説明

マイクロミラー装置

【課題】回動するミラーを有するマイクロミラー装置において、ミラー部の慣性モーメントに大きく影響を与える重量の増加を最低限に抑えつつ、ミラー部の剛性を向上させて往復振動時の反りや変形を極力低減させることができるように、ミラー部の構成について工夫すること。
【解決手段】トーションバー(52)を介してミラー部がフレーム(53)に対して回動可能に連結されたマイクロミラー装置を前提として、
上記ミラー部は、引張り応力を有する層(12a)と圧縮応力を有する層(12b)を備え、この二つの層の屈折率を異ならせて交互に積層した積層構造から構成される応力制御反射層(12)を含んで成ることである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光スキャナーや二次元走査ミラーなどのマイクロミラー装置に関するものであって、ミラー部の高剛性化と軽量化を同時に実現する技術を提供するものである。このマイクロミラー装置は、画像形成装置や投影型ディスプレイ装置において光を走査する機構に応用することができる。
【背景技術】
【0002】
一般に、光応用分野において、光ビームを走査する手段としてこれまでに多くの方式や技術が提案され、実現されてきた。代表的な例として、電子写真方式による画像形成装置が挙げられる。これまでにこの分野では、ポリゴンミラーと呼ばれる多面体の反射面を有するミラーを高速で回転させて、光を走査する方式が一般的に用いられてきた。しかし、ポリゴンミラー方式は、多面体ミラーと、それを高速で回転させるモーターが必須の構成要件であり、光走査システムの小型化と省エネルギーの面から改善が望まれている。
【0003】
近年、ポリゴンミラー方式に変わる光走査システムとして、マイクロマシニング技術を用いたマイクロミラー装置の開発が盛んになってきている。この技術は主にSiを母材とし、半導体製造技術を利用した微細加工技術により製造するもので、従来のポリゴンミラーに比較して小型化がはるかに容易であり、省エネルギー駆動が可能であるという特徴を有している。
しかしながら、このマイクロミラー装置においても以下のような問題がある。即ち、光を走査するために往復振動するミラーの剛性が低い場合、振動による慣性力によりミラーが撓むなどの変形が生じる。このような変形が生じると、反射された光ビームの光学特性に大きく影響を与えるので、ミラーの変形を極力低減させる必要があることは言うまでもない。
【0004】
このような慣性力による動的な変形を低減させる方法として、ミラーとなる部分の厚さを厚くしてミラー部の剛性を向上させるという方法がある。しかしながら、このような手法では、ミラー部の慣性モーメントが増加することになりミラーの振れ角が小さくなるか、又は同じ振れ角を達成しようとした場合には、駆動エネルギーが増加するという問題がある。
そして、回動ミラーを有するマイクロミラー装置を含めた光スキャナーにおいて、応力を制御して回動ミラーの動的な変形や反りを低減させる技術や、ミラー部の反射層に誘電体多層膜を用いる技術は、以下に説明するとおり公知の事項である。
【0005】
特開2003−22414号公報(「バーコードリーダ」、特許文献1)には、バーコードリーダの可動ミラーについて、ガラス基板上に高屈折材料と低屈折材料を光学的な厚さでそれぞれ光線の波長λの1/4ずつ交互に重ねた誘電体多層膜により構成されることが記載されている。しかし、この従来の可動ミラーにおいては、反射層として積層構造を利用するために高屈折材料と低屈折材料を交互に重ねた構造を有しているが、応力の制御に関することや応力に起因するミラー部の反りに関しては、全く言及されていない。
【0006】
特開2007−241018号公報(「全反射ミラー」、特許文献2)には、全反射ミラーについて、透明基板の主表面にミラー膜を形成し、その裏面に透明基板と同等の屈折率を有する矯正膜を形成して、その応力により反りを矯正するものが記載されている。これは、透明基板の主表面に形成したミラー膜の応力を丁度打ち消すような矯正膜を形成するものである。この従来の全反射ミラーによれば、確かに、応力の補償を行なうことにより静的な状態での反りを矯正し、低減することができるが、しかし、それは単に応力のバランスを取って反りを矯正しているのみであって、ミラー部の剛性を高めているわけではなく、ミラー部が往復振動する動的な状態での反りや変形の防止に関しては、全く言及されていない。
【0007】
特開2007−248731号公報(「マイクロミラー並びにそれを用いた光部品および光スイッチ」、特許文献3)には、マイクロミラーについて、基板に対して回転可能な梁で連結された可動ミラーにおいて、反射面は可動ミラーの基体に形成された膜で構成され、可動ミラーの基体は反射面よりも薄肉部を有するものが記載されている。このような構造によれば、確かに、ある程度の軽量化が図られるものの、剛性の向上については全く期待できないものである。
さらに言えば、ミラー部の軽量化のためには薄肉部を多く設けた方が効果は大きい。逆に、ミラー部の剛性維持のためには薄肉部はできるだけ少ない方が都合はよい。このように、軽量化と剛性の向上とは全く相反するものであるのに対して、「薄肉部を設ける」という一方向からのアプローチであるために、最適な解を得ることは非常に難しく、実際にはある程度の改善しか得られないものである。
【0008】
本発明に最も技術的に近いと言えるのが以下の特許である。特開2007−283442号公報(「プレーナー型アクチュエータ」、特許文献4)には、薄板状の可動板を有するプレーナー型アクチュエータについて、可動板の上面に圧縮応力を発生する応力膜を形成したり、その応力膜の上にさらに圧縮応力を発生する応力膜を重ねたり、可動板の下面に引張応力を発生する応力膜を形成したりして、可動板の反りを補正することが記載されている。このプレーナー型アクチュエータは、反りを正確に補正しようとすればするほど重量が増加して、可動板の剛性が低下する。
【0009】
特開2005−308863号公報(「偏向ミラー、光走査装置及び画像形成装置」、特許文献5)には、ミラー基板の一端を支持したねじり梁をねじり回転軸として、該ミラー基板を往復振動させるタイプの偏向ミラーが記載されている。この偏向ミラーでは、ねじり梁の非支持端が一対の連結部材を介しミラー基板と連結されており、ミラー基板をねじり梁と直接結合して振動させた場合の動的撓み量のピーク位置より、回転中心軸から遠い位置においてミラー基板と連結部材が結合されている。このような連結部材の介在によりミラー基板の動的撓み変形が抑制され、動的歪み量の小さい領域が拡大し、かつ、その領域内の動的撓み量も減少させることができるものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明の課題は、回動するミラーを有するマイクロミラー装置において、上記従来のマイクロミラー装置の問題点を解決するために、ミラー部の慣性モーメントに大きく影響を与える重量の増加を最低限に抑えつつ、ミラー部の剛性を向上させて往復振動時の反りや変形を極力低減させることができるように、ミラー部の構成について工夫することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
以下に、上記課題を解決するために講じた手段を作用とともに説明する。
(1) 本発明に係るマイクロミラー装置(請求項1に対応)は、トーションバーを介してミラー部がフレームに対して回動可能に連結されたマイクロミラー装置を前提として、
上記ミラー部は、引張り応力を有する層と圧縮応力を有する層を備え、この二つの層の屈折率を異ならせて交互に積層した積層構造から構成される応力制御反射層を含んで成ることである。
【0012】
このように構成することによって、回動するミラー部は応力制御反射層を有している構造であり、この応力制御反射層は引張り応力を有する層と圧縮応力を有する層を備え、この二つの層の屈折率を異ならせて交互に積層した積層構造であるため、ミラー部の慣性モーメントに大きく影響を与える質量の増加を最低限に抑えつつ、剛性を高めることができるので、ミラーの平坦性が確保できると共に、ミラー回動時に生じる反りや変形を効果的に抑えることが可能である。また、応力制御反射層は屈折率を考慮した設計がなされており、屈折率の高い層と屈折率の低い層を交互に積層して形成しているので、設計された狙いの波長(使用する光の波長)に対して、高効率の反射層として機能することができる。
さらに、上記応力制御反射層に誘電体多層膜を用いることにより、高温高湿の劣悪な環境においても高い反射率を維持することができる。
【0013】
(2) また、上記(1)のマイクロミラー装置において、ミラー部は、引張り応力を有し相対的に屈折率が低い材料からなる層と、圧縮応力を有し相対的に屈折率が高い材料からなる層を交互に積層した積層構造から構成される応力制御反射層か、若しくは、引張り応力を有し相対的に屈折率が高い材料からなる層と、圧縮応力を有し相対的に屈折率が低い材料からなる層を交互に積層した積層構造から構成される応力制御反射層を含んで成ることができる。(請求項2に対応)
【0014】
このような構成によって、ミラー部の応力制御反射層は、引張り応力を有し相対的に屈折率が低い材料からなる層(引張り応力/低屈折率層)と、圧縮応力を有し相対的に屈折率が高い材料からなる層(圧縮応力/高屈折率層)を交互に積層した積層構造か、若しくは、引張り応力を有し相対的に屈折率が高い材料からなる層(引張り応力/高屈折率層)と、圧縮応力を有し相対的に屈折率が低い材料からなる層(圧縮応力/低屈折率層)を交互に積層した積層構造であるので、上記(1)のマイクロミラー装置と同様の作用を生じるものである。
即ち、ミラー部の質量の増加を最低限に抑えつつ、剛性を高めることができるので、ミラーの平坦性を確保し、ミラー回動時の反りや変形を効果的に抑えることが可能である。また、応力制御反射層は屈折率を考慮して設計されているため、高効率の反射層として機能することができる。
さらに、上記応力制御反射層に誘電体多層膜を用いることにより、高温高湿の劣悪な環境においても高い反射率を維持することができる。
【0015】
(3) また、上記(1)又は(2)のマイクロミラー装置において、応力制御反射層を構成する各層が、全て無機材料で形成されてもよい。(請求項3に対応)
このような構成によって、応力制御反射層を構成する各層が全て無機材料であるため、耐熱性、耐プラズマ性、及び耐環境性に優れたものとなる。
【0016】
(4) また、上記(1)〜(3)のいずれかのマイクロミラー装置において、応力制御反射層の最表面に表面保護層が形成されてもよい。(請求項4に対応)
このような構成によって、反射層の表面に表面保護層が形成されているため、反射層の機械的強度が向上し、耐磨耗性に優れたものとなる。
【0017】
(5) また、上記(4)のマイクロミラー装置において、表面保護層がシリコン酸化膜であってもよい。(請求項5に対応)
このような構成によって、表面保護層がシリコン酸化膜であり、光学的に透明であるので、応力制御反射層の反射特性に全く悪影響を及ぼすことはなく、安定性に優れたものとなる。
【0018】
(6) また、上記(4)又は(5)のマイクロミラー装置において、応力制御反射層と表面保護層の各層は、イオンアシスト電子ビーム蒸着法によって形成されてもよい。(請求項6に対応)
このような構成によって、応力制御反射層と表面保護層の各層が、イオンアシスト電子ビーム蒸着法によって形成されるので、応力の制御や屈折率の制御性が向上し、設計どおりの特性を発揮する応力制御反射層と表面保護層を再現性よく形成することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の効果を請求項にしたがって整理すると次のとおりである。
(1) 請求項1及び請求項2に係る発明
回動するミラー部における応力制御反射層は、応力だけでなく屈折率も考慮して設計されており、単に応力制御層として機能するだけではなく、反射層としても機能するため、ミラー部の質量の増加を最低限に抑えつつ、剛性を高めることができるので、ミラーの平坦性が確保できると共に、ミラー回動時に生じる反りや変形を効果的に抑えることが可能である。また、応力制御反射層は、屈折率の高い層と屈折率の低い層を交互に積層して形成しているので、設計された狙いの波長(使用する光の波長)に対して、高効率の反射層として機能することができる。さらに、この応力制御反射層は、高温・高湿の劣悪な環境においても、高い反射率を維持することができる。
そして、上記応力制御反射層に誘電体多層膜を用いることにより、高温・高湿の劣悪な環境においても、高い反射率をさらに良好に維持することができる。
【0020】
(2) 請求項3に係る発明
応力制御反射層を構成する各層が全て無機材料で形成されているため、耐熱性、耐プラズマ性、及び耐環境性に優れたマイクロミラー装置を実現することができる。
(3) 請求項4に係る発明
応力制御反射層の表面に表面保護層が形成されているため、応力制御反射層の機械的強度の向上が図られ、耐磨耗性に優れたマイクロミラー装置を実現することができる。
【0021】
(4) 請求項5に係る発明
応力制御反射層の表面に形成される表面保護層がシリコン酸化膜であり、光学的に透明な材料であるため、反射特性に全く悪影響を及ぼすことなく、安定性に優れたマイクロミラー装置を実現することができる。
(5) 請求項6に係る発明
応力制御反射層と表面保護層の各層が、イオンアシスト電子ビーム蒸着法によって形成されているため、応力の制御や屈折率の制御性が向上し、設計に従った所望の特性を発揮する応力制御反射層と表面保護層を再現性よく形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、本発明のマイクロミラー装置におけるミラー部の模式的な断面図であり、応力制御反射層が低屈折率で引張り応力を有する層と、高屈折率で圧縮応力を有する層を交互に積層して形成されたものである。
【図2】図2は、同じく、本発明のマイクロミラー装置における別のミラー部の模式的な断面図であり、応力制御反射層が高屈折率で引張り応力を有する層と、低屈折率で圧縮応力を有する層を交互に積層して形成されたものである。
【図3】図3は、同じく、本発明のマイクロミラー装置における別のミラー部の模式的な断面図であり、図1に示された応力制御反射層の表面に表面保護層が形成されたものである。
【図4】図4は、同じく、本発明のマイクロミラー装置における別のミラー部の模式的な断面図であり、図2に示された応力制御反射層の表面に表面保護層が形成されたものである。
【図5】図5は、本発明のマイクロミラー装置の模式的な斜視図であり、ミラー母材の表面全体に応力制御反射層が形成されたものである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明のマイクロミラー装置におけるミラー部の基本的な構成について、図1を参照しながら説明する。図1はミラー部の模式的な断面図である。
図1に示されるように、本発明によるミラー部は、ミラー母材11上に応力制御反射層12が形成されている。この応力制御反射層12は、低屈折率で引張り応力を有する層(引張り応力/低屈折率層)12aと、高屈折率で圧縮応力を有する層(圧縮応力/高屈折率層)12bが交互に積層されて形成されており、その膜厚はナノメートルのオーダーで制御されている。
このように本発明によるミラー部は、応力と屈折率の両方を制御因子として設計され形成されることにより、質量の増加を最小限に抑えつつ、反射機能にも優れているミラー部を実現し得る点が大きな特徴である。
【0024】
(応力制御反射層12)
上記応力制御反射層12の構成について説明する。上述したように、応力制御反射層12は、低屈折率で引張り応力を有する層12aと高屈折率で圧縮応力を有する層12bが交互に積層されて形成されており、各層の膜厚はナノメートルオーダーで制御されている。このような積層構造は、半導体製造技術の分野で一般的に用いられる薄膜形成法を利用することにより、容易に実現することができる。一般に、このような薄膜形成法で成膜できる材料は、引張り応力を有する膜と圧縮応力を有する膜のいずれであっても形成可能であるばかりでなく、これらの薄膜形成法は、その成膜条件により、同じ材料の薄膜であっても、圧縮応力を有する膜から引張り応力を有する膜まで、比較的制御性よくコントロールすることができるという特徴を有している。また、スパッタリング法や電子ビーム蒸着法などの真空プロセスを利用した薄膜形成法では、成膜速度を把握することにより、ナノメートルオーダーであっても所望の膜厚を容易に実現することが可能である。
【0025】
上記応力制御反射層12に用いることのできる材料は、利用する成膜手法や必要とする応力の観点から適宜選択することが可能であるが、例えば、シリコン酸化膜やアルミナなどの酸化膜、及びシリコン窒化膜や窒化チタン膜等の窒化膜等が、その応力制御の容易さや膜の安定性から好適なものである。また、フッ化マグネシウムやフッ化ガドリニウムなどのフッ化物も、形成条件によってその屈折率が制御可能であるので用いることが可能である。
【0026】
(応力制御機能)
次に、このような低屈折率で引張り応力を有する層(引張り応力/低屈折率層)12aと高屈折率で圧縮応力を有する層(圧縮応力/高屈折率層)12bが交互に積層された構造において、剛性が向上する現象について説明する。剛性が向上する現象に寄与するのは膜の持つ応力であるので、応力に注目して説明する。引張り応力を有する層12aと圧縮応力を有する層12bが交互に積層された構造は、異方性を持った応力分布を有することになる。その結果、例えば、本来強度の低い層に圧縮応力が作用する場合は、層の強度は圧縮応力分だけ本来の強度よりも向上し、高強度化を実現することができる。一方、引張り応力と圧縮応力が隣接する層の界面付近では、発生しようとするクラックと残留応力の相互作用により、クラック進展方向が偏向あるいは阻害されて、結果的に高靭化される。このように積層構造を利用して、高強度化と高靭化を実現することにより、これまでに様々な複合セラミックス材料が研究・開発されてきた。
本発明は、この高強度化と高靭化を実現する積層構造の膜厚が、ナノメートルオーダーで制御されるという技術的特徴を有しているため、全体の膜厚をむやみに厚くすることなく、ミラー母材11の剛性を向上させることができる。さらに、積層する層数の増加と、効果を生み出す界面数の増加は、容易に実現し得るものであるため、制御性が良く、確実に効果を得る積層構造を実現することができる。
【0027】
これまでに、応力制御反射層12の応力がもたらす作用及び効果について説明したが、本発明による応力制御反射層12は、応力のみならず屈折率も同時に制御して形成されていることが最も大きな特徴である。応力の制御と屈折率の制御は、選択する材料によって、また、その形成方法によって実現可能である。このように本発明は、応力制御反射層12が応力を制御する(応力制御機能)と同時に、反射層としての機能(反射機能)を発揮するという、一つの積層構造体により二つの機能を実現する点が大きな特徴である。
【0028】
(反射機能)
次に、反射機能について説明する。図1に示されるように、応力制御反射層12は、低屈折率で引張り応力を有する層(引張り応力/低屈折率層)12aと高屈折率で圧縮応力を有する層(圧縮応力/高屈折率層)12bが交互に積層されて形成されている。このように低屈折率層と高屈折率層の積層構造は一般的によく知られているものであり、屈折率の低い材料と屈折率の高い材料とを対象として、波長の1/4の厚さで交互に積層することにより、光の干渉効果に基づいて、各層の境界面からの反射光が相加的に重なって非常に効率の高い反射層として機能するものである。使用する光の波長での必要な反射率の要求に対して、屈折率の低い材料と高い材料の屈折率をそれぞれどの程度にすればよいのか、また、各層の膜厚はどの程度必要なのかという点に関しては、一般的なパーソナルコンピューターで使用できる設計ソフトが広く知られている。
一般的に、このような屈折率の低い材料と屈折率の高い材料としては誘電体がよく用いられるため、誘電体多層膜と呼ばれることが多い。また、その形成方法は、スパッタリング法や電子ビームアシスト真空蒸着法のように、半導体製造プロセスで一般的に用いられる制御性に優れた技術を用いて形成することが可能である。一般的に、このように誘電体材料を用いる反射層は、金属膜に比較して、温度や雰囲気に対する耐久性に優れており、また、機械的強度も高いために耐磨耗性にも優れている。従って、ミラーが使用される温度等の環境に応じて、適宜選択することが可能である。
【0029】
上述した応力制御反射層12は、図1に示されるように、低屈折率で引張り応力を有する層(引張り応力/低屈折率層)12aと高屈折率で圧縮応力を有する層(圧縮応力/高屈折率層)が交互に積層されてなる構造を備えているが、必ずしもこのような積層構造である必要はない。次に、もう一つの積層構造例について、図2を参照しながら説明する。図2は、別のミラー部の模式的な断面図である。
図2に示されるように、ミラー母材21上に形成された応力制御反射層22は、高屈折率で引張り応力を有する層(引張り応力/高屈折率層)22aと、低屈折率で圧縮応力を有する層(圧縮応力/低屈折率層)22bが交互に積層されて形成されている。このように構成された応力制御反射層22であっても、先に述べた応力制御反射層12(図1を参照)と同様の作用、効果を得ることができる。
【0030】
これまでに説明したように、本発明における応力制御反射層は、屈折率と応力を制御因子として所望の特性を実現するように、適宜設計され形成されるものであるが、それらの設計指針に従って形成したとき、必ずしも機械的な強度が十分であるとは言えない場合もある。そのような場合には、応力制御反射層の表面に表面保護層を形成して表面強度の向上を図ることができる。その様子を図3及び図4に模式的に示している。
図3は、先に説明した図1に示されたミラー部の上に表面保護層33を形成したものである。即ち、ミラー母材31の上に、引張り応力/低屈折率層32aと圧縮応力/高屈折率層32bから成る応力制御反射層32を形成し、この応力制御反射層32の表面に表面保護層33を形成したものである。また、図4は、図2に示されたミラー部の上に表面保護層43を形成したものである。即ち、ミラー母材41の上に、引張り応力/高屈折率層42aと圧縮応力/低屈折率層42bから成る応力制御反射層42を形成し、この応力制御反射層42の表面に表面保護層43を形成したものである。
このとき、それぞれの表面保護層33,43は、ミラーに対して光学的に悪影響を及ぼすことのない材料を選択することが望ましく、それには透明材料が適しており、特にその光学特性、機械的特性、及び安定性などの面からシリコン酸化膜が最適である。
【0031】
このように応力制御反射層を有している点が本発明の大きな特徴であり、応力制御機能と反射機能という二つの機能を発揮する応力制御反射層が、ミラーとして形成された様子を図5に示している。図5はマイクロミラー装置を模式的に示す斜視図である。
本発明によるミラー部は、図5に示されるように、ミラー母材51の表面全体に応力制御反射層54が形成されている。なお、符号52及び53はそれぞれトーションバー及びフレームを示す。
図5に示されたものでは、回動するミラーを駆動する機構は省略しているが、本発明は駆動方式にとらわれることなく効果を発揮し得るものであるから、一般的な駆動方式である圧電素子駆動方式、静電駆動方式、又は電磁駆動方式のいずれの駆動方式であってもよい。
以下に、本発明のマイクロミラー装置について、実施例1〜実施例4により更に詳細に説明する。
【実施例1】
【0032】
本発明の実施例1について、図1を参照しながら説明する。この実施例1では、応力制御反射層12として、低屈折率で引張り応力を有するMgF膜から成る引張り応力/低屈折率層12aと、高屈折率で圧縮応力を有するSiO膜から成る圧縮応力/高屈折率層12bの積層構造を形成した例について説明する。
基板(ミラー母材)11としてSOI(Silicon On Insulator)ウェハを用いた。このSOIウェハは、絶縁層としてのシリコン酸化膜の厚さが1μm、それをはさむ形で応力制御反射層12が形成される表面側のシリコン層の厚さが100μm、裏面側のシリコン層の厚さが300μmに形成されたものである。このSOIウェハに対して、一般的なマイクロマシン技術を用いてマイクロミラー装置を形成した。本発明の特徴である応力制御反射層12の形成方法について、以下に説明する。RFマグネトロンスパッタリング法により、以下の表1に示す条件でMgF膜とSiO膜の積層構造を作成した。
【0033】
【表1】

【0034】
上記の条件で作成したMgF膜とSiO膜のそれぞれの応力は、事前の実験結果から得られており、MgF膜は900MPaの引張り応力、SiO膜は1GPaの圧縮応力であることが分かっている。このようなMgF膜とSiO膜とをそれぞれ6層、計12層の積層構造を形成して応力制御反射層12とした。
一方、屈折率について説明すると、上記の条件で作成したMgF膜とSiO膜のそれぞれの屈折率は、事前の実験結果から得られており、MgF膜の屈折率は1.38、SiO膜の屈折率は1.46であった。
【0035】
このようにして応力制御反射層12を形成した後、公知のマイクロマシン技術を用いて、ガルバノミラー型マイクロミラー装置を完成させた。反射率は、780nmのレーザー光に対して98.5%を示し、周波数2kHzで駆動させた場合の撓みによる変形量も、殆ど無視できる量に抑えることができた。
このようにして得られたマイクロミラー装置について、温度450℃、湿度85%の環境試験を行なったところ、反射率の低下はわずかに1%であり、非常に耐熱性に優れたマイクロミラー装置であることが確認できた。
【実施例2】
【0036】
本発明の実施例2について、図2を参照しながら説明する。この実施例2では、応力制御反射層22として、高屈折率で引張り応力を有するTiO膜から成る引張り応力/高屈折率層22aと、低屈折率で圧縮応力を有するSiO膜から成る圧縮応力/低屈折率層22bの積層構造を形成した。その形成方法はいずれもEB(電子ビーム)蒸着法を用いて、以下の表2に示す条件で行った。
【0037】
【表2】

【0038】
上記の条件で作成したTiO膜とSiO膜のそれぞれの応力は、事前の実験結果から得られており、TiO膜は850MPaの引張り応力、SiO膜は1GPaの圧縮応力であることが分かっている。このようなTiO膜とSiO膜とをそれぞれ8層、計16層の積層構造を形成して応力制御反射層22とした。
一方、屈折率について説明すると、上記の条件で作成したTiO膜とSiO膜のそれぞれの屈折率は、事前の実験結果から得られており、TiO膜の屈折率は2.52、SiO膜の屈折率は1.46であった。
【0039】
このようにして応力制御反射層22を形成した後、公知のマイクロマシン技術を用いて、ガルバノミラー型マイクロミラー装置を完成させた。反射率は、780nmのレーザー光に対して99.3%を示し、周波数2kHzで駆動させた場合の撓みによる変形量も、殆ど無視できる量に抑えることができた。
このようにして得られたマイクロミラー装置について、温度450℃、湿度85%の環境試験を行なったところ、反射率の低下は僅かに0.85%であり、非常に耐熱性に優れたマイクロミラー装置であることが確認できた。
【実施例3】
【0040】
本発明の実施例3について、図3を参照しながら説明する。この実施例3では、これまでの実施例とは異なり、最表層に表面保護層33を設けた例について説明する。この表面保護層33を形成するまでの構成は、上記実施例1で説明したものと同じであり、低屈折率で引張り応力を有するMgF膜から成る引張り応力/低屈折率層32aと、高屈折率で圧縮応力を有するSiO膜から成る圧縮応力/高屈折率層32bの積層構造として形成された応力制御反射層32により構成される。上記表面保護層33は、RFマグネトロンスパッタリング法によるSiO膜とした。また、応力制御反射層32の形成方法は、上記実施例1と同様であるので、その説明は割愛し、表面保護層33の形成方法についてのみ説明する。この形成方法の詳細な条件は、以下の表3に示すとおりである。
【0041】
【表3】

【0042】
ここで重要な点は、表面保護層33としてのSiO膜の膜厚である。上記応力制御反射層32の各層32a,32bの膜厚は、所望の反射率を得るために波長の1/4に近い膜厚で設計しているが、これは使用する光の波長に対して干渉の効果が効率的に働くようにするためである。しかし、表面保護層33としてのSiO膜は、光学的には何も作用しないように設計すべきであり、本実施例3では、波長と同程度の膜厚としている。このような膜厚にすることによって、使用する光に対して干渉の効果に悪影響を及ぼすことはなく、また、表面保護という働きについては十分にその効果を発揮することができる。
【0043】
このようにして応力制御反射層32と表面保護層33を形成した後、公知のマイクロマシン技術を用いて、ガルバノミラー型マイクロミラー装置を完成させた。反射率は、780nmのレーザー光に対して99.5%を示し、周波数2kHzで駆動させた場合の撓みによる変形量も、殆ど無視できる量に抑えることができた。
このようにして得られたマイクロミラー装置について、温度450℃、湿度85%の環境試験を行なったところ、反射率の低下は僅かに0.65%であり、非常に耐熱性に優れたマイクロミラー装置であることが確認できた。
【実施例4】
【0044】
本発明の実施例4について、図4を参照しながら説明する。この実施例4では、応力制御反射層42として、低屈折率で引張り応力を有するMgF膜から成る引張り応力/低屈折率層42aと、高屈折率で圧縮応力を有するCeF膜から成る圧縮応力/高屈折率層42bの積層構造を形成した。この応力制御反射層42の形成方法は、これまでの実施例とは異なり、イオンアシスト電子ビーム蒸着法を用いることが特徴である。この形成方法の詳細な条件は、以下の表4に示すとおりである。
【0045】
【表4】

【0046】
また、本実施例4は、上記実施例3と同様に、最表層に表面保護層43を設けた構成となっている。この表面保護層43としてSiO膜を採用しているが、このSiO膜も上記応力制御反射層42と同様に、イオンアシスト電子ビーム蒸着法を用いて連続して形成した。この形成方法の詳細な条件は、以下の表5に示すとおりである。
【0047】
【表5】

【0048】
このようにして応力制御反射層42と表面保護層43を形成した後、公知のマイクロマシン技術を用いて、ガルバノミラー型マイクロミラー装置を完成させた。反射率は、780nmのレーザー光に対して99.3%を示し、周波数2kHzで駆動させた場合の撓みによる変形量も、殆ど無視できる量に抑えることができた。
このようにして得られたマイクロミラー装置について、温度450℃、湿度85%の環境試験を行なったところ、反射率の低下はわずかに0.85%であり、非常に耐熱性に優れたマイクロミラー装置であることが確認できた。
【符号の説明】
【0049】
11,21,31,41…ミラー母材(基板)
12,22,32,42…応力制御反射層
12a,32a…低屈折率で引張り応力を有する層(引張り応力/低屈折率層)
12b,32b…高屈折率で圧縮応力を有する層(圧縮応力/高屈折率層)
22a,42a…高屈折率で引張り応力を有する層(引張り応力/高屈折率層)
22b,42b…低屈折率で圧縮応力を有する層(圧縮応力/低屈折率層)
33,43…表面保護層
51…ミラー母材
52…トーションバー
53…フレーム
54…応力制御反射層
【先行技術文献】
【特許文献】
【0050】
【特許文献1】特開2003−22414号公報
【特許文献2】特開2007−241018号公報
【特許文献3】特開2007−248731号公報
【特許文献4】特開2007−283442号公報
【特許文献5】特開2005−308863号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トーションバーを介してミラー部がフレームに対して回動可能に連結されたマイクロミラー装置において、
上記ミラー部は、引張り応力を有する層と圧縮応力を有する層を備え、この二つの層の屈折率を異ならせて交互に積層した積層構造から構成される応力制御反射層を含んで成ることを特徴とするマイクロミラー装置。
【請求項2】
上記ミラー部は、引張り応力を有し相対的に屈折率が低い材料からなる層と、圧縮応力を有し相対的に屈折率が高い材料からなる層を交互に積層した積層構造から構成される応力制御反射層か、若しくは、引張り応力を有し相対的に屈折率が高い材料からなる層と、圧縮応力を有し相対的に屈折率が低い材料からなる層を交互に積層した積層構造から構成される応力制御反射層を含んで成ることを特徴とする請求項1に記載のマイクロミラー装置。
【請求項3】
上記応力制御反射層を構成する各層が、全て無機材料で形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のマイクロミラー装置。
【請求項4】
上記応力制御反射層の最表面に表面保護層が形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載のマイクロミラー装置。
【請求項5】
上記表面保護層がシリコン酸化膜であることを特徴とする請求項4に記載のマイクロミラー装置。
【請求項6】
上記応力制御反射層と表面保護層の各層は、イオンアシスト電子ビーム蒸着法によって形成されていることを特徴とする請求項4又は請求項5に記載のマイクロミラー装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−8070(P2011−8070A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152121(P2009−152121)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】