説明

工作機械用転がり軸受

【課題】
切研削油と接触する環境下で転がり軸受を使用しても、シール部材の劣化が小さく、低トルクで良好なシール性を長く維持し、信頼性や耐久性に優れた工作機械用転がり軸受を提供する。
【解決手段】
切削油剤または研削油剤の介在下で被加工材料を切削または研削する工作機械に用いられる工作機械用転がり軸受であって、該転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、上記内輪および外輪の軸方向両端開口部を覆うシール部材とが設けられ、該シール部材は少なくとも上記切削油剤または研削油剤に接触するゴム成形体であり、該ゴム成形体がテトラフルオロエチレンと、プロピレンと、水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数 2〜4 の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体とを含む共重合体からなる加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は工作機械用転がり軸受に関し、特に切削油や研削油剤が接触する主軸やボールネジサポート軸受として使用される工作機械用転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属材料を加工して機械製品を製造する際の重要な工程である被加工材料の切削工程および研削工程では、工具と、被切研削材との間の潤滑性の維持、加工面の冷却および生じた切屑の洗浄等の目的で、切削油剤および研削油剤等(以下、「切研削油剤」と略称する。)が使用されている。切研削油剤としては、かつては不水溶性の切研削油剤が多く用いられていたが、被切研削材と、高速回転する工具との摩擦熱による引火性があることや廃棄時に不水溶性切研削油剤は環境負荷が大きいことから、近年では水溶性の切研削油剤を使用するケースが増えている。水溶性切研削油剤は、pHが 8 以下になると、腐敗しやすくなるのでpHを 8 以下にならないように維持し腐敗を抑制するためにアルカノールアミンなどのアミン化合物が多量に配合されている。工作機械用の主軸やボールネジのサポート軸受にはこれらの切研削油剤が接触する。また軸受には、外部からの塵埃の侵入を防止するとともに軸受内部に封入した潤滑グリースの漏洩を防止するためにシールが設けられている。軸受シール材として一般的なアクリルニトリルゴムやアクリルゴムを用いた場合、ゴム材の耐アルカリ性が悪いため、水溶性切研削油剤中のアルカリ成分により溶解したり、著しく強度が低下して破損する等、耐久性が確保できない場合がある。一方、耐薬品性の優れたゴムとしてフッ素ゴム組成物が挙げられる。従来使用されているフッ素ゴム組成物としては、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンの2元共重合体(VDF−HFP)や、これにテトラフルオロエチレンを加えた3元共重合体(VDF−HFP−TFE)いわゆるFKMが一般的である。しかしこれらのフッ素ゴム組成物でも切研削油剤中のアルカノールアミン化合物濃度が高い場合、強度低下が生じ、十分な耐久性が得られないという問題がある。
【0003】
そこで、工作機械用軸受のシールユニットに用いられる弾性材の材料として、フッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム組成物、またはテトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム組成物を採用することにより、シールの変形を抑える方法が知られている(特許文献1)。
【0004】
しかしながら、上記のフッ素ゴム組成物を使用しても、切研削油との接触により経時劣化し、シール性能が低下する可能性があるため、未だその性能は十分とはいえない。
【特許文献1】特開2002−310171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
解決しようとする課題は、切研削油と接触する環境下で転がり軸受を使用しても、シール部材の劣化が小さく、低トルクで良好なシール性を長く維持し、信頼性や耐久性に優れた工作機械用転がり軸受がないという点である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の工作機械用転がり軸受は、切削油剤または研削油剤の介在下で被加工材料を切削または研削する工作機械に用いられる工作機械用転がり軸受であって、該転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、上記内輪および外輪の軸方向両端開口部を覆うシール部材とが設けられ、該シール部材は少なくとも上記切削油剤または研削油剤に接触するゴム成形体を有し、該ゴム成形体がテトラフルオロエチレンと、プロピレンと、水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数 2〜4 の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体とを含む共重合体からなる加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体であることを特徴とする。
上記架橋用単量体がトリフルオロエチレン、3,3,3−トリフルオロプロペン−1、1,2,3,3,3−ペンタフルオロプロペン、1,1,3,3,3−ペンタフルオロプロピレン、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンから選ばれた少なくとも一つの単量体であることを特徴とする。
上記フッ素ゴム組成物の成形体のゴム硬度が 60〜90°であることを特徴とする。なお、ゴム硬度(度)はJIS K 6253に準じて測定される値である。
上記共重合体がフッ化ビニリデンを含むことを特徴とする。
上記工作機械用転がり軸受が、主軸軸受またはボールネジサポート軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の工作機械用転がり軸受は、テトラフルオロエチレンと、プロピレンと、水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数 2〜4 の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体とを含む共重合体からなる加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体によりシール部材を形成すので、アルカリ成分を含有する切研削油に浸漬されても変形や物性劣化が少なく、また異物の侵入やグリースの漏洩を効果的に防止することができる。このため、工作機械の主軸やボールネジサポート軸受の耐久性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
通常の工作機械用転がり軸受は、フッ素ゴム組成物で造られたシール部材が水溶性切研削油剤との接触によって、劣化により変形して、シール性能が低下するため、フッ素ゴム組成物の改良について鋭意検討した。その結果、テトラフルオロエチレンと、プロピレンと、水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数 2〜4 の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体とを含む共重合体からなる加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体(以下、フッ素ゴム成形体と略称する。)により製造したシール部材は、水溶性切研削油剤と接触しても物性劣化が少なく、また外部からの塵埃の侵入を効果的に防止できることを見出した。これは上記改良されたフッ素ゴム成形体によって、水溶性切研削油剤に添加されているアルカノールアミンなどのアミン化合物等のアルカリ成分に対する耐性が発現したことによるものと考えられる。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0009】
本発明で使用できるフッ素ゴム組成物は、テトラフルオロエチレンと、プロピレンと、水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数 2〜4 の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体とを含む共重合体からなる加硫可能なフッ素ゴム組成物である。
水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数 2〜4 の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体としては、トリフルオロエチレン、3、3、3−トリフルオロプロペン−1、1、2、3、3、3−ペンタフルオロプロペン、1、1、3、3、3−ぺンタフルオロプロピレン、2、3、3、3−テトラフルオロプロペンが挙げられる。好ましい架橋用単量体は3、3、3−トリフルオロプロペン−1である。
【0010】
本発明で使用できる共重合体に第4成分として、フッ化ビニリデン、クロロトリフルオロエチレン、ペルフルオロ(アルキルビニル)エーテル、ペルフルオロ(アルコキシビニル)エーテル、ペルフルオロ(アルコキシアルキルビニル)エーテル、ペルフルオロアルキルアルケニルエーテル、ペルフルオロアルコキシアルケニルエーテル等を配合できる。
【0011】
フッ素ゴム組成物を構成する共重合体は、共重合体全体に対して、テトラフルオロエチレンが 45〜80 重量%、好ましくは 50〜78 重量%、より好ましくは 65〜78 重量%であり、プロピレンが 10〜40 重量%、好ましくは 12〜30 重量%、より好ましくは 15〜25 重量%であり、架橋用単量体が 0.1〜15 重量%、好ましくは 2〜10 重量%、より好ましくは 3〜6 重量%である。
また、フッ化ビニリデンを共重合させる場合は、フッ化ビニリデンが 2〜20 重量%、好ましくは 10〜20 重量%である。20 重量%をこえるとウレア化合物ヘの耐性が低下する。
【0012】
このフッ素ゴム組成物の製造方法は、例えば国際公開番号WO02/092683号公報に開示されており、乳化重合法または懸濁重合法によって製造される。
これらのフッ素ゴム組成物を加硫可能とするため、ポリヒドロキシ(ポリオール)加硫剤、第4アンモニウム塩、第4ホスホニウム塩、第3スルホニウム塩などから選ばれる加硫促進剤、水酸化カルシウムや酸化マグネシウム等の受酸剤、カーボンブラック、クレー、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、珪酸マグネシウムなどの充填剤、オクタデシルアミン、ワックスなどの加工助剤、熱老化防止剤、顔料などが配合できる。例えば、それぞれの配合量は、共重合体を 100 重量部として、加硫剤が 0.1〜20 重量部、好ましくは 0.5〜3 重量部、加硫促進剤が 0.1〜20 重量部、好ましくは 0.5〜3 重量部、受酸剤が 1〜30 重量部、好ましくは 1〜7 重量部、充填剤が 5〜100 重量部、加工助剤が 0.1〜20 重量部である。
【0013】
また、これらに追加して有機パーオキサイド化合物などの第2の加硫剤を 0.7〜7 重量部、好ましくは 1〜3 重量部添加して使用することもできる。さらに、ウレア化合物への耐性やシール性を損なわない範囲で、一般のゴム組成物に配合されるような充填剤、添加剤を適宜使用することができる。
これらの組成物を混合、または成形する方法は一般のゴム加工に用いるプロセスを採用することができ、オープンロール、バンバリーミキサー、ニーダ、各種密封式ミキサーなどにより混練した後、プレス成形(プレス加硫)、押し出し成形、射出成形などに供すればよい。また、特性を向上させるため、成形後には2次加硫を行なうことが好ましく、これはオーブン中で十分加熱(例えば 200℃、24 時間)することにより行なう。
【0014】
本発明で使用できるフッ素ゴム組成物の成形体のゴム硬度は 60〜90°である。好ましくは 70〜80°である。60°未満では軟らかくなりすぎて耐摩耗性が低下し、90°をこえると回転トルクが大きくなりすぎて、転がり軸受の温度が上昇する。なお、ゴム硬度(度)はJIS K 6253に準じて測定した。
【0015】
本発明の工作機械用転がり軸受が使用できる作業環境は、アルカリ性気体、アルカリ性溶液およびアルカリ性固体から選ばれる少なくとも1つのアルカリ性物質を含有する切研削油に定常的または非定常的に接触する環境である。本発明の工作機械用転がり軸受は、工作機械の用途のほかに、高分子材料製造プラント、液晶用フィルム製造プラントなどの化学プラント装置に用いられ、アルカリ性物質に接触する転がり軸受にも好適に使用できる。
【0016】
本発明の工作機械用転がり軸受の一例を図1に示す。図1は深溝玉軸受の断面図である。
深溝玉軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この複数個の転動体4を保持する保持器5および外輪3等に固定されるシール部材6が内輪2および外輪3の軸方向両端開口部8a、8bにそれぞれ設けられている。少なくとも転動体4の周囲にグリース7が封入される。なお、工作機械用軸受としては深溝玉軸受のほか、アンギュラ玉軸受が多く用いられる。
【0017】
シール部材6はゴム成形体単独でもよく、あるいはゴム成形体と金属板、プラスチック板、セラミック板等との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
ゴム成形体と金属板との複合体からなるシール部材6の一例を図2に示す。シール部材6は鋼板などの金属板6aにフッ素ゴム成形体6bを固着して得られる。固着方法としては、機械的固着、化学的固着のいずれも方法であってもよい。好ましい固着方法としては、フッ素ゴム成形体を加硫時に、加硫型内に金属板を配置し、成形および加硫を同時に行ない固着する方法が挙げられる。
【0018】
シール部材6の装着方法としては、(1)シール部材6の一端6cを外輪3に固定し、他端6dは内輪2のシール面のV溝に沿ってラビリンス隙間を形成する、(2)シール部材6の一端6cを外輪3に固定し、他端6dは内輪2のシール面のV溝側面に接触させる、(3)シール部材6の一端6cを外輪3に固定し、他端6dは内輪2のシール面のV溝側面に接触させるが、接触するリップ部に吸着防止のスリットなどを設けて低トルク構造とするなどがある。
上記いずれの装着方法においても、周囲にあるアルカリ溶液がシール部材6を構成するゴム成形体6bと接触する。ゴム成形体6bは少なくともアルカリ溶液と接触する部分が上述したフッ素ゴム成形体で形成される。例えばゴム成形体6bを上述した単体のフッ素ゴム成形体としてもよく、アルカリ溶液と接触する部分に上述したフッ素ゴム成形体を背面に従来のゴム成形体を積層した積層体としてもよい。
【0019】
各シール材例、実施例および比較例に用いたゴム組成物を以下に示す。
表1に示す配合組成でロール温度 50℃にてオープンロールを用いて混練することにより、未加硫ゴム組成物を得た。表1に用いた各材料を以下に示す。
(1)フッ素ゴム組成物1:デュポン・ダウ・エラストマー社製;VTR8802(加硫剤配合済)
(2)フッ素ゴム組成物2:デュポン・ダウ・エラストマー社製;A32J
(3)酸化マグネシウム:協和化学工業社製;キョウワマグ150
(4)水酸化カルシウム:近江化学工業社製;カルビット
(5)カーボン:エンジニアード社製;N990
【表1】

【0020】
実施例1、比較例1
上記未加硫ゴム組成物を用いて加硫プレス機にて加硫成形物を得た。金型実温度を 170℃に保ち、 12 分間、1次加硫を行なった。次いで加硫成形物を恒温槽内に移し、 200℃で 24 時間、2次加硫を行なった。
得られた加硫成形物をJIS K 6251 3号試験片の形状に打ち抜き試験片を作製した。トリエタノールアミンを 15〜25%含有する水溶性切削油剤(ユシロ化学工業製:ユシローケンFGS798K)を純水で 30 倍に希釈した溶液に 80℃×168 時間の条件で試験片を浸漬して、浸漬前後の物性値を測定した。測定した物性値は硬度、引張り強度、引張り伸び、体積であり、浸漬前の物性値に対する浸漬後の硬度変化、引張り強度変化率、引張り伸び変化率、体積変化率をそれぞれ評価した。測定条件は硬度をJIS K 6253に、引張り強度および引張り伸びをJIS K 6251に、浸漬前後の体積をJIS K 6258に、それぞれ準じた。結果を表2に示す。
【表2】

実施例1は、長時間の浸漬でも劣化が軽微であり、切研削油剤に対して優れた耐性を有していた。
比較例1は、切研削油剤に浸漬された場合の硬度、機械的強度の低下および体積の膨潤が著しい。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の工作機械用転がり軸受は、切研削油剤およびアルカリ性溶液に対する優れた耐性を有するので、機械製造工場、高分子材料製造プラント、液晶用フィルム製造プラントなどの製造設備において、切研削油剤およびアルカリ性溶液に接触する工作機械および送液ポンプ等に用いられる転がり軸受に好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】工作機械用転がり軸受の断面図である。
【図2】工作機械用転がり軸受シール部材の断面図である。
【符号の説明】
【0023】
1 深溝玉軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切削油剤または研削油剤の介在下で被加工材料を切削または研削する工作機械に用いられる工作機械用転がり軸受であって、該転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、前記内輪および外輪の軸方向両端開口部を覆うシール部材とが設けられ、該シール部材は少なくとも前記切削油剤または研削油剤に接触する部位がゴム成形体であり、該ゴム成形体がテトラフルオロエチレンと、プロピレンと、水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数 2〜4 の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体とを含む共重合体からなる加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体であることを特徴とする工作機械用転がり軸受。
【請求項2】
前記架橋用単量体がトリフルオロエチレン、3,3,3−トリフルオロプロペン−1、1,2,3,3,3−ペンタフルオロプロペン、1,1,3,3,3−ペンタフルオロプロピレン、2,3,3,3−テトラフルオロプロペンから選ばれた少なくとも一つの単量体であることを特徴とする請求項1記載の工作機械用転がり軸受。
【請求項3】
前記共重合体がフッ化ビニリデンを含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載の工作機械用転がり軸受。
【請求項4】
前記フッ素ゴム組成物の成形体のゴム硬度が 60〜90°であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の工作機械用転がり軸受。
【請求項5】
前記工作機械用転がり軸受が、主軸軸受またはボールネジサポート軸受であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項記載の工作機械用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−200592(P2006−200592A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−10908(P2005−10908)
【出願日】平成17年1月18日(2005.1.18)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】