説明

光学素子の製造方法およびその方法により作製された光学素子

【課題】 2つの部材を、接着剤、接合膜等を用いることなく、透過波面収差特性や耐湿性を維持したまま接合することが可能となる光学素子の製造方法及びその方法を用いた光学素子を提供する。
【解決手段】 ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面に、水酸基が存在するように親水化処理を施し、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた後に、50℃〜150℃に加熱し、1〜10MPaの圧力で加圧することによって、接着剤、接着膜なしで接合させて、光学素子を作製する。ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面は、表面の酸素を介した共有結合または水素結合により接合されている。光学素子は、位相差板、回折素子、プリズム、レンズのいずれか1つである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子の製造方法およびその方法により作製された光学素子に関し、例えば、光ピックアップ用の位相差板として用いる複屈折材料および保持基板の製造方法およびその方法により作製された位相差光学素子、および回折素子、プリズム、レンズなどの光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
光ピックアップ用の位相差板としては、位相差フィルムや水晶基板など複屈折材料が用いられている。
【0003】
また、DVD(登録商標)とCD(登録商標)あるいはBlu−rayDisc(登録商標)が共用できる光ピックアップにおいて、同一光学系に複数の波長の光が使用される場合には、任意の位相差を持つ複屈折材料を複数枚積層して作製された、複数の波長において機能する位相差板が用いられている。
【0004】
この中で用いられる位相差板のうち、例えば位相差フィルムをガラスなどの固定基板と接合する場合には、特許文献1に示すように接着剤や粘着材を用いることが知られている。
【0005】
また、積層位相差板を製作するために位相差フィルム同士を接合する場合には、特許文献2に示すような接合技術を用いることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3458895号公報
【特許文献2】特開2001−277433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
光ピックアップ用の位相差板では、例えば特許文献1に記載のような接合方法では、接着剤の塗布膜厚ムラにより、位相差板として求められる透過波面収差特性が悪化することがある。また、光線透過率に関しても、位相差板と接着剤の屈折率差に影響されて、透過率が低下してしまう。
【0008】
さらに、湿度試験などの信頼性試験において、接着剤の剥離などが起こり、品質低下を起こすこともある。
【0009】
また、例えば特許文献2に記載のような接合方法では、有機溶剤を用いた溶媒溶接のため、製造後の製品に残留溶剤があり、経時劣化して品質低下を引き起こす懸念がある。また環境負荷物質を使用することから、このような方法は、好ましい製造方法ではない。
【0010】
本発明は、2つの部材を、接着剤、接合膜等を用いることなく、透過波面収差特性や透過率、耐湿性を維持したまま接合することが可能となる光学素子の製造方法及びその方法を用いて製造した光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の解決手段を例示すると、次のとおりである。
【0012】
(1)ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面に、水酸基が存在するように親水化処理を施し、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた後に、50℃〜150℃に加熱し、1〜10MPaの圧力で加圧することによって、接着剤、接着膜なしで接合させて光学素子を作製することを特徴とする光学素子の製造方法。
【0013】
(2)請求項1に記載の光学素子の製造方法において、平面度が高い基材に、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた状態の光学素子を載置し、光学素子の上側から耐熱性樹脂で弾性を有する部材で加圧することを特徴とする光学素子の製造方法。
【0014】
(3)光学素子は、位相差板、回折素子、プリズム、レンズのいずれか1つであることを特徴とする光学素子の製造方法。
【0015】
(4)請求項1ないし3のいずれか1項に記載の光学素子の製造方法において、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面は、表面の酸素を介した共有結合または水素結合により接合されていることを特徴とする光学素子の製造方法。
【0016】
(5)ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面に、水酸基が存在するように親水化処理を施し、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた後に、50℃〜150℃に加熱し、1〜10MPaの圧力で加圧することによって、接着剤、接着膜なしで接合されていることを特徴とする光学素子。
【0017】
(6)請求項4に記載の光学素子において、平面度が高い基材に、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた状態で載置し、その上側から耐熱性樹脂で弾性を有する部材で加圧することによって接合されていることを特徴とする光学素子。
【0018】
(7)請求項4ないし6のいずれか1項に記載の光学素子において、位相差板、回折素子、プリズム、レンズのいずれか1つであることを特徴とする光学素子。
【0019】
(8)請求項4ないし7のいずれか1項に記載の光学素子において、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面は、表面の酸素を介した共有結合または水素結合により接合されていることを特徴とする光学素子。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、樹脂、ガラス、水晶などの部材の接合する表面に水酸基が存在するように親水化処理を施し、部材同士を貼り合せて平面度が高い基材上に載置し、上側から耐熱性樹脂で弾性を有する部材で加圧することで、部材同士を接合することができる。
【0021】
本発明においては、接着剤、粘着剤、接合膜などを一切必要としないので、接着剤の塗布膜厚ムラや粘着材の膜厚ムラにより位相差板として求められる透過波面収差特性が悪化することが全くない。
【0022】
また、光線透過率に関しても、同一基材を接合した場合には、接着剤を用いる場合に比べ屈折率差を持つ層がないために透過率低下がない。
【0023】
さらに、湿度試験などの信頼性試験においても、接着剤の剥離などが全く発生せず、高品質を保つことができる。
【0024】
また、有機溶剤を用いた溶媒溶接による接合方法と比較しても、本発明によれば、残留溶剤による経時劣化の懸念がなく、また環境負荷物質を排出しない。
【0025】
また、樹脂位相差フィルムを用いた位相差板や水晶位相差板を接着剤や粘着材で貼り合せた位相差板のように、有機材料を部材に用いた位相差板はBD波長のレーザ光の照射により有機材料部分の劣化が生じる懸念があるが、本発明の製造方法により作製された水晶位相差板であれば、そのような劣化の懸念が全くない。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】表面処理された基材の状態の説明図。
【図2】加圧時の各部材の配置の説明図。
【図3】加熱・加圧後の接合された状態の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の好ましい1つの実施形態においては、ガラス、樹脂、水晶のいずれかで形成された2つの基板の表面に水酸基が存在するように、親水化処理を施し、その後、ガラス、樹脂、水晶のいずれかで形成された2つの基板の表面同士を密着させた後に、平面度が高い基材上に載置し、上側から耐熱性樹脂で弾性を有する部材で挟みこみ、50℃〜150℃に加熱し、1〜10MPaの圧力で加圧することによって、ガラス、樹脂、水晶のいずれかで形成された2つの基板の表面は、表面の酸素を介した共有結合または水素結合により接合される。つまり、2つの基板の表面は、接着剤、接着膜なしで接合されるのである。
【0028】
また、本発明の光学素子は、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面に、水酸基が存在するように親水化処理を施し、その後、ガラス、樹脂、水晶のいずれかで形成された2つの基板の表面同士を密着させた後に、平面度が高い基材上に載置し、上側から耐熱性樹脂で弾性を有する部材で挟みこみ、50℃〜150℃に加熱され、1〜10MPaの圧力で加圧されることによって、接着剤、接着膜なしで接合されている。その結果、ガラス、樹脂、水晶のいずれかで形成された2つの基板の表面は、表面の酸素を介した共有結合または水素結合により接合されている。
【0029】
また、前述の光学素子は、好ましくは、位相差板、回折素子、プリズム、レンズのいずれか1つである。
【0030】
図示例の説明
光学素子が位相差板である場合について、特に樹脂である位相差フィルム(位相差板)同士を接合する場合について、図を基に説明する。
【0031】
以下、位相差フィルム(位相差板)同士の接合による位相差光学素子の作製を説明する。
【0032】
位相差光学素子となる2枚の位相差フィルム1、2を用意する。
【0033】
位相差フィルム1、2の材料としては、ポリカーボネイト(PC)、シクロオレフィン系ポリマー(COP)、ポリスチレン、ポリエステル、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)、ポリビニルアルコール(PVA)、トリアセチルセルロース(TAC)、セルロースアセテートの共重合体、ポリカーボネイト(PC)とポリスチレン(PS)の共重合体、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)とポリスチレン(PS)の共重合体などがある。COPは具体的には三井化学製のアペル(登録商標)、日本ゼオン製のゼオノア(登録商標)、JSR製のアートンがある。
【0034】
これらのうち、同一材料あるいは異種材料からなる位相差フィルム1、2を接合することによって、位相差板として光学素子を作製する。
【0035】
本実施例の場合、例えばポリカーボネイト(PC)からなる位相差フィルム1、2を接合する。
【0036】
まずポリカーボネイトからなる位相差フィルム1、2の表面を親水化するような表面処理を行う。好ましい方法としては、表面に紫外線を照射する。特に好ましい紫外線の照射条件を述べると、200nm以下の波長域の光を用い、10mW/cm2の照度で、少なくとも10秒、最も望ましくは30秒程度照射する。
【0037】
このような紫外線照射により、空気中の酸素及び紫外線照射により酸素から発生したオゾンが紫外線と作用して活性酸素が発生する。この活性酸素が、位相差フィルム1、2の表面を改質する。その結果、位相差フィルム1、2は、図1のようになり接合に適した表面状態になる。
【0038】
紫外線の光源としては、172nmの輝線を持つエキシマランプが好ましいが、低圧水銀ランプ、キセノンランプ、重水素ランプを用いることができる。
【0039】
また、基材表面にプラズマを照射した場合にも同様の表面改質を行うことができ、例えば大気圧プラズマ発生装置により発生したプラズマを照射した場合にも表面を親水化させる処理が可能である。
【0040】
また、200nm以下の光であればよいので、数nmから数十nm程度の電子線を照射する方法であってもよい。
【0041】
次に上記表面処理を行った面同士を接触させ、加熱及び加圧処理を行う。このとき、加熱温度は50℃から150℃程度の範囲が有効で、最も望ましい温度は80℃程度である。加圧力は1〜10MPaの範囲が有効で、最も望ましい加圧力は約2MPaである。加圧の際の各部材の配置を図2に示した。表面処理を行った面同士を接触させたフィルム3を平面板4、5で挟み込む。フィルム3の下側に平面板4、上側に平面板5を配置してフィルム3を挟み込む。
【0042】
平面板4は鏡面加工された金属板あるいは光学研磨されたガラス基板などの平面度が高い基材を使用する。平面板5はシリコンゴムなど耐熱性ゴム状の平面基材を使用し、図示を省略した加圧機構によりフィルム3の上側から平面板5でフィルム3全面に均等に加圧する。平面板5は、断熱性ゴム状の平面基材のほか、耐熱性樹脂で弾性を有する部材であればよい。
【0043】
処理時間は30秒〜300秒の範囲が有効で、最も望ましい処理時間は100秒程度である。
【0044】
上記処理により、図3に示すように、位相差フィルム1、2の表面には酸素を介した共有結合または水素結合が形成され、位相差フィルム1、2が互いに強固に接合される。
【0045】
位相差フィルム1、2接合部は、外観上次のような特徴がある。すなわち、接着剤や粘着材を用いた場合に見られる接着層がなく、歪みなどが生じていない。
【0046】
前述の方法はポリカーボネイトのフィルム同士だけではなく、上述した位相差フィルム同士、あるいは異なる種類のフィルムとの接合にも採用することが可能である。
【0047】
接合する基材の組み合わせの他の好適例としては、次のものがある。
【0048】
(a)樹脂の位相差フィルムとガラス基板の接合
(b)樹脂の位相差フィルムと水晶基板の接合
(c)水晶基板同士の接合
樹脂の位相差フィルムとガラス基板の接合は、フィルムの位相差板の板厚を調整する場合に適用される。例えば、位相差フィルム単体では0.05mm程度であるが、0.5mmのガラス基板を接合すれば0.55mmとなり、剛性も得られる。
【0049】
また、接合するガラス基板が回折格子である場合、位相差フィルムと接合することにより偏光機能と回折機能を併せ持つ複合光学素子の作製が可能となる。ガラス基板がプリズムである場合には、偏光を分離する光アイソレーターの機能を有するような複合型の光学素子が一体的に作製可能となる。
【0050】
樹脂の位相差フィルムと水晶基板の接合は、水晶基板が位相差板であれば、樹脂の位相差フィルムの接合と同様に積層による位相差板の広帯域化が可能となる。
【0051】
水晶基板同士の接合の場合、BD波長のレーザ光への耐光性が高い位相差板の作製が可能となる。
【0052】
つまり、樹脂の位相差フィルムを用いた位相差板や水晶の位相差板を接着剤や粘着材で貼り合せた位相差板のように、有機材料を部材に用いた位相差板は、BD波長のレーザ光の照射により有機材料部分の劣化が生じる懸念があるが、本発明の製造方法によれば、BD波長のレーザ光の照射による劣化の懸念がない水晶位相差板の作製が可能となる。
【符号の説明】
【0053】
1、2 位相差フィルム
3 フィルム
4、5 平面板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面に、水酸基が存在するように親水化処理を施し、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた後に、50℃〜150℃に加熱し、1〜10MPaの圧力で加圧することによって、接着剤、接着膜なしで接合させて光学素子を作製することを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の光学素子の製造方法において、平面度が高い基材に、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた状態の光学素子を載置し、光学素子の上側から耐熱性樹脂で弾性を有する部材で加圧することを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項3】
光学素子は、位相差板、回折素子、プリズム、レンズのいずれか1つであることを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の光学素子の製造方法において、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面は、表面の酸素を介した共有結合または水素結合により接合されていることを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項5】
ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面に、水酸基が存在するように親水化処理を施し、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた後に、50℃〜150℃に加熱し、1〜10MPaの圧力で加圧することによって、接着剤、接着膜なしで接合されていることを特徴とする光学素子。
【請求項6】
請求項4に記載の光学素子において、平面度が高い基材に、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の処理表面同士を密着させた状態で載置し、その上側から耐熱性樹脂で弾性を有する部材で加圧することによって接合されていることを特徴とする光学素子。
【請求項7】
請求項4ないし6のいずれか1項に記載の光学素子において、位相差板、回折素子、プリズム、レンズのいずれか1つであることを特徴とする光学素子。
【請求項8】
請求項4ないし7のいずれか1項に記載の光学素子において、ガラス、樹脂、水晶のいずれか2つの基板の表面は、表面の酸素を介した共有結合または水素結合により接合されていることを特徴とする光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−76298(P2012−76298A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221852(P2010−221852)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000220343)株式会社トプコン (904)
【Fターム(参考)】