説明

多層膜ミラーおよびその製造方法

【課題】入射角度に依存する照度ムラのない多層膜ミラーを実現する。
【解決手段】基板100上に、マグネトロンスパッタリングによってSi層11とMo層12を交互に成膜して多層膜ミラー10を形成する。Si層11とMo層12の間に成膜中に形成される拡散層13は、多層膜ミラー10の反射率を低下させる性質があるため、軟X線R1の入射角度が異なるミラー周辺部分と中央部に対応するように、拡散層13の面内方向に膜厚分布を設ける。入射角度の低いミラー周辺部分と同等になるように中央部の反射率を低くすることで、反射光R2の照度を均一にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線領域の光に対応する多層膜ミラーおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軟X線領域では、光は全ての物質で強く吸収されると共に、屈折率が1に近いため、原理的には屈折によるレンズ作用を利用することができない。そこでミラーを利用して光学系を組むことになるが、通常の単層膜を形成した反射鏡の直入射反射率はほとんどゼロに近く、機能しない。ところが比較的吸収の少ない材料を用いた多層膜が、直入射ミラー光学素子として機能できるため、その効果を利用した反射光学系を用いることが可能になっている。
【0003】
そして、二種類の物質A、Bを交互に数十層以上積層させ、さらに、それらの界面である反射面を多数形成して各々の界面からの反射波の位相が一致するような光学的干渉理論に基づいた波長オーダーの厚さである極薄膜を持つ多層膜からなる反射鏡が開発された。高反射率を得るためには物質A、Bの組み合わせとして、吸収係数ができるだけ小さく、屈折率nA 、nB の差が大きいものを選ぶ必要がある。入射波が軟X線領域での波長である11nm〜14nmの範囲で最も高反射率が得られる物質対としては、MoとSiの交互多層膜がある(特許文献1参照)。この多層膜はマグネトロンスパッタ・EB蒸着・イオンビームスパッタ等の薄膜形成技術によって形成することができる。
【0004】
露光装置に用いられる光学系では、光源より放出された露光光は照明系からマスク、結像系にいたる過程で通過する光路によって多層膜ミラーの入射角度依存性などの影響を受けて照度にムラが生じやすい。この照度ムラは結像性能の低下を招くおそれがある。
【0005】
そこで、入射角度に依らず照度が一定になるように、最表面膜に分布を持たせることで面内の照度を一定に保つ方法や(特許文献2参照)、多層膜ミラーの表面に様々な粗さを形成して面内の照度を一定にする方法(特許文献3参照)などが考えられている。
【特許文献1】特許第3101695号公報
【特許文献2】特開2005−260072号公報
【特許文献3】特開2005−294622号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2等に開示された反射率調整方法以外に、2種類の層の界面に自然発生する拡散層を調整する方法がある。しかし、界面に拡散層が発生することで所望の膜設計(屈折率)から外れてしまい、反射率が下がる要因となる。
【0007】
本発明は上記従来の技術の有する未解決の課題に鑑みてなされたものであり、本来なら不要な層である拡散層を利用して面内反射率を一定にすることで照度ムラを解消する多層膜ミラーおよびその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の多層膜ミラーは、屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜を積層した多層膜ミラーにおいて、前記2層の界面に発生する拡散層に、面内方向の膜厚分布を持たせたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
ミラー面内の部分ごとに異なる軟X線の入射角度に対して、拡散層に膜厚分布を持たせることで、反射光の照度が一定になるようにする。
【0010】
拡散層に膜厚分布を持たせる手段として、一つはスキャン成膜中に外部からエネルギーを加えたり、または成膜プロセスを変動させる方法と、もう一つは成膜し終えた多層膜ミラーに後から外部エネルギーを加える方法の、2通りの手段が考えられる。これらの手法によって、面内に設計どおりの拡散層を作り、面内の反射率分布を制御する。
【0011】
多層膜ミラーの面内照度ムラを無くして反射光の照度を一定にするには、拡散層の厚みが反射率低下に繋がることから、面内の最高反射率を有する部分において、面内最低反射率を有する部分に合わせるように反射率を下げることとなる。
【0012】
なお、軟X線とは、VUU領域〜軟X線領域を指し、数値的には波長=0.2nm〜30nmの範囲を指す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明を実施するための最良の形態を図面に基づいて説明する。
【実施例1】
【0014】
図1は実施例1による多層膜ミラーの製造装置を示す。大型基板などの基板100に軟X線用の多層膜ミラー10を成膜するために、成膜室101内で基板100を保持するホルダー102を、ターゲット103に対して相対的に移動させながら、ターゲット103からのスパッタ粒子を基板100に被着させる。ターゲット103と基板100の相対位置を固定して成膜すると、面内一律の周期長を有する多層膜ミラーを製造することはできないため、上述のようにスキャン成膜を行い、面内中央部も周辺部も同じ周期長になるように成膜を行っていく。
【0015】
可動式のホルダー102とターゲット103が設置されている成膜室101内でプラズマPを発生させ、図2に示すように、マグネトロンスパッタリング法によりSi層11とMo層12を交互に積層させた軟X線用の多層膜ミラー10を成膜する。Si層11とMo層12を交互に積層させたことによって、その界面に拡散層13が自然に形成される。
【0016】
基板100の材質としては熱伝導率が高いものが好ましく、例えば−Si、Ni、Cu、Agなどがよい。
【0017】
このようなスキャン成膜方法において、成膜中に、多層膜ミラー10に外部からエネルギーを加えることで、ミラー中心部から周辺部へ多層膜中の拡散層13の厚みに分布を持たせた。具体的には、成膜中に、成膜室101の窓104より、可動体に支持された近赤外半導体レーザー発生源105から、レーザービーム(レーザー)Bを照射した。このレーザーは、波長1090nmで、SiやMoに対して50%程度吸収される。このようなレーザーを成膜中に当てることで、拡散層13の中心部が3nmで最も厚みを持ち、そして径方向に沿って少しずつ膜厚は薄くなり、最外周部が2nmを保った膜厚分布を持つようにした。なお、レーザーを当てない場合は、界面に形成された拡散層は全ての界面において2nmの膜厚となる。
【0018】
また、レーザービームBからの距離の差で、わずかではあるが多層膜ミラー10の面に対して垂直な縦方向にも拡散層の濃淡ができる。表面近傍の拡散層が最も厚みを持ち、基板方向へ向かって次第に膜厚は薄くなっている。
【0019】
ここで、レーザーを当てないで形成された拡散層は、全ての界面において2nm程度の厚みを持つので、入射する軟X線の入射角度に依り、中心部における反射率略70%から径方向外側に向かって反射率は減少し、周辺部では68%の反射率となる。
【0020】
参考のために、この拡散層が全く存在しない理想的な多層膜の場合では、74%の反射率を有する。
【0021】
これに対して本実施例では、拡散層13が上記のように分布を持ったことで、最も拡散層13の厚い中央部の反射率が68%に下がり、周辺部と同等になる。このため、入射する軟X線R1の入射角度に依らず、常に反射率が68%程度を維持する。このようにして、一定照度の反射光R2を得ることができる。
【実施例2】
【0022】
図3は、実施例2による軟X線用の多層膜ミラー20の膜構成を示す。この多層膜ミラー20は、マグネトロンスパッタリング法により、Si層21とMo層22を交互に積層させた後に、熱処理を行ったものである。
【0023】
成膜条件は高反射率を実現させるものであるが、Si層21とMo層22を交互に積層させると、その界面に拡散層が自然に形成される。
【0024】
基板100の材質としては熱伝導率が高いものが好ましく、例えば−Si、Ni、Cu、Agなどがよい。
【0025】
成膜後の拡散層は、全ての界面において2nm程度の厚みを持っている。この拡散層が全く存在しない理想的な多層膜の場合では、74%の反射率を有するところ、各界面における2nmほどの拡散層の存在が70%の反射率に留めている。さらに多層膜ミラー面内の反射率分布を調べると、入射する軟X線の入射角度に依り、ミラー中心部の反射率が70%を示したのに対し、中心部から径方向に沿って少しずつ反射率は低下していき、最外周部では、その反射率は68%を示していた。
【0026】
本実施例では、成膜後の多層膜ミラー20に、外部から熱を加えることで、ミラー中心部から周辺部へかけて、上層の拡散層23の厚みに濃淡を出した。具体的には、中心部において100℃で最も高温に、最外周部が30℃で最も低温になるような熱を与える回転対称の分布で1時間ほど加熱する。下層では、一律に2nmの膜厚の拡散層23aのままであるが、上層の拡散層23は、中心部が3nmで最も厚みを持ち、径方向外方に向かって少しずつ膜厚は薄くなり、最外周部が2nmを保った状態の分布を形成した。
【0027】
また、多層膜ミラー20の面に対して垂直な縦方向にも拡散層の濃淡ができる。表面近傍の拡散層23が最も厚みを持ち、基板方向へ向かって次第に膜厚は薄くなり、基板100の付近の拡散層23aは成膜直後の膜厚である2nmを保っている。
【0028】
拡散層23が上記のように分布を持ったことで、最も拡散層23の厚い中央部の反射率が68%に下がる。軟X線R1の入射角度に依らず、常に反射率が68%程度を維持するため、一定照度の反射光R2を得ることができる。
【0029】
図4は一変形例による多層膜ミラー30を示す。これは、非連続的な球面において面内反射率を均一にするために、Si層31、Mo層32を交互に成膜し、その後に、部分的に加熱し、上層の拡散層33に非連続的な膜厚分布を持たせたものである。基板100に近い拡散層33aは成膜時の均一な膜厚を保っている。
【0030】
上記実施例による多層膜ミラーは、成膜する過程で避けられない界面の拡散層の存在に着目し、その膜厚を調整することによって、照度ムラを補正するものであり、露光装置等の光学系の照度の均一化に大きく貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例1による多層膜ミラーの製造装置を説明する図である。
【図2】実施例1による多層膜ミラーの膜構成を示す図である。
【図3】実施例2による多層膜ミラーの膜構成を示す図である。
【図4】実施例2の一変形例による多層膜ミラーの膜構成示す図である。
【符号の説明】
【0032】
10、20、30 多層膜ミラー
11、21、31 Si層
12、22、32 Mo層
13、23、33 拡散層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜を積層した多層膜ミラーにおいて、前記2層の界面に発生する拡散層に、面内方向の膜厚分布を持たせたことを特徴とする多層膜ミラー。
【請求項2】
前記拡散層に、前記面内方向の入射角分布に対応する膜厚分布を持たせたことを特徴とする請求項1記載の多層膜ミラー。
【請求項3】
前記拡散層の前記膜厚分布によって反射率を均一にすることを特徴とする請求項2記載の多層膜ミラー。
【請求項4】
軟X線用の多層膜ミラーであることを特徴とする請求項1ないし3いずれか1項記載の多層膜ミラー。
【請求項5】
屈折率の異なる少なくとも2層の薄膜を積層した多層膜ミラーの製造方法において、
前記2層のうちの第1層の薄膜を成膜する工程と、
前記第1層の薄膜上に第2層の薄膜を成膜する工程と、
前記第1層と前記第2層の薄膜の界面に発生する拡散層に、面内方向の膜厚分布を持たせる処理を行う工程と、を有することを特徴とする多層膜ミラーの製造方法。
【請求項6】
前記第2層の薄膜の成膜中にレーザーを照射することで、前記拡散層に前記面内方向の膜厚分布を発生させることを特徴とする請求項5記載の多層膜ミラーの製造方法。
【請求項7】
前記第2層の薄膜の成膜後に熱処理を行うことで、前記拡散層に前記面内方向の膜厚分布を発生させることを特徴とする請求項5記載の多層膜ミラーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−96271(P2008−96271A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−278228(P2006−278228)
【出願日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】