説明

光学要素の製造方法

【目的】 表面保護膜を複数面に備えた光学要素において、表面保護膜の成膜工数を低減できる光学要素の製造方法を提供すること。
【構成】 光学レンズの両面(光学面)に表面保護膜(撥水/防汚処理膜)を備えた光学レンズの製造方法。反射防止膜成膜室(真空室)22内での反射防止膜成膜に続いて、表面保護膜成膜室(真空室)24内に保持されたワーク(レンズ基材)wの両面に対面させた各加熱蒸発源32、32Aを用いて各表面保護膜を同時的に成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学基材上に、撥水撥油性・防汚性等を付与するための複数面の表面保護膜を備えた光学要素の製造方法に関する。
【0002】
ここでは、光学要素として、眼鏡や写真レンズ等のレンズを主として例に採り説明するが、レンズに限られない。すなわち、本発明は、各種ディスプレイの前面ガラスないし前面フィルター、さらには、光学プリズム等にも適用可能である。
【背景技術】
【0003】
眼鏡や写真用レンズの場合、水滴が付着すると、結像がゆがめられるため、水滴が付着しがたいことが望ましい。水滴付着の原因は、親水性の無機ガラス基材や、有機ガラス基材の表面に、反射率低減または増大のための反射防止膜(光学無機薄膜)にあるとされている。該反射防止膜の成膜材である金属酸化物・ハロゲン化物層は、本来、親水性であり、手あか・塵埃等の汚れが付着したり、また、微細な傷が生じたりすると、不均一な親水性面となるからである。
【0004】
そして、前記反射防止膜は、通常、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング等で代表されるPVD(Physical Vapor Deposition)法(何れも真空室で行う。)で形成していた。このため、反射防止膜の表面は微細凹凸が存在し、より汚れ等が付着し易く、付着後も除去しがたいとともに、微細な傷も発生し易く、また、水滴付着の傾向が増大するという問題点がある。
【0005】
なお、上記反射防止膜は、通常、光透過率の向上の見地から、両面に成膜することが望ましいが、その成膜は、最初にレンズ基材の片面に成膜後、該レンズ基材を反転させて他面に成膜する必要があった。反射防止膜の両面同時成膜は、精度の高い膜厚制御が必要とされるため好ましくない。反射防止膜の両面同時成膜を行なうには、成膜装置の構成が複雑となる上、基板ホルダーを平面とする必要があるため、大面積に均一に成膜を行なうことが難しくなる。また、成膜薬品の保持機構・膜厚制御方法等の問題も発生する。
【0006】
上記無機光学薄膜の水滴付着防止及び防汚のためには、最表面に撥水.防汚処理をすることが考えられ、同処理を行うことで滑り性が増し、拭き傷等も付きにくくなる。したがって、該撥水・防汚処理で形成された薄膜は、表面保護膜となる。
【0007】
そして、撥水・防汚処理にかかる従来技術として、下記刊行物に下記内容の文献公知発明が記載されている。
【0008】
特許文献1・2・・・フルオロアルキルシラザン等のシラザン化合物を多孔質材料(焼結フィルター・スチールウール等)に含浸させて、無機コート膜に真空下・加熱蒸着させて撥水処理を行う。
【0009】
特許文献3・・・有機ポリシロキサン系重合物またはパーフルオロアルキル基含有化合物を重合してなる重合物からなる有機物含有硬化物質層を、浸漬後・硬化(反応)させて無機コート膜上に形成することにより成形して撥水処理を行う。
【0010】
しかし、上記の技術によって一定の撥水性能は得られたがこれらの処理を施した光学部品、特に眼鏡レンズ等は装着によって付着する手垢、汗、指紋、ヘアーリキッドなどの油性の汚れ等の除去性能としては不十分であった。
【0011】
この問題を解決する方法として、本発明者らは、フッ素変性有機基と反応性シリル基を有する有機基シラン化合物の薄膜に変更することによって従来性能の撥水性と新たに防汚特性を持たせた技術開発を行い、本発明者らは、先に、下記構成の「表面保護膜を備えた光学要素」の提案を行った(特許文献4参照)。
【0012】
「光学基材上に表面保護膜を備えた光学要素において、前記表面保護膜がフッ素変成有機基と反応性のシリル基を有するフッ素有機基導入シラン化合物で形成されていることを特徴とする。」
上記撥水処理技術は撥水性・防汚性が優れている。そして、当該、表面保護膜の成膜は、通常、前記反射防止膜の片面成膜に続いて、連続する真空室内で、表面保護膜の片面成膜を行った後、レンズ基材(ワーク)を反転させて、同様に、反射防止膜及び表面保護膜の各他面成膜を順次行って、レンズ(光学要素)を製造していた。
【0013】
しかし、上記反射防止膜の他面成膜に際して、先に成膜した含フッ素シラン化合物形の表面保護膜が劣化することが分かった。
【0014】
先に成膜した面の劣化を抑えるために、先に表面保護膜の成膜を行った面に各種金属マスク、各種樹脂マスク/フィルム等でマスキングを行い、反射電子を面にあたらないようにすることができるが、専用治具等が必要な上、マスクキングをする工数が嵩んだ。
【特許文献1】特開平5−215905号公報(要約書等)
【特許文献2】特開平6−340966号公報(要約書等)
【特許文献3】特公平6−5324号公報(要約書等)
【特許文献4】特開2004−61879号公報(要約書等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記にかんがみて、表面保護膜を複数の光学面に備えた光学要素の製造方法において、表面保護膜の成膜工数を低減できる光学要素の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために,鋭意開発に努力をした結果、下記構成の光学要素の製造方法に想到した。
【0017】
光学基材が複数の光学面を備え、該各光学面に表面保護膜(撥水/防汚処理膜)を備えた光学要素の製造方法において、各光学面に対面させた各加熱蒸発源を用いて各表面保護膜を同時的に成膜することを特徴とする。
【0018】
複数の光学面に表面保護膜を同時的に成膜するため、従来、別々に成膜していた場合に比して、光学要素の製造工数が格段に削減できる。また、反射防止膜(光学無機薄膜)及び表面保護膜を片面ずつ成膜する場合の前述のような問題点(先に成膜した表面保護膜の劣化)が発生しない。
【0019】
反射防止膜の成膜は、通常、電子銃を使用する電子ビーム法、又は、プラズマを使用するイオンアシスト法、イオンプレーティング法、スパッタ法等により行う。そして、反射防止膜の成膜に際し、前者の方法では、電子銃から反射電子が、また、後者の方法では、プラズマにより、成膜プロセス中にアルゴン、酸素等のイオンが発生する。これらの、反射電子やイオンが、先に成膜された表面保護膜を劣化させるおそれがある。しかし、本発明の方法は、全て光学面(両面)の反射防止膜を成膜後、表面保護膜の成膜を両面に同時的に行うため、このような問題点は発生するおそれがない。
【0020】
上記構成において、表面保護膜が、含フッ素シラン化合物被膜である場合に、本発明の効果が顕著となる。該含フッ素シラン化合物被膜は、上記反射電子やプラズマイオンの影響を受け易いためである。
【0021】
通常、表面保護膜は、光学基材に形成された反射防止膜上に接して成膜し、また、光学無機薄膜は、光学基材上に必要によりプライマコートを介して形成されたハードコート上に形成する。
【0022】
上記各構成において、表面保護膜の成膜は、反射防止膜含フッ素シラン化合物を主剤とする表面保護膜を繊維状の導電性物質の塊に付着させ、真空蒸着により光学要素上に付着させて成膜を行うことが望ましい。このようにして、成膜した表面保護膜は、撥水/防汚性能に優れている。
【0023】
そして、本発明の製造方法における光学基材は、プリズム基材でもよいが、通常、前面と背面の二つの光学面を備えたレンズ基材とする。
【0024】
上記各構成の光学要素の製造方法において、表面保護膜の形成に使用する表面保護膜成膜装置は、下記構成となる。
【0025】
真空室と、搬入保持された光学基材(ワーク)の各光学面に対面して蒸着可能な位置の真空室内に表面保護膜成膜材の蒸着用加熱ヒータが配されていることを特徴とする。
【0026】
本発明の光学要素の製造方法は、光学基材の複数面(レンズの場合二面:前面、背面)に表面保護膜を備えた光学要素を前提とする。ここでは、無機光学薄膜として反射防止膜を両面に備えたものを例に採るが、無機光学薄膜はミラー膜でもよく、また、無機光学薄膜がなく、表面保護膜を両面に備えた光学要素にも本発明は適用可能である。
【0027】
本発明を適用する光学要素の基本構成は、例えば、図1に示すものとする。すなわち、光学基材(レンズ基材)10の両面に、プライマコート12、ハードコート14、反射防止膜(光学無機薄膜)16及び表面保護膜(撥水/防汚処理膜)18が順次形成されたものである。ここで、プライマコート12及びハードコート14はなくしてもよい。
【0028】
上記光学基材としては無機ガラス基材、有機ガラス基材を問わない。
【0029】
無機ガラスとしては、クラウンガラス(nD=1.52〜1.72)、フリントガラス(nD=1.53〜1.88)等が挙げられる。
【0030】
有機ガラス基材としては、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネート(PC)、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート、ポリウレタン、脂肪族アリルカーボネート、芳香族アリルカーボネート、ポリチオウレタン等からなるものを挙げることができる。
【0031】
そして、耐擦傷性(特に、有機ガラス基材の場合)の見地から、通常、ハードコート12を形成し、さらに、該ハードコート14を形成する場合には、耐衝撃性を高めるため、プライマコート12を基材との間に介在させる(形成する)。
【0032】
(1)上記ハードコート材は、ガラス表面に耐擦傷性等を付与できるものなら特に限定されないが下記シリコーン系(i)又はアクリル系(ii)のものが、好適に使用できる。そして、ハードコートは、汎用の方法、通常、ディッピング法(浸漬法)やスピンコート法で成膜する。
【0033】
(i) シリコーン系ハードコート;
例えば、オルガノアルコキシシランの加水分解物に、触媒、金属酸化物微粒子(複合微粒子を含む)を加え、希釈溶剤にて塗布可能な粘度になるように調節する。さらに、このハードコート液には、適宜界面活性剤、紫外線吸収剤等の添加も可能である。
【0034】
1)上記オルガノアルコキシシランとしては、下記一般式にて示されるものが使用可能である。
【0035】
R1aR2bSi(OR3 )4-(a+b)
(但し、R1 は炭素数1〜6のアルキル基、ビニル基、エポキシ基、メタクリルオキシ基、フェニル基であり、R2 は炭素数1〜3の炭化水素基、ハロゲン化炭化水素基、アリール基、R3 は炭素数1〜4のアルキル基、アルコキシアルキル基である。また、a=0又は1、b=0、1又は2である)。
【0036】
さらに具体的には、特許文献4段落0029〜0035に記載されている。
【0037】
(ii)アクリル系ハードコート;
例えば、1分子中に3個以上のアクリロイルオキシ基を有する多官能アクリル系オリゴマー、モノマーに、目的機能を有するモノマー、オリゴマー、及び光重合開始剤を加えたものを必須成分とする。必要に応じて、重合禁止剤、レベリング剤及び紫外線吸収剤等の添加剤、熱可塑性樹脂や酸化金属微粒子等の改質剤の添加も可能である。
【0038】
ハードコートについて、さらに具体的には、特許文献4段落0037〜0050に記載されている。
【0039】
(2)上記プライマコートは、耐衝撃性に優れたプライマー塗料を使用して形成することが望ましい。
【0040】
具体的には、1)ウレタン系熱可塑性エラストマー(TPU)に金属酸化物無機微粒子を添加したTPUプライマー組成物、2)塗膜形成ポリマーの全部または主体がエステル系熱可塑性エラストマー(TPEE)に上記と同様の金属酸化物無機微粒子を添加したTPEEプライマー組成物が好適に使用できる。そして、プライマコートの成膜は、通常、ハードコートと同様に、ディッピング法(浸漬法)やスピンコート法で成膜する。
【0041】
プライマコートについて、さらに具体的には、特許文献4段落0053〜0056に記載されている。
【0042】
また、上記反射防止膜(光学無機薄膜)16は、金属酸化物、金属ハロゲン化物などのセラミックス及び金属膜からなる単層又は2種類以上の物質からなる多層の薄膜を形成して、光学的に反射率を低減させたり、増大させたりするものである。
【0043】
薄膜材料としては、チタン、タンタル、ジルコニウム、ニオブ、アンチモン、イットリウム、インジウム、ネオジウム、スズ、ランタン、セリウム、マグネシウム、アルミニウム、珪素、亜鉛等のいずれか、又は2種以上の複数を成分とする無機酸化物、マグネシウム、ランタン、アルミニウム、リチウム等の無機ハロゲン化物、珪素、ゲルマニウム、クロム、アルミニウム、金、銀、銅、ニッケル、白金、鉄等の金属単体又はこれらの内から2種以上の複数を成分とする金属混合体(焼結体、合金を含む)などを挙げることができる。
【0044】
この反射防止膜は、通常、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、アーク放電法等の乾式メッキ法(PVD法)を使用して形成する。
【0045】
また、表面保護膜の成膜材である表面保護剤としては、汎用の含フッ素シラン化合物系のものを使用可能である。
【0046】
特に、これらのうちで、フッ素変性有機基と反応性シリル基を有するフッ素有機基導入シラン化合物を主剤とすることが望ましい。例えば、以下の化学式で示される。
【0047】
【化1】

【0048】
【化2】

具体的には、信越化学工業(株)製「KY-130」或いはダイキン工業(株)製「オプツールDSX」
を、フッ素系溶剤(例えば、住友3M(株)製「HFE-7200」、信越化学工業(株)製「FRシンナー」
、ダイキン工業(株)製「デムナムソルベント」等)で適当に希釈したものを使用できる。
【0049】
上記、表面保護剤の蒸発用加熱器としては、特に限定されないが、ハロゲン加熱器、抵抗加熱器等が挙げられる。
【0050】
そして、上記表面保護剤は、表面保護剤を繊維状の導電性物質の塊に付着させ、それを真空槽内に設置された上方と下方の蒸着用加熱蒸発源に固定した後、加熱することにより光学要素の上に付着させ、同光学要素上に表面保護膜を形成する。
【0051】
次に、本発明の光学要素の製造方法に使用する装置の一例を、図2に示す。
【0052】
本装置は、複数の連接した真空室(図例では3個)、すなわち、予備真空室20、反射防止膜成膜室(電子ビーム蒸着室)22及び表面保護膜成膜室24を備えている。そして、各真空室の被処理物搬送方向の前後(搬入・搬出)には、それぞれ、自動開閉可能なゲートバルブ(シール扉)26が配され、各真空室20、22、24を構成している。当然、各真空室の真空度は、それぞれ独立的に排気して調節可能となっている。
【0053】
上記反射防止膜成膜室22の室内底部側には、電子銃28と、該電子銃28からの電子ビームの照射位置に配される蒸着ハース30とが配されている。ここで、反射防止膜を屈折率の異なる材料で多層構造とする場合を想定して、蒸着ハースは複数個設けることが望ましい。その場合の電子ビームBの案内(ガイド)は、通常、磁場(磁界)で行う。
【0054】
また、上記表面処理膜成膜室24の被処理物搬送路を挟んで、上下(天井側及び床面側)に、表面保護材料(加熱蒸発源)の蒸着用加熱ヒータ(蒸発源セット部)32、32Aが配され、該蒸着用加熱ヒータ32、32Aの蒸発物質放射方向側(下面及び上面)には、蒸発方向補正板34、34Aが配されている。すなわち、蒸着加熱ヒータ32、32Aが、その蒸発側面32aが、レンズ基材(被処理物:ワーク)の各光学面(被処理面)に対面して蒸着可能な位置に配されている。上記蒸着用加熱ヒータは、通常、抵抗加熱器又はハロゲン加熱器とする。
【0055】
なお、上記蒸発方向補正板34、34Aは、各レンズ基材(被処理物:ワーク)それぞれに対し、蒸発物質の膜厚が均等となるように補正するために取り付けられるものである。 そして、膜厚の補正は補正板34、34Aの形状(面積)を調整することにより行なう。

また、36、36Aは蒸着用加熱ヒータ32の制御電源である。
【0056】
そして、複数枚のレンズ基材(被処理物:ワーク)をセット可能なドーム状(断面円弧状)のワーク保持板38が、各真空室20、22及び24を順次、搬送可能とされている。なお、該ワーク保持板38は、ワークの両面全面を露出可能にワークを保持可能な複数のワークセット保持孔38aを備えている。そしてワーク保持板38は、蒸着処理時に低速回転可能に駆動回転軸(駆動源内蔵)40と連結され、該回転軸40または吊り下げチャック等を介して、搬送手段(チェーンコンベア等:図示せず。)と接続されている。なお、回転軸40は、各真空室に独立的に配し、ワーク保持板38が、搬入されてきたとき、回転軸40と連結して独立回転可能としてもよい。
【0057】
上記装置を用いての本発明の光学要素の製造方法について説明する。
【0058】
1)先ず、予め、光学基材(有機ガラス)の両面に、ディッピング(浸漬)により、プライマーコート、ハードコートを予め形成して、レンズ基材(光学基材)に前段表面処理を行っておく。さらに、本実施例では、予め、ワークの片面に反射防止膜処理をしておく。該反射防止膜の成膜方法は、特に限定されないが、上記と同じ装置において、表面処理成膜室24で表面処理の成膜をしない方法により行うことができる。
【0059】
2)次に、各真空室20、22及び24の真空度を調節しておく。このときに設定真空度は、反射防止膜・表面保護膜の要求仕様によって異なる。例えば、予備真空室:1〜10-4Pa、反射防止膜成膜室:10-1〜10-5Pa、表面処理膜成膜室:1〜10-4Paの範囲から適宜設定する。
【0060】
また、反射防止膜成膜室24における蒸着ハース30には、蒸着材料をセットしておき、ワークが搬入されてきたとき、電子銃28がオンとなり、電子ビームBが蒸着材料に照射可能とされている。ここでは、説明の都合上、反射防止膜が単層の場合を、例にとってあるが、多層(二層以上)の場合は、ハース30を複数個設ける。
【0061】
さらに、表面保護膜成膜室の上下の蒸着用加熱ヒータ(蒸発源セット部)32、32Aに加熱蒸発源(表面保護剤)をセットしておく。また、ワークwをセットしたワーク保持板38が搬入されてきたとき、加熱用電源36、36Aがオンとなり、蒸発源を加熱可能としておく。
【0062】
3)ワーク保持板38に所要数のワークwをセットして(反射防止膜が形成されていない側の面を下側にして)、予備真空室20に搬入する。このとき、予備真空室20は、加熱しておき、ワークの温度安定化のための、予備加熱室としても使用できる。
【0063】
4)そして、ワーク保持板38を、反射防止膜成膜室22へ搬入する。該反射防止膜成膜室22では、蒸着ハース30内の蒸着材料に電子銃28からの電子ビームを照射する。このときワーク保持板38は、回転軸40により低速回転させる(例えば、5〜20min-1)。このため、反射防止膜が形成されていない側において、各ワーク(レンズ基材)wの、蒸着粒子が均等に付着する。この蒸着を繰り返して、ワークに所要の反射防止膜特性(光学特性)を備えた単層又は複層の反射防止膜を成膜する。
【0064】
5)反射防止膜の成膜工程が終了したワークwは、ワークをセットしたまま、ワーク保持板を表面保護膜成膜室に搬入する。そして、上下の蒸着用加熱ヒータ32、32Aの加熱電源36、36Aをオンとして、加熱蒸発源(表面保護剤)を蒸発させる。すると、内部は真空であるため、蒸発粒子は蒸発エネルギーにより蒸発方向に向って略直進する。このため、上側蒸発源32からの蒸発粒子は下方へ直進し、下側蒸発源32Aからの蒸発粒子は上方へ直進する。こうして、各ワーク(レンズ基材)wの両面に同時的に表面保護膜(撥水/防汚処理膜)を形成する。
【実施例】
【0065】
以下、本発明の効果を確認するために行った実施例を比較例とともに説明する。(1)光学基材(レンズ本体)は下記のものを使用した。以下の説明で、配合単位を示す「部」は、特に断らない限り、質量単位とする。
【0066】
「CR−39」:屈折率1.50 (RPG社製)
「MR−7」:屈折率1.67 (三井化学(株)製)
(2)プライマー(組成物)は下記のようにして調製した。
【0067】
市販のTPEE「ペスレジンA−160P」100部に、チタニア系酸化金属微粒子「オプトレイク1120Z(S−7.G)」57部、希釈剤としてメチルアルコール350部、及びシリコーン系界面活性剤「L−7001」1部を混合し、均一な状態になるまで撹拌して、プライマー組成物を調製する。
(3)ハードコート(組成物)は下記のようにして調製した。
【0068】
γーグリシドキシプロピルトリメトキシシラン109部、テトラエトキシシラン40部、γーグリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン27部に、メチルアルコール160部を加え、撹拌しながら0.01Nの塩酸38部を滴下して一昼夜加水分解を行って加水分解物を調製する。
【0069】
該加水分解物に、コロイダルシリカ390部、シリコーン系界面活性剤(日本ユニカー製「SILWET Lー7001」)1部と、触媒としてアセチルアセトン鉄1.5部を混合し、一昼夜撹拌して、ハードコート組成物を調製する。
(4)光学無機薄膜(反射防止膜)の各設計例は下記の如くである。
【0070】
<設計例1>
真空室を60℃に加熱しながら、圧力1.33×10-3Paまで排気し、酸素イオンクリーニングを行った後、基板側から
第1層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 26nm
第2層 ZrO2 屈折率 2.05 光学膜厚 81nm
第3層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 22nm
第4層 ZrO2 屈折率 2.05 光学膜厚 132nm
第5層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 131nm
の順に真空蒸着を行い、反射防止膜を形成する。
【0071】
<設計例2>
真空室を60℃に加熱しながら、圧力1.33×10-3Paまで排気し、酸素イオンクリーニングを行った後、基板側から
第1層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 26nm
第2層 TiO2 屈折率 2.36 光学膜厚 34nm
第3層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 45nm
第4層 TiO2 屈折率 2.36 光学膜厚 120nm
第5層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 18nm
第6層 TiO2 屈折率 2.36 光学膜厚 94nm
第7層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 129nm
の順に真空蒸着を行って、反射防止膜を形成する。なお、第2,4,6層のTiO2は、酸素イオンアシスト蒸着で行う。
【0072】
<設計例3>
真空室を60℃に加熱しながら、圧力1.33×10-3Paまで排気し、酸素イオンクリーニングを行った後、基板側から
第1層 ZrO2 屈折率 2.05 光学膜厚 15nm
第2層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 65nm
第3層 ZrO2 屈折率 2.05 光学膜厚 33nm
第4層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 300nm
第5層 ZrO2 屈折率 2.05 光学膜厚 119nm
第6層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 18nm
第7層 TiO2 屈折率 2.35 光学膜厚 88nm
第8層 SiO2 屈折率 1.46 光学膜厚 131nm
の順に真空蒸着を行い、反射防止膜を形成する。
(5)表面保護剤(加熱蒸発源)
加熱蒸発源は、下記のようにして調製した。
【0073】
フッ素系コーティング剤(信越化学工業(株)製商品名KY-130 固形分20%品)をフッ素系溶剤(信越化学工業(株)製商品FRシンナー)で希釈し3.0%となるように調製したものを、スチールウール(日本スチールウール(株)製#0、線径0.025mm)0.5部を上方が開放の円筒形の胴(容量:内径16mm×内高さ6mm)に充填(薬品充填量1.0部)した後、120℃で1時間乾燥させる。
(6)表面保護膜の成膜方法
図1に示す表面保護膜成膜室において、上下の各加熱器を下記構成のものとして、真空度:0.01Pa、成膜速度:0.6A/sの条件で、両面又は片面に表面保護膜(膜厚:0.005μ)の成膜を行なった。
【0074】
成膜方法(両面)a・・・上加熱器:モリブデン製抵抗加熱器、
下加熱器:モリブデン製抵抗加熱器、
成膜方法(両面)b・・・上加熱器:ハロゲン加熱器
下加熱器:モリブデン製抵抗加熱器
成膜方法(片面)c・・・下加熱器:モリブデン製抵抗加熱器
(7)ワーク(被処理物)の調製
なお、先に反射防止膜の成膜を行った面を「R1面」と称し、「R1面」の「反対側面を「R2面」と称す。 なお、R1面の反射防止膜の成膜は、図2に示す装置において、表面保護膜成膜室を加熱器に表面処理剤(蒸発源)をセットせずに、一旦大気中に取り出して形成したものである。
【0075】
ワーク1・・・CR−39基材に前記ハードコート組成物を用いてハードコートを浸漬処理(引き上げ速度:105mm/min)により成膜した後、該光学基材のR1面に設計例1の酸化珪素と酸化ジルコニアの交互層からなる5層の反射防止膜を成膜してワーク1とした。
【0076】
ワーク2・・・MR−7基材に前記プライマコート組成物とハードコート組成物を用いて、プライマコートとハードコートとを浸漬処理(両者とも引き上げ速度:105mm/min)により、順次成膜した後、該光学基材にワーク1と同様にして設計例1の反射防止膜を成膜してワーク2とした。
【0077】
ワーク3・・・試験片2と同様にしてMR−7基材の両面にプライマコートとハードコートとを成膜した後、該光学基材のR1面に設計例2の酸化珪素と酸化チタンの交互層からなる7層の反射防止膜を形成してワーク3とした。
【0078】
ワーク4・・・試験片2と同様にしてMR−7基材の両面にプライマコートとハードコートを成膜した後、該光学基材のR1面に、設計例3の酸化珪素と酸化チタンと酸化ジルコニウムからなる8層の反射防止膜を形成してワーク4とした。
【0079】
ワーク5・・・ワーク1のR1面に成膜方法cで表面保護膜を成膜してワーク5とした。
【0080】
ワーク6・・・ワーク4のR1面に成膜方法cで表面保護膜を成膜してワーク6とした。
(5)評価用試験片の調製
各ワークのR2面に、図2示す装置を使用して、反射防止膜及び表面保護膜について、表1に示す各組合せの成膜を行って、各実施例・比較例の評価用試験片を調製した。
【0081】
そして、各試験片について、下記各項目の評価試験を行った。
【0082】
1)成膜処理時間
R1面・R2面の表面保護層を成膜するのに要した時間
判定基準・・・○:150s以内、△:151〜250s、×:251s以上
2)表面滑り性
眼鏡拭き(東レ社製「トレシー」)にて、膜表面を5往復擦り、滑り性の程度を官能的に 評価した。
【0083】
判定基準・・・◎:滑り性が特に良好、○:滑り性良好
△:やや滑る、×:全く滑らない
3)マジック弾き性
油性マジックペン(寺西化学工業社製「マシ゛ックインキNo.500」)にて試験片面に1cm長の線を引き弾き性を確認した。
【0084】
判定基準・・・○:弾く、△:描いた線の周辺部のみ弾く、×:弾かない
4)拭き取り性
上記3)のマジック弾き性を確認後、ティッシュペーパーにて5往復し拭き取り可能の有無を試験する。
【0085】
判定基準・・・○:5往復以内で拭き取れる、
△:10往復以内で拭き取れる
×:10往復後も汚れ残る
5)擦傷性試験
スチールウール(#0000)に1.0kgの荷重を加え、各試験片の表面を50回/50sで擦り傷の入り具合を蛍光灯の透過光により下記の基準で判定した。
【0086】
判定基準・・・○:キズの面積が10%未満
△:キズの面積が60%未満
×:キズの面積が60%以上
6) 撥水性試験
接触角計(協和界面科学(株)製CA-D型)にて純水に対する接触角を測定した。
【0087】
判定基準・・・○:接触角105°以上、
△: 同 100°以上
×: 同 100°未満
7)拭き耐久性
(i)レンズ拭き(帝人(株)製ミクロスター)に600g荷重を加えて、表面保護層の表面を10000往復擦り、その前後の接触角の変化を以下の基準で判定した。
【0088】
判定基準・・・○:接触角の変化量3°以下
△: 同 6°未満
×: 同 6°以上
(ii)常温水に浸漬したセーム皮に600g荷重を加えて、表面保護層の表面を10000往復擦り、その前後の接触角の変化を以下の基準で判定した。
【0089】
判定基準・・・○:接触角の変化無し(±1°未満)
△:接触角の変化 6°未満
×:接触角の変化 6°以上
<考察>
試験結果を示す表1から、下記のことが分かる。
【0090】
本発明の実施例は、表面保護膜の合計成膜時間が比較例(従来)の約1/2に短縮することができ、R1面/R2面において共に表面滑り性・マジック弾き性が良好で表面保護膜の特性にほとんど差がない。
【0091】
これに対して、従来例である比較例は、合計成膜時間が3min以上と長いとともに、先に成膜したR1面の表面保護膜の性能(表面滑り性・マジック弾き性)が後に成膜するR2面より劣る。
【0092】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明を適用する光学要素のモデル断面図
【図2】本発明の光学要素の製造方法に使用する反射防止膜・表面保護膜成膜装置概念図である。
【符号の説明】
【0094】
22 反射防止膜成膜室(電子ビーム蒸着室)
24 表面保護膜成膜室
32 蒸着用加熱ヒータ(加熱蒸着源セット部)
28 ワーク保持板
40 駆動回転軸
w ワーク(光学基材)



【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材が複数の光学面を備え、該各光学面に表面保護膜(撥水/防汚処理膜)を備えた光学要素の製造方法において、前記各光学面に対面させた各加熱蒸発源を用いて前記各表面保護膜を同時的に成膜することを特徴とする光学要素の製造方法。
【請求項2】
前記表面保護膜が、含フッ素シラン化合物被膜であることを特徴とする請求項1記載の光学要素の製造方法。
【請求項3】
前記表面保護膜が、前記光学基材に形成された光学無機薄膜上に接して形成されていることを特徴とする請求項1又は2記載の光学要素の製造方法。
【請求項4】
前記光学無機薄膜が、前記光学基材上に必要によりプライマコートを介して形成されたハードコート上に形成されていることを特徴とする請求項3記載の光学要素の製造方法。
【請求項5】
前記表面保護膜を、前記含フッ素シラン化合物を主剤とする表面保護膜を繊維状の導電性物質の塊に付着させ、真空蒸着により光学要素上に付着させて表面保護膜を形成することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の光学要素の製造方法。
【請求項6】
前記光学基材が、前面と背面の二つの光学面を備えたレンズ基材であることを特徴とする請求項5記載の光学要素の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の光学要素の製造方法において、表面保護膜の形成に使用する表面保護膜成膜装置であって、
真空室と、搬入保持された光学基材(ワーク)の各光学面に対面して蒸着可能な位置の前記真空室内に表面保護膜成膜材の蒸着用加熱ヒータが配されていることを特徴とする表面保護膜成膜装置。




【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−171204(P2006−171204A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−361471(P2004−361471)
【出願日】平成16年12月14日(2004.12.14)
【出願人】(391007507)伊藤光学工業株式会社 (27)
【Fターム(参考)】