説明

可変減衰力ダンパー

【課題】 可変減衰力ダンパーの失陥時に所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保する。
【解決手段】 ピストン22に設けたコイル28に通電して流体通路22a中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する制御手段が故障し、コイル28に対する通電制御が不能になった場合でも、制御手段に代わって電流供給回路がコイル28に所定の定電流を供給するので、ダンパー14に所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。また制御手段がセンサの故障等に起因するコイル28への通電制御の異常を検出すると、制御手段がコイル28に所定の定電流を供給することで必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。更に、ピストン22にサブコイル28′を配置し、コイル28の断線時にサブコイル28′に所定の定電流を供給しても、同様の作用効果を達成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気粘性流体を満たしたシリンダの内部をピストンで第1流体室および第2流体室に区画し、ピストンを貫通するように形成した流体通路で前記第1流体室および第2流体室を相互に連通させ、制御手段によりピストンに設けたコイルに通電して流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する可変減衰力ダンパーに関する。
【背景技術】
【0002】
サスペンション装置用の可変減衰力ダンパーの粘性流体として、磁界の作用で粘性が変化する磁気粘性流体(MRF: Magneto-Rheological Fluids )を採用し、シリンダに摺動自在に嵌合するピストンに、その流体通路中の磁気粘性流体に磁界を作用させるためのコイルを設けたものが、下記特許文献1により公知である。この可変減衰力ダンパーによれば、コイルに通電して発生した磁界で流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させることで、ダンパーの減衰力を任意に制御することができる。
【特許文献1】特開昭60−113711号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、磁気粘性流体を用いた可変減衰力ダンパーは減衰力の可変領域を広く確保することが可能である反面、故障によりコイルへの通電が不能になると減衰力が極めて低い状態に固定されてしまい、車両の乗り心地性能や操安性能を著しく低下させる可能性があった。
【0004】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、可変減衰力ダンパーの失陥時に所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、磁気粘性流体を満たしたシリンダの内部をピストンで第1流体室および第2流体室に区画し、ピストンを貫通するように形成した流体通路で前記第1流体室および第2流体室を相互に連通させ、制御手段によりピストンに設けたコイルに通電して流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する可変減衰力ダンパーにおいて、制御手段の故障によりコイルに対する通電制御が不能になったとき、コイルに所定の定電流を供給する電流供給回路を備えたことを特徴とする可変減衰力ダンパーが提案される。
【0006】
また請求項2に記載された発明によれば、磁気粘性流体を満たしたシリンダの内部をピストンで第1流体室および第2流体室に区画し、ピストンを貫通するように形成した流体通路で前記第1流体室および第2流体室を相互に連通させ、制御手段によりピストンに設けたコイルに通電して流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する可変減衰力ダンパーにおいて、制御手段がコイルに対する通電制御の異常を検出したとき、制御手段はコイルに所定の定電流を供給することを特徴とする可変減衰力ダンパーが提案される。
【0007】
また請求項3に記載された発明によれば、磁気粘性流体を満たしたシリンダの内部をピストンで第1流体室および第2流体室に区画し、ピストンを貫通するように形成した流体通路で前記第1流体室および第2流体室を相互に連通させ、制御手段によりピストンに設けたコイルに通電して流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する可変減衰力ダンパーにおいて、ピストンはコイルに対して並列に配置したサブコイルを備えており、制御手段はコイルの断線時にサブコイルに所定の定電流を供給することを特徴とする可変減衰力ダンパーが提案される。
【0008】
尚、実施例の電子制御ユニットUは本発明の制御手段に対応する。
【発明の効果】
【0009】
請求項1の構成によれば、ピストンに設けたコイルに通電して流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する制御手段が故障したため、コイルに対する通電制御が不能になった場合でも、制御手段に代わって電流供給回路がコイルに所定の定電流を供給するので、可変減衰力ダンパーに所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。
【0010】
請求項2の構成によれば、ピストンに設けたコイルに通電して流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する際に、制御手段がコイルに対する通電制御の異常を検出すると該コイルに所定の定電流を供給するので、可変減衰力ダンパーに所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。
【0011】
請求項3の構成によれば、ピストンに設けたコイルに通電して流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する際に、コイルが断線して減衰力の制御が不能になると、制御手段がコイルに対して並列に配置したサブコイルに所定の定電流を供給するので、サブコイルが発生する磁界で可変減衰力ダンパーに所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、添付の図面に示した本発明の実施例に基づいて説明する。
【0013】
図1および図2は本発明の第1実施例を示すもので、図1は車両のサスペンション装置の正面図、図2は可変減衰力ダンパーの拡大断面図である。
【0014】
図1に示すように、四輪の自動車の車輪Wを懸架するサスペンション装置Sは、車体11にナックル12を上下動自在に支持するサスペンションアーム13と、サスペンションアーム13および車体11を接続する可変減衰力のダンパー14と、サスペンションアーム13および車体11を接続するコイルバネ15とを備える。ダンパー14の減衰力を制御する電子制御ユニットUには、バネ上加速度を検出するバネ上加速度センサSbからの信号と、ダンパー14の変位(ストローク)を検出するダンパー変位センサScからの信号と、車両の横加速度を検出する横加速度センサSdからの信号と、車両の前後加速度を検出する前後加速度センサSeからの信号とが入力される。
【0015】
図2に示すように、ダンパー14は、下端がサスペンションアーム13に接続されたシリンダ21と、シリンダ21に摺動自在に嵌合するピストン22と、ピストン22から上方に延びてシリンダ21の上壁を液密に貫通し、上端を車体に接続されたピストンロッド23と、シリンダの下部に摺動自在に嵌合するフリーピストン24とを備えており、シリンダ21の内部にピストン22により仕切られた上側の第1流体室25および下側の第2流体室26が区画されるとともに、フリーピストン24の下部に圧縮ガスが封入されたガス室27が区画される。
【0016】
ピストン22にはその上下面を連通させるように複数の流体通路22a…が形成されており、これらの流体通路22a…によって第1、第2流体室25,26が相互に連通する。第1、第2流体室25,26および流体通路22a…に封入される磁気粘性流体は、オイルのような粘性流体に鉄粉のような磁性体微粒子を分散させたもので、磁界を加えると磁力線に沿って磁性体微粒子が整列することで粘性流体が流れ難くなり、見かけの粘性が増加する性質を有している。ピストン22の内部にコイル28が設けられており、電子制御ユニットUによりコイル28への通電が制御される。コイル28に通電されると矢印で示すように磁束が発生し、流体通路22a…を通過する磁束により磁気粘性流体の粘性が変化する。
【0017】
またダンパー14のコイル28は、電子制御ユニットUにより通電される以外に、この電子制御ユニットUとは別個に設けられた電流供給回路29(図1参照)により通電される。電流供給回路29は電子制御ユニットUの故障時に、電子制御ユニットUに代わってコイル28に所定の定電流を供給する。
【0018】
ダンパー14が収縮してシリンダ21に対してピストン22が下動すると、第1流体室25の容積が増加して第2流体室26の容積が減少するため、第2流体室26の磁気粘性流体がピストン22の流体通路22a…を通過して第1流体室25に流入し、逆にダンパー14が伸長してシリンダ21に対してピストン22が上動すると、第2流体室26の容積が増加して第1流体室25の容積が減少するため、第1流体室25の磁気粘性流体がピストン22の流体通路22a…を通過して第2流体室26に流入し、その際に流体通路22a…を通過する磁気粘性流体の粘性抵抗によりダンパー14が減衰力を発生する。
【0019】
このとき、コイル28に通電して磁界を発生させると、ピストン22の流体通路22a…に存在する磁気粘性流体の見かけの粘性が増加して該流体通路22aを通過し難くなるため、ダンパー14の減衰力が増加する。この減衰力の増加量は、コイル28に供給する電流の大きさにより任意に制御することができる。
【0020】
尚、ダンパー14に衝撃的な圧縮荷重が加わって第2流体室26の容積が減少するとき、ガス室27を縮小させながらフリーピストン24が下降することで衝撃を吸収する。またダンパー14に衝撃的な引張荷重が加わって第2流体室26の容積が増加するとき、ガス室27を拡張させながらフリーピストン24が上昇することで衝撃を吸収する。更に、ピストン22が下降してシリンダ21内に収納されるピストンロッド23の容積が増加したとき、その容積の増加分を吸収するようにフリーピストン24が下降する。
【0021】
しかして、電子制御ユニットUは、バネ上加速度センサSbで検出したバネ上加速度、ダンパー変位センサScで検出したダンパー変位、横加速度センサSdで検出した横加速度および前後加速度センサSeで検出した前後加速度に基づいて、各車輪W…の合計4個のダンパー14…の減衰力を個別に制御することで、路面の凹凸を乗り越える際の車両の動揺を抑えて乗り心地を高めたり、車両の旋回時のローリングを抑えて操安性能を高めたり、車両の急加速時や急減速時のピッチングを抑えて操安性能を高めたりすることができる。
【0022】
ところで、電子制御ユニットUが失陥してダンパー14のコイル28に適正な電流を供給することができなくなると、ダンパー14の減衰力が制御不能になってしまう。特に、コイル28への通電が不能になった場合には、ダンパー14の減衰力が極めて小さな値に固定されてしまい、車両の乗り心地性能や操安性能が大幅に低下する可能性がある。そこで本実施例では、電子制御ユニットUが故障すると、故障した電子制御ユニットUに代わって電流供給回路29からコイル28に所定の定電流が継続的に供給される。
【0023】
電流供給回路29にはバネ上加速度センサSb、ダンパー変位センサSc、横加速度センサSdおよび前後加速度センサSeからの信号が入力されないため、車両の運動状態に応じてコイル28に供給する電流を制御することはできないが、ダンパー14が一般的な減衰力を発生し得る定電流をコイル28に継続的に供給することで、修理により電子制御ユニットUの機能が回復するまでの間、必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。
【0024】
次に、図3に基づいて本発明の第2実施例を説明する。
【0025】
第1実施例は電子制御ユニットUのバックアップ用としての電流供給回路29を備えているが、第2実施例は電流供給回路29を備えておらず、その代わりに電子制御ユニットUが異常判定機能を有している。この異常判定機能は、バネ上加速度センサSb、ダンパー変位センサSc、横加速度センサSdあるいは前後加速度センサSeの出力が、通常ではあり得ないような異常な値を示したり、これらのセンサの出力から算出したコイル28の目標電流が通常ではあり得ないような異常な値を示したりした場合に、何らかの異常が発生したと判断して車両の運動状態に応じたコイル28への通電制御を中止し、予め定められた所定の定電流をコイル28に継続的に供給する。この定電流は第1実施例において電流供給回路29から供給されるものと同じであり、これにより前記異常の原因を突き止めて修理が完了するまでの間、ダンパー14に所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。
【0026】
次に、図4に基づいて本発明の第3実施例を説明する。
【0027】
第3実施例は、ダンパー14のピストン22に設けたコイル28に対して並列に配置されたサブコイル28′を備える。従って、コイル28が断線してダンパー14の減衰力の制御が不能になり、かつダンパー14の減衰力が極めて低い値に固定されてしまった場合に、コイル28の断線を検出した電子制御ユニットUからの指令でサブコイル28′に所定の定電流を供給することで、ダンパー14に所定の減衰力を発生させて必要最小限の乗り心地性能や操安性能を確保することができる。
【0028】
以上、本発明の実施例を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】第1実施例に係る車両のサスペンション装置の正面図
【図2】可変減衰力ダンパーの拡大断面図
【図3】第2実施例に係る車両のサスペンション装置の正面図
【図4】第3実施例に係る可変減衰力ダンパーの拡大断面図
【符号の説明】
【0030】
21 シリンダ
22 ピストン
22a 流体通路
25 第1流体室
26 第2流体室
28 コイル
28′ サブコイル
29 電流供給回路
U 電子制御ユニット(制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気粘性流体を満たしたシリンダ(21)の内部をピストン(22)で第1流体室(25)および第2流体室(26)に区画し、ピストン(22)を貫通するように形成した流体通路(22a)で前記第1流体室(25)および第2流体室(26)を相互に連通させ、制御手段(U)によりピストン(22)に設けたコイル(28)に通電して流体通路(22a)中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する可変減衰力ダンパーにおいて、
制御手段(U)の故障によりコイル(28)に対する通電制御が不能になったとき、コイル(28)に所定の定電流を供給する電流供給回路(29)を備えたことを特徴とする可変減衰力ダンパー。
【請求項2】
磁気粘性流体を満たしたシリンダ(21)の内部をピストン(22)で第1流体室(25)および第2流体室(26)に区画し、ピストン(22)を貫通するように形成した流体通路(22a)で前記第1流体室(25)および第2流体室(26)を相互に連通させ、制御手段(U)によりピストン(22)に設けたコイル(28)に通電して流体通路(22a)中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する可変減衰力ダンパーにおいて、
制御手段(U)がコイル(28)に対する通電制御の異常を検出したとき、制御手段(U)はコイル(28)に所定の定電流を供給することを特徴とする可変減衰力ダンパー。
【請求項3】
磁気粘性流体を満たしたシリンダ(21)の内部をピストン(22)で第1流体室(25)および第2流体室(26)に区画し、ピストン(22)を貫通するように形成した流体通路(22a)で前記第1流体室(25)および第2流体室(26)を相互に連通させ、制御手段(U)によりピストン(22)に設けたコイル(28)に通電して流体通路(22a)中の磁気粘性流体の粘性を変化させて減衰力を制御する可変減衰力ダンパーにおいて、
ピストン(22)はコイル(28)に対して並列に配置したサブコイル(28′)を備えており、制御手段(U)はコイル(28)の断線時にサブコイル(28′)に所定の定電流を供給することを特徴とする可変減衰力ダンパー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−77789(P2006−77789A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−259184(P2004−259184)
【出願日】平成16年9月7日(2004.9.7)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】