説明

ロボットのツールベクトルの導出に用いる治具

【課題】簡便に短時間にしかも精度よくロボットのツールパラメータ(Tx,Ty,Tz,α,β,γ)、特にツールパラメータの中の並進成分(Tx,Ty,Tz)であるツールベクトルを導出する際に好適な治具を提供する。
【解決手段】本発明に係る治具10は、先端部に平面接触子14が備えられると共に平面接触子14に対し垂直方向を向く計測軸に沿った変位を計測可能で且つ平面接触子14でツール先端の位置ずれ量を計測して実績位置ずれ量とする3つの変位計11と、3つの変位計の各計測軸が1点で互いに直交し且つ各計測軸の交点が空間上の所定点となるように、3つの変位計11を配備する配備手段15と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接ロボットなどの先端に取り付けられたツールに関し、簡便且つ短時間に精度よくツールベクトルを導出、較正することのできる技術に関し、特にツールベクトルの導出の際に用いる治具(計測器)に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、ワークに対して自動的に溶接を行う溶接ロボットにおいては、溶接ロボットの先端部分(手首部)に、溶接トーチ等を備えた溶接ツールが取り付けられている。
この溶接ツールの先端部にはツール座標系が設定されており、このツール座標系は、ツールパラメータを用いた変換行列を用いることでフランジ座標系から座標変換可能となっている(ツールパラメータとツールベクトルの差違は後述する)。フランジ座標系は、溶接ロボットの先端部に形成されているフランジ部に設定された座標系であり、このフランジ座標系は、溶接ロボットの各軸のデータより制御装置にて計算可能となっている。
【0003】
以上のことから明らかなように、制御装置においてツール先端の位置を正確に把握するためには、座標変換に不可欠なツールパラメータを予め正確に導出しておく必要がある。ツールパラメータの導出作業は溶接ロボットのツールを交換した後に行われることもあるが、ツールが作業ワーク等に衝突したときなどツールパラメータの変更が生じたとき等にも行われる。
【0004】
ツールパラメータの導出、較正に関する技術としては、例えば、特許文献1に開示されたものがある。
特許文献1は、ロボットのアーム先端に取り付けられたツールの位置姿勢を決定するツールパラメータを導出する方法において、上記ツールを空間上の1点に少なくとも異なる3つの姿勢で位置決めしたときの各位置決めデータに基づいて上記ツールの取り付け部の座標系を演算し、ツールパラメータを用いて表現される上記取り付け部の座標系の任意の2つより見たツール位置候補を含む直線を少なくとも2本求め、上記直線同士の交点と取り付け部の座標系とに基づいて上記ツールパラメータを導出してなることを特徴とするロボットのツールパラメータ導出方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2774939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示された技術を用いることで、ツールパラメータを導出することができるようになるものの、実際の現場から、幾つかの改良を望む声が挙がってきている。
すなわち、特許文献1に開示された技術では、溶接ロボットの先端部に針状に尖った治具(専用治具(1))を装着し、他方、同様に先端が針状となった治具(専用治具(2))を用意し、ロボットの姿勢をいろいろと変化させながら、専用治具(1)の針先と専用治具(2)の針先を併せる位置決め教示を行い、その結果からツールパラメータの推定を行うものとなっている。
【0007】
この技術によれば、ツールパラメータの導出計算は簡単な式となるが、オペレータによる「針先合わせ」を介した位置決めを行う必要があるため、習熟度や目視による方向などにより正確な位置決めが難しい。較正後の結果の検証も目視で行うため、定量的な把握も難しいことになる。言い換えるならば、作業者の熟練度や技量などが、ツールの位置決め精度やツール最先端の導出精度に影響を及ぼすようになる。
【0008】
それ故、ツールパラメータの導出精度を向上させるためには、計測点数を増やして誤差を平均化する必要があるが、計測点数の増加はオペレータの作業時間の増加へとつながる。
そこで、本願発明者らは、ロボットのアーム先端に取り付けられたツールの先端位置を決定するツールベクトルを導出する方法であって、ロボットのツール先端が空間上の所定点の近傍に位置するように、ロボットに対して3つ以上の姿勢をとらせ、各姿勢におけるツール先端の位置ずれ量を計測して実績位置ずれ量とし、計測された実績位置ずれ量を基にツールベクトルを算出することを特徴とするロボットのツールベクトルの導出方法を開発するに至った。
【0009】
このツールベクトル導出方法により、簡便に短時間にしかも精度よくロボットのツールパラメータの中の並進成分(Tx,Ty,Tz)である「ツールベクトル」を導出することが可能になっている。とはいえ、係る技術を、作業者の熟練度や技量などに因らず正確に行うには、当該導出方法に最適化された治具(導出の際に用いる専用計測器)の開発が望まれている。
【0010】
そこで、本発明は、上記要望点に鑑み、作業者の熟練度や技量などに因らず、より簡便に短時間にしかも精度よくロボットのツールパラメータ(Tx,Ty,Tz,α,β,γ)、特に、ツールパラメータの中の並進成分(Tx,Ty,Tz)である「ツールベクトル」を導出する方法に最適な治具、すなわちロボットのツールベクトルの導出の際に用いる治具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述の目的を達成するため、本発明においては以下の技術的手段を講じた。
本発明に係るロボットのツールベクトルの導出の際に用いる治具は、ロボットのアーム先端に取り付けられたツールの先端位置を決定するツールベクトルを導出するに際し、前記ロボットのツール先端が空間上の所定点の近傍に位置するように、前記ロボットに対して3つ以上の姿勢をとらせ、各姿勢におけるツール先端の位置ずれ量を計測して実績位置ずれ量とし、計測された実績位置ずれ量を基にツールベクトルを算出するロボットのツールベクトルの導出方法で使用するものである。この治具は、先端部に平面接触子が備えられると共に、前記平面接触子に備えられた計測面に対し垂直方向を向く計測軸に沿った距離変位を計測可能な3つの変位計と、前記3つの変位計の各計測軸が1点で互いに直交すると共に各計測軸の交点が前記空間上の所定点となるように、3つの変位計を配備する配備手段と、を有することを特徴とする。
【0012】
好ましくは、先端側に球体が設けられた計測用プローブを有していて、前記計測用プローブはその基端側が前記ロボットのアーム先端に取り付けられ、且つ前記球体が前記3つの変位計の各平面接触子の計測面に接するように、前記ロボットの姿勢が設定されるとよい。
以上のような構成を有する治具を用いるならば、ロボットに対して3つ以上の姿勢をとらせた場合、各姿勢におけるツール先端の位置ずれは、計測プローブの先端にある球体の位置ずれとなる。計測プローブの球体は3つの変位計の各平面接触子の計測面に接しているため、球体の位置ずれ量すなわちロボットの各姿勢におけるツール先端の位置ずれ量は、治具に備えられた3つの変位計により実績位置ずれ量として計測される。
【0013】
実績位置ずれ量は、本願発明者らが開発したロボットのツールベクトルの導出方法に適用され、ロボットのアーム先端に取り付けられたツールの先端位置を決定するツールベクトルが算出されることになる。
上記したツールベクトルとは、ロボットのツール座標系とフランジ座標系とをつなぐパラメータであるツールパラメータ(Tx,Ty,Tz,α,β,γ)の中で、並進成分(Tx,Ty,Tz)のみを取り出したものである。
【0014】
なお好ましくは、前記配備手段は、互いの先端部又は互いの軸芯を先端側へ延長した線が1点で直交する3つの支柱と、前記支柱の軸芯方向に前記計測軸が平行となると共に前記平面接触子の計測面が支柱の先端側を向くように、3つの支柱の各々に前記変位計を取り付けるクランプ部材と、を有するとよい。
この構成を有する治具であれば、支柱は載置面に対して斜め上方に立ち上がるようになっており、3つの支柱の交点より上方は開放空間となっている。それ故、上方から接近するような姿勢を有するロボットが3つ以上の様々な姿勢を採用したとしても、治具と接触・干渉する可能性は非常に低いものとなる。
【0015】
更に好ましくは、前記3つの変位計により設定される計測座標系の原点が各変位計の原点位置に一致するように、各支柱に変位計が取り付けられているとよい。
また、前記計測用プローブの先端側に設けられた球体の直径が、前記平面接触子の計測面の代表長さと同等又は代表長さより大きいとよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る治具を用いれば、作業者の熟練度や技量などに因らず、より簡便に短時間にしかも精度よくロボットのツールベクトルを導出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態に係るロボットシステムの全体構成図である。
【図2】ツール座標系とフランジ座標系との関係を示す概念図である。
【図3】本発明の実施形態に係る導出治具の斜視図である。
【図4】本発明の実施形態に係る導出治具の平面図である。
【図5】本発明の実施形態に係る導出治具の側面図である。
【図6】支柱保持部材の拡大側面図である。
【図7】(a)は、変位計の原点を調整する原点調整具の側面図であり、(b)は、ロボットに取り付けられる計測用プローブの側面図である。
【図8】本発明の実施形態に係る導出治具の使用態様図である。
【図9】本発明の実施形態に係る導出治具の設置手順を示すフローチャートである。
【図10】ツールベクトルの導出手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係るロボットのツールベクトルの導出に用いる治具の実施形態を、図を基に説明する。
なお、ツールベクトルの導出の際に用いる治具(以降、導出治具10と呼ぶ)は、本願発明者らが鋭意研究の末、想到した「ロボットのツールベクトルの導出方法及び較正方法」を行う際に最も適した専用の計測器である。
【0019】
そこで、まずは、本発明に係るロボットシステム1の概略を述べ、続いて、本発明に係る導出治具10の説明を行う。その後、導出治具10を用いたツールベクトルの導出方法及び較正方法について述べることとする。
なお、以下の説明では、同一の部品には同一の符号を付してある。それらの名称及び機能も同じである。したがって、それらについての詳細な説明は繰返さない。
【0020】
まず、本実施形態に係るロボットシステム1の全体構成について説明する。
図1に示すように、ロボットシステム1は、溶接ロボット2と、教示ペンダント3を備えた制御装置4と、パソコン5(パーソナルコンピュータ)とを含む。溶接ロボット2は垂直多関節型の6軸の産業用ロボットであり、その先端に溶接トーチなどから構成される溶接ツール6(単にツール6と呼ぶこともある)が設けられている。この溶接ロボット2はそれ自体を移動させるスライダ(図示せず)に搭載されていてもよい。
【0021】
制御装置4は、溶接ロボット2を、予め教示したプログラムに従って制御する。教示プログラムは、制御装置4に接続された教示ペンダント3を使用して作成する場合や、パソコン5を利用したオフライン教示システムを使用して作成する場合がある。いずれの場合であっても、教示プログラムは、実際の動作の前に予め作成される。パソコン5により作成されたプログラムは、磁気的にデータを記憶した媒体等を介して制御装置4に受渡しされたり、データ通信により制御装置4に転送されたりする。
【0022】
パソコン5、すなわちオフライン教示システムは、表示装置としてグラフィック表示可能なディスプレイを備え、入力装置としてキーボード又はマウスを備える。また、ワークのCAD情報を取込むために、磁気記憶装置又は通信装置が設けられている。
ところで、本願発明は、ツール先端の位置を正確に把握するために必要なツールパラメータ(特にツールベクトル)を正しく導出するための方法に最適な治具に関するものである。
【0023】
図2に示す如く、このツールパラメータとは、溶接ツール6の先端部(溶接点)の位置座標すなわちツール座標系を、溶接ロボット2の先端部に形成されているフランジ部に設定された座標系であるフランジ座標系から座標変換するものであり、このフランジ座標系は、溶接ロボット2の各軸のデータより制御装置4にて計算可能となっている。つまり、ツールパラメータを用いることで、制御装置4によりツール先端の位置座標を算出することが可能となる。
【0024】
ところで、ロボットのツールパラメータには(Tx,Ty,Tz,α,β,γ)の並進3成分と回転3成分とがあるが、本発明は、ツールパラメータの中の並進成分(Tx,Ty,Tz)である「ツールベクトル」を導出する方法を開示する。この方法は、後述する導出治具10を用いてツール先端の位置のずれ量を計測し、制御装置4やパソコン5内において、計測されたずれ量を基にツールベクトルを算出するものである。
【0025】
次に、本発明で使用する導出治具10について説明する。
図3〜図7に示す如く、導出治具10は、距離変位計であるダイヤルゲージ11(接触式の変位計)を3台有しており、ツール6の先端の3次元的な変化量を正確に捉えるために、各ダイヤルゲージ11は、配備手段15を用いてそれぞれが直交する方向に配備するされている。この導出治具10により構成される計測座標に関しては、その原点位置を導出治具10の原点と一致するようにしている。
【0026】
一方、ロボットの先端であるフランジ面7に取り付けられている溶接ツール6に関しては、溶接ツール6の先端に計測用プローブ12を取り付ける。図7(b)に示す如く、この計測用プローブ12は、その先端部に鋼球などから構成される球体13を有し、この球体13の中心が溶接ツール6の先端(計測したいツール先端)の位置となるように位置づけられる。前述したダイヤルゲージ11の先端は、球体13の位置の変化量を確実にセンシングできるように、円柱体などで構成され平面接触子14となっている。溶接ロボット2が様々な姿勢をとったとしても、計測用プローブ12の球体13は平面接触子14の先端にある計測面(円形の平面)に点接触するため、導出治具10は球体13の位置の変化量を確実に検出できる。
【0027】
以下、本実施形態の導出治具10に関し、詳細に説明する。
図3〜図5には、本発明の実施形態に係るツールベクトルの導出に用いる治具10の全体構成が示されている。
導出治具10は、配備手段15を構成する部材の一つである支柱20を3本備えている。この3本の支柱20は、三又状に配備され、それぞれが長尺の丸棒(φ10mm程度)からなり長さ約20cm程度で同尺である。3本の支柱20は、互いの先端部が1点で交わり(又は、軸芯を当該支柱20の先端側へ延長した線が1点で交わり)、その交差角は互いが正確に90°となるように配備されている。
【0028】
3つの支柱20間の位置関係(三又状)を固定的なものとするために、それぞれの支柱20の先端部は、図6に示すような支柱保持部材21に差し込まれるようになっている。この支柱保持部材21は、配備手段15を構成する部材の一つである。
支柱保持部材21は立方体形状(一辺が約20mm)を有しており、各面が正方形となっている6面を備えている。支柱保持部材21の互いに隣接する3面(支柱挿入面34)には、支柱20を差し込み可能とする挿入孔22が設けられている。挿入孔22の軸芯は支柱挿入面34に垂直とされ、挿入孔22には雌ネジ部が形成されている。この挿入孔22に支柱20の先端部(雄ネジ部が形成)が螺合し固定される。固定後の支柱20の張り出し長さ(支柱挿入面34〜支柱20の基端部の長さ)は、各支柱20で同じとされている。
【0029】
一方、挿入孔22が穿孔された3面(支柱挿入面34)が交わる頂点を考えた場合、その頂点とは反対側の頂点に対応する部分は、角が約10mmほど切り落とされ切断平面23とされている。言い換えるならば、この切断平面23は、支柱挿入面34に対向する3つの面を考え、それら対向する面の一方辺を一部分だけ切り欠くことで形成された面となっている。
【0030】
この切断平面23は、支柱20の基端部が載置面F(溶接ロボット2が載置された床面)の上に搭載された場合、各支柱20は載置面Fとの角度45°にて立ち上がるようになり、切断平面23は、載置面Fと正確に平行(載置面Fからの傾き角0°)となる。それ故、切断平面23は、後述する計測用プローブ12の動きを妨げないものとなっている。
一方、各支柱20の中途部には接触式の変位計11が取り付けられている。本実施形態の場合、変位計11は、0.01mmオーダまで計測可能なダイヤルゲージを採用している。
【0031】
このダイヤルゲージ11は、計測機器が内蔵されると共に、計測データ(測定実績値)が表示される窓を備えたゲージ本体28と、このゲージ本体28から伸縮自在に突出する計測針29を有している。この計測針29の先端部には、平面板や円柱体などで構成され平面接触子14が備えられている。平面接触子14の先端部に設けられた計測面14A(計測平面部)に対し垂線方向に計測針29が伸縮し、その移動量が計測できるようになっている。
【0032】
この平面接触子14(正確には計測面14A)の移動量をゲージ本体28で計測し、計測結果を溶接ロボット2のツール先端の実績位置ずれ量とする。
ところで、本実施形態の場合、ダイヤルゲージ11は、クランプ部材30を介して支柱20に取り付けられている。このクランプ部材30は、配備手段15を構成する部材の一つである。
【0033】
クランプ部材30は略直方体形状であって、その長手方向一方側に支柱20が貫通する貫通孔32が形成され、支柱20の任意の位置でボルト等により固定可能となっている。このクランプ部材30の長手方向他方側にゲージ本体28が固定されるようになっている。このクランプ部材30により、「支柱20の軸芯」と「ダイヤルゲージ11の計測方向(計測針29の伸縮方向)」とが平行で且つ平面視で一致するようにダイヤルゲージ11が設置されている。また、平面接触子14の計測面14Aは、支柱20の先端側を向くと共に、平面接触子14が切断平面23のほぼ直上に位置するものとなっている。
【0034】
以上の構成を備えているため、後述する計測用プローブ12の球体13を3つの平面接触子14で挟み込むようにすることで、3つのダイヤルゲージ11により、溶接ロボット2のツール先端に関し、直交する3方向(互いに独立な3方向)の距離変化を確実に計測することが可能となる。
ところで、支柱保持部材21に形成された切断平面23の中央部には、当該平面23に軸芯が垂直となるように穿かれた穿孔25が設けられ、この穿孔25に原点調整具24が嵌り込むようになっている。
【0035】
図7(a)には、原点調整具24の側面図が示されている。この図に示されるように、原点調整具24は、棒径が4mm程度の棒体26を備え、この棒体26の先端部には直径10mmの球体27が設けられている。棒体26の基端は穿孔25孔に嵌り込む嵌り込み部を有し、その棒径は、穿孔25と同じ又は若干小径とされている。
切断平面23の穿孔25に原点調整具24が差し込まれた場合、球体27の中心が計測座標系の原点と一致するように、原点調整具24の棒体26の長さなどが決定されている。
【0036】
図7(b)には、計測用プローブ12(キャリブレーションチップ)の側面図が示されている。
この図に示されるように、計測用プローブ12は長さ40mm程度の棒体31を備え、この棒体31の先端部には直径10mmの球体13が設けられている。この計測用プローブ12は導出治具10を構成する一部材ではあるものの、溶接ロボット2の先端部(溶接ワイヤを取り去った後の溶接ツールの先端部)に取り付けられる。それ故、計測用プローブ12の棒体31の基端には、溶接ロボット2のアーム先端に取り付き可能なようにネジ部33が形成されている。
【0037】
ところで、ダイヤルゲージ11の先端には平面接触子14が設けられているため、溶接ロボット2が様々な姿勢をとったとしても、計測用プローブ12の球体13は平面接触子14の計測面14Aに必ず点接触することとなり、導出治具10は球体13の位置の変化量を確実に検出できる。
また、計測用プローブ12の先端側に設けられた球体13の直径は、ダイヤルゲージ11の平面接触子14の計測面14Aの代表長さ(直径)と同等か、もしくは代表長さより大きい(例えば、約2倍)とされている。こうすることで、計測針29が、±(計測面14Aの直径/2)の範囲内で移動したとしても、球体13と計測面14Aとの接触状態は維持されて、ダイヤルゲージ11での距離変位の計測が可能となる。例えば、平面接触子14の計測面14Aの直径が10mmである場合、ダイヤルゲージ11は原点を中心として±5mmの変位を計測可能となる。
【0038】
さらに、球体13の直径が平面接触子14の代表長さ(直径)より大きい、言い換えるならば、平面接触子14が球体13に比して小さいことにより、球体13が例えばX方向に大きく移動し、それに伴い平面接触子14が同方向に移動したとしても、当該平面接触子14が他の平面接触子14(Y方向やZ方向に移動する平面接触子14)に接触、干渉するといった不都合を回避可能な構成となっている。
【0039】
以上述べた導出治具10を用いて、ツールベクトルの導出する方法について、以下述べることとする。
具体的には、導出の準備として、図9のフローチャートに従って、導出治具11の設置を行う。
まず、図9のS11に示す如く、支柱保持部材21に3つの支柱20をねじ込み、各支柱20にダイヤルゲージ11を取り付けて導出治具10を組み立てる。組み上がった導出治具10をツールベクトルを算出する対象である溶接ロボット2が設置されている載置面F上に配置する。
【0040】
S12で、支柱保持部材21の切断平面23に原点調整具24を立設するように取り付けて、その後、この原点調整具24の球体27を用いてダイヤルゲージ11の原点調整を行う。
詳しくは、この原点調整具24の球体27に平面接触子14の計測面14Aが接するようにした上で、その時のダイヤルゲージ11の測定値がほぼ0となるように、ダイヤルゲージ11を支柱20上でスライドさせ、その上で支柱20に対するダイヤルゲージ11の位置を固定する(クランプ部材30のボルトを締め付ける)。
【0041】
こうすることで、後のツールベクトル導出作業において、ロボット姿勢の変更に伴って、計測用プローブ12の球体13の位置が変動したとしても、ダイヤルゲージ11はプラス側への距離変動も計測可能となると共に、マイナス側への距離変動も移動できるようになり、球体13の位置変動を最大限のレンジで計測できるようになる。加えて、原点調整具24の球体27の中心は計測座標系の原点と一致するように設定されているため、S12の作業を行うことで、計測座標系の原点が各ダイヤルゲージ11の原点位置に確実に一致するようになる。
【0042】
その後、S13,S14で、ロボット側の溶接ツールの先端に計測用プローブ12を取り付け、溶接ロボット2のツール先端が計測座標系の原点(空間上の所定点)の近傍に位置するようにロボット姿勢を取らせる。その上で、計測用プローブ12の球体13を導出治具10の3つの平面探触子14で三方から挟み込むようにする。
なお、以上の説明では、溶接ロボット2の近傍で、導出治具11の組み立て・設置を行うことを例示したが、事前作業のやり方はこれに限定されない。別の場所で、導出治具11の組み立て、原点位置の調整を行っても何ら問題はない。
【0043】
以上の事前準備を行った後に、溶接ロボット2のツール先端が空間上の所定点の近傍に位置するような3つ以上の姿勢を溶接ロボット2に対してとらせ、各姿勢におけるツール先端の位置ずれ量である実績位置ずれ量を計測する作業を行うようにする。
具体的には、溶接ロボット2に対して3つ以上の姿勢をとらせた場合、各姿勢におけるツール先端の位置ずれは、計測プローブ12の先端にある球体13の位置ずれとなる。球体13は、3つの変位計11の各平面接触子14の計測面14Aに接しているため、球体13の位置ずれ量は、導出治具10に備えられた3つの変位計11により実績位置ずれ量として計測される。
【0044】
計測された実績位置ずれ量は、ツールベクトルの導出方法に適用され、ツールベクトルが算出されることになる。
ところで、導出治具10(3台のダイヤルゲージ11)の各計測方向を、ロボット座標系の軸方向と一致するように配置できれば、各ダイヤルゲージ11の計測値が対応するロボット座標系での計測値となる。しかしながら、ダイヤルゲージ11の計測方向は斜め上方45°であって、ロボット座標系の軸方向と一致するものとはなっていない。ダイヤルゲージ11の計測方向とロボット座標系の軸方向とは、所定の変換行列をもってして関係付けられるかもしれないが、設置時の配置誤差などの影響を完全に排除することは困難である。
【0045】
係る状況を回避するために、以下の手順で計測座標系を設定する(補正する)ことは好ましい。
すなわち、
(i) 導出治具10の原点近傍にロボット先端を位置決めし、この位置を導出治具10で計測する。このときの計測値をM1(M1x,M1y,M1z)とする。
【0046】
(ii) ロボットを(i)の姿勢のまま治具の計測範囲を超えない範囲でロボット座標系でX軸方向にのみ動作させ、その時の位置を導出治具10で計測する。このときの計測値をM2(M2x,M2y,M2z)とする。
(iii) ロボットを(i)の位置に戻し、ロボットを(i)の姿勢のまま治具の計測範囲を超えない範囲でロボット座標系でY軸方向にのみ動作させ、その時の位置を導出治具10で計測し、計測値をM3(M3x,M3y,M3z)とする。
【0047】
(iv) 以下の手順で計測値をロボット座標軸に合致した計測座標系に変換するマトリックスrobomesを導出する。
【0048】
【数1】

【0049】
なお、[数1]におけるUは、導出治具10から見たロボットのX軸方向、Vは導出治具10から見たロボットのY軸方向、Wは導出治具10から見たロボットのZ軸方向であり、mesroboは、導出治具10からみたロボット座標系(原点は計測座標)を表しており、計測座標系をロボット座標系へ変換する変換行列である。
このmesroboを用いることで、導出治具10の各計測方向とロボット座標系の軸方向とが一致した配置を(仮想的に)実現することができる。本実施形態においても、このmesroboを用いることとする。
【0050】
一方、詳細は後述するが、ツールベクトルの導出では、各姿勢におけるツール先端の位置のずれ量である「実績位置ずれ量」を計測し、計測された「実績位置ずれ量」からツールベクトルを算出するため、導出治具10での計測値の差分(変化量)が重要であって、原点のシフト量は最終的に相殺され不要である。それ故、mesroboの逆行列で定義されるrobomesは、導出治具10の原点位置を基準に座標軸をロボット直交座標軸で表現したもので十分であり、ロボット座標系からの計測座標原点の位置ベクトルを正確に推定する必要はない。
【0051】
なお、導出治具10の各ダイヤルゲージ11の計測値M(Mx,My,Mz)を計測座標系での計測値A(Ax,Ay,Az)に変換するには、以下の変換を行えばよい。
【0052】
【数2】

【0053】
本実施形態での計測値は、特に断らない限りこの変換を行った(軸方向はロボット直交座標軸に一致した)計測座標系での値とする。
以上まとめれば、[数2]で示す変換を行うことで、導出治具10の計測値はロボット直交座標軸に一致した計測座標系での値となり、導出治具10の各計測方向がロボット座標系の軸方向と一致していない場合でも、正確な計測値を確実に得ることができるようになる。
【0054】
このようにして得られた正確な計測値を基に、ツールベクトルを導出する方法を以下に述べる。
まず、図10のS21に示す如く、まず、オペレータは、教示ペンダント3により計測用プローブ12の球体13を導出治具10の計測範囲の所定位置Pに設定する。この所定位置Pは、導出治具10の原点近傍であることが好ましい。
【0055】
その後、S22のように、導出治具10の計測値A1(A1x,A1y,A1z)を計測すると共に、ロボットの各軸値を計測する。得られたロボットの各軸値を基に、所定位置Pのロボット座標系での位置P1(P1x,P1y,P1z)、フランジ座標系での位置F1(l1x,l1y,l1z,m1x,m1y,m1z,n1x,n1y,n1z,o1x,o1y,o1z)を求める。
これらA1(A1x,A1y,A1z)、P1(P1x,P1y,P1z)、F1(l1x,l1y,l1z,m1x,m1y,m1z,n1x,n1y,n1z,o1x,o1y,o1z)、の関係は、フランジ面7から見たツール先端を定義するツールベクトルをT(Tx,Ty,Tz)とすると,式(1)で表すことができる。
【0056】
【数3】

【0057】
次に、S24の如く、ツール6の姿勢を変化させ、S21で採用した姿勢とは異なる姿勢で導出治具10の計測範囲の所定位置Pに位置決めする。
このとき(k番目)のロボット座標での位置をPk、ロボットのフランジ座標系をFkとすると、式(2)が得られる。なお、導出治具10の座標系で計測したk番目の値をAk(Akx,Aky,Akz)とすると、Akの計測座標系とPkのロボット座標系は軸方向が一致しているため、式(3)に示すように変化量は一致する。
【0058】
なお、採用する姿勢は、3姿勢以上であることが好ましいため、S23に示すように、3姿勢に達していない場合は、更に別の姿勢を採用する。
【0059】
【数4】

【0060】
ここで、n回計測した(n姿勢を採用した)とすると、式(1),式(2)をまとめて、
【0061】
【数5】

【0062】
となる。
また、式(3)と式(4)から関係から、式(5)が成立する。
【0063】
【数6】

【0064】
ここで、ツールベクトルの初期値をT0(T0x,T0y,T0z)として、収束計算i番目に導出されたツールベクトルをTi(Tix,Tiy,Tiz)とすると、式(4),式(5)は以下のようになる。
【0065】
【数7】

【0066】
式(7)のツールベクトルTから演算された先端位置Pの各差分が、計測値の差分になるようなツールベクトルTを求めるとよい。言い換えるならば、ツールベクトルを用いて算出されるツール6の先端位置の「計算上の位置ずれ量(Pin−Pi1)」と、ツール6の先端位置の計測値から得られる「実績位置ずれ量(An−A1)」とが一致するようなツールベクトルTを求めるとよい。
【0067】
そのために、S25に示す如く、以下の方程式をΔAが0になるように、最小二乗法を用いた収束計算を行い解くことで、ツールベクトルTを求めることができる。
【0068】
【数8】

【0069】
以上の方法で、溶接ロボット2の先端を、導出治具10の計測範囲に複数回設定するといった同一点への正確な位置決め操作が不要な簡単な操作で、ツールベクトルT(Tx,Ty,Tz)を導出することが可能となる。
ただし、上記したやり方であると、1番目の計測値を基準(位置ずれ量の算出の基準)としているため、誤差の存在状況によっては、得られるツールベクトルに誤差が生じる場合も否めない。そこで、基準を1番目からn番目まで順次使用した式(9)を解くことで、計測誤差を極力廃することが可能となる。
【0070】
【数9】

【0071】
以上述べた、溶接ロボットのツールベクトルの導出方法を採用することで、より簡便に短時間にしかも属人性を排除しつつ精度よくロボットのツールツールベクトルを導出することができるようになり、ロボット溶接における溶接精度や溶接品質の向上に寄与できることとなる。
なお、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0072】
例えば、本実施形態では、溶接ロボット2のツール6を交換した後をイメージし、ツール6交換後におけるツールベクトルの導出作業を説明したが、ツール6が作業ワーク等に衝突したときなどツールベクトルの変更が生じたときの「ツールベクトルの較正作業」においても同様の手法を用いることができる。
また、本実施形態ではロボットとして溶接ロボットを例示したが、組み立てロボットなどの作業用ロボットであっても本技術は採用可能である。
【0073】
導出治具10は、3本の支柱20を支柱保持部材21で結束する構成を備えていたが、この構成に限定されるものではない。例えば、導出治具10は、3本の支柱20を一体成形したものであってもよい。
【符号の説明】
【0074】
1 ロボットシステム
2 溶接ロボット
3 教示ペンダント
4 制御装置
5 パソコン
6 溶接ツール
7 フランジ面
10 導出治具(計測器)
11 ダイヤルゲージ
12 計測用プローブ
13 球体(計測用プローブ)
14 平面接触子
15 配備手段
20 支柱
21 支柱保持部材
22 挿入孔
23 切断平面
24 原点調整具
25 穿孔
26 棒体(原点調整具)
27 球体(原点調整具)
28 ゲージ本体
29 計測針
30 クランプ部材
31 棒体(調整用プローブ)
32 貫通孔
33 ネジ部
34 支柱挿入面
F 載置面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロボットのアーム先端に取り付けられたツールの先端位置を決定するツールベクトルを導出するに際し、前記ロボットのツール先端が空間上の所定点の近傍に位置するように、前記ロボットに対して3つ以上の姿勢をとらせ、各姿勢におけるツール先端の位置ずれ量を計測して実績位置ずれ量とし、計測された実績位置ずれ量を基にツールベクトルを算出するロボットのツールベクトルの導出方法で使用する治具であって、
先端部に平面接触子が備えられると共に、前記平面接触子に備えられた計測面に対し垂直方向を向く計測軸に沿った距離変位を計測可能な3つの変位計と、
前記3つの変位計の各計測軸が1点で互いに直交すると共に各計測軸の交点が前記空間上の所定点となるように、3つの変位計を配備する配備手段と、
を有することを特徴とするロボットのツールベクトルの導出に用いる治具。
【請求項2】
先端側に球体が設けられた計測用プローブを有していて、
前記計測用プローブはその基端側が前記ロボットのアーム先端に取り付けられ、且つ前記球体が前記3つの変位計の各平面接触子の計測面に接するように、前記ロボットの姿勢が設定されることを特徴とする請求項1に記載のロボットのツールベクトルの導出に用いる治具。
【請求項3】
前記配備手段は、
互いの先端部又は互いの軸芯を先端側へ延長した線が1点で直交する3つの支柱と、
前記支柱の軸芯方向に前記計測軸が平行となると共に前記平面接触子の計測面が支柱の先端側を向くように、3つの支柱の各々に前記変位計を取り付けるクランプ部材と、
を有することを特徴とする請求項1又は2に記載のロボットのツールベクトルの導出に用いる治具。
【請求項4】
前記3つの変位計により設定される計測座標系の原点が各変位計の原点位置に一致するように、各支柱に変位計が取り付けられていることを特徴とする請求項3に記載のロボットのツールベクトルの導出に用いる治具。
【請求項5】
前記計測用プローブの先端側に設けられた球体の直径が、前記平面接触子の計測面の代表長さと同等又は代表長さより大きいことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のロボットのツールベクトルの導出に用いる治具。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−20347(P2012−20347A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−157858(P2010−157858)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】