説明

慣性航法装置およびその誤差補正方法

【課題】AHRSとINSで構成を共通化し、温度計を使わずジャイロの温度ドリフト誤差を補正し、基準となる姿勢・方位データを使わずジャイロセンサ誤差と加速度計誤差を補正する慣性航法装置。
【解決手段】推定センサ誤差データからジャイロと加速度計の出力を補正するセンサ誤差補正計算部と、補正後の移動体の位置や姿勢を計算し、推定姿勢/方位誤差データより移動体の位置や姿勢を補正する航法・姿勢方位計算部と、補正後の位置や姿勢の情報と移動体上のGPSセンサの絶対位置と絶対速度と比較して、ジャイロにおける温度ドリフトの影響を分離する温度誤差推定部と、分離後の温度ドリフト等の影響よりジャイロと加速度計の出力の誤差を推定しセンサ誤差補正計算部で使用するセンサ誤差データを校正し、補正後の位置や姿勢の出力の誤差を推定し航法・姿勢方位計算部で使用する姿勢/位置誤差データを校正するセンサ固有誤差推定部とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動体の現在位置をナビゲーションする装置において、定量的に求めることができないセンサ誤差を補償して精度の高い現在位置を提供することができる慣性航法装置およびその誤差補正方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図3は従来の慣性航法装置およびその誤差補正方法の一例を示すブロック図であり、航空機の搭乗者が頭部に装着したヘッドトラッカの構成を示したものである。ヘッドトラッカとは、一般にヘルメット装着者頭部の姿勢や方位角を提供するAHRS(Attitude Heading Reference System:姿勢方位基準装置)またはINS(Inertial Navigation System:慣性航法装置)である。
【0003】
図3(a)はAHRSの場合、(b)はINSの場合を示している。図3(a)において、11と21はセンサ誤差補正計算部、12と22は航法・姿勢方位計算部、13と23は誤差推定計算部、14は基準姿勢計算部、15と25はMEMS(Micro Electro Mechanical System:微小電気機械システム)を利用した加速度計およびジャイロセンサからなるMEMSセンサ部、16と26はMEMSを利用したGPSセンサ部、17と27は温度計、18は磁気方位センサで外部の地磁気の観測から方位を検出する外部基準方位センサ部である。なお、加速度計とジャイロセンサは、ロール、ピッチ、ヨーの3軸につき一つずつセンサを設ける。また、温度計17はジャイロセンサそれぞれにつき一つずつ計3個設ける。
【0004】
図3(a)に示すAHRSの動作の流れを簡単に説明する。MEMSセンサ部15のジャイロセンサと加速度計で角速度と加速度を検出し、センサ誤差補正計算部11に出力する。センサ誤差補正計算部11では、予め推定された誤差推定値に基づいて、入力された角速度と加速度の値をリアルタイムで補正し、航法・姿勢方位計算部12に出力する。航法・姿勢方位計算部12ではその補正後の角速度と加速度を用いて移動体の姿勢と方位を計算し、パイロットと誤差推定計算部13に出力する。姿勢/方位計算の際には予め推定された姿勢、方位の誤差推定値を利用する。また、誤差推定計算部13での誤差推定に利用するため、航法・姿勢方位計算部12では移動体の速度と位置も計算し、あわせて誤差推定計算部13に出力する。基準姿勢計算部14はMEMSセンサ部15から出力される加速度のデータを直接利用して移動体の姿勢を計算し、誤差推定計算部13に出力する。また、GPSセンサ部16からは移動体の速度および位置データが、温度計17からは環境温度データが、外部基準方位センサ部18からは移動体の方位データが、それぞれ誤差推定計算部13に出力される。
基準姿勢計算部14、GPSセンサ部16、外部基準方位センサ部18の出力は、誤差が発散しないため、それぞれ移動体の姿勢、速度、位置、方位データの計算値に含まれる誤差を測る際の基準データとして利用することができる。
誤差推定計算部13は航法・姿勢方位計算部12から入力される姿勢、方位、速度、位置データの計算値と、各種基準データを比較することによって、加速度計とジャイロセンサが有する誤差や、航法・姿勢方位計算部12の計算した姿勢/方位データが含む誤差の大きさをリアルタイムで推定する。そして、誤差の推定値をセンサ誤差補正計算部11と航法・姿勢方位計算部12に出力し、新たな誤差推定値として補正計算に利用する。
【0005】
次に、図3(b)に示すINSについて簡単に説明する。INSは、移動体の姿勢や方位を計算し出力する点でAHRSと同質の装置である。そのため、基本的な機能ブロックの構成や各ブロックの動作は同じである。ただし、一般にINSは姿勢や方位のほかに、移動体の速度や位置も出力する機能を有する。また、INSはAHRSに比べ1〜2桁程度要求される精度が高く、ジャイロセンサや加速度計も高精度のものが使用される。図3(a)にある基準姿勢計算部14や外部基準方位センサ部18に相当するブロックは設けられていない。これは、これらのブロックから出力される基準データの精度が低いためにINSの要求精度に見合わず、かえって姿勢や方位データの計算値に悪影響を及ぼすためである。
【0006】
図4は前記ヘッドトラッカの概念図である。遭難者を捜索中の救助ヘリコプタの中に、このヘリコプタを操縦するパイロットと、遭難者を目視で捜索する捜索者が搭乗している。捜索者は、ヘッドトラッカを装備したヘルメットを装着している。図4中、縦軸XNは北、横軸YEは東を意味する。XとYはヘリコプタ機体座標のロール軸、ピッチ軸であり、XとYは捜索者のヘルメットの頭部座標のロール軸、ピッチ軸である。Ψは機体の方位角、Ψはヘルメットの方位角である。
【0007】
ヘッドトラッカは装着者(捜索者)の頭部の姿勢および方位を計算し、パイロットに情報を出力する。捜索者が遭難者を発見した際には、パイロットはヘッドトラッカが計算した情報に従い、マニュアルあるいは自動(オートパイロット)でヘッドトラッカの姿勢および方位の方向に自機を誘導する。すなわち、機体の方位角Ψとヘルメットの方位角Ψが一致するように機体を制御することにより、捜索者が遭難者に向いている方向に機体を誘導することができる。
【0008】
図3に戻りこのヘッドトラッカの動作をさらに説明する。図3(a)、(b)ともに、MEMSセンサ部15(および25)は、MEMS加速度計3個とMEMSジャイロセンサ3個で構成され、ヘッドトラッカ装着者の頭部運動3軸(ロール、ピッチ、ヨー)方向加速度と3軸周りの角速度を検出し、そのデジタルデータをRS232C等のデータバスでセンサ誤差補正計算部11(および21)へ出力する。
【0009】
センサ誤差補正計算部11(および21)は、加速度計とジャイロセンサの誤差(バイアス安定性誤差)を校正するための誤差推定データが誤差推定計算部13(および23)から入力され、次式のような補正計算(校正計算の意で一般にはキャリブレーションと呼ばれる)を行なう。

,Wは3軸加速度ベクトルと角速度ベクトルである。
bc,Wbcは誤差校正後の加速度および角速度であり、航法・姿勢方位計算部12(および22)へ出力される。
【0010】
航法・姿勢方位計算部12(および22)は、校正後の加速度と角速度データから、ヘッドトラッカの装着者(捜索者)の頭部の姿勢および方位を計算し、パイロットに情報を出力する。また、姿勢および方位データは誤差推定計算部13(および23)にも出力される。
【0011】
誤差推定計算部13(および23)は、(a)に示す場合は、航法・姿勢方位計算部12で計算された姿勢および方位データと外部基準方位センサ部16から出力された基準方位データとを比較し、バッチシ−ケンシャル最小二乗法により、加速度計およびジャイロセンサのセンサ誤差と航法誤差、姿勢方位誤差等を推定する。(b)に示す場合は、航法・姿勢方位計算部22で計算された速度および位置データとGPSセンサ部26から出力された基準速度および位置データとを比較し、バッチシ−ケンシャル最小二乗法により、加速度計およびジャイロセンサのセンサ誤差と航法誤差、姿勢方位誤差等を推定する。
【0012】
以下にAHRSに適用した場合、INSに適用した場合のそれぞれについて簡単に説明する。
【0013】
まずAHRSに適用した場合について説明する。
航法・姿勢方位計算部12で計算された姿勢および方位データは、

基準姿勢計算部14から出力される基準姿勢データと外部基準方位センサ部16から出力される基準方位データは、

と表される。ここで*印項は真値であり、Δ印項は誤差を示す。
式(2)と式(3)の差をとると、

となる。
【0014】
ΔΘはジャイロセンサ誤差(バイアス)により時間とともに増大するが、ΔΘrは増大しない。そのため、比較し差をとるタイミングtの時間を充分大きくとる(運用精度仕様で決まる)ことによりΔΘを取り出すことができる。AHRS場合は速度誤差と位置誤差の推定が不要であるため、ΔΘのみを考慮すれば充分である。
【0015】
ΔΘは表現を簡略化すると、

の微分で表される。Δwはジャイロセンサ誤差のバイアス成分であり、ΔΘの時間的増大が理解できる。
【0016】
次にINSに適用する場合について説明する。
航法・姿勢方位計算部22で計算された速度(位置は省く)は、

GPSセンサ部26から出力される基準速度データは、

と表される。
式(6)と式(7)の差をとると、

となる。
【0017】
ΔVは、ジャイロセンサ誤差および加速度計誤差により時間とともに増大するが、ΔVrは増大しない。そのため、比較し差をとるタイミング時間tを充分大きくとる(運用精度仕様で決まる)ことによりΔVを取り出すことが出来る。
【0018】
ΔVは表現を簡略化すると、

のように微分で表される。Δaは加速度計誤差、Δwはジャイロセンサ誤差、gは重力加速度である。
【0019】
式(9)からΔVを取り出せば、間接的にΔΘを取り出すことができる。以下ジャイロセンサ誤差に限定して推定の原理を説明する。Δa,ΔVも数式で表現し推定できる。
【0020】
ジャイロセンサ誤差は次式のモデルで数式表現することができる。

ここで、式(10)の右辺第1項はバイアス(直流)誤差であり、第2項は環境温度変化による誤差である。バイアス誤差は一定値であるため、容易に推定することができる。
【0021】
温度変化による誤差は

のように温度変化の多項式で近似する。
ここで、係数Kは実験的に予め決めておく。
ΔTは温度計27の出力を用いる。このようにしてジャイロセンサ誤差Δwを推定計算する。Δwの推定から式(5)(AHRS)あるいは式(9)(INS)モデルでΔΘを推定する。推定手法はカルマンフィルタ や最小二乗法が用いられている。
【0022】
【特許文献1】特開平5−66713号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
しかし、ジャイロセンサの温度ドリフト誤差の補正に温度計を使用しているため、機器の構成が複雑化してしまう上に信頼性が悪い。また、ジャイロセンサの温度ドリフト誤差補正に温度変化の多項式誤差モデルを使用しているが、温度計にも個体差があるため再現性が悪い。さらに、同じタイプのジャイロセンサでも個々に特性が異なるため、モデル係数がばらつきモデル決定が難しい。そのため温度ドリフト補正が悪く精度の高いジャイロセンサの校正効果が得られない。
【0024】
姿勢および方位基準データ取得において、AHRSの場合は加速度計出力と磁気センサ出力を用い、システム構成が統一されていないため開発効率が悪くなってしまう。
【0025】
特にAHRSの場合は、運動加速度の影響で姿勢基準が大きく振られるため、基準姿勢計算部14の出力誤差が大きく、加速度計誤差の補正精度が悪くなる。さらに、地磁気は場所によって変動するため、外部基準方位センサ部18の出力の安定性が悪く、ジャイロセンサ誤差補正の精度が低い。
【0026】
本発明は、このような従来の慣性航法装置およびその誤差補正方法が有していた問題を解決しようとするものであり、AHRSとINSでシステム構成を共通化することができ、温度計を使用することなくジャイロセンサの温度ドリフト誤差を補正することができ、基準となる姿勢・方位データを使わずにジャイロセンサ誤差と加速度計誤差を補正することができる慣性航法装置およびその誤差補正方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記のような目的を達成するために、本発明の請求項1では、移動体に取り付けられたジャイロセンサと加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を求める慣性航法装置において、
予め推定されたセンサ誤差データを利用して、ジャイロセンサおよび加速度計の出力を補正するセンサ誤差補正計算部と、
前記センサ誤差補正計算部により補正されたジャイロセンサおよび加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を計算するとともに、予め推定された姿勢/方位誤差データを利用して前記移動体の位置や姿勢の計算結果を補正する航法・姿勢方位計算部と、
前記航法・姿勢方位計算部から出力された位置や姿勢の情報と移動体に取り付けられたGPSセンサより得られる絶対位置および絶対速度の情報とを比較して、前記ジャイロセンサにおける温度ドリフトの影響を分離する温度誤差推定部と、
前記温度誤差推定部により分離した温度ドリフトの影響などを利用して、前記ジャイロセンサと加速度計の出力の誤差を推定し前記センサ誤差補正計算部で使用するセンサ誤差データを校正するとともに、前記計算で得られた位置や姿勢の出力の誤差を推定し前記航法・姿勢方位計算部で使用する姿勢/位置誤差データを校正するセンサ固有誤差推定部と、
を有することを特徴とする。
【0028】
請求項2では、請求項1に記載の慣性航法装置において、前記温度誤差推定部は、温度ドリフトの影響を時間の多項式あるいは自己回帰モデルで近似し、低次の項を利用して温度誤差の影響を抽出することを特徴とする。
【0029】
請求項3では、請求項1または2に記載の慣性航法装置において、前記移動体は、使用者の頭部に装着され、頭部の位置や姿勢を検出するヘッドトラッカであることを特徴とする。
【0030】
請求項4では、移動体に取り付けられたジャイロセンサと加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を求める慣性航法装置の誤差補正方法において、
予め推定されたセンサ誤差データを利用して、ジャイロセンサおよび加速度計の出力を補正するセンサ誤差補正計算ステップと、
前記センサ誤差補正計算ステップにより補正されたジャイロセンサおよび加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を計算するとともに、予め推定された姿勢/方位誤差データを利用して前記移動体の位置や姿勢の計算結果を補正する航法・姿勢方位計算ステップと、
前記航法・姿勢方位計算ステップから出力された位置や姿勢の情報と移動体に取り付けられたGPSセンサより得られる絶対位置および絶対速度の情報とを比較して、前記ジャイロセンサにおける温度ドリフトの影響を分離する温度誤差推定ステップと、
前記温度誤差推定ステップにより分離した温度ドリフトの影響などを利用して、前記ジャイロセンサと加速度計の出力の誤差を推定し前記センサ誤差補正計算ステップで使用するセンサ誤差データを校正するとともに、前記計算で得られた位置や姿勢の出力の誤差を推定し前記航法・姿勢方位計算ステップで使用する姿勢/位置誤差データを校正するセンサ固有誤差推定ステップと、
を有することを特徴とする。
【0031】
請求項5では、請求項4に記載の慣性航法装置の誤差補正方法において、前記温度誤差推定ステップは、温度ドリフトの影響を時間の多項式あるいは自己回帰モデルで近似し、低次の項を利用して温度誤差の影響を抽出することを特徴とする。
【0032】
請求項6では、請求項4または5に記載の慣性航法装置の誤差補正方法において、前記移動体は、使用者の頭部に装着され、頭部の位置や姿勢を検出するヘッドトラッカであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0033】
このように、航法計算出力の速度および位置データとGPSセンサ部から出力される基準速度および位置データのみから、計算でジャイロセンサの温度ドリフトの影響を分離して推定し、その推定値を用いて補正をかけることにより、AHRSとINSでシステム構成を共通化することができ、温度計を使用することなくジャイロセンサの温度ドリフト誤差を補正することができ、基準となる姿勢・方位データを使わずにジャイロセンサ誤差と加速度計誤差を補正することができる慣性航法装置およびその誤差補正方法を実現することができる。
【0034】
温度計が不要となるため構成が簡易化され、機器の信頼性を向上させることができる。また、再現性の悪い温度ドリフトを有するジャイロセンサでも機器に採用することができるようになるため、製品コストを低減できる。
【0035】
AHRSでもINSでも全く同じシステム構成となるため、同一製品で広範な分野へ応用可能である。
【0036】
加速度計による姿勢基準データの計算が不要となるため、補正の精度は移動体の運動に左右されない。さらに、磁気センサが不要なため安定したセンサ誤差補正ができるとともに、機器の構成が簡易化し、システム全体の信頼性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、図面を用いて本発明の慣性航法装置およびその誤差補正方法を説明する。
【実施例1】
【0038】
図1は本発明による慣性航法装置およびその誤差補正方法の一実施例を示す構成図である。図中、1はセンサ誤差補正計算部、2は航法・姿勢方位計算部、3は温度誤差推定計算部、4はセンサ固有誤差推定計算部、5はMEMSを利用した加速度計およびジャイロセンサからなるMEMSセンサ部、6はMEMSを利用したGPSセンサ部である。
【0039】
本発明例のセンサ誤差補正計算部1および航法・姿勢方位計算部2、MEMSセンサ部5、GPSセンサ部6は図3に示した従来例と同様の動作を行うものである。以下は温度誤差推定計算部3の誤差推定計算(Batch Sequential Filter)について、その構成と動作について説明する。
【0040】
航法・姿勢方位計算部2で計算された速度データとGPSセンサ部6から得られる基準速度データの比較から、ジャイロセンサ誤差と加速度計誤差に起因する速度誤差を取り出す計算は従来例の式(8)で求められ、その微分は式(9)で表される。
【0041】
ここで、加速度計誤差Δaとジャイロセンサ誤差Δwは

である。
【0042】
Δw(t,ΔT)は環境温度変化ΔTに左右されるが、その変動は時間のみで表すことができるため、式(12)は、

と表現できる。Δa,Δwは加速度計バイアス誤差とジャイロセンサバイアス誤差であり、一定値である。
【0043】
ここで、Δa,Δwをいかに正確に推定して補正するかということ、そしてΔVとΔΘをいかに正確に推定しその誤差をフィードバック制御するかということが重要となる。この推定の妨げ要因となるのがジャイロセンサ温度ドリフトΔw(t)である。温度誤差推定計算部3の目的は、可能な限りこの温度ドリフトの影響を推定し削除することである。
【0044】
式(9)、式(13)を積分すると、

が得られる。第1項目はセンサ固有誤差推定部4のカルマンフィルタで推定すべき項であり、この推定精度は第2項目の推定精度に左右される。
【0045】


【0046】
もし、この推定が完全(真値=推定値)なら、

より、

となり、温度ドリフトの影響を完全に削除することができる。この結果ΔVを温度誤差推定部3からセンサ固有誤差推定部4に出力し、センサ固有誤差推定部4で、ジャイロセンサバイアス誤差、加速度計バイアス誤差、速度および位置誤差、姿勢および方位角誤差等を高分解能で推定することができる。
【0047】
以下、この温度ドリフトの影響の推定原理について式(14)にもどり説明する。

なお、

である。
【0048】
ここで、ΔVb1,ΔVb2,ΔVの特性は、式(18)と式(19)に着目すると、バイアス項の一回積分、二回積分、そして温度ドリフト周期変動項積分であることから、各時間の1次増大傾向、時間の2次増大傾向、時間周期変動傾向のように違うことが分かる。この時間増大傾向は厳密には84分周期(シューラー周期)を描きながら増大する。一方温度ドリフトの影響は84分より短い短周期変動であるため、上記の時間増大傾向を有する成分と区別することが可能である。
【0049】
この性質を利用して温度ドリフトの影響ΔV(t)を次式のように、時間の多項式あるいは自己回帰モデルで近似し、ΔVデータからモデル係数を推定する。以下は時間の多項式近似で説明する。

この係数推定はあるバッチ区間毎に行い、サンプリング時間毎に進行するバッチシーケンシャル型の最小二乗法を用いる。
【0050】
複雑な周期変動もバッチ区間を短く取ることにより、単純な変動とみなすことができる。モデル次数とバッチ区間は温度変動周期と運用精度から決定する。また、cはバイアス項であり、バイアス誤差も推定する。
【0051】
図2は、ジャイロセンサの温度ドリフト誤差補正について従来例と本発明を比較した図である。図2(a)は従来例、(b)は本発明による結果を示している。横軸は時間、縦軸はジャイロセンサ誤差の大きさである。(a)の従来例では、温度センサや磁気方位センサを使用しているため、誤差の収束までに時間がかかり、補正の精度も悪い。また、地磁気の変化やセンサの安定性の悪さに影響され、誤差の大きさも変動する。一方(b)の本発明では、誤差の収束までにかかる時間も短くなり、精度も向上する。
【0052】
なお、本発明は水平面を機械サーボ制御で実現する従来のプラットフォーム方式にも適用可能である。また、本実施例では救難ヘリコプタ搭乗者用のヘルメットに装備されたヘッドトラッカを示したが、これ以外にも、陸上の移動体(人含む)などへの適用も考えられる。
【0053】
また、本発明の他への応用としては、広く移動体の小型ナビゲーション装置に応用できる。たとえば、一般民生機器ではカーナビやロボットの速度/位置装置や姿勢/方位装置が考えられる。防衛関連分野では航空機や艦艇および陸上用特車の航法装置、さらにはミサイルや誘導弾用の慣性誘導装置が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】図1は本発明による慣性航法装置およびその誤差補正方法の一実施例を示す構成図。
【図2】図2はジャイロセンサの温度ドリフト誤差補正について従来例と本発明を比較した図。
【図3】図3は従来の慣性航法装置およびその誤差補正方法の一例を示す構成図。
【図4】図4は航空機の搭乗者が頭部に装着したヘッドトラッカの概念図。
【符号の説明】
【0055】
1,11,21 センサ誤差補正計算部
2,12,22 航法・姿勢方位計算部
3 温度誤差推定計算部
4 センサ固有誤差推定部
5,15,25 MEMSセンサ部
6,16,26 GPSセンサ部
13,23 誤差推定部
14 基準姿勢計算部
17,27 温度計
18 外部基準方位センサ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体に取り付けられたジャイロセンサと加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を求める慣性航法装置において、
予め推定されたセンサ誤差データを利用して、ジャイロセンサおよび加速度計の出力を補正するセンサ誤差補正計算部と、
前記センサ誤差補正計算部により補正されたジャイロセンサおよび加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を計算するとともに、予め推定された姿勢/方位誤差データを利用して前記移動体の位置や姿勢の計算結果を補正する航法・姿勢方位計算部と、
前記航法・姿勢方位計算部から出力された位置や姿勢の情報と移動体に取り付けられたGPSセンサより得られる絶対位置および絶対速度の情報とを比較して、前記ジャイロセンサにおける温度ドリフトの影響を分離する温度誤差推定部と、
前記温度誤差推定部により分離した温度ドリフトの影響などを利用して、前記ジャイロセンサと加速度計の出力の誤差を推定し前記センサ誤差補正計算部で使用するセンサ誤差データを校正するとともに、前記計算で得られた位置や姿勢の出力の誤差を推定し前記航法・姿勢方位計算部で使用する姿勢/位置誤差データを校正するセンサ固有誤差推定部と、
を有することを特徴とする慣性航法装置。
【請求項2】
前記温度誤差推定部は、温度ドリフトの影響を時間の多項式あるいは自己回帰モデルで近似し、低次の項を利用して温度誤差の影響を抽出することを特徴とする請求項1に記載の慣性航法装置。
【請求項3】
前記移動体は、使用者の頭部に装着され、頭部の位置や姿勢を検出するヘッドトラッカであることを特徴とする請求項1または2に記載の慣性航法装置。
【請求項4】
移動体に取り付けられたジャイロセンサと加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を求める慣性航法装置の誤差補正方法において、
予め推定されたセンサ誤差データを利用して、ジャイロセンサおよび加速度計の出力を補正するセンサ誤差補正計算ステップと、
前記センサ誤差補正計算ステップにより補正されたジャイロセンサおよび加速度計の出力を利用して移動体の位置や姿勢を計算するとともに、予め推定された姿勢/方位誤差データを利用して前記移動体の位置や姿勢の計算結果を補正する航法・姿勢方位計算ステップと、
前記航法・姿勢方位計算ステップから出力された位置や姿勢の情報と移動体に取り付けられたGPSセンサより得られる絶対位置および絶対速度の情報とを比較して、前記ジャイロセンサにおける温度ドリフトの影響を分離する温度誤差推定ステップと、
前記温度誤差推定ステップにより分離した温度ドリフトの影響などを利用して、前記ジャイロセンサと加速度計の出力の誤差を推定し前記センサ誤差補正計算ステップで使用するセンサ誤差データを校正するとともに、前記計算で得られた位置や姿勢の出力の誤差を推定し前記航法・姿勢方位計算ステップで使用する姿勢/位置誤差データを校正するセンサ固有誤差推定ステップと、
を有することを特徴とする慣性航法装置の誤差補正方法。
【請求項5】
前記温度誤差推定ステップは、温度ドリフトの影響を時間の多項式あるいは自己回帰モデルで近似し、低次の項を利用して温度誤差の影響を抽出することを特徴とする請求項4に記載の慣性航法装置の誤差補正方法。
【請求項6】
前記移動体は、使用者の頭部に装着され、頭部の位置や姿勢を検出するヘッドトラッカであることを特徴とする請求項4または5に記載の慣性航法装置の誤差補正方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−232444(P2007−232444A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−51959(P2006−51959)
【出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【出願人】(000232357)横河電子機器株式会社 (109)
【Fターム(参考)】