強磁性セラミック組成物、ならびにそれを用いて構成される磁気抵抗素子および磁気センサ
【課題】微小な磁場の印加でも、高い磁気抵抗変化率を得ることができる、強磁性セラミック組成物を提供する。
【解決手段】磁気抵抗素子1の磁気抵抗素体2として有利に用いられるものであって、Sr2CaxFeyMoO6で示される強磁性セラミック組成物。低温(たとえば液体窒素温度)で用いられる場合には、0.03≦x≦0.2、0.8≦y≦0.99、およびx+1.4y≧1.22の各条件を満たし、常温で用いられる場合には、0.05≦x≦0.2、0.95≦y≦0.99、およびx−2.5y≧−2.225の各条件を満たすようにされる。この強磁性セラミック組成物は、Sr2FeMoO6のダブルペロブスカイト構造の基本組成に対して、BサイトのFeを理論組成値よりも所定の範囲減らしながら、Caを添加することにより、このCaをBサイトに導入しながら、Caの一部を結晶粒界に析出させたものである。
【解決手段】磁気抵抗素子1の磁気抵抗素体2として有利に用いられるものであって、Sr2CaxFeyMoO6で示される強磁性セラミック組成物。低温(たとえば液体窒素温度)で用いられる場合には、0.03≦x≦0.2、0.8≦y≦0.99、およびx+1.4y≧1.22の各条件を満たし、常温で用いられる場合には、0.05≦x≦0.2、0.95≦y≦0.99、およびx−2.5y≧−2.225の各条件を満たすようにされる。この強磁性セラミック組成物は、Sr2FeMoO6のダブルペロブスカイト構造の基本組成に対して、BサイトのFeを理論組成値よりも所定の範囲減らしながら、Caを添加することにより、このCaをBサイトに導入しながら、Caの一部を結晶粒界に析出させたものである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、強磁性セラミック組成物に関するもので、特に、化学式Sr2FeMoO6で示されるダブルペロブスカイト構造を基本組成とする、強磁性セラミック組成物、ならびにそれを用いて構成される磁気抵抗素子および磁気センサに関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気パターンを読み取るための、たとえば磁気ヘッド等の磁気センサは、磁気抵抗素子(MR素子)を備えている。このような磁気抵抗素子において、強磁性セラミック組成物が用いられている。
【0003】
強磁性セラミック組成物としては、一般的には、印加される磁場が大きくなればなるほど抵抗が上昇する正特性を有するものが知られているが、たとえば、化学式Sr2FeMoO6で示される強磁性セラミック組成物のように、磁場が大きくなればなるほど抵抗が減少する負特性を有するものも知られている(たとえば、特許文献1参照)。このSr2FeMoO6で示される強磁性セラミック組成物は、室温から低温領域(たとえば液体窒素温度)まで磁気抵抗効果が得られ、また、多結晶体であるため、容易に作製できる点で注目されている。
【0004】
しかしながら、Sr2FeMoO6強磁性セラミック組成物は、室温から低温領域まで磁気抵抗効果が得られるものの、磁気抵抗変化率(MR比)が小さいという課題がある。このため、磁気センサとしての応答性を向上させようとすると、大きな磁気バイアスを印加せざるを得ない。このことは、磁気センサに組み合わせる磁石等の磁気バイアス印加手段のサイズの増大やコストの上昇を招く。
【特許文献1】特開平11−284249号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、この発明の目的は、微小な磁場の印加でも、高い磁気抵抗変化率を得ることができる、強磁性セラミック組成物を提供しようとすることである。
【0006】
この発明の他の目的は、上記強磁性セラミック組成物を用いて構成される磁気抵抗素子、およびこの磁気抵抗素子に磁気バイアス印加手段を付加して構成される磁気センサを提供しようとすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、磁気抵抗特性を有するものであって、化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される。
【0008】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、第1の実施態様では、化学式Sr2CaxFeyMoO6において、
0.03≦x≦0.2、
0.8≦y≦0.99、および
x+1.4y≧1.22
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0009】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、第2の実施態様では、化学式Sr2CaxFeyMoO6において、
0.05≦x≦0.2、
0.95≦y≦0.99、および
x−2.5y≧−2.225
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0010】
この発明に係る磁気抵抗素子は、この発明に係る上記強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、この磁気抵抗素体に電界を印加するための電極とを有することを特徴としている。
【0011】
この発明に係る磁気センサは、この発明に係る上記強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、この磁気抵抗素体に電界を印加するための電極と、磁気抵抗素体に磁気バイアスを印加するための磁気バイアス印加手段とを備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
この発明に係る強磁性セラミック組成物によれば、第1の実施態様では、低温領域(たとえば液体窒素温度:−196℃)において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しない場合でも、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。
【0013】
第2の実施態様では、常温において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しない場合でも、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。通常、特に常温では、低温領域に比べて、磁気スピンが揺らぎ、安定していないため、磁気抵抗変化率が低くなりがちであったが、この第2の実施態様の範囲にすれば、Sr2FeMoO6において磁気抵抗変化率が出やすい液体窒素温度時に得られていた磁気抵抗変化率と同等程度の磁気抵抗変化率が得られる。
【0014】
この発明に係る磁気抵抗素子によれば、低磁場における磁気抵抗変化率が高い磁気抵抗素体を備えるので、低磁場における応答性が優れており、感度の高いものとすることができる。
【0015】
この発明に係る磁気センサによれば、低磁場における磁気抵抗変化率が高い磁気抵抗素体を備えるので、低磁場における応答性が優れており、感度の高いものとすることができるとともに、磁気バイアス印加手段に用いられる磁石等が小さくても対応できるため、磁気センサ全体としての小型化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、化学式Sr2FeMoO6で示されるダブルペロブスカイト構造(A2(B,B´)O6において、AサイトにSrが、BサイトにFeが、B´サイトにMoがそれぞれ入っており、連続する結晶格子においてBサイトとB´サイトとが交互に占有している結晶構造)を基本組成とするものである。
【0017】
より特定的には、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、化学式Sr2CaxFeyMoO6で示され、第1の実施態様では、
0.03≦x≦0.2、
0.8≦y≦0.99、および
x+1.4y≧1.22
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0018】
すなわち、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、Sr2FeMoO6のダブルペロブスカイト構造の基本組成に対して、BサイトのFeを理論組成値よりも所定の範囲減らしながら、Caを添加することにより、このCaをBサイトに導入したものである。このとき、Caの一部は、結晶粒界に析出する。このように調整することにより、低温領域(たとえば液体窒素温度)において、高い磁気抵抗特性を示すことを見出し、この発明をなすに至ったものである。
【0019】
より具体的には、上記第1の実施態様によれば、低温領域において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しなくても、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。
【0020】
この発明において特徴となるのは、Caを積極的に結晶粒界に析出させるために、CaがBサイトに入ることである。一般的には、Caを外添加すると、イオン半径がCaと近いSrが存在するAサイトに置換されるが、この発明では、Feをあえて理論組成値よりも減じているので、CaがBサイトに入ることになる。しかし、FeとCaとの間にはイオン半径に差があるので、Caの中には、Bサイトに入りきらなくなるものも存在し、入りきらなくなったCaは、結晶粒界にCaO等となって析出する。この析出したCaO等の絶縁層により、擬似的なTMR(Tunnel Magneto-Resistance)構造が積極的に構成され、トンネル効果を生じさせ、このことが、低磁場において磁気抵抗変化率を高くすることに寄与していると推測される。
【0021】
図1は、この発明の一実施形態による磁気抵抗素子1を示す断面図である。
【0022】
磁気抵抗素子1は、チップ状の磁気抵抗素体2を備える。磁気抵抗素体2の両端面上には、磁気抵抗素体2に電界を印加するための電極3および4が形成されている。磁気抵抗素体2が、この発明に係る強磁性セラミック組成物から構成される。電極3および4は、たとえばAgのように、磁気抵抗素体2に対してオーミック接触を実現できる金属から構成される。
【0023】
磁気抵抗素体2を構成する、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、多結晶体であるので、磁気抵抗素体2は粒界散乱型磁気抵抗効果を発現する。粒界散乱型磁気抵抗効果の場合、基板と薄膜との接合界面で特性を取り出す形式の磁気抵抗効果の場合とは異なり、成膜条件によって接合界面において磁気スピンの向きに乱れが生じるということがなく、自然の結晶粒界を特性取り出しのために用いているので、特性が安定している。
【0024】
ここで、一般に、粒界散乱型磁気抵抗効果の場合、常温であると低温であるときに比べてあまり磁気抵抗効果が出ないという傾向がある。その理由は、以下のとおりであると推測される。
【0025】
強磁性金属の場合、伝導電子は、スピン偏極しており、スピン(向き)情報を維持したまま流れる。このとき、伝導電子が動く先のスピンの向きによって、伝導電子の動きやすさが変わる。すなわち、強磁性金属層間に絶縁層を挟んだ構造において、絶縁層を挟んだ上下に位置する金属層のスピンの向きと同じ向きであると伝導電子がトンネル効果により絶縁層を越えて動きやすく、逆方向であると伝導電子が絶縁層を越えにくく動きにくい。その結果、全体的に伝導電子のスピンの向きが同じ向きであると、動きやすいので抵抗が下がり、向きがばらばらであると、動きにくいので高抵抗となる。
【0026】
粒界散乱型磁気抵抗効果の場合は、結晶粒子が強磁性金属、結晶粒界が絶縁層の役割を果たし、伝導電子が結晶粒界を通過するときの容易性で磁気抵抗が発生している。簡単に説明すると、隣り合う結晶粒子のスピン(磁気ドメイン)が同じであれば、伝導電子は結晶粒界を通りやすく、逆であれば、通りにくくなる。普通、磁界がない場合は、結晶粒子ごとで磁気ドメインの方向はばらばらであるため、結晶粒界の抵抗は高くなるが、磁場を印加すると、結晶粒子の磁気ドメインが揃って同じ方向を向くので、結晶粒界の抵抗が低下する。
【0027】
この発明に係る強磁性セラミック組成物の場合には、前述した強磁性金属と同様の効果があり、低磁界であっても、結晶粒子の磁気ドメインが同じ方向に向くので、結晶粒界で磁気抵抗効果が得られる。
【0028】
ただし、これは、伝導電子がスピン(向き)情報を維持したまま結晶粒界を通過した場合であって、結晶粒界の構造や熱の影響によって、通過する伝導電子のスピン情報が乱れれば(向きが変われば)、結晶粒界の抵抗が期待するほど下がらず、小さな磁気抵抗変化率しか得られないことになってしまう。このようなことから、低温と常温とで磁気抵抗の大きさが異なるのは、伝導電子のスピン情報が熱の影響により乱れるためであると推測される。
【0029】
以上のように、常温にすると、熱が加わることになるので、低温では安定していた磁気ドメインが乱れて抵抗変化率が低くなるという傾向があったが、この発明によれば、化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される強磁性セラミック組成物おいて、その組成範囲を特定することにより、たとえ低い磁場しか印加しない場合であっても、高い磁気抵抗変化率が得られることをさらに見出した。
【0030】
すなわち、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、第2の実施態様では、化学式Sr2CaxFeyMoO6において、
0.05≦x≦0.2、
0.95≦y≦0.99、および
x−2.5y≧−2.225
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0031】
これにより、この発明では、結晶粒界に積極的にCaO等の絶縁層を構成することで、結晶粒子間に擬似的なTMR構造が積極的に構成される。その結果、同じ磁界が印加されても、結晶粒界において大きな抵抗変化が得られるので、抵抗変化率が大きくなる。
【0032】
第2の実施態様では、常温において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しない場合であっても、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。すなわち、この第2の実施態様の範囲にすれば、Sr2FeMoO6において磁気抵抗変化率が出やすい低温時の従来技術と同等程度の磁気抵抗変化率が得られる。
【0033】
図2は、この発明の他の実施形態による磁気センサ11を示す断面図である。
【0034】
磁気センサ11は、磁気抵抗素子12を備えている。磁気抵抗素子12は、チップ状の磁気抵抗素体13と、磁気抵抗素体13に電界を印加するためのもので、磁気抵抗素体13の両端面上に形成される外部接続用電極14および15ならびに磁気抵抗素体13の上方主面上につづら折り状または蛇行状に形成される表面電極16および17とを備えている。表面電極16および17は、外部接続用電極14および15と電気的に接続されている。
【0035】
上述した磁気抵抗素体13は、この発明に係る強磁性セラミック組成物から構成される。電極14〜17は、磁気抵抗素体13に対してオーミック接触を実現できる金属、たとえばAgから構成される。
【0036】
磁気抵抗素子12は、配線基板18上に配置され、外部接続用電極14および15が、はんだ19を介して、配線基板18に形成された回路パターン20に接続されている。また、上述のように、磁気抵抗素子12の外部接続用電極14および15に電気的に接続された配線基板18上の回路パターン20には、はんだ21を介して、引出し端子22が電気的に接続され、この引出し端子22が外部回路(図示せず。)と電気的に接続される。
【0037】
配線基板18の下方には、磁気抵抗素子12に一方の磁極(図2ではN極)を対向させた状態で磁石23が配置され、これによって、磁気抵抗素子12、より特定的には磁気抵抗素体13に所定の磁気バイアスが印加される。磁石23は、絶縁性の樹脂材料からなる支持体24に形成された凹部25内に収容されている。そして、磁気抵抗素子12、配線基板18および磁石23は、支持体24とともに、金属カバー26内に収容されている。
【0038】
金属カバー26は、被検知物(図示せず。)が磁気抵抗素子12の近傍を通過する際に、磁気抵抗素子12に直接機械的衝撃が加わらないようにするとともに、磁気抵抗素子12から出力される微弱な出力信号を外界の電磁気ノイズから保護するためのものである。したがって、金属カバー26には、これに帯電した電荷を放出するためのアース端子27がたとえばかしめ部28を介して取り付けられている。
【0039】
前述したように、磁気抵抗素体12は、低磁場における磁気抵抗変化率が高い材料から構成されるので、この磁気センサ11を、低磁場における応答性が優れたものとすることができ、感度の高いものとすることができる。また、磁石23が小さくても対応できるため、磁気センサ11全体として小型化を図ることができる。
【実施例1】
【0040】
実施例1は、液体窒素温度において、磁気抵抗効果の改善を図りかつ急峻な抵抗変化を実現し得る強磁性セラミック組成物に関するものである。
【0041】
原料としてのSrCO3、Fe2O3、MoO3、およびCaCO3の各粉末を、化学式Sr2CaxFeyMoO6(0≦x≦0.25、0.75≦y≦1)で表される組成であって、Sr2CaxFeyMoO6における「x」および「y」が焼成後において表1に示す値となるように調合し、エキネンを用いて24時間粉砕した。次いで、粉砕後の粉末を、エバポレータにて乾燥し、整粒した後、大気中にて800℃の温度で仮焼した。この時点では、目的のSr2FeMoO6は合成できず、前駆体としてSrFe4+O3+SrMo6+O4が生成していることがXRD解析からわかった。
【0042】
次に、得られた仮焼粉末を有機バインダと混合して、シート状に成形することによって、厚み30μmのシートを作製した。次に、シートを適当数積層することにより、積層体を得、この積層体を脱脂処理した後、窒素に水素を2%程度混合した還元性雰囲気中にて1100〜1200℃の温度で本焼成を行なった。還元性雰囲気中で焼成するのは、仮焼粉末のSrFe4+O3+SrMo6+O4をSr2Fe3+Mo5+O6となるようにFeの価数を下げるためである。そのため、水素の混合量を調節することでFeの価数が変化し、Bサイトの整列性をある程度制御することができる。得られた試料のXRD(X-Ray Diffraction)解析からはダブルペロブスカイト構造に起因する超格子ピークが観測され、目的の結晶構造を持つ試料を作製できたと判断した。なお、得られた試料は、縦4mm×横7mm×厚み7mmのチップ状とした。
【0043】
このようにして得られた各試料について、この発明による効果を調査するため、次のような磁気抵抗測定を行なった。
【0044】
すなわち、上記試料の両端面および表面に銀ペーストを塗布し、600℃で焼き付けることによって電極を形成し、この電極を用いて試料振動型磁力計VSM(Vibrating Sample Magnetometer)により4端子抵抗測定を行なった。また、実施例1では、磁気抵抗測定を液体窒素温度(−196℃)下で実施した。なお、磁気抵抗変化率(MR比:MR ratio)[%]は、無磁場での抵抗率をρ0、磁場中での抵抗率をρHとしたとき、
[ρH−ρ0]/ρ0×100
と定義される。
【0045】
表1に、0.3TでのMR比および1TでのMR比が示されている。なお、表1では、MR比の数値データを絶対値で示している。また、表1には、「x」および「y」から算出した「x+1.4y」も示されている。
【0046】
【表1】
【0047】
ここで、0.3TでのMR比が絶対値で10%以上、かつ1TでのMR比が絶対値で20%以上のものを、良好と判定すると、試料3〜5、7〜9、11〜13、15、16および28〜37について良好と判定される。これらの試料3〜5、7〜9、11〜13、15、16および28〜37は、この発明の範囲内にあるもので、これらについては、0.03≦x≦0.2、0.8≦y≦0.99、およびx+1.4y≧1.22の各条件を満たしている。
【0048】
これらに対して、残りの試料1、2、6、10、14、17〜27および38は、この発明の範囲外のものであり、これらについては、0.3TでのMR比が絶対値で10%未満、または1TでのMR比が絶対値で20%未満であり、0.03≦x≦0.2、0.8≦y≦0.99、およびx+1.4y≧1.22のいずれかの条件を満たしていない。
【0049】
また、図3には、この発明の範囲外にある試料の代表例としての試料1およびこの発明の範囲内にある試料の代表例としての試料9についての磁気抵抗変化率(MR比)が示されている。図3から、試料1および試料9のいずれについても、磁場を印加していない状態で、MR比が0であり、磁場を印加すると、MR比に負特性の変化が現れることがわかる。
【0050】
図3に示した曲線の傾斜が急峻であるほど、印加される磁場の小さな変動であっても、MR比が大きく変わることを示している。図3において、試料1と試料9とを比較すれば明らかなように、この発明の範囲外の試料1に比べて、この発明の範囲内の試料9によれば、より大きい磁気抵抗変化率が得られている。
【0051】
以上のことから、この発明の範囲外の試料1、2、6、10、14、17〜27および38では、低磁場での応答性が悪く、大きな磁気抵抗変化率を得るためには、大きな磁場が必要であり、感度が要求される磁気センサなどの用途には適していないことがわかる。
【0052】
他方、この発明の範囲内にある試料3〜5、7〜9、11〜13、15、16および28〜37によれば、低磁場での応答性が良好であり、小さな磁場であっても、大きな磁気抵抗変化率を得ることができ、液体窒素温度などの低温において、感度が要求される磁気センサなどの用途に適していることがわかる。
【0053】
また、図3から、この発明の範囲内にある試料9では、磁場を0から1Tに変化させても、0から−1Tに変化させても、ほぼ同じ形状(H=0を対称軸として対称形)のMR比変化度合いを示す曲線が得られており、磁場の印加履歴も残らないことがわかる。このことから、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、その用途範囲が広がり、これを利用しやすいと言える。
【0054】
前述のように、この発明の範囲内にある試料が大きな磁気抵抗変化率を示す明確な理由は明らかではないが、少なくとも、次のことがわかっている。
【0055】
図4において、(a)は、試料9に係る強磁性セラミック組成物のTEM(Transmission Electron Microscope)写真をトレースして結晶粒子33の境界となる結晶粒界31を図解的に示したもので、(b)は、(a)に示した結晶粒界31に交差する線32上のいくつかの測定点においてTEM−EDX(Transmission Electron Microscope Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)分析を実施して求められた構成元素の分布状況を原子%で示したものである。なお、図4(b)において、Caの分布状況については、右側の座標軸に基づいて原子%が表示されている。
【0056】
図4(b)からわかるように、Sr、FeおよびMoについては、結晶粒界31を挟んで各結晶粒子33に実質的に均一に存在するが、Caについては、結晶粒界31近傍で原子比が極端に高くなっている。すなわち、結晶粒界31近傍にCaが偏析していることがわかる。この偏析したCaO等の絶縁層が擬似的なTMR構造となり、トンネル効果を発現させており、大きな磁気抵抗変化率をもたらしていると考えられる。トンネル効果に有効な絶縁層の厚みは1〜10nmであることが知られているため、Ca添加量が少なすぎても多すぎても、この効果は得られず、Ca添加量xが0.03≦x≦0.2で最適な条件になったと考えられる。
【0057】
表2は、表1に示した「Ca添加量x」および「Fe添加量y」と「試料番号」との対応関係を示すもので、この発明の範囲内にある「試料番号」を示す領域については二重枠で囲んでいる。図5は、表2をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」がこの発明の範囲内にある。
【0058】
【表2】
【実施例2】
【0059】
実施例2は、室温において、磁気抵抗効果の改善を図り得る強磁性セラミック組成物に関するものである。
【0060】
実施例1の場合と同様の方法により、化学式Sr2CaxFeyMoO6(0≦x≦0.25、0.9≦y≦1)で表される組成であって、Sr2CaxFeyMoO6における「x」および「y」が焼成後において表3に示す値となる試料を作製した。なお、実施例2において作製された試料の中には、組成の点で実施例1において作製された試料と共通するものも含まれている。
【0061】
このようにして得られた各試料について、実施例1の場合と同一の方法により、磁気抵抗測定を行なった。表3に、0.3TでのMR比および1TでのMR比が示されている。なお、表3では、MR比の数値データを絶対値で示している。また、表3には、「x」および「y」から算出した「x−2.5y」も示されている。
【0062】
【表3】
【0063】
ここで、0.3TでのMR比が絶対値で8%以上、かつ1TでのMR比が絶対値で10%以上のものを、良好と判定すると、試料53、54、56、59、60および72〜77について良好と判定される。これらの試料53、54、56、59、60および72〜77は、この発明の範囲内にあるもので、これらについては、0.05≦x≦0.2、0.95≦y≦0.99、およびx−2.5y≧−2.225の各条件を満たしている。
【0064】
これらに対して、残りの試料51、52、55、57、58および61〜71は、この発明の範囲外のものであり、これらについては、0.3TでのMR比が絶対値で8%未満、または1TでのMR比が絶対値で10%未満であり、0.05≦x≦0.2、0.95≦y≦0.99、およびx−2.5y≧−2.225のいずれかの条件を満たしていない。
【0065】
また、図6には、この発明の範囲外にある試料の代表例としての試料51およびこの発明の範囲内にある試料の代表例としての試料59についての磁気抵抗変化率が示されている。図6から、試料51および試料59のいずれについても、磁場を印加していない状態で、MR比が0であり、磁場を印加すると、MR比に負特性の変化が現れることがわかる。
【0066】
また、図6において、試料51と試料59とを比較すれば明らかなように、この発明の範囲外の試料51に比べて、この発明の範囲内の試料59の方が傾斜が急峻であり、それゆえ、より大きい磁気抵抗変化率が得られている。
【0067】
以上のことから、この発明の範囲外の試料51、52、55、57、58および61〜71では、低磁場での応答性が悪く、大きな磁気抵抗変化率を得るためには、大きな磁場が必要であり、感度が要求される磁気センサなどの用途には適していないことがわかる。
【0068】
他方、この発明の範囲内にある試料53、54、56、59、60および72〜77によれば、低磁場での応答性が良好であり、小さな磁場であっても、大きな磁気抵抗変化率を得ることができ、室温において、感度が要求される磁気センサなどの用途に適していることがわかる。
【0069】
また、図6から、この発明の範囲内にある試料59では、磁場を0から1Tに変化させても、0から−1Tに変化させても、ほぼ同じ形状(H=0を対称軸として対称形)のMR比変化度合いを示す曲線が得られることから、磁場の印加履歴も残らないことがわかる。このことから、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、その用途範囲が広がり、これを利用しやすいと言える。
【0070】
表4は、実施例1における表2に対応し、表4に示した「Ca添加量x」および「Fe添加量y」と「試料番号」との対応関係を示すもので、この発明の範囲内にある「試料番号」を示す領域については二重枠で囲んでいる。図7は、実施例1における図5に対応し、表4をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」がこの発明の範囲内にある。
【0071】
【表4】
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】この発明の一実施形態による磁気抵抗素子1を示す断面図である。
【図2】この発明の他の実施形態による磁気センサ11を示す断面図である。
【図3】実施例1において作製された試料であって、この発明の範囲外にある試料1およびこの発明の範囲内にある試料9についての磁気抵抗変化率を示す図である。
【図4】(a)は、試料9に係る強磁性セラミック組成物のTEM写真をトレースして結晶粒界31を図解的に示したもので、(b)は、(a)に示した結晶粒界31に交差する線32上のいくつかの測定点においてTEM−EDX分析を実施して求められた構成元素の分布状況を原子%で示したものである。
【図5】実施例1における表2をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)によって、この発明の範囲内にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」を示している。
【図6】実施例2において作製された試料であって、この発明の範囲外にある試料51およびこの発明の範囲内にある試料59についての磁気抵抗変化率を示す図である。
【図7】実施例2における表4をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)によって、この発明の範囲内にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」を示している。
【符号の説明】
【0073】
1,12 磁気抵抗素子
2,13 磁気抵抗素体
3,4,14〜17 電極
11 磁気センサ
23 磁石
【技術分野】
【0001】
この発明は、強磁性セラミック組成物に関するもので、特に、化学式Sr2FeMoO6で示されるダブルペロブスカイト構造を基本組成とする、強磁性セラミック組成物、ならびにそれを用いて構成される磁気抵抗素子および磁気センサに関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気パターンを読み取るための、たとえば磁気ヘッド等の磁気センサは、磁気抵抗素子(MR素子)を備えている。このような磁気抵抗素子において、強磁性セラミック組成物が用いられている。
【0003】
強磁性セラミック組成物としては、一般的には、印加される磁場が大きくなればなるほど抵抗が上昇する正特性を有するものが知られているが、たとえば、化学式Sr2FeMoO6で示される強磁性セラミック組成物のように、磁場が大きくなればなるほど抵抗が減少する負特性を有するものも知られている(たとえば、特許文献1参照)。このSr2FeMoO6で示される強磁性セラミック組成物は、室温から低温領域(たとえば液体窒素温度)まで磁気抵抗効果が得られ、また、多結晶体であるため、容易に作製できる点で注目されている。
【0004】
しかしながら、Sr2FeMoO6強磁性セラミック組成物は、室温から低温領域まで磁気抵抗効果が得られるものの、磁気抵抗変化率(MR比)が小さいという課題がある。このため、磁気センサとしての応答性を向上させようとすると、大きな磁気バイアスを印加せざるを得ない。このことは、磁気センサに組み合わせる磁石等の磁気バイアス印加手段のサイズの増大やコストの上昇を招く。
【特許文献1】特開平11−284249号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、この発明の目的は、微小な磁場の印加でも、高い磁気抵抗変化率を得ることができる、強磁性セラミック組成物を提供しようとすることである。
【0006】
この発明の他の目的は、上記強磁性セラミック組成物を用いて構成される磁気抵抗素子、およびこの磁気抵抗素子に磁気バイアス印加手段を付加して構成される磁気センサを提供しようとすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、磁気抵抗特性を有するものであって、化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される。
【0008】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、第1の実施態様では、化学式Sr2CaxFeyMoO6において、
0.03≦x≦0.2、
0.8≦y≦0.99、および
x+1.4y≧1.22
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0009】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、第2の実施態様では、化学式Sr2CaxFeyMoO6において、
0.05≦x≦0.2、
0.95≦y≦0.99、および
x−2.5y≧−2.225
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0010】
この発明に係る磁気抵抗素子は、この発明に係る上記強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、この磁気抵抗素体に電界を印加するための電極とを有することを特徴としている。
【0011】
この発明に係る磁気センサは、この発明に係る上記強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、この磁気抵抗素体に電界を印加するための電極と、磁気抵抗素体に磁気バイアスを印加するための磁気バイアス印加手段とを備えることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
この発明に係る強磁性セラミック組成物によれば、第1の実施態様では、低温領域(たとえば液体窒素温度:−196℃)において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しない場合でも、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。
【0013】
第2の実施態様では、常温において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しない場合でも、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。通常、特に常温では、低温領域に比べて、磁気スピンが揺らぎ、安定していないため、磁気抵抗変化率が低くなりがちであったが、この第2の実施態様の範囲にすれば、Sr2FeMoO6において磁気抵抗変化率が出やすい液体窒素温度時に得られていた磁気抵抗変化率と同等程度の磁気抵抗変化率が得られる。
【0014】
この発明に係る磁気抵抗素子によれば、低磁場における磁気抵抗変化率が高い磁気抵抗素体を備えるので、低磁場における応答性が優れており、感度の高いものとすることができる。
【0015】
この発明に係る磁気センサによれば、低磁場における磁気抵抗変化率が高い磁気抵抗素体を備えるので、低磁場における応答性が優れており、感度の高いものとすることができるとともに、磁気バイアス印加手段に用いられる磁石等が小さくても対応できるため、磁気センサ全体としての小型化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
この発明に係る強磁性セラミック組成物は、化学式Sr2FeMoO6で示されるダブルペロブスカイト構造(A2(B,B´)O6において、AサイトにSrが、BサイトにFeが、B´サイトにMoがそれぞれ入っており、連続する結晶格子においてBサイトとB´サイトとが交互に占有している結晶構造)を基本組成とするものである。
【0017】
より特定的には、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、化学式Sr2CaxFeyMoO6で示され、第1の実施態様では、
0.03≦x≦0.2、
0.8≦y≦0.99、および
x+1.4y≧1.22
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0018】
すなわち、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、Sr2FeMoO6のダブルペロブスカイト構造の基本組成に対して、BサイトのFeを理論組成値よりも所定の範囲減らしながら、Caを添加することにより、このCaをBサイトに導入したものである。このとき、Caの一部は、結晶粒界に析出する。このように調整することにより、低温領域(たとえば液体窒素温度)において、高い磁気抵抗特性を示すことを見出し、この発明をなすに至ったものである。
【0019】
より具体的には、上記第1の実施態様によれば、低温領域において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しなくても、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。
【0020】
この発明において特徴となるのは、Caを積極的に結晶粒界に析出させるために、CaがBサイトに入ることである。一般的には、Caを外添加すると、イオン半径がCaと近いSrが存在するAサイトに置換されるが、この発明では、Feをあえて理論組成値よりも減じているので、CaがBサイトに入ることになる。しかし、FeとCaとの間にはイオン半径に差があるので、Caの中には、Bサイトに入りきらなくなるものも存在し、入りきらなくなったCaは、結晶粒界にCaO等となって析出する。この析出したCaO等の絶縁層により、擬似的なTMR(Tunnel Magneto-Resistance)構造が積極的に構成され、トンネル効果を生じさせ、このことが、低磁場において磁気抵抗変化率を高くすることに寄与していると推測される。
【0021】
図1は、この発明の一実施形態による磁気抵抗素子1を示す断面図である。
【0022】
磁気抵抗素子1は、チップ状の磁気抵抗素体2を備える。磁気抵抗素体2の両端面上には、磁気抵抗素体2に電界を印加するための電極3および4が形成されている。磁気抵抗素体2が、この発明に係る強磁性セラミック組成物から構成される。電極3および4は、たとえばAgのように、磁気抵抗素体2に対してオーミック接触を実現できる金属から構成される。
【0023】
磁気抵抗素体2を構成する、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、多結晶体であるので、磁気抵抗素体2は粒界散乱型磁気抵抗効果を発現する。粒界散乱型磁気抵抗効果の場合、基板と薄膜との接合界面で特性を取り出す形式の磁気抵抗効果の場合とは異なり、成膜条件によって接合界面において磁気スピンの向きに乱れが生じるということがなく、自然の結晶粒界を特性取り出しのために用いているので、特性が安定している。
【0024】
ここで、一般に、粒界散乱型磁気抵抗効果の場合、常温であると低温であるときに比べてあまり磁気抵抗効果が出ないという傾向がある。その理由は、以下のとおりであると推測される。
【0025】
強磁性金属の場合、伝導電子は、スピン偏極しており、スピン(向き)情報を維持したまま流れる。このとき、伝導電子が動く先のスピンの向きによって、伝導電子の動きやすさが変わる。すなわち、強磁性金属層間に絶縁層を挟んだ構造において、絶縁層を挟んだ上下に位置する金属層のスピンの向きと同じ向きであると伝導電子がトンネル効果により絶縁層を越えて動きやすく、逆方向であると伝導電子が絶縁層を越えにくく動きにくい。その結果、全体的に伝導電子のスピンの向きが同じ向きであると、動きやすいので抵抗が下がり、向きがばらばらであると、動きにくいので高抵抗となる。
【0026】
粒界散乱型磁気抵抗効果の場合は、結晶粒子が強磁性金属、結晶粒界が絶縁層の役割を果たし、伝導電子が結晶粒界を通過するときの容易性で磁気抵抗が発生している。簡単に説明すると、隣り合う結晶粒子のスピン(磁気ドメイン)が同じであれば、伝導電子は結晶粒界を通りやすく、逆であれば、通りにくくなる。普通、磁界がない場合は、結晶粒子ごとで磁気ドメインの方向はばらばらであるため、結晶粒界の抵抗は高くなるが、磁場を印加すると、結晶粒子の磁気ドメインが揃って同じ方向を向くので、結晶粒界の抵抗が低下する。
【0027】
この発明に係る強磁性セラミック組成物の場合には、前述した強磁性金属と同様の効果があり、低磁界であっても、結晶粒子の磁気ドメインが同じ方向に向くので、結晶粒界で磁気抵抗効果が得られる。
【0028】
ただし、これは、伝導電子がスピン(向き)情報を維持したまま結晶粒界を通過した場合であって、結晶粒界の構造や熱の影響によって、通過する伝導電子のスピン情報が乱れれば(向きが変われば)、結晶粒界の抵抗が期待するほど下がらず、小さな磁気抵抗変化率しか得られないことになってしまう。このようなことから、低温と常温とで磁気抵抗の大きさが異なるのは、伝導電子のスピン情報が熱の影響により乱れるためであると推測される。
【0029】
以上のように、常温にすると、熱が加わることになるので、低温では安定していた磁気ドメインが乱れて抵抗変化率が低くなるという傾向があったが、この発明によれば、化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される強磁性セラミック組成物おいて、その組成範囲を特定することにより、たとえ低い磁場しか印加しない場合であっても、高い磁気抵抗変化率が得られることをさらに見出した。
【0030】
すなわち、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、第2の実施態様では、化学式Sr2CaxFeyMoO6において、
0.05≦x≦0.2、
0.95≦y≦0.99、および
x−2.5y≧−2.225
の各条件を満たすことを特徴としている。
【0031】
これにより、この発明では、結晶粒界に積極的にCaO等の絶縁層を構成することで、結晶粒子間に擬似的なTMR構造が積極的に構成される。その結果、同じ磁界が印加されても、結晶粒界において大きな抵抗変化が得られるので、抵抗変化率が大きくなる。
【0032】
第2の実施態様では、常温において、たとえば0.3Tといった低い磁場しか印加しない場合であっても、高い磁気抵抗変化率を得ることができる。すなわち、この第2の実施態様の範囲にすれば、Sr2FeMoO6において磁気抵抗変化率が出やすい低温時の従来技術と同等程度の磁気抵抗変化率が得られる。
【0033】
図2は、この発明の他の実施形態による磁気センサ11を示す断面図である。
【0034】
磁気センサ11は、磁気抵抗素子12を備えている。磁気抵抗素子12は、チップ状の磁気抵抗素体13と、磁気抵抗素体13に電界を印加するためのもので、磁気抵抗素体13の両端面上に形成される外部接続用電極14および15ならびに磁気抵抗素体13の上方主面上につづら折り状または蛇行状に形成される表面電極16および17とを備えている。表面電極16および17は、外部接続用電極14および15と電気的に接続されている。
【0035】
上述した磁気抵抗素体13は、この発明に係る強磁性セラミック組成物から構成される。電極14〜17は、磁気抵抗素体13に対してオーミック接触を実現できる金属、たとえばAgから構成される。
【0036】
磁気抵抗素子12は、配線基板18上に配置され、外部接続用電極14および15が、はんだ19を介して、配線基板18に形成された回路パターン20に接続されている。また、上述のように、磁気抵抗素子12の外部接続用電極14および15に電気的に接続された配線基板18上の回路パターン20には、はんだ21を介して、引出し端子22が電気的に接続され、この引出し端子22が外部回路(図示せず。)と電気的に接続される。
【0037】
配線基板18の下方には、磁気抵抗素子12に一方の磁極(図2ではN極)を対向させた状態で磁石23が配置され、これによって、磁気抵抗素子12、より特定的には磁気抵抗素体13に所定の磁気バイアスが印加される。磁石23は、絶縁性の樹脂材料からなる支持体24に形成された凹部25内に収容されている。そして、磁気抵抗素子12、配線基板18および磁石23は、支持体24とともに、金属カバー26内に収容されている。
【0038】
金属カバー26は、被検知物(図示せず。)が磁気抵抗素子12の近傍を通過する際に、磁気抵抗素子12に直接機械的衝撃が加わらないようにするとともに、磁気抵抗素子12から出力される微弱な出力信号を外界の電磁気ノイズから保護するためのものである。したがって、金属カバー26には、これに帯電した電荷を放出するためのアース端子27がたとえばかしめ部28を介して取り付けられている。
【0039】
前述したように、磁気抵抗素体12は、低磁場における磁気抵抗変化率が高い材料から構成されるので、この磁気センサ11を、低磁場における応答性が優れたものとすることができ、感度の高いものとすることができる。また、磁石23が小さくても対応できるため、磁気センサ11全体として小型化を図ることができる。
【実施例1】
【0040】
実施例1は、液体窒素温度において、磁気抵抗効果の改善を図りかつ急峻な抵抗変化を実現し得る強磁性セラミック組成物に関するものである。
【0041】
原料としてのSrCO3、Fe2O3、MoO3、およびCaCO3の各粉末を、化学式Sr2CaxFeyMoO6(0≦x≦0.25、0.75≦y≦1)で表される組成であって、Sr2CaxFeyMoO6における「x」および「y」が焼成後において表1に示す値となるように調合し、エキネンを用いて24時間粉砕した。次いで、粉砕後の粉末を、エバポレータにて乾燥し、整粒した後、大気中にて800℃の温度で仮焼した。この時点では、目的のSr2FeMoO6は合成できず、前駆体としてSrFe4+O3+SrMo6+O4が生成していることがXRD解析からわかった。
【0042】
次に、得られた仮焼粉末を有機バインダと混合して、シート状に成形することによって、厚み30μmのシートを作製した。次に、シートを適当数積層することにより、積層体を得、この積層体を脱脂処理した後、窒素に水素を2%程度混合した還元性雰囲気中にて1100〜1200℃の温度で本焼成を行なった。還元性雰囲気中で焼成するのは、仮焼粉末のSrFe4+O3+SrMo6+O4をSr2Fe3+Mo5+O6となるようにFeの価数を下げるためである。そのため、水素の混合量を調節することでFeの価数が変化し、Bサイトの整列性をある程度制御することができる。得られた試料のXRD(X-Ray Diffraction)解析からはダブルペロブスカイト構造に起因する超格子ピークが観測され、目的の結晶構造を持つ試料を作製できたと判断した。なお、得られた試料は、縦4mm×横7mm×厚み7mmのチップ状とした。
【0043】
このようにして得られた各試料について、この発明による効果を調査するため、次のような磁気抵抗測定を行なった。
【0044】
すなわち、上記試料の両端面および表面に銀ペーストを塗布し、600℃で焼き付けることによって電極を形成し、この電極を用いて試料振動型磁力計VSM(Vibrating Sample Magnetometer)により4端子抵抗測定を行なった。また、実施例1では、磁気抵抗測定を液体窒素温度(−196℃)下で実施した。なお、磁気抵抗変化率(MR比:MR ratio)[%]は、無磁場での抵抗率をρ0、磁場中での抵抗率をρHとしたとき、
[ρH−ρ0]/ρ0×100
と定義される。
【0045】
表1に、0.3TでのMR比および1TでのMR比が示されている。なお、表1では、MR比の数値データを絶対値で示している。また、表1には、「x」および「y」から算出した「x+1.4y」も示されている。
【0046】
【表1】
【0047】
ここで、0.3TでのMR比が絶対値で10%以上、かつ1TでのMR比が絶対値で20%以上のものを、良好と判定すると、試料3〜5、7〜9、11〜13、15、16および28〜37について良好と判定される。これらの試料3〜5、7〜9、11〜13、15、16および28〜37は、この発明の範囲内にあるもので、これらについては、0.03≦x≦0.2、0.8≦y≦0.99、およびx+1.4y≧1.22の各条件を満たしている。
【0048】
これらに対して、残りの試料1、2、6、10、14、17〜27および38は、この発明の範囲外のものであり、これらについては、0.3TでのMR比が絶対値で10%未満、または1TでのMR比が絶対値で20%未満であり、0.03≦x≦0.2、0.8≦y≦0.99、およびx+1.4y≧1.22のいずれかの条件を満たしていない。
【0049】
また、図3には、この発明の範囲外にある試料の代表例としての試料1およびこの発明の範囲内にある試料の代表例としての試料9についての磁気抵抗変化率(MR比)が示されている。図3から、試料1および試料9のいずれについても、磁場を印加していない状態で、MR比が0であり、磁場を印加すると、MR比に負特性の変化が現れることがわかる。
【0050】
図3に示した曲線の傾斜が急峻であるほど、印加される磁場の小さな変動であっても、MR比が大きく変わることを示している。図3において、試料1と試料9とを比較すれば明らかなように、この発明の範囲外の試料1に比べて、この発明の範囲内の試料9によれば、より大きい磁気抵抗変化率が得られている。
【0051】
以上のことから、この発明の範囲外の試料1、2、6、10、14、17〜27および38では、低磁場での応答性が悪く、大きな磁気抵抗変化率を得るためには、大きな磁場が必要であり、感度が要求される磁気センサなどの用途には適していないことがわかる。
【0052】
他方、この発明の範囲内にある試料3〜5、7〜9、11〜13、15、16および28〜37によれば、低磁場での応答性が良好であり、小さな磁場であっても、大きな磁気抵抗変化率を得ることができ、液体窒素温度などの低温において、感度が要求される磁気センサなどの用途に適していることがわかる。
【0053】
また、図3から、この発明の範囲内にある試料9では、磁場を0から1Tに変化させても、0から−1Tに変化させても、ほぼ同じ形状(H=0を対称軸として対称形)のMR比変化度合いを示す曲線が得られており、磁場の印加履歴も残らないことがわかる。このことから、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、その用途範囲が広がり、これを利用しやすいと言える。
【0054】
前述のように、この発明の範囲内にある試料が大きな磁気抵抗変化率を示す明確な理由は明らかではないが、少なくとも、次のことがわかっている。
【0055】
図4において、(a)は、試料9に係る強磁性セラミック組成物のTEM(Transmission Electron Microscope)写真をトレースして結晶粒子33の境界となる結晶粒界31を図解的に示したもので、(b)は、(a)に示した結晶粒界31に交差する線32上のいくつかの測定点においてTEM−EDX(Transmission Electron Microscope Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)分析を実施して求められた構成元素の分布状況を原子%で示したものである。なお、図4(b)において、Caの分布状況については、右側の座標軸に基づいて原子%が表示されている。
【0056】
図4(b)からわかるように、Sr、FeおよびMoについては、結晶粒界31を挟んで各結晶粒子33に実質的に均一に存在するが、Caについては、結晶粒界31近傍で原子比が極端に高くなっている。すなわち、結晶粒界31近傍にCaが偏析していることがわかる。この偏析したCaO等の絶縁層が擬似的なTMR構造となり、トンネル効果を発現させており、大きな磁気抵抗変化率をもたらしていると考えられる。トンネル効果に有効な絶縁層の厚みは1〜10nmであることが知られているため、Ca添加量が少なすぎても多すぎても、この効果は得られず、Ca添加量xが0.03≦x≦0.2で最適な条件になったと考えられる。
【0057】
表2は、表1に示した「Ca添加量x」および「Fe添加量y」と「試料番号」との対応関係を示すもので、この発明の範囲内にある「試料番号」を示す領域については二重枠で囲んでいる。図5は、表2をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」がこの発明の範囲内にある。
【0058】
【表2】
【実施例2】
【0059】
実施例2は、室温において、磁気抵抗効果の改善を図り得る強磁性セラミック組成物に関するものである。
【0060】
実施例1の場合と同様の方法により、化学式Sr2CaxFeyMoO6(0≦x≦0.25、0.9≦y≦1)で表される組成であって、Sr2CaxFeyMoO6における「x」および「y」が焼成後において表3に示す値となる試料を作製した。なお、実施例2において作製された試料の中には、組成の点で実施例1において作製された試料と共通するものも含まれている。
【0061】
このようにして得られた各試料について、実施例1の場合と同一の方法により、磁気抵抗測定を行なった。表3に、0.3TでのMR比および1TでのMR比が示されている。なお、表3では、MR比の数値データを絶対値で示している。また、表3には、「x」および「y」から算出した「x−2.5y」も示されている。
【0062】
【表3】
【0063】
ここで、0.3TでのMR比が絶対値で8%以上、かつ1TでのMR比が絶対値で10%以上のものを、良好と判定すると、試料53、54、56、59、60および72〜77について良好と判定される。これらの試料53、54、56、59、60および72〜77は、この発明の範囲内にあるもので、これらについては、0.05≦x≦0.2、0.95≦y≦0.99、およびx−2.5y≧−2.225の各条件を満たしている。
【0064】
これらに対して、残りの試料51、52、55、57、58および61〜71は、この発明の範囲外のものであり、これらについては、0.3TでのMR比が絶対値で8%未満、または1TでのMR比が絶対値で10%未満であり、0.05≦x≦0.2、0.95≦y≦0.99、およびx−2.5y≧−2.225のいずれかの条件を満たしていない。
【0065】
また、図6には、この発明の範囲外にある試料の代表例としての試料51およびこの発明の範囲内にある試料の代表例としての試料59についての磁気抵抗変化率が示されている。図6から、試料51および試料59のいずれについても、磁場を印加していない状態で、MR比が0であり、磁場を印加すると、MR比に負特性の変化が現れることがわかる。
【0066】
また、図6において、試料51と試料59とを比較すれば明らかなように、この発明の範囲外の試料51に比べて、この発明の範囲内の試料59の方が傾斜が急峻であり、それゆえ、より大きい磁気抵抗変化率が得られている。
【0067】
以上のことから、この発明の範囲外の試料51、52、55、57、58および61〜71では、低磁場での応答性が悪く、大きな磁気抵抗変化率を得るためには、大きな磁場が必要であり、感度が要求される磁気センサなどの用途には適していないことがわかる。
【0068】
他方、この発明の範囲内にある試料53、54、56、59、60および72〜77によれば、低磁場での応答性が良好であり、小さな磁場であっても、大きな磁気抵抗変化率を得ることができ、室温において、感度が要求される磁気センサなどの用途に適していることがわかる。
【0069】
また、図6から、この発明の範囲内にある試料59では、磁場を0から1Tに変化させても、0から−1Tに変化させても、ほぼ同じ形状(H=0を対称軸として対称形)のMR比変化度合いを示す曲線が得られることから、磁場の印加履歴も残らないことがわかる。このことから、この発明に係る強磁性セラミック組成物は、その用途範囲が広がり、これを利用しやすいと言える。
【0070】
表4は、実施例1における表2に対応し、表4に示した「Ca添加量x」および「Fe添加量y」と「試料番号」との対応関係を示すもので、この発明の範囲内にある「試料番号」を示す領域については二重枠で囲んでいる。図7は、実施例1における図5に対応し、表4をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」がこの発明の範囲内にある。
【0071】
【表4】
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】この発明の一実施形態による磁気抵抗素子1を示す断面図である。
【図2】この発明の他の実施形態による磁気センサ11を示す断面図である。
【図3】実施例1において作製された試料であって、この発明の範囲外にある試料1およびこの発明の範囲内にある試料9についての磁気抵抗変化率を示す図である。
【図4】(a)は、試料9に係る強磁性セラミック組成物のTEM写真をトレースして結晶粒界31を図解的に示したもので、(b)は、(a)に示した結晶粒界31に交差する線32上のいくつかの測定点においてTEM−EDX分析を実施して求められた構成元素の分布状況を原子%で示したものである。
【図5】実施例1における表2をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)によって、この発明の範囲内にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」を示している。
【図6】実施例2において作製された試料であって、この発明の範囲外にある試料51およびこの発明の範囲内にある試料59についての磁気抵抗変化率を示す図である。
【図7】実施例2における表4をグラフ化したもので、五角形の枠で囲まれた領域(五角形の辺上も含む。)によって、この発明の範囲内にある「Ca添加量x」および「Fe添加量y」を示している。
【符号の説明】
【0073】
1,12 磁気抵抗素子
2,13 磁気抵抗素体
3,4,14〜17 電極
11 磁気センサ
23 磁石
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される磁気抵抗特性を有する強磁性セラミック組成物であって、
0.03≦x≦0.2、
0.8≦y≦0.99、および
x+1.4y≧1.22
の各条件を満たすことを特徴とする、強磁性セラミック組成物。
【請求項2】
化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される磁気抵抗特性を有する強磁性セラミック組成物であって、
0.05≦x≦0.2、
0.95≦y≦0.99、および
x−2.5y≧−2.225
の各条件を満たすことを特徴とする、強磁性セラミック組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、
前記磁気抵抗素体に電界を印加するための電極と
を有する、磁気抵抗素子。
【請求項4】
請求項1または2に記載の強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、
前記磁気抵抗素体に電界を印加するための電極と、
前記磁気抵抗素体に磁気バイアスを印加するための磁気バイアス印加手段と
を備える、磁気センサ。
【請求項1】
化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される磁気抵抗特性を有する強磁性セラミック組成物であって、
0.03≦x≦0.2、
0.8≦y≦0.99、および
x+1.4y≧1.22
の各条件を満たすことを特徴とする、強磁性セラミック組成物。
【請求項2】
化学式Sr2CaxFeyMoO6で示される磁気抵抗特性を有する強磁性セラミック組成物であって、
0.05≦x≦0.2、
0.95≦y≦0.99、および
x−2.5y≧−2.225
の各条件を満たすことを特徴とする、強磁性セラミック組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、
前記磁気抵抗素体に電界を印加するための電極と
を有する、磁気抵抗素子。
【請求項4】
請求項1または2に記載の強磁性セラミック組成物を用いて得られた磁気抵抗素体と、
前記磁気抵抗素体に電界を印加するための電極と、
前記磁気抵抗素体に磁気バイアスを印加するための磁気バイアス印加手段と
を備える、磁気センサ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【公開番号】特開2009−215145(P2009−215145A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−63618(P2008−63618)
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】
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