説明

バッテリー、バッテリーシステムおよびマイクロ波発信装置

【解決課題】 スピン偏極電流が非磁性層において電流に変換される機構を解明し、この機構を利用した、強磁性層/非磁性層/強磁性層の積層構造を有するバッテリー装置、ならびに、非磁性層に印加した電流がスピン偏極電流に変換される現象を利用した磁化制御方法及びマイクロ波発信装置を提供する。
【解決手段】 少なくとも第1強磁性金属層13と、非磁性金属層12と、第2強磁性金属層11とをこの順に備え、前記非磁性金属層12の対向する端面23から電流を取り出すための対向電極を備えたバッテリーセルであって、前記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層の各層の厚さが、1nm〜200nmであり、前記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層の磁化方向14が、磁場21を印加することによりともに変化するバッテリーセルである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バッテリー、バッテリーシステムおよびマイクロ波発信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スピンの自由度を積極的にエレクトロニクスに利用しようとするいわゆるスピンエレクトロニクスの研究が盛んに行われている。なかでもスピン注入磁化反転を利用した磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(MRAM)は、最も野心的な提案として知られている。
【0003】
スピン注入磁化反転とは、例えば、強磁性体層(F1層)/非磁性体層(N層)/強磁性体層(F2層)の3層構造において、F1層の厚さがF2層の厚さより充分薄い場合において、積層面に対して垂直方向にバイアス電流を印加すると、F1層の磁気モーメントに比べてF2層の磁気モーメントに強いトルクが働いて、F2層の磁気モーメントのみが回転し、反転する現象をいう(例えば、非特許文献1を参照。)。
【0004】
各層において磁気モーメントに働くトルクは、スピン偏極電流の変化と関係づけられる。スピン偏極電流とは、特定の方向のスピンの角運動量を有する伝導電子のスピンの流れである。
【0005】
磁化方向を、積層面に対して垂直方向にバイアス電圧を印加することなく、スピン偏極電流によって反転させることも試みられている(例えば、非特許文献2および3を参照)。F1層にパルス磁場の印加等によって特定方向のスピンを強制的に注入したとき、F1層とN層との界面、N層とF2層との界面においてスピンの角運動量が授受され、F2層におけるスピン偏極電流の増加がF2層の磁気モーメントにトルクとして働く。このスピン偏極電流によるトルクが制動トルクより大きい場合、F2層の磁化方向を反転させることができると期待されている。
【非特許文献1】屋上、鈴木、日本応用磁気学会誌、Vol.28、No.9(2004)937〜948頁、
【非特許文献2】安藤、水上、宮崎 固体物理40 No.1(2005)35〜42頁
【非特許文献3】理研ニュースNo.281、研究最前線「スピンの流れを操る」、2004年11月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、スピン偏極電流が非磁性層において電流に変換される機構を解明し、この機構を利用した、強磁性層/非磁性層/強磁性層の積層構造を有するバッテリー装置、ならびに、非磁性層に印加した電流がスピン偏極電流に変換される現象を利用した磁化制御方法、マイクロ波発信装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るバッテリーセルは、少なくとも第1強磁性金属層と、非磁性金属層と、第2強磁性金属層とをこの順に備え、前記非磁性金属層の対向する端面から電流を取り出すための対向電極を備えたバッテリーセルであって、前記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層の各層の厚さが、1nm〜200nmであり、前記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層の磁化方向が、磁場を印加することによりともに変化するものである。
本発明に係るバッテリーは、上記バッテリーセルを、絶縁層を介して積層したものである。
本発明に係るバッテリーシステムは、上記バッテリーセルまたはバッテリーと、上記バッテリーセルまたはバッテリーの非磁性金属層の積層面に垂直な方向に磁場を印加することができる磁場発生装置とを備えたものである。
本発明に係るマイクロ波発信装置は、少なくとも第1強磁性層と、非磁性層と、第2強磁性層とをこの順に備え、前記非磁性層の積層面に平行な方向に電流を流すための対向電極を備えた、面内サイズが磁壁幅より小さい磁性膜セルと、該磁性膜セルに前記対向電極を介して交流電流を印加することができる交流電源と、前記交流電源の周波数と磁化振動周期との同期手段とを備えた、マイクロ波発信装置である。
本発明に係る方法は、少なくとも第1強磁性層と、非磁性層と、第2強磁性層とをこの順に備えた面内サイズが磁壁幅より小さい磁性膜セルと、該磁性膜セルの積層面に対して垂直方向に電流を流すために第1強磁性層と第2強磁性層とに設けられた第1対向電極とを備えたスピン注入磁化反転素子において、前記第1強磁性層および第2強磁性層の磁化方向を平行または反平行に相互に切り換えるための方法であって、前記第1対向電極と前記非磁性層の積層面に平行方向に電流を流すために設けた第2対向電極とのそれぞれに、極性可変の電源を接続するステップと、該電源を用いて、前記磁性膜セルに第1対向電極と第2対向電極とを介して、直流電流を流すステップとを含む方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、非接触で非常に短時間の充電が可能で、容量低下が起きにくいバッテリーを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明を、図面を参照して詳細に説明する。同じ部材には同じ符号を付して表した。なお、本発明は以下に説明する形態に制限されるものではない。
本発明のバッテリーセルは、第1強磁性金属層と、非磁性金属層と、第2強磁性金属層とをこの順に備えたものである。
本明細書において、上記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層を区別しない場合、単に強磁性金属層と称する。
強磁性金属層の材料としては特に限定されないが、例えば、コバルト、鉄−ニッケル合金(Py)等を採用することができる。第1強磁性金属層と第2強磁性金属層とは、同一の材料を用いてもよいし、異なる材料を用いてもよい。また、各強磁性金属層は、異なる材料からなる2層以上の層を含んでいてよい。非磁性金属層の材料としては、例えば、銅(Cu)、白金(Pt)、金(Au)等を採用することができ、なかでもバッテリーセルとして用いる場合、後述するスピン−軌道相互作用が比較的強いことが求められるので、白金(Pt)、金(Au)が好適に用いられる。
非磁性金属の不純物濃度としては、後述するスピン−軌道相互作用による伝導電子の散乱が適度に起こる程度含まれていることが好ましく、例えば、1×1019cm-3〜1×1020cm-3とすることができる。
本発明において用いられる強磁性金属層および非磁性金属層は、従来公知の半導体加工プロセス技術を用いることができ、真空蒸着法、マグネトロンスパッタリング法等により形成することができる。
【0010】
強磁性金属層は、バッテリーセルとして用いるためには、薄く形成する必要がある。強磁性金属層の層厚としては、強磁性金属の種類や隣接する非磁性金属層の種類等にもよるが、例えば、強磁性金属として、コバルト、非磁性金属層として、白金を用いる場合、1nm〜200nmとすることができる。好ましい下限は、2nm、好ましい上限は、40nmである。層厚が上記範囲内であると、スピン偏極電流が効率よく流れることができる。第1強磁性金属層の層厚と第2強磁性金属層の層厚とは、同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0011】
非磁性金属層の層厚は、厚すぎるとスピン拡散によってスピンの向きが乱れスピン偏極電流が流れなくなる場合があるので、例えば、白金を用いる場合、1nm〜10nm、金を用いる場合、1nm〜50nmとすることが好ましい。
各上限は、それぞれの室温におけるスピン拡散長である。
【0012】
本発明のバッテリーセルは、二つの強磁性金属層の磁化方向が、磁場を印加することによりともに変化するものである。本明細書において、「強磁性金属層の磁化方向が変化する」とは、強磁性金属層中の電子のスピンに、積層面に垂直な方向に加えられる磁場や積層面に垂直な方向に加えられる電流等によって系外から与えられるトルクが制動トルクを上回り、スピン偏極電流が非磁性金属層に流れだすことを意味する。
本発明のバッテリーセルでは、いずれかの強磁性金属層の磁化方向が、一方向に固定されている必要はない。すなわち、磁化方向が変化しない磁化固定層(ピン層)を有しない点、および積層面に対して垂直方向に電流を印加する必要がない点で、後述するスピン注入磁化反転素子とは区別すべきものである。
【0013】
本発明のバッテリーセルは、上記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層の磁化方向が、磁場を印加していない状態において、反平行の関係にあることが好ましい。反平行であると、積層面に垂直に外部磁場を印加した場合、磁化は外部磁場の方向に向こうとするので、ノンコリニアな状態になりやすく、両層間にスピン偏極電流が流れる状態になりやすい。本明細書において、「ノンコリニア」とは、平行または反平行でない状態を意味する。
【0014】
第1強磁性金属層および第2強磁性金属層を、磁化方向が反平行になるように積層する方法としては、層間交換相互作用(Rudermann―Kittel―Kasuya−Yoshida(RKKY)相互作用ともいう)を利用する。この相互作用の特徴は、非磁性層の厚さが変化すると、強磁性層間の磁化の相互作用の大きさが振動しながら距離の3乗で減衰することである。振動周期は、伝導電子のフェルミ波長程度(10-10m)である。したがって、適当に厚さを変えれば、相互作用の符合を変えられるので、磁化が互いに反平行になるようにすることができる。
【0015】
本発明のバッテリーセルに関し、動作原理は特定の理論に拘束されるものではないが、現状考えられている原理を以下に説明する。
まず、図2に示すように、第1強磁性金属層11と第2強磁性金属層13における反平行の状態にある磁化方向14を、例えば、外部磁場[Hex]21を印加することによって、ノンコリニアな状態(状態A)にする。
かかるノンコリニアな状態において、積層面に対して垂直な方向すなわちz方向に、各層の磁化方向m1、m2の外積m1×m2の大きさに比例したスピン偏極電流jsが流れる。スピン偏極電流の量は、m1とm2の向きが直交するときに最大になる。また、各層の面内サイズ(面積)を大きくすれば、その量は面積に比例して大きくなる。ここでいうスピン偏極電流jsは、スピンの向きが上向きの伝導電子の流れをベクトル量j↑、下向きの伝導電子の流れをベクトル量j↓としたときに、js=j↑−j↓で定義される。
図3に示すように、バッテリーを負荷に接続していない条件下では、上向きスピンの伝導電子31と下向きスピンの伝導電子32が互いに反対方向33に流れており、正味の電流を伴わないスピンの流れのみが生じている状況である。したがって、このスピン偏極電流は、ジュール熱によるエネルギー散逸を伴わない平衡流である。
図2の状況においては、スピンの向きは、m1とm2のベクトル外積の方向、すなわち、y軸を基準に取るものとなる。
【0016】
非磁性金属層12は、上述の通りPt、Au等で作成することができる。非磁性金属層12は、不純物を含むのであり、かかる不純物によって、伝導電子はスピン−軌道相互作用を受ける。この相互作用による伝導電子の散乱において、上向きスピンと下向きスピンにその散乱が起きる確率は同じであるが、散乱される方向は互いに逆方向である。上述の平衡スピン偏極電流の場合、上、下スピンの伝導電子の流れ41は互いにz軸に沿って逆方向であるから、スピン−軌道相互作用によって散乱される方向は同じとなり、スピン偏極電流の流れに対して垂直方向に正味の流れ、ホール電流42が生ずる(図4)。
ホール電流ベクトルjは、スピン偏極電流ベクトルjsとスピンの向き(y軸方向単位ベクトルをyで表す。)の外積js×yに比例すると考えられる。つまり、ホール電流の流れの向きは、y軸とz軸によって形成される面に対して垂直な方向、すなわちx方向である。
ホール電流42は、非磁性金属層境界面に達すると緩和が起こり、最終的には、非磁性金属層境界面(対向端面)51に電荷52の蓄積が起こり、境界面間に電位差が生じる。(図5)
以上がスピン偏極電流から面内電流へ変換される機構である。これは電場でスピン流を発生させるのと逆の作用であり逆スピンホール効果と呼ばれている。
【0017】
以下、本発明のバッテリーセルを用いたバッテリーからどれくらいのエネルギーが取り出せるかを試算してみる。二つの強磁性金属層の材料をコバルト(Co)とする。コバルトのキュリー温度は約Tc=1400Kであるので、交換相互作用エネルギーは、
BTc=1400×1.4×10-23=2×10-20
(kB:ボルツマン定数)と概算される。格子間隔を3.5×10-10mとすると、二つの強磁性層をノンコリニアな状態にしたときに蓄えられる単位体積当たりのエネルギーは、4.6×108J/m3と概算される。これを、Wh/L(ワットアワー/リットル)の単位に直すと、1Wh=3600J、L=1×10-33で、4.6×108/3.6×106=128Wh/Lとなる。
そして、ノンコリニアな強磁性金属層間を流れるスピン偏極電流Jsによって誘起される電流Jとの関係は、
J=σISHEJs
と比例関係にあり、この比例係数が、スピン偏極電流から電流への変換効率となる。σISHEは一般に、σ0/σSHと書ける(ここでσ0は縦電気伝導率(例えば、x方向の電場に対して、x方向に電流が流れる)、σSHはスピンホール流伝導率(例えば、y方向の電場に対して、z方向スピンをもったスピン流がx方向に流れる)である)。したがって、スピン偏極電流と電流の比(変換効率)Js/J=σISHE-1=σSH/σ0となるが、これは非磁性金属層におけるスピン−軌道相互作用の大きさηS0に大体比例する。文献(Concept in Spin Electronics, S. Takahashi et al.,p365,Table 8.1の右端のηs0)によると、銅(Cu)で約0.03〜0.04である。金や白金に対するデータはないが、この値を変換効率として汎用すると、バッテリーとして取りだせるエネルギー密度は、蓄えられたエネルギー密度×変換効率である。最近の電池のエネルギー密度が、数百Wh/Lで、変換効率を10%(0.1)とすると、本発明のバッテリーセルのエネルギー密度は、一桁小さいが、変換効率を一桁上げられれば、同程度となる。
【0018】
以上のバッテリー密度と変換効率の値を使用し、バッテリーセルの強磁性金属層および非磁性金属層の各層サイズを、それぞれ例えば、縦1cm×横1cm×厚さ10nmとした場合、蓄えられるエネルギーは、2.3×10-4Jとなる。ここで、取り出す電流を1[V]1[mA]=1×10-3J/s程度とすると、2.3×10-4/1×10-3=0.23秒ほどで、放電することになる。
【0019】
本発明のバッテリーセルは、非磁性金属層の対向する端面から電流を取り出すための対向電極を備えたものである。
対向する端面は、非磁性金属層における面内電流が緩和する境界面である。境界面は、コリニアな磁化方向に対して垂直な面と一致することが好ましい。
非磁性金属層は非常に薄く形成する必要があるので、端面の面積は非常に小さい。したがって、該非磁性金属層と電気的に接続する対向電極は、リード線によって容易に電流を取り出せるよう、例えば、取り出し電極とすることができる。取り出し電極は、第1強磁性金属層の面上のみならず第1強磁性金属層の積層面からはみ出すように非磁性金属層を形成することにより設けることができる。次いで第2強磁性金属層は、非磁性金属層の取り出し電極部分にマスキングをしたうえで積層することができる。
対向電極の材料としては、リード線と非磁性金属層との接触抵抗が小さくなるよう、パラジウム、はんだ等を採用することができる。
【0020】
本発明のバッテリーセルの面積(面内サイズ)としては、強磁性層における磁化構造が単磁区構造を有することができれば、数cm2とすることができる。
【0021】
本発明のバッテリーセルは、構造が極めて単純であることから、微小な二次電池として他のデバイスに組み込んで用いることができる。しかしながら、現存の汎用電池程度の容量を確保するためには、上記バッテリーセルを積層面に対して垂直方向に積み上げることが好ましい。上記バッテリーセルを絶縁層を介して積層したバッテリーもまた本発明の1つの態様である。
上記絶縁層の材料としては、TMR(トンネル磁気抵抗)素子にも用いられているアモルファス材料であるアルミナ(Al23)や結晶質材料である酸化マグネシウム(MgO)等が挙げられる。上記絶縁層の積層方法としては、マグネトロンスパッタリング法等が挙げられる。絶縁層の1層あたりの厚さは、1nm〜10nmとすることができる。
上記バッテリーセルの積層数としては特に限定されないが、例えば、数万層積み上げることにより、1mA程度の電流で数時間は持続することができる。
【0022】
非磁性金属層の対向電極をリード線で結線すると、図6に示すように、電位差により線間に電流が流れ、系外の負荷61に対して仕事をすることができる。一方、その代償として磁化方向14が反平行に戻り、層間に平衡スピン偏極電流が流れなくなる。そして、再び磁場等を用いることによって、各層の磁化方向をノンコリニアな状態にすることができ(これが充電に対応する)、上記状態Aに戻すことができる。
【0023】
上記バッテリーと、該バッテリーの非磁性金属層の積層面に垂直な方向に有効磁場を印加することができる磁場発生装置とを備えたバッテリーシステムもまた、本発明の1つの態様である。
磁場発生装置は、積層面に厳密に垂直に磁場を加えられるものである必要はなく、積層面に垂直な磁場成分を印加することができるものであればよい。積層面に垂直な磁場成分を有効磁場という。
かかる有効磁場の印加方法としては、強磁性共鳴法(FMR)、あるいはパルス磁界を印加する方法等を採用することができる。
本発明のバッテリーセルまたはバッテリーにおける外部への放電操作と磁場発生装置を用いた充電操作とは、動作として閉じており、何度も利用することができ、従来のバッテリーのように消耗または劣化する部分がなく、電極劣化による容量低下等が起きず、原理的には半永久的に使用することができる。
【0024】
本発明のバッテリーシステムは、上述の通り、充電を外部磁場の印加によって行うものであるが、本発明のバッテリーセルまたはバッテリーの非磁性金属層に設けられた対向電極に電流を流すことにより、充電することも可能である。
上述したスピン偏極電流−電流変換機構は、スピン偏極電流が流れることによって、非磁性金属層の積層面内にスピン−軌道相互作用を介した電流が発生するものである。この関係は線形応答の関係にある。つまり、スピン偏極電流は、電流に比例する。逆にとらえれば、電流はスピン偏極電流に比例することになる。
したがって、図7に示すように非磁性金属層12面内に電流72を流すことによって、積層面に垂直な方向にスピン偏極電流22を発生させることができ、スピン偏極電流22は磁化にトルク73を与える働きをするので、強磁性金属層11、13内の磁化14をノンコリニアな状態にすることが可能となる。
【0025】
[スピン注入磁化反転素子およびマイクロ波発信装置への応用]
スピン注入磁化反転素子とは、本発明のバッテリーセルと基本的に同様に、非磁性層を介して強磁性層を接合した多層膜構造を有する素子であって、MRAM等への応用が期待されている素子である。この素子は、積層面に対して垂直方向に電流を流すことによって、磁化固定層93と呼ばれる強磁性層の積層面内の磁化方向を一定方向に保ちつつ、磁化反転層91と呼ばれる強磁性層の積層面内の磁化方向をスイッチし、2つの強磁性層の磁化方向を平行または反平行の状態に切り換えることが可能であり、その平行の時と反平行の時の抵抗差を利用して、磁気情報の書き込みと読み取りとを行う素子である。このスピン注入磁化反転素子を構成するためには、磁性膜セルの面内サイズを、用いる強磁性材料の磁壁幅より小さくすることが好ましく、100nmφのオーダーにすることが求められる。より具体的には、磁性膜セルの面内サイズは、少なくとも200nmφ以下で、4nmφ〜100nmφであることが好ましい。
本明細書において、上記「面内サイズ」とは、強磁性層の積層面の長軸長である。
このようなスピン注入磁化反転素子において、もっとも改善が望まれているのは、磁化方向のスイッチに必要な閾電流値を下げることである。上記のスピン偏極電流−電流変換機構の効果を、図8に示すような従来のスピン注入磁化反転素子に組み込めば、非磁性層の面内電流により磁化方向のスイッチをアシストすることができるスピン注入磁化反転素子の開発が可能になる。すなわち、積層面に対して垂直方向に第1対向電極を介して電流を流し反転層の磁化の方向をスイッチする際に、図9に示すように非磁性金属層92の積層面に平行な方向にも第2対向電極を介して電流を流し、積層面に対して垂直方向にスピン偏極電流を誘起する。誘起されたスピン偏極電流により、磁化反転層91の磁化14にトルク94が働き、磁化の反転を促すことができる。元に戻すには、それぞれの電流の向きを同時に変えれば良い。この方式の大きなメリットは、磁化を反転させる為に多層膜の面直方向に流すことを要する閾電流値の低下が期待できることである。
【0026】
積層面内にも電流を流すので積層面に対して垂直に流す電流値が下がったとしても、反転に要するトルク量に変化はないので、この素子のもう1つの大きなメリットは、発生するジュール熱は減少するという点にある。電流によるジュール熱損失を減らすことは、素子の開発にとって重要課題の一つであるからである。
従来のスピン注入反転素子における反転電流をIとする。このときのジュール熱は、素子の抵抗をRとすると、
Wa=RI2
となる。一方、本発明において、反転電流をI1、積層面内に流す電流をI2とする。ここで、I=I1+I2という条件が満たされているとする。この場合のジュール熱は、
【0027】
【数1】

【0028】
となり、ジュール熱は減少する。
【0029】
さらに、少なくとも第1強磁性層と、非磁性層と、第2強磁性層とをこの順に備え、上記非磁性層の積層面に平行な方向に電流を流すための対向電極を備えた、面内サイズが磁壁幅より小さい磁性膜セルと、該磁性膜セルに前記対向電極を介して交流電流を印加することができる交流電源と、上記交流電源の周波数と磁化振動周期との同期手段とを備えたマイクロ波発信装置もまた、本発明の1つの態様である。
図10に示すように、非磁性層102面内に流す電流を交流電流にすることによって、積層面に対して垂直に誘起されるスピン偏極電流22を交流に変換することができる。これによって、強磁性層内の磁化方向14を積層面に垂直に振動させることが可能になり、同期手段により、交流電源周波数をこの磁化振動周期に同期させることによって共鳴を起こし、磁化のコヒーレントな振動を誘起することができると考えられる。すなわち、マイクロ波104を発信させることが可能になる。このような発信装置を基板上に作り込み、同じ基板上あるいは隣接基板上に受信装置を作り込むことによって、性質が異なる2つの部分間での非接触データ伝送が可能になる。
【0030】
本明細書において、マイクロ波発信装置に用いられる磁性膜セルは、いずれかの強磁性層の磁化方向が、一方向に固定されているものである必要はないが、一方向に固定されているものであってもよい。マイクロ波発信装置の磁性膜セルにおける上記第1強磁性層、および第2強磁性層の層厚は、上述した本発明のバッテリーセルにおける強磁性金属層の層厚と同一範囲であってもよいし、スピン注入磁化反転素子に従来要求されている層厚の範囲であってもよい。マイクロ波発信装置における磁性膜セルの面内サイズは、スピン注入磁化反転素子と同程度のオーダーにすることが求められる。より具体的には、セルサイズは、少なくとも200nmφ以下で、4nmφ〜100nmφであることが好ましい。
【0031】
交流電源の電流の大きさとしては、1×106Acm-2〜1×107Acm-2が好ましい。交流電源の交流周波数としては、磁化振動周期が強磁性金属の材質に固有の値をもつので、強磁性金属の種類によっても異なるが、通常、1GHz程度である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明のバッテリーセルにおける第1強磁性金属層と第2強磁性金属層との磁化方向が反平行な状態を示す模式図である。
【図2】本発明のバッテリーセルの特定の方向に外部磁場を印加したときの磁化方向の変化と、それにより生じるスピン偏極電流の向きを示す模式図である。
【図3】スピン偏極電流の平衡状態を示す模式図である。
【図4】本発明のバッテリーセルの非磁性金属層にスピン偏極電流によりホール電流が生じた状態を示す模式図である。
【図5】ホール電流により、非磁性金属層の境界面に電位差が生じた状態を示す模式図である。
【図6】境界面間を結線することによる電流の取り出しと、それに伴ってF1層とF2層との磁化方向が反平行になる状態を示す模式図である。
【図7】非磁性金属層の積層面内に電流を流すことにより、積層面に対して垂直方向にスピン偏極電流が発生し、第1強磁性金属層と第2強磁性金属層との磁化方向が再度ノンコリニアになる、バッテリーへの充電方法の一態様を示す模式図である。
【図8】従来のスピン注入磁化反転素子の動作原理を示す模式図である。
【図9】本発明のスピン注入磁化反転素子の動作原理を示す模式図である。
【図10】本発明のマイクロ波発生装置の概念図である。
【符号の説明】
【0033】
11、101 第2強磁性(金属)層
12、102 非磁性(金属)層
13、103 第1強磁性(金属)層
14 磁化方向
21 外部磁場
22 スピン偏極電流
23、51 対向端面
31 上向きスピン電子
32 下向きスピン電子
33 平衡スピン偏極電流
41、71 スピン−軌道相互作用による散乱方向
42、72 面内電流(ホール電流)
52 蓄積電荷
61 負荷
81、91、 第2強磁性層(磁化反転層)
82、92、 非磁性層(スペーサー)
83、93、 第1強磁性層(磁化固定層)
73、94 トルク
104 マイクロ波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも第1強磁性金属層と、非磁性金属層と、第2強磁性金属層とをこの順に備え、前記非磁性金属層の対向する端面から電流を取り出すための対向電極を備えたバッテリーセルであって、
前記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層の各層の厚さが、1nm〜200nmであり、
前記第1強磁性金属層および第2強磁性金属層の磁化方向が、磁場を印加することによりともに変化するバッテリーセル。
【請求項2】
請求項1に記載のバッテリーセルを、絶縁層を介して積層したバッテリー。
【請求項3】
請求項1に記載のバッテリーセルまたは請求項2に記載のバッテリーと、該バッテリーセルまたはバッテリーの非磁性金属層の積層面に垂直な方向に磁場を印加することができる磁場発生装置とを備えたバッテリーシステム。
【請求項4】
少なくとも第1強磁性層と、非磁性層と、第2強磁性層とをこの順に備え、前記非磁性層の積層面に平行な方向に電流を流すための対向電極を備えた、面内サイズが磁壁幅より小さい磁性膜セルと、
該磁性膜セルに前記対向電極を介して交流電流を印加することができる交流電源と、
前記交流電源の周波数と磁化振動周期との同期手段とを備えた、マイクロ波発信装置。
【請求項5】
少なくとも第1強磁性層と、非磁性層と、第2強磁性層とをこの順に備えた面内サイズが磁壁幅より小さい磁性膜セルと、
該磁性膜セルの積層面に対して垂直方向に電流を流すために第1強磁性層と第2強磁性層とに設けられた第1対向電極と
を備えたスピン注入磁化反転素子において、前記第1強磁性層および第2強磁性層の磁化方向を平行または反平行に相互に切り換えるための方法であって、
前記第1対向電極と、前記非磁性層の積層面に平行な方向に電流を流すために設けた第2対向電極とのそれぞれに、極性可変の電源を接続するステップと、
該電源を用いて、前記磁性膜セルに第1対向電極と第2対向電極とを介して、直流電流を流すステップとを含む方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−71720(P2008−71720A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−251737(P2006−251737)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】