説明

タービンロータの補修方法、溶接材料及びタービン

【課題】 耐食性、機械的強度の優れる溶接材料を用いてタービンロータを補修する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 タービンロータ2に発生した損傷部に対して、重量比でC:0.01〜0.05%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.1〜0.8%、Ni:3.5〜6%、Cr:12〜16%、Mo:0.01〜0.5%、Cu:3〜5%、Nb:0.03〜0.5%、N:0.005〜0.1%、残部Fe及び不可避的不純物から構成され、下記で示されるCr当量が−15〜0の範囲にある材料を溶接して補修するタービンロータ2の補修方法。
Cr当量=Cr含有量(%)+6×Si含有量(%)+4×Mo含有量(%)+1.5×W含有量(%)+5×Nb含有量(%)−40×C含有量(%)−2×Mn含有量(%)−4×Ni含有量(%)−30×N含有量(%)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸気タービンロータの翼溝補修方法に関するものであり、特に応力腐食割れ(以下SCCと表示)、腐食疲労等により発生した損傷を肉盛溶接により補修する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火力発電プラント、原子力発電プラントは蒸気タービンを用いて発電を行っている。この蒸気タービンのうちで、最も低温側に配置されるタービンは低圧タービンと呼ばれている。この低圧タービンロータは、3.5NiCrMoV鋼、2.5NiCrMoV鋼、2.25CrMoV鋼、1CrMoV鋼などの低合金鋼が用いられているが、350℃以下の温度の蒸気で駆動されており、その下流側の温度は100℃を下回ることになる。したがって、この下流側における水蒸気は湿ったものとなり、タービンロータを始めとする構成部材は腐食されやすい環境に晒されることになる。その中で、乾湿交番域(乾燥、湿潤が交互に訪れる部位)は、ボイラ水中の処理物質が濃縮するために、特に腐食しやすい環境となっている。
【0003】
このような腐食しやすい条件下で低圧タービンを運転し続けていると、タービンロータの翼溝など応力が集中する部分に、応力腐食割れ、腐食疲労による亀裂が発生する。この亀裂は、運転の継続によって大きくなり、そのまま放置しておくと、ついには翼がタービンロータから外れて他の部位を破壊することになる。したがって、発電プラントでは定期的に検査を行って、タービンロータ各部位の亀裂発生の有無を検査し、その成長状況を定期的に把握するようにしている。
【0004】
発生した亀裂に対して必要に応じて補修を行う。補修では対応できないような場合には、タービンロータを取替えるが、コストを考慮すると取替えに至る前に補修を行うことが望ましい。タービンロータの補修は、肉盛溶接にて行うことが一般的である(例えば、特開平1−315603号公報(特許文献1)、特開2003−211288号公報(特許文献2))。
【0005】
特許文献1は、溶接金属の第1の層を磨耗表面に溶着させてタービン構成要素中に熱影響部を生ぜしめ、溶接金属の第2の層を第1の層上に溶着させ、第2の層がタービン構成要素中の熱影響部の少なくとも一部を焼き戻すことを提案している。特許文献1には、タービンロータ材料として、Cが0.27〜0.34wt%、Mnが0.70〜1.0wt%、P及びSが最大で0.012wt%、Siが0.20〜0.35wt%、Niが最大0.50wt%、Crが1.05〜1.35wt%、Moが1.00〜1.30wt%、Vが0.21〜0.29wt%、Cuが最大0.15wt%、Alが最大0.010wt%、Sbが最大0.0015wt%、Snが最大0.015wt%、Asが最大0.020wt%の低合金鋼が開示されている。
特許文献1には、肉盛溶接にとって望ましい材料として、Cが0.04〜0.22wt%、Mnが0.15〜1.0wt%、Siが0.15〜1.0wt%、Pが0.0〜0.02wt%、Sが0.0〜0.016wt%、Niが0.0〜0.8wt%、Crが4.00〜19.0wt%、Moが0.43〜2.1wt%、Vが0.09〜0.5wt%、Nbが0.03〜0.20wt%、Alが0.0〜0.08wt%、Cuが0.0〜0.20wt%、Nが0.005〜0.06wt%、Feが残部を占める合金が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、タービンロータ材料として、3.5Ni−Cr−Mo−V鋼、2.5Ni−Cr−Mo−V鋼、2.25Cr−Mo−V鋼、1Cr−Mo−V鋼等の低合金鋼が用いられること、望ましい肉盛溶接用の合金として、Cが0.02〜0.08wt%、Siが1.2wt%以下、Mnが1.2wt%以下、Niが0.5〜5.5wt%、Crが10.0〜14.5wt%、Moが0.3〜1.0wt%、残部が実質的にFeの合金が開示されている。
【0007】
ところで、肉盛溶接により補修を行う場合に留意すべき点は以下の通りである。
1)タービンロータが応力腐食あるいは腐食疲労によって亀裂等の損傷を受けているのであるから、肉盛溶接に用いる材料は、タービンロータに用いられる材料よりも耐食性が優れることが望ましい。
2)タービンロータは低合金鋼から構成されている。この低合金鋼は、炭素を多く含む材料であるため、肉盛溶接時の熱によって焼きが入る熱影響部が発生する。この熱影響部は、硬くかつ脆くなってしまうため、焼もどしを行う必要がある。
3)肉盛溶接部は、タービンロータと同等以上の機械的強度を備えていることが必要である。
【0008】
【特許文献1】特開平1−315603号公報
【特許文献2】特開2003−211288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のような要求に対する現状の技術のレベルは以下の通りである。
1)溶接材料としてタービンロータと同じ成分の材料を用いることは、溶接性の観点からは望ましいが、低合金鋼では十分な耐食性を得ることができない。また、十分な機械的強度も得られない。
2)耐食性の高い材料としてステンレス鋼を用いることが考えられるが、ステンレス鋼は機械的強度が十分でない。また、ステンレス鋼は、一般に炭素量が少ない。そのために、溶接後に応力除去焼鈍を行うと、タービンロータ材から溶接材料側に炭素が移動するカーボンマイグレーション現象が発生する。そうすると、溶接材料に隣接するタービンロータ材の組織がベイナイトからフェライトへ変化してしまい、その部分の強度が低下してしまう。
【0010】
3)溶接によるタービンロータの熱影響部の硬さを低下させるために溶接後に行う焼もどしは、その硬さの低下のみを目的とする場合には高い温度を選定することが必要である。一方で、溶接金属の機械的強度はできるだけ高いことが望まれるため、溶接金属の応力除去焼鈍の役割を果たす焼もどし(以下、応力除去焼鈍と総称する)の温度はできるだけ低くする必要がある。この2つの相反する要求を満足することは容易ではない。
本発明は、このような技術的課題に基づいてなされたもので、耐食性、機械的強度の優れる溶接材料、さらにはその溶接材料を用いてタービンロータを補修する方法を提供することを目的とする。また本発明は、そのような溶接材料を用いて補修されたタービンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、重量比でC:0.01〜0.05%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.1〜0.8%、Ni:3.5〜6%、Cr:12〜16%、Mo:0.01〜0.5%、Cu:3〜5%、Nb:0.03〜0.5%、N:0.005〜0.1%、残部Fe及び不可避的不純物から構成され、下記で示されるCr当量が−15〜0の範囲にある溶接材料が上記目的に合致し、この溶接材料でタービンロータに発生した損傷部に対して溶接、補修することを提案するものである。
Cr当量=Cr含有量(%)+6×Si含有量(%)+4×Mo含有量(%)+1.5×W含有量(%)+5×Nb含有量(%)−40×C含有量(%)−2×Mn含有量(%)−4×Ni含有量(%)−30×N含有量(%)
【0012】
本発明において、溶接後に、580〜620℃で5〜20時間保持する熱処理を施すことが望ましい。また、この溶接方法としては、TIG溶接又はサブマージアーク溶接を採用することができる。
【0013】
本発明の溶接材料としては、重量比でC:0.02〜0.04%、Si:0.05〜0.3%、Mn:0.2〜0.6%、Ni:4〜5.5%、Cr:13〜15.5%、Mo:0.1〜0.4%、Cu:3.2〜4.5%、Nb:0.05〜0.3%、N:0.01〜0.05%、残部Fe及び不可避的不純物から構成することが望ましい。
【0014】
本発明によって補修されたタービンロータは、翼が結合されてタービンとして機能する。このタービンは、低合金鋼から構成され、翼結合部を備えるタービンロータと、翼結合部を介してタービンロータと一体化される翼と、を備え、翼結合部は、重量比でC:0.01〜0.05%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.1〜0.8%、Ni:3.5〜6%、Cr:12〜16%、Mo:0.01〜0.5%、Cu:3〜5%、Nb:0.03〜0.5%、N:0.005〜0.1%、残部Fe及び不可避的不純物から構成され、下記で示されるCr当量が−15〜0の範囲にある材料が溶接されていることを特徴とする。
Cr当量=Cr含有量(%)+6×Si含有量(%)+4×Mo含有量(%)+1.5×W含有量(%)+5×Nb含有量(%)−40×C含有量(%)−2×Mn含有量(%)−4×Ni含有量(%)−30×N含有量(%)
【発明の効果】
【0015】
本発明によって溶接、補修されたタービンは、その溶接部分の機械的強度が高く、また耐食性も高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は低圧タービンに適用される。低圧タービン1の一例を図1に示す。図1に示すように、低圧タービン1は、タービンロータ2と翼3とを構成要素として含む。低圧タービン1の駆動中には、翼3には遠心力により円周方向への張力が加わり、翼3を結合するタービンロータ2の翼溝部21には高い応力が加わり、図2に示すように応力腐食割れA等の損傷を起こすことがある。本発明は、このような損傷を補修する溶接材料、補修方法及び補修されたタービンに関するものである。
【0017】
<溶接材料>
始めに、本発明の溶接材料を説明する。
本発明の溶接材料は、重量比でC:0.01〜0.05%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.1〜0.8%、Ni:3.5〜6%、Cr:12〜16%、Mo:0.01〜0.5%、Cu:3〜5%、Nb:0.03〜0.5%、N:0.005〜0.1%、残部Fe及び不可避的不純物から構成される。この溶接材料は、マルテンサイト組織を有する。以下、各元素の限定理由を説明する。
【0018】
C(炭素):
Cは鋼にとって重要な元素である。しかし、C量が多くなると本来はマトリックスに存在して耐食性向上に寄与するCrと炭化物を形成する傾向が強くなり、耐食性を劣化させる。そこで本発明ではCの上限を0.05%とする。ただし、C量が極端に少なくなると素材製造時に多大な工数を必要とするので、製造コストを考慮して0.01%以上とする。好ましいC量は0.02〜0.04%である。
【0019】
Si:
鋼の中で脱酸剤として機能する。Siは溶鋼の時の他に、溶接時にも脱酸剤として機能することがある。つまり、溶接時に溶接金属は大気に触れる可能性があり、この時に大気中の酸素に対する脱酸剤として機能することがある。溶湯の脱酸処理を真空中で行う場合であっても、Siを所定量含有させることが望ましい。以上の効果を発揮するために、Siは0.01%以上含有する。ただし、含有量が多くなると靭性が低下するために、0.6%を上限とする。好ましいC量は0.05〜0.3%である。
【0020】
Mn:
Mnはマトリックス中に固溶して焼入れ性を高める作用がある。また、その結果として、δ−フェライトの生成を抑制する作用がある。さらに、Siと同様の脱酸剤としての効果も有する。Mn含有量が0.1wt%以下ではその効果を十分得ることができない。ただし、0.8%を超えてもその量に見合う効果を得ることができないため、本発明ではMn含有量を0.1〜0.8%にする。好ましいMn含有量は0.2〜0.6%、さらに好ましいMn含有量は0.3〜0.5%である。
【0021】
Ni:
Niもマトリックスを構成する元素であり、焼入れ性を高めて均一なマルテンサイト組織とするのに寄与する。特に、δ−フェライト生成の抑制に有効に寄与する。また、NiはCuとともに金属間化合物を構成して材料の機械的強度を向上する機能を有している。さらに、Niが所定量含まれていると応力除去焼鈍時にマルテンサイト組織の一部が逆変態オーステナイト相となって溶接金属の靭性向上に寄与する。ただし、含有量が多くなりすぎると、マルテンサイト組織が不安定となり、オーステナイト組織に変わってしまうことになり、十分な機械的強度を得ることができない。また、オーステナイト組織にならないとしても、逆変態オーステナイト組織が多くなりすぎて機械的強度の確保が難しくなる。そこで、Ni含有量は3.5〜6%とする。好ましいNi含有量は4〜5.5%、特に好ましいNi含有量は4.5〜5.4%である。
【0022】
Cr:
Crもマトリックスを構成する元素である。Crは耐食性を確保する上で大切な元素であり、その量が少ないと十分な耐食性が得られない。また、Ni含有量とのバランスにもよるが、その量が少ないとマルテンサイト組織が安定とはならずにオーステナイト組織となってしまい、十分な機械的強度を得ることができない。一方、Cr含有量が多すぎると組織中にδ−フェライトが出現し、延性、靭性を低下させる。そこで本発明では、Cr含有量を12〜16%とする。好ましいCr含有量は13〜15.5%、さらに好ましいCr含有量は14〜15%である。
【0023】
Mo:
Moは耐孔食性に有効な元素である。また、MoはCとの親和力が強いため、前述のカーボンマイグレーションの抑制に有効である。これらの効果を得るために本発明では0.01%以上含有するが、その含有量が多くなりすぎると、他の元素とのバランスにもよるが、δ−フェライトの生成を助長する。そこで本発明では、Mo含有量を0.01〜0.5%とする。好ましいMo含有量は0.1〜0.4%、さらに好ましいMo含有量は0.1〜0.3%である。
【0024】
Cu:
CuはNiとともに金属間化合物を形成して機械的強度の確保に寄与する。この効果を十分に享受するためには3%以上含有させることが必要である一方、5%を超えてもその量に見合う効果を期待することができない。そこで本発明では、Cu含有量を3〜5%とする。好ましいCu含有量は3.2〜4.5%、さらに好ましいCu含有量は3.5〜4%である。
【0025】
Nb:
Nbは結晶粒を微細化して機械的強度を向上する。また、Nbは、Cとの親和力が強く、前述のカーボンマイグレーションを抑制する作用を有している。Nb含有量が0.03%未満ではこれらの効果を十分に享受することができず、また0.5%を超えると粗大なNbCが析出して靭性を低下させる。そこで本発明では、Nb含有量を0.03〜0.5%とする。好ましいNb含有量は0.05〜0.3%、さらに好ましいNb含有量は0.07〜0.2%である。
【0026】
N(窒素):
Nはマトリックス中に固溶してマルテンサイト組織を安定化させる作用を有する。本発明の溶接材料は、耐食性の観点からC含有量を低く抑えており、マルテンサイト組織を安定化するためにCを補う元素の含有が必要である。この元素として本発明ではNを用いるのである。N含有量が0.005%未満では以上の効果を十分に享受することができず、0.1%を超えて含有するとマルテンサイト組織が不安定となり、オーステナイト組織が安定になるか、もしくは逆変態オーステナイト相の量が増えすぎてしまい、十分な機械的強度を得にくくなる。そこで本発明では、N含有量を0.005〜0.1%とする。好ましいN含有量は0.01〜0.05%、さらに好ましいN含有量は0.15〜0.03%である。
【0027】
<タービンロータ材料>
本発明において、タービンロータを構成する材料を限定するものではないが、以下の表1に示す組成の材料を用いることができる。
【0028】
【表1】

【0029】
<溶接方法>
本発明は、TIG溶接(Tungsten Inert Gas Arc Welding)、サブマージアーク溶接(Submerged Arc Welding)を適用することができる。TIG溶接は、Arガス雰囲気中でフラックスなどを一切使用しないで溶接を行うため、溶接部の品質が高く、延性、靭性等の機械的特性が良好な溶接金属を得ることができる。しかし、TIG溶接は、溶接の効率が低く、タービンロータの補修を行う場合に、多数の工数を必要とする。これに対してサブマージアーク溶接は、TIG溶接に比べて溶接金属の品質は劣るものの、溶接効率に優れ、短時間で補修作業を終えることができる。本発明では、このように各々の特徴を有するTIG溶接(Tungsten Inert Gas Arc Welding)、サブマージアーク溶接(Submerged Arc Welding)を適宜適用することができる。
【0030】
<応力除去焼鈍>
本発明において、溶接施工後に、応力除去焼鈍を行うことができる。
タービンロータにおいて、溶接による熱影響を受けた部分(熱影響部)は、硬度が上昇する。この硬度を低下するために、応力除去焼鈍を行う。熱影響部の硬度を低下させるためには応力除去焼鈍の温度を高くすればよいが、そうすると溶接金属の機械的強度が低下する。また、熱影響部の硬度及び溶接金属の機械的強度には、温度のみならず、応力除去焼鈍の時間も影響する。本発明では、熱影響部の硬度及び溶接金属の機械的強度の両者を考慮して、580〜620℃で5〜20時間保持する応力除去焼鈍を溶接後に施すことを推奨する。応力除去焼鈍の温度が580℃未満、あるいは時間が5時間未満では熱影響部の硬さを十分に低下させることができず、逆に620℃を超えるか又は20時間を超えると溶接金属の機械的強度が低下してしまうからである。望ましい応力除去焼鈍の温度は585〜615℃、さらに望ましい応力除去焼鈍の温度は590〜610℃である。また、望ましい応力除去焼鈍の温度の時間は7〜18時間、さらに望ましい応力除去焼鈍の温度の時間は8〜12時間である。
【実施例1】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
表2に示す化学組成の溶接材料、タービンロータ材料(以下、ロータ材料)を用意した。なお、表2において、溶接材料No.1(従来材)は2Cr−1Mo系の材料であり、従来から耐熱性を必要とする圧力容器等の溶接に用いられているものである。溶接材料No.2(従来材)はロータ材料と同程度のNi:3.5%含有する従来から用いられている溶接材料ある。
表2に示すロータ材料を図3に示す開先形状を有する試験片に加工した。この試験片の開先部分に、表2に示す溶接材料をTIG溶接にて溶接した後に、600℃で10時保持する応力除去焼鈍を施した。その後、溶接金属部分について表3に示す機械的特性の評価を行った。また、カーボンマイグレーション発生の有無、δ−フェライト発生の有無を確認した。その結果を表3に示す。なお、表3において、カーボンマイグレーションが発生しない場合に○を、発生した場合に×を、δ−フェライトが発生しない場合に○を、発生した場合に×を付している。さらに、カーボンマイグレーションは、ロータ材料における溶接金属との境界部分の硬さの落ち込みがHv(ビッカース硬さ)で30を超える場合にカーボンマイグレーションが発生したと判断した。
【0032】
【表2】

【0033】
表3に示すように、従来材である溶接材料No.1及びNo.2はともに、機械的強度、特に0.2%耐力が不足していることがわかる。
次に、溶接材料No.6は、0.2%耐力が750MPa未満と十分な機械的強度が得られない。これは、Cu含有量が2.54wt%と不足するために、機械的強度向上に有効な金属間化合物の析出量が不足しているためと解される。
溶接材料No.9、12及び13は、室温衝撃エネルギーが他の材料よりも低く、靭性が劣ることがわかる。これは、靭性の劣るδ−フェライトが組織中に生成しているためである。なお、溶接材料No.9、12及び13は、表2に示すように、Cr当量が大きく、δ−フェライトが生成しやすい組成になっているためである。
【0034】
Nb含有量が0.01wt%と低い溶接材料No.10は、カーボンマイグレーションが発生した。図4に、溶接材料No.10の溶接部近傍の硬さ測定結果を示す。図4に示すように、ロータ材料には溶接金属との境界部分に硬さが著しく低下している部分(脱炭層)がある。この境界部分は溶接によって加熱された際にCが溶接金属側に移動し、組織がベイナイトからフェライトに変化したために、硬さが低下したものと解される。
逆にNb含有量が0.55wt%と多い溶接材料No.14は、室温衝撃エネルギーが他の材料よりも低く、靭性が劣る。これは、初晶の粗大なNbCが析出したことに基づいている。したがって、必要以上にNbを含有させることは避ける必要がある。
【0035】
また、Ni含有量、N含有量が多い溶接材料No.11は、0.2%耐力が低く、十分な機械的強度を得ることができない。
【0036】
【表3】

【0037】
十分な機械的特性が得られ、かつカーボンマイグレーション及びδ−フェライトの発生が観察されない溶接材料No.3〜5、7及び8について応力腐食割れ試験を実施した。この試験は、図5に示すように治具Jに拘束して試験片TP(5×8×108mm)に曲げ応力を付与した状態で腐食環境下に晒した。試験片TPに付与される曲げ応力は、当該材料の降伏応力(σy)の0.5倍、0.8倍及び1.0倍の3種類とした。250℃に保持されたオートクレーブ中において、試験片TPに応力を付与した状態で10%水酸化ナトリウム水溶液に500時間浸漬したのちに、目視で応力腐食割れの有無を観察した。その結果を表4に示す。なお、表4において、応力腐食割れが観察されない場合には○を、観察された場合には×を記している。
【0038】
【表4】

【0039】
表4に示すように、溶接材料No.7及び8は、応力腐食割れ性が劣ることがわかる。溶接材料No.7は耐食性に有効なCr含有量が5.2wt%と低いためである。また、溶接材料No.8は、C含有量が0.15wt%と多いことが原因と解される。つまり、CはCrと結び付くために、C含有量が多いとマトリックスに固溶して耐食性に寄与するCr量が不足する。特に、粒界近傍では物質の拡散速度が速く、そのためにCr炭化物が形成されやすい。そのために、C含有量が多いとCrによる耐食性向上の効果が損なわれ、応力腐食割れが発生したものと解される。
【0040】
次に、表2の溶接材料No.3を用いて、溶接後の応力除去焼鈍の条件について検討した。その結果を表5に示す。表5に示すように、熱処理温度が低いか、又は熱処理時間が短いと熱処理影響部の硬さを十分に低下させることができない。また、熱処理温度が高すぎるか、又は熱処理時間が長くなりすぎると、0.2%耐力が低下してしまう。以上より、本発明において、好ましい応力除去焼鈍の温度は580〜620℃、時間は5〜20時間とする。
【0041】
【表5】

【0042】
表2の溶接材料No.3を、TIG溶接、サブマージアーク溶接により溶接を行って機械的特性を比較した。その結果を表6に示す。表6に示すように、TIG溶接にて溶接を行う方が機械的特性は高い。しかし、溶接に要する工数は、サブマージアーク溶接の方が遥かに少なくて済む。また、サブマージアーク溶接による靭性(室温衝撃エネルギー)はTIG溶接に比べて低いものの、タービンロータに要求される室温衝撃エネルギーのレベル(20J)を十分にクリアしている。したがって本発明において、溶接の品質を重視する場合にはTIG溶接を適用し、経済性を重視する場合にはサブマージアーク溶接を適用することができる。なお、表6における溶接の工数は、平板上に40×100×40mmの溶接金属を形成するのに要した時間である。
【0043】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】低圧タービンの一例を示す図である。
【図2】翼溝部の応力腐食割れの例を示す図である。
【図3】実施例で用いた溶接部の開先形状を示す図である。
【図4】実施例において溶接境界部の硬さを測定した結果を示す図である。
【図5】実施例における応力腐食割れ試験の試験片形状、応力付加状態を示す図である。
【符号の説明】
【0045】
1…低圧タービン、2…タービンロータ、21…翼溝部、3…翼、TP…試験片、J…治具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タービンロータに発生した損傷部に対して、
重量比でC:0.01〜0.05%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.1〜0.8%、Ni:3.5〜6%、Cr:12〜16%、Mo:0.01〜0.5%、Cu:3〜5%、Nb:0.03〜0.5%、N:0.005〜0.1%、残部Fe及び不可避的不純物から構成され、下記で示されるCr当量が−15〜0の範囲にある材料を溶接して補修することを特徴とするタービンロータの補修方法。
Cr当量=Cr含有量(%)+6×Si含有量(%)+4×Mo含有量(%)+1.5×W含有量(%)+5×Nb含有量(%)−40×C含有量(%)−2×Mn含有量(%)−4×Ni含有量(%)−30×N含有量(%)
【請求項2】
前記溶接後、580〜620℃で5〜20時間保持する熱処理を施すことを特徴とするタービンロータの補修方法。
【請求項3】
前記溶接をTIG溶接又はサブマージアーク溶接で行うことを特徴とする請求項1又は2に記載のタービンロータの補修方法。
【請求項4】
重量比でC:0.01〜0.05%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.1〜0.8%、Ni:3.5〜6%、Cr:12〜16%、Mo:0.01〜0.5%、Cu:3〜5%、Nb:0.03〜0.5%、N:0.005〜0.1%、残部Fe及び不可避的不純物から構成され、下記で示されるCr当量が−15〜0の範囲にあることを特徴とする溶接材料。
Cr当量=Cr含有量(%)+6×Si含有量(%)+4×Mo含有量(%)+1.5×W含有量(%)+5×Nb含有量(%)−40×C含有量(%)−2×Mn含有量(%)−4×Ni含有量(%)−30×N含有量(%)
【請求項5】
前記溶接材料が重量比でC:0.02〜0.04%、Si:0.05〜0.3%、Mn:0.2〜0.6%、Ni:4〜5.5%、Cr:13〜15.5%、Mo:0.1〜0.4%、Cu:3.2〜4.5%、Nb:0.05〜0.3%、N:0.01〜0.05%、残部Fe及び不可避的不純物から構成されることを特徴とする請求項4に記載の溶接材料。
【請求項6】
低合金鋼から構成され、翼結合部を備えるタービンロータと、
前記翼結合部を介して前記タービンロータと一体化される翼と、を備え、
前記翼結合部は、重量比でC:0.01〜0.05%、Si:0.01〜0.6%、Mn:0.1〜0.8%、Ni:3.5〜6%、Cr:12〜16%、Mo:0.01〜0.5%、Cu:3〜5%、Nb:0.03〜0.5%、N:0.005〜0.1%、残部Fe及び不可避的不純物から構成され、下記で示されるCr当量が−15〜0の範囲にある材料が溶接されていることを特徴とするタービン。
Cr当量=Cr含有量(%)+6×Si含有量(%)+4×Mo含有量(%)+1.5×W含有量(%)+5×Nb含有量(%)−40×C含有量(%)−2×Mn含有量(%)−4×Ni含有量(%)−30×N含有量(%)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−51524(P2006−51524A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−235018(P2004−235018)
【出願日】平成16年8月12日(2004.8.12)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】