説明

刺繍ミシン

【課題】刺繍、または、トレースを開始する際の刺繍枠の位置の設定を容易に行えるようにする。
【解決手段】刺繍柄Dの柄データは、刺繍柄Dの複数箇所に設定された所定点P1〜P9のデータと、各所定点P1〜P9からスタート点Sまでのそれぞれの距離データとを含む。刺繍、または、トレースを開始する前に、液晶ディスプレイ9に表示した所定点選択画面にて所定点P1〜P9のうちのいずれか1つを選択し、且つ、枠移動指令用スイッチ10を用いて選択された所定点に対応する位置に刺繍枠5を位置させる。刺繍、または、トレースを開始する時に、選択された所定点からスタート点Sまでの距離データに基づいて、選択された所定点に対応する位置にある刺繍枠5を刺繍柄のスタート点Sに対応する位置へ移動させた後に、該刺繍柄のスタート点Sを起点とする刺繍、または、トレースを開始する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被刺繍物を展張保持した刺繍枠を刺繍柄に対応する柄データに従って移動制御して所望の刺繍を行う刺繍ミシンに関し、詳しくは、刺繍、または、トレースを開始する際に、刺繍枠の位置を設定するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
刺繍ミシンは、被刺繍物を展張保持した刺繍枠を、任意の刺繍柄に対応する柄データに従って移動制御して所望の刺繍を行う。図7は刺繍柄Dの一例である。刺繍柄Dは刺繍柄の柄データに基づいて規定されるもので、刺繍柄のスタート点Sは、その刺繍柄Dの刺繍を開始すべき位置として当該刺繍柄D上に規定された位置である。
刺繍ミシンは、周知の操作パネルを備えており、操作パネルの表示部には、刺繍柄の柄データに基づく刺繍柄Dの画像がそのスタート点Sと一緒に表示され、且つ、刺繍枠の位置がX/Y座標にて表示されるようになっている。刺繍柄の柄データは、図7に示すような、スタート点Sから刺繍柄Dの上下左右の極値(図7において一点鎖線で示す)までの距離データ(+X,−X,+Y,−Y)を有しており、この距離データも操作パネルの表示部にて確認できる。
従来の刺繍ミシンでは、上記のスタート点Sから上下左右の極値までの距離データ(+X,−X,+Y,−Y)と、刺繍枠の位置を示すX/Y座標の各情報に基づいて、刺繍可能範囲に対して刺繍柄Dを任意の位置に配置したときの刺繍柄のスタート点Sに縫針が位置するように刺繍枠を移動することで、刺繍柄Dの刺繍を開始する際の刺繍枠の位置を設定している。
【0003】
例えば、図8を参照して、刺繍柄Dを刺繍可能範囲20(図8において2点鎖線で示す範囲)の中央に刺繍する場合の刺繍枠の移動について説明する。この場合、操作パネルに刺繍柄Dのスタート点Sから上下左右の極値までの距離データ(+X,−X,+Y,−Y)を表示して、スタート点Sから刺繍柄Dの中心CまでのX/Y座標の距離を求め、求めたX/Y座標の距離を、縫針が刺繍可能範囲20の中央に位置するときの刺繍枠のX/Y座標に加算することにより、縫針が図8に示すスタート点Sに位置するときの刺繍枠の位置を示すX/Y座標を求める。このようにして求めた刺繍枠のX/Y座標に刺繍枠を移動することで、図8に示すスタート点Sに縫針が位置するよう、刺繍枠の位置を設定できる。
【0004】
また、別の例として、図9を参照して、刺繍柄Dを刺繍可能範囲20(図9において2点鎖線で示す範囲)の左下隅に刺繍する場合の刺繍枠の移動について説明する。この場合、刺繍柄Dのスタート点Sから左及び下の極値までの距離データ(−X,−Y)と,刺繍に必要な距離として刺繍柄Dの左及び下の極値と刺繍可能範囲20の間に確保すべき所定の安全距離αを、縫針が刺繍可能範囲20の左下隅に位置するときの刺繍枠のX/Y座標に加算することにより、縫針が図9に示すスタート点Sに位置するときの刺繍枠の位置を示すX/Y座標を求める。このようにして求めた刺繍枠のX/Y座標へ刺繍枠を移動することで、図9に示すスタート点Sに縫針が位置するよう、刺繍枠の位置を設定できる。
【0005】
刺繍柄Dの刺繍を開始する際の刺繍枠の位置を設定する別の方法として、作業者がものさし等を使って測定する方法があった。前記図9の刺繍柄Dを左下隅に刺繍する場合を例に説明すると、スタート点Sから左及び下の極値までの距離データ(−X,−Y)と安全距離αを加算することにより、刺繍可能範囲20の左下隅に配置された刺繍柄Dのスタート点Sに該当する縫針の位置を特定するための距離を求め、そして、作業者が例えばものさしを使って、刺繍枠の左辺および下辺のそれぞれから、前記求めた距離を測定することで、刺繍可能範囲20の左下隅に配置された刺繍柄Dのスタート点Sに該当する縫針の位置を特定し、特定された位置に縫針が位置するよう刺繍枠を移動する。これにより、図9に示すスタート点Sに縫針が位置するよう、刺繍枠の位置を設定できる。
【0006】
また、従来の刺繍ミシンには、刺繍を開始する前に、刺繍柄の外形に沿って刺繍枠を移動させることで、刺繍柄が問題なく刺繍可能範囲に納まるかを作業者に目視により確認させる、トレース機能があった。このトレース機能を使う場合には、前述した刺繍を開始する場合と同様に、刺繍柄のスタート点Sに縫針が位置するときの刺繍枠の位置を示すX/Y座標を計算し、或いは、刺繍柄のスタート点に該当する縫針の位置を作業者がものさしで測定して、その計算結果あるいは測定結果に基づいて刺繍枠の位置設定をした後に、トレースを開始している。そして、トレースによって刺繍柄が刺繍可能範囲に納まるかを作業者が目視にて確認した後に、問題がなければ、当該刺繍柄の刺繍を開始している。
【0007】
このように、従来の刺繍ミシンでは、刺繍柄のスタート点に縫針が位置するときの刺繍枠の位置を示すX/Y座標を計算して、或いは、刺繍柄のスタート点に該当する縫針の位置を作業者がものさし等で測定して、その計算結果あるいは測定結果に基づいて刺繍枠を移動することで、刺繍、または、トレースを開始する際の刺繍枠の位置を設定している。そして、該刺繍枠の位置を設定した後に、刺繍、または、トレースを開始している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の刺繍ミシンでは、刺繍を行うとき、又は、トレースを行うときのいずれの場合にせよ、刺繍、又は、トレースを開始する時に、刺繍枠を所望の位置(刺繍可能範囲20の或る位置に配置された刺繍柄Dのスタート点Sに縫針が位置するような刺繍枠の位置)に移動させるために、刺繍、または、トレースを開始する際の刺繍枠の位置を計算したり、或いは、作業者がものさし等で測定したりする必要があり、刺繍開始時の刺繍枠の位置の設定(刺繍枠の移動)に非常に手間がかかっていた。
【0009】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたもので、刺繍、または、トレースを開始する際の刺繍枠の位置の設定(刺繍枠の移動)を、手間をかけず容易に行えるようにした刺繍ミシンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明は、任意の刺繍柄の柄データに従って被刺繍物を展張保持した刺繍枠を移動制御して前記刺繍柄の刺繍を行う機能、及び、前記刺繍柄の外形に沿って前記刺繍枠を移動させるトレースを行う機能の少なくとも何れかを備える刺繍ミシンにおいて、前記柄データを記憶する記憶手段であって、該柄データが、前記刺繍柄の所定の1箇所に設定されたスタート点のデータと、該刺繍柄の所定の複数箇所に設定された複数の所定点のデータと、それぞれ対応する所定点から前記スタート点までの距離データとを含むものである記憶手段と、刺繍、または、トレースを開始する前に、前記刺繍柄に設定された複数の前記所定点のうちのいずれか1つの所定点を選択する選択手段と、刺繍、または、トレースを開始する前に、前記選択手段により選択された所定点に対応する位置に前記刺繍枠を位置させる刺繍枠位置設定手段と、刺繍、または、トレースを開始する時に、前記記憶手段に記憶された柄データから、前記選択手段にて選択された所定点からスタート点までの前記距離データを抽出し、抽出された距離データに基づいて、選択された所定点に対応する位置にある前記刺繍枠を刺繍柄のスタート点に対応する位置へ移動させた後に、該刺繍柄のスタート点を起点とする刺繍、または、トレースを開始する制御手段を備えることを特徴とする。
【0011】
上記この発明に係る刺繍ミシンによれば、刺繍、または、トレースを開始する前に、選択手段により、刺繍枠を位置させる位置を、刺繍柄の所定の複数箇所に設定された複数の所定点から1つ選択し、且つ、刺繍枠位置設定手段により、前記選択された所定点に対応する位置に刺繍枠を位置させた後に、刺繍、または、トレースを開始する時に、該選択した所定点からスタート点までの距離データに基づいて、刺繍枠を選択された所定点に対応する位置からスタート点に対応する位置へ移動させた後に、刺繍、または、トレースを開始する。
選択手段による所定点の選択と、刺繍枠位置設定手段による刺繍枠の位置設定を行う順番は任意である。すなわち、選択手段による所定点の選択を行った後に刺繍枠位置設定手段による刺繍枠の位置設定を行ってもよいし、あるいは、刺繍枠位置設定手段による刺繍枠の位置設定を行った後に、選択手段による所定点の選択を行ってもよい。
【0012】
この発明に係る刺繍ミシンの一実施形態として、前記複数の所定点を設定する箇所が、少なくとも刺繍柄に外接する四角形の頂点と刺繍柄の中心を含むよう構成することができる。
また、この発明に係る刺繍ミシンの一実施形態として、トレースを行う場合、前記制御手段が、さらに、当該トレースの終了後に前記刺繍枠を前記刺繍柄のスタート点へと移動する制御を行うよう構成することができる。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、刺繍、または、トレースを開始する前に、刺繍柄の所定の複数箇所に設定された複数の所定点から刺繍枠の移動が容易に行える1つの所定点を選択し、且つ、該選択した所定点に対応する位置に刺繍枠を位置させるだけで、刺繍開始時に、刺繍柄のスタート点に対応する位置に刺繍枠を移動することができるため、刺繍、または、トレースを開始する際に、X/Y座標を計算したり、ものさしで測ったりして刺繍枠をスタート点に移動させることが不要となり、刺繍、または、トレースを開始する時の刺繍枠の移動を容易に行えるという優れた効果を奏する。
一例として、前記複数の所定点を設定する箇所が、少なくとも刺繍柄に外接する四角形の頂点と刺繍柄の中心を含むよう構成できる。この構成を採用することで、例えば、前述した図8に示すように刺繍柄を刺繍可能範囲の中央に刺繍する場合には、刺繍、または、トレースを開始する前に、刺繍柄の中央に設定された所定点を選択し、且つ、刺繍枠を刺繍可能範囲の中央(刺繍柄の中央に設定された所定点に対応する位置)に位置させるだけで、刺繍、または、トレースの開始時に、刺繍柄のスタート点に対応する位置に刺繍枠が移動される。また、図9に示すように刺繍柄を刺繍可能範囲の左下隅に刺繍する場合には、刺繍柄に外接する四角形の左下の頂点に設定された所定点を選択し、且つ、刺繍枠を刺繍可能範囲の左下隅から刺繍に必要な安全距離を設けた位置(刺繍柄の左下に設定された所定点に対応する位置)に刺繍枠を移動すればよい。
また、トレースを行う場合、前記制御手段が、さらに、当該トレースの終了後に前記刺繍枠を前記刺繍柄のスタート点へと移動する制御を行う構成を採用することにより、トレース後に刺繍を行う際には、刺繍枠の移動なしに直ぐに刺繍が開始される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施例に係る多頭刺繍ミシンを正面右上側から見た外観斜視図。
【図2】図1に示す操作パネルボックスの正面図。
【図3】多頭刺繍ミシンのコントローラの電気的ハードウェア構成の主要部を抽出して示すブロック図。
【図4】刺繍柄の一例を示す図。
【図5】図2の液晶ディスプレイに表示された所定点選択画面を示す図。
【図6】刺繍柄を刺繍可能範囲の左下隅に配置した状態を示す図。
【図7】従来技術を説明する図であって、刺繍柄の一例を示す図。
【図8】従来技術を説明する図であって、図7に示す刺繍柄を刺繍可能範囲の中央に配置した状態を示す図。
【図9】従来技術を説明する図であって、図7に示す刺繍柄を刺繍可能範囲の左下隅に配置した状態を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、この発明の一実施形態である多頭刺繍ミシンについて、添付図面を参照して説明する。
【0016】
図1は多頭刺繍ミシンを正面右上から見た斜視図である。図1において、符号1はミシンフレーム、符号2はテーブルである。ミシンフレーム1には、複数(6個)のミシンヘッド3が配設してあるとともに、複数(6個)の釜土台4が各ミシンヘッド3の直下位置にテーブル2と略同一高さで配設してある。テーブル2上には刺繍枠5が載置してあり、刺繍枠5はテーブルの下方に設けたX駆動機構6及びY駆動機構7によって前後左右方向(X方向及びY方向)に駆動されるようになっている。そして、周知のように、ミシンヘッド3で上下往復駆動される縫針と、釜土台4で回転される釜との協働により、刺繍枠5に展張保持された生地(被刺繍物)に刺繍が行われる。
【0017】
ミシンフレーム1の右端部には刺繍ミシンの各種設定を行う周知の操作パネルボックス8が設けてある。図2は操作パネルボックス8の正面図である。操作パネルボックス8の前面には、タッチスイッチシート付きの液晶ディスプレイ9と、その右下に位置する上下左右4方向の枠移動指令用スイッチ10と、これの右隣に位置する速度切替えスイッチ11とがある。
液晶ディスプレイ9の画面上には、刺繍柄の画像を表示する領域と各種指示の入力を行うスイッチアイコン等が配置されており、刺繍柄の画像を表示する領域には、刺繍すべき刺繍柄として選択された刺繍柄Dの画像が表示されるとともに、刺繍枠5の位置がX/Y座標にて表示される(不図示)。
枠移動指令用スイッチ10は、その操作によって刺繍枠5を移動制御するためのスイッチであり、速度切替えスイッチ11は刺繍枠5の移動速度を「高速」、「低速」と交互に切り替えるためのスイッチである。
【0018】
図3は多頭刺繍ミシンのコントローラの電気的ハードウェア構成の主要部を模式的に表したブロック図である。多頭刺繍ミシンのコントローラは、CPU12、ROM13、RAM14、バス15、及び、入出力インターフェース16を備えており、CPU12、ROM13、RAM14、及び入出力インターフェース16がバス15を介して接続されている。
【0019】
周知のようにCPU12はROM13に格納されているプログラムに従ってコントローラ全体を制御する。RAM14は、刺繍柄の柄データを含む、刺繍加工に必要な各種のデータが格納される。柄データは、対応する刺繍柄を規定するデータであり、詳しくは後述する。入出力インターフェース16にはミシン主軸駆動機構17、X駆動機構6、Y駆動機構7及び操作パネルボックス8等が接続されており、ミシン主軸駆動機構17、X駆動機構6、Y駆動機構7及び操作パネルボックス8は入出力インターフェース16を介してCPU12との間で各種データを通信できる。ミシン主軸駆動機構17は、ミシンヘッド3の針を上下駆動するとともに、釜土台4の釜を回転駆動するものである。
【0020】
操作パネルボックス8の枠移動指令用スイッチ10が操作されると、その操作に応じた信号が操作パネルボックス8から入出力インターフェース16を通じてCPU12にデータとして入力され、且つ、CPU12は、該枠移動指令用スイッチ10の操作に応じた制御信号を、入出力インターフェース16を通じてX駆動機構6及びY駆動機構7に出力する。X駆動機構6及びY駆動機構7は、入出力インターフェース16を通じて与えられた制御信号に基づいて刺繍枠5を駆動して、枠移動指令用スイッチ10の操作に対応する方向へ、刺繍枠5を移動する。作業者は、この枠移動指令用スイッチ10を用いた前後左右各方向のスイッチ操作により、刺繍、または、トレースを開始する前の刺繍枠5を任意の位置に移動させることができる。
刺繍ミシンを起動すると、つまり刺繍を開始すると、CPU12の制御に基づいてミシン主軸駆動機構17が駆動され、これによりミシンヘッド3の縫針を上下駆動するとともに、釜土台4の釜を回転駆動する。これと同期して、刺繍枠5をX駆動機構6及びY駆動機構7によって駆動することで、刺繍加工が行われる。
【0021】
刺繍加工の内容(刺繍柄)は、作業者が選択した柄データに基づいて規定されるもので、CPU12は、選択された柄データをRAM14から読み出して、読み出した柄データに従ってX駆動機構6及びY駆動機構7を駆動して、刺繍枠5の移動を制御することで、該柄データに対応する刺繍柄の刺繍を実現する。周知の通り、作業者は、生地(被刺繍物)の刺繍可能範囲において、刺繍柄を縫い付ける位置を任意に設定できる。したがって、刺繍柄の刺繍を開始する際には、刺繍可能範囲に対する刺繍柄の配置位置に応じて、刺繍枠5の位置を設定する必要がある。
【0022】
次に刺繍を開始する際の刺繍枠5の位置設定について説明する。
図2に示す操作パネルボックス8は、これから刺繍を行う刺繍柄の柄データが作業者によって選択され、選択された刺繍柄の柄データに基づく刺繍柄Dの画像を液晶ディスプレイ9の画面上に表示した状態である。図4は、刺繍柄Dの柄データを説明する図である。柄データは、RAM14に1又は複数個記憶されており、それぞれ、対応する刺繍柄Dを規定する情報(形状、大きさ、色等を含む)と、刺繍柄Dのスタート点Sの情報と、当該刺繍柄Dの所定の複数箇所に設定された複数の所定点P1〜P9の情報と、複数の所定点P1〜P9のそれぞれに対応する複数の距離データとを有する。スタート点Sは、刺繍を開始すべき位置として当該刺繍柄D上に規定された位置である。複数の距離データは、それぞれ、対応する所定点からスタート点Sまでの距離データである。
【0023】
複数の所定点P1〜P9は、それぞれ、刺繍柄Dの複数の主要箇所に予め設定されるもので、例えば、少なくとも刺繍柄Dに外接する四角形の各頂点と刺繍柄の中心とを含む5箇所に設定することが考えられる。図4の例では、一点鎖線で示す刺繍柄Dに外接する四角形の各頂点(P1、P3,P7及びP9)と、その四角形の四辺(刺繍柄Dの上下左右の極値)各辺の中点(P2、P4、P6及びP8)と、刺繍柄Dの中心(P5)との9箇所に、所定点P1〜P9が設定されている。
【0024】
図5は、液晶ディスプレイ9に所定点選択画面を表示した状態を示す。所定点選択画面は、作業者が刺繍柄Dに設定された複数の所定点P1〜P9から所望の1つを選択するための画面である。これから刺繍を行う1つの刺繍柄Dが新たに選択されたとき、CPU12は、図5に示す所定点選択画面を液晶ディスプレイ9に表示する。所定点選択画面を液晶ディスプレイ9に立ち上げる処理は、刺繍を行う1つの刺繍柄Dが新たに選択されたときに、自動的に、その選択された刺繍柄に対応する所定点選択画面を表示するよう構成してもよいし、或いは、刺繍を行う1つの刺繍柄Dが新たに選択されたときに、液晶ディスプレイ9に所定点選択画面の表示を指示するための専用ボタンを表示して、作業者がその専用ボタンを押したときに、当該新たに選択された刺繍柄に対応する所定点選択画面が表示されるよう構成してもよい。
【0025】
図5に示す通り、所定点選択画面には、刺繍柄Dに設定された各所定点P1〜P9に対応する各位置に、それぞれ、所定点P1〜P9に対応する選択ボタンB1〜B9が表示される。この9つの選択ボタンB1〜B9は、それぞれ、対応する所定点P1〜P9の選択を指示するボタンになっている。作業者は、9つの選択ボタンB1〜B9中から任意の1つを押すことで、押した選択ボタンに対応する所定点を選択できる。選択された1つの選択ボタンは、非選択状態の他の選択ボタンとは表示態様(例えば表示色等)を変えて表示され、選択されていることが視覚的に分かるようになっている。図5では、左下の選択ボタンB7を選択した状態が例示されており、選択状態の選択ボタンB7の表示態様は、非選択状態の他の選択ボタンB1〜6、8及び9とは異なる。
【0026】
刺繍を開始する前に刺繍枠5の位置を設定するための構成の要点は、刺繍柄Dに設定された複数の所定点P1〜P9のうちのいずれか1つの所定点を選択すること(図5の所定点選択画面における1つの選択ボタンB1〜B9の選択)と、選択された所定点に対応する位置に刺繍枠5を位置させること(操作パネルボックス8の枠移動指令用スイッチ10を用いた刺繍枠5の移動)にある。
選択された所定点に対応する位置に刺繍枠5を位置させることは、詳しくは、所定点に対応する位置に縫針が位置するように刺繍枠5を位置させることである。複数の所定点P1〜P9のうちのいずれの所定点を選択するかは、刺繍可能範囲20に対する刺繍柄Dの配置位置に応じて決めるとよい。つまり、刺繍柄Dの刺繍を開始するときに、刺繍枠5を位置させることを最も容易に行いうる、適切な所定点を選択するとよい。
【0027】
刺繍を開始する前の刺繍枠5の位置設定の一例として、刺繍柄Dを刺繍可能範囲20の左下隅に配置して刺繍を行う場合の刺繍枠5の位置設定について、図5及び図6を参照して具体的に説明する。刺繍可能範囲20の左下隅に刺繍柄Dを配置する場合には、刺繍柄Dの左下隅に設定された所定点P7(図5参照)に対応する位置が、刺繍枠5を最も容易に移動させることができる位置である。したがって、先ず、作業者は、図5に示す所定点選択画面において、刺繍柄Dに設定された所定点P7に対応する選択ボタンB7を押す。次に、作業者は、所定点P7に対応する位置に刺繍枠5を位置させる作業を行う。具体的には、枠移動指令用スイッチ10を用いて、図6に示すように刺繍可能範囲20(2点鎖線)の左下隅から刺繍に必要な安全距離αを設けた(×印)位置に縫針が位置するように、刺繍枠5を移動させる。これにより、刺繍開始前の刺繍枠5の位置を、所定点P7に対応する位置に設定できる。安全距離αは刺繍に必要な距離として刺繍柄と刺繍可能範囲20の間に確保すべき所定の距離である。この刺繍枠5の移動は、刺繍可能範囲20の左下隅から所定の安全距離だけ離れた×印位置に刺繍枠5を移動するだけであるため、刺繍柄Dのスタート点Sや刺繍柄Dの極値に基づくX/Y座標の計算などの手間はかからない。
【0028】
なお、所定点の選択と刺繍枠5の位置設定とはどちらを先に行ってもよい。すなわち、作業者は、操作パネルボックス8の枠移動指令用スイッチ10を用いて任意の位置(刺繍柄Dに設定された複数の所定点P1〜P9のうちのいずれかに対応する位置)に刺繍枠5を位置させてから、移動された刺繍枠5の位置に対応する所定点P1〜P9を選択する(該当する選択ボタンB1〜B9を押す)ことも可能である。
【0029】
上述した刺繍枠5の位置設定を行った後に、ミシンの運転を開始、すなわち刺繍動作を開始する。ミシンの運転を開始すると、CPU12は、刺繍の開始時に選択された所定点P7から刺繍柄Dのスタート点Sまでの距離データを、RAM14に記憶された当該柄データから抽出し、抽出された距離データに基づいて、刺繍枠5を現在位置(×印で示す所定点P7に対応する位置)から刺繍柄Dのスタート点Sに対応する位置へ移動させる。刺繍の開始時の刺繍枠5の位置設定により刺繍枠5が所定点P7に対応する位置にあるため、柄データに含まれる所定点P7から刺繍柄Dのスタート点Sまでの距離データに基づいて刺繍枠5を移動するだけで、刺繍枠5を所定点P7に対応する位置からスタート点Sに対応する位置(詳しくはスタート点Sに縫針が位置するような位置)に移動させることができる。そして、CPU12は、刺繍枠5をスタート点Sの位置に移動した後に、スタート点Sを起点とする刺繍柄Dの刺繍を開始する。
【0030】
上述した刺繍枠の位置設定は、刺繍柄Dのトレースを行う際にも適用できる。刺繍ミシンにおけるトレース機能は、周知の通り、刺繍柄Dの刺繍を開始する前に刺繍柄Dの外形に沿って刺繍枠5を移動させることで、刺繍柄Dが問題なく刺繍可能範囲に納まるかを作業者に目視により確認させる機能である。トレースを開始する前にも、刺繍を行う場合と同様に、刺繍可能範囲に対する刺繍柄の配置位置に応じて、刺繍枠5を位置設定する必要がある。そこで、トレースを開始する前に、上記刺繍開始前と同様に、作業者は、刺繍柄Dに設定された複数の所定点P1〜P9の1つの所定点を選択し、選択された所定点に対応する位置に刺繍枠5を位置させる。そして、ミシンの運転を開始すると、選択された所定点からスタート点Sまでの距離データに基づいて、刺繍枠5を選択された所定点の位置からスタート点Sの位置へ移動させた後に、トレース(刺繍柄Dの外形に沿った刺繍枠5の移動)を開始する。
トレースを行う場合には、さらに、トレース終了時に刺繍枠5がスタート点Sに位置するように、刺繍枠5の移動を制御するとよい。このように構成した場合、トレース終了後に刺繍を開始するにあたり、改めて刺繍枠5をスタート点Sに移動することなしに、直ぐに、その刺繍を開始できる。
【0031】
以上説明したとおり、本実施例によれば、刺繍、または、トレースを開始する前に、刺繍柄Dの複数の所定点P1〜P9から1つの所定点を選択し、且つ、選択された所定点に対応する位置に刺繍枠5を位置させるだけで、刺繍、または、トレースを開始する時に、刺繍枠5を刺繍柄Dのスタート点Sに対応する位置に移動した後に、刺繍、または、トレースを開始するため、刺繍、または、トレースを開始する際に、X/Y座標を計算したり、或いは、ものさし等で測ったりして刺繍枠5をスタート点Sに移動させる必要がなくなり、刺繍、または、トレースを開始する時の刺繍枠5の移動(刺繍枠5の位置設定)を容易に行えるようになるという優れた効果を奏する。
【0032】
なお、例えば、刺繍すべき刺繍柄Dのスタート点Sが刺繍柄Dの中心に設定されており、且つ、その刺繍柄Dを刺繍可能範囲の中央に刺繍する場合(つまり刺繍柄Dのスタート点Sと刺繍可能範囲の中央が一致する場合)など、刺繍柄Dのスタート点Sの位置と、刺繍可能範囲における刺繍柄Dの配置位置の条件によっては、刺繍柄Dのスタート点Sに縫針が位置するように刺繍枠5を位置させるのが容易なときもある。そのような場合には、所定点の選択を行うことなしに、枠移動指令用スイッチ10を用いて刺繍枠5を、スタート点Sに対応する位置に位置させた後に、刺繍、または、トレースを開始すればよい。
【0033】
なお、上記図4の例では、刺繍柄Dに外接する四角形の各頂点と、その四角形の四辺(刺繍柄Dの上下左右の極値)各辺の中点と、刺繍柄Dの中心(P5)との9箇所に所定点P1〜P9が設定される例を示したが、刺繍柄Dに設定される複数の所定点は、上記実施例に限らず、適宜にその数及び設定箇所を変更してよい。
また、上記図5の例では、所定点選択画面内の刺繍柄画像の上に、所定点P1〜P9に対応する選択ボタンB1〜B9を表示した形態としたが、所定点を選択する選択手段の実施形態は、図5の所定点選択画面に限らず、複数の所定点から1つの所定点を選択できさえすれば、どのような形態であってもよい。
【符号の説明】
【0034】
1 ミシンフレーム、2 テーブル、3 ミシンヘッド、4 釜土台、5 刺繍枠、6 X駆動機構、7 Y駆動機構、8 操作パネルボックス、9 液晶ディスプレイ、10 枠移動指令用スイッチ、11 速度切替えスイッチ、12 CPU、13 ROM、14 RAM、15 バス、16 入出力インターフェース、17 ミシン主軸駆動機構、20 刺繍可能範囲、D 刺繍柄(柄データ)、P1〜P9 所定点、B1〜B9 選択ボタン、S スタート点、α 安全距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意の刺繍柄の柄データに従って被刺繍物を展張保持した刺繍枠を移動制御して前記刺繍柄の刺繍を行う機能、及び、前記刺繍柄の外形に沿って前記刺繍枠を移動させるトレースを行う機能の少なくとも何れかを備える刺繍ミシンにおいて、
前記柄データを記憶する記憶手段であって、該柄データが、前記刺繍柄の所定の1箇所に設定されたスタート点のデータと、該刺繍柄の所定の複数箇所に設定された複数の所定点のデータと、それぞれ対応する所定点から前記スタート点までの距離データとを含むものである記憶手段と、
刺繍、または、トレースを開始する前に、前記刺繍柄に設定された複数の前記所定点のうちのいずれか1つの所定点を選択する選択手段と、
刺繍、または、トレースを開始する前に、前記選択手段により選択された所定点に対応する位置に前記刺繍枠を位置させる刺繍枠位置設定手段と、
刺繍、または、トレースを開始する時に、前記記憶手段に記憶された柄データから、前記選択手段にて選択された所定点からスタート点までの前記距離データを抽出し、抽出された距離データに基づいて、選択された所定点に対応する位置にある前記刺繍枠を刺繍柄のスタート点に対応する位置へ移動させた後に、該刺繍柄のスタート点を起点とする刺繍、または、トレースを開始する制御手段
を備えることを特徴とする刺繍ミシン。
【請求項2】
前記複数の所定点を設定する箇所が、少なくとも刺繍柄に外接する四角形の頂点と刺繍柄の中心を含むことを特徴とする請求項1に記載の刺繍ミシン。
【請求項3】
トレースを行う場合、前記制御手段が、さらに、当該トレースの終了後に前記刺繍枠を前記刺繍柄のスタート点へと移動する制御を行うことを特徴とする請求項1または2に記載のミシン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−196271(P2012−196271A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−61284(P2011−61284)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000219749)東海工業ミシン株式会社 (55)
【Fターム(参考)】