説明

反応性スパッタリング装置及び反応性スパッタリング方法

【課題】 可視及び紫外域で吸収のないMgF,LaF,YF,AlF等のフッ化物薄膜や、Al,SiO,Ta,TiO等の酸化物をスパッタリングにより、高速に安定して形成することを目的とする。
【解決手段】 一端が開口した、コンダクタンスが制御された可動ターゲットユニット内部にAr,Xe,Kr等の不活性ガス供給孔を設け、該ターゲットと基板間に少なくともフッ素もしくは酸素を含む反応性ガスを供給可能な反応性スパッタリング装置において、
該反応性ガスが基板方向に噴出する構成とする。噴出する位置はターゲット−基板に挟まれる空間であって基板表面の反応性ガス濃度をより高く維持できるようにする。
また、ターゲットが移動する際にはガス噴出し口もともに移動もしくは噴出し位置が可変できる構成とする。これによって基板表面の反応性ガス濃度を効率よく一定に保つことができ、高品質な光学薄膜を形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反応性スパッタリング方法に係り、より詳細には、例えば可視及び紫外域用の光学部品に使用される反射防止膜、誘電体多層ミラー等の光学薄膜の形成に好適な反応性スパッタリング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、反射防止膜やミラーなどの光学薄膜を形成する場合、成膜材料を真空中で電子ビームなどで加熱し蒸発させて基板に付着させる真空蒸着法が主に使われてきた。
【0003】
一般に、反射防止膜、ミラー等は、フッ化マグネシウム(MgF)などの屈折率の低い材料と、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化タンタル(Ta)、酸化チタン(TiO)などの屈折率の高い材料のいずれか一方、あるいはこれらを組み合わせた多層膜などによって構成され、要求される光学性能によって、層構成、膜厚等を様々に調整している。
【0004】
蒸着法は装置構成としてはシンプルで、大面積基板上に高速に成膜でき、生産性に優れた成膜方法であるが、膜厚の高精度制御、自動生産機開発が困難で、さらには基板温度が低い状況で成膜を行うと膜の強度が不足し、傷が付きやすく、また、膜と基板の密着性も低いなどの問題を生じていた。
【0005】
しかし近年になり、より生産の効率化が求められてきていることから、これらの光学薄膜においても、真空蒸着法に比較して工程の省力化・品質の安定化、膜質(密着性、膜強度)などの面で有利なスパッタリング法によるコーティングの要求が高まってきた。
【0006】
スパッタリング法は、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化タンタル(Ta)、酸化チタン(TiO)、酸化アルミニウム(Al)等の酸化物誘電体薄膜の形成においては、低吸収、高屈折率薄膜が容易に形成できる。しかし酸化物薄膜の形成においてはスパッタリングレートが非常に遅いという欠点を有していた。スパッタリングレートをあげるために酸素分圧を抑え、印加電力を大きくすると金属状の吸収の大きい膜となってしまい安定して高速で低吸収な薄膜を得ることが非常に困難な状況にあった。
【0007】
また、1.45以下という低い屈折率を持ち、多層光学薄膜の光学性能を大きく左右する重要な薄膜材料であり、さらには可視から紫外域にかけて低吸収な材料であるMgF、AlFをはじめとした金属フッ化物の低吸収薄膜が容易に形成できない問題点を有していた。
【0008】
これらの薄膜をスパッタリング法によって形成する方法として、例えば特許文献1に示すようなものが知られている。すなわち、スパッタガスをターゲット近傍に、また、反応性ガスを基板近傍にともに均一に導入して反応性スパッタリングを行う方法である。
【0009】
また、特許文献2に示すように、金属ターゲットにあけられた小穴からスパッタガスを導入し、反応性ガスをリング状配管で導入して反応性スパッタリングを行う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平5−243155号公報
【特許文献2】特開平5−320891号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
最も一般的な光学薄膜材料として用いられるAl薄膜をスパッタリングにより形成する場合、ターゲット材料として金属Alを用い、反応性ガスとしてO等のガスを導入して、反応性スパッタリングによって薄膜を形成する。
【0012】
特許文献1では、ガスをターゲットや基板の周辺から均一に導入することで、反応性を均一化する手法がとられている。
【0013】
また、特許文献2では、スパッタガスを導入穴が設けられたターゲットから均一に導入し、反応性を均一にする手法がとられていた。
【0014】
しかしながら、上記の手法では反応性ガスがターゲット表面で反応してしまうため、DCスパッタリングが安定して行なうことができない。また、スパッタリング速度が遅くなるなどの問題が生じてしまう。さらに、ターゲット表面状態を安定化することが難しく、スパッタリング速度を安定化することも困難であった。
【0015】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、例えば可視から紫外域にかけて透明で、吸収のない金属フッ化物及び金属酸化物薄膜などをも高速化かつ安定して形成することが可能な反応性スパッタリング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の反応性スパッタリング装置は、
少なくとも一端に開口を有する中空ターゲットと、
前記中空ターゲットに不活性ガスを供給するための供給孔と、
反応性ガス導入機構の有するガス噴出し口と、
被処理基板を保持する基板保持機構と、
を真空容器内に備えた反応性スパッタリング装置であって、
前記ガス噴出し口は、前記中空ターゲットと前記基板保持機構に保持される被処理基板とに挟まれる空間の内側で、前記被処理基板に前記反応性ガスが噴き出す向きに配されていることを特徴とする。
【0017】
本発明では、円筒形状のような中空状のターゲットの内部に供給孔を介してAr,Xe,Kr等の不活性ガスを導入するとともに、フッ素もしくは酸素を含むガス等の反応性ガスを基板表面に向けて吹き付ける。
【0018】
そのため、反応性ガスがターゲット表面で反応することが防止され、ターゲット表面に反応生成物が形成されることを防止できる。すなわち、ターゲット表面は絶えず金属状態が保持されるので大きなスパッタリング速度を安定して維持することが可能となる。また、基板表面での反応性ガス濃度を高くできることから、安定した反応を維持できる。特に、スパッタ粒子が多く飛来するターゲット中央部の反応性ガス分圧を高くできるので、十分な反応性が確保される。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明によれば、ターゲット表面近傍の反応性ガス分圧を低く抑えながらスパッタリングでき、ターゲット表面を常に金属状態に維持できる。この結果、スパッタリング速度が大きく、安定させることが可能となる。
【0020】
また、基板表面での反応性ガス濃度を高くできることから、安定した反応を維持できる。特に、スパッタ粒子が多く飛来するターゲット中央部の反応性ガス分圧を高くできるので、十分な反応性が確保される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】発明の第1の実施例による直流マグネトロンスパッタリング装置の断面図
【図2】本実施例によって得られたLaF3膜の分光特性
【図3】本発明の第2の実施例による直流マグネトロンスパッタリング装置の断面図
【図4】本発明の第3の実施例による直流マグネトロンスパッタリング装置の断面図
【発明を実施するための形態】
【0022】
(態様1)
少なくとも一端が開口し不活性ガスを内部に導入するための供給孔を有する円筒状のターゲットと、基板とを、装置内部に設け、
該供給孔を介して不活性ガスを該ターゲットの内部に導入するとともに、該基板表面に向けて反応性ガスを吹き付けながらスパッタリングを行うことを特徴とする。
【0023】
(態様2)
前記反応性ガスが逆拡散しないようにしてスパッタリングを行うことを特徴とする態様1記載の反応性スパッタリング方法。
反応性ガスの逆拡散を防止することにより反応性ガスとターゲットとの反応がほとんど生じないようになる。従って、より一層、大きなスパッタリング速度を安定して維持することが可能となる。また、基板表面での反応性ガス濃度をより高くできることから、より安定した反応を維持できる。
【0024】
(態様3)
該ターゲットの表面における反応性ガスの分圧を制御してスパッタリングを行うことを特徴とする態様1又は2記載の反応性スパッタリング方法。
ターゲット近傍における反応性ガスの分圧を他の部分より低く制御すると、より確実に層反応性ガスの逆拡散を少なくすることが可能となる。
【0025】
(態様4)
ターゲットの表面状態の観測しながら反応性ガスの分圧を制御することを特徴とする態様3記載の反応性スパッタリング方法。
例えば、ターゲットの表面の発光を分光測定し、ターゲット金属の発光色のレベルを維持するように反応性ガスの分圧を制御すれば、より確実に、安定した高速スパッタリング状態が得られる。
【0026】
(態様5)
ターゲット−基板間のコンダクタンスを5m/s以下とすることを特徴とする態様1乃至4のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法。
ターゲット−基板間のコンダクタンスを制御することにより、反応性ガスの逆拡散を効果的に抑制することが可能となる。特に、5m/sを境として、それ以下にすると反応性ガスの逆拡散は急激に減少する。
コンダクタンスを制御する方法は、ターゲットと基板との間の特にターゲット側に開口部の面積を調整できる板を入れて行えばよい。カメラのシャッタ−のような数枚構成で開口部の面積が変えられるようなものが良い。
【0027】
(態様6)
前記反応性ガスを供給するための管の噴出口がターゲット−基板に挟まれる空間内に位置することを特徴とする態様1乃至5のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法。
これにより、基板表面における反応性ガスの濃度をより高く維持することが可能となる。その結果、より安定した反応の維持が可能となる。
【0028】
(態様7)
ターゲットを移動させながらスパッタリングを行うことを特徴とする態様1乃至6のいずれか1項記載の反応性スパッタリング装置。
また、ターゲットを移動させ、大面積に均一に成膜する際には、反応性ガスの導入位置をターゲット位置と連動して変えられるため、上記の高速・安定スパッタ条件を維持することができる。
【0029】
(態様8)
ターゲットの移動に伴って反応性ガスの噴出口もともに移動させ、ターゲットと反応性ガス導入口の相対位置を常に一定に保持しながらスパッタリングを行うことを特徴とする態様7記載の反応性スパッタリング方法。
ターゲットと反応性ガス導入口の相対位置が常に一定に保持されるため、反応性ガス噴出口が常にターゲット−基板に挟まれる空間内に位置する。そのため、該ターゲットの表面における反応性ガスの分圧の変動もなく、ターゲットの位置にかかわらず確実に反応性ガスの逆拡散を防止することができる。
【0030】
(態様9)
反応性ガスの供給を複数の噴出口を有する管を用い、ターゲットの移動に伴って反応性ガス噴出し口を切り替えることで、するように制御しながらスパッタリングを行うことを特徴とする態様7記載の反応性スパッタリング方法。
反応性ガス噴出口が常にターゲット−基板に挟まれる空間内に位置する。そのため、該ターゲットの表面における反応性ガスの分圧の変動もなく、ターゲットの位置にかかわらず確実に反応性ガスの逆拡散を防止することができる。
【0031】
(態様10)
前記反応性ガスが、フッ素を含むガスであることを特徴とする態様1乃至9のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法。
反応性ガスの中でもフッ素を含む反応性ガスの場合には、窒素ガスの場合とは異なり、ターゲットとの反応が強いため本発明の効果はより顕著に現れる。
【0032】
(態様11)
前記フッ素を含むガスはF,NF,CFのいずれか1種以上であることを特徴とする態様10記載の反応性スパッタリング方法。
【0033】
(態様12)
前記反応性ガスが、酸素を含むガスであることを特徴とする態様1乃至10のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法。
本発明は、フッ素や酸素等の高反応性ガスの反応性スパッタリングにおいて、特に顕著な効果として現れる。
すなわち、酸素もターゲットとの反応を起こしやすく、本発明の効果が顕著に現れる。
【0034】
(態様13)
前記酸素を含むガスがO,HOのいずれか1種以上であることを特徴とする態様12記載の反応性スパッタリング方法。
【0035】
(態様14)
反応性ガスの噴出口のコンダクタンスが1×10−4/s以下であることを特徴とする態様1乃至13のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法。
反応性ガスの噴出口のコンダクタンスを1×10−4/s以下にすることによりターゲット側に反応性ガスが入りにくくなる。
【0036】
(態様15)
反応性ガス噴き出し速度が50m/s以上である事を特徴とする態様1乃至14のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法。
反応性ガス噴き出し速度を50m/s以上にすることにより、基板近傍の反応性ガスの分圧を高くし、基板表面での反応を促進することができる。
【0037】
(態様16)
態様1乃至15のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法により成膜したことを特徴とする膜。
安定したスパッタリングにより成膜がおこなわれるため、特性の安定した膜が得られる。
【0038】
(態様17)
前記膜はフッ化化合物乃至酸化物よりなる膜であることを特徴とする態様16記載の膜。
例えば、MgF,LaF,YF,AlF等のフッ化物薄膜や、Al,SiOTa,TiOである。
【0039】
(態様18)
前記膜は光学薄膜であることを特徴とする態様17記載の膜。
膜として光学薄膜を成膜した場合、可視領域から紫外領域にかけて透明で吸収のない光学薄膜となる。
【0040】
(態様19)
前記光学薄膜は、反射防止膜又は誘電体多層ミラーであることを特徴とする態様17記載の膜。
【0041】
(態様20)
真空容器と、
少なくとも一端が開口し不活性ガスを内部に導入するための供給孔を有する円筒状のターゲットを該真空容器内において保持するための手段と、
基板を取りつけるための手段と、
該供給孔を介して不活性ガスを該ターゲットの内部に導入するための手段と、
該基板表面に向けて反応性ガスを吹き付けながら供給するための手段と、
を有することを特徴とする反応性スパッタリング装置。
【0042】
(態様21)
ターゲット−基板間のコンダクタンスが所定の値以下となるように制御されていることを特徴とする態様20記載の反応性スパッタリング装置。
【0043】
(態様22)
ターゲット−基板間のコンダクタンスが5m/s以下であることを特徴とする態様21記載の反応性スパッタリング装置。
【0044】
(態様23)
前記反応性ガスの噴出口がターゲット−基板に挟まれる空間内に位置することを特徴とする態様20乃至22のいずれか1項記載の反応性スパッタリング方法。
【0045】
(態様24)
ターゲットを移動可能としたことを特徴とする態様20乃至23のいずれか1項記載の反応性スパッタリング装置。
【0046】
(態様25)
ターゲットの移動に伴って反応性ガス噴出口もともに移動可能とし、ターゲットと反応性ガス導入口の相対位置を常に一定に保持できるようにしたことを特徴とする態様24記載の反応性スパッタリング装置。
【0047】
(態様26)
反応性ガスの供給を複数の噴出口を有する管を用い、ターゲットの移動に伴って反応性ガス噴出し口を切り替え可能としたことを特徴とする態様24記載の反応性スパッタリング装置。
【0048】
(態様27)
前記反応性ガスが、フッ素を含むガスであることを特徴とする態様20乃至26のいずれか1項記載の反応性スパッタリング装置。
【0049】
(態様28)
前記フッ素を含むガスはF,NF,CFのいずれか1種以上であることを特徴とする態様27記載の反応性スパッタリング装置。
【0050】
(態様29)
前記反応性ガスが、酸素を含むガスであることを特徴とする態様20乃至28いずれか1項記載の反応性スパッタリング装置。
【0051】
(態様30)
前記酸素を含むガスがO,HOのいずれかい1種以上であることを特徴とする態様29記載の反応性スパッタリング装置。
【0052】
(態様31)
反応性ガスの噴出口のコンダクタンスが1×10−4/s以下であることを特徴とする請求項20乃至30のいずれか1項記載の反応性スパッタリング装置。
【0053】
(態様32)
反応性ガス噴き出し速度が50m/s以上である事を特徴とする態様20乃至31のいずれか1項記載の反応性スパッタリング装置。
【実施例1】
【0054】
本発明の第1の実施例に係るDCスパッタリング装置の図面を参照しつつ説明する。
【0055】
図1は、本発明の第1の実施例に係るDCマグネトロンスパッタリング装置の断面図である。図1に示すように、スパッタリング装置には、内部を略真空状態に維持する真空容器10、真空容器10を排気する真空ポンプ等からなる排気系180が設けられている。
【0056】
真空容器10内には、冷却手段200を設けたマグネトロンスパッタ電極20と、一端が開口し他端が該中空円錐形状電極20と絶縁材50、51を挟んで設置されたアノード電極70及びアース電極40を有すると共に、該中空部にプラズマ生成ガスを供給するスパッタガス供給装置150を設け、該中空形状電極に接する中空円錐形状金属ターゲット30及び該ターゲット表面に磁気回路を形成する磁石60、ヨークとからなる中空円錐形状マグネトロンスパッタ源が設置されている。アノード電極70の電位は直流電源170により制御可能な構成としている。ターゲット−基板間にはコンダクタンスを制御するチムニー41が設置され、スパッタガスの流れを調整している。
【0057】
中空円錐形状マグネトロンスパッタ電極20にはスパッタ電源190により、直流バイアス及び1〜500kHzの高周波または矩形波を重畳したスパッタ電力を印可でき、この電力によってターゲット表面に放電をたて、ターゲットをスパッタリングできる。
【0058】
ターゲット30を挟んでアノード電極の対面に被処理基板90が保持機構80に保持されシャッター100が被処理基板とターゲット間に高速に移動可能に設置されている。このとき、スパッタされるターゲット表面に立てた法線が被処理基板と交わらない配置としている。
【0059】
基板はゲートバルブ110を介してロードロック室120の間を搬送され、真空容器10内を大気に暴露することなく基板の搬入・搬出が可能な構成となっている。
【0060】
ターゲットと基板間に、反応性ガス導入機構130が設置されている。ガス噴き出し口は1点で、基板方向に反応性ガスを吹き付けている。また、ターゲットと基板間にガスを放出する構成としている。ガス噴き出し口のコンダクタンスは1×10−4/s以下にし、反応性ガス噴き出し速度を高くしている。この反応性ガス流量、スパッタガス供給装置150から導入されるガス流量およびターゲット電圧は制御装置160によってモニターでき、さらに制御可能となっている。
【0061】
以下、図1に示す装置で、ターゲット材料として高純度La金属(99.9%)を用い、Ar,Fを導入してLaF薄膜を被処理基板上に形成する方法について、詳しく説明する。
【0062】
被処理基板として蛍石基板を用い、洗浄を行った基板をロードロック室120に設置し、1×10−4Pa以下まで排気した。この時、基板表面の汚染物質を除去するため、加熱または紫外線照射などの有機物除去を目的とした洗浄を行えば、膜質の高品質化、安定性向上に有効である。排気終了後ゲートバルブ110を経てホルダー80に基板を搬送し、保持した。
【0063】
基板保持機構80にはヒータも内蔵しており、基板を400度まで加熱しながら成膜可能であるが、本実施例においては室温状態で成膜を行うため、ヒータの電源はONしなかった。
【0064】
ここで、シャッター100を閉じ、スパッタガス導入系150からArを150sccm導入し、さらに反応性ガス導入系130からF(10%)/Arを100sccm導入して全圧を0.3Pa〜3Paに設定し、カソード電極20にスパッタ電力を300W印可し中空ターゲット30の表面にマグネトロンプラズマを発生させた。アノードのガス導入部分は円筒ターゲットスパッタ面に反応性ガスが吸着しにくいように、ターゲット表面に噴出する構成とした。ここで、導入するガスは、流量、純度、圧力は高精度に制御した。
【0065】
ターゲット30のスパッタ面では、前述した永久磁石60で形成されたスパッタ面に平行な最大250ガウスの磁束密度の磁界と垂直の電界を形成した。この様に磁界と電界が垂直に形成されるとターゲットに印可された電界で移動した電子は磁界で曲げられサイクロイド運動しながら円筒ターゲットの周方向に回転する。サイクロイド運動する電子は飛行距離が長くなり、ガス分子と衝突する確率が高くなる。電子と衝突したガス分子は、イオン化されマグネトロン放電が形成される。ターゲット30には、電力供給手段190から負の電圧が印加されているのでイオン化されたガス分子は、ターゲット30のスパッタ面に加速され、ターゲットに衝突しターゲット材料をスパッタした。
【0066】
図1には図示しないが、発光分光器を設置し、ターゲット表面の発光を分光測定し、常にターゲット金属の発光色のレベルを維持するように反応性ガス分圧を制御した。ターゲット表面は金属状態に保持され安定な成膜が可能であった。
【0067】
なお、発光分光器以外にも、マススペクトルアナライザーなどによってもこのような状態を維持することは可能であった。
【0068】
しばらく放電を継続し、安定した頃を見計らってシャッターを開け、基板上にLaF膜を成膜し、膜の吸収、屈折率等を評価した。
【0069】
ガスは基板方向に吹き出す構成としているため、ターゲット表面に逆拡散しにくい。また、ターゲット−基板間に導入しており、ターゲットからはArガス及びスパッタ粒子が基板方向に流れているため、さらに逆拡散を防止できた。
【0070】
従来のように、リング状反応性ガス導入管等を用いた場合、放電中のターゲット電圧が変化する現象が確認された。これは、ターゲット表面の反応によって、ターゲット表面の状態が変化するためである。
【0071】
このような状態で成膜を行うと膜の屈折率が膜厚方向に変化する不均質な膜となってしまった。また、スパッタリングレートも安定せず、膜質も安定しなかった。
【0072】
さらにF分圧が高く、ターゲット印加電力が小さい場合、極端にスパッタリングレートが減少したり異常放電が増加したりした。これは、ターゲット表面にLaFが形成されるためである。
【0073】
すなわち、LaF膜を高速にしかも均質に再現性良く成膜するためには、ターゲット表面の状態を常に金属状態に保つ必要がある。
【0074】
上記のような方法によってLaF薄膜を形成した結果、図3に示すように不均質も無く、可視から紫外域にかけて低吸収のLaF膜を30nm/min以上の高速で形成できた。
【0075】
特に制御なしでターゲット電圧を一定に保持することも可能であった。このため、スパッタリングレートも安定し、成膜時間で非常に高精度に膜厚を制御することができた。
【0076】
本実施例において重要なことは、
(1)ターゲット−基板間のコンダクタンスを制御し、ここにAr,Xe,Kr等のスパッタガスを流して反応性ガスの逆拡散を抑えること
(2)特に、実験の結果、ターゲット−基板間のコンダクタンスを5m/s以下であることが望ましい
(3)F、O等の反応性ガスをターゲット−基板間の空間に導入し、基板方向に噴き出すこと。こうすることで、ターゲットからのAr,Xe,Kr等のスパッタガス及びスパッタ粒子の流れによっても反応性ガスの逆拡散を防止できる。
(4)反応性ガスの噴き出し口のコンダクタンスを抑え、噴き出し速度を高めることで、ターゲットへの反応性ガスの逆拡散を防止し、ターゲット近傍での反応性ガス分圧を低減しつつ、反応性スパッタリングを行うこと。特にコンダクタンスは1×10−4/s以下に抑え、噴き出し速度を50m/s以上に保持する。
(5)反応性ガスの基板表面及び、ターゲットからのスパッタ粒子の体積速度の速い部分での反応性ガス濃度を高めるようにすること
にある。
【0077】
この結果良好な特性のLaF薄膜を安定して形成することができた。
【0078】
本実施例でほぼ室温(40℃以下)の基板上に形成したLaF膜は、密着性も良く、膜の硬さも蒸着のハードコート(300℃加熱)並の硬さを持っていた。また、パッキングも100%に近く、ほとんど分光特性の経時変化を生じないものであった。
【0079】
従って、基板としてプラスチックなどを用いることも可能である。また、スパッタリングレートが高速で安定しているため、生産性も向上し、高精度な膜厚制御も可能で、高品質な光学薄膜を形成でき、このような光学薄膜を積層して形成した反射防止膜やミラーは設計値通りの特性の光学部品が製造できた。
【0080】
本実施例ではターゲットにLaを用い、ガスとしてAr,Fを用いたが、不活性ガスとしてArの他に、He,Ne,Kr,Xe等を用いても良い。
【0081】
また、反応性ガスとしてFに変えてCF,NF,SFなどのフッ素を含むガスを用いても良く、またはO,HO等の酸素を含むガスを用いることで、酸化物薄膜を形成することもできる。
【0082】
本実施例では矩形電圧の重畳は行わなかったが、放電安定化のために1〜500kHzの高周波又は矩形波を重畳しても、低吸収な光学薄膜を得ることができる。しかし、高周波を重畳した場合、成膜速度の低下が観測されるため、成膜条件を最適化し、重畳せずに放電の安定化をはかることがより好ましい。
【0083】
特にプラズマのダメージに弱いフッ化物薄膜の場合、紫外域で吸収が増加してしまうため、紫外域で低吸収フッ化物薄膜が必要な場合、50kHz以下の周波数を用いることが好ましい。
【実施例2】
【0084】
本発明の第2の実施例に係るDCスパッタリング装置の図面を参照しつつ説明する。
【0085】
図3は、本発明の第2の実施例に係るDCマグネトロンスパッタリング装置の断面図である。図2に示すように、コンダクタンス制御チムニー32が設置されたターゲットユニット31が移動可能に設置されており、大面積基板34に均一に薄膜形成できるような構成としている。ターゲットユニット31は図1に示したものと同様のものである。反応性ガス供給配管33はターゲット−基板間に設置され、基板方向に反応性ガスを吹き出す構成となっている。
【0086】
ここで、反応性ガス供給配管33は、ターゲットの移動と連動して移動し、ターゲットとの相対位置は変わらない。このような構成とすることで、常に安定した反応性スパッタリングを行うことができた。
【実施例3】
【0087】
本発明の第3の実施例に係るDCスパッタリング装置の図面を参照しつつ説明する。
【0088】
図4は、本発明の第3の実施例に係るDCマグネトロンスパッタリング装置の断面図である。図4に示すように、コンダクタンス制御チムニー42が設置されたターゲットユニット41が移動可能に設置されており、大面積基板44に均一に薄膜形成できるような構成としている。ターゲットユニット41は図1に示したものと同様のものである。反応性ガス供給配管43はターゲット−基板間に複数設置され、いずれかの配管に反応性ガス供給を切り替えて基板方向に噴き出して導入できる構成としている。
【0089】
ここで、ターゲットの移動と連動して反省ガス配管に供給する反応性ガスを切り替え、ターゲットと反応性ガス導入位置の相対位置が極力変化せず、かつターゲット−基板間からずれないにように維持する。このような構成とすることで、常に安定した反応性スパッタリングを行うことができる。
【符号の説明】
【0090】
10 真空容器
20 カソード電極
30 ターゲット
40 アースシールド
41 チムニー
50,51 絶縁材
60 永久磁石
70 アノード電極
80 被処理物支持機構
90 被処理物
100 シャッター
110 ゲートバルブ
120 ロードロック室
130 反応性ガス導入ポート1
150 スパッタガス導入ポート
160 演算、制御装置
170 アノード電極電圧制御用直流電源
180 排気系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一端に開口を有する中空ターゲットと、
前記中空ターゲットに不活性ガスを供給するための供給孔と、
反応性ガス導入機構の有するガス噴出し口と、
被処理基板を保持する基板保持機構と、
を真空容器内に備えた反応性スパッタリング装置であって、
前記ガス噴出し口は、前記中空ターゲットと前記基板保持機構に保持される被処理基板とに挟まれる空間の内側で、前記被処理基板に前記反応性ガスが噴き出す向きに配されていることを特徴とする反応性スパッタリング装置。
【請求項2】
前記中空ターゲットを備えたターゲットユニットが前記被処理基板に添って移動可能に設置されており、前記ガス噴出し口はターゲットの移動と連動して移動することを特徴とする請求項1記載のスパッタリング装置。
【請求項3】
前記反応性ガス導入機構は複数のガス噴出し口を有していて、
前記中空ターゲットを備えたターゲットユニットが前記被処理基板に添って移動可能に設置されており、
ターゲットの移動と連動して、複数の前記ガス噴出し口のうち、前記中空ターゲットと前記基板保持機構に保持される被処理基板とに挟まれる空間の内側のガス噴出し口から反応性ガスを前記被処理基板に吹き付ける切り換え制御を行なう制御装置を有することを特徴とする請求項1記載の反応性スパッタリング装置。
【請求項4】
少なくとも一端に開口を有する中空ターゲットに不活性ガスを供給するとともに、反応性ガスを導入しながら被処理基板に薄膜を形成する反応性スパッタリング方法であって、
前記中空ターゲットと被処理基板とに挟まれる空間の内側に配された反応性ガス導入機構の前記ガス噴出し口から、前記反応性ガスを被処理基板に吹き付けながら、反応性スパッタリングが行なわれること
を特徴とする反応性スパッタリング方法。
【請求項5】
前記中空ターゲットを備えたターゲットユニットが前記被処理基板に添って移動可能に設置されており、前記ガス噴出し口はターゲットの移動と連動して移動することを特徴とする請求項1記載のスパッタリング方法。
【請求項6】
前記反応性ガス導入機構は複数の前記ガス噴出し口を有し、
前記中空ターゲットを備えたターゲットユニットが前記被処理基板に添って移動可能に設置されており、
複数の前記ガス噴出し口のうち、前記中空ターゲットと被処理基板とに挟まれる空間の内側の前記ガス噴出し口から反応性ガスを前記被処理基板に吹き付けることを特徴とする請求項1記載の反応性スパッタリング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−144252(P2009−144252A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−70180(P2009−70180)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【分割の表示】特願2003−283397(P2003−283397)の分割
【原出願日】平成15年7月31日(2003.7.31)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】