説明

グリース密封型転がり軸受

【課題】内輪のシール溝に溜まった泥水を外部に排出しやすくシール性の低下を防止できるシール構造を有し、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できるグリース密封型転がり軸受を提供する。
【解決手段】内輪1の転走面5の側方に形成されたシール溝7と、シール部材4の内周側先端部に主リップと、ラビリンスリップとを有し、軸受空間にグリース28を封入したグリース密封型転がり軸受であって、主リップにシール溝7に対向する内周面を設けるとともに、ラビリンスリップの内周側にラビリンスリップの先端に向って徐々に拡径するよう形成された傾斜面を設けた軸受構成とし、グリース28は、基油と増ちょう剤とからなるベースグリース 100 重量部に対して、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を 0.05〜10 重量部配合してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグリース密封型転がり軸受に関し、特にオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受や、モータ用の転がり軸受として使用されるグリース密封型転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各種機械装置の回転軸支持部には、軸受内部のグリースが外部に漏れるのを防止するとともに、外部からの異物の侵入を防止するために密封型転がり軸受が採用されている。
【0003】
この密封型転がり軸受は、図3に示すように、外径面に転走面34を有する内輪30と、内径面に転走面35を有する外輪31と、この両輪30、31の転走面34、35との間に介在させた複数の転動体32と、上記内輪30および外輪31の両端面に装着された環状のシール部材33とから構成される。
上記内輪30の転走面34の両側方に周方向のシール溝36が形成され、このシール溝36と内輪30の端部との間に肩部41(図4)が設けられる。上記各シール溝36に対向する外輪31の内周面に係止溝37が形成され、この係止溝37に上記シール部材33の外周部が圧入固定される。
【0004】
上記シール部材33は、図4に示すように、弾性体を芯金で補強したものであり、その内周部にシールリップ38が設けられる。このシールリップ38の内周部には、シール溝36の転走面側溝壁40に摺接する主リップ39と、内輪30の肩部41に対向してラビリンスシール44を形成するラビリンスリップ42とが設けられる。
上記主リップ39とラビリンスリップ42との間に凹部45が設けられ、この凹部45により主リップ39は、その肉厚が薄く形成される。主リップ39がその肉厚を薄く形成されることにより柔軟性が付与され、摺接するシール溝36の転走面側溝壁40に対する追従性が高まる。これにより、軸受内部のグリースがシール溝36に漏出することを防止し、さらに、外部からの異物や泥水などの軸受内部への侵入を防止することができる。
また、上記ラビリンスリップ42は、内輪30の肩部41に対向してラビリンスシール44が形成されたものであり、外部からシール溝36への異物や泥水などの侵入を防止する(特許文献1 図1参照)。
【0005】
上記の密封型転がり軸受のシール部材33のシールリップ38の構造は、軸受内部のグリースがシール溝36に漏出することを防止するとともに、外部から軸受内部への泥水や異物などの侵入を防止する目的としたものである。このため、上記シール溝36に溜まった泥水などを軸受外部に排出させることの考慮がなされていない構造であった。すなわち、この構造では、シール溝36に溜まりシールリップ38に付着した泥水をシール部材33の回転による遠心力で軸受外部に排出させようとしても、上記シールリップ38の主リップ39とラビリンスリップ42との間の凹部45の存在によって、泥水の排出が妨げられる。このため、泥水をシール溝36から外部へ排出することが難しいという問題があった。
また、上記シール溝36に溜まった泥水が排水されないと、泥水により主リップ39の磨耗が進み、シール性が低下するという問題もあった。
【0006】
さらに、密封型転がり軸受を採用する電磁クラッチは、150℃前後の高温で使用され、その密封型転がり軸受やその構成部材であるシール部材にも耐熱性が求められる。しかし、上記密封型転がり軸受のシール部材には、通常、ニトリルゴムが用いられ、その耐熱温度が 120℃前後であるため、耐熱性に問題があった。
また、上記電磁クラッチは、自動車のエンジンルーム内に配置され、様々な油、薬品に接する機会が多いため、その密封型転がり軸受やその構成部材であるシール部材に優れた耐薬品性が求められる。
【0007】
また、これらの転がり軸受には、その潤滑には主としてグリースが用いられている。ところが、高温下での高速回転等使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じ、問題になっている。
この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離と異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、水素が原因の水素脆性による剥離と考えられている。このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法として、例えばグリースに不動態化剤を添加する方法が知られている(特許文献2参照)。またグリース組成物にビスマスジチオカーバメートを添加する方法が知られている(特許文献3参照)。
しかしながら、近年、自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータ等では、高温下で、高速運転−急減速運転−急加速運転−急停止が頻繁に行なわれる等、ますます転がり軸受の使用条件が過酷化され、不動態化剤やビスマスジチオカーバメートを添加する方法では剥離現象を防ぐ対策として不十分になってきている。特に、上述したように接触シールのシール性が低下する場合では、グリースが漏洩し、この剥離現象がより発生しやすくなるという問題がある。
【特許文献1】特開2001−140907号公報
【特許文献2】特開平3−210394号公報
【特許文献3】特開2005−42102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような問題に対処するためになされたものであり、内輪のシール溝に溜まった泥水を外部に排出しやすくシール性の低下を防止できるシール構造を有し、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できるグリース密封型転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のグリース密封型転がり軸受は、内輪と外輪の両転走面間に転動体が介在され、上記内輪の転走面の側方に形成されたシール溝と、上記内輪の端部との間に肩部が形成され、上記シール溝に対向する上記外輪の内周面に上記内、外輪間の軸受空間を密封するシール部材が装着され、そのシール部材の内周部に上記シール溝の転走面側溝壁に接触する主リップと、上記肩部の上方に突き出すラビリンスリップとが設けられ、上記軸受空間にグリースを封入したグリース密封型転がり軸受であって、上記シール部材の内周側先端部に上記主リップとラビリンスリップとが設けられ、上記主リップに上記シール溝に対向する内周面が設けられるとともに、上記ラビリンスリップの内周側に上記ラビリンスリップの先端に向って徐々に拡径するよう形成された傾斜面が設けられ、上記グリースは、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなり、上記添加剤はアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を含有し、該アルミニウム系添加剤の配合割合はベースグリース 100 重量部に対して 0.05 重量部〜10 重量部であることを特徴とする。
【0010】
上記ラビリンスリップの傾斜面の傾斜角度αが、上記肩部の外周面に対して 10 度から 40 度に設定されたことを特徴とする。
また、上記ラビリンスリップの傾斜面は、その軸方向内端部に上記シール溝の肩部側溝壁に向かって突き出す段差部が設けられ、この段差部を経て上記主リップの内周面に連続して設けられたことを特徴とする。
【0011】
上記シール部材が、弾性体を芯金で補強したものであることを特徴とする。
また、上記シール部材の弾性体が、水素添加ニトリルゴムまたは耐エステルアクリルゴムであることを特徴とする。
【0012】
上記主リップは、上記シール溝の軌道側溝壁に向かい合う傾斜壁面と、上記シール溝に対向する内周面とから形成され、上記傾斜壁面と内周面とのなす角度βが 40 度から 75 度に設定されたことを特徴とする。
また、上記シール溝の転走面側溝壁の、上記内輪の軸方向と直交する方向に対する角度γが 2 度から 6 度に設定されたことを特徴とする。
また、上記主リップの上記シール溝の転走面側溝壁に対する軸方向の締め代をXと、上記シール溝の転走面側溝壁に対する上記主リップの押し付け力をYとし、Y/Xが 4 N/mm から 10 N/mm に設定されたことを特徴とする。
【0013】
上記アルミニウム化合物は、炭酸アルミニウムおよび硝酸アルミニウムから選ばれた少なくとも一つの化合物であることを特徴とする。
また、上記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする。
また、上記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明のグリース密封型転がり軸受は、上記構成とすることで、シール部材の内周部に設けられた主リップの、シール溝の転走面側溝壁に対する追従性を維持し、シール性を的確に確保するので、封入したグリースを漏洩することなく転走面の潤滑に寄与させることができる。さらに、摩擦摩耗面または摩耗により露出した金属新生面においてグリースに配合したアルミニウム系添加剤が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム被膜が軸受転走面に生成し、各種産業機械に使用される軸受で見られる水素脆性等による特異な剥離の発生を抑制することができる。これらの結果、軸受の長寿命化について飛躍的な向上を図ることができる。
このため、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受として好適に利用できる。
【0015】
また、上記ラビリンスリップの傾斜面の傾斜角度αを、上記肩部の外周面に対して 10 度から 40 度に設定することにより、シール溝に溜まった泥水が、シール部材の回転による遠心力によってラビリンスリップの傾斜面に沿って軸方向外向きに移動し、軸受外部に容易に排出されやすくなり、シール性を向上させることができる。
【0016】
また、本発明のグリース密封型転がり軸受は、上記構成に加えて(1)上記主リップに設けられた、シール溝の転走面側溝壁にリップシール内周面との角度βの傾斜で向かい合う傾斜壁面、(2)上記内輪の軸方向と直交する方向に角度γで傾斜して設けられた転走面側溝壁、(3)上記転走面側溝壁に所定の押し付け力で押し付けられて設けられた主リップ、等の構成を有するので、内周面に対して傾斜を有する主リップが剛性を保ちつつ所定の接触面積や接触圧を持って転走面側溝壁に密着でき、シール性を向上させることができる。その結果、軸受外へのグリースの漏出と軸受内への泥水等の侵入とを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
シール性能の低下を十分に防止できるようにし、かつ、グリース封入軸受において水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できるグリース密封型転がり軸受を得るべく鋭意検討を行なった。検討の結果、内輪の転走面の側方に形成されたシール溝と、シール部材の内周側先端部に主リップと、ラビリンスリップとを有し、軸受空間にグリースを封入した転がり軸受において、主リップにシール溝に対向する内周面を設けるとともに、ラビリンスリップの内周側にラビリンスリップの先端に向って徐々に拡径するよう形成された傾斜面を設けた軸受構成とし、グリースとして、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースにアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を配合したものを採用したグリース密封型転がり軸受は、軸受寿命が飛躍的に向上することがわかった。
【0018】
シール構造を上記構成とすることで、軸受内部のグリースがシール溝に漏出することを防止し、さらに、外部からの異物や泥水などの軸受内部への侵入を防止することができる。また、傾斜角度を規定すると、シール溝に溜まった泥水が、シール部材の回転による遠心力によってラビリンスリップの傾斜面に沿って軸方向外向きに移動し、軸受外部に容易に排出されやすい。また、主リップに設けられた、シール溝の転走面側溝壁にリップシール内周面との角度βの傾斜で向かい合う傾斜壁面、内輪の軸方向と直交する方向に角度γで傾斜して設けられた転走面側溝壁、転走面側溝壁に所定の押し付け力で押し付けられて設けられた主リップ、等の構成を有すると、シール性をより向上させることができる。
【0019】
これらの結果、グリース漏れによるグリース量低下で生じる油膜切れで生じる摩耗に起因する転走面の活性化、または、グリース量低下による早期のグリース劣化で生じる摩耗に起因する軸受転走面の活性化を防止できる。さらに、軸受転走面が活性化、すなわち軸受転走面において、摩擦摩耗面または摩耗により金属新生面が露出したとしても、グリースに配合したアルミニウム系添加剤が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム被膜が軸受転走面に生成され、白色組織変化を伴った特異的な剥離の発生を抑制することができる。
以上のように、本発明では、シール性能の向上と、軸受転走面でのアルミニウム被膜の生成との作用により、封入したグリースを漏洩することなく軌道輪の潤滑に寄与させる効果と、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を防止する効果とを個別に引き出すのではなく、それぞれの作用の重なりにより、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を防止する効果を相乗的に発揮させることができ、軸受寿命が飛躍的に向上するものと考えられる。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0020】
本発明のグリース密封型転がり軸受では、内輪と外輪の両転走面間に転動体が介在され、内輪の転走面の側方に形成されたシール溝と、内輪の端部との間に肩部が形成され、シール溝に対向する外輪の内周面にシール部材が装着され、そのシール部材の内周部にシール溝の転走面側溝壁に接触する主リップと、肩部の上方に突き出すラビリンスリップとが設けられた転がり軸受において、シール部材の内周側先端部に主リップとラビリンスリップとが設けられ、主リップにシール溝に対向する内周面が設けられるとともに、ラビリンスリップの内周側にラビリンスリップの先端に向って徐々に拡径するよう形成された傾斜面が設けられたシール構造を採用している。
また、上記の構成において、上記主リップまたはラビリンスリップあるいはこれらの境界を含む双方から外径側に向って薄肉に形成されたくびれ部をさらに形成してもよい。
【0021】
上記構成によると、上記シール部材の内周部のくびれ部は、肉厚が薄く形成され軸方向に弾性変形するので、このくびれ部の先端部に設けられた主リップは、摺接するシール溝の転走面側溝壁に対する追従性が維持される。これにより、軸受内部のグリースがシール溝に漏出することを防止し、さらに、外部からの異物や泥水などの軸受内部への侵入を防止することができる。
また、上記くびれ部を形成したことで、主リップの柔軟性を付与するための凹部を形成する必要がなくなる。このため、上記シール部材のラビリンスリップの内周部に傾斜面が設けられ、この傾斜面に上記主リップの内周面を連続して設けられる。これにより、シール溝に溜まった泥水が、シール部材の回転による遠心力で主リップの内周面からラビリンスリップの傾斜面に沿って移動し軸受外部に排出される。
【0022】
上記の構成において、上記ラビリンスリップの傾斜面は、上記内輪の肩部の外周面に対する傾斜角度αが 10 度から 40 度に設定される。このように傾斜角度αを規定すると、シール溝に溜まった泥水が、シール部材の回転による遠心力によってラビリンスリップの傾斜面に沿って軸方向外向きに移動し、軸受外部に容易に排出されやすい。
このように傾斜角度αを規定したのは、この傾斜角度αが 10 度未満となると、シール部材の回転によって泥水に作用する遠心力が小さくなるため、この泥水が十分に排出されず、また、上記傾斜角度αが 40 度を越えると、上記肩部およびシール溝の肩部側溝壁と、上記ラビリンスリップの傾斜面とのすき間が広くなり、このラビリンスリップにより形成されるラビリンスシールのシール性が低下するからである。
【0023】
また、上記ラビリンスリップの傾斜面は、その軸方向内端部に上記シール溝の肩部側溝壁に向かって突き出す段差部が設けられ、この段差部を経て上記主リップの内周面に連続して設けられた構成としてもよい。上記段差部がシール溝の肩部側溝壁に向かって突き出しているので、上記ラビリンスリップにより形成されるラビリンスシールに狭窄部分が形成され、このラビリンスシールによるシール性が確保される。
【0024】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
本発明の実施形態1のグリース密封型転がり軸受を図1および図2に示す。この実施形態1のグリース密封型転がり軸受は、図1に示すように、外周面に転走面5を有する内輪1と、内周面に転走面6を有する外輪2と、内外輪1、2の転走面5、6の間に介在された複数の転動体3と、内輪1および外輪2の軸方向両端面に装着され、内外輪1、2の間を封止する環状のシール部材4とから構成される。密封された内、外輪間の軸受空間に後述するアルミニウム系添加剤を配合したグリース28が封入されている。
上記内輪1の転走面5の両側方に周方向のシール溝7が形成され、この各シール溝7に向かい合う外輪2の内周面に係止溝8が形成される。この係止溝8にシール部材4の外周縁部9が圧入固定される。
【0025】
上記シール溝7は、図2に示すように、内輪1の転走面5側の溝壁14(以下、転走面側溝壁14という。)と、底面21と、上記係止溝8と内輪1の端部との間に形成される肩部15側の溝壁23(以下、肩部側溝壁23という。)とから形成され、この肩部側溝壁23が、軸方向外向きに傾斜し上記肩部15の外周面24と連続して形成される。
【0026】
上記シール部材4は、合成ゴム等からなる弾性体11を芯金10により補強したものである。上記弾性体11に用いられる合成ゴム等として、水素添加ニトリルゴム、または耐エステルアクリルゴムを採用することができる。水素添加ニトリルゴムは、シール部材として一般的に用いられるニトリルゴムと比較して耐熱性に優れ、耐薬品性にも問題がないため、安定した性状を維持し、かつ、より高温での使用ができる。また、耐エステルアクリルゴムは、水素添加ニトリルゴムと同様にニトリルゴムと比較して耐熱性に優れ、アクリルゴムのエステル油やエアコンのコンプレッサーオイル等の薬品に対する耐薬品性を向上させたものであるため、安定した性状を維持し、かつ、より高温での使用ができる。
【0027】
上記シール部材4は、その内周部の上記弾性体11の部分にその肉厚が薄いくびれ部12が形成される。このくびれ部12は、後述する主リップ16またはラビリンスリップ17あるいはこれらの境界を含む双方から外径側に向って薄肉に形成されたものである。このくびれ部12の内周側の先端部にはシールリップ13が設けられ、これは上記シール溝7の転走面側溝壁14に接触させた主リップ16と、上記肩部15の上方に突き出すラビリンスリップ17とからなる。
【0028】
上記主リップ16は、上記シール溝7の転走面側溝壁14と向かい合い外向きに拡径する傾斜壁面19と、この傾斜壁面19よりも径方向内側に位置し、シール溝7の上記底面21に対向する内周面20と、上記傾斜壁面19と内周面20とを連続させる先端部27とから形成される。
【0029】
このように構成されるシール部材4の外周縁部9(図1)が、外輪2のシール部材係止溝8(図1)に圧入固定されると、上記主リップ16の先端部27がシール溝7の転走面側溝壁14に摺接する。上記主リップ16は、肉厚を薄く形成されたくびれ部12の先端部に設けられ、このくびれ部12が軸方向に弾性変形するので、摺接する上記シール溝7の転走面側溝壁14に対する追従性が維持される。これにより、軸受内部のグリースがシール溝7に漏出することを防止し、さらに、外部からの異物や泥水などの軸受内部への侵入を防止することができる。
【0030】
上記ラビリンスリップ17は、上記肩部15からシール溝7の肩部側溝壁23に至る範囲に向かい合いラビリンスシール18が形成されるものである。その内周部には内向きに縮径する傾斜面22が設けられる。この傾斜面22は、上記内輪1の肩部15の外周面24に対する傾斜角度αが 10 度〜40 度に設定される。このラビリンスリップ17の傾斜面22の傾斜角度αがこのように設定されると、上記ラビリンスリップ17の傾斜面22に付着した泥水が、シール部材4の回転による遠心力によってその傾斜面22に沿って軸方向外向きに移動し、軸受外側に排出される。
【0031】
上記のように傾斜角度αを規定したのは、この傾斜角度αが 10 度未満となると、シール部材4の回転による遠心力がラビリンスリップ17に付着した泥水に十分に作用しないため、その泥水が排出されにくくなるからである。また、上記傾斜角度αが 40 度をこえると、上記内輪1の肩部15の外周面24と、上記ラビリンスリップ17の傾斜面22とのすき間が広くなり、ラビリンスシール18によるシール性が低下するからである。
【0032】
また、上記ラビリンスリップ17は、その先端部が上記シール溝7の肩部側側壁23寄りに設けられる。このようにすることで、このラビリンスリップ17の先端部が内輪1の端部寄りに設けられた場合よりも、このラビリンスリップ17に付着した泥水が、シール部材4の回転による遠心力でその傾斜面22を移動する距離が短くなり、シール溝7内に溜まった泥水がより排出されやすい。
【0033】
また、上記主リップ16の内周面20と、上記ラビリンスリップ17の傾斜面22との間に段差部25が設けられ、この段差部25は、上記シール溝7の肩部側溝壁23に向かって突き出して設けられる。これにより、上記主リップ16の内周面20は、段差部25を経てラビリンスリップの傾斜面22へと連続して形成されるので、シール溝7に溜まった泥水が、シール部材4の回転による遠心力でラビリンスリップ17の傾斜面22に沿って軸受外部に排出されやすい。
【0034】
さらに、上記段差部25が突き出して設けられると、主リップ16の内周面20の外周縁部とシール溝7の肩部側溝壁23との間に狭窄部分が形成される。この狭窄部分によってラビリンスシール18によるシール性を確保することができる。また、上記シール溝7と内輪1の肩部15との境界の山部26と、上記ラビリンスリップ17の傾斜面22との間にも狭窄部分が形成されるので、さらに、ラビリンスシール18によるシール性を確保することができる。
【0035】
次に、本発明の実施形態2のグリース密封型転がり軸受に用いられるシールリップを図7を用いて説明する。
図7に示すシールリップを有するグリース密封型転がり軸受は、上記シール部材4の主リップ16の上記傾斜壁面19と内周面20とのなす角度βが設定されたものであり、その他の構成は図1と同様である。すなわち、上記シール部材4の主リップ16は、その傾斜壁面19と内周面20とのなす角度βが 40 度から 75 度に設定されたものである。
【0036】
上記のように角度βを規定したのは、この角度βが 40 度未満となると、主リップ16の先端部27が鋭利となり、この先端部27の剛性が低下する恐れがあるからである。また、上記角度βが 75 度をこえると、主リップ16の先端部27のシール溝7の転走面側溝壁14に対する接触面積が大きくなり、主リップ16の接触圧が低下し、主リップ16によるシール性が低下するからである。
【0037】
次に、本発明の実施形態3のグリース密封型転がり軸受に用いられるシールリップを図8に示す。
図8に示すシールリップを有するグリース密封型転がり軸受は、上記シール溝7の転走面側溝壁14の、上記内輪1の軸方向と直交する方向に対する角度γが設定されたものであり、その他の構成は図1と同様である。すなわち、上記シール溝7の転走面側溝壁14の、上記内輪1の軸方向と直交する方向に対する角度γが 2 度から 6 度に設定されたものである。
【0038】
上記のように角度γを規定すれば、転がり軸受に組み込まれたシール部材4の中心軸とその転がり軸受の回転軸とのずれを小さくし、主リップ16の先端部がシール溝7の転走面側溝壁14に摺接する際、主リップ16の軸方向の締め代の変化量を小さくすることができる。これにより、主リップ16の先端部27の、転走面側溝壁14に対する接触圧のばらつきを抑えることができる。
また、上記のように角度γを規定したのは、この角度γが 2 度未満では、切削加工時の切り屑が排出されにくくなり、切削加工性が低下するからである。また、上記角度γが 6 度をこえると、主リップ16の先端部27の、シール溝7の転走面側溝壁14に対する接触面積が小さくなり、主リップ16によるシール性が低下するからである。
【0039】
次に、本発明の実施形態4のグリース密封型転がり軸受に用いられるシールリップを図9に示す。
図9に示すシールリップを有するグリース密封型転がり軸受は、上記主リップ16の先端部27の、上記シール溝7の転走面側溝壁14に対する軸方向の締め代をX(弾性変形量)とし、上記シール溝7の転走面側溝壁14に対する主リップ16の押し付け力をYとし、Y/Xが 4 N/mm から 10 N/mm となるように設定されたものである。その他の構成は図1と同様である。
【0040】
上記のようにY/Xの値を規定することにより、主リップ16の上記シール溝7の転走面側溝壁14に対する接触圧を所要の値にして、弾性変形を起こりにくくすることができる。このようにY/Xの値を規定したのは、このY/Xの値が 4 N/mm 未満では、主リップ16の剛性が低くなり過ぎるため、上記の接触圧が低くなり、十分なシール性を確保することができないからである。また、上記Y/Xの値が 10 N/mm をこえると、主リップ16の剛性が高くなるため、わずかな変形量により上記接触圧の変動が大きくなり安定したシール性を得にくくなるからである。
【0041】
さらに、上記段差部25が突き出して設けられると、主リップ16の内周面20の外周縁部とシール溝7の肩部側溝壁23との間に狭窄部分が形成される。この狭窄部分によってラビリンスシール18によるシール性を確保することができる。また、上記シール溝7と内輪1の肩部15との境界の山部26と、上記ラビリンスリップ17の傾斜面22との間にも狭窄部分が形成されるので、さらに、ラビリンスシール18によるシール性を確保することができる。
【0042】
本発明のグリース封入転がり軸受は、上記のシール構造を採用することに加えて、アルミニウム系添加剤を配合したグリースを使用することを特徴としている。
本発明に用いるアルミニウム系添加剤は、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つである。アルミニウム化合物としては、炭酸アルミニウム、硫化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウムおよびその水和物、硫酸アルミニウム、フッ化アルミニウム、臭化アルミニウム、よう化アルミニウム、酸化アルミニウムおよびその水和物、水酸化アルミニウム、セレン化アルミニウム、テルル化アルミニウム、りん酸アルミニウム、りん化アルミニウム、アルミン酸リチウム、アルミン酸マグネシウム、セレン酸アルミニウム、チタン酸アルミニウム、ジルコン酸アルミニウム等の無機アルミニウム、安息香酸アルミニウム、クエン酸アルミニウム等の有機アルミニウムが挙げられる。これらアルミニウム系添加剤は、単独で、または2種類以上を混合してグリースに添加してもよい。
本発明において特に好ましいのは、耐熱耐久性に優れ、熱分解しにくいため、極圧性効果の高いアルミニウム粉末である。
【0043】
アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース 100 重量部に対して 0.05 重量部 〜10 重量部である。すなわち、(1)アルミニウム系添加剤がアルミニウム粉末のみである場合、ベースグリース 100 重量部に対してアルミニウム粉末を 0.05〜10 重量部、(2)アルミニウム系添加剤がアルミニウム化合物のみである場合、ベースグリース 100 重量部に対してアルミニウム化合物を 0.05〜10 重量部、(3)アルミニウム系添加剤がアルミニウム粉末とアルミニウム化合物とである場合、ベースグリース 100 重量部に対して、アルミニウム粉末とアルミニウム化合物とを合せて 0.05〜10 重量部配合する。
アルミニウム系添加剤の配合割合が 0.05 重量部未満であると水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できない。また 10 重量部をこえても剥離防止効果がそれ以上に向上しない。
【0044】
本発明に使用できる基油としては、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱油、高度精製鉱油、流動パラフィン、ポリブテン、フィッシャー・トロプシュ法により合成されたGTL油、ポリ-α-オレフィン油、アルキルナフタレン、脂環式化合物等の炭化水素系合成油、または、天然油脂、ポリオールエステル油、りん酸エステル油、ポリマーエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン油、フッ素化油等の非炭化水素系合成油等を使用できる。これら基油は単独で、または 2 種類以上組み合せて用いることができる。
これらの中で、耐熱性と潤滑性に優れたアルキルジフェニルエーテル油、または、ポリ-α-オレフィン油を用いることが好ましい。
【0045】
本発明に使用できる増ちょう剤としては、ベントン、シリカゲル、フッ素化合物、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられる。
これらの中で、耐熱性、コスト等を考慮するとウレア系化合物が望ましい。
【0046】
ウレア系化合物は、イソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させることにより得られる。反応性のある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基とアミン化合物のアミノ基とは略当量となるように配合することが好ましい。
【0047】
ジウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミンとの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン、アニリン、p-トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。ポリウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられ、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン、ジアミノジフェニルメタン等が挙げられる。
【0048】
基油にウレア系化合物等の増ちょう剤を配合して、上記アルミニウム系添加剤等を配合するためのベースグリースが得られる。ウレア系化合物を増ちょう剤とするベースグリースは、基油中でイソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させて作製する。
ベースグリース 100 重量部中に占める増ちょう剤の配合割合は、1〜40 重量部、好ましくは 3 〜25 重量部配合される。増ちょう剤の含有量が 1 重量部未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、 40 重量部をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
【0049】
また、アルミニウム系添加剤とともに、必要に応じて公知のグリース用添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系、フェノール系化合物等の酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、有機モリブデンなどの摩擦低減剤、エステル、アルコールなどの油性剤、りん系化合物などの摩耗防止剤等が挙げられる。これらを単独で、または 2 種類以上組み合せて添加できる。
【0050】
本発明のグリース封入転がり軸受は、シール性を的確に確保できるシール構造と、アルミニウム系添加剤を含有するグリースの封入とにより、軸受転走面における水素脆性による特異な剥離の発生を効果的に抑制することができる。このため、玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受等も長寿命の軸受として使用することができる。
【実施例】
【0051】
ラビリンスリップの傾斜角度等とシール性との関係を明確にするため、以下に示すシールリップの構造を有する転がり軸受を用いて、以下に示す泥水試験に供し、泥水浸入防止性能および泥水排出性能を検証した。
【0052】
参考実施例1〜参考実施例2
ラビリンスリップ17の傾斜面22と、内輪1の肩部15の外周面24とのなす傾斜角度αが表1に示す角度に設定されたもの(図2参照)。
【0053】
参考比較例1
図5に示すように、上記角度αが 0 度(ラビリンスリップ17の傾斜面22と肩部15の外周面24とが平行)に設定されたもの。他の構造は参考実施例1と同様である。
【0054】
参考比較例2
図6に示すように、上記角度αがマイナス 20 度(ラビリンスリップ17の傾斜面22が外向きに縮径し、肩部15の外周面24に対する傾斜角度が 20 度)に設定されたもの。他の構造は参考実施例1と同様である。
【0055】
参考実施例3〜参考実施例5、参考比較例3〜参考比較例4
ラビリンスリップ17の傾斜面22と、内輪1の肩部15の外周面24とのなす傾斜角度αが 40 度で、主リップの傾斜壁面角度βが表2に示す角度に設定されたもの。(図7参照)。
【0056】
参考実施例6〜参考実施例7、参考比較例5〜参考比較例7
ラビリンスリップ17の傾斜面22と、内輪1の肩部15の外周面24とのなす傾斜角度αが 40 度で、シール溝の転走面側溝壁の傾斜壁面角度γが表3に示す角度に設定されたもの(図8参照)。
【0057】
参考実施例8〜参考実施例9、参考比較例8〜参考比較例10
ラビリンスリップ17の傾斜面22と、内輪1の肩部15の外周面24とのなす傾斜角度αを 40 度に設定し、さらに主リップ16の先端部27の、シール溝7の転走面側溝壁14に対する軸方向の締め代をXとし、シール溝7の転走面側溝壁14に対する主リップ16の押し付け力をYとし、Y/Xが 表4に示す値に設定されたもの(図9参照)。
【0058】
<泥水試験>
参考実施例1〜参考実施例9および参考比較例1〜参考比較例10のシールリップの構造を有する密封型深溝玉軸受を用いて、下記の運転条件にて運転し、運転中に下記の泥水を所定時間噴霧し、試験後の軸受内部における泥水の残留状態を確認した。結果を表1〜表4に併記する。
泥水が残留しなかったものは泥水排出性能に優れていると評価して「○」印を、水分(水滴)のみ浸入したものは可と評価して「△」印を、泥水が残留したものは不可と評価して「×」印を記録する。
【0059】
[運転条件]
泥水:関東ローム粉JIS8種(泥分濃度10重量%)
回転速度:2000 rpm
試験時間: 3 時間
[シール部材]
材質:合成ゴム(NBR(アクリロニトリル・ブタジエン・ラバー))
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
【表4】

【0064】
表1に示すように、傾斜角度αが 40 度の参考実施例1、および 10 度の参考実施例2のいずれの場合も、泥水が残留せず、軸受のシール溝に溜まった泥水の排水がされやすいものであった。
しかし、図5に示すように、上記傾斜角度αが 0 度の参考比較例1の場合は、泥水が軸受内部に残留し、泥水が排出されにくいものであった。また、図6に示すように、上記傾斜角度αが−20 度の参考比較例2の場合も、参考比較例1と同様に、泥水が軸受外部に排出されにくいものであった。
以上のように、上記ラビリンスリップ17の傾斜面22の、内輪1の肩部15の外周面24に対する傾斜角度αを規定することにより、泥水が軸受外部に排出されやすくなる。
【0065】
表2に示すように、角度βが 43 度の参考実施例3は、水分(水滴)のみ侵入し、55 度の参考実施例4、および 75 度の参考実施例5は、泥水が浸入せず、軸受のシール性を確保できるものであった。しかし、上記角度βが 30 度の参考比較例3および 126 度の参考比較例4のいずれの場合も、泥水が軸受内部に侵入するものであった。以上のように、上記主リップ16の傾斜壁面19と内周面20とのなす角度βを規定することにより、泥水が軸受内部に侵入しにくくなる。
【0066】
表3に示すように、角度γが 2 度の参考実施例6、および 6 度の参考実施例7のいずれの場合も、泥水が浸入せず、軸受のシール性を確保できるものであった。しかし、上記角度γが 8 度の参考比較例5、15 度の参考比較例6、および 20 度の参考比較例7のいずれの場合も、泥水が軸受内部に侵入するものであった。以上のように、上記シール溝7の転走面側溝壁14の、内輪1の軸方向と直交する方向に対する角度γを規定することにより、泥水が軸受内部に侵入しにくくなる。
【0067】
表4に示すように、Y/Xが 8.5 N/mm の参考実施例8、および 4.4 N/mm の参考実施例9のいずれの場合も、泥水が浸入せず、軸受のシール性を確保できるものであった。しかし、上記Y/Xが 33 N/mm の参考比較例8の場合は、水分が軸受内部に浸入し、3.3 N/mm の参考比較例9、および 2.45 N/mm の参考比較例10のいずれの場合も、泥水が軸受内部に侵入するものであった。以上のように、Y/Xを規定することにより、泥水が軸受内部に侵入しにくくなり、主リップ16によるシール性を確保することができる。
【0068】
実施例1〜実施例15および比較例1〜比較例6
表5〜表8に示した基油の半量に、4,4-ジフェニルメタンジイソシアナート(日本ポリウレタン工業社製ミリオネートMT、以下、MDIと記す)を表5〜表8に示す割合で溶解し、残りの半量の基油にMDIの2倍当量となるモノアミンを溶解した。それぞれの配合割合および種類は表5〜表8のとおりである。
MDIを溶解した溶液を撹拌しながらモノアミンを溶解した溶液を加えた後、100℃〜120℃で 30 分間撹拌を続けて反応させて、ジウレア化合物を基油中に生成させた。
これにアルミニウム系添加剤および酸化防止剤を表5〜表8に示す配合割合で加えてさらに 100℃〜120℃で 10分間撹拌した。その後冷却し、三本ロールで均質化し、グリースを得た。
表5〜表8において、基油として用いた合成炭化水素油は 40℃における動粘度 30 mm2/sec の新日鉄化学社製シンフルード601を、アルキルジフェニルエーテル油は 40℃における動粘度 97 mm2/sec の松村石油社製モレスコハイルーブLB100を、それぞれ用いた。また、酸化防止剤は住友化学社製ヒンダードフェノールを用いた。
ラビリンスリップの内周側にラビリンスリップの先端に向って徐々に拡径するよう形成された傾斜面を少なくとも設け、かつ各傾斜角度等を表5〜表8に示す設定にした転がり軸受を用意し、得られた上記グリースを封入し、上述の泥水運転を1時間行なった後、急加減速試験を行なった。試験方法および試験条件を以下に示す。また、結果を表5〜表8に併記する。
【0069】
<急加減速試験>
電装補機の一例であるオルタネータを模擬し、上記泥水運転後の転がり軸受を用いて急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を 2600 N 、回転速度は 0 rpm〜18000 rpm で運転条件を設定し、さらに、試験軸受内に 0.1 A の電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって発電機が停止する時間(剥離発生寿命時間、h)を計測した。なお、試験は、300 時間で打ち切った。
【0070】
【表5】

表5において角度β、角度γは、75 度、2 度に、押し付け力Y/Xは 8.5 N/mm に、それぞれ設定した。
【0071】
【表6】

表6において傾斜角度α、角度γは、40 度、2 度に、押し付け力Y/Xは 8.5 N/mm に、それぞれ設定した。
【0072】
【表7】

表7において傾斜角度α、角度βは、40 度、75 度に、押し付け力Y/Xは 8.5 N/mm に、それぞれ設定した。
【0073】
【表8】

表8において傾斜角度α、角度β、角度γは、40 度、75 度、2 度に、それぞれ設定した。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明のグリース密封型転がり軸受は、シール性能の向上等と、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離防止とが、それぞれの作用の重なりにより、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を防止する効果を相乗的に引き出すことで軸受の飛躍的な長寿命化を図ることができる。このため、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受、モータ用軸受として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】実施形態1の密封型転がり軸受を示す断面図である。
【図2】同上のシールリップを示す拡大図である。
【図3】従来の密封型転がり軸受を示す部分断面図である。
【図4】同上のシールリップを示す拡大図である。
【図5】参考比較例1のシールリップを示す拡大図である。
【図6】参考比較例2のシールリップを示す拡大図である。
【図7】実施形態2の密封型転がり軸受のシールリップを示す拡大図である。
【図8】実施形態3の密封型転がり軸受のシールリップを示す拡大図である。
【図9】実施形態4の密封型転がり軸受のシールリップを示す拡大図である。
【符号の説明】
【0076】
1 内輪
2 外輪
3 転動体
4 シール部材
5 内輪転走面
6 外輪転走面
7 シール溝
8 係止溝
9 外周縁部
10 芯金
11 弾性体
12 くびれ部
13 シールリップ
14 転走面側溝壁
15 肩部
16 主リップ
17 ラビリンスリップ
18 ラビリンスシール
19 傾斜壁面
20 内周面
21 底面
22 傾斜面
23 肩部側溝壁
24 外周面
25 段差部
26 山部
27 先端部
28 グリース
30 内輪
31 外輪
32 転動体
33 シール部材
34 内輪転走面
35 外輪転走面
36 シール溝
37 係止溝
38 シールリップ
39 主リップ
40 転走面側溝壁
41 肩部
42 ラビリンスリップ
43 底面
44 ラビリンスシール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と外輪の両転走面間に転動体が介在され、前記内輪の転走面の側方に形成されたシール溝と、前記内輪の端部との間に肩部が形成され、前記シール溝に対向する前記外輪の内周面に前記内、外輪間の軸受空間を密封するシール部材が装着され、そのシール部材の内周部に前記シール溝の転走面側溝壁に接触する主リップと、前記肩部の上方に突き出すラビリンスリップとが設けられ、前記軸受空間にグリースを封入したグリース密封型転がり軸受であって、
前記シール部材の内周側先端部に前記主リップとラビリンスリップとが設けられ、前記主リップに前記シール溝に対向する内周面が設けられるとともに、前記ラビリンスリップの内周側に前記ラビリンスリップの先端に向って徐々に拡径するよう形成された傾斜面が設けられ、
前記グリースは、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなり、前記添加剤はアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を含有し、該アルミニウム系添加剤の配合割合はベースグリース 100 重量部に対して 0.05〜10 重量部であることを特徴とするグリース密封型転がり軸受。
【請求項2】
前記ラビリンスリップの傾斜面の傾斜角度αが、前記肩部の外周面に対して 10 度から 40 度に設定されたことを特徴とする請求項1記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項3】
前記ラビリンスリップの傾斜面は、その軸方向内端部に前記シール溝の肩部側溝壁に向かって突き出す段差部が設けられ、この段差部を経て前記主リップの内周面に連続して設けられたことを特徴とする請求項1または請求項2記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項4】
前記シール部材が、弾性体を芯金で補強したものであることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項5】
前記シール部材の弾性体が、水素添加ニトリルゴムまたは耐エステルアクリルゴムであることを特徴とする請求項4記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項6】
前記主リップは、前記シール溝の軌道側溝壁に向かい合う傾斜壁面と、前記シール溝に対向する内周面とから形成され、前記傾斜壁面と内周面とのなす角度βが 40 度から 75 度に設定されたことを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項7】
前記シール溝の転走面側溝壁の、前記内輪の軸方向と直交する方向に対する角度γが 2 度から 6 度に設定されたことを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項8】
前記主リップの前記シール溝の転走面側溝壁に対する軸方向の締め代をXと、前記シール溝の転走面側溝壁に対する前記主リップの押し付け力をYとし、Y/Xが 4 N/mm から 10 N/mm に設定されたことを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項9】
前記アルミニウム化合物は、炭酸アルミニウムおよび硝酸アルミニウムから選ばれた少なくとも一つの化合物であることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか一項記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項10】
前記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか一項記載のグリース密封型転がり軸受。
【請求項11】
前記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする請求項1ないし請求項10のいずれか一項記載のグリース密封型転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−95939(P2008−95939A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−317571(P2006−317571)
【出願日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】