説明

電線ケーブル中の有機塩素化合物の抽出方法およびこれを用いる有機塩素化合物の分析方法

【課題】 電線ケーブルより、大量の有機溶媒を用いることなく、短時間で、かつ簡易に有機塩素化合物を抽出する有機塩素化合物の抽出方法、および、短時間で定量分析が可能となる有機塩素化合物の分析方法を提供する。
【解決手段】 電線ケーブルより有機塩素化合物を抽出する方法であって、有機塩素化合物を溶解しうる非極性溶媒と電線ケーブルを切断したケーブル短片または電線ケーブルより採取したケーブル絶縁紙とを、加熱および加圧下で接触させることを特徴とする有機塩素化合物の抽出方法、および、この分析方法を用いる有機塩素化合物の分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電線ケーブルに含まれる有機塩素化合物の抽出方法およびこれを用いる有機塩素化合物の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種有機塩素化合物のなかでも、ポリ塩化ビフェニル(PCB)類は人体を含む生体に極めて有害であることから、1973年に特定化学物質に指定され、その製造、輸入、使用が禁止されている。PCBはビフェニル骨格に塩素が1〜10個置換したものであり、置換塩素の数や位置によって理論的に209種類の異性体が存在し、市販品において100を越える異性体が確認されている。PCBは、残留性有機汚染物質の一つであって、環境中で分解されにくく、油溶性で生物濃縮率が高く、さらに半揮発性で大気経由の移動が可能であるという性質を持つ。
【0003】
PCBはトランスやコンデンサ等の絶縁油中や、SLケーブル(SLN)やHケーブル(HPLZN)等の電線ケーブルの絶縁紙中の他、水や生物など環境中にも広く残留するおそれのあることが知られている。ケーブルまたはケーブル絶縁紙中のPCB類の存在の有無や含有量を分析する際には、一般に、ソックスレー抽出にて検体からPCBを有機溶媒層へ移行させることが必要である。
【0004】
図1にはSLケーブルの断面図の一例を示した。線導体8の上に絶縁紙7を巻いた後、鉛被6を施した単心鉛被ケーブル3条を、介在ジュート9とともにより合せて円形に仕上げ、さらにこの上にクロロプレンシース3等を施したものである。
【0005】
図2にはHケーブルの断面図の一例を示した。線導体17の上に絶縁紙15を巻き、その上に金属遮蔽テープ16を巻き、3心をより合わせて間隙にジュート18を入れて円形に仕上げ、その上に金属帯14を巻いた後、乾燥後浸油して鉛被13を施したものである。
【0006】
しかしながら、前述したソックスレー抽出は、大量の有機溶媒が必要であるばかりか、抽出時間も長いという問題点が指摘されている。一方、PCB含有が疑われるケーブル装置等が故障した場合、工事に緊急を要するため、ケーブル等にPCBが含まれているか否かを早急に判別する必要がある。従って、PCBの分析時間は出来る限り短い方が望ましい。
【0007】
そこで、PCBを短時間で高い効率で分析する技術が提案されている。特開2000−88825号公報(特許文献1)には、絶縁油中に混入したPCB類を質量分析器付きガスクロマトグラフィーで分析する方法において、ジメチルスルホキシド等の極性溶媒を用いて絶縁油中からPCBを抽出し、抽出した極性溶媒を固相抽出器に通してPCB画分を分離し、このPCB画分からPCBをヘキサンに転溶する前処理を行った後、選択的イオン検出法によりPCB濃度を測定する方法が開示されている。しかしこの方法は、質量分析器付きガスクロマトグラフィーにより、絶縁油中のPCB類を迅速に分析する方法に関するものであり、PCBが含まれる検体そのものからPCBを採取する方法に関するものではない。
【0008】
特開2002−204901号公報(特許文献2)には、有機塩素化合物を含有する炭素系吸着材から、亜酸化窒素、アンモニア、二酸化炭素等の超臨界流体を用いて有機塩素化合物を抽出する方法が開示されている。活性炭素繊維が有機塩素化合物に対して強い吸着能を有するため、ソックスレー抽出では抽出時間が長くなりすぎるという問題点を解消したものであるが、超臨界流体の抽出圧力が72.9atm以上で、抽出温度が31.3℃以上(好ましくは32〜200℃)を必要としている。しかし、この方法では超臨界流体を使用して高圧条件下で有機塩素化合物を抽出するため、簡易性に欠ける問題点がある。
【0009】
固相中に存在する有機塩素化合物としては、土壌、ケーブルおよびケーブル絶縁紙等に含まれるものが挙げられるが、特に電線ケーブル(SLケーブル、Hケーブル)は、上記したように複数層から形成されており、含油絶縁紙はその内層部に存在するため、この含油絶縁紙などに含まれる有機塩素化合物を迅速に分析する技術への要望は特に強い。
【特許文献1】特開2000−88825号公報
【特許文献2】特開2002−204901号公報(請求項、段落番号0022、0033等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、前記従来の問題点に鑑みてなされたものであり、電線ケーブルより、大量の有機溶媒を用いることなく、短時間で、かつ簡易に有機塩素化合物を抽出する有機塩素化合物の抽出方法、および、短時間で定量分析が可能となる有機塩素化合物の分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、以下に示す抽出方法および分析方法により前記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、電線ケーブルより有機塩素化合物を抽出する方法であって、有機塩素化合物を溶解しうる非極性溶媒と電線ケーブルを切断したケーブル短片または電線ケーブルより採取したケーブル絶縁紙(以下、これらを検体という。)とを、加熱および加圧下で接触させることを特徴とする有機塩素化合物の抽出方法を提供する。
【0013】
前記の抽出方法においては、抽出温度が100〜250℃の範囲であり、かつ、抽出圧力が3atm〜50atmの範囲であることが好ましく、また、検体と非極性溶媒との割合が、非極性溶媒(容量)/検体(重量)=10〜50の範囲であることが好ましい。
【0014】
また、本発明は前記いずれかに記載の有機塩素化合物の抽出方法を用いることを特徴とする有機塩素化合物の分析方法を提供する。
【発明の効果】
【0015】
以上説明した通り、本発明によれば、電線ケーブルの含油絶縁紙などに含まれている有機塩素化合物を、大量の有機溶媒を用いることなく、短時間で、かつ簡易に抽出することができる。
【0016】
また、本発明の分析方法では、本発明の抽出方法を用いることにより、抽出時間を従来の分析方法と比較して大幅に短縮するので、全体として、分析時間を短縮させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明による有機塩素化合物の抽出方法は、電線ケーブルより有機塩素化合物を抽出する方法であって、有機塩素化合物を溶解しうる非極性溶媒と有機塩素化合物を含む疑いのある電線ケーブルから採取した検体(電線ケーブルを切断したケーブル短片または電線ケーブルより採取したケーブル絶縁紙)とを、加熱および加圧下で接触させることを特徴とするものである。
【0018】
ここで、上記のケーブル短片は、電線ケーブルを適宜な長さの短片に切断したもので、その断面から有機塩素化合物を抽出する。また、上記のケーブル絶縁紙は、ケーブル断面から適宜な大きさに絶縁紙を切り出したものである。
【0019】
分析対象となる有機塩素化合物としては、ポリ塩化ビフェニール(PCB)類、ダイオキシン類、クロルベンゼン類等が挙げられるが、本発明はPCB類の分析に特に好適に用いられる。
【0020】
本発明では、有機塩素化合物を溶解しうる非極性溶媒により検体中の有機塩素化合物を抽出するが、非極性溶媒は有機塩素化合物の溶解性に優れるばかりでなく、有機塩素化合物が添加されている油(炭化水素油)の溶解性にも優れているので、ケーブル短片またはケーブル絶縁紙などの固相中に含まれている油と有機塩素化合物とを短時間で抽出することができる。
【0021】
非極性溶媒としては、例えば、n−ヘキサン等の脂肪族炭化水素、シクロヘキサン等の脂環式炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素等を挙げることができる。これらの溶媒は、一種を単独でまたは二種以上を任意に組合せて使用することができる。これらの溶媒のなかでも、PCB類の溶解性に優れかつ安価である点より、n−ヘキサンが好ましい。
【0022】
有機塩素化合物の抽出は加熱および加圧下で行う。加熱および加圧下で抽出することにより、ケーブル構成材料である含油絶縁紙に含まれている有機塩素化合物を、効率よく抽出して非極性溶媒に溶解させることが出来る。抽出には、オートクレーブ(圧力容器)等を用いるのが望ましい。
【0023】
抽出時の圧力は、3atm(0.3MPa)〜50atm(5.1MPa)の範囲が好ましく、より好ましくは5atm(0.5MPa)〜30atm(3.0MPa)、更に好ましくは6atm(0.6MPa)〜17atm(1.7MPa)の範囲である。抽出圧力が3atm未満の場合は抽出が不充分であり、抽出圧力が50atmを超える場合は抽出物が分解するおそれがある。
【0024】
抽出温度は抽出溶媒の種類によって異なるが、n−ヘキサンを使用する場合は100℃〜250℃の範囲が好ましく、より好ましくは120℃〜220℃、更に好ましくは150℃〜200℃の範囲である。抽出温度が100℃未満の場合は抽出が不充分であり、抽出温度が250℃を超える場合は抽出物が分解するおそれがある。
【0025】
抽出の際に添加する非極性溶媒量は、検体の種類、大きさによって若干異なるが、検体と非極性溶媒との割合を、非極性溶媒(容量)/検体(重量)=10〜50の範囲とするのが好ましい。検体に対する非極性溶媒の前記割合が10未満の場合は抽出が不充分となり、一方、前記割合が50を超える場合は抽出物の濃縮操作が煩雑となるばかりか、分析機器の検出限界を考慮したときに濃縮に要する時間が長くなる等の欠点がある。抽出効率および経済性等を考慮すると、検体と非極性溶媒との割合を、非極性溶媒(容量)/検体(重量)=10〜35とするのがより好ましい。
【0026】
抽出の際には、検体を圧力容器に投入し、これに所定量の非極性溶媒を添加して必要に応じて攪拌を加え、所定の温度および圧力で保持することにより、非極性溶媒中に油(油中の添加物も含まれる)と有機塩素化合物を移行させる。抽出操作中は、必要に応じて、攪拌羽根等を用いて溶媒を攪拌してもよい。
【0027】
本発明の有機塩素化合物の分析方法は、上記の抽出方法を用いて有機塩素化合物を抽出し、抽出された有機塩素化合物を定量分析する方法である。
【0028】
上記の分析方法の具体的な手順としては、例えば、以下の方法が挙げられる。すなわち、まず、溶媒による抽出終了後、抽出溶媒を加熱等の手段を施して揮発させ、抽出溶媒を濃縮することにより、主に絶縁油と有機塩素化合物が含まれる分析用試料を準備する。
【0029】
次に、上記の分析用試料を用いて、公知の方法により、有機塩素化合物の定量分析を行う。例えば、濃縮した分析用試料を溶媒で希釈して所定濃度(1〜50ppm)の有機塩素化合物含有溶液を調整し、これを定量分析する。あるいは、検体から有機塩素化合物を抽出した抽出溶媒を、所定の濃度(1〜50ppm)まで濃縮もしくは溶媒で希釈して所定濃度の有機塩素化合物含有溶液を調整し、これを定量分析する方法でもよい。
【0030】
上記の分析手段としては、例えば、ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC−MS)、ガスクロマトグラフ・電子捕獲検出器(GC−ECD)等を用いることができる。
【実施例】
【0031】
以下、実施例および比較例を用いて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0032】
(実施例1〜3)
図3に本実施例のフローチャートを示す。SLケーブル断面から切り出した含油絶縁紙(3cmφ×3cm長)約10gをオートクレーブに入れ、これにn−ヘキサン300mlを加え、窒素置換した後、昇温し、表1に示す温度・圧力条件下で所定時間保持した。その後、直ちに冷却した。オートクレーブから絶縁紙を取り出し、乾燥後、重量を測定した。一方、抽出物含有溶液からn−ヘキサンを留去した後、抽出物の重量を測定し、下記式により抽出率を算出した。
抽出率(%)=[抽出物重量(g)/(抽出物重量(g)+絶縁紙重量(g))]×100
【0033】
(比較例1〜2)
SLケーブルから切り出した含油絶縁紙(実施例で用いたものと同じ)2.8gをソックスレー抽出器に入れ、これに表1に示す溶媒150mlを加え、240分間リフラックスさせることにより、抽出操作を行った。抽出溶媒を留去した後、抽出物重量を測定し、実施例1と同様にして抽出率を算出した。
【0034】
表1に実施例および比較例の実験条件および実験結果をまとめて示した。
【0035】
【表1】

【0036】
表1の結果から明らかなように、本発明の抽出方法を使用することにより、従来のソックスレー抽出法に比べて少量の溶媒で、かつ、短時間に前処理操作を終了することができた。
【0037】
(実施例4)
実施例3で得た抽出物0.5mlにジメチルスルホキシド(DMSO)5mlを加えて攪拌、静置したのち、下層のDMSO相5mlをシリンジで採取し、C18シリカ固相抽出器(Waters社製 Sep−Pak tC18)に通液させた。固相抽出器から得られた1.5mlまでの溶液に水及びヘキサンを添加し、DMSOからヘキサンにポリ塩化ビフェニールを転溶させ、ヘキサン層の1μlを、DB1(J&Wサイエンティフィック製)をキャピラリーカラム(カラム温度80℃→220℃)とする(株)島津製作所製のガスクロマトグラフィー質量分析計QP5050A(以下、「GC−MS」という)にかけ、PCB濃度を測定した。
【0038】
その結果、PCB濃度が検出限界以下であることが確認できた。なお、溶媒相を固相抽出器に通すことにより、PCBの分布に重なる炭化水素油中の分析妨害成分を除去することができることを確認したので、PCBの濃度分析は支障なく行うことができた。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】SLケーブルの断面図である。
【図2】Hケーブルの断面図ある。
【図3】実施例による分析方法のフローチャートである。
【符号の説明】
【0040】
1 カーボン紙
2 クロロプレンフリクション帆布
3 クロロプレンシース
4,5 クロロプレン引布帯
6 鉛被
7 含油絶縁紙
8 導体
9 介在ジュート
11 クロロプレンフリクション帆布
12 クロロプレン
13 鉛被
14 銅線織込布帯
15 線心絶縁
16 遮蔽層
17 導体
18 介在ジュート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電線ケーブルより有機塩素化合物を抽出する方法であって、有機塩素化合物を溶解しうる非極性溶媒と電線ケーブルを切断したケーブル短片または電線ケーブルより採取したケーブル絶縁紙(以下、これらを検体という。)とを、加熱および加圧下で接触させることを特徴とする有機塩素化合物の抽出方法。
【請求項2】
抽出温度が100〜250℃の範囲であり、かつ、抽出圧力が3atm〜50atmの範囲である請求項1に記載の有機塩素化合物の抽出方法。
【請求項3】
検体と非極性溶媒との割合が、非極性溶媒(容量)/検体(重量)=10〜50の範囲である請求項1または2に記載の有機塩素化合物の抽出方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の有機塩素化合物の抽出方法を用いることを特徴とする有機塩素化合物の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−84204(P2006−84204A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−266735(P2004−266735)
【出願日】平成16年9月14日(2004.9.14)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】