説明

塗料の下地隠蔽性の評価方法と評価装置

【課題】 塗料の下地隠蔽性を示す指標を測定する技術を提供する。
【解決手段】 本発明で具現化された一つの方法は、塗料の下地隠蔽性を評価する方法である。本方法は、硬化収縮処理前の塗膜を有する試料を作製する工程を備える。本方法の特徴は、前記試料に硬化収縮処理を加えながら、塗膜の硬化進行度を経時的に計測する処理と、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する処理を同時に実行する工程を実施することである。それによって、硬化進行度の経時的変化と収縮進行度の経時的変化を計測することができ、両者から下地に存在する凹凸が硬化収縮処理後の塗膜表面に現れる凹凸に与える影響指標を算出する工程を実施することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は塗料の特性を評価する技術に関する。特に、塗料の持つ下地隠蔽性を評価する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
塗料は基材に塗布されて、乾燥処理や焼付け処理によって固体となるまでに表面に凹凸が形成される。これは、樹脂の収縮による膜厚減少が場所によって異なることによる。膜厚減少が場所によって異なる原因の一つとして、基材表面に凹凸が存在して膜厚が場所によって異なり、塗膜の収縮率が一定でも表面の形状が基材の凹凸を反映すること(転写)が挙げられる。また、塗膜中に顔料が含まれる場合には、塗膜のうち顔料の占める部分が収縮しないため、膜厚減少が場所によって異なる原因となる。さらに、積層塗膜の場合の積層界面に凹凸が存在すると、各層の収縮率が異なることによって、塗膜厚さ全体としての収縮量が場所によって異なり、塗膜表面の凹凸形成の原因となる。このように、塗膜収縮量の不均一をもたらす要因は種々あるが、いずれも本発明で取り扱う下地に含まれる。以下では、簡単のため基材の凹凸を下地の例として説明する。
塗料には、乾燥後の表面に下地の影響が現れにくい特性(下地隠蔽性)が求められる。
塗装の外観品質は、肌や光沢によって決定される。肌は、塗膜の表面に認められる波長0.1〜5mm程度の3次元形状の凹凸で決定され、凹凸の曲率半径が大きいほど、塗膜表面は平滑であり、肌が良好であると判定される。光沢は、塗膜を構成する樹脂の屈折率と塗膜表面の凹凸に支配されるが、樹脂の屈折率に大きな差がない場合には、実質的には塗膜表面の凹凸に支配される。光沢を支配する凹凸は、波長が0.1〜0.01mm程度であり、そのものを目視できない点が肌と異なる。
下地隠蔽性が良好な塗料を用いると、良好な肌や光沢が得られやすいのに対し、下地隠蔽性が低い塗料を用いると、良好な肌や光沢が得られにくい。
【0003】
塗装面の肌や光沢などには、塗料の硬化収縮時に塗膜表面に下地形状が転写される現象が大きく寄与する。転写現象のメカニズムについては、非特許文献1に詳しい。
通常は、塗料を塗布した後に乾燥処理や焼付け処理等の硬化収縮処理を実施することによって、塗料を硬化収縮させて塗装を完成する。塗料は硬化しながら同時平行的に収縮していく。
塗料の硬化収縮処理では、塗料中の溶剤や硬化反応生成物が揮発することによって、塗膜は膜厚方向に収縮する。下地に凹凸があると、硬化収縮前の塗膜の表面が平坦に塗布されていても、膜厚の収縮量が下地の凹凸の影響を受けて一様とならない。凹部に塗布された硬化収縮前の塗膜は周囲に比べて膜厚が厚いため、周囲に比して大きく膜厚が減少する。一方、凸部に塗布された硬化収縮前の塗膜は周囲に比べて膜厚が薄いため、周囲に比して小さく膜厚が減少する。
【0004】
収縮量に差が生じると、硬化収縮前には平坦だった塗膜の表面は、各部位の収縮量の差に応じて凹凸となる。しかしながら、硬化収縮処理後の塗膜の表面形状は、収縮率だけでは決まらない。
図6は塗膜の硬化収縮によって、硬化収縮後の塗膜表面に下地形状が転写される様子を示している。図6の(a)に示すように、塗膜102が収縮する間、塗膜102が十分な流動性を備えている場合、凹部108に対応する部位では周囲から塗料が流入するために塗膜表面には凹部が形成されない。凸部104に対応する部位では周囲へ塗料が流出するために塗膜表面には凸部が形成されない。収縮の進行よりも流動性の低下が遅れて進行する塗料を用いると、硬化収縮後の塗膜表面110は平坦に維持されやすい。一方、図6の(b)に示すように、塗膜102が収縮が進行するよりも早いペースで塗膜102の流動性が低下すると、凹部108に対応する部位では凹部が形成され、凸部104に対応する部位では凸部が形成される。収縮の進行よりも流動性の低下が先行して進行する塗料を用いると、硬化収縮後の塗膜表面110には下地106の形状が転写されやすい。
【0005】
硬化収縮過程における塗膜の性質については、塗装品質に直結することから、多くの測定技術が開発されている。
例えば、硬化過程における塗料の粘弾性係数から硬化進行度を計測する技術(例えば特許文献1、特許文献2)が開発されている。あるいは硬化過程における塗料にレーザー光を照射することによって観測されるスペックルパターンから、塗料の硬化進行度を計測する技術も知られている(例えば非特許文献2)。あるいは硬化過程における塗料の複素誘電率から、塗料の硬化進行度を計測する技術も知られている(例えば非特許文献3)。
また、収縮過程における塗料の質量から収縮進行度を計測できる。あるいは収縮過程における塗料の膜厚から収縮進行度を計測する技術が開発されている(例えば非特許文献4)。あるいは収縮過程における塗料が塗布された試料の固有振動数から収縮進行度を計測する技術が開発されている(例えば非特許文献5)。
【0006】
また、下地隠蔽性の評価は、一般的に転写率を用いて評価されている。転写率とは、基材の表面に存在する凹凸形状の振幅と、硬化収縮後の塗膜表面に現れる凹凸形状の振幅との比率のことを言う。非特許文献1には、表面に凹凸を規則的に加工した下地に塗装を施し、硬化収縮後の塗膜表面に現れる凹凸の形状を計測することによって転写率を算出し、その転写率を用いて下地隠蔽性を評価する技術が示されている。
【特許文献1】特開2000−230895号公報
【特許文献2】実用新案登録2585887号公報
【非特許文献1】舘 和幸、「粉体クリア/水性ベース積層塗膜の外観形成」、色材、平成16年、77巻、5号、p.221−226
【非特許文献2】[online]、[平成16年7月23日検索]、インターネット<URL:http://www.toyoseiki.co.jp/c/c5_710.html>
【非特許文献3】[online]、[平成16年7月23日検索]、インターネット<URL:http://www.siint.com/products/DES100.html>
【非特許文献4】[online]、[平成16年7月23日検索]、インターネット<URL:http://www.keyence.co.jp/henni/lineup/lt9000/merit01.html>
【非特許文献5】[online]、[平成16年7月23日検索]、インターネット<URL:http://www.phototechnica.co.jp/pdf/maxtek/rqcmdatasheet.pdf>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、塗膜に生じる転写現象は、塗料の硬化、すなわち流動性の低下と収縮が同時に複合して進行することに起因する現象である。転写現象を抑え、下地隠蔽性に優れる塗料を開発するために、最終的な転写率のみを指標とすると、特に積層系では実験量が膨大となり、効率的な開発ができない。塗膜の硬化収縮過程における、塗膜の硬化進行特性と収縮進行特性の両者を知ることができれば、より合理的に下地隠蔽性に優れる塗料を開発することが可能となる。例えば、流動性の低下が収縮よりも早いペースで進行する塗料であれば、流動性の低下の進行を遅らせる改良を加えることで、下地隠蔽性を改善できるものと期待される。一方、収縮が硬化収縮過程の全体で大きく進行する塗料であれば、硬化の進行を遅らせる改良を加えても下地隠蔽性を改善できる可能性が少なく、収縮率を低減する改良を施す必要があることが判明する。
【0008】
しかしながら、従来の技術は、塗料の硬化進行度または収縮進行度の一方を測定するに留まっており、両者を同時に測定するものでない。従来の技術は、硬化進行度または収縮進行度のいずれかを知りたいという必要に応えて開発されており、両者を同時に知りたいという必要がなかったということが言える。本発明者らの研究によって、塗料の硬化と収縮が同時に複合して進行することに起因して下地遮蔽性が影響を受けることが判明し、それによって始めて硬化進行度と収縮進行度の両者を同時に知りたいという必要が生まれたものである。
もちろん、2つの試料を用い、一方の試料を用いて硬化進行度を計測し、他方の試料を用いて収縮進行度を計測すれば、硬化進行度と収縮進行度の両者を同時に計測することができるはずである。このような計測はいままで行われてこなかったために、問題点が明らかとならなかったが、本発明者が試験を実施したところ、著しく再現性が低いことがわかってきた。その理由は次のものと推測される。
塗料の硬化現象と収縮現象は一般に再現性が悪く、2つの試料の進行度を同一に維持することが難しい。塗膜の収縮は主として揮発性成分の揮発に起因する。揮発性成分である溶剤や硬化反応生成物の揮発速度は、塗料濃度、膜厚、焼付け時の温度、温度の膜内での分布、気流などに影響され、異なる測定装置において、これらの測定条件を同一に調整することは難しい。ましてや測定期間を通して2つの試料の測定条件を同一に維持することは事実上不可能と言える。塗料の硬化についても、収縮と同様に、各種測定条件の影響を受ける。
従って、2つの試料を用いて、塗料の硬化特性と収縮特性を別々に計測する場合、測定条件が同一とならず、同じ試料の硬化進行度と収縮進行度の両者を同時に測定したいという必要に応じることができず、塗料の下地隠蔽性を示す指標を計測することができなかった。
【0009】
本発明は上記課題を解決する。
本発明の一つの課題は、硬化収縮過程にある塗料の、硬化進行度と収縮進行度の両者を同時に測定する技術を提供する。
本発明の他の一つの課題は、塗料の下地隠蔽性を示す指標を測定する技術を提供する。
本発明の他の一つの課題は、硬化収縮過程にある塗料の転写性に直結する指標を測定する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明で具現化された一つの方法は、塗料の下地隠蔽性を評価する方法である。本方法は、硬化収縮処理前の塗膜を有する試料を作製する工程を備える。本方法の特徴は、前記試料に硬化収縮処理を加えながら、塗膜の硬化進行度を経時的に計測する処理と、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する処理を同時に実行する工程を実施することである。それによって、硬化進行度の経時的変化と収縮進行度の経時的変化を計測することができ、両者から下地に存在する凹凸が硬化収縮処理後の塗膜表面に現れる凹凸に与える影響指標を算出する工程を実施することができる。ここで硬化の進行とは、流動性が低下することを意味する。
硬化進行度の計測には、従来から既知の種々の手法を用いることができる。例えば振り子式粘弾性計測装置を用いて塗料の粘弾性係数を計測してもよい。硬化が進行していくにつれて、塗料の粘弾性係数は増大していく。塗料の粘弾性係数の変化を経時的に計測することによって、塗料の硬化進行度を経時的に計測することができる。誘電率計測装置を用いて塗料の誘電率の変化を経時的に計測してもよい。塗料の誘電率は、液相と固相とでは異なるため、誘電率の変化を経時的に計測することによって、塗料の硬化進行度を経時的に計測することができる。レーザー光を照射して、塗料表面のスペックルパターンを計測してもよい。塗料表面のスペックルパターンは、塗料の流動に伴って変化する。従って、スペックルパターンの位置を経時的に計測することによって、塗料の硬化進行度を経時的に計測することができる。
収縮進行度の計測にも、従来から既知の種々の手法を用いることができる。例えば塗料の膜厚を経時的に計測することによって収縮進行度を経時的に算出してもよいし、塗料の質量を経時的に計測することによって塗料の収縮進行度を経時的に算出してもよい。質量を計測するには、塗料を塗布した試料の質量を直接的に計測してもよいし、試料の固有振動数の変化を計測して塗料の質量変化を算出してもよい。
【0011】
同一の試料から硬化進行度と収縮進行度の双方を経時的に計測することによって、硬化収縮過程における塗料の硬化進行度と収縮進行度の両方を同時に測定することができる。したがって、塗料の硬化と収縮が同時に複合して進行することに起因する下地隠蔽性に直結する指標を算出することが可能となり、例えば、硬化が収縮よりも早いペースで進行する塗料であるのか、収縮が硬化よりも早いペースで進行する塗料であるのか、あるいは、収縮による表面形状の波打ちを流動で補償できなくなってからの収縮が大きい塗料であるのか、収縮による表面形状の波打ちを流動で補償できなくなってからの収縮が小さい塗料であるのかといった特性を示す指標を計測することができる。
【0012】
影響指標算出工程では、硬化進行度の経時的変化から塗料の流動が実質的に停止した時を特定する工程と、それで特定された時の収縮進行度と、硬化収縮処理後の収縮進行度の差を算出する工程を実施することが好ましい。
上述したように、塗料が十分な流動性を備える場合には、下地に凹凸があっても塗料表面への転写は起こらない。逆に塗料の流動性が十分でない場合には、下地の凹凸に起因して塗料の収縮量が不均一となり塗料表面への転写が生じる。最終的に塗料表面に形成される凹凸は、上記した転写の積み重ねによって生じるため、塗料の流動停止時刻から後の塗料の収縮率を、塗膜表面への転写の度合いを評価する指標として用いることができる。
塗料の流動停止時刻は、経時的に計測される硬化進行度から特定することができる。上記の方法によって算出される収縮率が大きいほど、塗膜表面に下地の凹凸が転写される程度が大きく、下地隠蔽性は悪い。逆に、上記の方法によって算出される収縮率が小さいほど、塗膜表面に転写される凹凸の程度は小さく、下地隠蔽性に優れる。
【0013】
塗料の粘弾性係数から、塗膜の硬化進行度を計測することが望ましい。振り子式粘弾性計測装置を用いて塗料の粘弾性を計測する場合、実際の塗装と同じ条件で硬化収縮処理をしながら計測することができる。さらにスペックルパターンを用いて硬化進行度を計測する場合にくらべて、定量評価がしやすいという利点がある。
【0014】
上記の方法は、以下の装置を用いることによって好適に実施することができる。本発明の装置は、塗料の下地隠蔽性を評価する装置であって、硬化収縮処理前の塗膜を有する試料に硬化収縮処理を加える手段と、その手段によって硬化収縮処理されている試料を用いて、塗膜の硬化進行度を経時的に計測する手段と、同時平行して、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する手段と、を備えることを特徴とする。
【0015】
塗膜の硬化進行度を経時的に計測することに代えて、塗膜表面を経時的に観測することによって、下地隠蔽性に関する指標を計測することができる。
この方法では、凹凸のある下地に硬化収縮処理前の塗料が塗布された試料を作製する工程を実行する。次いで、その試料に硬化収縮処理を加えながら、塗膜表面を経時的に観測する処理と、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する処理を同時に実行する。そして、塗膜表面に下地の凹凸に起因する凹凸が発生した時を特定する工程と、その工程で特定された時の収縮進行度と、硬化収縮処理後の収縮進行度の差を算出する工程を実施する。
【0016】
前記したように、塗料の硬化と収縮が同時に複合して進行することによって、下地に存在する凹凸の影響が塗膜表面に現れる。収縮の不均一性によって塗膜表面に凹凸が生じようとするのを塗料が流動して補償できる間は、塗膜表面に凹凸が生じない。硬化が進行して収縮の不均一性によって生じようとする凹凸を補償できなくなると、塗膜表面に凹凸が生じ始める。
塗料の収縮を流動で補償しきれなくなり、塗膜表面に凹凸が生じはじめた時以降の収縮もまた、塗料の下地隠蔽性を示す好適な指標である。
上記方法によると、塗膜表面を経時的に観測しながら塗膜の収縮進行度を経時的に計測し、塗膜表面に下地の凹凸に起因する凹凸が発生した時の収縮進行度と硬化収縮処理後の収縮進行度の差を算出することから、塗料の下地隠蔽性を示す好適な指標を計測することができる。
【0017】
上記の方法は、以下の装置を用いることによって好適に実施することができる。本発明の装置は、塗料の下地隠蔽性を評価する装置であって、凹凸のある下地に硬化収縮処理前の塗料が塗布された試料に硬化収縮処理を加える手段と、その手段によって硬化収縮処理されている試料を用いて、塗膜表面を経時的に観測する手段と、同時平行して、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する手段と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
非特許文献1に示される転写率を指標とする方法では、一組の塗料材料と乾燥・焼付け条件について1つの転写率値が得られるのみである。これは、乾燥・焼付け条件が複数である場合、さらには複数の塗料を積層して用いる系については、各層の材質や乾燥・焼付け条件の組み合わせの数が非常に多くなって実用的な開発には適用できない。
これに対し、本発明では塗膜の収縮と硬化の両方を、それぞれ経時的に測定するので、1回の実験で多くの情報が得られる。例えば、ある積層塗装系で下地隠蔽性が低い原因が、最表面を構成するクリア塗膜の硬化が早い時期に起こるためであるということが1回の実験で判明すれば、そのクリア塗膜の硬化時期をより遅くするような組成の改良を施すことが効果的であるとわかる。また、別の積層塗装系では、クリア塗膜の硬化時期は早くないが、その後の収縮量が大きいために下地隠蔽性が低いということが判明すれば、クリア塗膜の硬化時期をより遅くするような改良では効果が期待しにくく、収縮量を低減するような改良が効果的であるとわかる。さらに、上記のような下地隠蔽性の指標を乾燥、焼付け処理の過程で経時的に測定することにより、下地隠蔽性が所望の範囲である乾燥、焼付け処理時間の範囲を1回の実験で明らかにすることもできる。このように、下地隠蔽性に優れた塗料、特に組み合わせ数の膨大な積層塗装系を開発するには、下地隠蔽性を左右する収縮と硬化の特性を同時に、かつ経時的に測定することが必要である。
本発明の方法と装置によれば、塗料の硬化進行特性と収縮進行特性の両者から、塗料の下地隠蔽性を良く示す指標を計測することが可能となる。これにより、下地隠蔽性に優れた塗料を効率よく開発することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を具現化した実施例について図面を参照して説明する。最初に実施例の主要な特徴を列記する。
(形態1) 塗料の下地隠蔽性を評価する方法であって、塗料の粘弾性係数を計測する部位と塗膜表面の高さを計測する部位を備える一枚の塗膜が塗布された試料を作製する工程を備える。
【実施例】
【0020】
(第1実施例)
図面を参照しながら、本発明の請求項1から3に記載した評価方法と請求項5に記載した評価装置について説明する。図1は本発明を具現化した評価方法において使用する評価装置2を模式的に示す図である。図2は本発明の方法による塗膜の評価の様子を模式的に示す鳥瞰図である。
【0021】
図1に示すように、評価装置2は、支持台4、塗膜16の表面高さ計測装置6、塗膜16の粘弾性係数計測装置8、硬化収縮処理装置21、コントローラ10を備えている。
支持台4は上面が水平な鋼製の支持部材であり、計測を実施する間に移動や変形をしないように拘束されている。支持台4の上に試料12が設置される。
試料12は基材14と塗膜16を備える。基材14は内部にヒータ23を備え表面が平坦である鋼製の箱型部材である。基材14の表面の一部には、下地隠蔽性を評価する対象の塗料が塗布され、塗膜16を形成している。塗膜16は表面高さ計測装置6によって表面高さを計測する部位と、粘弾性係数計測装置8によって粘弾性係数を計測される部位とを備える。
【0022】
表面高さ計測装置6(収縮進行度を計測する手段)は、試料12の上方からレーザーを照射して、試料12の表面の高さを計測する光学式計測器である。表面高さ計測装置6はコントローラ10に接続されており、コントローラ10の指示によって試料12の表面の高さを計測し、計測した表面高さをコントローラ10へ出力する。表面高さ計測装置6は、水平面内の位置を変更することによって、試料12の計測位置を変更することが可能であり、塗膜16が形成されていない基材14の非塗装部の表面の高さも計測することができる。
【0023】
粘弾性係数計測装置8(硬化進行度を計測する手段)は、振り子18、加振器20、変位計22を備える。粘弾性係数計測装置8は、塗膜16から反力を受ける振り子18に加振器20によって初期振動を付与し、振り子18の振動の周期と減衰係数を計測することによって、塗膜16の粘弾性係数を経時的に計測する。この計測方法は、試料の膜厚を実際の塗装条件と同じにできるので、反応生成物の揮発を実際の塗装時と同程度とすることができる。
図2は方形の振り子18を破断して示した鳥瞰図である。振り子18は、図2に示すように、直線的に伸びる下に凸な角部を備える支持部26と、支持部26から下方に伸びる加重部28とを備え、支持部26の角部を支点として揺動可能な鋼製の部材である。振り子18は支持部26の角部が塗膜16を分断して基材14に接するように、試料12の上に載置される。その角部を形成する面は塗膜16に接触しており、振り子18は振動するのに伴い、塗膜16から粘弾性による抗力を受け、振動が減衰していく。
図1に示す加振器20は、加振用端子24から振り子18に電磁力を利用して初期振動を与える。加振器20はコントローラ10に接続されており、コントローラ10の指示によって振り子18をその振動位相に同期して加振する。
図1に示す変位計22は、振り子18の下端の変位を非接触で計測する光学式変位計である。変位計22は、コントローラ10に接続されており、コントローラ10の指示によって振り子18の下端の変位を逐次計測し、計測した振り子18下端の変位をコントローラ10へ出力する。
【0024】
硬化収縮処理装置21は、試料12の内部に備えられたヒータ23を用いて試料12を加熱し、塗膜16の硬化収縮処理を実施する。硬化収縮処理装置21はコントローラ10に接続されており、熱電対25で計測される塗膜16の温度に基づいて、塗膜16を所定の温度履歴で硬化収縮させるように、ヒータ23の加熱量を制御する。
【0025】
コントローラ10は、CPU、ROM、RAM、ディスプレー、入出力装置等を備える、計測制御用のコンピュータである。コントローラ10は硬化収縮処理装置21を用いて、塗膜16の硬化収縮処理を実施する。硬化収縮処理を実施している間、コントローラ10は一定の時間が経過する度に、表面高さ計測装置6と変位計22に計測を指示する。コントローラ10は表面高さ計測装置6から入力される試料12の表面の高さを、計測時刻と関連付けて記憶する。またコントローラ10は、変位計22から入力される振り子18下端の変位を、計測時刻と関連付けて記憶する。
【0026】
本発明の評価装置2を用いた計測方法について説明する。
まず、ヒータ23を内部に備える基材14の表面に硬化収縮処理前の塗料を塗布して塗膜16を形成し、試料12を作製する。塗膜16は振り子18を用いた粘弾性係数計測を実施するための部位と、表面高さ計測装置6を用いた膜厚計測を実施するための部位とが、互いの計測に影響を及ぼさない程度に離れて配置されるように、塗布面積を規定されて形成されている。さらに基材14の表面には、塗料を塗布されていない非塗装部が存在する。
作製された試料12を支持台4上に設置し、試料12上に振り子18を載置する。
このように試料12を設置すると、塗膜16は水平面である基材14の上に形成されているので,溶剤を含んで流動性の高い液の状態から完全硬化に至るまでの塗膜16の変化を連続して追跡できる。
表面高さ計測装置6を用いて、試料12の基材14の非塗装部の表面高さを計測する。計測された基材14の表面高さは、コントローラ10に記憶される。
【0027】
基材14の表面高さの計測が終了すると、熱電対25を塗膜16上に設置し、硬化収縮処理装置21を用いて、塗膜16の硬化収縮処理を開始する。塗膜16の硬化収縮処理が開始されると、コントローラ10は加振器20に指示して、振り子18に初期振動を付与する。初期振動を付与された振り子18は、塗膜16からの反力を受けて、減衰しながら振動し続ける。
振り子18が振動を開始すると、コントローラ10は一定時間が経過するごとに振り子18の下端の変位を変位計22によって計測する。計測された変位は、コントローラ10へ出力され、計測時刻を関連付けられて記憶される。試料の粘弾性係数が急速に変化する場合にも対応するため,変位計測時間はなるべく短いことが望ましい。本実施例では1秒間に50回の計測を実施する。コントローラ10は変位計22による計測と同時に、表面高さ計測装置6に指示して、塗膜16の表面高さを計測する。所定時間間隔(本実施例では1秒間に50回)で計測された表面高さは、コントローラ10へ出力され、計測時刻を関連付けられて記憶される。
上記の変位計測と表面高さ計測を、塗膜16の硬化収縮処理の終了まで繰り返し実施する。塗膜16の硬化収縮処理が終了すると、コントローラ10は表面高さ計測装置6と変位計22による計測を終了する。
【0028】
計測が終了すると、計測された塗膜16の表面高さの履歴から、塗膜16の膜厚の経時的変化を算出する。塗膜16の膜厚は、塗膜16の表面高さと、基材14の非塗装部の表面高さの差を取ることによって算出できる。上記から、塗膜16の収縮進行度を示す膜厚の経時的変化を取得することができる。
【0029】
次に、計測された振り子18の下端の変位履歴から、塗料の粘弾性係数を特定する。
振り子18の下端の変位の時刻履歴は、コントローラ10に記憶されている。振り子18の下端の変位の履歴から、振り子18の振動周期を特定することが可能であり、各振動周期における振幅についても特定することが可能である。連続する振動周期についての振幅の比率と、振り子18の形状、質量および慣性モーメントから、減衰係数が決定される。塗料の粘弾性係数は、振り子の振動周期と、減衰係数から算出することができる。上記から、塗膜16の硬化進行度を示す粘弾性係数を経時的変化を取得することができる。
【0030】
上記の計測方法によって、同一の試料12から、塗膜16の収縮特性を示す膜厚の時間履歴と、塗膜16の硬化特性を示す粘弾性係数の時間履歴とを得ることができる。これらの特性値の時間履歴を用いることで、下地に存在する凹凸が硬化収縮処理後の塗膜16表面に現れる凹凸に与える影響指標を算出することができる。本実施例では、塗膜16の流動が停止した時刻から、塗膜16の硬化収縮処理が終了する時刻までの塗膜16の収縮量を、上記の影響指標として使用する。
【0031】
まず、計測された塗膜16の粘弾性係数の履歴から、流動停止時刻を特定する。流動停止時刻とは、塗膜16の硬化が十分に進行して、流動がほとんど生じなくなり、実質的に塗膜16の流動が停止する時刻のことをいう。流動停止時刻は、単位時間あたりの粘弾性係数の変化が、あるしきい値を超えるか否かで判断する。単位時間あたりの粘弾性係数の変化がしきい値を超える場合、まだ塗膜16の硬化が十分に進行しておらず、塗膜16の流動は停止していないと判断する。単位時間当たりの粘弾性係数の変化がしきい値を超えない場合、塗膜16の硬化が十分に進行しており、塗膜16の流動は停止したと判断し、その時点での時刻を流動停止時刻とする。
【0032】
流動停止時刻が特定されると、その時刻における塗膜16の膜厚と、実験条件として選ばれた硬化収縮処理終了時刻の塗膜16の膜厚との差を取り、塗膜16の収縮量を算出する。塗料の下地隠蔽性は、算出された流動停止後の収縮量を用いて評価してもよいし、前記収縮量を流動停止時刻での膜厚で除した収縮率を用いて評価してもよい。上記の収縮量あるいは収縮率は、その数値が小さいほど下地隠蔽性が良好と判定される。例えば流動停止後にほとんど塗膜16が収縮しない場合、塗膜16の収縮が不均一であることに起因する表面への転写は起こらない。従って、塗料の下地隠蔽性は良好である。逆に、流動停止後にも塗膜16の収縮が起こる場合、塗膜16の収縮が不均一であることに起因して表面に凹凸が形成され、それらの凹凸は流動による緩和がなされないため、最後まで塗膜16の表面に残存する。従って、塗料の下地隠蔽性は良好でない。
【0033】
上記の方法によって、同一の試料から塗料の硬化収縮処理の過程における硬化進行度と収縮進行度を得ることができ、得られた上記特性の経時的変化から下地隠蔽性を評価することができる。塗膜の硬化収縮処理の過程における、塗料の硬化進行度、収縮進行度および下地隠蔽性の関係を精度良く評価することが可能となる。
【0034】
上記の実施例では、塗膜の硬化進行度を計測するために、塗膜の粘弾性係数を計測して、粘弾性係数の時間変化から硬化進行度を特定する例を説明したが、硬化進行度を計測する手段はこれに限らない。例えば、塗膜の誘電率を一定時間ごとに計測し、誘電率の時間変化から塗膜の硬化進行度を特定してもよい。この場合、表面が平坦であるセンサを基材として、そのセンサ上に塗膜を形成して、塗膜の硬化収縮処理を実施しながら塗膜の誘電率を計測することで、塗膜の誘電率の履歴を知ることができる。使用する塗料の硬化進行度と誘電率との相関を予め取得しておくことで、塗膜の誘電率の履歴から、塗膜の硬化進行度を知ることができる。また、レーザー光を照射して塗膜表面のスペックルパターンを一定時間ごとに計測し、スペックルパターンの時間変化から塗膜の硬化進行度を特定してもよい。
【0035】
(第2実施例)
図3を参照しながら、本発明の請求項4に係る評価方法と、請求項6に係る評価装置を説明する。図3は本実施例の評価方法を模式的に示す図である。図3に示すように、本実施例の計測方法では、表面形状計測装置50、硬化収縮処理装置45、コントローラ36を備える評価装置102を用いて、試料42に形成された塗膜46の下地隠蔽性を評価する。
試料42は、基材44上に塗膜46を備える。基材44は内部にヒータ47を備え表面にレーザ加工によって波長1mm程度の規則的な凹凸が形成された、鋼製の箱型部材である。基材44の表面には、下地隠蔽性を評価する対象の硬化収縮前の塗料が塗布され、塗膜46を形成している。
【0036】
表面形状計測装置50は、塗膜46の表面の高さを計測する表面高さ計測装置48と、表面高さ計測装置48の水平面内位置を変更する走査装置32を備える。表面形状計測装置50を用いることで、試料42の収縮進行度と転写進行度を計測することができる。
表面高さ計測装置48は指示部材34に固定されており、試料42の垂直上方からレーザーを照射して、塗膜46の表面の高さを計測する。表面高さ計測装置48はコントローラ36に接続されており、コントローラ36の指示によって試料42の表面の高さを計測し、計測した表面高さをコントローラ36へ出力する。
走査装置32は、アクチュエータ(図示されない)とエンコーダ(図示されない)を備え、指示部材34に固定された表面高さ計測装置48の水平面内位置を変更可能である。走査装置32は、コントローラ36に接続されており、コントローラ36の指示によって表面高さ計測装置48を移動して、試料42の計測位置を変更する。走査装置32は、エンコーダ(図示されない)を用いて表面高さ計測装置48の位置を常時計測しており、コントローラ36へ常時出力する。
上記の表面形状計測装置50を用いることによって、通常のレーザー顕微鏡では精度良く計測することが困難な試料42の表面高さの分布を、精度よく計測することができる。
【0037】
硬化収縮処理装置45は、試料42の内部に備えられたヒータ47を用いて試料42を加熱し、塗膜46の硬化収縮処理を実施する。硬化収縮処理装置45はコントローラ36に接続されており、熱電対49で計測される塗膜46の温度に基づいて、塗膜46を所定の温度履歴で硬化収縮させるように、ヒータ47の加熱量を制御する。
【0038】
コントローラ36は硬化収縮処理装置45を用いて、塗膜46の硬化収縮処理を実施する。硬化収縮処理を実施している間、コントローラ36は、一定の時間が経過する度に、走査装置32を用いて表面高さ計測装置48を水平面内で往復させる。コントローラ36は、表面高さ計測装置48に往復動作をさせながら、表面高さ計測装置48に指示して試料42の表面高さを逐次計測する。コントローラ36は、表面高さ計測装置48から入力される試料42の表面高さを、走査装置32から入力される表面高さ計測装置48の水平面内位置と、計測時刻とを関連付けて記憶する。
【0039】
本発明の計測方法について説明する。
まず、ヒータ47を内部に備え、表面に波長1mm程度の規則的な凹凸を備える基材44を作製する。作製された基材44を水平な支持台の上に設置し、表面形状計測装置50を用いて基材44の表面高さの分布を計測し、コントローラ36に記憶する。
次に基材44の上に硬化収縮処理前の塗料を塗布して、塗膜46を備える試料42を作製する。作製された試料42を支持台(図示されない)上に設置して、塗膜46の硬化収縮処理を開始する。
【0040】
塗膜46の硬化収縮処理が開始されると、コントローラ36は一定時間が経過するごとに表面形状計測装置50に指示を出して、表面高さ計測装置48を移動させながら、塗膜46の表面の高さを計測する。計測された塗膜46の表面高さは、コントローラ36へ出力され、計測時刻と、計測時点での表面高さ計測装置48の位置とを関連付けられて記憶される。
上記の表面高さ分布の計測を、塗料の硬化収縮処理の終了まで繰り返し実施する。塗料の硬化収縮処理が終了すると、コントローラ36は表面形状計測装置50を用いた計測を終了する。
【0041】
計測が終了すると、計測された塗膜46の表面高さの分布の時間履歴から、塗膜46の平均膜厚の経時的な変化と、転写率の経時的な変化を算出する。
基材44の表面高さの分布は、塗膜46を塗布する前に、予め計測されている。塗膜46の表面高さの分布と、基材44の表面高さの分布との差をとることによって、塗膜46の膜厚の分布を算出することができる。ある計測時刻における塗膜46の膜厚の分布から、塗膜46全体での平均値を算出することによって、その計測時刻での平均膜厚を得ることができる。上記の計算を全ての計測時刻について実施することで、平均膜厚の経時的な変化を算出することができる。
基材44の表面高さの分布は、予め計測されている。基材44の表面高さの分布から、波長ごとの振幅を算出する。同様にして、ある計測時刻における塗膜46の表面高さの分布から、波長ごとの振幅を算出する。特定の波長(例えば、1mmの波長)に関して、基材44の表面高さの振幅と、前記計測時刻における塗膜46の表面高さの振幅との比をとることによって、その計測時点での塗膜46の転写率を算出することができる。上記の計算を全ての計算時刻について実施することで、塗膜46の転写率の経時的な変化を算出することができる。
【0042】
上記の方法によって、塗膜46を硬化収縮処理していく過程における、塗膜46の平均膜厚(収縮進行度に相当する)の経時的な変化と、塗膜46の転写率(転写進行度に相当する)の経時的な変化を、同一の試料42から計測することが可能となる。
【0043】
計測された塗膜46の転写率の経時的な変化から、塗膜表面に下地の凹凸に起因する凹凸が発生した時刻(転写開始時刻)を特定する。転写開始時刻は、塗膜46の収縮を流動で補償しきれなくなり、塗膜46表面に下地の凹凸に起因する凹凸が発生する時刻である。上記時刻は、単位時間あたりの転写率の変化が、あるしきい値を超えるか否かで判断する。単位時間あたりの転写率の変化がしきい値を超える場合、塗膜46の硬化と収縮のバランスが乱れ、塗膜46の表面への転写が開始したと判断し、その時点での時刻を転写開始時刻とする。単位時間当たりの転写率の変化がしきい値を超えない場合、塗膜46の硬化と収縮のバランスが保たれており、塗膜46の表面への転写が開始していないものと判断する。
【0044】
転写開始時刻が特定されると、その時刻における塗膜46の膜厚と、硬化収縮処理後の塗膜46の膜厚との差を取り、塗膜46の収縮量を算出する。塗料の下地隠蔽性は、算出された転写開始後の収縮量を用いて評価してもよいし、前記収縮量を転写開始時刻での膜厚で除した収縮率を用いて評価してもよい。
【0045】
上記の評価方法では、転写開始時刻から後の塗膜46の収縮量あるいは収縮率と、塗膜46の硬化収縮処理後の転写率との関係を、同一の試料42から計測したデータに基づき、定量的に評価することが可能である。上記の評価方法は、特に波長1mm程度の下地の凹凸に対する、塗料の下地隠蔽性を好適に評価することができる。
【0046】
(第3実施例)
図4を参照しながら、本発明の請求項4に係る他の一つの評価方法と、請求項6に係る他の一つの評価装置を説明する。図4は本実施例の評価方法を模式的に示す図である。本実施例の評価方法では、レーザー顕微鏡60、硬化収縮処理装置55、コントローラ62を備える評価装置202を用いて、塗膜56が形成された試料52の下地隠蔽性を評価する。
【0047】
試料52は基材54、塗膜56、球58を備える。基材54は内部にヒータ57を備え表面にレーザ加工によって波長0.5mm程度の規則的な凹凸が形成された、鋼製の箱型部材である。基材54の表面には、下地隠蔽性を評価する対象の硬化収縮前の塗料が塗布され、塗膜56を形成している。塗膜56が硬化収縮前の状態で、球58が基材54に接するように載置される。球58は塗膜56の最大の厚みにくらべて僅かに大きい直径を備える球状の固体粒子である。
【0048】
レーザー顕微鏡60は、音響光学偏向素子とガルバノミラーを用いてレーザー光を偏向させて試料52表面を走査し、試料52表面の高低差の分布を計測する走査型のレーザー顕微鏡である。レーザー顕微鏡60はコントローラ62に接続されており、コントローラ62の指示によって試料表面の高低差を計測して、コントローラ62へ出力する。
【0049】
硬化収縮処理装置55は、試料52の内部に備えられたヒータ57を用いて試料52を加熱し、塗膜56の硬化収縮処理を実施する。硬化収縮処理装置55はコントローラ62に接続されており、熱電対59で計測される塗膜56の温度に基づいて、塗膜56を所定の温度履歴で硬化収縮させるように、ヒータ57の加熱量を制御する。
【0050】
本実施例の評価方法を説明する。
先ず基材54を作製する。基材54は、内部にヒータ57を備える鋼製の箱型部材の表面に、レーザー加工によって波長が0.5mm程度である規則的な凹凸を付与して作製する。作製された基材54にを水平な支持台の上に設置し、レーザー顕微鏡60を用いて基材54の表面の高低差の分布を計測する。計測された高低差の分布は、コントローラ62に記憶される。
次に基材54の上に塗料を塗布して、塗膜56を形成する。基材54を水平な支持台の上に設置し、球58を基材54に接するように載置した後、塗膜56の硬化収縮処理を開始する。
【0051】
塗膜56の硬化収縮処理が開始されると、コントローラ62は一定時間が経過するごとに、レーザー顕微鏡60を用いて試料52表面の高低差の分布を計測する。コントローラ62は、計測される表面の高低差の分布を、計測時刻と関連付けて記憶する。
塗膜56の硬化収縮処理が終了するまで、コントローラ62は上記の計測を繰り返し実施する。
【0052】
計測が終了すると、計測された試料52の表面の高低差の分布の履歴から、塗膜56の平均膜厚の経時的な変化と、塗膜56の転写率の経時的な変化を得ることができる。
計測された試料52表面の高低差の分布には、球58の高さを計測した部位が存在する。球58の下端は基材54に接しており、球58の直径は既知である。従って、試料52表面の任意の点について、球58の上端との高低差と、球58の直径との差を取ることによって、球58の下端部を基準としたその点の膜厚を知ることができる。塗膜56の膜厚の面内分布から、塗膜56全体での平均膜厚を算出することによって、その計測時刻における塗膜56の平均膜厚を得ることができる。全ての計測時刻に対して上記の計算を実施することで、塗膜56の平均膜厚の経時的な変化を得ることができる。
基材54の表面の高低差の分布は、予め計測されている。基材54の表面の高低差の分布から、波長ごとの振幅を算出する。同様にして、ある計測時刻における塗膜56の表面の高低差の分布から、波長ごとの振幅を算出する。特定の波長(例えば、0.5mmの波長)に関して、基材54の表面の振幅と、前記計測時刻における塗膜56の表面の振幅との比をとることによって、その計測時点での塗膜56の転写率を算出することができる。上記の計算を全ての計算時刻について実施することで、塗膜56の転写率の経時的な変化を算出することができる。
【0053】
上記の計測方法によって、塗膜56を硬化収縮処理していく過程における、塗膜56の平均膜厚(収縮進行度に相当する)の経時的な変化と、塗膜56の転写率(転写進行度に相当する)の経時的な変化を、同一の試料52から計測することが可能となる。第2実施例と同様にして、塗料の転写開始時刻から後の収縮量あるいは収縮率を用いて、塗料の下地隠蔽性を評価することができる。上記の評価方法では、転写開始時刻から後の塗膜56の収縮量あるいは収縮率と、塗膜56の硬化収縮処理後の転写率との関係を、同一の試料52から計測したデータに基づき、定量的に評価することが可能である。上記の評価方法は、特に波長0.1〜1mm程度の下地の凹凸に対する、塗料の下地隠蔽性を好適に評価することができる。
【0054】
(第4実施例)
図5を参照しながら、本発明の請求項4に係る他の一つの評価方法と、請求項6に係る他の一つの評価装置を説明する。図5は本実施例の評価方法を模式的に示す図である。本実施例の評価方法では、光沢計78、表面高さ計測装置82、硬化収縮処理装置75、コントローラ80を備える評価装置302を用いて、試料72に形成されている塗膜76の下地隠蔽性を評価する。
【0055】
試料72は、基材74と塗膜76を備える。基材74は内部にヒータ77を備え表面にブラスト処理によって波長0.1mm程度の凹凸が形成された、鋼製の箱型部材である。基材74の表面の一部には、下地隠蔽性を評価する対象の硬化収縮前の塗料が塗布され、塗膜76を形成している。
【0056】
表面高さ計測装置82は、試料72の垂直上方からレーザーを照射して試料72の表面の高さを計測する。表面高さ計測装置82はコントローラ80に接続されており、コントローラ80の指示によって計測を実施し、計測された表面高さをコントローラ80へ出力する。
【0057】
光沢計78は、投光部92と受光部94を備え、試料72の垂直斜め上方から投光部92を光源とする平行光を入射し、試料72の表面で鏡面反射される光を受光部94で検出し、検出される光量から試料72の光沢を計測する。
【0058】
硬化収縮処理装置75は、試料72の内部に備えられたヒータ77を用いて試料72を加熱し、塗膜76の硬化収縮処理を実施する。硬化収縮処理装置75はコントローラ80に接続されており、熱電対79で計測される塗膜76の温度に基づいて、塗膜76を所定の温度履歴で硬化収縮させるように、ヒータ77の加熱量を制御する。
【0059】
本実施例の評価方法を説明する。
まず基材74を作製する。基材74は、内部にヒータ77を備える鋼製の箱型部材の表面に、ブラスト処理を施して0.1mm程度の波長の凹凸を付与して作製する。作製された基材74について、塗料を塗布する前の光沢を計測する。光沢の計測は、作製された基材74を水平な支持台の上に設置し光沢計78を用いて実施する。計測された光沢は、コントローラ80へ記憶される。
次に基材74の上に塗料を塗布して、塗膜76を形成して試料72を作製する。塗膜76は光沢計78を用いた光沢計測を実施するための部位と、表面高さ計測装置82を用いた表面高さ計測を実施するための部位とが、互いの計測に影響を及ぼさない程度に離れて配置されるように、塗布面積を規定されて形成されている。さらに基材74の上には、塗料を塗布されていない非塗装部が存在する。
作製された試料72を支持台上に設置し、試料72の非塗装部を用いて基材74の表面高さを計測する。基材74の表面高さは、表面高さ計測装置82によって計測され、コントローラ80へ記憶される。上記の計測が完了した後に、硬化収縮処理装置75を用いて、塗膜76の硬化収縮処理を開始する。
【0060】
塗膜76の硬化収縮処理が開始されると、コントローラ80は一定時間が経過するごとに塗膜76の表面高さを表面高さ計測装置82によって計測する。計測された表面高さは、コントローラ80へ出力され、計測時刻を関連付けられて記憶される。コントローラ80は表面高さ計測装置82による計測と同時に、光沢計78に指示して、塗膜76の光沢を計測する。計測された光沢は、コントローラ80へ出力され、計測時刻を関連付けられて記憶される。
上記の表面高さ計測と光沢計測を、塗膜76の硬化収縮処理の終了まで繰り返し実施する。塗膜76の硬化収縮処理が終了すると、コントローラ80は表面高さ計測装置82と光沢計78による計測を終了する。
【0061】
計測が終了すると、計測された塗膜76の表面高さの履歴から、塗膜76の膜厚(収縮進行度に相当する)の経時的な変化を算出する。塗膜76の膜厚は、塗膜76の表面高さと、基材74の非塗装部の表面高さの差を取ることによって算出できる。上記の計算を全ての計測時刻に関して実施することで、塗膜76の膜厚の経時的な変化を得ることができる。
【0062】
次に、計測された塗膜76の光沢の履歴から、塗膜76の光沢転写率(転写進行度に相当する)の経時的な変化を算出する。塗膜76の光沢転写率は、塗膜76の光沢と、基材74の光沢との比で算出される。全ての計測時刻について上記の計算を実施することによって、塗膜76の光沢転写率の経時的な変化を得ることができる。
塗膜76の表面の光沢は、塗膜76の表面の凹凸に関連しており、凹凸の振幅が大きいほど光沢は悪く、凹凸の振幅が小さいほど光沢は良好である。下地となる基材74の光沢と、塗膜76の光沢との比率を算出することによって、塗膜76の転写進行度を評価することができる。
【0063】
上記の方法によって、塗膜76の硬化収縮処理の過程における、塗膜76の膜厚(収縮進行度に相当する)の経時的な変化と、塗膜76の光沢転写率(転写進行度に相当する)の経時的な変化を、同一の試料72から取得することができる。
【0064】
計測された塗膜76の光沢転写率の経時的な変化から、塗膜表面に下地の凹凸に起因する凹凸が発生した時刻(転写開始時刻)を特定する。転写開始時刻は、単位時間あたりの光沢転写率の変化が、あるしきい値を超えるか否かで判断する。単位時間あたりの光沢転写率の変化がしきい値を超える場合、塗膜76の硬化と収縮のバランスが乱れ、塗膜76の表面への転写が開始したと判断し、その時点での時刻を転写開始時刻とする。単位時間当たりの光沢転写率の変化がしきい値を超えない場合、塗膜76の硬化と収縮のバランスが保たれており、塗膜76の表面への転写が開始していないものと判断する。
第2実施例および第3実施例と同様にして、転写開始時刻から後の塗料の収縮量あるいは収縮率を用いて、塗料の下地隠蔽性を評価することができる。上記の評価方法では、転写開始時刻から後の塗膜56の収縮量あるいは収縮率と、塗膜56の硬化収縮処理後の光沢転写率との関係を、同一の試料52から計測したデータに基づき、定量的に評価することが可能である。上記の計測方法は、特に下地の凹凸の波長が0.1mm以下である場合について、塗料の下地隠蔽性を好適に評価することができる。
【0065】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の評価方法と評価装置を模式的に示す図である。(第1実施例)
【図2】塗膜16の表面高さ計測と粘弾性計測の様子を示す図である。(第1実施例)
【図3】本発明の他の一つの評価方法と評価装置を模式的に示す図である。(第2実施例)
【図4】本発明の他の一つの評価方法と評価装置を模式的に示す図である。(第3実施例)
【図5】本発明の他の一つの評価方法と評価装置を模式的に示す図である。(第4実施例)
【図6】塗膜の転写現象を説明する図である。
【符号の説明】
【0067】
2、102、202、302・・・評価装置
4・・・支持台
6、48・・・表面高さ計測装置
8・・・粘弾性計測装置
10、36、62、80・・・コントローラ
12、42、52、72・・・試料
14、44、54、74・・・基材
16、46、56、76・・・塗膜
18・・・振り子
20・・・加振器
21、45、55、75・・・硬化収縮処理装置
22・・・変位計
23、47、57、77・・・ヒータ
24・・・加振用端子
25、49、59、79・・・熱電対
26・・・支持部
28・・・加重部
32・・・走査装置
34・・・支持部材
50・・・表面形状計測装置
58・・・球
60・・・レーザー顕微鏡
78・・・光沢計
82・・・表面高さ計測装置
92・・・投光部
94・・・受光部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗料の下地隠蔽性を評価する方法であって、
硬化収縮処理前の塗膜を有する試料を作製する工程と、
前記試料に硬化収縮処理を加えながら、
(1)塗膜の硬化進行度を経時的に計測する処理と、
(2)塗膜の収縮進行度を経時的に計測する処理を同時に実行する工程と、
硬化進行度の経時的変化と収縮進行度の経時的変化とから、下地に存在する凹凸が硬化収縮処理後の塗膜表面に現れる凹凸に与える影響指標を算出する工程と、
を備えることを特徴とする塗料の評価方法。
【請求項2】
前記影響指標算出工程が、
硬化進行度の経時的変化から塗料の流動が実質的に停止した時を特定する工程と、
前記工程で特定された時の収縮進行度と、硬化収縮処理後の収縮進行度の差を算出する工程と、
を備えることを特徴とする請求項1の塗料評価方法。
【請求項3】
塗料の粘弾性係数から、塗膜の硬化進行度を計測することを特徴とする請求項2の塗料評価方法。
【請求項4】
塗料の下地隠蔽性を評価する方法であって、
凹凸のある下地に硬化収縮処理前の塗料が塗布された試料を作製する工程と、
前記試料に硬化収縮処理を加えながら、
(1)塗膜表面を経時的に観測する処理と、
(2)塗膜の収縮進行度を経時的に計測する処理を同時に実行する工程と、
塗膜表面に下地の凹凸に起因する凹凸が発生した時を特定する工程と、
前記工程で特定された時の収縮進行度と、硬化収縮処理後の収縮進行度の差を算出する工程と、
を備えることを特徴とする塗料の評価方法。
【請求項5】
塗料の下地隠蔽性を評価する装置であって、
硬化収縮処理前の塗膜を有する試料に硬化収縮処理を加える手段と、
その手段によって硬化収縮処理されている試料を用いて、
(1)塗膜の硬化進行度を経時的に計測する手段と、
(2)同時平行して、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する手段と、
を備えることを特徴とする塗料の評価装置。
【請求項6】
塗料の下地隠蔽性を評価する装置であって、
凹凸のある下地に硬化収縮処理前の塗料が塗布された試料に硬化収縮処理を加える手段と、
その手段によって硬化収縮処理されている試料を用いて、
(1)塗膜表面を経時的に観測する手段と、
(2)同時平行して、塗膜の収縮進行度を経時的に計測する手段と、
を備えることを特徴とする塗料の評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−38533(P2006−38533A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−216134(P2004−216134)
【出願日】平成16年7月23日(2004.7.23)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】