説明

スラスト軸受

【課題】保持器を係止する爪の強度を低下させたり、軸受性能を低下させたりすることなく、保持器を軌道輪に容易に組み込むことができる一体型のスラスト軸受を提供することである。
【解決手段】保持器3の外周縁部に円周方向の1箇所で外輪5の爪5bを通す切欠6bきを設け、この切欠き6bを設けた外周縁部を厚み方向へ撓み変形可能とすることにより、外輪5と同心上にセットした保持器3の切欠き6bを外輪5の1つの爪5bの円周方向位置に合わせ、切欠き6bを設けた外周縁部を厚み方向に爪5bの内方へ撓ませて爪5bの内側へ入れ込み、この入れ込んだ方向へ保持器3を回転させて、切欠き6bを設けた外周縁部を他の全ての爪5bの内側へ順次通して保持器3全体を各爪5bの内側へ入れ込むようにし、爪5bの強度を低下させたり、軸受性能を低下させたりすることなく、保持器3を外輪5に容易に組み込むことができるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、軌道輪ところを保持する保持器とを非分離としたスラスト軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
複数のころを放射状に保持する円環状の保持器と、内径側に鍔を有する内輪または外径側に鍔を有する外輪の少なくとも一方の軌道輪とを備え、ラジアル方向の軸受内部隙間を軌道輪の鍔で規制するスラスト軸受には、軌道輪の鍔の先端に円周方向の複数箇所で保持器側に張り出す爪を形成し、この爪の張り出し長さを軸受内部隙間よりも大きくして、保持器の内周縁または外周縁を係止し、軌道輪と保持器を非分離とした一体型のものがある(例えば、特許文献1、2参照)。この一体型のスラスト軸受には、軌道輪として内輪と外輪の両方を備え、これらの2つの軌道輪と保持器を非分離とした三位一体型のものと、内輪と外輪のいずれか一方を備え、1つの軌道輪と保持器を非分離とした二位一体型のものとがある。
【0003】
このような一体型のスラスト軸受では、一般的な転がり軸受と同様に、軌道輪は焼入れ、焼戻し処理等によって強化されるので、その爪も強化されて容易には変形しなくなる。このため、軸受内部隙間よりも大きく張り出す爪の間から保持器を軌道輪に組み込むことができず、そのまま無理に保持器を組み込もうとすると、保持器や爪を損傷する問題がある。
【0004】
このような問題に対して、特許文献1に記載されたものでは、軌道輪の焼入れ処理時に爪の部分を焼入れ防止するか、焼入れ処理後に焼なまし処理を行って、保持器の組み込み後に爪の部分を曲げ加工するようにしている。また、特許文献2に記載されたものでは、軌道輪と保持器を一体に組み立てた後、一体に組み立てたスラスト軸受に浸炭焼入れ、焼戻し処理を施している。
【0005】
【特許文献1】特開2003−83339号公報
【特許文献2】特開2003−254327号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載された軌道輪の焼入れ処理時に爪の部分を焼入れ防止するか、焼入れ処理後に焼なまし処理を行ったスラスト軸受は、爪の強度を十分に確保することができない問題がある。
【0007】
また、特許文献2に記載された軸受の組み立て後に浸炭焼入れ、焼戻し処理を施したスラスト軸受は、軌道輪や保持器等の軸受部品に熱処理ひずみが生じやすくなり、軸受性能が低下する恐れがある。
【0008】
そこで、本発明の課題は、保持器を係止する爪の強度を低下させたり、軸受性能を低下させたりすることなく、保持器を軌道輪に容易に組み込むことができる一体型のスラスト軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明は、複数のころを放射状に保持する円環状の保持器と、内径側に鍔を有する内輪または外径側に鍔を有する外輪の少なくとも一方の軌道輪とを備え、ラジアル方向の軸受内部隙間を前記鍔で規制して、この鍔の先端に円周方向の複数箇所で前記保持器側に張り出す爪を形成し、この爪の張り出し長さを前記軸受内部隙間よりも大きくして、前記保持器の内周縁または外周縁を係止し、前記軌道輪と保持器を非分離としたスラスト軸受において、前記軌道輪の爪で係止される前記保持器の内周縁部または外周縁部に、円周方向の少なくとも1箇所で前記爪を通す切欠きを設け、この切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を厚み方向へ撓み変形可能とした構成を採用した。
【0010】
すなわち、軌道輪の爪で係止される保持器の内周縁部または外周縁部に、円周方向の少なくとも1箇所で爪を通す切欠きを設け、この切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を厚み方向へ撓み変形可能とすることにより、軌道輪と同心上にセットした保持器の切欠きを軌道輪の1つの爪の円周方向位置に合わせ、切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を厚み方向に爪の内方へ撓ませて爪の内側へ入れ込み、この切欠きを爪の内側へ入れ込んだ方向へ保持器を軌道輪と相対回転させて、切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を他の全ての爪の内側へ順次通して保持器全体を各爪の内側へ入れ込むようにし、保持器を係止する爪の強度を低下させたり、軸受性能を低下させたりすることなく、保持器を軌道輪に容易に組み込むことができるようにした。なお、切欠きを円周方向の2箇所以上に設ける場合は、これらの切欠きを設けた各箇所で内周縁部または外周縁部を爪の内側へ入れ込み、少ない相対回転量で保持器全体を各爪の内側へ入れ込むことができる。
【0011】
前記軸受内部隙間を軸受部偏心量の2倍以上とすることにより、保持器の内径面または外径面の軌道輪の鍔との接触を防止し、軸受の円滑な回転を確保することができる。また、保持器の摩耗や変形も防止することができる。
【0012】
前記保持器は、薄鋼板のプレス加工で形成したものとすることができる。
【0013】
前記保持器は、樹脂で形成したものとすることもできる。
【0014】
前記軌道輪を薄鋼板のプレス加工で形成し、浸炭処理または浸炭窒化処理を施すことにより、軌道輪を安価で耐久寿命の優れたものとすることができる。
【0015】
上述した各スラスト軸受は、自動車のトルクコンバータのタービンまたはインペラと、ステータとの間に組み付けられるものに好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明のスラスト軸受は、軌道輪の爪で係止される保持器の内周縁部または外周縁部に、円周方向の少なくとも1箇所で爪を通す切欠きを設け、この切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を厚み方向へ撓み変形可能とすることにより、軌道輪と同心上にセットした保持器の切欠きを軌道輪の1つの爪の円周方向位置に合わせ、切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を厚み方向に爪の内方へ撓ませて爪の内側へ入れ込み、この切欠きを爪の内側へ入れ込んだ方向へ保持器を軌道輪と相対回転させて、切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を他の全ての爪の内側へ順次通して保持器全体を各爪の内側へ入れ込むようにしたので、保持器を係止する爪の強度を低下させたり、軸受性能を低下させたりすることなく、保持器を軌道輪に容易に組み込むことができる。
【0017】
前記軸受内部隙間を軸受部偏心量の2倍以上とすることにより、保持器の内径面または外径面の軌道輪の鍔との接触を防止し、軸受の円滑な回転を確保することができる。また、保持器の摩耗や変形も防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を説明する。図1乃至図4は、第1の実施形態を示す。このスラスト軸受1は、図1(a)、(b)に示すように、複数のころ2を放射状に保持する円環状の保持器3と、内径側に鍔4aを有する内輪4と、外径側に鍔5aを有する外輪5とを備えた三位一体型のものであり、軸受部に大きな偏心回転が生じても、保持器3の内外径面が各鍔4a、5aと接触しないように、ラジアル方向の軸受内部隙間が軸受部偏心量の2倍以上に設定されている。保持器3、内輪4および外輪5は、いずれも薄鋼板のプレス加工で形成され、内輪4と外輪5は浸炭窒化処理を施されている。
【0019】
前記外輪5の鍔5aの先端には、曲げ加工によって、軸受内部隙間よりも長く内向きに張り出す8個の爪5bが円周方向に45°の位相で形成されており、これらの各爪5bで保持器3の外周縁が係止されて、保持器3と外輪5が非分離とされている。なお、内輪4の鍔4aの先端には、ステーキングによって、8個の外向きの爪4bが円周方向に45°の位相で形成され、保持器3と内輪4が非分離とされている。
【0020】
前記保持器3は、図1(b)および図2に示すように、円環部に各ころ2を収納するポケット3aが柱部3bで区画されている。ポケット3aの部分の半径方向断面は逆V字状とされ、内輪4と外輪5の各爪4b、5bに係止される内周縁部と外周縁部は平坦に形成されており、これらの内周縁部と外周縁部とに、それぞれ内輪4と外輪5の各爪4b、5bを通す切欠き6a、6bが、ポケット3aを1つ省略して幅広に形成した柱部3bの円周方向位置で1箇所に設けられている。
【0021】
以下に、図3に基づいて、前記保持器3を外輪5に組み込む手順を説明する。まず、図3(a1)、(b1)に示すように、外輪5と同心上にセットした保持器3の外周縁部の切欠き6bを外輪5の1つの爪5bの円周方向位置に合わせ、図3(a2)、(b2)に示すように、切欠き6bの周辺の外周縁部を厚み方向に爪5bの内方へ撓ませて、保持器3を反時計回りに少し回転させ、図3(a3)、(b3)に示すように、内方へ撓ませた切欠き6bの片側の外周縁部を爪5bの内側に入れ込む。こののち、切欠き6bの片側の外周縁部を爪5bの内側に入れ込んだ方向へ保持器3を回転させて、切欠き6bの片側の外周縁部を他の全ての爪5bの内側へ順次通すことにより、保持器3全体を各爪5bの内側へ入れ込んで、保持器3を外輪5に組み込むことができる。図示は省略するが、保持器3の内輪4への組み込みも、内周縁部の切欠き6aを内輪4の1つの爪4bの円周方向位置に合わせて、同様の手順で行うことができる。
【0022】
図4は、前記スラスト軸受1を使用した自動車のトルクコンバータを示す。このトルクコンバータは、エンジンの出力軸に連結されるインペラ21と、トランスミッションの入力軸に連結されるタービン22とが対向配置され、ケーシングに固定されるステータシャフト(図示省略)に一方向クラッチ23を介してステータ24が取り付けられており、それぞれ椀状に形成されたインペラブレード21aとタービンブレード22aの間で還流する流体を、これらの内径側でタービン22側からインペラ21側へ戻す際に、流体の流れ方向を変えてインペラ21に順方向の回転力を付与して伝達トルクを増幅する。インペラブレード21aとタービンブレード22aに作用する流体圧は、必ずしも周方向で一様とはならないので、インペラ21とタービン22には偏心回転が生じやすく、また、取り付け誤差も存在するため、その偏心量も最大0.5mm程度の比較的大きなものとなる。
【0023】
前記スラスト軸受1は、インペラ21とステータ24の間と、タービン22とステータ24の間との2箇所に組み付けられており、前者は外輪5がインペラハブ21bに組み付けられ、後者は内輪4がタービンハブ22bに組み付けられている。これらのスラスト軸受1の軸受内部隙間はインペラ21やタービン22の偏心量の2倍以上となる1〜2mmに設定されている。したがって、保持器3の内径面や外径面が内輪4の鍔4aや外輪5の鍔5aと接触することはなく、インペラ21とタービン22の円滑な回転が保証されるとともに、保持器3の摩耗や変形が防止される。
【0024】
図5および図6は、第2の実施形態を示す。このスラスト軸受11は、図5(a)、(b)に示すように、複数のころ12を放射状に保持する円環状の保持器13と、外径側に鍔14aを有する外輪14とを備えた二位一体型のものであり、軸受部に大きな偏心回転が生じても、保持器13の外径面が外輪14の鍔14aと接触しないように、ラジアル方向の軸受内部隙間が軸受部偏心量の2倍以上に設定されている。この実施形態では保持器13が樹脂の射出成形で形成されている。
【0025】
前記外輪14は、第1の実施形態のものと同様に、薄鋼板のプレス加工で形成されて浸炭窒化処理を施されており、曲げ加工によって、内向きに張り出す8個の爪14bが鍔14aの先端に円周方向に45°の位相で形成され、保持器13がこれらの爪14bで外周縁を係止されて非分離とされている。
【0026】
前記保持器13は、図5(b)および図6に示すように、円環部に各ころ12を収納するポケット13aが柱部13bで区画されており、ポケット13aが設けられた円環部が平坦に形成され、外輪14の爪14bで係止される外周縁部が薄肉に形成されている。この薄肉に形成された外周縁部には、円周方向の1箇所で外輪14の爪14bを通す切欠き15が設けられている。図示は省略するが、この保持器13も、図3に示した第1の実施形態のものと同様の手順で、外輪14に組み込まれる。
【0027】
上述した各実施形態では、内輪や外輪の爪を通す保持器の切欠きを円周方向の1箇所に設けたが、これらの切欠きは円周方向の2箇所以上に設けることもでき、この場合は、これらの切欠きを設けた各箇所で内周縁部や外周縁部を爪の内側へ入れ込み、少ない相対回転量で保持器全体を各爪の内側へ入れ込むことができる。ただし、切欠きの個数を爪の個数以上とする場合は、これらの位相が合致すると保持器が分離する恐れがあるので、切欠きの個数は爪の個数よりも少なくするのが好ましい。
【0028】
また、上述した各実施形態では、三位一体型のものと外輪と保持器が二位一体型のものとし、保持器を係止する外輪の爪を45°の位相で8個形成したが、本発明に係るスラスト軸受は、内輪と保持器が二位一体型のものにも採用することができ、保持器を係止する内輪や外輪の爪の個数や位相は任意に設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】aは第1の実施形態のスラスト軸受を示す平面図、bはaの縦断面図
【図2】図1の保持器の平面図
【図3】a1、a2、a3は、それぞれ図1の保持器を外輪に組み込む手順を説明する平面図、b1、b2、b3は、それぞれa1、a2、a3の正面図
【図4】図1のスラスト軸受を組み付けたトルクコンバータを示す縦断面図
【図5】aは第2の実施形態のスラスト軸受を示す平面図、bはaの縦断面図
【図6】図5の保持器の平面図
【符号の説明】
【0030】
1、11 スラスト軸受
2、12 ころ
3、13 保持器
3a、13a ポケット
3b、13b 柱部
4 内輪
4a 鍔
4b 爪
5、14 外輪
5a、14a 鍔
5b、14b 爪
6a、6b、15 切欠き
21 インペラ
21a インペラブレード
21b インペラハブ
22 タービン
22a タービンブレード
22b タービンハブ
23 一方向クラッチ
24 ステータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のころを放射状に保持する円環状の保持器と、内径側に鍔を有する内輪または外径側に鍔を有する外輪の少なくとも一方の軌道輪とを備え、ラジアル方向の軸受内部隙間を前記鍔で規制して、この鍔の先端に円周方向の複数箇所で前記保持器側に張り出す爪を形成し、この爪の張り出し長さを前記軸受内部隙間よりも大きくして、前記保持器の内周縁部または外周縁部を係止し、前記軌道輪と保持器を非分離としたスラスト軸受において、前記軌道輪の爪で係止される前記保持器の内周縁部または外周縁部に、円周方向の少なくとも1箇所で前記爪を通す切欠きを設け、この切欠きを設けた内周縁部または外周縁部を厚み方向へ撓み変形可能としたことを特徴とするスラスト軸受。
【請求項2】
前記軸受内部隙間を軸受部偏心量の2倍以上とした請求項1に記載のスラスト軸受。
【請求項3】
前記保持器を薄鋼板のプレス加工で形成した請求項1または2に記載のスラスト軸受。
【請求項4】
前記保持器を樹脂で形成した請求項1または2に記載のスラスト軸受。
【請求項5】
前記軌道輪を薄鋼板のプレス加工で形成し、浸炭処理または浸炭窒化処理を施した請求項1乃至4のいずれかに記載のスラスト軸受。
【請求項6】
前記スラスト軸受が、自動車のトルクコンバータのタービンまたはインペラと、ステータとの間に組み付けられたものである請求項1乃至5のいずれかに記載のスラスト軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−25771(P2008−25771A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−200984(P2006−200984)
【出願日】平成18年7月24日(2006.7.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】