説明

四輪駆動車の動力伝達装置

【課題】油圧系統を大幅に変更することなく前輪および後輪へ伝達される動力の分配比の可変制御性能を向上させることにある。
【解決手段】変速出力軸32と前輪出力軸34は前輪クラッチ36を介して連結されており、前輪出力軸34により前輪に動力が伝達される。一方、変速出力軸32と後輪出力軸35は前輪クラッチ36に対向して配置される後輪クラッチ37を介して連結されており、後輪出力軸35により後輪に動力が伝達される。前輪クラッチ36と後輪クラッチ37との間には、相互に摺動自在に組み付けられたシリンダ61とピストン62とを有する油圧アクチュエータ60が設けられており、油圧室63に作動油を供給すると、後輪クラッチ37はばね部材56による締結が解除され、前輪クラッチ36は締結される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前輪および後輪へ伝達される動力の分配比が可変である四輪駆動車の動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動力伝達装置はエンジンの出力を車輪に伝達するための一連の機構であり、エンジンの出力特性を自動車が要求する駆動力特性に適合させる機能も担っている。動力伝達装置は、エンジンからの出力を回転軸に伝達する伝達機構と、エンジンの出力特性を必要な駆動力特性に変換させるために適切な変速比を得る変速機構とに分けられ、四輪駆動車の場合には加えて、変速機構から伝達された動力を前輪および後輪に分配するための分配機構が組み込まれる。
【0003】
四輪駆動車の有する動力伝達装置の分配機構には、必要に応じて手動操作等により前後輪を機械的に直結するパートタイム方式と、前後輪の回転差を吸収しながら動力を前後輪に常時伝達するフルタイム方式とがあり、このフルタイム方式はさらに、前後輪の動力分配比が常に一定となる固定分配式と、路面状況や走行状態に応じて動力分配比が可変である可変分配式とに分類される。これらの中でも可変分配式は、走行状態等に応じて前後輪への動力分配比を変化させることによりタイヤのスリップ限界を高め、走行安定性や操縦性の向上、制動時の安定性やアンチロックブレーキシステムの制御性向上を図ることができるため、近年、この可変分配式の分配機構が組み込まれた動力伝達装置を備える四輪駆動車が普及してきている。
【0004】
従来の可変分配式の分配機構は、かさ歯車や遊星歯車などの差動歯車とビスカスカップリングや湿式多板クラッチなどの差動制限機構とを並列配置して構成されている。これは、差動歯車の構造により予め設定された所定の基本分配比と、差動制限機構により差動歯車の差動作用を制限し得られる分配比との間で連続的に可変制御するものであり、この場合、その可変制御範囲を超えてどちらかに分配することはできず、動力分配の可変制御には限界があった。例えば、アクティブトルクスプリットAWDは後輪への動力分配を湿式多板クラッチで制御することで前後輪の動力分配比を100:0〜50:50の間で可変制御できるが、この範囲を超えて後輪側へ動力を分配することはできない。また、VTD(不等&可変トルク配分電子制御)は複合遊星歯車と湿式多板クラッチとにより構成され、前後輪の動力分配比を45:55〜50:50の間で可変制御できるが、この範囲を超えてどちらかに動力を配分することはできない。
【0005】
そこで、フロント側およびリア側の両方に湿式多板クラッチを設け、それぞれの湿式多板クラッチを別々に油圧制御することで前後輪の動力分配比を100:0〜0:100の範囲で可変制御できるようにした四輪駆動車の動力伝達装置が特許文献1に開示されている。
【特許文献1】特開2006−176022号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載された四輪駆動車の動力伝達装置は、前輪への動力伝達を制御するフロント側のクラッチと、後輪への動力伝達を制御するリア側のクラッチとを設け、それぞれのクラッチの押圧力を油圧制御することで前後輪への動力分配比を100:0〜0:100の範囲で可変制御することができる。しかしながら、これら2つのクラッチが別々の油圧アクチュエータないしピストンにより駆動されるようになっているため、フロント側のクラッチを制御するための油圧系統とリア側のクラッチを制御するための油圧系統とを別個に設けなければならない。そのため、特許文献1に記載された発明を実施するには、従来の動力伝達装置の分配機構が備える1つの油圧系統から2つの油圧系統に増やす必要があり、油圧バルブや油圧回路を大幅に変更しなければならないという問題がある。
【0007】
本発明の目的は、油圧系統を大幅に変更することなく前輪および後輪へ伝達される動力の分配比の可変制御性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の四輪駆動車の動力伝達装置は、前輪と後輪とに動力を伝達する四輪駆動車の動力伝達装置であって、変速機構を介して変速された動力が伝達される変速出力軸と、前記前輪と前記変速出力軸との間に設けられ、前記前輪に動力を伝達する前輪出力軸と、前記後輪と前記変速出力軸との間に設けられ、前記後輪に動力を伝達する後輪出力軸と、前記変速出力軸と前記前輪出力軸との間に設けられ、前記前輪出力軸に動力を伝達する締結状態と動力を遮断する開放状態との間で切換動作可能な前輪クラッチと、前記変速出力軸と前記後輪出力軸との間に、前記前輪クラッチに対向して設けられ、前記後輪出力軸に動力を伝達する締結状態と動力を遮断する開放状態との間で切換動作可能な後輪クラッチと、2つの前記クラッチの一方のクラッチに締結力を加えるばね部材と、2つの前記クラッチの間に軸方向に摺動自在に設けられ、油圧室内に供給される油圧により前記ばね部材のばね力に抗して前記一方のクラッチを開放する方向に駆動するとともに前記他方のクラッチを締結する方向に駆動する油圧アクチュエータとを有することを特徴とする。
【0009】
本発明の四輪駆動車の動力伝達装置において、前記油圧アクチュエータは、2つの前記クラッチの間に軸方向に移動自在に設けられるシリンダと、2つの前記クラッチの間に軸方向に移動自在に設けられるとともに前記シリンダとにより前記油圧室を区画形成するピストンとを備え、前記油圧室に供給される油圧により前記シリンダと前記ピストンの一方が前記ばね部材の締結力に抗して前記一方のクラッチを駆動し、前記シリンダと前記ピストンの他方が前記他方のクラッチを駆動することを特徴とする。
【0010】
本発明の四輪駆動車の動力伝達装置は、前記変速出力軸に取り付けられ前記ピストン内に第1の油圧キャンセル室を形成する第1のリテーナと、前記変速出力軸に取り付けられ前記シリンダ内に第2の油圧キャンセル室を形成する第2のリテーナとを有し、前記変速出力軸の回転時に前記油圧室に発生する遠心油圧を前記油圧室の軸方向両側の油圧キャンセル室に発生する遠心油圧により相殺することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、前輪クラッチと後輪クラッチとを対向させて変速出力軸と同軸上に設け、一方のクラッチにばね部材により締結力を加え、油圧アクチュエータを油圧室内に供給される油圧により一方のクラッチをばね力に抗して開放する方向に駆動するとともに他方のクラッチを締結する方向に駆動するようにしたので、油圧室に供給される油圧によって2つのクラッチを駆動することができる。これにより、前輪および後輪へ伝達する動力の分配比を100:0〜0:100に可変制御することができる。油圧室に供給される油圧により前輪クラッチと後輪クラッチとを作動させるようにしたので、1系統の油圧制御系統によって2つのクラッチを作動させることができる。油圧室の両側に油圧キャンセル室を設けることにより、変速出力軸の回転時に油圧室に発生する遠心油圧を油圧キャンセル室の遠心油圧により相殺することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1は動力伝達装置11が搭載された四輪駆動車13を示す概略図であり、図2は本発明の一実施の形態である動力伝達装置11を概略的に示すスケルトン図である。
【0013】
図1に示すように、この動力伝達装置11はAT(オートマチックトランスミッション搭載)の四輪駆動車13のフロント側に縦置きに搭載され、エンジン14の出力を駆動輪である前輪15および後輪16に伝達する。エンジン14からの出力が伝達される動力伝達装置11は、フロントデファレンシャル機構17を介して前輪15に動力を伝達するとともに、プロペラシャフト18やリアデファレンシャル機構19を介して後輪16に動力を伝達している。
【0014】
動力伝達装置11は、図2に示すように、エンジン14からの出力を伝達する伝達機構21と、エンジン出力特性を必要な駆動力特性に変換させるために適切な変速比を得る変速機構22と、前輪15および後輪16へ動力を適正に分配する分配機構23とを有している。これらは車両前方から後方へ上記の順に配置され、エンジン14のクランク軸25が動力伝達装置11の伝達機構21に連結されている。伝達機構21には流体を介してエンジン14の出力をタービン軸26に伝達するトルクコンバータ27が用いられており、トルクコンバータ27はトルク増大作用による変速機構22としての機能も有している。伝達機構21としてはトルクコンバータ27に限定されず、例えば、トルク増大作用を有さない流体継手などを用いても良い。
【0015】
伝達機構21のタービン軸26は変速入力軸28に連結されており、タービン軸26の動力は変速入力軸28を介して変速機構22に伝達される。変速機構22には遊星歯車列29とクラッチ30とを組み合わせたものが用いられ、トルクコンバータ27の変速機構22としての機能を補助している。クラッチ30の切換は油圧制御により行われ、車速やエンジン14の出力に応じて変速操作を自動的に行っている。変速機構22においても図2に示す形態に限定されず、種々変更可能である。
【0016】
変速機構22により変速された動力は、変速機構22と分配機構23とを連結する変速出力軸32により分配機構23に伝達される。分配機構23には伝達歯車対33とクラッチを組み合わせたものが用いられ、これらを介して、変速出力軸32に平行に設置される前輪出力軸34と、変速出力軸32と同軸上に設置される後輪出力軸35とに動力が伝達される。前輪出力軸34は伝達歯車対33および前輪クラッチ36を介して変速出力軸32に連結されており、車両前方に向けて延びフロントデファレンシャル機構17を介して前輪15に動力を伝達する。一方、後輪出力軸35は後輪クラッチ37を介して変速出力軸32に連結されており、車両後方に向けて延びプロペラシャフト18およびリアデファレンシャル機構19を介して後輪16に動力を伝達する。前輪クラッチ36および後輪クラッチ37の切換は変速機構22におけるクラッチ30の切換と同様に油圧制御により行われ、路面状況や走行状態に応じて前輪15と後輪16とに伝達される動力の分配操作を自動的に行うことができる。これにより、四輪駆動車13の走行安定性や操縦性の向上が図られている。
【0017】
図3は分配機構23を示す断面図であり、図4は図3の一部拡大断面図である。変速機構22により変速された動力は変速出力軸32を介して分配機構23に伝達され、この分配機構23により前輪出力軸34と後輪出力軸35とに動力が分配される。図3に示すように、前輪出力軸34は変速出力軸32と平行に設置され、車両前方に向けて延びている。前輪出力軸34と変速出力軸32は伝達歯車対33を介して連結され、この伝達歯車対33は、軸受により変速出力軸32に相対的に回転自在に取り付けられる駆動側歯車33aと、前輪出力軸34に固定され一体となって回転する従動側歯車33bとにより構成されている。駆動側歯車33aとハウジング40との間にはベアリング41が設けられ、駆動側歯車33aおよびベアリング41を介して変速出力軸32はハウジング40に回転自在に支持されている。また、従動側歯車33bとハウジング40との間にはベアリング42が設けられ、従動側歯車33bおよびベアリング42を介して前輪出力軸34はハウジング40に回転自在に支持されている。
【0018】
一方、後輪出力軸35は変速出力軸32と同軸上に設置され、車両後方に向けて延びている。変速出力軸32に形成された中空孔38の後端部には、後輪出力軸35の先端部35aが挿入され、先端部35aはニードルベアリングを介して変速出力軸32に回転自在に支持されている。後輪出力軸35とハウジング40との間にはベアリング44が設置され、後輪出力軸35はベアリング44を介してハウジング40に回転自在に支持されている。
【0019】
図4に示すように、変速出力軸32と駆動側歯車33aとの間には湿式多板クラッチである前輪クラッチ36が設けられている。この前輪クラッチ36は、変速出力軸32から伝達歯車対33を介して前輪出力軸34に動力を伝達する締結状態と動力を遮断する開放状態との間で切換動作可能である。前輪クラッチ36は変速出力軸32に取り付けられるクラッチハブ45と、駆動側歯車33aに取り付けられるクラッチドラム46とを有している。クラッチハブ45は変速出力軸32に内周部で固定されて径方向外方に延びるディスク部45aとこの外周端から変速出力軸32の後端に向けて軸方向に伸びる円筒部45bとを備えており、クラッチドラム46は駆動側歯車33aに内周部で固定され径方向外方に延びるディスク部46aとこの外周端から変速出力軸32の後端に向けて軸方向に伸びる円筒部46bとを備えており、円筒部46bは円筒部45bよりも大径となっている。
【0020】
クラッチドラム46には環状のストッパ47がディスク部46aに突き当てられて配置され、クラッチドラム46の開口端部側には環状のプレッシャープレート48が配置されている。ストッパ47とプレッシャープレート48との間には、外周部がクラッチドラム46の円筒部46bの内周面に噛み合う複数のクラッチプレート49aと、内周部がクラッチハブ45の円筒部45bの外周面に噛み合う複数のクラッチプレート49bとが交互に配置されており、それぞれのクラッチプレート49a,49bとプレッシャープレート48は軸方向に移動自在となっている。これにより、前輪クラッチ36はプレッシャープレート48を介してそれぞれのクラッチプレート49a,49bに押圧力を加えると締結状態になり、押圧力を解除するとスリップ状態を経て開放状態になる。
【0021】
変速出力軸32と後輪出力軸35との間には湿式多板クラッチである後輪クラッチ37が前輪クラッチ36に対向して設けられている。この後輪クラッチ37は、変速出力軸32から後輪出力軸35に動力を伝達する締結状態と動力を遮断する開放状態との間で切換動作可能である。後輪クラッチ37は、変速出力軸32に取り付けられるクラッチハブ50と、後輪出力軸35に取り付けられるクラッチドラム51とを有している。クラッチハブ50は変速出力軸32にスプライン結合されるスプライン孔を有するボス部50aと、このボス部50aから径方向外方に延びるディスク部50bと、ディスク部50bの外周端から軸方向に伸びる円筒部50cとを備えている。クラッチドラム51は内周部で後輪出力軸35に固定され径方向外方に延びるディスク部51aとその外周端から前輪クラッチ36に向けて延びる円筒部61bとを備えており、円筒部51bは円筒部50cよりも大径となっている。
【0022】
クラッチドラム51の円筒部51bの開口端部側の内面にはストッパ52が止めリング52aにより固定され、円筒部51bのディスク部51a側の内面には環状のプレッシャープレート53が配置されている。ストッパ52とプレッシャープレート53との間には、外周部が円筒部51bの内周面に噛み合う複数のクラッチプレート55aと、内周部がクラッチハブ50の円筒部50cの外周面に噛み合う複数のクラッチプレート55bとが交互に配置されており、それぞれのクラッチプレート55a,55bとプレッシャープレート53は軸方向に移動自在となっている。プレッシャープレート53とディスク部51aとの間には、板ばねからなるばね部材56が装着され、このばね部材56により後輪クラッチ37には締結力が加えられるようになっている。これにより、後輪クラッチ37はばね部材56によりプレッシャープレート53を介してクラッチプレート55a,55bに押圧力を加えると締結状態になり、押圧力を解除するとスリップ状態を経て開放状態となる。なお、ばね部材56としては板ばねに代えて、例えば圧縮コイルばねを用いるようにしても良い。
【0023】
クラッチハブ50のディスク部50bには押圧部材57が軸方向に移動自在に装着されている。この押圧部材57は後輪クラッチ37の開口部よりも前輪クラッチ36側に迫り出して配置される円板部57aと、この円板部57aからプレッシャープレート53に向けて延びる複数本のロッド部57bとを有しており、それぞれのロッド部57bはディスク部50bに形成された孔を貫通し、ロッド部57bにより押圧部材57はディスク部50bに軸方向に移動自在に支持されている。それぞれのロッド部57bとプレッシャープレート53の径方向内周部との間には、スラストベアリング58が装着され、押圧部材57はスラストベアリング58を介してプレッシャープレート53を押圧するようになっている。
【0024】
前輪クラッチ36と後輪クラッチ37との間には、軸方向に移動自在に油圧アクチュエータ60が装着されている。油圧アクチュエータ60は変速出力軸32に軸方向に移動自在に装着されるシリンダ61を有しており、シリンダ61は図4に示すように径方向の隔壁部61aとこの外周部から軸方向に押圧部材57の円板部57aに向けて延びる円筒部61bと隔壁部61aの外周部から軸方向に前輪クラッチ36に向けて延びる円筒部61cとを有し、円筒部61bは円筒部61cよりも大径となっている。
【0025】
シリンダ61には変速出力軸32に軸方向に移動自在に装着されるピストン62が組み付けられるようになっている。ピストン62はシリンダ61の円筒部61cの内周面に相対的に摺動自在に装着される円筒部62aと、この円筒部62aから径方向内方に延びて隔壁部61aに対向する対向壁部62bとを有しており、対向壁部62bは図4に示すように段付きとなっている。円筒部62aの端部にはこれよりも大径の押圧部62cが一体に設けられており、この押圧部62cは前輪クラッチ36のプレッシャープレート48に対向しこれに当接するようになっている。
【0026】
油圧アクチュエータ60を構成するシリンダ61とこれに組み付けられるピストン62とにより隔壁部61aと対向壁部62bとの間に油圧室63が区画形成されている。この油圧室63に油圧が供給されると、シリンダ61とピストン62は相互に離反する相反方向に駆動される。これらが相互に離反する方向に駆動されると、シリンダ61は押圧部材57およびプレッシャープレート53を介してばね部材56のばね力に抗して後輪クラッチ37を開放する方向に駆動し、ピストン62は前輪クラッチ36を締結する方向に駆動する。油圧室63の圧力が解除されると、シリンダ61とピストン62は相互に接近する方向に駆動される。これにより、ピストン62の押圧部62cは前輪クラッチ36から離れる方向に移動して前輪クラッチ36はスリップ状態を経て開放状態になる一方、シリンダ61は後輪クラッチ37から離れる方向に移動してばね部材56のばね力により後輪クラッチ37はスリップ状態を経て締結状態となる。
【0027】
油圧室63に作動油を供給するために、変速出力軸32に形成された中空孔38には仕切り栓64が固定され、仕切り栓64よりも変速出力軸32の後端部側の中空孔38により形成される連通孔と油圧室63とを連通する油路65が変速出力軸32に形成されている。この油路65は後輪出力軸35に形成された油路66に連通されており、油路66には図示しない油圧ポンプから加圧されて吐出される作動油が供給されるようになっている。なお、隔壁部61aと対向壁部62bとの内周部には変速出力軸32の外周面との間をシールするためのシール材が設けられ、ピストン62の対向壁部62bの外周部にはシリンダ61の円筒部61cの内周面との間をシールするためのシール材が設けられている。
【0028】
ピストン62の内部には段付き円板形状の第1のリテーナ67が組み込まれている。このリテーナ67は内周部が変速出力軸32に設けられた突起68に係合して変速出力軸32に固定され、外周面がピストン62の押圧部62cの内周面に接触しており、ピストン62はリテーナ67により案内されて軸方向に移動するようになっている。リテーナ67とピストン62の対向壁部62bとの間には圧縮コイルばねからなるばね部材69が装着され、このばね部材69によりピストン62には前輪クラッチ36から離れる方向のばね力が加えられている。
【0029】
シリンダ61の円筒部61bの内部には段付き円筒形状の第2のリテーナ70が組み込まれている。このリテーナ70は内周部がクラッチハブ50のボス部50aに係合して変速出力軸32に固定され、外周面がシリンダ61の円筒部61bの内周面に接触しており、シリンダ61はリテーナ70に案内されて軸方向に移動するようになっている。リテーナ70とシリンダ61の隔壁部61aとの間には圧縮コイルばねからなるばね部材71が装着され、このばね部材71によりシリンダ61にはばね部材56と同様にシリンダ61に対して前輪クラッチ36に向かう方向のばね力が加えられている。
【0030】
リテーナ67の外周部にはリテーナ67とピストン62との間をシールするシール材が設けられており、リテーナ67とピストン62とにより第1の油圧キャンセル室72が区画形成されている。同様に、リテーナ70の外周部にはリテーナ70とシリンダ61との間をシールするシール材が設けられており、リテーナ70とシリンダ61とにより第2の油圧キャンセル室73が区画形成されている。油圧キャンセル室72は、中空孔38のうち仕切り栓64よりも変速出力軸32の前端部側に油路74を介して連通しており、中空孔38に供給される作動油が油路74を介して油圧キャンセル室72に供給されるようになっている。中空孔38に供給される作動油は、油路75を介して駆動側歯車33aと変速出力軸32との間の軸受にも潤滑油として供給される。油圧キャンセル室73には、図示しない油路を介して作動油が供給される。
【0031】
変速出力軸32の回転によりシリンダ61とピストン62とが回転すると、油圧室63内の作動油には遠心力が加えられて、油圧室63内の圧力は油圧室63内に油路65,66を介して供給された作動油の圧力よりも高くなるが、油圧室63の両側に設けられたそれぞれの油圧キャンセル室72,73に供給された作動油の圧力も遠心力により高くなるので、遠心力により高められた油圧室63内の作動油の圧力は、両側の油圧キャンセル室72,73の遠心油圧により相殺されることになる。これにより、ピストン62とシリンダ61とに推力を加える油圧室63内の作動油の圧力は、遠心力の影響を受けることなく、設定値に維持され、前後の駆動力配分比率を高精度に制御することができる。
【0032】
次に、上述した動力伝達装置11の動作について説明する。油圧室63に油圧が供給されていないときには、前輪クラッチ36は開放状態になり、後輪クラッチ37はばね部材56により押圧されて締結状態となる。したがって、このときにはエンジン動力は後輪クラッチ37を介して全て後輪16に伝達される。
【0033】
油圧室63に油圧が供給されると、ピストン62はばね部材69のばね力に抗して前輪クラッチ36に向けて図4において左側に移動し、前輪クラッチ36のクラッチプレート49a,49bは押圧されて相互にスリップしながら係合を開始する。このとき、シリンダ61はピストン62に加えられる油圧の反力によりばね部材71のばね力に抗して後輪クラッチ37に向けて図4において右側に移動する。これにより、シリンダ61は押圧部材57を介してプレッシャープレート53をばね部材56のばね力に抗して軸方向に押圧するので、後輪クラッチ37の締結力が弱められる。したがって、油圧室63に供給される油圧を上昇させると、前輪クラッチ36は締結力が強められ、後輪クラッチ37は締結力が弱められることになり、油圧室63に供給される油圧を連続的に高めることによって、エンジン動力の前後輪に対する動力分配比を0:100〜100:0の範囲で可変にすることができる。このように、1つの油圧室63により、前輪クラッチ36と後輪クラッチ37との両方を同時に連続的に切り換えることが可能となるので、動力伝達装置11を1つの油圧系統により動力分配比を上述した範囲で可変とすることができ、分配比の可変制御性能を向上させることができる。
【0034】
図3に示すように、ハウジング40には変速出力軸32の回転数を検出するための変速軸回転数センサ76と、後輪出力軸35の回転数を検出するための後輪出力軸回転センサ77とが設けられており、これらのセンサからの信号に基づいて油圧室63に供給される作動油の圧力が制御される。
【0035】
動力伝達装置11の作動方式としては、上述のように、油圧室63に油圧を供給するに従って前輪クラッチ36の締結力を高めるとともに後輪クラッチ37の締結力を弱める同時駆動方式がある。さらに、それぞれのばね部材56,69,71のばね力を設定することにより、油圧室63に油圧を供給すると、まず、後輪クラッチ37を締結状態に保持したまま前輪クラッチ36の締結力を高めるようにし、前輪クラッチ36が締結完了した後に後輪クラッチ37の締結力を弱めるようにする作動方式となる。このように二段階の締結および締結解除方式とするようにしても良い。
【0036】
上記実施の形態では、ピストン62を前輪クラッチ36側に配置し、シリンダ61を後輪クラッチ37側に配置したが、これを逆に配置するようにしても良い。また、後輪クラッチ37にばね部材56により締結力を加えるようにして油圧室63に油圧が供給されていないときにはエンジン動力を後輪16に伝達するようにしたが、前輪クラッチ36にばね部材により締結力を加えて油圧室63内に油圧が供給されていないときには前輪クラッチ36を締結状態とするようにしてエンジン動力を前輪15に伝達するようにしても良い。
【0037】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、変速機構22は自動変速機であるが、手動変速機を動力伝達装置11に組み込むようにしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】動力伝達装置が搭載された四輪駆動車を示す概略図である。
【図2】本発明の一実施の形態である動力伝達装置を概略的に示すスケルトン図である。
【図3】分配機構を示す断面図である。
【図4】図3の一部拡大断面図である。
【符号の説明】
【0039】
11 動力伝達装置
13 四輪駆動車
15 前輪
16 後輪
22 変速機構
23 分配機構
28 変速入力軸
32 変速出力軸
33 伝達歯車対
33a 駆動側歯車
33b 従動側歯車
34 前輪出力軸
35 後輪出力軸
36 前輪クラッチ
37 後輪クラッチ
45 クラッチハブ
46 クラッチドラム
49a,49b クラッチプレート
50 クラッチハブ
51 クラッチドラム
55a,55b クラッチプレート
56 ばね部材(板ばね)
57 押圧部材
60 油圧アクチュエータ
61 シリンダ
62 ピストン
63 油圧室
67 リテーナ(第1のリテーナ)
69 ばね部材(圧縮コイルばね)
70 リテーナ(第2のリテーナ)
71 ばね部材(圧縮コイルばね)
72 油圧キャンセル室(第1の油圧キャンセル室)
73 油圧キャンセル室(第2の油圧キャンセル室)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪と後輪とに動力を伝達する四輪駆動車の動力伝達装置であって、
変速機構を介して変速された動力が伝達される変速出力軸と、
前記前輪と前記変速出力軸との間に設けられ、前記前輪に動力を伝達する前輪出力軸と、
前記後輪と前記変速出力軸との間に設けられ、前記後輪に動力を伝達する後輪出力軸と、
前記変速出力軸と前記前輪出力軸との間に設けられ、前記前輪出力軸に動力を伝達する締結状態と動力を遮断する開放状態との間で切換動作可能な前輪クラッチと、
前記変速出力軸と前記後輪出力軸との間に、前記前輪クラッチに対向して設けられ、前記後輪出力軸に動力を伝達する締結状態と動力を遮断する開放状態との間で切換動作可能な後輪クラッチと、
2つの前記クラッチの一方のクラッチに締結力を加えるばね部材と、
2つの前記クラッチの間に軸方向に摺動自在に設けられ、油圧室内に供給される油圧により前記ばね部材のばね力に抗して前記一方のクラッチを開放する方向に駆動するとともに前記他方のクラッチを締結する方向に駆動する油圧アクチュエータとを有することを特徴とする四輪駆動車の動力伝達装置。
【請求項2】
請求項1記載の四輪駆動車の動力伝達装置において、前記油圧アクチュエータは、2つの前記クラッチの間に軸方向に移動自在に設けられるシリンダと、2つの前記クラッチの間に軸方向に移動自在に設けられるとともに前記シリンダとにより前記油圧室を区画形成するピストンとを備え、前記油圧室に供給される油圧により前記シリンダと前記ピストンの一方が前記ばね部材の締結力に抗して前記一方のクラッチを駆動し、前記シリンダと前記ピストンの他方が前記他方のクラッチを駆動することを特徴とする四輪駆動車の動力伝達装置。
【請求項3】
請求項2記載の四輪駆動車の動力伝達装置において、前記変速出力軸に取り付けられ前記ピストン内に第1の油圧キャンセル室を形成する第1のリテーナと、前記変速出力軸に取り付けられ前記シリンダ内に第2の油圧キャンセル室を形成する第2のリテーナとを有し、前記変速出力軸の回転時に前記油圧室に発生する遠心油圧を前記油圧室の軸方向両側の油圧キャンセル室に発生する遠心油圧により相殺することを特徴とする四輪駆動車の動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−143295(P2009−143295A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−320576(P2007−320576)
【出願日】平成19年12月12日(2007.12.12)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】