説明

成膜装置

【課題】原料ガスの流れ具合の最適化によつて、緻密で微細なワレやカケを生じにくい膜質を容易に実現でき、平滑な光学面を容易に創成できる成膜装置を提供する。
【解決手段】内筒9における原料ガスの流れ方向の断面が回転対称形状であるようにすることで、熱CVD時に内筒9内の原料ガスの滞留を抑え、成膜速度を高めることで、成膜後における機械加工時に凸凹状の欠陥が生じることを抑制している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、欠陥の少ない被膜を得ることができる熱CVDの成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミック材料は、光学素子やその成形用金型に使用すると、耐熱性や重量、寸法安定性等の点で他の材料よりも非常に有利であるといえる。例えば、セラミック材料を光学素子成形用金型に直接使用した場合は、超硬材料と比較して1/5近く比重が小さいので非常に軽量な金型を得ることが出来、その支持部材の軽量小型化にも寄与する。また、超硬材料として炭化タングステンを用いた場合、炭化タングステンの耐酸化性はそれほど高くないので、大気中で雰囲気温度が500℃を越えると光学面が徐々に曇ってくるという問題があるが、酸化物や窒化物、炭化物などのセラミック材料では、1000℃付近まで光学面が曇る事はなく、耐熱性に優れているといえる。更に、寸法安定性においては、セラミック材料の線膨張係数が1×10-6〜7×10-6のため、鉄やステンレス材料と比べて温度変化に対して形状を安定させることが出来るといえる。
【0003】
特許文献1には、熱CVDによりβ−SiCを成膜する技術が開示されている。
【特許文献1】特開平11−79760号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このようにセラミック材料は、光学素子の光学面を転写するための成形転写面を形成する材料として優れた特徴を有しているが、深刻な課題もいくつかある。その一つは製法に起因するものであり、通常はセラミック材料の粉体を加熱して焼結することで金型基材を形成しているため、焼結された組織構造に微小な孔(す)が発生することが多い。このため成形転写面を研削や研磨などの機械加工によって仕上げても、その表面粗さが向上しないという問題があった。これに対し、金属材料や超硬材料では、組成の純度を上げたり焼結剤を変えたりすることで、比較的容易に「す」の少ない材料が入手できるため、その点ではセラミック材料より使いやすいといえる。
【0005】
また別の問題としては、セラミック材料が硬くてもろいため、成形転写面を創成する機械加工において、カケやワレが生じやすく、加工面に微小なワレが発生して精度良く成形転写面を創成することが難しいということがある。さらに、できあがった光学素子や成形金型の取り扱いにも注意が必要で、局部的に過剰な力が付与されたり衝撃的な力が付与されると、容易にワレやカケが生じるという問題がある。
【0006】
前者のセラミック材料の組織構造に関する課題を解決する方法として、熱CVD(Chemical Vaper Deposition)法がある。これは、高温下で基材の上に原料ガスを化学反応させて成膜する方法である。その緻密な成膜は、セラミック材料の長所である高硬度かつ軽量で高いヤング率のため自重や外力による変形が少ないと同時に、機械加工によって極めて平滑な光学面を創成できる材料として、炭化珪素や炭化チタン、炭化タンタルなどの炭化物が良く知られている。
【0007】
熱CVDによって得られるセラミック材料としては、炭化珪素、炭化チタン、炭化タンタル等があるが、光学素子や光学素子成形金型の材料としてよく使われる炭化珪素を例に取ると、原料ガスとして四塩化珪素(SiCl4)やメタン(CH4)等を用い、キャリアガスとして水素(H2)を用いる。これらのガスを予め所定のモル比(式(1)参照)で混合して、1100〜1400℃に加熱した雰囲気に導入することで、雰囲気中の基材に触れて以下のような反応が生じる。Xには、珪素やタンタル、チタンなどが当てはまる。
XCl4+2H2+CH4 → XC+4HCl+2H2 (1)
【0008】
しかしながら、従来の熱CVDによる成膜手法では、成膜の組織構造が多結晶体であるために、その向きや結晶粒の不揃いなどにより、場所により数μmレベルで靭性や硬度が異なり、そのため機械加工による平滑化を行うと所々に微小な力ケやワレを生じ、それらが巨視的には点状に発生するので光を散乱し、例えば高精度の光学素子の光学面を成形する光学素子成形用金型の転写光学面として、十分な品質を確保できないという問題があった。
【0009】
かかる問題に対して、従来の熱CVDによる成膜において、原料ガスからの珪素やチタン、タンタルなどの還元が不十分で、メタンなどの炭化水素ガスの分解に比べて不足することが原因で、浮遊カーボンなどによる欠陥を成腹中に発生することが見出された。そこで、本発明者らは、原料ガスの混合比において、キャリアガスである水素のモル濃度を上記式(1)の割合よりも増やすことで、還元に強力な働きをする水素ラジカル(原子状水素)の発生を増やし、原料ガスから珪素やチタン、タンタルなどを確実に還元させることで、成膜組成がカーボンリッチになることを防ぎ、浮遊カーボンによる欠陥が発生しない緻密な成膜を実現できることを見いだした(特願2006−152187)。
【0010】
このように水素リッチな原料ガス組成にすることで、熱CVDの成膜に切削や研削、研磨など機械加工を施した場合に、微小カケやワレによる欠陥(凹抉部という)の発生を低減でき、加工された光学面の質が向上することが確認されている。しかるに、このように創成された成膜を加工する際に微細なカケやワレの発生を完全に無くすためには、成膜面に過大な加工応力がかからないように、研削や切削などでは工具切れ刃の切り込み量を減らしたり送り速度を遅くしたりし、また研磨では非常に細かい砥粒を選択することで、細心の注意を払いながら少しすつ加工除去する必要があった。このように負荷が小さく除去量の少ない機械加工では、形状創成に大変な時間と労力がかかり極めて不効率である。更に、このように創成された成膜は、内部に浮遊カーボンが無い均質性の高いCVD成膜ではあるが、微細なカケやワレを生じにくい組成や構造に本質的に変化させたわけではないため、加工中にいつカケやワレが発生して欠陥が生じ、加工面の品位を低下させることになるか不明であるという、加工上の不確実さが残存している。これは、加工の収率を低下させ、また製作コストを上昇させる要因となっていた。
【0011】
本発明は、かかる従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、原料ガスの流れ具合の最適化によつて、緻密で微細なワレやカケを生じにくい膜質を容易に実現でき、平滑な光学面を容易に創成できる成膜装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の成膜装置は、熱CVDを用いて成膜対象物に炭化物を成膜する成膜装置であって、
成膜対象物を内部に露出して保持する保持部材と、
前記保持部材の内部に原料ガスを供給する供給手段と、
前記保持部材の内部から前記原料ガスを排出する排出手段と、を有し、
前記保持部材の内部は、前記原料ガスの流れ方向の断面が回転対称形状であることを特徴とする。
【0013】
本発明者らは、加工効率を高めていく際の障害として、高速加工時に成膜面に生じる微細なカケやワレによる凸凹状の欠陥に注目し、更に鋭意研究を続けた結果、かかる欠陥は、成膜面に析出した結晶の劈開方向に依存した表面欠陥であり、これを抑制するためには、成膜時に析出する結晶粒を小さく抑えることが効果的であることを見いだしたのである。更に、本発明者らは、成膜時に析出する結晶粒を小さく抑えるためには、熱CVDによる成膜処理を結晶粒が成長し難い条件で行えばよく、具体的には成膜速度を速くすることが効果的であることを見出した。
【0014】
その理由は、成膜速度が速いと、濃度の濃い原料ガスが十分に成膜対象物ヘ供給されるので、その表面では活発な化学反応により結晶核が次々に創生され、結晶粒が成長する前に新たな結晶核で表面が覆われてしまうため、大粒の結晶に成長することを阻むことができるからである。かくして、結晶粒の小さな成膜が実現し、これを機械加工した際にも大きな劈開面を創成せず、従って凸凹状の欠陥を発生することなく滑らかな加工面を創成できるのである。
【0015】
これとは逆に、もし成膜速度が遅いと、結晶核の新規生成が抑制されるので、一旦生成された結晶核からは他の結晶核に阻害されること無く時間をかけて結晶が大きく成長できるため、結晶粒は大きくなることとなる。これが、機械加工時に破断、劈開して加工面に大きな欠陥を生じるわけであり、凸凹状の欠陥を誘発することとなる。本発明者の研究により、この成膜速度が遅くなる条件として、成膜場所の原料ガス濃度が薄かったり、原料ガスの流れが滞留して成膜物ヘ新規な(濃度の高い)原料ガスが供給されにくくなったりすることがあり、従って成膜対象物を保持する保持部材の内部における熱CVD時の原料ガス流が不適切であると、保持部材の内部でこのような状態が容易に発生することがわかったのである。
【0016】
そこで本発明においては、前記保持部材の内部において、前記原料ガスの流れ方向の断面が回転対称形状であるようにすることで、熱CVD時に前記保持部材の内部における原料ガスの滞留を抑え、成膜速度を高めることで、成膜後における機械加工時に凸凹状の欠陥が生じることを抑制している。
【0017】
請求項2に記載の成膜装置は、熱CVDを用いて成膜対象物に炭化物を成膜する成膜装置であって、
成膜対象物を内部に露出して保持する保持部材と、
前記保持部材の内部に原料ガスを供給する供給手段と、
前記保持部材の内部から前記原料ガスを排出する排出手段と、を有し、
前記保持部材の内部中央には障害物が配置されていることを特徴とする。
【0018】
更に本発明においては、前記前記保持部材の内部中央に障害物を配置することで、熱CVD時に前記保持部材の内部における原料ガスの滞留を抑え、成膜速度を高めることで、成膜後における機械加工時に凸凹状の欠陥が生じることを抑制している。尚、「保持部材の内部中央に配置する」とは、障害物を少なくとも保持部材の内周に接触しない状態で配置することをいい、特に保持部材の内径の50%以内に配置すると好ましい。「障害物」とは、保持部材の内部に配置することで、原料ガスの流れを変更する全てのものを含む。
【0019】
請求項3に記載の成膜装置は、請求項1又は2に記載の発明において、前記保持部材の内部において、前記原料ガスの流れ方向は重力方向と逆方向であることを特徴とするので、原料ガスの流れの効率化を図れる。
【0020】
請求項4に記載の成膜装置は、請求項1〜3のいずれかに記載の発明において、前記保持部材に保持された成膜対象物よりも排出側において、放射状に仕切りを設けた冷却部を有することを特徴とするので、排出される原料ガスの冷却効率を高めることができる。
【0021】
請求項5に記載の成膜装置は、請求項1〜4のいずれかに記載の発明において、前記熱CVDにより成膜される炭化物が炭化珪素であることを特徴とする。
【0022】
請求項6に記載の成膜装置は、請求項1〜5のいずれかに記載の発明において、前記成膜対象物は光学素子成形用の金型であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、原料ガスの流れ具合の最適化によつて、緻密で微細なワレやカケを生じにくい膜質を容易に実現でき、平滑な光学面を容易に創成できる成膜装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。図1は、熱CVD処理を行うシステム全体を示す図であり、図2は、熱CVD処理を行う成膜装置の断面図である。図3は、図2の構成を矢印III-IIIで示す方向に見た図である。図2において、上部から下部に向かう方向を重力方向とする。ここで、成膜対象物としては、光学素子成形用の金型であると好ましいが、それに限られない。
【0025】
図1において、成膜装置100の内部は、配管101を供給介して外部の気体供給源(不図示)に連通している。気体供給源からは、四塩化珪素ガス、メタンガス、水素ガスが、それぞれマスフローメータMFにより流量を調整されて供給されるようになっている。まず、四塩化珪素ガスは、エバポレータ102で気化された後、水素ガスと混合される。一方、メタンガスも、水素ガスと混合される。これらの混合ガスが更に混合された後、原料ガスとして成膜装置100に供給されるようになっている。本実施の形態では、塩化珪素が液体のため、この配管系にはエバポレータ102が接続されているが、成膜物質が珪素ではなく、チタンやタンタルなど他の材料の場合は、その保管状態が気体か液体かで適宜変更する。
【0026】
一方、成膜装置100内で成膜のために用いられ、不要となった原料ガスは、配管103により連結された放熱器104を介して、水封ポンプ105により吸引され、排気処理施設(不図示)に排出されるようになっている。ここで、配管10とエバポレータ102により供給手段を構成し、配管103と放熱器104と水封ポンプ105とで排出手段を構成する。
【0027】
図2において、ベース1の下部に、円筒状の整流室1aが形成されている。整流室1aの下面には、配管101が接続されている。整流室1a内の内周面には、カーボン体2で覆われたカーボンヒータ3が配置されている。整流室1aの上部には、多数の開口4aを設けた底板4が設けられている。底板4の下面には、複数の整流板4bが取り付けられ、整流室1a内において互いに平行に延在している。
【0028】
ベース1の上面には、外部環境から内部を遮蔽する円筒状のチャンバ5が分解可能に取り付けられている。チャンバ5の内部には、その内壁面から離れて、中空円筒状の断熱体6が配置されている。断熱体6の内周面には、カーボンヒータ7が配置されている。カーボンヒータ7の内側には、その内周面から離れて、円筒状の外筒8が配置されている。
【0029】
外筒8の内周面に接触するようにして、円筒状の内筒(保持部材ともいう)9が配置されている。内筒9は、壁面に多数の開口9aを形成しており、ここから成膜対象物Mの成膜面を、内筒9の内部に露出させている。
【0030】
外筒8の上部は、テーパ面10aを有する断熱板10が取り付けられている。断熱板10の中央には、排出孔10bが形成されている。断熱板10に対向し、チャンバ5の上壁下面には、冷却部11が取り付けられている。冷却部11は、図3(a)に示すように、放射状に延在する多数の薄い仕切り11aを形成しており、通過するガスとの間で熱交換を効率的に行うようになっている。尚、仕切り11aではなく、変形例を示す図3(b)のように、中央から周辺に向かうにつれて曲がりくねった通路或いは溝11bを備えた冷却部11を用いても良い。
【0031】
チャンバ5の内周面と、断熱体6の外周面との間において、ベース1に形成された開口1bには、配管103が接続されている。尚、整流室1aとチャンバ5の外周面を、冷却用の配管12が取り巻いている。
【0032】
CVD成膜時には、水封ポンプ105によりチャンバ5内が100〜300torr程度に減圧され、マスフローメータMFで流量を調整され指定の組成比に混合された原料ガスが、配管101を介して整流室1a内に供給され、カーボンヒータ3により加熱される。加熱された原料ガスは整流板4bに整流されながら上昇し、底板4の孔4aを通過して内筒9内に侵入する。
【0033】
チャンバ5内は、真空引きにより内部の酸素を除去した後、カーボンヒータ7により1000℃を超える高温に予熱されており、成膜対象物Mに至るまでに成膜温度まで昇温された原料ガスに接触することで、上記(1)式の反応が生じ、すなわち熱CVD成膜が行われ、内筒9に保持された成膜対象物Mの露出した成膜面に連続的な化学反応を通じて成膜できる。成膜に用いられた原料ガスの残りである排出ガスは、更に上昇し断熱板10のテーパ面10bに沿って中央に集められ、排出孔10bを通過して冷却部11に至る。冷却部11では、排出ガスは放射状の仕切り11aに沿って半径方向外方に流れ、チャンバ5の内周面と、断熱体6の外周面との間を通過して、更に開口1bから配管103を介して放熱器104に侵入する。
【0034】
チャンバ5からの排出ガスは高温であるため、一旦、放熱器104で冷却され、水封ポンプ105を得て、排気処理施設(不図示)ヘ送出される。図にはないが、排気処理施設では、排気ガスからアルカリシャワーによって塩化物ガス成分を塩として除去し、残った水素とメタンは燃焼させて大気中に放出することが行われる。
【0035】
以上において、原料ガスの流量は、それぞれマスフローメータMFによって制御されているので指定数値となるが、流速は水封ポンプ105の吸引力とチャンバ5内の流路形状によって決まる。
【0036】
図4は、本実施の形態の内筒を示す斜視図であり、図5は、比較例にかかる内筒を示す斜視図である。図4に示す内筒9は、回転対称断面である中空円筒状であるのに対し、比較例に示す内筒9’は、中空角柱状となっている。比較例の内筒9’によれば、内部を下方から上方に向かって原料ガスが流れる際に、原料ガスは、流れの断面である四角形内で均一には流れず、四隅の部分の流れが遅くなり滞留しがちになる。また、四隅の部分では、2面の内筒壁が接近しているので、他の場所よりも成膜面積が大きく、従って上記(1)式による化学反応が生じる面積が広いので、この付近の原料ガスが他の場所よりも多く消費され、この付近では上記(1)式の化学反応の産物である塩化水素ガスによって原料ガスが薄められ、しかも滞留により新しい原料ガスが供給されにくいため、成膜速度が低下する。
【0037】
つまり、成膜対象物のうち、四隅に近い成膜対象物M1,M4、M5、M8(不図示の成膜対象物も同様)では、成膜速度が遅い条件でCVD成膜が行われるため、結晶成長が促進されるのである。それに比べ、成膜対象物M2,M3、M6、M7(不図示の成膜対象物も同様)では、原料ガスの滞留がより生じにくく相対的に成膜速度が速い条件でCVD成膜されるので、結晶成長がやや抑制されるとも考えられる。しかし、実際にはそのすぐ隣で滞留した原料ガスやその副産物の濃度揺らぎの影響を受けて、この場所での成膜品質が劣化し、また成膜再現性を悪くする恐れがある。
【0038】
このような成膜条件では、内筒9’に配置した成膜対象物Mの位置によって成膜の膜質がばらつくだけでなく、成膜が不安定で再現性に乏しく、結晶成長が抑制された加工性の良い成膜を実現することはできない。
【0039】
これに対し、図4に示す本実施の形態の内筒9においては、断面形状を回転対称形状として、原料ガスの断面方向の流速分布が回転対称となるようにしたものである。この内筒9で熱CVD成膜を行うと、いずれの成膜対象物M1,M2,M3,・・・に対しても同じ流速、同じ温度、同じ組成で原料ガスが供給されるので、膜質のばらつきを抑制し又はほぼ完全に無くし、成膜再現性も非常に高くできる。そのため、原料ガスの全体流量を変えることで、ばらつきなく流速を変えることができるので、原料ガスの流量を増加して流速を高くすることによって、加工性が良く、成膜ばらつきを抑えた成膜を、再現性良く得ることができる。
【0040】
尚、原料ガスの断面方向の流速分布は回転対称ではあるが、均一ではない。内筒の中心部では壁面の抵抗を受けにくいので最も流速が高くなり、壁面、つまり成膜対象物側ではもっとも流速が遅くなるのである。この条件下で、原料ガスの流速を高く最適化すると、ほとんど成膜に寄与しない流れの中心部の流速が速くなり、原料ガスの消費量が著しく多くなるという特性がある。
【0041】
図6は、かかる特性を考慮した別な実施の形態にかかる成膜装置の一部を示す断面図である。本実施の形態においては、底板4の上面に円柱20を植設し、その上端に取り付けた円盤21を、内筒9の上端から離して設置している。円柱20及び円盤21が障害物を構成する。
【0042】
本実施の形態によれば、内筒9の中央に円柱20が形成されているので、原料ガスは全て内筒9と円柱20との間を通過せざるを得ず、従って流れの断面において流速が均一となり、原料ガスの消費を抑えながら常にフレッシュな原料ガスを供給することで、化学反応を迅速に行うことができる。原料ガスの残りは、矢印で示すように円盤21と内筒9との間を通って、外部へと排出される。
【0043】
内筒9の内径に対して、半分の外径を有する円柱20を配置することにより、原料ガスの流路面積は25%減少し、その分、流速を同じに保ちながら原料ガス流量を約25%減らすことができる。
【0044】
図7は、更に実施の形態にかかる成膜装置の一部を示す断面図である。内筒9の中央に、円柱30を配置している。円柱30は中空であって、外周面に孔30aを形成しており、そこから成膜面を外側に露出させた成膜対象物Mを、円柱30の内部に装着できるようになっている。本実施の形態によれば、図6に示す実施の形態の効果に加え、円柱30の近傍を通過する原料ガスを用いて成膜対象物Mに熱CVD処理を行えるので、原料ガスの有効利用を図ることができる。尚、円柱30の上端に取り付けた蓋31は、原料ガスの流れを阻害しないように、球形又は流線形であると良い。
【0045】
このように、円柱30により成膜対象物を保持すると、成膜処理数を約1.5倍に増やすことができ、しかも原料ガスは滞留したりしないから、全成膜対象物が同じ条件で同じ成膜結果を得ることができる。原料ガス流量を25%削減し更に成膜処理数を1.5倍にできるので、原料ガスの利用効率からいえば約2倍に向上したことになる。
【0046】
(比較例)
図1、2の成膜装置に、図5の内筒9’を用いて熱CVD処理を行った。キャリアガスである水素の濃度を3倍にして、浮遊カーボンの発生を抑制した処方で熱CVDにより成膜された成膜対象物の表面を、走査電子顕微鏡(SEM)で1000倍に拡大してみると、図8のように数μmの大きさの結晶がたくさん成長しているのが見られた。これは炭化珪素のCVD膜であるが、さらに5000倍に拡大した図9において、成腹中に立方晶のβ−SiC結晶が大きく成長しており、特に切り妻屋根状に稜線を上に向けた220方位の結晶粒が多いことがわかる。
【0047】
これをXRD(X線回折)で観察すると、図10に示すように、111方位と220方位が見られる。ここで、111方位に対する220方位のピーク比を取ると、7.67となり220方位の結晶粒が多いことが数値からもわかる。結晶成長が進んだ成膜では、図8や図9から明らかなように、220方位の結晶粒が増加する。
【0048】
このような構造の成膜を、例えば研削や切削などの機械加工で平滑加工しようとすると、ダイアモンド砥粒や刃先がこの結晶粒を加工する際に、結晶であるから刃先軌跡に沿って除去されず、結晶面に沿って劈開する。しかも、破断によって応力が急激に変わるため、一様な劈開面とならず、多数の微小劈開面で構成されたギザギザ面となる。これが、巨視的には点状に見える欠陥の発生で、実際に延性モード切削した図8の炭化珪素の熱CVD成膜に加工を施した表面を、200倍の微分干渉顕微鏡で観察した結果を図11に示す。加工面全体に数μmの凸凹状の欠陥が大発生しており、光学面を創成するための転写成形面としてはかなり品質が低下している。これらの微細な結晶のワレやカケによる凸凹状の欠陥は、図11からは一見、既に述べられた浮遊カーボンなどによる成膜の不均質によるものと同じように見えるが、その発生要因は以上に述べたように全く異なるものである。
【0049】
図8の炭化珪素の熱CVD成膜に対して、加工負荷が小さくなるように刃先切り込み量を小さくし、切削速度も1/2に低減して延性モード切削した表面を、200倍の微分干渉顕微鏡で観察した写真が図12である。図12によれば、加工負荷が減少して、結晶粒の破断がかなり抑制された結果、凸凹状の欠陥の発生が少なくなってはいるが、場所によっては少し傾いた220方位結晶の断面形状である三角形状の欠陥も見られ、高精度光学面を創成するための転写成形面としての品質はまだ不十分といえる。
【0050】
(実施例)
図13は、図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、熱CVDの成膜速度を高速化して成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を100倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。原料ガスは、図8の場合と全く同じで、浮遊カーボンの発生を抑制するため水素濃度を3倍多くしたものである。さらに1000倍に拡大したものが図14であるが、全く結晶形が見られず、次々に化学反応で還元された炭化珪素が重なって積もっている状態がわかる。さらに図15は、10000倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真で、成膜時に還元したクラスターを見ることができ、このクラスターによって100倍写真で見られる大きな成膜粒が構成されているのがわかる。
【0051】
このように結晶形を全く有しない成膜表面は、一見すると結晶体に見えないが、XRD(X線回折)で観察すると図16のように111や220、311などの方位が混在した多結晶体であることがわかった。ここで、111方位に対する220方位のピーク比を取ると、0.36となり111方位の結晶粒が多いことがわかる。図8では、このピーク比が7.67で220方位の結晶粒が多かったが、結晶成長が抑制されたCVD−SiCでは111方位の結晶粒が多くなることがわかる。
【0052】
図17、18、19も、また同様に成膜速度を速めて処理を行った炭化珪素の熱CVD膜における走査電子顕微鏡(SEM)写真であり、倍率を変えて示しているが、成膜温度を図13〜15の例よりもやや低くした。成膜温度に若干の変動があっても、確実に成膜速度を速く維持することで、機械加工によって平滑な加工面が得られることがわかった。
【0053】
図20は、熱CVDによる図17〜19の炭化珪素成膜を、延性モードでダイアモンド切削した表面の200倍の微分干渉顕微鏡写真である。同様の加工を行った従来の熱CVD膜の図11や図12と比較して、微小カケやワレなどの凸凹状の欠陥が全く見当たらず、極めて滑らかな加工面が得られていることがわかる。この表面粗さは、どの場所においてもRa1nm以下を満足し、光学素子の光学面を成形転写するための金型の成形転写面として、実用に耐えうる優れた品位であった。
【0054】
図21、22は、内筒の半断面における原料ガスの流れを流体シミュレーションした結果を示す図であり、左縁が内筒の中心線の位置に相当し、右縁の内壁には成膜対象物が上下2段で突き出しているものとした。内筒の形状は、回転対称形状である円筒状である。図21の例では、出口部には板状の障害物のみが設けられているが、図22の例では、それに加えて内筒の内部中央に円筒状の障害物を配置しており、従って内筒の内部が輪帯状の流路となり、その流路面積は図21の例に比べ25%減少している。図21,22の例共に、同じ量の原料ガスを下から上に流したときのシミュレーション計算による流速を矢印で示してあるが、成膜対象物の近傍は特に計算点を細かく取り、微妙な流速の状態がわかるようにしてある。
【0055】
図21の例では、下部の内筒入り口から入った原料ガスは上昇し、成膜対象物を通り過ぎた後、流れの障害物である上部の板に達し、その周辺に設けられた内筒出口から排気されている。原料ガス流は、成膜対象物付近では流速が遅くなり、やや滞留しているのがわかる。この部分の流速を高くしようとすると、ほとんど成膜に寄与しない中心部の原料ガスの流速が比例してさらに高くなって排気されてしまうのがわかる。つまり、回転対称の原料ガス流路形状であれば、成膜対象物相互の成膜バラツキを抑えることはできるが、ガス流の障害物を内筒出口にのみ設けた流路形状の場合には、他にガス流の障害物が無いために、原料ガスの流速をあげて結晶粒を成長し難い条件にすると、その大半が成膜処理に利用されることなく通過して排出されてしまうことがわかる。
【0056】
これに対し、図22の例では、流路面積が25%狭くなったため全体として流速が速くなっていることがわかるが、特に成膜対象物がある内壁付近の速度増加が著しく、2倍ほどに増速していることがわかる。したがって図22の例では、成膜対象物には原料ガスが十分に供給されて成膜速度が流路面積比以上に速くなり、結晶成長がよく抑制されて凸凹状の欠陥の少ない成膜を期待できる。また、成膜に寄与する原料ガスの割合が増えるので、原料ガスを効率的に利用できる。このように流体シミュレーション結果によれば、原料ガス流路の中心部に障害物を置くことで、内筒内壁付近の成膜速度がより速くなり膜質が向上することと、原料ガスが効率よく使われて、無駄の少ない効率的な成膜が実現できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】熱CVD処理を行うシステム全体を示す図である。
【図2】熱CVD処理を行う成膜装置の断面図である。
【図3】図2の構成を矢印III-IIIで示す方向に見た図である。
【図4】本実施の形態の内筒を示す斜視図である。
【図5】比較例にかかる内筒を示す斜視図である。
【図6】別な実施の形態にかかる成膜装置の一部を示す断面図である。
【図7】更に別な実施の形態にかかる成膜装置の一部を示す断面図である。
【図8】比較例の成膜装置により熱CVD処理された成膜対象物の表面を、走査電子顕微鏡(SEM)で1000倍に拡大して観察した写真である。
【図9】比較例の成膜装置により熱CVD処理された成膜対象物の表面を、走査電子顕微鏡(SEM)で5000倍に拡大して観察した写真である。
【図10】比較例の成膜装置により熱CVD処理された成膜対象物の表面を、XRD(X線回折)で評価したグラフである。
【図11】熱CVD成膜に加工を施した表面を、200倍の微分干渉顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図12】加工条件を変えて熱CVD成膜に加工を施した表面を、200倍の微分干渉顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図13】図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、熱CVDの成膜速度を高速化して成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を100倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図14】図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、熱CVDの成膜速度を高速化して成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を1000倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図15】図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、熱CVDの成膜速度を高速化して成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を10000倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図16】実施例の成膜装置により熱CVD処理された成膜対象物の表面を、XRD(X線回折)で評価したグラフである。
【図17】図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、成膜条件を変えて成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を100倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図18】図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、成膜条件を変えて成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を1000倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図19】図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、成膜条件を変えて成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を10000倍に拡大した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図20】図1,2に示す成膜装置に、図4に示す内筒9を用いて、熱CVDの成膜速度を高速化して成膜した炭化珪素の熱CVD膜表面を、200倍の微分干渉顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図21】内筒の半断面における原料ガスの流れを流体シミュレーションした結果を示す図である。
【図22】内筒の半断面における原料ガスの流れを流体シミュレーションした結果を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 ベース
1a 整流室
1b 開口
2 カーボン体
3 カーボンヒータ
4 底板
4a 孔
4a 開口
4b 整流板
5 チャンバ
6 断熱体
7 カーボンヒータ
8 外筒
9 内筒
9a 開口
10 断熱板
10a テーパ面
10b 排出孔
11 冷却部
11a 仕切り
11b 溝
12 冷却用配管
20 円柱
21 円盤
30 円柱
30a 孔
31 蓋
100 成膜装置
101 配管
102 エバポレータ
103 配管
104 放熱器
105 水封ポンプ
M 成膜対象物
M1,M4 成膜対象物
M2,M3 成膜対象物
MF マスフローメータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱CVDを用いて成膜対象物に炭化物を成膜する成膜装置であって、
成膜対象物を内部に露出して保持する保持部材と、
前記保持部材の内部に原料ガスを供給する供給手段と、
前記保持部材の内部から前記原料ガスを排出する排出手段と、を有し、
前記保持部材の内部は、前記原料ガスの流れ方向の断面が回転対称形状であることを特徴とする成膜装置。
【請求項2】
熱CVDを用いて成膜対象物に炭化物を成膜する成膜装置であって、
成膜対象物を内部に露出して保持する保持部材と、
前記保持部材の内部に原料ガスを供給する供給手段と、
前記保持部材の内部から前記原料ガスを排出する排出手段と、を有し、
前記保持部材の内部中央には障害物が配置されていることを特徴とする成膜装置。
【請求項3】
前記保持部材の内部において、前記原料ガスの流れ方向は重力方向と逆方向であることを特徴とする請求項1又は2に記載の成膜装置。
【請求項4】
前記保持部材に保持された成膜対象物よりも排出側において、放射状に仕切りを設けた冷却部を設けたことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項5】
前記熱CVDにより成膜される炭化物が炭化珪素であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項6】
前記成膜対象物は光学素子成形用の金型であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図10】
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【図16】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2008−45155(P2008−45155A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−219797(P2006−219797)
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(303000408)コニカミノルタオプト株式会社 (3,255)
【Fターム(参考)】