説明

乗用作業車両

【課題】小回り旋回時の左右駆動輪、及び前後駆動輪に生じる旋回差を吸収して、旋回径に応じた駆動力を全ての車輪に伝達して機体を確実に旋回させることができる乗用作業車両を提供する。
【解決手段】後輪3、3を駆動する後輪駆動系40は、後輪減速装置60を介して走行駆動系25から駆動されるが、後輪減速装置60には、入力軸61と出力軸62とが同速となる経路と、減速となる経路との2つの経路を有しており、ステアリングハンドル10の操舵に連動して経路を切換えることができる。また、後輪駆動系40には、左右の後車軸69L、69Rを強制的に差動させる右左後輪用変速クラッチ71a、71bを有しており、小回り旋回の方向に応じて左右いずれかのクラッチが作動する。これにより、機体1が田面を小回り旋回する際には、旋回径に応じた駆動力を全ての車輪に伝達して、田面上をスリップすることなく、確実に小旋回することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定以上の操向操作に連動して駆動後輪の減速比を変更し、小回り旋回を可能とした乗用作業車両に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、乗用田植機のような乗用作業車両では、次ぎの植付行程に入る際に小回り旋回する必要があるが、代掻き後のぬかるんだ圃場を旋回するにあたり、これから苗を植え付ける圃場を極力荒らさないようにするため、前輪駆動系に差動装置、及び後輪駆動系にサイドクラッチを設け、各車輪の旋回半径に応じた周速を現出するようにしている。また、一部の乗用作業車両では、サイドクラッチとサイドブレーキとを併用して内輪を制動することにより、より小回り旋回を可能としている。
【0003】
小回り旋回をするためには、前輪の所定角度以上の操向操作により、左右の駆動後輪の旋回内側となる側の操向クラッチを切り操作して小回り旋回を行えるようにした乗用作業車両が有る(特許文献1参照)。また、左右の駆動前輪軸間に変速装置を設け、旋回時のステアリング操作に連動して変速装置のギヤ比を異なる減速比に切換え、強制的に左右の駆動輪に回転差を生じさせて小回り旋回を可能にした乗用作業車両が有る(特許文献2参照)。
【0004】
これら乗用作業車両は、いずれもリンク機構を介して、ステアリングの操作を操向クラッチや変速装置に伝達しており、ステアリングの操舵量に応じて操向クラッチの継断、及び変速装置の変速がなされる。さらに、ステアリング操作とは別に、ペダル操作などにより左右の駆動軸を連結する差動装置をロック可能としている乗用作業車両が有る(特許文献3参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2000−350506号公報
【特許文献2】特許第2840186号公報
【特許文献3】特開2004−267162号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載される乗用作業車両では、旋回中にある旋回内側後輪の駆動力が断たれ、残る3輪の駆動力で小回り旋回を行うため、深田では駆動力が不足する場合がある。また、特許文献3に記載される乗用作業車両は、駆動力が不足した場合にサイドクラッチの切断を解除する操作具を設けているが、別途解除操作が必要な上に、解除した場合には後輪の差動がなくなり旋回半径が大きくなってしまい、次工程の条合わせが困難になる場合がある。さらに、特許文献2に記載される乗用作業車両では、前輪軸と後輪軸とが同じ周速で駆動されているため、小回り旋回時に生じる前輪の旋回径と後輪の旋回径との旋回径差を吸収できず、前後いずれかの車輪がスリップして駆動力を田面に伝えることができない場合がある。
【0007】
前記の事情に鑑み、本発明は、小回り旋回時のステアリング操作に連動して、前輪に対して後輪を減速すると共に、左右後輪を差動させた状態で固定し、小回り旋回時であっても4輪に駆動力が伝わり、田面に対して確実に機体を旋回させることができる乗用作業車両を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、エンジンの動力を前輪差動装置(41)を介して左右の前輪(2、2)に伝達すると共に、後輪差動装置(72)を介して左右の後輪(3、3)に伝達し、かつ前記左右の前輪をステアリング(10)により操舵してなる、乗用作業車両(1)において、
前記前輪(2、2)への動力伝達系(39)から分岐されて前記後輪(3、3)へ動力伝達する後輪伝達系(40)に介在し、前記前輪(2、2)と前記後輪(3、3)とが同速となる経路(61a、62a)と、前記後輪(3、3)が前記前輪(2、2)に対して減速となる経路(61b、62b)とに切換える後輪減速装置(60)と、
前記右後輪(69R)が前記左後輪(69L)に対して速くなる左旋回位置又は前記左後輪(69L)が前記右後輪(69R)に対して速くなる右旋回位置に前記後輪差動装置(72)の差動を固定する後輪用変速クラッチ(71a、71b)と、を備え、
前記ステアリング(10)を所定切角度に操作すると、前記後輪減速装置(60)を減速となる経路(61b、62b)に切換えると共に、前記ステアリング(10)の操舵方向に応じて前記後輪用変速クラッチ(71a、71b)を前記右旋回位置又は左旋回位置に切換える、
ことを特徴とする乗用作業車両(1)にある。
【0009】
請求項2に係る発明は、前記右前輪(46R)が前記左前輪(46L)に対して速くなる左旋回位置又は前記左前輪(46L)が前記右前輪(46R)に対して速くなる右旋回位置に前記前輪差動装置(41)の差動を固定する前輪用変速クラッチ(50)を備え、
前記ステアリング(10)を前記所定切角度に操舵すると、前記ステアリング(10)の操舵方向に応じて前記前輪用変速クラッチ(50)を前記右旋回位置又は左旋回位置に切換えてなる、
請求項1記載の乗用作業車両(1)にある。
【0010】
なお、括弧内の符号等は、図面と対照するためのものであり、これは、発明の理解を容易にするための便宜的なものであって、特許請求の範囲に何等影響を及ぼすものではない。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明によると、小回り旋回によりステアリングを所定切角度に操作すると、後輪伝達系に介在する後輪減速装置の減速比を切換えて、動力伝達系からの動力が前輪に対して後輪を減速して駆動するので、小回り旋回により生じる前輪の旋回径と後輪の旋回径との旋回径差に応じた動力を後輪駆動系に伝達することができ、乗用作業車両を確実に旋回させることができる。さらに、ステアリングの操舵方向に応じて後輪差動装置の差動を固定する後輪用変速クラッチを左右いずれかの旋回位置に切換えるので、左旋回位置に切換えた際には右後輪が左後輪に対して速く回転し、右旋回位置に切換えた際には左後輪が右後輪に対して速く回転して、4輪全てに動力を伝達して、各車輪を旋回径に応じた周速で回転させるため、充分な駆動力により、圃場を荒らさない旋回が可能となる。
【0012】
請求項2に係る発明によると、前記前輪に対する後輪の減速駆動、及び前記後輪差動装置の差動の固定に加え、さらに、ステアリングの操舵方向に応じて前輪差動装置の差動を固定する前輪変速クラッチを左右いずれかの旋回位置に切換え、左旋回位置に切換えた際には右前輪が左前輪に対して速く回転し、右旋回位置に切換えた際には左前輪が右前輪に対して速く回転するので、4輪全てを旋回径に応じた周速で強制的に駆動することができ、左右一方の車輪が空転しても他方の車輪の駆動力で旋回するため、特別な操作を必要とせず小回り旋回を継続することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0014】
図1乃至図5は、本発明の実施の形態を示すもので、図1は、本発明を実施する水田作業車の一例を示す乗用田植機の側面図である。
【0015】
図1に示すように、乗用田植機1は、駆動前輪2、2および駆動後輪3、3を備えた走行機体5の前部に、ボンネット6で覆われたエンジン7が搭載されている。前記ボンネット6の後方には、運転席9が配設されており、その前方ではステアリングハンドル10が延出している。
【0016】
前記走行機体5の後部には、平行リンク機構11を介して植付部12が昇降自在に支持されている。前記植付部12は、苗載台13、プランターケース15、植付杆16、フロート17等により構成されている。一方前記走行機体5の前部には、前記ボンネット6及びステアリングハンドル10の両側に位置するように、補助苗台19が配設されている。
【0017】
そして、前記走行機体5の走行に伴なって前記フロート17で均した田面に、植付け作動する植付杆16が苗載台13から掻き取った単位植付け株の苗を植付けるようになっている。
【0018】
前記乗用田植機1に動力を伝達するトランスミッション20は、図2及び図3に示すように、ミッションケース21の側面に装着されたHST変速装置22により主変速された前記エンジン7(図1参照)の動力を前記植付部12(図1参照)に伝達する植付部駆動系23と、前記駆動前輪2、2及び駆動後輪3、3(図2参照)に伝達する走行駆動系25とを備えている。なお、前記植付部駆動系23は、本発明との関連がないので説明を省略する。
【0019】
前記走行駆動系25は、前記HST変速装置22の出力を受け入れる入力軸26を有し、該入力軸26は、前記ミッションケース21に回転自在に支持され、かつ前記HST変速装置22の出力軸(図示せず)に接続された駆動軸26aと、該駆動軸26aに回転自在に被嵌する従動軸26bとの2重構造になっている。そして、前記駆動軸26aと従動軸26bの間にはメインクラッチ27が配置しており、該メインクラッチ27の入り、切りにより駆動軸26aと従動軸26bの間の動力の伝達、遮断を切換えるようになっている。なお、前記従動軸26bには、出力歯車29が固定されている。
【0020】
前記ミッションケース21に前記入力軸26と所定の間隔で並行に回転自在に支持された中間軸30は、前記出力歯車29と噛合う入力歯車31と、該入力歯車31に入力された駆動力を伝動下手側に伝達する出力歯車32とを備えている。
【0021】
前記ミッションケース21に前記中間軸30と所定の間隔で並行に回転自在に支持された分岐軸33は、前記出力歯車32と噛合い駆動力を受ける入力歯車35と、一端部に固定された前輪駆動出力歯車36と、他端部に固定された後輪駆動出力歯車37と、両出力歯車36、37の間に固定された第1前車軸駆動歯車33a及び第2前車軸駆動歯車33bとを備えている。そして、前記分岐軸33は、前輪駆動出力歯車36を介して前輪駆動系39を駆動すると共に、前記後輪駆動出力歯車37を介して後輪駆動系40を駆動している。
【0022】
前記前輪駆動系39は、前記ミッションケース21の一側方で前輪2、2を駆動する前輪用差動機構(前輪差動装置)41を回転自在に内装している。前輪差動装置41を構成するデフケース42には、前輪駆動出力歯車36と噛合う入力歯車43が形成されている。また、前車軸46L、46Rは、ミッションケース21の後部両側に固定された一対の車軸ケース45L、45Rにそれぞれ回転自在に支持され、それぞれ一端が前輪差動装置41に接続されている。さらに、前輪差動装置41の前車軸46R側には、前車軸46Rとスプライン嵌合するデフロッククラッチ42aが配設している。そして、前輪差動装置41には、分岐軸33の前輪駆動出力歯車36と入力歯車43を介して駆動力が伝達され、前車軸46L、46Rを駆動する。なお、前車軸46L、46Rには、それぞれ出力歯車が固定されており、左右のフロントアクスルケースの端部に支持された前輪2、2に動力を伝達している。
【0023】
さらに、本前輪駆動系39には、乗用田植機1の旋回時に、いずれかの前車軸46L、46Rを強制的に駆動する前輪用変速クラッチ50を備えている。
【0024】
本実施の形態では、前輪用変速クラッチ50は、ミッションケース21内で、右側の前車軸46Rにスプライン嵌合して、軸方向に摺動自在となっている。さらに、前輪用変速クラッチ50の両側部には、分岐軸33に固設した第1前車軸駆動歯車33a及び第2前車軸駆動歯車33bにそれぞれ常時噛合する第1前車軸遊動歯車51及び第2前車軸遊動歯車52が所定間隔により被嵌しており、該第1及び第2前車軸固定歯車51、52間で前輪用変速クラッチ50が摺動していずれかの歯車51、52と圧着することで、前記分岐軸33からの駆動力を前輪差動装置41を介すことなく、直接、前車軸46Rに伝達することができる。
【0025】
この場合に、第1前車軸駆動歯車33aと第1前車軸遊動歯車51との組合わせによるギヤ比は、第2前車軸駆動歯車33bと第2前車軸遊動歯車52との組合わせによるギヤ比と比べて異なるギヤ比が選択されており、例えば、出力歯車36を経て前輪差動装置41による前車軸46Rの回転を基準として比較すると、第1前車軸駆動歯車33aと第1前車軸遊動歯車51との組合わせは前車軸46Rを増速回転させる駆動力を伝達し、第2前車軸駆動歯車33bと第2前車軸遊動歯車52との組合わせは前車軸46Rを減速回転させる駆動力を伝達することができる。
【0026】
即ち、前輪用変速クラッチ50は、一対の第1前車軸駆動歯車33aと第1前車軸遊動歯車51に対する圧着操作に基づいて、前車軸46Rの回転数を強制的に増減すべく構成されている。そして、前車軸46Rを増速した場合には、前輪差動装置41の作用に基づいて前車軸46L側が減速されるため、前車軸46L、46R間に左旋回に対応した一定の回転差を強制的に生じさせる。同様に、前輪用変速クラッチ50が第2前車軸駆動歯車52と圧着して前車軸46Rを減速した場合には、前輪差動装置41の作用に基づいて前車軸46Lが増速されるため、前車軸46L、46R間に右旋回に対応した一定の回転差を強制的に生じさせることができる。なお、本実施の形態では、前輪用変速クラッチ50が第1前車軸遊動歯車51と圧着した状態を左旋回位置、前輪用変速クラッチ50が第2前車軸駆動歯車52と圧着した状態を右旋回位置としている。
【0027】
つづいて、前輪駆動系39と後輪駆動系40との間に介在する後輪減速装置60について説明する。
【0028】
後輪減速装置60は、図3に示すとおり、ミッションケース21から後方に向けて分岐するプロペラシャフト57の動力を受けて、必要な変速をした後に、さらに後方に繋がる後輪駆動系40まで伝達している。本後輪減速装置60では、プロペラシャフト57に繋がる入力軸61と、後輪駆動系40に繋がる出力軸62とが並行しており、それぞれの軸61、62どうしは、異なるギヤ比の2対の歯車により連結している。
【0029】
すなわち、入力軸61には、軸線上に第1入力歯車61aと第2入力歯車61bとが固設されおり、出力軸62には第1入力歯車61aに常時噛合する第1出力歯車62aと、及び第2入力歯車61bに常時噛合する第2出力歯車62bとが、それぞれ回転自在に被嵌している。出力軸62の第1出力歯車62aと第2出力歯車62bとの間には、後輪減速クラッチ63が摺動自在にスプライン嵌合しており、いずれかの出力歯車62a、62bと選択的に圧着することができる。
【0030】
本実施の形態では、第1入力歯車61aと第1出力歯車62aとは、駆動前輪2、2と駆動後輪3、3とが同じ周速となるように噛合して、同速となる経路を形成している。一方、第2入力歯車61bと第2出力歯車62bとは、駆動前輪2、2に対して駆動後輪3、3を減速するように噛合して、減速となる経路を形成している。また、後輪減速クラッチ63は、後述するステアリング10の操舵角度に応じて、機体が直線或いは大回り旋回する際には第1出力歯車62a側と圧着し、機体が小回り旋回する際には第2出力歯車62b側と圧着するよう、ステアリング10に連動して作動する。
【0031】
次に、後輪駆動系40は、走行機体5(図1参照)の後部に配置された後車軸ケースに内装されており、後輪減速装置60を介して入力軸66に入力された動力を、例えば整地ロータを駆動するPTO出力軸67及び後輪3、3側とに分岐している。入力軸66に入力された動力はPTOクラッチ67aを介してPTO出力軸67に出力すると共に、入力軸66の中段に固設した出力歯車66aにより後輪3、3側に出力している。この場合の出力歯車66aはベベルギヤであり、入力軸66と略垂直に回転自在に配置した中間軸68に固設した入力歯車68aと噛合して動力を伝達している。
【0032】
後輪駆動系40の主伝達経路は、上述したトランスミッション20と略同様の構成であるが、中間軸68に入力した動力は、該中間軸68の中段に固設した出力歯車68bを介して、左右の後車軸69L、69Rに伝達している。また、出力歯車68bを挟んだ中間軸68の左右位置には、右後車軸遊動歯車70a及び左後車軸遊動歯車70bが回動自在に被嵌しており、これら右左後車軸遊動歯車70a、70bを介して右左の後車軸69R、69Lを直接駆動することができる。右左後車軸遊動歯車70a、70bには、中間軸68の軸方向に摺動自在にスプライン嵌合した右後輪用変速クラッチ71a、及び左後輪用変速クラッチ71bが圧着することによって、中間軸68に入力した動力を出力することができる。なお、右左後輪用変速クラッチ71a、71bはステアリングハンドル10の操舵角度に連動して、それぞれ左右後車軸遊動歯車70a、70bと圧着することができる。本実施の形態では、右後輪用変速クラッチ71aが右後車軸遊動歯車70aに圧着した状態を右旋回位置、左後輪用変速クラッチ71bが左後車軸遊動歯車70bに圧着した状態を左旋回位置としている。
【0033】
出力歯車68bは、後輪駆動系40に回転自在に内装された後輪用差動機構(後輪差動装置)72に形成した入力歯車72bと噛合しており、後輪差動装置72には左右の後車軸69L、69Rの一端が接続して、中間軸68に入力した動力を左右の後車軸69L、69Rまで伝達している。さらに、右車軸69Rは、後輪差動装置72のデフケース72aに固設したデフロッククラッチ72cとスプライン嵌合しており、デフロッククラッチ72cをロックすることにより、中間軸68に入力した動力を、直接、右後車軸69Rに伝達できる。
【0034】
また、右後車軸69R及び左後車軸69Lには、それぞれ右後車軸遊動歯車70aと常時噛合する右後車軸駆動歯車69a、及び左後車軸遊動歯車70bと常時噛合する左後車軸駆動歯車69bが固定しており、中間軸68に入力した動力を、後輪差動装置72を介すことなく、直接に右後車軸69Rまたは左後車軸69Lに伝達することができる。
【0035】
そして、右後車軸69R及び左後車軸69Lは、それぞれ外側端部に固設した出力歯車69c、69dにより、リヤアクスル内に回動自在に内装した右左駆動中間軸73R、73L、及び右左駆動軸74R、74Lを介して左右の後輪3、3に連結している。
【0036】
なお、本実施の形態では、前輪駆動系39に左右前車軸46L、46Rを強制的に駆動する前輪用変速クラッチ50を有すると共に、後輪駆動系40に左右後車軸69L、69Rを強制的に駆動する右左後輪用変速クラッチ71a、71bを有する構成としたが、前輪用変速クラッチ50を省略して、右左後輪用変速クラッチ71a、71bのみを配設した後輪駆動系40の強制駆動とすることもできる。
【0037】
次に、上述したメインクラッチ27、前輪用変速クラッチ50、後輪減速クラッチ63、及び右左後輪用変速クラッチ71a、71b等を操作する操向機構100について説明する。操向機構100は、図4及び図5に示すように、ステアリングハンドル10(図1参照)のパワーステアリング操作に連動するピットマンアーム101が、ミッションケース21の操作軸21aに連結して前輪用変速クラッチ50の継断操作をすると共に、ピットマンアーム101の左右端部101a、101bには連動杆102、リンク体103、連結杆105等からなる連動機構106、106が連結しており、後輪駆動系65の右後輪用変速クラッチ71a、及び左後輪用変速クラッチ71bの継断を操作している。また、ピットマンアーム101の後端101cには、ワイヤハーネス107が連結しており、後輪減速装置60の後輪減速クラッチ63の継断を操作している。なお、直進時における後輪減速クラッチ63は第1出力歯車62a側に付勢されており、前記同速となる経路を形成している。
【0038】
一方、乗用田植機1の制動機構109であるクラッチ・ブレーキペダル110は、乗用田植機1の平面視右方向(図4参照)で前方に向けて延出しており、連動機構111を介してミッションケース21内の入力軸26に配置されたメインクラッチ27(図2参照)に連結されて、クラッチの継断を操作している。
【0039】
ここで、小回り旋回中における旋回径と各車輪の周速との関係について説明すると、本実施の形態における走行機体5では、図6に示すとおり、内側後輪3aの旋回半径をr1、内側前輪2aの旋回半径をr2、外側後輪3bの旋回半径をr3、外側前輪2bの旋回半径をr4とすると、各車輪の周速比はr1:r2:r3:r4=1:3:5:6の関係にあり、前輪車軸と後輪車軸とは2:3の関係(前輪軸に対する後輪軸の減速比は約0.6〜0.7の時)にある。すなわち、内側後輪3aを基準とすると、内側前輪2aは3倍の周速、外側後輪3bは5倍の周速、外側前輪2bは6倍の周速により駆動され、旋回円周に沿って旋回することができる。本周速比を各車輪に設定することにより、各車輪の駆動力は圃場面に均等に伝達され、小回り旋回であっても圃場を荒らすことなく旋回できる。ただし、本周速比は、各乗用田植機1ごとに、前輪車軸と後輪車軸との距離、及び左右車輪の距離に合わせて適応する数値が設定される。
【0040】
本実施の形態における乗用田植機1は、前記のような構成であるので、ステアリングハンドル10をほぼ中立位置にした状態で乗用田植機1を田面に対して直進或いは大R旋回で走行する場合では、ピットマンアーム101から延びる操向機構100も中立状態にある。すなわち、直進或いは大R旋回で走行する場合では、中立状態にある操向機構100により、メインクラッチ27が入り状態、前輪用変速クラッチ50が中立状態、後輪減速クラッチ63が同速となる経路を形成し、右左後車軸遊動歯車70a、70bが切り状態となる。
【0041】
本中立状態による動力の伝達経路は、前輪駆動系39のHST変速装置22で主変速されたエンジン7の出力が、入力軸26aの駆動軸26aに入力され、メインクラッチ27を介して従動軸26bに伝わり出力歯車29を駆動する。すると、出力歯車29の駆動により中間軸30、分岐軸33が駆動され、分岐軸33に繋がる前輪差動装置41が回動して前車軸46L、46Rを同速により駆動する。
【0042】
一方、後輪減速装置60では、前輪駆動系39より分岐した動力がプロペラシャフト57を介して入力軸61に入力され、後輪減速クラッチ63に圧着した第1出力歯車62aにより、駆動前輪2、2と駆動後輪3、3とが同じ周速となるように駆動する。
【0043】
後輪駆動系40では、出力軸62に繋がる入力軸66に入力された動力が、中間軸68を介して後輪差動装置72を回動して、後車軸69L、69Rを同速により駆動している。本中立状態による直進或いは大R旋回にある乗用田植機1は、前車輪2、2及び後車輪3、3が同じ周速度で駆動され、かつ、左右の車輪も同じ速度で駆動されるので、田面上を直進等する際にはスムースに移動することができる。
【0044】
なお、中立状態では、前輪差動装置41に配設したデフロッククラッチ42a、及び後輪差動装置72に配設したデフロッククラッチ72cのいずれか、又は両方をロック操作することで、左右の前輪及び左右の後輪を同じ速度で駆動することができ、直進性が増して、よりスムースに田面を移動することができる。
【0045】
次に、畔際等で機体をUターンさせて次ぎの植付行程に入る際には、ステアリングハンドル10を大きく左又は右に操作する。ステアリングハンドル10の操舵により、ピットマンアーム101から延びる操向機構100が左右いずれかの方向に回動する。ここでは説明を簡略するため、右旋回時の操行について説明し、左旋回時の操行については括弧内に併記して省略する。
【0046】
ステアリングハンドル10を大きく右(左)に操舵すると、ピットマンアーム101が図4の平面視で時計方向回り(反時計回り)に回動し、操向機構100を介して前輪用変速クラッチ50が第2前車軸遊動歯車52(51)と、後輪減速クラッチ63が第2出力歯車62b(62b)と、右後輪用変速クラッチ71a(71b)が右後車軸遊動歯車70a(70b)と、それぞれ圧着する。
【0047】
本右(左)操舵による動力の伝達経路では、上述した前輪駆動系39の分岐軸33まで伝達した動力が、前車軸46Lには前輪差動装置41を介して入力される一方、前車軸46Rには、第2前車軸駆動歯車33b(33a)及び第2前車軸遊動歯車52(51)を介して減速(増速)した駆動力が直接に入力される。本状態では、前車軸46Lに対して前車軸46Rが減速(増速)した右旋回位置(左旋回位置)となる。
【0048】
後輪減速装置60では、第1出力歯車62aに付勢部材(図示せず)を介して圧着されていた後輪減速クラッチ63が、ピットマンアーム101から延びるワイヤハーネス107に引かれ、第2出力歯車62bに圧着することによって、入力軸61に入力した動力を出力軸62に減速(減速)して伝達している。本後輪減速装置60の作用により、小回り旋回時に生じる前輪に対する後輪の旋回径差を、後輪側の駆動回転数を減速することにより、それぞれの旋回径に合わせた周速により駆動して、泥土で車輪の滑りの生じ易い環境に拘らず、圃場を荒らすことなく確実に機体を小回り旋回する。
【0049】
後輪駆動系40では、入力軸66に入力された動力が、中間軸68、出力歯車68b、及び後輪差動装置72を介して後車軸69L(69R)を駆動する一方、後車軸69R(69L)には、右後車軸遊動歯車70a(70b)及び右後車軸駆動歯車69a(69b)を介して減速(増速)した駆動力が直接に入力される。本状態では、後車軸69R、69Lどうしが差動した右旋回位置(左旋回位置)にある。
【0050】
以上のように、右操舵による小回り旋回時の動力伝達では、前車軸46Rを前車軸46Lに対して減速して駆動すると共に、後車軸69Rを後車軸69Lに対して減速して駆動する。さらには、前輪2、2に対して後輪3、3を減速して駆動している。本乗用田植機1では、小回り旋回する際に通過する各車輪の旋回径に応じて、全ての駆動輪が旋回径に沿って駆動することができ、小旋回であっても全ての車輪の駆動力を田面に伝えることができ、泥土などで車輪の滑りの生じ易い環境に拘らず、田面とスリップすることなく、正確に小回り旋回することができる。また、メインクラッチ27、前輪用変速クラッチ50、後輪減速クラッチ63、右左後輪用変速クラッチ71a、71b等は、ステアリングハンドル10にリンクする操向機構100により継断等の操作がされるので、操作系を複雑にすることなく、容易な操作により乗用田植機1を小回り旋回させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明を実施する水田作業車の一例を示す乗用田植機の側面図である。
【図2】乗用田植機に動力を伝達するトランスミッションの構成図である。
【図3】乗用田植機の動力伝達を示す系統図である。
【図4】乗用田植機の操向機構を示す平面図である。
【図5】乗用田植機の操向機構を示す側面図である。
【図6】旋回中における旋回径と各車輪の周速との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0052】
1 乗用作業車両(乗用田植機)
2、2 前輪
3、3 後輪
10 ステアリング
39 動力駆動系
40 後輪駆動系
41 前輪差動装置
46R 右前車軸
46L 左前車軸
50 前輪用変速クラッチ
60 後輪減速装置
61a、62a 同速となる経路
61b、62b 減速となる経路
65 後輪伝達系
69R 右後車軸
69L 左後車軸
71a、71b 後輪用変速クラッチ
72 後輪差動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの動力を前輪差動装置を介して左右の前輪に伝達すると共に、後輪差動装置を介して左右の後輪に伝達し、かつ前記左右の前輪をステアリングにより操舵してなる、乗用作業車両において、
前記前輪への動力伝達系から分岐されて前記後輪へ動力伝達する後輪伝達系に介在し、前記前輪と前記後輪とが同速となる経路と、前記後輪が前記前輪に対して減速となる経路とに切換える後輪減速装置と、
前記右後輪が前記左後輪に対して速くなる左旋回位置又は前記左後輪が前記右後輪に対して速くなる右旋回位置に前記後輪差動装置の差動を固定する後輪用変速クラッチと、を備え、
前記ステアリングを所定切角度に操作すると、前記後輪減速装置を減速となる経路に切換えると共に、前記ステアリングの操舵方向に応じて前記後輪用変速クラッチを前記右旋回位置又は左旋回位置に切換える、
ことを特徴とする乗用作業車両。
【請求項2】
前記右前輪が前記左前輪に対して速くなる左旋回位置又は前記左前輪が前記右前輪に対して速くなる右旋回位置に前記前輪差動装置の差動を固定する前輪用変速クラッチを備え、
前記ステアリングを前記所定切角度に操舵すると、前記ステアリングの操舵方向に応じて前記前輪用変速クラッチを前記右旋回位置又は左旋回位置に切換えてなる、
請求項1記載の乗用作業車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−283973(P2007−283973A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−115730(P2006−115730)
【出願日】平成18年4月19日(2006.4.19)
【出願人】(000001878)三菱農機株式会社 (1,502)
【Fターム(参考)】