説明

カムレスエンジン弁開閉制御装置

【課題】遅延補正値テーブルの作成が容易で、経時変化に対応することができ、正確な遅延補正値が得られるカムレスエンジン弁開閉制御装置を提供する。
【解決手段】開弁遅延を計測する開弁遅延計測部102と、閉弁遅延を計測する閉弁遅延計測部103と、開弁遅延補正値を記憶する開弁遅延補正値テーブル104と、閉弁遅延補正値を記憶する閉弁遅延補正値テーブル105と、開弁・閉弁パルス信号を必要な時期より開弁・閉弁遅延補正値だけ前に出力する遅延補正部106と、計測した開弁・閉弁遅延に基づいて開弁・閉弁遅延補正値を更新するテーブル更新部107とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カムシャフトを廃止し、吸気バルブ及び排気バルブを電子制御するカムレスエンジンの弁開閉制御装置に係り、遅延補正値テーブルの作成が容易で、経時変化に対応することができ、正確な遅延補正値が得られるカムレスエンジン弁開閉制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、エンジンに対する排気ガス規制強化と燃費改善の要求拡大に伴い、エンジンの燃焼制御が高度化している。燃焼制御のひとつとして、吸気バルブ及び排気バルブの開閉時期とリフト量をエンジンの運転状態に応じて変化させる可変動弁制御がある。カムシャフトを有するエンジンにおいてカムシャフトで決まる開閉時期とリフト量に対して変化を与える可変動弁制御が既に普及している。
【0003】
これに対し、本発明者は、カムシャフトを使わずに、電磁弁で制御された油圧により、クランク角に対して機械的に固定されない開閉時期とリフト量で吸気バルブ及び排気バルブを動作させるカムレスエンジンを研究開発中である。
【0004】
図6に、カムレスエンジンの弁開閉機構を示す。弁開閉機構は、吸気バルブと排気バルブのどちらも同じである。
【0005】
シリンダヘッドに挿通されたバルブ本体601は、スプリング602によって閉弁方向に付勢されている。シリンダヘッドに取り付けられたカムレスブロックには、バルブ本体601の上端側を動作油で圧してバルブ本体601を押し下げるための油圧制御室603が設けられている。油圧制御室603には、開弁用電磁弁604からの動作油が導入されるラインが接続されている。開弁用電磁弁604には、高圧の動作油を供給する高圧油圧ポンプ605からの動作油が導入されるラインが接続されている。開弁用電磁弁604に後述する開弁パルス信号が入力されると、開弁用電磁弁604内でライン同士を塞いでいたプランジャが退くことにより、高圧の動作油が油圧制御室603に導入され、バルブ本体601が押し下げられてバルブが開くようになっている。開弁パルス信号がなくなるとプランジャが進出して油圧制御室603への動作油の導入が止まる。
【0006】
油圧制御室603には、低圧の動作油を蓄える低圧供給ユニット606からのラインが接続されている。その接続口は、閉弁用電磁弁607のプランジャに取り付けられた油抜き弁によって塞がれている。閉弁用電磁弁607に後述する閉弁パルス信号が入力されると、接続口を塞いでいた油抜き弁がプランジャによって開かれ、油圧制御室603の動作油が低圧供給ユニット606に抜けるため、バルブ本体601がスプリング602によって押し上げられてバルブが閉じるようになっている。
【0007】
高圧油圧ポンプ605は、クランクシャフト608により駆動される。クランクシャフト608には、クランク角度検出用のクランク角度プーリ609が取り付けられている。
【0008】
クランク角度プーリ609に臨ませてクランク角度センサ610が設けられている。シリンダヘッドには、バルブ本体601の変位量であるリフト量を検出するリフト量センサ611が設けられている。高圧油圧ポンプ605からの油圧のラインには、油圧を検出する油圧センサ612が設けられている。
【0009】
弁開閉機構の制御は、ECM(Engine Control Module)、又はCPU(Central Processing Unit)、又はMPU(Micro Processor Unit)と呼ばれるプログラム式デジタル演算回路(以下、ECM)613においてプログラム(ソフトウェア)が実行されることで行われる。各センサの出力はECM613のIOポートに入力される。また、ECM613がIOポートから各部に指令する信号は、ドライバ614を介して各部へ出力される。
【0010】
1つのバルブのための弁開閉機構に開弁用電磁弁604と閉弁用電磁弁607がひとつずつある。1つのシリンダに2つの吸気バルブと2つの排気バルブがあるので、6気筒エンジンでは、全部で24個のバルブがあり、電磁弁は48個となる。
【0011】
図7(a)に示されるように、バルブのリフト量(燃焼室内への突き出し量)を制御することができる。すなわち、開弁用電磁弁604に印加する開弁パルス信号の時間幅により油圧制御室603に導入される油量を増減することで、バルブ本体601が押し下げられる距離、すなわちリフト量が制御できる。閉弁は基本的に全閉状態とし途中保持は行わないので、閉弁パルス信号の時間幅は開弁時のリフト量に対して十分余裕を持った長い時間とするのが好ましい。
【0012】
図7(b)に示されるように、開弁タイミングを変化させることができる。また、図7(c)に示されるように、閉弁タイミングを変化させることができる。開弁パルス信号、閉弁パルス信号を何度のクランク角度で出力するかによりバルブを開く時期、閉じる時期が決まる。
【0013】
このようにカムレスエンジンでは、開閉時期とリフト量が機械的にクランク角度に依存するのではなく、ECM613からのパルス信号により開閉時期とリフト量を自由に制御することができる。実際には、ECM613は、エンジン状態を表すエンジンパラメータに基づいて適切な開閉時期及びリフト量を求め、これに基づいて開弁パルス信号及び閉弁パルス信号を生成することになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】再表02/079614号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
カムレスエンジンでは、図8に示されるように、構成部材を電気系801、油圧系802、機械系803に大別できる。電気系801のECM613が出力した開弁パルス信号と閉弁パルス信号がドライバ614に入力され、ドライバ614で電力が増幅された駆動電流が開弁用電磁弁604と閉弁用電磁弁607に伝達される。開弁用電磁弁604と閉弁用電磁弁607の動作コイルに駆動電流が流れると、電磁力によってプランジャが移動することにより、油圧系802では、油圧制御室603の油圧ラインが開閉される。油圧制御室603に動作油が導入され、あるいは油圧制御室603から動作油が導出されることにより、機械系803のバルブ本体601がスプリング602に抗して押し下げられ(開弁)、あるいはバルブ本体601がスプリング602によって押し上げられる(閉弁)。
【0016】
電気系801、油圧系802、機械系803を構成する各部材は、動作コイル及びプランジャの応答、油圧の伝達(動作油の移動)、機械の移動などのため、それぞれ遅延を有する。これらの遅延が蓄積されるため、ECM613が開弁パルス信号や閉弁パルス信号を出力した瞬間から、実際にバルブ本体601が目標リフト量に到達するまでに、図9のような遅延が生じる。ここで、バルブ本体601がリフト量=0のときに開弁パルス信号OPが立ち上げられてからバルブ本体601が開弁目標リフト量に到達するまでの時間を開弁遅延、バルブ本体601が開弁目標リフト量となっているときに閉弁パルス信号CPが立ち上げられてからバルブ本体601が閉弁目標リフト量であるリフト量=0に到達するまでの時間を閉弁遅延とする。なお、図示例では、開弁遅延は、開弁目標リフト量よりやや小さい値に到達した時点で測定し、閉弁遅延は、リフト量=0よりやや大きい値に到達した時点で測定している。
【0017】
これらの開弁遅延及び閉弁遅延があるため、ECM613がエンジンに最適な時期に吸気又は排気を行おうとして開弁パルス信号や閉弁パルス信号を出力すると、実際に開弁、閉弁が達成される時期が遅れ、エンジンに最適な時期からずれてしまう。
【0018】
開弁遅延や閉弁遅延を解消するために、これらの開弁遅延及び閉弁遅延をあらかじめ計測してECM613に記憶させておき、エンジンに最適な時期よりも開弁遅延及び閉弁遅延だけ早めに開弁パルス信号及び閉弁パルス信号を出力することが考えられる。
【0019】
ところが、弁開閉機構には、バルブ本体601や油圧系、電磁弁に特性のバラツキがあるため、開弁遅延及び閉弁遅延は6気筒エンジンの24個の弁開閉機構ごとに異なる。よって、全ての弁開閉機構について開弁遅延及び閉弁遅延を計測し、図10のような補正値のテーブルを作成する必要がある。
【0020】
しかし、弁開閉機構の特性をひとつひとつ計測して図10のようなテーブルを作成するのには、手間がかかる。加えて、弁開閉機構の特性が経時変化(動作コイルの電磁力低下、スプリングの弾性低下など)することで、開弁遅延や閉弁遅延も変化する。このため、所望の時期に正確に開弁、閉弁をさせるのは困難である。
【0021】
また、開弁遅延及び閉弁遅延は、燃焼室内圧力、吸気管内圧力、排気管内圧力、ガス流量等の外乱により変動する。これは、バルブ本体601の傘状部の表裏、すなわち燃焼室内外で圧力差が大きいと、バルブ本体601がその圧力差で押されるからである。このため、燃焼室内外で圧力差が大きいときに遅延を計測しても、その値は正確でない。
【0022】
また、排気バルブの開弁は、膨張行程中またはその直後に行われるため、燃焼室内は高圧となっている。このとき、クランク角度の変化に対して燃焼室内圧力は大きく変化する。よって、排気バルブの開弁に関しては、開弁を行ったクランク角度により遅延が変動する。このため、排気バルブの開弁遅延を正確に計測するのは困難である。
【0023】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、遅延補正値テーブルの作成が容易で、経時変化に対応することができ、正確な遅延補正値が得られるカムレスエンジン弁開閉制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記目的を達成するために本発明は、カムレスエンジンの各シリンダに吸気バルブ及び排気バルブが設けられ、各バルブに対してそれぞれ開弁パルス信号及び閉弁パルス信号を出力して各シリンダの吸排気を制御するカムレスエンジン弁開閉制御装置において、前記バルブのリフト量を検出するリフト量センサと、前記開弁パルス信号の出力から前記バルブのリフト量が開弁目標リフト量に到達するまでの時間である開弁遅延を計測する開弁遅延計測部と、前記閉弁パルス信号の出力から前記バルブのリフト量が閉弁目標リフト量に到達するまでの時間である閉弁遅延を計測する閉弁遅延計測部と、開弁遅延を補正するための開弁遅延補正値を記憶する開弁遅延補正値テーブルと、閉弁遅延を補正するための閉弁遅延補正値を記憶する閉弁遅延補正値テーブルと、前記開弁パルス信号を必要な開弁の時期より開弁遅延補正値だけ前に出力すると共に、前記閉弁パルス信号を必要な閉弁の時期より閉弁遅延補正値だけ前に出力する遅延補正部と、計測した開弁遅延に基づいて前記開弁遅延補正値テーブルの開弁遅延補正値を更新すると共に、計測した閉弁遅延に基づいて前記閉弁遅延補正値テーブルの閉弁遅延補正値を更新するテーブル更新部とを備えたものである。
【0025】
前記テーブル更新部は、前記開弁遅延補正値テーブルの開弁遅延補正値に対し、計測した開弁遅延との差が小さくなるように一定値を加算又は減算すると共に、前記閉弁遅延補正値テーブルの閉弁遅延補正値に対し、計測した閉弁遅延との差が小さくなるように一定値を加算又は減算してもよい。
【0026】
前記開弁遅延計測部及び前記閉弁遅延計測部は、アイドル運転時、エンジンブレーキ時、燃料噴射停止時のいずれかに計測を実行してもよい。
【0027】
1つのシリンダに2つの排気バルブが設けられ、前記開弁遅延計測部は、同一シリンダの一方の排気バルブについて開弁遅延を計測する前に、他方の排気バルブを開弁させることにより、当該シリンダの燃焼室内圧力を低下させておいてもよい。
【発明の効果】
【0028】
本発明は次の如き優れた効果を発揮する。
【0029】
(1)遅延補正値テーブルの作成が容易である。
【0030】
(2)経時変化に対応することができる。
【0031】
(3)正確な遅延補正値が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施形態を示すカムレスエンジン弁開閉制御装置の構成図である。
【図2】本発明における吸気バルブ開弁・閉弁及び排気バルブ閉弁の遅延学習の手順を示すフローチャートである。
【図3】本発明における排気バルブ開弁の遅延学習の手順を示すフローチャートである。
【図4】本発明の排気バルブ閉弁の遅延学習における早開けの原理を示す特性図である。
【図5】本発明における開弁遅延・閉弁遅延の学習順序をクランク角度に沿って示したタイミングチャートである。
【図6】弁開閉機構の構成図である。
【図7】(a)は可変リフト量を説明する図、(b)は開弁タイミング可変を説明する図、(c)は閉弁タイミング可変を説明する図である。
【図8】弁開閉制御のブロック図である。
【図9】遅延を説明する特性図である。
【図10】遅延補正値テーブルの図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0034】
本発明に係るカムレスエンジン弁開閉制御装置は、開弁パルス信号及び閉弁パルス信号の出力からリフト量センサ611で検出した実際の開弁及び閉弁までの時間差(遅延)を計測し、この計測した遅延とECM613のテーブルに記憶されている遅延補正値と比較し、遅延補正値を更新すること、すなわち学習を行うものである。学習は、遅延に影響を与える燃焼室内外圧力差が小さい運転条件下で実行する。燃焼室内圧力が大きく変化するエンジン行程中での排気バルブの学習に関しては、後に詳述する早期開弁で対応する。ハードウェア構成は図6で説明したものと同じであり、ECM613に書き込まれるソフトウェア及びテーブルを新規にすることで本発明は実現される。
【0035】
図1に示されるように、本発明に係るカムレスエンジン弁開閉制御装置(以下、弁開閉制御装置)101は、カムレスエンジンの各シリンダに吸気バルブ及び排気バルブが設けられ、各バルブに対してそれぞれ開弁パルス信号及び閉弁パルス信号を出力して各シリンダの吸排気を制御する弁開閉制御装置101である。既に述べたように、1つのシリンダに吸気バルブ及び排気バルブが2つずつ設けられ、1つのバルブについて図6の弁開閉機構が1つ設けられる。
【0036】
弁開閉制御装置101は、バルブのリフト量を検出するリフト量センサ611と、開弁パルス信号の出力からバルブのリフト量が開弁目標リフト量に到達するまでの時間である開弁遅延を計測する開弁遅延計測部102と、閉弁パルス信号の出力からバルブのリフト量が閉弁目標リフト量に到達するまでの時間である閉弁遅延を計測する閉弁遅延計測部103と、開弁遅延を補正するための開弁遅延補正値を記憶する開弁遅延補正値テーブル104と、閉弁遅延を補正するための閉弁遅延補正値を記憶する閉弁遅延補正値テーブル105と、開弁パルス信号を必要な開弁の時期より開弁遅延補正値だけ前に出力すると共に、閉弁パルス信号を必要な閉弁の時期より閉弁遅延補正値だけ前に出力する遅延補正部106と、計測した開弁遅延に基づいて開弁遅延補正値テーブル104の開弁遅延補正値を更新すると共に、計測した閉弁遅延に基づいて閉弁遅延補正値テーブル105の閉弁遅延補正値を更新するテーブル更新部107とを備える。
【0037】
開弁遅延計測部102、閉弁遅延計測部103、開弁遅延補正値テーブル104、閉弁遅延補正値テーブル105、遅延補正部106、テーブル更新部107は、ECM613内にソフトウェア及びメモリとして設けられる。
【0038】
ECM613は、従来同様、エンジン状態を表すエンジンパラメータに基づいて適切な開閉時期及びリフト量を求め、その開閉時期及びリフト量に基づいて開弁パルス信号及び閉弁パルス信号を生成するようになっている。遅延補正部106は、その開閉時期に対して遅延補正値を適用することになる。
【0039】
開弁遅延補正値テーブル104と閉弁遅延補正値テーブル105は、図10に示されるように、気筒ごとに吸気バルブIV#1、吸気バルブIV#2、排気バルブEV#1、排気バルブEV#2の欄を有し、各欄に遅延補正値(単位μs)が記憶される。従来は遅延補正値が固定値であったのに対し、本発明では遅延補正値が学習によって更新される。
【0040】
本実施形態では、テーブル更新部107は、開弁遅延補正値テーブル104の開弁遅延補正値に対し、計測した開弁遅延との差が小さくなるように一定値を加算又は減算すると共に、閉弁遅延補正値テーブル105の閉弁遅延補正値に対し、計測した閉弁遅延との差が小さくなるように一定値を加算又は減算するようになっている。
【0041】
本実施形態では、開弁遅延計測部102及び閉弁遅延計測部103は、アイドル運転時、エンジンブレーキ時、燃料噴射停止時のいずれかに計測を実行するようになっている。
【0042】
本実施形態では、開弁遅延計測部102は、同一シリンダの一方の排気バルブについて開弁遅延を計測する前に、他方の排気バルブを開弁させることにより、当該シリンダの燃焼室内圧力を低下させておくようになっている。
【0043】
図2に、吸気バルブ開弁・閉弁及び排気バルブ閉弁の遅延学習の手順を示す。
【0044】
手順は、大きく初期化、計測、更新のステージからなる。
【0045】
初期化のステージでは、ステップS21にて、時間カウンタをクリアする。時間カウンタは適宜な時間計測単位で時間をカウントして遅延を計測するためのカウンタである。
【0046】
計測のステージでは、ステップS22にて、パルス信号(開弁パルス信号又は閉弁パルス信号)を出力する。ステップS23にて、時間カウンタに時間計測単位の値を加算する。ステップS24にて、リフト量センサ611が検出するリフト量が開弁又は閉弁の目標リフト量に到達したかどうか判定する。NOであれば、時間計測単位の時間後に、ステップS23に戻る。ステップS24がYESであれば、更新のステージに進む。このとき、時間カウンタに表れている値が計測された遅延である。
【0047】
更新のステージでは、ステップS25にて、時間カウンタ値(開弁遅延又は閉弁遅延)がテーブル値(開弁遅延補正値又は閉弁遅延補正値)より大きいかどうか判定する。YESであれば、ステップS26にて、テーブル値に増加値を加算してテーブル値を更新する。増加値とは、一回の加算で極端に遅延補正値が増加しないよう、あらかじめ設定されている一定値である。ステップS25がNOであれば、ステップS27にて、時間カウンタ値がテーブル値より小さいかどうか判定する。YESであれば、ステップS28にて、テーブル値から減少値を減算してテーブル値を更新する。減少値とは、一回の減算で極端に遅延補正値が減少しないよう、あらかじめ設定されている一定値である。ステップS27がNOであれば、更新はしないで終了する。
【0048】
図3に、排気バルブ開弁の遅延学習の遅延学習の手順を示す。
【0049】
手順は、大きく初期化、燃焼室内圧力低下、計測、更新のステージからなる。初期化、計測、更新のステージは、図2と同様であるから、説明を省略する。
【0050】
燃焼室内圧力低下のステージでは、ステップS32にて、計測対象と反対の排気バルブを早期開弁する。計測対象と反対の排気バルブとは、例えば、計測対象のバルブが第1気筒の排気バルブEV#1であるとすると、第1気筒の排気バルブEV#2のことである。早期開弁とは、燃焼室内圧力を低下させるために、本来の開弁時期よりも一定時間だけ早い時期に開弁することである。ステップS33にて、一定時間が経過するのを待ち、一定時間が経過したら計測のステージに進む。
【0051】
以下、本発明の弁開閉制御装置1の動作を説明する。
【0052】
学習は、バルブが大気開放に近いエンジン状態、すなわち吸気管又は排気管と燃焼室との圧力差ができるだけ小さく、吸気量又は排気ガス量が少ないという条件が成立しているときを選んで行う。具体的には、アイドル運転時、エンジンブレーキ時、燃料噴射停止時がこれに相当する。
【0053】
弁開閉制御装置1は、エンジン状態が所望の条件を満たすと、学習を実行する。学習は、各気筒において、2つの吸気バルブIV#1及びIV#2と2つの排気バルブEV#1及びEV#2について、開弁遅延と閉弁遅延の学習を行うが、吸気バルブの開弁、閉弁及び排気バルブの閉弁時は燃焼室内圧力が低いので図2の手順を用いる。
【0054】
すなわち、開弁パルス信号又は閉弁パルス信号(図2中では、パルス信号)を出力してからリフト量が目標リフト量に到達するまでの時間を遅延として計測する。計測した遅延と、テーブルに記憶されている遅延補正値と比較して異なっていれば遅延補正値を更新する。このとき、計測した遅延をそのまま新しい遅延補正値にしてしまうと、センサノイズ等による異常値を計測してしまったときに誤学習となるおそれがある。そこで、誤学習を回避するべく、一定の増加値又は減少値(例えば、10μs)を加算又は減算する。これにより、遅延補正値の増減が緩やかになり、異常値の影響を排除できる。
【0055】
次に、排気バルブの開弁時は燃焼室内圧力が高いので、図3の手順を用いる。図3の手順では、最初に早期開弁による燃焼室内圧力の低下を行う。
【0056】
ここで、図4に示されるように、排気バルブの開弁は、膨張行程中またはその直後の排気行程で行われるため、燃焼室内は高圧となっている。このときクランク角度の変化に対して燃焼室内圧力は大きく変化する。この期間中に開弁を行うと、クランク角度により開弁遅延が大きく変動する。そこで、本発明では、エンジン運転に支障を及ぼさない範囲(例えばエンジンブレーキ等の燃料カット中)に、2つある排気バルブの片方を早いクランク角度にて早期開弁して燃焼室内圧力を低下させる。図示例では、計測対象ではない排気バルブEV#1を早期開弁することにより燃焼室内圧力を低下させている。その後、計測対象であるもう片方の排気バルブEV#2の開弁を行う。これにより、排気バルブEV#2が開弁時に受ける燃焼室内圧力が小さくなるので、開弁遅延の計測が正確になる。
【0057】
図5に、本発明における開弁遅延・閉弁遅延の学習順序をクランク角度に沿って示す。これに併せて、ピストンの軌跡と排気バルブ及び吸気バルブの代表的な軌跡を太線で示す。
【0058】
図示のように、クランク角度0°の排気上死点(Top Dead Center;TDC)より前の排気行程では、まず、排気バルブEV#2が早期開弁され、その後、排気バルブEV#1の開弁遅延学習が行われる。排気バルブEV#1と排気バルブEV#2の閉弁は同時であり、このときそれぞれ閉弁遅延学習が行われる。
【0059】
クランク角度0°の排気TDC後の吸気行程では、吸気バルブIV#1と吸気バルブIV#2の開弁遅延学習と閉弁遅延学習が行われる。
【0060】
クランク角度360°の圧縮TDC後の膨張行程を経て、排気行程にて排気バルブEV#1が早期開弁され、その後、排気バルブEV#2の開弁遅延学習が行われる。このようにして、1エンジンサイクルごとに、2つの排気バルブを交替で1回ずつ閉弁遅延学習する。
【0061】
以上説明したように、本発明の弁開閉制御装置101によれば、開弁遅延補正値と閉弁遅延補正値をテーブルに記憶しておき、開弁パルス信号及び閉弁パルス信号を必要な時期の遅延補正値だけ前に出力するようにしたので、弁開閉機構のバラツキに対応して所望した時期に正確にバルブ開閉ができる。これに加えて、開弁遅延及び閉弁遅延を計測して開弁遅延補正値及び閉弁遅延補正値を更新するようにしたので、経時変化にも対応して正確にバルブ開閉ができる。この結果、いつでもエンジンに望ましい正確な時期にバルブ開閉を行うことができるようになり、燃費特性、排気ガス特性、出力トルク特性の改善が期待できる。
【0062】
本発明の弁開閉制御装置101によれば、開弁遅延補正値テーブル104及び閉弁遅延補正値テーブル105は学習によって更新されるので、初期値は画一的な値とすることができる。よって、従来の固定値のテーブルのように精密な実験を重ねてテーブルを作成する必要がなくなり、テーブルの作成が容易となる。
【0063】
本発明の弁開閉制御装置101によれば、アイドル運転時、エンジンブレーキ時、燃料噴射停止時など、吸気管又は排気管と燃焼室との圧力差が小さいときに遅延を計測するので、正確な計測が可能となる。
【0064】
本発明の弁開閉制御装置101によれば、1つのシリンダにある2つの排気バルブのうち、計測対象でない排気バルブを早期開弁して燃焼室内圧力を低下させてから、計測対象の排気バルブを開弁させて遅延を計測するようにしたので、排気バルブの開弁遅延の正確な計測が可能となる。
【符号の説明】
【0065】
101 弁開閉制御装置
102 開弁遅延計測部
103 閉弁遅延計測部
104 開弁遅延補正値テーブル
105 閉弁遅延補正値テーブル
106 遅延補正部
107 テーブル更新部
601 バルブ本体
603 油圧制御室
604 開弁用電磁弁
607 閉弁用電磁弁
611 リフト量センサ
613 ECM

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カムレスエンジンの各シリンダに吸気バルブ及び排気バルブが設けられ、各バルブに対してそれぞれ開弁パルス信号及び閉弁パルス信号を出力して各シリンダの吸排気を制御するカムレスエンジン弁開閉制御装置において、
前記バルブのリフト量を検出するリフト量センサと、
前記開弁パルス信号の出力から前記バルブのリフト量が開弁目標リフト量に到達するまでの時間である開弁遅延を計測する開弁遅延計測部と、
前記閉弁パルス信号の出力から前記バルブのリフト量が閉弁目標リフト量に到達するまでの時間である閉弁遅延を計測する閉弁遅延計測部と、
開弁遅延を補正するための開弁遅延補正値を記憶する開弁遅延補正値テーブルと、
閉弁遅延を補正するための閉弁遅延補正値を記憶する閉弁遅延補正値テーブルと、
前記開弁パルス信号を必要な開弁の時期より開弁遅延補正値だけ前に出力すると共に、前記閉弁パルス信号を必要な閉弁の時期より閉弁遅延補正値だけ前に出力する遅延補正部と、
計測した開弁遅延に基づいて前記開弁遅延補正値テーブルの開弁遅延補正値を更新すると共に、計測した閉弁遅延に基づいて前記閉弁遅延補正値テーブルの閉弁遅延補正値を更新するテーブル更新部とを備えたことを特徴とするカムレスエンジン弁開閉制御装置。
【請求項2】
前記テーブル更新部は、前記開弁遅延補正値テーブルの開弁遅延補正値に対し、計測した開弁遅延との差が小さくなるように一定値を加算又は減算すると共に、前記閉弁遅延補正値テーブルの閉弁遅延補正値に対し、計測した閉弁遅延との差が小さくなるように一定値を加算又は減算することを特徴とする請求項1記載のカムレスエンジン弁開閉制御装置。
【請求項3】
前記開弁遅延計測部及び前記閉弁遅延計測部は、アイドル運転時、エンジンブレーキ時、燃料噴射停止時のいずれかに計測を実行することを特徴とする請求項1又は2記載のカムレスエンジン弁開閉制御装置。
【請求項4】
1つのシリンダに2つの排気バルブが設けられ、
前記開弁遅延計測部は、同一シリンダの一方の排気バルブについて開弁遅延を計測する前に、他方の排気バルブを開弁させることにより、当該シリンダの燃焼室内圧力を低下させておくことを特徴とする請求項1〜3いずれか記載のカムレスエンジン弁開閉制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−26300(P2012−26300A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−163221(P2010−163221)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】