説明

光学物品およびその製造方法

【課題】帯電防止性、反射防止性および耐薬品性に優れる透明な光学物品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】眼鏡レンズ100は、レンズ基材110と、このレンズ基材110の表面に設けられたハードコート層120と、このハードコート層120の上に設けられた反射防止膜130とを備えて構成されている。反射防止膜130は、可視光領域の屈折率が1.3〜1.5である低屈折率層131,133,135,138と、屈折率が1.8〜2.60である高屈折率層132,134,136と、アモルファスシリコン層137とから構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、帯電防止性を備えた反射防止膜を有する光学物品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、眼鏡レンズ等の光学物品には、ゴーストおよびちらつきを防止するためにレンズ基材の表面に反射防止膜が設けられている。反射防止膜はハードコート層が積層されたレンズ基材の表面に異なる屈折率を持つ物質を交互に積層してなるいわゆる多層反射防止膜として形成される。
また、さらに帯電防止性を付与するために、反射防止膜の一部に導電層を含ませたレンズが提案されている(例えば、特許文献1、2)。このような導電層としては、特にインジウムスズ酸化物(ITO)層が好ましく用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−031701号公報
【特許文献2】特開2004−341052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、インジウムスズ酸化物(ITO)層は、透明性と導電性には優れているものの、酸やアルカリなどの薬品により侵されやすいという問題がある。例えば、人の汗は塩分を含んだ酸であり、この汗により、ITO層が侵食されることもある。
【0005】
そこで、本発明の目的は、帯電防止性、反射防止性および耐薬品性に優れる透明な光学物品およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の光学物品は、透明な基材の表面に低屈折率層と高屈折率層とが交互に積層されてなる反射防止膜を備えた光学物品であって、前記反射防止膜には、アモルファスシリコン層が含まれていることを特徴とする。
本発明の光学物品によれば、反射防止膜には、導電性を有するアモルファスシリコン層が含まれているので、帯電防止効果を発揮できる。さらに、反射防止膜に含まれるアモルファスシリコン層は、反射防止膜の透明性や反射防止性を阻害することも少ない。そして、アモルファスシリコン層は、酸やアルカリのような浸食性物質に対する耐久性に優れている。
従って、本発明によれば、帯電防止性、反射防止性および耐薬品性に優れる光学物品を提供できる。なお、低屈折率層がSiO層である場合には、アモルファスシリコン層の主成分が同じSiであることより不純物とならず、また層間密着性にも優れる。さらに、アモルファスシリコン層が経時変化により酸化物となっても、導電性の低下はあるもののSiO層になるだけであり、光学的、品質的に問題を生じない。
【0007】
本発明では、前記アモルファスシリコン層の総厚みが1nm以上10nm以下であることが好ましく、2nm以上7nm以下であることがより好ましい。ここで、アモルファスシリコン層は、1層(単層)である必要はなく、複数層であってもよい。
この発明によれば、アモルファスシリコン層の総厚みが1nm以上であるので、十分な導電性を発揮することができ、また、アモルファスシリコン層の総厚みが10nm以下であるので、反射防止効果に悪影響を与えることもない。
【0008】
本発明では、シート抵抗が5×1012Ω/□以下であることが好ましく、1×1012Ω/□以下であることがより好ましく、1×1011Ω/□以下であることがさらに好ましい。
この発明によれば、光学物品のシート抵抗が5×1012Ω/□以下であるので、十分な帯電防止効果が期待できる。
【0009】
本発明では、前記基材がプラスチックまたはガラスであることが好ましい。
この発明によれば、基材がプラスチックまたはガラスであるので、透明で、反射防止性および帯電防止性に優れるとともに酸やアルカリなどの薬品に侵されにくい光学物品を提供できる。
【0010】
本発明では、該光学物品がレンズであることが好ましい。
この発明によれば、反射防止性および帯電防止性に優れるとともに酸やアルカリなどの薬品に侵されにくい各種の光学レンズを提供できる。このような光学レンズとしては、眼鏡レンズ、望遠鏡レンズ、顕微鏡用レンズ、カメラ用レンズ、あるいは光学用の窓材などが挙げられる。
【0011】
本発明の光学物品の製造方法は、上述したいずれかの光学物品の製造方法であって、前記反射防止膜を真空蒸着にて前記基材の表面に形成することを特徴とする。
本発明の製造方法によれば、内部に含まれる導電層を含めて真空蒸着により反射防止膜を形成するので、簡易な装置と方法により上述した効果を奏する光学物品を製造できる。また、低屈折率層がSiO層である場合は、真空蒸着機内に材料としてのSi粒を共通に用いることができるので、アモルファスシリコン層の成膜が非常に簡便である。SiO層をSiO粒を用いて成膜する場合であっても、材料としてのSi粒を別途用意するだけでよいので簡便である。
なお、本発明におけるアモルファスシリコン層を成膜する際、真空蒸着機内の残留ガスとして酸素、水、水素等が含まれることがある。したがって、アモルファスシリコン層は、残留ガスとの反応により若干の酸化あるいは水素を含有したアモルファスシリコンになっている場合がある。また、アモルファスシリコン層を成膜する際、チャンバー内に酸素を導入して成膜する場合がある。この際にアモルファスシリコン層表面が酸化反応することもある。また、アモルファスシリコン層はTiO層やSiO層などの酸化物層に挟まれていることもある。そのために多層膜界面の酸素拡散により、アモルファスシリコン層が若干酸化されることもあり得る。
このように、若干の酸化あるいは水素を含有したアモルファスシリコンになっている場合でも、本発明の効果を有し、本発明の範囲内である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態にかかる眼鏡レンズの断面図。
【図2】前記実施形態における反射防止膜の製造に用いる蒸着装置の模式図。
【図3】(A)金属電極をプラスチックレンズに当接させた状態を示す断面図、(B)金属電極をプラスチックレンズに当接させた状態を示す上面図。
【図4】本実施例におけるアモルファスシリコン層の膜厚とシート抵抗との関係を示すグラフ。
【図5】本実施例における耐薬品性試験を行うためにレンズ表面に傷を付与するための装置を示す概略図。
【図6】前記レンズ表面に傷を付与するための装置の運転状態を示す概略図。
【図7】本実施例におけるむくみの判定方法を示す概略図。
【図8】(A)レンズ表面においてむくみのない状態を示す模式図、(B)レンズ表面においてむくみのある状態を示す模式図。
【図9】本実施例におけるアモルファスシリコン層の各厚みにおける分光反射率を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、光学物品として眼鏡レンズを例示して説明するがこれに限定されるものではない。
図1は本実施形態の眼鏡レンズの断面図である。
図1において、眼鏡レンズ100は、レンズ基材110と、このレンズ基材110の表面に設けられたハードコート層120と、このハードコート層120の上に設けられた反射防止膜130とを備えて構成されている。
なお、ハードコート層120を省略してレンズ基材110の上に直接反射防止膜130を形成してもよく、さらに、耐衝撃性を向上させるためにレンズ基材110とハードコート層120との界面にプライマー層を設けてもよい。そして、反射防止膜130の上には、必要に応じて撥水層や防曇性を有する層を形成してもよい。
【0014】
(1.レンズ基材)
レンズ基材110としては、特に限定されないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとしてスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を例示することができる。
【0015】
(2.ハードコート層)
ハードコート層120としては、本来の機能である耐擦傷性を向上するものであればよい。例えば、ハードコート層120に使用される材料として、メラミン系樹脂、シリコーン系樹脂、ウレタン系樹脂、アクリル系樹脂等が挙げられるが、シリコーン系樹脂を用いたハードコート層が最も好ましい。例えば、金属酸化物微粒子、シラン化合物からなるコーティング組成物を塗布し硬化させてハードコート層を設ける。このコーティング組成物にはコロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等の成分が含まれていてもよい。
金属酸化物微粒子の具体例としてはSiO、Al、SnO、Sb,Ta、CeO、La、Fe、ZnO、WO、ZrO、In、TiO等の金属酸化物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子を、分散媒たとえば水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒にコロイド状に分散させたものがあげられる。
このようなハードコート層120を形成する方法としては、ディッピング法、スピンナー法、スプレー法、フロー法により、ハードコート層120の組成物を塗布した後、40〜200℃の温度で数時間加熱乾燥する方法が例示できる。
【0016】
(3.反射防止膜)
反射防止膜130は、可視光領域(550nm)における屈折率が1.3〜1.5である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.60である高屈折率層とを交互に積層したものである。この反射防止膜130は、レンズ基材110側から外側に向けて順に配置された第1層131、第2層132、第3層133、第4層134、第5層135、第6層136、第7層であるアモルファスシリコン層137および第8層138から構成され、このうち、第1層131、第3層133、第5層135および第8層138が低屈折率層であり、第2層132、第4層134および第6層136が高屈折率層である。
【0017】
反射防止膜130の低屈折率層および高屈折率層である第1層131、第2層132、第3層133、第4層134、第5層135、第6層136および第8層138に使用される無機物の例としては、SiO、ZrO、TiO、TiO、Ti、Ti、Al、TaO、Ta、NbO、Nb、NbO、Nb、CeO、Y、SnO、MgF、WO、HfO、あるいはこれらの混合物などが挙げられる。これらの無機物は単独で用いるかもしくは2種以上の混合物を用いる。例えば、第1層131、第3層133、第5層135および第8層138をSiOの層とし、第2層132、第4層134および第6層136をTiOの層とすることができる。
なお、二酸化ケイ素(SiO)からなる低屈折率層は、可視光領域の屈折率nが1.40〜1.50である。また、酸化チタン(TiO)からなる高屈折率層は、可視光領域(550nm)の屈折率が2.10〜2.60である。
【0018】
第7層であるアモルファスシリコン層137に使用される材料として、いわゆるアモルファスシリコンを用いる。
アモルファスシリコン層137の厚みは、好ましくは1nm以上10nm以下、より好ましくは2nm以上7nm以下の範囲に形成される。アモルファスシリコン層137の厚みが1nm未満であると、帯電防止効果を十分得ることができない。また、アモルファス
シリコン層137の厚みが10nmを超えても帯電防止性の向上はさほど望めず、むしろ透明性が悪化するおそれがある。
また、アモルファスシリコン層137は、層全体が連続して形成されていなくてもよく、例えば、不連続な島状に形成された層であってもよい。この場合は、層全体の平均的な厚みが上記の範囲内であればよい。
アモルファスシリコン層137は、多層膜である反射防止膜130のどの位置に形成してもよい。望ましくは表面での酸化を防止するために反射防止膜130の最外層とならない位置が望ましい。例えば、高屈折率層136の中にアモルファスシリコン層を形成してもよい。
【0019】
なお、本実施形態は、反射防止膜130が必ずしも8層で構成されるものに限定されるものではなく、例えば、第1層131がレンズ基材側であり、低屈折率層と高屈折率層とが交互に配置されていれば、他の層構成であってもよい。例えば、第1層、第2層、第3層、第4層、第5層であるアモルファスシリコン層および第6層の6層から構成するものでもよい。
【0020】
本実施形態では、低屈折率層である第1層131、第3層133、第5層135および第8層138にSiO、高屈折率層である第2層132、第4層134および第6層136にTiO、アモルファスシリコン層137にアモルファスシリコンを用いた。
【0021】
反射防止膜130の各層を形成するには、通常のイオンアシスト(IAD)蒸着法が好適に用いられる。ただし、イオンアシストを行うか否かは適宜判断すればよい。
図2は、本実施形態の反射防止膜130の製造に用いる蒸着装置10の模式図である。
図2において、蒸着装置10は、真空容器11、排気装置20、およびガス供給装置30を備えているいわゆる電子ビーム蒸着装置である。
【0022】
真空容器11は、真空容器11内に蒸着材料がセットされた蒸発源(るつぼ)12、13の蒸着材料を加熱溶解(蒸発)する電子銃17、レンズ基材110が載置される基材支持台15、レンズ基材110を加熱するための基材加熱用ヒータ16、およびイオンアシストを実施するためのイオン銃18等を備えている。また、必要に応じて真空容器11内に残留した水分を除去するためのコールドトラップや、膜厚を管理するための装置等が具備される。膜厚を管理する装置としては、例えば、光学式膜厚計や水晶振動子膜厚計などを用いることができる。
【0023】
蒸発源12、13は、蒸着材料がセットされたるつぼであり、真空容器11の下部に配置されている。蒸発材料として、TiO成膜用にはTiOY粒(0≦Y≦2)、SiO
成膜用にはSiO粒またはSi粒が、アモルファスシリコン成膜用にはSi粒がそれぞれ好ましく用いられる。
【0024】
基材支持台15は、所定数のレンズ基材110を載置する支持台であり、蒸発源12、13と対向した真空容器11内の上部に配置されている。基材支持台15は、レンズ基材110に形成される反射防止膜の均一性を確保し、かつ量産性を高めるために回転機構を有することが好ましい。
【0025】
基材加熱用ヒータ16は、例えば赤外線ランプからなり、基材支持台15の上部、あるいは図示していない下部に配置されている。基材加熱用ヒータ16は、レンズ基材110を加熱することによりレンズ基材110のガス出しあるいは水分除去を行い、ハードコート層120の表面に形成される膜との密着性を向上させる。
なお、基材加熱用ヒータ16としては、赤外線ランプの他に抵抗加熱ヒータ等を用いてもよい。
【0026】
排気装置20は、真空容器11内を高真空に排気する装置であり、クライオポンプ或いはターボ分子ポンプ21と、真空容器11内の圧力を一定に保つ圧力調節バルブ22とを備えている。
ガス供給装置30は、Ar、N、Oなどのガスを内蔵するガス容器310と、ガスの流量を制御する流量制御装置320とを備えている。ガス容器310に内蔵されたガスは、流量制御装置320を介して真空容器11内に導入される。
圧力計50は、真空容器11内の圧力を検出する。圧力計50によって検出された圧力値に基づき、排気装置20の圧力調節バルブが、図示しない制御部からの制御信号により制御されて、真空容器11内の圧力が所定の圧力値に保たれる。
【0027】
前述した真空容器11内の基材支持台15に、ハードコート層120の形成されたレンズ基材110が載置され、蒸着装置10を稼動する。
ここで、高屈折率層を構成する第2層132、第4層134、第6層136を形成するにあたり、その成膜条件は、電子銃により加速電圧が5〜10kV、電流値が50〜500mAでるつぼ内の材料を加熱蒸発させ薄膜を形成させる。成膜中はイオン銃18にて加速電圧は200〜1000V、電流値100〜500mAでイオンアシストを実施する。
低屈折率層となる第1層131、第3層133、第5層135および第8層138を形成するためには、電子銃により加速電圧が5〜10kV、電流値が50〜500mAでるつぼ内の材料を加熱蒸発させ薄膜を形成させる。ここではイオンアシストは実施していないが、高屈折率層を構成したときと同じようにイオンアシストを適時実施してもよい。
【0028】
次に製造工程について説明する。
まず、ハードコート層120を塗布したレンズ基材110(以下、レンズ基材110と記載する)を基材支持台15に装着し、基材加熱用ヒータ16で加熱処理を行い、レンズ基材110に付着した水分を蒸発させる。
次に、レンズ基材110の表面に酸素イオンビームによるイオンクリーニングを実施する。具体的には、イオン銃18を用いて酸素イオンビームを数百eVのエネルギーでレンズ基材110の表面に照射し、レンズ基材110の表面に付着した有機物の除去を行う。この方法により、レンズ基材110の表面に形成する膜の付着力を強固なものとすることができる。なお、酸素イオンビームの代わりに不活性ガス、例えばアルゴン(Ar)、キセノン(Xe)、窒素(N)を用いて同様の処理を行ってもよいし、酸素ラジカルや酸素プラズマを照射してもよい。
【0029】
そして、排気装置20により真空容器11内を十分に排気した後、反射防止膜130の形成を実施する。具体的には、蒸発源12および13に蒸着材料であるSiO粒、TiO粒およびSi粒をそれぞれの層形成時にセットし、図示しない電子銃を蒸着材料に照射することで蒸着材料を加熱蒸発させ、レンズ基材110の表面に蒸着させる。
各層は、膜厚を測定しながら形成され、所望の膜厚になった時点で蒸着を停止する。
なお、各層を形成するには、これ以外にも通常の真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング等を用いても良い。
以上のようにして各層が形成され、反射防止膜130となる。
【0030】
(4.本実施形態の作用効果)
以上説明した本実施形態によれば、次のような作用効果を得ることができる。
上記実施形態では、反射防止膜130の一部にアモルファスシリコンからなるアモルファスシリコン層137を設けたので、反射防止効果や透明性を損なわずに帯電防止効果を十分に得ることができる。しかも、アモルファスシリコン層137がアモルファスシリコンであり、酸やアルカリといった反応性(浸食性)の高い薬品に対しても十分な耐性を発揮できる。特に導電層の厚みを1〜10nm、より好ましくは2〜7nmとすることにより、これらの効果をより好ましく発揮できる。
【0031】
(5.変形例)
なお、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。
【0032】
例えば、上記実施形態においては、アモルファスシリコン層137は単層であったが、複数層としてもよい。例えば第5層135と第6層136の間や、第4層134と第5層135の間に形成してもよい。その場合は、アモルファスシリコン層全体の厚みが1〜10nmとなるように設定すればよい。さらに、アモルファスシリコン層137を含んだ反射防止膜130は、レンズ基材110の片面だけではなく両面に設けてもよい。
【0033】
また、アモルファスシリコン層137の形成方法に制限はなく、アモルファスシリコン層の組成や厚み等の諸条件に応じて適宜選択することが可能である。たとえば、イオンアシスト蒸着法以外にも、CVD(減圧CVD、プラズマCVD等)法、高周波スパッタリング法、直流スパッタリング法、イオンプレーティング法、分子線蒸着(MBE)、イオンビームスパッタリング法を用いることができる。さらに、これらのうち2種以上の方法を組み合わせてもよい。
【0034】
また、上記実施形態においてレンズ表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止膜130の上にフッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる防汚層を形成してもよい。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液を用いて有機系反射防止膜上に塗布する方法を採用することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法等を用いることができる。なお、撥水処理液を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて防汚層を形成することも可能である。防汚層の膜厚は、特に限定されないが、0.001〜0.5μmが好ましい。より好ましくは0.001〜0.03μmである。防汚層の膜厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので好ましくない。また、防汚層が厚くなりすぎると反射防止効果が低下するだけではなくシート抵抗も高くなるため前記の範囲が好ましい。
【0035】
さらに、上記実施形態では、光学物品を眼鏡レンズとして説明したが、本発明の光学物品は眼鏡レンズ以外、例えば、カメラ用レンズ、望遠鏡レンズ、顕微鏡レンズを始め各種光学レンズ、光学窓材としてもよく、あるいは、プリズム等の光学素子としてもよい。
【実施例】
【0036】
次に、本発明の実施例について説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【0037】
〔実施例1〜8、比較例1〜6、参考例〕
まず、以下に示す眼鏡用のプラスチックレンズ(以下、単に「レンズ」ともいう)を作製した。具体的には、ハードコート層付きレンズ基材として、セイコースーパーソブリン(セイコーエプソン(株)製)を用い、(イオンアシスト)蒸着法により反射防止膜を以下のように形成した。
ハードコート層付きレンズ基材をアセトンにて洗浄後、真空チャンバー内にて約70℃の加熱処理を行い、ハードコート層付きレンズ基材に付着した水分を蒸発させた。
次に、ハードコート層付きレンズ基材の表面にイオンクリーニングを実施した(実施形態参照)。イオンクリーニング終了後、十分に真空排気を行い、電子ビーム真空蒸着法により表1に示す膜厚になるように反射防止膜(アモルファスシリコン層を含む)を成膜した。各層の成膜条件は以下の通りである。なお、膜厚の測定は、光学式の膜厚計を用いて成膜時に実施した。なお、実施例8だけは、基材として白板ガラス(B270)を用いて、同様の工程で成膜した。
【0038】
(低屈折率層の成膜)
イオンアシストは行わず、真空蒸着により第1層、第3層、第5層、および第8層を低屈折率層(SiO層)として成膜した。成膜レートは、2.0nm/secとした。
【0039】
(高屈折率層の成膜)
酸素ガスを導入しながらイオンアシスト蒸着を行って、第2層、第4層、および第6層を高屈折率層(TiO層)として成膜した。成膜レートを0.4nm/secとした。
【0040】
(アモルファスシリコン層の成膜)
第7層をアモルファスシリコン層として成膜した。
<アモルファスシリコン層:実施例1〜8>
イオンアシストは行わず、真空蒸着により成膜を行った。成膜レートは0.1nm/secとした。
<ITO層:比較例1〜6>
比較用のITO層であり、第7層としてイオンアシスト真空蒸着により成膜した。具体的には、以下の条件にて成膜を行なった。電子銃の加速電圧を7kV、電流値を50mAとしITO材料を加熱蒸発させた。蒸着中はイオンアシストを実施しITO層の酸化を促進させている。イオン銃へは毎分35ccで酸素ガスを導入し、イオンガン内で放電させて加速電圧値を500V、イオンビーム電流値を250mAとして酸素イオンビームを照射した。また、このとき真空容器内に毎分15ccの酸素ガスを導入した。
なお、参考例として、アモルファスシリコン層もITO層も含まない反射防止膜を成膜したレンズも作製した(第7層の厚みがゼロ)。
【0041】
前記した各層の成膜に使用した材料は、以下の通りである。
SiO:顆粒状のSiO
TiO:顆粒状のTiO
Si :顆粒状のSi
ITO :酸化インジウム(InO)に対して酸化スズ(SnO)を5質量%混入させた焼結体材料
なお、各層の屈折率は膜材料によってほぼ決まっており、波長550nmにおける屈折率は、SiOは1.46、TiOは2.43である。
【0042】
【表1】

【0043】
実施例1〜8、比較例1〜6および参考例のレンズについて透明性、帯電防止性、耐薬品、および耐湿性を以下の方法で評価した。
(透明性)
各レンズについて、蛍光灯のあかりを透かして見た。そして、参考例のレンズとの差違を以下の基準により評価した。結果を表2に示す。
○:参考例のレンズと同じ透明性を有する
△:参考例のレンズに比べ若干の透明性の低下が認められる
×:参考例のレンス゛に比べて透明性が劣る。
【0044】
(帯電防止性)
図3(A)および(B)に示す金属電極を用いて各レンズ表面のシート抵抗を測定した。図3(A)は金属電極をレンズ1に当接させた状態を示す断面図、図3(B)は金属電極をレンズ1に当接させた状態を示す上面図である。
図3(A)および(B)に示すように、レンズ1の凸面1Aに金属電極61を当接させ、電極間に1kVの電圧を印加し、このときの電気抵抗の値を計測してシート抵抗とした。このシート抵抗は帯電防止性の目安となり、5×1012Ω/□以下であれば一応の帯電防止性は認められ、1×1011Ω/□以下であるとかなり優れた帯電防止性があるといえる。測定結果を図4に示す。◆(a−Si)が実施例1〜8であり、■(ITO)が比較例1〜6であり、▲が導電層のない参考例である。また、表2には、前記したシート抵抗が1×1011Ω/□以下のレンズを◎、この値を超え5×1012Ω/□以下のレンズを○、この値を超えたレンズを×として示す。計測機器としてはMITSUBISHI CHEMICAL CORPORATION HIRESTA-UP MCP-HT450 を用いた。
【0045】
(耐薬品性)
以下のようにしてレンズ表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行った。そして、処理後のレンズについて反射防止膜130の剥離(膜剥がれ)の有無を観察して以下の基準により耐薬品性を評価した。評価結果を表2に示す。
○:反射防止膜130の剥離がないもの
×:反射防止膜130の剥離がひどいもの
(1)擦傷方法
図5(A),(B)に示すように評価用のレンズ1をドラム管2の内壁に4つ貼り付け、擦傷用として不織布3とオガクズ4を入れる。そして、蓋をした後、図6に示すようにドラム管2を30rpmで30分間回転させる。
(2)薬液浸漬方法
人の汗を模した薬液(純水1Lに乳酸を50g、食塩を100g溶解した溶液)を50℃に保持しながら、(1)の工程後のレンズを100時間浸漬する。
【0046】
(耐湿性)
作製したレンズを恒温恒湿度(60℃、98%RH)の環境下で8日間放置し、むくみの発生の有無を以下の方法により判定した。表2には、「むくみ無し」のものを○、「むくみ有り」のものを×で表記した。
<むくみの判定方法>
レンズの表面または裏面の表面反射光を観察する。具体的には、図7に示すように、レンズ1の凸面1Aにおける蛍光灯71の反射光を観察し、図8(A)に示すように反射光72の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と判定し、図8(B)に示すように反射光73の像の輪郭がぼやけているまたはかすれて観察できるときは「むくみ有り」と判定する。
【0047】
【表2】

【0048】
〔評価結果〕
表2の結果より、アモルファスシリコン層の厚みが1〜6nmである実施例1〜5、8のレンズは、透明性に優れ、参考例のレンズと遜色がないことがわかる。また、アモルファスシリコン層の厚みが8nmと10nmである実施例6、7では、若干透明性に劣るものの、参考例にくらべてさほど遜色はなく、実用上の問題はない。
図4より、実施例2〜8のレンズはいずれもシート抵抗が1×1011Ω/□以下と極めて低いことがわかる。それ故、実施例2〜8のレンズは帯電防止性に非常に優れるといえる。また、実施例1のようにアモルファスシリコン層の厚みが1nmであってもシート抵抗が約5×1012Ω/□と、帯電防止効果が期待できるレベルであることは特筆すべきである。また、表2の結果より、実施例1〜8のレンズは、いずれも耐薬品性および耐湿性に優れており、耐久品質を有することがわかる。一方、比較例1〜6のレンズは、いずれも酸によりITO層が侵されており、反射防止膜130の膜剥がれがひどく、反射防止機能も低下していた。また、比較例5、6のようにITO層の膜厚が10nm以上になるとむくみがひどくなり、耐湿性が悪化することがわかる。
【0049】
また、実施例1〜8で作製したプラスチックレンズの光学特性に変化がないことを確認するために、分光反射率を測定し、図9に示す分光反射率曲線を得た。図9からわかるように、実施例1〜8(アモルファスシリコン層の膜厚が1nm〜10nm)と、参考例(アモルファスシリコン層の膜厚が0nm)とを比較すると、アモルファスシリコン層の厚みが大きくなっても反射率に関して大きな差はなく、光学特性に問題ないことを確認できた。なお、実施例8より、レンズの基材としてプラスチックではなくガラスを用いた場合でも同様の効果が得られることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、眼鏡レンズに利用できる他、カメラ用レンズ、望遠鏡レンズ、顕微鏡用レンズを始め各種光学レンズ、光学窓材等に利用することができる。
【符号の説明】
【0051】
110…レンズ基材、120…ハードコート層、130…反射防止膜、131…第1層(低屈折率層)、132…第2層(高屈折率層)、133…第3層(低屈折率層)、134…第4層(高屈折率層)、135…第5層(低屈折率層)、136…第6層(高屈折率層)、137…第7層(アモルファスシリコン層)、138…第8層(低屈折率層)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な基材の表面に低屈折率層と高屈折率層とが交互に積層されてなる反射防止膜を備えた光学物品であって、
前記反射防止膜には、アモルファスシリコン層が含まれている
ことを特徴とする光学物品。
【請求項2】
請求項1に記載の光学物品において、
前記アモルファスシリコン層の総厚みが1nm以上10nm以下である
ことを特徴とする光学物品。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の光学物品において、
シート抵抗が5×1012Ω/□以下であることを特徴とする光学物品。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれかに記載された光学物品において、
前記基材がプラスチックまたはガラスである
ことを特徴とする光学物品。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれかに記載された光学物品がレンズである
ことを特徴とする光学物品。
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずれかに記載された光学物品の製造方法であって、
前記反射防止膜を真空蒸着にて前記基材の表面に形成することを特徴とする光学物品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−140008(P2010−140008A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−195624(P2009−195624)
【出願日】平成21年8月26日(2009.8.26)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】