説明

塗装方法、塗装制御装置及び塗装設備

【課題】 塗装ラインのラインスピードなどの変更が生じた場合でも、塗膜の色、質感などの視覚的特性を安定して維持することができる塗装方法、塗装制御装置及び塗装設備を提供すること。
【課題手段】 塗装ブース内に配置された自動塗装機を用いて、前記塗装ブース内の被塗物に塗料を噴霧することによる塗装方法であって、所定の配合の前記塗料それぞれを対象に、塗装された塗膜の色及び質感を含む視覚的特性を目的変数とし、塗料条件及び塗装条件に係る要因を説明変数として、重回帰式作成用データを用いて予め重回帰式を作成し、得られた重回帰式を用いることにより、塗装作業における目的変数値と説明変数値との関係を演算し、その結果に基づいて塗装操業を制御及び/又は監視する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などの車両、家庭電化製品、建材などの塗装方法、塗装制御装置及び塗装設備に関し、さらに詳しくは、塗料条件、塗装条件を制御することにより、色、質感などの塗色の視覚的特性が安定した塗膜を得ることができる塗装方法、塗装制御装置及び塗装設備に関する。
【背景技術】
【0002】
乗用車などの車両、冷蔵庫や洗濯機などの家庭電化製品、外壁材などの建材には、通常、塗料が表面に塗装される。この塗装は、下地の鋼板などの保護を行うとともに、美観に優れた外観に仕上げることに重点が置かれている。したがって、製造ラインにおける塗装工程では、塗膜に、ブツ(塗膜表面の突起物)、色違い(目標色と塗装色との相違)、タレ(塗膜が垂れた局部的に厚い部分)、ハジキ(塗面の一部のくぼみや塗料の付かない部分)、ワキ(ピンホ−ル)などの塗装欠陥発生の防止とともに、特に上塗り段階では、塗膜の色、質感などの視覚的特性の安定化に細心の注意が払われている。
【0003】
例えば、乗用車などの上塗り塗装の場合、被塗物は、温度、湿度などが管理された上塗り塗装ブース内を所定のラインスピードで移動し、その間に、塗装ブース内に設置されている自動塗装機を用いることによって塗装される。自動塗装機には、例えば、ベル型塗装機と呼ばれる回転霧化式静電塗装機が装備されており、ベル型塗装機を用いて、所定の塗料条件及び塗装条件で塗料を噴霧することにより塗装が行われている。なお、塗料条件には、塗料に含まれる溶媒の割合、固形分の配合割合、粘度などがあり、塗装条件には、上記のベル型塗装機の場合には、塗装雰囲気の温度と湿度と風速、塗装機の移動速度、被塗物の移動速度、塗装ガンと被塗物との距離、印加電圧、塗料の吐出量、ベル型塗装機のベルカップ回転数、シェーピングエア温度、シェーピングエア湿度、シェーピングエア圧、シェーピングエア流量などが含まれる。
【0004】
塗膜の色、質感などの塗色の視覚的特性は、上記のように様々な要因の影響を受ける。したがって、被塗物に対しては、所定のラインスピードに維持されるという制約条件の中で、所定の塗膜厚を確保するとともに、目標の色、質感を得ることができるように、塗料組成に応じて、塗料条件及び塗装条件が細かく管理された下で塗装が行われている。
【0005】
塗装ラインを含む工業製品の製造ラインでは、生産量の調整が必要になることが少なくない。そのような場合、塗装ラインにおいてもラインスピードが変更される。ラインスピードが変わるとそれに応じて、塗膜厚が変化してしまうので、所定の膜厚を確保するために、塗料条件、塗装条件の変更が余儀なくされる。そのような事態が生じた場合には、通常、塗料の吐出量が調整される。塗料の吐出量を調整すると、その他の塗装条件や塗料条件を変更しなければ、塗膜の目標の色や質感、光輝感を得ることができないのが一般的である。
【0006】
そのような場合には、例えば、目標とする光輝感が得られるように、吐出量の他に、ベルカップ回転数等の塗装条件の変更が必要になる。このような塗装条件の変更は、一義的に求められるものではなく、塗料・塗装技術者の知識、経験、勘などに頼らざるを得ないのが実情である。そのような条件の変更に即座に対処するためには、豊富な知識と経験に基づく高い能力が要求されるので、対応できるのはごく少数の技術者に限られる。したがって、そのような技術者がいない場合には、即座に対応することができないばかりではなく、対応できたとしても、最適な操業条件が選択されない場合がある。
【0007】
この他に、塗膜の仕上がり外観の向上、塗膜性能の向上などを目的として、塗料の種類(特に樹脂組成・溶媒組成など)が大幅に変更されることがあり、その場合には、たとえ経験豊富な塗装技術者であっても対処できないことがある。そのような事態が生じると、もっとも適した塗料条件、塗装条件の選択ができないために、作業工数や製造コストの増加、不良品の発生を招くことがあるばかりではなく、極端な場合には、目標の色、質感が得られないために、塗装ラインを停止しなければならないという事態が起こる可能性もある。そのための損失には、生産量の減少、場合によっては、納期遅れによる受注先への賠償金の支払い、信用の低下など計り知れないものが生じる可能性がある。
【0008】
上記のような事態が生じることを防止するために、塗膜の仕上がり肌を予測するシミュレーションにより、塗装環境の変動に対し、一定の水準の仕上がり肌が得られるように、簡単に塗装条件を変更することができる塗装方法が提案されている(例えば、特許文献1)。特許文献1に開示されている方法は、連続又はタクトで搬送される被塗物に対し、霧化塗装機を駆動する自動機又は塗装ロボットで吹付け塗装を行う方法を対象としており、塗装ブース雰囲気の温度及び湿度の検出信号と、塗膜の仕上がり肌の検出信号と、予めプログラムされている塗料条件、塗装条件、塗装環境条件などと仕上がり肌との関係式に基づいて、塗装条件を制御するようになっている。
【0009】
特許文献1に開示されている方法では、関係式を用いて、標準時と条件変動時における仕上がり肌を表すL.W.値を求め、変動時のL.W.値が目標の値となるように、シミュレーションにより塗料条件、塗装条件を求めるようになっている。上記の関係式は、塗料粒子などの霧化特性値とL.W.値との関係の実験式及び塗料条件、塗装条件とL.W.値との関係の実験式を基に構成されている。しかし、後者の実験式は、指数関数を用いて、全ての要因がべき乗(累乗)の積の形で表わされており、L.W.値に対する各要因の寄与度が明確ではなく、精度的に必ずしも十分とは言えず、ラインスピードの変更への対応までは考慮されていないという問題点がある。
【0010】
L.W.値などの塗膜の仕上がり肌を対象としているものではないが、重回帰式を用いて、ベル型塗装機で塗装される塗膜の厚さを高精度に推定する方法が提案されている(例えば、特許文献2)。特許文献2に開示されている方法は、塗装機の移動速度、塗装ガンと被塗物との距離、印加電圧、塗料の吐出量、シェーピングエア圧、ベルカップ回転数の6つの変数を説明変数とし、膜厚を目的変数とした重回帰式を作成し、重回帰式を用いて塗装のシミュレーションを行うことにより膜厚を演算し、推定するようになっている。この方法では、塗膜の厚さを推定することはできるが、塗膜の色、質感など視覚的特性値を推定し制御することはできない。
【特許文献1】特開2000−246167号公報
【特許文献2】特開平9−75839号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであって、塗装ラインのラインスピードなどの変更が生じた場合でも、塗膜の色、質感などの視覚的特性を安定して維持することができる塗装方法、塗装制御装置及び塗装設備を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る塗装方法(1)は、塗装ブース内に配置された自動塗装機を用いて、前記塗装ブース内の被塗物に塗料を噴霧することによる塗装方法であって、所定の配合の前記塗料それぞれを対象に、塗装された塗膜の色及び質感を含む塗色の視覚的特性を目的変数とし、塗料条件及び塗装条件に係る要因を説明変数として、重回帰式作成用データを用いて重回帰分析を行うことによって得られた重回帰式を用いることにより、塗装作業における目的変数値と説明変数値との関係を演算し、その結果に基づいて塗装操業を制御及び/又は監視することを特徴としている。
【0013】
また、本発明に係る塗装方法(2)は、上記塗装方法(1)において、前記塗料条件に係る要因が、前記塗料の粘度、固形分の配合割合、希釈用溶媒の配合割合のうちの少なくとも1つを含み、前記塗装条件に係る要因が、前記塗料の吐出量、塗装雰囲気の温度、塗装雰囲気の湿度、塗装雰囲気の風速、前記自動塗装機の移動速度、前記被塗物の移動速度、塗装ガンと前記被塗装物との間の距離、印加電圧、ベルカップ回転数、霧化エア圧、霧化エア流量、シェーピングエア圧、シェーピングエア温度、シェーピングエア湿度及びシェーピングエア流量のうちの少なくとも1つを含み、前記塗色の視覚的特性が、マンセル表色系の色度、L*a*b*表色系の色度、L*C*h表色系の色度、ハンターLab表色系の色度、XYZ表色系の色度、分光反射率、IV値、SV値及びフリップフロップ値のうちの少なくとも1つを含むことを特徴としている。
【0014】
本発明に係る塗装制御装置(1)は、上記塗装方法(1)又は(2)の制御に用いられる塗装制御装置であって、重回帰式記憶部、演算・制御部、入力部及び出力部を備え、所定の配合の塗料それぞれを対象に、前記重回帰式記憶部に格納されている重回帰式を用いて、前記目的変数値に対応する前記説明変数値を求める機能及び/又は前記説明変数値を基に前記目的変数値を求める機能を備えていることを特徴としている。
【0015】
また、本発明に係る塗装制御装置(2)は、上記塗装制御装置(1)において、さらに、重回帰式作成用データ記憶部を備え、所定の配合の前記塗料それぞれを対象に、入力された塗色の視覚的特性値を目的変数値とし、前記塗料条件及び前記塗装条件に係る要因に関するデータを説明変数値として、重回帰式を作成する機能を備えていることを特徴としている。
【0016】
本発明に係る塗装設備は、複数の被塗物を移動させながら塗装を行う自動塗装設備であって、上記塗装制御装置(1)又は(2)を備え、該塗装制御装置に格納されている重回帰式を用いて、前記目的変数値と前記説明変数値との関係を演算し、前記目的変数値に係る塗色の視覚的特性値と、前記説明変数値に係る塗料条件及び/又は塗装条件に係る要因の値とが許容範囲内に入るように、前記塗料条件及び/又は前記塗装条件に係る要因の値を算出し、その結果に基づいて塗装操業を制御及び/又は監視するように構成されていることを特徴としている。
【0017】
なお、本明細書で用いる「塗色の視覚的特性」とは、塗膜の色、光輝感を含む質感、分光反射率等の測定可能な塗色の視覚的特性を意味する。また、以下の説明においては、「塗色の視覚的特性」を「視覚的特性」と略記することがある。さらに、「所定の配合の塗料」とは、規格、仕様等により、塗料を構成する成分及びその配合割合が規定された塗料を意味する。
【発明の効果】
【0018】
上記塗装方法(1)によれば、重回帰式を用いることにより、塗装ラインにおいてラインスピード等の操業条件の変更が生じた場合でも、塗色の視覚的特性値を所定の値に維持するのに適切な塗料条件及び/又は塗装条件を求めることができる。特に、重回帰式を利用するために、多くのテストパネルを用いた試験を必要としないので、適切な塗料条件及び/又は塗装条件を効率的かつ経済的に求めることができるという優れた効果がある。また、常時、塗装ラインにおける塗膜の視覚的特性値と塗装操業条件との関係を分析することができる。したがって、従来のように、高い能力を備えた一部の塗装技術者に頼ることなく、操業条件の変更に対して、即座にかつ確実に対応することができるとともに、塗装の操業状態を常時監視することができる。
【0019】
また、上記塗装方法(2)によれば、塗色の視覚的特性値別に、対象となる多くの塗料条件、塗装条件に係る要因を用いて重回帰分析を行うので、それらの要因のうち、視覚的特性値との相関が強い要因を求めることができる。したがって、重相関係数又は説明率がより高い重回帰式を求めることができる。
【0020】
上記塗装制御装置(1)によれば、上記塗装方法(1)又は(2)のいずれかを実施することができる機能を備えているので、塗装方法(1)〜(4)のいずれかによって得られる効果と同様な効果を得ることができる。
【0021】
また、上記塗装制御装置(2)によれば、さらに重回帰式を作成する機能を備えているので、より実用的である。
【0022】
上記塗装設備によれば、上記塗装制御装置(1)又は(2)を備え、上記塗装方法(1)又は(2)のいずれかを実施可能に構成されているので、塗装方法(1)又は(2)のいずれかによって得られる効果と同様な効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
はじめに、本発明の実施の形態に係る塗装方法を具体的に説明する。実施の形態に係る塗装方法は、塗装ブース内に配置された自動塗装機を用いて、塗装ブース内を移動する被塗物に塗料を噴霧することによって塗装する方法を対象としている。通常塗装ブース内は、温度が所定の条件に制御されており、水性塗料が用いられる場合には温度に加えて湿度も制御されている。そのような条件下で、所定の塗料条件及び塗装条件で、所定の視覚的特性値を満足する塗膜が得られるように、条件を制御しながら塗装されている。また、塗料の噴霧には、主にベル型塗装機と呼ばれる回転霧化式静電塗装機が用いられている。なお、本発明の実施の形態に係る塗装方法は、温度及び湿度が制御されていない塗装ブース内における塗装にも適用可能である。
【0024】
実施の形態に係る塗装方法の場合、所定の配合の塗料それぞれを対象に、塗装された塗膜の色及び質感を含む視覚的特性の1つを目的変数とし、塗料条件及び塗装条件に係る要因を説明変数として、重回帰式作成用データを用いて予め重回帰式を作成し、この重回帰式を用いることにより、塗装作業における目的変数と説明変数との関係、すなわち、塗料条件及び塗装条件に係る要因の値と視覚的特性値との関係を演算し、その演算結果に基づいて塗装操業を制御及び/又は監視することを対象としている。すなわち、実施の形態に係る塗装方法は、通常の操業における視覚的特性値の変動に応じて、適切な塗料条件、塗装条件を速やかに、かつ正確に求めて塗装操業に反映させることにより、得られる視覚的特性値を制御し、監視する役割を発揮する。
【0025】
なお、実施の形態に係る塗装方法に用いられる重回帰式の場合、塗装条件等の変更に応じて、視覚的特性値を所定の値又は範囲に制御するために、塗料条件、塗装条件に係る要因のうち、少なくとも1つ要因の適切な条件が選択されなければならない。したがって、重回帰式は、視覚的特性値の制御を行うことができる、少なくとも1つの塗料条件及び/又は塗装条件に係る要因を含む式となっている。
【0026】
上記の塗料条件に係る要因には、塗料の粘度、塗料の固形分の配合割合、希釈用溶媒の配合割合などが含まれる。また、塗装条件に係る要因には、例えば、自動塗装機としてベル型塗装機を使用する場合には、塗料の吐出量、塗装雰囲気の温度、塗装雰囲気の湿度、塗装雰囲気の風速、自動塗装機の移動速度、被塗物の移動速度、塗装ガンと被塗物との間の距離、印加電圧、ベルカップ回転数(以下、ベル回転数と略記する)、シェーピングエア圧、シェーピングエア温度、シェーピングエア湿度及びシェーピングエア流量などが含まれる。なお、自動塗装機としてエア霧化型塗装機が用いられる場合には、ベル型塗装ガンのベル回転数に代えて、霧化エア圧、霧化エア流量が塗装条件に含まれる。
【0027】
目的変数Yは視覚的特性であり、前述のように、塗色の視覚的特性には、塗膜の色、光輝感を含む塗色の質感、分光反射率などが含まれる。それらのうち、塗膜の色は、マンセル表色系、L*a*b*表色系、L*C*h表色系、ハンターLab表色系及びXYZ表色系の色度のうち、少なくとも1つを用いて表すことができる。また、塗色の質感は、例えば光輝感で表され、光輝感は、塗膜の正反射方向の光輝感を表すIV値、すかし方向の光輝感を表すSV値、この両者の関係から光輝性顔料の配向状況を表すフリップフロップ値(FF値)によって表すことができる。さらに、色度は、市販されている測色計等によって測定された値を用いることが可能であり、分光反射率は、分光光度計によって測定された値を用いることができる。
【0028】
以下、図面を参照して、実施の形態に係る塗装方法をさらに具体的に説明する。図1は、一般的に用いられている塗装設備10の要部の構成示す模式的平面図である。被塗物11は、塗装ブース12内を矢印Aの方向に移動する。塗装ブース12内には、ベル型などの自動塗装機13が配置されており、図1に示した自動塗装機13は、水平部塗装用の塗装機13aと垂直部塗装用の塗装機13bとで構成されている。この自動塗装機13はロボット型の自動塗装機であってもよい。自動塗装機13は、回転式の霧化器であるベル型塗装ガンを備えており、ベル型塗装ガンから被塗物11に塗料を吹き付けて塗装するようになっている。塗装後の被塗物11は、塗装ブース12から出て乾燥炉などに送られる。
【0029】
図2は、自動塗装機の1つであるベル型塗装機20の要部の断面構造及びその制御系の1例を模式的に示す図である。ベル型塗装機20の塗装ガン21は、塗料供給ノズル22の塗料吐出口22a、高速で回転するベルカップ23、エアガイド24、シェーピングエア用の環状のエア吹出し口24aなどで構成されている。塗料が塗料吐出口22aから供給されると、回転するベルカップ23の遠心力と、エア吹出し口24aから噴射されるシェーピングエアによって霧化され、霧化された塗料が被塗物11に吹き付けられる。また、制御系25は、自動塗装機制御装置26、シェーピングエア調節器(圧力、流量の調節器)26a、ベルカップ23の回転数調節器26b、塗料供給量調節器26c及び自動塗装機制御装置26に接続された入出力手段27を備えている。
【0030】
実施の形態に係る塗装方法は、上記のような塗装設備10、自動塗装機13(ベル型塗装機20)を用いる塗装方法である。その制御・監視を行うために、色、質感などの視覚的特性(目的変数)と、塗料条件及び塗装条件に係る要因(説明変数)との関係について重回帰分析を行い、重回帰式を求め、得られた重回帰式を用いて塗装操業を制御することを基本としている。重回帰式の基本形は、下記の(1)式で表される。
Y=k・f(x)+k・f(x)+・・・・・+k・f(x)+e (1)
(1)式において、Yが目的変数、f(x)〜f(x)が説明変数、k〜kが回帰係数、eが残差である。x〜xは、すでに説明した塗料条件及び塗装条件に係るそれぞれの要因であり、重回帰分析にはすべての要因が対象になる。ただし、目的変数との相関が強いいくつかの要因が明らかになっており、その他の相関が弱い要因を用いる必要がない場合、また、塗装操業の安定性などの観点から、変化させることが可能な範囲が狭く制限され、目的変数との相関が弱い要因がある場合には、それらの要因を説明変数から除外して重回帰分析を行うことができる。
【0031】
重回帰分析に用いられる要因xに係る説明変数は、xの関数であり、基本的にはf(x)で表される。具体的には、説明変数としては、各要因の値そのまま、2乗、3乗、平方根、逆数、対数などが用いられる。それぞれの要因間では、最適な関数の形は相互に独立した形とすることができるので、それぞれの要因毎に理論的、経験的又は実験的に最適な関数形を選択することが好ましい。
【0032】
重回帰式を作成する場合、基本的には、塗料条件及び塗装条件に係る要因すべてを説明変数として重回帰分析を行う。しかし、前述のように、目的変数との相関が強いいくつかの要因が明らかになっている場合には、それらの要因に絞って重回帰分析を行うことができる。実施の形態に係る塗装方法における1つの形態では、所定の配合の塗料で塗装された塗膜を対象とし、塗膜の特性値(目的変数値)をFF値で表す場合には、多くの塗料条件、塗装条件に係る要因の中でも、塗料の吐出量、シェーピングエア圧及びベル回転数の影響が強いため、これらの3つの要因を用いることによって、重相関係数(R)、説明率(R)の高い重回帰式を作成することができる。そのため、後に説明する実施の形態の場合には、目的変数値がFF値の場合、説明変数値として、主に塗料の吐出量、シェーピングエア圧及びベル回転数の各要因の値を所定の範囲で変化させたデータと、それぞれ一定の値に設定されたその他の要因とを対象に重回帰分析を行う例を説明する。
【0033】
ただし、高い重相関係数、説明率などが得られる目的変数と説明変数との関係には多くの組み合わせがあり、それぞれのケースで目的変数に対して重要な影響を及ぼす要因が異なる可能性があるので、それぞれのケースで値を変化させる要因を説明変数として選択することが好ましい。むろん、目的変数との相関が強い要因が明瞭ではない場合には、対象となる要因すべてを説明変数として重回帰分析を行う。その上で、重回帰式の精度をより向上させるために、目的変数との相関が強い説明変数を選択し、さらに重回帰分析を行うことが好ましい。
【0034】
図3は、実施の形態に係る塗装方法で用いられる重回帰式を作成し、得られた重回帰式を基に、塗色の視覚的特性値を求める手順を示すフローチャートである。重回帰式は、図3に示したステップS1〜ステップS3の手順に従って作成する。ステップS1では、テストパネルを作製する。テストパネルは、所定の配合の上塗り用塗料を、例えば、下塗り及び中塗りが行われた基材に対して、所定の塗料条件及び塗装条件で塗装し、塗膜を乾燥させることによって作製する。
【0035】
塗料は、通常、着色材である着色顔料や光輝性顔料、塗膜構成成分である樹脂や架橋材、補助成分であるレオロジーコントロール剤、顔料分散剤、沈降防止剤、硬化触媒、消泡剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等の各種添加剤、体質顔料などと、有機溶剤又は水などの溶媒とで構成されている。塗料を設計する場合には、要求される塗料の性能に応じて、塗料の構成成分と配合割合とが決定される。一定の操業条件の中で、質感などの視覚的特性を微調整するために、塗料条件を変更することができる要因は限られており、希釈用溶媒の配合割合、レオロジーコントロール剤等の添加剤の配合割合など、塗料の粘度、固形分の配合割合に関係する要因がある。
【0036】
また、塗装条件に係る要因には、前述のように多くの要因があるが、例えば、FF値に対する影響が大きい要因に、塗料の吐出量、自動塗装機としてベル型塗装機を使用する場合のベル回転数、シェーピングエア圧などがある。
【0037】
テストパネルは、所定の配合の塗料に対して、上記の塗料条件及び塗装条件に係る要因のうち、ケース毎に一部の要因の条件(水準)を変化させ、それぞれ複数の条件で作製する。その際、変化させるそれぞれの要因は、基準値を設定し、基準値に対して3水準以上設定して塗装を行い、テストパネルを作製することが好ましい。しかし、多くの要因についてそれぞれ3水準以上の条件とすると、テストパネルの作製数が著しく多くなる。したがって、上記のように、目的変数としての色、質感などの各視覚的特性に応じて、予め把握されている視覚的特性との相関が強い要因を選択し、その要因の水準を変化させることにより、効率的に重回帰式を作成することが好ましい。
【0038】
次に、ステップS2では、ステップS1で得られたそれぞれのテストパネルについて、重回帰分析において目的変数となる視覚的特性値を測色によって求める。これらの視覚的特性値に関しては、すでに説明したとおりである。ただし、視覚的特性値は、色や質感を数値として表すことができる心理物理量であれば、その他の値も利用可能であり、前述の特性値の例のみに限定されるものではない。
【0039】
ステップS1でテストパネルを作製した際の塗料条件と塗装条件及びステップS2で得られたテストパネルの塗膜の測定結果は、シミュレータや後に説明する塗装制御装置などに設けられているデータ記憶部に重回帰式作成用のデータベースとして格納しておくことが好ましい。各要因と視覚的特性に関するデータは、数値をそのまま格納してもよいが、塗料条件及び塗装条件については、基準値に対する比の形で保存することが好ましい。なお、保存するデータは、必ずしもテストパネルで得られたデータだけでなくてもよい。テストパネル以外から得られるデータであっても、塗料が所定の配合の場合であり、目的変数値としての視覚的特性値のデータ、塗料条件及び塗装条件に係る要因のデータが揃っている場合には、重回帰分析用のデータとして利用することができる。本明細書でいう上記のシミュレータとは、入力された各説明変数に係る要因のデータを基に、重回帰式によって目的変数値である視覚的特性値を計算し、計算結果を表示する機能を有する演算装置を意味する。
【0040】
次に、ステップS3で、重回帰分析を行うことにより、重回帰式を求める。具体的には、上記の塗料条件及び塗装条件の中から選択された2つ以上の要因を説明変数、色又は質感を表す視覚的特性のうちの1つを目的変数として重回帰分析を行う。重回帰式の基本形と重回帰分析方法についてはすでに説明したので、重複する説明を省略する。なお、重回帰分析には、汎用のソフトウエアを用いることが可能であり、例えば、Lotus社製Lotus1−2−3(登録商標)、Microsoft社製Excelシリーズ、統計計算専用ソフトである日本科学技術研修所社製JUSE−QCAS(登録商標)等を利用することができる。
【0041】
ステップS4〜6では、ステップS1〜S3で得られた重回帰式について、その推定精度を確認する。すなわち、塗料条件及び塗装条件に係る各要因のデータを基に、塗装によって得られる塗膜の色や質感を表す視覚的特性値を推定するステップである。
【0042】
ステップS4では、ステップS3で得られた重回帰式を、シミュレータや後に説明する塗装制御装置などの記憶部に格納する。このシミュレータは、ステップS1〜S3の段階で用いられる装置と同じでもよい。
【0043】
ステップS5では、塗料条件及び塗装条件に係る要因のデータをシミュレータに入力する。具体的には、塗装によって得られる視覚的特性値を推定するために、シミュレーションを行うための塗料条件及び塗装条件に係る要因のデータを入力する。入力するデータは、各要因の数値そのまま、基準値に対する比など、重回帰式に含まれるそれぞれの要因の値を入力する。なお、入力装置は、キーボード、タッチパネルなど、シミュレータにデータを入力できる装置であれば、いずれの装置も利用可能である。
【0044】
ステップS6では、シミュレータ内で、入力された塗料条件及び塗装条件に係る要因のデータを基に、重回帰式を利用して視覚的特性値を演算する。
【0045】
ステップS7では、ステップS6で演算された視覚的特性値を表示する。シミュレータとして、前述の表計算ソフトウエアがインストールされているコンピュータが使用される場合には、通常、重回帰式に含まれる説明変数に係る要因(ステップS1〜S3における重回帰分析の際、水準を変化させた要因)のデータを入力すると、コンピュータが重回帰式(ステップS1〜S3で得られた重回帰式)を使用して、自動的に目的変数である視覚的特性値を計算し、その結果が表示される。
【0046】
図4A、4Bは、実施の形態に係る塗装方法で用いられる重回帰式を用いて、目標の視覚的特性値が得られる塗料条件及び塗装条件に係る要因を推定する手順を示すフローチャートである。なお、重回帰式は、上記のステップS1〜S3に相当する手順で所定の配合の塗料毎に得られているものとし、図4A、4Bに示したフローチャートは、実際の塗装操業において発生する事例の1例を想定したものとする。また、以下の手順を実行するために用いられる装置は、基本的には、図1、図2に示した装置及び図3を参照して説明したシミュレータである。
【0047】
通常の日常的な塗装操業では、適宜塗色の視覚的特性値の測定が行われ、色、質感などが所定の条件を満足しているか監視されている。塗料条件、塗装条件に異常がなければ、視覚的特性値には大きな変動はないはずであるが、徐々に変化する可能性もある。一方、生産調整などの理由から、特に塗装条件を変更しなければならないことが生じる。このような塗装操業を監視し、必要に応じて対策を講じるようになっている。
【0048】
図4Aに示したステップS11では、生産量調整等、塗装ラインの操業条件の変更要求があるか否かを判断する。そのような要求がないと判断した場合には、ステップS12へ進み、FF値などの視覚的特性値を測定する。次に、ステップS13へ進み、視覚的特性値の測定結果が許容範囲内か否かを判断する。測定結果が許容範囲内であると判断した場合には、ステップS11へ戻って監視を続ける。一方、ステップS13で、測定結果が許容範囲を超えていると判断した場合には、ステップS15(図4B)へ進む。
【0049】
ステップS11で、塗装ラインの操業条件の変更要求があったと判断した場合には、ステップS14へ進み、塗装ラインの操業条件の変更に対応可能な特定の説明変数に係る要因、すなわち塗料条件及び塗装条件に係る要因のうち、該当する要因の目標値を設定する。この要因は、例えば、生産速度を速くする必要がある場合は、被塗物の移動速度などである。その後、ステップS15(図4B)へ進む。
【0050】
図4Bに示したステップS15では、目的変数の目標値、すなわち視覚的特性値の目標値を設定する。通常は、視覚的特性値の許容範囲のほぼ中央値に設定する。この値は、所定の配合の塗料毎に、過去に実績として得られている視覚的特性値の中から選択された、もっとも好ましい値である。ただし、必要に応じて上限側又は下限側に近い値を設定してもよい。次に、ステップS16へ進み、塗料条件及び塗装条件に係る要因のうち、目標の視覚的特性値を得るために変更する要因xを指定する。例えば、ステップS14で被塗物の移動速度を速くするように設定された場合には、塗膜の厚さを確保するために、変更する要因として、例えば塗料の吐出量を指定する。
【0051】
ステップS17では、ステップS15で設定された視覚的特性値の目標値及び変更する要因x以外の要因のデータを用いて、所定の配合の塗料に対応する重回帰式により、説明変数f(x)を算出し、さらに要因xの値を求める。なお、図4Bには示していないが、要因x以外の塗料条件及び塗装条件に係る要因の値は、固定された値に設定されている。これらの要因の固定された値は、塗装操業において予め決定されている要因の値、すなわち制約条件に適合する範囲内の値を意味し、設定された制約条件の範囲内であれば、値を適宜選択することができる。また、これらの要因に関するデータは、予めシミュレータに格納しておいてもよく、その都度入力してもよい。ステップS17の後、ステップS18へ進む。
【0052】
ステップS18では、ステップS17で求められた要因xの値が、制約条件として許容されている範囲内か否か判断する。求められた要因xの値が、許容範囲を超えていると判断した場合には、ステップS19へ進み、xの値を許容範囲内の値(例えば、許容範囲内の超えている側の値)に固定する。次に、ステップS20へ進み、変更する別の要因を指定した後、ステップS17へ戻り、ステップS17以降の手順を繰り返す。
【0053】
一方、ステップS18で、求められた要因xの値が、許容範囲内であると判断した場合には、その要因xの値を用いることにより、塗装作業における視覚的特性値の目標値を満足できるはずであるので、ステップS21へ進み、すべての塗料条件及び塗装条件を決定する。このすべての塗料条件及び塗装条件の値は、重回帰式による計算に用いた値とすればよい。次に、ステップS22へ進み、ステップS21で決定された値を塗装操業へフィードフォワードする。ステップS22でフィードフォワードされた条件を用いることにより、塗装操業を制御する。
【0054】
ステップS22までの手順が終了した場合には、ステップS11へ戻り、ステップS11以降の手順を繰り返す。
【0055】
なお、図4A及び図4Bを参照して説明する手順は、本実施の形態に係る塗装方法が実施可能なことを示す1例であり、重回帰式を用いることにより、塗装操業を制御可能であれば、ステップの順序が相違してもよく、特定のステップが省かれてもよく、別のステップを含んでいてもよい。
【0056】
また、視覚的特性値には、FF値をはじめ、マンセル表色系、L*a*b*表色系、L*C*h表色系、ハンターLab表色系、XYZ表色系のなどの値がある。塗装の操業条件の変更に応じて、少なくとも1つの適切な塗料条件及び/又は塗装条件に係る要因を求める場合、上記の視覚的特性値のうちの1つを対象に最適な塗料条件、塗装条件に係る要因を求め、その結果を利用するようにしてもよい。ただし、それぞれの視覚的特性値に対しては、塗料条件、塗装条件に係る要因の影響が相違する可能性もある。したがって、それぞれの視覚的特性値に関する重回帰式を用いて、それらの視覚的特性値を満足する塗料条件、塗装条件に係る要因の値を求め、それらの視覚的特性値を満足するか否かを確認し、もっとも適切な条件を選択することがより好ましい。
【0057】
図5は、本発明の実施の形態に係る塗装制御装置の構成を示すブロック図である。以下に示す塗装制御装置30は、図3を参照して説明した重回帰式作成用のシミュレータとしての機能及び図4A、4Bを参照して説明した塗装方法を実施するための機能を含む例である。塗装制御装置30は、重回帰式用データ記憶部31、実操業用データ記憶部32、演算・制御部33、入力部34及び出力部35を備えている。また、重回帰式用データ記憶部31と演算・制御部33との間、実操業用データ記憶部32と演算・制御部33との間が信号の送受信可能に接続され、演算・制御部33と入力部34、出力部35との間がそれぞれ信号の送信、受信可能に接続されている。さらに、重回帰式用データ記憶部31には、重回帰分析用データ記憶部31a及び重回帰式記憶部31bが設けられ、実操業用データ記憶部32には、操業データ記憶部32a及び制約条件記憶部32bが設けられている。なお、実操業用データ記憶部32は、必要に応じて設けられるものであり、例えば、重回帰分析用データ記憶部31に必要なデータを記憶させるようにしてもよい。
【0058】
重回帰式作成用の視覚的特性値に関するデータ及び塗料条件、塗装条件に係る要因に関するデータ、実操業の際に発生する視覚的特性値に関するデータ及び塗料条件、塗装条件に係る要因に関するデータは、それぞれ入力部34及び演算・制御部33を介して、それぞれ対応する記憶部に格納される。また、操業データ記憶部32aには、各視覚的特性値、塗料条件と塗装条件に係る各要因のデータの実測値及びそれらの設定値が格納され、制約条件記憶部32bには、少なくとも、所定の配合の塗料毎に設定されている視覚的特性値の許容範囲と目標値、塗料条件及び塗装条件の許容範囲と目標値が格納されるようになっている。なお、重回帰式用データ記憶部31、実操業用データ記憶部32には、それぞれのデータが、所定の配合の塗料別に格納されるようになっている。
【0059】
重回帰式を作成する場合には、演算・制御部33が、図3を参照して説明した手順に従って、重回帰分析用データ記憶部31aに格納されているデータを用いて重回帰式を作成し、得られた重回帰式を重回帰式記憶部31bに格納する。
【0060】
図4A及び図4Bを参照して説明した実操業における監視、制御は、主に実操業用データ記憶部32の操業データ記憶部32a、制約条件記憶部32bに格納されているデータを用いて、演算・制御部33によって実行される。演算・制御部33の演算によって算出された各視覚的特性値、各要因の値は、出力部35に出力されるとともに、必要に応じて直接自動塗装機20の制御部25の入出力手段27(図2参照)に送信され、自動塗装機20の制御に利用される。
【0061】
上記の実施の形態に係る塗装制御装置30の場合には、重回帰分析用データ記憶部31aを含む例、すなわちシミュレータとしての機能を備えた例を示したが、別の実施の形態では、重回帰分析用データ記憶部31aが省かれ、シミュレータとしての機能がないものであってもよい。その場合には、重回帰式を別のシミュレータを利用して作成し、得られた重回帰式が重回帰式記憶部31bに格納されるタイプの装置構成とする。
【0062】
図5に示した塗装制御装置30に含まれる上記の機能は、通常のパーソナルコンピュータなどを用いることにより実現することができる。
【0063】
本実施の形態に係る塗装設備は、自動塗装機を含む基本的な全体構成が図1に示されている設備である。この塗装設備10は、温度及び湿度が制御されない塗装ブース、又は温度若しくは温度及び湿度が制御された塗装ブース内において、複数の被塗物11を移動させながら塗装を行う自動塗装設備であり、通常、被塗物11を一定の速度で搬送するコンベア部、被塗物11に塗料を噴霧する自動塗装機13、移動する被塗物11に対して自動塗装機13を適正な位置に移動させるレシプロケータ又はロボット、塗装操業を制御する自動塗装制御装置26を備えている。また、塗装設備10に含まれる自動塗装機13の1例は、図2に示したベル型塗装機20であり、塗装制御装置の1例は図5に示した構成のものである。さらに、図4A、4Bを参照して説明した塗装操業の制御が、塗装制御装置30によって実行されるようになっている。なお、塗装設備10は、基本的には商業規模の設備を対象としているが、自動塗装機13とレシプロケータ等から構成される試験研究用の小規模な設備として構成されたものであってもよい。
【実施例1】
【0064】
実施例1では、本発明の実施の形態で用いられる重回帰式の精度を確認した。まず、脱脂及びりん酸亜鉛処理が施された鋼板(材質:JISG3141、大きさ:縦横400mm×300mm、厚さ0.8mm)に、カチオン電着塗料:商品名「エレクロン9400HB」(関西ペイント株式会社製:エポキシ樹脂、ポリアミン系カチオン樹脂及び硬化剤としてのブロックポリイソシアネート化合物を含む塗料)を、硬化後の塗膜厚さが20μmになるように電着塗装し、170℃で20分間加熱して架橋硬化させることにより電着塗膜を形成した。
【0065】
さらに、電着塗膜面に、中塗り塗料:商品名「ルーガベーク中塗りグレー」(関西ペイント株式会社製:ポリエステル樹脂、メラミン系樹脂及び有機溶剤を含む塗料)を、硬化後の塗膜厚さが30μmになるようにエアスプレーによって塗装し、140℃で30分間加熱して架橋硬化させることにより、中塗り塗膜を形成した。上記の手順により、表面に電着塗膜及び中塗り塗膜が形成された鋼板を作製し基材とした。
【0066】
基材に塗装する上塗り塗料の調製は次の方法によった。水酸基含有アクリル樹脂(水酸基価100、数平均分子量20000)及びメラミン樹脂からなる樹脂成分100質量部(固形分)当たりに、商品名:アルペースト7680NS(東洋アルミニウム社製、鱗片状アルミニウムフレーク顔料、固形分65質量%)を固形分換算で20質量部配合し、攪拌混合を行い、塗装に適した粘度に希釈することにより、固形分約25質量%を含む有機溶剤型塗料を調製した。
【0067】
次に、ベル型塗装機を使用して、調製した有機溶剤型塗料を基材に塗装した。塗装に当たっては、塗料条件及び塗装条件に係る要因のうち、塗料の吐出量、シェーピングエア圧(SA圧)及びベル回転数をそれぞれ3レベルとし、それらの組み合わせで7つの条件を選び、それぞれの条件で基材に塗装した。その他の塗料条件及び塗装条件に係る要因は、すべて固定した条件とした。塗装後の基材を、温度140℃、30分間の条件で加熱して塗膜を硬化させることにより、テストパネル7枚を作製した。
【0068】
得られたテストパネルについて、塗膜の色や質感を表す視覚的特性値として、光輝感を表す値であるFF値を測定した。FF値の測定には、メタリック感測定器、商品名:ALCOPE(関西ペイント社製)を用いた。ALCOPEは、レーザー式メタリック感測定装置であり、金属に感度がある近赤外線(波長780nm)のレーザーを測定面に対して45度の角度から照射し、正反射光に対して45度の角度で受光した場合の反射率SV、10度の角度で受光した場合の反射率IVを検出する機能を備えた装置である。FF値は、下記の(1)式より算出した。
FF値=0.2×(IV−SV)/(IV+SV) (1)
表1に、7枚のテストパネルに関する塗装条件(塗料の吐出量、シェーピングエア圧、ベル回転数)及びFF値の測定値をまとめて示す。
【0069】
【表1】

【0070】
次に、塗料の吐出量、シェーピングエア圧、ベル回転数の各要因に関係するそれぞれの説明変数は、各要因の関数として表されるものであるので、各要因の値を基に重回帰分析に用いる説明変数値を求めた。上記の3つの要因の値(表1に示した値)をそのまま説明変数値として利用することもできる。しかし、前述のように、本発明に係る塗装方法の場合、FF値に関する重回帰式には、ベル回転数は2乗した値を目的変数として用いることにより、重回帰式の重相関係数、説明率を向上させ得ることが本発明者らにより確認されているので、ベル回転数は2乗した値、塗料の吐出量及びシェーピングエア圧は1次の値を説明変数とした。なお、重回帰分析には、各要因は、基準値(「基準」を付けて表示)に対する実際の値(「実」を付けて表示)の比の形で利用した。なお、各要因の基準値は次のとおりである。吐出量:160cc/min、SA圧:2.45×10Pa、ベル回転数:25,000rpm。
【0071】
表2に、重回帰分析に用いた各要因の説明変数値を示した。
【0072】
【表2】

【0073】
表2に示した各要因に対応する説明変数値を使用し、実測して得たFF値を目的変数として重回帰分析を行った結果、下記の(2)式が得られた。
FF値=−0.300×(実吐出量/基準吐出量)+0.125×(実SA圧/基準SA圧)+0.130×(実ベル回転数/基準ベル回転数)+1.59 (2)
次に、(2)式の精度を確認する試験を行った。表3に示した条件で、10枚のテストパネルを作製した。テストパネルの作製方法は、上記の重回帰式を求めるためにテストパネルを作製した方法と同じである。得られたテストパネルのFF値を測定するとともに、(2)式によりFF値を求めた。
【0074】
表3に、塗装条件、FF値の実測値及び計算値(推定値)をまとめて示す。
【0075】
【表3】

【0076】
表3から明らかなように、FF値の実測値と計算値とは、その差が極めて小さく、(2)式により、FF値を高精度で推定可能なことが確認された。
【実施例2】
【0077】
実施例2では、実施例1の場合とは異なる上塗り塗料を用いてテストパネルを作製し、重回帰式を求めるとともに、得られた重回帰式を用いることによるFF値の制御精度を確認した。テストパネルの作製に用いた上塗り塗料には、鱗片状アルミニウムフレーク顔料として、商品名:アルペースト7620NS(東洋アルミニウム社製:固形分70質量%)を配合した。その他の条件は、実施例1の場合と同じである。また、FF値の測定も、実施例1の場合と同じである。
【0078】
表4に、7枚のテストパネルに関する塗装条件(塗料の吐出量、シェーピングエア圧、ベル回転数)及びFF値の測定値をまとめて示す。
【0079】
【表4】

【0080】
重回帰式を作成した手順は、実施例1の場合と同様であるので、重複する説明を省略する。また、塗料の吐出量、SA圧及びベル回転数の基準値も、実施例1の場合と同じである。重回帰分析の結果、下記の(3)式が得られた。
FF値=−0.32×(実吐出量/基準吐出量)+0.125×(実SA圧/基準SA圧)+0.157×(実ベル回転数/基準ベル回転数)+1.69 (3)
次に、塗装条件(塗料の吐出量、シェーピングエア圧、ベル回転数)の変更によるFF値の制御精度を調査した。はじめに、FF値が1.65以上になるFF値の目標値を設定し、上記の(3)式を用いて、塗装条件(塗料の吐出量、シェーピングエア圧、ベル回転数の各要因)の適正な組み合わせを求めた。
【0081】
表5に、設定したFF値の目標値、それぞれのFF値に対応する塗料の吐出量、シェーピングエア圧、ベル回転数の組み合わせに関する計算結果、及びその条件で塗装して得られたテストパネルのFF値の実測値をまとめて示す。
【0082】
【表5】

【0083】
表5に示したように、塗料の吐出量は140〜200cc/min、シェーピングエア圧は1.47〜2.94×10Pa、ベル回転数は22,000〜35,000rpmというように大幅に変化させた条件で、各条件の適正な組み合わせを求めて塗装を行った。その結果、FF値の目標値と実測値との間の相違は0.01以内で、極めて小さいことが確認された。
【0084】
上記の結果から、塗装ラインで、ラインスピードの変更に伴い、例えば、塗料の吐出量が変更された場合でも、重回帰式を用いて、シェーピングエア圧又はベル回転数の適正値を求めて、得られた条件で塗装を行うことにより、塗膜のFF値を所定の値、すなわち制約条件の範囲内に制御可能なことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明に係る塗装方法は、本発明に係る塗装設備、塗装制御装置を用いることによって実施可能であり、例えば、光輝性顔料を含む塗料の自動車車体等の工業製品に対する塗装に適用可能である。また、それによって、塗膜の色、質感などの視覚的特性値が、高精度に制御され維持される。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】塗装設備の要部の構成示す模式的平面図である。
【図2】ベル型塗装機の要部の断面構造及びその制御系の1例を模式的に示す図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る塗装方法で用いられる重回帰式を作成し、得られた重回帰式を基に、塗色の視覚的特性値を求める手順を示すフローチャートである。
【図4A】実施の形態に係る塗装方法で用いられる重回帰式を用いて、目標の塗色の視覚的特性値が得られる塗料条件及び塗装条件に係る要因を推定する手順を示すフローチャートであり、ステップS11〜S14を示している。
【図4B】実施の形態に係る塗装方法で用いられる重回帰式を用いて、目標の塗色の視覚的特性値が得られる塗料条件及び塗装条件に係る要因を推定する手順を示すフローチャートであり、ステップS15〜S22を示している。
【図5】本発明の実施の形態に係る塗装制御装置の構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0087】
10 塗装設備
11 被塗物
12 塗装ブース
13 自動塗装機
20 ベル型塗装機
21 ベル型塗装機の塗装ガン
22 塗料供給ノズル
23 ベルカップ
24 エア吹出し口
25 制御系
26 自動塗装機制御装置
30 塗装制御装置
31 重回帰式用データ記憶部
32 実操業用データ記憶部
33 演算・制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗装ブース内に配置された自動塗装機を用いて、前記塗装ブース内の被塗物に塗料を噴霧することによる塗装方法において、所定の配合の前記塗料それぞれを対象に、塗装された塗膜の色及び質感を含む塗色の視覚的特性を目的変数とし、塗料条件及び塗装条件に係る要因を説明変数として、重回帰式作成用データを用いて重回帰分析を行うことによって得られた重回帰式を用いることにより、塗装作業における目的変数値と説明変数値との関係を演算し、その結果に基づいて塗装操業を制御及び/又は監視することを特徴とする塗装方法。
【請求項2】
前記塗料条件に係る要因が、前記塗料の粘度、固形分の配合割合、希釈用溶媒の配合割合のうちの少なくとも1つを含み、前記塗装条件に係る要因が、前記塗料の吐出量、塗装雰囲気の温度、塗装雰囲気の湿度、塗装雰囲気の風速、前記自動塗装機の移動速度、前記被塗物の移動速度、塗装ガンと前記被塗装物との間の距離、印加電圧、ベルカップ回転数、霧化エア圧、霧化エア流量、シェーピングエア圧、シェーピングエア温度、シェーピングエア湿度及びシェーピングエア流量のうちの少なくとも1つを含み、前記塗色の視覚的特性が、マンセル表色系の色度、L*a*b*表色系の色度、L*C*h表色系の色度、ハンターLab表色系の色度、XYZ表色系の色度、分光反射率、IV値、SV値及びフリップフロップ値のうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1に記載の塗装方法。
【請求項3】
前記請求項1又は2に記載の塗装方法の制御に用いられる塗装制御装置であって、重回帰式記憶部、演算・制御部、入力部及び出力部を備え、所定の配合の塗料それぞれを対象に、前記重回帰式記憶部に格納されている重回帰式を用いて、前記目的変数値に対応する前記説明変数値を求める機能及び/又は前記説明変数値を基に前記目的変数値を求める機能を備えていることを特徴とする塗装制御装置。
【請求項4】
さらに、重回帰式作成用データ記憶部を備え、所定の配合の前記塗料それぞれを対象に、入力された塗色の視覚的特性値を目的変数値とし、前記塗料条件及び前記塗装条件に係る要因に関するデータを説明変数値として、重回帰式を作成する機能を備えていることを特徴とする請求項3に記載の塗装制御装置。
【請求項5】
複数の被塗物を移動させながら塗装を行う自動塗装設備であって、請求項3又は4に記載の塗装制御装置を備え、該塗装制御装置に格納されている重回帰式を用いて、前記目的変数値と前記説明変数値との関係を演算し、前記目的変数値に係る塗色の視覚的特性値と、前記説明変数値に係る塗料条件及び/又は塗装条件に係る要因の値とが許容範囲内に入るように、前記塗料条件及び/又は前記塗装条件に係る要因の値を算出し、その結果に基づいて塗装操業を制御及び/又は監視するように構成されていることを特徴とする塗装設備。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−218425(P2006−218425A)
【公開日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−35413(P2005−35413)
【出願日】平成17年2月14日(2005.2.14)
【出願人】(000001409)関西ペイント株式会社 (815)
【Fターム(参考)】