説明

レーザ加工方法及びチップ

【課題】加工物の厚さや劈開性に依存せず、加工対象物を切断予定ラインに沿って高精度な切断を可能とするレーザ加工方法を提供する。
【解決手段】シリコンウェハ11の内部に集光点を合わせてレーザ光を加工対象物1に照射し、切断予定ライン5に沿って集光点を相対的に移動させることにより、切断予定ライン5に沿って、加工対象物1の内部に位置する改質領域M1,M2をそれぞれ形成する。その後、加工対象物1の内部において改質領域M1と改質領域M2との間に位置する改質領域を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本発明は、板状の加工対象物を切断予定ラインに沿って切断するためのレーザ加工方法及びチップに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のレーザ加工方法として、板状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射することにより、加工対象物の切断予定ラインに沿って、切断の起点となる改質領域を加工対象物の内部に複数列形成する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−343008号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述したようなレーザ加工方法では、例えば加工対象物の厚さや劈開性等によって、加工対象物を精度よく切断することができないおそれがある。
【0004】
そこで、本発明は、切断予定ラインに沿った加工対象物の高精度な切断が可能となるレーザ加工方法、及びそのようなレーザ加工方法の使用により得られるチップを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を達成するために、本発明に係るレーザ加工方法は、板状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射することにより、加工対象物の切断予定ラインに沿って、切断の起点となる改質領域を加工対象物の内部に形成するレーザ加工方法であって、切断予定ラインに沿って、加工対象物の厚さ方向に並ぶ第1の改質領域及び第2の改質領域を形成する工程と、切断予定ラインに沿って、第1の改質領域と第2の改質領域との間に位置する第3の改質領域を形成する工程と、を含むことを特徴とする。
【0006】
ここで、第1の改質領域及び第2の改質領域を形成する工程においては、切断予定ラインに沿って、第1の改質領域を形成し、第1の改質領域を形成した後に、切断予定ラインに沿って、第1の改質領域と加工対象物においてレーザ光が入射するレーザ光入射面との間に位置する第2の改質領域を形成することが好ましい。このように、切断予定ラインに沿って、加工対象物の内部に第1の改質領域を形成し、第1の改質領域とレーザ光入射面との間に位置する第2の改質領域を形成し、第1の改質領域と第2の改質領域との間に位置する第3の改質領域を形成することにより、第1の改質領域、第3の改質領域、第2の改質領域をこの順で加工対象物の内部に形成する場合(すなわち、レーザ光入射面の反対側からレーザ光入射面側に順次に改質領域を形成する場合)に比し、加工対象物を切断した際に、切断面のレーザ光入射面側の端部が切断予定ラインから大きく外れるのを防止することができる。その理由は、例えば、加工対象物がその厚さ方向に平行であり且つ切断予定ラインを含む面に対して傾斜する方向に劈開面を有する場合において、第1の改質領域、第3の改質領域、第2の改質領域をこの順で加工対象物の内部に形成すると、第2の改質領域を形成した際に、既成の第3の改質領域から劈開面に沿った方向に割れが大きく延び、当該割れが切断予定ラインから大きく外れてレーザ光入射面に達してしまうことがあるためである。
【0007】
また、第3の改質領域を形成した後に、切断予定ラインに沿って、第2の改質領域と第3の改質領域との間に位置する第4の改質領域を形成する工程を含むことが好ましい。
【0008】
これにより、第1の改質領域、第2の改質領域、第4の改質領域、第3の改質領域をこの順で加工対象物の内部に形成する場合に比し、加工対象物を切断した際に、切断面が凸凹状になるのを防止することができる。その理由は、第1の改質領域、第2の改質領域、第4の改質領域、第3の改質領域をこの順で加工対象物の内部に形成すると、第3の改質領域を形成する際に、第3の改質領域とレーザ光入射面との間に存在する第4の改質領域によりレーザ光の散乱や吸収等が起こって第3の改質領域がうまく形成されず、よって、亀裂自体が形成されなかったり、第3の改質領域から延びる割れと当該第3の改質領域に隣接する改質領域から延びる割れとが連結しなかったり等があるためである。
【0009】
また、第3の改質領域を形成する工程においては、少なくとも第1の改質領域と第2の改質領域との間に渡る割れを発生させることが好ましい。この場合、加工対象物の厚さ方向に並ぶ第1の改質領域及び第2の改質領域を形成することにより、加工対象物における第1の改質領域と第2の改質領域との間の部分に、切断予定ラインの両側に向かって引張応力が生じることになる。そのため、第1の改質領域と第2の改質領域との間に位置する第3の改質領域を形成すると、その第3の改質領域が切っ掛けとなって、少なくとも第1の改質領域と第2の改質領域との間に渡る割れを発生させることができる。従って、例えば、第1の改質領域を加工対象物の一方の面近傍に形成し、且つ第2の改質領域を加工対象物の他方の面近傍に形成すれば、加工対象物の厚さが比較的厚い場合であっても、1本の切断予定ラインに対して形成すべき改質領域の列数を増加させることなく、加工対象物において切断予定ラインに沿った部分の略全体に割れを形成することが可能となる。以上により、板状の加工対象物の厚さが比較的厚い場合であっても、このレーザ加工方法によれば、加工対象物に改質領域を形成する時間を短縮化することができ、しかも、このレーザ加工方法は、切断予定ラインに沿った加工対象物の高精度な切断を可能にする。
【0010】
なお、各改質領域は、加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射することにより、加工対象物の内部において多光子吸収その他の光吸収を生じさせることで形成される。
【0011】
本発明に係るレーザ加工方法においては、第3の改質領域は、切断予定ラインの略全体に沿って形成されてもよいし、切断予定ラインの一端部分に沿って形成されてもよい。上述したように、加工対象物における第1の改質領域と第2の改質領域との間の部分には、切断予定ラインの両側に向かって引張応力が生じているため、第1の改質領域と第2の改質領域との間に位置する第3の改質領域を少しでも形成しただけで、第1の改質領域と第2の改質領域との間の部分の略全体に割れが進行する場合がある。従って、第3の改質領域を切断予定ラインの略全体に沿って形成すれば、何らかの原因で割れの進行が止まるのを防止して、第1の改質領域と第2の改質領域との間の部分の略全体に確実に割れを形成することができる。一方、第3の改質領域を切断予定ラインの一端部分に沿って形成すれば、加工対象物に改質領域を形成する時間をより一層短縮化しつつ、第1の改質領域と第2の改質領域との間の部分の略全体に割れを形成することができる。
【0012】
本発明に係るレーザ加工方法においては、第3の改質領域は、第1の改質領域及び第2の改質領域のうち、加工対象物においてレーザ光が入射するレーザ光入射面に近い一方の改質領域側に偏倚するように形成されることが好ましい。第1の改質領域と第2の改質領域との間に位置する第3の改質領域を形成すると、初めのうちは、第3の改質領域から、第1の改質領域及び第2の改質領域のうち第3の改質領域に近い改質領域に割れが進行するが、やがて、第1の改質領域及び第2の改質領域のうちレーザ光入射面から遠い他方の改質領域から、レーザ光入射面に近い一方の改質領域に割れが進行するようになる(以下、他方の改質領域から一方の改質領域に割れが進行するようになるまでに要する切断予定ラインに沿った距離を「助走距離」という。)。ここで、第1の改質領域及び第2の改質領域のうちレーザ光入射面に近い一方の改質領域側に偏倚するように第3の改質領域を形成すると、比較的短い助走距離で、レーザ光入射面から遠い他方の改質領域から、レーザ光入射面に近い一方の改質領域に割れを進行させることができる。このように、助走距離が短くなると、比較的小さな外力で、切断予定ラインに沿って加工対象物を切断することが可能となる。
【0013】
また、加工対象物が半導体基板を備え、改質領域が溶融処理領域を含む場合がある。
【0014】
また、改質領域を切断の起点として切断予定ラインに沿って加工対象物を切断する工程を含むことが好ましい。これにより、加工対象物を切断予定ラインに沿って精度良く切断することができる。
【0015】
また、本発明に係るチップは、厚さ方向に略平行な側面を有するチップであって、側面には、厚さ方向に並ぶ第1の改質領域及び第2の改質領域と、第1の改質領域と第2の改質領域との間に位置し、厚さ方向の長さが第1の改質領域及び第2の改質領域より短い第3の改質領域と、少なくとも第1の改質領域と第2の改質領域との間に渡り、前記厚さ方向に対して斜めに延在するウォルナーラインと、が形成されていることを特徴とする。
【0016】
このチップは、上述した本発明に係るレーザ加工方法の使用により得られる。ここで、厚さ方向における第3の改質領域の長さが第1の改質領域及び第2の改質領域より短くなるのは、第3の改質領域が形成されるのに先んじて、第1の改質領域と第2の改質領域との間に渡る割れが発生するため、第3の改質領域を形成する際に集光点におけるレーザ光の吸収の度合いが低下するからである。また、ウォルナーラインが厚さ方向に対して斜めに延在するのは、第1の改質領域と第2の改質領域との間に渡る割れが厚さ方向に対して斜めに進行するからである。
【0017】
なお、ウォルナーラインは、割れが進行する際に、その進行方向に略垂直な方向に延在するように形成される。
【0018】
また、本発明に係るチップにおいては、機能素子をさらに備え、改質領域は、半導体材料に形成された溶融処理領域を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、切断予定ラインに沿った加工対象物の高精度な切断が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。本実施形態のレーザ加工方法では、加工対象物の内部に改質領域を形成するために多光子吸収という現象を利用する。そこで、最初に、多光子吸収により改質領域を形成するためのレーザ加工方法について説明する。
【0021】
材料の吸収のバンドギャップEよりも光子のエネルギーhνが小さいと光学的に透明となる。よって、材料に吸収が生じる条件はhν>Eである。しかし、光学的に透明でも、レーザ光の強度を非常に大きくするとnhν>Eの条件(n=2,3,4,・・・)で材料に吸収が生じる。この現象を多光子吸収という。パルス波の場合、レーザ光の強度はレーザ光の集光点のピークパワー密度(W/cm)で決まり、例えばピークパワー密度が1×10(W/cm)以上の条件で多光子吸収が生じる。ピークパワー密度は、(集光点におけるレーザ光の1パルス当たりのエネルギー)÷(レーザ光のビームスポット断面積×パルス幅)により求められる。また、連続波の場合、レーザ光の強度はレーザ光の集光点の電界強度(W/cm)で決まる。
【0022】
このような多光子吸収を利用する本実施形態に係るレーザ加工方法の原理について、図1〜図6を参照して説明する。図1に示すように、ウェハ状(板状)の加工対象物1の表面3には、加工対象物1を切断するための切断予定ライン5がある。切断予定ライン5は直線状に延びた仮想線である。本実施形態に係るレーザ加工方法では、図2に示すように、多光子吸収が生じる条件で加工対象物1の内部に集光点Pを合わせてレーザ光Lを照射して改質領域7を形成する。なお、集光点Pとは、レーザ光Lが集光する箇所のことである。また、切断予定ライン5は、直線状に限らず曲線状であってもよいし、仮想線に限らず加工対象物1に実際に引かれた線であってもよい。
【0023】
そして、レーザ光Lを切断予定ライン5に沿って(すなわち、図1の矢印A方向に)相対的に移動させることにより、集光点Pを切断予定ライン5に沿って移動させる。これにより、図3〜図5に示すように、改質領域7が切断予定ライン5に沿って加工対象物1の内部に形成され、この改質領域7が切断起点領域8となる。ここで、切断起点領域8とは、加工対象物1が切断される際に切断(割れ)の起点となる領域を意味する。この切断起点領域8は、改質領域7が連続的に形成されることで形成される場合もあるし、改質領域7が断続的に形成されることで形成される場合もある。
【0024】
本実施形態に係るレーザ加工方法においては、加工対象物1の表面3ではレーザ光Lがほとんど吸収されないので、加工対象物1の表面3が溶融することはない。
【0025】
加工対象物1の内部に切断起点領域8を形成すると、この切断起点領域8を起点として割れが発生し易くなるため、図6に示すように、比較的小さな力で加工対象物1を切断することができる。よって、加工対象物1の表面3に不必要な割れを発生させることなく、加工対象物1を高精度に切断することが可能になる。
【0026】
この切断起点領域8を起点とした加工対象物1の切断には、次の2通りが考えられる。1つは、切断起点領域8形成後、加工対象物1に人為的な力が印加されることにより、切断起点領域8を起点として加工対象物1が割れ、加工対象物1が切断される場合である。これは、例えば加工対象物1の厚さが大きい場合の切断である。人為的な力が印加されるとは、例えば、加工対象物1の切断起点領域8に沿って加工対象物1に曲げ応力やせん断応力を加えたり、加工対象物1に温度差を与えることにより熱応力を発生させたりすることである。他の1つは、切断起点領域8を形成することにより、切断起点領域8を起点として加工対象物1の断面方向(厚さ方向)に向かって自然に割れ、結果的に加工対象物1が切断される場合である。これは、例えば加工対象物1の厚さが小さい場合には、1列の改質領域7により切断起点領域8が形成されることで可能となり、加工対象物1の厚さが大きい場合には、厚さ方向に複数列形成された改質領域7により切断起点領域8が形成されることで可能となる。なお、この自然に割れる場合も、切断する箇所において、切断起点領域8が形成されていない部位に対応する部分の表面3上にまで割れが先走ることがなく、切断起点領域8を形成した部位に対応する部分のみを割断することができるので、割断を制御よくすることができる。近年、シリコンウェハ等の加工対象物1の厚さは薄くなる傾向にあるので、このような制御性のよい割断方法は大変有効である。
【0027】
さて、本実施形態に係るレーザ加工方法において、改質領域としては、次の(1)〜(3)の場合がある。
【0028】
(1)改質領域が1つ又は複数のクラックを含むクラック領域の場合
【0029】
加工対象物(例えばガラスやLiTaOからなる圧電材料)の内部に集光点を合わせて、集光点における電界強度が1×10(W/cm)以上で且つパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射する。このパルス幅の大きさは、多光子吸収を生じさせつつ加工対象物の表面に余計なダメージを与えずに、加工対象物の内部にのみクラック領域を形成できる条件である。これにより、加工対象物の内部には多光子吸収による光学的損傷という現象が発生する。この光学的損傷により加工対象物の内部に熱ひずみが誘起され、これにより加工対象物の内部にクラック領域が形成される。電界強度の上限値としては、例えば1×1012(W/cm)である。パルス幅は例えば1ns〜200nsが好ましい。なお、多光子吸収によるクラック領域の形成は、例えば、第45回レーザ熱加工研究会論文集(1998年.12月)の第23頁〜第28頁の「固体レーザー高調波によるガラス基板の内部マーキング」に記載されている。
【0030】
本発明者は、電界強度とクラックの大きさとの関係を実験により求めた。実験条件は次ぎの通りである。
(A)加工対象物:パイレックス(登録商標)ガラス(厚さ700μm)
(B)レーザ
光源:半導体レーザ励起Nd:YAGレーザ
波長:1064nm
レーザ光スポット断面積:3.14×10−8cm
発振形態:Qスイッチパルス
繰り返し周波数:100kHz
パルス幅:30ns
出力:出力<1mJ/パルス
レーザ光品質:TEM00
偏光特性:直線偏光
(C)集光用レンズ
レーザ光波長に対する透過率:60パーセント
(D)加工対象物が載置される載置台の移動速度:100mm/秒
【0031】
なお、レーザ光品質がTEM00とは、集光性が高くレーザ光の波長程度まで集光可能を意味する。
【0032】
図7は上記実験の結果を示すグラフである。横軸はピークパワー密度であり、レーザ光がパルスレーザ光なので電界強度はピークパワー密度で表される。縦軸は1パルスのレーザ光により加工対象物の内部に形成されたクラック部分(クラックスポット)の大きさを示している。クラックスポットが集まりクラック領域となる。クラックスポットの大きさは、クラックスポットの形状のうち最大の長さとなる部分の大きさである。グラフ中の黒丸で示すデータは集光用レンズ(C)の倍率が100倍、開口数(NA)が0.80の場合である。一方、グラフ中の白丸で示すデータは集光用レンズ(C)の倍率が50倍、開口数(NA)が0.55の場合である。ピークパワー密度が1011(W/cm)程度から加工対象物の内部にクラックスポットが発生し、ピークパワー密度が大きくなるに従いクラックスポットも大きくなることが分かる。
【0033】
次に、クラック領域形成による加工対象物の切断のメカニズムについて、図8〜図11を参照して説明する。図8に示すように、多光子吸収が生じる条件で加工対象物1の内部に集光点Pを合わせてレーザ光Lを照射して切断予定ラインに沿って内部にクラック領域9を形成する。クラック領域9は1つ又は複数のクラックを含む領域である。このように形成されたクラック領域9が切断起点領域となる。図9に示すように、クラック領域9を起点として(すなわち、切断起点領域を起点として)クラックがさらに成長し、図10に示すように、クラックが加工対象物1の表面3と裏面21とに到達し、図11に示すように、加工対象物1が割れることにより加工対象物1が切断される。加工対象物1の表面3と裏面21とに到達するクラックは自然に成長する場合もあるし、加工対象物1に力が印加されることにより成長する場合もある。
【0034】
(2)改質領域が溶融処理領域の場合
【0035】
加工対象物(例えばシリコンのような半導体材料)の内部に集光点を合わせて、集光点における電界強度が1×10(W/cm)以上で且つパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射する。これにより加工対象物の内部は多光子吸収によって局所的に加熱される。この加熱により加工対象物の内部に溶融処理領域が形成される。溶融処理領域とは一旦溶融後再固化した領域や、まさに溶融状態の領域や、溶融状態から再固化する状態の領域であり、相変化した領域や結晶構造が変化した領域ということもできる。また、溶融処理領域とは単結晶構造、非晶質構造、多結晶構造において、ある構造が別の構造に変化した領域ということもできる。つまり、例えば、単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域を意味する。加工対象物がシリコン単結晶構造の場合、溶融処理領域は例えば非晶質シリコン構造である。電界強度の上限値としては、例えば1×1012(W/cm)である。パルス幅は例えば1ns〜200nsが好ましい。
【0036】
本発明者は、シリコンウェハ(半導体基板)の内部で溶融処理領域が形成されることを実験により確認した。実験条件は次の通りである。
(A)加工対象物:シリコンウェハ(厚さ350μm、外径4インチ)
(B)レーザ
光源:半導体レーザ励起Nd:YAGレーザ
波長:1064nm
レーザ光スポット断面積:3.14×10−8cm
発振形態:Qスイッチパルス
繰り返し周波数:100kHz
パルス幅:30ns
出力:20μJ/パルス
レーザ光品質:TEM00
偏光特性:直線偏光
(C)集光用レンズ
倍率:50倍
N.A.:0.55
レーザ光波長に対する透過率:60パーセント
(D)加工対象物が載置される載置台の移動速度:100mm/秒
【0037】
図12は、上記条件でのレーザ加工により切断されたシリコンウェハの一部における断面の写真を表した図である。シリコンウェハ11の内部に溶融処理領域13が形成されている。なお、上記条件により形成された溶融処理領域13の厚さ方向の大きさは100μm程度である。
【0038】
溶融処理領域13が多光子吸収により形成されたことを説明する。図13は、レーザ光の波長とシリコン基板の内部の透過率との関係を示すグラフである。ただし、シリコン基板の表面側と裏面側それぞれの反射成分を除去し、内部のみの透過率を示している。シリコン基板の厚さtが50μm、100μm、200μm、500μm、1000μmの各々について上記関係を示した。
【0039】
例えば、Nd:YAGレーザの波長である1064nmにおいて、シリコン基板の厚さが500μm以下の場合、シリコン基板の内部ではレーザ光が80%以上透過することが分かる。図12に示すシリコンウェハ11の厚さは350μmであるので、多光子吸収による溶融処理領域13はシリコンウェハ11の中心付近、つまり表面から175μmの部分に形成される。この場合の透過率は、厚さ200μmのシリコンウェハを参考にすると、90%以上なので、レーザ光がシリコンウェハ11の内部で吸収されるのは僅かであり、ほとんどが透過する。このことは、シリコンウェハ11の内部でレーザ光が吸収されて、溶融処理領域13がシリコンウェハ11の内部に形成(つまりレーザ光による通常の加熱で溶融処理領域が形成)されたものではなく、溶融処理領域13が多光子吸収により形成されたことを意味する。多光子吸収による溶融処理領域の形成は、例えば、溶接学会全国大会講演概要第66集(2000年4月)の第72頁〜第73頁の「ピコ秒パルスレーザによるシリコンの加工特性評価」に記載されている。
【0040】
なお、シリコンウェハは、溶融処理領域によって形成される切断起点領域を起点として断面方向に向かって割れを発生させ、その割れがシリコンウェハの表面と裏面とに到達することにより、結果的に切断される。シリコンウェハの表面と裏面に到達するこの割れは自然に成長する場合もあるし、シリコンウェハに力が印加されることにより成長する場合もある。そして、切断起点領域からシリコンウェハの表面と裏面とに割れが自然に成長する場合には、切断起点領域を形成する溶融処理領域が溶融している状態から割れが成長する場合と、切断起点領域を形成する溶融処理領域が溶融している状態から再固化する際に割れが成長する場合とのいずれもある。ただし、どちらの場合も溶融処理領域はシリコンウェハの内部のみに形成され、切断後の切断面には、図12のように内部にのみ溶融処理領域が形成されている。このように、加工対象物の内部に溶融処理領域によって切断起点領域を形成すると、割断時、切断起点領域ラインから外れた不必要な割れが生じにくいので、割断制御が容易となる。ちなみに、溶融処理領域の形成は多光子吸収が原因の場合のみでなく、他の吸収作用が原因の場合もある。
【0041】
(3)改質領域が屈折率変化領域の場合
【0042】
加工対象物(例えばガラス)の内部に集光点を合わせて、集光点における電界強度が1×10(W/cm)以上で且つパルス幅が1ns以下の条件でレーザ光を照射する。パルス幅を極めて短くして、多光子吸収を加工対象物の内部に起こさせると、多光子吸収によるエネルギーが熱エネルギーに転化せずに、加工対象物の内部にはイオン価数変化、結晶化又は分極配向等の永続的な構造変化が誘起されて屈折率変化領域が形成される。電界強度の上限値としては、例えば1×1012(W/cm)である。パルス幅は例えば1ns以下が好ましく、1ps以下がさらに好ましい。多光子吸収による屈折率変化領域の形成は、例えば、第42回レーザ熱加工研究会論文集(1997年.11月)の第105頁〜第111頁の「フェムト秒レーザー照射によるガラス内部への光誘起構造形成」に記載されている。
【0043】
以上、改質領域として(1)〜(3)の場合を説明したが、ウェハ状の加工対象物の結晶構造やその劈開性などを考慮して切断起点領域を次のように形成すれば、その切断起点領域を起点として、より一層小さな力で、しかも精度良く加工対象物を切断することが可能になる。
【0044】
すなわち、シリコンなどのダイヤモンド構造の単結晶半導体からなる基板の場合は、(111)面(第1劈開面)や(110)面(第2劈開面)に沿った方向に切断起点領域を形成するのが好ましい。また、GaAsなどの閃亜鉛鉱型構造のIII−V族化合物半導体からなる基板の場合は、(110)面に沿った方向に切断起点領域を形成するのが好ましい。さらに、サファイア(Al)などの六方晶系の結晶構造を有する基板の場合は、(0001)面(C面)を主面として(1120)面(A面)或いは(1100)面(M面)に沿った方向に切断起点領域を形成するのが好ましい。
【0045】
なお、上述した切断起点領域を形成すべき方向(例えば、単結晶シリコン基板における(111)面に沿った方向)、或いは切断起点領域を形成すべき方向に直交する方向に沿って基板にオリエンテーションフラットを形成すれば、そのオリエンテーションフラットを基準とすることで、切断起点領域を形成すべき方向に沿った切断起点領域を容易且つ正確に基板に形成することが可能になる。
【0046】
次に、本発明の好適な実施形態について説明する。
〔第1実施形態〕
【0047】
図14及び図15に示すように、加工対象物1は、シリコンウェハ11と、複数の機能素子15を含んでシリコンウェハ11の表面11aに形成された機能素子層16とを備えている。シリコンウェハ11は、その厚さ方向tと異なる方向に割れが延び易い結晶方位を有するものである。具体的には、シリコンウェハ11は、その厚さ方向に平行であり且つ後述の切断予定ライン5を含む面に対して傾斜する方向に沿った劈開面を有する結晶構造体であり、この劈開面に沿った方向に割れが延び易いものである。ここでは、シリコンウェハ11は、その表面11aを(111)面としている。
【0048】
機能素子15は、例えば、結晶成長により形成された半導体動作層、フォトダイオード等の受光素子、レーザダイオード等の発光素子、又は回路として形成された回路素子等であり、シリコンウェハ11のオリエンテーションフラット6に平行な方向及び垂直な方向にマトリックス状に多数形成されている。このような加工対象物1は、隣り合う機能素子間を通るように格子状に設定された切断予定ライン5(図14の破線参照)に沿ってレーザ加工により切断され、微小チップであるディスクリートデバイス等となるものである。
【0049】
この加工対象物1を切断する場合、まず、加工対象物1の裏面21に、例えばエキスパンドテープを貼り付ける。続いて、加工対象物1の表面3をレーザ光入射面として、当該レーザ光入射面11aからシリコンウェハ11の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、各切断予定ライン5に沿って、切断の起点となる改質領域を形成する。そして、エキスパンドテープを拡張させる。これにより、改質領域を切断の起点として、加工対象物1が切断予定ライン5に沿って機能素子15毎に精度良く切断され、複数の半導体チップが互いに離間することになる。なお、改質領域は、溶融処理領域の他に、クラック領域等を含む場合がある。
【0050】
ここで、上述した改質領域の形成についてより詳細に説明する。
【0051】
まず、図16(a)に示すように、シリコンウェハ11の内部に集光点を合わせてレーザ光を加工対象物1に照射し、切断予定ライン5に沿って集光点を相対的に移動させることにより、切断予定ライン5に沿って、加工対象物1の内部に改質領域M1を一列形成する。ここでは、改質領域M1は、シリコンウェハ11の内部の裏面21近傍に位置している。
【0052】
続いて、図16(b)に示すように、シリコンウェハ11の内部に集光点を合わせてレーザ光を加工対象物1に照射し、切断予定ライン5に沿って集光点を相対的に移動させることにより、切断予定ライン5に沿って、加工対象物1の内部において改質領域M1とレーザ光入射面3との間に位置する改質領域M2を一列形成する。ここでは、改質領域M2は、シリコンウェハ11の内部の表面3近傍に位置している。
【0053】
続いて、図17(a)に示すように、シリコンウェハ11の内部に集光点を合わせてレーザ光を加工対象物1に照射し、切断予定ライン5に沿って集光点を相対的に移動させることにより、切断予定ライン5に沿って、加工対象物1の内部において改質領域M1と改質領域M2との間に位置する改質領域M3を一列形成する。ここでは、改質領域M3は、シリコンウェハ11の内部であって、改質領域M1と改質領域M2との間の裏面21側に位置している。
【0054】
続いて、図17(b)に示すように、シリコンウェハ11の内部に集光点を合わせてレーザ光を加工対象物1に照射し、切断予定ライン5に沿って集光点を相対的に移動させることにより、切断予定ライン5に沿って、加工対象物1の内部において改質領域M2と改質領域M3との間に位置する改質領域M4を一列形成する。ここでは、改質領域M4は、シリコンウェハ11の内部であって、改質領域M2と改質領域M3との間に位置している。
【0055】
ところで、従来のレーザ加工方法では、加工対象物1においてレーザ光が入射する表面3とレーザ光の集光点との間に位置する改質領域によるレーザ光の散乱や吸収等を防止するため、裏面21側から表面3側に順次に改質領域を加工対象物1の内部に複数列形成すること、すなわち、改質領域M1、改質領域M3、改質領域M4、改質領域M2をこの順で加工対象物1の内部に形成することが一般的であった。しかしながら、この場合、加工対象物1を切断した際に、切断面の表面3側の端部が切断予定ライン5から大きく外れてしまい、この端部がスカート状に欠ける又はスカート状に突出することがあった(図18(a)参照)。
【0056】
そこで、本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、加工対象物1を切断した際に切断面の表面3側の端部が切断予定ライン5から大きく外れてしまうことが以下の現象に起因することを見出した。すなわち、改質領域M1、改質領域M3、改質領域M4、改質領域M2をこの順で加工対象物1の内部に複数列形成すると、改質領域M2を形成した際に、この改質領域M2に隣接する既成の改質領域M4からシリコンウェハ11の劈開面に沿った方向に割れが発生したり、改質領域M4から延びる割れが劈開面に沿った方向に大きく成長したりして、当該割れが切断予定ライン5から大きく外れて表面3に達してしまうことがある。さらに、このように改質領域を裏面21側から表面3側に順次に複数列形成すると、改質領域M2を形成した際に、既成の改質領域M3からシリコンウェハ11の劈開面に沿った方向に割れが発生したり、改質領域M3から延びる割れが劈開面に沿った方向に大きく成長したりして、当該割れが切断予定ライン5から大きく外れて表面3に達してしまったりすることもある。よって、加工対象物1を切断した際に切断面の表面3側の端部が切断予定ライン5から大きく外れてしまうのである。
【0057】
本発明者らは、上記知見に基づいてさらに検討を重ね、上述のように、切断予定ライン5に沿って、加工対象物1の内部に改質領域M1を形成し、改質領域M1と加工対象物1の表面3との間に位置する改質領域M2を形成し、改質領域M1と改質領域M2との間に位置する改質領域M3を形成している。換言すると、加工対象物1の内部において、表面3から深い位置、浅い位置の順に改質領域を形成した後、これらの改質領域の間の中間位置に改質領域を形成している。
【0058】
これにより、上記の現象、すなわち、割れが切断予定ライン5から大きく外れて加工対象物1の表面3に達してしまうという現象を抑制することができ、改質領域M1、改質領域M3、改質領域M4、改質領域M2をこの順で加工対象物1の内部に複数列形成する場合に比し、加工対象物1を切断した際、切断面の表面3側の端部が切断予定ライン5から大きく外れるのを防止することが可能となる。その結果、図18(b)に示すように、加工対象物がその厚さ方向に平行であり且つ切断予定ラインを含む面に対して傾斜する方向に沿った劈開面を有する結晶構造体であっても、切断面の表面側がスカート状に突出することを抑止し、切断面の端面品質を向上させることができる。
【0059】
一方、改質領域M1、改質領域M2、改質領域M4、改質領域M3をこの順で加工対象物1の内部に形成する場合、加工対象物1を切断した際に切断面が凸凹状になることがある。なぜならば、この場合においては、改質領域M3を形成するとき、形成する改質領域M3と表面3との間に存在する改質領域M4でレーザ光が散乱や吸収等して改質領域M3がうまく形成されず、よって、亀裂自体が形成されなかったり、改質領域M3から延びる割れと、当該改質領域M3に隣接する改質領域M1,M4から延びる割れとが連結しなかったり等があるからである。
【0060】
しかしながら、本実施形態のレーザ加工方法であっては、上述のように、改質領域M3を形成した後、切断予定ライン5に沿って、加工対象物1の内部において改質領域M2と改質領域M3との間に位置する改質領域M4を形成しているため、改質領域M1、改質領域M2、改質領域M4、改質領域M3をこの順で加工対象物1の内部に複数列形成する場合に比し、改質領域M3から延びる割れと隣接する改質領域M1,M4から延びる割れとを確実に連結することができ、加工対象物1を切断した際に切断面が凸凹状になるのを防止することができる。その結果、加工対象物がその厚さ方向に平行であり且つ切断予定ラインを含む面に対して傾斜する方向に沿った劈開面を有する結晶構造体であっても、加工対象物を切断予定ラインに沿ってその厚さ方向に比較的真っ直ぐに切断することが可能となり、切断面の端面品質をより向上することができる。
〔第2実施形態〕
【0061】
次に、本発明の第2実施形態に係るレーザ加工方法について説明する。この第2実施形態に係るレーザ加工方法が、図16及び図17に示した第1実施形態に係るレーザ加工方法と違う点は、改質領域M4を形成しない点である。具体的には、第2実施形態に係るレーザ加工方法では、切断予定ラインに沿って、加工対象物の内部に、レーザ光入射面から深い位置に改質領域を形成し、レーザ光入射面から浅い位置に改質領域を形成し、これらの間に改質領域が形成して切断する。この場合においても、図19(a)に示すように、加工対象物を切断した際に、切断面のレーザ光入射面側の端部が切断予定ラインから大きく外れることを防止するという上記と同様の作用効果を奏する。
〔第3実施形態〕
【0062】
次に、本発明の第3実施形態に係るレーザ加工方法について説明する。この第3実施形態に係るレーザ加工方法が、図16及び図17に示した第1実施形態に係るレーザ加工方法と違う点は、改質領域M1を形成する前に、レーザ光入射面の反対側からレーザ光入射面側に順次に改質領域を複数形成した点である。具体的には、第3実施形態に係るレーザ加工方法では、例えば厚さ250μmの加工対象物を用い、切断予定ラインに沿って、加工対象物の内部に、レーザ光入射面を厚さ方向の基準(0μmの位置)として67μmの位置から23μmの位置まで11列の改質領域を順次に複数列形成し、7μmの位置に12列目の改質領域を形成し、13.5μmの位置に13列目の改質領域を形成し、10μmの位置に14列目の改質領域を形成して切断する。この場合においても、図19(b)に示すように、加工対象物を切断した際に、切断面のレーザ光入射面側の端部が切断予定ラインから大きく外れること及び切断面が凸凹状になることを防止するという上記と同様の作用効果を奏する。
〔第4実施形態〕
【0063】
図20及び図21に示すように、加工対象物1は、厚さ200μmのシリコンウェハ(半導体基板)11と、複数の機能素子15を含んでシリコンウェハ11の表面に形成された機能素子層16とを備えている。機能素子15は、例えば、結晶成長により形成された半導体動作層、フォトダイオード等の受光素子、レーザダイオード等の発光素子、或いは回路として形成された回路素子等であり、シリコンウェハ11のオリエンテーションフラット6に平行な方向及び垂直な方向にマトリックス状に多数形成されている。
【0064】
以上のように構成された加工対象物1を次のようにして機能素子15毎に切断する。まず、加工対象物1の表面3(すなわち、機能素子層16の表面)に保護テープを貼り付け、保護テープにより機能素子層16を保護した状態で、レーザ加工装置の載置台上に、加工対象物1を保持した保護テープを固定する。続いて、隣り合う機能素子15,15間を通るように切断予定ライン5を格子状に設定する。そして、加工対象物1の裏面21(すなわち、シリコンウェハ11の裏面)をレーザ光入射面として、シリコンウェハ11の内部に集光点を合わせて多光子吸収が生じる条件でレーザ光を照射することにより、各切断予定ライン5に沿って溶融処理領域をシリコンウェハ11の内部に形成する。ここでは、各切断予定ライン5に沿って溶融処理領域を加工対象物1の厚さ方向に3列形成する。続いて、載置台上に固定された保護テープを加工対象物1と共に離隔させる。そして、加工対象物1の裏面21にエキスパンドテープを貼り付けて、機能素子層16の表面から保護テープを剥がした後、エキスパンドテープを拡張させて、加工対象物1を切断予定ライン5に沿って切断すると共に、切断されることで得られた複数の半導体チップを互いに離間させる。
【0065】
ここで、上述した溶融処理領域の形成について、より詳細に説明する。
【0066】
まず、図22(a)に示すように、加工対象物1の裏面21からの距離が68μmの位置に集光点を合わせてレーザ光を照射することにより、各切断予定ライン5に沿って溶融処理領域(第1の改質領域)13をシリコンウェハ11の内部に形成する。続いて、加工対象物1の裏面21からの距離が195μmの位置に集光点を合わせてレーザ光を照射することにより、各切断予定ライン5に沿って溶融処理領域(第2の改質領域)13をシリコンウェハ11の内部に形成する。溶融処理領域13,13を形成する際のレーザ光の照射条件の具体例としては、レーザ光のエネルギーが0.68Wであり、切断予定ライン5に沿ったレーザ光の集光点の移動速度が350mm/sである。なお、加工対象物1の裏面21に至る割れが溶融処理領域13から発生する場合や、加工対象物1の表面3に至る割れが溶融処理領域13から発生する場合がある。
【0067】
溶融処理領域13,13を形成した後、加工対象物1の裏面21からの距離が160μmの位置に集光点を合わせてレーザ光を照射することにより、各切断予定ライン5に沿って溶融処理領域(第3の改質領域)13をシリコンウェハ11の内部に形成する。溶融処理領域13を形成する際のレーザ光の照射条件の具体例としては、レーザ光のエネルギーが0.68Wであり、切断予定ライン5に沿ったレーザ光の集光点の移動速度が600mm/sである。なお、溶融処理領域13,13,13には、クラックが混在する場合もある。
【0068】
このとき、溶融処理領域13は、溶融処理領域13,13のうちレーザ光入射面である裏面21に近い溶融処理領域13側に偏倚するように形成される。これにより、初めのうちは、溶融処理領域13から、溶融処理領域13,13のうち溶融処理領域13に近い溶融処理領域13に割れ24が進行し、やがて、図22(b)に示すように、溶融処理領域13,13のうちレーザ光入射面である裏面21から遠い溶融処理領域13から、レーザ光入射面である裏面21に近い溶融処理領域13に割れ24が進行するようになる。
【0069】
このように、溶融処理領域13の形成によって、溶融処理領域13,13間に渡る割れ24が発生するのは、図23に示すように、加工対象物1の厚さ方向に並ぶ溶融処理領域13,13を形成することで、加工対象物1における溶融処理領域13,13間の部分に、切断予定ライン5の両側に向かって引張応力が生じることに起因している。つまり、この引張応力の存在によって、加工対象物1における溶融処理領域13,13間の部分に形成された溶融処理領域13が切っ掛けとなり、溶融処理領域13,13間に渡る割れ24が発生するのである。
【0070】
なお、図22(b)に示すように、助走距離D(すなわち、溶融処理領域13から溶融処理領域13に割れ24が進行するようになるまでに要する切断予定ライン5に沿った距離)通過後は、加工対象物1の厚さ方向における溶融処理領域13の長さが溶融処理領域13,13より短くなる。これは、溶融処理領域13が形成されるのに先んじて、溶融処理領域13,13間に渡る割れ24が発生するため、溶融処理領域13を形成する際に集光点におけるレーザ光の吸収の度合いが低下するからである。ちなみに、上記レーザ光の照射条件を適用した場合、助走距離Dは100μm程度である。
【0071】
また、溶融処理領域13は、切断予定ライン5の略全体に沿って形成される場合もあるし、切断予定ライン5のところどころに形成されるだけの場合もある。後者のように、レーザ光を照射したにも関わらず溶融処理領域13が形成されない箇所が現れるのは、割れによりレーザ光の吸収の度合いが低下することにより溶融処理領域13を形成するための加工エネルギーに到達しないためである。このような理由により、加工対象物1の一端部分のみに溶融処理領域13が形成されることもある。
【0072】
ただし、レーザ光の集光点は、次の理由により、加工対象物1の切断予定ライン5の一端から他端まで移動することが好ましい。すなわち、割れが切断予定ライン5の略全体に沿って形成されることが望ましいが、前述したように溶融処理領域13が形成されない箇所が現れる等の理由で、一旦割れが発生しない箇所が生じる場合もある。そこで、レーザ光を切断予定ライン5の全てに渡って照射することにより、切断予定ライン5の部分部分で割れを発生させることができ、加工対象物1の高精度な切断が可能となる。
【0073】
以上のように、溶融処理領域13が加工対象物1の裏面21近傍に形成され、且つ溶融処理領域13が加工対象物1の表面3近傍に形成されるため、200μm以上というように加工対象物1の厚さが比較的厚い場合であっても、1本の切断予定ライン5に対して形成すべき溶融処理領域13の列数を増加させることなく、加工対象物1において切断予定ライン5に沿った部分の略全体に割れ24を形成することが可能となる。従って、加工対象物1の厚さが比較的厚い場合であっても、加工対象物1に溶融処理領域13を形成する時間を短縮化することができ、加工対象物1を切断予定ライン5に沿って精度良く切断することが可能となる。
【0074】
しかも、溶融処理領域13は、溶融処理領域13,13間に渡る割れ24を発生させるための切っ掛けに過ぎないため、溶融処理領域13,13を形成する際における切断予定ライン5に沿ったレーザ光の集光点の移動速度よりも、溶融処理領域13を形成する際における切断予定ライン5に沿ったレーザ光の集光点の移動速度を速くすることができる。
【0075】
また、溶融処理領域13は、図24(a)に示すように、溶融処理領域13,13のうちレーザ光入射面である裏面21に近い溶融処理領域13側に偏倚するように形成される。これにより、図24(b)に示すように、溶融処理領域13が溶融処理領域13,13のうちレーザ光入射面である裏面21から遠い溶融処理領域13側に偏倚するように形成される場合に比べ、短い助走距離Dで溶融処理領域13から溶融処理領域13に割れを進行させることができる。このように、助走距離Dが短くなると、助走距離Dが長い場合に比べ、小さな外力で切断予定ライン5に沿って加工対象物1を切断することが可能となる。なお、図24(a),(b)においては、図22(a),(b)の場合とは逆に、切断予定ライン5に沿って右から左にレーザ光の集光点を移動させている。
【0076】
図25は、上述した本実施形態のレーザ加工方法の使用により得られた半導体チップ(チップ)25の側面図である。半導体チップ25は矩形薄板状であり、その厚さ方向に略平行な側面25aには、半導体チップ25の厚さ方向に並ぶ溶融処理領域13,13、及び溶融処理領域13,13間に位置する溶融処理領域13が形成されている。半導体チップ25の厚さ方向における溶融処理領域13の長さは、上述したように、溶融処理領域13,13より短くなっている。具体的には、上記レーザ光の照射条件を適用した場合、半導体チップ25の厚さ方向において、溶融処理領域13の長さが20〜25μmであり、溶融処理領域13の長さが25〜30μmであるのに対し、溶融処
理領域13の長さは15〜20μmである。
【0077】
更に、半導体チップ25の側面25aには、溶融処理領域13,13間に渡るウォルナーライン26が形成されている。ウォルナーライン26は、図22(a),(b)に示すように割れ24が進行する際に、その進行方向に略垂直な方向に延在するため、半導体チップ25の厚さ方向に対して斜めに延在することになる(図24(a),(b)参照)。
【0078】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。
【0079】
例えば、上記実施形態では、加工対象物として、その表面が(111)面であるシリコンウェハ11を備えた加工対象物1を用いているが、厚さ方向に異なる方向に劈開面を有するシリコンウェハを備えたものでもよく、厚さ方向劈開面を有するシリコンウェハを備えたものでもよい。
【0080】
また、シリコンウェハ11でなくとも、例えば、ガリウム砒素等の半導体化合物材料、圧電材料、サファイヤ等の結晶性を有する材料でもよい。
【0081】
また、上記実施形態では、レーザ光の照射条件は、パルスピッチ幅や出力等により限定されるものではなく様々な照射条件とすることができる。例えば、レーザ光の照射条件は、レーザ光のパルスピッチを狭くする、出力を上げる、又はこれらを組み合わせる等の割れが比較的延び難い条件でもよく、この場合には、割れの成長を抑制することができる。
【0082】
また、上記実施形態では、溶融処理領域13,13のうちレーザ光入射面に近い溶融処理領域13を形成した後に、レーザ光入射面から遠い溶融処理領域13を形成したが、溶融処理領域13,13の形成順序は逆であってもよいし、或いは同時であってもよい。
【0083】
また、図26に示すように、溶融処理領域13,13間に位置する溶融処理領域13を複数列(ここでは2列)形成してもよい。これにより、図22(b)に示す状態において割れ24が発生しなかった領域Rに、割れの起点となる溶融処理領域13を補完することができ、より一層小さな外力で切断予定ライン5に沿って加工対象物1を切断することが可能となる。
【0084】
また、250μm以上というように加工対象物1の厚さがより一層厚い場合には、溶融処理領域13,13のうちレーザ光入射面に近い溶融処理領域13を複数列(例えば2列)形成したり、レーザ光入射面から遠い溶融処理領域13を複数列(例えば2列)形成したりしてもよい。
【0085】
また、上記実施形態では、半導体材料からなるウェハの内部に溶融処理領域を形成したが、ガラスや圧電材料等、他の材料からなるウェハの内部に、クラック領域や屈折率変化領域等、他の改質領域を形成してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本実施形態に係るレーザ加工方法によるレーザ加工中の加工対象物の平面図である。
【図2】図1に示す加工対象物のII−II線に沿った断面図である。
【図3】本実施形態に係るレーザ加工方法によるレーザ加工後の加工対象物の平面図である。
【図4】図3に示す加工対象物のIV−IV線に沿った断面図である。
【図5】図3に示す加工対象物のV−V線に沿った断面図である。
【図6】本実施形態に係るレーザ加工方法により切断された加工対象物の平面図である。
【図7】本実施形態に係るレーザ加工方法における電界強度とクラックスポットの大きさとの関係を示すグラフである。
【図8】本実施形態に係るレーザ加工方法の第1工程における加工対象物の断面図である。
【図9】本実施形態に係るレーザ加工方法の第2工程における加工対象物の断面図である。
【図10】本実施形態に係るレーザ加工方法の第3工程における加工対象物の断面図である。
【図11】本実施形態に係るレーザ加工方法の第4工程における加工対象物の断面図である。
【図12】本実施形態に係るレーザ加工方法により切断されたシリコンウェハの一部における断面の写真を表す図である。
【図13】本実施形態に係るレーザ加工方法におけるレーザ光の波長とシリコン基板の内部の透過率との関係を示すグラフである。
【図14】本発明の第1実施形態に係るレーザ加工方法の対象となる加工対象物を示す正面図である。
【図15】図14中のXV−XV線に沿った部分断面図である。
【図16】本発明の第1実施形態に係るレーザ加工方法を説明するための図14中のXVI−XVI線に沿った部分断面図である。
【図17】図16に示すレーザ加工方法の続きを説明するための図である。
【図18】(a)は従来のレーザ加工方法による加工対象物の切断面を示す図であり、(b)は本発明の第1実施形態に係るレーザ加工方法による加工対象物の切断面を示す図である。
【図19】(a)は本発明の第2実施形態に係るレーザ加工方法による加工対象物の切断面を示す図であり、(b)は、本発明の第3実施形態に係るレーザ加工方法による加工対象物の切断面を示す図である。
【図20】本発明の第4実施形態のレーザ加工方法の対象となる加工対象物の平面図である。
【図21】図20に示すXXI−XXI線に沿っての部分断面図である。
【図22】図20に示すXXII−XXII線に沿っての部分断面図である。
【図23】図20に示すXXI−XXI線に沿っての部分断面図である。
【図24】図20に示すXXII−XXII線に沿っての部分断面の写真を表した図である。
【図25】本実施形態のレーザ加工方法の使用により得られた半導体チップの側面図である。
【図26】図20に示すXXII−XXII線に沿っての部分断面図である。
【符号の説明】
【0087】
1…加工対象物、3…表面(レーザ光入射面)、5…切断予定ライン、11…シリコンウェハ(半導体基板)、13…溶融処理領域(第1の改質領域)、13…溶融処理領域(第2の改質領域)、13…溶融処理領域(第3の改質領域)、21…裏面(レーザ光入射面)、24…割れ、25…半導体チップ(チップ)、25a…側面、26…ウォルナーライン。L…レーザ光、M1,M2,M3,M4…改質領域、P…集光点。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射することにより、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って、切断の起点となる改質領域を前記加工対象物の内部に形成するレーザ加工方法であって、
前記切断予定ラインに沿って、前記加工対象物の厚さ方向に並ぶ第1の改質領域及び第2の改質領域を形成する工程と、
前記切断予定ラインに沿って、前記第1の改質領域と前記第2の改質領域との間に位置する第3の改質領域を形成する工程と、を含むことを特徴とするレーザ加工方法。
【請求項2】
前記第1の改質領域及び第2の改質領域を形成する工程においては、
前記切断予定ラインに沿って、第1の改質領域を形成し、
前記第1の改質領域を形成した後に、前記切断予定ラインに沿って、前記第1の改質領域と前記加工対象物においてレーザ光が入射するレーザ光入射面との間に位置する第2の改質領域を形成することを特徴とする請求項1記載のレーザ加工方法。
【請求項3】
前記第3の改質領域を形成した後に、前記切断予定ラインに沿って、前記第2の改質領域と前記第3の改質領域との間に位置する第4の改質領域を形成する工程を含むことを特徴とする請求項2記載のレーザ加工方法。
【請求項4】
前記第3の改質領域を形成する工程においては、
少なくとも前記第1の改質領域と前記第2の改質領域との間に渡る割れを発生させることを特徴とする請求項1記載のレーザ加工方法。
【請求項5】
前記第3の改質領域は、前記切断予定ラインの略全体に沿って形成されることを特徴とする請求項4記載のレーザ加工方法。
【請求項6】
前記第3の改質領域は、前記切断予定ラインの一端部分に沿って形成されることを特徴とする請求項4又は5記載のレーザ加工方法。
【請求項7】
前記第3の改質領域は、前記第1の改質領域及び前記第2の改質領域のうち、前記加工対象物においてレーザ光が入射するレーザ光入射面に近い一方の改質領域側に偏倚するように形成されることを特徴とする請求項4〜6の何れか一項記載のレーザ加工方法。
【請求項8】
前記加工対象物は半導体基板を備え、前記改質領域は溶融処理領域を含むことを特徴とする請求項1〜7の何れか一項記載のレーザ加工方法。
【請求項9】
前記改質領域を切断の起点として前記切断予定ラインに沿って前記加工対象物を切断する工程を含むことを特徴とする請求項1〜8の何れか一項記載のレーザ加工方法。
【請求項10】
厚さ方向に略平行な側面を有するチップであって、
前記側面には、
前記厚さ方向に並ぶ第1の改質領域及び第2の改質領域と、
前記第1の改質領域と前記第2の改質領域との間に位置し、前記厚さ方向の長さが前記第1の改質領域及び前記第2の改質領域より短い第3の改質領域と、
少なくとも前記第1の改質領域と前記第2の改質領域との間に渡り、前記厚さ方向に対して斜めに延在するウォルナーラインと、が形成されていることを特徴とするチップ。
【請求項11】
機能素子をさらに備え、前記改質領域は、半導体材料に形成された溶融処理領域を含むことを特徴とする請求項10記載のチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2008−68319(P2008−68319A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−175495(P2007−175495)
【出願日】平成19年7月3日(2007.7.3)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】