説明

ダイヤモンド部材とその製造方法

【課題】 鉄系材料との反応を抑制し、切削抵抗を低減できるダイヤモンド部材とその製造方法とを提供する。
【解決手段】 ダイヤモンド1の表面に薄膜2が形成されたダイヤモンド部材である。この薄膜は次の(A)または(B)のいずれかで構成する。その薄膜の厚さを薄膜構成原子の数で1〜100原子とする。
(A)周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種
(B)フッ素または酸素
ダイヤモンド表面に上記の薄膜を形成することで、ダイヤモンドと被削材との直接接触を回避または抑制することができる。そのため、本発明部材を切削工具に適用した場合、ダイヤモンドで鉄系材料を高精度に加工することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダイヤモンド部材とその製造方法に関するものである。特に、鋼の切削に好適な被覆ダイヤモンド部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、光通信用部品や小型デジタルカメラなどの光学製品分野において、より小型・高精度のレンズが求められている。通常、このようなレンズの製作には金型が利用され、金型材には強度や耐摩耗性の面で高硬度な鉄系材料が用いられることが多い。そして、このような鉄系材料で金型を作製するには、高精度の鏡面加工が必要とされる。
【0003】
一方、非鉄系材料における鏡面加工などの高精度切削加工には、単結晶ダイヤモンドを刃先に用いた工具が利用されている(例えば、特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開平10−43903号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ダイヤモンドは鉄系材料の切削に利用できないという欠点があった。
【0006】
ダイヤモンドは硬度や熱伝導率の点から切削工具材料として好適であるが炭素原子から構成されており、金型の主原料である鉄系材料に炭素原子が容易に固溶するため工具の摩耗が大きくなり、鉄系材料の切削に使用することができない。
【0007】
そのため、従来は超硬合金工具により鉄系金型素材の粗切削加工を行った後、この粗加工表面にNi-Pなどのめっきを施し、このめっき面を鋭利な刃先の単結晶ダイヤモンド工具で仕上げるか、前記粗切削加工後に研磨加工を行って仕上げている。その結果、金型の作製にはコスト、納期共に多くかかり、直接鉄系材料を高精度に加工する技術が強く要望されていた。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、その主目的は、鉄系材料との反応を抑制し、切削抵抗を低減できるダイヤモンド部材とその製造方法とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
<ダイヤモンド部材>
本発明者らは、ダイヤモンド表面に所定の成分からなる薄膜を極めて薄く形成することにより、被削材との直接接触を抑制して切削抵抗が低減できるとの知見を得て本発明部材を完成するに至った。
【0010】
本発明ダイヤモンド部材は、ダイヤモンド表面に薄膜が形成されたダイヤモンド部材である。この薄膜は次の(A)または(B)のいずれかで構成する。そして、その薄膜の厚さを薄膜構成原子の数で1〜100原子とすることを特徴とする。
【0011】
(A)周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種
(B)フッ素または酸素
【0012】
ここで用いるダイヤモンドは、多結晶、単結晶のいずれも用いることができる。特に、単結晶体のダイヤモンドを利用することが好適である。単結晶体のダイヤモンドは結晶粒界がなく、滑らかで鋭利な刃先を得ることができる。
【0013】
薄膜は、4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種あるいはフッ素または酸素から構成されている。これらの材料からなる薄膜は、ダイヤモンドと鉄系材料との反応を抑制し、耐摩耗性・耐溶着性に優れた薄膜となるからである。フッ素や酸素が基材の上に被覆できることは後述するQCMにより確認できる。フッ素は、おそらくフッ素原子、フッ素分子、基材の構成材料などと結合したフッ素化合物としても基材表面に存在し、酸素は酸素原子、酸素分子、基材の構成材料などと結合した酸素化合物としても基材表面に存在していると推定される。従って、本発明でいうフッ素または酸素には、上記の推定される物質を含む。
【0014】
この薄膜は極めて高純度の膜とすることが好ましい。例えば、従来のCVD法あるいはPVD法による成膜では、成膜時の真空度が低く(圧力が高く)得られる膜に種々の不純物が含有される。これに対し、本発明ダイヤモンド部材の薄膜は、後述するように極めて高真空において成膜されるため、非常に純度が高く、膜欠陥が実質的にないため、薄いにも関わらず高い強度を得ることができる。
【0015】
より具体的には、薄膜をXPS(X‐ray Photo-electron Spectroscopy)で分析した場合に、薄膜からO、H、Arなどが検出されないことが好ましい。より特定的には、(1)薄膜が酸素で構成される場合、H、Arの少なくとも一種が実質的に検出されないこと、(2)薄膜が酸素以外の物質で構成される場合、O、H、Arの少なくとも一種が実質的に検出されないことが望ましい。
【0016】
また、薄膜は、Tiの炭化物、窒化物または炭窒化物を基材上の第一層とし、フッ素または酸素を最上層とすることがさらに好ましい。Tiの炭化物、窒化物または炭窒化物の上にフッ素または酸素を被覆することで、さらに耐溶着性を高めることができる。同時に薄膜の摩擦係数を低下させることもできる。
【0017】
薄膜の表面粗さはRmax(最大高さ:JIS B 0601 1982)で10nm以下であることが好ましい。薄膜の表面粗さを、この規定値以下とすることで、滑らかな刃先を得ることができ、耐摩耗性や耐溶着性に優れた表面性状を得ることができる。このような薄膜の表面粗さは、例えば成膜前のダイヤモンドの表面粗さをRmaxで10nm以下に制御しておき、後述する原子ビームによる成膜を行なえば、ダイヤモンドの表面粗さがほぼそのまま薄膜の表面粗さとなることで実現できる。
【0018】
本発明ダイヤモンド部材は、切削工具として好適に利用できる。例えば、バイト、エンドミル、ドリルなどに利用することができる。このような切削工具に用いることで、工具の耐摩耗性、耐溶着性を改善し、工具寿命を延ばすことができる。とりわけ、鉄系材料の切削に好適である。上述した薄膜をダイヤモンド表面に形成することで、ダイヤモンドと鉄系材料との直接接触を抑制し、鉄系材料との反応によるダイヤモンドの摩耗を低減することができる。
【0019】
また、本発明部材を切削工具として利用する際、切削方法に特に制約はないが、楕円振動切削法にて切削を行なうことが好ましい。楕円振動切削法は、圧電素子などにより切削工具の切刃に切削方向と切り屑流出方向の振動を重畳して与えて、切刃を楕円状の振動軌道に運動させ、その状態で切刃を被削材に押し当てて切削を行う技術である。この切刃の楕円振動により、切り屑を引き上げながら加工を行うため、切削力を減少させて高精度の加工を可能にする。特に、鉄系材料を切削する際、切刃と被削材が常時接触しないため、ダイヤモンドと被削材との反応をより一層軽減することができ、工具寿命を延ばすことができる。
【0020】
<ダイヤモンド部材の製造方法>
また、本発明者らは、ダイヤモンド表面への成膜技術について種々の検討を行い、原子ビームによる成膜が非常に薄い膜の生成に好適であるとの知見を得て本発明方法を完成するに至った。
【0021】
つまり、本発明ダイヤモンド部材の製造方法は、所定の真空度に保持された真空槽内に薄膜の原料ガスを供給する。続いて、この原料ガスにレーザを照射して電荷を持たない原子ビームを生成する。そして、その原子ビームをダイヤモンド上に照射することで以下の(A)または(B)の薄膜を形成することを特徴とする。
【0022】
(A)周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種
(B)フッ素または酸素
【0023】
ダイヤモンドは、耐食性が高く、高温で酸素や炭化物を形成する金属と反応する以外は安定な材料である。ダイヤモンドの表面改質には、イオンビームの照射も考えられる。しかし、ダイヤモンドは絶縁体であるため電荷を帯び、イオンビームを照射することが困難となって、表面改質の均一性を保つことが難しい。これに対し、中性の原子ビームの照射により成膜を行なえば、ダイヤモンド表面に均一に照射原子が結合され、極めて薄い薄膜を高精度に成膜できることが判明した。
【0024】
この本発明方法において、例えば炭酸ガスのパルスレーザを薄膜の原料ガスに照射すると、原料ガスがプラズマ化され、その後プラズマは電気的に中和され中性の原子ビームとなるものと考えられる。後に実施の形態で説明するように、真空中のガスを質量分析計などで分析した結果、中性の原子しか検出されていない。このガスが中性になる詳細な理由は未解明であるが、おそらく原料ガスイオンの飛行中に電子の受け渡しがあり、中性になるものと推定される。
【0025】
原料ガスは、形成する薄膜の種類に応じて適宜選択する。例えば、TiCl4、N2、CO2、SF6、CF4などが利用できる。また、原料ガスの真空容器への導入は、間歇的に行なうことが望ましい。その際、ガス導入のタイミングとレーザの照射タイミングとを合わせることがより好ましい。原料ガスが間歇的に導入されることで、真空度の低下を抑制し、容易に所定の真空度を得ることができる。さらに、レーザの照射タイミングを原料ガスの導入タイミングに合わせることで、より確実に原子ビームを発生させることができる。より具体的には、原料ガスをノズルからパルス状に供給し、原料ガスの供給に同期するレーザをノズルに照射して原子ビームを発生させることが好ましい。
【0026】
原子ビームを生成するには、原料ガスにレーザを照射する。このレーザは、パルスレーザが好適である。代表的には、炭酸ガスレーザを利用することができる。より具体的には、炭酸ガスパルスレーザを5〜7J/パルス程度の条件で照射することが好適である。
【0027】
原子ビームは、薄膜構成物質の結合エネルギーと同程度のエネルギーでダイヤモンドに照射することが好ましい。例えば、原子ビームのエネルギーを3〜20eVとする。この程度のエネルギーの原子ビームを照射すれば、ダイヤモンド表面にほぼ均一に照射原子を付着させることができる。
【0028】
また、原子ビームは真空槽内を所定の真空状態に制御して生成する。好ましい真空槽内の圧力は1×10-4〜1×10-8Pa程度である。より好ましい圧力は1×10-5Pa以下、さらに好ましくは1×10-6Pa以下である。中性原子は、他の原子と衝突すると、元の分子に戻ったり、新しい化合物を生成したりする。このような衝突を防止するために、本発明方法においては、原料ガスが原子化される真空槽内の空間を高い真空度に保ち、長いミーンフリーパスを維持している。また、この高い真空度により薄膜や基材の表面清浄性が保たれることに加え、薄膜中の不純物元素量を低減できる。
【0029】
さらに、基材の温度は常温から800℃までが好ましい。この温度範囲であれば、ダイヤモンドの基材が損傷されることもない。
【0030】
薄膜は、上述のようにして生成した原子ビームの中で、直接基材に衝突する原子により形成される。その際、原子ビームを構成する特定の中性原子を選択して基材の上に被覆する。この原子は中性であるため、電気的に加速したり、その軌道を曲げたりできない。従って、原子が基材に衝突する速度は、原子の持つエネルギーに基づく速度ということができる。同一系内の、原子ビームの運動エネルギーはほぼ等しいので、軽い元素は早く、重い原子は遅い速度で飛行する。
【0031】
真空槽の中では薄膜の形成に不要な原子も飛行している。原子の飛行速度は、原子量に依存するので、炭酸ガスレーザのパルスに同期して、薄膜の形成に必要な原子が到達するときだけその原子を通し、それ以外の間は原子が通らないチョッパを設けることで、原子を選択することができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明ダイヤモンド部材は、ダイヤモンド表面に特定種類の薄膜をきわめて薄く形成することで、ダイヤモンドと被削材との直接接触を回避または抑制することができる。そのため、本発明部材を切削工具に適用した場合、ダイヤモンドで鉄系材料を高精度に加工することができる。それに伴い、従来は不可能であった鉄系材料のダイヤモンドによる直接切削が可能になり、特に光学部品用の金型加工におけるコストと納期を大幅に改善することが期待できる。
【0033】
CVD法やPVD法などの一般的な薄膜形成技術でダイヤモンド表面に成膜した場合、鋭利な刃先を得ることが難しいが、原子ビームの照射を用いた本発明方法では、ダイヤモンド表面にきわめて薄く成膜することが可能で、鋭利な刃先を得ることができる。
【0034】
原子ビームの照射を用いた本発明方法は、ダイヤモンドの刃先への種々の影響がほとんどない。例えば、ダイヤモンド表面の面粗度の低下、ダイヤモンド内部の欠陥発生、薄膜表面粗度の低下といった問題を回避して、良好なダイヤモンド部材を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
【0036】
<実施例>
図1に本発明ダイヤモンド部材の断面模式図を示す。
【0037】
このダイヤモンド部材は、ダイヤモンド1と、その表面に被覆された薄膜2とから構成される。ダイヤモンド1は、例えば単結晶ダイヤモンドを用いる。薄膜2は、周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種、例えばTiC、TiN、TiCNあるいはFまたはOなどにより形成される。この薄膜2は、厚さが薄膜2の構成原子数で1〜100個とする。図1では、薄膜2を構成する円の各々が構成原子を示しているが、この図では構成原子の大きさを誇張して実際よりも大きく示している。
【0038】
<成膜装置の構成>
次に、本発明ダイヤモンド部材の製造に用いる原子ビーム発生装置の構成を図2に基づいて説明する。
【0039】
この装置は、第一領域10Aから第三領域10Cに区画された真空容器10に、分子線バルブ101、ノズル102、レーザの入射窓103、ミラー104、基材ホルダ105、水晶振動子マイクロバランス(QCM)106、四重極質量分析管(QMS)107を具えた装置である。真空容器10のいずれの領域も各々ターボ分子ポンプ(TMP)で所定の真空に保持することができる。さらに、この装置では、真空容器10にX線分析部20が設けられ、真空容器10とX線分析部20の間に試料の移動を行なうための移送室30をも有している。
【0040】
第一領域10Aの真空容器10の端面には、所定の原料ガスを導入する分子線バルブ101が配置され、このバルブ101の真空容器内側に原子ビームを照射するノズル102が配置されている。また、分子線バルブ101が設けられた上記端面には、レーザLの入射窓103も形成されている。原料ガスに照射されるレーザLは、この入射窓103を通って真空容器10内に入射される。
【0041】
真空容器10内に入射したレーザLは、同じく第一領域10A内に配されたミラー104(Au製)により反射されてノズル102近傍に照射される。このノズル102近傍には分子線バルブ101を介して供給された原料ガスが導入されるため、この原料ガスにレーザLが照射されることで、電荷を持たない原子ビームが生成される。生成された原子ビームはノズル102から第二、第三領域10B、10C側に照射される。この第一領域10Aにおける原子ビームの照射軌跡中にはQCM106が配置され、QCM106により原子ビームの単位時間・単位面積当たりの照射量(原子数)を計測することができる。
【0042】
また、真空容器の第二領域10Bには、試料Sをセットするための基材ホルダ105が設けられている。この基材ホルダ105はヒータを具え、ホルダ105上にセットされた試料Sを常温から800℃に加熱制御できる。そして、生成された原子ビームは、この基材ホルダにセットされた試料Sに照射される。
【0043】
さらに、第三領域10Cにおける原子ビームの照射軌跡上には、原子ビームのエネルギーを測定するためのQMS107が設けられている。QMS107で原子ビームのエネルギーを測定して、所定のエネルギーで照射が行なわれるようにレーザのエネルギーを調整する。
【0044】
一方、第二領域10Bには移送室30が連結されている。移送室30には試料の移送を真空容器10とX線分析部20との間で行なえるように、直交方向に配された一対の移送ロッド301が設けられている。
【0045】
そして、移送室30にはX線分析部20も連結されている。X線分析部20は、X線源201およびDP-CMA(Double Path Cylindrical Mirror Analyzer)202を有し、XPS(X‐ray Photo-electron Spectroscopy)などによる試料の分析が行なえるように構成されている。
【0046】
<試験例1>
図2に示す原子ビーム発生装置と同じ原理で、原子ビームの発生部分が3箇所ある装置を用いて表1に示す物質を単結晶ダイヤモンド表面に付着させて薄膜を形成した。試料としてはエッジ部の曲率半径が10nm以下、表面粗さRmaxが5nm以下に加工された単結晶ダイヤモンドを用いた。付着条件は真空容器内を1×10-9torr(約133×10-9Pa)にした後、種々の原料ガスを分子線バルブから間歇的に導入し、ガス導入のタイミングとあわせて波長10.6μmの炭酸ガスレーザを7J/パルスで照射する。原料ガスの導入は、圧電セラミック製の分子線バルブを約100マイクロ秒の間開け、1〜2秒間閉鎖し、この開閉を繰り返すことで行った。こうすることで、真空容器へ導入された原料ガスが直ちにプラズマ化され、その後電気的に中和され電荷を持たない原子ビームを効率よく発生させることができ、真空度の低下を抑制できた。そして、原料ガスへのレーザの照射により生成した原子ビームを単結晶ダイヤモンド表面に照射して薄膜の形成を行なった。
【0047】
【表1】



【0048】
原料ガスに化合物ガスを使用する場合は、ビームの数に合わせて試料前にチョッパを配置しておき、特定の原子ビームのみが基材に到達するように構成した。チョッパは、回転する円板の外周部に切欠等を設けて作製した。薄膜が2つ以上の元素からなる場合、付着原子をQMSで同定し、チョッパの回転条件を調整して、必要とする原子が試料に同時に到達するようにした。試料に到達するのは原子状態の元素なので、基材上で2つの元素は結合して化合物を形成する。さらに、タイムフライト法で原子ビームのエネルギーを測定したところ、5〜10eVであった。
【0049】
なお、表1の中の、試料番号4、5は最初にTiN、TiCを被覆した後に、ビーム3のCF4を原料として、フッ素をさらに被覆したものである。さらに試料番号6、7は、フッ素のみを被覆した試料である。CF4またはSF6を原料としてフッ素のみを被覆する場合は、チョッパを使用しなくてもよい。
【0050】
付着物質の種類はXRD(X‐ray diffraction)とXPSで解析し、付着量はQCMを用いて調べた。XPSで解析での解析の結果、試料No.1,2,3,4,5,6,7にはO、H、Arが認められなかった。また、QCMは水晶振動子の表面に物質が吸着すると周波数が変化し、この周波数変化と質量とが比例関係にあることを利用した質量測定手段である。QCMによる質量計測結果から単位時間・単位面積当たりの照射量が求められ、物質により原子半径が決まることから、QCMで求めた付着量から薄膜の厚さがわかり、厚さ方向の原子数が計算で求められる。さらに、薄膜表面の表面粗さをRmax(最大高さ:JIS B 0601 1982)にて評価したところ、いずれの試料もRmaxで10nm以下であることが確認された。
【0051】
<試験例2>
次に、薄膜を形成した試料表面に半径5mmのSUS440Cボールを5Nで押し付け、2mm/秒の速度で摩擦試験を行い、摩擦係数の測定を行なった。さらに、得られた試料を用いてノーズ半径が0.8mmのダイヤモンドバイトを作製し、ビッカース硬度450の合金工具鋼SKT4を切削速度50m/分、切り込み50μm、送り10μmの切削条件で超精密旋盤を用いて5分間切削加工した。そして、被削材面粗度、原子付着後のエッジ部の曲率半径、鋼切削後の刃先の状態を調べた。なお、比較のため、薄膜のない単結晶ダイヤモンド単体についても同様に摩擦試験と切削試験を行なった。付着物質の同定結果、薄膜の膜厚と併せて上記試験結果も表1に記載する。
【0052】
表1から明らかなように、単結晶ダイヤモンド表面に薄膜を形成し、その薄膜の厚さを薄膜構成原子の数で1〜100個とした試料は、いずれも摩耗が実質的に認められず、薄膜の被覆による被削材との反応が抑制されていることがわかる。特に、フッ素からなる薄膜を表面に具える試料では、耐溶着性に優れることがわかる。
【0053】
<試験例3>
次に、単結晶ダイヤモンド表面に薄膜を形成した試料を用いてノーズ半径が0.8mmのダイヤモンドバイトを作製し、ロックウェル硬度HRC40のSUS420J2を切削速度500mm/分、切り込み5μm、ピックフィード5μm、切削距離2m、ドライの切削条件で超精密旋盤を用いて切削加工を行った。より詳しくは、切削方向に2mmの長さの切削を行ない、この切削を切削方向と直交する送り方向に順次1000回繰り返すことにより切削試験を行った。ここでは、上記表1の試料No.7(付着物質F)に加え、さらに薄膜の付着物質をO(酸素)とした試料No.9を作製して、各試料を試験に供した。試料No.9の原料ガスは、ビーム1:酸素、ビーム2:なし、ビーム3:なしである。試料No.9の薄膜をXPSで解析すると共に、切削後の各試料の最大逃げ面摩耗幅を調べた。XPSで解析の結果、試料No.9の薄膜にはHおよびArのいずれも検出されなかった。また、比較のため、薄膜のない単結晶ダイヤモンド単体(表1の試料No.8)についても同様に切削試験を行なった。
【0054】
最大逃げ面摩耗幅を図3のグラフに、切削試験後の各試料の切刃の顕微鏡写真を図4に示す。このグラフから明らかなように、薄膜のない試料No.8(Nomal)に比べて、薄膜を形成した試料No.7(F)、試料No.9(O)はいずれも最大逃げ面摩耗幅が小さいことがわかる。また、顕微鏡写真からも明らかなように、薄膜のない試料No.8(Nomal)は図4(A)に示すように逃げ面にぎざぎざとなった大きな摩耗が認められ、図4(C)に示す試料No.7(F)、図4(B)に示す試料No.9(O)はいずれも逃げ面の摩耗が小さいことが認められる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は切削工具、特に、鋼の切削工具に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明ダイヤモンド部材の模式断面図である。
【図2】本発明ダイヤモンド部材の製造方法に用いる原子ビーム発生装置の模式図である。
【図3】切削試験後の各試料の最大逃げ面摩耗幅を示すグラフである。
【図4】切削試験後の各試料の切刃の顕微鏡写真を示し、(A)は薄膜のないもの、(B)は酸素で薄膜を形成したもの、(C)はフッ素で薄膜を形成したものである。
【符号の説明】
【0057】
1 ダイヤモンド 2 薄膜
10 真空容器 10A 第一領域 10B 第二領域 10C 第三領域
101 分子線バルブ 102 ノズル 103 入射窓 104 ミラー
105 基材ホルダ 106 QCM 107 QMS
20 X線分析部 201 X線源 202 DP-CMA
30 移送室 301移送ロッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド表面に薄膜が形成されたダイヤモンド部材であって、
前記薄膜は周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種あるいはフッ素または酸素から構成され、
その薄膜の厚さは薄膜構成原子の数で1〜100原子であることを特徴とするダイヤモンド部材。
【請求項2】
前記薄膜が酸素で構成され、
この薄膜には、XPSで分析した場合に、H、Arの少なくとも一種が実質的に検出されないことを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド部材。
【請求項3】
前記薄膜が酸素以外の材料から構成され、
この薄膜には、XPSで分析した場合に、O、H、Arの少なくとも一種が実質的に検出されないことを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド部材。
【請求項4】
ダイヤモンドが単結晶体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のダイヤモンド部材。
【請求項5】
薄膜の表面粗さがRmaxで10nm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のダイヤモンド部材。
【請求項6】
所定の真空度に保持された真空槽内に薄膜の原料ガスを供給し、
この原料ガスにレーザを照射して電荷を持たない原子ビームを生成して、
その原子ビームをダイヤモンド上に照射することで周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種あるいはフッ素または酸素から構成される薄膜を形成することを特徴とするダイヤモンド部材の製造方法。
【請求項7】
原子ビームのエネルギーが3〜20eVであることを特徴とする請求項6に記載のダイヤモンド部材の製造方法。
【請求項8】
真空槽内の真空度を1×10-4Pa以下とすることを特徴とする請求項6または7に記載のダイヤモンド部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2005−324319(P2005−324319A)
【公開日】平成17年11月24日(2005.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−87320(P2005−87320)
【出願日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】