説明

加速度演算装置および電気式動力舵取装置

【課題】加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度を正確に演算し得る加速度演算装置および電気式動力舵取装置を提供する。
【解決手段】駆動輪である右前輪FR、左前輪FLの各原車輪速度を検出する車輪速度センサFRs、FLsと、従動輪である右後輪RR、左後輪RLの各原車輪速度を検出する車輪速度センサRRs、RLsとを備えて、ABS制御中であると判定された場合、全ての車輪(FR、FL、RR、RL)の各車輪速度(規制後車輪速度V1fr、V1fl、V1rr、V1rl)のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを演算し、ABS制御中でないと判定された場合、従動輪(RR、RL)の各車輪速度(規制後車輪速度V1rr、V1rl)のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを演算する。そして、このように演算される車両速度Vspdに基づき車両の前後加速度Gsを演算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速度センサに代えてアンチロック制御装置を有する車両の前後方向の加速度を演算する加速度演算装置および電気式動力舵取装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両の前後方向の加速度(以下、「前後加速度」ともいう)を推定するものとして、例えば、下記特許文献1に開示されている車両用前後加速度推定装置が知られている。この車両用前後加速度推定装置は、車両の前後加速度を検出する加速度センサを備えており、この加速度センサにより検出される加速度検出値から所定の周波数成分をフィルタリングすることで前後加速度の推定精度を向上させている。このように推定される前後加速度を、例えば、道路状況や走行状況に応じて車両速度を制御し操舵を補助する運転制御にフィードバックすることで、車両の加減速が精度良くまたフィーリング良くなされ得る。
【特許文献1】特開平10−104259号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、このような加速度センサは高価であるため、当該加速度センサが全ての車両に搭載されるわけではない。そこで、加速度センサを用いることなく、例えば、ブレーキ側のECUにて算出される車両速度を微分することで前後加速度を推定することが可能である。
【0004】
しかし、アンチロック制御装置が制御中である場合には、図7に示すように、車両の各車輪がそれぞれ制動状態と非制動状態とを繰り返すので、ブレーキ側のECUにて算出される車両速度Vが急変することとなる。なお、図7および後述する図8において、太破線で示すABSは、アンチロック制御装置が制御中であるか否かを示すものであり、フラグが1である場合にはアンチロック制御装置が制御中であることを示し、フラグが0である場合にはアンチロック制御装置が制御中でないことを示す。
【0005】
このため、上述のように急変する車両速度Vを微分して前後加速度を推定しようとすると、図8に示すように、当該前後加速度にノイズが重畳されることとなり、車両が減速しているにもかかわらず加速していると判定されるような誤動作が発生し得るという問題がある。なお、図8において実線で示すGは、図7の車両速度Vを微分して得られる前後加速度の、ABS制御前後における時間経過を示すものであり、破線で示すGは、加速度センサを用いて得られる実際の前後加速度の、ABS制御前後における時間経過を示すものである。
【0006】
本発明は、上述した課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度を正確に演算し得る加速度演算装置および電気式動力舵取装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、特許請求の範囲に記載の請求項1の加速度演算装置では、加速度センサに代えて、アンチロック制御装置を有する車両の車両速度に基づき当該車両の前後方向の加速度を演算する加速度演算装置であって、前記車両の複数の駆動輪および複数の従動輪における各車輪速度をそれぞれ取得する車輪速度取得手段と、前記アンチロック制御装置が制御中であるか否かまたは制御中でないか否かを判定する判定手段と、前記判定手段により、前記アンチロック制御装置が制御中であると判定された場合、前記複数の駆動輪および前記複数の従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき前記車両速度を演算し、前記アンチロック制御装置が制御中でないと判定された場合、前記複数の従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき前記車両速度を演算する車両速度演算手段と、を備えることを技術的特徴とする。
特許請求の範囲に記載の請求項2の加速度演算装置では、請求項1記載の加速度演算装置において、前記車輪速度取得手段により今回取得された車輪速度から前回演算された車輪速度を減算して車輪速度差を演算する車輪速度差演算手段と、前記車輪速度差が第1速度差よりも加速側である場合には前記前回演算された車輪速度に前記第1速度差を加算したものを規制後車輪速度と設定し、前記車輪速度差が第2速度差よりも減速側である場合には前記前回演算された車輪速度に前記第2速度差を加算したものを規制後車輪速度と設定し、前記車輪速度差が前記第1速度差と同一であるか前記第2速度差と同一であるかまたは前記第1速度差よりも減速側かつ前記第2速度差よりも加速側である場合には前記今回取得された車輪速度を規制後車輪速度と設定する規制後車輪速度設定手段とを備え、前記車両速度演算手段は、前記車輪速度に代えて前記規制後車輪速度に基づき前記車両速度を演算することを技術的特徴とする。
【0008】
特許請求の範囲に記載の請求項3の加速度演算装置では、請求項1または請求項2記載の加速度演算装置において、前記アンチロック制御装置が制御中である場合、このアンチロック制御装置が制御中でない場合に除去される周波数成分よりも低い周波数成分をも、前記加速度から除去するフィルタ手段を備えることを技術的特徴とする。
【0009】
特許請求の範囲に記載の請求項4の電気式動力舵取装置では、ステアリングホイールによる操舵状態に基づいてアシストモータを駆動制御し、当該アシストモータの駆動力によりまたは当該駆動力を補って操舵輪の舵角を制御する電気式動力舵取装置において、請求項1〜3のいずれか一項に記載の加速度演算装置によって演算される前記加速度に基づき前記アシストモータを制御することを技術的特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の発明では、アンチロック制御装置が制御中であると判定された場合、複数の駆動輪および複数の従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度を演算し、アンチロック制御装置が制御中でないと判定された場合、複数の従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度を演算し、このようにして演算される車両速度に基づき車両の前後方向の加速度(前後加速度)を演算する。
【0011】
上記構成によれば、アンチロック制御装置が制御中であれば、駆動輪がホイールスピーンするようなことはなく、また、全ての車輪が同時にロックすることもないので、駆動輪および従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度を演算する。このように最大速度の車輪速度に基づき車両速度を算出する理由は、最大速度の車輪速度に基づき演算される車両速度の方が、他の車輪速度に基づき演算される車両速度に比べて、現実の車両速度に近くなるからである。
【0012】
一方、アンチロック制御装置が制御中でない場合において駆動輪がホイールスピーンするような状況では、駆動輪の車輪速度が非常に高い値として検出される。このような駆動輪の車輪速度から車両速度を推定すると、明らかに現実の車両速度よりも過大な値となってしまう。そこで、アンチロック制御装置が制御中でなければ、ホイールスピーンする可能性がある駆動輪の各車輪速度を除き、ホイールスピーンする可能性が少ない従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度を演算する。
【0013】
上述のようにして得られる車両速度は、各車輪の車輪速度に基づき算出されるので、アンチロック制御装置が制御中であっても急変しない。このため、上記車両速度を微分することにより前後加速度を演算しても、当該前後加速度にアンチロック制御装置の制御に起因するノイズの影響が反映されることはない。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度)を正確に演算することができる。
請求項2の発明では、今回取得された車輪速度から前回演算された車輪速度を減算して演算される車輪速度差が、第1速度差よりも加速側である場合には前回演算された車輪速度に第1速度差を加算したものを規制後車輪速度と設定し、上記車輪速度差が第2速度差よりも減速側である場合には前回演算された車輪速度に第2速度差を加算したものを規制後車輪速度と設定し、上記車輪速度差が第1速度差と同一であるか第2速度差と同一であるかまたは第1速度差よりも減速側かつ第2速度差よりも加速側である場合には今回取得された車輪速度を規制後車輪速度と設定し、当該規制後車輪速度に基づき前記車両速度を演算する。
このため、上記車輪速度差が第1速度差よりも加速側になるような車輪速度のデータを排除するとともに、上記車輪速度差が第2速度差よりも減速側になるような車輪速度のデータを排除することにより、現実の車両の速度変化ではあり得ない車輪速度のデータを排除することができる。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度)を正確に演算することができる。
【0014】
請求項3の発明では、アンチロック制御装置が制御中である場合、このアンチロック制御装置が制御中でない場合に除去される周波数成分よりも低い周波数成分をも、加速度(前後加速度)からフィルタ手段により除去する。
【0015】
アンチロック制御装置が制御中である場合では、車両は確実に制動中であるから、アンチロック制御装置が制御中でない場合と比較して、実際の車両の前後加速度の変動する幅が小さくなる。
【0016】
このため、アンチロック制御装置が制御中であれば、アンチロック制御装置が制御中でない場合より低い周波数成分をも前後加速度から除去することにより、高周波成分に起因するノイズをより抑制した前後加速度を算出することができる。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度)を正確に演算することができる。
【0017】
請求項4の発明では、請求項1〜3のいずれか一項に記載の加速度演算装置によって演算される車両の加速度(前後加速度)に基づき、アシストモータを駆動制御して操舵輪の舵角を制御する。これにより、前後加速度にアンチロック制御装置の制御に起因するノイズの影響が反映されることはない等の、請求項1〜3の各発明による作用・効果を享受した電気式動力舵取装置を実現することができる。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度)を正確に演算し得る電気式動力舵取装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について図を参照して説明する。本実施形態では、本発明の加速度演算装置を、車両に搭載される電気式動力舵取装置(EPS:Electric Power Steering System)に適用した例を説明する。まず、本実施形態に係る電気式動力舵取装置20の構成を図1に基づいて説明する。
【0019】
図1に示すように、当該電気式動力舵取装置20は、ステアリングホイール21、ステアリング軸22、ピニオン軸23、EPSアクチュエータ24、ロッド25、トルクセンサ26、EPSの電子制御装置(ECU:Electronic Control Unit)30、車内ネットワーク(CAN:Controller Area Network)50、アンチロック制御装置(ABS)60、車輪速度センサFRs,FLs、RRs、RLs、ブレーキペダルBP、ブレーキペダルセンサBSなどから構成されている。また、ブレーキペダルセンサBSおよび各車輪速度センサFRs,FLs,RRs,RLsはそれぞれABS60に接続され、EPS−ECU30およびABS60は、CAN50を介して互いに接続されている(図1参照)。
【0020】
図1に示すように、ステアリングホイール21には、ステアリング軸22の一端側が接続されており、このステアリング軸22の他端側にはトルクセンサ26の入力側が接続されている。またこのトルクセンサ26の出力側には、ピニオン軸23の一端側が接続されている。
【0021】
トルクセンサ26は、図略のトーションバーとこのトーションバーを挟むようにトーションバーの両端に取り付けられた2つのレゾルバとからなり、トーションバーの一端側を入力、他端側を出力とする入出力間で生じるトーションバーの捻れ量等を当該2つのレゾルバにより検出することで、ステアリングホイール21による操舵トルクτや操舵角θsを検出する。そして、トルクセンサ26は、これら操舵トルクτや操舵角θsに対応した検出信号を生成してEPS−ECU30へ出力する。
【0022】
ピニオン軸23の他端側にはEPSアクチュエータ24の入力側が接続されており、このEPSアクチュエータ24は、ピニオン軸23から入力された回転運動を当該ラック・ピニオンギヤなどによってロッド25の軸方向運動に変換して出力すると共に、EPS−ECU30によって制御されるアシストモータ(図示略)により操舵状態に応じたアシスト力を発生させる。そして、このロッド25の軸方向運動により操舵輪である右前輪FRおよび左前輪FLの操舵角が可変して、車両の進行方向が変更されるようになっている。
【0023】
ロッド25の右端部には右前輪FRが取り付けられ、ロッド25の左端部には左前輪FLが取り付けられている。また、後輪用軸25aの右端部には右後輪RRが取り付けられ、後輪用軸25aの左端部には左後輪RLが取り付けられている。なお、本実施形態における車両は前輪駆動であり、以下、右前輪FRおよび左前輪FLを駆動輪又は操舵輪ともいい、右後輪RRおよび左後輪RLを従動輪ともいう。
【0024】
車輪速度センサFRsは右前輪FRの原車輪速度(回転速度)Vfrを検出し、車輪速度センサFLsは左前輪FLの原車輪速度Vflを検出し、車輪速度センサRRsは右後輪RRの原車輪速度Vrrを検出し、車輪速度センサRLsは左後輪RLの原車輪速度Vrlを検出する。そして、各車輪速度センサFRs,FLs,RRs,RLsはそれぞれ、各原車輪速度Vfr、Vfl、Vrr、Vrlに対応した検出信号を生成してABS60へ出力する。
【0025】
ブレーキペダルセンサBSは、運転者がブレーキペダルBPを踏み込むと、そのブレーキペダルBPの踏み込み量を検出し、その踏み込み量に対応した検出信号(ブレーキ信号Sbk)を生成してABS60へ出力する。
【0026】
ABS60は、各車輪速度センサFRs,FLs,RRs,RLsの検出信号およびABS信号SabsをCAN50に出力する。また、ABS60は、各車輪FR、RR、FL、RL毎にロックを判定し、その判定結果に基づいて各車輪にそれぞれ設けられているブレーキ装置(図示略)を駆動制御するための駆動信号を生成し、その駆動信号を各ブレーキ装置へ出力する。このようにして、各ブレーキ装置の制動力が独立して適宜調整され、各車輪のロックによる横滑り等を防止し、安定した制動力を得ることが可能となる。
【0027】
図1に示すように、EPS−ECU30は、マイクロコンピュータ(以下「マイコン」と略称する)32を備えており、このマイコン32には、中央演算処理装置(CPU)32a、読み取り専用の記憶装置(ROM)32b、読み書き可能な記憶装置(RAM)32c、入出力装置(I/O)32dなどが内蔵されてコンピュータシステムが構成されている。I/O32dには、トルクセンサ26が直接接続されていると共に、CAN50を介してABS60などが接続されている。
【0028】
このEPS−ECU30は、車両速度Vspd(後述する)および操舵トルクτに応じたアシスト力、具体的には、車両速度Vspdが小さいほど、および操舵トルクτ(の絶対値)が大きいほど、大きなアシスト力を発生させるべく、EPSアクチュエータ24の作動を制御する。なお、EPS−ECU30は、車輪速度センサFRs、FLs、RRs、RLsの検出信号及びABS信号Sabsに基づき加速度演算装置を構成する。
【0029】
(制動時姿勢安定化制御)
さて、車両制動時、特に急制動時や走行路が下り勾配の低μ路である場合等には、操舵角が一定、例えば直進制動であるにも関わらず、重量バランス、或いは制動力バランスの偏り等によって、その車両姿勢が車両直進方向に対し偏向してしまう場合がある。そして、このような場合、その操舵輪には、同操舵輪を当該車両偏向方向と反対方向に転蛇させるようなセルフアライニングトルク(SAT)が作用する。
【0030】
つまり、例えば、図5に示すように、車両Bが矢印β方向(車両偏向方向)に偏向した場合、その操舵輪である右前輪FRおよび左前輪FLには当該両前輪FR、FLを矢印α方向(車両直進方向)に転蛇させる、即ち車両方向を安定させる方向にセルフアライニングトルクが作用する。
【0031】
しかしながら、その際、運転者が操舵角を維持することによりセルフアライニングトルクに基づき発生するステアリングホイール21の回転を押さえ込んだ場合、トルクセンサ26には、これにより生じるトーションバーの捻じれに基づき車両偏向方向(矢印β方向)の操舵トルクが検出されることになる。
【0032】
このため、運転者が上述のように操舵角を維持した場合、トルクセンサ26の検出する操舵トルクに基づきEPSアクチュエータ24が作動することによって、車両安定方向(矢印α方向)に作用するセルフアライニングトルクをあえて打ち消す方向にアシスト力が付与されることになり、その結果、当該車両偏向方向(矢印β方向)に車両が流れてしまうという問題がある。
【0033】
この点を踏まえ、本実施形態では、EPS−ECU30は、制動時において、急制動であるか否か、および、車両姿勢に偏向が生じているか否かを判断する。そして、急制動であると判定し、かつ、車両姿勢に偏向が生じていると判定した場合には、操舵系に付与すアシスト力を低減すべく、EPSアクチュエータ24の作動を制御する(制動時姿勢安定化制御)。
【0034】
続いて、このように構成された電気式動力舵取装置20のEPS−ECU30における制動時姿勢安定化制御の処理を図2〜図4に示すフローチャートに基づいて説明する。
【0035】
図2に示すように、まず、ステップS101では、各状態量取得処理がなされる。この処理では、制動時姿勢安定化制御に用いる各状態量、具体的には、操舵角θs、操舵トルクτおよび各車輪の原車輪速度Vfr、Vfl、Vrr、Vrlに加え、ABS制御の有無を示すABS信号Sabsが取得される。なお、ステップS101における処理は、特許請求の範囲に記載の「車輪速度取得手段」に相当するものである。
【0036】
次に、図3および図4に示す前後加速度演算処理ルーチンS200により以下のようにして前後加速度Gsが演算される。まず、図3のステップS201では、各原車輪速度に対して車輪速度差算出処理がなされる。この処理では、ステップS101で取得された原車輪速度Vfr、Vfl、Vrr、Vrlから前回演算した各規制後車輪速度(V1fr、V1fl、V1rr、V1rl)を減算してそれぞれ車輪速度差ΔVを演算する。以下、前回演算した規制後車輪速度をV1(n−1)ともいい、今回演算した原車輪速度をV(n)ともいう。なお、ステップS201における処理は、特許請求の範囲に記載の「車輪速度差演算手段」に相当するものである。
【0037】
次に、ステップS202では、車輪速度差ΔVが第1速度差ΔVよりも大きいか否かについて判定される。ここで、車輪速度差ΔVが第1速度差ΔVよりも大きいと判定される場合、すなわち、車輪速度差ΔVが第1速度差ΔVよりも加速側であると判定される場合には(S202でYES)、ステップS203に移行して、下記式(1)に示すように、前回演算した規制後車輪速度V1(n−1)に第1速度差ΔVを加算した車輪速度を、規制後車輪速度V1(n)と設定する。
V1(n)=V1(n−1)+ΔV ・・・(1)
【0038】
一方、車輪速度差ΔVが第1速度差ΔVよりも大きいと判定されない場合には(S202でNO)、ステップS204に移行して、車輪速度差ΔVが第2速度差ΔVよりも小さいか否かについて判定される。ここで、車輪速度差ΔVが第2速度差ΔVよりも小さいと判定される場合、すなわち、車輪速度差ΔVが第2速度差ΔVよりも減速側であると判定される場合には(S204でYES)、ステップS205に移行して、下記式(2)に示すように、前回演算した規制後車輪速度V1(n−1)に第2速度差ΔVを加算した車輪速度を、規制後車輪速度V1(n)と設定する。
V1(n)=V1(n−1)+ΔV ・・・(2)
【0039】
一方、車輪速度差ΔVが第2速度差ΔVよりも小さいと判定されない場合には(S204でNO)、ステップS206に移行して、下記式(3)に示すように、今回演算した原車輪速度V(n)を、そのまま規制後車輪速度V1(n)と設定する。
V1(n)=V(n) ・・・(3)
これにより、現実の車両の速度変化ではあり得ない車輪速度のデータを排除する。なお、本実施形態では、例えば、第1速度差ΔVは、加速側加速度0.6Gに相当する速度差に設定されており、第2速度差ΔVは、減速側加速度−1.2Gに相当する速度差に設定されている。また、ステップS203、S205、S206における処理は、特許請求の範囲に記載の「規制後車輪速度設定手段」に相当するものである。
【0040】
続く図4のステップS210では、ABS制御中であるか否かについて判定される。ここで、ABS信号Sabsにより(=1)ABS制御中であると判定される場合には(S210でYES)、ステップS211に移行して、全車輪の規制後車輪速度V1fr、V1fl、V1rr、V1rlのうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdが算出される。
【0041】
一方、ABS信号Sabsにより(=0)ABS制御中でないと判定される場合には(S210でNO)、ステップS212に移行して、従動輪の規制後車輪速度V1rr、V1rlのうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdが算出される。なお、ステップS210および後述するステップS215における判定処理は、特許請求の範囲に記載の「判定手段」に相当するものである。また、ステップS211またはステップS212のどちらか一方における算出処理は、特許請求の範囲に記載の「車両速度演算手段」に相当するものである。
【0042】
ステップS211またはステップS212にて車両速度Vspdが算出されると、続くステップS213では、カットオフ周波数fc1よりも高い周波数成分が車両速度Vspdから除去される。
【0043】
続くステップS214では、加速度演算処理がなされる。この処理では、ステップS213にて高周波成分を除去した車両速度Vspdを微分することにより車両の前後方向の加速度である前後加速度Gsが演算される。
【0044】
次に、ステップS215では、ABS制御中であるか否かについて判定される。ここで、ABS信号SabsによりABS制御中と判定される場合には(S215でYES)、ステップS216に移行して、カットオフ周波数fc2よりも高い周波数成分が、ステップS214にて得られた前後加速度Gsから除去される。
【0045】
一方、ABS信号SabsによりABS制御中でないと判定される場合には(S215でNO)、ステップS217に移行して、カットオフ周波数fc3よりも高い周波数成分が、ステップS214にて得られた前後加速度Gsから除去される。なお、ステップS216またはステップS217のどちらか一方における処理は、特許請求の範囲に記載の「フィルタ手段」に相当するものである。
【0046】
本実施形態では、ABS制御中であれば、ABS制御中でない場合よりも低い周波数成分をも前後加速度Gsから除去するように、すなわち、より広範囲の高周波成分を前後加速度Gsから除去するように、カットオフ周波数fc2を、カットオフ周波数fc3よりも小さな値に設定する。具体的には、例えば、カットオフ周波数fc2は1Hzに設定され、カットオフ周波数fc3は3Hzに設定される。
【0047】
以上のようにしてステップS216またはステップS217のどちらか一方の処理が終了すると、前後加速度演算処理ルーチンS200の処理を終了して、図2のステップS102の処理に移行する。
【0048】
ここで、本発明を適用して演算される前後加速度Gsおよび実際の加速度の、ABS制御前後における時間経過を図6を用いて説明する。なお、図6において実線で示すGsは、本発明を適用して演算される前後加速度Gsを示すものであり、破線で示すGは、加速度センサを用いた場合に得られる実際の前後加速度を示すものである。また、太破線で示すABSは、ABS制御中であるか否かを示すものであり、フラグが1である場合にはABS制御中であることを示し、フラグが0である場合にはABS制御中でないことを示す。
【0049】
図6から判るように、本発明を適用して演算される前後加速度Gsは、上述した従来の前後加速度G(図8参照)よりも、加速度センサを用いた場合に得られる実際の前後加速度Gに近似している。すなわち、本発明を適用することにより、加速度センサを用いることなく前後加速度Gsを正確に演算することができる。
【0050】
以上のようにして前後加速度演算処理ルーチンS200により前後加速度Gsが演算されると、続く図2のステップS102では、急制動中であるか否かについて判定される。ここで、演算した前後加速度Gsが所定減速度G(Gは例えば−0.6G)よりも小さい場合、急制動中であると判定し(S102でYES)、ステップS103に移行して、操舵角θsの絶対値が所定の閾値θより小さいか否かについて判定される。
【0051】
ここで、操舵角θsの絶対値が所定の閾値θより小さい場合、換言するとステアリング中立近傍の所定角度範囲内にあり、即ち略直進状態からの急制動であると判定される場合には(S103でYES)、ステップS104に移行して、車両姿勢に偏向が生じているか否かについて判定される。
【0052】
ここで、操舵角θsおよび車両速度Vspdに基づいて、車両姿勢に偏向が生じていると判定される場合には(S104でYES)、EPSアクチュエータ24の発生するアシスト力を低減させる制御を実行する(ステップS105)。
【0053】
なお、上記ステップS102〜ステップS104の各判定条件を満たさない場合、即ち急制動中ではない(S102でNO)、操舵角θsの絶対値が所定の閾値θ以上である(S103でNO)、又は車両姿勢に偏向は生じていない(S104でNO)と判定された場合には、EPS−ECU30は、ステップS105のアシスト力低減処理を実行しない。そして、通常制御、即ち操舵トルクτおよび車両速度Vspdに応じたアシスト力を発生させるべく、EPSアクチュエータ24の作動を制御する(ステップS106)。
【0054】
このように本実施形態に係る電気式動力舵取装置20では、EPS−ECU30によって、車両の前後加速度Gs、車両速度Vspdおよび操舵角θs等に基づき、急制動であるか否か、直進制動であるか否か、および、車両姿勢に偏向が生じているか否かを判定する。そして、直進急制動であると判定し、かつ、車両姿勢に偏向が生じていると判定した場合には、操舵系に付与するアシスト力を低減すべく、EPSアクチュエータ24の作動を制御する。上記構成によれば、車両偏向時、車両安定方向に作用するセルフアライニングトルクを有効に活用することができる。その結果、簡素な構成にて、より安定的な車両姿勢を維持した状態での制動が可能になる。
【0055】
また、図4に示すように、本実施形態に係る電気式動力舵取装置20では、EPS−ECU30およびCAN50経由で受信した車輪速度センサFRs,FLs,RRs,RLsの信号、ABS信号Sabsによって、ABS制御中であると判定された場合、全ての車輪FR、FL、RR、RLの各車輪速度(規制後車輪速度V1fr、V1fl、V1rr、V1rl)のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを演算し、ABSが制御中でないと判定された場合、従動輪RR、RLの各車輪速度(規制後車輪速度V1rr、V1rl)のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを演算する。そして、EPS−ECU30は、このように演算される車両速度Vspdに基づき車両の前後加速度Gsを演算する。
【0056】
上記構成によれば、ABS制御中であれば、駆動輪FR、FLがホイールスピーンするようなことはなく、また、全ての車輪FR、FL、RR、RLが同時にロックすることもないので、全ての車輪FR、FL、RR、RLの各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを演算する。このように最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを算出する理由は、最大速度の車輪速度に基づき演算される車両速度の方が、他の車輪速度に基づき演算される車両速度に比べて、現実の車両速度に近くなるからである。
【0057】
一方、ABS制御中でない場合において駆動輪FR、FLがホイールスピーンするような状況では、駆動輪FR、FLの車輪速度が非常に高い値として検出される。このような駆動輪FR、FLの車輪速度から車両速度Vspdを推定すると、明らかに現実の車両速度よりも過大な値となってしまう。そこで、ABS制御中でなければ、ホイールスピーンする可能性がある駆動輪FR、FLの各車輪速度を除き、ホイールスピーンする可能性が少ない従動輪RR、RLの各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを演算する。
【0058】
上述のようして得られる車両速度Vspdは、各車輪の車輪速度に基づき算出されるので、ABS制御中であっても急変しない。このため、上記車両速度Vspdを微分することにより前後加速度Gsを演算しても、当該前後加速度GsにABS制御に起因するノイズの影響が反映されることはない。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度Gs)を正確に演算することができる。
また、図3に示すように、本実施形態に係る電気式動力舵取装置20では、今回取得された原車輪速度V(n)から前回演算された規制後車輪速度V1(n−1)を減算して演算される車輪速度差ΔVが、第1速度差ΔVよりも加速側である場合には前回演算された規制後車輪速度V1(n−1)に第1速度差ΔVを加算した車輪速度を、規制後車輪速度V1(n)と設定する。また、車輪速度差ΔVが第2速度差ΔVよりも減速側である場合には前回演算された規制後車輪速度V1(n−1)に第2速度差ΔVを加算した車輪速度を、規制後車輪速度V1(n)と設定する。また、車輪速度差ΔVが第1速度差ΔVよりも加速側でなく第2速度差ΔVよりも減速側でない場合、すなわち、車輪速度差ΔVが第1速度差ΔVと同一であるか第2速度差ΔVと同一であるかまたは第1速度差ΔVよりも減速側かつ第2速度差ΔVよりも加速側である場合には今回取得された原車輪速度V(n)を、そのまま規制後車輪速度V1(n)と設定する。そして、上述のように設定された規制後車輪速度V1(n)に基づき車両速度Vspdを演算する。
このため、車輪速度差ΔVが第1速度差ΔVよりも加速側になるような車輪速度のデータを排除するとともに、車輪速度差ΔVが第2速度差ΔVよりも減速側になるような車輪速度のデータを排除することにより、現実の車両の速度変化ではあり得ない車輪速度のデータを排除することができる。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度Gs)を正確に演算することができる。
【0059】
また、図4に示すように、本実施形態に係る電気式動力舵取装置20では、EPS−ECU30およびCAN50経由で受信した車輪速度センサFRs,FLs,RRs,RLsの信号、ABS信号Sabsによって、ABS制御中である場合、ABS制御中でない場合に除去される周波数成分(カットオフ周波数fc3)よりも低い周波数成分(カットオフ周波数fc2)をも前後加速度Gsから除去する。
【0060】
ABS制御中では、車両は確実に制動中であるから、ABS制御中でない場合と比較して、実際の車両の前後加速度の変動する幅が小さくなる。このため、本実施形態では、ABS制御中であれば、ABS制御中でない場合より低い周波数成分(カットオフ周波数fc2)をも前後加速度Gsから除去することにより、高周波成分に起因するノイズをより抑制した前後加速度を算出することができる。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度Gs)を正確に演算することができる。
【0061】
さらに、本実施形態に係る電気式動力舵取装置20では、EPS−ECU30およびCAN50経由で受信した車輪速度センサFRs,FLs,RRs,RLsの信号、ABS信号Sabsによって演算される前後加速度Gsに基づき、アシストモータを駆動制御して操舵輪FR、FLの舵角を制御することから、前後加速度GsにABS制御に起因するノイズの影響が反映されることはない等の、請求項1〜3の各発明による作用・効果を享受した電気式動力舵取装置を実現することができる。したがって、加速度センサを用いることなく車両の前後方向の加速度(前後加速度Gs)を正確に演算し得る電気式動力舵取装置を提供することができる。
【0062】
なお、本発明に係る電気式動力舵取装置20は、前輪駆動の車両に適用することに限らず、後輪駆動の車両に適用してもよい。この場合、右後輪RRおよび左後輪RLが駆動輪となり、右前輪FRおよび左前輪FLが従動輪となるので、図4のステップS212の処理において、右後輪RRおよび左後輪RLの規制後車輪速度V1rr、V1rlのうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを算出することに代えて、右前輪FRおよび左前輪FLの規制後車輪速度V1rr、V1rlのうちの最大速度の車輪速度に基づき車両速度Vspdを算出する。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の実施形態に係る電気式動力舵取装置の構成を示す構成図である。
【図2】図1に示すEPS−ECUにより実行される制動時姿勢安定化制御の処理を示すフローチャートである。
【図3】図2中の前後加速度演算処理のサブルーチンの一部を示すフローチャートである。
【図4】図2中の前後加速度演算処理のサブルーチンの一部を示すフローチャートである。
【図5】制動時における車両姿勢の偏向とセルフアライニングトルクとの関係を示す説明図である。
【図6】本発明を適用して得られる前後加速度および実際の加速度の、ABS制御前後における時間経過を示す図である。
【図7】従来の車両速度の、ABS制御前後における時間経過を示す図である。
【図8】図7の車両速度を微分して得られる前後加速度および実際の加速度の、ABS制御前後における時間経過を示す図である。
【符号の説明】
【0064】
20…電気式動力舵取装置
21…ステアリングホイール
22…ステアリング軸
23…ピニオン軸
24…EPSアクチュエータ
25…ロッド
26…トルクセンサ
30…EPS−ECU
60…ABS(アンチロック制御装置)
fc1、fc2、fc3…カットオフ周波数
FL…左前輪
FLs…車輪速度センサ
FR…右前輪
FRs…車輪速度センサ
Gs、G、G…前後加速度
RL…左後輪
RLs…車輪速度センサ
RR…右後輪
RRs…車輪速度センサ
Sabs…ABS信号
Vfl、Vfr、Vrl、Vrr…原車輪速度
V1fl、V1fr、V1rl、V1rr…規制後車輪速度
Vspd…車両速度
ΔV…車輪速度差
ΔV…第1速度差
ΔV…第2速度差
τ…操舵トルク
θs…操舵角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速度センサに代えて、アンチロック制御装置を有する車両の車両速度に基づき当該車両の前後方向の加速度を演算する加速度演算装置であって、
前記車両の複数の駆動輪および複数の従動輪における各車輪速度をそれぞれ取得する車輪速度取得手段と、
前記アンチロック制御装置が制御中であるか否かまたは制御中でないか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段により、前記アンチロック制御装置が制御中であると判定された場合、前記複数の駆動輪および前記複数の従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき前記車両速度を演算し、前記アンチロック制御装置が制御中でないと判定された場合、前記複数の従動輪の各車輪速度のうちの最大速度の車輪速度に基づき前記車両速度を演算する車両速度演算手段と、
を備えることを特徴とする加速度演算装置。
【請求項2】
前記車輪速度取得手段により今回取得された車輪速度から前回演算された車輪速度を減算して車輪速度差を演算する車輪速度差演算手段と、
前記車輪速度差が第1速度差よりも加速側である場合には前記前回演算された車輪速度に前記第1速度差を加算したものを規制後車輪速度と設定し、前記車輪速度差が第2速度差よりも減速側である場合には前記前回演算された車輪速度に前記第2速度差を加算したものを規制後車輪速度と設定し、前記車輪速度差が前記第1速度差と同一であるか前記第2速度差と同一であるかまたは前記第1速度差よりも減速側かつ前記第2速度差よりも加速側である場合には前記今回取得された車輪速度を規制後車輪速度と設定する規制後車輪速度設定手段とを備え、
前記車両速度演算手段は、前記車輪速度に代えて前記規制後車輪速度に基づき前記車両速度を演算することを特徴とする請求項1記載の加速度演算装置。
【請求項3】
前記アンチロック制御装置が制御中である場合、このアンチロック制御装置が制御中でない場合に除去される周波数成分よりも低い周波数成分をも、前記加速度から除去するフィルタ手段を備えることを特徴とする請求項1または請求項2記載の加速度演算装置。
【請求項4】
ステアリングホイールによる操舵状態に基づいてアシストモータを駆動制御し、当該アシストモータの駆動力によりまたは当該駆動力を補って操舵輪の舵角を制御する電気式動力舵取装置において、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の加速度演算装置によって演算される前記加速度に基づき前記アシストモータを制御することを特徴とする電気式動力舵取装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−155869(P2008−155869A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−349681(P2006−349681)
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】