説明

電子放出素子、及び、電子放出素子の作製方法

【課題】比較的低温及び低引き出し電圧のもとで電子放出の可能な電子放出素子、及び、この電子放出素子の作製方法を提供する。
【解決手段】電子放出素子2は、ダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル構造体5を備え、エピタキシャル構造体5は、100μmの直径の底面と1000μmの高さとを有する円柱内に収容可能な形状を有する。更に、電子放出素子2は、エピタキシャル膜6上に設けられた金属膜7を更に備える。また、エピタキシャル構造体5はn型又はp型ドーパントを含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出素子と、電子放出素子の作製方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電子顕微鏡、電子線描画装置、透過型電子顕微鏡等には、ZrO/W又はLaB6等の電子銃チップが利用されている。このような電子銃チップ等の電子放出素子は、一般に華氏1800度以上の高温で利用されるので(非特許文献1)、フェルミ分布の広がり及びフォノン散乱等によって電子放出素子から放出される電子のエネルギーが大きく分散する。これに対し、ダイヤモンドを利用した電子放出素子も開発されている。ダイヤモンドの仕事関数は比較的低いので、ダイヤモンドを利用した電子放出素子は、比較的低温であっても電子放出が可能となる。特に、n型の不純物がドープされたダイヤモンド膜の有効性が知られている(特許文献1)。また、ダイヤモンド膜が、Sドープされている場合(非特許文献2)、Bドープされている場合(非特許文献3)、ノンドープの場合(非特許文献4)、Nドープされている場合(非特許文献5)の何れの場合においても、仕事関数は低く比較的低温において電子放出が可能との報告がある。更に、Liドープされたn型のダイヤモンド膜も、比較的低い活性化エネルギーを有するとの報告がある(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−095478号公報
【特許文献2】特開2005−310724号公報
【特許文献3】特開2008−210775号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J. Vac. Sci. Technol. B 3(1), Jan/Feb (1985) 220
【非特許文献2】Phys. Rev. B, 60, 4(1999) R2139
【非特許文献3】J. Vac. Sci. Technol. B 22(3), May/Jun (2004) 1349
【非特許文献4】Diam. Relat. Mater. 11, 12 (2002) 1897
【非特許文献5】Nature, 393 , 4, June (1998) 432
【非特許文献6】Thin-Film Diamond I, Semiconductors and Semimetals Vol. 76, Chapter3, Elsevier Inc., 2003
【非特許文献7】Appl. Phys. Let., 81 , 5, July (2005) 232102
【非特許文献8】Appl. Phys. Let., 82 , 17, Apr (2003) 2904
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のようなダイヤモンドの電子放出特性に関する様々な研究結果に基づいて、比較的に低温及び低引き出し電圧のもとでも利用可能な電子銃チップの開発が望まれている。そこで、本発明の目的は、比較的低温及び低引き出し電圧のもとであっても電子放出の可能な電子放出素子、及び、この電子放出素子の作製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の電子放出素子は、ダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル構造体を備え、該エピタキシャル構造体は、100μmの直径の底面と1000μmの高さとを有する円柱内に収容可能な形状を有する、ことを特徴とする。このように、本発明の電子放出素子は、ダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル構造体を備えるので、ダイヤモンドの比較的低い仕事関数によって比較的低温及び低引き出し電圧のもとであっても電子放出が可能となる。
【0007】
本発明の電子放出素子では、エピタキシャル構造体は、一辺が1μmの正方形の領域内に収容可能な平坦な先端面と、先端面の面積よりも大きな面積の側面とを有するのが好ましい。このように、エピタキシャル構造体は細長い形状を有する。
【0008】
本発明の電子放出素子では、ベース部を更に備え、エピタキシャル構造体はベース部の一端に形成されているのが好ましい。ベース部上にエピタキシャル構造体が形成されているので、ベース部を介することによってエピタキシャル構造体の移動等が容易となる。
【0009】
本発明の電子放出素子では、ベース部はダイヤモンド結晶を含み、エピタキシャル構造体の形成されているベース部の表面の面方位は(111)、(112)又は(100)であるのが好ましい。このような面方位によって、エピタキシャル構造体の形成が良好に行える。
【0010】
本発明の電子放出素子では、ベース部の表面の一部又は全部に形成されダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル膜を更に備えるのが好ましく、エピタキシャル膜は、エピタキシャル構造体と同一の材料を含むのが好ましく、また、エピタキシャル膜は、エピタキシャル構造体と一体に形成されているのが好ましい。そして、ベース部の表面に含まれエピタキシャル膜の形成されている領域の面方位は(111)、(112)又は(100)であるのが好ましい。このような面方位によって、エピタキシャル膜の成膜が良好に行える。
【0011】
本発明の電子放出素子では、エピタキシャル膜上に設けられた金属膜を更に備え、金属膜は、エピタキシャル膜に接合されているのが好ましい。この金属膜に電流を流すことによって電子放出素子は電子銃として利用可能となる。
【0012】
本発明の電子放出素子では、エピタキシャル構造体は、Li、P、S、Nのうちの一又は複数の元素を含むn型ドーパントを含有し、エピタキシャル構造体のn型ドーパントの濃度は、1×1013〜1×1022cm−3であり、エピタキシャル構造体の活性化エネルギーは、0.10〜4.0eVであるのが好ましい。このように、エピタキシャル構造体は、ドーパントを含有することによって比較的低い活性化エネルギーを有するので、ダイヤモンドの比較的低い仕事関数と、この比較的低い活性化エネルギーとによって、十分な電子放出性能を実現できる。
【0013】
本発明の電子放出素子では、エピタキシャル構造体は、Bの元素を含むp型ドーパントを含有し、エピタキシャル構造体のp型ドーパントの濃度は、1×1013〜1×1022cm−3であり、エピタキシャル構造体の活性化エネルギーは、0.30〜2.0eVであるのが好ましい。このように、エピタキシャル構造体は、ドーパントを含有することによって比較的低い活性化エネルギーを有するので、ダイヤモンドの比較的低い仕事関数と、この比較的低い活性化エネルギーとによって、十分な電子放出性能を実現できる。
【0014】
本発明の電子放出素子では、ベース部は、Ib型、IIa型及びIIb型のうち少なくとも一の型のダイヤモンド結晶を含むのが好ましく、ベース部はヘテロエピタキシャル構造を有するのが好ましい。このようなベース部の結晶構造の場合に、n型ドーパントを含むエピタキシャル構造体5をベース部の表面に形成できる。
【0015】
本発明の電子放出素子では、エピタキシャル構造体の先端部は階段状に先細る形状を有するのが好ましい。このように、エピタキシャル構造体の先端部は様々な形状が可能である。
【0016】
本発明の電子放出素子の作製方法は、100μmの直径の底面と1000μmの高さとを有する円柱を包含可能な形状を有しておりIb型、IIa型又はIIb型の何れか一の型のダイヤモンド結晶を含むダイヤモンド基材の一端部を研磨しメサ形状にする工程と、メサ形状の端部をエッチングすることによって、円柱内に収容可能な形状を有するダイヤモンド突起部を形成する工程と、ダイヤモンド突起部を形成した後、該ダイヤモンド突起部の設けられたダイヤモンド基材の表面上にn型又はp型のドーパントを含有するダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル構造体を、プラズマCVD法によってダイヤモンド突起部に沿って成長させる工程と、を備える、ことを特徴とする。このように、本発明の電子放出素子は、ダイヤモンド基材にダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル構造体が形成された構成を有しているので、ダイヤモンドの比較的低い仕事関数によって比較的低温における電子放出が可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、比較的低温及び低引き出し電圧のもとであっても電子放出の可能な電子放出素子、及び、この電子放出素子の作製方法が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施形態に係る電子放出素子の断面構成を示す図である。
【図2】実施形態に係るエピタキシャル構造体のバリエーションを示す図である。
【図3】実施形態に係る電子放出素子の作製方法を説明するための図である。
【図4】実施形態に係るエピタキシャル構造体の撮影画像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明に係る好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において、可能な場合には、同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。また、以下に示す数値は所定の誤差を含む。図1に、実施形態に係る電子放出素子2の断面構成を示す。電子放出素子2は、ベース部4、エピタキシャル構造体5、エピタキシャル膜6及び金属膜7を備える。
【0020】
ベース部4は、Ib型、IIa型及びIIb型の何れか一の型のダイヤモンド結晶から成る。後述するエピタキシャル膜6をベース部4の表面に数μmオーダの厚みに形成する場合、ダイヤモンドの硬度が高いこと、エピタキシャル膜6とベース部4との熱膨張係数が異なること、更に、ピタキシャル膜6とベース部4とにおいて格子定数にずれが生じること等によって、エピタキシャル膜6中に歪みが生じ、この歪みによってエピタキシャル膜6に割れ等が生じる場合がある。しかし、ベース部4が、Ib型、IIa型又はIIb型のダイヤモンド結晶の場合、このような割れ等は低減され、良質なエピタキシャル膜6が形成可能となる。なお、ベース部4は、ヘテロエピタキシャル構造を有していてもよい。このヘテロエピタキシャル構造は、ダイヤモンド結晶が、エピタキシャル成長によって、例えば、シリコン(100)面、白金(111)面、Ir(100)面、又は、SiC(100)面等において形成された構成である。
【0021】
エピタキシャル構造体5は、ベース部4の一端に形成されている。エピタキシャル構造体5は、ダイヤモンド結晶を含み、100μmの直径の底面と1000μmの高さとを有する円柱内に収容可能な形状を有するが、電子放出素子2を電子銃チップとして用いる場合には、十分な電界集中を実現するために10〜400μmの高さと、5〜100μmの太さ(高さ方向に垂直な断面の径の最大値であり、以下同様)とを有する形状が好ましい。エピタキシャル構造体5は、この円柱内に収容されるものであって、細長い形状を有するものであれば、円錐(又は円錐台)、円柱、角錐(又は角錐台)、角柱等のうち何れの形状であってもよい。例えば、図2(A)に示すエピタキシャル構造体5a、図2(B)に示すエピタキシャル構造体5b、図2(C)に示すエピタキシャル構造体5c及び図2(D)に示すエピタキシャル構造体5d等であってもよい。
【0022】
エピタキシャル構造体5aは、円錐形状、又は、円錐台形状を有している。この円錐台形状の端面(エピタキシャル構造体5aの先端面)は、平坦であってもよいし、仮想的な球面の一部と同形状であってもよい。エピタキシャル構造体5bは、円柱形状を有している。エピタキシャル構造体5bの先端面は、平坦であるが、仮想的な球面の一部と同形状であってもよい。エピタキシャル構造体5cは、円柱に円錐又は円錐台が接合された形状を有している(すなわち、エピタキシャル構造体5cの端部の形状は円錐又は円錐台となっている)。円錐又は円錐台は円柱の端面に設けられており、円柱の端面と、円錐又は円錐台の底面(円錐台の場合、二つの端面のうち大きい方の端面を意味する)とは同一の形状である。円錐台の端面(エピタキシャル構造体5cの先端面)は、平坦であってもよいし、仮想的な球面の一部と同形状であってもよい。エピタキシャル構造体5dは、端部が階段状に先細る形状を有している。エピタキシャル構造体5dの先端面は、この階段状を成す形状の最も先端にある面である。このエピタキシャル構造体5dの先端面は、平坦であってもよいし、仮想的な球面の一部と同形状であってもよい。以上のエピタキシャル構造体5a〜エピタキシャル構造体5d等のエピタキシャル構造体5の先端面は、一辺が1μmの正方形の領域内に収容可能である。そして、エピタキシャル構造体5a〜エピタキシャル構造体5d等のエピタキシャル構造体5の側面は、エピタキシャル構造体5の先端面の面積よりも大きいので、エピタキシャル構造体5は細長い形状を有する。
【0023】
エピタキシャル構造体5とエピタキシャル膜6とは一体に形成されている。エピタキシャル膜6は、ベース部4の表面(全表面又は一部)に形成されており、ベース部4の表面の一部又は全部を覆っている。なお、エピタキシャル膜6は、ベース部4の表面のうち、少なくとも、金属膜7の形成されている部分に形成されている。
【0024】
エピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6は、より多くのキャリアを活性化させるために、比較的低い活性化エネルギーを有する必要がある。Pドープされたダイヤモンド結晶は、活性化エネルギーが比較的低い0.60eV程度なのでエピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6に好適である。Nドープされたダイヤモンド結晶も活性化エネルギーが比較的低い1.7eV程度なのでエピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6に好適である。Sドープされたダイヤモンド結晶も活性化エネルギーが比較的低い0.30〜0.40eV程度なのでエピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6に好適である。Liドープされたダイヤモンド結晶も活性化エネルギーが比較的低い0.10eVなのでエピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6に好適である。
【0025】
このように、エピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6は、Li(リチウム)、P(リン)、S(硫黄)、N(窒素)のうちの一又は複数の元素を含むn型ドーパントを含有してもよいし、B(ホウ素)の元素を含むp型ドーパントを含有してもよい。エピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6がn型ドーパントを含有する場合、このn型ドーパントの濃度は、1×1013〜1×1022cm−3であり、この場合のエピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6の活性化エネルギーは、0.10〜4.0eVである。エピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6がp型ドーパントを含有する場合、このp型ドーパントの濃度は、1×1013〜1×1022cm−3であり、この場合のエピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6の活性化エネルギーは、0.30〜2.0eVである。
【0026】
また、ベース部4の表面に含まれエピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6の形成されている領域の面方位は、Pドープされたダイヤモンド膜がもっとも成長しやすいとされる(111)面が好ましいが、(001)面又は(112)面であってもよい。実際に、発明者は、これらの面方位の面上において成長させたPドープされた5μm以上の厚みのダイヤモンド膜が均質に形成できたことを確認している。
【0027】
金属膜7は、ダイヤモンド結晶に対し高密着性、高温耐性、オーム性接触が可能なものが適しており、例えばTi/W(チタン/タングステン)から成る。このTi層はエピタキシャル膜6又はベース部4に接合されている。Ti層上には、W以外の他の金属層が設けられていてもよい。Tiはダイヤモンドに対して比較的良好な電気的接触をとることのできる金属であり、金属―半導体間の電子注入効率が最も良いと考えられるが、Tiに限らずダイヤモンドにおけるオーミック電極として知られる周知の金属、周知の成膜方法が利用可能である。そして、金属膜7には、電極Pが接続される。
【0028】
以下、図3を参照し、電子放出素子2の作製方法について説明する。まず、図3(A)に示すように、ダイヤモンド基材4aを用意する。ダイヤモンド基材4aは、1000μmの高さを有する円柱を包含可能な形状(この円柱よりも大きな形状)を有しており、ベース部4の材料(Ib型、IIa型又はIIb型の何れか一の型のダイヤモンド結晶)を含む。次に、ダイヤモンド基材4aの端面8aを研磨し、図3(B)に示すようなメサ形状に形成する。ダイヤモンド基材4aは、この結果、端面8a側がメサ形状(メサ形状部分10)に形成されたダイヤモンド基材4bとなる。ダイヤモンド基材4bはメサ形状部分10を有している。
【0029】
次に、メサ形状部分10の端面8bに金属薄膜のマスク9を形成し、ICPエッチング装置(ICP:Inductively Coupled Plasma)を用いてメサ形状部分10をエッチングし、図3(C)に示すようなダイヤモンド突起部4cを形成する。メサ形状部分10がエッチングされることによって、ダイヤモンド基材4bから、ベース部4、ダイヤモンド突起部4c及び端面8cが形成される。ダイヤモンド突起部4cは、ベース部4の端面8cに形成されており、端面8cの上方に延びる形状を有する。端面8cを含むベース部4の表面の面方位は、(111)、(112)又は(100)である。
【0030】
この後、図3(D)に示すように、プラズマCVD法を用いて、ベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面にダイヤモンド結晶から成るエピタキシャル膜6aを成膜する。プラズマCVD法を用いる前に、ベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面が水素プラズマに曝される。これによりベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面を正常かつ平坦に整えることができる。プラズマCVD法を用いたエピタキシャル膜6aの成膜工程は、プラズマの集中による異常成長やエッチング等を回避するために、ダイヤモンド突起部4cを、プラズマを発生させる二つの電極間に生じる電界の向きに対し垂直となるように、換言すれば、ダイヤモンド突起部4cの軸がこの電界の向きに対しほぼ垂直となる状態で、プラズマCVD法を用いる。この場合、プラズマの周り込み等も生じ、360度全てのオフ角でエピタキシャル成長が可能であり、均等なエピタキシャル膜6aが形成される。エピタキシャル膜6aがPドープされる場合、ダイヤモンド突起部4cの面のうち、電極に対向する面は(111)面(又は(001)面)が好ましいが、Bドープされる場合には、(001)面が好ましい。
【0031】
エピタキシャル膜6aは、n型のドーパント(Li、P、S、Nのうちの一又は複数の元素を含むドーパント)、又は、p型のドーパント(Bの元素を含むドーパント)を含有する。なお、エピタキシャル膜6aがBの元素を含むp型ドーパントを含有する場合、ベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面に含まれるエピタキシャル膜6aの形成される部分の好ましい面方位は、(111)や(001)である。エピタキシャル膜6aの厚みは、例えば、0.5〜2μmが好ましい。
【0032】
そして、図3(E)に示すように、エピタキシャル膜6aが成膜された後、FIB(Focused Ion Beam)法、RIE(Reactive Ion Etching)法及びICP法の何れか一又は二以上の加工方法を用いて、ダイヤモンド突起部4cの一部又は全部を除去すると共に、エピタキシャル膜6aに含まれている部分であってダイヤモンド突起部4cの側面に形成された領域(ダイヤモンド突起部4cに沿ってベース部4の表面から延びている領域)を所望の立体形状(例えば円錐形状や円柱形状等)に整形し、エピタキシャル構造体5を形成する(すなわち、ダイヤモンド突起部4cはエピタキシャル構造体5のテンプレートとなっており、よって、エピタキシャル構造体5は、このテンプレートに沿って成長されたものということができる)。この場合、エピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6がエピタキシャル膜6aから形成される。エピタキシャル構造体5は、一辺が1μmの正方形の領域内に収容可能な平坦な先端面と、この先端面の面積よりも大きな面積の側面とを有し、100μmの直径の底面と1000μmの高さとを有する円柱内に収容可能な形状を有する。そして、この整形工程の後、Ti/Wから成る金属膜7をエピタキシャル膜6上に形成する。以上の工程によって、電子放出素子2が作製される。なお、この整形加工は、金属膜7をエピタキシャル膜6aの全体に形成した後においても行える。なお、図3(E)に示す断面図は、図1に示す断面に対し垂直な断面の様子を示している。
【0033】
以上説明した構成を有する電子放出素子2は、エピタキシャル構造体5の仕事関数が比較的低いので、比較的低温において比較的低い引き出し電圧によって電子放出が可能となる。更に、エピタキシャル構造体5は、n型又はp型のドーパントを含有することによって比較的低い活性化エネルギーを有するので、ダイヤモンドの比較的低い仕事関数と、この比較的低い活性化エネルギーとによって、十分な電子放出性能を実現できる。
【0034】
また、電子放出素子2は、エピタキシャル構造体5からショットキー放出できるので、安定性が良い。すなわち、熱放出・電界放出それぞれのモードで動作させる構造を作ることができることに加え、熱電界によるショットキー放出を行うことができる。この放出モードは、熱による電子放出の安定性と、電界放出による放出電子のばらつきの少ない運動量、すなわち、低エネルギー分散性と、を実現できる。
【0035】
また、エピタキシャル構造体5のドーピング構造を選択することによってエピタキシャル構造体5の活性化エネルギーを制御できるので、エピタキシャル構造体5の安定動作温度・電圧条件をコントロールできる。このように、電界放出用、熱電子放出用又は熱電界電子放出用等のそれぞれの電子放出モードに適したドーピング構造を提供できる。
【0036】
また、金属膜7が設けられているので、金属膜7に電圧を加えることによって電子放出素子2を電子銃として利用可能となる。また、エピタキシャル構造体5は、一辺が1μmの正方形の領域内に収容可能な平坦な先端面と、この先端面の面積よりも大きな面積の側面とを有するので、細長い形状となっている。また、エピタキシャル構造体5の先端面を含むエピタキシャル構造体5の端部は階段状に先細る形状を有してもよく、このように、エピタキシャル構造体5の端部は様々な形状が可能である。
【0037】
また、電子放出素子2はベース部4を更に備え、エピタキシャル構造体5はベース部4の一端に形成されているので、ベース部4を介することによってエピタキシャル構造体5の移動等が容易となる。また、ベース部4の表面においてエピタキシャル構造体5の形成されている領域の面方位は(111)、(112)又は(100)となっているので、エピタキシャル構造体5及びエピタキシャル膜6の形成が良好に行える。また、ベース部4は、Ib型、IIa型及びIIb型のうち少なくとも一の型のダイヤモンド結晶を含むので、このようなベース部4の結晶構造の場合に、n型ドーパントを含むエピタキシャル膜6をベース部4の表面に形成できる。
【0038】
なお、エピタキシャル構造体5の表面に導体被覆膜を設けてもよい。この導体被覆膜は、金属又は金属的な良導体であって、エピタキシャル構造体5の先端部(電子放出部)の除くエピタキシャル構造体5の他の表面を覆う。このような導体被覆膜は、次のようにして形成される。まず、エピタキシャル構造体5の全体(エピタキシャル構造体5の先端部を含む)をこの導体被覆膜で被覆し、この後、FIB等の周知のナノスケールの加工方法を用いて、電子放出部を覆う導体被覆膜をエッチングし、この電子放出部のダイヤモンドの表面を露出させる。このようにして、電子放出部を除くエピタキシャル構造体5の表面を被覆する導体被覆膜が形成される。また、導体被覆膜は、次のようにしても形成できる。まず、エピタキシャル構造体5の先端部をマスクする。そして、この後、スパッタ法によって、Ti(厚さ200nm程度のチタンの膜)とW(厚さ1μm程度のタングステンの膜)とから成る金属層を形成してマスクを除去する。
【実施例1】
【0039】
次に、実施例1に係る電子放出素子2の具体的な作製方法について説明する。実施例1に係る電子放出素子2は、電子銃に用いることを想定して作製された。ダイヤモンド基材4aをIIb型のダイヤモンド結晶を含む基材とし、ICPエッチング装置を用いて、高さ30μm、太さ6μmのダイヤモンド突起部4cとベース部4とをダイヤモンド基材4aから形成した。この場合のベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面の面方位は(111)であり、この面に対しプラズマCVD法によってPドープされたエピタキシャル膜6aを成膜した。この後、FIB法等を用いて、ダイヤモンド突起部4cの一部又は全部を除去すると共に、ダイヤモンド突起部4cの側面に形成されたエピタキシャル膜6を、高さ30μm、太さ10μmのエピタキシャル構造体5に整形した。本実施例1の電子放出素子2のSEM写真を図4に示す。
【実施例2】
【0040】
次に、実施例2に係る電子放出素子2の具体的な作製方法について説明する。実施例2に係る電子放出素子2は、電子銃に用いることを想定して作製された。ダイヤモンド基材4aをIIa型のダイヤモンド結晶を含む基材とし、ICPエッチング装置を用いて、高さ30μm、太さ6μmのダイヤモンド突起部4cとベース部4とをダイヤモンド基材4aから形成した。この場合のベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面の面方位は(111)であり、この面に対しプラズマCVD法によって、摂氏870度及び300W(ワット)のもとで、Hガス、CHガス及びPHガスを導入し、5時間かけて2μmの膜厚のPドープされたエピタキシャル膜6aを成膜した。この後、FIB法等を用いて、ダイヤモンド突起部4cの一部又は全部を除去すると共に、ダイヤモンド突起部4cの側面に形成されたエピタキシャル膜6を、高さ30μm、太さ10μmのエピタキシャル構造体5に整形した。摂氏1000度、引き出し電圧3.5kVのもとで、本実施例2の電子銃チップから100μAのエミッション電流が得られた。
【実施例3】
【0041】
次に、実施例3に係る電子放出素子2の具体的な作製方法について説明する。実施例3に係る電子放出素子2は、電子銃に用いることを想定して作製された。ダイヤモンド基材4aをIIa型のダイヤモンド結晶を含む基材とし、ICPエッチング装置を用いて、高さ30μm、太さ6μmのダイヤモンド突起部4cとベース部4とをダイヤモンド基材4aから形成した。そして、ダイヤモンド基材4aをFIB法等を用いて切削し、ダイヤモンド基材4aの表面を平坦に加工した。この場合のベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面の面方位は(111)であり、この面に対しプラズマCVD法によって、摂氏870度及び300W(ワット)のもとで、Hガス、CHガス及びPHガスを導入し、5時間かけて2μmの膜厚のPドープされたエピタキシャル膜6aを成膜した。この後、FIB法等を用いて、ダイヤモンド突起部4cの側面に形成されたエピタキシャル膜6を、高さ30μm、太さ10μmのエピタキシャル構造体5に整形した。摂氏1000度、引き出し電圧3.5kVのもとで、本実施例3の電子銃チップから100μAのエミッション電流が得られた。
【実施例4】
【0042】
次に、実施例4に係る電子放出素子2の具体的な作製方法について説明する。実施例4に係る電子放出素子2は、電子銃に用いることを想定して作製された。ダイヤモンド基材4aをIIa型のダイヤモンド結晶を含む基材とし、ICPエッチング装置を用いて、高さ30μm、太さ6μmのダイヤモンド突起部4cとベース部4とをダイヤモンド基材4aから形成した。そして、ダイヤモンド基材4aをFIB法等を用いて切削し、ダイヤモンド基材4aの表面を平坦に加工した。この場合のベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面の面方位は(111)であり、この面に対しプラズマCVD法によって、摂氏870度及び300W(ワット)のもとで、Hガス、CHガス及びPHガスを導入し、5時間かけて2μmの膜厚のPドープされたエピタキシャル膜6aを成膜した。この後、FIB法等を用いて、ダイヤモンド突起部4cの一部又は全部を除去すると共に、ダイヤモンド突起部4cの側面に形成されたエピタキシャル膜6を、高さ30μm、太さ10μmのエピタキシャル構造体5に整形した。摂氏500度、引き出し電圧3.5kVのもとで、本実施例4の電子銃チップから100μAのエミッション電流が得られた。
【実施例5】
【0043】
次に、実施例5に係る電子放出素子2の具体的な作製方法について説明する。実施例5に係る電子放出素子2は、電子銃に用いることを想定して作製された。ダイヤモンド基材4aをIb型のダイヤモンド結晶を含む基材とし、ICPエッチング装置を用いて、高さ30μm、太さ6μmのダイヤモンド突起部4cとベース部4とをダイヤモンド基材4aから形成した。そして、ダイヤモンド基材4aをFIB法等を用いて切削し、ダイヤモンド基材4aの表面を平坦に加工した。この場合のベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面の面方位は(111)であり、この面に対しプラズマCVD法によって、摂氏870度及び300W(ワット)のもとで、Hガス、CHガス及びPHガスを導入し、5時間かけて2μmの膜厚のPドープされたエピタキシャル膜6aを成膜した。この後、FIB法等を用いて、ダイヤモンド突起部4cの側面に形成されたエピタキシャル膜6を、高さ30μm、太さ10μmのエピタキシャル構造体5に整形した。摂氏1000度、引き出し電圧3.5kVのもとで、本実施例5の電子銃チップから100μAのエミッション電流が得られた。
【実施例6】
【0044】
次に、実施例6に係る電子放出素子2の具体的な作製方法について説明する。実施例6に係る電子放出素子2は、電子銃に用いることを想定して作製された。ダイヤモンド基材4aをIb型のダイヤモンド結晶を含む基材とし、ICPエッチング装置を用いて、高さ30μm、太さ6μmのダイヤモンド突起部4cとベース部4とをダイヤモンド基材4aから形成した。そして、ダイヤモンド基材4aをFIB法等を用いて切削し、ダイヤモンド基材4aの表面を平坦に加工した。この場合のベース部4及びダイヤモンド突起部4cの表面の面方位は(111)であり、この面に対しプラズマCVD法によって、摂氏870度及び300W(ワット)のもとで、Hガス、CHガス及びPHガスを導入し、5時間かけて2μmの膜厚のPドープされたエピタキシャル膜6aを成膜した。この後、FIB法等を用いて、ダイヤモンド突起部4cの一部又は全部を除去すると共に、ダイヤモンド突起部4cの側面に形成されたエピタキシャル膜6を、高さ30μm、太さ10μmのエピタキシャル構造体5に整形した。摂氏500度、引き出し電圧3.5kVのもとで、本実施例6の電子銃チップから100μAのエミッション電流が得られた。
【0045】
以上、好適な実施の形態において本発明の原理を図示し説明してきたが、本発明は、そのような原理から逸脱することなく配置および詳細において変更され得ることは、当業者によって認識される。本発明は、本実施の形態に開示された特定の構成に限定されるものではない。したがって、特許請求の範囲およびその精神の範囲から来る全ての修正および変更に権利を請求する。
【符号の説明】
【0046】
10…メサ形状部分、2…電子放出素子、4…ベース部、4a,4b…ダイヤモンド基材、4c…ダイヤモンド突起部、5,5a,5b,5c,5d…エピタキシャル構造体、6,6a…エピタキシャル膜、7…金属膜、8a,8b,8c…端面、9…マスク、P…電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル構造体を備え、該エピタキシャル構造体は、100μmの直径の底面と1000μmの高さとを有する円柱内に収容可能な形状を有する、ことを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
前記エピタキシャル構造体は、一辺が1μmの正方形の領域内に収容可能な平坦な先端面と、前記先端面の面積よりも大きな面積の側面とを有する、ことを特徴とする請求項1に記載の電子放出素子。
【請求項3】
ベース部を更に備え、
前記エピタキシャル構造体は前記ベース部の一端に形成されている、ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の電子放出素子。
【請求項4】
前記ベース部はダイヤモンド結晶を含み、
前記エピタキシャル構造体の形成されている前記ベース部の表面の面方位は(111)、(112)又は(100)である、ことを特徴とする請求項3に記載の電子放出素子。
【請求項5】
前記ベース部の表面の一部又は全部に形成されダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル膜を更に備える、ことを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の電子放出素子。
【請求項6】
前記エピタキシャル膜は、前記エピタキシャル構造体と同一の材料を含む、ことを特徴とする請求項5に記載の電子放出素子。
【請求項7】
前記エピタキシャル膜は、前記エピタキシャル構造体と一体に形成されている、ことを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の電子放出素子。
【請求項8】
前記ベース部の表面に含まれ前記エピタキシャル膜の形成されている領域の面方位は(111)、(112)又は(100)である、ことを特徴とする請求項5〜請求項7の何れか一項に記載の電子放出素子。
【請求項9】
前記エピタキシャル膜上に設けられた金属膜を更に備え、
前記金属膜は、前記エピタキシャル膜に接合されている、ことを特徴とする請求項5〜請求項8の何れか一項に記載の電子放出素子。
【請求項10】
前記エピタキシャル構造体は、Li、P、S、Nのうちの一又は複数の元素を含むn型ドーパントを含有し、
前記エピタキシャル構造体の前記n型ドーパントの濃度は、1×1013〜1×1022cm−3であり、
前記エピタキシャル構造体の活性化エネルギーは、0.10〜4.0eVである、ことを特徴とする請求項1〜請求項9の何れか一項に記載の電子放出素子。
【請求項11】
前記エピタキシャル構造体は、Bの元素を含むp型ドーパントを含有し、
前記エピタキシャル構造体の前記p型ドーパントの濃度は、1×1013〜1×1022cm−3であり、
前記エピタキシャル構造体の活性化エネルギーは、0.30〜2.0eVである、ことを特徴とする請求項1〜請求項9の何れか一項に記載の電子放出素子。
【請求項12】
前記ベース部は、Ib型、IIa型及びIIb型のうち少なくとも一の型のダイヤモンド結晶を含む、ことを特徴とする請求項3〜請求項11の何れか一項に記載の電子放出素子。
【請求項13】
前記ベース部はヘテロエピタキシャル構造を有する、ことを特徴とする請求項3〜請求項12の何れか一項に記載の電子放出素子。
【請求項14】
前記エピタキシャル構造体の先端部は階段状に先細る形状を有する、ことを特徴とする請求項1〜請求項13の何れか一項に記載の電子放出素子。
【請求項15】
100μmの直径の底面と1000μmの高さとを有する円柱を包含可能な形状を有しておりIb型、IIa型又はIIb型の何れか一の型のダイヤモンド結晶を含むダイヤモンド基材の一端部を研磨しメサ形状にする工程と、
前記メサ形状の前記端部をエッチングすることによって、前記円柱内に収容可能な形状を有するダイヤモンド突起部を形成する工程と、
前記ダイヤモンド突起部を形成した後、該ダイヤモンド突起部の設けられたダイヤモンド基材の表面上にn型又はp型のドーパントを含有するダイヤモンド結晶を含むエピタキシャル構造体を、プラズマCVD法によって前記ダイヤモンド突起部に沿って成長させる工程と、
を備える、ことを特徴とする電子放出素子の作製方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−9041(P2011−9041A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−150783(P2009−150783)
【出願日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】