説明

出力電流および出力電圧の測定に基づくトルクオブザーバ

【課題】電力変換器により給電される車両用3相駆動電動機のトルクを推定するための方法であって、3つの相線路が電力変換器から駆動電動機に導くことによって、車両用駆動電動機のトルクを確実に推定する。
【解決手段】3つの相線路6,7,8のうち少なくとも2つの相線路においてそれぞれ電流i1,i2,i3が測定され、3つの相線路6,7,8においてそれぞれ電圧u1,u2,u3が測定される。測定された電流又は測定された電圧から回転磁界周波数がが求められる。最終的に、測定された電流と、測定された電圧と、求められた回転磁界周波数とからトルクが推定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力変換器により給電される車両用3相駆動電動機のトルクを推定する方法であって、3つの相線路が電力変換器から駆動電動機に導かれている方法に関する。さらに本発明はそれに対応する車両用駆動電動機に関する。
【背景技術】
【0002】
電気式牽引駆動装置では(例えば電気自動車の場合)、軌道安定性を確保するために、車輪において、車両制御装置によって予め与えられる目標トルクが十分に正確に実際トルクに変換されることを保証すべきである。目標値と実際値との比較によって、駆動装置の誤りのない動作、従って軌道安定性の維持を推量することができる。それゆえトルク検出は重要な安全指標である。従って電子制御装置から目標値が供給される制御分岐に依存しない動作手段により実際トルクを決定すべきである(トルクオブザーバ)。
【0003】
トルクの目標値は既知である(走行制御装置の調節アルゴリズムから直接に得られる)のに対して、実際トルクは非常に費用をかけないと直接に測定できない。市販のトルク測定軸は、場所、重量およびコストの理由から車両には利用できない。従って、トルク測定の代わりに、簡単な手段で測定可能な量に基づいて推定又は計算する方法を使用しなければならない。
【0004】
車両の電気駆動装置のために通常は3相交流電動機もしくは多相交流電動機が使用される。この種の多相交流電動機は一般に中間回路から電力変換器を介して給電される(図1参照)。電力変換器は電子制御装置もしくは調節装置によって制御される。
【0005】
電力変換器がパルス幅変調され、調節装置が働く場合にはトルク算定のために電流実際値および電圧目標値を利用することができる。その際に、電圧目標値がかなり正確に実際値に変換されることが前提とされる。
【0006】
電圧および電流から電力変換器の瞬時電力が求められる。適切なフィルタにより有効成分が得られ、この有効成分は、電動機において、大部分(固定子損失および回転子損失を除かれるべきである)が機械出力に変換される。この機械出力Pは、次式に従って角速度2π・nmechを掛けられたトルクMに相当する。
M≒P/(2π・nmech
【0007】
この機械的なトルクは、基本的に次式に従っても推定することができる。
M〜≒Pδ/(2π・f)
【0008】
この2番目の式によりトルクが簡単に得られる、何故ならば回転磁界電力Pδ(固定子損失を除いた電力変換器の平均有効電力)が簡単に決定できるからである。機械的な回転数nmechの代わりに、調節装置内に常に目標値として存在する電力変換器の電気出力周波数fを使用してもよい。
【0009】
電動機損失(固定子および回転子)は、同様に相応のモデルを用いて測定量から導き出すことができる。電動機の固定子インダクタンスにおけるエネルギー成分もそのようにして考慮することができる。
【0010】
特許文献1から、電力変換器において出力電圧誤差を補償することは公知である。この場合には3つの出力電圧の積分電圧測定が行なわれる。これはシグマ−デルタAD変換器によって実現される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】英国特許第2440559号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、車両の駆動装置のトルクの確実な推定を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この課題は、本発明によれば、電力変換器により給電される車両用3相駆動電動機のトルクを推定するための方法であって、3つの相線路が電力変換器から電動機に導かれている方法において、3つの相線路のうち少なくとも第1および第2の相線路においてそれぞれ電流を測定し、3つの相線路においてそれぞれ電圧を測定し、測定された電流又は測定された電圧から回転磁界周波数を求め、測定された電流、測定された電圧および求められた回転磁界周波数からトルクの推定値を求めることによって解決される。
【0014】
更に、本発明によれば、電力変換器給電される3相駆動電動機と、電力変換器から駆動電動機へ導かれていて駆動電動機に給電する3つの相線路とを有する車両用駆動装置が提供される。この駆動装置は、更に、少なくとも2つの相線路においてそれぞれ電流を測定するための電流測定装置と、3つの相線路においてそれぞれ電圧を測定するための電圧測定装置と、測定された電流又は測定された電圧から回転磁界周波数を算定するための計算装置と、測定された電流、測定された電圧および求められた回転磁界周波数からトルクの推定値を求めるための推定装置とを有する。
【0015】
従って有利な方法では、駆動電動機のトルクが、実際電流と目標電圧とからではなく、電力変換器出力における実際電流と実際電圧とから求められる。それによりトルク推定が明らかに改善され、電力変換器が阻止されているときにも推定が可能である。
【0016】
好ましい実施形態では、3つの相線路における電圧がシグマ−デルタ法により測定される。同様に、3つの相線路おける電流がシグマ−デルタ法により測定されるとよい。この種の測定方法は信頼性があり、簡単な手段で実現することができる。
【0017】
推定値を求めるためには、電力値が第1および第2の部分電力値の和として算出されることが好ましい。この場合に、第1の部分電力値は第1の相線路における電流と第1の線間電圧との積に相当し、第2の部分電力値は第2の相線路における電流と第2の線間電圧との積に相当し、第1の線間電圧は3つの相線路のうちの第1の相線路と第3の相線路との間の線間電圧であり、第2の線間電圧は第2の相線路と第3の相線路との間の線間電圧である。このようにして、3相系の5つの値のみから電力値を求めることができる。
【0018】
実際電流および実際電圧から得られる電力値は瞬時電力であり、電力変換器の平均有効電力を得るためには低域通過フィルタによりフィルタ処理をするとよい。トルク推定のための検証性のよい基礎が得られる。
【0019】
更に駆動電動機における損失に関する損失電力モデルが用意され、トルク推定のもとになる回転磁界電力を求めるべく、損失電力モデルにより得られる損失電力が電力変換器の平均有効電力から差し引かれる。損失電力モデルにより、電動機の固定子および回転子における損失を極めて実際的にモデル化することにより、実際の電動機の回転磁界電力を比較的良好に推定することができる。
【0020】
更にトルクは、電力変換器が阻止されているときにも推定することができる。これは、電力変換器および電動機が正常な運転モードにないときにもトルクを推定することができるという利点を有する。
【0021】
更に、3つの相線路の全てにおいて同じ電圧が印加され、それによりこれらの相線路において測定される電流が零となるように電力変換器が制御される投入シーケンスにおいて、測定される電圧の妥当性が検査されるとよい。
【0022】
更に、測定される2つの電流の妥当性が、第3の相線路における第3の電流が測定されて3つの電流の和が零であることによって検査されるとよい。このようにして電流測定も明確に検査することができる。
【0023】
以下において添付図面に基づいて本発明を更に詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は電動機および測定量の特徴と一緒に電力変換器を示す回路図である。
【図2】図2は2つの電流と3つの電圧とからトルクを算定するための信号流れ図である。
【図3】図3は計算ユニット内の測定量の処理を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下において更に詳細に説明する実施例は本発明の好ましい実施形態である。
【0026】
図1に駆動車両用の駆動装置が概略的に示されている。この駆動装置は多相交流電動機として構成された電動機1を有する。電動機1は中間回路コンデンサCによって示された中間回路2から給電される。中間回路2は負側母線3および正側母線4を有する直流電圧系統である。負側母線3および正側母線4に接続された電力変換器5が中間回路2からの直流を電動機1のための3相交流もしくは多相交流に変換する。そのために3つの相線路、即ち第1の相線路6、第2の相線路7および第3の相線路8が、電力変換器5から電動機1に向けて配設されている。第1の相線路6において電流i1が測定され、第2の相線路7において電流i2が測定され、そして第3の相線路8において電流i3が測定される。第1の相線路6には負側母線3に対して電圧u1が印加され、第2の相線路7には電圧u2が印加され、そして第3の相線路8には電圧u3が印加される。
【0027】
一般に電動機1の電動機電流i1,i2,i3は直接測定される。少なくとも2つの相において電流が測定され、それらから第3の相における電流が算定される。何故ならば、絶縁エラーがないかぎり、3つの電流は合計すると0の値になるからである。
【0028】
これに明白に関連した先に挙げた特許文献1から、シグマ−デルタ法(Σ−Δ法)により電圧中間回路の負側母線3に対する電力変換器5の出力電圧u1,u2,u3を測定することができる方法が公知である。シグマ−デルタ法によって、全ての測定値がディジタル形式でシグマ−デルタ電流として存在し、中央論理ブロック9(例えばFPGA)において適切に処理される(図3参照)。
【0029】
出力電圧u1,u2,u3の瞬時値と出力電流i1,i2,i3の瞬時値とにより、たとえ電力変換器5が阻止されていても、又は他の理由から目標電圧が正しく変換できなくても(例えば、無駄時間の影響および導通時の電圧降下による電圧時間積誤差、もしくは制御限界への到達、最小パルス監視の応答による電圧時間積誤差)、電動機1の発生トルクMを計算ユニット9において算定することができる。この場合には目標電圧が利用できないか又は目標電圧が非線形性により実際電圧からはずれる。ただ、実際電圧に基づいてトルクを有効に推定することができる。
【0030】
図2は信号流れ図に基づいて電流i1,i2および線間電圧u13,u23からの瞬時電力の算出を例示する。従って、具体例では、電流i1およびi2が第1の相線路6および第2の相線路7において測定される。同様に電圧u1,u2,u3が第1の相線路6、第2の相線路7、第3の相線路8において測定され、入力量として供給される。これらの電圧又は電流から電気的出力周波数fが求められ、対応する角速度2πfが供給される。
【0031】
第1の減算器10により、第1の電圧u1から第3の電圧u3を引くことによって、第1の線間電圧u13が得られる。同様にして、第2の減算器11により、第2の電圧u2から第3の電圧u3を引くことによって、第2の線間電圧u23が得られる。掛算器12において線間電圧u13が第1の相線路6の電流i1と掛算される。同様に、掛算器13において線間電圧u23が第2の相線路7の電流i2と掛算される。両掛算器12および13の積が加算器14において加算され、その加算の結果が、電力変換器によって使用される瞬時電力である。後段に接続された低域通過フィルタ15により、瞬時電力から電力変換器5の有効電力が求められる。この有効電力から、減算器16において電動機の損失(特に固定子損失)が差し引かれる。この損失は損失電力モデル17により供給される。従って減算器16の出力信号は電動機の実際の回転磁界電力に相当する。その回転磁界電力を電力変換器の角速度2πfで割る割算器18により、電動機の実際の機械的なトルクMに対する推定値M〜が最終的に得られる。
【0032】
従って、推定のために使用される測定量は、電子制御装置から電力変換器のための目標値が供給される制御分岐に関係なく得られる。安全性の理由から測定量は妥当性の検査が可能でなければならない。目標トルクとの比較は、トルクオブザーバにおいても制御装置においても行なうことができ、安全状態への2重チャンネルによる遮断を導入することができる。
【0033】
電圧測定が投入シーケンスにおいて検査されるとよい。その際に電力変換器が、例えば電子制御装置によって零ベクトル(000、111)で制御されるので、線間電圧u13,u23が発生しない。この場合に、零ベクトル“000”は、例えば全ての相線路6,7,8が負側母線3に短絡されていることを意味するのに対して、零ベクトル“111”の場合には、全ての相線路6,7,8が正側母線3に接続されている。これらの場合には線間電圧が発生せず、電流も流れないが、電圧測定チャンネルは制御される。このことが電圧測定要素において認識可能でなければならない。
【0034】
電流測定も妥当性検査が可能でなければならない。これは3つの電流i1,i2,i3の全てを測定することにより簡単に実現することができる。故障のない動作においてのみ電流総和が零である。そうでない場合には測定エラー又は絶縁エラーが存在する。回転磁界周波数(回転磁界の周波数f)は簡単に検査できる。即ち、回転磁界周波数は、測定電流i1,i2,i3からも、測定電圧u1,u2,u3からも、例えば測定量のそれぞれの空間ベクトルからの角度の時間微分を求めることによって算定することができる。
【0035】
上述の方法により認識された目標値と実際値との間の過大な偏差を、又はトルク推定値の最大限界超過も、計算ユニット9において、更に別の保護措置を導入するために利用することができる。保護応答を作動させるための適切な信号sを計算ユニット9によって供給することができる(図3参照)。従って、例えばトルクなしの車輪が生じた際には、界磁弱め運転中の永久磁石励磁同期機を短絡するか、又は電力変換器から切り離すことができる。
【0036】
それゆえ有利なやり方では、上述の原理に従って、発生した実際トルクを算定するために、シグマ−デルタ式出力電圧測定を利用することができる。エラーに対して非常に迅速に応答できるようにするためには、計算ユニット9(例えば、論理ブロックFPGA)において非常に迅速に行われる目標トルクもしくは固定設定可能な限界値との比較を利用するとよい。この方法はソフトウェアなしに動作し、このことは、たとえソフトウェア又はコントローラが誤動作を呈したとしても、迅速な信頼できる応答をもたらす。電気周波数による回転数決定も回転数センサに依存しない。従って非常に高い安全レベルを達成することができる。
【符号の説明】
【0037】
1 電動機
2 中間回路
3 負側母線
4 正側母線
5 電力変換器
6,7,8 相線路
9 計算ユニット
10 減算器
11 減算器
12 掛算器
13 掛算器
14 加算器
15 低域通過フィルタ
16 減算器
17 損失電力モデル
18 割算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電力変換器(5)により給電される車両用3相駆動電動機(1)のトルク(M)を推定するための方法であって、3つの相線路(6,7,8)が電力変換器(5)から駆動電動機(1)に導かれている方法において、
3つの相線路(6,7,8)のうち少なくとも第1および第2の相線路においてそれぞれ電流(i1,i2,i3)が測定され、
3つの相線路においてそれぞれ電圧(u1,u2,u3)が測定され、
測定された電流(i1,i2,i3)又は測定された電圧(u1,u2,u3)から回転磁界周波数(f)が求められ、
測定された電流(i1,i2,i3)、測定された電圧(u1,u2,u3)および求められた回転磁界周波数(f)からトルク(M)の推定値(M〜)が求められることを特徴とする方法。
【請求項2】
3つの相線路(6,7,8)における電圧(u1,u2,u3)がシグマ−デルタ法により測定されることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
3つの相線路(6,7,8)おける電流(i1,i2,i3)がシグマ−デルタ法により測定されることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
推定値(M〜)を求めるために、電力値が第1および第2の部分電力値の和として算出され、第1の部分電力値が、第1の相線路(6)における電流強度(i1)と、3つの相線路のうちの第1の相線路(6)と第3の相線路(8)との間の第1の線間電圧(u13)とからなる積に相当し、第2の部分電力値が、第2の相線路(7)における電流強度(i2)と、第2の相線路(7)と第3の相線路(8)との間の第2の線間電圧(u23)とからなる積に相当することを特徴とする請求項1乃至3の1つに記載の方法。
【請求項5】
電力変換器(5)の平均有効電力を得るために、低域通過フィルタ(15)により前記電力値がフィルタ処理されることを特徴とする請求項4記載の方法。
【請求項6】
駆動電動機(1)における損失に関する損失電力モデルが設けられ、トルク(M〜)を推定するための回転磁界電力を求めるために、損失電力モデルにより得られる損失電力が電力変換器の平均有効電力から差し引かれることを特徴とする請求項5記載の方法。
【請求項7】
電力変換器(5)が阻止されているときにも、トルクが推定されることを特徴とする請求項1乃至6の1つに記載の方法。
【請求項8】
投入シーケンスにおいて測定電圧(u1,u2,u3)の妥当性が検査され、その投入シーケンスにおいて、電力変換器(5)が次のように制御されること、即ち、3つの相線路(6,7,8)の全てにおいて同じ電圧が生じることにより相線路(6,7,8)において測定される電流(i1,i2,i3)が零になるように制御されることを特徴とする請求項1乃至7の1つに記載の方法。
【請求項9】
測定された2つの電流(i1,i2)の妥当性を、第3の相線路(8)における第3の電流(i3)が測定されかつ3つの電流の和が零となることによって検査することを特徴とする請求項1乃至8の1つに記載の方法。
【請求項10】
電力変換器(5)と、3相駆動電動機(1)と、電力変換器から3相駆動電動機への3つの相線路(6,7,8)とを有し、これらの相線路を介して駆動電動機が給電される車両用駆動装置において、
3つの相線路のうち少なくとも2つの相線路においてそれぞれ電流(i1,i2,i3)を測定するための電流測定装置と、
3つの相線路においてそれぞれ電圧(u1,u2,u3)を測定するための電圧測定装置と、
測定された電流又は測定された電圧から回転磁界周波数を求めるための計算装置と、
測定された電流、測定された電圧および求められた回転磁界周波数からトルクの推定値(M〜)を求めるための推定装置と、
を有することを特徴とする車両用駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−21909(P2013−21909A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−151577(P2012−151577)
【出願日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【出願人】(390039413)シーメンス アクチエンゲゼルシヤフト (2,104)
【氏名又は名称原語表記】Siemens Aktiengesellschaft
【住所又は居所原語表記】Wittelsbacherplatz 2, D−80333 Muenchen, Germany
【Fターム(参考)】