
上記発明では、電流値の変化量が所定変化量よりも大きいとき、すなわち誘起電圧の推定精度に対する電流値の変化の影響が大きいと推定されるとき、電流取得周期を小さく設定している。このため、誘起電圧の推定精度が低下することを抑制することができる。
【0029】
(10)請求項10に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期として、前記電圧値の変化に基づいて前記電圧取得周期を変更することを要旨とする。
【0030】
電圧取得周期を小さくすることにより誘起電圧の推定精度を高めることが可能になる。一方、電圧取得周期を小さくすることにともない演算負荷が大きくなる。上記発明では、誘起電圧の推定精度に影響を及ぼす電圧値の変化に基づいて電圧取得周期を変更しているため、誘起電圧の推定精度と演算負荷とのバランスを取ることができる。
【0031】
(11)請求項11に記載の発明は、請求項10に記載の電動パワーステアリング装置において、単位時間あたりの前記電圧値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Cとし、単位時間あたりの前記電圧値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Dとして、前記電圧取得周期Cを前記電圧取得周期Dよりも小さくすることを要旨とする。
【0032】
上記発明では、電圧値の変化量が所定変化量よりも大きいとき、すなわち誘起電圧の推定精度に対する電圧値の変化の影響が大きいと推定されるとき、電圧取得周期を小さく設定している。このため、誘起電圧の推定精度が低下することを抑制することができる。
【0033】
(12)請求項12に記載の発明は、請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段の演算において、前記複数の過去電流値を含む演算項が用いられること、ならびに、前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記誘起電圧の算出に用いることを要旨とする。
【0034】
電動パワーステアリング装置においては、電流値が異常値を示すこともある。そして、異常値としての電流値を含めて誘起電圧が算出されるときには、その推定精度が低下するおそれがある。上記発明では、過去電流値に異常値が含まれるとき、異常補正値を演算項から減算しているため、異常値が演算項の算出に及ぼす影響が低減される。また、平均補正値を異常補正値の代用値として演算項に加算しているため、すなわち異常値としての電流値よりも実際の過去電流値に近い平均補正値を演算値に反映しているため、誘起電圧の推定精度が低下することが抑制される。
【0035】
(13)請求項13に記載の発明は、請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、複数の前記過去電流値、複数の前記過去電圧値、前記基準電流値、および前回演算周期において算出した中間変数である前回中間変数に基づいて、今回演算周期の中間変数を算出すること、前記複数の過去電流値を含む演算項が前記前回中間変数に含まれること、ならびに、前記前回中間変数の算出に用いた前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記今回演算周期の中間変数の算出に用いることを要旨とする。
【0036】
上記発明では、前回中間変数の算出に用いた複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、異常値に基づく異常補正値を演算項から減算し、複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を演算項に加算する。そして、これらの処理により得られた演算項を今回演算周期の中間変数の算出に用いる。これにより、異常値としての電流値よりも実際の過去電流値に近い平均補正値を演算値に反映しているため、誘起電圧の推定精度が低下することが抑制される。
【0037】
(14)請求項14に記載の発明は、請求項12または13に記載の電動パワーステアリング装置において、前記複数の過去電流値の平均値を過去平均値として、前記複数の過去電流値の1つと前記過去平均値との差が判定値よりも大きいとき、同過去電流値の1つを前記異常値として判定することを要旨とする。
【0038】
上記発明では、複数の過去電流値の1つと過去平均値との差が判定値よりも大きいとき、同過去電流値の1つを異常値として判定するため、容易に異常値を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の第1実施形態の電動パワーステアリング装置について、その全体構造を模式的に示す模式図。
【図2】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、抵抗更新処理の手順を示すフローチャート。
【図3】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電流値と推定誘起電圧の演算周期との関係を示すグラフ。
【図4】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電流値の変化パターンを示すパターン図。
【図5】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電流値の変化パターンと補正値との関係を示すテーブル。
【図6】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、誘起電圧推定処理の手順を示すフローチャート。
【図7】本発明の第2実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電圧値と平均値との関係を示すグラフ。
【図8】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、誘起電圧推定処理の手順を示すフローチャート。
【図9】本発明の第3実施形態の電動パワーステアリング装置について、(A)はモータの電流値の変化が小さいときのサンプリング周期を示すグラフ、(B)はモータの電流値の変化が大きいときのサンプリング周期を示すグラフ。
【図10】本発明の第4実施形態の電動パワーステアリング装置について、モータの電圧値の変化を示すグラフ。
【図11】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、推定誘起電圧の演算処理を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0040】
(第1実施形態)
図1〜図6を参照して、本発明の第1実施形態について説明する。
電動パワーステアリング装置1は、ステアリング2の回転を転舵輪3に伝達する操舵角伝達機構10と、ステアリング2の操作を補助するための力(以下、「アシスト力」)を操舵角伝達機構10に付与するEPSアクチュエータ20と、EPSアクチュエータ20を制御する電子制御装置30とを備える。さらに、電動パワーステアリング装置1には、これら装置の動作状態を検出する複数のセンサが設けられている。
【0041】
操舵角伝達機構10は、ステアリング2とともに回転するステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11の回転をラック軸13に伝達するラックアンドピニオン機構12と、タイロッド14を操作するラック軸13と、ナックルを操作するタイロッド14とを備える。
【0042】
EPSアクチュエータ20は、ステアリングシャフト11にトルクを付与するモータ21と、モータ21の回転を減速する減速機構22とを備える。モータ21としては、ブラシ付きのモータ21が採用されている。このモータ21の回転は減速機構22により減速されてステアリングシャフト11に伝達される。このときにモータ21からステアリングシャフト11に付与されるトルクがアシスト力として作用する。
【0043】
操舵角伝達機構10は次のように動作する。すなわち、ステアリング2が操作されたとき、アシスト力がステアリングシャフト11に付与されて、同シャフト11が回転する。ステアリングシャフト11の回転は、ラックアンドピニオン機構12によりラック軸13の直線運動に変換される。ラック軸13の直線運動は、同ラック軸13の両端に連結されたタイロッド14を介してナックルに伝達される。そして、ナックルの動作にともない転舵輪3の舵角が変更される。
【0044】
ステアリング2の操舵角は、ステアリング2が中立位置にあるときを基準として定められる。すなわち、ステアリング2が中立位置にあるときの操舵角を「0」として、ステアリング2が中立位置から右方向または左方向に回転したとき、中立位置からの回転角度に応じて操舵角が増加する。
【0045】
ステアリング2の操舵状態は、「回転状態」と「中立状態」と「保舵状態」との3つに分類される。「回転状態」は、ステアリング2が回転している最中の状態を示す。「中立状態」は、ステアリング2が中立位置にある状態を示す。「保舵状態」は、ステアリング2が中立位置から右方向または左方向に回転した位置にあり、かつその位置に保持されている状態を示す。
【0046】
電動パワーステアリング装置1には、複数のセンサとして、ステアリング2のトルクを検出するトルクセンサ31および車速を検出する車速センサ32が設けられている。これらのセンサはそれぞれ次のように監視対象の状態の変化に応じた信号を出力する。
【0047】
トルクセンサ31は、ステアリング2の操作によりステアリングシャフト11に付与されたトルクの大きさに応じた信号(以下、「出力信号SA」)を電子制御装置30に出力する。車速センサ32は、転舵輪3の回転角速度に応じた信号(以下、「出力信号SB」)を電子制御装置30に出力する。車速センサ32は各後輪に対応して設けられている。
【0048】
電子制御装置30は各センサの出力に基づいて以下の各演算値を算出する。
トルクセンサ31の出力信号SAに基づいて、ステアリング2の操作にともないステアリングシャフト11に入力されたトルクの大きさに相当する演算値(以下、「操舵トルクτ」)を算出する。車速センサ32の出力信号SBに基づいて、すなわち各後輪に対応して出力される出力信号SBに基づいて、車両の走行速度に相当する演算値(以下「車速V」)を算出する。
【0049】
また、電子制御装置30は、車速Vおよび操舵トルクτの補正値(以下、「補正操舵トルクτa」)に基づいてアシスト力を調整するためのパワーアシスト制御と、車速Vおよび補正操舵トルクτaおよびモータ21の回転角速度ωmに基づいて上記補正操舵トルクτaを算出する操舵トルクシフト制御とを行う。
【0050】
操舵トルクシフト制御で用いられる上記回転角速度ωmは、モータ方程式としての下記の式(1)に基づいて算出される。
【0051】
【数1】
・「Vm」は、モータの電圧値(以下、「電圧値Vm」)を示す。
・「Im」は、モータの電流値(以下、「電流値Im」)を示す。
・「Rm」は、モータの抵抗値(以下、「抵抗値Rm」)を示す。
・「Ke」は、逆起電力定数を示す。
【0052】
逆起電力定数Keとしてはモータ21に固有の逆起電力定数Keに相当する値が用いられる。逆起電力定数Keの値は予め設定され、電子制御装置30の記憶部に記憶されている。抵抗値Rmは、電子制御装置30の記憶部に記憶されている値が用いられる。この抵抗値Rmは周期的に更新される。
【0053】
モータ21の抵抗値Rmが更新される理由は次の通りである。
モータ21は、長年の使用あるいは周囲温度等によって抵抗値Rmが変化する。このため、実際のモータ21の抵抗値Rmが当初記憶部に記憶されている値から乖離することがある。このため、記憶部に記憶されている抵抗値Rmを実際の抵抗値Rmと近い値にするために抵抗値Rmが更新される。
【0054】
抵抗値Rmは次のように算出される。
誘起電圧が「0」のとき、そのときの抵抗値は式(2)で表される。そして、そのときの電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて実際の抵抗値Rmを算出することができる。
【0055】
【数2】
誘起電圧EXが略「0」と判定することができる状態を、抵抗値Rmを算出することが可能な状態ということができるため、以降の説明では、この状態を「抵抗算出可能状態」という。
【0056】
図2を参照して、モータ21の抵抗値Rmを更新する抵抗更新処理の手順について説明する。なお、同処理は電子制御装置30により所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
ステップS110では、誘起電圧EXを算出する誘起電圧推定処理を実行する。ステップS120では、抵抗算出可否判定処理を実行する。ステップS130では、モータ抵抗演算処理を実行する。なお、以降の説明では、上記誘起電圧推定処理により算出される誘起電圧EXを「推定誘起電圧EXa」とする。
【0057】
抵抗算出可否判定処理では、推定誘起電圧EXaが判定値VTAよりも小さいか否かを判定する。この判定が肯定されるとき、モータ21が抵抗算出可能状態にある旨判定される。この場合、抵抗更新処理が行われる。一方、推定誘起電圧EXaが判定値VTA以上のときはモータ21が抵抗算出可能状態にない旨判定する。この場合、抵抗更新処理は行われず、そのときのモータ21の抵抗値Rmが維持される。
【0058】
モータ抵抗演算処理では、モータ21の電流値Imの平均値Iaveを算出するとともに電圧値Vmの平均値Vaveを算出し、式(2)に基づいて抵抗値Rmを算出する。そして、新たに算出された抵抗値Rmと記憶部に記憶されている抵抗値Rmとの差が許容値AXを超えるとき、新たに算出された抵抗値Rmを実際のモータ21の抵抗を示すものとして記憶する。一方、新たに算出された抵抗値Rmと記憶部に記憶されている抵抗値Rmとの差が許容値AXを超えないとき、記憶部に記憶されている抵抗値Rmが維持される。
【0059】
次に推定誘起電圧EXaの算出方法について説明する。
誘起電圧EXは、モータ21の端子間電圧に対して逆起電圧として生じるものであるため、独立して、誘起電圧EXを検出することはできない。そこで、誘起電圧EXをモータ21の制御における外乱とみなし、外乱オブザーバ(誘起電圧演算手段)を用いて誘起電圧EXを算出する。
【0060】
推定誘起電圧EXaは次式のように与えられる。
【0061】
【数3】
【0062】
【数4】
・「ξ」は、中間変数を示す。
・「G」は、オブザーバゲイン(固定値)。
・「Im(n)」は、n周期目演算時のモータ21の電流値(基準電流値)。
・「A11」は、所定の行列定数。
・「A12」は、所定の行列定数。
・「B1」は、所定の行列定数。
・「Ts」は、推定誘起電圧EXaの演算の演算周期。
・「Ie」は、単位行列。
・「n」は、初回の演算をn=1としてn周期目の演算回数を示す。
・「Vm(n)」は、n周期目演算時のモータ21の電圧値。
・「Im(n)」は、n周期目演算時のモータ21の電流値。
【0063】
なお、電流値Im(n)は記憶されている電流値Imのうち最後に取得されたものであり、基準電流値に対応する。電流値Im(n)よりも前に取得された電流値Imは過去電流値に対応する。また、Vm(n)は記憶されている電圧値Vmのうち最後に取得されたものであり、基準電圧値に対応する。Vm(n)よりも前に取得された電圧値Vmは過去電圧値に対応する。
【0064】
外乱オブザーバでは、推定誘起電圧EXaと中間変数ξ(n)とを所定の演算周期Tsで算出する。推定誘起電圧EXa(n)は中間変数ξ(n)を演算要素として含む。中間変数ξ(n)は、前回演算時に算出した中間変数ξ(n−1)と、前回演算時に取得された電圧値Vm(n−1)および電流値Im(n−1)とに基づいて算出される。
【0065】
以上のように、推定誘起電圧EXa(n)は当該演算時の電流値Im(n)だけではなく、当該演算時よりも前に取得された電流値Imおよび電圧値Vmの影響を受ける。このため、演算周期を短くし、電流値Imおよび電圧値Vmを多くすることにより、推定誘起電圧EXaを実際の誘起電圧EXの値に近い値とすることができる。しかし、情報量を多くすると、計算装置の演算処理が間に合わなくなるため、演算周期を短くすることには限界がある。
【0066】
図3を参照して、モータ21の電流値Imと推定誘起電圧EXaの演算周期Tsとの関係について説明する。
同図に示されるように、電流値Imは、推定誘起電圧EXaの演算周期Tsよりも短い周期で変動することがある。この場合、演算時にだけ電流値Imを取得する方法であれば、演算周期の間の電流値Imの変化が推定誘起電圧EXaに反映されないことになるため、算出による推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXとの間に乖離が生じる。この結果、モータ21が抵抗算出可能状態にあることを精確に判定することが困難となり、抵抗値Rmの値が不精確となる。
【0067】
そこで、推定誘起電圧EXaの演算式(上記式(3)および式(4))を補正値αと補正値βを用いて以下のように補正する。
【0068】
【数5】
【0069】
【数6】
補正値αと補正値βは、外乱オブザーバの演算式を補正するための値であり、所定演算時とこの演算時より後の所定演算時との間における電流値Imの変化パターンに関係する値として与えられる。
【0070】
図4および図5を参照して、電流値Imの変化パターンの決定方法について説明する。
演算周期の間の電流値Imの変化を推定誘起電圧EXaの演算に反映させるために、電流値Imのサンプリング周期を推定誘起電圧EXaの演算周期よりも短くする。そして、これらの電流値Imを電子制御装置30の記憶部に記憶する。さらに、前回の演算時から今回の演算時までの間の電流値Imに基づいて電流値Imの最大値、最小値、傾き、極大値、および極小値を算出し、これらのパラメータに基づいて電流値Imの変化パターンを決定する。
【0071】
以下、パターンの例を挙げる。
図4に示すように、前回演算時から今回演算時までの間に極大値と極小値とがそれぞれ1つある場合には、電流値Imの変化パターンをパターンAと判定する。前回演算時から今回演算時までの間に極大値が1つである場合には、電流値Imの変化パターンをパターンBと判定する。前回演算時から今回の演算時までの間に極小値が1つである場合には、電流値Imの変化パターンをパターンCと判定する。
【0072】
図5に示すように、補正値αと補正値βは電流値Imの変化パターンと対応付けされている。これにより、このテーブルに基づいて変化パターンから補正値αおよび補正値βを決定することができる。そして、これらの補正値αと補正値βとを用いて上記式(5)および式(6)に基づいて推定誘起電圧EXaを算出する。
【0073】
なお、補正値αと補正値βはシミュレーションに基づいて計算される。すなわち、モータ21の誘起電圧EXの変化に追従することができる程度に十分に高速高容量の計算装置により、推定誘起電圧EXaの演算周期を十分に短くして推定誘起電圧EXaを算出する。これらのデータを記憶して完全推定データとして再現できるようにする。一方、推定誘起電圧EXaの演算周期を比較的長く設定するとともに予め用意した複数種類のパターンを用いて上記方法により推定誘起電圧EXaを算出し、推定データを得る。
【0074】
そして、完全推定データと推定データが近似するように、各パターンに対して補正値αと補正値βとを求める。このようにして実際の誘起電圧EXと推定誘起電圧EXaとの乖離を小さくするように外乱オブザーバの演算式を補正する補正値αと補正値βとが求められる。
【0075】
図6を参照して、上記誘起電圧推定処理の処理手順について説明する。なお、同処理は、電子制御装置30により所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
ステップS210において電流値Imを取得する。ステップS220において、電流値Imの変化パターンを決定するためのパラメータを算出する。すなわち、前回推定誘起電圧EXaの演算時からこの時点までの電流値Imの蓄積データに基づいて、電流値Imの最大値、最小値、傾き、極大値、および極小値を算出する。
【0076】
ステップS230において、推定誘起電圧EXaの演算時期にあるか否かを判定する。推定誘起電圧EXaの演算時期にあるときは、次のステップに移行する。一方、推定誘起電圧EXaの演算時期にないときは、ステップS210に戻る。
【0077】
ステップS240において、電流値Imの各パラメータに基づいて電流値Imの変化パターンを選択する。そして、ステップS250において、選択したパターンに対応する補正値αと補正値βを用いて中間変数ξおよび推定誘起電圧EXaを算出する。
【0078】
補正値αと補正値βは、実際の誘起電圧EXと推定誘起電圧EXaとの乖離を小さくするように外乱オブザーバの演算式を補正する値であるため、変化パターンに基づいて補正値αおよび補正値βを決定し、これら値を用いることにより推定誘起電圧EXaの精度を高めることができる。また、補正値αと補正値βは、演算周期Tsの間にサンプリングされた電流値Imの変化パターンに対応する値として与えられるものであり、かつ変化パターンの特定は演算周期Tsの間に1回行われるものであるため演算負荷を増大させることはないため、高速の演算装置を用いることなく推定誘起電圧EXaの精度を高めることができる。
【0079】
本実施形態によれば以下の作用効果を奏することができる。
(1)本実施形態では、推定誘起電圧EXaが所定範囲内にあるときに電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて抵抗値Rmを算出するとともに、過去に取得した電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて演算式を補正する。
【0080】
すなわち、電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて抵抗値Rmを算出しているため、電動パワーステアリング装置1の動作中においてそのときどきの抵抗値Rmの変化をモータ21の制御に反映することができる。また、推定誘起電圧EXaが所定範囲内にあるとき、すなわち誘起電圧EXが十分に小さいときに抵抗値Rmを算出しているため、抵抗値Rmの推定精度が高くなる。
【0081】
また、過去に取得した電流値Imおよび電圧値Vmに基づいて推定誘起電圧EXaを算出しているため、すなわち、モータ21の推定誘起電圧EXaに影響を及ぼす過去の電流値Imおよび電圧値Vmを反映させて推定誘起電圧EXaを算出しているため、推定誘起電圧EXaの推定精度が高くなる。
【0082】
(2)本実施形態では、サンプリング周期を演算周期よりも短くする。この構成によれば、演算周期毎に電流値Imを取得しこれに基づいて推定誘起電圧EXaを算出する構成と比較して、今回演算に対してより近い時期に取得した電流値Imを推定誘起電圧EXaの算出に反映することができる。このため、推定誘起電圧EXaの推定精度がより高められる。
【0083】
(3)本実施形態では、過去に取得した電流値Imの変化パターンに基づいて演算式を補正するための補正値αと補正値βを求める。この構成では、過去の電流値Imの変化をパターン化し、これに基づいて演算式の補正値αおよび補正値βを選択しているため、過去の電流値Imの変化を推定誘起電圧EXaの算出に反映させることができ、これにより、推定誘起電圧EXaの推定精度がより高められる。
【0084】
(4)本実施形態では、外乱オブザーバの演算において、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmに基づいて中間変数ξを算出する。そして、外乱オブザーバにおいて、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmにより構成される項(式(6)参照)を補正するための補正値αを、過去の電流値Imの変化パターンに基づいて求める。さらに、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmが推定誘起電圧EXaに及ぼす影響を補正値αにより補正する。これにより、過去の情報を推定誘起電圧EXaの算出に反映させることができるため、推定誘起電圧EXaの推定精度をより高くすることができる。
【0085】
(5)本実施形態では、外乱オブザーバの演算において、中間変数ξと今回演算に用いる電流値Im(基準電流値)とに基づいて推定誘起電圧を算出する。そして、外乱オブザーバにおいて、推定誘起電圧EXaの算出に用いる上記電流値Imの項(式(5)参照)を補正する補正値βを、過去の電流値Imの変化パターンに基づいて求める。そして、過去の電流値Imおよび過去の電圧値Vmが推定誘起電圧EXaに及ぼす影響をこの補正値βにより補正する。これにより、過去の情報を推定誘起電圧EXaの算出に反映させることができるため、推定誘起電圧EXaの推定精度をより高くすることができる。
【0086】
(第2実施形態)
図7および図8を参照して、本発明の第2実施形態について説明する。
本実施形態の電動パワーステアリング装置1は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えている。すなわち、推定誘起電圧EXaの算出精度を向上させるために、第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算周期間における電流値Imのデータに基づいて電流値Imの変化パターンを把握するとともにこのパターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0087】
これに対して、本実施形態では、電圧値Vmの振動による影響を補正することにより、推定誘起電圧EXaの算出精度を高める。以下、この変更にともない生じる前記第1実施形態の構成からの詳細な変更について説明する。なお、前記第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明を省略する。
【0088】
図7を参照して、電圧値Vmの変動について説明する。
推定誘起電圧EXaは、上記式(3)および式(4)に示すように、電圧値Vmおよび電流値Imに基づいて算出される。しかし、電圧値Vmは振動するため、仮に誘起電圧EXの算出のとき電圧値Vmの平均値から離れた値が用いられると、推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXとの間に誤差が生じる。そして、このような演算が繰り返されると、推定誘起電圧EXaが実際の誘起電圧EXから大きく乖離する。そこで、推定誘起電圧EXaを算出するときに、過去の電圧値Vmの平均値に基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。以下、具体的な補正方法について説明する。
【0089】
図7および図8を参照して誘起電圧推定処理について説明する。
ステップS310において電流値Imを取得する。次に、ステップS320において、(n−m1−m2)周期前から(n−m1)周期前までの電圧値Vmの電圧平均値Vmatを算出する。
【0090】
ステップS330において、推定誘起電圧EXaの演算時にあるか否かを判定する。すなわち、前回の演算時からの経過時間が推定誘起電圧EXaの演算周期になっているか否かを判定する。推定誘起電圧EXaの演算時にあるときは、次のステップに移行する。一方、推定誘起電圧EXaの演算時以前にあるときは、ステップS310に戻る。
【0091】
ステップS340において、上記電圧値Vmの電圧平均値Vmatと(n−m1)周期前の電圧値Vm(n−m1)との差(過去電圧値差)を算出し、この差に基づいて下記の式(7)を用いて中間変数ξを算出し、さらに、当該中間変数ξの値を用いて推定誘起電圧EXaを算出する。なお、この式(7)は、上記式(4)に補正項「E1・{Vmat−Vm(n−m1)}」を追加したものである。
【0092】
【数7】
・「E1」は補正定数。
・「Vm(n−m1)」は、(n−m1)周期目演算時の電圧値Vm。
【0093】
このように中間変数の算出のとき、過去の電圧値Vmである電圧平均値Vmatと今回演算に近い電圧値Vmとの差に基づく値が補正項として加えられる。すなわち、演算時に近い電圧値Vmと電圧平均値Vmatとの間の差が大きいときは、補正項の値が大きくなるため、中間変数ξが大きく補正される。一方、演算時に近い電圧と電圧平均値Vmatとの差が小さいときは、補正項の値が小さくなるため、中間変数ξが殆ど補正されない。これにより、電圧値Vmの振動に起因する演算誤差が全体を通じて小さくなるため、推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXとの間の乖離が拡大することが抑制される。
【0094】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)〜(5)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
(6)本実施形態では、上記過去電圧値差を推定誘起電圧EXaの算出に用いる。一般に、モータ21の電圧が振動するため、演算に用いるために取得された電圧値Vmがモータ21の状態を適切に反映していないことがある。
【0095】
上記構成では、過去電圧値差を推定誘起電圧EXaの算出に用いて、過去の電圧値Vmの大きさを推定誘起電圧EXaの算出に反映するため、推定誘起電圧EXaの推定精度がより高くなる。
【0096】
(第3実施形態)
図9を参照して、本発明の第3実施形態について説明する。
本実施形態の電動パワーステアリング装置1は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えている。すなわち、誘起電圧EXの精度を向上させるために、第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算周期間における電流値Imのデータに基づいて電流値Imの変化パターンを把握するとともにこのパターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。そして変化パターンを求めるために電流値Imを所定の周期でサンプリングしている。
【0097】
これに対して、本実施形態では、電流値Imを電流値Imの変化率に応じてサンプリング周期(電流取得周期)を変更する。以下、この変更にともない生じる前記第1実施形態の構成からの詳細な変更について説明する。なお、前記第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明を省略する。
【0098】
電流値Imの変化率に対するサンプリング周期は次のように変更される。なお、以降の説明では、電流値Imの単位時間あたりの電流変化量を変化率とする。
図9(A)に示されるように、電流値Imの変化率が規定値BX(所定変化量)以内にあるときは、サンプリング周期を電流取得周期Bにする。この場合、サンプリングによる電流値Imと、前回のサンプリングから今回のサンプリングまでの間における実際の電流値Imの差の最大値は誤差D1となる。
【0099】
図9(B)に示されるように、電流値Imの変化率が規定値BX(所定変化量)を超えるときは、サンプリング周期を電流取得周期Bよりも短い電流取得周期Aにする。この場合、サンプリングによる電流値Imと、前回のサンプリングから今回のサンプリングまでの間における実際の電流値Imの差の最大値は誤差D2となる。一方、サンプリング周期を電流取得周期Bに維持しているとき、前回のサンプリングから今回のサンプリングまでの間における実際の電流値Imの差の最大値は誤差D3となる。この誤差D3は誤差D2よりも大きい。
【0100】
なお、推定誘起電圧EXaの演算周期Tsと電流値Imのサンプリング周期との関係は次のように設定されている。
電流取得周期Bを、この電流取得周期B内に外乱オブザーバによる演算処理を完了させることができる長さに設定する場合、この電流取得周期Bと同じ周期で推定誘起電圧EXaの演算を実行する。すなわち、サンプリングの電流取得周期Bと推定誘起電圧EXaの演算周期Tsは一致する。
【0101】
電流取得周期Aを、この電流取得周期A内に外乱オブザーバによる演算処理を完了させることができない長さに設定する場合、推定誘起電圧EXaの演算はサンプリングの電流取得周期Aとは異なる周期で行う。すなわち、サンプリングの電流取得周期Aは、推定誘起電圧EXaの演算周期Tsよりも短い場合、電流取得周期Aの間は電流値Imのデータ蓄積のみを行う。そして、推定誘起電圧EXaの演算時に、第1実施形態のように蓄積したデータを用いて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0102】
以上のように、サンプリング周期を電流値Imの変化率に応じて変化させることにより、実際の電流値と取得した電流値Imとの間のずれが大きくなることを抑制することができる。また、推定誘起電圧EXaよりも短い周期でサンプリングするときはデータの蓄積のみを行うため、演算負荷が過大となることが抑制される。
【0103】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)〜(5)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
(7)本実施形態では、モータ21の電流のサンプリング周期(電流取得周期)を電流値の変化に基づいて変更する。電流のサンプリング周期を小さくすることにより推定誘起電圧EXaの推定精度を高めることが可能になる。一方、電流のサンプリング周期を小さくすることにともない演算負荷が大きくなる。上記構成では、推定誘起電圧EXaの推定精度に影響を及ぼす電流値Imの変化に基づいてサンプリング周期を変更しているため、推定誘起電圧EXaの推定精度と演算負荷とのバランスを取ることができる。
【0104】
(8)本実施形態では、電流の変化率が規定値BXよりも大きいときの電流のサンプリング周期を電流取得周期Aとし、電流の変化率が規定値BXよりも小さいときの電流のサンプリング周期を電流取得周期Bとして、電流取得周期Aを電流取得周期Bよりも小さくする。これにより、推定誘起電圧EXaの推定精度が低下することを抑制することができる。
【0105】
(第4実施形態)
図10および図11を参照して、本発明の第4実施形態について説明する。
本実施形態の電動パワーステアリング装置1は、第1実施形態の構成に対して次の変更を加えている。すなわち、推定誘起電圧EXaの算出精度を向上させるために、第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算周期間における電流値Imのデータに基づいて電流値Imの変化パターンを把握するとともにこのパターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0106】
これに対して、本実施形態では、電圧値Vmが異常値にあるとき、この異常値を考慮して推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。以下、この変更にともない生じる前記第1実施形態の構成からの詳細な変更について説明する。なお、前記第1実施形態と共通する構成については同一の符合を付してその説明を省略する。
【0107】
図10を参照して、電圧値Vmの変動について説明する。
推定誘起電圧EXaは、上記式(3)および式(4)に示すように、電圧値Vmおよび電流値Imに基づいて算出される。しかし、電圧値Vmは、モータ21の回転状態に起因しないノイズが含まれることがある。例えば、ステータの異常な動きに起因して電圧値Vmが瞬間的に変化する。
【0108】
電圧値Vmの異常値は推定誘起電圧EXaの推定精度を低下させる。このため、推定誘起電圧EXaの算出のときには、この異常値を除外することが好ましい。しかし、電圧値Vmが異常な値であるか否かは、電圧値Vmの異常が発生した時点の前後の電圧値Vmと比較しなければ判定することができない。このため、従来、異常値を除去していなかったため、推定誘起電圧EXaに異常値が反映されていた。
【0109】
そこで、本実施形態では、推定誘起電圧EXaの算出時よりも前の情報に基づいて電圧値Vmの異常値について検出し、電圧値Vmが異常値であった場合には、推定誘起電圧EXaの算出のとき異常である当該電圧値Vmが寄与する部分を除外する補正を行う。以下、推定誘起電圧EXaの演算式の補正について説明する。
【0110】
まず、中間変数ξに与える電圧値Vmの寄与について説明する。
上記中間変数ξの式(4)を簡略化するために式(8)のようにおく。式(8)を当該式(8)に基づいてξ(n)の項目を展開すると式(9)のようになる。
【0111】
【数8】
・「C」は、Ts・G・A12+Ieを示す。
・「D1」は、Ts・G・B1を示す。
・「D2」は、Ts・G・(A11・Ie−G・A12)を示す。
・「ξ(n+1)」は、今回演算周期の中間変数(今回中間変数)を示す。
・「ξ(n)」は、前回演算周期の中間変数(前回中間変数)を示す。
【0112】
【数9】
すなわち、中間変数ξには、演算時の電圧値Vmおよび電流値Imだけではなく、過去の電圧値Vmおよび過去の電流値Imの値が反映される。例えば、(n−m)周期の電圧値Vm(n−m)は、中間変数ξ(n+1)に対してAm・C1・Vm(n−m)の影響を与える。
【0113】
仮に、電圧値Vm(n−m)の値が異常値であったときには、Am・C1・Vm(n−m)を異常補正値HXとし、この異常補正値HXを当該時期の電圧値Vmの平均値に基づく値(平均補正値HY)に置き換えることにより、推定誘起電圧EXaと実際の誘起電圧EXの値との差を小さくすることができる。
【0114】
具体的には、過去の電圧値Vmのデータから異常値を検出する。そして、異常値が取得される時期の前後の期間における電圧値Vmの平均値(以下、「過去平均値Vma」)を算出する。そして、異常値と過去平均値Vmaとの差に基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正する。
【0115】
図11を参照して、上記補正を行う外乱オブザーバについて説明する。
同図の一点鎖線で囲まれた演算部Aは、上記式(3)および式(4)をブロック図化したものである。すなわち、図中左から入力される電流値Imと電圧値Vmとに基づいて中間変数ξ(n)および推定誘起電圧EXa(n)を算出する。なお、Z−1は前回の演算処理により算出した中間変数ξを記憶する。
【0116】
同図の一点鎖線で囲まれた演算部Bは、異常である電圧値Vmの検出および補正値HAを算出する。具体的には、演算部Bは、所定期間の電圧値Vm(n)の平均値を算出する電圧平均演算と、電圧値Vm(n)を一時的に記憶する電圧ラッチ処理と、電圧値Vmが異常であるか否かを判定する異常判定と、所定演算値を記憶する演算値ラッチ処理と、これらの値から補正値HAを算出する補正演算とを実行する。
【0117】
電圧平均処理では、推定誘起電圧EXaの演算処理に対応して取得される電圧値Vmのうち、電圧値Vm(n−m−z)から電圧値Vm(n−m+z)までのデータを記憶し、これらのデータの平均値を過去平均値Vmaとして算出する。
【0118】
電圧ラッチ処理では、電圧平均処理に用いられるデータを記憶する。すなわち、電圧値Vm(n−m−z)から電圧値Vm(n−m+z)までのデータを記憶する。そして、この中間値である電圧値Vm(n−m)を選択する。
【0119】
異常判定では、過去平均値Vmaと、電圧ラッチ処理で記憶されている値の中間にある値、すなわち電圧値Vm(n−m)とを比較し、その差の絶対値が判定値CXを超えるか否かを判定する。過去平均値Vmaと電圧値Vm(n−m)との差の絶対値が判定値CXを超えるとき、電圧値Vm(n−m)が異常である旨判定する。一方、過去平均値Vmaと電圧値Vm(n−m)との差の絶対値が判定値CX以下のとき、電圧値Vm(n−m)が異常でない旨判定する。さらに、この判定時における過去平均値Vmaと電圧値Vm(n−m)とを補正値HAの算出のために記憶する。
【0120】
演算値ラッチ処理では、式(4)の電流値Imの項と電圧値Vmの項の和に相当する値、すなわち、以下式(10)の値を記憶する。なお、式(10)が複数の過去電流値を含む演算項に相当する。
【0121】
【数10】
補正演算では、異常判定で電圧値Vm(n−m)が異常である旨判定したとき、式(10)の値に、以下式(11)に与えられる補正値HAを加えて、当該式(10)の値を補正する。すなわち、式(4)に補正値HAを加えた補正式を外乱オブザーバの演算式とする。
【0122】
【数11】
・「γ」は、補正定数。
・「γ・Cm・D1・Vma(n−m)」は、平均補正値HY。
・「γ・Cm・D1・Vm(n−m)」は、異常補正値HX。
【0123】
上記外乱オブザーバは次のように動作する。
電圧ラッチ処理により電圧値Vmを記憶する。一方、電圧平均処理により電圧値Vmの平均値(過去平均値Vma)を算出する。そして、上記異常判定により電圧値Vmが異常にあるか否かについて判定する。電圧値Vmに異常がある旨判定するとき、補正演算により補正値HAを算出するとともに、上記式(10)の値を補正値HAにより補正して、推定誘起電圧EXaを算出する。
【0124】
このように、電圧値Vmに異常値を検出したときには、中間変数ξの算出の際、当該異常値である電圧値Vmが反映されている項を減算するとともに、これに代えてに異常値が発生した前後期間における過去平均値Vmaを加算することにより、異常値の影響を小さくすることができる。このため、電圧値Vmの異常値に基づく推定誘起電圧EXaの推定精度の低下が抑制される。
【0125】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、先の第1実施形態による前記(1)〜(5)の効果に加えて、さらに以下に示す効果を奏することができる。
(9)本実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算では、複数の過去の電流値Imを含む演算項(式(10))を用いる。そして、複数の過去の電流値Imに異常値が含まれるとき、異常値に基づく異常補正値HXを上記演算項から減算し、かつ複数の過去の電流値の平均値に基づく平均補正値HYを上記演算項に加算する。そして、このように補正した演算項を推定誘起電圧EXaの算出に用いる。
【0126】
これにより、異常値としての電流値Imよりも実際の過去の電流値Imに近い平均補正値HYを演算値に反映しているため、推定誘起電圧EXaの推定精度が低下することが抑制される。
【0127】
(10)本実施形態では、外乱オブザーバの要素である中間変数ξ(n−1)のうち複数の過去の電流値Imを含む演算項(式(10))に対して次の補正を行う。すなわち、前回中間変数ξ(n−1)の算出に用いた複数の過去の電流値Imに異常値が含まれるとき、異常値に基づく異常補正値HXを演算項から減算し、および複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値HYを演算項に加算する。そして、これらの処理を実行した後の演算項を今回演算周期の中間変数ξ(n)の算出に用いる。これにより、異常値としての電流値Imよりも実際の過去の電流値Imに近い平均補正値HYを演算値に反映するため、推定誘起電圧EXaの推定精度が低下することが抑制される。
【0128】
(11)本実施形態では、複数の過去の電流値の1つと過去平均値Vmaとの差が判定値CXよりも大きいとき、同過去の電流値の1つを異常値として判定する。この構成では、複数の過去の電流値Imの1つと過去平均値Vmaとの差が判定値CXよりも大きいとき、この電流値Imを異常値として判定するため、これにより、容易に異常値を検出することができる。
【0129】
(その他の実施形態)
なお、本発明の実施態様は上記各実施形態にて例示した態様に限られるものではなく、これを例えば以下に示すように変更して実施することもできる。また以下の各変形例は、上記実施形態についてのみ適用されるものではなく、異なる変形例同士を互いに組み合わせて実施することもできる。
【0130】
・上記第1実施形態では、抵抗値Rmとして定期的に更新するが、電流値Imの大きさに関係なく記憶部に記憶されている値を用いている。しかし、抵抗値Rmは電流値Imに依存する。そこで、回転角速度ωmを算出するとき、抵抗値Rmを電流値Imに基づいて更に補正してもよい。この補正は、例えば、抵抗値Rmと電流値Imとの関係を示すマップを用いて行うことができる。
【0131】
・上記第1実施形態では、モータ21が抵抗算出可能状態にあるか否かを判定する判定条件として、推定誘起電圧EXaが判定値VTAよりも小さいか否か(以下、「第1条件」)により判定するが、これに代えて、次のように判定することができる。すなわち、第1条件に加えて、電流値Imの変化率が判定値ITAよりも小さいことを第2条件として加え、両条件が成立したとき、モータ21が抵抗算出可能状態にあると判定する。このように条件を付加することにより、抵抗算出可能状態を更に精確に判定することができる。
【0132】
・上記第1実施形態では、推定誘起電圧EXaの演算式の補正を電流値Imの変化パターンに基づいて行っている。一方、電圧値Vmの変化パターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式の補正を行うこともできる。この場合、電圧値Vmのサンプリング周期を推定誘起電圧EXaの演算周期よりも短くする。また、電流値Imの変化パターンおよび電圧値Vmの変化パターンに基づいて推定誘起電圧EXaの演算式を補正してもよい。
【0133】
・上記第1実施形態では、式(6)のように、過去の電圧値Vmと過去の電流値Imとを含む項を補正値αにより補正しているが、この補正方法に代えて、過去の電圧値Vmの項(「Ts・G・B1・Vm(n−1)」)のみ補正してもよい。また、過去の電流値Imの項(「Ts・G・(A11・Ie−G・A12)」)のみ補正してもよい。
【0134】
・上記第1実施形態では、式(5)のように、今回演算に用いる電流値Imを含む項を補正値βにより補正するが、この補正方法に代えて、次のように補正することもできる。例えば、推定誘起電圧EXaの演算式に今回演算に用いる電圧値Vmの項が含まれる場合、電圧値Vmを含む項を補正してもよい。さらに、電流値Imを含む項および電圧値Vmを含む項の両方を補正してもよい。
【0135】
・上記第2実施形態では、中間変数ξを、式(4)に対してE1・{Vmat−Vm(n−m1)}の項目を加えた式(7)に基づいて算出しているが、この式(7)を以下のように変形することもできる。すなわち、上記追加項目を、E1・{ε1・Vmat−ε2・Vm(n−m1)}、ε1とε2はそれぞれ0〜1の間の値、とする。この構成では、電圧値Vm(n−m1)と、電圧平均値Vmatとの重みを変えて推定誘起電圧EXaの値が実際の誘起電圧EXに近づくようにε1とε2とを設定することができるため、推定誘起電圧EXaをさらに精確な値とすることができる。
【0136】
・上記第2実施形態では、過去の所定期間の電圧値Vmの平均値である電圧平均値Vmatと、当該所定期間の最後の電圧値Vm(n−m1)との差により、中間変数ξを補正する。これに対して、上記電圧平均値Vmatと今回演算の電圧値Vm(n)との差(基準電圧値差)により、中間変数ξを補正してもよい。
【0137】
・上記第2実施形態では、電圧値Vmの振動を考慮するために過去の電圧値Vmの平均値に基づいて中間変数ξを補正するが、このような補正方法は、電流値Imが振動する場合にも適用することができる。すなわち、過去の電流値Imの平均値(電流平均値)に基づいて中間変数ξを補正することができる。また、電圧値Vmおよび電流値Imがともに振動する場合には、それぞれについて第2実施形態に準じた補正を行ってもよい。
【0138】
・上記第3実施形態では、サンプリング周期を2段階に区分しているが、この区分の数を3区分以上としてもよい。この場合、実際の電流値Imと取得した電流値Imとの誤差をさらに小さくすることができる。
【0139】
・上記第3実施形態では、電流値Imのサンプリングについて周期を変更しているが、電圧値Vmのサンプリングについて周期を変更してもよい。例えば、電圧値Vmの変化率が規定値DX(所定変化量)よりも大きいときの電圧取得周期を電圧取得周期Cとし、電圧値Vmの変化率が規定値DX(所定変化量)よりも小さいときの電圧取得周期を電圧取得周期Dとするとき、電圧取得周期Cを電圧取得周期Dよりも小さくする。
【0140】
・上記第4実施形態では、電流値Imの変化パターンと補正値αと補正値βとの関係をシミュレーションにより求めたが、同実施形態の外乱オブザーバを実際のモータ21に適用して補正値αと補正値βとを求めてもよい。
【0141】
・上記各実施形態では、上記外乱オブザーバを用いて推定誘起電圧EXaを算出するが、外乱オブザーバは上記モデルに限定されない。すなわち、誘起電圧EXを外乱要素としてみなしてモータ方程式をモデル化して導かれる外乱オブザーバであれば、推定誘起電圧EXaを算出する算出方法としてその外乱オブザーバを採用することができる。
【0142】
・上記各実施形態では、EPSアクチュエータ20のモータ21としてのブラシ付きモータを備える電動パワーステアリング装置1に抵抗更新処理を適用しているが、ブラシレスモータを備える電動パワーステアリング装置1にも抵抗更新処理を適用することができる。
【0143】
・上記実施形態では、コラム型の電動パワーステアリング装置1に本発明を適用したが、ピニオン型およびラックアシスト型の電動パワーステアリング装置1に対して本発明を適用することもできる。この場合にも、上記実施形態に準じた構成を採用することにより、同実施形態の効果に準じた効果が得られる。
【符号の説明】
【0144】
1…電動パワーステアリング装置、2…ステアリング、3…転舵輪、10…操舵角伝達機構(操舵系)、11…ステアリングシャフト、12…ラックアンドピニオン機構、13…ラック軸、14…タイロッド、20…EPSアクチュエータ、21…モータ、22…減速機構、30…電子制御装置、31…トルクセンサ、32…車速センサ。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置において、
前記モータの電流の大きさを示す値を電流値とし、前記モータの電圧の大きさを示す値を電圧値とし、前記モータの抵抗の大きさを示す値を抵抗値として、前記電流値および前記電圧値を誘起電圧演算手段に適用して前記モータの誘起電圧を算出すること、
前記誘起電圧が所定範囲内にあるとき、前記電流値および前記電圧値に基づいて前記抵抗値を算出すること、
ならびに、複数の前記電流値のうちの最後に取得した電流値を基準電流値とし、この基準電流値よりも前に取得した電流値を過去電流値とし、複数の前記電圧値のうちの最後に取得した電圧値を基準電圧値とし、この基準電圧値よりも前に取得した電圧値を過去電圧値として、前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも1つに基づいて誘起電圧演算手段を補正すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電流値を取得するための周期を電流取得周期とし、前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期とし、前記誘起電圧を算出するための周期を演算周期として、前記電流取得周期および前記電圧取得周期の少なくとも一方が前記演算周期よりも短い
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記過去電流値の変化パターンおよび前記過去電圧値の変化パターンの少なくとも一方に基づいて、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正値を算出する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、
前記外乱オブザーバの演算において、前記過去電流値および前記過去電圧値に基づいて中間変数を算出すること、
ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記中間変数の算出に用いる前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
請求項3または4に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、
前記外乱オブザーバの演算において、中間変数と前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方とに基づいて前記誘起電圧を算出すること、
ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記誘起電圧の算出に用いる前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
複数の前記過去電圧値の平均値を電圧平均値とし、前記複数の過去電圧値のうちの最後に取得した過去電圧値と前記電圧平均値との差を過去電圧値差とし、前記基準電圧値と前記電圧平均値との差を基準電圧値差として、
前記過去電圧値差および前記基準電圧値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
複数の前記過去電流値の平均値を電流平均値とし、前記複数の過去電流値のうちの最後に取得した過去電流値と前記電流平均値との差を過去電流値差とし、前記基準電流値と前記電流平均値との差を基準電流値差として、
前記過去電流値差および前記基準電流値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電流値を取得するための周期を電流取得周期として、前記電流値の変化に基づいて前記電流取得周期を変更すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項9】
請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、
単位時間あたりの前記電流値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電流取得周期を電流取得周期Aとし、単位時間あたりの前記電流値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電流取得周期を電流取得周期Bとして、前記電流取得周期Aを前記電流取得周期Bよりも小さくすること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期として、前記電圧値の変化に基づいて前記電圧取得周期を変更すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項11】
請求項10に記載の電動パワーステアリング装置において、
単位時間あたりの前記電圧値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Cとし、単位時間あたりの前記電圧値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Dとして、前記電圧取得周期Cを前記電圧取得周期Dよりも小さくすること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段の演算において、前記複数の過去電流値を含む演算項が用いられること、
ならびに、前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記誘起電圧の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、
複数の前記過去電流値、複数の前記過去電圧値、前記基準電流値、および前回演算周期において算出した中間変数である前回中間変数に基づいて、今回演算周期の中間変数を算出すること、
前記複数の過去電流値を含む演算項が前記前回中間変数に含まれること、
ならびに、前記前回中間変数の算出に用いた前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記今回演算周期の中間変数の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項14】
請求項12または13に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記複数の過去電流値の平均値を過去平均値として、前記複数の過去電流値の1つと前記過去平均値との差が判定値よりも大きいとき、同過去電流値の1つを前記異常値として判定すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項1】
操舵系にアシスト力を付与するモータを備える電動パワーステアリング装置において、
前記モータの電流の大きさを示す値を電流値とし、前記モータの電圧の大きさを示す値を電圧値とし、前記モータの抵抗の大きさを示す値を抵抗値として、前記電流値および前記電圧値を誘起電圧演算手段に適用して前記モータの誘起電圧を算出すること、
前記誘起電圧が所定範囲内にあるとき、前記電流値および前記電圧値に基づいて前記抵抗値を算出すること、
ならびに、複数の前記電流値のうちの最後に取得した電流値を基準電流値とし、この基準電流値よりも前に取得した電流値を過去電流値とし、複数の前記電圧値のうちの最後に取得した電圧値を基準電圧値とし、この基準電圧値よりも前に取得した電圧値を過去電圧値として、前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも1つに基づいて誘起電圧演算手段を補正すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電流値を取得するための周期を電流取得周期とし、前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期とし、前記誘起電圧を算出するための周期を演算周期として、前記電流取得周期および前記電圧取得周期の少なくとも一方が前記演算周期よりも短い
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記過去電流値の変化パターンおよび前記過去電圧値の変化パターンの少なくとも一方に基づいて、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正値を算出する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、
前記外乱オブザーバの演算において、前記過去電流値および前記過去電圧値に基づいて中間変数を算出すること、
ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記中間変数の算出に用いる前記過去電流値および前記過去電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
請求項3または4に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、
前記外乱オブザーバの演算において、中間変数と前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方とに基づいて前記誘起電圧を算出すること、
ならびに、前記誘起電圧演算手段を補正するための補正項として、前記誘起電圧の算出に用いる前記基準電流値および前記基準電圧値の少なくとも一方を補正する補正項を算出すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
複数の前記過去電圧値の平均値を電圧平均値とし、前記複数の過去電圧値のうちの最後に取得した過去電圧値と前記電圧平均値との差を過去電圧値差とし、前記基準電圧値と前記電圧平均値との差を基準電圧値差として、
前記過去電圧値差および前記基準電圧値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
複数の前記過去電流値の平均値を電流平均値とし、前記複数の過去電流値のうちの最後に取得した過去電流値と前記電流平均値との差を過去電流値差とし、前記基準電流値と前記電流平均値との差を基準電流値差として、
前記過去電流値差および前記基準電流値差の少なくとも一方を前記誘起電圧の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電流値を取得するための周期を電流取得周期として、前記電流値の変化に基づいて前記電流取得周期を変更すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項9】
請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、
単位時間あたりの前記電流値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電流取得周期を電流取得周期Aとし、単位時間あたりの前記電流値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電流取得周期を電流取得周期Bとして、前記電流取得周期Aを前記電流取得周期Bよりも小さくすること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電圧値を取得するための周期を電圧取得周期として、前記電圧値の変化に基づいて前記電圧取得周期を変更すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項11】
請求項10に記載の電動パワーステアリング装置において、
単位時間あたりの前記電圧値の変化量が所定変化量よりも大きいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Cとし、単位時間あたりの前記電圧値の変化量が前記所定変化量よりも小さいときの前記電圧取得周期を電圧取得周期Dとして、前記電圧取得周期Cを前記電圧取得周期Dよりも小さくすること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段の演算において、前記複数の過去電流値を含む演算項が用いられること、
ならびに、前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記誘起電圧の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記誘起電圧演算手段として外乱オブザーバを用いること、
複数の前記過去電流値、複数の前記過去電圧値、前記基準電流値、および前回演算周期において算出した中間変数である前回中間変数に基づいて、今回演算周期の中間変数を算出すること、
前記複数の過去電流値を含む演算項が前記前回中間変数に含まれること、
ならびに、前記前回中間変数の算出に用いた前記複数の過去電流値の少なくとも1つに異常値が含まれるとき、前記異常値に基づく異常補正値を前記演算項から減算する処理、および前記複数の過去電流値の平均値に基づく平均補正値を前記演算項に加算する処理を行ない、これらの処理を実行した後の前記演算項を前記今回演算周期の中間変数の算出に用いること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項14】
請求項12または13に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記複数の過去電流値の平均値を過去平均値として、前記複数の過去電流値の1つと前記過去平均値との差が判定値よりも大きいとき、同過去電流値の1つを前記異常値として判定すること
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−236531(P2012−236531A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−107390(P2011−107390)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】
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