説明

多層薄膜の膜厚測定方法および膜厚測定装置

【課題】機能性樹脂フィルムや情報電子材料の多層薄膜のより薄い膜厚を一層高精度に且つ瞬時に非破壊で測定できる多層薄膜の膜厚測定方法および膜厚測定装置を提供する。
【解決手段】多層薄膜の膜厚測定方法は、多層薄膜を有する試料(7)に白色光を照射し、試料(7)から得られる反射光または透過光を分光すると共に、得られたスペクトルを周波数信号に変換した後、ウェブレット処理を行うことにより、干渉信号のみを選択し、次いで、干渉信号に間引き処理を行った後、周波数解析処理を行うことにより、薄膜の膜厚を検出する。また、膜厚測定装置は、光源(1)、照射用光ファイバー(2)、受光用光ファイバー(3)、分光器(4)、マルチチャネルディテクタ(5)、および、上記の処理を行う演算処理手段(6)から成る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層薄膜の膜厚測定方法および膜厚測定装置に関するものであり、詳しくは、多層薄膜のより薄い膜厚を高精度に且つ瞬時に非破壊で測定できる多層薄膜の膜厚測定方法および膜厚測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光透過性の多層薄膜の各膜厚を非破壊で測定するにあたり、本発明者等は、先に、高速フーリエ変換などの手法を利用した「多層薄膜の膜厚測定方法」を提案している。斯かる膜厚検出方法は、白色光の照射によって試料から得られた反射光または透過光を分光し、得られたスペクトルを周波数信号に変換した後、ウェブレット処理を行って前記の周波数信号から干渉信号成分のみを選択し、更にフーリエ変換あるいは最大エントロピー法による周波数解析処理を行うことにより、各薄膜の膜厚を特定する方法である。上記の膜厚測定方法は、ニュートン法により近似値が得られる従前の繰り返し計算を使用した有効フレネル係数法やマトリックス法に比べ、0.5μm程度までの膜厚を瞬時に測定でき、例えば、製造工程の中で走行している動態の試料に対しても適用することが出来る(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−308394号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、昨今の機能性樹脂フィルムや情報電子材料の製造においては、より薄い膜厚の多層膜が形成される傾向にあり、0.5μmよりも更に薄い膜厚を一層精度よく測定できる新たな手段が望まれる。しかしながら、先に提案した上記の膜厚測定方法によれば、測定対象の膜厚が例えば0.3〜0.4μm程度と更に薄い場合、反射スペクトル又は透過スペクトルから変換された周波数信号にウェブレット処理を行い、干渉信号成分を選択した際、周波数の分解能が低いため、干渉信号のデータに対して周波数解析処理を行うだけでは、実際、サブミクロンレベルの膜厚を高精度に検出できないと言う問題がある。しかも、上記の様な薄膜の場合、得られる干渉信号の周波数が低いため、長い領域のデータを使用して処理する必要があるが、そのためにより多くの画素列のCCDセンサーを使用することになり、後段の演算処理に多大の時間を必要とする。
【0004】
本発明は、上記の実情に鑑みなされたものであり、その目的は、機能性樹脂フィルムや情報電子材料の多層薄膜の膜厚を測定するのに好適な膜厚測定方法であって、多層薄膜のより薄い膜厚を一層高精度に且つ瞬時に非破壊で測定できる多層薄膜の膜厚測定方法を提供することにある。また、本発明の目的は、上記の膜厚測定方法を実施するのに好適な膜厚測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記の課題を解決するため、試料から得られた反射スペクトル又は透過スペクトルを波数単位の周波数信号に変換した後、最初にウェブレット処理を行い、周波数信号から試料の吸収スペクトルなどの干渉信号以外の成分を除去して干渉信号のみを選択することにより、微小なピーク信号を顕在化すると共に、周波数解析処理を行うに当たり、予め、前記の干渉信号に間引き処理を行うことにより、周波数分解能を高め且つ演算処理時間の短縮を図る様にした。
【0006】
すなわち、本発明は2つの要旨から成り、その第1の要旨は、多層薄膜を有する試料に白色光を照射し、試料から得られた反射光または透過光を分光すると共に、分光して得られたスペクトルを波数単位の周波数信号に変換した後、当該周波数信号にウェブレット処理を行うことにより、周波数信号から干渉信号のみを選択し、次いで、当該干渉信号に間引き処理を行った後、間引きされた信号に周波数解析処理を行うことにより、薄膜の膜厚を検出することを特徴とする多層薄膜の膜厚測定方法に存する。
【0007】
また、本発明の第2の要旨は、白色光を発光する光源と、当該光源の光を試料に照射する照射用光ファイバーと、試料から得られた反射光または透過光を捕捉する受光用光ファイバーと、当該受光用光ファイバーから送られた光を分光する分光器と、分光された光のスペクトルを電気信号に変換するマルチチャネルディテクタと、当該マルチチャネルディテクタから出力された電気信号を波数単位の周波数信号に変換すると共に、当該周波数信号に所定の演算処理を行う演算処理手段とから構成され、前記演算処理手段は、前記周波数信号にウェブレット処理を行うことにより、周波数信号から干渉信号のみを選択し、次いで、当該干渉信号に間引き処理を行った後、間引きされた信号に周波数解析処理を行うことにより、薄膜の膜厚を検出する機能を備えていることを特徴とする膜厚測定装置に存する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、反射スペクトル又は透過スペクトルから変換された周波数信号にウェブレット処理を行って干渉信号のみを選択した後、周波数解析処理を行うに当たり、予め、干渉信号に間引き処理を行うため、周波数解析処理において、間引き数に応じて周波数分解能を高めることが出来、より薄い膜厚を一層高精度に且つ非破壊で測定することが出来る。しかも、上記の間引き処理を行うため、周波数解析処理の演算処理時間を一層短縮でき、より瞬時に膜厚を測定できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に係る多層薄膜の膜厚測定方法および膜厚測定装置の実施形態を図面に基づいて説明する。図1は、本発明に係る膜厚測定装置の一構成例を示すブロック図である。図2は、試料の層構成の一例を模式的に示した断面図である。図3は、図2の試料からの反射光のパワースペクトルを波数領域の周波数信号に変換した場合の波形を示す波形図である。図4.a〜図4.cは、図3の周波数信号にウェブレット処理を行った場合の詳細信号の波形を示す波形図である。図5は、図4.a〜図4.cのd2,d3,d4の信号から再構成されたd2+d3+d4の信号をテーパードバーグ法で解析した場合の波形およびピーク解釈のために詳細MTM法で解析した場合の波形を示す波形図である。図6は、ウェブレット処理された図4.a〜図4.cのd2,d3,d4の信号から再構成されたd2+d3+d4の信号に対し、間引き処理後に周波数解析処理(詳細MTM法によるピーク解釈処理およびテーパードバーグ法によるピークの特定)を行った場合の波形を示す波形図である。
【0010】
本発明の膜厚測定方法を説明するに当り、先ず、当該膜厚測定方法を好適に実施し得る本発明の膜厚測定装置について説明する。本発明の膜厚測定装置は、図1に示す様に、試料(7)に白色光を照射し、試料(7)から得られた反射光または透過光を分光して周波数解析することにより、膜厚を検出する装置である。以下、一例として、試料(7)から得られる反射光を利用する場合を例に挙げて説明する。
【0011】
図1に示す本発明の膜厚測定装置は、白色光を発光する光源(1)と、当該光源の光を試料(7)に照射する照射用光ファイバー(2)と、試料(7)から得られる反射光を捕捉する受光用光ファイバー(3)と、当該受光用光ファイバーから送られた光(反射光)を分光する分光器(4)と、分光された光のスペクトルを電気信号に変換するマルチチャネルディテクタ(5)と、当該マルチチャネルディテクタから出力された電気信号を波数単位の周波数信号(以下に記載する「周波数信号」と同義。)に変換すると共に、当該周波数信号に基づいて所定の演算処理を行う演算処理手段(6)とから主に構成される。
【0012】
光源(1)としては、測定可能な反射光強度が得られる白色光源であれば各種の光源を使用できるが、移動状態にある試料から高速で多数の測定データを得るには、写真撮影用の電子放電閃光装置、所謂ストロボが好適である。斯かるストロボとしては、マルチチャネルディテクタ(5)におけるセンサーの感度、後段の演算処理に要する時間などを考慮すると、発光時間が5〜15μ秒で且つ発光間隔が15m秒以上のストロボが好ましい。光源(1)の発光間隔は制御回路よって決定される。
【0013】
照射用光ファイバー(2)及び受光用光ファイバー(3)としては、それぞれ別個の光ファイバーを使用することも出来るが、ファイバー先端の設置調整を容易にし且つ装置構成を簡素化するため、好ましくは、図示する様に、照射用光ファイバー(2)及び受光用光ファイバー(3)が先端側で1本のファイバーに集約された2分岐ファイバーが使用される。そして、照射用光ファイバー(2)、すなわち、上記の2分岐ファイバーとしては、マルチチャネルディテクタ(5)におけるセンサーの解像度を考慮し、照射する光のスポット径が0.5〜1.5mmになる様な光ファイバーが使用される。
【0014】
分光器(4)は、周知の通り、入射光をスペクトル分解する装置であり、プリズムや回折格子によって構成される。マルチチャネルディテクタ(5)は、光のスペクトルを電気信号に変換して出力するCCDセンサーを備えている。分光器(4)及びマルチチャネルディテクタ(5)は、所謂マルチチャネル分光器として公知の装置である。
【0015】
本発明においては、分光した光のパワースペクトルピークの分離精度を一層高めるため、マルチチャネルディテクタ(5)の上記のCCDセンサーとしては、画素列が複数段配列され且つスペクトルの各ピークを画素列の段数分だけ積算した信号に変換するCCDセンサーが使用される。1例を挙げると、CCDセンサーとしては、1024画素(1k画素)の画素列が128段配列された素子(例えば浜松ホトニクス社製の1k画素・128段の素子)に電子冷却器が付設されて成る裏面入射型CCDセンサーが挙げられる。
【0016】
上記の演算処理手段(6)は、コンピュータ等の情報処理装置によって構成される。演算処理手段(6)は、上記のマルチチャネルディテクタ(5)から出力された電気信号を波数単位の信号に変換し、周波数信号とみなして所定の演算処理を行うものであり、本発明において、演算処理手段(6)は、前記の周波数信号にウェブレット処理を行うことにより、周波数信号から干渉信号のみを選択し、次いで、当該干渉信号に間引き処理を行った後、間引きされた信号に周波数解析処理を行うことにより、薄膜の膜厚を検出する機能を備えている。
【0017】
次に、上記の膜厚測定装置における演算処理手段(6)の機能と共に、本発明の膜厚測定方法を説明する。本発明の膜厚測定方法は、上記の様な膜厚測定装置を使用し、光透過性の多層薄膜を有する試料(7)における薄膜の各層の厚さを非破壊で検出する方法である。
【0018】
試料(7)としては、例えば、情報電子材料分野で使用される多層薄膜を備えた金属基板が挙げられる。斯かる金属基板は、例えば、図2に示す様に、厚さが1.00mm程度の基材金属(71)の表面に顔料層(72)と透明保護層(73)とを順次積層して成り、顔料層(72)の厚さは0.4μm以下の厚さに設計され、透明保護層(73)の厚さは20〜40μm程度の厚さに設計されている。上記の様な金属基板(7)においては、品質管理面から各膜厚の一層高精度な測定が要求される。
【0019】
なお、以下の説明では、図2に示す試料(7)における2層の膜構成を一具体例として説明するが、多層薄膜の一般的な説明においては、基材表面の各薄膜層の厚さを符号(d,d…d)で示し、基材とその表面の各薄膜層の屈折率を符号(n,n,n…n)で示し、試料(7)表面の空気の屈折率を符号(nN+1)で示す。
【0020】
本発明の膜厚測定方法においては、先ず、多層薄膜を有する試料(7)に対し、光ファイバ(2)によって光源(1)の白色光を試料面に垂直(θ=0)になる様に照射する(図2では照射光と反射光を区別するために照射角度を設けて表示)。その際、反射光における干渉性を確保し且つ十分な反射光量を得るため、スポット径が0.5〜1.5mmとなる様に光を照射する。また、試料(7)に白色光を照射するに当り、光源(1)として、発光時間が5〜15μ秒に設定されたストロボを使用し、15m秒以上の間隔で照射する。そして、光ファイバ(3)によって試料(7)からの反射光をマルチチャンネル分光器に導入して分光器(4)で分光する。
【0021】
次いで、分光器(4)で分光して得られたスペクトルをマルチチャンネルディテクタ(5)において電気信号に変換する。すなわち、マルチチャネルディテクタ(5)によって分光スペクトルの強度を検出し、得られた分光スペクトルの強度信号を得る。マルチチャンネルディテクタ(5)においては、分光した光のスペクト形状を一層明確にするため、前述した様に、画素列が複数段配列された裏面入射型のCCDセンサーを使用し、スペクトル強度を画素列の段数分だけ積算し、スペクト形状をはっきりさせた信号に変換する。
【0022】
そこで、マルチチャンネルディテクタ(5)において得られた電気信号を演算処理手段(6)に取り込み、演算処理手段(6)において波数単位の周波数信号に変換すると共に周波数信号とみなして所定の解析処理を行う。換言すれば、分光して得られたスペクトルを演算処理手段(6)において波数単位の周波数信号に変換して以下の様な解析処理を行う。図2の試料(7)からの反射スペクトルを波数領域に変換した周波数信号は図3に示す様な波形になる。図3中、微細に振れる波形は全体の信号(s)であり、その中央の滑らかな波形は近似信号(a)である。
【0023】
波長域の反射スペクトルを周波数信号に変換した場合、斯かる周波数信号は、屈折率をnとすると、膜厚dは、次式の様に波数の関数となり、その差Δσ=σ―σ(σ=(λ―1,λ:計算開始波長,λ:計算終了波長)のみに依存し、測定開始波長(λ)からは独立になる。なお、測定開始波長と測定終了波長は、干渉信号において同位相の位置、例えば単相の場合は1周期分の隣接する山の各ピーク位置に相当する。
【0024】
【数1】

【0025】
上記の解析処理においては、最初に周波数信号にウェブレット処理を行うが、ウェブレット処理においては、そのパラメータに相当する次数および分解のレベルを試料(7)の膜厚により適宜設定する。例えば、膜厚が20〜40μm程度、0.4μm以下の場合、次数は8〜20次程度、分解レベルは5〜8程度に設定される。
【0026】
ウェブレットにおける次数の設定では、次数を高めるほど、初期の信号に近似させることが出来るが、必要以上に高めた場合にはノイズによる影響が大きく反映されることもあるため、ウェブレットにおける次数は、試料(7)の特性を考慮し、各次数と全体信号sの複雑さを評価して、8〜20次程度の値に定めるのが好ましい。また、ウェブレットにおける分解レベルは、上記の次数を決定した後、1から順次に大きくし、前述の全体信号sの近似信号aについての波形を評価して決定する。
【0027】
具体的には、ウェブレットの適切な分解レベルを決定するため、予め、上記の周波数信号に対して高速フーリエ変換(FFT)処理を行い、パワースペクトルのピーク位置に対応する周波数を見積る。高速フーリエ変換による解析では、周波数分解能を1桁程度高めるため、例えば、1k個のデータの後ろに0を補充し、全体で8k個に拡張して処理し、得られたパワースペクトルの極大値を与える周波数Pに対して、P/4096からウェブレットの分解レベルを決定する。例えば、P=100の場合、P/4096=1/40.96となり、斯かる値は1/2〜1/2の範囲に対応するから、ウェブレットの分解レベルは6とする。
【0028】
分解レベルの決定方法は次の様な考え方に基づく。すなわち、測定対象薄膜の光学的長さは2ndであるから、例えば500〜1000nmの波長域を使用すると、屈折率(n)が1.7、膜厚(d)が50μmの場合、2nd(=170μm)となり、8k個のデータに拡張してFFT処理を行うと、膜厚に対応する周波数は1700弱となる。そこで、斯かる周波数に基づき、1700/4096=1/2.4=1/2〜1/4からレベル2、3、4で分解する。また、当該分解レベルに対し、近似関数aが元の周波数信号に近似していることを確認する。このレベルで近似関数aが歪な場合は、レベルを変えて再度近似関数a の形を評価する。なお、前述の図3に例示した信号においては、適切な分解レベル(この場合はレベル6)を選択したことにより、近似信号(a)が得られた周波数信号に近似している。
【0029】
上記の様に分解レベルを決定した後は、得られたスペクトルを周波数信号に変換し、それに対して上記の様に分解するが、周波数信号を分解することは、正規直交系の局所的な台を持つウェブレットを用いた多重解析処理を行ったことに対応し、その結果、周波数信号から干渉信号のみを選択することが出来る。換言すれば、周波数信号から干渉信号以外の成分、例えば試料(7)の吸収スペクトルに相当する成分を除去することが出来、低周波領域に埋没した薄い膜厚に対応する信号を顕在化できる。また、分解レベルは、先に例示した様に、特定のバンドパスフィルターと見なすことも出来る。
【0030】
すなわち、反射スペクトルを波数領域に変換した全体の信号をsとしたとき、信号sは以下の式で表すことが出来るが、上記のウェブレット処理により、全体の周波数信号から試料(7)の吸収スペクトル等(干渉信号以外の成分)を除去した信号(s―a)、換言すれば、干渉信号である詳細信号(d+d(n―1)+‥‥d)だけから成る信号を得ることが出来る。
【0031】
【数2】

【0032】
ウェブレット処理に使用されるウェブレット関数は公知であり、例えば、以下の一般式で示されるドバシェ(Daubechies)のウェブレットを使用する。
【0033】
【数3】

【0034】
上記のウェブレット処理においては、分解レベルが6の場合、信号としてはd,dを使用するが、周波数漏れをなくすためにdも使用する。すなわち、信号s=a+d+d+d+d+d+dのうち、処理すべき信号は、d+d+dとなる。なお、スペクトルの形状によっては、その両端で良好にウェブレット処理が行えない場合があるが、その場合は、スペクトルの両側に鏡対称となる様にデータ数を拡張し、その拡張されたスペクトルに対してウェブレット処理を行う。波数領域に変換した周波数信号(図3の信号)にウェブレット処理を行うことにより図4に示す様な詳細信号(d〜d)が得られる。なお、図4の例では、200個のデータを原スペクトルの始めと終わりに鏡対称となる様に付加している。
【0035】
上記の様なウェブレット処理により、前述の通り、周波数信号から干渉信号成分だけを選択し、低周波領域に埋没した微小なピーク信号を顕在化することが出来る。しかも、後述する様な周波数解析処理を行う場合、予めウェブレット処理により分解して再構成した信号を処理することが出来るため、バンドパス・フィルターを使用したのと同等の効果が得られる。
【0036】
本発明においては、周波数分解能を高め、演算処理時間の短縮を図るため、上記の様にウェブレット処理により選択した干渉信号に対して所定の間引き数で間引き処理を行う。本発明において、間引き処理とは、信号のデータ列から例えば2〜4個毎に1〜3個を間引いて1個を抽出する処理を言い、間引き数とは、データ1個を抽出するための分割単位となるデータの数を言う。データ2個毎に1個を抽出する場合の間引き数は2である。
【0037】
原データ数が1024点の場合、換言すれば、マルチチャネルディテクタ(5)において1024画素のCCDセンサーを使用する場合、間引き数は2〜4が妥当である。間引き数を2〜4に設定する理由は次の通りである。すなわち、間引き数を4よりも大きくすると、間引いた後のデータ数は少なくなるため、後段の周波数解析処理として例えばテーパードバーグ法を適用する際の次数が小さくなり、その結果、ピーク検出能力が劣化する。例えば、間引き数を8とすると、原データ数が1024点の場合、抽出されるデータ数は128個となる。上記の様に、干渉信号に間引き処理を行うことにより、後段の周波数解析処理を行った際に分解能を高め且つ演算処理時間を短縮することが出来る。
【0038】
本発明における間引き処理の意義は次の通りである。例えば、時系列データをx(n)(周波数信号のn番目)とする(但し、n=1,2…N、上記の例の場合はN=1024=1k個である)。周波数解析は、周波数の分解能を1桁程度向上させるため、N個のデータに対して8k(=N)個で行う。従って、基本周波数は(2π/N)の整数倍となる。そして、FFT処理したものは次式(I)の様になる。
【0039】
【数4】

【0040】
ここで、間引き数D(Dは正の整数)で間引き処理を行う。例えば、D=4とすると、定性的には、1k個のデータが1k/D個となり、それを同じ8k個で解析すると、周波数はD倍になる。これはサンプリング時間を1/Dにしたことに相当する。上記の内容は以下の様に示すことが出来る。
【0041】
【数5】

【0042】
上記の間引いたy(m)に対して8k個の周波数解析を行う。但し、y(m)は、m=1,2,…N/Dまではx(Dm)であり、それ以外は0とする。このとき、上記の式(I)は以下の様になる。
【0043】
【数6】

【0044】
上記の式が成り立つことを証明すると次の通りである。n=Dmであれば和はDになる。それ以外は0である。a=2πn/Dとおくと、S=Σexp(i×k×a)(積算は、kについて、k=1,2,…Dまで行う)。両辺にexp(i×a)を掛け、s−{exp(i×a)}×sを計算すると、{1−exp(i×a)}s=exp(i×a){1−exp(1×D×a)}となる。左辺の括弧中が0でなければ、換言すればn≠Dmであれば、右辺のexpの中は(2π×n)となり、右辺の括弧内の値は0となり、s=0となる。従って、次式が成り立ち、周波数がD倍されたことになる。
【0045】
【数7】

【0046】
一方、サンプリング時間が1/Dになり、周波数がD倍されると、この時系列に含まれている最高周波数もD倍される。従って、サンプリング定理から要求される従来の最高周波数以上の周波数を除くためのフィルター処理を施し、その後に間引き処理を行う必要がある。
【0047】
本発明においては、上記の様に最初にウェブレット処理を行い、膜厚に対応するレベルのみから再構成された信号を周波数解析する。例えば、前述の干渉信号である詳細信号は、次表の様に周波数の座標軸で示すことが出来る。すなわち、詳細信号(d2+d3+d4)より再構成したデータは、[π/2,π/2]の周波数域を含むことになる。従って、ウェブレット処理後の信号の再構成は、元の時系列データに対し、前述した様にバンドパスフィルターを掛けることに相当する。換言すれば、前述のウェブレット処理を行い、再構成したデータに対しては、間引き処理を行ってもフィルターを掛ける必要がない。
【0048】
【表1】

【0049】
上記の様に間引き処理を行った後は、例えば特開2005−308394号公報に記載の様に、間引きされた信号に対して周波数解析処理を行い、薄膜の膜厚を検出する。周波数解析処理としては、統計的処理の1つである最大エントロピー法(MEM)による処理を採用することが出来る。最大エントロピー法は、n次の微分方程式から成る推定モデルを使用し、膜厚を求めるのに必要なピークスペクトルを波形信号(上記の詳細信号)から推定するものであり、周波数分解能に優れている。
【0050】
また、最大エントロピー法中でもテーパードバーグ法(Tapered Burg Method)が好適である。テーパードバーグ法は、分散が最小となる様に放物線型の重みを前進および後退誤差に施す最大エントロピー法の一種であり、その手法自体は公知である。テーパードバーグ法は、特に周波数分解能に優れているが、疑似ピークが現れると言う問題がある。そこで、本発明においては、間引きされた信号のピーク解釈処理を詳細MTM法により行い且つピーク位置の特定をテーパードバーグ法により行う。
【0051】
周波数解析処理による膜厚dの演算においては、上記の様に、先ず、分散と解像度とのバランスを考慮した疑似ピークの出難い詳細MTM法(Multi Tapered Method:マルチテーパー法)を使用し、ピークの出現する領域を求め、次式で近似される振幅反射率Rを表すモデルに基づき、パワースペクトルのピークの解釈(どの層とどの層が合成されて得られたピークであるか等の解釈)を行う。
【0052】
【数8】

【0053】
詳細MTM法による解析の概要は次の通りである。すなわち、マルチテーパ法では、直交系をなす窓(Taper)群による重み付けFFTの結果を用い、それを平均化してパワースペクトルを出力する。そして、以下の方程式を満足するN次元固有ベクトルV、固有値Λに関して、Vを窓郡、Λを重みとして平均化する。
【0054】
【数9】

【0055】
上記の方程式において、2πW(t−t’)]/π(t−t’)は、t,t’に関してN×N の行列Aであり、これから求められる固有ベクトルを重みとして用いると、[W,W]間の周波数が抽出できる。Aは対象行列で対角化可能であり、最大N個の固有値をもつ。N個の固有値Λを以下の様に大きい順に並べる。そのうち、Λまでは1に近い値、例えば0.9 以上とし、mまでの固有値、固有ベクトルをパワースペクトルの推定に用いる。
【0056】
【数10】

【0057】
固有ベクトルVを成分表示として、Vt,k(t=1,2,…N、k=1,2,…m)(以下この表記を使用する。)を用い、その内積を以下の式で定義すると、これらは正規直交系になっている。
【0058】
【数11】

【0059】
m以下の固有ベクトルVt,k(k=1,2,…m)を重み用の窓としてFFTを行う。そして、m個の結果を用い、固有値Λを重みとして平均化することにより、パワースペクトルを算出する。重み付けの方法、および、重み付けパワースペクトルs(k)(f)の計算は以下の通りである。
【0060】
【数12】

【0061】
上記の関係は、スペクトルデータXに重みVt,k(t=1,2,…N、k=1,2,…m)を付けたFFTを表している。この場合、その重み付け平均スペクトルは以下の様になる。
【0062】
【数13】

【0063】
上記の関係からすると、mの選び方によりピーク形状を平坦なものに設定できる。そして、mの値がバイアスに影響を与え、小さいとバイアス値が大きくなる。実施形態として例示した処理では、N=8192,N×W=8とした。これは、m=2×8−1個の窓を用いて処理したことになり、ピーク形状は平坦になっている。なお、詳細MTM法については、「SPECTRAL ANALYSIS FOR PHYSICAL APPLICATIONS;DONALD B.PERCIVAL & ANDREW T.WALDEN著,CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS出版,1993」に開示されている。
【0064】
上記の様な詳細MTM法によりピーク解釈の処理を行った後は、テーパードバーグ法により、測定対象膜厚に相当するピークの位置を特定する。周波数解析の手法としては、FFT法よりも最大エントロピ法(MEM、バーグ法)の方が周波数分離能力は優れている。また、バーグ法を用いることにより、パワースペクトルを線スペクトルに近い形にすることが出来る。そして、テーパードバーグ法は、上記のバーグ法に対し、周波数の推定誤差分散を最小にするように工夫したものである。
【0065】
テーパードバーグ法は、バーグアルゴリズムの中で、予測誤差フィルタに信号を前向き、後向きに通す時に次の放物線形の重みwm,kを付けて計算する手法である。
【0066】
【数14】

【0067】
ここで、Nはデータ数、mはバーグ法の次数である。このとき、m次フィルター係数(γm,m)は次の様に示される。
【0068】
【数15】

【0069】
ここに、bm,k、b’m,kは、m次の前向き、後向き予測誤差であり、以下の様に示される。なお、x(=x(k);k=1,2,…N)は周波数信号である。
【0070】
【数16】

【0071】
重みwm,kは、「単一周波数から成る実正弦波の周波数の推定分散を最小にする」と言う条件を満たす様に算出したものである。これに基づいて、パワースペクトルを以下の式で算出する。
【0072】
【数17】

【0073】
PSについては、mが所定の次数Mになるまで上の処理を繰り返す。その場合、Mの目安としては、M=2N1/2〜3N1/2が妥当である。なお、周波数信号は1から始まると仮定している。
【0074】
上記のテーパードバーグ法により、ピーク位置の確からしさを点検した結果、第j番目のピークが対象膜厚に対応していることが確認された場合、第j番目のピーク位置に関しては次式が成り立つ。一方、全体の膜厚は一般的な測定機器により容易に測定でき且つ各層の屈折率njは既知である。従って、各層の膜厚は、次式に従ってを順次に算出することが出来る。
【0075】
【数18】

【0076】
要するに、詳細MTM法は、バイアス(真値からの隔たり)を最小にする手法であり、このため、パワースペクトルのピーク位置が擬似ピークになり難いと言う性質を有する。一方、テーパードバーグ法は、分散を最小とするため、鋭くて高いピークを出力することが出来る。本発明では、上記の2つの手法を組み合わせ、詳細MTM法で得られたピーク内にあるテーパードバーグ法で得られたシャープなピークは有効と判断し、そのピーク位置から膜厚を正確に算出することが出来る。
【0077】
なお、図4の信号をテーパードバーグ法で解析した場合およびピーク解釈のために詳細MTM法で処理した場合には図5に示す様な波形が得られる。そして、図4の信号(ウェブレット処理された信号)に対し、上記の間引き処理の後にテーパードバーグ法による周波数解析処理を行った場合、図6に示す様な波形が得られる。
【0078】
上記の様に、本発明の膜厚測定方法および膜厚測定装置によれば、試料(7)から得られた反射スペクトル(又は透過スペクトル)を波数単位の周波数信号に変換した後、最初にウェブレット処理を行い、周波数信号から試料(7)の吸収スペクトルなどの干渉信号以外の成分を除去して干渉信号のみを選択することにより、低周波領域に埋没した微小なピーク信号を顕在化すると共に、周波数解析処理を行うに当たり、予め、前記の干渉信号に間引き処理を行うため、周波数解析処理において周波数分解能を高め且つ演算処理時間の短縮を図ることが出来る。特に、周波数解析処理において、バイアスを最小にする詳細MTM法と、分散を最小にするテーパードバーグ法とを組み合わせることにより、シャープなピークを精度よく検出でき、一層高精度に膜厚を測定できる。その結果、例えば図2に示した顔料層(72)の0.3〜0.4μm程度の極めて薄い膜厚をより一層高精度に且つ瞬時に測定することが出来、そして、移動する試料に対しても高精度に膜厚を測定できる。
【0079】
因に、図2に示す様な試料(7)(金属基板)について、基材金属(71)の表面の顔料層(72)の膜厚を本発明の膜厚測定方法および膜厚測定装置により測定した結果、以下の表に示す様な結果が得られた。上記の測定においては、試料(7)として、(A01)〜(A09)の9点を作成した。反射スペクトルから変換した波数領域の周波数信号、ウェブレット処理で得られた詳細信号、および、間引き処理の後に周波数解析処理を行った場合の波形は、前述した図3〜図6に示す通りである。
【0080】
膜厚の検出においては、ピークを与える周波数と膜厚が比例関係にあることから、ピーク周波数14.8[bin]に対応する厚さ0.35μmであることを確認し、その比例定数を算出して当該比例定数に基づいての顔料層(72)の膜厚を算出した。一方、比較例として示した膜厚の参照値は、従前の吸光度法を利用した測定法により求めたものである。
【0081】
本発明の測定方法で得られた膜厚値と従前の吸光度法で得られた膜厚値との相関係数は0.88であった。吸光度法では、顔料層(72)における顔料の粒径分布や分散状態に起因する光の散乱が大きく影響するため、上記の試料(7)では、それらの変動要因をなくす様に一定条件に制限しており、斯かる観点からすると、上記の相関係数の値は有意と考えられる。従って、本発明の測定方法によれば、0.3μm程度の薄膜の膜厚を十分高精度に測定できると判断される。なお、間引き処理を行わずに従来法のまま周波数解析処理を行ったところ、分解能不足のため、算出した膜厚に対応するピーク位置が同じ値となって区別できず、膜厚を特定できなかった。
【0082】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明に係る膜厚測定装置の一構成例を示すブロック図である。
【図2】試料の層構成の一例を模式的に示した断面図である。
【図3】図2の試料からの反射光のパワースペクトルを波数領域の周波数信号に変換した場合の波形を示す波形図である。
【図4.a】図3の周波数信号にウェブレット処理を行った場合の詳細信号の波形を示す波形図である。
【図4.b】図3の周波数信号にウェブレット処理を行った場合の詳細信号の波形を示す波形図である。
【図4.c】図3の周波数信号にウェブレット処理を行った場合の詳細信号の波形を示す波形図である。
【図5】図4.a〜図4.cの信号をテーパードバーグ法で解析した場合の波形およびピーク解釈のために詳細MTM法で解析した場合の波形を示す波形図である。
【図6】間引き処理後に周波数解析処理を行った場合の波形を示す波形図である。
【符号の説明】
【0084】
1 :光源
2 :照射用光ファイバー
3 :受光用光ファイバー
4 :分光器
5 :マルチチャネルディテクタ
6 :演算処理手段
7 :試料
71:基材金属
72:顔料層
73:透明保護層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層薄膜を有する試料に白色光を照射し、試料から得られた反射光または透過光を分光すると共に、分光して得られたスペクトルを波数単位の周波数信号に変換した後、当該周波数信号にウェブレット処理を行うことにより、周波数信号から干渉信号のみを選択し、次いで、当該干渉信号に間引き処理を行った後、間引きされた信号に周波数解析処理を行うことにより、薄膜の膜厚を検出することを特徴とする多層薄膜の膜厚測定方法。
【請求項2】
周波数解析処理として、間引きされた信号のピーク解釈処理を詳細MTM法により行い且つピーク位置の特定をテーパードバーグ法により行う請求項1に記載の膜厚測定方法。
【請求項3】
試料に白色光を照射する際、スポット径が0.5〜1.5mmになる様に光を照射する請求項1又は2に記載の膜厚測定方法。
【請求項4】
試料に白色光を照射する際、光源として、発光時間が5〜15μ秒に設定されたストロボを使用する請求項3に記載の膜厚測定方法。
【請求項5】
分光によって得られたスペクトルを周波数信号に変換する際、画素列が複数段配列されたCCDセンサーを使用し、スペクトルのピークを画素列の段数分だけ積算した信号に変換する請求項4に記載の膜厚測定方法。
【請求項6】
白色光を発光する光源と、当該光源の光を試料に照射する照射用光ファイバーと、試料から得られた反射光または透過光を捕捉する受光用光ファイバーと、当該受光用光ファイバーから送られた光を分光する分光器と、分光された光のスペクトルを電気信号に変換するマルチチャネルディテクタと、当該マルチチャネルディテクタから出力された電気信号を波数単位の周波数信号に変換すると共に、当該周波数信号に所定の演算処理を行う演算処理手段とから構成され、前記演算処理手段は、前記周波数信号にウェブレット処理を行うことにより、周波数信号から干渉信号のみを選択し、次いで、当該干渉信号に間引き処理を行った後、間引きされた信号に周波数解析処理を行うことにより、薄膜の膜厚を検出する機能を備えていることを特徴とする膜厚測定装置。
【請求項7】
照射用光ファイバーは、照射する光のスポット径が0.5〜1.5mmの光ファイバーである請求項6に記載の膜厚測定装置。
【請求項8】
光源は、発光時間が5〜15μ秒に設定されたストロボである請求項7に記載の膜厚測定装置。
【請求項9】
マルチチャネルディテクタは、スペクトルを電気信号に変換するCCDセンサーを備え、当該CCDセンサーは、画素列が複数段配列され且つスペクトルの各ピークを画素列の段数分だけ積算した信号に変換するCCDセンサーである請求項7又は8に記載の膜厚測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4.a】
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【図4.b】
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【図4.c】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−155630(P2007−155630A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−354267(P2005−354267)
【出願日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(000176763)三菱化学エンジニアリング株式会社 (85)
【Fターム(参考)】