説明

電極部材とその製造方法

【課題】触媒を化学的に長期間固定しうる酸化チタンの性質を利用可能であって、大きい比表面積を有し、導電性に優れた電極部材を提供する。
【解決手段】チタンもしくはチタン合金からなる基材をアルカリ性水溶液に浸漬し、次いで水または酸性水溶液に浸漬することにより、基材の表面に水和物でくし型構造をとる表面層を形成するアルカリ−酸処理工程と、アルカリ−酸処理を経た基材を加熱することにより、前記表面層を脱水させる脱水工程と、前記表面層を窒素ガス雰囲気下で処理する導電化工程とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電極部材、特にチタン電極部材とその製造方法に関するものである。この電極部材は、その表面に各種有機分子あるいは無機物質、有機・無機複合体、金属錯体、酵素を含む生体分子、分子触媒などの1種又は2種以上の触媒等(以下、触媒という)を固定することにより、水の電気分解装置、燃料電池、太陽電池、センサー等の電極に好適に利用され得る。
【背景技術】
【0002】
酸化チタンは、その表面に触媒を固定することが可能なので、色素増感太陽電池の電極や水分解用の電極に使用されている。そして、電極は触媒を固定する面積が広いほど修飾される触媒の量が増して水分解能や電池の出力が大きくなるので、電極の単位体積あたりの表面積(=比表面積)を大きくすることが望まれている。また、触媒が長期間安定に固定されるためには、電極表面がこれらと化学的に結合しうる機能を表面が有することが必要である。更にまた、触媒に生じた電子が有効に伝播されるためには、一般的にほとんど導電性を示さない酸化チタンの導電性を向上させることが必須である。そのため、これらの性質を有するチタン電極を製造する方法が種々提案されている。
【0003】
先ず、大比表面積をもつ電極を作るために、電極表面をブラスト処理やエッチング処理する、などの方法が知られている。
【0004】
酸化チタンの導電性を向上させるには、酸化チタンを還元雰囲気(H2、CO等)で焼成する、チタンアルコキシドとキレート化剤との錯体を含有する溶液を基材表面に被覆して加熱する(特許文献1)、チタンアルコキシド溶液をフッ素含有溶液と反応させる(特許文献2)、リチウムを含むドーピング溶液を所定の箇所に塗布後、熱処理する(特許文献3)、チタンアルコキシドとニオブやタンタルのアルコキシド溶液を混ぜて、それを透明基材の上に塗布する(特許文献4)、酸化チタンをアルゴンや窒素などの非酸化雰囲気でホットプレスする(特許文献5)、などの方法により酸素欠陥を導入することが知られている。
【0005】
また、スパッタリング法により形成した酸化チタン膜を水素雰囲気中でRFプラズマ処理することにより水素を導入して酸化チタンの導電性を向上させることも知られている(特許文献6)。更に、基板上に金属窒化物を塗布し、その窒化物の表面を酸化させて金属酸化物層を形成すること(特許文献7)や、酸化チタンナノ粒子をITOなどの導電性ガラス基板の表面に焼結固定すること(非特許文献1)も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−146530
【特許文献2】特開平9−118524
【特許文献3】特開平9−265832
【特許文献4】特開2010−225468
【特許文献5】特開2008−57045
【特許文献6】特開平10−226598
【特許文献6】特開2006−210341
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】B.O’Regan,M.Gratzel,Nature,353,737,1991.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、大きな比表面積をもつ電極を製造する前記従来の技術では、酸化チタンの導電性を向上させることはできない。他方、酸化チタンの導電性を向上させる前記従来の技術は、いずれも出発素材が平板であることを前提としているため、得られる電極の比表面積に乏しい。しかも前記非特許文献1に記載の技術では、酸化チタン粒子を強固に基板に接着させることが困難である。従って、従来の技術は、一方の課題を実現しようとすれば他方の課題を犠牲にせざるを得ないものであった。
それ故、この発明の課題は、触媒を化学的に長期間固定しうる酸化チタンの性質を利用可能であって、大きい比表面積を有し、導電性に優れた電極部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
その課題を解決するために、この発明の電極部材は、
チタンもしくはチタン合金からなる基材と、
その基材の表面に形成され、少なくとも酸化チタンの相及び必要により窒化チタンの相からなり、太さ1〜100nmの多数の柱状結晶を含むくし型構造をとる厚さ0.1〜10μmの表面層と
を備えることを特徴とする。
【0010】
この発明の電極部材によれば、表面層が少なくとも酸化チタンの相を含むので、触媒を化学的に長期間安定に固定することができる。そして、表面層が前記多数の柱状結晶を含むくし型構造をとるので、大きい比表面積を有し、単位体積あたりの触媒修飾量が大きく反応効率に優れる。ここで、くし型とは、前記基材の表面を櫛の背とすると図1に示すように柱状結晶が櫛の歯のように基材から遠ざかる方向に延びている形状を指す。柱状結晶の酸化チタンを構成するチタンが、基材中のチタンもしくはチタン合金に由来するものであって、表面層が基材から連続して形成されているので、表面層は基材に強く固定されている。しかも前記酸化チタンはTiO2-xで表されるように酸素欠陥を有するものであってもよく、この場合は窒化チタンは含まれていないか又は検出されない程度の微量であっても導電性を有する。また、導電性を向上させるために表面層の一部が窒化チタンの相で構成されていてもよい。
【0011】
十分な酸素欠陥及び/又は相当量の窒化チタンの相を含むとき、表面層の比抵抗が1.0×106Ωcm以下となり、触媒に生じた電子が効率よく伝搬される。表面層の厚さが0.1μmより小さいと触媒修飾量が少なくなりすぎて触媒機能を発揮することが困難となるし、10μmを超えると導電性が低下するうえ、基材から剥離する可能性がある。
【0012】
この発明の電極部材を製造する適切な方法は、
チタンもしくはチタン合金からなる基材をアルカリ性水溶液に浸漬し、次いで水または酸性水溶液に浸漬することにより、基材の表面に水和物でくし型構造をとる表面層を形成するアルカリ−酸処理工程と、
アルカリ−酸処理を経た基材を加熱することにより、前記表面層を脱水させる脱水工程と、
前記表面層を窒素ガス雰囲気下で処理する導電化工程と
を備えることを特徴とする。
【0013】
チタンもしくはチタン合金からなる基材をアルカリ性水溶液に浸漬することにより、基材表面にチタン酸水素ナトリウムからなり太さ1〜100nmの多数の柱状結晶を含むくし型構造をとり、厚さ0.1〜10μmの層が形成される。従って、この段階で基材表面の比表面積が著しく増大する。続いて基材を水または酸性水溶液に浸漬し、必要に応じて水洗することにより、アルカリ成分が除去されて、先に形成された構造を維持したチタン酸(H2Ti37など)の層が形成される。
【0014】
前記基材は、比表面積をさらに増大させるために、気孔径50μm〜3mmの連通孔を持つ多孔体であってもよい。その多孔体の孔内面にくし型構造の前記表面層を形成することにより、さらに比表面積を増大させることが可能である。
多孔体としては、孔同士が通路で結ばれている構造、一直線状に貫通孔がありそれらが束ねられた構造、折り曲げた板を小さな隙間で積み重ねた構造、柱状の孔を有する直方体を多数束ねた構造(蜂の巣状)など、各種多孔構造のものが挙げられる。
上記多孔体の作り方は、粉末を焼結する、レーザーフォームで意図的に設計して出来るする構造にする、穴をあけた板で溝を形成する方法、板を折り曲げて小さな隙間になるように積み重ねる、多数のコの字型に折り曲げて、それらを積み重ねるなどの方法が挙げられる。これらのうち、板を折り曲げる方法が、最も作製コストを抑えられると考えられる。
【0015】
その後、加熱処理すると、チタン酸が脱水されて酸化チタンの結晶となる。加熱処理を大気中で行った場合、この段階で得られる表面層は、少量の酸素欠陥を含むものの導電性に乏しい。そこで、表面層を窒素ガス雰囲気下で処理する。窒素ガス雰囲気下での処理手段としては、実質的に酸素を含まない窒素ガスの雰囲気中で加熱するか、又は同雰囲気中でプラズマ処理をすることが挙げられる。これにより酸素が拡散して酸素欠陥が多く形成され及び/又は窒化チタンが形成され、導電性が増す。結晶相としては窒素ガス雰囲気下での処理温度が高いほど、TiO2よりもTi47やTi23の量及び窒化チタンの量が増す。また、窒素ガスの雰囲気中での加熱とプラズマ処理とを組み合わせても良い。いずれの場合も前記くし型構造を損なうことは無い。
【0016】
一般的に、酸化チタンのTi−O結合は非常に強いので、酸素を窒素と置換することは困難である。従って、窒素ガス雰囲気中での加熱は、最表層部で酸素欠陥を生じさせるとともに基材表面(基材と表面層との境界付近)のチタン金属と窒素との反応を優先的に生じさせ、表面層の深部へ効率よく窒素を導入することができる。一方、プラズマ処理は、最表層部へ効率よく窒素を導入できる。従って、両者を組み合わせることで、いずれか単独よりも導電性を高めることができる。
【0017】
窒素ガス雰囲気中での加熱の温度は、1000℃程度まで高くてもよいことから、前記脱水のための加熱を窒素ガス雰囲気中で行うことにより、脱水と窒化を同時に進行させて脱水工程を窒化工程と兼ねるようにしてもよい。一方、窒化をプラズマ処理単独で行う場合は、プラズマ処理がそれほど高温で実施できないことから、両工程を個別に行うのがよい。
こうして表面層が、触媒を化学的に固定可能な酸化チタンを少なくとも含み、且つその一部に酸素欠陥を生じるように及び/又は一部が窒化チタンの相となるように改質される。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、この発明の電極部材は、大比表面積を有し、導電性を示し、しかも触媒を化学的に固定しうる表面層が基材に強く結合していることから、水の電気分解装置、燃料電池、太陽電池、センサー等の電極に利用されたとき、反応効率及び耐久性の向上に貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】アルカリ−酸処理後、窒素雰囲気中で加熱処理したチタン金属多孔体の内部(左)、外部(中央)、および参照のチタン平板(右)の各表面(上段)および断面(下段)を示すFE−SEM写真である。
【図2】基材の1つであるチタン金属多孔体の概観図である。
【図3】各処理を施したチタン金属板表面の薄膜X線回折パターンを示すグラフである。
【図4】アルカリ−酸処理後、窒素雰囲気中で加熱処理したチタン金属板表面付近のグロー放電発光分光分析(GD−OES:Glow Discharge−Optical Emission Spectroscopy)結果 を示すグラフである。
【図5】各処理を施したチタン金属板表面の引っかき強度を示すグラフである。
【図6】アルカリ−酸処理後、窒素雰囲気中で加熱処理したチタン金属板表面付近のX線光電子分光分析(XPS:X−ray photoelectron spectroscopy)の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
前記表面層は、表面から1μmの深さの範囲において1原子%以上の窒素濃度を有するのが好ましい。1原子%に満たないと、あまり導電性を示さなくなるからである。他方、窒素濃度が高くなりすぎると、触媒修飾に必要な酸化チタンが相対的に減少するので、好ましくない。但し、窒素導入はあまり容易ではなく、現在の技術水準では15原子%以上導入できる処理条件は見つかっていない。
【0021】
前記アルカリ性水溶液の好ましいアルカリ濃度は、0.1〜10Mで、好ましくは水酸化ナトリウム、水酸化カリウムのうちから選ばれる1種以上のアルカリを溶解した水溶液を使用する。いずれの場合も好ましい浸漬温度は5〜99℃、0.5〜48時間である。いずれか一つの条件でも下限に満たないと、前記好ましい厚さ、比表面積または傾斜組成を有する表面層が形成されにくいし、上限を超えると、その後に形成される表面層が厚くなりすぎて導電性が低下するとともに、基材から剥離しやすくなる。
【0022】
前記酸性水溶液の好ましい酸濃度は0.5M以下で、好ましくは塩酸、硝酸、硫酸のうちから選ばれる1種以上の酸を溶解した水溶液を使用する。いずれの場合も好ましい浸漬温度は5〜99℃、0.5〜48時間である。いずれか一つの条件でも下限に満たないと、アルカリ成分を十分に除去できず、チタン酸の層が形成されにくいし、上限を超えると、くし型構造が溶解し、比表面積が大幅に低下する可能性が高くなる。
【0023】
前記表面層を脱水させるための加熱温度は、400〜1000℃が望ましい。温度が400℃未満の場合には、結晶性のチタン酸化物が形成されにくく、チタン酸化物の機械的強度も化学的安定性も低い。温度が1000℃を超えると、前記くし型構造が緻密化し、比表面積が大幅に低下し、表面層が厚くなりすぎ、熱膨張差により剥離しやすくなる。
【0024】
前記窒化をプラズマ処理で行う場合、好ましい出力は10〜1000Wである。
【実施例】
【0025】
[製造条件]
−実施例1−
10×10×1mmの大きさの緻密質の純チタン金属板を#400のダイヤモンドパッドを用いて研磨し、アセトン、2−プロパノール、超純水で順に各30分間超音波洗浄した後、5Mの水酸化ナトリウム水溶液5mlに60℃で1時間浸漬し(以下、「アルカリ処理」という)、超純水で30秒間洗浄した。このチタン金属板を0.5mMの塩酸10mlに40℃で3時間浸漬し(以下、「酸処理」という)、超純水で30秒間洗浄した。次いで、チタン金属板を窒素雰囲気下の電気炉中で、常温から600℃まで昇温し、600℃で1時間保持した後、徐冷すること(以下、「窒素加熱処理」という。)により、試料を調製した。
【0026】
−実施例2−
実施例1において、窒素加熱処理における温度を700℃としたことを除く他は、実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0027】
−実施例3−
実施例1において、窒素加熱処理における温度を800℃としたことを除く他は、実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0028】
−実施例4−
実施例1において、窒素加熱処理における温度を900℃としたことを除く他は、実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0029】
−実施例5−
実施例1において、窒素加熱処理における温度を1000℃としたことを除く他は、実施例1と同じ条件で試料を製造した。
【0030】
−実施例6−
10×10×1mmの大きさの緻密質の純チタン金属板を#400のダイヤモンドパッドを用いて研磨し、アセトン、2−プロパノール、超純水で順に各30分間超音波洗浄した後、実施例1と同一条件でアルカリ処理した。このチタン金属板を実施例1と同一条件で酸処理した後、超純水で30秒間洗浄した。次いで、チタン金属板を大気雰囲気下の電気炉中で、常温から600℃まで5℃/minの速度で昇温し、600℃で1時間保持して、炉内で放冷する(以下、「大気加熱処理」という)ことにより、試料を調製した。その後、窒素雰囲気中、常温(約20℃)、出力100Wで1時間プラズマ処理する(以下、「プラズマ処理」という)ことにより、試料を調製した。
【0031】
−実施例7−
実施例6において、プラズマ処理における温度を400℃としたことを除く他は、実施例6と同じ条件で試料を製造した。
【0032】
−実施例8−
10×10×1mmの大きさの緻密質の純チタン金属板を#400のダイヤモンドパッドを用いて研磨し、アセトン、2−プロパノール、超純水で順に各30分間超音波洗浄した後、実施例1と同一条件でアルカリ処理した。このチタン金属板を実施例1と同一条件で酸処理した後、超純水で30秒間洗浄した。次いで、このチタン金属板を、実施例2と同一条件で窒素加熱処理した。その後、実施例6と同一条件でプラズマ処理することにより、試料を調製した。
【0033】
−比較例1−
窒素加熱処理を施さないこと以外は実施例1と同一条件で比較試料を調製した。
−比較例2−
比較例1で得られた比較試料を、実施例6と同じ条件で大気加熱処理した。
−比較例3−
比較例1で得られた比較試料を、加熱処理における雰囲気をArとしたことを除く他は、実施例1と同じ条件で加熱処理した。
【0034】
[導電性測定]
実施例および比較例の各試料の導電性を測定したところ、表1に示すように、全ての実施例において比較例2よりも導電性が優れていた。特に、実施例1、2、3、4、5、8の試料では、大幅に導電性が向上した。
【0035】
【表1】

【0036】
[比表面積測定]
大きさ6×25×1mmの緻密質の純チタン金属板を準備した。このチタン金属板の表面積は1枚あたり3.62×10-42=362mm2(=6×25×2+6×1×2+25×1×2)で、密度が約4.5g/cm3であるから、その重量は0.675g(=0.6×2.5×0.1×4.5)となる。従って、単位重量あたりの表面積は、536mm2/g(≒362÷0.675)と算出される。
【0037】
このチタン金属板をアルカリ処理−酸処理−窒素加熱処理した後、日本ベル株式会社製の自動比表面積測定装置BELSORP−miniを用いて、比表面積を測定したところ、1gあたり5.745×10-22/gであった。その結果、表面積は、約107(≒5.745×10-2÷5.36×10-4)倍となることが分かった。
【0038】
[多孔構造体への表面処理]
図2に示す大きさ約10×10×10mm、気孔率70.1%、気孔径0.5〜3mmの連通孔を有するチタン多孔体をアルカリ処理及び酸処理すると、図1に示すとおり多孔体内部(表面から5mm程度の深さの部分)と外部で同様の厚みかつナノサイズの網目構造が均一に形成されることがわかった。これらのことから、この化学処理法は、平板試料だけでなく、多孔体にも適応可能であることがわかった。
【0039】
[結晶相の同定]
実施例1−5及び8、並びに比較例1と同一条件でそれぞれ処理を施したチタン金属板を薄膜X線回折装置にかけて、表面層の結晶相を解析したところ、図3に示すように窒素加熱処理における温度が高いほど窒化チタンのピークが顕著であった。また、加熱処理温度が高くなるにつれて、TiO2よりO/Ti比(理論値=2)が小さい、Ti47(O/Ti=1.75)、Ti23(O/Ti=1.5)の形成が確認できた。このことは酸素欠陥の形成を示していると考えられる。
【0040】
[元素濃度の測定]
実施例2及び比較例1と同一条件でそれぞれ処理を施したチタン金属板をグロー放電分光分析装置にかけて、表面層の元素濃度を測定したところ、図4に示すように比較例1(左:アルカリ処理及び酸処理のみ)では水素及び酸素が0.1μmより浅いところに多く分布し、実施例2(右:アルカリ処理及び酸処理後に窒素加熱処理)では酸素が0.1μmより浅いところに多く分布する一方、窒素が0.1μmより深いところに多く分布していることが判った。
【0041】
[引っかき強度測定]
株式会社レスカ製のスクラッチ試験機CSR−2000を用いて、緻密質の純チタン金属板をアルカリ処理−酸処理後、および大気、ArあるいはN2中600℃で加熱処理した試料のスクラッチ強度を測定した。測定は、バネ定数200g/mmのスタイラスに試料上で100μmの振幅を与え、100mN/minの荷重を印加しながら、スタイラスを10mm/secの速度で移動させることによって、行った。その結果、図5に示すように、N2雰囲気中で加熱処理することによりスクラッチ強度は、大幅に向上することが分かった。
【0042】
[窒素導入手段の評価]
実施例1−3及び6、7と同一条件でそれぞれ処理を施したチタン金属板をX線光電子分光分析装置にかけて、試料表面の窒素の電子状態を分析したところ、図6に示すようにプラズマ処理によって、著しく表面の窒素濃度が増すことが判った。
【0043】
[触媒固定評価]
大きさが35×10×1mmである以外は実施例2と同一条件でアルカリ−希塩酸−加熱処理した試料をフェロセニルジリン酸(Fc(PO322)のエタノール溶液にアルゴンガス雰囲気下100℃で2日間浸すことにより、表面層にフェロセニルジリン酸を修飾させた。この試料について反射FT−IRを測定したところ、1196cm-1(P=O結合)及び1080cm-1(P−O−Ti結合)の位置にピークが見られた。即ち、触媒が酸化チタンに化学的に固定されていると認められた。
【0044】
[CV測定]
実施例1と同一条件で処理した試料をフェロセニルジリン酸のエタノール溶液にアルゴンガス雰囲気下100℃で2日間浸すことにより、表面層にフェロセニルジリン酸を修飾させた。
この試料について0Vから1.0V(参照電極:銀/塩化銀、溶媒:ホウ酸緩衝液、pH=7)まで20mV/s、40mV/s、60mV/s、80mV/s及び100mV/sの電位掃引速度でサイクリックボルタモグラムを測定したところ、いずれも繰り返し再現性良くフェロセンの酸化還元に基づく可逆波が見られた。また、掃引速度と酸化波ピーク電流値の関係をプロットしたところ直線的な関係が得られ、これより電極表面上で酸化還元に関与するフェロセニルジリン酸の単位面積当たり修飾量は5.6nmol/cm2と算出された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンもしくはチタン合金からなる基材と、
その基材の表面に形成され、少なくとも酸化チタンの相及び必要により窒化チタンの相からなり、太さ1〜100nmの多数の柱状結晶を含むくし型構造をとる厚さ0.1〜10μmの表面層と
を備えることを特徴とする電極部材。
【請求項2】
前記表面層の比抵抗が1.0×106Ωcm以下である請求項1に記載の電極部材。
【請求項3】
前記表面層が1〜10000cm2/gの比表面積を有する請求項1に記載の電極部材。
【請求項4】
前記表面層が1原子%以上の窒素を含む請求項1に記載の電極部材。
【請求項5】
前記基材が気孔径50μm〜3mmの連通孔を有する多孔体であり、前記表面層が前記連通孔の内面に形成されている請求項1に記載の電極部材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の電極部材と、
前記電極部材における表面層に固定された触媒と
を備えることを特徴とする電極。
【請求項7】
チタンもしくはチタン合金からなる基材をアルカリ性水溶液に浸漬し、次いで水または酸性水溶液に浸漬することにより、基材の表面に水和物でくし型構造をとる表面層を形成するアルカリ−酸処理工程と、
アルカリ−酸処理を経た基材を加熱することにより、前記表面層を脱水させる脱水工程と、
前記表面層を窒素ガス雰囲気下で処理する導電化工程と
を備えることを特徴とする電極部材の製造方法。
【請求項8】
前記アルカリ水溶液のアルカリ濃度が0.1〜10M、前記酸性水溶液の酸濃度が0.5M以下である請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記脱水工程における加熱の温度が400℃以上1000℃以下である請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記脱水工程における加熱を窒素ガスの雰囲気下で行うことにより、前記脱水工程が前記導電化工程を兼ねる請求項7に記載の方法。
【請求項11】
前記導電化工程における処理がプラズマ処理である請求項7に記載の方法。
【請求項12】
前記プラズマ処理における出力が10〜1000Wである請求項11に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−184458(P2012−184458A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−46627(P2011−46627)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業(元素戦略プロジェクト)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(500433225)学校法人中部大学 (105)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】