説明

成形装置及び光学素子

【課題】
より簡便に且つ低コストで、高アスペクト比の微細構造を有する成形物を成形できる成形装置及び光学素子を提供する。
【解決手段】
型円板2aと素材Mとの離型時に、素材Mの上面中央部の隆起などの不具合が生じない。これは、転写時に素材Mの上面が外側に張り出すような変形を枠部材3が防止しているためであり、即ち被転写部の面内における応力分布の不均一さが抑制されるので、離型時に開放される応力もより均一化され、素材Mの上面と型円板2aとが均一に分離されるためである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形装置及び光学素子に関し、特に高アスペクト比の微細形状を有する光学素子等を成形するのに好適な成形装置及び光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、急速に発展している光ピックアップ装置の分野では、極めて高精度な対物レンズなどの光学素子が用いられている。プラスチックやガラスなどの素材を、金型を用いてそのような光学素子に成形すると、均一な形状の製品を迅速に製造することができるため、かかる金型成形は、そのような用途の光学素子の大量生産に適しているといえる。
【0003】
更に、近年の光ピックアップ装置は、より短波長の半導体レーザからの光束を用いて、HD DVD(High Definition DVD),BD(Blu-ray Disc)などの記録媒体に対して高密度な情報の記録及び/又は再生を行えるものが開発されており、その光学系の収差特性改善のため、微細構造である回折構造を光学面に設けることが行われている。又、そのような高密度な情報の記録及び/又は再生を行える光ピックアップ装置であっても、従来から大量に供給されたCD、DVDに対しても情報の記録及び/又は再生を確保する必要があり、そのため波長選択性を備えた回折構造を設けることも行われている。又、DVD及びCDなど互換可能に情報の記録及び/又は再生を行える光ピックアップ装置において、位相差を与える波長板が用いられことがあるが、微細構造を有するものも開発されている。
【0004】
ここで、回折構造は、使用する光源波長にもよるが、例えば段差が最小2μm程度の輪帯構造であり、又、上述したタイプの波長板では、透過する光の波長が405nm、650nm、780nmの3種類の場合、例えばライン幅=275nm、ライン間隔=125nm、ライン高さ=1200nmであるラインアンドスペース構造を有するため、通常の射出成形において、溶融した樹脂を型内に射出するのみでは、型に形成された微細構造の段差の奥深くに素材が入り込みにくく、そのため微細構造の転写が精度良くなされないという問題がある。転写不良(素材のダレ)により設計通りの微細構造が形成されないと、その光学特性が劣化してしまい、かかる光学素子を用いた光ピックアップ装置において書き込みエラーなどが生じる恐れがある。このため、素材の選定や、溶融した樹脂の温度や圧力を調整するなど、種々の工夫がなされているが、従来の方法では、ダレを完全になくすのは困難である。
【0005】
一方、以下の特許文献1には、加熱軟化状態にあるガラス素材をプレスすることによって、表面に微細パターンを有する光学素子を成形する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2002−220241号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、特許文献1に記載の技術では、ガラス素材の表面に、幅約100〜50μm、高さが約20〜10μmという、アスペクト比が0.2程度の微細形状を成形するのが限界である。これは、無機ガラスの常温での弾性率が70GPa程度と高いため、その表面に3000Nという非常に大きな力で加熱した型を押しつけても、微細構造の奥にガラス素材がスムーズに流れ込まず、その結果アスペクト比が0.2程度の微細形状しか成形できなかったのである。従って、例えばアスペクト比が1以上という微細形状を有する成形物は、試作品としては存在するかもしれないが、形状の揃った工業製品としては未だ存在していないといえる。
【0007】
本発明は、かかる従来技術の問題に鑑みてなされたものであり、より簡便に且つ低コストで、高アスペクト比の微細構造を有する成形物を成形できる成形装置及び光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の成形装置は、
周期的な微細形状を形成した型と、
常温での弾性率が1〜4(GPa)である素材を保持する保持部と、
前記素材の少なくとも被転写部の周囲を囲う枠部材と、
前記型を加熱するヒータと、
前記型と前記保持部とを相対移動させる駆動部と、を有し、
前記ヒータにより加熱した前記型を前記素材に向かって押圧して、前記微細形状を前記素材に転写した後、前記型を前記素材より離型させることを特徴とする。
【0009】
上述の問題点に鑑みて、本発明者らは鋭意研究の結果、従来と全く異なる視点から、微細形状を有する成形物を成形できる成形方法を創案した。すなわち、常温での弾性率が1〜4(GPa)であるような樹脂素材の場合、微細形状を有する型を加熱して、その型表面に押しつけると、押しつけた表面が溶融して微細形状に倣い、その結果、例えばアスペクト比が1以上であっても精密に型の微細形状を転写した成形物を得られることを見出したのである。かかる場合、特許文献1に記載されているように3000Nもの型押圧力は不要であり、従来の射出成形機を改良するだけで足り、製造設備が低コスト化され、また短時間で大量な成形物を製造することが可能となる。
【0010】
ちなみに、常温での弾性率が1〜4(GPa)であるような素材とは、例えばPMMA(弾性率1.5〜3.3GPa)、ポリカーボネイト(弾性率3.1GPa)、ポリオレフィン(弾性率2.5〜3.1GPa)などの弾性率が1〜4の範囲の樹脂を組成成分として含有することが好ましい。ここで、常温とは25℃のことをいう。これらの樹脂は、ガラス転移点が50〜160℃であることが好ましい。弾性率は、JIS−K7161、7162などに従い求めることができる。ガラス転移点温度は、JIS R3102−3:2001に従い求めることができる。
【0011】
ここで、本発明者らは、新たな問題に直面した。新たな問題とは、上述の成形方法により素材を成形する際に、かかる素材が変形し、さらに成形後に離型しようとすると、転写された素材の表面が波打つなどの現象が生じることである。
【0012】
本発明者らは、鋭意研究の結果、かかる問題が被転写部の面内における応力分布の不均一に起因することを解明した。従って、かかる解明に基づいて、素材の加熱押圧時における被転写部の面内における応力分布の不均一を低減するには、素材の少なくとも被転写部の周囲を前記枠部材で囲うのが良いことを見いだしたのである。
【0013】
更に、前記枠部材は、前記型を前記素材に押圧することに応じてその押圧方向に変位すると、前記枠部材が転写動作を阻害する恐れが抑制され、より適切な転写を行うことができる。
【0014】
更に、前記素材は光学素子の素材であると好ましい。
【0015】
光学素子が前記成形装置によって形成されると、精度良く型形状を転写できるので、良好な光学特性を発揮できる。更に、前記光学素子が、アスペクト比が1以上であり、所定のピッチで並んだ周期的な微細形状を有すると、回折など所定の光学機能を発揮できるので好ましい。
【0016】
「アスペクト比」とは、図1(a)、(b)に示すように、微細構造の凹部又は凸部の幅をA、深さ又は高さをBとしたときに、B/Aで表される値をいう。「微細形状」とは、Aの値が10μm以下の形状をいう。素材の厚みは、好ましくは0.1〜20mmである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、より簡便に且つ低コストで、高アスペクト比の微細構造を有する成形物を成形できる成形装置及び光学素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態につき、図面を参照して説明する。図2は、本実施の形態にかかる光学素子の成形装置10の断面図である。図2において、SUS304により形成され不図示のフレームに固定された下型1の上方に、SUS304により形成された上型2が相対移動可能に配置されている。保持部である下型1は、素材M(常温での弾性率が1〜4(GPa)であると好ましい)を上面に固定している。
【0019】
円筒状の素材Mの外径に等しい内径及び高さを有する枠部材3が、素材Mの周囲に嵌合配置されている。枠部材3の剛性及び肉厚は任意に設定できるが、微細形状転写時の素材Mの圧力に抗することができる程度であることが望ましい。尚、素材Mが角柱状である場合、その外形状に一致する内形状を有する枠部材が配置されることとなる。
【0020】
上型2の下面には、シリコン性の型円板2aが固定されており、その下面には、例えば波長板に用いるため電子ビーム描画などによってアスペクト比が1以上の微細形状2bが形成されている。本実施の形態では、PMMA(分子量7万、ガラス転移点温度Tg100℃、縦弾性率3.3GPa)の素材に、パターン面積が1mm×1mmで、高さ350nm、幅200nm、ピッチ200nmのラインアンドスペースの微細形状を転写形成するものとする。
【0021】
上型2の内部には、ヒータ4が設置されている。一方、下型1の内部には、冷却用の配管5が配置されている。上型2と型円板2aとで、請求項にいう型を構成する。尚、図示していないが、上型2を下型1に対して接近・離隔方向に相対移動させる駆動部が設けられている。
【0022】
図3は、比較例にかかる光学素子の成形装置20を示す図である。成形装置20が、本実施の形態にかかる成形装置10と異なる点は、枠部材3を設けていないことのみであり、それ以外の構成については同様であるので詳細な説明は省略する。
【0023】
本実施の形態にかかる成形装置10の動作について、比較例である成形装置20と比較しながら説明する。まず、図2(a)に示すように、型開きした下型1の上面に、枠部材3により囲われた素材Mを固定する。更に、ヒータ4を発熱させて、上型2をガラス転移点温度Tg以上に加熱する。
【0024】
型円板2aの下面がガラス転移点温度Tg以上に加熱された段階で、図2(b)に示すように、不図示の駆動部を駆動して上型2により型円板2aを介して素材Mを押圧する。すると、素材Mの上面は急速にガラス転移点温度以上に加熱され溶融されて、その表面に型円板2aの微細形状2bを転写する。
【0025】
かかる段階で、図3(b)に示す比較例においては、素材Mの上面が溶融され、転写時に型円板2aにより押圧されることによって素材Mの上面が外方に張り出すように変形し、被転写部の面内における応力分布が不均一となる。
【0026】
これに対し、本実施の形態によれば、素材Mの上面が溶融押圧されても、枠部材3によって、素材Mの外方への張り出しが抑えられ応力分布の不均一さが抑制されるので変形が防止される。尚、型円板2aが素材Mに接触した時点で、枠部材3にも型円板2aが接触する。しかるに、微細形状2bは非常に小さいため、型円板2aが素材Mに接触した時点からの押し込み量は少なくて足りる(例えば400nm程度)。従って、枠部材3を剛性の高い金属性とした場合でも、枠部材3が400nm程度の弾性変形を生ずれば、素材Mの転写と変形防止とを両立させることができる。
【0027】
続いて、ヒータ4の発熱を停止し、上型2を自然冷却(強制冷却でも良い)させ、且つ配管5に冷却水を流して下型1を強制冷却し、それにより素材Mの上面温度をガラス転移点温度Tgを下回るように下げる。その後、図2(c)に示すように、上型2を素材Mから離すように離型することで光学素子を成形できる。
【0028】
ここで、図3(c)に示す比較例においては、型円板2aと素材Mとの離型性が悪く、素材Mの中央部が盛り上がるように変形する。これは、図3(b)において、転写時に素材Mの上面において応力分布の不均一が生じ、離型時にこの不均一な応力が解放されるためであり、それにより素材Mの上面中央部が盛り上がるように変形してしまう。素材Mが変形すると、所望の微細形状が転写されず、所望の光学特性を発揮できない光学素子が形成されてしまう恐れがある。このような不具合は、特に素材Mの径(上面の面積)が大きい場合に顕著に生じることが確認されている。
【0029】
これに対し、本実施の形態によれば、型円板2aと素材Mとの離型時に、素材Mの上面中央部の隆起などの不具合が生じない。これは、転写時に素材Mの上面(被転写部)が外側に張り出すような変形を枠部材3が防止しているためであり、即ち被転写部の面内における応力分布の不均一さが抑制されるので、離型時に開放される応力もより均一化され、素材Mの上面と型円板2aとが均一に分離されるためである。
【0030】
表1に、図2,3に示す成形装置を用いて本発明者らが行った実験結果を示す。素材Mの外径を変更しつつ、枠部材3の有り無しでの転写性の評価を行った。素材Mの外径φが1.0mmでは、いずれの場合も転写性は良好であるが、素材Mの外径φが2.0mm以上になると、明らかに枠部材3を有する方が、転写性に優れることがわかった。
【0031】
【表1】

【0032】
図4は、本実施の形態の変形例にかかる光学素子の成形装置10’を示す図である。本変形例が、図2の実施の形態と異なる点は、枠部材3がコイルばね6によって上下方向(型押圧方向)に変位可能に支持されていることである。本変形例によれば、不図示の駆動部を駆動して上型2により型円板2aを介して素材Mを押圧したときに、枠部材3は型円板2aに押されて下方へと変位する。
【0033】
即ち、型円板2aの押し込みと同時に枠部材3も押し込み方向に変位するから、素材Mの上面の外方への張り出しを抑えつつ、素材Mに接触した後に更に大きなストロークで上型2を移動させた場合でも、枠部材3が突っ張って転写を阻害するという不具合を回避できる。かかる変形例は、微細形状2bの高さが比較的高く、枠部材3の弾性変形のみでは吸収できないような場合に特に有効である。
【0034】
以上、本発明を実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は上記実施の形態に限定して解釈されるべきではなく、適宜変更・改良が可能であることはもちろんである。本発明は、光ピックアップ装置用の光学素子に限らず、種々の光学素子、或いはインクジェットプリンタのヘッドなどの成形にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】アスペクト比を説明するための図である。
【図2】本実施の形態にかかる光学素子の成形装置の断面図である。
【図3】比較例にかかる光学素子の成形装置の断面図である。
【図4】変形例にかかる光学素子の成形装置の断面図である。
【符号の説明】
【0036】
1 下型
2 上型
2a 型円板
3 枠部材
4 ヒータ
5 配管
6 コイルばね

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期的な微細形状を形成した型と、
常温での弾性率が1〜4(GPa)である素材を保持する保持部と、
前記素材の少なくとも被転写部の周囲を囲う枠部材と、
前記型を加熱するヒータと、
前記型と前記保持部とを相対移動させる駆動部と、を有し、
前記ヒータにより加熱した前記型を前記素材に向かって押圧して、前記微細形状を前記素材に転写した後、前記型を前記素材より離型させることを特徴とする成形装置。
【請求項2】
前記枠部材は、前記型を前記素材に押圧することに応じてその押圧方向に変位することを特徴とする請求項1に記載の成形装置。
【請求項3】
前記素材は光学素子の素材であることを特徴とする請求項1又は2に記載の成形装置。
【請求項4】
前記微細形状は、アスペクト比が1以上であり、所定のピッチで並んだ複数のラインアンドスペースを含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の成形装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかの成形装置によって成形されたことを特徴とする光学素子。
【請求項6】
アスペクト比が1以上であり、所定のピッチで並んだ周期的な微細形状を有することを特徴とする請求項5に記載の光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−150884(P2006−150884A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−348315(P2004−348315)
【出願日】平成16年12月1日(2004.12.1)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】